Coolier - 新生・東方創想話

蛍雪の舞

2010/12/31 20:53:37
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※設定及び口調などに違和感があるかも知れません。
 視点が変わることがありますのでご了承ください。





「はぁ……どうしたものやら」
 私、永江衣玖は深くため息をつきながら森の中を歩いていた。
 新年に人妖問わず集まる博霊神社の大宴会。
 そこには博霊霊夢に関わった全ての者(本当になんでもアリだった)が参加している。
 私も上司である総領娘様、比那名居天子様が参加するようになってからは毎年参加している宴会である。
 そこで毎年衣玖は新年の舞を披露していたのだが、今年も後数週間となった今日の朝。
 上司である総領娘様が私にこう命令したのだった。

「毎年毎年同じ舞ばかりじゃつまらないわ。今年はいつもと違う面白いやつをやりなさい!」
「あれは新年に行う儀式のような舞で……」
「あんな場所で格式なんて気にしないの。面白いものにしなさい。これは命令よ!」

 そんな無茶な。
 元々この舞は新年の際に天界で踊っていたものだ。地上に生きる者達はそうそう御目にかかれないものである。
 確かに最初は物珍しいと注目されていた。しかし最近は余興の一部で収まっているような気もする。
 もっと素晴らしい舞を見せてやろうという意識はある。
 だが、あの宴会はあまりに無作法で無秩序なのだ。
 気絶、爆発、何でもありのあの場での「面白い」とはなんなのか。
 正直考えたくない。
 上司があの宴会では羽目を外しすぎる以上、私もそれに混じってはどうしようもない。
 
「だからといって無視するわけにもいきませんしね……」

 聞けば私が了承する前から既に博霊神社の巫女に伝えてしまったのだそうだ。
 そして悩みながら地上に降りてみれば宴会に参加する妖怪達からの期待の言葉が大量に飛んできた。
 噂の広まりは早いと言うが幻想郷では更に早い。
 何故かと言えば何かあるたびに天狗達が情報をばら撒くからである。
 そのせいで私が行くところ行くところで舞の練習を見ようと妖怪などの視線を感じ、私は逃げることができなくなってしまっていた。
 何が何でも新しい舞を見せなければならない。
 しかしそう簡単に変えてもいいものだろうか?
 あの宴会では全く意味を成さないがあの舞は重要な意味を成すものなのだ。
 新年から今年の安全を願うために舞う物で、余興としての意味よりも儀式としての意味合いが強いものである。
 元々天界で舞っていたものを総領娘様が地上に行かれるようになったために地上で披露していたのだ。
 本当なら天界でやるべきなのだろうが名居様から総領娘様に付いていくように頼まれている以上そうもいかない。
 やはりあの騒動を起こして以来気にしているようだ。

「しかし……新しい舞ですか……」

 私はまた小さくため息を出した。









 
「うぅ……どうしよう」

 私、リグル・ナイトバグは大きなため息を吐いた。
 理由は新年に行われる宴会。
 それに私は毎年参加しているのだけど……。
 突然あの巫女から呼び出しをされ、こう言われたのだった。

「今年はあんたも一芸やりなさいよ?」
「私が? なんでよ!」
「いや、なんでよって言われてもね……順番とか流れってやつよ」
「チルノとか全然やってないじゃない!」
「冬に氷見てどうするのよ。面白くもないじゃない。じゃ、そんなわけだからよろしく」
  
 そんな無茶な。
 私の能力も冬は無理があるんだけど。
 真冬に蟲を操れと。いくら操れるって言っても妖怪とは言え同じ蟲だ。
 罪悪感が湧き出てくる。というより可哀想だ。
 確かに自分の家には季節を問わず従ってくれる蟲がある程度はいる。
 けどそれをこの寒空に放つのはさすがに私の良心が許さない。
 もしやるにしても屋内、いや暖かな場所でなければダメよ。
 
「だけどそういうことは許してもらえないだろうなぁ……」

 あの宴会は無礼講だけどなんだかんだで上下関係はある。
 だから芸を披露するのだって紅魔館の主くらいの大物なら屋内でもなんでもできる。
 それだけ重要な人だし、吸血鬼は屋外じゃ力が出ないし。
 私も屋内がいいけど私くらいの妖怪じゃ、あの巫女は突っ撥ねるだろうなぁ。
 巫女が許してもあの宴会の中で、しかも中心の神社の中で芸を披露するなんて無理だ。
 あそこには私が会った事のないような幻想郷のお偉いさんがいるらしい。
 屋外でもすごい人は多いけど、中はまた違うはずだ。
 そんな中で私は芸をやれるのかな……。

「どうしようかな……」

 大きくため息を吐いた。







「「はぁ……」」

 ため息が重なる。
 両方が森の茂みから体をゆっくりと出しそのまま歩き出す。
 そして互いに自分のことでいっぱいで前も見ていなかったのか被ったことにも気付かず歩き進み……

「きゃっ!」「うわぁ!」
 見事に正面から激突した。
 傍から見たら相当間抜けな光景だったろう。
 まるで漫画の1コマのようなぶつかり方だった。








「いたた……」
「……大丈夫ですか?」

 目の前の子は誰だったろうか。
 ボーイッシュな服装だけど間違いなくこの子は女性だろう。
 それこそ新年の宴会で見たことがある気がする。
 周りを全く気にしていなかったために彼女が目の前にいることに全く気付けなかった。
 しかしぶつかってしまった以上、謝罪と助けが必要なはずと私は彼女に手を伸ばした。
 すると彼女は私を見て少し考えると伸ばした手を取って立ち上がった。

「ありがとうございます。すみません、考え事してて……」
「いえいえ、私の前方不注意ですから。気にしないでくださいよ」
「……!」

 何か思うところがあったのか考え込む彼女。
 すると彼女はまた私をジーっと見つめてきた。今度は観察するように、もしくは探るように。
 ぶつかった私が悪いとはいえいきなりそんなまじまじと顔を見つめられるのは気恥ずかしい。
 私が顔を逸らすとそれにあわせて移動してくる。一体なんなのだ。

「あの……私の顔に何か?」
「いえ……もうちょっと顔を見てもいいですか?」
「……どうぞ、お構いなく……」

 顔を見ているだけなのにそれを断るわけにもいかず、私はしばらく彼女の顔と向かい合う形で立ち尽くしていた。
 そういえば彼女、宴会で氷の妖精といるのを見たことがあった。
 あの巫女とも交流があるようだ。
 すると彼女は私の頭を指差すと目を輝かせて、

「その頭のは触角なの!?」
「えぇ……まぁそうですけど」
 
 魚としての私に備わっている2本の触覚を見て彼女は笑った。
 ……私の顔を見てたわけではないのか。
 少し残念に思いつつ目を輝かせる彼女に話を振った。

「えっと……あなた、名前は?」
「あぁ! ごめんね。私はリグル・ナイトバグ。蛍の妖怪よ」
「リグルさん、ですか。私は永江衣玖と申します」
「衣玖さんかぁ……なるほど……」

 何か納得したように頷くリグルさん。正直全く状況がつかめない。
 どうしてリグルさんはそんなに嬉しそうなのか。
 人のことは言えないが何故彼女はフラフラしていたのか。
 考えているとリグルさんは私を見てこう言った。

「あの……前にチルノと弾幕勝負してましたよね?」
「チルノ……氷の妖精さんですね。えぇ、してましたね」
「あの時、私遠くから見てたんです! チルノと衣玖さんの勝負!」
「そうなんですか。ということは私を知っているんですか?」
「いや、勝負を見てただけで……お名前も初めて聞きました。チルノに聞いてもわからないって言われちゃって」

 あの子は若干覚えが悪いから仕方ないだろう。望み薄な期待だ。
 しかし彼女はどうして私の名前なんて気にするのだろうか?
 その疑問に答えるようにリグルさんが言葉を続ける。

「私、一度衣玖さんとお話したかったの!」
「私とですか? 一体どうして」
「衣玖さんの弾幕はすごく綺麗だった。それに衣玖さんは私と同じところもあったし」
「同じところ?」
「うん。だって衣玖さん……」

 ニコニコと笑いながら目を輝かせるリグルさん。
 その顔は蛍の名に恥じない眩い顔だった。
 そんな顔で彼女は私にこう言い放つ。




「その触角といい、私と同じ蟲の妖怪でしょ?」


 ……は?

「えっと……?」
「衣玖さんは何の妖怪なのかな? あんなふわふわ飛んでるから蝶かな?」
「いや、私は……」
「でも電気を使う蟲なんていたっけ……? 外の世界から来たばかりとか……」
「話を聞いてください……」

 私が弁解するのも聞かず言葉をまくし立てるリグルさん。
 幻想郷の人間は話を聞かないというのはやはりどんな相手にも当てはまるらしい。
 結構話しやすそうな人に見えたのに。
 するとリグルさんは突然顔を顰めてこちらを見ると、また私の触角を見つめて唸る。

「その触角……角度……まさか……ゴ」
「違います!」

 さすがに止めなくてはならなかった。
 あらぬ妄想を当てられるのも嫌だったが、下手をするとまた噂が広がる可能性もある。
 噂は四十五日と言われるが四十五日も私が害虫だという噂が広まるのは避けたい。
 確実に総領娘様に馬鹿にされるだろう。
 私は何の蟲なのかと想像を膨らませるリグルさんの両肩をガシリと掴みながら作り笑顔で、

「私は蟲の妖怪じゃありません。わかりましたね?」

 思いっきり凄んだ声で問いかけた。
 リグルさんも私の態度に気付いたのか無言で首を縦に振った。




 とりあえず見つけた切り株に腰掛け、しっかり話すことになった。
 ビクビクとしていたリグルさんもやっと落ち着いてぐったりと木に背を預けている。

「魚の妖怪なんですか……残念」
「お仲間でなかったのは残念でしょうけどあれは失礼ですよ?」
「あれって……衣玖さんはゴキ」
「あーあー!!!」

 リグルさんの言葉を大声でかき消す。
 妖怪の森とは言えあの巫女がばら撒いた噂のせいで今の私の周りは誰が見ているかわからないのだ。
 ここは魔法の森ではあるが、もし天狗あたりに見つかろうものなら夕暮れ時には幻想郷中に噂が伝播してしまう。
 
「あの子だってそんな悪い蟲じゃないんですよ? 嫌われてますけど」
「私の主観ですのでお気になさらず」
「私としては蟲を嫌わないでほしいなぁ……」
「強く否定したことは謝ります。蟲はあなたにとって同胞なのでしょうし」
「同胞ってほどでもないなぁ。仲間ではあるけどさ。衣玖さんだってそうでしょ?」

 まぁ確かに。私は魚の妖怪だが魚は食べるし、魚を嫌う人間にそこまで嫌悪感を抱く訳じゃない。
 それが蟲も当てはまるのか、操る能力の彼女と同じなのか、となれば話は別だろうけども。
 というよりこの冬にリグルさんは大丈夫なのだろうか?

「私は冬でも問題ないよ。操る蟲のほとんどが冬眠しちゃうんだけどね」
「やはりそうですか。そうなると弾幕ごっこもできないのですか?」
「まぁ……ほぼ無理ね。冬眠しない蟲を操ればできるけど、夏ほどの力は出ないし」
「だからですか? 氷の妖精といるのは」 
「チルノ? 違うわ。なんとなくいつも近くにいるだけで他意はないし。どうしてです?」
「そうですか。去年の宴会で仲良くしていましたのでしょう?」
「見られてたのか。あの時は…………はぁ」

 といきなりため息を吐くリグルさん。去年の宴会で何かあったのだろうか。
 ズーンと擬音が聞こえそうなほど沈んだ彼女に対して問いかける。

「去年何かあったのですか? 私で良ければ話を聞きますよ?」
「いえ、去年のことじゃなくて……今年のことで……」
「……今年?」
「ええ、実は…………」













 私は衣玖さんに今回の宴会の話をした。
 私が一芸やることになったこと。真冬だから力が全然使えないこと。
 もし使うなら暖かい場所が必要なことも話した。
 すると衣玖さんは考えるように上を見て、

「なるほど。確かに大変ですね……」
「チルノや静葉は免除されてるのに私には来たのよ? 酷くないかな?」
「能力を考慮してないというのは確かに酷いですけど……」
「でしょ? でも断るわけに行かないし」
「リグルさんが挙げた方々は季節の妖精や妖怪の方々ですからね。適材適所の時期があるのでしょうね」
「私もピークは春か夏だと思うんだけど……」

 私がぼやくと衣玖さんはムッとした表情で私を軽く睨んで、

「でもリグルさんは夏の宴会では何もしませんでしたよね? 確か」
「う……」
「それなら巫女が言ってたことが正しいですよ。やるべき時に芸を披露していないのですから」
「……まぁ、そうだけど……来年まで待ってくれてもいいと思いません?」
「いーえ。因果応報ですよ。後回しにしたのですから仕方ありません」
「厳しいなぁ……衣玖さん」
「まぁ厳しくしないといけない人がすぐ近くにいますので……どうしても」

 というと衣玖さんも私が宴会のことを思い出した時のように凹んだ。
 衣玖さんも宴会のことで悩んでいるかな?
 去年、衣玖さんは……確か舞を踊っていたような気がする。
 正直あまり覚えていないのだけど。
 立派な芸があるというのに何を悩んでいるのかな?
 自分の悩みを聞いてもらった手前、私も相談に乗らないとね。
 私は衣玖さんに悩みを聞いてみた。
 すると衣玖さんは苦い顔で私に悩みを打ち明けてくれた。

「新しい舞かぁ……」
「私としてはあの舞だからこそ、という思いだったのですけど……」
「確かにあの宴会じゃ格式も何もないなぁ……神も悪魔もなんでもござれだし」

 文字通りの意味で。

「まぁ、いいんじゃないかな? ちょうど転換期って感じで」
「そう簡単に変えられないんですよ!」
「えっと……?」

 何か触れてはいけない場所に触れたのか、衣玖さんはいきなり立ち上がり、顔を真っ赤にして語りだした。
 全身にバチバチと電流が走っているのが見える。

「あの天女の舞は天界に古くから伝わる由緒正しき舞なんです! そんじょそこらの盆踊りとはわけが違うのに! 総領娘様もご理解しているはず……なのにあの人は地上の混沌に染まってしまって……!!」
「え、いや……」
「そもそも名居様も名居様です! 総領娘様の世話を全部私に任せて! 私だって宴会を楽しみたいのに! せっかくの新年なのに酒も飲めないんですよ!?」
「わかりました、わかりましたから落ち着いて!」
「総領娘様も最近は丸くなってきたかと思ってたのに……私に嫌がらせですか! どーせ型に嵌った女ですよ! いいじゃないですか周りが自由なんですから!」
「衣玖さんはいい人! だから……ね?」
「あなたに……何がわかるんですかぁぁぁぁ!」

 衣玖さんの激昂と共に……巨大な雷が落ちた。
 ……私と衣玖さんの上に。



「……落ち着いた?」
「ええ、すみません。ついカッとなってしまって」
「まぁ大して被害はなかったしいいんだけど……」

 多少感電したけど。
 衣玖さんは顔を赤らめてシュンとしている。
 普段はこんなに怒ったりしない人なのかな?
 
「しかし、どうしますかね……」
「私もです……どうしよう?」

 手伝ってあげたいけど私は舞なんて知らない。 
 しかし互いに悩みを打ち明けたわけだしなんとかしたい。
 ならどうするか……。
 
「そうです!」
「どうかしたの?」

 衣玖さんは思いついたとばかりに掌を合わせてこういった。

「協力しましょう! リグルさん!」
「どういうこと?」
「私とあなたでならできますよ!」

 と私の手を取って満面の笑みを浮かべた。
 人に頼られるなんて縁の無い話だった私は、正直意味がわからなかったがその笑みの乗せられて頷いた。










 
「で、どうするの?」
「それはですね……」

 私はリグルさんと人気の少ない森の奥に来ていた。
 無論周りに人がいないことは確認済みである。
 私はキョトンとした顔で私を見るリグルさんに向かい合って口を開いた。

「リグルさんは屋内で、というか暖かい場所で芸を披露したいのでしょう?」
「えぇ、蟲達が凍えちゃうもの」
「私はいつもと違う舞を見せなきゃいけない」
「うん、そうらしいけど……だから?」
「私たちが協力すれば万事解決です!」

 つまりはこういうことだ。
 私はなんだかんだで宴会の余興でも中々に評価が高い。
 それに今度は『新しい舞』を披露すると言っているのだ。
 だから「暖かい屋内でやる必要がある」と言えば簡単に許可が出る。
 だからリグルさんは蟲を存分に披露できる。
 2人で1つの芸とすれば。

「なるほど! 確かにそれは助かるね」
「でしょう? リグルさんは蟲で何の芸をするかも悩んでいらっしゃったようですし」
「まぁそうね。場所が取れたからって何か浮かんでいたわけじゃないよ」

 とはいっても詳細が浮かんでいなかったのが真実だった。
 なぜなら真冬に蟲を操って何かをするというのはさすがに構想が浮かびづらい。
 言い方は悪いが只でさえ蟲は人には好かれづらいのだ。
 綺麗な蝶ならまだいい。百足や蛾なんてものはもってのほかだ。
 しかし私の考えうる好かれやすい蟲は皆冬にはいない。
 それならどうするか。
 
「家には冬も大丈夫な蟲が結構いるけど……百足と……竃馬と……」
「やめてくださいね。真剣に嫌です」
「……そうだよね。あとは恙虫くらいかな?」
「死人が出ますよ」
「いや、あの宴会じゃ弱いほうだと思うけどね。爆発とかするし」
「……まぁそうですけど」

 私は舞を踊ろうかと思うにしろ蟲となるとどう合わさればいいかがわからない。
 私が踊る最中に蟲が行進するのは正直微妙なところだ。
 そして数分ほど考えて続けていた時、リグルさんが思いついた方に顔を輝かせた。

「そうだ! あいつがいるじゃないか!」
「あいつ? 何か特別な蟲がいるのですか?」
「うん。それは……」

 その言葉は私にとっての福音であり、新年の舞の内容が決まった瞬間でもあった。
 私はリグルさんのと握手を交わし、

「よろしくお願いしますね。リグルさん」
「こちらこそよろしく。衣玖さん」

 互いに笑いあった。










 そして新年。

 博霊神社では大宴会が開かれていた。
 年を越えた瞬間に、いや年を越える前から宴会は始まり飲めや歌えの大騒ぎである。
 宴もたけなわという言葉が浮かびそうも無い、終わらない大宴会。
 笑いが響き、喧騒に塗れ、全て混沌と廻っている。
 そこで酒を汲みかうのは、人間、妖怪、鬼に神。
 幽霊、天人なんでもござれ。
 種族の見本市と言える様なあまりに統一感のない集団だった。
 だが全てが新年を喜び、祝いに酒を飲みあっている。
 朝を越え、昼を越え、宴会は2度目の夜を迎えていた。
 雪がちらちら降り続き、外は少々肌寒い。

「なぁ霊夢? なんで今日は中に誰もいないんだ?」

 酒を大量に飲んだのか、顔を真っ赤に染めた霧雨魔理沙が周りと少し離れた場所で酒を飲んでいた博麗霊夢に問いかけた。
 いつもなら神社の本殿を開放しており、そこでは紅魔館の吸血鬼などがいるはずである。
 だが今は開けられた本殿の中は空っぽであり、誰もいない。
 だというのに中には灯りが煌々としているのだ。
 吸血鬼はと言えば従者の傘の下で酒を飲まずに紅茶を飲んでいた。

「……使うやつがいるから追い出したのよ。そしたらレミリアったら拗ねちゃって……」
「いつもは私達に合わせて酒を飲んでるのになぁ。ありゃ絶対怒ってるぞ?」
「他の人は事情を説明したは引き下がってくれたのにレミリアだけ聞かなくてね。つい実力行使を」
「おいおい。神社の中で暴れたのか?お前ともあろうやつが」
「そんなわけないでしょ。神社に来れないように結界を張ろうかって脅しをかけたのよ」
「ふぅん。まぁいいけどな。それで? 図々しくもあそこを使おうとしたやつは誰だよ?」

 魔理沙が吸血鬼を見ながら皮肉気味に笑うと霊夢は小さくため息を吐いて、

「それはね……」





「うぅ……緊張してきた」
「大丈夫ですよ。練習通りにやりましょう」

 衣玖とリグルは本殿の中で外から見えない所に隠れていた。
 中は何かしらの能力でも働いているのか扉が全開なのに寒さを感じない。
 寒気が入るような感覚もない。
 中の温度はまるで先に春が来ているような暖かさだった。

「用意はできてますか?」
「できてるよ。連れて来るのが大変だったけど」

 こっそりと外を見れば宴会が進んでいるのがわかる。
 本殿の様子を気にしている者も多いがそのほとんどがすぐ興味を無くして宴会の輪に戻っている。
 だが誰もが本殿で行われるであろう何かに期待をしていた。
 リグルは衣玖から渡された大量の鈴の付いた杖を持ちながら体を震わせた。
 顔も緊張のせいか固く表情が鈍い。
 するとその様子を見て衣玖がリグルの手を取ると、

「……うまくいきますよ。がんばりましょうね」

 と微笑みながら声をかけた。
 するとリグルは少し驚いた後大きく深呼吸をして、

「大丈夫……衣玖さんがいるなら……大丈夫」

 と微笑み返した。目には力が戻っていた。












  舞が始まる。







 シャン。シャンシャン。
 鈴の音が響く。
 その音にほとんどの者が本殿を見た。
 そこにはゆったりとした動きで本殿内部の中心へ歩く永江衣玖の姿があった。
 鈴の音は聞こえたが衣玖自身は鈴を持っていない。
 ゆっくりと。流れるように歩みを進め中心に着くと正面へ向く。
 眼前には多くの瞳が衣玖を見つめる。
 一礼をしたその直後。

 シャン。

 と鈴の音と共に、全ての灯りが消え去った。
 一瞬にして宴会の場が暗くなる。
 だが雲の切れ間から月光が降り、雪に反射して仄かな明るさを演出する。
 
 シャン。

 本殿に光が現れる。
 青い光、微弱な電流だった。
 電流は衣玖の周りに小さく映り本殿の中心に立つ衣玖だけを鮮明に写す。
 
「私、永江衣玖。友人と共に今年の幸福を祈り、舞を披露させていただきます」

 真っ暗になったおかげで酒の手も一度止まっており、その声は宴会中に凛と響いた。
 すると急に電気の青い光とは違う黄色い光が本殿に広がった。
 それを見た誰かがつぶやいた。蛍だ。あれは蛍だ。
 ぽつりぽつりと漂うそれは暗い空間を明るく彩る。






 シャンシャンシャラリ。シャンシャラリ。


 鈴が鳴る。静かに響く。音に合わせて舞い踊る。
 ヒラリヒラリと袖揺らし。天女は優雅に舞い踊る。
 青い光をその身に纏い、蛍の光に包まれて。
 クルリと廻る。光が廻る。
 天女がクルリと廻ってみれば。
 蛍が静かに合わせて廻る。
 黄色の光は線を描き。天女を包む円を成す。
 ゆるりとその手を掲げてみれば。
 手より現る青の珠。
 淡く小さくその珠は、数珠のごとく連なって。
 天女の周りの蛍に混じり、黄色と青を混じらせる。
 鈴が鳴る。音が舞う。小さく響く。
 ゆるやかに。静やかに。けれど姿は美しく。
 光と共に舞う様に、全ての者が満たされる。
 天女に合わせて光が動き、青と黄色の軌跡は揺れる。
 ヒラリと舞って、クルリと廻り、光が闇を彩って。
 音無き舞は優雅に続く。全ての者を魅了して。

 シャンシャンシャラリ。シャンシャラリ。

 静かな舞が続く中。
 鈴が鳴り、天女が止まる。
 天女は小さく礼をして、雪降る外へと歩き出す。
 それに伴い光が動く。青き光が追従し、遅れて黄色が着いていく。
 まるで天から来るように。光を多数従えて。
 羽衣ゆらりと揺らめかせ、天女は雪と舞い降りる。
 サクリと雪を踏みしめて。その手を回して光を誘う。
 
 雪がチラチラ降る中で光と天女はまだ踊る。
 青と黄色の光が舞って雪が白く光りだす。
 地が照らし、雪が光り、全てが天女を包みだす。
 白、青、黄色、と世界が光る。
 幻想的な姿を見つめ、全ての者が魅せられる。
 天女が踊る蛍雪の舞は、新たな年をただ祈り、祝う。
 

 今年も皆幸せであるように。今年も楽しくあるように。


 




 シャン、という音を最後に舞は終わった。
 衣玖は小さく礼をすると本殿に戻っていく。光も合わせて消えていく。
 空気はシンと静まりかえっていた。
 舞の余韻を楽しむように。
 普段は喧騒や大騒ぎを好む幻想郷の住民が皆々口を閉じていた。
 そして衣玖が本殿に上がり、もう一度礼をした瞬間。

 爆発的な歓声と拍手が響いた。
 
 賛美の声や飛び交う疑問、大量の野次がいまさらながらに飛んでくる。
 衣玖はそれを笑顔で見つめて奥へと歩いて。
 隠れていたリグルを引っ張り出した。
 それを見て少しどよめきがした後、すぐさま歓声はリグルにも降り注いだ。
 いきなり自分に飛んできた大量の声に驚きを隠せないリグル。

「い、衣玖さん!? 何を?」
「私への歓声じゃありません。私とあなたへの歓声ですから」

 衣玖は誇らしげに胸を張り、リグルの手を握って。

「私が一人占めできませんよ。一緒に行きましょう。賛辞も野次も全部聞きましょう」
「……はい!」

 2人で宴会の輪の中へと混じっていった。
 











 宴会のあと。
 私は魔法の森でリグルさんと会っていた。
 私たちが偶然出会った森で。また私たちは会っていた。

「本当にありがとう!」
「いえいえ、私の方こそ。むしろ手伝ってくださって……裏方のような扱いをしてしまってすみません」
「そんな! 本当に楽しかったです!」

 興奮冷めやらずといった顔で私を見る。
 その嬉しいそうな顔を見ると私も心が朗らかになった。
 しかし私は舞の途中に思った疑問をリグルさんに尋ねた。

「私が本殿の外に出たとき、どうして蛍を?」
「あぁ、それは……実は」

 リグルさんの話によれば蛍には冬でも活動できるものがいるんだとか。
 そういえば蛍雪の功なんて言葉がある辺り、冬に蛍がいるのはありえることだ。
 しかしリグルさんはそんなことを話していなかった。
 舞は確かに成功はしたがそれはどうなのだろうか。
 私が尋ねるとリグルさんは恥ずかしそうに頭をかいた。

「いや、何と言えばいいかわからないけど……悔しかったから」
「悔しい?」

 どういうことだろう?
 私が怪訝な顔をしているのに気付き、少し困ったような顔をする。

「舞のことを教えてくれたのは衣玖さん。誘ってくれたのも。舞の手順を考えてくれたのも 衣玖さんで」
「えぇ……私が迷惑をかけたわけですし……」
「全部まかせっきりというも悔しくて……だからサプライズかな」

 そういえば外に出て舞うと話した時、蛍を外に持ち寄れないかと尋ねた。
 その時は断られたがそういったことを考えていたのか。

「それに……二人で……ですからね!」

 満面の笑みで私を見つめ、

「せっかく二人でやるんですから。私もしっかり参加したいですもの」
「そんな私は……」
「私は一緒で楽しかったです。衣玖さんは……どうでした?」

 期待するような顔で私をじっと見つめる。
 ワクワクと擬音が聞こえてきそうな顔でじっと見つめる。
 目を逸らしても私の周りを回り、顔を合わせてくる。
 
「……た」
「た?」

 言う言葉はわかっている。だけど恥ずかしい思いで顔が赤い。
 その顔を見られるのはもっと恥ずかしい。

「衣玖さん? 私、好きですよ?」
「!?」
「衣玖さんといると楽しいです。だから、好きですよ。衣玖さんと一緒にいるの」

 と、言った後、顔を下げるリグルさん。
 どうしたやらと赤い顔を隠しつつ、リグルさんを見ると。
 私と同じ、いやそれ以上に真っ赤な顔でうつむいていた。
 ……何か恥ずかしさを越えて笑えてきた。
 私は真っ赤な顔で笑顔を作って、あのときのように手を取って。

「私は楽しかった。いや、楽しいです。リグルさんと話すのは」

 リグルさんは真っ赤なままでパッと顔を輝かせて、手を握り返してくれた。
 この子との関係はまだまだ続きそうである。
 とりあえず……この手はしばらく離さないでおこう。





 
新年ネタなのに新年より早めに投稿でございます。
舞の部分は韻を踏んでみました。うまくいっているやら。

追記:誤字を修正、及び後日談を追加しました。書き忘れです……
ホワビー
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ナンカシンセンデ
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