・この作品は『八雲藍の~~場所』シリーズです。先に前作をご覧になってください。
前回のあらすじ……貴人 「もしも私の下へ帰る意思があるというのなら……」
美鈴ちん 「何を言う!」
喜媚 「道を誤ったのだよ! 貴様の様なNT(Nationalityの略)の為り損ないは粛清される運命なのだ。わかるか!」
美鈴ちん 「チイッ!!」
(あってるとかっていうより、このネタわかる人間が何人いるかが問題だ)
***
藍の部屋は一発でわかった。
黒服の男が二人、機関銃を持って部屋の前に立っている。
成程。このフロアには外の音と妖気を遮断する結界が張ってあるのか。出所はあの二人……いや、二匹だろう。
紫は刀を抜き、二匹に近づいていった。
「……何者だ」
「その部屋に居る者に会いに来たの。入れて頂戴」
「却下する。即刻立ち去れ」
銃口を向ける二匹。
紫は臆さず言葉を続けた。
「貴女達の仕事は、外の気配を藍に気付かせないことでしょう。退きなさい」
「貴様……まさか紅魔の手の者か?」
「違う」
一歩また一歩と二匹に近寄る。
「その子の家族」
「何を莫迦な……おい、銃を使うな。部屋の前だ」
「応」
一匹がサーベルを抜き、紫に向かってきた。銃を持った男が告げる。
「女。最終警告だ。退け」
「押し通るまで」
「くくく、いい女だ。バウ。コイツは殺すな」
「ジュウ……しかしだな」
ジュウと呼ばれた黒服は下賤な笑みを浮かべ言った。
「なに。俺らの仕事は暇で暇で仕方ない……割に合わないからな。
女の一人、『喰らう』ぐらい許されてもいいだろう?」
「……好きにしろ。俺は凌辱は好かん」
「そうさせてもらう。女。『ダルマ』って知ってるかい?」
「下衆ね」
まさに反吐が出るとは言ったものだ。こういう奴のことを言う。
肩に剣を担ぎ近づいてくる黒服。紫は長刀(楼観剣似)を構えた。
「おお、こわいこわい。そんな物騒なモノ置いて俺と『仲良く』しようぜ」
「貴女と仲良くなるくらいなら、イケ好かない天人と手を繋いで踊ってやるわ」
「何言ってんだかわかんねぇけんよぉ……やっぱ『ダルマ』だな」
男は愚直に剣を振り降ろしてきた。帽子が落ちたが、軽く後ろに下がり回避できる。
「避けんなよ。何処から切って欲しい? 腕か? それとも足か?」
「……」
再び力任せに剣を振ってくる。完全只の女だと思い、嘗めてかかっているようだ。
紫は何度か見極め、頭上で唐竹を止めた。
「お? 意外と力あるな」
「おい。遊び過ぎだぞ」
「へいへい。わあってますよ。今コイツの肩を―――」
瞬間、二匹はとてつもないプレッシャーに襲われた。
身体がだるくなり、行方の知れない恐怖を感じる。まるで蛇に睨まれた蛙の様。
それが目の前の女から発せられていると気付いた時にはもう遅かった。
刀を持った男は硬直したまま、脇腹を刺されていた。
「き、貴様。何を……」
「唯単に『重圧』をかけただけよ。それより、どう? 痛い?」
「わかんねぇ……でも、寒いぞ。いや、熱いのか? ど、どういう、」
「アナタの『境目』を刺したわ。痛みは感じないだろうけど、動けないはずよ」
直後、白目を剥いて倒れる一匹。
もう一匹は銃を構え紫を睨んだ。
「くそっ! 動くな!」
「……銃は使わないんじゃなかったの?」
「非常時だ。そんな悠長なこと言ってられん! それにこの程度のプレッシャーなら指先一つくらい動かせる」
「じゃあ……もう一ランク上げるわね」
刹那、身体の重みと底知れない恐怖感が消えた。男はどういうことだ、と混乱した。
しかし先と変わっていることに気付いた。
女が、いない。
「は?」
(そう。見えないわね)
紫は男に近寄った。そして、先と同じように『境目』に刀を刺した。
「男って『サす』ことはあっても『サされる』ことは無いでしょ? いい経験ね」
糸が切れたかのように倒れた。
「ふぅ……妖忌に気配の消し方、教わっててよかった」
大っ嫌いなクソガキ(妖忌)のグッドスマイルを思い出し腹が立ったが、今は目の前の扉が優先だ。
紫は納刀し、ドアノブに手をかけた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
扉前の二匹が気絶したことにより、最上階の結界が消えた。
藍は外から聞こえる爆音と異常な妖気で目を覚ます。
寝巻のローブのままベットから這い出し、窓際まで近づく。やはり大きな音がした。
カーテンを開けると―――
「……何だ? あれは、花狐貂?!」
台北の街が積み木が崩れたかのように壊れていた。
一体何があったというのだ。
「貴人! 喜媚! いないか!」
現れない。
藍は戦闘できるよう導着服に着替え、部屋から出ようと扉を押した。
「うわっ」
「ん?」
声がした。聞き慣れた。
まさかと思ったが、下を向いた。
やはり……いた。
「……」
「あ……藍」
紫は尻もちをついたまま、藍を見上げた。
藍は外が異常事態であるということを忘れ、目の前の『女性』のことでいっぱいになった。
そして―――
「あの……ら」
バタンッ。
扉を閉めた。ついでに鍵も閉めた。結界を張った。御札も貼った。ベットに潜った。布団を被った。耳を塞いだ。目を閉じた。
「藍! お願い、聞いて!」
「あああああああああ! 聞こえない聞こえない! 何も聞こえない!」
「子供じゃないんだから! キチンと話を聞いて!」
扉がドンドン叩かれる。
紫は声を張り上げた。
「私……一度じゃ足らず、二度までも貴女を傷つけてしまった!」
「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」
「あの時はカッとなっちゃって、その……酷いこと言ってしまったわ」
「聞こえない聞こえない聞こえない……」
呪詛の様に繰り返す藍。お構い無しに叫び続ける紫。
「本当はね……前みたいに、貴女が勝手に帰ってくるのを待っていても良かったの」
「聞こえない聞こえない…………」
「でもね、怒られちゃった。いろんな人に……」
「聞こえない………………」
紫の声も藍の声も次第に弱まっていった。
「蓮子に怒鳴られた」
「……………………」
「貴人に、呆れられた」
「………………」
「美鈴に、喝入れられた」
「…………」
「橙に……叩かれたわ」
「……」
カチッ。
扉の鍵が開いた。
紫はドアノブを握り、部屋に入った。
「藍……」
「……」
藍は外を眺めていた。
「これは……貴女が?」
「いえ、違うわ」
「そうですか……」
紫は藍に近寄った。
「その……謝っても許してもらえるものではないと思うの。でも、」
「私は」
紫の言葉を遮る。
「確かに、昔は調子に乗っていました。自分の美貌を疑いもせず好き勝手やっていた」
「……」
「でも、私はね……どの閣下の優しさもわかっていた。知っていた」
「ええ……」
紫の方を見ず、話し続ける。
「愛していた」
「……そう」
「私だけならいい。しかし……私を淫売扱いすることは彼らを乏しめることになる」
「……」
「確かに、歴史的には愚者に見える。だけど……それでも、彼ら『自身』はそうではなかった」
外の破壊音だけが広い部屋に響き渡る。
「輝夜姫と同じなのだ。汚名を一身に受けた代表でしかない」
「……ごめんなさい」
「許せません」
「ごめんなさい……」
紫は頭を下げた。しかし一向に見向きもしない藍には伝わらない。
「帰ってください」
「ごめんなさい」
「帰れ」
「ごめんなさ」
「帰れ!!」
振り返る。紫は涙を流す藍を見た。
もう、何も言えなくなった。頭を下げることしかできなかった。
藍は再び、外を眺めた。
「いつまでもそうしているといい。私は戻らない」
「ごめんなさい」
「……莫迦か」
「ごめんなさい」
暫時、続いた。
紫は謝り続けた。
「ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
ごめんなさい…………」
「勝手に続けてろ……」
終いには紫は床に膝をつき、土下座姿勢をし、謝り続けた。
「ごめんなさい……」
「ッ! いい加減にしろ!!」
藍は紫を立ちあがらせ、胸倉を掴んだ。
「言葉なら何とでも言えよう! 妖怪の賢者が易々頭を下げるな!」
「違うわ……」
「は?」
「賢者なんかじゃない」
紫は―――彼女は臆さず言った。
「一匹の妖怪、八雲紫として……一介の存在、マエリベリー・ハーンとして『家族』である藍に謝っているの!」
「……」
その眼には力が籠っていた。魔眼とか催眠とか、そんなものではない。
一人の人間としての、何物にも勝る強い眼差しだった。
暫く、二人は睨み合っていた。
そして―――
「藍様!」
「橙!? 何故此処に?」
ドアが開いた。
「紫様を降ろしてください!」
「橙……」
「何故来た」
「紫様にお願いして無理やりついてきました。藍様! お願いです! 戻って来てください!」
「……」
紫を離し、橙の方を向く。
「『家族』だからです! 迎えに来ました!」
「オマエには関係無いことだ。これは私と彼女の問題だ」
「……だからですか」
橙が呟く。紫と藍には聞き取れないほど微弱な声で。
「なんだ」
「私が『家族』じゃないからですか! 所詮、私は藍様の『ペット』なんですか!」
「ッ!! 誰もそんなこと……」
「喜媚さんが言っていました。『オマエは愛玩動物に過ぎない』って」
「……違う」
「じゃあ、私も……私にも相談して下さい! 勝手に出て行かないでください!」
橙は此処で泣いたら負けだと涙を堪え、話を続けた。
「もし、紫様が意地悪するなら私が怒ります! 藍様が悲しい時は慰めます! 喧嘩をしている時は仲裁します!
楽しい時は一緒に笑います! 修行だって文句を点けたりしません! 家事の御手伝いだってします!
私は……ッく……か、家族だか、ら……うぅ……藍、様とゆ、紫、さ、まの……家族、だから!」
我慢できなかった。
涙が溢れ出した。何故涙が流れるのかはわからなかったが、兎に角抑えきれなかった。
「橙……ねぇ藍。私ならどうなってもいい。だから橙の下へ帰って来て。お願い」
「そ、そんな……ッうく……だめ、ダメです。ゆか、り様ぁ……三人い、一緒じゃ、なきゃ……嫌」
「お願い、藍。帰って来てください」
深々と頭を下げる紫。橙もつられて頭を下げた。
「……頭を上げて下さい」
藍は声をかけた。
「橙、紫(メリー)……すまなかった。私も殻に籠ってしまっていた」
「藍……」
「紫(マエリベリー)様。貴女の発言を許すつもりはないが……私も言い過ぎた。
元はといえば私がキツく当たったことにある」
「違うわ! 私が、」
「いいんです……二人に教えられた」
二人は頭を上げる。
「橙……オマエは『ペット』なんかじゃない。大事な『家族』だよ。心配かけてすまなかったね」
「ううぅ……藍様ぁ……ッ!」
橙はやっと、久しぶりに、藍に抱きつけた。そして―――
「ええええぇぇぇん! 藍様の、ばかぁ! 勝手に出て行っちゃ嫌だよぉ!」
「ああ……ごめんな」
「藍……」
「紫様。御迷惑をおかけしました。八雲藍、今を持って職務に復帰させて頂きます」
橙を抱擁したまま頭を下げる藍。
「違うでしょ」
「え? あ、はい……ただいま。紫(メリー)」
「ええ……御帰り。藍」
三人は睦まじく抱き合って泣いた。そして、笑った。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「これで終わればハッピーエンドなんですけどね」
扉の方から声がした。
「あ、忘れてたわ」
「何故美鈴が此処に?」
「えっと……」
ローブの様なものを羽織っただけでほぼ下着姿の美鈴と、二人は藍に事の成り行きを話した。
紫が美鈴を頼ったこと。紅魔と蓬莱が一触即発したこと。貴人が花狐貂を放ったこと。貴人と喜媚を倒したこと。一通り話した。
「はぁ……やはり、紫様どこか抜けてますね」
「もう……何よぅ」
「蓬莱(ウチ)が紅魔を良い目で見ていないのはお分かりだったでしょう?
私がトップだったから自重していたものの、今回の件で手を出せる口実になったではないですか」
「まあ……その、ごめん」
「済んだことはいいんです。これからなんですが」
とりあえず、と美鈴は考えを述べた。
「トップで和解したということにしてください。私と藍さんで協約を」
「それは構わん」
「しかしですね……私が貴人を、橙が喜媚を倒しちゃったことにより、花狐貂が暴走しちゃってるんですよね」
「しかし、橙。よく喜媚を倒せたな」
「喜媚さん、驕ってましたから」
外を見る。まるで爆撃機が通った様な有様だった。
藍が美鈴に言う。
「オマエほどの『力』なら、あの程度一捻りだろ。『一人』で」
「通常なら……ね」
美鈴はローブを脱いだ。特に変化は無く見えるが。
紫が気付く。
「貴女……肩の『境目』、どうしたの?」
「貴人にね。まあ、私も驕りがありました。すいません」
「いや、ごめんなさい。巻き込んだのは私の所為よ」
「あはは。もうそれはいいです。治療費さえ頂ければ。それより……」
美鈴が外を見る。
台北はまるで地獄を催したかのような有様だ。
「……藍」
「はい」
「『封』を解くわ。全てを……終わらせましょう」
「……はい」
紫の宣言に頷く藍。
その後、四人は屋上へと向かった。外の様子は、やはり地獄絵図だった。
藍は辺りを見渡し、拡張機を使って一帯へ告げた。
「蓬莱、並びに紅魔の一族に告げる。戦いは終結した。我々は協約を結ぶ!」
各地に散らばっていた妖怪、人間の兵士達はビルの屋上を見上げた。
そこには八雲の三人と紅魔の隊長が並んでいた。
続いて美鈴が告げる。
「武器を捨てよ! ……と言いたいところだが、生憎諸君の目の前に居る『化け物』共は暴走してしまっている。
各人、共に武器を取れ! ターゲットは花狐貂だ! 奴らから台北を守れ!」
藍と美鈴の言葉に、兵士は銃口を花狐貂へと向けた。
まさかこんなことになるとは思っていなかった蓬莱の兵達も、今では破壊マシーンと化したデカ物を掃討する為に引き金を引いていた。
だが、サイズがサイズだった。五体の花狐貂達はちっぽけな兵隊共に臆することなく、気の向くまま破壊行動を続ける。
漸次、下で戦っていた大男が屋上へやって来た。
「隊長」
「ホワイヌ。無事だったか……大分ボロボロね」
「隊長こそ」
大男は美鈴の肩に自分のジャケットをかけた。
「下からの報告です。奴らはデカすぎます。攻撃がまるで通じない」
「ん~、やっぱりかぁ……藍さん。お願いするしかないようです」
「わかった」
紫様、と振り向く。紫も頷く。
そして、藍は服を脱いだ。現れる、一糸纏わぬ絹の様な肌。
「見るな」
「……ヤー」
美鈴に叩かれる大男。
藍は橙に近づいた。
「橙……今から見せるのが私の本当の姿だ」
「藍様……」
「そんな顔をするな。ちゃんと帰ってくる。願わくば、これを見せるのは最初で最後にしたいがな」
頭をポンと叩く。そして紫に近づく。
「準備はいいわね?」
「私は大丈夫ですが、今の紫様(メリー)では……」
「信じて頂戴。旦那様(奥様)」
「……御意」
「よしよし。えっと、式は剥がれてるからOKね。じゃあ……宣言」
紫(メリー)の『気』が跳ね上がった。
只の人間であるはずの彼女には、莫大過ぎるほどのオーラだった。
「主、八雲紫が告げる。真名『■■』。
八雲立つ、『■■』八重垣、妻ごみに、八重垣外る、その八重垣を……!」
妖気が倍増した。そして紫と藍は、向かい合い、口付をした。
瞬間、二人が光に包まれた―――
* * * * * * * * * * * * * * * *
オオオオオオオオオオオオォォ……!!
―――あれが……藍の本当の姿。
「いやー、実際見るのは初めてですねぇ……でっかいなぁ」
「あれが……藍様」
「千年狐狸精、白面金毛九尾ノ狐。大陸きっての……いや、この星きっての大妖怪です」
大きい。図体も妖気も。そして何より……美しい。
金色の毛並みに、白銀の面。気高く並ぶ、九本の尾。
「綺麗ですな」
「ホワイヌさん……さっきはありがとうございました」
「お気にせず。それより、始まりますよ」
紫が符を掲げている。そして宣言した。
「―――式神『■■』―――!」
一瞬だった。
ビル二つ分もあろう巨体が光を帯びて駆けたのだ。
先ず手前の一体。
藍……と呼んでいいのかわからないが、鉾の様な爪が花狐貂の側面部を貫いた。
そして爆ぜる。
次は兵達を襲っていた一体。
上から馬乗りになり、鋭利な牙で首筋に食らいつく。そして、食いちぎった。
今度は二体の花狐貂が『藍』へ向かってきた。
『藍』は二体を一視し、槍の様な尾で奴らを薙ぎ払った。
最後の一体は逃げていた。
これは本能だろう。例え宝貝であってもこれだけの『格』を見せつけられれば逃げたくもなる。
奴の様子を見て美鈴は気付いた。
「まずい! 奴は結界外へ逃げる気だわ!」
「藍様!」
橙の声に気付いた……のか、『藍』は頷く。
そして口を開いた。
「―――オオオオオオオオォォンッ!!」
ありとあらゆるモノが耳を塞ぎ、動きを止める。
超音波と化した『藍』の雄叫びは辺り一帯を覆い尽くす。
宝貝である花狐貂も例外なく停止する。
止まった花狐貂を睨み、『藍』は空を駆けた。そして、回転する。
まるで『いつも』の様に。
体当たりを喰らった花狐貂はビル数本を貫通し、爆ぜた。
全てが、終わった。
「おわった、の、かしら……」
「ゆ、紫様!?」
橙は紫が真っ青になっているのに気付いた。
無理も無かった。
体中のありとあらゆる『気』を持って行かれたのだ。人間の身では尚のこと。
束の間、紫は倒れた。橙は急いで駆け寄る。
「紫様! 紫様!」
「……」
「橙。退いて」
「美鈴さん! 紫様を助けて……」
「わかってる。ホワイヌ。至急ヘリを。私は応急処置で手が離せないから」
「わかりました」
大男は下へ降りて行った。
美鈴はしゃがんで紫の服を破り、胸間に両腕を置く。
「―――哈ッ!」
「……うぅ。んぅ」
「ふう……とりあえずは大丈夫よ。って、ありゃ?」
美鈴の両の腕が、ポトリと、落ちた。
橙は驚いたが、今はそれどころではないと紫の手を握っていた。
「あっちゃー……限界だったネ。貴人の糸でも繋がんないか」
「美鈴さん……これからどうすれば」
「とりあえず紫さんを病院に。あと藍さんと事後処理をします」
美鈴は立ち上がり、らーんさーんと大声で『藍』を呼んだ。
『藍』は己を呼ぶ声に気付き、再びビルの屋上へ戻って来た。
そして、元の……いや、いつもの八雲藍の姿に戻る。
「……やはり無茶をされたか」
「みたいですね。とりあえず病院へ、ですがその前に……」
美鈴は振り向いた。
「いるんでしょ? 出てきたら?」
屋上の入り口を見る。
そこには貴人と喜媚が隠れていた。渋々と此方に歩いてくる。
「「……」」
「別に怒ってないよ。本来私は無関係だ。ただタイミングが悪かったな」
「姐さん……」
「姐様……」
首を垂れ、ずぶ濡れの喜媚とボロボロの貴人は藍に謝罪した。
藍は二人の頭に手を置く。
「兎角、無駄な争いは止めよ。コイツら(紅魔)を敵に回すことは百害あって一利も無い。
美鈴。悪いが文章にして協定を結んでやってくれ」
「わかりました。では後日改めて……いいですか? 貴人」
「ああ……姐さんの仰る通りに」
頷く貴人。未だにしかめっ面の喜媚に藍が告げた。
「喜媚。お前も変な気を起こすんじゃないぞ」
「……」
「いいな」
「……はい」
喜媚は返事をし、橙を睨んだ。
「お前の事は許してないからな」
「喜媚さん……」
「はあ。仲良くしてくれ」
その後、迎えのヘリが到着し紫達を乗せて香港まで飛んだ。
* * * * * * * * * * * * * * * *
二日後、香港。とある病院の特別病室。
紫はベットの上で本を読んでいた。
コンコン、と扉を叩く音がした。どうぞ、と応答する。
「調子は如何です?」
「美鈴……」
いつもの大陸服を着た美鈴が入って来る。
両腕はまだ虚のままだった。
「私は大丈夫よ。幻想郷に戻れば自然回復するはずだから」
「それは良かった」
「それより……貴女の腕は……」
「ん? ああ、気にしないでください。こっちの技術じゃ『直せ』ないんです。
私もあちらに戻ってからくっ付けてもらいます」
「ごめんなさいね。治療費は出すから」
「あはは。バイクの治療費の方が高いかな……それより、客人です」
扉から二つの影が出て来た。
「貴人……喜媚……」
貴人はレディーススーツを、喜媚はゴシックなドレスを着ていた。
貴人は持ってきた花束を机の上に置いた。
「ごめんなさい。貴女達に一番迷惑をかけたわ」
「私は気にしてませんよ。姐さんも納得していますから」
「……」
柔らかい物腰の貴人に対し、ジト目の喜媚は口を開こうとはしなかった。
「こら、喜媚……」
「もういいんでしょ。帰ろ、貴人ちゃん」
「待って」
紫は背を向ける喜媚を呼び止めた。喜媚は機嫌悪そうに紫の方を向く。
「喜媚。謝っても許してもらえるなんて思ってないわ」
「わかってんじゃん。じゃあ何? 落とし前付けてくれんの?」
「喜媚!」
「いいの貴人……私は聖人君主じゃないけど、貴女の気持ちは分かっているつもり。勿論、貴人もよ」
「偉そうに。ホントぶっ殺したい」
貴人に注意されようが一向に怒気が晴れない喜媚。紫は構わず続けた。
「貴女は藍を『姉』として慕っている。なのに私が藍を奪った」
「そうね。それで? 返してくれるの?」
「喜媚! いい加減に、」
「貴人ちゃんは黙ってて!」
「……貴女が『姉』と慕うように、私も『家族』として藍を愛している」
喜媚には綺麗事にしか聞こえない。余計腹立たしくなってきた。
「だからなんなの? 馬鹿じゃない」
「ええ……私は愚か者よ。決して賢者なんかじゃない」
「……何よ」
「そんな愚かな私でも、一つだけ思うことがある」
喜媚は黙って話を聞いた。
「貴女達も『家族』だと思っているの。住んでいる所は違えどね」
「ッ!? バ、バッカじゃない! 勝手に思ってればいい!」
「ええ。貴女も貴人も私の大切な『家族』なの。残酷だけど、私は全てを受け入れることしかできない」
「……知らない!」
喜媚は真っ赤になり、部屋から駆けだしていった。
「すいません、紫さん」
「いえ、私こそ」
「『家族』ねぇ……いい言葉です」
空気だった美鈴が口を挟んだ。
「そうだな。妖怪なんてものは、そういった甘ったるいモノには程遠い」
「ええ……でもね。私は八雲紫(マエリベリー・ハーン)個人として、全てを受け入れたいの」
貴人は擽ったそうに苦笑した。
「あの子も嬉しい筈です。ただ、自分に素直になれない部分がありまして」
「そう……ごめんなさいね」
「もう、謝んないでください。それより話が着きました」
貴人は書類を広げた。藍の真名の印と貴人、美鈴、そしてスカーレット卿(レミリア、フランの父)の名前で印が押してあった。
「流通、市場、人選等々。様々な分野で協定を結びました。ただ……」
「わかっています。別にウチの看板を背負えなんて言いません。あくまでカルテルですよ」
美鈴が微笑む。
「そういえば、藍と橙は?」
「私のビルです。橙は部隊の連中と打ち上げをしています。
藍さんは……お墓に」
「……そう」
『お墓』。
紫は知っている。藍は実家へ戻るたび、愛した者たちの下へ『墓』参りに行っていることを。
「主治医は明日にでも退院可能と言っていました」
「わかった。明後日には此処を発つから、二人に伝えておいて」
「任されました。では貴人。行きましょう」
「ああ。紫さん」
「何?」
貴人は再び苦笑した。
「できることなら……次は二人、いや三人一緒に蓬莱へ来て下さいね」
「ええ。大丈夫よ。貴女達もいつか幻想郷へ遊びに来てね」
「……『いつか』、ですね」
そして二人は出て行った。
一人、病室に残る。再び途中まで読んでいた本に目を戻した。
「青いバラ、か……」
ある一言が目に留まる。最近、培養に成功したらしい。
不可能から奇跡へ……ね。
頭に浮かんだことを、机に置いていたノートに書き込んだ。そして、口ずさむ。
「―――~~~……♪」
観客のいない病室に、美しいソプラノボイスが響き渡った。
* * * * * * * * * * * * * * * *
二日後、四名は北京空港にいた。
男装した藍と美鈴。大きな帽子とサングラスで変装(?)している紫。そして子供服を着た橙。
見送りは美鈴の部下数名と貴人が来ていた。
「皆さん、本当に御迷惑おかけしました」
紫が最後の挨拶をする。
「貴人。また暫く宜しくな」
「はい、お任せ下さい」
「……やはり喜媚は来なかったか」
「スイマセン……」
「いいんだ。宜しく言っといてくれ」
二人は苦笑するしかなかった。
「隊長。いずれまた」
「ええ。近いうちに」
「両腕は別ルートで送っておきます。今は義手でご勘弁を」
「宜しくね」
美鈴は軽く敬礼し、ゲートへ向かって行った。
「じゃ、私達も行きましょう」
「「はい」」
見送りに手を振り、ゲートへ―――
「八雲のババア! チビ!」
向かおうとした時だった。後ろから大声がした。
ホールにいた全ての人が声の下を向く。
喜媚。
遠くから声を張り上げた後、此方に向かってダッシュしてきた。
「はぁ、はぁ……忘れもんよ」
鞄からそれを出し、二人に突き付けた。
「あ、帽子」
「ありがとう……喜媚」
「フンッ。ババア! 今度―――」
紫に頬を抓られた。スンゴイ勢いで。
「お・ね・え・さ・ん。ね?」
「いだだぃ……八雲紫! 今度、姐様を泣かせたら、殺しに行く。覚えておけ」
「……ええ。お願いするわ。きっと殺して頂戴」
「う……」
予想外の返答に戸惑う喜媚。言葉ではコイツに勝てないと知り、今度は橙の方を向いた。
「おい、チビ」
「橙です。喜媚さん」
「チビで十分だ……お前が使った符、余ってないの」
「え?」
ボソボソ赤面し、呟く喜媚。
「だから、あの何たらカードって奴だよ!」
「スペカ? あるけど……」
「一枚……くれないかしら……」
「どうして?」
よくわからないと、問い質す橙。
「次会う時は……私もそれで戦ってあげる。勉強しとくから、一枚欲しいっていってるの! わかった!?」
「え、ああ。うん。どうぞ」
「あ、ありがと……次は負けないからね」
「喜媚さん……またね!」
「え、ええ。またいつか」
一同真っ赤な喜媚をニヤニヤ見ていた。バツが悪くなった喜媚は貴人の後ろに隠れた。
そして、四人は日本へ……幻想郷に戻った。
* * * * * * * * * * * * * * * *
幻想郷、逢い魔が時、博麗神社。
四人は日本に戻り次第、直ぐに幻想郷に戻った。
紫(メリー)の部屋からではなく、正規のルートで帰って来た。
紫が万全ではないので部屋からパスを繋ぐことができなかったのだ。そこで藍の力で日本に幾つかある幻想郷へのルート、中でも主要である『博麗神社』を通って、帰って来たのである。
橙は気が付くと、知っている博麗神社の鳥居の下にいた。
そのまま神社へと向かう。
「あら……お帰り」
「ええ、只今」
掃き掃除をしていた霊夢が四名に声をかけた。
「藍も、お早いお帰りで」
「そういうな……迷惑かけたな」
「私は別に。紫、お土産は?」
「現金ね……はい」
お菓子を投げてやる。目の色を変えて箱に喰いつく霊夢。コンビニで買ったお菓子とも知らずに。
外の音を聞きつけ、魔理沙と萃香が神社から出て来た。
「おう! 橙、やったか?」
「うん」
魔理沙のハニカミにVサインで返答する橙。魔理沙は後ろの……黒服二人に気付いた。
「だ、誰だお前ら?!」
「魔理沙。美鈴と藍だよ」
「へ……中国? 藍?」
萃香に教えられ、さらに驚く。
「なんで男の恰好なんかしてるんだ?」
「色々あったのよ。はい、お土産」
「お、おう。ありがと」
中国産の松茸(数本入り)を渡してやる。イヤッホーッ! と大喜び。茸マニアが……
萃香はホッとした表情で紫に告げた。
「終わったんだね?」
「ええ、心配かけたわね」
「いや、別に。長い目で見ようと思ってたからかな。で……」
コイツも土産か。紫は苦笑し、美鈴の方を向いた。
「はい。鬼さん」
「おうよ……紹興酒か。あんがと、美鈴」
「いえいえ。まだありますから、皆さんでどうぞ。あ、あと―――で」
「……あいよ。『気』を使うねぇ。じゃあ、今夜は宴かな」
萃香に耳打ちする美鈴。
そして萃香は霊夢に宴会するぞ、と話を点けに行った。
さて、と四人は次の行動に移ろうとした。美鈴が紫に頼む。
「紫さん。紅魔館までスキマを開いてもらいませんか?」
「あ、うん。謝金と医療費は後ででいい?」
「ええ。じゃあ、橙。また修行しましょう」
「え、あ、うん。程々にお願いします」
「フフフ。じゃ、再見了」
美鈴は紫が開いたスキマへ入っていく。
此方に礼をする美鈴を見て、三人はやっと終わったなと肩を降ろした。
「それじゃ、帰りましょうか」
「「はい」」
長かった夫婦喧嘩もこれにて終了。
帰って三人でお風呂に入って、ご飯食べて、川の字で寝よう。
戻って来た『日常』。三人顔を見合わせ、そして微笑んだ。
紫が開いたマヨヒガ直通のスキマに、仲良く手を繋いで歩を進めた。
「ふふふ」
「どうしたの?」
「帰る場所がある……こんなにうれしいことは無いですね」
「そうね……」
「はい!」
* * *
アナタには、本当の帰る場所がありますか? 在るべき場所がありますか?
もしもあるなら、そこがアナタの拠り所。
忘れないでください。
きっとそこには、大切な人もいるはずです。
もしもないなら、今からでも遅くは無い。自分の在り処を見つけて下さい。
そこがアナタにとって掛け替えのないモノになるはずだから。
私はあります。
大事な二人の家族。何があっても、大切にしたいと思います。
(終わり……?)
前回のあらすじ……貴人 「もしも私の下へ帰る意思があるというのなら……」
美鈴ちん 「何を言う!」
喜媚 「道を誤ったのだよ! 貴様の様なNT(Nationalityの略)の為り損ないは粛清される運命なのだ。わかるか!」
美鈴ちん 「チイッ!!」
(あってるとかっていうより、このネタわかる人間が何人いるかが問題だ)
***
藍の部屋は一発でわかった。
黒服の男が二人、機関銃を持って部屋の前に立っている。
成程。このフロアには外の音と妖気を遮断する結界が張ってあるのか。出所はあの二人……いや、二匹だろう。
紫は刀を抜き、二匹に近づいていった。
「……何者だ」
「その部屋に居る者に会いに来たの。入れて頂戴」
「却下する。即刻立ち去れ」
銃口を向ける二匹。
紫は臆さず言葉を続けた。
「貴女達の仕事は、外の気配を藍に気付かせないことでしょう。退きなさい」
「貴様……まさか紅魔の手の者か?」
「違う」
一歩また一歩と二匹に近寄る。
「その子の家族」
「何を莫迦な……おい、銃を使うな。部屋の前だ」
「応」
一匹がサーベルを抜き、紫に向かってきた。銃を持った男が告げる。
「女。最終警告だ。退け」
「押し通るまで」
「くくく、いい女だ。バウ。コイツは殺すな」
「ジュウ……しかしだな」
ジュウと呼ばれた黒服は下賤な笑みを浮かべ言った。
「なに。俺らの仕事は暇で暇で仕方ない……割に合わないからな。
女の一人、『喰らう』ぐらい許されてもいいだろう?」
「……好きにしろ。俺は凌辱は好かん」
「そうさせてもらう。女。『ダルマ』って知ってるかい?」
「下衆ね」
まさに反吐が出るとは言ったものだ。こういう奴のことを言う。
肩に剣を担ぎ近づいてくる黒服。紫は長刀(楼観剣似)を構えた。
「おお、こわいこわい。そんな物騒なモノ置いて俺と『仲良く』しようぜ」
「貴女と仲良くなるくらいなら、イケ好かない天人と手を繋いで踊ってやるわ」
「何言ってんだかわかんねぇけんよぉ……やっぱ『ダルマ』だな」
男は愚直に剣を振り降ろしてきた。帽子が落ちたが、軽く後ろに下がり回避できる。
「避けんなよ。何処から切って欲しい? 腕か? それとも足か?」
「……」
再び力任せに剣を振ってくる。完全只の女だと思い、嘗めてかかっているようだ。
紫は何度か見極め、頭上で唐竹を止めた。
「お? 意外と力あるな」
「おい。遊び過ぎだぞ」
「へいへい。わあってますよ。今コイツの肩を―――」
瞬間、二匹はとてつもないプレッシャーに襲われた。
身体がだるくなり、行方の知れない恐怖を感じる。まるで蛇に睨まれた蛙の様。
それが目の前の女から発せられていると気付いた時にはもう遅かった。
刀を持った男は硬直したまま、脇腹を刺されていた。
「き、貴様。何を……」
「唯単に『重圧』をかけただけよ。それより、どう? 痛い?」
「わかんねぇ……でも、寒いぞ。いや、熱いのか? ど、どういう、」
「アナタの『境目』を刺したわ。痛みは感じないだろうけど、動けないはずよ」
直後、白目を剥いて倒れる一匹。
もう一匹は銃を構え紫を睨んだ。
「くそっ! 動くな!」
「……銃は使わないんじゃなかったの?」
「非常時だ。そんな悠長なこと言ってられん! それにこの程度のプレッシャーなら指先一つくらい動かせる」
「じゃあ……もう一ランク上げるわね」
刹那、身体の重みと底知れない恐怖感が消えた。男はどういうことだ、と混乱した。
しかし先と変わっていることに気付いた。
女が、いない。
「は?」
(そう。見えないわね)
紫は男に近寄った。そして、先と同じように『境目』に刀を刺した。
「男って『サす』ことはあっても『サされる』ことは無いでしょ? いい経験ね」
糸が切れたかのように倒れた。
「ふぅ……妖忌に気配の消し方、教わっててよかった」
大っ嫌いなクソガキ(妖忌)のグッドスマイルを思い出し腹が立ったが、今は目の前の扉が優先だ。
紫は納刀し、ドアノブに手をかけた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
扉前の二匹が気絶したことにより、最上階の結界が消えた。
藍は外から聞こえる爆音と異常な妖気で目を覚ます。
寝巻のローブのままベットから這い出し、窓際まで近づく。やはり大きな音がした。
カーテンを開けると―――
「……何だ? あれは、花狐貂?!」
台北の街が積み木が崩れたかのように壊れていた。
一体何があったというのだ。
「貴人! 喜媚! いないか!」
現れない。
藍は戦闘できるよう導着服に着替え、部屋から出ようと扉を押した。
「うわっ」
「ん?」
声がした。聞き慣れた。
まさかと思ったが、下を向いた。
やはり……いた。
「……」
「あ……藍」
紫は尻もちをついたまま、藍を見上げた。
藍は外が異常事態であるということを忘れ、目の前の『女性』のことでいっぱいになった。
そして―――
「あの……ら」
バタンッ。
扉を閉めた。ついでに鍵も閉めた。結界を張った。御札も貼った。ベットに潜った。布団を被った。耳を塞いだ。目を閉じた。
「藍! お願い、聞いて!」
「あああああああああ! 聞こえない聞こえない! 何も聞こえない!」
「子供じゃないんだから! キチンと話を聞いて!」
扉がドンドン叩かれる。
紫は声を張り上げた。
「私……一度じゃ足らず、二度までも貴女を傷つけてしまった!」
「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」
「あの時はカッとなっちゃって、その……酷いこと言ってしまったわ」
「聞こえない聞こえない聞こえない……」
呪詛の様に繰り返す藍。お構い無しに叫び続ける紫。
「本当はね……前みたいに、貴女が勝手に帰ってくるのを待っていても良かったの」
「聞こえない聞こえない…………」
「でもね、怒られちゃった。いろんな人に……」
「聞こえない………………」
紫の声も藍の声も次第に弱まっていった。
「蓮子に怒鳴られた」
「……………………」
「貴人に、呆れられた」
「………………」
「美鈴に、喝入れられた」
「…………」
「橙に……叩かれたわ」
「……」
カチッ。
扉の鍵が開いた。
紫はドアノブを握り、部屋に入った。
「藍……」
「……」
藍は外を眺めていた。
「これは……貴女が?」
「いえ、違うわ」
「そうですか……」
紫は藍に近寄った。
「その……謝っても許してもらえるものではないと思うの。でも、」
「私は」
紫の言葉を遮る。
「確かに、昔は調子に乗っていました。自分の美貌を疑いもせず好き勝手やっていた」
「……」
「でも、私はね……どの閣下の優しさもわかっていた。知っていた」
「ええ……」
紫の方を見ず、話し続ける。
「愛していた」
「……そう」
「私だけならいい。しかし……私を淫売扱いすることは彼らを乏しめることになる」
「……」
「確かに、歴史的には愚者に見える。だけど……それでも、彼ら『自身』はそうではなかった」
外の破壊音だけが広い部屋に響き渡る。
「輝夜姫と同じなのだ。汚名を一身に受けた代表でしかない」
「……ごめんなさい」
「許せません」
「ごめんなさい……」
紫は頭を下げた。しかし一向に見向きもしない藍には伝わらない。
「帰ってください」
「ごめんなさい」
「帰れ」
「ごめんなさ」
「帰れ!!」
振り返る。紫は涙を流す藍を見た。
もう、何も言えなくなった。頭を下げることしかできなかった。
藍は再び、外を眺めた。
「いつまでもそうしているといい。私は戻らない」
「ごめんなさい」
「……莫迦か」
「ごめんなさい」
暫時、続いた。
紫は謝り続けた。
「ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
ごめんなさい…………」
「勝手に続けてろ……」
終いには紫は床に膝をつき、土下座姿勢をし、謝り続けた。
「ごめんなさい……」
「ッ! いい加減にしろ!!」
藍は紫を立ちあがらせ、胸倉を掴んだ。
「言葉なら何とでも言えよう! 妖怪の賢者が易々頭を下げるな!」
「違うわ……」
「は?」
「賢者なんかじゃない」
紫は―――彼女は臆さず言った。
「一匹の妖怪、八雲紫として……一介の存在、マエリベリー・ハーンとして『家族』である藍に謝っているの!」
「……」
その眼には力が籠っていた。魔眼とか催眠とか、そんなものではない。
一人の人間としての、何物にも勝る強い眼差しだった。
暫く、二人は睨み合っていた。
そして―――
「藍様!」
「橙!? 何故此処に?」
ドアが開いた。
「紫様を降ろしてください!」
「橙……」
「何故来た」
「紫様にお願いして無理やりついてきました。藍様! お願いです! 戻って来てください!」
「……」
紫を離し、橙の方を向く。
「『家族』だからです! 迎えに来ました!」
「オマエには関係無いことだ。これは私と彼女の問題だ」
「……だからですか」
橙が呟く。紫と藍には聞き取れないほど微弱な声で。
「なんだ」
「私が『家族』じゃないからですか! 所詮、私は藍様の『ペット』なんですか!」
「ッ!! 誰もそんなこと……」
「喜媚さんが言っていました。『オマエは愛玩動物に過ぎない』って」
「……違う」
「じゃあ、私も……私にも相談して下さい! 勝手に出て行かないでください!」
橙は此処で泣いたら負けだと涙を堪え、話を続けた。
「もし、紫様が意地悪するなら私が怒ります! 藍様が悲しい時は慰めます! 喧嘩をしている時は仲裁します!
楽しい時は一緒に笑います! 修行だって文句を点けたりしません! 家事の御手伝いだってします!
私は……ッく……か、家族だか、ら……うぅ……藍、様とゆ、紫、さ、まの……家族、だから!」
我慢できなかった。
涙が溢れ出した。何故涙が流れるのかはわからなかったが、兎に角抑えきれなかった。
「橙……ねぇ藍。私ならどうなってもいい。だから橙の下へ帰って来て。お願い」
「そ、そんな……ッうく……だめ、ダメです。ゆか、り様ぁ……三人い、一緒じゃ、なきゃ……嫌」
「お願い、藍。帰って来てください」
深々と頭を下げる紫。橙もつられて頭を下げた。
「……頭を上げて下さい」
藍は声をかけた。
「橙、紫(メリー)……すまなかった。私も殻に籠ってしまっていた」
「藍……」
「紫(マエリベリー)様。貴女の発言を許すつもりはないが……私も言い過ぎた。
元はといえば私がキツく当たったことにある」
「違うわ! 私が、」
「いいんです……二人に教えられた」
二人は頭を上げる。
「橙……オマエは『ペット』なんかじゃない。大事な『家族』だよ。心配かけてすまなかったね」
「ううぅ……藍様ぁ……ッ!」
橙はやっと、久しぶりに、藍に抱きつけた。そして―――
「ええええぇぇぇん! 藍様の、ばかぁ! 勝手に出て行っちゃ嫌だよぉ!」
「ああ……ごめんな」
「藍……」
「紫様。御迷惑をおかけしました。八雲藍、今を持って職務に復帰させて頂きます」
橙を抱擁したまま頭を下げる藍。
「違うでしょ」
「え? あ、はい……ただいま。紫(メリー)」
「ええ……御帰り。藍」
三人は睦まじく抱き合って泣いた。そして、笑った。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「これで終わればハッピーエンドなんですけどね」
扉の方から声がした。
「あ、忘れてたわ」
「何故美鈴が此処に?」
「えっと……」
ローブの様なものを羽織っただけでほぼ下着姿の美鈴と、二人は藍に事の成り行きを話した。
紫が美鈴を頼ったこと。紅魔と蓬莱が一触即発したこと。貴人が花狐貂を放ったこと。貴人と喜媚を倒したこと。一通り話した。
「はぁ……やはり、紫様どこか抜けてますね」
「もう……何よぅ」
「蓬莱(ウチ)が紅魔を良い目で見ていないのはお分かりだったでしょう?
私がトップだったから自重していたものの、今回の件で手を出せる口実になったではないですか」
「まあ……その、ごめん」
「済んだことはいいんです。これからなんですが」
とりあえず、と美鈴は考えを述べた。
「トップで和解したということにしてください。私と藍さんで協約を」
「それは構わん」
「しかしですね……私が貴人を、橙が喜媚を倒しちゃったことにより、花狐貂が暴走しちゃってるんですよね」
「しかし、橙。よく喜媚を倒せたな」
「喜媚さん、驕ってましたから」
外を見る。まるで爆撃機が通った様な有様だった。
藍が美鈴に言う。
「オマエほどの『力』なら、あの程度一捻りだろ。『一人』で」
「通常なら……ね」
美鈴はローブを脱いだ。特に変化は無く見えるが。
紫が気付く。
「貴女……肩の『境目』、どうしたの?」
「貴人にね。まあ、私も驕りがありました。すいません」
「いや、ごめんなさい。巻き込んだのは私の所為よ」
「あはは。もうそれはいいです。治療費さえ頂ければ。それより……」
美鈴が外を見る。
台北はまるで地獄を催したかのような有様だ。
「……藍」
「はい」
「『封』を解くわ。全てを……終わらせましょう」
「……はい」
紫の宣言に頷く藍。
その後、四人は屋上へと向かった。外の様子は、やはり地獄絵図だった。
藍は辺りを見渡し、拡張機を使って一帯へ告げた。
「蓬莱、並びに紅魔の一族に告げる。戦いは終結した。我々は協約を結ぶ!」
各地に散らばっていた妖怪、人間の兵士達はビルの屋上を見上げた。
そこには八雲の三人と紅魔の隊長が並んでいた。
続いて美鈴が告げる。
「武器を捨てよ! ……と言いたいところだが、生憎諸君の目の前に居る『化け物』共は暴走してしまっている。
各人、共に武器を取れ! ターゲットは花狐貂だ! 奴らから台北を守れ!」
藍と美鈴の言葉に、兵士は銃口を花狐貂へと向けた。
まさかこんなことになるとは思っていなかった蓬莱の兵達も、今では破壊マシーンと化したデカ物を掃討する為に引き金を引いていた。
だが、サイズがサイズだった。五体の花狐貂達はちっぽけな兵隊共に臆することなく、気の向くまま破壊行動を続ける。
漸次、下で戦っていた大男が屋上へやって来た。
「隊長」
「ホワイヌ。無事だったか……大分ボロボロね」
「隊長こそ」
大男は美鈴の肩に自分のジャケットをかけた。
「下からの報告です。奴らはデカすぎます。攻撃がまるで通じない」
「ん~、やっぱりかぁ……藍さん。お願いするしかないようです」
「わかった」
紫様、と振り向く。紫も頷く。
そして、藍は服を脱いだ。現れる、一糸纏わぬ絹の様な肌。
「見るな」
「……ヤー」
美鈴に叩かれる大男。
藍は橙に近づいた。
「橙……今から見せるのが私の本当の姿だ」
「藍様……」
「そんな顔をするな。ちゃんと帰ってくる。願わくば、これを見せるのは最初で最後にしたいがな」
頭をポンと叩く。そして紫に近づく。
「準備はいいわね?」
「私は大丈夫ですが、今の紫様(メリー)では……」
「信じて頂戴。旦那様(奥様)」
「……御意」
「よしよし。えっと、式は剥がれてるからOKね。じゃあ……宣言」
紫(メリー)の『気』が跳ね上がった。
只の人間であるはずの彼女には、莫大過ぎるほどのオーラだった。
「主、八雲紫が告げる。真名『■■』。
八雲立つ、『■■』八重垣、妻ごみに、八重垣外る、その八重垣を……!」
妖気が倍増した。そして紫と藍は、向かい合い、口付をした。
瞬間、二人が光に包まれた―――
* * * * * * * * * * * * * * * *
オオオオオオオオオオオオォォ……!!
―――あれが……藍の本当の姿。
「いやー、実際見るのは初めてですねぇ……でっかいなぁ」
「あれが……藍様」
「千年狐狸精、白面金毛九尾ノ狐。大陸きっての……いや、この星きっての大妖怪です」
大きい。図体も妖気も。そして何より……美しい。
金色の毛並みに、白銀の面。気高く並ぶ、九本の尾。
「綺麗ですな」
「ホワイヌさん……さっきはありがとうございました」
「お気にせず。それより、始まりますよ」
紫が符を掲げている。そして宣言した。
「―――式神『■■』―――!」
一瞬だった。
ビル二つ分もあろう巨体が光を帯びて駆けたのだ。
先ず手前の一体。
藍……と呼んでいいのかわからないが、鉾の様な爪が花狐貂の側面部を貫いた。
そして爆ぜる。
次は兵達を襲っていた一体。
上から馬乗りになり、鋭利な牙で首筋に食らいつく。そして、食いちぎった。
今度は二体の花狐貂が『藍』へ向かってきた。
『藍』は二体を一視し、槍の様な尾で奴らを薙ぎ払った。
最後の一体は逃げていた。
これは本能だろう。例え宝貝であってもこれだけの『格』を見せつけられれば逃げたくもなる。
奴の様子を見て美鈴は気付いた。
「まずい! 奴は結界外へ逃げる気だわ!」
「藍様!」
橙の声に気付いた……のか、『藍』は頷く。
そして口を開いた。
「―――オオオオオオオオォォンッ!!」
ありとあらゆるモノが耳を塞ぎ、動きを止める。
超音波と化した『藍』の雄叫びは辺り一帯を覆い尽くす。
宝貝である花狐貂も例外なく停止する。
止まった花狐貂を睨み、『藍』は空を駆けた。そして、回転する。
まるで『いつも』の様に。
体当たりを喰らった花狐貂はビル数本を貫通し、爆ぜた。
全てが、終わった。
「おわった、の、かしら……」
「ゆ、紫様!?」
橙は紫が真っ青になっているのに気付いた。
無理も無かった。
体中のありとあらゆる『気』を持って行かれたのだ。人間の身では尚のこと。
束の間、紫は倒れた。橙は急いで駆け寄る。
「紫様! 紫様!」
「……」
「橙。退いて」
「美鈴さん! 紫様を助けて……」
「わかってる。ホワイヌ。至急ヘリを。私は応急処置で手が離せないから」
「わかりました」
大男は下へ降りて行った。
美鈴はしゃがんで紫の服を破り、胸間に両腕を置く。
「―――哈ッ!」
「……うぅ。んぅ」
「ふう……とりあえずは大丈夫よ。って、ありゃ?」
美鈴の両の腕が、ポトリと、落ちた。
橙は驚いたが、今はそれどころではないと紫の手を握っていた。
「あっちゃー……限界だったネ。貴人の糸でも繋がんないか」
「美鈴さん……これからどうすれば」
「とりあえず紫さんを病院に。あと藍さんと事後処理をします」
美鈴は立ち上がり、らーんさーんと大声で『藍』を呼んだ。
『藍』は己を呼ぶ声に気付き、再びビルの屋上へ戻って来た。
そして、元の……いや、いつもの八雲藍の姿に戻る。
「……やはり無茶をされたか」
「みたいですね。とりあえず病院へ、ですがその前に……」
美鈴は振り向いた。
「いるんでしょ? 出てきたら?」
屋上の入り口を見る。
そこには貴人と喜媚が隠れていた。渋々と此方に歩いてくる。
「「……」」
「別に怒ってないよ。本来私は無関係だ。ただタイミングが悪かったな」
「姐さん……」
「姐様……」
首を垂れ、ずぶ濡れの喜媚とボロボロの貴人は藍に謝罪した。
藍は二人の頭に手を置く。
「兎角、無駄な争いは止めよ。コイツら(紅魔)を敵に回すことは百害あって一利も無い。
美鈴。悪いが文章にして協定を結んでやってくれ」
「わかりました。では後日改めて……いいですか? 貴人」
「ああ……姐さんの仰る通りに」
頷く貴人。未だにしかめっ面の喜媚に藍が告げた。
「喜媚。お前も変な気を起こすんじゃないぞ」
「……」
「いいな」
「……はい」
喜媚は返事をし、橙を睨んだ。
「お前の事は許してないからな」
「喜媚さん……」
「はあ。仲良くしてくれ」
その後、迎えのヘリが到着し紫達を乗せて香港まで飛んだ。
* * * * * * * * * * * * * * * *
二日後、香港。とある病院の特別病室。
紫はベットの上で本を読んでいた。
コンコン、と扉を叩く音がした。どうぞ、と応答する。
「調子は如何です?」
「美鈴……」
いつもの大陸服を着た美鈴が入って来る。
両腕はまだ虚のままだった。
「私は大丈夫よ。幻想郷に戻れば自然回復するはずだから」
「それは良かった」
「それより……貴女の腕は……」
「ん? ああ、気にしないでください。こっちの技術じゃ『直せ』ないんです。
私もあちらに戻ってからくっ付けてもらいます」
「ごめんなさいね。治療費は出すから」
「あはは。バイクの治療費の方が高いかな……それより、客人です」
扉から二つの影が出て来た。
「貴人……喜媚……」
貴人はレディーススーツを、喜媚はゴシックなドレスを着ていた。
貴人は持ってきた花束を机の上に置いた。
「ごめんなさい。貴女達に一番迷惑をかけたわ」
「私は気にしてませんよ。姐さんも納得していますから」
「……」
柔らかい物腰の貴人に対し、ジト目の喜媚は口を開こうとはしなかった。
「こら、喜媚……」
「もういいんでしょ。帰ろ、貴人ちゃん」
「待って」
紫は背を向ける喜媚を呼び止めた。喜媚は機嫌悪そうに紫の方を向く。
「喜媚。謝っても許してもらえるなんて思ってないわ」
「わかってんじゃん。じゃあ何? 落とし前付けてくれんの?」
「喜媚!」
「いいの貴人……私は聖人君主じゃないけど、貴女の気持ちは分かっているつもり。勿論、貴人もよ」
「偉そうに。ホントぶっ殺したい」
貴人に注意されようが一向に怒気が晴れない喜媚。紫は構わず続けた。
「貴女は藍を『姉』として慕っている。なのに私が藍を奪った」
「そうね。それで? 返してくれるの?」
「喜媚! いい加減に、」
「貴人ちゃんは黙ってて!」
「……貴女が『姉』と慕うように、私も『家族』として藍を愛している」
喜媚には綺麗事にしか聞こえない。余計腹立たしくなってきた。
「だからなんなの? 馬鹿じゃない」
「ええ……私は愚か者よ。決して賢者なんかじゃない」
「……何よ」
「そんな愚かな私でも、一つだけ思うことがある」
喜媚は黙って話を聞いた。
「貴女達も『家族』だと思っているの。住んでいる所は違えどね」
「ッ!? バ、バッカじゃない! 勝手に思ってればいい!」
「ええ。貴女も貴人も私の大切な『家族』なの。残酷だけど、私は全てを受け入れることしかできない」
「……知らない!」
喜媚は真っ赤になり、部屋から駆けだしていった。
「すいません、紫さん」
「いえ、私こそ」
「『家族』ねぇ……いい言葉です」
空気だった美鈴が口を挟んだ。
「そうだな。妖怪なんてものは、そういった甘ったるいモノには程遠い」
「ええ……でもね。私は八雲紫(マエリベリー・ハーン)個人として、全てを受け入れたいの」
貴人は擽ったそうに苦笑した。
「あの子も嬉しい筈です。ただ、自分に素直になれない部分がありまして」
「そう……ごめんなさいね」
「もう、謝んないでください。それより話が着きました」
貴人は書類を広げた。藍の真名の印と貴人、美鈴、そしてスカーレット卿(レミリア、フランの父)の名前で印が押してあった。
「流通、市場、人選等々。様々な分野で協定を結びました。ただ……」
「わかっています。別にウチの看板を背負えなんて言いません。あくまでカルテルですよ」
美鈴が微笑む。
「そういえば、藍と橙は?」
「私のビルです。橙は部隊の連中と打ち上げをしています。
藍さんは……お墓に」
「……そう」
『お墓』。
紫は知っている。藍は実家へ戻るたび、愛した者たちの下へ『墓』参りに行っていることを。
「主治医は明日にでも退院可能と言っていました」
「わかった。明後日には此処を発つから、二人に伝えておいて」
「任されました。では貴人。行きましょう」
「ああ。紫さん」
「何?」
貴人は再び苦笑した。
「できることなら……次は二人、いや三人一緒に蓬莱へ来て下さいね」
「ええ。大丈夫よ。貴女達もいつか幻想郷へ遊びに来てね」
「……『いつか』、ですね」
そして二人は出て行った。
一人、病室に残る。再び途中まで読んでいた本に目を戻した。
「青いバラ、か……」
ある一言が目に留まる。最近、培養に成功したらしい。
不可能から奇跡へ……ね。
頭に浮かんだことを、机に置いていたノートに書き込んだ。そして、口ずさむ。
「―――~~~……♪」
観客のいない病室に、美しいソプラノボイスが響き渡った。
* * * * * * * * * * * * * * * *
二日後、四名は北京空港にいた。
男装した藍と美鈴。大きな帽子とサングラスで変装(?)している紫。そして子供服を着た橙。
見送りは美鈴の部下数名と貴人が来ていた。
「皆さん、本当に御迷惑おかけしました」
紫が最後の挨拶をする。
「貴人。また暫く宜しくな」
「はい、お任せ下さい」
「……やはり喜媚は来なかったか」
「スイマセン……」
「いいんだ。宜しく言っといてくれ」
二人は苦笑するしかなかった。
「隊長。いずれまた」
「ええ。近いうちに」
「両腕は別ルートで送っておきます。今は義手でご勘弁を」
「宜しくね」
美鈴は軽く敬礼し、ゲートへ向かって行った。
「じゃ、私達も行きましょう」
「「はい」」
見送りに手を振り、ゲートへ―――
「八雲のババア! チビ!」
向かおうとした時だった。後ろから大声がした。
ホールにいた全ての人が声の下を向く。
喜媚。
遠くから声を張り上げた後、此方に向かってダッシュしてきた。
「はぁ、はぁ……忘れもんよ」
鞄からそれを出し、二人に突き付けた。
「あ、帽子」
「ありがとう……喜媚」
「フンッ。ババア! 今度―――」
紫に頬を抓られた。スンゴイ勢いで。
「お・ね・え・さ・ん。ね?」
「いだだぃ……八雲紫! 今度、姐様を泣かせたら、殺しに行く。覚えておけ」
「……ええ。お願いするわ。きっと殺して頂戴」
「う……」
予想外の返答に戸惑う喜媚。言葉ではコイツに勝てないと知り、今度は橙の方を向いた。
「おい、チビ」
「橙です。喜媚さん」
「チビで十分だ……お前が使った符、余ってないの」
「え?」
ボソボソ赤面し、呟く喜媚。
「だから、あの何たらカードって奴だよ!」
「スペカ? あるけど……」
「一枚……くれないかしら……」
「どうして?」
よくわからないと、問い質す橙。
「次会う時は……私もそれで戦ってあげる。勉強しとくから、一枚欲しいっていってるの! わかった!?」
「え、ああ。うん。どうぞ」
「あ、ありがと……次は負けないからね」
「喜媚さん……またね!」
「え、ええ。またいつか」
一同真っ赤な喜媚をニヤニヤ見ていた。バツが悪くなった喜媚は貴人の後ろに隠れた。
そして、四人は日本へ……幻想郷に戻った。
* * * * * * * * * * * * * * * *
幻想郷、逢い魔が時、博麗神社。
四人は日本に戻り次第、直ぐに幻想郷に戻った。
紫(メリー)の部屋からではなく、正規のルートで帰って来た。
紫が万全ではないので部屋からパスを繋ぐことができなかったのだ。そこで藍の力で日本に幾つかある幻想郷へのルート、中でも主要である『博麗神社』を通って、帰って来たのである。
橙は気が付くと、知っている博麗神社の鳥居の下にいた。
そのまま神社へと向かう。
「あら……お帰り」
「ええ、只今」
掃き掃除をしていた霊夢が四名に声をかけた。
「藍も、お早いお帰りで」
「そういうな……迷惑かけたな」
「私は別に。紫、お土産は?」
「現金ね……はい」
お菓子を投げてやる。目の色を変えて箱に喰いつく霊夢。コンビニで買ったお菓子とも知らずに。
外の音を聞きつけ、魔理沙と萃香が神社から出て来た。
「おう! 橙、やったか?」
「うん」
魔理沙のハニカミにVサインで返答する橙。魔理沙は後ろの……黒服二人に気付いた。
「だ、誰だお前ら?!」
「魔理沙。美鈴と藍だよ」
「へ……中国? 藍?」
萃香に教えられ、さらに驚く。
「なんで男の恰好なんかしてるんだ?」
「色々あったのよ。はい、お土産」
「お、おう。ありがと」
中国産の松茸(数本入り)を渡してやる。イヤッホーッ! と大喜び。茸マニアが……
萃香はホッとした表情で紫に告げた。
「終わったんだね?」
「ええ、心配かけたわね」
「いや、別に。長い目で見ようと思ってたからかな。で……」
コイツも土産か。紫は苦笑し、美鈴の方を向いた。
「はい。鬼さん」
「おうよ……紹興酒か。あんがと、美鈴」
「いえいえ。まだありますから、皆さんでどうぞ。あ、あと―――で」
「……あいよ。『気』を使うねぇ。じゃあ、今夜は宴かな」
萃香に耳打ちする美鈴。
そして萃香は霊夢に宴会するぞ、と話を点けに行った。
さて、と四人は次の行動に移ろうとした。美鈴が紫に頼む。
「紫さん。紅魔館までスキマを開いてもらいませんか?」
「あ、うん。謝金と医療費は後ででいい?」
「ええ。じゃあ、橙。また修行しましょう」
「え、あ、うん。程々にお願いします」
「フフフ。じゃ、再見了」
美鈴は紫が開いたスキマへ入っていく。
此方に礼をする美鈴を見て、三人はやっと終わったなと肩を降ろした。
「それじゃ、帰りましょうか」
「「はい」」
長かった夫婦喧嘩もこれにて終了。
帰って三人でお風呂に入って、ご飯食べて、川の字で寝よう。
戻って来た『日常』。三人顔を見合わせ、そして微笑んだ。
紫が開いたマヨヒガ直通のスキマに、仲良く手を繋いで歩を進めた。
「ふふふ」
「どうしたの?」
「帰る場所がある……こんなにうれしいことは無いですね」
「そうね……」
「はい!」
* * *
アナタには、本当の帰る場所がありますか? 在るべき場所がありますか?
もしもあるなら、そこがアナタの拠り所。
忘れないでください。
きっとそこには、大切な人もいるはずです。
もしもないなら、今からでも遅くは無い。自分の在り処を見つけて下さい。
そこがアナタにとって掛け替えのないモノになるはずだから。
私はあります。
大事な二人の家族。何があっても、大切にしたいと思います。
(終わり……?)
紅魔館のその後が気になるww
個人的に藍の本当の姿の部分が気に入りました。
人よりずっと巨大っていうのがいかにも「大妖怪!」っていう感じで。
この星切っての妖怪である事も頷けますねw
それにしても可愛い橙。
そして可愛い性格した喜媚。最後で好感度急上昇でした。
世界観が物凄く特殊に感じました。
幻想郷と外の繋がりがかなりあったり、外に沢山妖怪がいたり、
ここまでぶっ飛んでいるとそれが若干東方味が無くなったことが、違和感を覚えました。
といっても二次創作ですので減点でも何でもなく、問題ないのですが。
幻想郷が幻想郷たらしめるのは排他的でありながらも全てを受け入れる矛盾した印象が…。
面白く、読み応えのある小説でした。ありがとうございましたー。
この世界観でほのぼのした話読みたいです!
壮大なのも好きですが、個人的には前の紅魔館での話くらいのが好きです。
そういえばベアード様等の会合はどうなったんでしょう…
……と言いたいところですがこれってあくまで八雲の話だけのことなので、
そこら中に散りばめられた伏線や設定が早くも次回作への想像を掻き立てます。
読み終わってすぐにこんなことを言うのもなんですが、次の作品も楽しみにしてます。お疲れ様でした。
2番、5番様……美鈴は紅魔家族に美味しく頂かれました。(嘘)
8番様……藍というか『九尾』という存在は、妖怪の中では頂点に立つくらい上位のモノだと思うのです。
橙と喜媚はそりゃもう可愛いですね、はい。
幻想郷はあくまで現代社会の一部だと捉えています。ただ幾つかの力が働いて『隔離的』な場所になっているだけじゃないかと考えます。
紫(メリー)の職業はいずれ守矢組との絡みでばらします。お待ちください。
10番様……気のせいですダヨw
紅魔館は受けいいですね。うれしいです。
会合はどこかで混ぜれたらいいなぁと。すいません。
14番様……はい。そのとおりです。
本当は自分のサイトとか作ってそういうとこで書いた方がいいかなって感じの話なんですが……
作り方わかんないっすw伏線等はいずれ回収します。
最後に。実はまだこの話……続きあります。明日辺りにでも上げれたらいいなぁと思っているのでお待ちください。
あとごめんなさいの連呼はひぐらしを入れたかった作者の気持ちがビンビン伝わってきました
ただ自分はあの場面であれはちょっと違うような気がします←戯れ言
ともあれ面白かったのは確かなのでごちそうさまでした