※今作は、同作品集内の『宴の後』の設定を引き継いでいます
と言いますか、その直後のお話として作りました。
ですので、前作をお読みいただければ、より読みやすいと思われます。
きっとそれは偶然だった。
夜雀の屋台に、向かう途中に見上げた月が見事だったから。
静かにお酒を飲むこともたまにはいいかと思ったから。
たまには、霊夢と二人でお酒を飲みたいと思ったから。
だから私は神社に踵を返したのだ。
だから、それを見たのは偶然でしかなかった。
霊夢が月を見上げて何かを堪えていた。
紫がそれを悟ったように現れて、霊夢を優しく包んでいた。
暗くてよく見えなかったけど、霊夢の体が震えているのはわかった。
でも、なぜ震えているかは、わからなかった。
それがどこか歯がゆくて、二人の寄り添う姿はこの胸を締め付けた。
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「霊夢」
しばらくして、紫がいなくなってから声をかけた。
「萃香…」
霊夢の声は弱々しく、いつもの凛とした雰囲気が感じられない。
どうしたというのだろうか?
そこまで考えて、私は霊夢の目が少し赤くなっていることに気づいた。
遠目では気付かなかったが、確かに赤みを帯びている。
「どうしたの霊夢? 目が赤いよ?」
「…なんでもないのよ」
そんなはずがない。
なんでもないならどうしてそんな声を出す?
どうしていつものように飄々としていない?
そういえば、さっきの霊夢の様子は変だった。
まるで何かを堪えながら、堪え切れなかったようだった。
霊夢の頬には、何かが流れた跡。
二つの瞳から伝うものは、他には無い。
「霊夢… 泣いてたの?」
「………」
霊夢は答えなかったが、それが答えだ。
信じられない。
私を、鬼を打ち破るほどの力を持った彼女が何を思って涙する?
「霊夢、どうしたの? まさか紫に何かされたの?」
「…見ていたの?」
正直、墓穴を掘った気分だ。
私はただ、霊夢が涙する理由を知りたかっただけだ。
それゆえ、こんな返事が返ってくるなんて思わなかった。
「…ごめんなさい」
まさに、返す言葉もないというやつだ。
覗き見していたことは確かだし、その点で私に非があることは疑いようがない。
だから、私は霊夢に謝らなければならない。
「いいのよ… 気にしないで」
「うん…」
霊夢の纏う雰囲気に、私も言葉が少なくなってしまう。
本当にどうしてしまったのだろうか。
こんな霊夢は見たことがない。
こんな霊夢は見たくない。
だから、私は思い切って聞かなくてはならない。
「霊夢… どうして泣いてたの?」
霊夢の体が少し震えた。
やはり、聞いて欲しくないことだったのだろう。
でも、こんな霊夢は似つかわしくない。
だからこそ、私は聞かなければならなかった。
「…どうして、聞くの?」
どうして?
そんなの簡単だ。
霊夢がそんな顔するからいけないんだ。
でも、うまく言葉にできない。
「そ…それは、霊夢の様子がいつもと違ったし…
それで心配になって、何とかしてあげなくちゃって…!」
口を衝いて出た言葉は支離滅裂で、でも本心だ。
私はきっと、霊夢が心配だったのだ。
だから、聞かなければならない理由は、きっとそれでいい。
「どうして、私が心配なの?」
言葉に詰まってしまう。
私はどうして霊夢が心配になったのだ?
ただ、聞かなければという思いだけが先走っていて、そこまで考えていなかった。
「それは…」
「…ごめんなさい、萃香。
意地悪な質問しちゃったわね」
口ごもる私を見かねたのか、霊夢が口を開いた。
「あなたの、真剣さは伝わったわ…
だから、あなたの問いに答えてあげる」
私の思いが伝わったかはわからない。
だけど、霊夢は答えてくれるようだ。
私が黙ったままでいると、霊夢は言葉をつづけた。
「なんで泣いていたか… きっと、寂しかったのよ…」
「寂し…かった?」
その言葉に、古い記憶が舞い戻る。
「そう… 認めたくはないけど、私は寂しいから泣いたの…」
「どうして…寂しいの?」
人に追われ、仲間もいなくなり、私が一人そこにいる。
そんな、古い記憶が…
「それはね… 私だけが独りぼっちだから」
「独り…?」
霊夢の言葉はよくわかる。
独りで寂しいのは、とてもとても辛いこと。
だけど、どうして霊夢は独りなの?
「そう… 独り…
私はみんなと違う。
帰る場所はあっても、誰もそこに居ない。
みんなには、いつも傍にいてくれる友、家族がいる。
でも、私は独り…」
「霊夢…」
なんという、深い悲しみ。
この年端もいかない少女が、なぜこんな孤独を感じなければならない?
形は違うけど、この思いはまるで、かつての私。
こんな霊夢は許せない。
霊夢がいたから、私はこの幻想郷で笑っていられる。
だから、私は霊夢が大好きで、愛おしい。
心配する理由なんて、それで十分。
霊夢が私の壁を壊してくれた。
私が孤独を感じないのは霊夢のおかげ。
だから、霊夢を助けたい。
でも、どうしたらいいかわからない。
だから…
「霊夢! 勝負しよう!!」
私の言葉に霊夢は驚いた様子だった。
でも、構っていられない。
どうしていいかわからないから、私は私らしく振る舞うだけだ。
「私と飲み比べしよう!
霊夢が勝ったら褒美をあげるし、霊夢が負けたら…」
私は私、鬼らしく振る舞うだけ。
「…霊夢を攫うことにするわ!!」
これが、人と鬼の関係。
裏切られ、廃れ、失われた信頼。
だからこそ、この幻想郷にはふさわしい。
「突然どうしたの?
それに、私を攫うって… もしかして食べるの?」
「そんなことしないよ」
そう、そんなことする気はない。
霊夢がいなくなるのは嫌だ。
私は自分が楽しくやるために行動するのだ。
「じゃあ、私を攫ってどうするって言うの?」
「簡単だよ。
霊夢を攫って、別の場所に連れていくだけ」
ただ、それだけのこと。
でも、私には他に何もできない。
だから、思いついたことを口にするだけ。
「別の場所って、一体どこのことを言ってるの?」
「どこでもいいの。
霊夢が負けたら、私は霊夢をずっと連れ回す。
みんなが萃まる場所に引っ張り回す。
もう二度と、そんな顔できないように、そんな顔する暇がないくらいに!」
我ながら単純だ。
だけど、一番私らしいと思う。
「…じゃあ、私が勝ったらどうするの?」
「私がずっと傍にいてあげる!
それで、霊夢を引っ張り回すの!!」
私は譲らない。
霊夢を救ってみせる。
でも、この思いを伝える方法がわからない。
だから、こんな勝負しか思いつかなかった。
「それじゃあ一緒じゃないの…」
「鬼らしいでしょ?」
霊夢は少し呆れた様子だ。
でも、あんな顔するよりずっといい。
「えぇ… 萃香らしいわ…」
そう言って、霊夢は静かに涙を零した。
月を背に、微笑みを湛えたその顔は、今まで見たどの霊夢よりも、綺麗だった。
「霊夢…」
「私の負けよ。 あなたには敵わないわ…」
泣いてはいるけど、その口調は霊夢そのものだ。
私が大好きな、霊夢の声だ。
そんなことを思っていると、突然目の前が真っ暗になった。
「ありがとう… 萃香…
あなたの勝ちよ…」
頭上から声が聞こえる。
なんだ、霊夢に抱きしめられたのか。
暖かいなぁ…
「…私の勝ち?」
「そう… あなたの勝ち…」
「勝負、してないよ?」
「きっと勝てないわ…」
私も抱き返す。
この温もりを離したくないから、強く、だけど優しく…
「でもね、萃香?」
「なに…?」
「ずっとは、私も困っちゃうわ」
「うん…」
「だから、たまにでいいから、あなたの気が向いたときに、私を攫って?」
「…うん!」
私は霊夢に救ってもらった。
私は霊夢を救えただろうか?
今はそんなことわからない。
「…霊夢」
「なに?」
今はわからなくてもいいから…
「一緒に、お酒飲もう!!」
ここから先が特に素晴らしいと思いました。
月見酒なら、なお美味しいでしょうねぇ…
>4
こんないい子はほかにいない! …と思います
>11
あったけぇですよね…
>12
その気持ちを持ったままお酒を飲みましょう…
>13
二作とも読んで頂き、かつコメントまでいただいて、感謝のしようが無いです…
>16
萃香だからこそ出せる空気ですよね
>19
心温まっていただいたようで… 安心しました
>24
萃香は心の痛みがわかる子です。
だからこんなにいい子なのでしょう…
>25
前半が少し冗長な文体なだけに、後半は言葉少なにたたみかける。
このギャップを意識して作りました。
その契機となる言葉こそ >…霊夢を攫うことにするわ!!
だったのです。
楽しんで頂けたようで、幸いです。