静かな想いに誘われて、過ぎた時代を思い返す。
「悪いようにはしないわよ。貴方たちも、この幻想郷も」
「あらあら。何を言っているの。この蒙昧主義者は」
出会いは、左程良いものではなかった。
私は、いつものように侵略者。
対して、彼女はその地の賢者。
それでも話がまとまったのは、彼女の「幻想郷はすべてを受け容れるのよ」と言う信念のおかげだろう。
「しかしまあ慕われてるじゃないか。スキマ妖怪」
「ええ、ありがたいことですわ」
幸か不幸かお互いに、利用価値が見つかる程度に“力”を持っていて、お互い“時”を待てる程度に時間の余裕を持っていた。
なにしろ、神と大妖だから。
「……調べがつきましたわ。山の神。発掘された件の機械……あれは機械の父の物」
「機械の父?」
「まあ結論だけ言いますと、貴方の嫌な予感はあたったと言うことです」
「なるほど……早速、現地の封印を強化。その上で善後策を練るわ。手間をかけたわね。妖怪の賢者」
「いえ、私も行きましょう。危険は機械そのものより、潜伏工作員の潜入が疑われる状況の方にありますから」
のん気で平和な幻想郷。
災厄は小火の段階で消し去るのが吉、とわきまえた賢者を擁するこの地でも、まあ一万年に一度か二度は、存亡の危機が持ち上がる。
互いに、利用する事に躊躇いは無く、利用される事に否やは無い。
「……コズミック・ビーイング?」
「ええ、コズミック・ビーイング」
「……それが、私の有する概念と同じ存在なら、とてもとても、力押しでなんとかするとは言えないね」
「危機意識を共有してくれているようで、嬉しいですわ。そこで、善後策ですが……」
千代に八千代に。
時は重なる。
積み重なる。
「まあ気兼ねなく使い倒せる実力者と言う存在は、それはそれで良いものね」
「ふむ。そりゃ誉められたうちに入るのかな」
それはさながら、水滴がやがて全てを穿つように。
「では、乾杯」
「ええ、乾杯」
想いも重なる。
積み重なる。
後は野となるか山となるか。
目を開ける。
――いやいや。ここに来て随分になるけど、あい変わらず良いところよね。
私……八坂神奈子はつぶやいた。
かつての……諏訪に居座る前である……彷徨者が、柄でも無いと言えば、そうだろう。いくらか、感傷的になっているな、と思う。
とは言え、目に映る景色が、見事で無いとは、何人にも言えないだろう。
守矢神社から鳥瞰する風景は、実際、明媚を極めていた。
空の蒼。そこに無粋な煤煙など見当たらない。
山の緑。妖怪の山に刻まれた深山幽谷は、千年万年の時代を踏み越えて重く在る。
雲間に見える麓の眺めもまた同じ。霧の湖は、今日はその名に反して全貌をあらわにしていて、今は辺にある……時に主の気まぐれで、湖の島に移ることもあった……紅魔館の西洋風のつくりが良く見える。その先には人間の里があり、迷いの竹林があり、無名の丘、太陽の畑。
視線を転じれば魔法の森に、幻想郷の東の果て……博麗神社に至るまで。
一望の下に全てがあった。
それは混沌としているのに、しかし全てが納まった、ある種の奇跡。
幻想郷。
――ここを離れねばならないってのは、やはり惜しいかね。
私は、己の掌を見た。
掌を透かして、その先の地面も一度に見えた。
八坂神奈子は、消えかけていた。
「ふふ」
知らず苦笑が漏れた。
消えつつある事の、原因は単純。神の顕現を支える、信仰が薄まりつつあるのだ。
まあ別段この地の住人と、争いが起きたわけではない。むしろ、万年を経て、親交は深まったほどである。
あるいはソレが不味かった。
信仰が、完全に親交に変わりつつあるのだ。
世に友人を崇め奉る手合いは居ない。
しかし、それは神にとっては引導を渡されるに等しい。個の心情として、良かれと思えど悪しかれと思えど、だ。
「不覚」
私は舌打ちした。
かつて、幻想郷に来る前は、忘却の果て、信仰を失った。対策したつもりが、この度は、逆方向で信仰を失った。故に、私は引越しする必要ができた。
必要な行いは、行う主義である。
引越しせねばならぬなら、引越しするだけである。
つまり私は、この見事な眺望を、失いつつあった。
まったくもって勿体無い。
柄でもないことを、今度は口にする。
「時間よ止まれ。お前は美しい、か」
「あら、それはつまり、死んでも良いと言うことかしら?」
つぶやきに、予期していない返事が来た。引用元の、前後の文脈を辿れば、間違いとは言えない解釈ではある。
視線を声の元に向けた。
混沌としているのに、しかし全てを飲み込んだ、ある種の奇跡……幻想郷。
それを具象化したような存在が居た。
東洋風と西洋風が入り混じった、大いに派手な服を着た金髪の美女。
私は言った。
「……ひさしぶりだわね。紫。昨日の離別の宴に来てなかったから、こちらから行こうとしていたところよ」
まあ、そう言う予定だったことは間違いない。グズグズと、眺めを見ながら時間を潰してしまっていたが。
――自分で言ってしまうかね。へえ、必要な行いは行う主義? 聞いて呆れるね。
「あらあら。それは惜しかったわね。神奈子。来たら、居留守を使ってやろうと、手ぐすね引いていたのに」
本気なのか、憎まれ口なのか、あるいは単に冗談のつもりなのか、境界の妖怪はそう返した。
「あっはっはっ」
万年前、出会った頃と、まるで変わらぬその様が……いや、そう言えば、名前を呼び捨てにするようになったか……妙に楽しくて、私はつい笑い声をあげた。
珍しく率直に、眉を寄せる紫。
「なにか?」
「いやいや」
私はごまかした。
「これも最後と、改めて貴方の格好を見れば、変な格好だわね、と思っただけよ」
奇妙なほどに率直に、ますます眉を寄せる八雲紫。
「あえて言うわ。おまえが言うな、と」
「え?」
私は、自分の格好を見なおした。
朱の衣に、胸元には鏡。背には注連縄を背負っている。
確認した後、妖怪に大真面目にこう尋ねる。
「どこが?」
「…………」
「御柱を背負ってないのが不味かった?」
何故だかこめかみに指をあてつつ言う妖怪の賢者。
「そういうセンスだから、スペルカードに御柱『メテオリックオンバシラ』とか、儚道『御神渡りクロス』とか、紅魔館の吸血鬼も笑いだす名前をつけてしまうのよ。それはそれは残念なお話ですわ」
私は、ごく平然と対応した。
「結界『魅力的な四重結界』だの、廃線『ぶらり廃駅下車の旅』だの、どこぞの旅行ガイドかと、間違う名前つける輩にいわれたくないね」
「…………」
「…………」
微笑みながら見詰め合う私たち。
「……スペルカード四枚でいかが?」
「おもしろい。どちらが上か、はっきりさせておくか?」
ピチューン! ピチューン! ピチューン!
ピチューン! ピチューン! ピチューン!
ピチュチューン!!
「……まあ兎も角、感謝はしているのよ」
引き分けの後、おもむろに本題に取り掛かる。
「ここでの暮らしは楽しかった。それは間違いないことだし、お別れはきっちりせねばと思っていたところで……」
「あら? どこへ行く気なの?」
私の言を遮って、彼女は尋ねた。
広げた扇で、表情を隠し、八雲紫は質問した。
「惑星ファーワールド。およそ、2万8000光年離れた忘れられた入植地、らしい。文明の退行が起きていて、神々を受け容れる土壌ができあがりつつあって……」
「そういう意味じゃなくてね……」
扇の向こうの瞳が、怪しげな色を湛える。
「……幻想郷は、全てを受け入れる。さて、誰が、出してあげると言いました?」
「おいおい」
私は苦笑しながら、肩をすくめた。
「私に滅びろ、と言うのかい? 紫さんは」
「妖怪になればよろしい。その為の仕組みはまだ健在です」
妖怪の賢者は言い切った。
事実である。
神への信仰は、親交へと変わった。
しかし、未だ人間は妖怪を恐れる。
そして、妖怪は人間に退けられる。
この二つからなる仕組みは依然健在で、今もって幻想郷は忘れられたモノの楽園たるを謳歌している。
さらに理論を言うならば、神が妖怪になる事は、それほど難事ではない。
有名どころを上げるなら、西洋の魔女の祖は、堕ちたる大地の女神たちである。そこまで遠くに例を見出さなくても、妖怪たちが別面で神としての側面を持つ例は多々あるのだ。
――私はそうする。友達はたくさんいるんだしね。あんたもそうしなさい。
私の一番古い友人……諏訪の“土着神”洩矢諏訪子はそれを選んだ。そうして、この地にあり続けることを選んだ。
当然、私はその選択を祝福した。
しかし、自身が倣うのは拒絶した。
論戦すること百と八回、スペルカード戦が十三回……ルール抜きで殴りあうことも一度、納得を得るのに費やした。
――……ふん……
ともあれ、そのやり取りを思いかえすと、今も幾らか胸が痛い。
飲み込み、ねじ伏せ進むと決めても、気が重い。
なにしろ最も古い友人も、この風景もろともに失いつつあるわけで。
いや、笑うしかないと言う奴だ。
そう言う感じの笑みに向かい、試すように言う紫。
「妖怪がお嫌いではないのでしょう?」
「そりゃね。だが駄目さ」
やれやれ、またこの話か、とかつぶやく。
諏訪子と何度繰り返したか分からないやり取りだ。まあ目の前の相手とするのは初めてではある。多分、いつものように、予期せぬロジックを取り出してくるだろう。楽しみだ。
ぱちり、と紫が扇を閉ざした。その先端を突きつけてくる。
おそらくは、そこから先が本題だと解釈する。
「それならば、この幻想郷に不満があるとでも?」
瞬間、ダモクレスの剣が、頭上で揺れていると理解した。すなわち、迂闊な返事は死を招く。
――まあ悪くはないが。
先程つぶやいた「時間よ止まれ。お前は美しい」なる言は本気である。
突き詰めれば、私は、出来ればずっと幻想郷に居たいと思っている。喜怒哀楽、愛別離苦、欣喜雀躍を刻んできたこの地を離れたくない、と。
表に出したつもりは毛頭ないが。
さらに思い返せば、幻想郷の管理者……八雲紫への離別挨拶を、先送りにし続けたのは、どこかで決断を先にしたいと思っていたからだと気がついた。
その先の思いにも気がつく。
他者にそれを強制されるなら、それはそれで有り難い事なのでは?
――未練!
私は嘲った。八坂神奈子を嘲笑した。
なんたる醜悪。
誇りにかけ、踏み越えた時間にかけ、崇め奉ってくれた諸々の信仰者たちにかけ、自ら定めたことわりに背くわけにはいかない。
まあどの道、今の質問への返事は一つである。
「まさか! 好きさ。大好きだとも。まったくもって、貴方を讃えずにはいられんよ。紫。この地は見事だ。もし仮に終わるとしたら、ここが良いだろう。かつての彷徨者が断言するとも」
力を込めた返答。
ごく平板な再質問。
「ならば何故?」
「終わらずにすむ方策があるからさ」
いや、この答えは分かりにくいか。
私は、補足の答えを出す。
「私が、神様をやりたいからさ」
補足と言うより、これこそが根源か。
紫の声に、訝しむ気配が混ざる。
「神様をやりたい?」
「そう」
「まるで自分が神で無いような事を言うわね。山の神」
私は声に出して笑った。
「ははは。人間さ」
ごく快活に秘め事を明かす。
こんなこと、余人に明かせるものではない。
それほどの密事ではある。
理屈を連ねると、神としてこちらを見ている己の信者たちに言えないのはもちろん、神として持ち物を奪ってしまった諏訪子相手にも言えない。言うわけにはいかない。
神として彼や彼女らに与え、また奪ったことを思えば、その前提である神たる立ち位置に自ら傷をつけるわけにはいかないではないか。
言えるのは、そう、一人くらいしかいないではないか?
とは言え、深刻ぶってみせるつもりもない。目の前の相手は、かくのごとき事情で私にとって、まあかなり特別な相手に違いないが、ことさらソレを行動にて明らかにするのは……なんと言うか見栄の張り方が足りてないのではなかろうか?
恥も外聞も無いと哀れまれたら、死ぬよりつらい、と言うものだ。
特別な相手なだけに。
「つきつめて言えば、私は、月人と言う人間。ちと強大な力を持ち、長大な寿命を持っていると言うだけで、人間に違いは無い」
父の名は綿津見命。兄の名は穂高見命。妹たちに豊玉毘売と玉依毘売。私は八坂刀売。
遥かな過去、現在の人類が台頭する前、地上を闊歩していた人類。それが我らだ。
強力な力と、長い命を誇っていた先史人類……しかし、それとても不老不死では無い。
年月の果て、死の到来を察した人々は、その原因を探り、地上における生病老死による穢れがそれ、と結論付けた。
では生き続けるには?
答え。穢れを遠ざければ良い。
かくて、人々は月へと移住した。
とは言え、全員と言うわけではない。
地上に在るとある存在……土着の神々と呼称されるようになった……を観察し、信仰なるしろものを集めれば、さらに強大な力と、衰えない命を手に入れることが出来ると知った一群もあったのだ。
それらは土着の神々を討ち、彼らの民を奪い、地に君臨し神となった。
この二派は、別段対立があったわけではない。手段の相違であり、事と次第によれば助力しあうことも珍しくない。例えば、月の都を築くのに、大なる働きをした八意永琳は、同時に土着神討伐の参謀として天照神に協力している。
ともあれ、地にあって神になった者の一人が八坂神奈子。海神の娘にして、風を創る航海者あがり……彷徨者とはそこからの自称だ……の存在。
「そして、私は神様をやりたいのさ」
海の上を彷徨していた身が、山の神になった理由は、その一言につきる。
大雑把に言えば、行いへのあこがれだし、もっとうまく出来るだろうとの思い上がりもある。はたまた現在の気分を分析すれば、数え切れない程の人々の道筋を変えておいて今更投げ出し逃げ出せるか、と言う責任感みたいなモノもあるだろう。
でも、一纏めにして言えば、神をやりたい。
だから、私は神様をやれるところに引っ越さなくてはならない。
友を失っても。好意の対象を捨てても。気に入ったすべてを置き去りにしても。
絶対に。
八雲紫は、しげしげと私のことを視た。
「……衰えたわね。本当に。神と言うには危うい程に」
「いや、お恥ずかしい限りさ」
私は、再び肩をすくめた。
「……さて困りましたわね……」
言葉通り、紫は困惑の表情を浮かべていた。
まあ、あからさまが過ぎるゆえ、この妖怪を知る者ならフェイクと読むだろう。
紫は言う。実際、苦悩を面に浮かべたまま、飄々とした口調は変わらない。
「……貴方の本意不本意の境界を透かしても、私の我執を尊ぶ妖怪の性から評しても、力が落ちて幻想郷での役割が低下している現状から判断しても、なんと言うことでしょう。お止めする理由が見当たりません」
「冷静な分析ありがとう」
「でも」
まったくもって変わらない。
「見事な枝ぶりの盆栽の、枝が一本無くなるとならば、それはそれは残念ですわ」
「そりゃどうも」
分かりやすい苦悩面に、へらへらとした笑顔を返す。
返しながら言う。
「実に良かった」
「良かった?」
途端に、表情を消す紫。
「ああ、良かった。安心した」
構わず答える私。
「私はね、幻想郷に在れて、本当に楽しかったし、良かったと思っている。さっきも言った事だけどね。でも、それだけに思うのさ。逆に、家主に恩返しは出来ていたのかと?」
家主とは、無論目の前の妖怪の意。
そちらに向け、笑顔の質を変更する。今度の笑みは、にやりとした笑み。
「楽しかったから、ここを去るのは残念なことだ。そして、貴方にも去られる痛みが幾らかはある。ならば、それなりに、良きものをもたらせていた証になる。安心した」
喪失の痛みは、悪いことばかりではない。
それは、喪うモノの価値の証だ。
代々の東風谷と共に在った私には分かる。
代々の博麗と共に在る貴方にも分かるだろう?
八雲紫は無表情のまま。
私は別れの言葉で結ぶ。
「居た甲斐はあった。これで安んじて、出て行けるよ。さらばだ八雲紫」
境界の妖怪は首を傾げた。
そこで不可思議そうな顔になる。
「あら、誰が出してあげると言いましたか?」
「おいおいおい」
すっころびかけて、うなる私。ここは綺麗に決まった所では無かったのだろうか?
飄々たる態度で言う紫。
「タダでだなんて図々しい。お餞別の一つもいただきたいですわ」
ぼやく私。
「……引越しの準備していて、色々いらないものは出たけれど、良さそうなのは昨日の宴会の景品にしちゃったわよ」
「あらあら、物にこだわるなんてはしたない」
八雲紫は微笑んだ。
「接吻一つ」
「おいおいおいおいおい」
私は唖然とした。結構本気で。
「はい?」
相対する八雲紫は、きょとん等と言う擬音が似合う顔をしてくれる。
――はふ。
私は溜息をついた。
――なんだそれ? 嫌がらせのつもりか? 無意味な。ああ、いやいや。違う。対八雲紫において、意図を探るのは下策。腹の読みあいで勝てると思っちゃいけないわね。ふん。量るべきは己の損得か。
そして思う。
――なら、丸儲けって奴じゃないかい?
内心で、ニヤニヤと笑う。
つかつかと近づく。近づいて、アゴに手なんか寄せたりして……
――やはり、きれいだよね。
……感慨を新たになんかもしたりして、そして、私は言われたようにした。
「……ごちそうさま」
「あらあら」
「照れたり恥ずかしがったりすると思ったかい? ふん。ねんねの小娘じゃあるまいに」
笑う私。
小首を傾げる紫。
「ふむ、まあそれは良いのですが……」
「え?」
「……後ろに、諏訪の土着神が」
がぶり。
「な・に・を・しているのかなー? 人が引越しの準備でおおわらわしている時に」
「うおお! 目が……前が見えな……てか真っ赤? 諏訪子の眷属の口か、これ? は、謀ったなあ! スキマ妖怪!」
どったん。
ばったん。
どったん。
ばったん。
そして、風が吹き始めた。
風は、湖と神社をひとまとめに包み込もうとしていた。
さらに視れば、次元と空間の境界も、妖しげになっていた。
「悪いわね、引越しの手伝いさせちゃって」
私は、紫に声をかけた。そこらの事態は、彼女の仕業だ。
まあ自力で出来なくも無いが、境界の妖怪ほど丁寧でない事は確実である。
「お気になさらず、道に迷って、戻ってこられても困りますし」
まったくいつもの調子で言う紫。
「……じゃ、行くわ」
背を向けたのは、諏訪子だ。こちらはいつもの調子ではない。
「なんかね、あんたが弱ってるのを見ると、とっ捕まえて、思い通りにしたくなるからね」
その言を聞き、苦笑を浮かべる。まったく、他にどんな表情をすればよいのだろう。
語れば、長い。それこそ、日が暮れ夜が明けまだ足らないだろう。
実際、ここに至るまで、互いにそれくらいは言葉をかわしてきたはずだ。
「気を使わせたわね。諏訪子」
「はいはい」
気の無い返事。振り返らない彼女。
だが私は背筋を伸ばす。声に力を入れなおす。
「ああ、世話になった。本当に、永い永い本当に永い間、世話になった。幸運を祈ってるよ。幸いあれだ」
「本当にね」
あっけなく、あっけなく、本当にあっけのない一言を残して、洩矢諏訪子は地に消えた。
――…………
このためだけに、心を埋め尽くせない、私は、存在としてどうなんだろうね、とか思った。
風が強くなってきた。
次元の歪みもそろそろ限度に達するだろう。
私は、視線の向きを変えた。
「貴方にも、だ。八雲紫。幸運あれ」
「正直、他人の手助けが要るほど、実力に不足はありませんわ」
「…………」
らしいと言えば、まことにらしい返事ではあった。
「……では感謝を。この地での幸いは、那由他のはてまで留めておくよ」
「小利を顧みるは、則ち大利の残なり……新しきに向かうならば、足を止めるようなモノは放り捨てるが吉です」
――厳しいことを言ってくれる。
私は、無理矢理笑顔を維持した。
「…………それでは、せめて、幻想郷の幸運だけでも祈らせてくれ。妖怪の賢者」
「ふむ。まあその程度なら、受け取っておきますか。山の神」
肩書きで呼び合うのは、さて、いつぶりだろう?
――つまりは、ふりだしに、ということか? ケジメとしては妥当かしらね。
泣きたくなるほどの、爽快感……それでもなお、これ以外は選ぶ気が起きないのがなお泣ける。
そんな心を抱え、私は幻想郷を去った。
永久に。
が泣けた。
これ以上装飾を加えたり長引かせたりするのも無粋、これで丁度良いですね
短編でこの雰囲気を出せるのは素晴らしいと思います
読んでいて自分がかなゆかに違和感を抱かなかったことにも驚きました
不思議としっくりくる絡みですね
変な話なんですけどね、良かったと言ってくれて、本当にありがとうございます。
いや、今回は、まったく自信がなかっただけに。
ありがとうございました。
「かなゆか」タグを見た時から読み終わった今でもニヤけてます、凄くきめぇよ己。
良き作品を有り難う御座いました。
最初はかなゆかタグにニヤニヤして読んでたのに今は涙ぐんでいるというw