「ばか」
妙に幼い口調で、そう言われたので。
言葉を失って、ただ、瞬きを数回、繰り返した。
「……小悪魔の、ばか」
彼女は、そんな言葉をまた一つ重ねて、俯いた。
銀の髪が、サラリと硬質な音をたてた気がした。
なんだか、いつもの彼女より、小さく感じて。
彼女が本当に小さかった頃を、思い出した。
「――……あなたが、本物の、あくま?」
見上げてくる青い瞳に浮かんでいたのは、純粋な疑問符だった。
「ええ、正真正銘の、悪魔さんですよ」
私は、そう言葉を返しながら、背中の羽根を軽くはばたかせて見せた。
すると、幼い彼女は、眉を下げて「おかしい」と口にした。
私はその時、会話をするのが面倒臭いと思っていた。
――館の主の『お気に入り』のようだから、邪険には出来ないが。
読書もしたことのないような浮浪児あがりにかまっていても、時間の無駄だ。
そんな時間があれば、蔵書の整理を行うか、読書をしたい。
本の虫の魔女と契約した、本の悪魔の私は、本気で、そんなふうに、思っていたので。
投げやりな口調で、促したのだ。
「なにが、おかしいんですか」
さっさと話を聞いて、手早く切り上げよう、そう考えていた。
――……だけど。
「だって、あなた、綺麗だもの」
彼女は、そんなことを、真剣な顔で口にした。
「……は?」
予想外の台詞に、固まった私に向けて、連ねられる言葉。
「お嬢さまは、赤いあくまって言われているらしいけど、吸血鬼だから。だから、綺麗なお顔をしているのだと、そう思っていたの。でも、おかしい。だって、あなた、とっても綺麗だもの。あくまなのに」
そして、また、おかしい、おかしいと、繰り返す。
「……」
私は、軽く眉間をもんでから、口を開いた。
「なんですか、貴女は、悪魔ってのは、そんなに醜いものだと思っていたんですか?」
「うん。――……だって」
間髪入れず返事をした彼女は。
「わたし、色んな人から『醜い悪魔の子』って言われたもの。だから、きっと、わたしみたいに。汚い生き物だと、思っていたの」
そう言って、小さな肩を落とした彼女を見て。
「……」
意識せず、私は手を伸ばしていた。
月光を束ねたみたいな銀髪を、クシャクシャと撫でまわす。
「……っ」
息を詰まらせた彼女の、真ん丸になった青い目を見詰めながら、こぼすように口にした。
「綺麗でしょう、貴女みたいで」
――彼女は。
眉を下げ、唇を震わせて、俯いた。
そして、少し経ってから。
「……ううん、ぜんぜん、似てない」
小さな声で、そう答えた。
俯いていたので、顔は見えなかったが。
耳が、赤く染まっていた。
――それから。
最初に感じた忌避感は、なんだったのかと思う程。
彼女は、自然に、私の世界に馴染んだ。
きっと、彼女が幼く、小さかったからだろう。
大抵の生き物は、幼くて小さい程、愛らしい物なのだ。
悪魔である自分が、そのような物にほだされるとは、想像したこともなかったが。
その愛らしさに、ほんの少し、目が眩んだのだと、思った。
本を読んだことがないのなら、読ませればいい。
文字が読めないのなら、教えればいい。
考えてみれば、単純なことなのだし。
――なかなか、心地の良い日々だった気がする。
しかし、生き物とは、個々の種族によって速度こそ異なるが、成長する物なので。
数年経過した頃には、彼女もすっかり大きくなっていた。
初夏、だったように思う。
あてがわれた私室で寝ていると、下唇を噛んで嗚咽こそこらえているが、涙で顔をぐちゃぐちゃにした彼女に、いきなり叩き起こされた。
なにごとかと思ったが、人間より優れた嗅覚で、鉄錆の臭いを嗅ぎ取ったので、彼女に詰め寄った。
「敵襲ですか!?」
しかし、彼女は首を振るばかりで。
問いを重ねているうちに、臭いの出所に気が付いて、溜息を吐いた。
少々、言葉に悩んだが。
「……おめでとうございます」
そう言葉を贈った。
そして、タオルを用意するために、歩き出そうとして。
「……」
寝巻の裾を握られて、動きを止められた。
またひとつ、大きな溜息を吐き出した私は。
仕方がなく、シーツを掴んで、タオルの代わりにした。
なされるがままの彼女の足を上げさせて、汚れた下着を脱がせて、処理をしていく。
一通りの作業が終っても、彼女は自室に戻ろうとはせず。
「……いい加減、泣き止んでください」
そう言って、頭を撫でるほど、彼女は泣き続けて。
結局、その日は眠ることが出来なかった。
その出来事からだろうか。
彼女は、私にあまり寄ってこなくなった。
それ以前の彼女は、ことある毎に私の傍に寄ってきて、ねだるような顔をして、頭にのばされる手を今か今かと待っていた。
「……まあ、もう、撫で辛くもなっていたし」
身長的に、と。
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
以前は、軽く頭を撫でられたけれど。
今は、腕を持ち上げないと撫でられないくらいの身長差だったから。
これが、成長という物なのだろう、なんて。
そんなふうに、受けとめることにした。
贔屓目ではなく。
彼女は、目を疑う程美しい生き物へと成長を遂げた。
きっと、昔の私だったなら、言葉のあやなどではなく食欲の対象になっただろう。
しかし、今の私は、契約主の魔女から十分な魔力《食事》を与えられているし、読書さえ出来れば概ね満足だし、彼女を可愛がっている館の主も恐ろしいし。
なにより、今更彼女を食いたいとも思えなかったので。
まあ、幸せになればいいのではないかな、と。
そんな風に思っていた、から。
「いい加減、好い人でも作ったらどうですか」
――蔵書整理中に。
本棚の影に隠れるようにして『恋愛小説』を読んでいる彼女を見つけた私は。
自然と、そう声をかけたのだ。
しかし。
なにが、いけなかったのだろう。
「ばか」
妙に幼い口調で、そう言われたので。
言葉を失って、ただ、瞬きを数回、繰り返した。
「……小悪魔の、ばか」
彼女は、そんな言葉をまた一つ重ねて、俯いた。
銀の髪が、サラリと硬質な音をたてた気がした。
なんだか、いつもの彼女より、小さく感じて。
彼女が本当に小さかった頃を、思い出したからかもしれない。
意識せず、伸ばした手で。
いつかのあの日のように、月光を束ねたみたいな銀髪を、クシャクシャと撫でまわした。
でも、やっぱり、昔とは違うので。
「……かがんでくれませんか、咲夜ちゃん」
小さく溜息を吐き出して、続ける。
「腕が疲れます」
彼女は、咲夜ちゃんは。
なんにも答えずに。
でも、言われたとおりに、頭を下げた。
俯いていたので、顔は見えなかったが。
耳が、赤く染まっていたので。
「――……綺麗な、紅葉色ですね」
そう囁いたら、余計に赤く染めて。
「貴女の髪に、似ているでしょう」
そんな風に、返してきたから。
かあっと、熱が上がるのが、わかった。
自分の顔は、見れないけれど。
――……きっと、ホントにそっくりな色に、染まっただろう。
妙に幼い口調で、そう言われたので。
言葉を失って、ただ、瞬きを数回、繰り返した。
「……小悪魔の、ばか」
彼女は、そんな言葉をまた一つ重ねて、俯いた。
銀の髪が、サラリと硬質な音をたてた気がした。
なんだか、いつもの彼女より、小さく感じて。
彼女が本当に小さかった頃を、思い出した。
「――……あなたが、本物の、あくま?」
見上げてくる青い瞳に浮かんでいたのは、純粋な疑問符だった。
「ええ、正真正銘の、悪魔さんですよ」
私は、そう言葉を返しながら、背中の羽根を軽くはばたかせて見せた。
すると、幼い彼女は、眉を下げて「おかしい」と口にした。
私はその時、会話をするのが面倒臭いと思っていた。
――館の主の『お気に入り』のようだから、邪険には出来ないが。
読書もしたことのないような浮浪児あがりにかまっていても、時間の無駄だ。
そんな時間があれば、蔵書の整理を行うか、読書をしたい。
本の虫の魔女と契約した、本の悪魔の私は、本気で、そんなふうに、思っていたので。
投げやりな口調で、促したのだ。
「なにが、おかしいんですか」
さっさと話を聞いて、手早く切り上げよう、そう考えていた。
――……だけど。
「だって、あなた、綺麗だもの」
彼女は、そんなことを、真剣な顔で口にした。
「……は?」
予想外の台詞に、固まった私に向けて、連ねられる言葉。
「お嬢さまは、赤いあくまって言われているらしいけど、吸血鬼だから。だから、綺麗なお顔をしているのだと、そう思っていたの。でも、おかしい。だって、あなた、とっても綺麗だもの。あくまなのに」
そして、また、おかしい、おかしいと、繰り返す。
「……」
私は、軽く眉間をもんでから、口を開いた。
「なんですか、貴女は、悪魔ってのは、そんなに醜いものだと思っていたんですか?」
「うん。――……だって」
間髪入れず返事をした彼女は。
「わたし、色んな人から『醜い悪魔の子』って言われたもの。だから、きっと、わたしみたいに。汚い生き物だと、思っていたの」
そう言って、小さな肩を落とした彼女を見て。
「……」
意識せず、私は手を伸ばしていた。
月光を束ねたみたいな銀髪を、クシャクシャと撫でまわす。
「……っ」
息を詰まらせた彼女の、真ん丸になった青い目を見詰めながら、こぼすように口にした。
「綺麗でしょう、貴女みたいで」
――彼女は。
眉を下げ、唇を震わせて、俯いた。
そして、少し経ってから。
「……ううん、ぜんぜん、似てない」
小さな声で、そう答えた。
俯いていたので、顔は見えなかったが。
耳が、赤く染まっていた。
――それから。
最初に感じた忌避感は、なんだったのかと思う程。
彼女は、自然に、私の世界に馴染んだ。
きっと、彼女が幼く、小さかったからだろう。
大抵の生き物は、幼くて小さい程、愛らしい物なのだ。
悪魔である自分が、そのような物にほだされるとは、想像したこともなかったが。
その愛らしさに、ほんの少し、目が眩んだのだと、思った。
本を読んだことがないのなら、読ませればいい。
文字が読めないのなら、教えればいい。
考えてみれば、単純なことなのだし。
――なかなか、心地の良い日々だった気がする。
しかし、生き物とは、個々の種族によって速度こそ異なるが、成長する物なので。
数年経過した頃には、彼女もすっかり大きくなっていた。
初夏、だったように思う。
あてがわれた私室で寝ていると、下唇を噛んで嗚咽こそこらえているが、涙で顔をぐちゃぐちゃにした彼女に、いきなり叩き起こされた。
なにごとかと思ったが、人間より優れた嗅覚で、鉄錆の臭いを嗅ぎ取ったので、彼女に詰め寄った。
「敵襲ですか!?」
しかし、彼女は首を振るばかりで。
問いを重ねているうちに、臭いの出所に気が付いて、溜息を吐いた。
少々、言葉に悩んだが。
「……おめでとうございます」
そう言葉を贈った。
そして、タオルを用意するために、歩き出そうとして。
「……」
寝巻の裾を握られて、動きを止められた。
またひとつ、大きな溜息を吐き出した私は。
仕方がなく、シーツを掴んで、タオルの代わりにした。
なされるがままの彼女の足を上げさせて、汚れた下着を脱がせて、処理をしていく。
一通りの作業が終っても、彼女は自室に戻ろうとはせず。
「……いい加減、泣き止んでください」
そう言って、頭を撫でるほど、彼女は泣き続けて。
結局、その日は眠ることが出来なかった。
その出来事からだろうか。
彼女は、私にあまり寄ってこなくなった。
それ以前の彼女は、ことある毎に私の傍に寄ってきて、ねだるような顔をして、頭にのばされる手を今か今かと待っていた。
「……まあ、もう、撫で辛くもなっていたし」
身長的に、と。
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
以前は、軽く頭を撫でられたけれど。
今は、腕を持ち上げないと撫でられないくらいの身長差だったから。
これが、成長という物なのだろう、なんて。
そんなふうに、受けとめることにした。
贔屓目ではなく。
彼女は、目を疑う程美しい生き物へと成長を遂げた。
きっと、昔の私だったなら、言葉のあやなどではなく食欲の対象になっただろう。
しかし、今の私は、契約主の魔女から十分な魔力《食事》を与えられているし、読書さえ出来れば概ね満足だし、彼女を可愛がっている館の主も恐ろしいし。
なにより、今更彼女を食いたいとも思えなかったので。
まあ、幸せになればいいのではないかな、と。
そんな風に思っていた、から。
「いい加減、好い人でも作ったらどうですか」
――蔵書整理中に。
本棚の影に隠れるようにして『恋愛小説』を読んでいる彼女を見つけた私は。
自然と、そう声をかけたのだ。
しかし。
なにが、いけなかったのだろう。
「ばか」
妙に幼い口調で、そう言われたので。
言葉を失って、ただ、瞬きを数回、繰り返した。
「……小悪魔の、ばか」
彼女は、そんな言葉をまた一つ重ねて、俯いた。
銀の髪が、サラリと硬質な音をたてた気がした。
なんだか、いつもの彼女より、小さく感じて。
彼女が本当に小さかった頃を、思い出したからかもしれない。
意識せず、伸ばした手で。
いつかのあの日のように、月光を束ねたみたいな銀髪を、クシャクシャと撫でまわした。
でも、やっぱり、昔とは違うので。
「……かがんでくれませんか、咲夜ちゃん」
小さく溜息を吐き出して、続ける。
「腕が疲れます」
彼女は、咲夜ちゃんは。
なんにも答えずに。
でも、言われたとおりに、頭を下げた。
俯いていたので、顔は見えなかったが。
耳が、赤く染まっていたので。
「――……綺麗な、紅葉色ですね」
そう囁いたら、余計に赤く染めて。
「貴女の髪に、似ているでしょう」
そんな風に、返してきたから。
かあっと、熱が上がるのが、わかった。
自分の顔は、見れないけれど。
――……きっと、ホントにそっくりな色に、染まっただろう。
なんだろう。光景を想像してただけで胸の奥が苦しい・・・
いいなあ。お幸せに、といいたくなる
小悪魔視点から見ると頭割れるくらい咲夜が愛しいわ
ほっこりするSSでした。
現パロも楽しみにしてます。紅い館の核爆弾。