「あんた大丈夫? 意識飛びそうなんじゃない?」
早苗は全身にじっとりと汗をにじませて、小刻みに体を震わせている。僅かな刺激さえ脳を破壊しかねない状態なのだ、例えば己のももとももが擦れただけで、あられもない声が漏れてしまうくらいに。
そんな敏感少女早苗の肩先に、霊夢はあえてちょん、と触れてみた。
すると、早苗は声を押し殺して泣き出してしまった。
悲しくて涙が出るのか。
悔しくて涙が出るのか。
それとも、気持ちよくて――。
「ね。いいことしよっか」
耳元で、息を吹きかけるように囁く霊夢。その目は狂気を感じさせた。少なくとも巫女を名乗っていいものではなかった。もっとお姉さま的な何かだった。
「その何かとはいわゆるタチというやつではないかと」
「地の文と会話するなぁ!」
早苗の迂闊な発言に神経を逆撫でされた霊夢は、逆に優しく早苗の内ももを撫で回してやることにした。
すりすり。すりすり。しゃっしゃっ。袖が肌を滑る音だけが響いていた。滑らかな肌には、布地が引っかかる箇所など一つとして無かった。
早苗は歯を食いしばって、顔を真っ赤にして、何かがこみ上げてくるのに耐えているように見えた。霊夢は先に獣欲がこみ上げていたが、そういった衝動に抗った試しが無い。とことん聖職者に向いていない女なのである。
「ほらほら恥ずかしいわねぇ。気持ちいいわねぇ。どうしてこうなったか分かる? どうしてこんな恥ずかしいことされてるか分かる? 自覚、ある?」
「……や、だ……っ」
もう子供のように頭を振るばかりで、早苗にまともな返事は出来なさそうだった。
「全部、あんたが悪いのよ」
そう。何もかも、早苗に原因があった。いっそ霊夢は被害者とすら言えた。
「だって早苗、もうすぐいなくなっちゃうんでしょ」
* * *
妖怪の山に来た新しい巫女さんは、少し変わっていた。なんと神様に礼節を尽くし、人々とは敬語で接し、妖怪に針を刺したりしないのだという。
それはごく普通の人類女性だと早苗は頑なに主張したが、幻想郷では「天使」「清純派」「綺麗な霊夢」扱いであった。
劣化版呼ばわりされた霊夢としては、誠に心外である。もうブッ殺そうと思った。殴って叩いて「これから一生、男言葉で話し続けるなら友達にしてあげてもいいわよ」と、魔理沙に与えた刑罰と同じものを食らわすつもりでいた。そこまでやって、ようやく生存権だけは認めてやるのだ。
とんだヤクザである。
そしてヤクザと言えば凶器だ。
霊夢は力いっぱい、針やお札や妖怪退治の道具を抱えて山に乗り込んで行った。
そんな一人軍拡少女が、まさか暖かく受け入れられるとは誰が予想できたか。
「わ。えーっと、霊夢さんだ。霊夢さんですよね! どうぞどうぞ」
神社に入るなり、早苗にほわほわとした笑顔で迎え入れられてしまった。
(なんだこの女。受けか。罠か)
様々な思惑が霊夢の頭の中をぐるぐると駆け巡ったが、お茶菓子を出されたら(これ、どこのお店のお菓子だろう)という思考だけが駆け巡るようになった。
「それで今日は、どのようなご用件で?」
「あんたをどつき回しに来たんだけど、苺大福の甘さに免じて許してやるわ」
「幻想郷ジョーク、ですか? あはは、物騒ですねえ」
どうも話が通じていない。育ちがいいんだろうか。草木が揺れたら妖怪と思え、殺せ。と教育されてきた霊夢からすると、もはや宇宙人に感じる。
「むぐむぐ……あんたもう、幻想郷慣れた?」
「え? ええ、まあ。皆さん親切にしてくれますし、ほら。最近は野菜をお裾分けしてくれるんですよ」
早苗が指差した先には、大根の山があった。大方、早苗の容姿に釣られた男性信者が、ホイホイ貢ぎに来たのだろう。
なんせ早苗は美少女だ。単に顔立ちの整っている女ならば人里にもそこそこいるが、華奢で色が白い、となると滅多にいない。多くの幻想郷人間女性は、農作業に従事し、水仕事に追われている。そのため指先は荒れ、女なりにがっしりとした体つきをし、肌は年中うっすらと日焼けしている。それはそれで健康的なのだけれど、深窓の令嬢、みたいなタイプはまず妖怪にしかいないのだった。
「私もこれから、本格的に家庭菜園始めてみようと思ってるんです」
「へ?」
「貰ってばかりじゃ、悪いですから。外から持ち込んできた食料の備蓄も、いずれは尽きるでしょうし……敷地内に畑を作って、有る程度は自給自足できるようにしようかと」
「何もそんな、農家まがいの事しなくてもいいんじゃない? 私だって田畑を持たない一人暮らしだけど、お賽銭や妖怪退治の報酬だけで食べていけてるわよ」
「そりゃ、霊夢さんはベテランですから、妖怪退治の仕事も沢山入ってるでしょうけど、私は新人神様ですし。それに、結構楽しそうじゃないですか、農作業って。外じゃ全然そういう体験なかったし」
それから早苗は、聞かれてもいないのに土いじりの素晴らしさについて語り始めた。曰く、「自然は良い。命の偉大さを感じる。虫やミミズは怖いけど、出たら神奈子様が助けてくれるし。でもなんでだろう、ミミズみたいなにょろにょろしたものが私の指に巻きつくと、神奈子様や周囲の信者さんがハァハァするんです」と。
「周りも大変よね……毎日がご褒美CGなんだもんね」
「霊夢さん?」
「なんでもない。忘れて」
霊夢は大福に夢中なふりをしながら、今の発言を振り返ってみた。早苗はどうも、畑仕事に興味を示しているらしい。これからもどんどん、続けていくと。さんさんと照りつける太陽の下、硬い土をクワで耕すのだろう。
いつか早苗の生白い肌は浅黒く焼け、細くやわらかい二の腕は逞しい農家の女じみていく。
「百姓の真似事なんてやめなさいよ、みっともない」
「どうして不機嫌なんですか?」
「別に」
なんだか面白くない霊夢であった。具体的に何が、と問われると自分でも答えられない、もやもやとした引っ掛かり、としか言えない段階なのだ。
「っていうか、もしかしてさっきまで畑にいた?」
「わかりますー?」
「そりゃ、爪に土入ってるし」
やだ恥ずかしい、と手を洗いに行く早苗。霊夢の横を走り抜ける形になった訳だが、その時ふっ、と不思議な香りがした。ひるがえった早苗の髪から漂ってきたそれは、幻想郷には無い匂い。花とも、香水とも違う。石鹸? まさか体臭?
(外の世界の女の子って、皆あんな匂いするのかしら)
文明格差を思い知る霊夢である。
「ねーねー早苗ー。ねー」
とたとたと早苗の後を追う。たぶん、水汲み場で手を洗っているのだから、この辺だろうとあたりをつけてうろつくと、実際に辿りついてしまった。さすが巫女の勘である。
「ねー早苗。ね……」
そこには、早苗がいた。確かにいたが、指先にぱちゃぱちゃと水を浴びながら、跳ね返る水滴で若干服を透かしつつ、濃い睫毛を伏せて物思いにふける早苗さんだった。まさに早苗さんの中の早苗さんだった。こんなに早苗さんなのだから、きっと生まれながらの早苗さんなのだろう。どこまで早苗さんなのだ、この早苗は。
(私、どうしちゃったんだろ)
一枚の絵画のようにも見えるその構図に、霊夢はいつしか目を奪われていた。
「……あれ? いたんですか」
「まーね」
「ごめんなさい、待たせちゃって。もうすぐ洗い終わりますから」
「早苗、いい匂いする」
「はい!?」
「髪。なんかつけてる?」
「特には……シャンプーとリンスくらいですが」
「しゃんぷー? それはもしかして凄くいやらしいものですか」
「なぜ敬語に……そっか、こっちには無いんですね。うーん。そうだなあ。なんていうか、粘液状になった石鹸みたいなものです」
「粘液……やっぱりいやらしいじゃないか!」
大喜びの霊夢である。
「霊夢さん変ですよ!?」
「他には!? 他にも何かつけてるでしょ!」
「ええー!? あのあの、そういえば畑仕事で汗かいた後なので、制汗スプレーをしゅっと、一噴きしたような……」
「性感スプレー?」
「貴方は本当に神職ですか」
早苗が言うには、外の世界の女の子ならば大概持ってる、汗の匂いを抑える道具らしい。
「そんなものが……向こうは変な技術が発達してるのね」
「ですね。確かにちょっと、潔癖な方向に進み過ぎかもしれません」
そうなのだ。早苗の体から漂う優しげな香りは、人工的に作られた甘酸っぱいときめきなのだ。これは幻想郷の技術ではまず再現できないものだ。
あと、どれくらい残ってるんだろう。シャンプーも制汗スプレーも、いつかは底をつく。
もうじき本格的な農作業に手を染める早苗は、華奢で白い肌の少女ではなくなる。
この少しおどおどした、控えめな雰囲気も消えてしまうのかもしれない。誰だって引っ越してきたばかりは大人しいものだ。
……早苗は、今が一番美しい。それは少女が見せる、一瞬の幻影。思春期に垣間見える、奇跡の瞬間なのかもしれなかった。そしてその儚い幻想は、今を逃すと消え失せてしまう。
とてももったいない事だと霊夢は思った。相手は、女の子なのに。あれれ。おかしいな。自分はヘンタイだったのか? 百合少女だったのか? レズレズ大将軍なのか? 生類あやれいむの令とか出さなきゃいけないのか? と霊夢の中をぐわんぐわん疑念が渦巻く。
「大丈夫ですか。今日はずっと言動がサイコですけど」
心配そうに、早苗は前かがみになって霊夢の顔を覗きこんだ。その体勢だと、チラ、と胸元が見える。細身の体にそぐわない、豊満な膨らみ。まだ巻き慣れていないのであろうサラシは緩み、危うげなまでに深い部分が視界に入った。
どこまでも白い、雪のような丘だった。
それを目にした霊夢の人として大切な何かが、ぷつっと音を立てて切れた。
「あんたがいけないのよ……」
「霊夢さ……、!? きゃっ……!」
* * *
「女の子の三種の神器は、乳とバストとおっぱいだと思う」
「何言ってんですかあ!」
いやいや、と首を振る早苗に、霊夢はありったけの御札を貼り付けていた。特に神封じの品がよく効いた、現人神の名に恥じぬ神性を帯び始めているという訳だ。ありがたやありがたや。こんなに綺麗な早苗を生んでくれた神に感謝する霊夢である。
「最初に私を誘惑したのは早苗なので、これは私の理性を守るための自衛行為なのではないか? 個人的自衛権の行使に値するので無罪なのではないか? 今めっちゃおっぱい触ってるけど裁判で勝てるのではないか?」
「意味わかんないですよぉ!」
ゆっさゆっさと早苗の乳肉を持ち上げながら、勝訴を確信する霊夢。早苗の体はエッチ過ぎて犯罪なので、それを取り締まる自分に咎があるわけがない、という屁理屈未満の暴論で動いていた。
というか、興奮し過ぎてだいぶ何を考えているのかまとまらなくなってきていた。
なんせ柔らかい。とてもやわこい。ぷにゅぷにゅする。よくこれで人体やれるな、と説教したくなるぐらいゆるやかに指が食い込むやわっこさなのに、重力? なにそれ? と上を向いているのだ。
こんな胸がこの世にあっていいのだろうか。そんなことは神が許す筈ないので、ここだけ天国じゃないのか? 早苗は両胸にエデンをぶら下げてるんじゃないか、などと思わず詩人になってしまう霊夢である。
「信じられない。汗までいい匂いがする。これが現人神の力か」
「そんなくだらないことに力を使いませんよっ!」
じゃあ素でこの匂いか。
もっとけしからん。
取り締まる手に熱の入る霊夢だった。
「う。うう……やだ。も、やだ……」
いつしか早苗は、鼻をすすって、ぐずぐずとえずき出していた。頬を伝う涙さえ嗅げば優しい香りがしそうだったが、それはあまりにも鬼畜なのでやめておいた。
いやそもそも泣かせてる時点で立派に鬼畜である。
罪悪感に駆られた霊夢は、とある御札の存在を思い出した。
「これさ。ほんとは好きな男の人に使うものらしいんだけどね」
「……やだ……やだ……」
「博麗の巫女ってさー、強すぎるじゃない? だから男の人に怖がられちゃってね。婿探しに苦労するのよ。それで先代はこんなの用意してたのね。この間見つけて、びっくりしちゃった」
「……御札……?」
「そ。御札。貼ると、三日は盛りっぱなしになるそうよ。よかったわね。これで早苗も楽しめるわよ。さすがに悲しいだけ、恥ずかしいだけじゃ気の毒だものね」
身動きが取れない状態の同性に、そんな代物を気前よく十枚も貼り付ける霊夢に、もう巫女を名乗っていい要素が一つも見当たらなかった。
「い、やああああああ……!」
「あんた大丈夫? 意識飛びそうなんじゃない?」
早苗に反応は無い。もはや言葉も出ないようだった。
「ね。いいことしよっか」
それからさわさわと太ももなどなぞってみると、早苗はびくんと跳ねて、一層屈辱げに俯いた。
「全部、あんたが悪いのよ。だって早苗、もうすぐいなくなっちゃうんでしょ」
「……?」
「綺麗な早苗は、いなくなっちゃうのよ」
今ここにいる、最も美しい早苗は近い内にいなくなってしまう。後に残るのは、ごく普通の幻想郷少女、強くたくましい東風谷早苗。そうなる前に、手に入れたかった。
逃したくなかった。
早苗の首筋を、爪の先でカリカリと引っかいてみる。その度に深く描写してはいけない声が漏れた。
耳にも同じことをしてみる。耳穴にちょっと指をお邪魔させてみたりして。
「あ……っ!? ……、はっ……神奈子様ぁ……」
神奈子様、神奈子様、神奈子様。早苗はすがるように、その名を繰り返した。潤んだ瞳が見据える先は、目の前にいる霊夢ではなく、信仰の対象なのだろうか。手指で、息で、舌で、一すくいずつ思考を溶かされていって、女の子としての自分を剥き出しにされて。それでも残ったものが、神。
早苗の信仰は本物だったということだ。
「……めたわ」
「……はぁ……はっ……」
「冷めた」
「……れ、……む、さん……?」
「冷めた。帰る」
泣きじゃくりながら他の女の名前を連呼する少女を、これ以上責める気になどなれなかった。
* * *
まあ、大体の出来事は時間が解決してくれるものだ。「悪い妖怪に操られた。おかげで早苗にひどいことしちゃった、ごめんね」と泣きながら霊夢が謝ったら、「なんてことを。絶対に許さない。悪しき妖怪は私が全て潰す」と正義の人・早苗は許してくれた。
時間が解決した、という事にしておこう。
そして、今に至る。
近頃は少し日に焼けた早苗が、元気よく妖怪退治に明け暮れている。聖輦船騒動の際などは、それはもうズコバコと小傘を躾けての大活躍である。
シャンプーは、無くなったらしい。
制汗スプレーも。
人里の女性達と同じ、少しぬか漬けや肥料の匂いがする、たくましい少女となった。
今の早苗はとても幸せそうだ。生き生きとしている。きっとこれが本来の彼女なのだろう。
だけど、あの日霊夢が恋した、儚い少女はもういない。どこにもいない。
(あのまんま、最後までいっとけば良かったかなあ)
なんて惜しくも思う霊夢だったが――でも、手に入れられなかったからこそ、思い出の中の早苗は一際輝くのかもしれなかった。
その在り方はどこか、信仰と似ていた。
やっぱ霊夢さんは欲にまみれてこそよねー
たまにながいけんっぽおかしな文章が入ってくるんだけど、
モテモテ王国とか好きだったりする?w
それでいいのか巫女、それでいいのか少女
まあひねくれものの感想としては霊夢自身の憧れもあるのかなー、とか思ったり
そして作者は冷めずに早苗さんを教育しちゃうルートをYOTOGIに上げるべきそうすべき。
おっそろしい・・・!!!
いや、ま、待てよ
これは120倍されたものをさらに120倍、更に120倍、更に(となるのか!?
なんということをしてくれたんでしょう!
けしからんもっとやれください。
なんで最後ちょっと良い話っぽく〆たのかww
にしても、この作者さんは色々とネジが外れてそうだなあ(褒め言葉)
早苗さんの移ろいゆく容姿の欠片をすかさず喰いにかかった霊夢さん流石です。
実際の所1200倍とかになったら一瞬で意識飛びそうですよね。
締めがシリアスでよかったです。
ドキドキが止まらない...
120の10乗倍の方がいいな
持続時間が10倍だったりして