マエリベリー・ハーン。
性別、女性。
大学生。
相対性精神学専攻。
生粋の日本人ではなく金髪碧眼。
背はどちらかと言えば低い。
痩せぎすではなく女性らしい体つき。どこが、とは言わないけど。
性格。
本人曰く「しっかり者の世話焼き」。
私に言わせれば「のんきで天然、ちょっと皮肉屋」。
能力。
結界の境目が見えること。
人間関係。
家族、なし。
日本に身寄りはないらしい。
友人、そこそこ。
サークル仲間、私こと宇佐見蓮子。
オカルトサークル「秘封倶楽部」のたった2人のメンバーだ。
恋人・・・これも、私だけ、のはず。
通称・メリー。
これも、そう呼んでいるのは私だけかもしれないけど。
そう、メリー。マエリベリー・ハーン。
私の相棒にして恋人である少女。
彼女を簡単に紹介するならば、こんな説明が妥当だろう。
もちろん、もっと語ろうと思えばいくらでも語るべきエピソードは持ち合わせている。
その程度には、私はメリーのことを知っている。
知っている・・・つもりだった。
だけど。
―――今の私には、自信がない。
メリーについて、よく知っていると誇れるだけの自信が。
そう、私はメリーを、よりにもよって最愛の人である彼女のことを疑っているのだ。
今、私の傍にいるメリー。
私の隣で柔らかく微笑む少女。
彼女は・・・本当に、マエリベリー・ハーンなのだろうか?
「何難しい顔してるの蓮子?」
「ひゃっ!」
背後からかけられた声に慌ててふりかえると、メリーが不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。
「か、買い物じゃなかったの?いつの間に」
「?今帰ってきたところ。ちゃんとただいまーって言ったわよ?」
きょとん、とメリーは首を傾げる。
メリーが帰ってきたことにも気づかないなんて、よっぽど考えに没頭していたらしい。
ちなみに私とメリーは同棲している。
もともとお互い独り暮らしだったこともあり、家賃のことも考えて1LDKのアパートを借りたのだ。
表向きにはルームシェアということにしてある。
私はバラしても構わなかったけど、しばらくは内緒にしておきたい、というのがメリーの意見だった。
「ご、ごめん。ちょっと考え事しててさ」
「ふぅん、そうなんだ・・・蓮子は考え事が好きねぇ」
そう言って、買い物袋を手に冷蔵庫へ向かう。
「あ、ごはん買ってきてくれたんだ。手伝うよ」
「そう?ありがとう」
ふわり、と。メリーは微笑んだ。
「え、あ、うん・・・」
・・・こういうとき。
以前のメリーなら「あら、いいわよ座ってて。考え事に集中し過ぎて立ちくらみでも起こされたら困るもの」
とか、そういう意地の悪いセリフの一つでも吐き出す場面だ。
少なくとも、素直にお礼を言ってにっこり笑うなんてありえない・・・と、思う。
そう、最近メリーの態度がどこかおかしい。
妙に優しいというか、毒がないというか。
恋人になる前、ただのサークル仲間として付き合っていた頃も、何かと言えば皮肉の応酬、お互い相手をからかうのが何より楽しい、なんて関係だった。
あんたの眼は気持ち悪いと貶しあっていた頃も今は懐かしい。
仲が悪かったわけじゃなくて、そんな風に気を遣わないで済む関係が心地よかったのだ。
恋人として一緒に住むようになってからはメリーが甘えてくることも増えたし、態度や表情も柔らかくなったと思う。
関係が変わり時が経てば、人が変わるのはむしろ当然のことなのだろう、とも思う。
・・・だけど。
いくらなんでも、これはおかしいと思うのだ。
「はい、蓮子。今日はちょっと奮発して、あなたが食べたいと言っていた京風石狩鍋にしてみたの。初めて作ったから、蓮子の好みに合うかはわからないけどおいしいって言ってくれると嬉しいな。あ、ちょっと待ってね、まだ熱いから・・・ふぅ、ふぅーっ、はい、あーん」
「・・・・・・・・・」
誰だ、こいつ。
私の隣には牛肉を摘まんだお箸を差し出しニコニコ微笑む金髪の女がいた。
顔や姿はメリーにしか見えない。
見えないが・・・メリーがこんなベッタベタに甘えてくるはずがない!
いや、待てよ。ひょっとしたら私をからかうためにタバスコでも放り込んでいるんじゃないか?
そうだ、それなら納得できる。やれやれ危ない危ない。うっかり騙されるところだった。
「どうしたの?はい、あーん」
「あーん」
うまい!
反射的に飲み込んだ牛肉は、びっくりするほどおいしかった。
よく煮込まれた野菜とこってりした牛肉が絶妙の加減で混ざり合い、あっさりした醤油出汁をまさかこのようにアレンジできるとはまさに奇跡的な・・・、って違う!
おかしい、辛子が入ってるとか実は熱々で私のリアクションを期待しているとか、
そんなドッキリの一つもないなんて、これは本当に現実なの!?
「ど、どうかな?・・・おいしい?」
「うん、すっごくおいしいよ!」
何この可愛い生き物!
上目使いで頬を染めて!
そんな聞き方されたら褒める以外の選択肢が悶え死ぬに決まってるじゃないか!
・・・あぁ、ちょっと待って一旦落ち着こう。
やっぱりこんなのおかしい、間違っている・・・。
いや、だけど惚れた相手にこうも一途に尽くされて、嬉しくないはずがない。
今だって「良かった、ほんとはちょっと不安だったの」なんて照れた様子のメリーを抱きしめて、押し倒したい衝動を抑えるのに必死なのだ。
・・・それでも、やっぱりこれはおかしい。
素直に喜ぶことができない。
常識で考えれば、メリーの変化は恋人ができて性格が少し丸くなった程度のよくある話なのだろう。
私が感じている不安なんて、杞憂と笑い飛ばすのが正しい判断なのだろう。
けれど、私にはそんな楽観視ができない理由があった。
メリーの変化を常識の範囲で納得できない理由。
常識の範囲外の理由。
幻想の境を探る、秘封倶楽部ならではの事情が。
―☆☆☆―
話は遡ること一週間前。
私たち秘封倶楽部の2人は、とある温泉宿を訪れていた。
目的は当然秘封倶楽部のオカルト探し・・・ではなく、純粋な温泉旅行だった。
大学もテスト休みに入ったし、ちょっとくらいのんびりしたいね、と2人で話し合い二泊三日の小旅行を計画したのだ。
観光地としては大きな売りのない寂れた山村だったけど、いわゆる「何もない」があるリラクセーションにはぴったりの保養地だった。
2人でぶらぶらと森を散歩したり川釣りに挑戦したり、街では味わえない活動を満喫できた。
山菜料理に舌鼓をうち、温泉にじっくり浸かって疲れを癒し、夜は2人で・・・まぁ、あれだ。楽しいひと時を過ごしました。
将来的には、メリーとこんな生活を送れたら素敵かも、なんて妄想してしまうぐらいに、充実した時間だった。
これだけなら、特別な事件も起こらない平和な旅行で終わっていただろう。
いや、この後にも『事件』と呼べるようなことは何も起きなかったんだけど。
2日目の夜。温泉からあがって部屋でだらだらとくつろいでいた時のこと。
『へぇ、じゃあ蓮子さんたちは、お化けとか詳しいんですね』
そう言ったのは、道子ちゃんという中学生の女の子だった。
私たちが泊まった温泉宿の一人娘で、冬休みの間は家の手伝いでお茶運びや簡単な掃除なんかをしているらしい。
体は小さいが気配り上手な働き者で、宿泊初日からいろいろと私たちの世話を焼いてくれていた。
道子ちゃんは年相応に好奇心旺盛で都会の話を聞きたがり、私たちも妹ができたような気分であれこれ話す内にすっかり仲良くなっていた。
『えぇそうよ。ま、周りからは不良サークル扱いされてるけどね』
『原因は、蓮子が度々騒ぎを起こすからだけどね。しかも傍からみたらオカルトなんて無関係のトラブルを』
『ふふん、天才はいつだって大衆からは理解されないものなのよ』
『はいはい』
『もーメリーってば冷たい。道子ちゃんなら分かってくれるよねー?』
『はい!結界の謎について、大学教授と議論して言い負かすなんてすごいです!』
『いやいやーそれほどでもあるけどぉ』
『あなたねぇ、純粋な女子中学生に何を吹き込んでるのよ。大体、言い負かしたって蓮子の超理論を延々聞かされた教授が偏頭痛を起こして運ばれただけじゃない』
『闘いは、最後まで立っていた者の勝利なのよ』
そんな調子で他愛のないおしゃべりを続けていると、
『あ、そういえば』
突然道子ちゃんがペチンと手を打った。
『実は、この村にも1つ怪談話があるんですよ』
『ほほう、それは聞き捨てならないわね』
『怪談ということは、やっぱり幽霊や妖怪が出てくるのかしら?』
『あ、いえ、そういうのとは、ちょっと違うんです。怖い話ではあるんですけど』
そう前置きして、道子ちゃんが話してくれたのは、次のような話だった。
『蓮子さんたち、四図名の森にはいかれたんですよね?
あの森の奥に、小さな池があるんです。
ほんとに小さくて、学校のプールより狭いぐらいなんですけど。
おじいちゃんが言うには何百年も昔からあるそうなんですが、今でも水は澄んでいてとってもきれいなんですよ。
ただ不思議なことに、全然生き物は住んでないみたいで、魚が泳いでるとことか一度も見たことないんです。
で、その池に高校生のカップルが遊びに行ったそうです。
2人はおしゃべりしながら手をつないで森を散歩するうちに、例の池に辿り着きました。
その時、彼氏の靴ひもがほどけていることに気づいたんです。
当然、紐を結ぶために彼氏は屈みこむ。
で、「ごめんごめん」と顔をあげると・・・
彼女が、いなくなっていたんです。
目を離していたのはほんの数秒のはずなのに。
慌ててあたりを見渡して、まさか先に帰ったのか、と彼氏が元来た道を戻ろうとしたその時!
ポン、と肩に誰かの手がのせられたんです。
びっくりして振り返ると・・・そこにはニコニコした彼女が立っていたそうです。
その時の彼女の様子はいつも通りで、ただ不思議なことに、少しだけ服や髪が湿っていたんだそうです。
雨も降っていないのに。
彼女曰く「ちょっと驚かせてみたかったから、隠れていた」。
彼氏もそれで納得したそうです。
それだけなら、単なる彼女のいたずらで済んだんでしょうね。
ですが、その日から彼女の様子がどこか変なんです。
妙に以前より優しかったり、言葉遣いが違ったり、食事の好みが変わっていたり。
・・・そう、まるで中身が別人になってしまったかのように。
実は2人が訪れたその池には、別名があるんです。
私たち村の人間しか知らない別名が。
・・・『身代わり池』。
そう、あの池にはいつも誰かの魂が閉じ込められているんです。
そして、近くを通る人を池の中に引き吊り込んで、入れ替わるんです。
その人には悪いけど、でもそうするしか助かる方法がないんです。
新しく閉じ込められた人は、じっと池の中で待ち続ける。
自分と入れ替わった誰かが、自分と同じ顔で、自分の家族や友だち、恋人たちと過ごす様子を想像しながら。
暗くて冷たい水の底で、ひとりぼっちでいつまでも。
次の身代わりが現れるまで。
ずっと・・・ずっと・・・』
さてその翌日。
私とメリーは当たり前のように、件の池の前にいた。
あんな話を聞かされて調査に行かないなんて、オカルトサークルの名折れだもの。
旅行も最終日。あとは適当にお土産屋さんをぶらぶらするくらいしか予定がなかったのも理由の1つではある。
『身代わり池』は、道子ちゃんの話通り小さな池だった。水が澄んでいる割に底が見えないあたり、深さは結構あるのかもしれない。
『さて、それじゃあ調査開始といきましょう』
『調査はいいけど、本格的なフィールドワークは勘弁してよ。替えの洋服もうないんだから』
『そうねぇ。一番いいのはこの池に潜ってみることなんだけど・・・』
『お好きなように。蓮子が1人でやる分には文句ないわ』
『ちぇー、冷たいんだから。もしも私が入れ替わられたらどうするのよー』
『あら、中学生の女の子にデレデレするような人、替わってもらった方がいいんじゃない』
そう言ってそっぽを向くメリー。これは普段通り、のように見えて結構な不機嫌だ。
私が道子ちゃんと仲良くしすぎたことが、内心面白くないらしい。
まぁ、私もちょっと可愛い連呼したりナデナデしたりぎゅっと抱きしめたりお菓子を買ってあげたり。
流石に恋人の前でやりすぎたかなーと、思わなくもない。
それこそ、中学生の女の子相手に大人気ないとも思うけど。
『あーわかったわかった。じゃあメリーはそこの岩にでも座ってて』
とはいえ本気で怒っている風ではないし、そのうち機嫌も直るだろう。
そんな楽観的な気持ちもあり、私は1人で調査を始めた。
調査といっても、落ちていた木の枝を池に突っ込んでみたり、周囲をぐるっと歩いてみたり、その程度のお遊びだ。
正直なところ、私も本気でこの池に何かあると思っていたわけじゃない。
道子ちゃんもホラーらしくしようと演出してはくれていたけれど、彼女自身が信じている様子はなかった。
何より、この池を実際に見てもメリーが何も反応しない。つまり、少なくとも結界や異世界に連なる異変は皆無ということだ。
『別人に入れ替わる、と言えば天狗の神隠しや妖精伝説だけど・・・魂が入れ替わるなんて、いかにも子どもの怪談だしなぁ』
そんなわけで、私も適当にぶらぶらしてから村に戻るつもりだった。
だけど。
―――ポツン。ポツン。
水面に、小さな波紋が1つ、2つ・・・。
『わ、やだ、降ってきた。傘もってないのに・・・しょうがない、メリー、急いで帰ろう』
――――――。
『・・・あれ?・・・メリー?』
返事がない。
気づけば、メリーが居なかった。
おかしい。さっきまであの岩に腰かけてぼーっとしていたはずなのに。
『メリー?・・・ちょっと、どこ?かくれんぼしに来たんじゃないでしょう』
返事はない。そんな、これじゃまるで、道子ちゃんの話そっくり・・・。
『どうしたの、蓮子』
『きゃっ!』
突然背後から呼びかけられ、私は思わず悲鳴を上げた。
ふりかえると、
『め、メリー・・・も、もう。どこにいたのよ』
『?どこって、ここしかないじゃない。雨が降り出したから、早く帰りましょうって呼びに来たのよ』
『そう、なんだ。気づかなかった』
『そんなに夢中だったの?連子らしいけど』
ニコリ、と、メリーは微笑む。
良かった、少しは機嫌も直ったらしい・・・いや、これもまるっきりお話通り・・・。
慌ててメリーの全身を観察する。
・・・白いブラウスが少しだけ濡れている。
いやいや、そんなの雨が降っているんだから当然じゃない。
でも、まだ小降りなのにやけに湿っているような・・・。
『どうしたの?雨脚が弱いうちに、早く戻りましょう』
『え、えぇ・・・そうね』
・・・そして、私たちは村へ戻った。
お土産を選んでいるときも、メリーにおかしなところはなく、私も気のせいだと思い始めていた。
―☆☆☆―
こうして時間は現在に至る。
旅行を終えて1週間後の現在。
私が見舞われている状況と、私が疑念を抱く理由。
『今、私の前にいる少女は、本当にマエリベリー・ハーンなのか・・・?』
自分でも馬鹿馬鹿しいとは思う。あんな怪談にも満たないような昔話を信じようだなんて。
確かに私たちは秘封倶楽部。
結界の境を求め奔走し、この世のものとは思えないような体験だって少しは経てきた。
それでも―――それでも、やはり信じがたい。
メリーが別の誰かと入れ替わっているだなんて。
正体不明の恐怖がある。
何より、この1週間、恋人のつもりで接してきた相手が、恋人としての接し方をしてきた相手が、素性もしれない別人だなんてあまりにもぞっとしない話だ。
信じられない。信じたくない。
だけど―――。
「お待たせ蓮子。着替えるのに少し手間取っちゃって・・・。慣れない恰好なんてするもんじゃないわね。
勝手がわからないし、いまいち落ち着かないんだもの。・・・えっと、ど、どうかな?自分でもおかしいとは思うんだけど、蓮子の感想を聞かせてほしいな・・・なんて」
「・・・・・・」
新しい服を買ったから少し待っていて。
そんな言葉を残してメリーが洗面所に引っ込んだのが30分前。
ようやくカーテンを開けて現れたのは、
・・・メイドさんだった。
「・・・・・・・・・」
ありえない。
本当に、これは、ちょっと、待ってほしい。
どうしてこんなことが・・・?
濃紺のワンピースがメリーの白い肌と芸術的なまでに眩いコントラストを形成し、真っ白なエプロンドレスはふくよかな体のラインをやんわりと包み隠し、愛らしいカチューシャが金色の髪に静かな彩りを添えていた。
・・・パーフェクトメイドが、そこにいた。
「いや、そうじゃなくて!?」
「ぅえっ!・・・あ、や、やっぱり・・・変、だった・・・?」
「あ、ちが!そうじゃなくて!その、こ、言葉にならないくらい似合ってるんだけど!」
だ、だめだ思考がまとまらない。
ここまで心乱されるなんて、げに恐ろしきめいど服・・・。
「あ、そ、そうかな?・・・えへへ、お世辞でも、嬉しい、かも」
うっぐぁぁあ!!?
なんなのその微笑みは!?
頬を染めて恥ずかしげに俯いて。それでいて上目使いに喜びをきっちり表している・・・!
や、やっぱりありえない。メリーがこんな愛らしい仕草をするなんて・・・!
「め、メリー。ど、どうして、急に、そんな恰好を・・・?」
「そ、それは・・・。蓮子、こういう服が好きなんでしょ?だから、ちょっと奮発して買ってみたの。
私には似合わないと思ってたんだけど・・・うん、でも蓮子が喜んでくれたなら、勇気出してよかったわ」
「っ・・・!・・・!!」
おちつけ宇佐見蓮子。
ここで押し倒したら、もう取り返しがつかなくなる。
いくら悪魔的に可愛くても、このメイドさんはメリーじゃないかもしれないのよ。
どこの誰とも知れない相手に、本能のまま飛びついたりしたら、後で死ぬほど後悔する・・・。
落着け。メルセンヌ素数を数えて落ち着くのよ・・・。
2、3、5、7、13、17、19、31、61、89、107、127・・・。
「は、はぁ・・・はぁ。そ、そうね。め、メリーの気持ちは嬉しいわ。私も柄にもなく浮かれちゃったかもしれないわね」
よし、乗り切った・・・!こみあげる衝動に打ち勝ったわ!
とにかく冷静に観察して、おかしな点を1つ1つ検証するのよ。
まずはこの少女がマエリベリー・ハーンであるのか、客観的に判断しなくては・・・。
「うん、嬉しいな・・・。あの、蓮子」
「な、なぁに?メリー」
「その・・・蓮子に1つ、お願いがあるんだけど・・・」
「お願い?いいわ。メリーにここまでさせちゃったんだもの。私にできることなら、なんでも言って」
「そう?そ、そんなに難しいことじゃないんだけど・・・。そこまで言ってくれるなら、思い切って・・・言うね。その、蓮子さえよければ・・・」
「うん」
「・・・お、お姉ちゃんって、呼んでも、いい・・・?」
駆けだした、飛び出した、逃げ出した!
全力全速で立ち上がり、外へ向かって―――1度ドアに思いっきり鼻をぶつけてしまったけど―――転げるように逃走した。
あれはメリーじゃないあれはメリーじゃないあれはメリーじゃない・・・!
もはや一刻の猶予もない。
とにかく、急いであの村へ。身代わり池に行かなくちゃ・・・!
メリーを、メリーを取り戻すんだ!
階段を駆け下りて、駅に向かって走り出す。
運動靴を履いてこなかったことを後悔するけど、取りに戻るなんてできるはずがない。
まだ星が見える時間じゃないから正確な時刻はわからないけど、午後4時は過ぎているはずだ。
今電車に乗っても、あの村に着くのは深夜になるだろう。だけど、もはや一刻の猶予もない。
街には休日を満喫する家族連れやカップルが思い思いに闊歩している。
そんな中を必死の形相で疾走する私に、奇異の視線が向けられる。
呼吸が荒い。鼓動がうるさい。
これは全力疾走のせい、だけじゃない。
あんなメリーを見てしまったら、冷静でなんていられるはずがなかった。
まるっきりの別人が、恋人に成り代わっているだなんて、おぞましいにも程がある・・・!
あんな、あんな・・・愛らし、いや、可愛らし、いやいや・・・。
「違う、違うわ!メリーがあんなことするはずないんだから!あんな・・・あんな・・・」
メイド服で御奉仕してくれたり。
新妻のようにお世話してくれたり。
妹のように甘えてきたり。
メリーの仕草。メリーの肢体。メリーの表情。
その1つ1つがあまりにも魅力的で、
「違うのよメリー!萌えたりなんかしてないから!あ、あんな偽物にドギマギなんてしてないんだからぁ!」
冷たい池の底に閉じ込められているであろうメリーに必死で弁明する。
いや、疾しいことなんて微塵もないんだけど!
「あっ」
余計な雑念に憑りつかれていたせいで、足がもつれてしまった。
なんとか両手をついて、顔面を地面に打つことは避けられたけど、舗装されていないコンクリートで手のひらと膝を擦りむいてしまった。
「はぁ、くっ・・・つぅ・・・はぁ、はぁ・・・ぐ、こんなとこで、躓いている場合じゃないのに・・・!」
1秒でも早く、メリーの下に行かなくちゃいけないのに・・・!
メリーの、下へ・・・。
「蓮子!大丈夫!?」
メリー。
メリーの、声・・・?
「えっ」
少しずつ夕方に近づきつつある日の光が、何かの影で遮られる。
顔をあげると、そこには―――最愛の人の顔があった。
「な、ど」
どうしてここが!?
ありえない。
一度も休憩することなく走り続けたのに、彼女に追いつかれるなんて・・・!
やっぱり、この人はメリーじゃない。得体の知れないものなんだ。
「もう、急に飛び出すからびっくりしたわ・・・あの、に、逃げ出すほど嫌だったの?だ、だったら」
「どうしてここがわかったの!?」
「え?ど、どうしてって・・・蓮子が駅だ!って叫んで飛び出すから、急いで着替えて自転車で」
着替え、自転車?
言われてみれば、彼女はさっき私に見せたメイド服ではなく、ニットのセーターにズボン姿だった。
彼女の後ろには、確かに自転車も止めてある。
「ほんとにどうしちゃったの蓮子。このぐらい、いつものあなたなら考えるまでもないことでしょう?何か変よ、あなた」
「へ、変なのはあなたの方でしょう!」
「え?」
「メリーの顔で、メリーの声で・・・わ、私の名前を呼ばないでよ!本物のメリーはどこなのよ!」
「な、蓮子、あなた本当にどうしたの?大丈夫?暑さに当てられたのかしら。すぐに帰って休んだ方が」
「そ、それよ!そこがおかしいのよ!」
「はぁ?何が」
「メリーは、そんな優しいこと言わないもの!」
「な」
絶句した様子で口を開ける彼女。
痛いところを突かれたって顔だわ。
「本物のメリーなら、こういう時は『蓮子ったら暑さで大脳皮質が緩んだんじゃない?少しでも皺を増やしに行先を図書館に変更することをお勧めするわ』とか!皮肉を連発するはずなのよ!」
「う」
「大体ね、メリーはゆるふわ系の見た目の癖して根に持つタイプで毒舌家だし、人がちょっと弱みを見せたら嬉々として切り刻むような女なの!」
「ぐ」
「その癖七割ぐらいは悪気無くて、天然からくる発言だから始末に負えない。ほんともう結界を見る目なんて関係なく厄介な女だわ!」
「・・・」
「そんなメリーが!優しく声をかけたり、手間暇かけて料理したり、私の好みに合わせて服を決めたり、ましてや『お姉ちゃん』なんて甘えたがるだなんて、天地がひっくり返ってもありえないのよぉ!」
「・・・・・・・・・」
言った。言ってやった。
この一週間溜まりに溜まり、我慢に我慢を重ねてきた疑惑、不信。
それを全部吐き出してやった。
メリーのような誰かは、私の言葉に打ちのめされたように俯き、肩を震わせている。
まったくバカにしてくれる。まさか私が気づいていないとでも思っていたのだろうか。
このまま正体を暴いてやる!
「だから!あなたはメリーじゃない!本物のメリーは、今もあの池の下で私を待っているんだわ!さぁ話してよ!メリーを取り戻す方法を!」
「・・・・・・・・・か」
「・・・何ですって?」
「・・・この、・・・・・・か」
「話す気になったのなら、はっきりわかるように」
「蓮子の、バカああぁああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!」
「へぶぅっ!?」
鋭く激しい痛みが私の右頬を襲った。
首がぐるんと捩じれ、そのまま肩が、胴体が、両足が、木の葉のようにくるくる回りながら地面に叩き付けられる。
「あぐ・・・あ、ぅ・・・」
薄れゆく意識の中で、理解できた事実は2つ。
1つ目は、私の意識を奪ったものは渾身の平手打ちだということ。
2つ目は・・・。
2つ目は、肩で息をして、顔を真っ赤にして・・・うっすらと涙を浮かべて、メリーが怒っていた、ということだった。
「本当に、すいませんでした」
「・・・・・・」
「まさか、メリーがそこまで道子ちゃんに嫉妬してたなん」
「嫉妬してない!」
「はいい!えっと、まさかメリーさんが道子ちゃんの可愛らしさに感動して、その真似をしようとお考えだなんて、露ほども知らず、大変な失礼をば」
「・・・・・・」
ふたを開けてみれば、それが私がこの1週間抱き続けた疑問の、あまりにもあっけない真相だった。
意識を取り戻すと、そこは私たちの部屋だった。
怒り心頭ながらも、メリーが必死で運んでくれたらしい。
しばらくは口も利いてくれなかったメリーだけど、ぽつぽつと零す愚痴のような言葉をつなぎ合わせて考えた結果、私がとんでもない勘違いをしていたことを少しずつ理解したのだった。
そりゃあメリーも怒るだろう。
私が道子ちゃんを可愛がる様子を羨んで、頑張って可愛く甲斐甲斐しく接していたら、『偽物』だの『メリーは優しくない』だの罵倒されたのだ。
その時のメリーの心中を思うと・・・自己嫌悪でもう一度意識を失いたくなった。反省しても反省しきれない。
「まさか・・・ね。それも私のセリフだけどねぇ。ま、さ、か。オカルトサークル秘封倶楽部の一員ともあろうものが、旅先で聞いただけの怪談話を頭から信じ込むなんて、ね」
「・・・はい、返す言葉もございません」
額をフローリングの床に擦り付ける。
言い忘れていたけど、現在の宇佐見蓮子は土下座のポーズである。
さらにメイド服に身を包んでおり、額には油性マジックで『ゆるふわ系愛されメイド』と落書きされていた。
流石に抗議したかったけど、瞳を潤ませ顔を真っ赤にしてマジックをもって迫ってくるメリーに、言い返すなんてできるはずもなかった。
メリーの気が済むまで・・・できればテスト休みが終わるまでには許されたいところだが・・・しばらくは、この恰好も甘んじて受けざるを得ないだろう。
「まったく身代わり池なんて。あんなの児童向けの怪談本にでもまとめられていそうなレベルの子供だましじゃない」
「だ、だけどメリー状況があんまりにもそっくりだったから」
「お嬢様、と呼びなさい」
「・・・はい、お嬢様」
何度目かわからないけど額を床にくっつける。摩擦でマジック消えないかなぁ。
「・・・で、どうなのよ」
「はい?・・・何のお話でしょうお嬢様」
あれ?声のトーンが少し変わった気がする。つんつんしているのは同じだけど、どこかこちらを伺う雰囲気を感じるような・・・。
「だから・・・その、私が、偽物じゃないとわかって」
「はい」
「・・・その・・・最近の、私の振る舞いについて・・・」
「?はい」
「蓮子としては、あぁいう私は、どう・・・」
「?どう、とは」
「っ!もう、なんでもないわよ!バカ!」
「うええ、どうして怒られたの!?」
メリーはぷいっと後ろを向いてしまった。
わからない、何を言いたかったのだろう?
メリーの背中が何を語っているのか、今の私には読み取れない。
・・・まぁ、もう少し落ち着いてから、ゆっくり探ってみるとしよう。
当分はご機嫌取りに苦心する生活が続きそうではあるけれど。
知ったような気になっていても、私はまだまだメリーのことを知らない。
それが解っただけでも、私たちの関係は一歩前に進んだといえるのだろう。
マエリベリー・ハーン。
彼女のプロフィールに、性格:やきもち焼きを付け加えて。
私とメリーは秘封倶楽部として、相棒として、そして恋人として。
これからも共に歩んでいくのだから。
ほんのちょっとした後日談。
メリーの機嫌もようやくなおり、私たちはもう一度、あの『身代わり池』がある村を訪れた。
目的も前と同じ、温泉旅行。テスト休みも終了間近ということで、最後にゆったり過ごしたかったのだ。
宿も同じく。今度は道子ちゃんばかり構ってメリーを怒らせないようにしないとな、なんて考えていたのだが。
出迎えてくれたのは。
「・・・は?なんですかアンタ。気安く話しかけないでよ、うっとうしいなぁ」
「・・・・・・」
明らかに染めているどぎつい金髪。マニキュアを塗った爪に短いスカート。
まるで別人のような、道子ちゃんだった。
・・・・・・いやいや、まさかねぇ。
性別、女性。
大学生。
相対性精神学専攻。
生粋の日本人ではなく金髪碧眼。
背はどちらかと言えば低い。
痩せぎすではなく女性らしい体つき。どこが、とは言わないけど。
性格。
本人曰く「しっかり者の世話焼き」。
私に言わせれば「のんきで天然、ちょっと皮肉屋」。
能力。
結界の境目が見えること。
人間関係。
家族、なし。
日本に身寄りはないらしい。
友人、そこそこ。
サークル仲間、私こと宇佐見蓮子。
オカルトサークル「秘封倶楽部」のたった2人のメンバーだ。
恋人・・・これも、私だけ、のはず。
通称・メリー。
これも、そう呼んでいるのは私だけかもしれないけど。
そう、メリー。マエリベリー・ハーン。
私の相棒にして恋人である少女。
彼女を簡単に紹介するならば、こんな説明が妥当だろう。
もちろん、もっと語ろうと思えばいくらでも語るべきエピソードは持ち合わせている。
その程度には、私はメリーのことを知っている。
知っている・・・つもりだった。
だけど。
―――今の私には、自信がない。
メリーについて、よく知っていると誇れるだけの自信が。
そう、私はメリーを、よりにもよって最愛の人である彼女のことを疑っているのだ。
今、私の傍にいるメリー。
私の隣で柔らかく微笑む少女。
彼女は・・・本当に、マエリベリー・ハーンなのだろうか?
「何難しい顔してるの蓮子?」
「ひゃっ!」
背後からかけられた声に慌ててふりかえると、メリーが不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。
「か、買い物じゃなかったの?いつの間に」
「?今帰ってきたところ。ちゃんとただいまーって言ったわよ?」
きょとん、とメリーは首を傾げる。
メリーが帰ってきたことにも気づかないなんて、よっぽど考えに没頭していたらしい。
ちなみに私とメリーは同棲している。
もともとお互い独り暮らしだったこともあり、家賃のことも考えて1LDKのアパートを借りたのだ。
表向きにはルームシェアということにしてある。
私はバラしても構わなかったけど、しばらくは内緒にしておきたい、というのがメリーの意見だった。
「ご、ごめん。ちょっと考え事しててさ」
「ふぅん、そうなんだ・・・蓮子は考え事が好きねぇ」
そう言って、買い物袋を手に冷蔵庫へ向かう。
「あ、ごはん買ってきてくれたんだ。手伝うよ」
「そう?ありがとう」
ふわり、と。メリーは微笑んだ。
「え、あ、うん・・・」
・・・こういうとき。
以前のメリーなら「あら、いいわよ座ってて。考え事に集中し過ぎて立ちくらみでも起こされたら困るもの」
とか、そういう意地の悪いセリフの一つでも吐き出す場面だ。
少なくとも、素直にお礼を言ってにっこり笑うなんてありえない・・・と、思う。
そう、最近メリーの態度がどこかおかしい。
妙に優しいというか、毒がないというか。
恋人になる前、ただのサークル仲間として付き合っていた頃も、何かと言えば皮肉の応酬、お互い相手をからかうのが何より楽しい、なんて関係だった。
あんたの眼は気持ち悪いと貶しあっていた頃も今は懐かしい。
仲が悪かったわけじゃなくて、そんな風に気を遣わないで済む関係が心地よかったのだ。
恋人として一緒に住むようになってからはメリーが甘えてくることも増えたし、態度や表情も柔らかくなったと思う。
関係が変わり時が経てば、人が変わるのはむしろ当然のことなのだろう、とも思う。
・・・だけど。
いくらなんでも、これはおかしいと思うのだ。
「はい、蓮子。今日はちょっと奮発して、あなたが食べたいと言っていた京風石狩鍋にしてみたの。初めて作ったから、蓮子の好みに合うかはわからないけどおいしいって言ってくれると嬉しいな。あ、ちょっと待ってね、まだ熱いから・・・ふぅ、ふぅーっ、はい、あーん」
「・・・・・・・・・」
誰だ、こいつ。
私の隣には牛肉を摘まんだお箸を差し出しニコニコ微笑む金髪の女がいた。
顔や姿はメリーにしか見えない。
見えないが・・・メリーがこんなベッタベタに甘えてくるはずがない!
いや、待てよ。ひょっとしたら私をからかうためにタバスコでも放り込んでいるんじゃないか?
そうだ、それなら納得できる。やれやれ危ない危ない。うっかり騙されるところだった。
「どうしたの?はい、あーん」
「あーん」
うまい!
反射的に飲み込んだ牛肉は、びっくりするほどおいしかった。
よく煮込まれた野菜とこってりした牛肉が絶妙の加減で混ざり合い、あっさりした醤油出汁をまさかこのようにアレンジできるとはまさに奇跡的な・・・、って違う!
おかしい、辛子が入ってるとか実は熱々で私のリアクションを期待しているとか、
そんなドッキリの一つもないなんて、これは本当に現実なの!?
「ど、どうかな?・・・おいしい?」
「うん、すっごくおいしいよ!」
何この可愛い生き物!
上目使いで頬を染めて!
そんな聞き方されたら褒める以外の選択肢が悶え死ぬに決まってるじゃないか!
・・・あぁ、ちょっと待って一旦落ち着こう。
やっぱりこんなのおかしい、間違っている・・・。
いや、だけど惚れた相手にこうも一途に尽くされて、嬉しくないはずがない。
今だって「良かった、ほんとはちょっと不安だったの」なんて照れた様子のメリーを抱きしめて、押し倒したい衝動を抑えるのに必死なのだ。
・・・それでも、やっぱりこれはおかしい。
素直に喜ぶことができない。
常識で考えれば、メリーの変化は恋人ができて性格が少し丸くなった程度のよくある話なのだろう。
私が感じている不安なんて、杞憂と笑い飛ばすのが正しい判断なのだろう。
けれど、私にはそんな楽観視ができない理由があった。
メリーの変化を常識の範囲で納得できない理由。
常識の範囲外の理由。
幻想の境を探る、秘封倶楽部ならではの事情が。
―☆☆☆―
話は遡ること一週間前。
私たち秘封倶楽部の2人は、とある温泉宿を訪れていた。
目的は当然秘封倶楽部のオカルト探し・・・ではなく、純粋な温泉旅行だった。
大学もテスト休みに入ったし、ちょっとくらいのんびりしたいね、と2人で話し合い二泊三日の小旅行を計画したのだ。
観光地としては大きな売りのない寂れた山村だったけど、いわゆる「何もない」があるリラクセーションにはぴったりの保養地だった。
2人でぶらぶらと森を散歩したり川釣りに挑戦したり、街では味わえない活動を満喫できた。
山菜料理に舌鼓をうち、温泉にじっくり浸かって疲れを癒し、夜は2人で・・・まぁ、あれだ。楽しいひと時を過ごしました。
将来的には、メリーとこんな生活を送れたら素敵かも、なんて妄想してしまうぐらいに、充実した時間だった。
これだけなら、特別な事件も起こらない平和な旅行で終わっていただろう。
いや、この後にも『事件』と呼べるようなことは何も起きなかったんだけど。
2日目の夜。温泉からあがって部屋でだらだらとくつろいでいた時のこと。
『へぇ、じゃあ蓮子さんたちは、お化けとか詳しいんですね』
そう言ったのは、道子ちゃんという中学生の女の子だった。
私たちが泊まった温泉宿の一人娘で、冬休みの間は家の手伝いでお茶運びや簡単な掃除なんかをしているらしい。
体は小さいが気配り上手な働き者で、宿泊初日からいろいろと私たちの世話を焼いてくれていた。
道子ちゃんは年相応に好奇心旺盛で都会の話を聞きたがり、私たちも妹ができたような気分であれこれ話す内にすっかり仲良くなっていた。
『えぇそうよ。ま、周りからは不良サークル扱いされてるけどね』
『原因は、蓮子が度々騒ぎを起こすからだけどね。しかも傍からみたらオカルトなんて無関係のトラブルを』
『ふふん、天才はいつだって大衆からは理解されないものなのよ』
『はいはい』
『もーメリーってば冷たい。道子ちゃんなら分かってくれるよねー?』
『はい!結界の謎について、大学教授と議論して言い負かすなんてすごいです!』
『いやいやーそれほどでもあるけどぉ』
『あなたねぇ、純粋な女子中学生に何を吹き込んでるのよ。大体、言い負かしたって蓮子の超理論を延々聞かされた教授が偏頭痛を起こして運ばれただけじゃない』
『闘いは、最後まで立っていた者の勝利なのよ』
そんな調子で他愛のないおしゃべりを続けていると、
『あ、そういえば』
突然道子ちゃんがペチンと手を打った。
『実は、この村にも1つ怪談話があるんですよ』
『ほほう、それは聞き捨てならないわね』
『怪談ということは、やっぱり幽霊や妖怪が出てくるのかしら?』
『あ、いえ、そういうのとは、ちょっと違うんです。怖い話ではあるんですけど』
そう前置きして、道子ちゃんが話してくれたのは、次のような話だった。
『蓮子さんたち、四図名の森にはいかれたんですよね?
あの森の奥に、小さな池があるんです。
ほんとに小さくて、学校のプールより狭いぐらいなんですけど。
おじいちゃんが言うには何百年も昔からあるそうなんですが、今でも水は澄んでいてとってもきれいなんですよ。
ただ不思議なことに、全然生き物は住んでないみたいで、魚が泳いでるとことか一度も見たことないんです。
で、その池に高校生のカップルが遊びに行ったそうです。
2人はおしゃべりしながら手をつないで森を散歩するうちに、例の池に辿り着きました。
その時、彼氏の靴ひもがほどけていることに気づいたんです。
当然、紐を結ぶために彼氏は屈みこむ。
で、「ごめんごめん」と顔をあげると・・・
彼女が、いなくなっていたんです。
目を離していたのはほんの数秒のはずなのに。
慌ててあたりを見渡して、まさか先に帰ったのか、と彼氏が元来た道を戻ろうとしたその時!
ポン、と肩に誰かの手がのせられたんです。
びっくりして振り返ると・・・そこにはニコニコした彼女が立っていたそうです。
その時の彼女の様子はいつも通りで、ただ不思議なことに、少しだけ服や髪が湿っていたんだそうです。
雨も降っていないのに。
彼女曰く「ちょっと驚かせてみたかったから、隠れていた」。
彼氏もそれで納得したそうです。
それだけなら、単なる彼女のいたずらで済んだんでしょうね。
ですが、その日から彼女の様子がどこか変なんです。
妙に以前より優しかったり、言葉遣いが違ったり、食事の好みが変わっていたり。
・・・そう、まるで中身が別人になってしまったかのように。
実は2人が訪れたその池には、別名があるんです。
私たち村の人間しか知らない別名が。
・・・『身代わり池』。
そう、あの池にはいつも誰かの魂が閉じ込められているんです。
そして、近くを通る人を池の中に引き吊り込んで、入れ替わるんです。
その人には悪いけど、でもそうするしか助かる方法がないんです。
新しく閉じ込められた人は、じっと池の中で待ち続ける。
自分と入れ替わった誰かが、自分と同じ顔で、自分の家族や友だち、恋人たちと過ごす様子を想像しながら。
暗くて冷たい水の底で、ひとりぼっちでいつまでも。
次の身代わりが現れるまで。
ずっと・・・ずっと・・・』
さてその翌日。
私とメリーは当たり前のように、件の池の前にいた。
あんな話を聞かされて調査に行かないなんて、オカルトサークルの名折れだもの。
旅行も最終日。あとは適当にお土産屋さんをぶらぶらするくらいしか予定がなかったのも理由の1つではある。
『身代わり池』は、道子ちゃんの話通り小さな池だった。水が澄んでいる割に底が見えないあたり、深さは結構あるのかもしれない。
『さて、それじゃあ調査開始といきましょう』
『調査はいいけど、本格的なフィールドワークは勘弁してよ。替えの洋服もうないんだから』
『そうねぇ。一番いいのはこの池に潜ってみることなんだけど・・・』
『お好きなように。蓮子が1人でやる分には文句ないわ』
『ちぇー、冷たいんだから。もしも私が入れ替わられたらどうするのよー』
『あら、中学生の女の子にデレデレするような人、替わってもらった方がいいんじゃない』
そう言ってそっぽを向くメリー。これは普段通り、のように見えて結構な不機嫌だ。
私が道子ちゃんと仲良くしすぎたことが、内心面白くないらしい。
まぁ、私もちょっと可愛い連呼したりナデナデしたりぎゅっと抱きしめたりお菓子を買ってあげたり。
流石に恋人の前でやりすぎたかなーと、思わなくもない。
それこそ、中学生の女の子相手に大人気ないとも思うけど。
『あーわかったわかった。じゃあメリーはそこの岩にでも座ってて』
とはいえ本気で怒っている風ではないし、そのうち機嫌も直るだろう。
そんな楽観的な気持ちもあり、私は1人で調査を始めた。
調査といっても、落ちていた木の枝を池に突っ込んでみたり、周囲をぐるっと歩いてみたり、その程度のお遊びだ。
正直なところ、私も本気でこの池に何かあると思っていたわけじゃない。
道子ちゃんもホラーらしくしようと演出してはくれていたけれど、彼女自身が信じている様子はなかった。
何より、この池を実際に見てもメリーが何も反応しない。つまり、少なくとも結界や異世界に連なる異変は皆無ということだ。
『別人に入れ替わる、と言えば天狗の神隠しや妖精伝説だけど・・・魂が入れ替わるなんて、いかにも子どもの怪談だしなぁ』
そんなわけで、私も適当にぶらぶらしてから村に戻るつもりだった。
だけど。
―――ポツン。ポツン。
水面に、小さな波紋が1つ、2つ・・・。
『わ、やだ、降ってきた。傘もってないのに・・・しょうがない、メリー、急いで帰ろう』
――――――。
『・・・あれ?・・・メリー?』
返事がない。
気づけば、メリーが居なかった。
おかしい。さっきまであの岩に腰かけてぼーっとしていたはずなのに。
『メリー?・・・ちょっと、どこ?かくれんぼしに来たんじゃないでしょう』
返事はない。そんな、これじゃまるで、道子ちゃんの話そっくり・・・。
『どうしたの、蓮子』
『きゃっ!』
突然背後から呼びかけられ、私は思わず悲鳴を上げた。
ふりかえると、
『め、メリー・・・も、もう。どこにいたのよ』
『?どこって、ここしかないじゃない。雨が降り出したから、早く帰りましょうって呼びに来たのよ』
『そう、なんだ。気づかなかった』
『そんなに夢中だったの?連子らしいけど』
ニコリ、と、メリーは微笑む。
良かった、少しは機嫌も直ったらしい・・・いや、これもまるっきりお話通り・・・。
慌ててメリーの全身を観察する。
・・・白いブラウスが少しだけ濡れている。
いやいや、そんなの雨が降っているんだから当然じゃない。
でも、まだ小降りなのにやけに湿っているような・・・。
『どうしたの?雨脚が弱いうちに、早く戻りましょう』
『え、えぇ・・・そうね』
・・・そして、私たちは村へ戻った。
お土産を選んでいるときも、メリーにおかしなところはなく、私も気のせいだと思い始めていた。
―☆☆☆―
こうして時間は現在に至る。
旅行を終えて1週間後の現在。
私が見舞われている状況と、私が疑念を抱く理由。
『今、私の前にいる少女は、本当にマエリベリー・ハーンなのか・・・?』
自分でも馬鹿馬鹿しいとは思う。あんな怪談にも満たないような昔話を信じようだなんて。
確かに私たちは秘封倶楽部。
結界の境を求め奔走し、この世のものとは思えないような体験だって少しは経てきた。
それでも―――それでも、やはり信じがたい。
メリーが別の誰かと入れ替わっているだなんて。
正体不明の恐怖がある。
何より、この1週間、恋人のつもりで接してきた相手が、恋人としての接し方をしてきた相手が、素性もしれない別人だなんてあまりにもぞっとしない話だ。
信じられない。信じたくない。
だけど―――。
「お待たせ蓮子。着替えるのに少し手間取っちゃって・・・。慣れない恰好なんてするもんじゃないわね。
勝手がわからないし、いまいち落ち着かないんだもの。・・・えっと、ど、どうかな?自分でもおかしいとは思うんだけど、蓮子の感想を聞かせてほしいな・・・なんて」
「・・・・・・」
新しい服を買ったから少し待っていて。
そんな言葉を残してメリーが洗面所に引っ込んだのが30分前。
ようやくカーテンを開けて現れたのは、
・・・メイドさんだった。
「・・・・・・・・・」
ありえない。
本当に、これは、ちょっと、待ってほしい。
どうしてこんなことが・・・?
濃紺のワンピースがメリーの白い肌と芸術的なまでに眩いコントラストを形成し、真っ白なエプロンドレスはふくよかな体のラインをやんわりと包み隠し、愛らしいカチューシャが金色の髪に静かな彩りを添えていた。
・・・パーフェクトメイドが、そこにいた。
「いや、そうじゃなくて!?」
「ぅえっ!・・・あ、や、やっぱり・・・変、だった・・・?」
「あ、ちが!そうじゃなくて!その、こ、言葉にならないくらい似合ってるんだけど!」
だ、だめだ思考がまとまらない。
ここまで心乱されるなんて、げに恐ろしきめいど服・・・。
「あ、そ、そうかな?・・・えへへ、お世辞でも、嬉しい、かも」
うっぐぁぁあ!!?
なんなのその微笑みは!?
頬を染めて恥ずかしげに俯いて。それでいて上目使いに喜びをきっちり表している・・・!
や、やっぱりありえない。メリーがこんな愛らしい仕草をするなんて・・・!
「め、メリー。ど、どうして、急に、そんな恰好を・・・?」
「そ、それは・・・。蓮子、こういう服が好きなんでしょ?だから、ちょっと奮発して買ってみたの。
私には似合わないと思ってたんだけど・・・うん、でも蓮子が喜んでくれたなら、勇気出してよかったわ」
「っ・・・!・・・!!」
おちつけ宇佐見蓮子。
ここで押し倒したら、もう取り返しがつかなくなる。
いくら悪魔的に可愛くても、このメイドさんはメリーじゃないかもしれないのよ。
どこの誰とも知れない相手に、本能のまま飛びついたりしたら、後で死ぬほど後悔する・・・。
落着け。メルセンヌ素数を数えて落ち着くのよ・・・。
2、3、5、7、13、17、19、31、61、89、107、127・・・。
「は、はぁ・・・はぁ。そ、そうね。め、メリーの気持ちは嬉しいわ。私も柄にもなく浮かれちゃったかもしれないわね」
よし、乗り切った・・・!こみあげる衝動に打ち勝ったわ!
とにかく冷静に観察して、おかしな点を1つ1つ検証するのよ。
まずはこの少女がマエリベリー・ハーンであるのか、客観的に判断しなくては・・・。
「うん、嬉しいな・・・。あの、蓮子」
「な、なぁに?メリー」
「その・・・蓮子に1つ、お願いがあるんだけど・・・」
「お願い?いいわ。メリーにここまでさせちゃったんだもの。私にできることなら、なんでも言って」
「そう?そ、そんなに難しいことじゃないんだけど・・・。そこまで言ってくれるなら、思い切って・・・言うね。その、蓮子さえよければ・・・」
「うん」
「・・・お、お姉ちゃんって、呼んでも、いい・・・?」
駆けだした、飛び出した、逃げ出した!
全力全速で立ち上がり、外へ向かって―――1度ドアに思いっきり鼻をぶつけてしまったけど―――転げるように逃走した。
あれはメリーじゃないあれはメリーじゃないあれはメリーじゃない・・・!
もはや一刻の猶予もない。
とにかく、急いであの村へ。身代わり池に行かなくちゃ・・・!
メリーを、メリーを取り戻すんだ!
階段を駆け下りて、駅に向かって走り出す。
運動靴を履いてこなかったことを後悔するけど、取りに戻るなんてできるはずがない。
まだ星が見える時間じゃないから正確な時刻はわからないけど、午後4時は過ぎているはずだ。
今電車に乗っても、あの村に着くのは深夜になるだろう。だけど、もはや一刻の猶予もない。
街には休日を満喫する家族連れやカップルが思い思いに闊歩している。
そんな中を必死の形相で疾走する私に、奇異の視線が向けられる。
呼吸が荒い。鼓動がうるさい。
これは全力疾走のせい、だけじゃない。
あんなメリーを見てしまったら、冷静でなんていられるはずがなかった。
まるっきりの別人が、恋人に成り代わっているだなんて、おぞましいにも程がある・・・!
あんな、あんな・・・愛らし、いや、可愛らし、いやいや・・・。
「違う、違うわ!メリーがあんなことするはずないんだから!あんな・・・あんな・・・」
メイド服で御奉仕してくれたり。
新妻のようにお世話してくれたり。
妹のように甘えてきたり。
メリーの仕草。メリーの肢体。メリーの表情。
その1つ1つがあまりにも魅力的で、
「違うのよメリー!萌えたりなんかしてないから!あ、あんな偽物にドギマギなんてしてないんだからぁ!」
冷たい池の底に閉じ込められているであろうメリーに必死で弁明する。
いや、疾しいことなんて微塵もないんだけど!
「あっ」
余計な雑念に憑りつかれていたせいで、足がもつれてしまった。
なんとか両手をついて、顔面を地面に打つことは避けられたけど、舗装されていないコンクリートで手のひらと膝を擦りむいてしまった。
「はぁ、くっ・・・つぅ・・・はぁ、はぁ・・・ぐ、こんなとこで、躓いている場合じゃないのに・・・!」
1秒でも早く、メリーの下に行かなくちゃいけないのに・・・!
メリーの、下へ・・・。
「蓮子!大丈夫!?」
メリー。
メリーの、声・・・?
「えっ」
少しずつ夕方に近づきつつある日の光が、何かの影で遮られる。
顔をあげると、そこには―――最愛の人の顔があった。
「な、ど」
どうしてここが!?
ありえない。
一度も休憩することなく走り続けたのに、彼女に追いつかれるなんて・・・!
やっぱり、この人はメリーじゃない。得体の知れないものなんだ。
「もう、急に飛び出すからびっくりしたわ・・・あの、に、逃げ出すほど嫌だったの?だ、だったら」
「どうしてここがわかったの!?」
「え?ど、どうしてって・・・蓮子が駅だ!って叫んで飛び出すから、急いで着替えて自転車で」
着替え、自転車?
言われてみれば、彼女はさっき私に見せたメイド服ではなく、ニットのセーターにズボン姿だった。
彼女の後ろには、確かに自転車も止めてある。
「ほんとにどうしちゃったの蓮子。このぐらい、いつものあなたなら考えるまでもないことでしょう?何か変よ、あなた」
「へ、変なのはあなたの方でしょう!」
「え?」
「メリーの顔で、メリーの声で・・・わ、私の名前を呼ばないでよ!本物のメリーはどこなのよ!」
「な、蓮子、あなた本当にどうしたの?大丈夫?暑さに当てられたのかしら。すぐに帰って休んだ方が」
「そ、それよ!そこがおかしいのよ!」
「はぁ?何が」
「メリーは、そんな優しいこと言わないもの!」
「な」
絶句した様子で口を開ける彼女。
痛いところを突かれたって顔だわ。
「本物のメリーなら、こういう時は『蓮子ったら暑さで大脳皮質が緩んだんじゃない?少しでも皺を増やしに行先を図書館に変更することをお勧めするわ』とか!皮肉を連発するはずなのよ!」
「う」
「大体ね、メリーはゆるふわ系の見た目の癖して根に持つタイプで毒舌家だし、人がちょっと弱みを見せたら嬉々として切り刻むような女なの!」
「ぐ」
「その癖七割ぐらいは悪気無くて、天然からくる発言だから始末に負えない。ほんともう結界を見る目なんて関係なく厄介な女だわ!」
「・・・」
「そんなメリーが!優しく声をかけたり、手間暇かけて料理したり、私の好みに合わせて服を決めたり、ましてや『お姉ちゃん』なんて甘えたがるだなんて、天地がひっくり返ってもありえないのよぉ!」
「・・・・・・・・・」
言った。言ってやった。
この一週間溜まりに溜まり、我慢に我慢を重ねてきた疑惑、不信。
それを全部吐き出してやった。
メリーのような誰かは、私の言葉に打ちのめされたように俯き、肩を震わせている。
まったくバカにしてくれる。まさか私が気づいていないとでも思っていたのだろうか。
このまま正体を暴いてやる!
「だから!あなたはメリーじゃない!本物のメリーは、今もあの池の下で私を待っているんだわ!さぁ話してよ!メリーを取り戻す方法を!」
「・・・・・・・・・か」
「・・・何ですって?」
「・・・この、・・・・・・か」
「話す気になったのなら、はっきりわかるように」
「蓮子の、バカああぁああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!」
「へぶぅっ!?」
鋭く激しい痛みが私の右頬を襲った。
首がぐるんと捩じれ、そのまま肩が、胴体が、両足が、木の葉のようにくるくる回りながら地面に叩き付けられる。
「あぐ・・・あ、ぅ・・・」
薄れゆく意識の中で、理解できた事実は2つ。
1つ目は、私の意識を奪ったものは渾身の平手打ちだということ。
2つ目は・・・。
2つ目は、肩で息をして、顔を真っ赤にして・・・うっすらと涙を浮かべて、メリーが怒っていた、ということだった。
「本当に、すいませんでした」
「・・・・・・」
「まさか、メリーがそこまで道子ちゃんに嫉妬してたなん」
「嫉妬してない!」
「はいい!えっと、まさかメリーさんが道子ちゃんの可愛らしさに感動して、その真似をしようとお考えだなんて、露ほども知らず、大変な失礼をば」
「・・・・・・」
ふたを開けてみれば、それが私がこの1週間抱き続けた疑問の、あまりにもあっけない真相だった。
意識を取り戻すと、そこは私たちの部屋だった。
怒り心頭ながらも、メリーが必死で運んでくれたらしい。
しばらくは口も利いてくれなかったメリーだけど、ぽつぽつと零す愚痴のような言葉をつなぎ合わせて考えた結果、私がとんでもない勘違いをしていたことを少しずつ理解したのだった。
そりゃあメリーも怒るだろう。
私が道子ちゃんを可愛がる様子を羨んで、頑張って可愛く甲斐甲斐しく接していたら、『偽物』だの『メリーは優しくない』だの罵倒されたのだ。
その時のメリーの心中を思うと・・・自己嫌悪でもう一度意識を失いたくなった。反省しても反省しきれない。
「まさか・・・ね。それも私のセリフだけどねぇ。ま、さ、か。オカルトサークル秘封倶楽部の一員ともあろうものが、旅先で聞いただけの怪談話を頭から信じ込むなんて、ね」
「・・・はい、返す言葉もございません」
額をフローリングの床に擦り付ける。
言い忘れていたけど、現在の宇佐見蓮子は土下座のポーズである。
さらにメイド服に身を包んでおり、額には油性マジックで『ゆるふわ系愛されメイド』と落書きされていた。
流石に抗議したかったけど、瞳を潤ませ顔を真っ赤にしてマジックをもって迫ってくるメリーに、言い返すなんてできるはずもなかった。
メリーの気が済むまで・・・できればテスト休みが終わるまでには許されたいところだが・・・しばらくは、この恰好も甘んじて受けざるを得ないだろう。
「まったく身代わり池なんて。あんなの児童向けの怪談本にでもまとめられていそうなレベルの子供だましじゃない」
「だ、だけどメリー状況があんまりにもそっくりだったから」
「お嬢様、と呼びなさい」
「・・・はい、お嬢様」
何度目かわからないけど額を床にくっつける。摩擦でマジック消えないかなぁ。
「・・・で、どうなのよ」
「はい?・・・何のお話でしょうお嬢様」
あれ?声のトーンが少し変わった気がする。つんつんしているのは同じだけど、どこかこちらを伺う雰囲気を感じるような・・・。
「だから・・・その、私が、偽物じゃないとわかって」
「はい」
「・・・その・・・最近の、私の振る舞いについて・・・」
「?はい」
「蓮子としては、あぁいう私は、どう・・・」
「?どう、とは」
「っ!もう、なんでもないわよ!バカ!」
「うええ、どうして怒られたの!?」
メリーはぷいっと後ろを向いてしまった。
わからない、何を言いたかったのだろう?
メリーの背中が何を語っているのか、今の私には読み取れない。
・・・まぁ、もう少し落ち着いてから、ゆっくり探ってみるとしよう。
当分はご機嫌取りに苦心する生活が続きそうではあるけれど。
知ったような気になっていても、私はまだまだメリーのことを知らない。
それが解っただけでも、私たちの関係は一歩前に進んだといえるのだろう。
マエリベリー・ハーン。
彼女のプロフィールに、性格:やきもち焼きを付け加えて。
私とメリーは秘封倶楽部として、相棒として、そして恋人として。
これからも共に歩んでいくのだから。
ほんのちょっとした後日談。
メリーの機嫌もようやくなおり、私たちはもう一度、あの『身代わり池』がある村を訪れた。
目的も前と同じ、温泉旅行。テスト休みも終了間近ということで、最後にゆったり過ごしたかったのだ。
宿も同じく。今度は道子ちゃんばかり構ってメリーを怒らせないようにしないとな、なんて考えていたのだが。
出迎えてくれたのは。
「・・・は?なんですかアンタ。気安く話しかけないでよ、うっとうしいなぁ」
「・・・・・・」
明らかに染めているどぎつい金髪。マニキュアを塗った爪に短いスカート。
まるで別人のような、道子ちゃんだった。
・・・・・・いやいや、まさかねぇ。
残念ながらホラーではなかったですねw でもまぁ、これはこれでよしかと
たまには、こんなホラーもいいと思います。
作者様、お疲れ様でした