Coolier - 新生・東方創想話

那須与一

2012/10/14 21:52:08
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 秋の日照りであった。
 常ならば長閑で閑散とした幻想郷の一画で、この日ばかりは至って賑わいを見せていた。
 人間たちの多く住まう人里で、秋の実りを寿ぐ祝祭が催されていたのである。
 芝居小屋や露天商が集い、ある者は唄い、呑み、騒ぎ、踊り、ハレの日の折を銘々が満喫していた。

 人里近くにある紅魔湖、その畔にある紅魔館の主もまた、この賑わいに興じる一人であった。
 彼女曰く、吸血鬼とて実りを祝う誠実さくらいは持ち合わせている、とのこと。
 そうは言うが日照の下での吸血鬼の行動は、極端に制限されるため、彼女の守りとして侍る使用人の十六夜咲夜は、内心、はらはらしながら主の共を仰せつかるのであった。

 そうして暫しの物見遊山に主が飽き始めた頃、彼女たちの前に、何処からともなくやって来ては自らの芸を披露する、旅芸人の一座が見えた。
 火を吹き、玉に乗り、ピンを放り、ほどほどには喝采を受けていた彼らだが、次にはナイフを使った芸をすると言っている。主はこれに興味を覚えた。

「ねぇ、咲夜。あれをどう思う?」

 幾分頭の位置が低い主は、斜め上を見上げて、生真面目な顔をして侍る咲夜に声を掛けた。

「どう、と言いますと?」

 その咲夜は些かも表情を崩さす、小さな主に問を返した。
 ――真面目はいいが面白みが無い。主はそれが不満であった。

「鈍いわねぇ。あのナイフ使い、貴女より腕は上かと訊いているのよ」
「……はぁ」

 そんなことを言われても――。
 しかし、主をこれ以上落胆させる訳にはいかないので、咲夜は対象に挙がったナイフ使いに注視した。
 彼は一座の中では若く、多分に英気と精気とを滾らせる快活な青年であった。
 そのしなやかな腕の動きから繰り出されるナイフは、離れた的に当然の如く吸い込まれていく。段々と距離を取るもそれは変わらず、寸分違わず的を射った。
 彼が、どれほど離れたところから的を射ることが出来るかが、この芸の見世物であった。
 なるほど――、と咲夜は感嘆する。
 主が比較に出したのもよく分かる、それは十分に熟練した腕前だった。
 では、果たしてどちらが上か――、それは試してみなければ分からないだろうと咲夜は結論付けた。

 主はそんな咲夜の心境を見越してか、うんうんと頷くと、ひときわ盛り上がるその一座の前へと進み出た。
 不測の事態に咲夜は半歩出足が遅れた。

「待ちなさい、貴方たち。確かにその男はいい腕前だけど、私の従者だって負けてなくってよ」

 主は尊大に胸を張って――と言ってもささやかな胸なのだが――高らかに宣言し、ナイフ使いの芸に夢中になっていた群衆を唖然とさせた。
 呆れとも侮りとも取れるその反応を、畏敬の念と思い違いをした主は、上機嫌で従者に目配せをした。皆の視線が釣られて集まる。
 ああ、と咲夜は思わず嘆息を漏らした。

 この嘆息には、それ以外の懸念も詰まっている。
 大体にしてこの主は、自らの立場を正確に分かっていない節がある。
 闇の王、吸血鬼といえども、この穏やかな日光の下では、羽もなく、牙もなく、ついでに体力もない、ただの幼子に過ぎないのだ。
 もっとも、そのぶん夜になると、ほぼ無敵の力を発揮するのだが、とにかく、この主はそういった諸事について全く無頓着に見えた。

 そうして咲夜が、あれやこれやの心配事に心を奪われている間に、すっかり舞台は完成したらしく、あまつさえ投擲用のナイフを磨いている咲夜自身がいる。
 不本意ながらも立ち位置につく咲夜に、主から期待混じりの激励が届いた。
 その声に「いよし」と覚悟を決めた咲夜は、気持ちを切り替え、的を睨んだ。
 咲夜は、すっ、と程よい力でナイフを投擲した。

 ――トスッ。

 中り。中央黒星を射る。

 ざああっと歓声が起こった。
 突然現れた少女の腕前に、群衆も俄然意気を上げる。側で見守る主も、満足気な顔をして頷いた。
 従者はそれが恥ずかしいのか、やや顔を俯けながら主の側に戻る。

 ナイフ投げの青年は、咲夜の投擲が終わるとすぐに位置に立った。
 本来なら自分に注がれるはずの歓声を奪われ、些か不満気であったが、一座としてみれば客が盛り上がるに越したことはない。
 青年も仲間の声を受けて投擲の姿勢に入る。
 しかし青年は、周りの期待を余所に、ろくに目も合わせず、まるで無造作にナイフを放った。
 自暴自棄になったか、狙いもつけずに投げたようだが、的を見ると見事黒星を射抜いている。

 ははあと、これには咲夜も驚かずにはいられなかった。
 どうやら余程の腕自慢らしい、また、確かな実力を備えている。
 歓声がわっと湧く。

 咲夜は恐る恐る主に目を遣るが、案の定、むすっと不機嫌な顔をしていた。

 これは主のためにも何としてでも張り合わねばなるまい――、咲夜はそう決心を新たにし、先ほどより少し離れた立ち位置についた。

 ……的までが遠い。
 咲夜は慎重に投擲した。

 咲夜は自身が思っているより大いに奮闘した。
 段々と距離が遠くなるが両者とも的を外すことはない。しかし、回を重ねるごとに難易度は格段に上がっていく。
 いつしか余裕が無くなったのか、青年も真剣な眼差しで投擲に挑んでいた。
 咲夜も負けじと的を射る。

 何度も何度もそれを繰り返し、両者の間で――いや、見物人も含め全員の中で、不思議な連帯感が生まれていた。
 遠く、もっと遠く――、
 それは二人の対決というよりも、いかに良い記録を打ち出すことが出来るか、という挑戦に変わっていた。
 投げて、位置を変え、そしてまた投げて、心地よい緊張感があたりを隈無く覆っていた。

 そして転機が訪れる。それは咲夜の順番の時であった。
 狙いを定め、ナイフを放る、その一瞬の間、強く鋭い風が、びゅうと吹いたのだ。
 咲夜は思わず目を細め、顔を顰める。

「あ――、」

 かくして放たれたナイフは的を逸れた。円の淵を僅かに削いで、しかし、そのまま何処かへ流れていった。

 青年は次の回も見事に的を射抜き、結局、咲夜の敗北となった。
 しかし、咲夜という少女の思わぬ大健闘に、群衆は一体となって彼女を労った。
 主もこの成果に大いに満足を表している。従者としては、主に不足が無ければ、遊戯の結果など二の次である。
 旅芸人の一座も、思わぬ収穫を果たしたことから上機嫌で、すぐに呑めや歌えやの大宴会となった。
 そうしてこの一件は、天狗の新聞にもささやかな記事が載る程度の、瑣末な出来事として幕を閉じた……、

 ――――はずだった。

 ……しかし、事件はまだ続いていた。
 ナイフ投げは終わっていなかったのである。

 咲夜が外した一本のナイフ。
 別段、誰も気に留めていなかったのだが、それ以降も地面に落下することなく、どころか、益々勢いを付けて飛び続けていたのである。
 それは何かの意図、あるいは使命感を思わせる勢いで、一直線に飛んでいた。






 ――その時、彼女は賑わう祭りの中にいた。

 囃す露天商の声を両脇に捨て置き、赤白の巫女、霊夢は、うっとりとした表情で道を歩いていた。
 両手には買ったばかりの烏賊焼きがある。

 せっかくの祭りの場。始終貧しい日常からの脱却を、彼女もこの日ばかりは望んでいた。その為に買ったのが烏賊焼きであった。
 烏賊である。何はともあれ烏賊である。
 海の側にない幻想郷では、その幸は非常な贅沢品であった。
 そして、そうであるが故、霊夢はこの日はこれと決めて、兼ねてから小銭を蓄えてきたのであった。
 一口、齧り付いたその幸福は、何も烏賊の美味しさばかりではないであろう。この至福を、彼女は神に祈る気持ちで堪能していた。

 しかし、その彼女に忍び寄る銀の影があった。

 それは気配も無く忍び寄り、彼女の斜め前方から迫ってきた。
 それは彼女に不幸をもたらす悪魔の狗であった。

 霊夢はまだ気付かない。
 至福の二口目を収めようと口を開ける、――その時だった。

 ――疾ッ、、、!!

 それは一瞬の出来事であった。
 彼女の口に収まる筈だった烏賊焼きを掻っ攫い、銀の刺客は彼女の側を駆け抜けていった。
 残された彼女の手元にあったのは、烏賊が引きちぎられた竹串のみだった。

 彼女は唖然としながら、次の瞬間には両目に涙を蓄えて、そして更に次の瞬間には烈火の怒りに顔を赤くして、彼の者が過ぎ去った方角を睨めつけた。
 烏賊が四散していくのが見えた。

「な、何なのよぉぉぉっ!!!」

 そしてその日、偶然、彼女の目に留まった吸血鬼が、彼女の腹いせの為に身銭を切る羽目になったのは、また別の話である。






 ――その時、森の中の妖怪は、新鮮な楽しみを発見していた。

 彼女は宵闇の妖怪、ルーミアであった。
 彼女の手には、祭りに浮かれて気の緩んだ人間から奪った、中心に穴の空いた円盤状の菓子――、ドーナツがある。
 今まで見たことのない食べ物に、彼女は大いに気を良くしていた。

 甘い匂い――、砂糖が使われた菓子であることはすぐに知れた。しかし、その奇怪な形にこそ、彼女の興味は傾いていた。
 ドーナツの穴に指を入れて、くるくると回してみる。
 それは、およそ他の食べ物では味わえない甘美であった。
 がさがさと不穏な音が森中に響いているのに気付けない程、愉快な遊びであった。

 森の枝葉を切り裂き、隙間を抜けて、銀の刺客はルーミアを捉えていた。彼の者は、まるでルーミアなぞ興味はないと言わんばかりに、突進を続けていた。

 手が砂糖でべとべとになった。名残惜しいがそろそろ頃合かと、ルーミアはドーナツに齧り付こうとしていた、
 その時――、

 ――颯ッ、、、!!

 それはドーナツの穴を貫いて左右に断割し、それでも勢いを緩めることなく通り過ぎていった。

 ルーミアは衝撃によって落としてしまったドーナツを見やる。
 無残に砕けて土の上に亡骸を晒していた。
 そういえば、まだ一口も口にしていなかったことを思い出した。

「お腹、空いたのだ……」

 ルーミアは、今度からドーナツを食べるときは穴で遊ばないことを密かに誓い、拾ったドーナツをしげしげと眺めた。

 ぱくり――。
 それは砂糖と土の味がした。






 ――その時、妖精の彼女は、季節はずれのかき氷を生産していた。

 彼女は氷を操る妖精、チルノであった。
 人間たちの祭りを見て、自分たちも何かしたいと、他の妖精たちを集めて、何事が出来ないかと頭を捻っていた。
 そして思いついたのが、むかし露天で見た、かき氷の模倣であった。
 チルノは自家製かき氷を妖精たちに配ってご満悦であった。

 とは言っても、所詮は妖精の遊びである。
 氷精の力によって、差し出す両手に雪を降らせ、それをそのまま食べる、というだけの話である。
 それでも彼女――雪を食べさせられる周りの妖精たちは、寒い寒いと不評であったが――にとっては、満足のいく遊びであった。

 しかし銀の影が、そんな微笑ましい一幕さえも打ち壊さんと猛進を続けていた。

 チルノは親友である大妖精の手に雪を降らせる。
 大妖精は少し寒くなったが、はらはらと舞い落ちる白い粉は、なかなか優美であった。
 その時――、

 ――彪ッ、、、!!

 銀の刺客は、舞い落ちる雪の結晶を射抜き、猛加速しながら一点を目指して駆け抜けた。

 呆然とするのは妖精たちである。
 何が起こったのか分からず、チルノの至っては気づきもせず、なおも作業を続行していた。
 チルノが、目を丸くさせる大妖精に告げた。

「出来たよ、大ちゃん。さあ召し上がれ」

 チルノの言葉に大妖精は曖昧に頷きながら、出来たばかりのかき氷を口に入れた。
 しゅん、と背筋が凍えたような気がした。






 ――その時、紅い長髪の麗人は、門の前で番をしていた。

 彼女はかの吸血鬼が住まう紅魔館の門番、紅美鈴であった。
 本日は紅魔の主も、おっかないお局様も留守ということで、羽を休め気を休め、緩やかな午後のひと時を過ごしていた。
 少し冷たくなった秋の風が撫でる。さらさらと紅い髪を風に遊ばせながら、彼女は深く目を閉じていた。

 緩やかな午後である。
 来客もないし、敵襲もない。無論、不満はないが、些か退屈でもあった。

 ……彼女から安らかな吐息が漏れる。
 すやすやと、それは寝息であった。

 ――キッと、ナイフは更なる加速を生む。

 銀の刺客は躊躇うことなく紅美鈴に向かって飛翔を続けていた。
 それはいよいよ加速を大きくし、さながらレーザービームのように彼女へ押し迫っていた。

 紅美鈴は気付かない。
 まだ、気付けない――。

 ――轟ッ!!

 ――轟轟轟轟轟ッ!!!!!!

 それは最早、ただのナイフを超越していた。
 嘶き猛る龍の牙であった。
 空を翔け天を焦がす鳳凰の嘴であった。
 森羅万象の理を覆す一筋の閃光であった。

 ナイフは正確に狙いを付ける。
 美鈴の――、
 惰眠を貪る美鈴の額に向かって。
 情けも、躊躇も必要ない、無慈悲な一撃を加えんと走り続けた。
 ナイフの切っ先が彼女を捉えた――、、、!!!
 
 
「………………あいたーーっ」

 そうして美鈴は、理由の知れない鋭利痛によって額を押さえるのであった。
 
 
 
 
読了、ありがとうございます。

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みすゞ
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コメント



0.710簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
笑ってしまったから俺の負けだ
3.80名前が無い程度の能力削除
ナイフの表現がかっこいいですねー
そして美鈴は痛いで済むのかw
5.100名前が無い程度の能力削除
ITEッ!
8.90名前が無い程度の能力削除
ナイフすごい
そしてそれを投げた咲夜さんすごい
9.50名前が無い程度の能力削除
ナイフ飛びすぎw こんなお約束があるかw
あと烏賊とドーナツの描写がやたら秀逸
12.100リペヤー削除
ナイフSUGEEEEE!!
13.100名前が無い程度の能力削除
これはまたいかにもなショートショート。きれいに書けてる。
ナイフの描写がいい。
14.90奇声を発する程度の能力削除
ナイフの表現が良いですね
面白かったです
16.100名前が無い程度の能力削除
お約束から逆算して、大道芸にたどり着いた作者様の発想に
完敗ですw。
17.90名前が無い程度の能力削除
蝶が羽ばたけば台風ができる、に近い感じがしますね近い感じがしますね
美鈴に刺さるのは様式美なのか…
20.無評価みすゞ削除
作者です。
わわ、思ったよりも好感触。
ありがとうございます。
21.100名前が無い程度の能力削除
笑いました。終わってみれば、確かにお約束。
美鈴のもとに辿りつくのはもはや運命なのか......w




22.100名前が無い程度の能力削除
これ面白いですな!
24.80名前が無い程度の能力削除
お、お約束?