Coolier - 新生・東方創想話

捨てられた道具たちの逢瀬

2010/09/07 21:01:03
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<小さな毒人形>

雨が降りしきる中、一人の毒人形が、濡れる洋服を気にもせずとぼとぼと歩いていた。
普段の縄張りである無名の丘から、歩いてくるには少しばかり遠い距離にある小道だった。
人も妖の類も通らないその道を、小さな毒人形が、目的地もないまま歩いてゆく。
その顔に目立つのは、可愛らしい無邪気な顔には似つかない涙が一筋。

今日という日が始まった頃は、いつも通りの一日だと思っていた。
晴れ渡った鈴蘭畑でいつも通り遊び、迷い込んできた妖精の一匹でもいればからかって。
しかし、そんな日常を覆い隠す暗雲があった。
その暗雲は、小さな毒人形の中で耐え切れない程の感情の奔流を巻き起こし、あふれた水滴が涙となって目から零れ落ちる。


人形がひとつ、鈴蘭畑に捨てられていた。


ただそれだけのこと。
それでもなお、その光景は毒人形に、自分が人間から受けた仕打ちを思い出させた。
金髪にリボンを結び、捨てられてもなお表情一つ変わらず可愛らしく微笑む顔が、自分の姿と重なって仕方がなくて。
毒人形は、逃げるように鈴蘭畑を離れ、行く先さえわからないまま歩き始めた。

道中雨が降り始め、体力も限界に近いことを知りつつ、それでも毒人形は道を進んでゆく。
止まってしまったら、後ろから何かに追いつかれてしまうような気がした。
それがあの人形の思いなのか、自分の過去なのかはわからないが、とにかくそれから逃げなくてはならない。
いつまでも続く道の果てに答えがあることを信じて、歩き続けるしかなかった。




<小さなからかさお化け>

雨が降りしきる中、一人のからかさお化けが、本体とも言える傘をさしつつ鬱々として歩いていた。
雨は傘が本領を発揮できる天気であるから、もちろん憂いの原因はこれではない。

差し傘を開く時、普通体の右か左、どちらかに傘の柄を当ててさす。
今彼女は柄を右肩に当てて歩いていて、傘の右半分、ちょうど人がもう一人入れるはずの空間が、とても空虚だった。
せっかく雨が降っていて、体を張って誰かを守ってあげることが出来るのに、その相手がいない。
ひとっ子一人すれ違わないその道は、あまりにも寂しかった。

思えば彼女はずっと、その空いた空間に入れ、守ってやれる存在を探し続けている気がした。
それこそ妖怪になって己の足で歩く前、傘として使われなくなった日から、雨の日も、風の日も、ずっと。
人間を驚かすなど、彼女にとっては素直にその身を守らせてくれない人間を求める欲望の裏返しで、ただの気晴らしに過ぎなかった。

だからこそ彼女は雨が降るたびに歩く。
雨が降る限り歩き、歩いて歩き通せば、ひょっとして傘を忘れた人間にでも出会えるのではなかろうか、と望みながら。
足に疲労がたまるのに比例して憂鬱な気分がひどくなることを知っても、それでも歩みをとめることができなかった。
いつまでも続く道がある限り、どこまでもたどり続けた。




運命の道筋も、田舎の小道も同じこと。
辿るべくして辿った道ならば、いつかどこかで他の道と交差する。
こうして、小さな毒人形と小さなからかさお化けは、しかるべき運命に従って出会うのだった。
どこまでものびる小道の途中、やまない雨の降りしきる中で。




<逢瀬>

「ねぇ、一体どうしたのよ」
「…………」

このやり取りも、もう何度目か分からなかった。

もやもやとした気分を抱えつつ、からかさお化けの小傘が歩いていたところ、別の方向から人形が歩いてくるのを見つけたのが少し前。
相手が傘も差さず雨に濡れていたため、珍しく役に立てると喜んで傘を差し出したまではよかったが。
突然現れた影と、水滴が傘を打つ音に驚き顔を上げた人形の顔は、一目でそれとわかるほど泣きじゃくった後のもので。
どうしていいかわからず、地面が比較的乾いていた木陰にとりあえず座らせてみたものの、今度は何も話してくれないもので困ってしまった。

その時ふと、そういえば相手の名前すら聞いていない、と気付く。

「そうだ、まだ自己紹介してなかったね。あちきは多々良小傘。あなた、お名前は?」
「……メディスン・メランコリー」

やっと情報を聞き出すことに成功し、よし、と心の中でガッツポーズを作る。
これをとっかかりに会話を進めてみようっと。

「メディスンかあ。ねえ、友達からはなんて呼ばれてるの?メディ、って呼んでもいい?」
「うん、みんなからメディって呼ばれるわ。私は……。小傘、でいい?」
「どうぞ。よろしくね、メディ」
「うん、よろしく小傘」

あら。会話が終わってしまった。

傘だった頃もろくに人間に使われなかったせいか、小傘は会話というもののコツがいまだによくつかめていなかった。
だが手始めに名前を聞く、という作戦はどうやらうまく言ったようで、メディスンは大分落ち着いた様子だった。
やっと顔を上げ、くりくりとした可愛らしい目で小傘のことを興味深そうに観察している。
特に、木漏れ日ならぬ木漏れ雨から身を守るためにさし続けている、紫色の傘が気になるようだった。
そこで、関心があるのに気付いたぞ、と傘からのびる大きな舌をゆらしてやると、やっとのことで、初めて向こうから話しかけてくれた。

「ねえ小傘。小傘は妖怪、だよね。それももしかして、付喪神だったりする?」
「当たり。よくわかったね。どうしてそう思うの?」
「だって、その……。人間はそれ、好きそうにないもの」

上目遣いで見る『それ』こと小傘自慢の傘は、なるほど真っ当な人間ならまず差したがらないデザインをしている。
特にメディスン個人としては、先ほどからゆれている舌がどうにも気に入らないようだった。
だが、確かに直球の物言いではあったが、遠慮したのか控えめに言ってくれるメディスンは、人形らしくとてもいじらしかった。

「あはは、正解。今はそんなに気にしてないからいいよ。あちきがこんなデザインで生まれてきたのは、運が悪かったと思っているのだ」

その答えを聞いたメディスンは、少し驚いたように目を見開いた。
付喪神になるまで自らの不遇を恨んでおきながら、その実あっけらかんとした態度に驚いているのであろう、と小傘は推測する。
それももっともなことだ、とは思うのだが、自分の中ではこのような態度をとることになんの違和感もなかった。
それゆえに言い切れるのだ。今はもう、その点に関して悩みはしない。

「付喪神なのに変なやつだ、って思ってる?」

だからあえて聞いてみる。
端から見れば確かに矛盾しているように見えるだろう、とは思っていたし、実際問題として他人には自分がどのような存在に見えるのか、興味があった。
もちろん驚き混じりの肯定の返事を期待していたのに。

「ん……。あのね、えっと。私も、実は付喪神みたいなものなの」
「え……?」

帰ってきた言葉は完全に予想外で、逆にこちらが驚かされて、思わず変な声で聞き返してしまう。
こんなに可愛い人形が付喪神のわけないじゃないか。

「私もね、元はただの人形で、人間に捨てられて、妖怪になったの」
「……」
「それでね、ずっと辛い思いをしてきた。捨てられてからは毎日毒を吸い込んで、体が毒で満たされたの。もう限界だと思ったときに、気付いたら妖怪になってて、動き回れるようになった」
「……」
「でも、だからって人間が私のこと好きになってくれるわけでもなくて、むしろ嫌われて、あいつら、今だって人形を粗末に扱ってるの」
「……」
「だから、私は人間のことが嫌い。大っ嫌い。そんな人間の下で縛られてる人形たちを解放したいってずっと思ってる」

思わず言葉をなくして聞き入ってしまった小傘に対し、メディスンの言葉は徐々に熱を帯びてゆき、一息にここまで言い切った。
だが、熱のこもったその主張は、小傘の心に得体の知れない違和感を残して。
漠然とその正体はわかりつつも言葉に出来ないもどかしさに、小傘は手にした傘を無意識に揺らした。

自分だって当然、付喪神になるまでは苦難の連続だった。
人間に見放され、風雨にさらされてボロボロのまま転がっていた時の辛い記憶はいまだ小傘の頭の中に残っているし、消し去ることが出来るとも思えない。
それでも依然として、人間のことが大嫌いだと言い切るメディスンの態度には共感できない。
これも自分が付喪神として『変だ』の一言で済ませてしまっていいのだろうか。

考える小傘に、自分の言葉を噛みしめるメディスン。
自然と降りた沈黙を先に破ったのはメディスンのほうだった。

「ねえ、小傘。小傘も人間のことはもちろん嫌いだよね」
「……」

またなにも答えられない。
いつの間にか喋る側と黙る側、自分とメディスンが役割交代してしまっている。
付喪神として最も根本にあるはずの感情を聞く質問なのに、即答できない。
これはなんだか、変だ。なぜだ。

「だってそうでしょ?人間なんて、都合のいいときだけ道具を使って、要らなくなったら捨てられるほうの気持ちも考えずにポイ、ってする生き物だよ?小傘もそのせいで辛い目にあったんでしょ?」
「そう、なんだけどさ……」
「でしょ?だったら!」

それはそうなんだけれど。
考えていると、メディスンの言葉でひっかかることがあった。

――都合のいいときだけ道具を使って……

そうだ。自分たちは道具で、人間に使ってもらうことが存在価値だ。
例えば自分の場合では、傘として自分を使ってくれる人がいなくて、自分の存在価値を確かめたくて、それで『使われる』ことを望んでいたのだ。
だとすれば自分たち付喪神が望むべきことは。思うべきことは。人間を嫌うことなどではなく。
知らずに自然と口が動いていた。

「ねえ。メディは人間のことが嫌いなんだよね。じゃあ、人間に会う機会があって、その人に何をしてもいいって言われたら、どうする?」

今度は言葉がスラスラ出てくる。
それは、全部わかったからだ。
今のメディスンが、昔妖怪になりたてだった自分の姿に重なって、その気持ちも、本当にしたいことも、全部わかったからだ。
同時に、しなくてはならないことに思い当たる。今自分がこの人形にしてやれること。今の自分の存在価値。

「え?そりゃあ、殺すわよ。私は毒を操る力を持って生まれ変わったんだもん、人間くらいすぐに殺してやるわ」

言い切ったメディスンの方も、急な質問に若干戸惑ったものの、自分の選択に自信はあるようだった。

――上等じゃない。今の自分と昔の自分、どっちが正しくて強いのか確かめてやるんだから。
小傘は心の中で、似付かぬさですてぃっくな笑みを浮かべて宣言するのだった。

「ふうん。殺しちゃうんだ。でもさ、それじゃ面白くないよ?人間は驚かして初めて面白いのに」
「なによ、驚かすって。笑わせないでよ。そんなんじゃ私の人間に対する復讐心が満たされるわけないでしょ?」

復讐。
小傘にとっては懐かしい言葉だった。
昔は、それこそ今のメディみたいに妖怪になりたての頃は、毎日そのことばかり考えていたときがあったっけ。
それだけに、メディスンがどれほど辛く、どういう気持ちで動いているのかが痛いほどわかるのだ。

「復讐かあ。なになに、自分を捨てた人間は憎いからその毒で報復するの?」
「そうよ。小傘だって出来たらそうしたいって思ってるんでしょ?なんなら復讐の手伝いさせてあげてもいいよ?」

でも。その気持ちは本当は間違っているのだ。
小傘はずっと前にそのことに気付けたから。今度はそれをメディスンに教えてあげなければならない。
そうしないと。そうしないと、メディが、かわいそうだ。

「ううん。やっぱりいいや。興味ないし。それに人間に復讐しようなんて時間の無駄だから、考えないほうがいいよ?」
「なに、それ。あんたそれでも付喪神?それとも怖気付いたの?人間に情が移ったとか言い出すんじゃないわよね。そうだったら怒るわよ?」

露骨に拒絶の意思を表してやると、メディスンは急に機嫌を悪くして眉をつり上げた。
自分が正しいと信じていることが否定されるのだから、それも当然のこと。そんなことまで、わかる。
だから小傘はまた、確信を持って口を開いた。

「怖気付いたんでも人間がかわいそうになったんでもないよ。でも、今メディが言ってることは、ちょっと違うんじゃないかな、って」
「何が違うって言うの?言ってみなさいよ」
「じゃあ聞くけどさ、メディは人形の解放を望んでるって言ったよね。それなら今まで会ってきた人形の中で、解放されたいって願ってる人形はどれだけいた?」
「それは、その……」

意地悪な質問だとわかって聞いていた。
付喪神の性質なのか、ともかくそういうことになっているのだろうが、元忘れ傘である小傘には、他の傘の気持ちを伺い知ることが出来た。
そして妖怪となって人里などを歩き回り、知ったこと。それは、他の傘たちは誰も人間を嫌ってなどいないということ。
復讐心に凝り固まった当時の小傘には到底理解できない心情だったが、今考えると彼らが思っていたことはもっと別のことで……。

「わかるよ。解放を望んでる人形なんて、全然いなかったでしょ?」
「違う……」
「みんなが望んでいるのは、もっとこう、今のまま」
「違う!」
「人間と、幸せに……」
「黙れ!!」

小柄なメディスンの体格からは想像もつかないような大声で遮られる。
小傘が右肩で支える傘の柄の、そのさらに右側の空間に今まで座っていたはずの人形は、いつの間にか立ち上がってこちらを睨みつけていた。
大きめの傘だと、立ち上がってもその内部におさまりきるような小さな体で、その顔は泣きそうにゆがんでいて。
とても辛そうな表情をしていて、真っ直ぐ見ることはかなわなかった。

「私は人間なんて嫌いだ。大っ嫌いなんだ!だから復讐しようと思ってるのに。邪魔しないでよ!」
「邪魔なんてしてないよ。あちきはただそうかなあ、と思って言っただけ。傘だって人間といると幸せだし」
「うそよ。人間と一緒にいたってろくなことがないじゃない。そんなんで幸せなわけない!少なくとも私は違う!」
「なんでそう否定しようとするかなあ。でもちょうどいい機会だし考えてみる?さて、幸せってなんでしょう?」

答えは自分の中ではとっくに出ている。おそらくメディスンの中でも、そうなのだろう。後はただそれを本人に認めさせるだけ。
でも最初は認めたくないだろうなあ。あちきもそうだったし。

「幸せ……?そんなの、決まってるわ。人間がこの世からいなくなってくれたら、私は幸せ」
「本当にそれで幸せかなあ。それじゃあ人形で遊んでくれる相手がいなくなっちゃうよ。驚かせる相手もいない。それじゃ、ちょっと寂しくない?」
「寂しくなんてないわ。他の人形と楽しく遊んで暮らすもの」
「ふうん、そうなの。でもメディ、結局あなたも他のお人形さん達と同じで、遊んでくれる相手が欲しいんじゃない」
「っ……。そうよ。それがどうしたって言うの?私は何も悪くないでしょ!」
「別に悪いとは言ってないじゃん。でもそれなら、どうして人間と遊ばないのかなあ、って」
「私だって……。それが出来たらどれだけ良いか!」
「だったらどうして?人間と仲良くしたら良いだけじゃないの」
「無責任になによ!そりゃ、私だってっ!当たり前じゃない!」

ついに返ってきた肯定の言葉と同時に、ぽろり、と雨ならぬ水滴が小傘の頬に落ちる。
より一層激しさを増した雨を背景に立ちすくむ小さな姿は、見上げていると悲しみがあふれ出して襲ってくるように感じられた。

「そうよ。私だって人間と一緒に楽しく遊びたいのよ。妖怪になる前からずっとそう思ってた。でも私は捨てられて、涙は出ないけれど心の中で泣き喚いて、それでやっと妖怪として生まれ変わったの。そうして初めて人間と遊べると思ったら、何よ!やれ毒人形だ危ないぞ近づくな?一体誰のせいでこうなったと思ってるのよ。だから、こんな身勝手な人間は本当に大っ嫌い。いっそのこと死んじゃえば良いって……そう思わずにはいられないじゃない!」

堰を切ってあふれ出した言葉を一息に言い切り、肩で息をする人形の目からは、抑えておくことの出来なくなった涙がまた何滴かきらきらとこぼれ落ちる。
その寂しげな立ち姿に、思い切り抱きしめて慰めてやりたい気持ちがあふれそうになったが、まだ早いと小傘は踏みとどまった。
まだだ。この歪んだ感情を抱いたままでは、この子はいつまで経っても目の前にある幸せにすら気付くことはできない。
だから、教えてあげよう。

「ねえ、メディ」
「…………」
「幸せってさ、多分そんなに難しいものじゃないよ。例え人間に好かれてなくたって、気付けば感じられるものだと思う」
「……小傘に、なにがわかるのよ」
「全部わかるよ。あちきだって人間に嫌われた付喪神だもん。それでも今こうして雨が降ってて、あちきの隣にはメディがいて、こうしてまた道具としてちゃんと役に立ててる。だから……」

だから。心からの笑みで言える、自分の本心。


「あちき、今、とっても幸せ」


笑顔の小傘と対照的に、視線の先のメディスンの表情は崩れ、今にも涙がどっとあふれ出てきそうだった。
だが、涙が押し寄せる直前、危機一髪といった感じで小傘に背を向けた彼女は。

「小傘の……。小傘の、ばかああああ!!」

一声叫んで雨の中に飛び出し、振り返ることもないまま飛び去ってしまった。



     †     



雨空の下。一人残された小傘は、手に持った傘を手持ち無沙汰気味にくるくると回す。
傘の上にたまった水が、水滴となって放射状にばらまかれた。

ふと、頭痛を感じた小傘はそのまま後ろに倒れこむ。
ぱさり、と軽い音を立て、少しばかり濡れた雑草は小傘の背中を優しく受け止めてくれる。
体調の悪い体に、横になった姿勢は負担がかからず、時折雨が傘を叩く音が心地よい。
小傘は目をつむり、自然の流れに体と意識を任せてぼんやりと考え込むのだった。

(毒人形、か……。あんなに可愛いのに、可哀想だよね)

体調が優れないのが、毒をうまく制御できないメディスンの体から出た毒のせいであるのは明白だった。
元がただの傘である小傘にとってすら、自分の中の妖怪の部分が犯されるメディスンの毒は抗し難いものだ。
さぞかしあの人形は人間に避けられてきたことだろう。

自分の傘から飛び出していった小さな人形に思いをはせる。
結局最後まで抱きしめてやる暇を与えてくれなかった彼女は、今頃ひとり雨の中で泣いていることだろう。
自分が泣かせたと言っても過言ではないし、去り際の台詞も平和なものではなかったが、嫌われてはいないのではないか、と漠然と思っていた。
辛い涙を雨で洗い流し、晴れると同時に前向きに生きる決意が固まれば、きっとまた会いに来てくれるだろう、と信じられた。

小傘の憂鬱な気持ちはいつの間にか、きれいさっぱり消えている。
それは、道具として誰かの役に立ち、身を呈して守ってやりたい、という願望をぶつけられる、さながら妹のような存在を見つけたから。
小さな人形と共に小さな幸せをつかむ未来を想像し、ゆるむ頬を隠そうともせずに横たわる小傘であった。




<メディスン・メランコリー>

雨の中。流れ出した涙は留まるところを知らず、少し弱まった雨水とあいまってメディスンの顔はぐちゃぐちゃだった。
自分の縄張りである鈴蘭畑を目指して一心に飛ぶ。
その間も小傘と交わした一言一言が頭にこびりついて離れなかった。

――わかるよ。解放を望んでる人形なんて、全然いなかったでしょ?

メディスンだって元は人形である。本当は、そんなことにはとっくに気付いていた。
彼女が妖怪になってから話をし、解放しようと試みた人形はことごとくその申し出を断るのだ。

今日だっていつもと同じだった。
鈴蘭畑で自分によく似た人形を見つけ、悲しくて逃げ出したくなったのは、あの人形を哀れに思ったからではない。
自分と同じ境遇、自分と同じ不幸に会ってきたはずのその人形が、それでも幸せそうに最期の時を迎えようとしているのがわかったから。
こんな風に未練を残して妖怪として生まれ変わり、なお幸せになれない自分が惨めに思えて、それを認めたくなくて逃げ出した。
逃げれば救われるのではないかと思った。不幸から逃げ続けていれば、いつか幸せに出会えるのではないか、と。

そんな彼女の心に、先ほどの小傘の言葉はとても響いた。
付喪神の先輩として、人間には嫌われたままながら、幸せに気付くことが出来たという、小傘。
その言葉は本当だろうか。
私も気付けば、変われるのだろうか。

周りが見えなくなるまでに考え込んでいたことに気付いたのは、雨雲が通り過ぎた後の鈴蘭畑に帰り着いてからだった。
行くときはあれほど遠くまで逃げたつもりだったのに、飛んで帰ってみるとどれだけ近くにいたことか。
所詮この小さな体で歩いていける距離など、これくらいのものでしかないのだ。

だがそう考えても、不思議と今だけは惨めな気持ちがしなかった。
未だに毒はうまく操れないし、人間に近寄れない危険度高の小さな妖怪でしかないけど、それならそれで自分に合った小さな幸せをつかめばいい、と気付かせてもらったから。
いつの間にかすっかり沈む体勢に入っている日の光が西の空を赤く染めるのを見て、その場に立ちすくむ。
雨に濡れた洋服は気持ち悪く、それでも涙はいつの間にかやんで、明るく生きていけるような気がした。

そうだ。私は今から幸せを求めてずっと生き続けることが出来るんだ。それはなんと幸せなことだろう。
だから、まずは体から出る毒を制御できるようになろう。
それから小傘にはさっきのことを謝りに行って、小傘に手伝ってもらって人里に出られるようになろう。
そしたら今まで迷惑かけた人たちにも謝って、もし許してくれたならみんなで一緒に楽しく遊ぼう。

そう考えると未来が楽しみで仕方がない。
涙を全て流しつくし、朝とは打って変わってうきうきとした気分になり始めたメディスンは、今、確かに『幸せ』だった。



毒気を帯びた鈴蘭畑の空気の中、はしゃいで幸せを噛みしめる小さな毒人形の傍らで、捨てられた金髪の人形もまた、雨に降られてなお表情一つ変えずに微笑んでいた。

―― fin ――
東方キャラ中で(個人的に)最も哀愁の雰囲気が似合いそうなキャラ達で、こんなお話になりました。
見ない組み合わせですが、置かれた境遇といい、可愛らしさといい、とても似合う二人だと(個人的に)思います。
うーむ、自己満足。

シリアスでしっとりしたお話を書くのが初めてなので、すごく悩んで中々しっくりこなかった場所もちらほら。
なので、気になった点があれば指摘して頂けると助かります。
半妖
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コメント



0.500簡易評価
7.70リコーダー削除
しっとりした雰囲気はとてもいい。
小傘の言っている事は、少し正論に過ぎると感じてしまいました。私はこんな事言われても立ち直れないな。とはいえこの二人の絡みは幸せそうで頬が緩む。
9.無評価半妖削除
>リコーダーさん
なるほど、正論に過ぎる、ですか。
書いている途中は夢中で気づかなかったのですが、言われてみると確かにそうですね。
いやはや、シリアスは難しい。でも書くのは楽しかったのでまた挑戦してもっといい作品を作りたいと思います。
コメントありがとうございました。
14.80名前が無い程度の能力削除
小傘に正論を言われたからって、長年蓄積した感情がそう簡単に納得するかな。と感じました
もっと時間が経過するか、考えを改めるような出来事があるとしっくりくると思います