その日は里と博麗さんの神社を往復するだけで終わった。
博麗さんは、それこそ立てば芍薬、座れば牡丹を体現したような方だ。
まず、とても落ち着いた物腰をしている。
常に背筋を伸ばし、端然と社務所の縁側に座っている。話していても全く飽きない。
会話の合間に時折浮かべる笑みもまた好い。
魔法の森の少女が見せる太陽の様な、とはまた違いシクラメンのような趣がある。
博麗さんの笑顔を見たいがためにわざわざ訪れる妖もいるそうだ。
人妖を問わず惹きつけるのが博麗さんであり、私もそのうちの一人だ。
博麗さんは普段は人里に赴くことなく、私の様な仲買人を介して日用品を買う、らしい。
私は博麗さんが里で買い物をしているのを何度も見ている。
どういうことなのかと博麗さんに聞くと、なんでも妖怪の賢者さんが必ず仲介人を通すよう言っているらしい。
なんでも中立がどうのこうのだとか。よくわからないが事情があるようだ。
博麗さんは自分で足を運んで買い物をすることが好きだと言った。
私も自分で品物を見定めることはとても良いことだと思っているので、博麗さんが大根や鮎を真剣なまなざしで見つめている姿はとても好ましく見えていた。
不意に、博麗さんを対面に座らせて注意する妖怪の賢者さんを思い浮かべてしまい、それが幼子を持つ過保護なお母さんのように思えてきて思わず笑ってしまった。
博麗さんは話の途中で突然笑い出した私のことが分からないようで少し怪訝な顔をしていたが、私が考えたことを話すと博麗さんはやや仏頂面になり、私から視線をずらした。
私と彼女はそんな関係ではない、と言いたげだった。
しかし、横髪から覗く柔らかそうな耳たぶは、博麗さんの頬と同じくらい赤くなっていて、浮かべている表情がそのまま本心でないと私に感じさせるは十分だった。
博麗さんと妖怪の賢者さんの仲の良さは里でよく知られている。
一緒にお茶をすすっているのを見た人もいる。
雑貨屋の五平さんは博麗さんと賢者さんが一緒に訪ねてくる日があると私に教えてくれた。普段は別々にお茶菓子を卸したりしているそうだが、一年に一日だけ二人で店に訪れ、小物を買って、丁寧に包装してもらうらしい。
今年は博麗さんが湯のみで、妖怪の賢者さんがリボンを買ったと聞いた。
私も仲が良いことはすでに分かっていたので、意地悪心を出して大げさに笑った。
博麗さんは途中から私の笑いが変わった意味に気がついたようで、今度は蕃茄の様に顔を染めて俯き加減で私の胸を軽く叩いてきた。
日が西に傾き、少々長居しすぎたと思いつつそろそろお暇する旨を伝えた。
博麗さんはきょとんとした顔をしていた。
どうやらこのまま神社に泊まるものだと思っていたらしい。
私の分の食材も朝から用意していた様で、私と食事をするのが楽しみだったそうだ。
わざわざ用意して待っていてくれたのだから頂かないわけにはいかないと思い、私はご馳走になることにした。
夕餉をとり、博麗さんと食後酒を楽しんでいると、妖怪の賢者さんが庭から入ってきた。
三人で食卓を囲みながら、私は賢者さんに先ほどのお母さんの話をした。
博麗さんは思うところがあるようで、話そうとする私の口を抑えようと身を乗り出してきたが、逆に私に組み敷かれる形となってしまった。
観念したのか、暴れるそぶりは見せなくなったが、決して私たちを見ようとせず、そのまま
うつ伏せとなり、私たちの話を聞かないよう耳を抑え、体を丸めるようなしぐさを見せた。
しかし、どんなに耳を抑えても否応なく聞こえてくるのか、博麗さんが仏頂面をした件では首まで真っ赤にさせ、頭を左右に振って、更に体を縮込ませた。
私は流石にかわいそうに思い、博麗さんを解放した。
博麗さんは団子虫のように丸まっていたが、賢者さんが両腕で博麗さんの頭を自分の胸元に引き寄せると、博麗さんはおずおずと顔をあげた。
涙で眼がうるんでおり、妖怪と闘う勇ましい巫女さんはこの場には居らず、私たちの眼の前で涙するのは、年相応の女の子だった。
それからしばらくの間、博麗さんははらはらと泣いていたが、やがて泣き疲れたのか、賢者さんに包まれながら眠ってしまった。
大量に呑んだ酒が今になって浮かび上がったのか、もしくは、障子の隙間からあふれてきた暁日が映されたのか、あるいは、流れ出た思いが染めたのか、頬やら額やらを赤らめており、目蓋は僅かに腫れぼったくなっていた。
私は眠気がいよいよという処まで高まり、うつらうつらし始めたが、賢者さんはずっと博麗さんを抱きしめ寝顔を見つめていた。
私は重たくなった体を立たせ、障子を開け放った。
外と内の間には硝子窓があるため、朝特有の寒さはそれほどでもなかったが、いつも見慣れているはずなのに、朝の陽光は今日に限っては特別眩しく感じられ、私は手のひらで目前を覆った。
小さく呻く声が聞こえ、後ろを振り向くと、賢者さんがこちらに背を向けるように体制を変えていた。
顔だけ私のほうに向けると、形の綺麗な唇と眼元を動かし、私に、ふっと笑いかけた。
眠気が限界まで来ているのか、私にはその笑顔がよく知る誰かの笑顔と被って見え、私も微笑み返すことにした。
一人外に出ると澄んだ冷気が肺を満たし、私を身震いさせた。
それでも眠気は振り払えず、寒さ負けた私はいそいそと二人のいる社務所の中に戻ることにした。
戻ってみると博麗さんは布団に移動していた。賢者さんの姿が見えなかったが、台所から何やら音がしていた。
いよいよ目蓋が重くなった私は部屋の隅の壁に寄りかかり、ぼんやりと外を眺めていた。
しばらくすると音もなく私の視界に湯たんぽを抱えた賢者さんが入ってきた。
このままでは本当にお邪魔になるだろうなと思ったので、賢者さんの送りましょうという提案に甘えることにした。
瞬きをした次の時には私は自宅の布団の中で横になっていた。
すぐ隣には博麗さんの処のお守りが置いてあった。
あぁ、と今日は妖怪の山に頂きにある守矢さんの神社に行く予定であったことを思い出したが、まずはそのままひと眠りすることにした。
意識がなくなる寸前、私は目蓋の裏に肩を寄せ合った可愛らしい娘と綺麗な女性の幸せそうな寝顔を確かに見た。
彼女たちはきっと、いつだか雑貨屋の五平さんが教えてくれたライオンの夢を見ているのだろう。
今更痛み出してきた体の節々や筋肉すら心地よく、私はとても満ち足りた気持ちになった。
>私たちの眼の前で涙するのは、年相応の女の子でだった。
であった、だった
当人の視点でゆかれいむを感じるのも良い。にやにや。
だが第三者の視点でそれを感じさせられると、ほんっっとに微笑ましくなるんだ。にやにや。
ご馳走様です。
くそう、名無しのアンタ!すぐに俺と代わるんだ!
それと誤字報告
賢者さんが両腕で博霊さんの頭を自分の胸元に引き寄せると、博麗さんはおずおずと顔をあげた。
ここだけ博麗の麗が霊になっとるです
幸せそうな二人を見てるだけで嬉しくなるよね。
日常の「何でもない話」はいいですよね
読後感が良かったです