かぁごめ かごめ
籠の中の鳥は
いついつでやる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面 だあれ?
「っしょっと」
両手に抱えきれない量の荷物を、座布団……もとい博麗アミュレットにどかりと降ろす。
今載せた一つを併せて籠は四つ。それぞれ限界まで一杯だ。
「便利なもんだねぇ」
八百屋の店主が半ば呆れた様に驚いて見せる。
「まだまだいけるわよ?そうね、そこの芋と大根なんか丁度良さそう」
「ったく、上手いね巫女さん。そら」
霊夢が指差した野菜を、まとめてぽい、ぽぽいと放る。
「ふふ、まいどー」
見事に受け止めて悪びれもせずに笑うと、手際よくそれらも籠に詰める。
流石の座布団もそろそろ限界らしく、少しふらついて見えた。
「んじゃね。初詣もよろしく」
「山の方にも行くから、賽銭ははずめんがね」
「はあ、世知辛いこと」
「もうちっと行き易くしてくれりゃ考えるんだがねぇ」
「めんどくさいわ」
「これだよ……まあ、また来いや」
二つ返事で答えると、霊夢はふらふらと人里にある市場から離陸した。
普段は神社で日がなぼうっとはしているものの、霊夢も人間。
数週に一度は下山して買出しもする。
それにしたところで量が多い気もするが、次期に冬である。
備蓄も含めて色々と準備をしていることが伺えた。
「茶っ葉は買ったし……採集したのも足せばなんとかなりそうね」
「おーぅ霊夢、そんなに買って宴会かー?」
突然の上からの声と共に、にょきりと二本の角が視界に現れた。
「ほんとにどこにでも出るわね……素敵な巫女はお腹が空くの。これは大切な備蓄よ」
「えー、いいじゃないか。宴会やろーよー」
座布団以上にふらふらしながら、伊吹萃香がぶーぶーと文句を垂れた。
場所が場所である。怪奇に慣れている幻想郷の人間とはいえ、側でふわふわ浮かれてはやはり近寄りがたい。
しかに当の本人達は気にする様子もなく、喧々諤々と論争を繰り広げる。
「一日三回宴会したっていいじゃないか。けち巫女、吝嗇巫女、赤西巫女」
「残念ね、どれも褒め言葉よ。って言うか何よそのハイペース。ご飯だって一日に一度の計算で十分よ」
「いや、ちょっと待て。それはおかしい」
素面に戻って冷静に突っ込む萃香が頭に来たのか、こめかみを両の拳骨で挟んでグリグリとする霊夢。
いくら鬼でも痛そうだ。
「ひゃうううううううやめろぉぉぉぉぉぉお」
「うるさいうるさい、この口かこの口か!」
更に哀れな鬼っ娘の口に手を入れて、びろっと広げる鬼巫女霊夢。
かなりの伸縮性があるなぁ、と感慨にふけっていると、何処からともなく子供の声が響いてきた。
その声に何を思ったのか、霊夢はその手を離す。
かぁごめ かごめ…
かぁごのなかのとぉりは…
急に手を離されて涙を滲ませていた萃香だが、その不思議な旋律と歌詞に思わず聞き入っていた。
「霊夢、あの歌ってなんだ?」
「…あら、千年近く生きてるクセしてかごめ歌も知らないの?」
「人間と拘わり絶って長いんだ。人間にとって相当古いものでも私らにとっては浅いものも多いさね」
などと含蓄を持たせて話す萃香だが、歌の出どころである子供達を見て目を輝かせている。
紛うことなき「新しい玩具を見つけた子供の目」だ。
「なぁなぁ霊夢、仲間にいれてもらおうよ」
「嫌」
にべもなく、巫女はきっぱりと断った。聞く耳など初めから無いかの様な見事な拒絶ぶりだ。
「何だよ~面白そうじゃないか~」
「そんな年でもないし、めんどくさいし、食材腐るし」
つらつらとした主張は如何にも霊夢らしい。そう、そこまでは。
「そして何より」
その瞬間の彼女の瞳を言い表すのならば一語。
ただ、虚ろ。
「あの歌が嫌いなの」
その瞳の空虚さから来るあまりの薄ら寒さに、萃香の背筋にほんの少しだけ、ぞくりとしたものが走る。
その余韻の消える前に、霊夢はいつも通りの気だるげな表情に戻っていたのだが。
「遊ぶなら一人で仲間に入れてもらいなさいな。あと夕飯までには帰りなさいよ」
違和感に戸惑っていた萃香は、その言葉にさしたる反応も出来ない。
霊夢はぷいと後ろを向くと、神社に向かって飛び始めた。
「む~~……」
なんだろうか、この奥歯に物のはさまった様な不快感は。
これといって不快なことを言われた覚えは無い。皮肉の応酬など幻想郷では挨拶代わりである。
しかし今全身をざらりと覆う、原因不明の渦は明らかに「不快」であると萃香は感じていた。
(ええい、うざったい!)
萃香はその不安を振り払うかの様に、歌の聞こえる方向へと向かった。
「いよう、お前ら。私も混ぜろ~」
「あ、鬼のねーちゃんだ」
寄ってきただけで、何人かの子供が気づく。
「近くだとずっとお酒臭いな……」
「誰~?」
「たまに空飛んでるよ~」
「お酒が切れて倒れてるのを、けーね先生が助けたりもしてたよ」
「そーなのかー」
どこぞの木っ端妖怪の様な答えを返す子供もいたが、流行っているのだろうか。
「駄目だよ、妖怪の子と遊んじゃ駄目だって母さんが言ってたし」
一番年長と思われる男の子が諌めた。
紅霧異変以来、妖怪と人間の距離が縮まっているとは言え、やはり一定の線引は残っている。
それは至極当然のことであり、良識とさえ言える。
「ふ~ん……なんだ、あんた。妖怪と遊ぶの怖いのかい?」
が、それはあくまで人間側の言い分。
鬼の萃香に当て嵌まるものてはない。
ニヤニヤと笑いながらの問いかけに対し、その男の子は少し顔を紅潮させた。
「な……そんなことないやい!」
こうなってしまえば売り言葉に買い言葉。
年長と言っても、まだまだ幼さの抜けないその自尊心をくすぐるにはもってこいと言えた。
単純に直情的な性格なのかもしれないが、萃香には実に好ましく感じた。
と言うより、萃香は子供が全体的に好きだった。
大人と違い固定観念より大事なものが本能的に解っているし、戦力が違っても諦めず向かってくる。
それが無知から来る無謀だとしても、初めから正面を諦めて搦め手を使う大人達よりずっと良い。
「解ったよ、仲間に入りなよ。遊び方は解ってるよね?」
「あっはっは。ぜんぜん!」
がくりと男の子は肩を落とした。
「……ダメじゃないか。じゃあちょっとやってみるから見てて」
随分と面倒見の良い子供である。
やんちゃ盛りの年少の子供達の面倒を見ているのだから、当然なのかもしれないが。
さて、男の子を含めて計六人。男女の数は半々で、まず年長の男の子が中心に座る。
その周囲を他の子供達が手を繋いで輪になり、準備が完了した。
かぁごめ かごめ
籠の中の鳥は
いついつでやる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面 だあれ?
例の歌……霊夢の言うところの「かごめ歌」を歌いながら、男の子の周りをくるくると回る。
そして歌の終焉と共に周りの子供達はぴたりと止まる。
「えぇと……次郎!」
輪の中心の男の子は少し悩んでから、一つの名前を口にした。
後ろにいた別の男の子はびくっとした後「当たりー」と頭を掻いた。
「久しぶりに一度で当たったよ……」
「辰にーちゃん、鬼になると全然当たらないもんなぁ。じゃあ交代」
そう言うと次郎と呼ばれた子が中心に座り、代わりに年長の男の子が輪に加わる。
そしてまたあの歌を歌い、真後ろの人間を言い当てる。
何週かしただけでもそのルールが解る、実に単純なものだった。
鬼が輪の中心に座り、他の子供が周囲を回る。
歌の終わりに鬼は後ろにいる人物を言い当て、当たればその人と鬼役を交代。外れれば鬼として残留する。
ついでに六人の子供の名前を覚えるにも十分だ。
年長の男の子が辰夫。
二番目に大きい男の子が次郎。
全員含めて一番小さい弥助。
辰夫と同じくらいの女の子がナナ。
やや無表情な女の子が多恵。
にこにこしている女の子が八重。
家族ではなく遊び仲間の様で、ここの集落でまだ完全に働き手になれない子供達の集まりとも言えるのだろう。
身長の程でも萃香が上の方な為、人としてもかなり幼い集まりだと言うのが解る。
「よおし覚えた。私は萃香ってんだ。宜しくな」
「西瓜?」
「……なんか違う気がするけどまあ良いや」
細かいことは気にせず輪に入る萃香。
手を繋いだ多恵は緊張しているのか微妙な顔をしている。
「おうおう、ビビるなビビるな。取って食やしないさ」
「違う……お酒臭い……」
若干顔色が悪い。如何に子供とは言え、酒気にあてられるとは体質が下戸かもしれない。
萃香は慌てて自分の周りの酒気を萃めて内に留めた。
「これでどうだい」
「あ……楽になった」
「せっかく遊ぼうってのに倒れられちゃつまんないからねー」
そう微笑んだところで「遊び」が始まった。
かぁごめ かごめ
籠の中の鳥は
いついつでやる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面 だあれ?
鬼はナナから始まった。
何週かはハズレが続く。
まあ、当たり前なのだ。ただの人間は後ろに目は無い。
耳が良ければ声の方向から解るかもしれないが、相応に訓練が必要たろう。
素でやたら勘の良い巫女は別にして、今この場では六分の一の確率を予想するしか無い。
「ええと、萃香ちゃん!」
などと萃香が考えていると、丁度後ろにいた自分に当たった。
「おやや、参ったね。当たりだよ」
苦笑しながら輪の中心に移動する。そういえばここの位置は鬼役。
鬼が鬼役と言うのも不思議な話だが、それはそれで一つの妙かもしれない。
六つの方向から六つの気配と六つの声。
妖怪である萃香にとってはそれらの一つ一つを特定するのは目を瞑っていても簡単なことだ。
歌の終わりに真後ろに立っていたのは八重で間違いない。
「八重だね」
「わ、すこいすごい、一回だよ」
素直な尊敬の眼差しを向ける八重。やはりあてずっぽうだと中々当たらないものなのだろう。
「ふふん、そりゃ私は正真正銘鬼だからね。後ろの正面を当てるなんて容易いことさ」
自慢気に胸をはる萃香に、下の四人はちょっと羨望の眼差しを向けている。
変わり辰夫はちょっと面白くなさそうだ。
「……それってちょっとずるくないか?」
「ほほう、ずるいときたか。じゃあ聞くけれど、雉を撃つのに鉄砲を使うのがずるいかい?鹿を獲るのに弓を使うのはいけないかい?」
「それは……ずるくないと思うけど、それとこれとは」
「同じだよ。狩りにしたって遊びにしたって、使える全てを全力で使ってこそ礼儀ってもんだ。それに私は嘘が嫌いでね。『加減して遊んでもらって』あんたは満足かな?」
辰夫に顔をぐっと近づけて不適に笑う萃香。
対する辰夫は対抗心に火をつけたのか「見てろよ」と睨み返してきた。
「よしよし、そうでないとね。じゃあみんな、鬼さんからの忠告だ。耳をすませて声の場所を探ってごらん。あてずっぽうじゃなくなるかもよ」
のせればすぐにその気になる素直な気質も、萃香にとっては心地よく感じられた。
実際音から場所を特定することは不可能ではないし、他にも人の能力の範囲でも後ろを特定することは訓練次第で不可能ではない。
それがものになるかは別として、目標に向かって邁進する姿は実に好ましい。
そうして遊びに戻った後、萃香は何となくこの「かごめ歌」について考えてみた。
実際この遊びは本当に鬼などの妖怪を見つける為の儀式だったのかもしれない。
文字通りの「後ろの正面」を感知できる異質な存在を見つける為の踏み絵の様なもの。
夕闇に紛れていつの間にか紛れ込んだ妖の者を炙り出す知恵が、人にとっては長い年月を経て遊びに変化したとか……
何時に無く難しいことを考えているなあと、萃香は自分で思って苦笑した。
鬼にもそんなことを考えさせるほど、この歌が怪しい魅力を秘めているのかもしれない。
『私はあの歌が嫌いなの』
その時、意味も無く霊夢の言葉が萃香の思考に想起された。
(あれ?)
何故あの言葉なんかが思い起こされるのだろう。
今自分は楽しく遊んでいる筈なのに。
おかしいじゃないか。今の自分は楽しい筈なのに。
「えと……萃香……ちゃん?」
言葉にならない不快感が萃香を襲ったのと、自分の名前が呼ばれたのはほぼ同時だった。
「……へ?あ!」
何のことは無い、自分の鬼役としての鬼の番だ。
弥助と交代して中央に座る。
「ふふん、鬼の力を改めて見せてやるよ」
霞の様にかかった不快感を振り払い、萃香はあくまで強気に言う。
そしてまた、歌が始まった。
かぁごめ かごめ
籠の中の鳥は
いついつでやる
そろそろ完全に頭に定着したその歌を聴きながら、萃香は改めて周囲の気配を見る。
七つの方向から、六つの声と七つの気配。
一番落ち着いた辰夫の気配。
少しやんちゃな次郎の気配。
おどおどとした弥助の気配。
少しませているナナの気配。
とても静かな多恵の気配。
たんぽぽみたいな八重の気配。
そして……
「……?」
輪を作っていたのは六人。それ以上でも以下でもない。
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
しかし、萃香の知覚は確かに偽り無く、輪にいる「七つ目」を認めている。
そう、輪の中に。
ここはまだ人里の範疇。少し離れれば大人が仕事に従事する人の世界。
それらの気配は萃香だって認めていたが、それが移動した訳ではない。
まるで何も無いところから、何時の間にか現れた。
いや、いたのかもしれないが、気づくことはなかった。
全く意識の範疇の外にいたのか、本当に突然現れたのか。
とにかく「それ」はいた。丁度多恵と次郎の間に。
後ろの正面 だあれ?
ぐるり、ぐるりまわり、「それ」が後ろを少し通り過ぎた後に歌は止まった。
後ろにいたのは次郎。
「え……あ……次郎?」
想定外の「それ」の為か、一瞬言葉に窮する萃香。
「わー、やっぱり当たってら」
萃香が目を開け振り返ると、そこには何事も無かったかの様に次郎がいた。
そしてその隣には多恵。
「……」
「どうしたのさ、交代だよ、交代」
「あ、ああ」
言われてようやく頷くと、萃香は次郎と場所を交代した。
目を開け確かめれば、そこにいるのは六人と一妖。
輪にいた「それ」は影すら無い。
『私はあの歌が嫌いなの』
ぞくりとした悪寒と共に、再び霊夢の言葉が想起される。
(悪寒……?)
馬鹿な。百妖を束ねる鬼が悪寒など。
万に一つの間違いに決まっている。
「……そうに決まってる」
「どうしたの?」
「あ、や、なんでもない、なんでもない」
そう取り繕うと、再び歌が始まる。
暫くは鬼の番も来ず、何時しかその事も頭の片隅に追いやられていた。
数巡の後、再び萃香に鬼の番が巡ってくるまでは。
「よし、いいぞ」
目を多い、再び自分の周りをくるくると回る子供達。
気配は六つ。
(なんだ。やっぱり気のせいか)
両手が自由ならば胸を撫で下ろしていたかもしれない。
六つの方向から、六つの気配と七つの声。
「!?」
それは辰夫の方向。
気配は辰夫、声も辰夫なのに。
全く同じ場所から、全く異質な七つ目のかごめ歌が紡がれていた。
それは老婆が無理やり赤子の声を真似た様な、不快なまでに高い声。
幾度も発して擦り切れた様な耳障りな、しかしだからこそ耳に残る奇怪な音。
鵺や夜雀の鳴き声とは違い、その音に何かが込められている訳ではない。
ただその音程だけで、あらゆるモノに不快感を与えかねない声だった。
そしてそれは、先程から萃香が感じている不快感の一つの具現。
『ウシロノショウメンダアレ?』
ぴたりとその声が萃香の後ろに止まる。
いや、同時に辰夫もそこに止まっているのだ。
そして今までどおり「後ろの正面だあれ?」と問いかけてきた。
なのに辰夫と同じ場所。真後ろから全く異質な声が響く。
気配は無いのに不快を伴う声が。
声だけが。
(気の性じゃない。幻聴なんかじゃない)
萃香は鬼。自分にだって嘘はつけない。
鬼の六感の全てが告げているのだ。真後ろから来る気配なき七つ目の歌の紡ぎ手を。
そしてあろうことか、子供達はそれに全く気づいていない。
それとも気づかされていないのか。
……或いは、鬼である自分にしか気がつかないモノなのか。
「どうしたの?」
これは辰夫の声。心配する様な声色だ。
「ドウシタノ?」
そして同時に聞こえる「それ」の声。
内容は同じなのに、まるで嘲笑するかの様な不快な音域。
その声は確かなのに、気配は六つ。
理解できなかった。そしてしたくもなかった。
ただ辰夫と同じ言葉を言っているだけなのにこの不快感。
いてもたってもいられなくなった萃香は、その焦燥を振り払うかの様に叫ぶ。
「辰夫!」
今までと比べ物にならない大きな声で叫んだ萃香に対して、子供達は目を丸くした。
「う、うん。あってるよ」
驚きながらも辰夫が答える。
振り返った萃香は、その顔を見て安堵の溜息を漏らした。
目を開けて見ればそこには六人の子供。
そう、六人なら声が六つで然るべきなのだ。
妖怪、妖精の悪戯であれば、鬼である自分か気づかぬ筈もない。
その筈なのだ。
『アト二回』
だからこの、目を開けても聞こえる声は何かの気の迷いだ。
そう言い聞かせたかった。
『アト二回』
抑揚の無いあの不快な声。
甲高い?いや、低いかもしれない。
音の高低を認識すすることすら億劫な程に、その声はただ不快感と、言葉に出来ない違和感を運んでくる。
そして萃香は気づかない。
不愉快ならばその場を立ち去れば良いのに。
彼女の選択肢からはそれがすっぽりと抜け落ちて、まるで誘われるかの様に遊びを再開してしまった事に。
軽くない足取りで鬼の周りをまわる鬼。
そしていつの間にかまた、萃香の番が巡る。
「……」
最初は余分な気配が一つ。
次は余分な声が一つ。
ならば次は?
次は何なのか?
鎌首をもたげた不安は拡大を続ける。
そして目を閉じた時、その不安は解消されるどころか。
「……ひっ!?」
勇猛な鬼にあるまじき、外見通りの弱々しい悲鳴として発露した。
周りを囲む気配は十二。
半分は子供達。
では残りの半分は?
解らない。解るはずがない。
訳の解らない何かが、子供達の間に交互に挟まれて回っている。
くるくるとまわっている。
狂々とまわっている。
(何だよ……これ何だよ……)
かぁあごォめ かぁごめ
かぁぁごのなぁかのとぉりは
いぃついつでぇやる?
六つの有り得ざる気配から放たれる六つの声。
そこからは、悪意も善意も感じない。
ひたすらに、不快感を通り越した、座っている場所すらも曖昧にさせる違和感を萃香に与えてくる。
ぐにゃりとねじくれた感覚から解るのは、周りの十二の気配だけだ。
そしてその半分は、鬼である萃香にも理解出来ない、理解したくもない何か。
悪寒は何時しか怖気へと変わる。
肩が震えている。がくがくと震えている。
まともではない知覚の中、正常なのはもはや子供達の声だけだった。
それだけか萃香の知覚を正常であると告げ、もう半分が異常であると認識できる命綱だった。
よぉォォォあァけのばんにィィイぃ
つぅううるとかぁめがすぅべったぁァ
歌が終わりへと近づく。
そして萃香は気づいた。
この訳の解らない存在が、後ろに止まったらどうなるのか?
後ろに止まったら当てなければならない。
そして鬼なら後ろの正面を当てることは容易いのだ。
鬼ならば後ろの正面が解る筈なのだ。
ではこいつらは?解るのか?
(解らない!解らない!解らない!)
そして……答えられなかったらどうなるのだろうか?
(怖い……怖い!怖い!)
恐怖が澱となって沈殿していく。
理解し難い存在への恐怖が、萃香の本能に警鐘を鳴らす。
後ろを交互に通り過ぎる正常と異常。
確率は二分の一。
もしも異常が止まったら。
「う……あ」
想像して、恐怖のあまり小さく声が漏れた。
慌てて口を結び直す。
(止まるな……止まるな!)
誰にでもなく萃香は祈った。心の底から漏れた願望。不安を掻き消す為の渇望。
うしろのしょうめん だあれ?
「……あ……ぅ」
はたして、それは成就した。
後ろの正面に止まったのはナナ。
「ナナ!ナナだ!」
相当に情けない声だったかもしれない。
そして振り向いて見れば、周りにいるのは六人だ。
余分な何かは跡形もなく消え、少し離れたところでは大人達が畑仕事をしているのが見える。
ああ、そうだ。世界は余りにも正常だった。
「あー、やっぱり当たっちゃった」
無邪気に微笑むナナ。他の子供達も一様だ。
萃香の感じていた強烈な違和感なぞ影も形も無い。
「どうやってるのかなぁ……もう」
「は……はは。ま、人はごく自然に前が見えてる。それと同じさ」
余りにももとまな世界に、萃香はもしかして白昼夢でも見ていたのかとさえ思った。
「じゃあ」
「ん?」
『アト一回ダネ』
ぞわ
「ーーーーーーッッッッ!?」
六つの小さな口が一様にその言葉を紡ぎ
『アト一回』
六対十二の瞳が、虚ろに萃香を見た。
見えている世界は先程から一切変わっていない。
遠く山に落ちる夕日。
そろそろ仕事を終える大人達。
そして遊んでいた子供達。
なのに。
変わらない筈のその世界に、萃香は今まで以上の違和感を覚えた。
ただ子供達が微笑みかけているだけなのに、その微笑が酷く薄ら寒い。
「ひ……やだ……やだ……」
「はやくはやく」
「続きをしよう?」
もはや萃香は拒むことが出来なかった。
自分が力強い鬼であることも忘れ、ただ差し出された手をとる事しか出来なかった。
目を瞑っていようがいまいが、萃香の周囲に渦巻く違和は消し様も無い。
六人は至って今までと変わり無いのに。
視覚を凌駕する程の気配の違和が、先ほどまでの子供達とは別物であると告げていた。
本人なのか?
いつの間にか入れ替わっていたのか?
それとも自分自身が全く別の場所に来てしまったのか?
そんなことを気にする余裕さえ失せていた。
張り付いた笑みを称える子供達が、時折「あと一回」と言う度に恐怖の嵩は萃香の心の器を満たして行く。
(いやだ……いやだいやだ!)
心や態度とは裏腹に、口はかごめ歌を歌ってしまう。体は皆の歩調にあわせて回ってしまう。
それがおかしいと、素直に従うのかおかしいと解っているのに、それを止められない。
なにがおかしいのか理解出来ない。
そして。
「うーん、萃香かな」
辰夫……先刻までそうであり、今でもその筈のそいつが、後ろの正面を言い当てる。
そこにいたのは他ならぬ萃香だった。
「……っ……やだっやだっ」
上擦った悲鳴を上げ、外聞も気にせず泣いていた。
「あと一回だからね」
「だからこれで最後だね」
そしてその悲鳴は、誰の耳にも届いていなかった。
遊びの進行は、まるで初めから組み込まれていたかの様に滞りなく進む。
だから萃香もそれに習わなくてはならない。
理由は解らないが、習わなくてはならないのだ。
その証拠に、萃香の体はゆっくりと輪の中心に進む。
それが道理であるのだから、体か進むのは当然なのだ。
道理?道理ってなんだ?
いや、道理だからそれをどうこうするのは良くないんだ。
ああ嫌だ、でも嫌だ。こんな所にいるのは嫌だ。
もはやまとまらない思考のまま、萃香はその両の目を覆った。
六つの方向から、一様に一つの気配と一つの声。
「うあ……うああ……ああ」
それらは先程から現れては消える、認識不能の何か。
鬼となった時に現れる、当てられない「後ろの正面」。
かぁごめ かごめ
(子供達は何処にいったのだろう。いや、回っているのが子供達なのか)
籠の中の鳥は
(周りを回るのが子供達でないとしたら、一体何なのだろうか)
いついつでやる
(鬼の後ろを悠然と歩み、姿を見せないそいつらは何なのだろうか)
夜明けの晩に鶴と亀が滑った
(陰に潜み、影に潜む百鬼夜行の長の更に後ろにいる)
後ろの正面 だあれ?
(『鬼』に後ろを問うそいつらは!)
さら、さらと。
木々を駆け抜ける音が遠くから聞こえる。
「ん……が……」
草むらの上、萃香はゆっくりと起き上がった。
周りでは六人の子供達が、心配そうに囲んでいた。
「鬼のねーちゃん、大丈夫か?」
「突然倒れるんだもん」
最初に遊んだ時と同じ、無邪気そうな子供達。
年長の男の子が辰夫。
二番目に大きい男の子が次郎。
全員含めて一番小さい弥助。
辰夫と同じくらいの女の子がナナ。
やや無表情な女の子が多恵。
にこにこしている女の子が八重。
そこには何の違和感も無い。
安堵に続いて、こめかみあたりに激しい激痛。
「うぐっっ!?」
頭がガンガンと揺さぶられる様な激しい頭痛。
胃が空のはずなのに催される嘔吐感。
間違いなく二日酔いの症状だ。
「何故だー……」
酒に強い鬼である。どんな酒だろうとそんな妙な悪酔いにはならないものだが……
暫し逡巡していると、はたと思い出す。
本来散るに任せる酒気を、多恵があてられない様に体内に留めていたのだ。
出口の無いアルコールが鬼の体内を巡り、予想外の急性アルコール中毒をおこしたのかもしれない。
そうに違いない。
その後の妙な展開も、酩酊状態の頭が見せた幻覚だろう。
「悪い悪い。自分で言うのもなんだが鬼の攪乱ってやつだね。難儀なこった」
そう言ってよっこいしょと起き出す萃香。
日もほとんど山の後ろに隠れている。子供達だってぼちぼち家に戻る時間だろう。
「楽しかったよ。また気が向いたら遊ぶのもいいな。も少し大きくなりゃ宴会も楽しめそうだ」
大きく伸びをして、あっけらかんと笑う萃香。
先程の悪夢など、既にどこかへ行っていた。
後ろから子供達が口々に声をかける。
「うん、さよならー」
「次は最後までやろうね」
「今度は途中で倒れないでよ」
「私の為だったから……許すけど……」
「次はないからね」
「ねえ、お姉ちゃん」
ウシロノショウメンダアレ?
六人の唱和に振り向いた時、辺りは完全に闇が落ち。
「!?」
子供達の姿は、何処とも無く消えていた。
そして思い起こす。
果たしてあの時自分は本当に酔っていたのか?
もしもあの時の感覚が全て正常だったとしたら。
「夜……だな」
鬼の自分にはこの夜は見通せる。むしろ親しい夜の闇。
だがあの時。
かごめかごめの輪の中にいた時。
そこで感じた後ろの正面。
あの闇は果たして見通せるだろうか。
その疑問に答える者がいる筈も無く。
夜の闇を、薄ら寒い一陣の風がひょおと吹き抜けた。
比較的精神的に老成してる方々を恐怖のズンドコに突き落とすのは難しい反面、考えるのは結構楽しかったりします。
賛否は別れると思いますが。
ラストの霊夢さんとのやりとりでかなり救われました。もし萃香が博麗神社に住み着いてる設定じゃなかったらと思うと…バッドエンドしか想像できませんなぁ
萃香はこの後霊夢さんと一緒にお風呂だけじゃなく一緒の布団でおやすみコースも堪能ですね、わかります。
書き込んでるの深夜2時40分だぜ・・・。眠れねーorz
読みながら背筋がゾクゾクしたのは本当に久しぶりです。
しかし上手いホラーだ。お見事。
考えすぎかもしれないが最後もちょっと怖い。
今、冬なんですけど、更に寒気が足されて、今にも凍死しそうです。
でも、昔話や童話、童謡の意味って、ただ何となく聞いているだけじゃ全然何ともないのに、いざ掘り下げて考えてみると、結構背筋が凍るような物が多いですよね・・・次からは、明るいうちに見ようと思います。
最後の霊夢の優しさに救われたw
妖怪ですらない得体の知れないモノは怖いなぁ…
怖い話で鳥肌が立ったのは久しぶりだぜ
ぞっとしました。
最後の霊夢がなかったら救われなかったです…
読んでいてゾクゾクしました
その前提を踏まえた上で、私はこの作品にこの点数をつけねばならないでしょう。
恐怖を与える描写に特化したSSだと感じました。
抽象的な恐怖よりも、明確に示された恐怖の方が怖いのかも知れませんね。
というわけで存分に怖がらせてもらいました。もちろん、良い意味で。
うろ覚えだし、どうだったか忘れましたが「かごめ」って
子供とかを売る・・・というのを歌にした? とかいう説があったような
気がしたのですが・・・・。
なんとも怖い感じのお話でしたが、
引き込まれるような感じで呼んでしまった。
でもなんか萃香ちょっと可愛かった。
日頃、脅かす側に立っている存在が、逆の立場に立たされるのって、
見てると結構快感(ミッシングパワー)ピチューン
霊夢の虚ろな表情を深読みしてみると一層怖くなるかもしれませんが、チキンなのでやりません!絶対やらないからね!
なんか嫌な怖さがあるな、隣人が人食いだった的な、日常に潜んでいた恐怖みたいな
自分も惹かれました
また遊んでください 後ろで待ってます
彼女の貴重な一面を見ることができました
ただ、恐怖のズンドコはギャグなのか、マジなのか。そして誰もそれを突っ込まないことに恐怖を覚えた。
つ【100点】
妖怪って実際こういう存在だよなぁ。
>確立→確率
2箇所ほどこの誤字が。
引き込まれるような怖さが最高!!
この背筋が寒くなるホラー・・・たまらん
なんか涙でてきたwww
思わず後ろが気になってしまうほど、物語に入り込んでしまいました。
映像が頭に浮かんでくるよう
まさに和風ホラー。
とてもおもしろい作品でした!
篭女唄が上手く生きてました。
良かったです。
怖かったけれど、どんどん引き込まれていって気が付いたら読み終わっていました。
ならば認識できないのに確実に存在するモノは、幻想ですらないモノか……
どうしようもないな。
ところで、これを深夜に読んだ俺はどうすれば(ry
今から風呂入りたくねええええええ!
本当にごめんなさい。
感覚が他者と異常にずれててごめんなさい。
怖さよりも何よりも、弱気になっている萃香を取り囲むという構図に
どうしても興奮してしまいました。
あえて言うならそういう自分の思考がホラーです。
すいかちゃんも可愛いし最高に楽しませていただきました。
読んでる最中鳥肌立ちっぱなしでした。
名前の無い、つまり正体不明のわけのわからない"モノ"に
無意識というか本能的に恐怖を覚えるから、
『名付ける』という儀式で対象を
自分の知覚できるところまで引きずりおろして縛りつけたがるからで、
正体不明の延長で
何があるかわからないから暗闇を恐れるのだ、と
どっかで読んだ気がする
鵺(現実郷)が恐れられるのも正体不明だからなんだよね
まああんなキメラが飛び回ってたら空恐ろしいけどな…
ある程度知恵がついて
所謂"常識"が思考に染みつくようになると
自分の理解の範疇にないものは不気味に感じるんだろうな
まあ、何をして常識と定義するかは知らんが
うん、米欄なのに長々とスマソ
良い作品だった
思わず後ろを振り返ってしまったよ
折角風呂場のだるまさんが転んだを忘れかけてたのに!
ほんとにいい作品だと思うよ!
妖怪ですら恐怖を覚えるものもあるのだなあと改めて思いました。
怖がる萃香かわいい
良かったです
トータルでヤバい