Coolier - 新生・東方創想話

普通の国の秘封倶楽部

2017/12/22 19:33:09
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 頬が熱い。
 なんだか、まだ引っ張られているような感触がする。その、細い指の幻触を振りほどこうと両方の頬を手で擦ってみる。
 それでもどうにもしっくりこなかった。皮が伸びた様な気さえしてくる。
「うう、戻らなかったらどうしよう」
「そんな、お餅じゃあないんだし」



 いつものサークル活動、その話し合いの為に集まった喫茶店だった。
 シックに統一されたテーブルと椅子や、ランプが並ぶ店内。
 それら洋家具から、角砂糖の小瓶に至るまで、きっと真摯に吟味されたであろう品達が、店の外よりゆったりとした雰囲気を作り出している。
 それにシーリングファンが音も無くかき混ぜる、コーヒー豆の焦げた香りが添えられれば、まるで映画のワンシーンの中に迷い込んだみたいだった。
 レトロで本格的な佇まい。かといって堅苦しい感じはなくて、注意してみればちょっとした遊び心も見つける事が出来る。たとえば一席だけかわいい猫の砂糖入れになっていたり。さっきお店に入ってくる時に気付いて、思わず二度見してしまった。
 そんな落ち着いた木の温もりが感じられる店内を、窓から差し込む夏の日差しが照らしている。外ではあわや熱光線じみたその光も、程よい空調の恩恵か、雰囲気のせいか柔らかく感じられる。お陰で窓際の席は、今日のサークル活動にもってこいの環境が整えられていた。


 ところが、この平和そのもののお店に来て席に着くやいなや、早々に事件は起こった。なんと私の頬が、突然誰かに摘まれると、刑を言い渡すトランプの女王のごとき無慈悲さで引っ張られたのだった。きっと、私の可憐さに嫉妬した恋敵あたりの犯行に違いない。
 さてこんな風にミステリーっぽくしてみた所だけれど、登場人物は二人しかいないのだから、犯人はもうお分かりだろう。
 手つかずのアイスティーを前に、熱っぽい頬を労る私の向かい、テーブルの向こう側。遅刻と、謎の精神苦痛を理由に、『ほっぺた引張り』という悪魔の所業的刑を処した張本人のメリーが、注文した夏ブレンドのアイスコーヒーを上機嫌そうに飲んでいた。

「それにしてもマスター、流石のポーカーフェイスだったわね。完璧な微笑を一片たりとも崩さないんだもの」
 きっとついさっきの事を思い出しているのだろう。そんな事を言いつつ、メリーが微笑というより失笑気味にクスリと笑った。
「もう、ひどいわよ。流石に止めてくれると思ったのに、そのまま対応するんだもん。すごく恥ずかしかった」
 私がそう抗議するとメリーは、「罰なんだからあたりまえでしょ」と澄ました顔をしてまた一口コーヒーを飲んだ。
 いつもならここで冗談の一言二言、憎まれ口の一つでも叩こうかという所だ。でも今日は何故か言葉がつっかえて出て来なかった。
 なんだか、窓の外を眺めるメリーの表情が、マスターよりずっとポーカーフェイスに見えてくる。
 さっきのメリーの言葉、はたして冗談だったのか、あるいは本気だったのか。そんな事を思わず考えてしまっていた。
 私らしくもない思考。だいたい、顔色を伺い合うような仲でもない。
 気付けば唇が乾いていた。それを湿らす為に、ようやくアイスティーに口をつける。
 ふわりと広がる良い香りと、冷たい爽やかな苦みで、少し落ち着きを取り戻す。窓枠の影にそって、滑らかに日の光を照り返す飴色のテーブルの上にふう、とちいさく息を吐き出す。
 きっと、それもこれも悪癖のせいなのだと、誰に言うでもなく思う。
 いつのまにか定着してしまっていた癖、遅刻。
 最初は、そうだ。メリーの為だった。
 半ば巻き込む様に結成したサークル。初めのうち、彼女はどこか居場所がないような、所在なげな感じだった。
 だから遅刻する事にした。わざと、待ち合わせの時間より少し間を開けてから、声をかける様になった。
 今思えばとても奇妙な理屈。でも、そうすれば彼女の気負いも少しは減るんじゃないかって思っていた。もっと自然に、フランクに、気を許してって。
 そして止め時を見失ったそれは、いつの間にかたちの悪い手癖みたいになってしまった。お陰でメリーの表情は、まるで異国の言葉みたいに読み解けないまま。
 つと、東洋人とはかけ離れたその横顔を見つめる。じっと口を結んで、その透き通った青い瞳に白い雲と、空と、道の灰色を写している。不思議な瞳。遠く、窓の外、その向こう、あるいは別世界を見渡すその瞳を見ていると、なんだか吸い込まれてしまいそうだと思った。
 そしてふと、口から言葉が零れていた。
「煩わしくない?」
 全く無意識で、メリーへとそう、問いかけていた。
 自分で驚く。なんでそんな事を口にしたのか。そしてどこかでそんな事を思っていたらしい自分自身にも。
 混乱した感情をおいてけぼりに、頭の中で言葉が浮かんでくる。
 もしかしたらメリーは、本当にとても嫌なんじゃないだろうかという疑問。たかが遅刻。でもそれこそ相対性かもしれないという可能性。私には些細な事でも、彼女には違うかもしれない。
 そして、急に恐くなった。小首を傾げてただこっちを見ているメリー。それはまるで時間が止まってしまった様で。
 軽口こそ叩けど、激しい物言いをする相方じゃないとは分かっている。分かってはいるけれど、それでも今ここで何か、たとえ冗談だとしても『そういう事』を言われてしまったなら、とても耐えられそうになかった。何故だか、そんな気持ちになってしまっていた。
 まるで突然断崖の上に押し出されたような、羽も無くその瞳の色と同じ、空のただ中に放り出されたような、どうしようもない恐怖。
 今日の陽気を伝えてくれる筈の窓から差し込む日の光は、すっかり熱を失ってしまった様に冷たい。窓の硝子が氷に取って代わってしまったみたいに。机の上でアイスコーヒーの細長いグラスが光を受けてきらきらと輝いている。
 知覚する全てが、ひどく現実味がなかった。
 呆然としていたメリーが話し出すまでに、一体どのくらい時間が経ったのかも分からなかった。ただじっとその唇の動きを目で追う事ぐらいしか出来ない。
「煩わしいは煩わしいけれど、一時だけ」
 ただ文字だけが心の表面を伝っていくみたいだと思った。今、どんな顔をしているのか自分でも良く分からない。メリーの表情も、その反響するように聞こえてくる言葉の調子も、良く分からなかった。
「ゼンマイを巻くのは一日に一回だけだし」
「……え?」
「ん? この時計の事でしょ?」
 メリーが机の上を指差す。そこには、彼女がアンティークショップで購入したという古風な懐中時計があった。今は開けたままの蓋で自立して、卓上時計になっている。
「あ、うん」
 なんとか、それだけ言葉に出来た。そして気付かれない様に、ずっと詰まっていた息をようやく吐き出す。メリーの勘違いに思わずほっとしてしまう。
 それでも心の中のざわつきは消えた訳では無くて、まだ彼女の表情を読み取れないままな気がした。
 ずっとこのままだったらどうしようという不安が、頭の片隅をよぎる。
「あれ、止まってる」
 メリーの声に机の上を見れば、確かに時計の針は凍り付いた様に止まっていた。それに特に驚く様子もなく彼女は懐中時計を机から取り上げると、時計の脇から突き出た部分を操作する。
「ちょくちょくこうやって巻くのを忘れて止まっちゃうけれど、結構面白いわよ。愛着も湧いてくるし。手にもってみると重すぎず軽すぎず、しっくりきて心地良いしね」
 手慣れた感じに、親指と人差し指を擦る様にしてねじを巻き上げていくメリー。それを見て、何か思い出す。
「なんだか時計を持った白ウサギみたい」
 拭いきれない不安を押し切り、いつも通りを装ってそう言ってみる。
 お茶会と懐中時計で思わず連想したのは、不思議の国へと少女を誘うあのウサギだった。
 私の言葉に、メリーは時計に目を落としたまま笑う。
「私の容姿を差し置いて白ウサギね。残念ながら全然違う。ウサギは待ったりしないもの。いつだって時間に追われているわ」
 そして一旦手を止めて、私の顔を、瞳を見つめてくる。なんだか、今のこの心境を見透かされそうでドキリとする。思わず目を逸らしそうになったけれど、どうしてかそれだけはしたくなかった。だから逸らす代わりに、私も彼女の青い瞳の奥をじっと見つめ返す。
「それなら蓮子は帽子屋かな。いつも帽子被ってるし、そんな『大層な時計』を持っている癖に、時間そのものはいつだって見てないんだもの。それに、あなたの無くした時間はここにあるわ。うん、これでよし」
 そう言って、巻き終わった懐中時計をこっちに差し出してくる。
「私の? なんで?」
 受け取った懐中時計。滑らかな手触りとずっしりした重さ。外装が光を弾いて、濡れた様に銀色に輝いている。開かれた蓋と、ローマ数字が並ぶ文字盤。それを指し示す二本の細い針。鼓動のように拍動するトゥールビヨン。
「蓮子が遅刻する分遅らせてあるの。私だっていつまでも待たされっぱなしじゃないわよ?」
 ああ、こういう奴だった私の相方は。
 カラン、とグラスから解けた氷の涼やかな音が響く。決して時間は止まる事は無いのだから。
「やっぱりメリーはアリスね」
「あら、容姿だけで決めるのは安直じゃない?」
 私の突飛な言い草を、ちょっと茶化しながらも聴いてくれる。いつもの表情、いつものメリーで。
「さっき真反対の事言ってたじゃん。それに、一応容姿だけじゃないし」
 頭の上にハテナマークを浮かべるメリーに、私はただ笑ってみせた。

 不思議の国に迷い込んだアリスがそうした様に、彼女はちょっと呆れながらも私を見ていてくれる。決してウサギの様に置いていったりなんてしないのだった。



 喫茶店での有意義且つ楽しいひと時を過ごして外に出れば、辺りはもう夕暮れに染まっていた。長い影を連れ立って、二人で並んで駅までのんびり歩いていく。
「あれ、そういば時計を遅らせてるんだったら、待ってる時間も短いわよね? じゃああの懲役期間は過剰ってことに……」
「それは……考えなかったわね。でも減るもんじゃないし」
「ひど! 人のほっぺをさんざん弄んどいて! これは余剰分をお返しするしか無いわね」
「私、用事思い出したから先に帰るわね蓮子」
「あ、こら、私には一瞬とか言ったのに、ちょ、ウサギみたいに逃げるな!」
 久しぶり第二弾!
 時系列は一つ前に上げた話の直後からだけれど、単体で読んでも大丈夫な感じにしました。こっちは蓮子編で、前のはメリー編的な。
 元は一つの話で考えていて、途中から分けたので今思えばメリー編のオチが弱い感が……。
 でも、どっちの話も懐中時計を生かせたので満足です!
yoshi
http://twitter.com/yoshi155
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コメント



0.200簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
蓮メリの関係性について掘り下げがあってよかったです。
4.100南条削除
懐中時計というアイテムが秘封っぽくて良かったです
5.70奇声を発する程度の能力削除
良い感じでした