目が覚めると、何かが足りないような気がした。
六十六枚の「我々」は、確かにここに揃っていた。けれど、私の隣のあたりに、何かが、誰かが足りない気がした。
いつだったか、聖に説教を受けた記憶がある。
何があったかは覚えていない。何を言われたかも覚えていない。ただ朧げに、隣に誰かが座っていたような、そんな気がしてならなかった。
「どうでしょう。流石にもう少し詳しいところが分からないと、それだけでは何とも言えませんね」
そう聖に言ってみたが、返ってきたのはそんな言葉だった。
ですよね、と私は姥の面を付けた。もともとそれは駄目元だった。そんなに簡単に違和感がぬぐい切れるとは、私も思ってはいなかった。
「……ああ、ですが」
そういえば、と聖はぽんと手を打った。
「どうも、普段使い用の座布団が人数に比べて一枚多くあるようなのです。前はそのようなことはなかったように思うのですけれど……」
ふむむ?と狐面を浮かべた私に、聖は微笑んで言葉を続けた。
「……もしかしたら、こころさんの感じているように、誰かがここを去っていったのかもしれませんね」
いつだったか、一輪に稽古をつけてもらった記憶がある。
詳しいことは覚えていないが、誰かに勝つためだったはずだ。誰だったかは思い出せない。確かに私と、そして恐らく一輪とも、親しい相手だったはずなのだが。
「あーごめん、全然覚えてないや」
そう言った私に、からからと笑って一輪は応えた。そういえば貴方はそういうひとだったね、と私は言った。つまり、袖振り合った愉快な縁を、太く、短く、楽しむひと。
「縁でも銭でも、旧都にあっては宵を越さないの。ああでも――」
自慢げに言って、ふと思い出したように一輪は辺りを窺って、それから小声で私に言った。
「あの子の縁は取っときたかったな。なんかさ、あの、変な雰囲気の子供っぽい子。確かこころの友達だって言ってたと思うんだけど」
はてと私は猿面を浮かべた。記憶の底をさらってみても、心当たりが見つからない、と。
「あの子なー、いると酒盛りやってても聖様に気付かれないから、すごいありがたかったんだよね。なんて能力だったっけ、それは聞いたと思うんだけど……」
だけど、なにやら、少し懐かしい気がする、と。
何回か、マミゾウさんに人探しを頼んだ記憶がある。
確か毎回、探す相手は同じだったはずだ。頼みこむ度に、困ったような顔をされた記憶がある。
そして結局一度たりとも、頼みが実を結んだことはなかったはずだ。どれだけ探した記憶があっても、見つけた記憶は一つもなかった。
「あー、そうじゃのう」
そう言って、心当たりはないかと訊くと、マミゾウさんは困ったように頬を掻いた。その目はどこか他所を向いていて、だからなにかを誤魔化そうとしているようだった。
「いや、単純に悩んでおるんじゃよ。わしにも諸々の事情があるからに」
つまり、何か知っているということではないか。私が薙刀を出して構えてそう言うと、マミゾウさんは観念したように目を閉じて。
そうして、私に煙を吹きかけた。慌ててのけぞって煙を払った私に向けて、まだまだ甘いのうなんて笑い声を上げて、マミゾウさんは姿をくらましてしまった。
「あやつに関しては、ぬえの方が詳しいわい。今は自室に籠っとるじゃろうし、行って尋ねてみるとええ」
がらんどうになった部屋に、マミゾウさんの声だけが響いた。
「それで、のこのこ私の部屋に来たわけだ」
小馬鹿にしたような顔をしてぬえは言った。
「たらい回しにされたんだとか、少しは疑わなかったわけ? ほんとにぬえが知ってるのか―ってさ」
言われて、ああと私は手を打った。全く疑いもしていなかったと。
けれど、何となく正しいような気がしたのだ、と続けると、ぬえは普段の薄笑いをすと引っ込めて、じっと私を眺めてきた。
「ふうん、既にそこまで意識に上っちゃってるんだ。なら放っといてもそのうち辿り着いちゃうか」
独り言のように呟いて、ねえこころ、とぬえは真剣な顔で問いかけてきた。
「赤いピルと青いピル、どっちがいい?」
赤マント青マントの間違いかな、と私は返した。それならどっちも選ばないけど、と。ぬえは失敗したとでも言いたげな表情で肩を竦めた。
「冗談。それで――」
再びじっと見つめてきたぬえの瞳は、まるで洞穴のようだな、と私は思った。無抑揚に、無感情に、ものを選別するような目だ。
「まず間違いなくさ、真実を知ったらこころは不幸なことになるよ。それであっても真実が知りたい?」
はて、不思議なことを言うな、と私は応えた。不幸な事実があったとして、それを知らない方がよほど不幸だろうに、と。
「まあ、こころはそう言う種類のやつだよね」
呆れたようにぬえは言って、その顔はまるで馬鹿馬鹿しいと言いたいかのようだった。
「地底の中心、地霊殿って屋敷の主、さとりって奴に会いに行きな。答えはそこにあるはずだよ」
「……あら、珍しい顔ですね」
地霊殿という館の扉から顔を覗かせた少女は、そんなことを言って眠そうな目を瞬かせた。髪の色こそ違うとはいえ、どことなく雰囲気はあいつに似ているな、と思ったところではてと私は首を傾げる。名の思い出せないあいつのことは、顔どころかまだ姿でさえも思い出せていないのに、と。
「なるほど、事情は分かりました」
少女の声が聞こえて、私は軽く困惑した。何も言った記憶はないのだけど。
「あー……貴方の話は前から耳にしていますから」適当に誤魔化されたような気がする。
「まあ、そうですね。面倒ですし、それは後にしておきましょう。それより……」
少女に連れられて、館の一室へ案内された。ここの廊下や窓なども、見たことがあるような気もするし、ないような気もする。夢を見ているときに近いか。何とも不思議な気分だった。
「ここが、あの子の自室です。あの子のものが多くありますから、すぐに思い出すことができるでしょう」
そう言って、少女は少し逡巡するようなそぶりを見せた。
「……まあ、好きなように頑張ってください」
部屋の中で、初めに目についたのは、壁にかけられた服だった。黄色の長袖と緑のスカート。ああ、あいつの普段着だ。懐かしいな、と感情が飛んで、その後ろからあいつの背中が脳裏に浮かんだ。
ついさっきまでは欠片ほどだって思い出せなかったはずなのに、と一瞬だけ疑問が浮かんだが、あいつのことを思い出すことに比べればそんなことなどは些細なことだとすぐに意識を切り替えた。
リボンの結ばれた帽子があった。帽子の影からくすくすと笑うあいつの顔が思い浮かんだ。
無造作に放り出されたナイフがあった。ナイフを手慰みに弄るあいつの姿が脳裏に浮かんだ。
薔薇の差された花瓶があった。薔薇の弾幕を辺りに咲かせてにこにこと笑うあいつの影が想起された。
先の少女の言った通りだった。辺りに散らばるものを見るたびに、鍵が外れていくように、あいつとの記憶が私の頭の奥底から際限なく溢れ出していた。どうして忘れていたのだろうかという疑問も僅かばかりに生まれたが、それもすぐに記憶の奔流に流されていってしまっていた。
あと少しだという不思議な直感に引き摺られて、私は足元の枕を引っ繰り返して、そして半分に割れた面を見つけた。
真白の、子供の面だった。
そうだ、と私は声を上げた。この面が全ての切っ掛けだった。あいつがこの面を奪ったのが、あいつとの縁の始まりだった。そのせいで起こった我々の暴走が、私が命蓮寺にお世話になる切っ掛けだった。
思い出した。
あいつの名は。
宿敵の名は――
「あーあ、こころちゃんたら思い出しちゃった」
鈴のような声が聞こえた。ひどく懐かしい声だった。紛うことなくあいつの声だった。
私は振り向こうとして、あいつの名を呼ぼうとして、そのまま足元に崩れ落ちた。
「無理だよ」なおも立ち上がろうと、振りむこうとした私にあいつは言った。「こころちゃんにはしばらくの間、あらゆる身体の動かし方を忘れておいてもらうから」
なんで、という声も出なかった。口の動かし方が分からなかった。私に許されていることは息をすることだけだった。
「もー、駄目だよーこころちゃん。こころちゃんたらもう子供じゃなくなったんだから。イマジナリーフレンドのことなんて、思い出したら駄目なんだよ」
頭の上からあいつの声だけが聞こえた。記憶と違わぬどこか無邪気さを感じる声で、けれどその声は今この時には、ぞっとするほど恐ろしかった。
「だからー、今度は二度と思い出すことのないように、違和感の欠片も残さないように」
やめてくれ、と叫ぼうとした。暴れようとした。けれどそのすべての感情を無視するように、私の身体はぴくりとも動こうとしなかった。
「――こころちゃんの持ってる私の記憶、一切合切、消してあげるから」
その言葉とともに、私の視界は暗転した。
突風に布団を剥がれて、私は目を覚ました。薄々誰の仕業か察しつつも目を開けると、やはりそこには一輪が立っていた。
「目、覚めた?」
「うん。おはよう」
返事を返して、何の気なしに時計を見る。九時だった。
「あれ」
思わず目をこすって、ついでに普段のスケジュールを思い出す。命蓮寺の朝餉は七時からで、寝坊者への救済はなし。更に言うなら、命蓮寺は一日二食制である。
「待って」
「どうぞ」
「寝坊?」
「御名答」
「朝は?」
「御明察」
私は顔を覆った。食べなくても死にやしないとはいえ、朝食抜きが辛いことには変わりない。起こしてくれても良かったのに、と当てつけのように言ってみたけど、だいじょーぶ私も同罪だから、とからからと笑われてしまっては立つ瀬がなかった。
「……あれ、そういえば」
一輪はふと気づいたように言った。
「悲しそうな割には、姥の面、付けないんだ」
あー、と声を漏らして私は応えた。
「これは、なんか、もっと大事な時の表情な気がする」
六十六枚の「我々」は、確かにここに揃っていた。けれど、私の隣のあたりに、何かが、誰かが足りない気がした。
いつだったか、聖に説教を受けた記憶がある。
何があったかは覚えていない。何を言われたかも覚えていない。ただ朧げに、隣に誰かが座っていたような、そんな気がしてならなかった。
「どうでしょう。流石にもう少し詳しいところが分からないと、それだけでは何とも言えませんね」
そう聖に言ってみたが、返ってきたのはそんな言葉だった。
ですよね、と私は姥の面を付けた。もともとそれは駄目元だった。そんなに簡単に違和感がぬぐい切れるとは、私も思ってはいなかった。
「……ああ、ですが」
そういえば、と聖はぽんと手を打った。
「どうも、普段使い用の座布団が人数に比べて一枚多くあるようなのです。前はそのようなことはなかったように思うのですけれど……」
ふむむ?と狐面を浮かべた私に、聖は微笑んで言葉を続けた。
「……もしかしたら、こころさんの感じているように、誰かがここを去っていったのかもしれませんね」
いつだったか、一輪に稽古をつけてもらった記憶がある。
詳しいことは覚えていないが、誰かに勝つためだったはずだ。誰だったかは思い出せない。確かに私と、そして恐らく一輪とも、親しい相手だったはずなのだが。
「あーごめん、全然覚えてないや」
そう言った私に、からからと笑って一輪は応えた。そういえば貴方はそういうひとだったね、と私は言った。つまり、袖振り合った愉快な縁を、太く、短く、楽しむひと。
「縁でも銭でも、旧都にあっては宵を越さないの。ああでも――」
自慢げに言って、ふと思い出したように一輪は辺りを窺って、それから小声で私に言った。
「あの子の縁は取っときたかったな。なんかさ、あの、変な雰囲気の子供っぽい子。確かこころの友達だって言ってたと思うんだけど」
はてと私は猿面を浮かべた。記憶の底をさらってみても、心当たりが見つからない、と。
「あの子なー、いると酒盛りやってても聖様に気付かれないから、すごいありがたかったんだよね。なんて能力だったっけ、それは聞いたと思うんだけど……」
だけど、なにやら、少し懐かしい気がする、と。
何回か、マミゾウさんに人探しを頼んだ記憶がある。
確か毎回、探す相手は同じだったはずだ。頼みこむ度に、困ったような顔をされた記憶がある。
そして結局一度たりとも、頼みが実を結んだことはなかったはずだ。どれだけ探した記憶があっても、見つけた記憶は一つもなかった。
「あー、そうじゃのう」
そう言って、心当たりはないかと訊くと、マミゾウさんは困ったように頬を掻いた。その目はどこか他所を向いていて、だからなにかを誤魔化そうとしているようだった。
「いや、単純に悩んでおるんじゃよ。わしにも諸々の事情があるからに」
つまり、何か知っているということではないか。私が薙刀を出して構えてそう言うと、マミゾウさんは観念したように目を閉じて。
そうして、私に煙を吹きかけた。慌ててのけぞって煙を払った私に向けて、まだまだ甘いのうなんて笑い声を上げて、マミゾウさんは姿をくらましてしまった。
「あやつに関しては、ぬえの方が詳しいわい。今は自室に籠っとるじゃろうし、行って尋ねてみるとええ」
がらんどうになった部屋に、マミゾウさんの声だけが響いた。
「それで、のこのこ私の部屋に来たわけだ」
小馬鹿にしたような顔をしてぬえは言った。
「たらい回しにされたんだとか、少しは疑わなかったわけ? ほんとにぬえが知ってるのか―ってさ」
言われて、ああと私は手を打った。全く疑いもしていなかったと。
けれど、何となく正しいような気がしたのだ、と続けると、ぬえは普段の薄笑いをすと引っ込めて、じっと私を眺めてきた。
「ふうん、既にそこまで意識に上っちゃってるんだ。なら放っといてもそのうち辿り着いちゃうか」
独り言のように呟いて、ねえこころ、とぬえは真剣な顔で問いかけてきた。
「赤いピルと青いピル、どっちがいい?」
赤マント青マントの間違いかな、と私は返した。それならどっちも選ばないけど、と。ぬえは失敗したとでも言いたげな表情で肩を竦めた。
「冗談。それで――」
再びじっと見つめてきたぬえの瞳は、まるで洞穴のようだな、と私は思った。無抑揚に、無感情に、ものを選別するような目だ。
「まず間違いなくさ、真実を知ったらこころは不幸なことになるよ。それであっても真実が知りたい?」
はて、不思議なことを言うな、と私は応えた。不幸な事実があったとして、それを知らない方がよほど不幸だろうに、と。
「まあ、こころはそう言う種類のやつだよね」
呆れたようにぬえは言って、その顔はまるで馬鹿馬鹿しいと言いたいかのようだった。
「地底の中心、地霊殿って屋敷の主、さとりって奴に会いに行きな。答えはそこにあるはずだよ」
「……あら、珍しい顔ですね」
地霊殿という館の扉から顔を覗かせた少女は、そんなことを言って眠そうな目を瞬かせた。髪の色こそ違うとはいえ、どことなく雰囲気はあいつに似ているな、と思ったところではてと私は首を傾げる。名の思い出せないあいつのことは、顔どころかまだ姿でさえも思い出せていないのに、と。
「なるほど、事情は分かりました」
少女の声が聞こえて、私は軽く困惑した。何も言った記憶はないのだけど。
「あー……貴方の話は前から耳にしていますから」適当に誤魔化されたような気がする。
「まあ、そうですね。面倒ですし、それは後にしておきましょう。それより……」
少女に連れられて、館の一室へ案内された。ここの廊下や窓なども、見たことがあるような気もするし、ないような気もする。夢を見ているときに近いか。何とも不思議な気分だった。
「ここが、あの子の自室です。あの子のものが多くありますから、すぐに思い出すことができるでしょう」
そう言って、少女は少し逡巡するようなそぶりを見せた。
「……まあ、好きなように頑張ってください」
部屋の中で、初めに目についたのは、壁にかけられた服だった。黄色の長袖と緑のスカート。ああ、あいつの普段着だ。懐かしいな、と感情が飛んで、その後ろからあいつの背中が脳裏に浮かんだ。
ついさっきまでは欠片ほどだって思い出せなかったはずなのに、と一瞬だけ疑問が浮かんだが、あいつのことを思い出すことに比べればそんなことなどは些細なことだとすぐに意識を切り替えた。
リボンの結ばれた帽子があった。帽子の影からくすくすと笑うあいつの顔が思い浮かんだ。
無造作に放り出されたナイフがあった。ナイフを手慰みに弄るあいつの姿が脳裏に浮かんだ。
薔薇の差された花瓶があった。薔薇の弾幕を辺りに咲かせてにこにこと笑うあいつの影が想起された。
先の少女の言った通りだった。辺りに散らばるものを見るたびに、鍵が外れていくように、あいつとの記憶が私の頭の奥底から際限なく溢れ出していた。どうして忘れていたのだろうかという疑問も僅かばかりに生まれたが、それもすぐに記憶の奔流に流されていってしまっていた。
あと少しだという不思議な直感に引き摺られて、私は足元の枕を引っ繰り返して、そして半分に割れた面を見つけた。
真白の、子供の面だった。
そうだ、と私は声を上げた。この面が全ての切っ掛けだった。あいつがこの面を奪ったのが、あいつとの縁の始まりだった。そのせいで起こった我々の暴走が、私が命蓮寺にお世話になる切っ掛けだった。
思い出した。
あいつの名は。
宿敵の名は――
「あーあ、こころちゃんたら思い出しちゃった」
鈴のような声が聞こえた。ひどく懐かしい声だった。紛うことなくあいつの声だった。
私は振り向こうとして、あいつの名を呼ぼうとして、そのまま足元に崩れ落ちた。
「無理だよ」なおも立ち上がろうと、振りむこうとした私にあいつは言った。「こころちゃんにはしばらくの間、あらゆる身体の動かし方を忘れておいてもらうから」
なんで、という声も出なかった。口の動かし方が分からなかった。私に許されていることは息をすることだけだった。
「もー、駄目だよーこころちゃん。こころちゃんたらもう子供じゃなくなったんだから。イマジナリーフレンドのことなんて、思い出したら駄目なんだよ」
頭の上からあいつの声だけが聞こえた。記憶と違わぬどこか無邪気さを感じる声で、けれどその声は今この時には、ぞっとするほど恐ろしかった。
「だからー、今度は二度と思い出すことのないように、違和感の欠片も残さないように」
やめてくれ、と叫ぼうとした。暴れようとした。けれどそのすべての感情を無視するように、私の身体はぴくりとも動こうとしなかった。
「――こころちゃんの持ってる私の記憶、一切合切、消してあげるから」
その言葉とともに、私の視界は暗転した。
突風に布団を剥がれて、私は目を覚ました。薄々誰の仕業か察しつつも目を開けると、やはりそこには一輪が立っていた。
「目、覚めた?」
「うん。おはよう」
返事を返して、何の気なしに時計を見る。九時だった。
「あれ」
思わず目をこすって、ついでに普段のスケジュールを思い出す。命蓮寺の朝餉は七時からで、寝坊者への救済はなし。更に言うなら、命蓮寺は一日二食制である。
「待って」
「どうぞ」
「寝坊?」
「御名答」
「朝は?」
「御明察」
私は顔を覆った。食べなくても死にやしないとはいえ、朝食抜きが辛いことには変わりない。起こしてくれても良かったのに、と当てつけのように言ってみたけど、だいじょーぶ私も同罪だから、とからからと笑われてしまっては立つ瀬がなかった。
「……あれ、そういえば」
一輪はふと気づいたように言った。
「悲しそうな割には、姥の面、付けないんだ」
あー、と声を漏らして私は応えた。
「これは、なんか、もっと大事な時の表情な気がする」
こころちゃんが必死に思い出そうと進んでいく姿が美しかったです
結末は悲しいものがありましたが、それでもこころちゃんの中に何かが残ったようでよかったです
素晴らしい作品でした
どうしてこいしはこころから去ろうとするのか?
とても気になります