Coolier - 新生・東方創想話

Seeing is believing.

2009/07/17 23:43:08
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 雪が降る地底の街道。鬼や妖怪が蔓延る地獄の町並み。それを眺めるのはなかなかに面白い。様々な色の光を灯した屋台や店が立っている中、彼女は一人で立っていた。
 その存在は誰にも気付かれることはない。何故なら誰も彼女には気付かないからだ。
 無意識を操る程度の能力、それが彼女の能力だ。
 無意識を操るということは、誰にも存在を気付かれないくらいに希薄な存在となることもできるため、彼女はどこにだって侵入できるし、見つかっても気配を消せば捕まることもない。だから悪戯をしたいと思えばいくらでもすることができる。しかし彼女にそんな悪戯心は今はない。無意識化にいるうちに、彼女は感情の一部を閉ざしてしまったからだ。
「そうよね」
 不意にそう呟く彼女―――古明地こいしは、自分の住んでいる館をその町から仰ぎ見た。
「こちらから近づくことがなければ、向こうからも近づくことはないわね」
 誰も近づこうとはしないその建物、地霊殿。こいしとその姉であるさとりが住んでいる場所だ。
 戻ろう、そう彼女は思い足を少し速めた。その「瞳」は固く閉じられていた。
 館に戻っても、彼女が能力を解かなければ誰もその存在に気付くことはない。そのままさとりの横を通り過ぎようとしたとき、ふと諧謔心が沸き起こる。
 能力を少し解いてみよう。普段はこんなこと考えないのに、どうして突然?そう思う前に、こいしは無意識の能力を解いた。
「……おかえり、こいし。どこ行ってたの?」
 気付いた。でもこいしの心を読むことはできない。どうしても慣れ親しんでしまった習慣上、心だけは閉ざしてしまうのだ。
「ちょっと、町にね」
「何をしに?」
「散歩してきただけ」
「あまり悪戯をしては駄目よ?」
「分かってるわ」
 そのままさとりの横を通り過ぎ、普段生活している場へ戻っていった。
 部屋の中にはペットたちがいる。さとりが与えてくれたものだ。それにさとりのペットとも交流がある。主にお燐やお空たちだ。
「ただいま」
 ドアを閉めると、ペットがぴょんと小さくジャンプして胸に飛び込んできた。
「どうしたの?寂しかった?」
「にー」
(そう、寂しかったの)
 心を読む第三の瞳を閉じたこいしには、動物たちの心を読むことはできない。でも肌で感じ取れる感情ならば分かる。この点は姉であるさとりよりも精巧なはずだ。
 お腹が減ったのか、遊びたいのか、それとも眠いのか、それを感じ取るだけでも、彼女は小さな喜びを感じていた。
 少し前まではこんなことを思うこともなかった。
 こいしとさとりは、忌み嫌われた妖怪だ。
 心を読むことで地上から排され、地底に住むこととなってしまった。さとりは開き直っているようで、心を読む第三の瞳を閉じることもなく過ごしている。
 だがこいしは心を読むことで嫌われることを知り、その瞳を閉ざした。結果、彼女は無意識を操る能力を得た。だがそれはただの逃げでしかなかったのだ。結局は心を閉ざしたことと何も変わらず、ただ放浪するだけの妖怪となってしまったのだ。まあ、彼女はそれが楽しかったからどうでもよかったのだが。
 しかし、さとりはそんな妹のこいしを哀れみ、ペットを与えることで少しでもこいしの心を和らげようとしていた。
 結果、こいしの心も少しずつではあるが変化してきたようだ。
「こいし様ぁ」
 不意に掛けられる声、いつの間にか中庭に来ていたのか、お燐だった。
「あら、お燐じゃない」
「珍しいですね、お散歩ですか?」
「ええ、少し退屈だったから」
「良かったら、お空のところまで行きませんか?」
「そうね、行きましょう」
 このように、彼女も少しずつ変わっている。だが、瞳を閉じれば何も見えないように、彼女は他の生き物を多く知ろうとはしなかった。
「ねえお燐?」
「何ですか?」
 灼熱地獄への道を行く中、こいしは突然切り出す。
「私と一緒にいて楽しい?」
「いきなりですね」
「教えて」
「そうですねぇ、あたいはこいし様やさとり様といるだけで楽しいですよ」
「本当?」
「本当です。もし瞳を閉じていなかったら、読んでみてほしいくらいですよ」
 そう言ってにかっと笑うお燐にきっと他意はないだろう。少しだけこいしは安心した。
「もし私がまた瞳を開けられることがあったら、お燐は今まで通りでいてくれる?」
「もちろんですよ、というより、心を読まれるのはさとり様で慣れてますし、何も変わりませんよ。安心してください」
「そう?」
「あたいは二人がどんなことを経験してきたか分かってますから。あたいたちはペットです、主人のことは信頼しますよ。ほら、着きました」
 灼熱地獄と言っても、既に棄てられてしまった場所だ。温度もそこまで高くなく、冷える一方なので、特に不快感を感じることもなかった。
「お空ぅ!」
 お燐が読んで数刻後、一匹の烏が飛んでくる。
「おや、動物の姿なのかい?珍しいお客様だよ」
 やがてその烏は人の形を取った。
「こいし様じゃないですか!こんにちは!」
「こんにちはお空」
「何やってたの?」
「ちょっと休んでた、お腹も減ったから帰ろうかなって」
「ありゃ、ここで少し遊ぼうと思ってたのに」
「別に私は今からでも構わないよ?お腹いっぱい空かせてから食べるっての乙だしね」
「なら、やることは一つだね」
 弾幕バトル。
 お燐とお空は弾幕戦を始めた。こいしはその情景をじっと眺めていた。
 様々な色の弾丸が飛び交う空中、恐らく人間ならば誰しも感動を覚えるであろうその光景、こいしにはイマイチだった。やはり心を閉ざしている所為か、感情の一部が上手く働かない。当人は気付く由もなかった。
「お空!その力は反則だよ!」
「えへへ、ただの烏じゃないよ!」
 しばらく経つと、二人は地面に突っ伏していた。お燐の勝利で終わったようだが。
「お疲れね。お燐、お空」
 その声に三人が振り向くと、主であるさとりがバスケットを持って立っていた。
「あんまり遅いから、ここまで来てしまったわ。どうせこんなことだろうと思ってはいましたが、良ければここでご飯にしませんか?」
「さすがさとり様!」
 飛び起きたお空がバスケットの中からおにぎりを一つ攫っていった。
「はー、さすがは烏、速いわねえ」
 お燐が呆れていると、お空は座っておにぎりを突っつき始めた。
「お燐もこいしも食べなさい」
「ありがとうございます」
 お燐もそのまま食べ始める、しかしこいしはどこか思うところがあるのか、動くことができずにそのまま腰を下ろした。
「珍しいじゃない、こんな処に来るなんて」
「お燐と来たの、なんとなくだけど」
「そう」
 さとりもこいしの隣に腰を下ろす。
「食べないの?」
「今は、いい」
「体に悪いわよ」
 そう言ってさとりはおにぎりと一つ手に取り、こいしの口元へ持っていった。
「いくら妖怪でも、規則正しい生活は大切よ。長生きするためにもね」
「私はあまり長生きはしたくないわ」
「そう言わないで、私が作ったのよ?少しぐらい食べて」
 お姉ちゃんの手作り。そういえば、さとりの手料理などもうしばらく口にはしていなかった。
 地底に来てからというもの、さとりはあまり行動的にはならず、地霊殿でじっとしていることが多かった。
 そんな彼女がどうしてこんなことを突然し出したのか、あまり気にせずそのままおにぎりを齧った。
「おいしい」
「でしょ?沢山食べなさい」
 食べながらこいしは思った。お姉ちゃんをここまで変えたのは一体何なのだろう?お姉ちゃんが分からない。こういうときどうすればいいんだっけ。そんな簡単なことも忘れてしまった自分を少し疎んだ。
「……お姉ちゃん」
「なに?」
「どうして、変わったの?」
「変わった?」
「何かあったの?私がいない間」
 そう、こいしはここしばらく帰ってはいなかったのだ。その間に何かあったに違いない、そう確信してこいしはさとりに訊いた。
「こいしがいない間……ああ、あの巫女達ですね」
「巫女?」
「地上からの訪問者よ、異変を解決しに来たとか。腕は立つけど凶暴だったわね。頭も空っぽだったかも」
 そんな馬鹿な。頭が空っぽということは、心を読むことができなかったのだろうか。その旨をこいしは訊いた。
「今のは比喩よ。あまり頭は良くなさそうだったけど」
 そんなことがあったのか、とこいしは思った。
 その後、ランチタイムも終わり、こいしは一人で自室へ戻った。
 お姉ちゃんが分からない。
 どうしてそんな人間一人との出会いがここまで心を変えてしまうのか。その巫女とやらのあまりの強さにショックを受けておかしくなったのか、それともただ単に心変わりか。私にはそんなことできそうに無い。いつか変われるだろうか。どうしても言えなかった言葉を言うことができるだろうか。心を閉ざした結果、薄れてしまった感情を、再び色濃く染めることができるだろうか。
「そうだ」
 最近は行動範囲も広がってきた、ならば地上に行ってみよう。そうすれば、何かが分かるかもしれない。
 そうそう行けるようなものでもない、だが彼女には無意識がある。さとりに気付かれることもなく、誰にも見つかることもなく、地上に行くことができる。最も、最近はお燐やお空も地上に行っていたため、怒られるような心配もないが。さとりは決して地上に行くことはしない、ならば私が地上の世界を知ってみよう、そして何か土産話の一つでも持ってきてみようか。そんな人間的な感情がこいしには芽生え始めていた。
 無意識を操れば、誰にも気付かれることは無い。お茶を飲んでいる巫女の横を通り過ぎ、箒を持った白黒の横を通り過ぎても、誰も気付くことは無い。山を登っても妖怪たちに気付かれることは無い。ある種便利な能力だ。
 まずこいしは、ペットであるお空に与えられた力の出所である山の上の神社に行くことにした。もしかしたらそこの巫女がお姉ちゃんを倒したのかもしれない、そんな好奇心の下で動く彼女。
「―――♪……あら?」
 神社の境内にまで到着すると、箒で落ち葉を掃いている巫女らしき人物と遭遇した。
「こんな寒い中、参拝ですか?」
「……私に言ってるの?」
「ええ、そうですが?」
 気付いた、気付かれた。何故、無意識の私には気付かないはずなのに。
「どうして私に気付けたの?」
「希薄ではありますが、なんとなくは分かります」
「私は無意識を操るのよ?」
「無意識ですか……、あまりよくは分かりませんが、あなたは誰にも見られたくないんですか?」
 不思議な巫女、でも粗暴と言うような雰囲気ではない。
 なんとなく諭されている気分になり、こいしは会話をしてみることにした。
「そういうわけじゃないわ、でも見られると不都合でしょ?この山は」
「確かにそうですね、天狗や河童は集団を重んじていますから。見つかっては不都合ですね」
 苦笑いの彼女、名前を訊いてみた。
「私は東風谷早苗、この守矢神社の巫女です」
「巫女。あなた、地底に行ったことある?」
「いえ、地底に行ったことはないですね。先日ここの神様方が行ったようですが」
「もしかして、お空に力を与えたのはその神様?」
「恐らくそうかと」
 では、一体お姉ちゃんを倒した巫女はどこに?そう思ったとき、早苗は突然後ろを向いた。
「あら、またお客様みたいですね」
「え?」
「知り合いの巫女が来たみたいなので、失礼しますね」
 昂ぶったような笑顔を浮かべ、早苗は飛んでいった。そのとき「常識には囚われない」と言っていたのが少し気になった。
 数刻後、紅白の衣装を身に着けた仏頂面の巫女が現れた。
(ああ、あの巫女だ)
 こいしは一瞬で看破した、あれがお姉ちゃんを倒した巫女だと。
「丁度良いところに巫女を見つけたわ、ここの神様がどこに行ったか知らない?」
「おん?私も捜していた所よ」
「神社の巫女さんが神様を捜しているなんて滑稽だわ」
 何故だろう、言葉が口を紡いで出てくる。
「あんた、誰?」
 何やら会話が成立している気がしていないが、とりあえず答えることにした。
「私は古明地こいし。しがない参拝客よ。わざわざ地底から出てきたってのに神様が見つからないなんて……」
「こめいじ……?どっかで聞いた事があるような。あー、地霊殿か?」
 確信した。
「貴方、地霊殿を知っているのね?」
「最近行ったわ」
「もしかして……貴方、お姉ちゃんが言ってた地上の人間?」
「嫌な予感がするよー!もりもりと」
 私はむしろ良い予感がする。
「お姉ちゃんが中々腕が立つけど凶暴で頭の中が空っぽの巫女にやられたって」
「さとりの妹さんね。あんたももしや……考えてる事を……」
 一瞬心がズキンとした。やはり心が読まれるというのは良い気分ではないのだろう。
「心の事?私は閉ざしちゃったわ。覚りの瞳。人の心なんて見ても落ち込むだけで良い事なんて何一つ無いもん」
「それは良かった。じゃ、神奈子も諏訪子も見つからないし、私はここら辺で」
 ダメ、ここで巫女を行かせてはいけない。私の何かが変わる!
「ちょっと待ってよ!」
 大きな声が漏れる。
「山の神は見つからなかったけど、良い人間を見つけたわ。私はお空に神の力を与えた強い者を捜していたの。でも、お空を倒した貴方はもっと強い筈!お姉ちゃんすら敵わなかった貴方の力、是非見せて欲しいわ!」
「何でいきなりこんなことになんのよ」
「気にしないことよ、でも私はもう我慢できないから」
「やれやれ、何で私の周りにはこんなのしかいないんだか……」
「どうでもいいじゃない、私は貴女が知りたい。もっと色んな生き物をことを知りたい!だから、私にその力を見せて!」
 自然に零れてしまう笑顔、漏れていく感情、もう我慢なんて必要ないイドが解放される。
「はあ、カードは十枚ね」
 ため息を吐いた巫女は、カード枚数を宣言する。
そして遊びが始まった―――

 集合した無意識はやがて拡散する。
 まるで偏執病(パラノイア)にでも罹ったような昂ぶり。
 解放されるイド。抑えつけるスーパーエゴ。
 ポリグラフやロールシャッハに掛けたって、私の心は読めないけれど。
 埋もれてしまった心の火は復燃する。
 無意識の遺伝子は消し去ることはできないけれど。
 例え嫌われていたとしても。
 隠してしまった心を、私は再び探し出す。

 結局、負けてしまった。
 けれど、こいしの心はどこか揺れていた。
「今までは、こんなことなかったのになぁ」
 瞳を閉ざしてから希薄になった感情に、再び色が付き始めたかのように、様々な事が頭を駆ける。
 どうしてこんなことをしようと思ったのか、正直もう覚えてはいない。
「あんた、大丈夫?」
 仰向けに倒れたこいしに駆け寄る巫女、こいしは大きな反応は見せなかった。
「変わった子ね、さっきまで希薄だった気配がもうはっきりしてるわ」
「そうかな?」
「本当よ、色々と思うことがあるみたいね、あんた」
 そう、こいしの瞳は開き始めたのだ。それによって感情も少しずつ取り戻されている。
「早めに帰りなさいよ?あんたのお姉ちゃんも心配するだろうし。また相手してほしかったら博麗神社に来なさい、通われるのは勘弁だけど。じゃあね」
 そう言い残して、巫女は飛んでいった。
「変わった人間、誰に対しても関係ないみたい」
 それが今の博麗の巫女だ。
 何かが晴れたような気分、不思議な生き物たち、色んなことを今日は知った。それに、瞳も少し開いた。きっと面白いことがあったからだろう。
 とりあえず帰って、お姉ちゃんやペットたちに色々なことを話してみよう。そう思って、こいしは地底へ戻った。
「ただいま」
「珍しいわね、気配を残したまま入ってくるなんて」
 帰ってきたこいしを見て、さとりは気付いたようだ。
「瞳、緩んだわね」
「今日色々見てきたから」
「そう。どうだった?」
「面白かった!」
 とびきりの笑顔でこいしは答えた。その笑顔にさとりは少し戸惑いながらも、妹の良い変化に喜びを感じた。
「もっと色んなことを知りたいと思った、それに気付いたわ。瞳を閉ざすことは心を閉ざすこと、だからなんだか色が無かった。けど、なんとなく分かったわ」
「何が分かったの?」
「百聞は一見に如かずって、本当だったのね」
「そうね、私もあんな化け物巫女がいるなんて初めて知ったわよ」
 言った後、二人で笑った。
「お姉ちゃん」
「何?」
「ありがと」
 こいしはそう言って部屋へ戻っていった。
「ありがと、か。あの子がそんなこと言うなんてね」
 さとりもまた、小さく笑ってその場をあとにした。
 こいしは部屋に戻るとすぐに寝てしまった。満足そうな表情を浮かべて。見ている夢は果たしてなんだろうか。それは、誰にも読むことはできない。

 隠された薔薇は私の心、いつか見つけたい隠された薔薇。その薔薇と私の心は、一体何?

 


 



 薔薇の花言葉:恋する心、情熱の恋、暖かな心。
初投稿ですね、はい。しばらくのROMの後、貯めてたネタを放出させていただきました。見て頂ければ分かるとおり(?)こいしの心の変化を中心に書いています。こいしは瞳を閉ざした結果感情にも制限がかかりましたが、本当はとてもとても優しい子なのだと、私は勝手に妄想しています。そしてアットホームな地霊殿。さとりはきっと良いお姉ちゃんなんでしょうね。いつか本当の意味で姉妹仲良く、ペットたちと共に過ごしてくれると良いですね、ほのぼの最高。
また書けたらいいなぁ、今の時期修羅場だよ・・・チクショー。
とりあえず、これを読んで頂いた皆さんの心にもほんの少しの変化があれば嬉しいですね。
hikari
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コメント



0.430簡易評価
5.60名前が無い程度の能力削除
いい話でした……が、少し薄く感じられました。
おそらく、変化の部分の書き込みが足りないからでしょうか。
けれど、このほのぼのとした雰囲気はとても好きです。