「「「はいぃぃっ!?」」」
正に驚愕という色に彩られた声がその場にこだまする。
その場にて驚いているのは運命を司る吸血鬼レミリア・スカーレット、破壊の権化フランドール・スカーレット、
知識の泉パチュリー・ノーレッジの三人だ。
いずれも多少のコトどころか、大抵の事では揺るぐことの無い存在である。
が、しかし如何やらその存在が併せて奇声を発するほどの事が此処紅魔館にて起こったのだ。
余りの衝撃のためかレミリアは手に持っていた紅茶を取り落とし自らの高価なドレスを汚して、それでいてなお
信じられないといった顔のまま固まっている。
フランドールは窓からの日差しにより半身が灰になろうとしているにもかかわらず、開いた口が塞がらないでいる。
普段表情を顔に出さないパチュリーでさえ慌てふためいて「クールになるのよ!」と独り言をいいながら頭を抱えている。
そして、この三人を混乱の坩堝に追いやった張本人――紅魔館の誇るメイド長にして唯一の人間である十六夜咲夜は、
不思議そうな顔をして首を傾げているのであった。
―――何故このようなコトになったのか少し時を遡ってみる。
時間は朝の紅魔館。
すっかり人間と同じような朝起夜寝型の生活習慣に慣れてしまった吸血鬼姉妹は今日も朝日と共に起き、朝食も済ませ
二人で午前のティータイムと洒落込んでいた。
傍らには勿論瀟洒なメイド、十六夜咲夜も一緒である。
姉妹が会話に花を咲かせていると、のそのそといった様子で魔女が現れる。
「こんな朝からティーパーティだなんて随分と非常識な吸血鬼がいたものね。」
「あら?珍しいこともあるのね。パチェが顔を見せに来るなんて。」
思わぬ客の登場にレミリアは顔を綻ばせる。
パチュリーの方もこれといった用がある訳でもなくお茶を飲み来たようだった。
ただ、目の下のクマを見る限り夜通し本でも読んでいて、気付の一杯が欲しいみたいではあったが。
「それにしてもよくこんな陽が入るような場所いられるわね?」
そう言いながらパチュリーは眩しそうに顔をしかめる。
一般論的に日の光というのは吸血鬼にとって大敵な筈である。
そんな疑問に涼しげにお茶を飲んでいたフランドールが答える。
「そんじょそこらの吸血鬼なら灰になってるでしょうけど、日の光は私達ほどの力を持つと大した脅威にはならないよ。
ただ、死ぬほど嫌いなのには変わりないけどね~。まぁ朝日は見ていて綺麗だし、光は煩わしいけど。」
「どっちにしろ非常識には変わらないわね。」
勿論日の光を直に受けるような場所には二人ともいないが、朝からこんな明るい部屋でお茶を飲む姿がパチュリーには
信じられないようだった。
そんな彼女の心情を知ってか知らずかレミリアは誇らしげに胸を張って
「ふふん、モーニングティーは貴族の嗜みよ。」
などとのたまっている。
そんな挨拶代わりの軽口を飛ばしてる間にパチュリーの分であるお茶も用意されている。
メイド長の仕事ぶりは、やはり何処までも瀟洒であった。
こうして朝のお茶会も魔女が加わりよりいっそう賑やかな様相を呈してきた。
日も段々と昇っていき、そろそろお茶会もお開きかという空気になってきた頃に暫く席を外していた咲夜が戻ってきた。
手にはどうやら手紙らしきものを持っている。
「珍しいこともあるもので、お嬢様に手紙が届いています。」
「手紙?私にか?」
「へぇ~珍しいね。誰からだろ?」
はて、一体いつぶりだろうとレミリアは首を傾げる。
幻想郷に手紙の文化が無いわけではない。
この紅魔館のレミリアスカーレット宛に手紙が来ることが珍しいのだ。
大抵は書簡だったり手渡しだったり、それなりの形式ばった形で受け渡されることのほうが多かったのだ。
逆に親しい間柄の者達は手紙なんて送らずに直接会いに来るだろう。
「まあいい、咲夜読んで頂戴。」
「申し訳ありません、お嬢様。私には出来ませんわ。」
咲夜の拒否の言葉にレミリアは軽く呆れ顔でため息をつく。
このよく出来た従者はどうせプライバシー云々で読むことを拒否したのだろう。
だが妹と魔女は既に手紙に興味津々だ。
「私に気を使う必要は無いわ、咲夜。どうせ大した内容の手紙じゃないだろうし此処で手紙を開いてしまって問題ない。」
「はあ…しかし、私には出来ないのです。」
どういうことだろう、微妙に話が噛み合っていないぞとレミリアは眉間にしわを寄せる。
パチュリーとフランドールも頭の上に疑問符を浮かべている。
なぜこの従者は頑なに読むことを拒否するのだろう、と一瞬悩んでからすぐさまその疑問を口に出す。
「何故読めないのかしら?もう内容を見てしまったとでも言うの?それとも命令を拒絶するの?」
「いえ、お嬢様。私ではその命令を達成することが出来ないのです。」
いよいよレミリアの眉間のしわが深くなる。
パチュリーとフランドールも頭の上に疑問符も増えてきていることだろう。
たかが手紙を読むことがそんなに難しいことだっただろうか?
それとも何か特殊な文字や魔法印でも押されているのだろうか。
レミリアは語意を強めて問いただす。
「だから、何故達成できないかを聞いているのよ。」
「はい、私は文字理解能力と文書読了能力を習得しておりませんので。」
「………………はい?」
「いえ、ですからお嬢様。私は読み書きが出来ないのですよ。」
…こうして、物語は冒頭へ戻るのだった。
― よみかきさくやさん ―
少し時間が経ち漸く落ち着いてきた三人は、涸れる事無く湧いて来る自らの内の疑問をどんどん咲夜にぶつけていった。
対する咲夜も淀みなく答えてゆく。
――何故、習っていないのか?
必要ではありませんでしたから。それに機会も、時間もありませんでしたし。
――買い物はどうしてたのか?
…はぁ、ごくごく普通にこれとそれとあれを下さい、というような感じなので読み書きは必要ありませんよね?
――値段の計算とかは?
流石に数字は読み書き出来ますわ。四則演算も問題ありません。
――紅魔館の帳簿、出納帳はどうなってるの?
ご存知でありませんでしたか?あれは前メイド長の頃から引き続き美鈴が付けておりますわ。
――紅魔館に届く公式文章の扱いは?
大抵、お嬢様やパチュリー様にお届けすればコトは済むので特に目を通したりは…
――料理や難しい言葉遣い、瀟洒な知識は何処で手に入れたの?
全て実学、成しつつ学べですね。お恥ずかしい話ですが、分からないことに関しては後でこっそりと美鈴や小悪魔に…
――本とか日記とかは?
先ほども申しましたように必要も時間もありませんので。
――ちょっと見た感じで文字書いてみてよ。
はぁ。こんな感じでしたか。『くぁwせdrftgyふじこlp;@:』
――これどんな意味?
私はお嬢様を敬愛してます、と書いたつもりですわ。
……レミリアは頭を抱えた。
まさか自分の信頼を置く優秀な部下が文字の読み書きが出来なかったなんてかなりショックだ。
ショックの度合いとしては、知らずに付き合ったミス幻想郷の彼女が冬眠するとか超ドSだとかニートだとか
年齢詐称だったとかと同じくらいだ。
だが、確かに紅魔館で働く大半の妖精は文字の読み書きなど出来はしないだろう。
その環境の中で育った?のだから仕方がないといえば仕方がなかったのかもしれない。
……フランは頭をかいた。
まさか完璧と思われたメイド長にも出来ないことがあったなんてかなりの驚きだ。
驚きの度合いとしては黒白が殊勝に借りたものを返したり、紅白の賽銭箱にお金が入っているくらいだ。
長い間地下にいた彼女は逆に本を読んだり文字を書いたり位しか、やることがなかった。
尊敬する人間に何か一つでも勝るものがあるのは少し嬉しかった。
……パチュリーは腹を抱えた。
いっつも本を片付けないコトにお小言を言ってくる咲夜が本を読めないなんてお笑いだ。
どの位可笑しいかと言うと完全瀟洒なメイド長が実は文字の読み書きが出来ないというくらいだ。
というかそのままだ。
以前、本を勝手に片された時に全然名前順とは明後日の本棚に入っていたのはそういうことか。
今度しおりを抜かれたら、文字でスゴイ馬鹿にしてやろう。
三者三様の反応をしている様を件のメイド長十六夜咲夜は珍しい動物を見るかのように眺めていた。
因みにレミリア宛の手紙の内容は香霖堂からの新商品案内だったりする。
良い商品が入ったときには連絡するように言って置いたことをレミリアも咲夜もすっかり失念していたという訳だ。
結局あの後、このままではいけないということで、何か対策をすることになった。
咲夜は必要ないのに…と不服そうではあったが。
レミリアは書斎に向かって腕を組み考える。
もし咲夜が読み書きできないことがばれたら、紅魔館の看板に泥を塗られるようなものだ。
彼女自身も恥ずかしい思いをしてしまうだろう。
とにかく咲夜を読み書き出来る様にさせることは急務だ。
しかし、どうすればいい?
まさか、寺子屋に行かせる訳にもいくまい。
かと言って紅魔館外の知り合いに頼もうものなら何処から広まるか分からない。
鴉や白黒に知られた場合、目も当てられないことになるだろう。
やはりこの問題は館内で処理しなければならない。
だが、教えられそうな部下は仕事に着いているから彼女に付きっきりというわけには行かないし、私たちやパチェから
教わることは絶対拒否するだろう。
ここまで考えて、レミリアは決心をする。
…やはり此処は紅魔館当主として命令するしかないようである、と。
こうして《教養の無い者にはメイド長を任せられない》と半ば脅迫的ではあるが余り乗り気でない咲夜に読み書きを
勉強させる了承をとらせる事に成功した。
問題の講師であるが、穀潰しの知識人であるパチュリーを宛がうことにした。
こちらも随分渋っていたが予算を減らすぞと脅したらムキュムキュ怒りながらとりあえず首は縦に振った。
もうすでに彼女たちは勉強を始めていることだろう。
夜には咲夜が文章で勉強の進捗具合も報告する手筈になっている。
レミリアはメイド長がいないのは不便だが仕方の無いコトと割り切り、博麗神社へと出かけていってしまった。
場所は変わって図書館。
外へ遊びに行ったレミリアと対照的に咲夜とパチュリーは暗い部屋にて机に向かっていた。
どうやら二人とも真面目に勉強しているようである。
と、そこに様子が気になったのかフランドールが顔を覗かせる。
「調子はどう?」
「邪魔をしないの。今は勉強中。」
不貞腐れたようにパチュリーが答える。
咲夜は余程集中しているのかフランに気付かずブツブツ言いながら文字を書き続けている。
「あ~い~う~え~お~か~き~く~け~こ~……」
…どうやらひたすらに平仮名と片仮名を順番に書いているようだ。
声に出して書くというのは、ただ覚えるという意味では非常に効果的な勉強法である。
「…全く、妹様が勉強を教えればいいのに!」
まだパチュリーは自分が教えることに不満を持っているようだった。
だが従者として主の妹から教わるなど以ての外だろう。
パチュリーから教わるのだって随分咲夜は譲渡した筈だ。
「あはは…ま、頑張ってね~」
プリプリと怒るパチュリーに対して、これ以上此処にいるときっとややこしくなるな
と空気を読んだフランドールは愛想笑いをしながらそっとその場を後にするのだった。
夜、博麗神社から戻ってきたレミリアは早速咲夜から報告を受けることにする。
「これが今日の報告書です。」
そう言ってエ○ニカ学習帳を手渡すメイド長の顔色は心なしか優れないようだった。
それもそうだ、生まれてこの方机に向かって勉学に励むという経験をしたことが無かったのだろう。
「ご苦労様、今日はもう下がっていいわ。ゆっくりと休みなさい。」
「はい…分かりました。では失礼致します。」
そういうと咲夜はフラフラと部屋から去っていく。
いつもなら、世話をすると言って聞かないものだが流石に大人しく休むようだ。
「さて、どれどれ…」
レミリアは感慨深そうに学習帳の表紙を眺めてから、ページを開いてみる。
『きょうわひらがなとカタカナをまなびました
ぶんしょのきやくについてはおそわってないのでよみにくいとおもいますがゴヨウシャください
ほうこくわいつもこうとうなのでもじおかくのはめんどうです
またじぶんのかんがえてることおもじにのこすのもミョウなきもちです
パチュリーさまのじゅぎょうわてきかくでわかりやすいとおもいます
ただかんじのがいねんやカタカナのよこもじのつかいかたはむづかしいです
ことばとしてはなすときわいしきしないのでトウゼンなのですが
…………
………
… 』
「ふむふむ…ふふっ真面目な咲夜らしいわね。」
この調子なら思ったよりずっと早く習得してくれそうだ。
これも天武の才のなせる業か、と機嫌よくレミリアはページを捲っていくが途中で目が止まる。
「……ん?」
『パチュリーさまからをじょうさまといもうとさまのかんじもおしえていただきました
子馬姦の吸尻鬼
裂身離悪・紅褌
腐乱人形・紅褌
かんじのいみわわからないですけどステキなもじだとおもいますわ』
くしゃり
小気味のいい音を立ててノートに皺が寄る。
…よし!予算減額決定。
あの根暗魔女め、意趣返しの心算なのだろうか。
おそらくレミリアが手を下さなくとも全てを知った鬼のメイド長から凄惨で壮絶なお仕置きを受けることになるだろう。
ただこれ以上妙なことを吹き込まれても堪らない。
…こうして講師は小悪魔と美鈴の掛け持ちということになった。
根暗魔女は何故か満足げではあったが。
「私の名前はこう書くんですよ」
「―それでちゅうごくとよむの?」
「いや、違いますって!?」
「外国人っぽく喋ってみて違和感が無いのはみんなカタカナです~」
「…そういうものなの?」
「そうですよ~ほら、ノビ~ルアーム!」
「…のびーるあーむ…」
やはり咲夜の勉強の成果は目覚しく数日で一般的なレベルでの読み書きをマスターしてしまった。
程なくしてパチュリーが咲夜の手によってお仕置き部屋に放り込まれたコトをレミリアは知る。
…お仕置き部屋なんてあったっけ?と首を傾げるがそれも些細な問題だ。
小悪魔から辞書をプレゼントされてからは常にそれを持ち歩き、文字を書くとき時間を止めてはチラ見しているようだ。
更なる知識と教養を手に入れたメイド長はまさにパーフェクトゥ!
パーフェクトメイド長、略してPAD長…そんな役職でも作ろうかしら。
うん、いい考えだ。まさに咲夜の為に存在するかのような名称だわ。
そんなことを思いながらレミリアは満足そうに微笑み自慢のメイド長を呼ぶのであった。
オマケ
「そういえばパチェは?」
「さあ…自らの血で部屋を紅く汚している最中では?」
「怖っ!?」
正に驚愕という色に彩られた声がその場にこだまする。
その場にて驚いているのは運命を司る吸血鬼レミリア・スカーレット、破壊の権化フランドール・スカーレット、
知識の泉パチュリー・ノーレッジの三人だ。
いずれも多少のコトどころか、大抵の事では揺るぐことの無い存在である。
が、しかし如何やらその存在が併せて奇声を発するほどの事が此処紅魔館にて起こったのだ。
余りの衝撃のためかレミリアは手に持っていた紅茶を取り落とし自らの高価なドレスを汚して、それでいてなお
信じられないといった顔のまま固まっている。
フランドールは窓からの日差しにより半身が灰になろうとしているにもかかわらず、開いた口が塞がらないでいる。
普段表情を顔に出さないパチュリーでさえ慌てふためいて「クールになるのよ!」と独り言をいいながら頭を抱えている。
そして、この三人を混乱の坩堝に追いやった張本人――紅魔館の誇るメイド長にして唯一の人間である十六夜咲夜は、
不思議そうな顔をして首を傾げているのであった。
―――何故このようなコトになったのか少し時を遡ってみる。
時間は朝の紅魔館。
すっかり人間と同じような朝起夜寝型の生活習慣に慣れてしまった吸血鬼姉妹は今日も朝日と共に起き、朝食も済ませ
二人で午前のティータイムと洒落込んでいた。
傍らには勿論瀟洒なメイド、十六夜咲夜も一緒である。
姉妹が会話に花を咲かせていると、のそのそといった様子で魔女が現れる。
「こんな朝からティーパーティだなんて随分と非常識な吸血鬼がいたものね。」
「あら?珍しいこともあるのね。パチェが顔を見せに来るなんて。」
思わぬ客の登場にレミリアは顔を綻ばせる。
パチュリーの方もこれといった用がある訳でもなくお茶を飲み来たようだった。
ただ、目の下のクマを見る限り夜通し本でも読んでいて、気付の一杯が欲しいみたいではあったが。
「それにしてもよくこんな陽が入るような場所いられるわね?」
そう言いながらパチュリーは眩しそうに顔をしかめる。
一般論的に日の光というのは吸血鬼にとって大敵な筈である。
そんな疑問に涼しげにお茶を飲んでいたフランドールが答える。
「そんじょそこらの吸血鬼なら灰になってるでしょうけど、日の光は私達ほどの力を持つと大した脅威にはならないよ。
ただ、死ぬほど嫌いなのには変わりないけどね~。まぁ朝日は見ていて綺麗だし、光は煩わしいけど。」
「どっちにしろ非常識には変わらないわね。」
勿論日の光を直に受けるような場所には二人ともいないが、朝からこんな明るい部屋でお茶を飲む姿がパチュリーには
信じられないようだった。
そんな彼女の心情を知ってか知らずかレミリアは誇らしげに胸を張って
「ふふん、モーニングティーは貴族の嗜みよ。」
などとのたまっている。
そんな挨拶代わりの軽口を飛ばしてる間にパチュリーの分であるお茶も用意されている。
メイド長の仕事ぶりは、やはり何処までも瀟洒であった。
こうして朝のお茶会も魔女が加わりよりいっそう賑やかな様相を呈してきた。
日も段々と昇っていき、そろそろお茶会もお開きかという空気になってきた頃に暫く席を外していた咲夜が戻ってきた。
手にはどうやら手紙らしきものを持っている。
「珍しいこともあるもので、お嬢様に手紙が届いています。」
「手紙?私にか?」
「へぇ~珍しいね。誰からだろ?」
はて、一体いつぶりだろうとレミリアは首を傾げる。
幻想郷に手紙の文化が無いわけではない。
この紅魔館のレミリアスカーレット宛に手紙が来ることが珍しいのだ。
大抵は書簡だったり手渡しだったり、それなりの形式ばった形で受け渡されることのほうが多かったのだ。
逆に親しい間柄の者達は手紙なんて送らずに直接会いに来るだろう。
「まあいい、咲夜読んで頂戴。」
「申し訳ありません、お嬢様。私には出来ませんわ。」
咲夜の拒否の言葉にレミリアは軽く呆れ顔でため息をつく。
このよく出来た従者はどうせプライバシー云々で読むことを拒否したのだろう。
だが妹と魔女は既に手紙に興味津々だ。
「私に気を使う必要は無いわ、咲夜。どうせ大した内容の手紙じゃないだろうし此処で手紙を開いてしまって問題ない。」
「はあ…しかし、私には出来ないのです。」
どういうことだろう、微妙に話が噛み合っていないぞとレミリアは眉間にしわを寄せる。
パチュリーとフランドールも頭の上に疑問符を浮かべている。
なぜこの従者は頑なに読むことを拒否するのだろう、と一瞬悩んでからすぐさまその疑問を口に出す。
「何故読めないのかしら?もう内容を見てしまったとでも言うの?それとも命令を拒絶するの?」
「いえ、お嬢様。私ではその命令を達成することが出来ないのです。」
いよいよレミリアの眉間のしわが深くなる。
パチュリーとフランドールも頭の上に疑問符も増えてきていることだろう。
たかが手紙を読むことがそんなに難しいことだっただろうか?
それとも何か特殊な文字や魔法印でも押されているのだろうか。
レミリアは語意を強めて問いただす。
「だから、何故達成できないかを聞いているのよ。」
「はい、私は文字理解能力と文書読了能力を習得しておりませんので。」
「………………はい?」
「いえ、ですからお嬢様。私は読み書きが出来ないのですよ。」
…こうして、物語は冒頭へ戻るのだった。
― よみかきさくやさん ―
少し時間が経ち漸く落ち着いてきた三人は、涸れる事無く湧いて来る自らの内の疑問をどんどん咲夜にぶつけていった。
対する咲夜も淀みなく答えてゆく。
――何故、習っていないのか?
必要ではありませんでしたから。それに機会も、時間もありませんでしたし。
――買い物はどうしてたのか?
…はぁ、ごくごく普通にこれとそれとあれを下さい、というような感じなので読み書きは必要ありませんよね?
――値段の計算とかは?
流石に数字は読み書き出来ますわ。四則演算も問題ありません。
――紅魔館の帳簿、出納帳はどうなってるの?
ご存知でありませんでしたか?あれは前メイド長の頃から引き続き美鈴が付けておりますわ。
――紅魔館に届く公式文章の扱いは?
大抵、お嬢様やパチュリー様にお届けすればコトは済むので特に目を通したりは…
――料理や難しい言葉遣い、瀟洒な知識は何処で手に入れたの?
全て実学、成しつつ学べですね。お恥ずかしい話ですが、分からないことに関しては後でこっそりと美鈴や小悪魔に…
――本とか日記とかは?
先ほども申しましたように必要も時間もありませんので。
――ちょっと見た感じで文字書いてみてよ。
はぁ。こんな感じでしたか。『くぁwせdrftgyふじこlp;@:』
――これどんな意味?
私はお嬢様を敬愛してます、と書いたつもりですわ。
……レミリアは頭を抱えた。
まさか自分の信頼を置く優秀な部下が文字の読み書きが出来なかったなんてかなりショックだ。
ショックの度合いとしては、知らずに付き合ったミス幻想郷の彼女が冬眠するとか超ドSだとかニートだとか
年齢詐称だったとかと同じくらいだ。
だが、確かに紅魔館で働く大半の妖精は文字の読み書きなど出来はしないだろう。
その環境の中で育った?のだから仕方がないといえば仕方がなかったのかもしれない。
……フランは頭をかいた。
まさか完璧と思われたメイド長にも出来ないことがあったなんてかなりの驚きだ。
驚きの度合いとしては黒白が殊勝に借りたものを返したり、紅白の賽銭箱にお金が入っているくらいだ。
長い間地下にいた彼女は逆に本を読んだり文字を書いたり位しか、やることがなかった。
尊敬する人間に何か一つでも勝るものがあるのは少し嬉しかった。
……パチュリーは腹を抱えた。
いっつも本を片付けないコトにお小言を言ってくる咲夜が本を読めないなんてお笑いだ。
どの位可笑しいかと言うと完全瀟洒なメイド長が実は文字の読み書きが出来ないというくらいだ。
というかそのままだ。
以前、本を勝手に片された時に全然名前順とは明後日の本棚に入っていたのはそういうことか。
今度しおりを抜かれたら、文字でスゴイ馬鹿にしてやろう。
三者三様の反応をしている様を件のメイド長十六夜咲夜は珍しい動物を見るかのように眺めていた。
因みにレミリア宛の手紙の内容は香霖堂からの新商品案内だったりする。
良い商品が入ったときには連絡するように言って置いたことをレミリアも咲夜もすっかり失念していたという訳だ。
結局あの後、このままではいけないということで、何か対策をすることになった。
咲夜は必要ないのに…と不服そうではあったが。
レミリアは書斎に向かって腕を組み考える。
もし咲夜が読み書きできないことがばれたら、紅魔館の看板に泥を塗られるようなものだ。
彼女自身も恥ずかしい思いをしてしまうだろう。
とにかく咲夜を読み書き出来る様にさせることは急務だ。
しかし、どうすればいい?
まさか、寺子屋に行かせる訳にもいくまい。
かと言って紅魔館外の知り合いに頼もうものなら何処から広まるか分からない。
鴉や白黒に知られた場合、目も当てられないことになるだろう。
やはりこの問題は館内で処理しなければならない。
だが、教えられそうな部下は仕事に着いているから彼女に付きっきりというわけには行かないし、私たちやパチェから
教わることは絶対拒否するだろう。
ここまで考えて、レミリアは決心をする。
…やはり此処は紅魔館当主として命令するしかないようである、と。
こうして《教養の無い者にはメイド長を任せられない》と半ば脅迫的ではあるが余り乗り気でない咲夜に読み書きを
勉強させる了承をとらせる事に成功した。
問題の講師であるが、穀潰しの知識人であるパチュリーを宛がうことにした。
こちらも随分渋っていたが予算を減らすぞと脅したらムキュムキュ怒りながらとりあえず首は縦に振った。
もうすでに彼女たちは勉強を始めていることだろう。
夜には咲夜が文章で勉強の進捗具合も報告する手筈になっている。
レミリアはメイド長がいないのは不便だが仕方の無いコトと割り切り、博麗神社へと出かけていってしまった。
場所は変わって図書館。
外へ遊びに行ったレミリアと対照的に咲夜とパチュリーは暗い部屋にて机に向かっていた。
どうやら二人とも真面目に勉強しているようである。
と、そこに様子が気になったのかフランドールが顔を覗かせる。
「調子はどう?」
「邪魔をしないの。今は勉強中。」
不貞腐れたようにパチュリーが答える。
咲夜は余程集中しているのかフランに気付かずブツブツ言いながら文字を書き続けている。
「あ~い~う~え~お~か~き~く~け~こ~……」
…どうやらひたすらに平仮名と片仮名を順番に書いているようだ。
声に出して書くというのは、ただ覚えるという意味では非常に効果的な勉強法である。
「…全く、妹様が勉強を教えればいいのに!」
まだパチュリーは自分が教えることに不満を持っているようだった。
だが従者として主の妹から教わるなど以ての外だろう。
パチュリーから教わるのだって随分咲夜は譲渡した筈だ。
「あはは…ま、頑張ってね~」
プリプリと怒るパチュリーに対して、これ以上此処にいるときっとややこしくなるな
と空気を読んだフランドールは愛想笑いをしながらそっとその場を後にするのだった。
夜、博麗神社から戻ってきたレミリアは早速咲夜から報告を受けることにする。
「これが今日の報告書です。」
そう言ってエ○ニカ学習帳を手渡すメイド長の顔色は心なしか優れないようだった。
それもそうだ、生まれてこの方机に向かって勉学に励むという経験をしたことが無かったのだろう。
「ご苦労様、今日はもう下がっていいわ。ゆっくりと休みなさい。」
「はい…分かりました。では失礼致します。」
そういうと咲夜はフラフラと部屋から去っていく。
いつもなら、世話をすると言って聞かないものだが流石に大人しく休むようだ。
「さて、どれどれ…」
レミリアは感慨深そうに学習帳の表紙を眺めてから、ページを開いてみる。
『きょうわひらがなとカタカナをまなびました
ぶんしょのきやくについてはおそわってないのでよみにくいとおもいますがゴヨウシャください
ほうこくわいつもこうとうなのでもじおかくのはめんどうです
またじぶんのかんがえてることおもじにのこすのもミョウなきもちです
パチュリーさまのじゅぎょうわてきかくでわかりやすいとおもいます
ただかんじのがいねんやカタカナのよこもじのつかいかたはむづかしいです
ことばとしてはなすときわいしきしないのでトウゼンなのですが
…………
………
… 』
「ふむふむ…ふふっ真面目な咲夜らしいわね。」
この調子なら思ったよりずっと早く習得してくれそうだ。
これも天武の才のなせる業か、と機嫌よくレミリアはページを捲っていくが途中で目が止まる。
「……ん?」
『パチュリーさまからをじょうさまといもうとさまのかんじもおしえていただきました
子馬姦の吸尻鬼
裂身離悪・紅褌
腐乱人形・紅褌
かんじのいみわわからないですけどステキなもじだとおもいますわ』
くしゃり
小気味のいい音を立ててノートに皺が寄る。
…よし!予算減額決定。
あの根暗魔女め、意趣返しの心算なのだろうか。
おそらくレミリアが手を下さなくとも全てを知った鬼のメイド長から凄惨で壮絶なお仕置きを受けることになるだろう。
ただこれ以上妙なことを吹き込まれても堪らない。
…こうして講師は小悪魔と美鈴の掛け持ちということになった。
根暗魔女は何故か満足げではあったが。
「私の名前はこう書くんですよ」
「―それでちゅうごくとよむの?」
「いや、違いますって!?」
「外国人っぽく喋ってみて違和感が無いのはみんなカタカナです~」
「…そういうものなの?」
「そうですよ~ほら、ノビ~ルアーム!」
「…のびーるあーむ…」
やはり咲夜の勉強の成果は目覚しく数日で一般的なレベルでの読み書きをマスターしてしまった。
程なくしてパチュリーが咲夜の手によってお仕置き部屋に放り込まれたコトをレミリアは知る。
…お仕置き部屋なんてあったっけ?と首を傾げるがそれも些細な問題だ。
小悪魔から辞書をプレゼントされてからは常にそれを持ち歩き、文字を書くとき時間を止めてはチラ見しているようだ。
更なる知識と教養を手に入れたメイド長はまさにパーフェクトゥ!
パーフェクトメイド長、略してPAD長…そんな役職でも作ろうかしら。
うん、いい考えだ。まさに咲夜の為に存在するかのような名称だわ。
そんなことを思いながらレミリアは満足そうに微笑み自慢のメイド長を呼ぶのであった。
オマケ
「そういえばパチェは?」
「さあ…自らの血で部屋を紅く汚している最中では?」
「怖っ!?」
それにしても紅褌と書いてスカーレットと読ませますかパチュリーさんwww
その中で子供達に五十音を教えるシーンで流れる「あいうえおのうた」が
まさに「あ~い~う~え~お~か~き~く~け~こ~……」なもんで
思わず吹き出してしまいました
日記が上達していく様をもっとみたかったみたいな。
でもGJ。咲夜さんかわいいです
それにしてもパチェ…
少し注文をつけるなら、話の長さがほしかったかも。
良いお話をありがとうございます。
学習中の咲夜さんににやにやしてしまったw
ところでパチュリーは無事なんだろうか…。過去作品にいってきます