「妖夢、秋ね」
「ええ、秋ですね」
秋の白玉楼。その庭で私達は秋の柔らかな日差しを浴びながらのほほんとお茶を飲んでいた。
すると、いきなり幽々子様が私にこう聞いてくる。
「ねぇ、妖夢。あなたは秋といえば何を思い浮かべる?」
「え、私ですか? うーん……」
やっぱり芸術の秋とかスポーツの秋とかが思い浮かぶなぁ。
他には……全く思い浮かばない。
ものすごくありきたりな答えだけど……とりあえずこんな答えでいいのかな。
「芸術の秋とかスポーツの秋ですかね」
私がそう返すと幽々子様は少し不満そうな表情を見せた。
どうかしたのかな?
「もう! 肝心なのを忘れてるわよ!」
肝心なもの? 他に何かあったかしら?
えーと……駄目だ、思いつかない……
「食欲の秋があるじゃない!」
ああ……なるほどね。それがあったか。
ふふ、幽々子様らしいなぁ。
「ああ、確かにそれもありますね。それで……何が食べたいんですか?」
「え、何で分かったの?」
「いや、顔に書いてありますから。それに涎出てますよ」
「……あ、ほんとだ」
幽々子様は袖で口元をごしごしと拭く。
その様子が可愛らしかったので少しだけ見とれちゃった。
たまに可愛らしい行為をするんだよなぁ、この人。
そんな幽々子様を見ると無性に抱きつきたくなるのは内緒だ。
む、別にいいじゃない、可愛いものが好きでも。
「で、何が食べたいんですか?」
改めて幽々子様に聞いてみるとこんな答えが返ってきた。
「とりあえず……お芋が食べたいわね! 秋だし!」
「なるほど、お芋ですか」
私もお芋は好きだなぁ。甘くてホクホクしてて……おっと、こっちも涎が出そうになっちゃった。
そういえば私が集めた落ち葉がまだそのまんまだったな。あれを使えば焼き芋が出来るわね。
うん、焼き芋。悪くないかも。
「ちょうど落ち葉も溜まってますし……焼き芋でもします?」
焼き芋と聞くと幽々子様はキラキラと目を輝かせた。
ついでに口元に垂れた涎もキラキラと輝いてる。
幽々子様、また垂れてますよ。
「焼き芋! ……いいわねぇ!」
「決まりですね? それじゃあ早速しましょうか!
……と、言いたいのですが」
実は焼き芋をするにあたって一つだけ重大な問題があるんだよね。
「え、どうかしたの?」
それは……
「実は『お芋が無い』んですよ」
「え、お芋が無い?」
「ええ、この白玉楼には現在一個もお芋がありません」
落ち葉はあってもお芋が無いから焼き芋は出来ない。
いや、まぁ、当たり前といえば当たり前なんだけど。
「という訳で今から買ってきます」
「わかったわ。出来るだけ早く帰ってきてねー!
……早く帰ってこないと私、餓死しちゃうわよ?」
「いや、幽々子様は既に死んでるでしょ……」
私がそうつっこむと「そうだっけ?」と可愛らしく首を傾げる。
……大丈夫かな、この人。
少しばかり幽々子様のことが心配になってしまった。でも可愛いからいいや。
可愛いは正義ってどこかで聞いた気がするし。
「それでは行ってきますね」
「行ってらっしゃーい」
幽々子様に見送られながら私は財布を手にして白玉楼を出た。
……とりあえず買えるだけ買おうかな。
たぶんたくさん買ってもすぐに無くなっちゃうんだろうけど。
そしてやってきたのは人間の里。ここに来れば生活に必要なものは大抵揃う。
人間はもちろんのこと、妖怪もよくここに買い物に来たりするわね。
そんなわけでここで知り合いに出会うことも多いのよ。
……おっと、そんなことを言っていたら早速知り合いの一人を見つけた。
「こんにちは、鈴仙さん」
「あら、妖夢。こんにちは」
この人は鈴仙さん。
私の彼女……っていうのは嘘だけど、最初に出会ったときから私が憧れている人。
でも、最近はかなり親密な関係になってきた気がする。
結構一緒に寝たりとかするしね。そのうち本当に彼女になりそう。
ふふ……私にこの人を語らせたら少し長くなるわよ?
整った顔に羨ましいほどのナイスボディに性格もいい……って今はそんなことはどうでもいいわね。
「鈴仙さんもお買い物ですか?」
「ええ、師匠に頼まれてお芋を買いにね」
「あ、鈴仙さんもなんですか?」
これは驚いた。
まさか私と同じお芋目当てだったなんてね。
「まったく、姫様にも困ったものよ」
姫様というのは恐らく輝夜さんの事だろう。あの人はよく思いつきで人を巻き込んだりするらしいからなぁ。
あ、ちなみにこの話の情報源は鈴仙さんね。
「いきなり『焼き芋がしたい』なんて……いや、私も焼き芋は好きなんだけどさ」
「私と似たような感じですね」
「あれ、そっちもそうなの?」
私達は苦笑してしまった。お互いに苦労するなぁ。
……おっと、見えてきたわね。あれが私達がよく行っている八百屋。
ここのおじさんは優しいから大好きだ。よくおまけとか付けてくれるしね。
「おじさん、こんにちは!」
「おっ、らっしゃい!」
いつものようにニコニコと笑いながら声をかけてくれるおじさん。
白い歯が眩しいくらいに光っている。
「おや、今日は二人でデートかい?」
「そ、そんなんじゃないですよ! 普通に買い物ですっ!」
「ははは! そんなに恥ずかしがらなくてもいいって!」
私の慌てっぷりに笑うおじさん。
鈴仙さんはというと、頬をわずかに赤くして苦笑している。
……でも悪い気はしないな。
「さて、冗談はこれくらいにして、と。今日は何を買いに来たんだい?」
「あ、サツマイモはありますか?」
私がそう声をかけるとおじさんはあー、と言いながら頭を掻いた。
あれ、どうしたんだろ?
「芋、か。
サツマイモなら毎年山に住んでる豊穣の神様が直接うちに上質の芋を卸してくれてるんだけどね。
今年はまだ神様は店に来てないんだよ」
「え、ということは……?」
私は恐る恐るおじさんに聞いた。なんか嫌な予感。
「うん、無いものは売れないってことになるね。せっかく来てくれたのに申し訳ないんだけど……」
「そ、そんなぁ……」
「でも無いのなら仕方がないし……また今度来ましょ?」
はぁ、とため息をつく私の肩をぽんと鈴仙さんが軽く叩いた。
幽々子様にはなんと言えばよいのやら……
でも無いものねだりしても仕方がないし、帰ることにしよ……
「あ、ちょっと待った二人とも!」
とぼとぼと帰ろうとしていた私達の背中にそんなおじさんの声。
その声を聞いて二人同時に「何ですか?」と振り返る。
「豊穣の神様のところに行ってみたらどうだい?
もし収穫していたら……だけど手に入るかもしれないよ?」
「なるほど……それはいいかもしれませんね!」
「でも妖夢、あなた場所は分かるの?」
……鈴仙さんに言われて気づいた。私たち、場所知らないじゃん!
「あぁ、それなら大丈夫。おじさんが地図を書いてあげるから」
おぉ、それはありがたい!
おじさんの優しさに私、爆発してしまいそう!
「ありがとうおじさん!」
「それじゃ、書くからちょっと待ってておくれ」
そう言っておじさんは店の奥へと消えていく。
そして数分後に帰ってきたおじさんの手には紙切れが握られていた。
あれが地図かな?
「とりあえず汚いけどこれが地図。なに、そう分かりにくい場所じゃないから大丈夫だよ」
そう言って笑うおじさんから地図を受け取る。
本当におじさんは優しいなぁ。
「ありがとうございます!」
「二人とも気をつけてな。
場所は妖怪の山付近なんだが……あそこはよそ者には結構厳しいからね。
まぁ、デートのついでだと思えば楽しめるんじゃないか?」
「だ、だからそんなのじゃないって言ってるじゃないですかぁ!」
もう、おじさんったら……恥ずかしいじゃない……
……とりあえず早く行こう。幽々子様も待っていることだしね。
ひとまず八百屋を離れ、人間の里の入り口付近まで向かうことにしよう。
ここにいたら何を言われるか分かったものじゃないし。
私達はおじさんに手を振って別れを告げた。
「はぁ、さっきは恥ずかしさで顔から火が出そうでしたよ……」
「でも悪い気はしなかったんじゃない?」
「え、うーん、まぁ、少しは……って鈴仙さんまで何を言い出すんですか!」
う、うぅ、また顔が熱くなってきたよ……
そんな私の様子を見て鈴仙さんは笑っていた。
「ふふ、やっぱり妖夢は可愛いわねぇ」
「む、むぅ……」
そう言いながら私の頭をぽんぽんと撫でる鈴仙さん。
うぅ、恥ずかしいという気持ちとまんざらでもないという気持ちがない交ぜになって何も言えなくなっちゃったよ……
……おっと、もう里の入り口ね。
とりあえずここでさっきもらった地図を見てみよう。
「えーと……あ、これ、ものすごく分かりやすい!」
さっきおじさんは汚いけど、と謙遜していたけど……全くそんなことないよ!
ありがとうおじさん……!
とりあえず地図を見た限りでは道はほとんど一本道みたい。これなら迷うこともなさそう。
「えーと、妖怪の山まで真っ直ぐ向かって……
花畑に向かう道に折れてから途中の分かれ道を右に曲がる、と」
鈴仙さんは指で道をなぞりながら呟いている。
私は鈴仙さんの細くて綺麗な指を目で追いながら道を頭の中に叩き込む。
……よし、覚えた!
「さ、道も分かったし、行きましょうか?」
「はい!」
鈴仙さんの言葉に頷く。そして二人で仲良く神様が住むという場所へと向うことにした。
……お芋、あるかなぁ?
無かった時には幽々子様はなんて言ってくるのやら。
あんまり想像したくないな……
どうかありますように。
森の中を歩き始めて既に数十分。あと少しで神様の家……のはず。
「あとどのくらいですかね?」
「あとちょっとのはずよ」
あとちょっと……か。
しばらく道なりに進んでいると、
「う、わ……これ、畑……?」
目の前にいきなり畑が現れた。へぇ、こんな森の中にこんな場所があったなんて……驚き。
……ん? 畑に植えてあるあれ。あれはお芋よね? うん、間違いない、お芋だ。
「たくさん植えてあるわねぇ」
「凄いですね、これ」
私達は感嘆の溜息を漏らした。
いや、お芋だけじゃない。他にもたくさん野菜や果物が植えてあるわね。
凄いなぁ……ここに住めば食べ物には困らないんじゃないかしら?
いや、でも幽々子様なら1週間も経たないうちに全部食べちゃいそう……
お、あれは……あんなところに家があるわね。
もしかしてあれが神様の家?
「鈴仙さん、あの家に行ってみましょうよ」
「そうね。あれが神様の家っぽいし」
というかほぼ確定的なんだけどね。
この辺りには他に家なんて見当たらないし。
家の玄関に近づいて、扉を軽くノックしてみる。
「あ、はーい」
中からそんな声が聞こえてくる。
そしてがちゃり、という音がして扉が開いた。
「あら、あなた達、どうしたの?」
中から出てきたのは恐らく豊穣の神様……と思われる人物。
見た目は私と同じくらいの年齢の可愛い女の子なんだけど……この人なのかな?
「えーと、間違っていたらすまないんですけど、あなたが豊穣の神様ですか?」
「うん、そうだけど?」
笑顔でそう答える神様。
……なんか予想と違った。
こう……なんていうのかな。
もっと威厳がある人なのかなぁって思ってたんだけど。
まさか私と変わらないくらいの少女だったなんてね。
「私は豊穣の神の秋穣子。で……あそこで寝てるのが姉の静葉」
そう言って彼女が指差した先には……テーブルの上に顔を乗っけて気持ち良さそうに眠る少女が。
あの人も神様なのよね? 人は見かけによらないとはいうけど色々とびっくり。
……あ、静葉さんの寝顔、可愛いな。なんかほっぺたとかぷにぷにしてみたい。
って、そんなこと思ってる場合じゃないでしょ私!
何をしにきたのか伝えないといけないじゃない!
「で、何か用かしら?」
「あ、実は……」
私の代わりに鈴仙さんが穣子さんに事情を分かりやすく説明してくれる。
いろいろとすみません、鈴仙さん。
話を聞き終わると穣子さんはしまった、とでも言いたげな顔をした。
いや、というか実際に「しまった」って言ったんだけどね。
「そうだったの……
いや、今からおじさんのところに届けに行こうとは思っていたんだけどね……」
どうやら収穫はしていたようだけど、店のほうには持っていっていなかったみたい。
でも芋の姿が見えないな。どこにあるんだろ?
「芋はどこにあるんですか?」
穣子さんにそう聞いてみる。
「あ、芋ならあそこにあるんだけど……」
そう言って穣子さんが指差した先には大量の芋、芋、芋!
うわぁ、これだけあれば一週間はもつわね。
……うちの場合は、だけど。
普通の人の家だったら……うーん、1ヶ月くらいはもつかな?
「これを今から持って行くのも大変ですよねぇ……」
「うん、大変よ」
私が呟くと穣子さんが苦笑した。
「ついでだから私達も手伝いますよ。ね、妖夢?」
うん、困っている人は見逃せない。
ちょうど私も鈴仙さんと同じことを考えてました。
「手伝ってくれるの? わざわざごめんなさいね。
それじゃあ、お姉ちゃんを叩き起こしてくるからちょっと待ってて」
そう言って家の中に入って扉を閉める穣子さん。
……今『叩き』起こすっていう言葉が聞こえた気がするんだけど。
一体どういう意味……?
首を傾げていると突然家の中から「ひにゃあっ!」という叫び声が聞こえてきた。
あの……穣子さん、あなた一体何をしてるんですか。
「あははははは! だめ、穣子そこは……ひぃぃぃ! 笑い死ぬぅ!」
しばしの間、辺りがそんな謎の笑い声に包まれる。
続けてニコニコと笑う穣子さんとぐったりとした様子の静葉さんが扉の奥から現れた。
「さ、お姉ちゃんも起きたことだし、行きましょうか!」
「う、うぅ……脇腹だけは……やめて欲しかった……あそこを触られるのって苦手なのよ……」
……なんか大体どういうことが起こったのかは想像がついちゃった。
私も脇腹とか触られるのは苦手だな。
あそこを触られちゃうとビクンってなって、窒息しそうに……本当にアレは耐えられないよねぇ。
前に私も幽々子様にされたことがあるけど……死にかけた……
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……なんとか……」
鈴仙さんの問いにぜぇぜぇ、と息を切らせながらも答える静葉さん。
ああ、その苦しさ、私も分かりますよ……
「それじゃあ行きましょうか!」
そして穣子さんだけが元気そうに私達にそう告げるのだった。
えーと、あなたの姉、半分死にかけてますよ?
「うぐぐ、重い……!」
私達はたくさん芋が入っている籠を背負って人間の里へと続く道を歩いているんだけど……
この籠がものすごく重いのよ……くぅ、肩が痛い。
しかし私が必死に歩いているのに対して、
「大丈夫ー?」
「ほら、頑張って妖夢!」
他の三人は私を置いてどんどん先へと歩いていく。
な、何であなた達はそんな平気な顔をしてられるんですか……?
これ、かなりきついんですけど……
「ねぇ穣子、流石にきつそうだしこの辺で一回休憩しない?」
「うーん、そうだね。休憩にしようか」
た、助かった……
そう思っていると、私より少し先を歩いていた3人は籠を地面に下ろし、私のほうへと向かってきた。
え、何? どうかしたの?
「ほら、あと少し! 頑張れ妖夢!」
「れ、鈴仙さん……」
「私達も手伝うわよ!」
「妖夢ちゃん、頑張って!」
なんと三人は私の背中の籠を支えながら励ましてくれる。
わ、私、嬉しさで泣きそうですっ……! ありがとうございます……!
そしてみんなの助けを借りて、ようやく私は籠を下ろすことができた。
「とりあえずお疲れ様」
「はぁ、はぁ……し、しんどいです……」
駄目、もう限界……私は籠を下ろすとその場にへたり込んでしまった。
もうすっかり涼しくなったというのに、周りが暑く感じる。
既に服は汗でびっしょりだ。汗で濡れた服が肌にくっついてきて気持ちが悪い。
あぁ、早く家に帰ってお風呂にでも入りたいなぁ。
「とりあえずこれ、飲む?」
そう言って穣子さんから手渡されたもの。
それはお茶の入ったコップだった。
「あ、頂きます」
お礼を言ってからゴクリ、とお茶を飲む。
喉の渇きが癒されると同時に、冷たいお茶が熱く火照った体を冷ましてくれた。
ふぅ、少し疲れが取れた気がする。
「それにしても本当にありがとう」
静葉さんがいきなり頭を下げた。穣子さんも後に続いて頭を下げる。
「あなた達に手伝わせてしまって……」
「いえいえ、それなら大丈夫ですよ。心配はご無用です」
鈴仙さんに倣って、私もそうですよ、と笑いながら答える。
「いつもは私達二人で芋を届けてるんだけど、今日はあなた達がいるから本当に楽に感じられるわ」
「二人で……って、毎年この量の芋をたった二人で届けてるんですか!?」
「え、そうだけど?」
うわぁ、この量を二人だけでって……凄いなぁ。
私には真似出来そうもないや。
「お二人とも凄いですねぇ……」
「いえいえ、そんなことないわよ。ね、お姉ちゃん?」
「これが私達の仕事の一つだからね。秋になったら皆のためにしっかり働かないと。
だって私達は二人揃って秋の神様なんだから」
そう言って苦笑する二人。いやいや、凄いですよ、お二人とも。
それにしても神様っていうのも大変なんだなぁ。
私はてっきり優雅な生活をしているのかと……神様に対するイメージを改めないといけないみたい。
「それにしても鈴仙ちゃんは大丈夫なの? 疲れてるようには見えないけど……」
あ、それ私も思ってたところです、穣子さん。
何で鈴仙さんは疲れてないんだろう。
「はい、大丈夫ですよ。よく師匠の薬をこんな風に籠に詰めて売りに行ったりしてますからね。
それのおかげである程度なら力仕事もこなせます」
あぁ、なるほどね。そういえば鈴仙さんはよく重そうな籠を背負って里まで行ったりしてたなぁ。
それに鈴仙さんはもともと月の兵士だったわね。
え、何でそんなこと知ってるのかって?
それは以前、鈴仙さんから聞いたことがあるから。
なんでも月では偉い人から期待されていたくらいに凄かったんだって。
うん、それらのことを考えると納得がいくよ。
「鈴仙ちゃんも大変ねぇ」
「でもいろいろな人と会話が出来るから慣れると楽しいですよ」
「ふふ、そうよね。私もこの仕事の楽しさを言うとしたらあなたと同じ意見になるわね。穣子はどう?」
「うん、私も二人と同じ」
そう言ってから笑いあう三人。
……この三人はいろいろと凄いなぁ。私も見習いたい。
「さて、疲れも取れたことだし行きましょうか?」
「そうですね。妖夢は大丈夫?」
うん、疲れは取れたし、いつでも行ける。
「はい、大丈夫です!」
「うん、それじゃあ行きましょ!」
それぞれ自分が背負っていた籠をまた背負うと、里に向かって歩き始める。
今度は遅れない。私だってやれば出来るもん!
そう心の中で叫んでから私も三人の背中を追った。
それからしばらく経ち、私達はやっと人間の里へとたどり着いた。
長かった……さっき休んだときに乾いた服もまた汗でべっとりと濡れちゃったなぁ。
……あれ、なんか視線が気になるのは気のせいかな?
通りすがる人たち、おもに男の人が私を見てくる気がするんだけど。
もしかして……汗で服が透けてたりするとか……!?
いや、気にしちゃ駄目よ妖夢。こういうのは気にしたら負けなの!
「ふぅ、やっと着いたわね」
私が心の中で気にするな、と叫んでいると、目の前にはおじさんの八百屋が。
あれ、いつの間に……?
「おぉ! 神様に鈴仙ちゃんと妖夢ちゃんじゃないか!」
おじさんはこちらを見ると笑いながら声をかけてくれる。
ふぅ、やっとこの重い籠から解放されるわね……
よいしょっと。あー、重かった。
なんか重いものをずっと背負ってたから体がものすごく軽く感じる。
それはもう、ジャンプしたら家の屋根に飛び乗れるくらいに。
「おじさん、遅れてごめんね」
「いや、大丈夫だよ。いつもお疲れ様」
「ありがとう。で、私達からおじさんに頼みがあるんだけどね……」
「うんうん……なるほど」
穣子さんと静葉さんとおじさんは一体何を話してるのかしら?
たまにこっちをちらちらと見ているようだけれど。
「鈴仙さん、あの二人は何を話してるんでしょうね?」
「さぁ?」
私達が首を傾げていると、二人がこちらに向かってきた。
どうかしたのかな?
「今おじさんと話し合ったんだけどね、あなた達にお礼としてこのお芋をタダであなた達にあげることにしたわ。
もちろん全部あげるわけにはいかないけどね」
「え!? た、タダでですか!?」
私と鈴仙さんはほぼ同時にそう叫んでしまう。いや、これには驚いた。
「うん、神様に聞いたんだけど二人とも頑張ったみたいじゃないか。
だからその頑張りへのご褒美みたいなものだよ」
「あ、ありがとうございます!」
鈴仙さんが頭を下げたのを見て、私も慌てて頭を下げた。
そんな私達の様子を見て、三人は笑っている。
「それじゃ、芋を持ってくるよ。ちょっと待ってて」
そう言っておじさんは店の前に置かれたお芋の山からお芋を選び始めた。
神様二人もおじさんと一緒にお芋を選んでいる。
もしかしていいお芋をくれるつもりなのかな……?
そんなこんなで数分後。
「よし、こんなもんだろう。
ほら、二人とも、受け取ってくれ!」
「え!? こんなにもらってもいいんですか!?」
渡されたのは袋いっぱいのお芋。
こんなにもらえるなんて思ってもいなかったよ……
「いいのいいの! 特に妖夢ちゃんの家はほんのちょっとじゃもたないだろう?
鈴仙ちゃんの家も人数が多いからね」
いや、正直に言うとこんなにもらっても足りるかわからないくらいなんですけどね。
あの人は驚くくらいにたくさん食べますから……
「本当にすみません、こんなにもらっちゃって……」
「いいってことよ! 二人ともお疲れさん!」
ガハハ、と豪快に笑うおじさん。やっぱりおじさんは優しいなぁ。
よし、それじゃあ幽々子様も待っていることだし帰ろう。
「それではこれで私達は失礼しますね。
幽々子様も首を長くして待っているでしょうから」
「妖夢が帰るんだったら私も帰ります。ありがとうございました!」
「おう! ご主人様によろしく言っておいてくれよ」
おじさんの言葉ににこやかに頷きながら私達は八百屋を後にした。
胸には大量のお芋を抱えてね。
「あの二人、本当に仲がいいなぁ。神様もそうは思わないかい?」
「ふふ、そうですね。お姉ちゃんはどう?」
「うん、私もそう思う。全く、羨ましいくらいよ」
「あっははは! そうか、羨ましいか! さて、こっちも仕事に戻ろうかね」
「ですね。さぁ、お姉ちゃん、もうひと頑張りだよ!」
「ええ、分かってるわ!」
「それにしてもたくさんもらいましたね」
「ええ、これなら師匠や姫様も喜んでくれるはずよ」
私達は大量のお芋の入った袋を抱えながら笑いあう。
「鈴仙さんは真っ直ぐ帰るんですか?」
「うん。皆私の帰りを待っているはずだしね。
それにちょっと遅くなっちゃったし……」
うーん、それならしょうがないんだけど……
もうちょっと鈴仙さんと一緒にいたいなぁ……
あ! いいこと考え付いた!
うん、これは我ながらいい考えかも!
「あの、鈴仙さん……」
「ん? どうしたの?」
「実は話があるんですが……」
「また新しいのが焼けましたよー!」
「妖夢、どんどん持って来て!」
「ちょっと幽々子! 私はまだ少ししか食べてないんだけど!?」
「ねぇ、それよりも永琳、まずは私に譲ってくれるわよね?」
「嫌です、却下します」
「姫である私に何たる暴言! ムキーッ! こうなったら永琳よりもたくさん食べてやるんだから!」
「……ふふふ、もーらいっと」
「あ、てゐ! 何勝手に私のお芋取ってるのよ!」
「鈴仙が食べないから『彼女の代わりにあなたが私を食べて』ってお芋が私に話しかけてきて……」
「嘘をつきなさい、嘘を!」
夕暮れ時の白玉楼。今日の白玉楼の庭はは珍しく騒がしい。
何故かって?
それは「皆で集まって焼き芋大会をしよう」と私が鈴仙さんに提案したから。
ただ鈴仙さんと一緒にいたいからっていう思いで提案したんだけど……
ここまで楽しいことになるなんて予想外だったな。
やっぱり賑やかなところにいるのは楽しい。
「ほらほら、喧嘩しないでくださいよ。
まだまだお芋はたくさんあるんですから」
私は笑いながらお芋を焚き火の中に入れたり焚き火の中から掘り出したりしていた。
もちろん私も少しずつ食べてるわよ?
しっかりと自分の分は確保してあるし……ってあれ?
私の分のお芋が無いんだけど……?
「もぐもぐ、うーんもうちょっと火が通ってたほうがおいしいかなー」
「て、てゐさん……それもしかして……」
……嫌な予感しかしない。
「あ、これ? そこに置いてあったからもらったよ」
やっぱり私の分のお芋だった!
「そ、それ……私のだったんですけど……」
「え、マジで? ……ごめん、許してちょんまげ」
許してちょんまげって……
悪気は無いんだろうけど、なんだかなぁ……
と、その時、
「ちゃんと謝りなさいね……?」
「痛い痛いわかりましたちゃんと謝るから許してください……
ってあああああ! マジで痛いから! 勘弁してぇえええ!」
怖い顔をしながらてゐさんの頭に拳をぐりぐりと押し付ける鈴仙さん。
うわぁ、痛そう……
「ごめんね妖夢。てゐも悪気があってやったわけじゃないから許してやってくれないかしら?」
「い、いえ、大丈夫ですよ」
「よし、妖夢も許してくれたみたいだし、もう行っていいわよ」
「あ、頭が割れるかと思ったよ……うぅ、痛い……」
てゐさんは鈴仙さんから解放されると頭を押さえながらフラフラと皆が座っている場所へと戻って行く。
かなり痛かったみたいね……なんか見ていたこっちも頭が痛くなってきた……
「お詫びといってはなんだけど……うーん、よいしょ!
はい、どうぞ」
鈴仙さんは持っていたお芋を半分に折って、私にくれた。
「あ、ありがとうございます!」
「一緒に食べましょ?」
鈴仙さんにもらったお芋を一口かじってみる。
お芋の甘さだけじゃなくて鈴仙さんの優しさも口の中で広がっていくような感じがした。
うん、とってもおいしい。
「今日は大変だったわね」
「ですね……あまりお役に立てませんでしたけど」
「何言ってるのよ、十分役に立ったじゃない」
鈴仙さんは笑いながら私の背中をバンバンと叩く。
そ、そうかな……?
あんまり役に立ってない気がしてならないんだけど。
「秋さんやおじさんも来てくれたならもっと楽しかったんでしょうけどね……」
「でも仕方ないわよ。忙しいって言ってたし」
あれからまた里に戻って秋さんとおじさんを誘ったのだけれど……
「気持ちは嬉しいけど、忙しくて行く暇がない」と断られてしまったのだ。
うーん、忙しいのなら仕方がないよね。
……はっ、人の気配!?
「こんにちはー」
「あ、ゆ、紫さん?」
振り返るとそこには……紫さんがいた。
「面白いことやってるじゃない」
「い、いつの間に……」
「ふふ、別にそんなのどうでもいいじゃない」
鈴仙さんの問いに対して不敵な笑みで返す紫さん。
本当に神出鬼没だなぁ、この人。
「あら、もぐもぐ。紫じゃない、もぐもぐ。
あなたも、もぐ、お芋食べにきたの? もぐもぐ……」
「まぁ、そんなところかしらね」
あの、幽々子様。人と話す時にお芋を食べるのはやめましょうよ。
ほら、うまく話せてないし、こぼれてるじゃないですか。
「あれ、手に持っているそれは何かしら?」
「これ? ああ、これは芋焼酎よ。
焼き芋に芋焼酎、まさに芋尽くしってわけ」
へぇ、芋尽くし、か。なかなか面白いわね。
「よーし、それじゃあ飲みましょうか!?」
「もちろん飲むわよ! ……もぐもぐ」
「永琳、どちらが多く飲めるか勝負ね?」
「お断りです、私は私のペースで飲むので」
「さっきのアレのせいで頭がまだ痛い……けど飲むよー!」
紫さんの提案に皆が同意した。
……やれやれ、これじゃ焼き芋大会というより宴ね。
「妖夢はお酒要らないのー?」
「あ、私はお芋を見ていなきゃならないので……」
「わかったー、頑張ってね」
幽々子様は私に向かって手を振っている。
にこりと笑って返してからまたお芋と焚き火と睨めっこをする作業に戻った。
焼けたお芋を焚き火の外に出しては新しいお芋を濡らした新聞紙にくるんで焚き火の中に入れる。
あ、この新聞紙は天狗の持ってくる新聞を有効活用させてもらいました。
新聞紙、結構たまってたからね……
まぁ、こうしてみんなの役に立っているんだからあの天狗も喜んでいるでしょ。
「はい、妖夢」
あれ、鈴仙さん……?
彼女が手に持っているのは、二つのコップに注がれたお酒。
もしかして、私の分も持ってきてくれたのかな?
「あ、持ってきてくれたんですか? わざわざありがとうございます」
「ご苦労様。隣に座ってもいいかしら?」
「ええ、どうぞ」
よっこいしょ、と言いながら鈴仙さんは私の横に腰を下ろした。
腰を下ろすと鈴仙さんはお酒をちびちびと飲み始める。
私も飲もうかな。鈴仙さんの飲み方を真似るようにしてちびちびとお酒を口へと運んだ。
後ろでは幽々子様や紫さん、永琳さんたちの笑い声が聞こえる。
「ふふ、どちらかというと私は夕暮れ時は静かなほうが好きなんだけど、
たまにはこんな騒がしい夕暮れ時もいいかもしれないわね」
「そうですね」
私達は静かに笑った。
おっと、そういえばお芋もかなり焼けているんだったわね。
「あ、お芋出来てますけど、食べますか?」
「いや、今はいいわ」
「そうですか」
それじゃこれは幽々子様たちに……
「ちょっとお芋を持っていってきますね」
「うん、行ってらっしゃい」
ことん、とコップを地面に置いて立ち上がる。
……幽々子様たちはかなり酔っ払っているみたい。
その証拠に顔が真っ赤。
「幽々子様、また新しいお芋が焼けましたよ」
「あ、ありがとぉ。そこに置いといてぇ」
かなり酔ってるなぁ。まぁ、大丈夫だとは思うんだけど。
「まだ食べますか? まだお芋は残ってますけど」
「んー、あとちょっとでいいわぁ……」
「はい、わかりました」
あとちょっと、か。今焼いている分で終わりかな?
私が焚き火の側に戻ろうとすると……
「二人ともいい感じじゃなーい?」
「うわっ!? え、永琳さんに輝夜さん!?」
酔っ払い二人に絡まれた!
二人は私の肩に手を置いてニコニコと笑っている。
もちろん二人の顔はお酒のせいで赤い。
「あの、いい感じ……と言いますと?」
「んもぅ、妖夢ったら恥ずかしがっちゃって!
鈴仙とあなた、お似合いのカップルよ?」
「お、お似合い……ですか」
輝夜さんにそんなことを言われて嬉しい気持ちはあるのだけど……
やっぱり恥ずかしいなぁ。
「うんうん、輝夜の言う通りよ!
でさぁ……もしあの子にお婿さんが現れなかったら……
あの子のお婿……いや、お嫁さんになってあげてくれない?」
「は、はい?」
「それじゃ、あの子のこと頼んだわよー!」
そこまで言うと二人はあはは、と笑いながらまた戻って行った。
二人とも、凄い酔ってる……
「それにしても……鈴仙さんのお嫁さんかぁ」
それも悪くないかも。いつも二人で仲良くご飯を食べて、仲良く寝て……
で、時には一緒にお風呂に入ったりとかしちゃって!
「いやぁ、参っちゃうなぁ!」
おっと、ニヤニヤしてる場合じゃなかった。
早く戻らないとお芋が焦げちゃう。それに鈴仙さんも待っているし。
「ただいまです」
「あ、お帰りなさい」
さっきと同じ場所にまた座る。
置いてあった焼酎を手に取ると鈴仙さんに話しかけられた。
「ねえ、さっき師匠と姫様になんて言われてたの?
二人とも笑っていたけど……」
「え!? いや、それは、あのー……」
言っちゃっていいのかな? 結構恥ずかしいんだけど……
「えーとですね……」
さっきの会話を鈴仙さんに教えると、当たり前だけど真っ赤になった。
「あ、あの二人、そんなことを……」
「酔いの勢いで言ったんじゃないですかね?」
「うーん、それもあると思うけどさぁ……」
そう言いながら焼酎をちびちび飲む鈴仙さん。
「……ねぇ、妖夢」
「はい? なんですか?」
「もし……だよ? もし私と結婚することになったら……どうする?」
「は、はい?」
少し驚いてしまったけど……私の答えはこれしかない。
「そのときは……喜んで鈴仙さんについていきます」
「……ありがとう、妖夢」
突然私を優しく抱きしめる鈴仙さん。
いきなりのことだったので私は驚いてしまった。
「ひゃっ!? れ、鈴仙さん……!?」
「私も妖夢のこと、大好きよ」
もしかしてこの人も酔ってるのかな……?
そう思ってちらりと彼女の目を見てみた。
……え? 彼女の目、酔っている目じゃない。
ということは……本心?
……だったら私も本心を伝えたい。
「私も、鈴仙さんのこと、好き……ですよ」
鈴仙さんの耳元でそう呟いた。
二人の間にいい雰囲気が漂うのが分かる。
そのまま二人で見つめあい、ゆっくりと顔を近づけた。
唇がくっつきそうになった瞬間……
「ふふふ、二人ともこの焼き芋に負けないくらいにアッツアツね!」
「ぶっ! ゆ、幽々子様!?」
いつの間にか私達の背後にもぐもぐと焼き芋を食べる幽々子様がいた。
いや、それだけじゃない……この場にいた全員が集まってきてる!?
「ウドンゲったら積極的なのねぇ。どう思う、輝夜?」
「いやぁ、見ているこっちがドキドキしたわよ。
こんな鈴仙も新鮮で面白いわね!」
「てゐは?」
「ふふふ、このことはしばらくの間ネタにさせてもらうよ……
ちょっと嫉妬しちゃったのは内緒だけどね……」
ま、まさか皆に見られてるとは……
「よーし、それじゃあ二人の結婚のお祝いも兼ねて、思いっきり騒いじゃいましょうか!」
「いいわね!」
「私も賛成!」
紫さんの提案に皆が同意している……
うぅ、見られてたなんて恥ずかしい!
「ちょ、ちょっと、私達結婚なんてまだしてな……あ、行っちゃった……」
鈴仙さんが反論する前に皆は屋敷の中へと入って行ってしまった。
どうやら屋敷の中で続きをするらしい。
「はぁ、全くあの人たちは……」
「いい人たちではあるんですけどねぇ」
やれやれ、と肩をすくめる鈴仙さんと苦笑する私だけが庭に残されてしまう。
……私達も行こうかな。
「鈴仙さん、先に行っててください。後片付けを済ませてから行くので」
「私も手伝うわ。妖夢を一人にするわけ無いでしょ?」
笑顔とともにかけられたその言葉に思わずドキッ、としてしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「さ、早く片付けましょ」
片付けといっても焚き火の中からお芋を掘り出したり、使っていない芋を集めたりするだけなんだけれどね。
でも、一人でやるよりも二人でやったほうが断然早い。
鈴仙さんと一緒に片付けをするとあっという間に終わってしまった。
「終わりましたね」
「ええ、そうね。それじゃあ向こうに行きましょうか」
「はい、わかりました」
私は焼けたお芋を抱えて屋敷のほうへと向かう。
すると、いきなり前にいた鈴仙さんが私を振り返った。
「どうかしました?」
「……今は誰も見ていないわよね?」
「ええ、誰も見てないと思いますけど……」
きょろきょろと辺りを見回してみる。
うん、誰も見ていない。
でもそれがどうかしたのかな?
「それならいいわ」
えーと、何が……って、えっ!?
気がつくと目の前には鈴仙さんの顔。
そして唇には柔らかい感触が。
えーとつまり……私は鈴仙さんにキスされているの……?
唇を通じて鈴仙さんの体温が伝わってくるし、この唇の感覚。
間違いない、私達は唇を重ねているんだ。
そ、それにしてもいきなりすぎるよ、鈴仙さん……
唇を重ねていたのはほんの数秒くらいだったんだろうけど、
私には何分もキスをしていたように感じられた。
しばらく唇を重ねていると、鈴仙さんのほうから顔を離す。
「……さっきはいいところで邪魔が入ったからね。
だから今のはさっきの続き」
そう言いながら、ふふふ、と笑う鈴仙さん。
あ、真っ赤な夕日に照らされながら笑う鈴仙さんの顔……
とっても綺麗……
少しの間、彼女の顔に見とれていると、いきなりがしっ、と手をつかまれる。
「さ、やることもやったし、急ぎましょ!」
「あ、は、はい!」
鈴仙さんは笑いながら、そのまま私の手を引いた。
屋敷の中からはみんなの笑い声が聞こえてくる。
「皆楽しくやっているみたいね」
「ですね」
「さぁ、私達もあそこに混ざりましょうか!」
「ええ!」
私は胸に抱えたお芋を落とさないように気をつけながら鈴仙さんと一緒にみんなの集まる部屋へと急いだ。
よーし、今日は騒ぐぞー!
「ふぅ、皆寝ちゃったわね……」
「皆、結構酔ってましたからねぇ」
私達は皆の寝顔を見ながら微笑んだ。
私と鈴仙さん以外の人たちは酔いつぶれて寝てしまっている。
全く、こんなところで寝たら風邪引きますよ?
「鈴仙さん、毛布があっちの部屋にあるんで取りにいきましょうよ。
このままだと皆風邪引いちゃいそうですし」
「そうね……案内してもらえるかしら?」
「わかりました。こっちです」
私は立ち上がって鈴仙さんをすぐ近く……というかすぐ横にある寝室へと案内した。
ここの押入れには毛布や寝具の類がしまってある。
多分足りると思うんだけど……どうかな?
えーと、一つ、二つ……うん、足りるわね。
「鈴仙さん、半分お願いできますか?」
「もちろんよ」
鈴仙さんは笑って私が持っている布団の半分を持ってくれた。
さて、早く戻って毛布をかけてあげないとね。
起こしてしまわないように気をつけながら居間へと戻る。
「よいしょ……っと」
ゆっくりと一人一人に毛布をかけていく。
ふぅ、これで風邪を引く心配はないわね。
「それにしても……寝顔は皆綺麗というか可愛いというか……」
「ふふ、同意です」
これが私達をいつも困らせてくれる人の顔なの?
そう疑問を感じるくらいに皆の寝顔は綺麗であり、可愛くも見えた。
これが天使の寝顔……とでもいうのかな?
「みんな寝ちゃいましたし……私達もそろそろ寝ます?」
「そうね……寝ましょうか」
「それじゃあ私、布団を準備してきますね」
寝室に二枚敷けばいいかな。
「あ、ちょっと待って」
私が布団を敷きに行こうとすると鈴仙さんに止められた。
「はい?」
「……布団は、一枚でいいわ」
「……はい。一緒に、ですね?」
「うん、そういうこと」
ええ、鈴仙さんが言いたいこと、分かってますよ。
一緒の布団で寝よう、ってことですね。
よし、それじゃあ一枚だけ敷こう。
私は寝室へ入ると、手早く一枚だけ布団を敷いた。
おっと、もちろん毛布も忘れずにね。
……うん、敷き終わったわね。鈴仙さんを呼んでこよう。
「鈴仙さん、終わりました」
「あ、うん、わかったわ」
「言われたとおりに一枚だけ、引きましたよ」
「ふふ、ありがと」
鈴仙さんは微笑みながら寝室に入ってくる。
彼女が中に入ってから私はゆっくりと寝室の襖を閉じた。
「さ、寝ましょ」
「はい……」
布団に入ると中で私の肌と鈴仙さんの肌が触れた。
あぁ、温かいなぁ……
「二人で寝ると温かくて気持ちがいいわね」
「ええ、寒くなってきてましたからね」
最近夜が寒くなってきていたから一人で寝るのがつらかったんだよね。
いつもこのくらい温かければいいんだけど。
出来ることならいつも鈴仙さんと一緒に……いや、流石にそれは無理か。
「それじゃあ、私はもう寝るわ。おやすみ」
「あ、はい、おやすみなさい」
そう言ってから鈴仙さんは目を閉じた。
……私も寝よ。
でもその前に……ぎゅっ、と鈴仙さんを抱きしめる。
それからゆっくりと自分の唇を鈴仙さんの唇に重ねた。
軽くつけてから離すだけのキスだ。
私のキスに、鈴仙さんは目をあけて少し驚いている。
きっと私から行動を起こしたことに驚いているんだろうな。
いつも鈴仙さんにされてばかりだからね。
「えっ、よ、妖夢? 何してるの?」
「気にしないでください。お休みのキスってやつですよ」
「……ふふ、わかったわ」
「それじゃあ、今度こそ本当におやすみなさい」
「ええ、おやすみ。また明日ね」
「はい、また明日……」
もう一度お休みのキスをしてから私は目を閉じた。
なんだか……鈴仙さんと一緒に寝ると、ものすごく安心できるよ。
まるで……そう。お母さんと一緒に寝るような感じに近いかもしれない。
きっと優しくて人思いな性格がお母さんのように感じるんだろうな。
ああ、出来るならばいつまでもこの人の側にいたい。
そして私を優しく見守って欲しい。
また目を開けて、寝顔を見つめてから、鈴仙さんを抱きしめた。
これからも、いつまでも私の側にいて欲しいという思いを込めて。
「また明日からもよろしくお願いしますね、鈴仙さん。
そして、これからもずっと、ずっと、私と一緒にいてくださいね」
静かに眠る鈴仙さんに向かってそう呟いてから私も眠ることにする。
おやすみ、鈴仙さん。
……明日からも二人で仲良く過ごせますように。
意識が途切れてしまう前に私は心の中でそう祈った。
「ええ、秋ですね」
秋の白玉楼。その庭で私達は秋の柔らかな日差しを浴びながらのほほんとお茶を飲んでいた。
すると、いきなり幽々子様が私にこう聞いてくる。
「ねぇ、妖夢。あなたは秋といえば何を思い浮かべる?」
「え、私ですか? うーん……」
やっぱり芸術の秋とかスポーツの秋とかが思い浮かぶなぁ。
他には……全く思い浮かばない。
ものすごくありきたりな答えだけど……とりあえずこんな答えでいいのかな。
「芸術の秋とかスポーツの秋ですかね」
私がそう返すと幽々子様は少し不満そうな表情を見せた。
どうかしたのかな?
「もう! 肝心なのを忘れてるわよ!」
肝心なもの? 他に何かあったかしら?
えーと……駄目だ、思いつかない……
「食欲の秋があるじゃない!」
ああ……なるほどね。それがあったか。
ふふ、幽々子様らしいなぁ。
「ああ、確かにそれもありますね。それで……何が食べたいんですか?」
「え、何で分かったの?」
「いや、顔に書いてありますから。それに涎出てますよ」
「……あ、ほんとだ」
幽々子様は袖で口元をごしごしと拭く。
その様子が可愛らしかったので少しだけ見とれちゃった。
たまに可愛らしい行為をするんだよなぁ、この人。
そんな幽々子様を見ると無性に抱きつきたくなるのは内緒だ。
む、別にいいじゃない、可愛いものが好きでも。
「で、何が食べたいんですか?」
改めて幽々子様に聞いてみるとこんな答えが返ってきた。
「とりあえず……お芋が食べたいわね! 秋だし!」
「なるほど、お芋ですか」
私もお芋は好きだなぁ。甘くてホクホクしてて……おっと、こっちも涎が出そうになっちゃった。
そういえば私が集めた落ち葉がまだそのまんまだったな。あれを使えば焼き芋が出来るわね。
うん、焼き芋。悪くないかも。
「ちょうど落ち葉も溜まってますし……焼き芋でもします?」
焼き芋と聞くと幽々子様はキラキラと目を輝かせた。
ついでに口元に垂れた涎もキラキラと輝いてる。
幽々子様、また垂れてますよ。
「焼き芋! ……いいわねぇ!」
「決まりですね? それじゃあ早速しましょうか!
……と、言いたいのですが」
実は焼き芋をするにあたって一つだけ重大な問題があるんだよね。
「え、どうかしたの?」
それは……
「実は『お芋が無い』んですよ」
「え、お芋が無い?」
「ええ、この白玉楼には現在一個もお芋がありません」
落ち葉はあってもお芋が無いから焼き芋は出来ない。
いや、まぁ、当たり前といえば当たり前なんだけど。
「という訳で今から買ってきます」
「わかったわ。出来るだけ早く帰ってきてねー!
……早く帰ってこないと私、餓死しちゃうわよ?」
「いや、幽々子様は既に死んでるでしょ……」
私がそうつっこむと「そうだっけ?」と可愛らしく首を傾げる。
……大丈夫かな、この人。
少しばかり幽々子様のことが心配になってしまった。でも可愛いからいいや。
可愛いは正義ってどこかで聞いた気がするし。
「それでは行ってきますね」
「行ってらっしゃーい」
幽々子様に見送られながら私は財布を手にして白玉楼を出た。
……とりあえず買えるだけ買おうかな。
たぶんたくさん買ってもすぐに無くなっちゃうんだろうけど。
そしてやってきたのは人間の里。ここに来れば生活に必要なものは大抵揃う。
人間はもちろんのこと、妖怪もよくここに買い物に来たりするわね。
そんなわけでここで知り合いに出会うことも多いのよ。
……おっと、そんなことを言っていたら早速知り合いの一人を見つけた。
「こんにちは、鈴仙さん」
「あら、妖夢。こんにちは」
この人は鈴仙さん。
私の彼女……っていうのは嘘だけど、最初に出会ったときから私が憧れている人。
でも、最近はかなり親密な関係になってきた気がする。
結構一緒に寝たりとかするしね。そのうち本当に彼女になりそう。
ふふ……私にこの人を語らせたら少し長くなるわよ?
整った顔に羨ましいほどのナイスボディに性格もいい……って今はそんなことはどうでもいいわね。
「鈴仙さんもお買い物ですか?」
「ええ、師匠に頼まれてお芋を買いにね」
「あ、鈴仙さんもなんですか?」
これは驚いた。
まさか私と同じお芋目当てだったなんてね。
「まったく、姫様にも困ったものよ」
姫様というのは恐らく輝夜さんの事だろう。あの人はよく思いつきで人を巻き込んだりするらしいからなぁ。
あ、ちなみにこの話の情報源は鈴仙さんね。
「いきなり『焼き芋がしたい』なんて……いや、私も焼き芋は好きなんだけどさ」
「私と似たような感じですね」
「あれ、そっちもそうなの?」
私達は苦笑してしまった。お互いに苦労するなぁ。
……おっと、見えてきたわね。あれが私達がよく行っている八百屋。
ここのおじさんは優しいから大好きだ。よくおまけとか付けてくれるしね。
「おじさん、こんにちは!」
「おっ、らっしゃい!」
いつものようにニコニコと笑いながら声をかけてくれるおじさん。
白い歯が眩しいくらいに光っている。
「おや、今日は二人でデートかい?」
「そ、そんなんじゃないですよ! 普通に買い物ですっ!」
「ははは! そんなに恥ずかしがらなくてもいいって!」
私の慌てっぷりに笑うおじさん。
鈴仙さんはというと、頬をわずかに赤くして苦笑している。
……でも悪い気はしないな。
「さて、冗談はこれくらいにして、と。今日は何を買いに来たんだい?」
「あ、サツマイモはありますか?」
私がそう声をかけるとおじさんはあー、と言いながら頭を掻いた。
あれ、どうしたんだろ?
「芋、か。
サツマイモなら毎年山に住んでる豊穣の神様が直接うちに上質の芋を卸してくれてるんだけどね。
今年はまだ神様は店に来てないんだよ」
「え、ということは……?」
私は恐る恐るおじさんに聞いた。なんか嫌な予感。
「うん、無いものは売れないってことになるね。せっかく来てくれたのに申し訳ないんだけど……」
「そ、そんなぁ……」
「でも無いのなら仕方がないし……また今度来ましょ?」
はぁ、とため息をつく私の肩をぽんと鈴仙さんが軽く叩いた。
幽々子様にはなんと言えばよいのやら……
でも無いものねだりしても仕方がないし、帰ることにしよ……
「あ、ちょっと待った二人とも!」
とぼとぼと帰ろうとしていた私達の背中にそんなおじさんの声。
その声を聞いて二人同時に「何ですか?」と振り返る。
「豊穣の神様のところに行ってみたらどうだい?
もし収穫していたら……だけど手に入るかもしれないよ?」
「なるほど……それはいいかもしれませんね!」
「でも妖夢、あなた場所は分かるの?」
……鈴仙さんに言われて気づいた。私たち、場所知らないじゃん!
「あぁ、それなら大丈夫。おじさんが地図を書いてあげるから」
おぉ、それはありがたい!
おじさんの優しさに私、爆発してしまいそう!
「ありがとうおじさん!」
「それじゃ、書くからちょっと待ってておくれ」
そう言っておじさんは店の奥へと消えていく。
そして数分後に帰ってきたおじさんの手には紙切れが握られていた。
あれが地図かな?
「とりあえず汚いけどこれが地図。なに、そう分かりにくい場所じゃないから大丈夫だよ」
そう言って笑うおじさんから地図を受け取る。
本当におじさんは優しいなぁ。
「ありがとうございます!」
「二人とも気をつけてな。
場所は妖怪の山付近なんだが……あそこはよそ者には結構厳しいからね。
まぁ、デートのついでだと思えば楽しめるんじゃないか?」
「だ、だからそんなのじゃないって言ってるじゃないですかぁ!」
もう、おじさんったら……恥ずかしいじゃない……
……とりあえず早く行こう。幽々子様も待っていることだしね。
ひとまず八百屋を離れ、人間の里の入り口付近まで向かうことにしよう。
ここにいたら何を言われるか分かったものじゃないし。
私達はおじさんに手を振って別れを告げた。
「はぁ、さっきは恥ずかしさで顔から火が出そうでしたよ……」
「でも悪い気はしなかったんじゃない?」
「え、うーん、まぁ、少しは……って鈴仙さんまで何を言い出すんですか!」
う、うぅ、また顔が熱くなってきたよ……
そんな私の様子を見て鈴仙さんは笑っていた。
「ふふ、やっぱり妖夢は可愛いわねぇ」
「む、むぅ……」
そう言いながら私の頭をぽんぽんと撫でる鈴仙さん。
うぅ、恥ずかしいという気持ちとまんざらでもないという気持ちがない交ぜになって何も言えなくなっちゃったよ……
……おっと、もう里の入り口ね。
とりあえずここでさっきもらった地図を見てみよう。
「えーと……あ、これ、ものすごく分かりやすい!」
さっきおじさんは汚いけど、と謙遜していたけど……全くそんなことないよ!
ありがとうおじさん……!
とりあえず地図を見た限りでは道はほとんど一本道みたい。これなら迷うこともなさそう。
「えーと、妖怪の山まで真っ直ぐ向かって……
花畑に向かう道に折れてから途中の分かれ道を右に曲がる、と」
鈴仙さんは指で道をなぞりながら呟いている。
私は鈴仙さんの細くて綺麗な指を目で追いながら道を頭の中に叩き込む。
……よし、覚えた!
「さ、道も分かったし、行きましょうか?」
「はい!」
鈴仙さんの言葉に頷く。そして二人で仲良く神様が住むという場所へと向うことにした。
……お芋、あるかなぁ?
無かった時には幽々子様はなんて言ってくるのやら。
あんまり想像したくないな……
どうかありますように。
森の中を歩き始めて既に数十分。あと少しで神様の家……のはず。
「あとどのくらいですかね?」
「あとちょっとのはずよ」
あとちょっと……か。
しばらく道なりに進んでいると、
「う、わ……これ、畑……?」
目の前にいきなり畑が現れた。へぇ、こんな森の中にこんな場所があったなんて……驚き。
……ん? 畑に植えてあるあれ。あれはお芋よね? うん、間違いない、お芋だ。
「たくさん植えてあるわねぇ」
「凄いですね、これ」
私達は感嘆の溜息を漏らした。
いや、お芋だけじゃない。他にもたくさん野菜や果物が植えてあるわね。
凄いなぁ……ここに住めば食べ物には困らないんじゃないかしら?
いや、でも幽々子様なら1週間も経たないうちに全部食べちゃいそう……
お、あれは……あんなところに家があるわね。
もしかしてあれが神様の家?
「鈴仙さん、あの家に行ってみましょうよ」
「そうね。あれが神様の家っぽいし」
というかほぼ確定的なんだけどね。
この辺りには他に家なんて見当たらないし。
家の玄関に近づいて、扉を軽くノックしてみる。
「あ、はーい」
中からそんな声が聞こえてくる。
そしてがちゃり、という音がして扉が開いた。
「あら、あなた達、どうしたの?」
中から出てきたのは恐らく豊穣の神様……と思われる人物。
見た目は私と同じくらいの年齢の可愛い女の子なんだけど……この人なのかな?
「えーと、間違っていたらすまないんですけど、あなたが豊穣の神様ですか?」
「うん、そうだけど?」
笑顔でそう答える神様。
……なんか予想と違った。
こう……なんていうのかな。
もっと威厳がある人なのかなぁって思ってたんだけど。
まさか私と変わらないくらいの少女だったなんてね。
「私は豊穣の神の秋穣子。で……あそこで寝てるのが姉の静葉」
そう言って彼女が指差した先には……テーブルの上に顔を乗っけて気持ち良さそうに眠る少女が。
あの人も神様なのよね? 人は見かけによらないとはいうけど色々とびっくり。
……あ、静葉さんの寝顔、可愛いな。なんかほっぺたとかぷにぷにしてみたい。
って、そんなこと思ってる場合じゃないでしょ私!
何をしにきたのか伝えないといけないじゃない!
「で、何か用かしら?」
「あ、実は……」
私の代わりに鈴仙さんが穣子さんに事情を分かりやすく説明してくれる。
いろいろとすみません、鈴仙さん。
話を聞き終わると穣子さんはしまった、とでも言いたげな顔をした。
いや、というか実際に「しまった」って言ったんだけどね。
「そうだったの……
いや、今からおじさんのところに届けに行こうとは思っていたんだけどね……」
どうやら収穫はしていたようだけど、店のほうには持っていっていなかったみたい。
でも芋の姿が見えないな。どこにあるんだろ?
「芋はどこにあるんですか?」
穣子さんにそう聞いてみる。
「あ、芋ならあそこにあるんだけど……」
そう言って穣子さんが指差した先には大量の芋、芋、芋!
うわぁ、これだけあれば一週間はもつわね。
……うちの場合は、だけど。
普通の人の家だったら……うーん、1ヶ月くらいはもつかな?
「これを今から持って行くのも大変ですよねぇ……」
「うん、大変よ」
私が呟くと穣子さんが苦笑した。
「ついでだから私達も手伝いますよ。ね、妖夢?」
うん、困っている人は見逃せない。
ちょうど私も鈴仙さんと同じことを考えてました。
「手伝ってくれるの? わざわざごめんなさいね。
それじゃあ、お姉ちゃんを叩き起こしてくるからちょっと待ってて」
そう言って家の中に入って扉を閉める穣子さん。
……今『叩き』起こすっていう言葉が聞こえた気がするんだけど。
一体どういう意味……?
首を傾げていると突然家の中から「ひにゃあっ!」という叫び声が聞こえてきた。
あの……穣子さん、あなた一体何をしてるんですか。
「あははははは! だめ、穣子そこは……ひぃぃぃ! 笑い死ぬぅ!」
しばしの間、辺りがそんな謎の笑い声に包まれる。
続けてニコニコと笑う穣子さんとぐったりとした様子の静葉さんが扉の奥から現れた。
「さ、お姉ちゃんも起きたことだし、行きましょうか!」
「う、うぅ……脇腹だけは……やめて欲しかった……あそこを触られるのって苦手なのよ……」
……なんか大体どういうことが起こったのかは想像がついちゃった。
私も脇腹とか触られるのは苦手だな。
あそこを触られちゃうとビクンってなって、窒息しそうに……本当にアレは耐えられないよねぇ。
前に私も幽々子様にされたことがあるけど……死にかけた……
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……なんとか……」
鈴仙さんの問いにぜぇぜぇ、と息を切らせながらも答える静葉さん。
ああ、その苦しさ、私も分かりますよ……
「それじゃあ行きましょうか!」
そして穣子さんだけが元気そうに私達にそう告げるのだった。
えーと、あなたの姉、半分死にかけてますよ?
「うぐぐ、重い……!」
私達はたくさん芋が入っている籠を背負って人間の里へと続く道を歩いているんだけど……
この籠がものすごく重いのよ……くぅ、肩が痛い。
しかし私が必死に歩いているのに対して、
「大丈夫ー?」
「ほら、頑張って妖夢!」
他の三人は私を置いてどんどん先へと歩いていく。
な、何であなた達はそんな平気な顔をしてられるんですか……?
これ、かなりきついんですけど……
「ねぇ穣子、流石にきつそうだしこの辺で一回休憩しない?」
「うーん、そうだね。休憩にしようか」
た、助かった……
そう思っていると、私より少し先を歩いていた3人は籠を地面に下ろし、私のほうへと向かってきた。
え、何? どうかしたの?
「ほら、あと少し! 頑張れ妖夢!」
「れ、鈴仙さん……」
「私達も手伝うわよ!」
「妖夢ちゃん、頑張って!」
なんと三人は私の背中の籠を支えながら励ましてくれる。
わ、私、嬉しさで泣きそうですっ……! ありがとうございます……!
そしてみんなの助けを借りて、ようやく私は籠を下ろすことができた。
「とりあえずお疲れ様」
「はぁ、はぁ……し、しんどいです……」
駄目、もう限界……私は籠を下ろすとその場にへたり込んでしまった。
もうすっかり涼しくなったというのに、周りが暑く感じる。
既に服は汗でびっしょりだ。汗で濡れた服が肌にくっついてきて気持ちが悪い。
あぁ、早く家に帰ってお風呂にでも入りたいなぁ。
「とりあえずこれ、飲む?」
そう言って穣子さんから手渡されたもの。
それはお茶の入ったコップだった。
「あ、頂きます」
お礼を言ってからゴクリ、とお茶を飲む。
喉の渇きが癒されると同時に、冷たいお茶が熱く火照った体を冷ましてくれた。
ふぅ、少し疲れが取れた気がする。
「それにしても本当にありがとう」
静葉さんがいきなり頭を下げた。穣子さんも後に続いて頭を下げる。
「あなた達に手伝わせてしまって……」
「いえいえ、それなら大丈夫ですよ。心配はご無用です」
鈴仙さんに倣って、私もそうですよ、と笑いながら答える。
「いつもは私達二人で芋を届けてるんだけど、今日はあなた達がいるから本当に楽に感じられるわ」
「二人で……って、毎年この量の芋をたった二人で届けてるんですか!?」
「え、そうだけど?」
うわぁ、この量を二人だけでって……凄いなぁ。
私には真似出来そうもないや。
「お二人とも凄いですねぇ……」
「いえいえ、そんなことないわよ。ね、お姉ちゃん?」
「これが私達の仕事の一つだからね。秋になったら皆のためにしっかり働かないと。
だって私達は二人揃って秋の神様なんだから」
そう言って苦笑する二人。いやいや、凄いですよ、お二人とも。
それにしても神様っていうのも大変なんだなぁ。
私はてっきり優雅な生活をしているのかと……神様に対するイメージを改めないといけないみたい。
「それにしても鈴仙ちゃんは大丈夫なの? 疲れてるようには見えないけど……」
あ、それ私も思ってたところです、穣子さん。
何で鈴仙さんは疲れてないんだろう。
「はい、大丈夫ですよ。よく師匠の薬をこんな風に籠に詰めて売りに行ったりしてますからね。
それのおかげである程度なら力仕事もこなせます」
あぁ、なるほどね。そういえば鈴仙さんはよく重そうな籠を背負って里まで行ったりしてたなぁ。
それに鈴仙さんはもともと月の兵士だったわね。
え、何でそんなこと知ってるのかって?
それは以前、鈴仙さんから聞いたことがあるから。
なんでも月では偉い人から期待されていたくらいに凄かったんだって。
うん、それらのことを考えると納得がいくよ。
「鈴仙ちゃんも大変ねぇ」
「でもいろいろな人と会話が出来るから慣れると楽しいですよ」
「ふふ、そうよね。私もこの仕事の楽しさを言うとしたらあなたと同じ意見になるわね。穣子はどう?」
「うん、私も二人と同じ」
そう言ってから笑いあう三人。
……この三人はいろいろと凄いなぁ。私も見習いたい。
「さて、疲れも取れたことだし行きましょうか?」
「そうですね。妖夢は大丈夫?」
うん、疲れは取れたし、いつでも行ける。
「はい、大丈夫です!」
「うん、それじゃあ行きましょ!」
それぞれ自分が背負っていた籠をまた背負うと、里に向かって歩き始める。
今度は遅れない。私だってやれば出来るもん!
そう心の中で叫んでから私も三人の背中を追った。
それからしばらく経ち、私達はやっと人間の里へとたどり着いた。
長かった……さっき休んだときに乾いた服もまた汗でべっとりと濡れちゃったなぁ。
……あれ、なんか視線が気になるのは気のせいかな?
通りすがる人たち、おもに男の人が私を見てくる気がするんだけど。
もしかして……汗で服が透けてたりするとか……!?
いや、気にしちゃ駄目よ妖夢。こういうのは気にしたら負けなの!
「ふぅ、やっと着いたわね」
私が心の中で気にするな、と叫んでいると、目の前にはおじさんの八百屋が。
あれ、いつの間に……?
「おぉ! 神様に鈴仙ちゃんと妖夢ちゃんじゃないか!」
おじさんはこちらを見ると笑いながら声をかけてくれる。
ふぅ、やっとこの重い籠から解放されるわね……
よいしょっと。あー、重かった。
なんか重いものをずっと背負ってたから体がものすごく軽く感じる。
それはもう、ジャンプしたら家の屋根に飛び乗れるくらいに。
「おじさん、遅れてごめんね」
「いや、大丈夫だよ。いつもお疲れ様」
「ありがとう。で、私達からおじさんに頼みがあるんだけどね……」
「うんうん……なるほど」
穣子さんと静葉さんとおじさんは一体何を話してるのかしら?
たまにこっちをちらちらと見ているようだけれど。
「鈴仙さん、あの二人は何を話してるんでしょうね?」
「さぁ?」
私達が首を傾げていると、二人がこちらに向かってきた。
どうかしたのかな?
「今おじさんと話し合ったんだけどね、あなた達にお礼としてこのお芋をタダであなた達にあげることにしたわ。
もちろん全部あげるわけにはいかないけどね」
「え!? た、タダでですか!?」
私と鈴仙さんはほぼ同時にそう叫んでしまう。いや、これには驚いた。
「うん、神様に聞いたんだけど二人とも頑張ったみたいじゃないか。
だからその頑張りへのご褒美みたいなものだよ」
「あ、ありがとうございます!」
鈴仙さんが頭を下げたのを見て、私も慌てて頭を下げた。
そんな私達の様子を見て、三人は笑っている。
「それじゃ、芋を持ってくるよ。ちょっと待ってて」
そう言っておじさんは店の前に置かれたお芋の山からお芋を選び始めた。
神様二人もおじさんと一緒にお芋を選んでいる。
もしかしていいお芋をくれるつもりなのかな……?
そんなこんなで数分後。
「よし、こんなもんだろう。
ほら、二人とも、受け取ってくれ!」
「え!? こんなにもらってもいいんですか!?」
渡されたのは袋いっぱいのお芋。
こんなにもらえるなんて思ってもいなかったよ……
「いいのいいの! 特に妖夢ちゃんの家はほんのちょっとじゃもたないだろう?
鈴仙ちゃんの家も人数が多いからね」
いや、正直に言うとこんなにもらっても足りるかわからないくらいなんですけどね。
あの人は驚くくらいにたくさん食べますから……
「本当にすみません、こんなにもらっちゃって……」
「いいってことよ! 二人ともお疲れさん!」
ガハハ、と豪快に笑うおじさん。やっぱりおじさんは優しいなぁ。
よし、それじゃあ幽々子様も待っていることだし帰ろう。
「それではこれで私達は失礼しますね。
幽々子様も首を長くして待っているでしょうから」
「妖夢が帰るんだったら私も帰ります。ありがとうございました!」
「おう! ご主人様によろしく言っておいてくれよ」
おじさんの言葉ににこやかに頷きながら私達は八百屋を後にした。
胸には大量のお芋を抱えてね。
「あの二人、本当に仲がいいなぁ。神様もそうは思わないかい?」
「ふふ、そうですね。お姉ちゃんはどう?」
「うん、私もそう思う。全く、羨ましいくらいよ」
「あっははは! そうか、羨ましいか! さて、こっちも仕事に戻ろうかね」
「ですね。さぁ、お姉ちゃん、もうひと頑張りだよ!」
「ええ、分かってるわ!」
「それにしてもたくさんもらいましたね」
「ええ、これなら師匠や姫様も喜んでくれるはずよ」
私達は大量のお芋の入った袋を抱えながら笑いあう。
「鈴仙さんは真っ直ぐ帰るんですか?」
「うん。皆私の帰りを待っているはずだしね。
それにちょっと遅くなっちゃったし……」
うーん、それならしょうがないんだけど……
もうちょっと鈴仙さんと一緒にいたいなぁ……
あ! いいこと考え付いた!
うん、これは我ながらいい考えかも!
「あの、鈴仙さん……」
「ん? どうしたの?」
「実は話があるんですが……」
「また新しいのが焼けましたよー!」
「妖夢、どんどん持って来て!」
「ちょっと幽々子! 私はまだ少ししか食べてないんだけど!?」
「ねぇ、それよりも永琳、まずは私に譲ってくれるわよね?」
「嫌です、却下します」
「姫である私に何たる暴言! ムキーッ! こうなったら永琳よりもたくさん食べてやるんだから!」
「……ふふふ、もーらいっと」
「あ、てゐ! 何勝手に私のお芋取ってるのよ!」
「鈴仙が食べないから『彼女の代わりにあなたが私を食べて』ってお芋が私に話しかけてきて……」
「嘘をつきなさい、嘘を!」
夕暮れ時の白玉楼。今日の白玉楼の庭はは珍しく騒がしい。
何故かって?
それは「皆で集まって焼き芋大会をしよう」と私が鈴仙さんに提案したから。
ただ鈴仙さんと一緒にいたいからっていう思いで提案したんだけど……
ここまで楽しいことになるなんて予想外だったな。
やっぱり賑やかなところにいるのは楽しい。
「ほらほら、喧嘩しないでくださいよ。
まだまだお芋はたくさんあるんですから」
私は笑いながらお芋を焚き火の中に入れたり焚き火の中から掘り出したりしていた。
もちろん私も少しずつ食べてるわよ?
しっかりと自分の分は確保してあるし……ってあれ?
私の分のお芋が無いんだけど……?
「もぐもぐ、うーんもうちょっと火が通ってたほうがおいしいかなー」
「て、てゐさん……それもしかして……」
……嫌な予感しかしない。
「あ、これ? そこに置いてあったからもらったよ」
やっぱり私の分のお芋だった!
「そ、それ……私のだったんですけど……」
「え、マジで? ……ごめん、許してちょんまげ」
許してちょんまげって……
悪気は無いんだろうけど、なんだかなぁ……
と、その時、
「ちゃんと謝りなさいね……?」
「痛い痛いわかりましたちゃんと謝るから許してください……
ってあああああ! マジで痛いから! 勘弁してぇえええ!」
怖い顔をしながらてゐさんの頭に拳をぐりぐりと押し付ける鈴仙さん。
うわぁ、痛そう……
「ごめんね妖夢。てゐも悪気があってやったわけじゃないから許してやってくれないかしら?」
「い、いえ、大丈夫ですよ」
「よし、妖夢も許してくれたみたいだし、もう行っていいわよ」
「あ、頭が割れるかと思ったよ……うぅ、痛い……」
てゐさんは鈴仙さんから解放されると頭を押さえながらフラフラと皆が座っている場所へと戻って行く。
かなり痛かったみたいね……なんか見ていたこっちも頭が痛くなってきた……
「お詫びといってはなんだけど……うーん、よいしょ!
はい、どうぞ」
鈴仙さんは持っていたお芋を半分に折って、私にくれた。
「あ、ありがとうございます!」
「一緒に食べましょ?」
鈴仙さんにもらったお芋を一口かじってみる。
お芋の甘さだけじゃなくて鈴仙さんの優しさも口の中で広がっていくような感じがした。
うん、とってもおいしい。
「今日は大変だったわね」
「ですね……あまりお役に立てませんでしたけど」
「何言ってるのよ、十分役に立ったじゃない」
鈴仙さんは笑いながら私の背中をバンバンと叩く。
そ、そうかな……?
あんまり役に立ってない気がしてならないんだけど。
「秋さんやおじさんも来てくれたならもっと楽しかったんでしょうけどね……」
「でも仕方ないわよ。忙しいって言ってたし」
あれからまた里に戻って秋さんとおじさんを誘ったのだけれど……
「気持ちは嬉しいけど、忙しくて行く暇がない」と断られてしまったのだ。
うーん、忙しいのなら仕方がないよね。
……はっ、人の気配!?
「こんにちはー」
「あ、ゆ、紫さん?」
振り返るとそこには……紫さんがいた。
「面白いことやってるじゃない」
「い、いつの間に……」
「ふふ、別にそんなのどうでもいいじゃない」
鈴仙さんの問いに対して不敵な笑みで返す紫さん。
本当に神出鬼没だなぁ、この人。
「あら、もぐもぐ。紫じゃない、もぐもぐ。
あなたも、もぐ、お芋食べにきたの? もぐもぐ……」
「まぁ、そんなところかしらね」
あの、幽々子様。人と話す時にお芋を食べるのはやめましょうよ。
ほら、うまく話せてないし、こぼれてるじゃないですか。
「あれ、手に持っているそれは何かしら?」
「これ? ああ、これは芋焼酎よ。
焼き芋に芋焼酎、まさに芋尽くしってわけ」
へぇ、芋尽くし、か。なかなか面白いわね。
「よーし、それじゃあ飲みましょうか!?」
「もちろん飲むわよ! ……もぐもぐ」
「永琳、どちらが多く飲めるか勝負ね?」
「お断りです、私は私のペースで飲むので」
「さっきのアレのせいで頭がまだ痛い……けど飲むよー!」
紫さんの提案に皆が同意した。
……やれやれ、これじゃ焼き芋大会というより宴ね。
「妖夢はお酒要らないのー?」
「あ、私はお芋を見ていなきゃならないので……」
「わかったー、頑張ってね」
幽々子様は私に向かって手を振っている。
にこりと笑って返してからまたお芋と焚き火と睨めっこをする作業に戻った。
焼けたお芋を焚き火の外に出しては新しいお芋を濡らした新聞紙にくるんで焚き火の中に入れる。
あ、この新聞紙は天狗の持ってくる新聞を有効活用させてもらいました。
新聞紙、結構たまってたからね……
まぁ、こうしてみんなの役に立っているんだからあの天狗も喜んでいるでしょ。
「はい、妖夢」
あれ、鈴仙さん……?
彼女が手に持っているのは、二つのコップに注がれたお酒。
もしかして、私の分も持ってきてくれたのかな?
「あ、持ってきてくれたんですか? わざわざありがとうございます」
「ご苦労様。隣に座ってもいいかしら?」
「ええ、どうぞ」
よっこいしょ、と言いながら鈴仙さんは私の横に腰を下ろした。
腰を下ろすと鈴仙さんはお酒をちびちびと飲み始める。
私も飲もうかな。鈴仙さんの飲み方を真似るようにしてちびちびとお酒を口へと運んだ。
後ろでは幽々子様や紫さん、永琳さんたちの笑い声が聞こえる。
「ふふ、どちらかというと私は夕暮れ時は静かなほうが好きなんだけど、
たまにはこんな騒がしい夕暮れ時もいいかもしれないわね」
「そうですね」
私達は静かに笑った。
おっと、そういえばお芋もかなり焼けているんだったわね。
「あ、お芋出来てますけど、食べますか?」
「いや、今はいいわ」
「そうですか」
それじゃこれは幽々子様たちに……
「ちょっとお芋を持っていってきますね」
「うん、行ってらっしゃい」
ことん、とコップを地面に置いて立ち上がる。
……幽々子様たちはかなり酔っ払っているみたい。
その証拠に顔が真っ赤。
「幽々子様、また新しいお芋が焼けましたよ」
「あ、ありがとぉ。そこに置いといてぇ」
かなり酔ってるなぁ。まぁ、大丈夫だとは思うんだけど。
「まだ食べますか? まだお芋は残ってますけど」
「んー、あとちょっとでいいわぁ……」
「はい、わかりました」
あとちょっと、か。今焼いている分で終わりかな?
私が焚き火の側に戻ろうとすると……
「二人ともいい感じじゃなーい?」
「うわっ!? え、永琳さんに輝夜さん!?」
酔っ払い二人に絡まれた!
二人は私の肩に手を置いてニコニコと笑っている。
もちろん二人の顔はお酒のせいで赤い。
「あの、いい感じ……と言いますと?」
「んもぅ、妖夢ったら恥ずかしがっちゃって!
鈴仙とあなた、お似合いのカップルよ?」
「お、お似合い……ですか」
輝夜さんにそんなことを言われて嬉しい気持ちはあるのだけど……
やっぱり恥ずかしいなぁ。
「うんうん、輝夜の言う通りよ!
でさぁ……もしあの子にお婿さんが現れなかったら……
あの子のお婿……いや、お嫁さんになってあげてくれない?」
「は、はい?」
「それじゃ、あの子のこと頼んだわよー!」
そこまで言うと二人はあはは、と笑いながらまた戻って行った。
二人とも、凄い酔ってる……
「それにしても……鈴仙さんのお嫁さんかぁ」
それも悪くないかも。いつも二人で仲良くご飯を食べて、仲良く寝て……
で、時には一緒にお風呂に入ったりとかしちゃって!
「いやぁ、参っちゃうなぁ!」
おっと、ニヤニヤしてる場合じゃなかった。
早く戻らないとお芋が焦げちゃう。それに鈴仙さんも待っているし。
「ただいまです」
「あ、お帰りなさい」
さっきと同じ場所にまた座る。
置いてあった焼酎を手に取ると鈴仙さんに話しかけられた。
「ねえ、さっき師匠と姫様になんて言われてたの?
二人とも笑っていたけど……」
「え!? いや、それは、あのー……」
言っちゃっていいのかな? 結構恥ずかしいんだけど……
「えーとですね……」
さっきの会話を鈴仙さんに教えると、当たり前だけど真っ赤になった。
「あ、あの二人、そんなことを……」
「酔いの勢いで言ったんじゃないですかね?」
「うーん、それもあると思うけどさぁ……」
そう言いながら焼酎をちびちび飲む鈴仙さん。
「……ねぇ、妖夢」
「はい? なんですか?」
「もし……だよ? もし私と結婚することになったら……どうする?」
「は、はい?」
少し驚いてしまったけど……私の答えはこれしかない。
「そのときは……喜んで鈴仙さんについていきます」
「……ありがとう、妖夢」
突然私を優しく抱きしめる鈴仙さん。
いきなりのことだったので私は驚いてしまった。
「ひゃっ!? れ、鈴仙さん……!?」
「私も妖夢のこと、大好きよ」
もしかしてこの人も酔ってるのかな……?
そう思ってちらりと彼女の目を見てみた。
……え? 彼女の目、酔っている目じゃない。
ということは……本心?
……だったら私も本心を伝えたい。
「私も、鈴仙さんのこと、好き……ですよ」
鈴仙さんの耳元でそう呟いた。
二人の間にいい雰囲気が漂うのが分かる。
そのまま二人で見つめあい、ゆっくりと顔を近づけた。
唇がくっつきそうになった瞬間……
「ふふふ、二人ともこの焼き芋に負けないくらいにアッツアツね!」
「ぶっ! ゆ、幽々子様!?」
いつの間にか私達の背後にもぐもぐと焼き芋を食べる幽々子様がいた。
いや、それだけじゃない……この場にいた全員が集まってきてる!?
「ウドンゲったら積極的なのねぇ。どう思う、輝夜?」
「いやぁ、見ているこっちがドキドキしたわよ。
こんな鈴仙も新鮮で面白いわね!」
「てゐは?」
「ふふふ、このことはしばらくの間ネタにさせてもらうよ……
ちょっと嫉妬しちゃったのは内緒だけどね……」
ま、まさか皆に見られてるとは……
「よーし、それじゃあ二人の結婚のお祝いも兼ねて、思いっきり騒いじゃいましょうか!」
「いいわね!」
「私も賛成!」
紫さんの提案に皆が同意している……
うぅ、見られてたなんて恥ずかしい!
「ちょ、ちょっと、私達結婚なんてまだしてな……あ、行っちゃった……」
鈴仙さんが反論する前に皆は屋敷の中へと入って行ってしまった。
どうやら屋敷の中で続きをするらしい。
「はぁ、全くあの人たちは……」
「いい人たちではあるんですけどねぇ」
やれやれ、と肩をすくめる鈴仙さんと苦笑する私だけが庭に残されてしまう。
……私達も行こうかな。
「鈴仙さん、先に行っててください。後片付けを済ませてから行くので」
「私も手伝うわ。妖夢を一人にするわけ無いでしょ?」
笑顔とともにかけられたその言葉に思わずドキッ、としてしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「さ、早く片付けましょ」
片付けといっても焚き火の中からお芋を掘り出したり、使っていない芋を集めたりするだけなんだけれどね。
でも、一人でやるよりも二人でやったほうが断然早い。
鈴仙さんと一緒に片付けをするとあっという間に終わってしまった。
「終わりましたね」
「ええ、そうね。それじゃあ向こうに行きましょうか」
「はい、わかりました」
私は焼けたお芋を抱えて屋敷のほうへと向かう。
すると、いきなり前にいた鈴仙さんが私を振り返った。
「どうかしました?」
「……今は誰も見ていないわよね?」
「ええ、誰も見てないと思いますけど……」
きょろきょろと辺りを見回してみる。
うん、誰も見ていない。
でもそれがどうかしたのかな?
「それならいいわ」
えーと、何が……って、えっ!?
気がつくと目の前には鈴仙さんの顔。
そして唇には柔らかい感触が。
えーとつまり……私は鈴仙さんにキスされているの……?
唇を通じて鈴仙さんの体温が伝わってくるし、この唇の感覚。
間違いない、私達は唇を重ねているんだ。
そ、それにしてもいきなりすぎるよ、鈴仙さん……
唇を重ねていたのはほんの数秒くらいだったんだろうけど、
私には何分もキスをしていたように感じられた。
しばらく唇を重ねていると、鈴仙さんのほうから顔を離す。
「……さっきはいいところで邪魔が入ったからね。
だから今のはさっきの続き」
そう言いながら、ふふふ、と笑う鈴仙さん。
あ、真っ赤な夕日に照らされながら笑う鈴仙さんの顔……
とっても綺麗……
少しの間、彼女の顔に見とれていると、いきなりがしっ、と手をつかまれる。
「さ、やることもやったし、急ぎましょ!」
「あ、は、はい!」
鈴仙さんは笑いながら、そのまま私の手を引いた。
屋敷の中からはみんなの笑い声が聞こえてくる。
「皆楽しくやっているみたいね」
「ですね」
「さぁ、私達もあそこに混ざりましょうか!」
「ええ!」
私は胸に抱えたお芋を落とさないように気をつけながら鈴仙さんと一緒にみんなの集まる部屋へと急いだ。
よーし、今日は騒ぐぞー!
「ふぅ、皆寝ちゃったわね……」
「皆、結構酔ってましたからねぇ」
私達は皆の寝顔を見ながら微笑んだ。
私と鈴仙さん以外の人たちは酔いつぶれて寝てしまっている。
全く、こんなところで寝たら風邪引きますよ?
「鈴仙さん、毛布があっちの部屋にあるんで取りにいきましょうよ。
このままだと皆風邪引いちゃいそうですし」
「そうね……案内してもらえるかしら?」
「わかりました。こっちです」
私は立ち上がって鈴仙さんをすぐ近く……というかすぐ横にある寝室へと案内した。
ここの押入れには毛布や寝具の類がしまってある。
多分足りると思うんだけど……どうかな?
えーと、一つ、二つ……うん、足りるわね。
「鈴仙さん、半分お願いできますか?」
「もちろんよ」
鈴仙さんは笑って私が持っている布団の半分を持ってくれた。
さて、早く戻って毛布をかけてあげないとね。
起こしてしまわないように気をつけながら居間へと戻る。
「よいしょ……っと」
ゆっくりと一人一人に毛布をかけていく。
ふぅ、これで風邪を引く心配はないわね。
「それにしても……寝顔は皆綺麗というか可愛いというか……」
「ふふ、同意です」
これが私達をいつも困らせてくれる人の顔なの?
そう疑問を感じるくらいに皆の寝顔は綺麗であり、可愛くも見えた。
これが天使の寝顔……とでもいうのかな?
「みんな寝ちゃいましたし……私達もそろそろ寝ます?」
「そうね……寝ましょうか」
「それじゃあ私、布団を準備してきますね」
寝室に二枚敷けばいいかな。
「あ、ちょっと待って」
私が布団を敷きに行こうとすると鈴仙さんに止められた。
「はい?」
「……布団は、一枚でいいわ」
「……はい。一緒に、ですね?」
「うん、そういうこと」
ええ、鈴仙さんが言いたいこと、分かってますよ。
一緒の布団で寝よう、ってことですね。
よし、それじゃあ一枚だけ敷こう。
私は寝室へ入ると、手早く一枚だけ布団を敷いた。
おっと、もちろん毛布も忘れずにね。
……うん、敷き終わったわね。鈴仙さんを呼んでこよう。
「鈴仙さん、終わりました」
「あ、うん、わかったわ」
「言われたとおりに一枚だけ、引きましたよ」
「ふふ、ありがと」
鈴仙さんは微笑みながら寝室に入ってくる。
彼女が中に入ってから私はゆっくりと寝室の襖を閉じた。
「さ、寝ましょ」
「はい……」
布団に入ると中で私の肌と鈴仙さんの肌が触れた。
あぁ、温かいなぁ……
「二人で寝ると温かくて気持ちがいいわね」
「ええ、寒くなってきてましたからね」
最近夜が寒くなってきていたから一人で寝るのがつらかったんだよね。
いつもこのくらい温かければいいんだけど。
出来ることならいつも鈴仙さんと一緒に……いや、流石にそれは無理か。
「それじゃあ、私はもう寝るわ。おやすみ」
「あ、はい、おやすみなさい」
そう言ってから鈴仙さんは目を閉じた。
……私も寝よ。
でもその前に……ぎゅっ、と鈴仙さんを抱きしめる。
それからゆっくりと自分の唇を鈴仙さんの唇に重ねた。
軽くつけてから離すだけのキスだ。
私のキスに、鈴仙さんは目をあけて少し驚いている。
きっと私から行動を起こしたことに驚いているんだろうな。
いつも鈴仙さんにされてばかりだからね。
「えっ、よ、妖夢? 何してるの?」
「気にしないでください。お休みのキスってやつですよ」
「……ふふ、わかったわ」
「それじゃあ、今度こそ本当におやすみなさい」
「ええ、おやすみ。また明日ね」
「はい、また明日……」
もう一度お休みのキスをしてから私は目を閉じた。
なんだか……鈴仙さんと一緒に寝ると、ものすごく安心できるよ。
まるで……そう。お母さんと一緒に寝るような感じに近いかもしれない。
きっと優しくて人思いな性格がお母さんのように感じるんだろうな。
ああ、出来るならばいつまでもこの人の側にいたい。
そして私を優しく見守って欲しい。
また目を開けて、寝顔を見つめてから、鈴仙さんを抱きしめた。
これからも、いつまでも私の側にいて欲しいという思いを込めて。
「また明日からもよろしくお願いしますね、鈴仙さん。
そして、これからもずっと、ずっと、私と一緒にいてくださいね」
静かに眠る鈴仙さんに向かってそう呟いてから私も眠ることにする。
おやすみ、鈴仙さん。
……明日からも二人で仲良く過ごせますように。
意識が途切れてしまう前に私は心の中でそう祈った。
騒がしくて楽しい幻想郷がひしひしと伝わってきました
甘い秋ですね
だけど作者様のうどみょんへの愛、確かに受け取ったぜ。
贅沢を言わせて貰うならば、何らかのトラブルに見舞われてお芋を収穫できない
秋姉妹にかわり、二人が愛情パワーでそれを解決、みたいな感じで物語にもうちょっと
起伏があると良かったかもです。
それでは最後にハロウィンにちなみまして、トリックオアトリート?
トリック。どんなお菓子よりも甘い二人が出てくるこの作品には『恋心 ダブルスパーク』を進呈。
何年かぶりにうどみょんを見た気がしてなんだか新鮮な気分でした。
もう少しイベントを盛り込んで起伏をつけたほうがよかったのかも・・・
次回の作品には反省点を生かしていきたいと思います。
そして最後にコメントをしてくれた方々、ありがとうございました!