博麗霊夢は人付き合いが下手である。
この場合は妖怪付き合いが下手というべきかも知れないが、とにかく下手である。
理由はあまり話さないから。
極度の口下手と言っていいだろうか。
霊夢は世間話という物が苦手であり、自分から話を切り出す事があまり無いのでこちら側から会話を切り出し続けないと会話が成り立たないのである。
ある人物が試しに、まったく話さないで一日いたらどうなるかと実験した所。
「こんにちは」「お茶いる?」「ご飯食べる?」「おやすみなさい」
この四回しか話さなかったと言っていた。
時折何かを話そうとするのだが、考えがまとまらなかったのか、途中で止めたのかその口から言葉が出ることは無かったらしい。
それがまた可愛くて、可愛らしくて抱きしめた所ものすごく嫌な顔をされて凹んだとも言っていたが。
このように
異変の時は妙に多弁であり、日常時はほぼ無言である霊夢であるが変な癖がある。
どのように妙かというならば…。
「おはようございます、霊夢さん」
縁側近くに降り立ち、神社にいる筈の霊夢さんに挨拶をしても返答が無い。
まだ寝ているのかと思い居間の方を見ると地面から足を離し、ゆらゆらと揺れている光景が目に入った。
足元にはぐちゃぐちゃに丸められた大量の紙と、墨が転がっている。
そして霊夢さんの細い首元には縄がかけられ、その縄は天井近くの木に巻きつけられている。
綺麗な首吊り光景だ。
どうやらまたいつもの癖が発動したらしい。
「霊夢さん」
「………」
その光景にため息を付きながら勝手に家に上がらせて貰い、揺れている霊夢さんに挨拶をする。
首を吊り意識が無いのだから勿論返事は無い。
外から風が吹きギコギコと縄が揺れる音だけが部屋に響く。
「霊夢さーん」
「………」
首を吊って時間が立っているのか返答は望めそうに無い。
挨拶をあきらめ、揺れている霊夢さんを無視して、足元に散らばった紙の一つを手に取り広げる。
これは…
「シャンハーイ」
上海が指差す先には、白い粉が地面に落ちていた
死体の近くにあるしこれは事件に関係していそうだ。
しかしこの白い粉は一体、正体を確かめるために粉を舐めることにしよう。
ペロリ、これは!
「青酸カリ゛っごほげほっ…」
どうやらこの前まで連載していた「ようこそアリス探偵事務所へ」の最終回の没原稿らしい。
あまりにあんまりな展開だから没にしたのだが、もしかしたらこっちのほうが良かったかも知れない、どちらにせよ関係無いのでこの原稿用紙をもう一度丸めて捨て、適当に落ちていた紙を拾う。
「お茶貰いますよ」
「………」
今も首を吊りギコギコと揺れている霊夢さんを無視し、ちゃぶ台に置かれていたお茶を飲ませて貰う。
温い、しかし美味しい。
まああのお茶が大好きな霊夢さんが淹れたお茶なのだから美味しいに決まっている。
霊夢さんは自分が美味しく飲むためお茶の研究に余念が無いのだから。
「読ませて貰いますよ」
「………」
丸められた紙の一行目を見る。
「邪気眼巫女探偵 暗殺者霊夢」
もうこの部分だけで霊夢さんが何故首を吊ってしまったかよくわかる。
ようするに彼女はネタが無かったのだ。
自分の黒歴史に手を出すほど、ネタがなかったのだ。
そして内容を見て色々と絶望し、いつものように自殺を図ったのだ。
「締め切り今日までなのに…」
「………」
今の霊夢さんはヘブン状態と言えるかも知れない、首吊り的な意味で。
もしかしたら「オレはようやく登りはじめたばかりだからな。このはてしなく遠い女坂をよ…」みたいな感じかも知れない。
どちらにせよ、まずいことには変わりが無い。
「本当不思議ですよね」
「………」
いつもは無口でほとんど話さない霊夢さんですが、筆を持つと性格が変わり。
面白い文章、悲しい文章、よくわからない文章、もし私がこんな性格だったらなどという妄想文ばかり書くなんて誰にも予想できないでしょうに。
「正体不明の人気作家が霊夢さんと聞いたら皆どんな反応するんでしょうか」
「………」
私が今日ここにきたのは小説原稿の受け取りだ。
文々。新聞の現在連載小説「巫女シスター プリンセス」の原稿を受け取りにきたのだ。
この物語はある平凡な巫女の元にある日突然12人の妹が出来る、という乙女の夢が詰まった小説である。
見た目幼女の吸血鬼に「お姉様」
見た目クールな金髪娘に「姉くん」
見た目半分人間娘に「姉君さま」
見た目中国武道娘に「アネキ」
見た目黒白魔法娘に「あねぇ」
見た目病弱読書家娘に「姉上様」
見た目小五ロリ娘に「姉チャマ」
見た目月のお姫様に「お姉ちゃん」
見た目酒飲み娘に「お姉ちゃま」
見た目破壊吸血鬼に「ねえさま」
見た目氷妖精に「姉や」
見た目傘を持った最強娘に「おねえたま」
なんだか見たことがあるような者達ばかりだが、気にしてはいけない。
霊夢さんは社交性皆無で交友関係が狭く小説に登場するキャラが知り合いばかりなのだ。
余談ではあるが、ここに入れなかったある隙間妖怪は幻想郷を破壊してしまおうと企んでいたが、異変として霊夢さんに阻止された。
解決方法は表向きには謎だが、一部で。
頬にキスマークをつけて顔を赤くしてぶっ倒れている隙間妖怪と、
珍しく暗い顔をして「年上に興味無いのに」と珍しくぶつくさ言っている霊夢さんの姿を見たらしいが詳細は不明である。
それはさておき、この妹達12人と巫女の日常とバトルと冒険を描いた巫女シスタープリンセスだが。
突拍子も無い設定と、ハーレムが受けて大ヒットしていた。
そのおかげで私の新聞の売り上げも上がったのだが、この通り巫女がすぐ自殺を図り時折連載が止まる。
文々。新聞に連載するきっかけとなった霊夢さんの初めての原稿。
怪盗アキューシリーズをお茶を淹れにいってる間に見つけた時はその内容の荒唐無稽さに笑い、原稿を読んでいる私の姿を発見した霊夢さんはお茶を畳に落とし顔を真っ赤にして、声にならない声を出し腕を振り回しながら私に突っ込んできて、直後に自分自身に弾幕を打ち込み自殺を図ったぐらいですし…。
その後何度も何度も自殺を図る涙目の霊夢さんを作者不明で原稿料を出し、絶対に誰にも話さないと説得し、連載が始まったのだが
今度は締め切りから逃げるために色々な手段をとり始めた。
弾幕死、爆死、毒死、窒息死、出血死、内臓破裂死、餓死、水死、中毒死、豆腐死、他殺。
博麗巫女の特技、こんてにゅーとやらがあるため霊夢さんはすぐに生き返る。
その結果が、この首を吊り体を揺らしている霊夢さんだ。
「バトル物が苦手だからってこんなのに手出さなくても…」
「………」
昔自分で書いた文章というのは黒歴史になりやすい。
私も初期に書いた新聞を見ると悶え苦しむ、だというのに霊夢さんは手を出してしまった。
今手元にある紙に「主人公設定」と書かれた紙には
幼少の頃親に捨てられ機関に暗殺者として育てられとか、オッドアイとか、多重人格、人を信じない孤高の巫女などと書かれている。
特技は邪気眼。
目に見えない特殊な能力で世界征服を企むスタンド使いの輝夜姫と戦う。
これはひどい。
これはひどい。
これはひどい。
ひどいぐらいにひどい。
「ねえ霊夢さん」
「………」
霊夢さんは首を吊りっぱなしで、こんてにゅーしても再度首の骨が折れ窒息死するため返答なんて出来ない。
「そのまま首吊ってるなら私これ連載しますよ」
「………」
いざとなれば空を飛び脱出できるがまだ生き返る様子は無い。
「本気ですよ」
「………」
返事は無い。
意識が無いから当然だ、こんてにゅーまでは少し時間がかかる。
他にも散らばった紙を見ると、色々な設定が書かれた紙がある。
その中でもっとも多いのが霊夢さん主役の逆ハーレム物だ。
「そういえば、ハーレム願望があるっていってましたね」
「………」
無口で、神社に一人で住んでいるからか。
それともここ幻想郷には美人な人間や妖怪が多いからか。
霊夢さんにはハーレム願望があるらしい。
霊夢さんは「私には過ぎた夢」と言ってましたが。
「貴方なら苦労せずに作れるでしょうに…」
「………」
霊夢さんは自分が皆にどう思われているか、まったくわかってない。
本人はどうでもいい存在や、ただの結界管理する巫女と思っているらしいがひどい勘違いだ。
「貴方を嫌ってる人なんていませんよ、勿論妖怪も、神も」
「………」
嫌われてるならこんな寂れた神社になんて誰も来ませんよ。
立地条件不便ですし、来たといってご利益がある訳でもないですし。
「霊夢さんは、本当不思議な人ですよ」
「………」
ただの人間なのに。
100年も立たずに死んでいくただの人間なのに。
今までの巫女で妖怪達にここまで愛された人間はいない。
「知ってますか」
「………」
「皆貴方のどこが好きかと聞かれたら」
「………」
「目、と答えるのですよ」
「………」
霊夢さんは不思議な目をしている。
一度対峙したら生涯忘れられそうに無いような目をしている。
全てを見通してるようなそんな目を。
圧倒的な存在感と言うべきなのでしょうか。
その目で一度見られるとずっと見られたいと思うような目をしている。
しかも喜怒哀楽で色々な目を見せるからそれら全てを見たいため、皆霊夢さんの元に訪れる。
「ここからはただの質問です」
「………」
「ずっと疑問に思っているから尋ねたいだけです」
「………」
「貴方の書く小説に私が一切登場しないのは、どう受け止めたらいいんですか」
「………」
「嫌われてるのですか?」
「………」
「それとも別の意味があるのですか?」
「………」
返答無く、時折吹く風で霊夢さんの体は揺れている。
霊夢さんの書く文章に「射命丸文」という存在は一切出てこない。
もしかしたら私が見たことが無いだけかも知れないが、彼女に渡されたことのある文章で私という存在は出てきたことは無い。
これがどういう意味か私にはわからない。
「前者なら潔くあきらめますから、早めに頼みますよ」
「………」
「後者なら貴方は人間なんですから、早めに頼みますよ」
「………」
「私は時間がありますけど、人間には時間なんて無いんですから」
「………」
ギコギコと紐が鳴っている。
前者ならもうここに来ることは無いだろう。
後者なら、私はどうするかわからない。
そもそも私が出てないという事に意味があるのかもわからないのだ。
考えるだけ無駄だろう。
「質問はそれだけです」
「………」
「返答はいりません、聞こえて無いでしょうし」
「………」
このような状況で無ければ、聞こうなんて思わなかったでしょうし。
意識が無いからこそ、死んでねからこそ聞けるということもあるのだ。
「今回の文々。新聞はおやすみさせて頂きますよ」
「………」
「それではまた」
「………」
くしゃくしゃに丸められた紙達をまとめて屑篭に入れ、歩いて外に出る。
空を見上げると、雲一つ無い良い天気だ。
「今日も晴れそうですね」
「………」
相変わらず返事は無い。
こんなアイデアが出せる人が羨ましい。
吹っ切れたと言うかあっちの世界に行っちゃたと言うか。
しかし正直言って作者さんがリアルで首吊るんじゃないかと気が気じゃない。
とりあえず再就職しましたの報告待ってます……
強く自分を持ってくれ
豆腐死…角に頭をぶつけてw
人生、いろいろあるよ、それはしかたない…原稿あがらない程度で投げる霊夢は豪快すぎる
有象無象よりも、顔を突き合わせて話せる誰かの方が、心休まる時もある。しかし逆も然り。
霊夢はどちらなのだろう。今の彼女は。ひとまず苦痛ばかり目に入らなければ良いなぁ。
彼女にとって生きてる上で休まる景色が、目の前に少しずつでも現れますように。
新鮮でしたが、モヤモヤしたものが晴れなかったのでこの点で。
>見た目傘を持った最強娘に「おねえたま」
ああきっと、このゆうかりんは旧作の乳臭いゆうかりんに違いない。
回答例
見た目幼女の吸血鬼に「お姉様」 →レミリア
見た目クールな金髪娘に「姉くん」 →アリス
見た目半分人間娘に「姉君さま」 →妖夢
見た目中国武道娘に「アネキ」 →美鈴
見た目黒白魔法娘に「あねぇ」 →魔理沙
見た目病弱読書家娘に「姉上様」 →パチュリー
見た目小五ロリ娘に「姉チャマ」 →さとり
見た目月のお姫様に「お姉ちゃん」 →輝夜
見た目酒飲み娘に「お姉ちゃま」 →萃香
見た目破壊吸血鬼に「ねえさま」 →フランドール
見た目氷妖精に「姉や」 →チルノ
見た目傘を持った最強娘に「おねえたま」→幽香
想像して見るとシュールだなあオイ。
ところで、「見た目氷妖精」と「見た目傘を持った最強娘」って順番あってます?
ぎゃ、逆じゃなくてですか?