Coolier - 新生・東方創想話

名前のない日、一日

2011/03/16 21:50:45
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 他人の振り見て我がふり直せ。
 でも、その逆って聞かない。我が振りを見て、他人の振りを直せ。
 意味がすんなりと通らないし、何より語呂も悪い。そりゃ広まらない訳だ。





 この状況を見た奴は、だいたいこう言う。
 「大変なことになってるな」
 「大丈夫かな」

 で、そういう意味では、そいつも同じだった訳だ。
 ただそいつの場合、当人の前で言うような、しおらしい調子ではなかったのが鼻についたのだ。



「いやぁー、こりゃ凄いことになりましたねぇ」
「……はーん、あんたでも一応"すごい"って事は分かるのね?」

 暮れなずむ空に影が差す。
 見上げれば案の定、鳥居の他にもひとつ、ネタに目を輝かせる黒い鴉を見つけた。
 逆光でも笑っているんだろうことが分かる活きの良さ。……これは良い。丁度良い暇つぶしが来た。
 この黄昏に鴉と言えば、見るヤツが見ればそりゃあ不吉以外の何者でもないけども、私の場合は幸か不幸か――たぶん幸な方だろう、今以上の不幸は特に思い当たりそうにないのだ。

 後に言われる緋想異変。
 結果的に一番の被害となった、この博麗神社以外には。


「ありゃ、珍しく弱気ではないですか」
「わざわざ本人の前でそれを言うか。私が口が回る日の方で良かったわね?」
「手が出てこないのは有り難い限りですね! ……その口の方は速射砲もかくやですけど」
「えぇお陰様で。最近はショットの速度の方も気にするようになったのよ」

 天狗の張り付く笑いにこちらもニヤリと返してやる。
 普段の私から考えれば、可能性のひとつとして、誰かの顔を見た瞬間に滅するくらいの勢いがあっても良い。八つ当たり? 違う、妖怪系統専門の挨拶だ。スペルカードなら殊に文句もあるまい。
 そりゃあこの状況、凹みもそうだが、多少の苛つきはある。ただこれが誰かの異変であるのならと思えば、この怒りはそれまで取っておこうと思えるのだ。感謝するのねパパラッチ天狗。あんたは異変を起こした誰かに肩代わりされてるのよ。
 だから普通の顔して境内に降りて来るんじゃないっての。

「……で、あんたはこの時間から取材? ご苦労な事ね」
「ふふん、見習いなさい博麗の巫女。こう見えて私は仕事熱心ですから」
「だから取材される方の都合も考えろ、おい」
「ふふふ、私がそんなに空気の読めるヤツに見えますか? 空気の巫女さん」
「言われても"空を飛ぶ程度の"巫女よ。誰が空気だ誰が」
「あーいひゃい、いひゃい」

 確かに仕事熱心なことだ。
 頬を抓りつつ記憶を辿ってみるが、そういえばこいつ、取材以外で動いているのを見たことがない。ほとんど無い。私の記憶にないのだから、実質してないも同然だろう(温泉の異変も確かそういう話だった)。
 それにしてもこんな時まで仕事? 趣味と言い換えても良いんじゃないのそれ。いやこの博麗神社以外には特に何も影響は……天気が怪しいとか些細な変化はあるわけだが、それでも仕事をとるヤツは奇特じゃないか?
 または暇人とも言うのではないか、とまで考え、一瞬自己嫌悪の念が降りてきたので考えるのはやめた。
 そうだ、ここは幻想郷だ。そんなヤツも中には居るのだろう。


「いてて……。で、どうですか? 簡単な手伝いくらいなら私も出来ますよ」
「……言われてもねぇ」

 時間的に見れば、そろそろ人の身としては休みたい頃だ。
 呆れ目に見渡せば、山々の向こうに日は落ちつつある。境内に長く伸びる影も、袖や埃を時折舞い挙げてゆく風も、迫る夜の気配を色濃く現しつつある。
 まぁ確かに、日も暮れれば、取り立ててすることも無くなる。するといえばそうだが、単純に宿か何かで一晩過ごして、という一般の時間の過ごし方くらいしかない。


「でしょう? 良いじゃないですか、話し相手として是非お相手させて下さいよ」
「……………………」

 ……取材のオニ(天狗だけど)にとっては願ったり叶ったりてヤツ?
 今日は帰りませんよ、と真剣な顔で迫られては、わざわざ帰すだけの体力も事実無駄だ。
 押し切られる形がどこか釈然としないが。

「天狗って鳥目だっけ」
「取材のためなら鳥目にも。霊夢さんは」
「聞かんで良い、よーく分かった」

 結論:面倒くさい。
 結局はその一晩、私は天狗と過ごすことと相成った。




「怪しくありませんか? あの倉庫」
「知らん。中は整頓しといたけどね、なるようになるわよ」

 誰かに期待しても無駄ってのは分かるけど。人によっては"大和撫子"みたいに、もうちょっと遠慮を持っても良いんじゃなかろうか。むしろ不安を煽ってどうする。天狗だからか。天狗だからか。
 香霖堂から譲り受けてもらった"てんと"に寝転がり、奪った手帳に目を通す。……駄目だ、何書いてるかさっぱり分からん。日本語かこれ。

「速記って記号化に似てますからね。情報漏洩も防げて一石二鳥、もとい、」
「……………これじゃまだ"一鳥"ね」
「痛い痛い、羽を引っ張らないで下さいってば、生き物の羽ですよ? 取り扱いにはもっと心を込めて」

 何を言う。取材協力、と来ればこれくらいの報酬はあっても良いはずだ。
 ここまで来たらこいつの態度についてはもう良いや。自分で確実に変えられるものって自分しかないのよね。でも大仰な努力もねぇ。私はある程度なら空気も読むわよ。
 他人は他人、自分は自分でしかないんだし。
 ……我ながら冷めてるなぁ。

「さっきの話ですけど、ほらあれ。人間の知恵にあった気がしまして。土の下に、壺に入れて保存するという方法があったと思ったので」
「あぁ、ここではね。ちゃんとやってるわよ。……倉庫の中も凄かったでしょ? 予備ってヤツね。火にも燃えないし」
「はぁ、本当に備えあれば憂いなしですね」

 確かに、と天狗は素直に頷く。
 その顔がふと真顔になる。"てんと"の中をくるくると見回すと、そして倉庫の方を指さして言う。

「……まさかと思いますけどこれ、このテントってまさか、あの中から?」
「そうだけど」
「えっ、いやっ、……人間って丈夫じゃないのに更に命知らずな……」
「そう?」

 指さされたのは、神社の敷地内にあるいわゆる倉庫。中は上の物も下の物もごっちゃになっていたが、てんとは普通にそこから持ってきた。

「だって大丈夫だったし」
「それは結果論って言うんですよ霊夢さん」
「まぁ、そうだけどね」

 危険だとか何とかで、絶対やるな、と言われる。
 けれど、それは目の前にすると繋がらない。危ないことだろうと何だろうと、全部"出来ること"に見えるのが何か不思議だ。事実、物理的に出来ないことになった訳じゃない。単純に"出来ること"。だから何か理由を見つけると、それをやってしまう。理由があるから"やるべきこと"に成り代わる。

 一晩明かす所がなかったら、それくらいしても良いんじゃないか?
 とは言えたぶん、今の私には圧倒的に危機感が足りていないんだろう(勘とかでも乗り切ってきたし)。
 ただ、あんまり何でも怖がって動かなくなる、それも良いのかどうか分からない。
 場所によっては培われるものなんだろうとは、思う。それ以上はよく分からないし、考えても仕方がない。
 どうにか出来ている今があるならこそ、なんだろうなぁ。こんなん考えるの。

 なおも言い募ろうとする天狗に、

「あんたもそうじゃない?」
「ん、何がです?」
「体が丈夫なのは分かるけど、わざわざこんな所に来る?」
「……いくら荒んでるからって、自虐はよくありませんよ霊夢さん」
「おい参拝客の事じゃねぇよ、分かって言ってるでしょーがあんた」
「HAHAHAHAHA、あ痛」

 こいつは笑って言うけど、だって、それならそうだろう。
 どちらも危険な場所に首を突っ込んでいるというとこでは一緒だ。どこが違うというのか。
 一方で、大笑いを納めた天狗。口元は笑っているが、蝋燭の火の中で、その目は黒々とこちらを見ている。


「霊夢さん、私は何でしょうか?」
「知るか。どっかの理論だと、自己実現ってのは随分後の方にあったわよ」
「いえいえ、"自分がなりたい自分"じゃない方です。探さないと分からない自分なんて、今はどうでもいいでしょう? 今分かる範囲でどうぞ」
「………………」

 じゃあ、何だ。
 目の前にいるやつ。"しゃめいまる あや"とか言う名前を持った天狗? いつも飛び回ってるヤツ? 五月蠅いヤツ。鳥だけど。そういえば種類としては鴉天狗なんだっけ、黒いし鳥だし。
 一体何を言わせたいのよ面倒くさい。

「………………」

 いやそもそも何でこいつに付き合っているのか。そもそもこんなアクシデントが無ければ、こんな面倒な事も考えることは無かったわけで。というか何でここに来たっていう質問にもまだ答えがない。なんでこんなに答えを引っ張られなきゃならんのか。

「………………」

 あ、駄目だ。またむかっ腹が立ってきた。私のこの手が獲物を求めているわ。どうしてやろうかこいつ。
 剣呑な気配を察したか、天狗はブンブンと両手を振ってあわてる。

「あややや待って待って、弁明の機会があるならですね。私の中には例えるなら柱があるわけですよ霊夢さん」

「鼻っ柱くらいなら今からでも折れるわよ」

「すみませんご遠慮願います、私もちゃんと話すつもりですから、はい、深呼吸ー」

 じゃあ今までのは何だ、とも思うがひとまず口を噤む。他人に当たってもしょうがないのは分かる。分かるから黙ろう。何もしないのは一番楽だ……うん、確かに。
 天狗も真顔で言葉を口にしたあと、ひとつ咳払いをして場を整えた。


「じゃあ、続けますよ? まぁここに来る理由を話すのにいきなり柱、と言っても意味分かりませんよね。
 私のを大雑把に挙げるならですね。
 天狗としての柱、幻想郷の住人としての柱、そして私の立場としての柱、って感じですかね。
 ほら、霊夢さんにもあるでしょう?」
「……何が」
「自分を支える柱ですよ。自分自身を説明する上で挙げたい、あるいは挙げるべきものです」

 想像として思い浮かんだのは、水面から幾本も立つオンバシラの群れ。守矢の神社、神湖と呼ばれる場。

「めんどくさい例え話ね。それ誰でもあるモノじゃないでしょ?」
「ありますよ。無ければおかしい、それは妖怪にとって死んでるのと同じ事です。むしろ消えます、妖怪なら」

 ほう。

「……大きく出たわね」
「事実ですから」


 天狗の目が、光を吸い込むような黒さを持つ。鴉とかの鳥の目じゃない、黒曜石とかそのたぐい。
 スペルカード戦やら、いやそれ以前のルールも何もない野良の争い。そういった時代の妖怪や、人間たちの目を彷彿とさせる。
 それを真剣さと言うのか。


 ―――日の暮れた幻想郷は静かだ。
 だから相手が口を開けば自然、耳を傾ける形になる。


「貴方の中で、何が柱になっているかは分かりません。
 私の中では先ほども言った、天狗として、幻想郷の住人として、そして私の立場として。
 これらを、私自身の柱として考えてます」

「折れたら、自分としての支えを失うもの。そう考えるとむしろ見て見ぬ振りをしたいものですが、支えを自覚することは、自分の中で指標を持つことにも繋がります。柱というのはつまり、自分の中での指標、地図、マニュアルです。これさえあれば、何があっても、何かが出来る。そういう物です」

 面倒ね、と私が言う。
 面倒です、でも大切だと思います、と天狗が返す。


「先ほど霊夢さんが言っていた"自己実現はもっと後の方"も、大まかに言えば柱ですね。

 外の世界のマズローと言う方の「自己実現論」ですね。
 生理的欲求(physiological need)
 安全の欲求(safety need)
 所属と愛の欲求(social need/love and belonging)
 承認の欲求(esteem)
 自己実現の欲求(self actualization)

 ……簡単に言えば、
 日々を生きていなければ駄目、だからそれを求める。
 安全でなければ、家族や社会に属し愛がなければ駄目、だからそれを求める。
 認められなければ、そして自分がなりたい物になれなければ駄目、だからそれを求める。
 これらは人間が持つ、望みを集約した物だと考えられます。」


「じゃあ、それで良いじゃない。」

「いえ、いえ。これだと、大雑把すぎるんです。具体性がない。帰納法です。可能性をまとめた物でしかない。
 例え分類分けをしても、物事には、ここに当てはめるには大袈裟すぎるっていう、中途パンパなグレーゾーン、境目があるんです。」

「貴方もそうでしょう? 博麗の巫女さん」
「…………」

「私の言う柱は、自覚する物です。自分が信じるに足ると思ったものを、柱にするんです。他人のためじゃない、まずただ純粋に、自分が信じて支えに出来るものを決めてしまうんです」

 種族とか良い例ではないですか。
 どんな特異な物でも、色が違ったり多少形が違っても、何かと似ている。だからそれを支えにする。そのために何かをしよう、―――そうやって目標、目的を決めることが出来る。
 もちろん、それが俯瞰してみると間違いだとしても。その個人にとっては、生きるに足る柱になる。
 生きるためには支えが、必要なんですよ。


「それが、まず私にとっての"天狗としての柱"です。天狗という社会の中にあるから、じゃあそれの為に何かしよう。そういう流れです」

「……じゃあ私にとっては"人間としての柱"って事になるのかしら。
 でもその時点で、私のあんたへの「物好きの趣味人」って評価は覆りそうにないわね。全然あってないじゃない」

「そこで、ふたつめの柱の話になる訳ですよ」
「……何だっけ?」
「"幻想郷の住人としての柱"です。」
「へー、それなら一応は共通してるわね……いや、ん? つまり、何。それは"同じ幻想郷の住人だから"を理由にして、何か行動しようっていう指標?」

「あ、だんだん霊夢さん怪しくなって来ましたね?
 まぁほら天狗は社会ですよ? 慣れです。それなりに人を気にするくらいの事も指標になります。
 柱を何に決めるかなんて、言葉を換えれば、そして究極的には自分の好みの問題ですから」


 好みってあんた。
 ざっくばらんに言ったもんね。妖怪は精神に因っているったって。


「だって、考えても見て下さい。
 幻想郷はそこまで広くないですけど、地底とか魔界とかを含めたら遠い遠い。
 そんな魔法でも使わない限り、今何があったのかさえ分かりはしない。
 今回の私だって、風の噂や椛の"千里を見通す"ってので知ったんですし。何より私の記者魂がですね!」

「……ひとまず、あれね。ここがそんだけ人から離れてるって言いたいのあんたは」

「滅相もない。ただ全て滞りなく情報があったら、それは苦労しないですよねという話です。
 それに、遠くたって何だって、ここもれっきとした"幻想郷"ではないですか」


 ここに私が居るのがその証です、と天狗は腕を組んで頷いた。


 種族に、場所に。
 何のために何をするか。指標としては大雑把にすぎるが、確かに当てはまる物もある。


 ならこの天狗、どうして具体的に"ここ"に来たのか?
 幻想郷という枠で、しかも危険地帯だぞ。思い切りグレーゾーンではないか。放っておいたって良いくらいの場所だ。

 …………なら、あとひとつの柱か。
 何だっけ。



 『天狗としての柱、幻想郷の住人としての柱、そして私の立場としての柱』



「あんたの立場って、何?」

「ありゃ、ご存知ない? そんなはずは無いはずですよ」


 ぱちくり、と目をしばたく。
 そして満面の笑みで胸を張って見せた。


「新聞記者ですよ! 私のは分かりやすいでしょう? ちゃんと名前もついてます」
「あー……」

 あんたの場合、"柱"とか大仰な物でもないって気がするんだけど。


「だって、誰でもやって良いことなら、別に私でも貴方でもいいじゃないですか。
 それなら誰にでも出来ることを端々に取り込みながら、それを集めて私の行動にしていけばいい。
で、それを踏まえた上で私ならではの立場……まぁ私の場合は新聞記者ですね。これなりに頑張ってみようと」

「ここに来たのは?」

「使命感です。新聞記者としての。世の中、適材適所って言葉もありますからね!」

「…………………」
「何です、いきなり蹲って。汲んできた水とか要ります?」
「いや、いいわ。なんか力抜けた」


 そうか、こうしてみると結局いつものところに戻ってきたわけだ。
 こいつはネタを求めて飛び回るパパラッチ鴉天狗で、
 そして私はあんまり参拝客の来ない博麗神社の―――


「で、霊夢さんの方は明日どうしましょう」
「……………立て直すわよ、身一つも無事だしね」


 こっちの方は神社の建て直しを待って、時間を過ごしていけば良い訳だ。
 そうすれば後は元通りと。
 なんだ、こうして考えるだけなら、普通に先の道筋は見えるものなのか。


「柱なんてのは、本当にただの比喩なんです。ただちょっと自分が不安定なとき、思い出してやれば良いんです。
 それにまず霊夢さんは、まず自分の身を守る、ってのをちゃんとやってますから。
 ……ただ、"博麗神社の巫女"としての立場は、これから順次組み立て直して行かないとですけど」

「確かにね。あーあ、確かに柱は立ってないとただの丸太ね。
 "博麗神社の博麗霊夢"は、明日からまた面倒なことになるわ……」


 ぐぐ、と伸びをする。話してたら眠くなってきた。
 そろそろ、ぐだぐだと時間を過ごすより、きっちり眠った方が良い頃合いだろう。
 明かりも勿体ない……それに、今なら普通に眠れそうだ。


「にしても遠回しに考えるわね、妖怪なんてのは。"いつも通りパパラッチに来ました"で良いじゃない」
「こと、妖怪は精神の力が源ですから、まぁこういう理論はかっちりとしないといけない物で。
 ほらこのように。私たちは理論武装で動いてますからね!」
「そんな情報は誰の役にも立たないわけだけどね」
「まぁほら情報は別ですよ。最終的に判断するのは自分の頭で、何より私自身じゃないですか。
 材料がなければ料理も出来ない。だから今は、私の情報を貴方の時間のために、使ったまでです」


 明かり、そろそろ消すわよ?
 えぇどうぞ。


「……何を理由に挙げたって、何を知ったって知らなくたって。
 その人の人物史を作るなら、その人の行動しか載らないはずですよ。
 第三者から書くなら、尚更。
 恥だって、誰かが決めた大雑把なルール。それを自分なりに解釈している。
 何を信じるかは、結局は自分次第。ただ最後は、自分で考えて、自分でいかないといけません。」

 誰かに影響していたかどうかなんてのは、二の次です。結局は、我が身で出来ることしか出来ませんから。


 ――明かりが消えても、天狗の声は聞こえる。
 ざわざわと風に擦れる木々の声も、てんとの入り口がそうして微かに動く音も。……余震か、風か、てんとが軋みの音をあげるのも、私には間違いなく事実。
 それに誰かがいれば、その息遣いがあるのも、それは当然のこと。

 分かっていた事だ。分かっていたことだが、思う。
 この郷の静けさは、そんな無機質なものじゃ、ないのだ。

「人物史、ねぇ」
「あー、何となくの言葉なんで具体的には何でも。自記でも自伝でもいいですよ。"あの時はあんな感じだった"っていう、自分をまとめる感じの。
 まぁ私たちの知ってる人物の中には、誰かの記録を取るっていう立場を取ってる人もいるわけですし」
「そうね。」

 ふと、求聞史記を思い出す。
 あの時は記録書に書かれるなんて思わないから、"書かれるため"としての行動ではなかった。異変を解決するため、何かが嫌だから何かをする、何もないけど何かしたいから、その他もろもろ。

 だから、ああいう記録になった。

 "何のためか"が変われば、何かしらは変わるんだろうか。
 書き手によっても違う。少なくとも求聞史記にああ書かれる時間を、私が過ごしてきたことは確かだ。
 もちろん、書き手や噂の伝わり方とかもあるけれど。
 ……書かれたそれが事実がどうかなんて、しかもそれが自分自身を記録した物だとしたら。
 事実かどうかを記録して、一体それが誰のためのものになるのだろう。


 ここにいる、自分のため。……確実さはそこにしかない。
 だから何かを目指すことは、確実性を求めたものじゃなく、"目的がある"という事実に即した物でしか無くなるのか。

 私はふと眠気を押して、隣の天狗に聞きたくなった。


「ねぇ文、じゃああんたもそうなんだ? 例え話とかも、全部自分のためにやってる?」
「あははは。そうですね、全部自分で考えた、自分のための行動。それが結果的にこうなった。
 けれどね、一つだけ言うのなら。……しっくり当てはまるような言葉なんて、単にむず痒いだけよ」

 ごろり、と隣で寝転がる気配があった。

「博麗の巫女。貴方の知っている中で、誰かの都合を考える妖怪が居る?
 それとも、誰もが持っている感情は誰かのためにあるもの?
 そんな面倒なことは、脊髄反射レベルでは対応できないし、やりもしない。
 私は勝手に書き散らして、そして誰かが勝手に読んでいく。目的はあるけれど、誰の都合も考えないとも言える自分、けれどそれを自然と言うには気持ち悪さが先立つ。
 ……だから、何かをして、不誠実な自分にズレを見出したいだけ。たったそれだけの話よ」

「良いじゃない、別に。
 結局他人は他人で、自分は自分なんだから」

 慰めなんだろうか、この言葉は。
 それとも、大義名分?
 分からない。
 分からないけども、

「私は、何もしないよりは良いと思ったわ。私にとってもね」
「ははは……そりゃ、どーも」


 時と場所と場合で、おんなじモノでも意味は面倒なくらい変わってくる。
 感情というルールに乗っている。感情という大義名分に乗っている。
 ルールは追加情報で、全部に共通する"時間"っていうものを見逃しているの。

 ただ、勿体ないじゃない?
 せっかくここに時間があるのに、今できることを、しないなんて。


 ―――その日、眠りに落ちる前。
 小さな笑みと共に耳に入ってきたのは、そんな言葉だった。




*********


 結論から言うと、幻想郷には次の日も朝が来た。
 私はここにいるんだから、お天道様が気分を損ねない限り、当然のことだ。
 ……あったわね、"当然"なんてものも。

 そしてその日、私の代わりに異変解決に向かっていたヤツが神社に顔を出した。


「……何だ、珍しい取り合わせだな」
「まぁこっちは鳥だからね」
「字が違います。そして鳥でも無いです」
「「あぁ、パパラッチ天狗」」
「おや、お二人ともよくご存知ではないですか」

 ニヤニヤと口元を隠す天狗は楽しそうだが、一方やって来た魔法使いは不満顔だ。

「にしてもなー、この魔理沙さんはほとんど夜通し異変解決に向かっていたってのによー」
「負けたあんたが悪い。と言うことは、元凶がやっぱりいるわけだ?」
「おう、今回はな……おい、霊夢その顔怖いぞ」
「いやいやいや、うん。そうね、私はそうだったわ。うん、ふふふふふふ…………」

 そうか、……そうか。
 ふ、ふふふふふ。異変解決の専門家としての私が吼え猛っている。
 そうだ。異変ならば、私にはそれを解決するという目的があるのだ。

「いやぁ、良かったですね! 私の方もこれで密着取材って記事が書けますし、いやぁ本当に来て良かった!」
「……今度、撃退専門のスペルでも作るか」
「Oh、大歓迎です。是非お待ちしてます」

 この根っからのパパラッチが。いや、見ようによってはこうも言えるか。このMめ。
 ひとしきり笑い、そして納めると、天狗は晴れ渡った空を見上げた。
 時間は朝と昼の境目、と言った頃合いか。黄昏みたいに色では分からないのが、まぁ昼よね。

「ふむ」

 天狗の、空を見上げていた目が振り返る。
 そして見慣れた営業スマイルで、

「じゃあ、私は妖怪の山に戻りますね。
 では霊夢さん、良いネタをありがとうございました!」
「えぇ、」
「それではっ、射命丸文、失礼いたします!」


 止める理由もなく、そして間も無かった。
 突風に瞑っていた目を開ければ、空にごま粒のような後ろ姿。せめて最後まで言わせろ。慌ただしいヤツめ。

「なぁ」

 少しの間はそうして天狗の背を目で追っていたが、魔理沙が振り返るのに気付いて、改めて手を挙げた。

「あぁ魔理沙、あんたもお疲れ」
「お? おぉ。まぁそれは私も興味あったから良いんだが、」

 驚いたように目をしばたかせ、そして気を取り直したのか、もう見えない天狗の背を指差す。

「……霊夢、私はあいつとも戦った覚えがあるんだが」
「行かせて良いのかって? 良いじゃない。立ち塞がったらぶっ飛ばすまでよ」


 互いにやりたい事をやる。
 それだけで十分なのが、この世の中というものなのだ。
 理由なんて、後で、でっかいのを付けてやればいいのよ。


「それともあんたが、らしくもなく心配でもしてくれるってわけ?」


 腰に手を当て聞いてみれば、豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔が、みるみる笑みに縁取られていく。
 ……こういう時、あんたは分かりやすいのよね。
 誰もかれもそうかは知らないけど。


「―――は、ははっ。そうか。いやいや。」

 帽子をかぶりなおし、そうして普通に笑った魔理沙が言う。

「そりゃ、お前らしいや」
「褒めても何も出ないわよ」
「いつもの事じゃないか。じゃあ帰ったら茶をくれよ。それで苦労もすっ飛ぶってもんだ」
「考えとくわ」

 ひらひらと手を振り、そして空を見た。

 幸い、戦う以外でまた会うアテはあるのだ。
 ただそれは目標と言うより、もうほとんど"成り行き"と化しているわけだが。


 まぁ、良いや。
 ともかく今は、出来ることをするまでだ。


 ただいつか。

 いつかは―――


「さぁ、じゃあ私の方は異変解決ね。忙しくなるわ!!」


 晴れ渡る青空に向け、私は腕をまくるのだった。
 …………………




 …………………………




「どうしたの? 博麗の巫女。そんなにも呆としていたら、威厳も何もありませんわ」
「……いや、なんか思い出しただけでね」

 博麗神社。

 今、陽気に騒ぐ人妖どもを見て、そして"あれら"の記憶をここに思い出す私が居る。
 だから、記憶にある"あれら"は私にとって「前の話」なのだ。
 目の前には宴会に興じる人間、妖怪、天人、神様、諸々。
 縁側に座る私の隣には妖怪、八雲紫。そういえばこいつは目の前の宴会の中でも、どちらかと言えば、それを眺めている方が多い気がする。

「あんたが居るって事は、もう春になったと思って良いのね」
「私は木の芽や、春一番でそう思っているのだけれど」

 あと頭が春の巫女。
 冬眠て言われるほどの引きこもりには言われたくないわ。

 そんな事を言い合い、杯を傾ける。
 宴会のための宴会。鬼の異変を思い出すが、特におかしな事もない。すべて"宴会"の中に収まっている。

「なんか、不思議だわ」
「何が?」
「この宴会も、単に"出来ること"だったんだなぁって」
「……慨嘆ばかりの貴方は、あまり似合いませんわ」

 貴方はただ堪能している姿を見せてくれればいい、と境界の妖怪は酒を注いできた。
 こちらも注ぎ返してやると、多少は胡散臭さの抜けた笑顔で笑った。
 こんな顔も出来るのか、こいつも。


「…………………」


 ……私は、割と健全な巫女を自負しているつもりだ。
 少なくともストーカーじゃ無いから、だからあそこに見える天狗や顔を出した普通の魔法使い、その他諸々の、あるいは名前さえ知らない人妖が、いつもは何をしているかなんて知るわけもない。普段何をしているかも、口に出さなければ分からないような、遠い奴らだ。
 けれど、この見える範囲の中にいる。
 今、この宴会の中にいる。その事実だけは確かだ。

 私は、また異変を解決しに行くだろう。
 ひとまず、そういうのが私だと思える訳だから。
 ……これだけだと綺麗事に聞こえるからもう一つ。
 事実、面倒くさいって思うのもあるんだけどねー。
 何かやらないと、始まらないじゃない?

 杯に映る空を、そしてそこに映る自分を見て。

「まぁ、それまでは。ひとまず普通の毎日も一緒に、頑張るとしますか」

 私は杯を呷った。




「……"人間が想像できることは、必ず人間が実現できる"か」
「何か言った?」
「今この瞬間があるのが、充実していると。そう言いましたわ」

 へぇ、あんたがね。
 巫女はさも意外そうに首を竦め、杯をほんの少し傾ける。

「あんた、周りには何にも悟らせないって思うときがあるんだけど」
「あら、心外ですわ。まるで私の発言全てが計画的であるかのような」
「違うの?」
「"わざわざ口にする"という表現はありますわ。けれど"口を突いて出る"という表現もある」
「あー、つまり自分も生き物だって言いたいわけ?」
「そうですわ」

 元よりあまり興味がなかったのか。ふーんまぁいいや、と巫女は宴会の方に目を向ける。

「ただ生きてるのが楽しいなんて、不思議っちゃ不思議よね」
「けれど、確かにそう思えるときがある」
「……まぁね」

 しばらく宴会を眺めた後、ちょっと酔いを覚ましてくる、と巫女は席を立った。
「あんたも素直に楽しめるときは楽しみなさいよ」

 いつも必死だったらクタクタになるわ、と後ろ手に手を振った。

「そうね、そうするわ」
 水鏡を瞳に映し、妖怪は目を細める。


「……肉体に因る"人間"としても、精神に因る"妖怪"としても。在る、ただそれだけで」


 境界の妖怪である彼女は、微笑む視界に巫女を、そして亡霊の姫を認め、口の中にこう呟いた。


「あぁ、忙しい。
 世の中が平和なときほど、私は忙しくて適いませんわ」


 傾ける杯の中に、その言葉は消えた。

 誰の耳にも届かないほど、小さな言葉。
 だからそれは、その場にいる誰も、知らない話だった。



====================

 肉体が追い詰められたとしても、せめて精神は余裕であれ。それは自分の支える柱になる。ここから出来る事がある。
 読んでいただき、本当にありがとうございます。
 私のため以外にも。これが何か貴方のためになれば、幸いです。

BGM.松たか子「時の船」

 修正しました。指摘ありがとうございます。
 2.奇声を発する程度の能力さん、7.コチドリさん、コメントありがとうございます。
 点数のみの方も、受け取りました。ありがとうございます。

 どうしても気に入らなかったセリフ箇所を修正。
v
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コメント



0.190簡易評価
2.100奇声を発する程度の能力削除
好き、この感じ大好き
霊夢と文の会話のやり取りが面白かったです
7.80コチドリ削除
作品の良し悪し、好き嫌いにかかわらず、
書き手である貴方が物語を創作し、それを創想話に投稿することで何らかのプラス収支を得たと感じるとする。
現時点であろうと一年後であろうと構わない。そう感じられたのなら作品に価値はあるのだと個人的には思う。

読み手である俺は物語にコメントして、〝自己〟と頭に付こうが満足を得た。充分ためになっている。
ちなみにこの作品は俺にとって〝良し〟で〝好き〟の部類に入ります。やっぱりためになっているね。