※この作品はパロディです。あと、一部独自設定を含んでいます。
里での薬売りを終えて、いつものように師匠の実験室でいろいろな実験をしているとき、私はとんでもないものを作り上げてしまった。その日は自習だったから、部屋には私一人だった。
とんでもないものといったところで、からだが大きくなったり小さくなったりする薬だとか(師匠は作ったことがある。そのとき分かったが師匠はロリコンの気がある)、不老不死の薬だとか(これも作っている。というか師匠含め幻想郷では三人服用している。何この規格外)、そんな恐ろしいものではない。酸素からヘリウムを取り出す薬だ。つまり、O16を原素転換して、その中からヘリウムの原子を二個とび出させるという薬品を作ってしまったのである。
なんだそんなことと思うかもしれないが、じつはこれは大変なことなのである。幻想郷、というか日本には、ヘリウムがないのだ。
外の世界の大国、亜米利加では、地下からヘリウムが噴出している。ところが、外国へ輸出してはいけないという法律があるらしく、日本にはくれないのだと師匠が昔教えてくれた。ひょっとするとこれは、すごいことになるかもしれないぞ、と私は思った。
普段からいろいろなものを暇つぶしにと開発・調合している我が師匠も、材料がなければ物は作れない。その師匠が以前、潜水服を作るためにヘリウムを欲しがっていたことを思い出し、私はその日その薬を見せに行った。思ったとおり、師匠はびっくりした。
「とんでもないものを作ったわね」
「いえ、いえ。しょせん偶然の産物ですよ」
「偶然というものは、ある意味では必然なのよ。腕を上げたわね、ウドンゲ。あなたを弟子に持てて本当に良かったわ。潜水病を防ぐためには、ヘリウム混合酸素というのは、絶対必要なのよ。よし、さっそくその薬を、明日から大量生産しましょう」
思わず頬が緩んでしまう。蓬莱の薬を作り出し、月の都では誰もがその頭脳を畏れていて、その上超美人。そんな師匠にこうまではっきりと認められたのは初めてなのだ。仕方ないことだろう。
次の日、師匠は私の作った薬をポケットに入れたまま、新しく開発した潜水服のテストをするために、霧の湖へと出かけていった。
その日の仕事終わりも、私は実験室に入って、昨日作ったのと同じ薬を調合した。ところがうっかりその薬を、テーブルの下においてあったバケツの中に落としてしまったのである。バケツには水がいっぱいに入っていた。たちまち、水はゴボゴボと泡立ち、わき返った。すごい勢いである。
ちょっとおかしいな、と私は思った。ヘリウムが発生するだけにしては、こんなに泡立ち、わき返る筈が無いのだ。
もう一度薬の効果をよく確かめてから、私は今度こそ、本当にびっくりした。O16から原子が二つとび出した。そこまではいい。だが酸素の残りは、なんとC12になっていたのである。私の作った薬は、酸素を急激に炭素に変える触媒の役割を果たすのだ。それだけではない。薬は、大量に作る必要などちっとも無く、ごく少量を水の中へ落とすだけで、いくらでも連鎖反応を起こすことがわかったのだ。
その時、師匠製の、妖力を原動力とする通信機が、騒がしくベルを鳴らした。子機を取り上げると、師匠の声が大きく響いてきた。
「えらいことをしてしまったわ。さっき、潜水服に着替えるときに、あの薬をうっかりして湖の中に落としてしまったのよ」
私は息をのんだ。師匠の生着替えハァハァ一緒に行ってれば良かった、って違う。薬を落としてしまったとは、これは大変だ。
「それで、どうなりました?」
「水面全体が、ボコボコとわき返ったわ。」
私はげっそりして、受話器を置いた。
それから、ぎょっとして考えた。あそこの湖は、妖怪の山からの川が流れ込んでいる。さらに塩分濃度が高く、比較的に海水に成分が似ているのだ。そして海水は、H2O、NaCl、MgClなどでできている。その中のO16がC12になればどうなるか。震え上がった。C2H5OHだ。つまりは――
――酒だ。霧の湖が、完全に酒になってしまった。にがりの効いた辛口の酒だ。そして連鎖反応を起こしながら、そのおぞましい液体は水のあるところ、川をのぼり妖怪の山の地下水を酒と化し、魔法の森の湿気を酒気へと変え、温泉を通って地底へ染み込み、池に沼に、さらには貯水池に入り、すべてを酒に変えてしまったのだ。ああ、そういえば雨だって降るじゃないか!!
もう何もかも無茶苦茶だ。幻想郷が酒に犯されてしまった。
これが酔わずにいられるだろうか。私はバケツを取り、まだわき立っている中身を一思いに飲み干した。
ところが私は忘れていたのだ。人体の成分のほとんどは水分であることを。
私は酒になった。
***
鈴仙が散った後の幻想郷では、幻想となった多くの酒神が、興奮し暴れまくっていた。
神たちの暴走のおかげで、ただの酒はワインにビールにウィスキーにブランデーにカクテルにリキュールにソーマにネクタル、焼酎に日本酒にどぶろくに黄酒にみりんに純粋エタノールと、あらゆる種類に千変万化し、その様に興奮した鬼たちがついそれに手を出し、皆酒になってしまった。かつて人間たちを脅かした最強の妖怪、鬼は、皮肉にも自分たちが常に手放さない飲料によって、幻想郷から姿を消した。
鬼だけではない。ウワバミと名高い天狗たちも、その魔酒に挑戦し液状化した。不老不死の蓬莱人たちも、私は不死だからとそれをがぶ飲みし、あっけなく溶けた。しかもタチの悪いことに、死んではいないためにリザレクションできないのだ。不老不死もこの酒の前では無力なのか。その後も、知らずに飲んだ人間や低級妖怪が酒化し、これに挑戦しようとした大妖怪たちも酒化し、自然の象徴の妖精さえも酒化し、水分が皆酒となり、酒が酒を呼ぶ混沌とした状況に、酒神の暴走も重なり、人の形だけではなく山や森までもが、もはや化学反応を超越し酒になった。
そんな状態の幻想郷、霧の湖の畔に一人の男が現れた。その男は不健康なまでに痩せていて捉えどころの無い風貌で、妖怪か人間かわからない。
男は不敵に笑い――湖に自らのジョッキを突っ込み、中の酒を一口で飲み干してしまった! そして目にも留まらぬ速度で酒を飲み続け、男は一帯の酒を飲み尽くした。男は霧の湖だけではなく、魔法の森、迷いの竹林、妖怪の山、地底と、次々に幻想郷各地の酒を枯らしていった。
その後も男は飲んだ。いや、呑んだ。酒の元が、人間だろうと鬼だろうと蓬莱人だろうと天狗だろうと描写するのもおぞましいような姿の低級妖怪だろうと、呑んだ。どこにどのようにあろうと、それが酒であればひたすらに呑む。その迷いの無い酒への飽くなき執念と、鬼にも太刀打ちできなかった魔酒をグビグビと飲み干す姿は、ある種の神々しさをも感じさせた。
――そして、男の活躍により、幻想郷住民たちを次々と呑み込み溶かしていった凶悪な酒は、ついに幻想郷から完全に消滅したのであった。
「僕の酒宴は百八次会まであります。ンフフフ」
男はどこからか缶ビールを取り出し、最初と同じような不敵な笑いで立ち去っていった。
幻想郷は救われたのだ。
里での薬売りを終えて、いつものように師匠の実験室でいろいろな実験をしているとき、私はとんでもないものを作り上げてしまった。その日は自習だったから、部屋には私一人だった。
とんでもないものといったところで、からだが大きくなったり小さくなったりする薬だとか(師匠は作ったことがある。そのとき分かったが師匠はロリコンの気がある)、不老不死の薬だとか(これも作っている。というか師匠含め幻想郷では三人服用している。何この規格外)、そんな恐ろしいものではない。酸素からヘリウムを取り出す薬だ。つまり、O16を原素転換して、その中からヘリウムの原子を二個とび出させるという薬品を作ってしまったのである。
なんだそんなことと思うかもしれないが、じつはこれは大変なことなのである。幻想郷、というか日本には、ヘリウムがないのだ。
外の世界の大国、亜米利加では、地下からヘリウムが噴出している。ところが、外国へ輸出してはいけないという法律があるらしく、日本にはくれないのだと師匠が昔教えてくれた。ひょっとするとこれは、すごいことになるかもしれないぞ、と私は思った。
普段からいろいろなものを暇つぶしにと開発・調合している我が師匠も、材料がなければ物は作れない。その師匠が以前、潜水服を作るためにヘリウムを欲しがっていたことを思い出し、私はその日その薬を見せに行った。思ったとおり、師匠はびっくりした。
「とんでもないものを作ったわね」
「いえ、いえ。しょせん偶然の産物ですよ」
「偶然というものは、ある意味では必然なのよ。腕を上げたわね、ウドンゲ。あなたを弟子に持てて本当に良かったわ。潜水病を防ぐためには、ヘリウム混合酸素というのは、絶対必要なのよ。よし、さっそくその薬を、明日から大量生産しましょう」
思わず頬が緩んでしまう。蓬莱の薬を作り出し、月の都では誰もがその頭脳を畏れていて、その上超美人。そんな師匠にこうまではっきりと認められたのは初めてなのだ。仕方ないことだろう。
次の日、師匠は私の作った薬をポケットに入れたまま、新しく開発した潜水服のテストをするために、霧の湖へと出かけていった。
その日の仕事終わりも、私は実験室に入って、昨日作ったのと同じ薬を調合した。ところがうっかりその薬を、テーブルの下においてあったバケツの中に落としてしまったのである。バケツには水がいっぱいに入っていた。たちまち、水はゴボゴボと泡立ち、わき返った。すごい勢いである。
ちょっとおかしいな、と私は思った。ヘリウムが発生するだけにしては、こんなに泡立ち、わき返る筈が無いのだ。
もう一度薬の効果をよく確かめてから、私は今度こそ、本当にびっくりした。O16から原子が二つとび出した。そこまではいい。だが酸素の残りは、なんとC12になっていたのである。私の作った薬は、酸素を急激に炭素に変える触媒の役割を果たすのだ。それだけではない。薬は、大量に作る必要などちっとも無く、ごく少量を水の中へ落とすだけで、いくらでも連鎖反応を起こすことがわかったのだ。
その時、師匠製の、妖力を原動力とする通信機が、騒がしくベルを鳴らした。子機を取り上げると、師匠の声が大きく響いてきた。
「えらいことをしてしまったわ。さっき、潜水服に着替えるときに、あの薬をうっかりして湖の中に落としてしまったのよ」
私は息をのんだ。師匠の生着替えハァハァ一緒に行ってれば良かった、って違う。薬を落としてしまったとは、これは大変だ。
「それで、どうなりました?」
「水面全体が、ボコボコとわき返ったわ。」
私はげっそりして、受話器を置いた。
それから、ぎょっとして考えた。あそこの湖は、妖怪の山からの川が流れ込んでいる。さらに塩分濃度が高く、比較的に海水に成分が似ているのだ。そして海水は、H2O、NaCl、MgClなどでできている。その中のO16がC12になればどうなるか。震え上がった。C2H5OHだ。つまりは――
――酒だ。霧の湖が、完全に酒になってしまった。にがりの効いた辛口の酒だ。そして連鎖反応を起こしながら、そのおぞましい液体は水のあるところ、川をのぼり妖怪の山の地下水を酒と化し、魔法の森の湿気を酒気へと変え、温泉を通って地底へ染み込み、池に沼に、さらには貯水池に入り、すべてを酒に変えてしまったのだ。ああ、そういえば雨だって降るじゃないか!!
もう何もかも無茶苦茶だ。幻想郷が酒に犯されてしまった。
これが酔わずにいられるだろうか。私はバケツを取り、まだわき立っている中身を一思いに飲み干した。
ところが私は忘れていたのだ。人体の成分のほとんどは水分であることを。
私は酒になった。
***
鈴仙が散った後の幻想郷では、幻想となった多くの酒神が、興奮し暴れまくっていた。
神たちの暴走のおかげで、ただの酒はワインにビールにウィスキーにブランデーにカクテルにリキュールにソーマにネクタル、焼酎に日本酒にどぶろくに黄酒にみりんに純粋エタノールと、あらゆる種類に千変万化し、その様に興奮した鬼たちがついそれに手を出し、皆酒になってしまった。かつて人間たちを脅かした最強の妖怪、鬼は、皮肉にも自分たちが常に手放さない飲料によって、幻想郷から姿を消した。
鬼だけではない。ウワバミと名高い天狗たちも、その魔酒に挑戦し液状化した。不老不死の蓬莱人たちも、私は不死だからとそれをがぶ飲みし、あっけなく溶けた。しかもタチの悪いことに、死んではいないためにリザレクションできないのだ。不老不死もこの酒の前では無力なのか。その後も、知らずに飲んだ人間や低級妖怪が酒化し、これに挑戦しようとした大妖怪たちも酒化し、自然の象徴の妖精さえも酒化し、水分が皆酒となり、酒が酒を呼ぶ混沌とした状況に、酒神の暴走も重なり、人の形だけではなく山や森までもが、もはや化学反応を超越し酒になった。
そんな状態の幻想郷、霧の湖の畔に一人の男が現れた。その男は不健康なまでに痩せていて捉えどころの無い風貌で、妖怪か人間かわからない。
男は不敵に笑い――湖に自らのジョッキを突っ込み、中の酒を一口で飲み干してしまった! そして目にも留まらぬ速度で酒を飲み続け、男は一帯の酒を飲み尽くした。男は霧の湖だけではなく、魔法の森、迷いの竹林、妖怪の山、地底と、次々に幻想郷各地の酒を枯らしていった。
その後も男は飲んだ。いや、呑んだ。酒の元が、人間だろうと鬼だろうと蓬莱人だろうと天狗だろうと描写するのもおぞましいような姿の低級妖怪だろうと、呑んだ。どこにどのようにあろうと、それが酒であればひたすらに呑む。その迷いの無い酒への飽くなき執念と、鬼にも太刀打ちできなかった魔酒をグビグビと飲み干す姿は、ある種の神々しさをも感じさせた。
――そして、男の活躍により、幻想郷住民たちを次々と呑み込み溶かしていった凶悪な酒は、ついに幻想郷から完全に消滅したのであった。
「僕の酒宴は百八次会まであります。ンフフフ」
男はどこからか缶ビールを取り出し、最初と同じような不敵な笑いで立ち去っていった。
幻想郷は救われたのだ。
面白く笑わせていただきましたw
さすが神主は格が違った。
人類お燗計画ですねっ
挑戦した作者に乾杯。
まさか、幻想郷の住人が全て酒に変わり、なおかつ神主様が飲み干すとは…
うごんげgj
後半のくだり、とてもよかったです。ところでその謎の男って確か…おやなんだか変な気分d
神主の胃袋は(酒に関しては)宇宙だったと。