ある朝、西行寺幽々子がプリンの海で泳ぐ夢から目ざめたとき、自分が布団の中で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。
「あら」
この変身には流石の幽々子も驚いた。
増えた手足をしきりに動かして驚きを表現している。
「お布団がスルスル動いて面白いわ~」
どうやらお楽しみの様である。仰向けのまま掛け布団を上下に動かしてご満悦の様子だ。
布団の次は座布団を足に乗せてくるくる回そうと思ったところで幽々子はあることに気がついた。
「どうしましょう。一人で起きあがれないわ」
行儀良く仰向けで寝る習慣がまさかの仇となった。
慣れていない体のせいか、満足に寝返りも打てない。
「しょうがないわね」
そう言うと幽々子は仰向けのままで体をふわりと浮遊させる。
仰向けのまま飛ぶと気持ち悪くなるのだが、背に腹は代えられないようだ。
幽々子の体が浮かび上がり、床と天井の真ん中のほどの高さまでになる。
さて、体を回転させて仰向きになろう、とした所で、突如幽々子の部屋の障子が開かれた。
「幽々子様ー、朝餉の支度が調いま……」
障子を開いたのは魂魄妖夢。
彼女の不幸は二つある。
一つはいつもは部屋の前から声をかけて開く障子をそのまま開いてしまった事。台所から何度呼んでも返事がないので、まだ寝ているものとばかり思っていたのだ。
そして二つ目は幽々子が仰向けのまま宙に浮いていた事。今や十数本に増えた幽々子の足は妖夢の視線とバッチリ重なっている。
その結果、妖夢は虫になった主、大地を掴めずにワシャワシャと忙しなく動く足、というダブルパンチをいい感じに喰らうことになった。下手をすれば即死である。
「あら妖夢、ちゃんと部屋に入るときは声をかけなくてはダメよ?」
逆さのままで幽々子が叱る。
「もぎゃあああああ!!」
妖夢が意味不明な叫び声を上げ、その後スムーズな流れで白目を剥いて卒倒する。どこに出しても恥ずかしくない見事な気絶であった。
----------------------------------------
「はっ!!」
妖夢が飛び起きる。 視線を部屋に巡らすと、見慣れた家具の配置。
どうやら自分の部屋で寝かされていた様だ。
「妖夢~、起きたの~?」
台所の方から幽々子の声が聞こえる。
自分の寝かされていた布団の横には水の張ったタライ、額に手をやると濡れた手拭いが置かれていた。
どうやら自分は気絶していたらしい。
「夢…、だったのかな」
先ほどは宇宙人も逃げ出すような姿の主を見た気がする。
しかし冷静に考えれば、そんな姿になった幽々子が妖夢を部屋まで運べるはずもない。きっと夢オチなのだ。
「妖夢~、もう平気かしら~」
廊下の方から間延びした主の声が聞こえてくる。
主の手を煩わせてしまった、ということを思いだして妖夢は失態を恥じる。
「幽々子様、ご迷惑をお掛けいたしま…」
途中まで口に出した所で障子の陰から幽々子が現れる。
そこには元気に床を這い回る幽々子虫の姿が!!
妖夢は再び気絶した。
----------------------------------------
どうしてこうなった。妖夢は心の中で嘆いた。
当の本人である幽々子は廊下で日向ぼっこを楽しんでいる。特に危機感はないようだ。
「どうしてこうなった…ッ」
今度はハッキリと口に出している。
聞けば目が覚めると虫だったらしい。
朝起きてカレンダーをめくり、自分が魔法使いになっていたことに気づく、ということはよくあるが、虫になることなど聞いたこともない。
兎に角、幽々子が虫になってしまったことは事実なのだ。
麗しきムチムチボディは一晩のうちに失われ、今や残っているのはムシムシボディ。
このままでは幽々子の評判は低下し、一部のマニアックな層からの支持がうなぎ登りになるだろう。
彼らは、少年のような瞳で多足の美しさを語り出す不思議生物である。
それはよろしくない。実によろしくない。
妖夢は従者として、この問題は早急に解決すべきだと考えた。
「幽々子様! 日向ぼっこしている暇ではありません! 事は一刻を争います!!」
「あら妖夢、やる気満々ね」
「任せてください!!」
"斬ればわかる"を信条にした名探偵誕生の瞬間である。馬鹿に刃物を持たせてはいけない。
「それで幽々子様、何か虫になった心当たりはないのですか?」
「それが、やっぱりないのよね~」
妖夢は目を閉じてしばし思案する。
そのまま十秒ほど考え込んだかと思うと、カッ!と目を見開いた。
「分かりました! 謎は全て解けました!」
「あら~、ホント?」
「モチロンです」
妖夢は鼻高々な様子で語り出す。
「ズバリ、犯人は――」
「犯人は?」
「紫様です!」
"犯人=紫説"は二次創作界隈が作り上げた鉄板の法則である。
この説の支持者は、個人単位での異変では紫、社会単位の異変では守矢神社の二柱を犯人の名前として挙げる。
新作に対応しきれないのでは。といった批判を多く受けるが。支持者は耳をふさぐという画期的手段によって批判を回避することに成功している。どうやら妖夢も伝統説を重んじているようだ。
「それはないと思うわよ~」
あっさりと一刀両断にされた。
「な、なぜですか幽々子様? 一晩でこんなことが出来る者なんて幻想郷にも限られています!」
「確かに紫なら可能でしょうけど、彼女の仕業なら気づけると思うの。それに――」
「それに?」
「紫なら、虫とかじゃなくて、タヌキ辺りに変身させるんじゃないかしら」
たぬき?
妖夢は理解できなかった様子だが無理もない。
八雲紫は知る人ぞ知る幻想郷の尻尾フェチストである。
動物耳でも白米三杯食べられるが、動物尻尾であれはタイ米十杯は軽い。それほど尻尾を愛しているのだ。
ちなみに最近は博麗霊夢に犬尻尾を装着させるために策を練っているが、すべて事前に発覚し、その度にマウント状態からビンタを浴びせられているため、コラージュ画像を作り欲望を昇華させる日々が続いているらしい。
当然、妖夢はそんなことを知る由もない。
「兎に角、紫は関係ないと思うわ」
推理を完全に打ち砕かれた妖夢は「ぐぬぬ」と唸りながら悔しそうにしている。かわいい。
「そ、そうだ。以前の永夜異変の時に見かけた蟲の妖怪! きっと幽々子様を同族に取り入れて、昆虫族による覇権を築くつもりです! 奴を犯人ということにしてはどうでしょうか!」
ヒートアップした妖夢の中での目的は、既に犯人捜しから犯人作りにシフトしていた。
「んー…、そうねぇ、ありえなくはないけど…」
「ですよね! では早速犯人を尋問して参ります!!」
言うが早いか妖夢は外へと飛び出していった。
実直すぎるのも考え物だ。まぁ、それがあの子の良いところか。
そんなことを考えながら幽々子は先に一人で朝食を食べておくことにした。
----------------------------------------
昼過ぎ。
リグル宅のドアが激しく叩かれる。死神だってもう少しエレガントにノックするだろう。
ちなみに本職の死神は珍しく膨大な仕事を処理している最中であり、三日徹夜した後にスピード違反で免停を喰らった様な顔をしていた、ほとんど死んでいる。
「はーい! どなたですかー?」
リグルが住む家は大木を改装して造られた物だ。
あまり扉を叩かれると壊れる可能性があるので慌てて返事をした。
「リグル・ナイトバグ! 御用改めである! ここを開けろ!」
リグルは即座に平穏な一日の崩壊を確信した。
まず、"今日の運勢はバッチリ"と予言した占い雑誌を八つ裂きにしてから扉に向き合う。
確かこの声は冥界に住む庭師の物だ。冥界の住人には良い思い出はない。
「か、鍵はかかっていません」
そう答えると、ノックが止んだ。
まさかいきなり荒事にはならないだろう。
そう考えて、とりあえず迎え入れることにしたのだ。
ゆっくりと扉が開かれる。
扉の向こうから現れたのは、抜き身の刀を手にした修羅であった。
荒事を飛び越えて、約束される惨劇。
助けて吉田先生。
「リグル・ナイトバグ、神妙にお縄につけ…」
リグルは少しだけ安心した。
一言目は「首置いてけ」だと予想していたが、思ったよりも平和的な言葉だ。
なんとか話し合いに持ち込めるかも知れない。
「抵抗すれば首から上だけを持ち帰る」
リグルは恐怖した。
もし抗弁の言葉が抵抗と見なされれば、頭と体がロング・グッドバイすることになる。
しかし口を開かない訳にはいかない。
"話は署で聞く"
という言葉の先にあるのは、何時だって臭い飯だ。まさにここは運命の岐路であった。
「ま、待って下さい」
こちらに近づく妖夢の動きが止まる。
「なんの容疑か分かりませんが、きっと誤解です! 落ち着いて下さい!」
妖夢の相貌がリグルを睨みつける。確実に五人は殺してる眼だ。
「しらばっくれるな…。我が主、幽々子様の姿を虫に変えたのは貴様だろう。証拠もあるのだ」
そんな馬鹿な、無実の罪に証拠など存在する筈がない。
「う、嘘だ。証拠なんかある筈ない! そんな物があるなら出してみろ!」
「言ったな…?」
えっ?
「"証拠を出せ"という言葉は犯人の決まり文句だ。もう言い逃れはできんぞ…」
なんという誘導尋問。
無から犯人を作りあげる悪魔の探偵術である。
「知らない! 知らないってば! 私は寒いから外にも出たくないんだ! わざわざこんな時期に冥界のお姫様に手を出したりしないよ!!」
「む……」
ようやくまともに意見が通った。
季節は冬。
この季節は活動しない虫が多い。そんな時に天敵に挑むほど愚かではない。
「それに、私は誰かを虫に変えたりはできないよ。まだ竹林の薬師とかの方が怪しいって」
見知らぬ誰かを生贄に平穏な時間を召喚する。
弱ければこその処世術だ。
「確かに…」
どうやら納得したらしい。心の中で、帰れコールが鳴り響く。
願いが通じたのか、妖夢は扉に近づいて行く。
と、思ったらこちらを向いて口を開いた。
「今日は去るが、先程の言葉に偽りがあれば覚悟しておけ。この楼観剣を貴様に突き立て、角の数を四本にしてやるぞ」
もう誰もが忘れたような男の娘ネタほじくり返して妖夢は帰って行った。
とりあえず命だけは助かった。今日ばかりは名も知らぬ蓬莱人と神に感謝しても良い。
苦難を乗り越え、身も心も疲れ切ったリグルは、日記に
「私は女だ」
とだけ記して、今日は一人泣きながら寝ることにした。
----------------------------------------
「…只今戻りました」
妖夢が白玉楼に帰る頃には、すっかり日も暮れ、西日が差し込む時間となっていた。
あの後、永遠亭、紅魔館など、怪しい場所は一通り走り回ったが、犯人は見つからなかった。
妖夢は我が身の無力さを恥じる。
主の危機に私は何もできないのか――。
そんな考えが頭から離れてくれない。
「ようむ~」
居間から間延びした声が聞こえる。
とりあえず報告をせねば。
そう思い、妖夢は廊下を急ぎ足で渡る。
「申し訳御座いません幽々子様…、大変遅くなりました」
妖夢がそう言って居間の障子を開けるが、床の上に主の姿はなかった。
その代わり、壁を見ると大きな饅頭の様なものが貼り付いている。
「お~か~え~り~」
饅頭から声が聞こえる。
どうやら幽々子が壁に貼り付いているらしい。
妖夢は少し驚いたが、虫ならば別に不思議なことではないのか、と考え、とりあえず報告を済ませる。
「幽々子様、本日リグル・ナイトバグ、八意永琳、パチュリー・ノーレッジなどを詰問して参りましたが、それらしい収穫は得られませんでした…。最後に博麗神社にも向かいましたが、霊夢も動いていないため、異変でもない様です…」
妖夢は様々な場所を廻ったが犯人はおろか、幽々子を元通りの姿に戻す方法すら見つけられなかった。
薬師には病ではないと断言され、魔女には原因が分からなければ対処はできないと断られた。紫に至っては見つけることすらできなかった。
「あ~ら~、そうなの~」
「……?」
妖夢は主の言葉に違和感を感じる。普段からのんびりした御方だが、この様な喋り方だっただろうか。単に眠いだけか?
「ゆ、幽々子様、どうかなさいましたか?」
「べつに~、なんでもな~い~わ~」
幽々子がそう言うのであれば妖夢はそれ以上の追求はできない。
何もできない。
意気込んで飛び出しても、解決の糸口すら掴むことはできなかった。
悩めば悩むほどに無力感が強く感じられる。
主の危機だというのに、自分は何の力にもなれないのだ。
「幽々子様……」
妖夢は下唇を強く噛む。
「申し訳ありません…ッ。私がもっとしっかりしていれば…!」
握り締めた手に血が滲む。
魂魄妖夢は誰よりも真っ直ぐに主に仕えている。
それゆえに身に掛かる責任を誰よりも重く受け止める。
白玉楼の剣士
魂魄
たった一人の幽々子の従者
想いは人を突き動かす力になる。
しかし、時には押しつぶされそうになることだってあるのだ。
妖夢の頬を確かに一筋の涙が伝う。
「私は!何一つ幽々子様のお役に――」
ぺちゃっ
気の抜けた音が部屋に響く。
妖夢が顔を上げると、幽々子が床の上で仰向けになっていた。
どうやら壁に貼り付いていた幽々子が床に落ちたらしい。
「妖夢、妖夢、起こして頂戴」
「はッ、はい」
妖夢が幽々子を抱き起こす。触り心地は意外と柔らかくもにもにしていた。
「妖夢」
体を起こした幽々子が語りかける。
「あなたはとても真っ直ぐに私を見てくれるし、私の期待に応えようとしてくれるわ。あなたが私を見ていてくれるから、私は私でいることができるのよ。――だから、妖夢」
幽々子の瞳は真っ直ぐに妖夢を映す。
「今日は本当にお疲れ様」
優しく微笑んでそう言った。
----------------------------------------
「よし!!」
妖夢は自分の頬を張って、出掛ける準備をする。
「あら、どこか行くの妖夢~?」
フヨフヨと浮いたまま幽々子が顔を出す。どうやら這うより浮いた方が楽らしい。
「はい! 一刻も早く幽々子様を元の姿に戻せるよう、もう一度調査に行って参ります!!」
「あら、駄目よ~」
駄目らしい。
妖夢のモチベーションがへし折れる。
「な、なぜですか!?」
「んー、多分だけどね、元に戻る方法が分かったからよ~」
驚愕の表情で妖夢が固まる。
「でも今日中には元に戻れないと思うわ~。それより妖夢」
「あ、はい」
妖夢が動き出す。
いまいち事態に追いつけていない様子だ。
「たまっていたお仕事は片づいた~?」
ここにいう仕事とは霊たちの管理の事である。
本来は幽々子が管理することになっている霊だが、冥界に霊が大量発生する時期には、妖夢が霊の情報をまとめる仕事を手伝う。霊の数は膨大であり冥界のあちこちに居るため、妖夢の仕事は主の仕事量より多くなってしまうのだ。
そして今は師走の末。一年で一番多く霊が増える時期だ。
「は、はい。昨日のうちに片付きました。今日が二十六日なので、霊の数は次第に減っていくと思います」
「あら~、それは良かったわ~」
幽々子はニコニコと笑っている。
「それじゃあ妖夢、今から夕食を作って頂戴。二人で一緒に食べましょう」
妖夢が激務に追われるうちは、同じ卓を囲むこともできなかった。
二人で食事するなんて久々のことだ。
「えっと…、分かりました。しばらくお待ちください」
「お願いね~」
妖夢はいまいち納得できないが、夕食の準備に取りかかる。
幽々子を元に戻すことを優先したい気持ちもあったが、他ならぬ主の命令であれば聞くしかない。
それに、妖夢も久々に幽々子と食事をしたいという気持ちが少なからずあったのだ。
「ごちそうさま~。妖夢、美味しかったわ」
「い、いえ、そんな…」
いつも言われている言葉だが、今日は不思議とくすぐったい。
虫になった主の口に合うか心配だったが、幽々子は問題なくすべて平らげた。
「さて、お腹も一杯になったことだし、妖夢――」
「はいッ!」
妖夢は意気込んで立ち上がる。
ようやく幽々子を助けることができるのだ!
「寝ましょう」
妖夢は全身全霊でコケた。
気合一閃、立ち上がった勢いはすべて転倒のために使われ、空中で三回転してから落下することになった。
庭先の霊たちも文句なしの10.0を上げる。
そんな妖夢にお構いなく、幽々子は部屋を出ていく。
「お、お待ちください幽々子様」
妖夢が起き上がりながら幽々子を呼び止める。
「元に戻る方法が分かったのであれば、何かお申し付けください! 私は少しでも幽々子様のお力になりたいのです!」
そう言うと、幽々子がこちらを振り返る。
「あら妖夢、さっきも言ったじゃない。あなたにはすごく助けられてるって。むしろ今日は働きすぎなぐらいよ」
「しかし――、」
「いいのよ妖夢、明日も早いわ。今日はもう休みましょう」
そう言うと、幽々子はさっさと自室に戻ってしまった。
本人が寝てしまったのでは、妖夢にできることはない。
明日の朝一番に動き出そう。
そう心に決め、妖夢も少し早めの床に着くことにした。
----------------------------------------
だんだんだんだんだん!!
早朝の白玉楼、廊下を走る音が響く。
走るのは魂魄妖夢その人である。
幽々子の部屋の前でその足が止まる。
「失礼いたします!」
大声で呼びかけるとほぼ同時に障子を左右に開く。スッパーン。
「幽々子様! 起きてください! 今日こそ元の姿に戻――…」
障子を開け放った先には昨日と同じく布団がある。
その布団から、スラリと長いものが延びている。
それは美しく白い……足…?
布団がモゾモゾと動き、布団がめくれる。
そこにあったのは、二つのマウンテン、雪が羨む白い肌、秘密の花園、誰もが見惚れるワガママボディ。
生まれたままの幽々子の姿があった。
当然、妖夢は鼻血を噴いて気絶した。
----------------------------------------
「結局何だったんですか」
幽々子が縁側で雪見酒を始めると、横に付き添う妖夢が口を開いた。
「何って何が?」
「とぼけないでください!」
妖夢は床をバンバン叩いて怒る。
「何で虫なんかに変身してたんですか! しかも勝手に戻っちゃうし! 苦労して走り回った私の身にもなってください!」
「あら妖夢、私が元に戻らない方が良かったの?」
幽々子が妖しく笑う。
「う…、そんなことはないです」
遊ばれていることに気づかず、妖夢は少し申し訳なさそうにしている。
幽々子はそれを見て、やはり楽しそうにする。
「それに妖夢、別にあなたの苦労が無駄になったわけではないわ」
「え?」
驚いた顔を見せる。心なしか少し嬉しそうでもある。
「妖夢、ひとつだけ教えてあげるわ。私が虫になったのはね――」
「はい…」
妖夢の顔が、ずいっ、と近づく。愛らしい顔だ。
「寂しかったからよ」
「えー…」
明らかに疑った顔をしている。
声に出すなら、うっそだー、とでも言そうな表情だ。
「あら、本当よ? だって最近妖夢ってば仕事ばっかりで、一緒に食事もできないんだもの、すごく寂しかったわ~」
「そ、それはそうですが…」
やはり寂しいだけで虫に変身することなど信じられない、という顔をしている。
まぁ分からないのであればそれで良い、そういうこともあるだろう。
幽々子が手にしていた猪口を盆の上に置く。
すると突然に振り返り、腕を伸ばして妖夢の体を抱き寄せた。
触れ合うほどに顔と顔が近づく。
「だから妖夢、あなたはずっと私の傍にいて頂戴。決して私を見逃しては駄目よ?」
幽々子は妖夢の瞳を覗き込む。未熟で、幽やかで、それでいて強い。宝石に勝る美しい瞳。
「は、はい。必ず…、この身に代えても、御身を御守りいたします」
ぎこちなく答える、頬は羞恥で真っ赤に染まっている。
しかし、目だけは確かに幽々子を見つめていた。
その瞳は、真っ直ぐに、はっきりと幽々子の形を映している。
「あら」
この変身には流石の幽々子も驚いた。
増えた手足をしきりに動かして驚きを表現している。
「お布団がスルスル動いて面白いわ~」
どうやらお楽しみの様である。仰向けのまま掛け布団を上下に動かしてご満悦の様子だ。
布団の次は座布団を足に乗せてくるくる回そうと思ったところで幽々子はあることに気がついた。
「どうしましょう。一人で起きあがれないわ」
行儀良く仰向けで寝る習慣がまさかの仇となった。
慣れていない体のせいか、満足に寝返りも打てない。
「しょうがないわね」
そう言うと幽々子は仰向けのままで体をふわりと浮遊させる。
仰向けのまま飛ぶと気持ち悪くなるのだが、背に腹は代えられないようだ。
幽々子の体が浮かび上がり、床と天井の真ん中のほどの高さまでになる。
さて、体を回転させて仰向きになろう、とした所で、突如幽々子の部屋の障子が開かれた。
「幽々子様ー、朝餉の支度が調いま……」
障子を開いたのは魂魄妖夢。
彼女の不幸は二つある。
一つはいつもは部屋の前から声をかけて開く障子をそのまま開いてしまった事。台所から何度呼んでも返事がないので、まだ寝ているものとばかり思っていたのだ。
そして二つ目は幽々子が仰向けのまま宙に浮いていた事。今や十数本に増えた幽々子の足は妖夢の視線とバッチリ重なっている。
その結果、妖夢は虫になった主、大地を掴めずにワシャワシャと忙しなく動く足、というダブルパンチをいい感じに喰らうことになった。下手をすれば即死である。
「あら妖夢、ちゃんと部屋に入るときは声をかけなくてはダメよ?」
逆さのままで幽々子が叱る。
「もぎゃあああああ!!」
妖夢が意味不明な叫び声を上げ、その後スムーズな流れで白目を剥いて卒倒する。どこに出しても恥ずかしくない見事な気絶であった。
----------------------------------------
「はっ!!」
妖夢が飛び起きる。 視線を部屋に巡らすと、見慣れた家具の配置。
どうやら自分の部屋で寝かされていた様だ。
「妖夢~、起きたの~?」
台所の方から幽々子の声が聞こえる。
自分の寝かされていた布団の横には水の張ったタライ、額に手をやると濡れた手拭いが置かれていた。
どうやら自分は気絶していたらしい。
「夢…、だったのかな」
先ほどは宇宙人も逃げ出すような姿の主を見た気がする。
しかし冷静に考えれば、そんな姿になった幽々子が妖夢を部屋まで運べるはずもない。きっと夢オチなのだ。
「妖夢~、もう平気かしら~」
廊下の方から間延びした主の声が聞こえてくる。
主の手を煩わせてしまった、ということを思いだして妖夢は失態を恥じる。
「幽々子様、ご迷惑をお掛けいたしま…」
途中まで口に出した所で障子の陰から幽々子が現れる。
そこには元気に床を這い回る幽々子虫の姿が!!
妖夢は再び気絶した。
----------------------------------------
どうしてこうなった。妖夢は心の中で嘆いた。
当の本人である幽々子は廊下で日向ぼっこを楽しんでいる。特に危機感はないようだ。
「どうしてこうなった…ッ」
今度はハッキリと口に出している。
聞けば目が覚めると虫だったらしい。
朝起きてカレンダーをめくり、自分が魔法使いになっていたことに気づく、ということはよくあるが、虫になることなど聞いたこともない。
兎に角、幽々子が虫になってしまったことは事実なのだ。
麗しきムチムチボディは一晩のうちに失われ、今や残っているのはムシムシボディ。
このままでは幽々子の評判は低下し、一部のマニアックな層からの支持がうなぎ登りになるだろう。
彼らは、少年のような瞳で多足の美しさを語り出す不思議生物である。
それはよろしくない。実によろしくない。
妖夢は従者として、この問題は早急に解決すべきだと考えた。
「幽々子様! 日向ぼっこしている暇ではありません! 事は一刻を争います!!」
「あら妖夢、やる気満々ね」
「任せてください!!」
"斬ればわかる"を信条にした名探偵誕生の瞬間である。馬鹿に刃物を持たせてはいけない。
「それで幽々子様、何か虫になった心当たりはないのですか?」
「それが、やっぱりないのよね~」
妖夢は目を閉じてしばし思案する。
そのまま十秒ほど考え込んだかと思うと、カッ!と目を見開いた。
「分かりました! 謎は全て解けました!」
「あら~、ホント?」
「モチロンです」
妖夢は鼻高々な様子で語り出す。
「ズバリ、犯人は――」
「犯人は?」
「紫様です!」
"犯人=紫説"は二次創作界隈が作り上げた鉄板の法則である。
この説の支持者は、個人単位での異変では紫、社会単位の異変では守矢神社の二柱を犯人の名前として挙げる。
新作に対応しきれないのでは。といった批判を多く受けるが。支持者は耳をふさぐという画期的手段によって批判を回避することに成功している。どうやら妖夢も伝統説を重んじているようだ。
「それはないと思うわよ~」
あっさりと一刀両断にされた。
「な、なぜですか幽々子様? 一晩でこんなことが出来る者なんて幻想郷にも限られています!」
「確かに紫なら可能でしょうけど、彼女の仕業なら気づけると思うの。それに――」
「それに?」
「紫なら、虫とかじゃなくて、タヌキ辺りに変身させるんじゃないかしら」
たぬき?
妖夢は理解できなかった様子だが無理もない。
八雲紫は知る人ぞ知る幻想郷の尻尾フェチストである。
動物耳でも白米三杯食べられるが、動物尻尾であれはタイ米十杯は軽い。それほど尻尾を愛しているのだ。
ちなみに最近は博麗霊夢に犬尻尾を装着させるために策を練っているが、すべて事前に発覚し、その度にマウント状態からビンタを浴びせられているため、コラージュ画像を作り欲望を昇華させる日々が続いているらしい。
当然、妖夢はそんなことを知る由もない。
「兎に角、紫は関係ないと思うわ」
推理を完全に打ち砕かれた妖夢は「ぐぬぬ」と唸りながら悔しそうにしている。かわいい。
「そ、そうだ。以前の永夜異変の時に見かけた蟲の妖怪! きっと幽々子様を同族に取り入れて、昆虫族による覇権を築くつもりです! 奴を犯人ということにしてはどうでしょうか!」
ヒートアップした妖夢の中での目的は、既に犯人捜しから犯人作りにシフトしていた。
「んー…、そうねぇ、ありえなくはないけど…」
「ですよね! では早速犯人を尋問して参ります!!」
言うが早いか妖夢は外へと飛び出していった。
実直すぎるのも考え物だ。まぁ、それがあの子の良いところか。
そんなことを考えながら幽々子は先に一人で朝食を食べておくことにした。
----------------------------------------
昼過ぎ。
リグル宅のドアが激しく叩かれる。死神だってもう少しエレガントにノックするだろう。
ちなみに本職の死神は珍しく膨大な仕事を処理している最中であり、三日徹夜した後にスピード違反で免停を喰らった様な顔をしていた、ほとんど死んでいる。
「はーい! どなたですかー?」
リグルが住む家は大木を改装して造られた物だ。
あまり扉を叩かれると壊れる可能性があるので慌てて返事をした。
「リグル・ナイトバグ! 御用改めである! ここを開けろ!」
リグルは即座に平穏な一日の崩壊を確信した。
まず、"今日の運勢はバッチリ"と予言した占い雑誌を八つ裂きにしてから扉に向き合う。
確かこの声は冥界に住む庭師の物だ。冥界の住人には良い思い出はない。
「か、鍵はかかっていません」
そう答えると、ノックが止んだ。
まさかいきなり荒事にはならないだろう。
そう考えて、とりあえず迎え入れることにしたのだ。
ゆっくりと扉が開かれる。
扉の向こうから現れたのは、抜き身の刀を手にした修羅であった。
荒事を飛び越えて、約束される惨劇。
助けて吉田先生。
「リグル・ナイトバグ、神妙にお縄につけ…」
リグルは少しだけ安心した。
一言目は「首置いてけ」だと予想していたが、思ったよりも平和的な言葉だ。
なんとか話し合いに持ち込めるかも知れない。
「抵抗すれば首から上だけを持ち帰る」
リグルは恐怖した。
もし抗弁の言葉が抵抗と見なされれば、頭と体がロング・グッドバイすることになる。
しかし口を開かない訳にはいかない。
"話は署で聞く"
という言葉の先にあるのは、何時だって臭い飯だ。まさにここは運命の岐路であった。
「ま、待って下さい」
こちらに近づく妖夢の動きが止まる。
「なんの容疑か分かりませんが、きっと誤解です! 落ち着いて下さい!」
妖夢の相貌がリグルを睨みつける。確実に五人は殺してる眼だ。
「しらばっくれるな…。我が主、幽々子様の姿を虫に変えたのは貴様だろう。証拠もあるのだ」
そんな馬鹿な、無実の罪に証拠など存在する筈がない。
「う、嘘だ。証拠なんかある筈ない! そんな物があるなら出してみろ!」
「言ったな…?」
えっ?
「"証拠を出せ"という言葉は犯人の決まり文句だ。もう言い逃れはできんぞ…」
なんという誘導尋問。
無から犯人を作りあげる悪魔の探偵術である。
「知らない! 知らないってば! 私は寒いから外にも出たくないんだ! わざわざこんな時期に冥界のお姫様に手を出したりしないよ!!」
「む……」
ようやくまともに意見が通った。
季節は冬。
この季節は活動しない虫が多い。そんな時に天敵に挑むほど愚かではない。
「それに、私は誰かを虫に変えたりはできないよ。まだ竹林の薬師とかの方が怪しいって」
見知らぬ誰かを生贄に平穏な時間を召喚する。
弱ければこその処世術だ。
「確かに…」
どうやら納得したらしい。心の中で、帰れコールが鳴り響く。
願いが通じたのか、妖夢は扉に近づいて行く。
と、思ったらこちらを向いて口を開いた。
「今日は去るが、先程の言葉に偽りがあれば覚悟しておけ。この楼観剣を貴様に突き立て、角の数を四本にしてやるぞ」
もう誰もが忘れたような男の娘ネタほじくり返して妖夢は帰って行った。
とりあえず命だけは助かった。今日ばかりは名も知らぬ蓬莱人と神に感謝しても良い。
苦難を乗り越え、身も心も疲れ切ったリグルは、日記に
「私は女だ」
とだけ記して、今日は一人泣きながら寝ることにした。
----------------------------------------
「…只今戻りました」
妖夢が白玉楼に帰る頃には、すっかり日も暮れ、西日が差し込む時間となっていた。
あの後、永遠亭、紅魔館など、怪しい場所は一通り走り回ったが、犯人は見つからなかった。
妖夢は我が身の無力さを恥じる。
主の危機に私は何もできないのか――。
そんな考えが頭から離れてくれない。
「ようむ~」
居間から間延びした声が聞こえる。
とりあえず報告をせねば。
そう思い、妖夢は廊下を急ぎ足で渡る。
「申し訳御座いません幽々子様…、大変遅くなりました」
妖夢がそう言って居間の障子を開けるが、床の上に主の姿はなかった。
その代わり、壁を見ると大きな饅頭の様なものが貼り付いている。
「お~か~え~り~」
饅頭から声が聞こえる。
どうやら幽々子が壁に貼り付いているらしい。
妖夢は少し驚いたが、虫ならば別に不思議なことではないのか、と考え、とりあえず報告を済ませる。
「幽々子様、本日リグル・ナイトバグ、八意永琳、パチュリー・ノーレッジなどを詰問して参りましたが、それらしい収穫は得られませんでした…。最後に博麗神社にも向かいましたが、霊夢も動いていないため、異変でもない様です…」
妖夢は様々な場所を廻ったが犯人はおろか、幽々子を元通りの姿に戻す方法すら見つけられなかった。
薬師には病ではないと断言され、魔女には原因が分からなければ対処はできないと断られた。紫に至っては見つけることすらできなかった。
「あ~ら~、そうなの~」
「……?」
妖夢は主の言葉に違和感を感じる。普段からのんびりした御方だが、この様な喋り方だっただろうか。単に眠いだけか?
「ゆ、幽々子様、どうかなさいましたか?」
「べつに~、なんでもな~い~わ~」
幽々子がそう言うのであれば妖夢はそれ以上の追求はできない。
何もできない。
意気込んで飛び出しても、解決の糸口すら掴むことはできなかった。
悩めば悩むほどに無力感が強く感じられる。
主の危機だというのに、自分は何の力にもなれないのだ。
「幽々子様……」
妖夢は下唇を強く噛む。
「申し訳ありません…ッ。私がもっとしっかりしていれば…!」
握り締めた手に血が滲む。
魂魄妖夢は誰よりも真っ直ぐに主に仕えている。
それゆえに身に掛かる責任を誰よりも重く受け止める。
白玉楼の剣士
魂魄
たった一人の幽々子の従者
想いは人を突き動かす力になる。
しかし、時には押しつぶされそうになることだってあるのだ。
妖夢の頬を確かに一筋の涙が伝う。
「私は!何一つ幽々子様のお役に――」
ぺちゃっ
気の抜けた音が部屋に響く。
妖夢が顔を上げると、幽々子が床の上で仰向けになっていた。
どうやら壁に貼り付いていた幽々子が床に落ちたらしい。
「妖夢、妖夢、起こして頂戴」
「はッ、はい」
妖夢が幽々子を抱き起こす。触り心地は意外と柔らかくもにもにしていた。
「妖夢」
体を起こした幽々子が語りかける。
「あなたはとても真っ直ぐに私を見てくれるし、私の期待に応えようとしてくれるわ。あなたが私を見ていてくれるから、私は私でいることができるのよ。――だから、妖夢」
幽々子の瞳は真っ直ぐに妖夢を映す。
「今日は本当にお疲れ様」
優しく微笑んでそう言った。
----------------------------------------
「よし!!」
妖夢は自分の頬を張って、出掛ける準備をする。
「あら、どこか行くの妖夢~?」
フヨフヨと浮いたまま幽々子が顔を出す。どうやら這うより浮いた方が楽らしい。
「はい! 一刻も早く幽々子様を元の姿に戻せるよう、もう一度調査に行って参ります!!」
「あら、駄目よ~」
駄目らしい。
妖夢のモチベーションがへし折れる。
「な、なぜですか!?」
「んー、多分だけどね、元に戻る方法が分かったからよ~」
驚愕の表情で妖夢が固まる。
「でも今日中には元に戻れないと思うわ~。それより妖夢」
「あ、はい」
妖夢が動き出す。
いまいち事態に追いつけていない様子だ。
「たまっていたお仕事は片づいた~?」
ここにいう仕事とは霊たちの管理の事である。
本来は幽々子が管理することになっている霊だが、冥界に霊が大量発生する時期には、妖夢が霊の情報をまとめる仕事を手伝う。霊の数は膨大であり冥界のあちこちに居るため、妖夢の仕事は主の仕事量より多くなってしまうのだ。
そして今は師走の末。一年で一番多く霊が増える時期だ。
「は、はい。昨日のうちに片付きました。今日が二十六日なので、霊の数は次第に減っていくと思います」
「あら~、それは良かったわ~」
幽々子はニコニコと笑っている。
「それじゃあ妖夢、今から夕食を作って頂戴。二人で一緒に食べましょう」
妖夢が激務に追われるうちは、同じ卓を囲むこともできなかった。
二人で食事するなんて久々のことだ。
「えっと…、分かりました。しばらくお待ちください」
「お願いね~」
妖夢はいまいち納得できないが、夕食の準備に取りかかる。
幽々子を元に戻すことを優先したい気持ちもあったが、他ならぬ主の命令であれば聞くしかない。
それに、妖夢も久々に幽々子と食事をしたいという気持ちが少なからずあったのだ。
「ごちそうさま~。妖夢、美味しかったわ」
「い、いえ、そんな…」
いつも言われている言葉だが、今日は不思議とくすぐったい。
虫になった主の口に合うか心配だったが、幽々子は問題なくすべて平らげた。
「さて、お腹も一杯になったことだし、妖夢――」
「はいッ!」
妖夢は意気込んで立ち上がる。
ようやく幽々子を助けることができるのだ!
「寝ましょう」
妖夢は全身全霊でコケた。
気合一閃、立ち上がった勢いはすべて転倒のために使われ、空中で三回転してから落下することになった。
庭先の霊たちも文句なしの10.0を上げる。
そんな妖夢にお構いなく、幽々子は部屋を出ていく。
「お、お待ちください幽々子様」
妖夢が起き上がりながら幽々子を呼び止める。
「元に戻る方法が分かったのであれば、何かお申し付けください! 私は少しでも幽々子様のお力になりたいのです!」
そう言うと、幽々子がこちらを振り返る。
「あら妖夢、さっきも言ったじゃない。あなたにはすごく助けられてるって。むしろ今日は働きすぎなぐらいよ」
「しかし――、」
「いいのよ妖夢、明日も早いわ。今日はもう休みましょう」
そう言うと、幽々子はさっさと自室に戻ってしまった。
本人が寝てしまったのでは、妖夢にできることはない。
明日の朝一番に動き出そう。
そう心に決め、妖夢も少し早めの床に着くことにした。
----------------------------------------
だんだんだんだんだん!!
早朝の白玉楼、廊下を走る音が響く。
走るのは魂魄妖夢その人である。
幽々子の部屋の前でその足が止まる。
「失礼いたします!」
大声で呼びかけるとほぼ同時に障子を左右に開く。スッパーン。
「幽々子様! 起きてください! 今日こそ元の姿に戻――…」
障子を開け放った先には昨日と同じく布団がある。
その布団から、スラリと長いものが延びている。
それは美しく白い……足…?
布団がモゾモゾと動き、布団がめくれる。
そこにあったのは、二つのマウンテン、雪が羨む白い肌、秘密の花園、誰もが見惚れるワガママボディ。
生まれたままの幽々子の姿があった。
当然、妖夢は鼻血を噴いて気絶した。
----------------------------------------
「結局何だったんですか」
幽々子が縁側で雪見酒を始めると、横に付き添う妖夢が口を開いた。
「何って何が?」
「とぼけないでください!」
妖夢は床をバンバン叩いて怒る。
「何で虫なんかに変身してたんですか! しかも勝手に戻っちゃうし! 苦労して走り回った私の身にもなってください!」
「あら妖夢、私が元に戻らない方が良かったの?」
幽々子が妖しく笑う。
「う…、そんなことはないです」
遊ばれていることに気づかず、妖夢は少し申し訳なさそうにしている。
幽々子はそれを見て、やはり楽しそうにする。
「それに妖夢、別にあなたの苦労が無駄になったわけではないわ」
「え?」
驚いた顔を見せる。心なしか少し嬉しそうでもある。
「妖夢、ひとつだけ教えてあげるわ。私が虫になったのはね――」
「はい…」
妖夢の顔が、ずいっ、と近づく。愛らしい顔だ。
「寂しかったからよ」
「えー…」
明らかに疑った顔をしている。
声に出すなら、うっそだー、とでも言そうな表情だ。
「あら、本当よ? だって最近妖夢ってば仕事ばっかりで、一緒に食事もできないんだもの、すごく寂しかったわ~」
「そ、それはそうですが…」
やはり寂しいだけで虫に変身することなど信じられない、という顔をしている。
まぁ分からないのであればそれで良い、そういうこともあるだろう。
幽々子が手にしていた猪口を盆の上に置く。
すると突然に振り返り、腕を伸ばして妖夢の体を抱き寄せた。
触れ合うほどに顔と顔が近づく。
「だから妖夢、あなたはずっと私の傍にいて頂戴。決して私を見逃しては駄目よ?」
幽々子は妖夢の瞳を覗き込む。未熟で、幽やかで、それでいて強い。宝石に勝る美しい瞳。
「は、はい。必ず…、この身に代えても、御身を御守りいたします」
ぎこちなく答える、頬は羞恥で真っ赤に染まっている。
しかし、目だけは確かに幽々子を見つめていた。
その瞳は、真っ直ぐに、はっきりと幽々子の形を映している。
面白かったです
それにしてもリグルが哀れすぎるwww
作品とても面白かったですよ!!
変身は途中で投げちゃったのでオチ知らないんですよね。
悲しむべきは幽々様と同じくらい毛虫が嫌いな事なんだ……
毒虫が毛虫って決まった訳じゃ無いんだが……
幽々様に100点、毛虫に0点。
真ん中の50で如何でしょう。
なんで幽々子が毒虫なんだろう、と思いましたが
元ネタ通りの解釈じゃなかったんですね
意外と題材と合っていて、とても面白かったです
少しはしゃぎすぎのようにも思います。
永琳ひでぇwww
ちなみに、永井豪の漫画にも「変身」を元ネタにしているのがあって、変身の理由を医師が「虫...つまり無視ですね。周囲から無視されたことがきっかけでしょう。」てな解釈をしてました。
面白かったです、リグル不憫だなあ。
輝夜逃げてー!!
しかし、あの出だしをどっかで見たことがあるような…
何はともあれ面白かったです。
ただ、もう少し迷走を楽しみたかったという気持ちもあります。
幽々子さまかわいい。
幽々様にかかるとなんだかほんわかしてしまうなw
地の文と会話のテンションが小気味よく話も面白かった
オチが弱いけどまあこれはこれで