糖分である。
「グ……ッ!」
霖之助は頭を抱え、呻いていた。
手にはスプーン。そして机には赤色のものが入った器が置いてある。
「ル、ルーミア…………、僕はここまでのよ……だ……。僕が、いなくても、君……は…………」
白目を向く霖之助。彼の肩をルーミアが揺さぶる。
「り、りんのすけ……?嘘だよね、ねぇ……!?」
もちろん嘘である。
「……なにやってるんだろうね、僕たち」
「うーん。ひつまぶし?」
「いや、それを言うなら暇つぶしだよ、ルーあぐ」
霖之助は再度頭を抱える。
「かき氷は、危険物に指定した方がいい、んじゃないだろうか」
「一気にかきこまなければいいのに」
「頭痛を堪えながら食べるのもまた風流」
「まだ夏にははやいよ」
シャリッ、シャリッとスプーンが互いの氷原を崩していく。霖之助は苺味のシロップ。ルーミアも苺味ではあるが、まずシロップ、次に苺ジャム、最後に練乳
をかけてある。糖分の三段構造 妖怪でなければ糖分過多で糖尿はまず間違いないだろう。
「ねぇ、りんのすけ」
「なんだい?」
カチャ。シャリッ。
「なんだか、静かだね」
「そうだね」
カチャ、カチャ、カチャ、カチャ。
「あ、もう溶けたのしかのこってないや。……でも、静かなのもいいね」
「部屋に二人以上いて、会話がないのは少し辛いけどね」
こくっ。こくっ。
溶けて水になった氷と、かかっていたシロップなどを混ぜ、ルーミアは一気に飲み下す。
「ふぅ。溶けたのもあまいなぁ。うん。りんのすけとこうやって、いっしょにいるのは楽しい」
「いやいや」
霖之助の手にも、溶けきり、シロップ水となったものがある。
「言わなくても、わかってるよ、ルーミア」
「でもほら、言わないとつたわらないこともあるし」
溶けきったかき氷の様に甘い会話。それに合わさるシャリシャリという音。
二人はかき氷を食べきっている。それなのにシャリシャリという音がするのである。
「りんのすけ、りんのすけ」
「なんだい?」
「すきー」
「ん、僕もだ」
シャリ、シャリッ、カチャ、カチャッ、カチャチャ、チャ、カチャ、シャリッ。
「ん。ね、キス、して?」
「本当、甘えん坊だなルーミアは」
「いいじゃん。ね、りんのす」
「……あの」
ぽつり、と。売り物の椅子に座っていた少女が言葉を発した。手には、彼らと同じ様にスプーンがある。
「あ、ああ。すまないね。忘れていたよ」
「わ、わす……。貴方は仕事だと、いえ、今は休暇中ですから説教はやめにしましょう」
「それで、そちらをご所望で?」
「……ええ」
少女は一冊の本を掲げる。
「一円と十六銭ですね、それは。こちらのの手持ちが少ないのでしたら、彼岸の方のでも良いですが」
「いえ。しっかりと換金してきましたから」
机に置かれる、一円札と五銭玉が三枚、一銭玉が一枚。
「丁度……。袋は必要ですか?」
「ええ、お願いします」
霖之助と少女は事務的な会話を続けるが、ルーミアは無言。先程まではあの様に惚気ていたが、仕事の際の身の振る舞いは分かっているのだ。
「しかし、解せませんね。店主と宵闇、貴方方がどうしてその様な」
「まあ、縁があったと」
そしてここには円と。と霖之助は洒落を零す。
少女は苦笑し、ルーミアは意味がわからないのか首を傾げている。
「どうぞ。他に御入り用のものは御座いませんか」
「いえ結構。ころもとしょくは彼岸でも用足し出来ますから」
紙袋にいれられた薄い本を手に、少女は出口へと足を踏み締める。
「……そうそう。この事は、他言無用で」
「ええ、勿論」
パタリ、とドアが閉じる。いつ開いたかと言えば、始めから開いていたのだが。
「……ねぇ。お塩もってくる?」
「いや、いらないよ。塩を撒くのは嫌な客や泥棒にだけだ。あの人はお客さんだからね」
「ん、わかった。でも、なんであんなの買ったんだろ」
「さあ。まあ、ここじゃ珍しい事じゃないさ」
机に置かれたままの金と、結露した三つの器を見る。少女が食べていたものは、少し残され、練乳が水に溶けてまだらを作っていた。
「……毎度あり」
香霖堂、本日の売上。計一円と十六銭也。
物品計一。
「うー……か」
「うー?」
「そう……。うん、ルーミア。ちょっとそこで手を頭の横に持ってってごらん」
「ん?こう?」
まるで耳の様に手を掲げるルーミア。
「まあそれでもいいか。それで、こう言うんだ。ルーミア、うー」
「ルーミア、うー?」
「…………ああ、なるほど」
これはたしかに凄い破壊力だ。
霖之助はそう呟き、口をだらしなく開け、テーブルに突っ伏す。鼻血は出ない。興奮して鼻血を出す、とは言うが意外と出ないものである。
「ねー、りんのすけ、どーしたの?」
「いや、ルーミアは可愛いなって」
「あー、うー。うう。いや、かわいいって」
顔を赤くするルーミア。霖之助は突っ伏したままだ。
「あー、その、えっと、りんのすけも、かっこういいよ?」
春の様に生暖かい会話は続く。とりあえず、数ヶ月夫婦喧嘩の心配はないだろう。
ところで、少女が買っていった本の名前が出ていなかった。念の為、ここに記しておこう。
その本の名は、『小野塚、うー!~小野塚小町ファースト写真集~』である。
この様に、幻想郷においてもかき氷は食されている。
その事実を踏まえ、踏まえるが、また本題は別にある。
「橙、おやつだぞ」
「あ、ありがとうございます藍さま!」
八雲の式、八雲藍はマヨヒガに出向いていた。自分の式の橙の様子を見るためである。
正しくは、愛でに来た、であろうが名文は様子見である。
「今日は、外のお菓子でアイスクリームというやつだ」
「あいすく、りいむですか?」
「そう。アイスクリームだ」
橙の発音が微妙におかしいのは、アイスクリームに対する知識の有無のせいだろう。
「紫様が持ってらっしゃってね。丁度暑くなってきたし、橙と食べようかと思ったんだ」
氷の詰まった箱を掲げて示す藍。中には、氷の他に拳よりも少々大きいぐらいの円い紙箱が入っていた。
「へえぇ。あ、氷ですね氷」
「そう。アイスクリームは冷たくて、甘いんだ。冷たいと言えば水羊羹や冷やし善哉もだが、これはそう言ったのとは明らかに違う。まあ、食べればわかるか」
「はい!早く食べたいです!」
「よし、じゃあ食べようか橙」
箱から紙箱を取り出す。ひんやり、という程優しい冷たさではなく、身体の芯、もしくは深まで冷たくする様な温度。
「ほら、開けてごらん」
「はいっ!あ、真っ白ですね」
紙箱には八から九割程、乳白色の固形物が入っていた。所々に小さな気泡の跡が見える。
バニラアイスというものだ。外の法の中ではラクトアイスと分類される。
「ほら、スプーン。かき氷よりは起こりにくいが、あまり早く食べ過ぎると頭が痛くなるから気をつけるんだぞ」
「はい!」
言うが早いが、橙はスプーンをアイスクリームへと突き付ける。軽く掬い、口へと放り込むと、舌の熱さでしゅむと溶けた。
「わ、あまぁい……」
「ふふ」
藍は笑みを浮かべ、橙の喜ぶ姿を目に焼き付ける。幸せな記憶も、不幸せな記憶も、いくつあっても無駄にはならないのだ。
「さて、私も食べるか」
もう一つ箱を取り出す。そちらの箱は苺味のシャーベット。容器はぷらすていく製だ。
「んぅ、つめたぁい」
「橙、ゆっくり食べなきゃ零すぞ」
「はい、藍さま」
勢い良く返事をし、勢い良くスプーンを口へと移す橙。始めて食べる味に夢中で、藍の声もザルのように耳の中を通り過ぎている。
「ああ、もう。口が汚れてる。ほら、拭いてあげるから」
「ご、ごめんなさい……」
ハンケチで橙の顔を拭い、シャーベットの蓋をあける。
「……………………」
「……あれ?どーしました、藍さま?」
「…………いや、なんでもないよ、ちぇん」
藍の頭脳が最高速で動き出す。
ホワイ、何故、ミーの苺的氷菓子、どこに消えましたか。ああそうか。隙間だ、あの隙間が食いやがったに違いない何時もこう面倒ごとを押し付けてなにを言うかと思えば使えない使えないああこれも嫌がらせの一つさわかってるわかって
る。
こう脳内で呟く。その時間、実にコンマ零二秒。
藍の呪詛の念が呼んだか、それとも本当に用事があるのか、藍の眼前にスキマが開いた。
「ちょっと藍。あなた間違えてもブギュル!」
乾坤一擲。藍は青白い光を右手に灯し、その拳をスキマから顔を出した八雲紫へと叩き付けた。
俗にいう、精霊手である。
「こんのぉスゥキィマァがぁ!」
「ど、どう、したんれふゅかりゃんしゃま!?」
橙は舌を噛み噛み藍に叫ぶ。さっきまでの優しい藍と、今起きた暴力沙汰のギャップについて行けてないのだ。
「ああ、橙。気にしなくていいよ。私と紫様は遊んでるだけだから、ああそう、遊んでるだけだから橙はそれを食べてなさい」
「で、でも藍さま……。紫さま、血を吐いてますよ……?」
「大丈夫。幻想郷一うさんくさいのだから、あれはうさんくさい血だ。きっと私たちを騙してるのさ」
「ちょ、ちょっとらん……。いきなり殴るなんてひどいじゃな」
「人のアイス取ってなにを言いますかこの隙間ッ!」
「いや、その隙間って悪口じゃないような……。あとね、私の話も聞いて」
「嫌です。また舌先八寸で煙に巻く気でしょう、ユーカリ様は」
「八寸って多いとか葉っぱみたいな呼ばれ方をした気がするとか、言いたいことは沢山あるけど、まず聞きなさい、藍。貴方は」
一方的な口喧嘩。橙はおろおろしながらそれを眺め、立ち上がり、後退り、走り出す。脱兎、否、脱猫の勢いで、変わらぬ現状からの脱走を謀った。
間違っても、オラオラしながら眺め、ジョジョ立ちし、走り出したわけではないことを明記しておこう。
「いうかね藍、あなたはこう詰めがあま」
走り続けるうちに、声が聞こえなくなる。
「……ふぅ。藍さまも、紫さまも、どうしてあんなに」
喧嘩ばかりなのに、仲がいいんでしょう。
そう呟く声に混じるのは、羨みか、はたまた嫉妬か。
「――――かいぃぃぃ!」
「リィンセェスゥ!テンコー!!」
そんな感情も、スペルで家を吹き飛ばされて、意識ごと消えていくのだが。
「なんの、生と死の」
「甘い!飛翔清明!」
「ちょ、ちょっと!それは橙のじゃ」
「自分の式が使うものを、主が使えないわけがないでしょうが!」
「……そうね。たしかに。じゃあ、ちょっと気絶なさいな、壁にぶつかって」
八雲紫の持つスペルカードには、藍を操るものも存在する。その名を、式神「八雲藍」という。
「藍、チャオ」
「ちょ、止め」
ガァン、と、倒壊寸前の家屋にぶつかり、その衝撃で寸前という単語が消え去った。
力あるものがそのまま力を振るうのは、ここまで危険なのである。
それも、片方は勘違い――――アイスクリームは、間違えて空箱を持って来てしまったこと――――が原因ならば、不毛としか言い様がない。
そして、彼女たちについてこれ以上話すのも不毛であろう。収まりもつかないことであるし。
そう、これは脱線であり、横道であり、本題ではないのだ。
カシャカシャカシャカシャ。
ボールの中で揺れる、乳白色の液体と、焦茶色の粉を、泡立て器で混ぜていく。
「……」
カシャカシャカシャカシャカシャ。
「ねえ」
「……」
カシャカシャカシャカシャ。
「メリー、メリーったら」
「なによ」
カシャカシャ、カシャ。
「なんで、市販のアイス溶かして、インスタントコーヒーなんかと混ぜてるのよ」
「そこにアイスとコーヒーがあるからよ」
「いや、どちらもメリーが買ってきたんじゃない、三十分前に」
カシャ、カシャ、カシャカシャ、カシャカシャカシャ。
「いいことを教えてあげるわ、蓮子。中に氷が入ってるアイスは、溶かしてもう一度凍らせると、シャーベットみたいになるのよ」
「なら始めからシャーベットを買えばいいじゃない」
「高かったのよ。シャーベット」
「いや、百円で売ってるでしょ、みかんとか、レモンとか」
「バニラシャーベットが食べたいのよ」
「……明らかにコーヒーぶちまかしてるじゃないの」
カシャカシャ。
「さて、と。次に器にいれて、固まるまで冷やすと」
「食べるのに、二、三時間かかるわよ、それ」
「だからね、蓮子。他にもアイスを買ってきたじゃない。棒アイス」
「モナカはないの?」
「あるけど」
マエリベリーは冷凍庫の中から厚い板状のものを取り出す。勝手知ったる他人の冷凍庫。取り出したるはモナカアイス。
蓮子はそのアイスを受け取り、袋を破き、凹凸を切り取り線代わりに半分に折った。
「ほら、半分こ。代わりに、あれが出来たら少し貰うから」
「なんだ。蓮子も食べたいんじゃないの」
「そりゃあ、そんな熱心に掻き混ぜてるのみたら、気になるって」
パリッ。サク……。サク。
「たまにはモナカもいいわね」
「こうやって半分にわけれるからね」
「いつもは、一人で食べるじゃないの、なんでも」
「メリーだって」
パリッ、サク、サク、カサ。
ごく、り。
「まあ、こうやって同じものを食べるのも、なんかいいなと」
「そうね。たしかに、いいかもしれないわ」
食べかけのモナカ同士をぶつけ合う。
「これからの秘封倶楽部に乾杯。モナカだけど」
「じゃあ、蓮子に乾杯。アイスだけに」
「はいはい。馬鹿言ってると溶けるから」
「雰囲気台無しよ、蓮子」
べぇ、と舌を出すマエリベリー。
アイスが固まるのは、何時間後になるか。二人の会話は、まだまだ終わりそうもない。
アイスクリームも、かき氷も、冷たいが食べる人々の心までが冷たくなるとは限らない。
まあ、これも本題ではなく、また、横道にそれ過ぎたため本題を忘れてしまったのだが。
とりあえず、アイスでも食べながら…………、溶けてる。
小野塚うーにつきましては、同作品集内、白氏の『60年目の終わりに』から使わさせていただきまさた
(元は『おのづか☆うー』)
ここに謝辞を示させていただきます
事後報告ごめんなさい
甘っ!!
小町の写真集を買っていった説教慣れしてそうな休暇中の少女は、一体それをどうするつもりなんだ?
まさか、おかz(ry
今回は珍しく食べる以外のことをしてたなw
でもレンジ的には「シャ○ニングフィンガー」のほうが、あってそうな。精霊手は広範囲だから。
写真集を誰が発行したのかと考えたら、約一名しか思いあたらないことに気付く。問題は本人公認の写真集かどうかだが、非公認であった場合、閻魔様は犯罪によって生まれた物を買っていったことに……!
とりあえず、少女が残したのを貰おうか