やっぱ基本は「レイ×マリ」だよなぁ。
永遠亭の月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバがいつのものように薬を売りに人里まで行った時のこと。
たまたま道ですれ違った二人の若い男性がそう話しているのを聞いて、鈴仙は雷に撃たれたような激しい衝撃を受けた。
レイ……マリ……!!
ピタリと鈴仙の足が止まる。
こういう会話がつまりは『そういう』内容を指していることは、わりと世間知らずの鈴仙でもさすがにわかっていた。
レイとマリの間に『×』が入ることもちゃんと知っている。
(しかし……まさか……)
自分が妖怪として里の人間達に少し変な眼で見られている事を鈴仙はなんとなく自覚していた。
まあ正確には妖怪じゃなくて月のウサギなのだが、人間から見たらどっちも大差はないだろう。
だが八意永琳の作る薬の素晴らしい効き目のおかげもあって、最近では友好的に接してくれる人間もだんだんと増えてきている。
そのおかげで、鈴仙もなんだか人付き合いの大切さが最近だんだんとわかってきたところだった。
それにしても……。
まさか……。
まさか……。
『鈴仙×魔理沙だなんて!!』
鈴仙は少しだけ思い込みの激しい娘だった。
勘違いもいいところである。
「まさか里の人間達にそんな風に思われていたなんて……この私としたことが今日までまったく気がつかなかったわ……」
誰もそんなこと思っていないので気がつかなくて当然だった。
だが、彼女の優曇華院やイナバという名前は幻想郷に来てからつけられた名前であり、
『レイセン』が本名であることを考えれば勘違いしてしまったことも無理はないだろう。
「いや、落ちつけ私。良く考えるんだ……『マリ』ってのは当然、魔理沙のことだよね……」
鈴仙の頭に一人の少女の顔が浮かんだ。
霧雨魔理沙。
いい意味でも悪い意味でも幻想郷では知らぬものはないほどの有名人である。
人間の身でありながら魔法使いとして各地で起こる事件に首を突っ込んでは、
ときにはトラブルをさらに大きくし、ときには新たなるトラブルを作り出しては去っていく。
とても困った人間である。
また非常に同性にモテることでも有名であり、人妖問わず様々な人物との関係がよく噂されていた。
鈴仙もとある事件で知り合って以来、良く知る人物だった。
「でもでも、私……別に魔理沙のことなんてなんとも思って……」
――戦いが怖くて故郷から逃げだした陰気で後ろ向きな自分。
――ひ弱な人間でありながらどんな困難にも立ち向かっていく前向きでまっすぐな魔理沙。
たしかに鈴仙から見ても魔理沙は魅力的で眩しい存在だった。
困った人間なのにもかかわらず皆に人気があるのも十分に理解できる。
「魔理沙……」
ここにはいない少女の名を小さく声に出してみる。
それだけで、鈴仙はちょっと恥ずかしくなってしまい耳がピクピクと震えた。
ここに来た目的である薬売りをすっかり忘れて、鈴仙は里の大通りを独り言を言いながらぐるぐると歩き続ける。
「いやいや……だけどまさかそんな…………でも魔理沙となら……」
なんだかんだと考えながらも鈴仙はだんだんと気分がノッて来てしまっていた。
自分と魔理沙が並んでいるところを想像すると、なぜか顔のあたりが熱くなるのを発見して鈴仙はちょっとだけ不思議な気分になる。
「あっ、そんな……だめよ私達女の子同士なのに……嫌っ……お月さまが見てる……」
鈴仙の妄想が最高潮に達し、里のメインストリートを往復するのが7周めに差し掛かったときだった。
「そこの君。カップリングのことでお悩みかな?」
突如、鈴仙の背後で声がした。
振り向くとそこにいたのは人里の守護者にして寺子屋の女教師、上白沢慧音。
「えっ……いや、あの……」
「大丈夫、私にはすべてお見通しだ。ついてきなさい」
と、なぜかやさしく微笑むと鈴仙の腕を掴みずんずんと何処かへ引きずっていった。
「ここは……」
とある屋敷の前までやってきた二人。
この屋敷には鈴仙は見覚えがあった。
というか薬売りのお得意様だ。
――稗田家。
ここは里の中でも特に妖怪に対して理解のある家なので鈴仙も何度か訪れたことがある。
慧音はなぜか稗田家の母屋ではなくその裏手にある離れの方に歩いて行った。
コンコン!
木製の引き戸を慧音がノックする。
少し間をおいて、中から凛とした声が響いた。
『風見幽香は!』
「誘い受け!」
慧音が即座に返す。
すると木戸が音もなく開いた。
(……なんだ今のやりとり……)
帰りたい。
心からそう思う鈴仙だった。
「よくぞいらっしゃいました……」
薄暗い部屋の中には一人の童女がちょこんと座っていた。
一見ただの子供に見えるが、この屋敷の当主にして九代目阿礼乙女、稗田阿求である。
「話は聞かせてもらいました! レイ×マリですか。ベタですがいいですねレイマリ」
「いや、まだ何も言ってませんが……なんでわかるんだこの人……」
座卓を挟んで阿求の前に鈴仙と慧音が座ると、阿求はすべてわかっているとばかりに語り始めた。
「阿求師匠くらいになると、相手の表情を見ただけでも大体のことはわかるものさ」
なぜか慧音は阿求を師匠と呼んだ。
そしてなぜか自分のことのように誇らしげな顔をしている。
「……師匠って。先生やってるのは慧音さんのほうでしょう」
「はっはっは、知らないのも無理はない。ここは幻想郷でも選ばれた者のみが集う秘密の道場だからな」
「まあ道場とはいってもタダの集会場みたいなものですが」
にこやかに阿求が微笑んだ。
薄暗い室内に徐々に目が慣れてきた鈴仙は部屋の壁に名札のようなものがかかっているのに気がついた。
――稗田式カップリング道場 『師範 稗田阿求』
「………………」
世の中にはいろんな道場があるんだなぁ……。
鈴仙はとりあえず感心するしか他にすることが思いつかなかった。
恐らくは慧音もここの門下生なのだろう。
(頭のいい人って何考えてるかわからない……ストレスたまってるのかなぁ……)
一番立派な阿求の名前の横には門下生だと思われる名札もいくつか下がっている。
五段
『森近 霖之助』『射命丸 文』『八意 永琳』
四段
『十六夜 咲夜』『上白沢 慧音』『八坂 神奈子』
三段
『小悪魔』『小野塚 小町』
・
・
・
何か見てはいけないような名前もあった気がしたが鈴仙はとりあえず見なかったことにしようと心に誓うのだった。
【稗田式カップリング道場】
それは幻想郷におけるカップリングのマンネリ化を危惧した稗田家現当主が、
新たなカップリングの研究を目的として数年前に発足した団体である。
主な活動内容は、あまり一般的ではない人物同士のカップリングを考察し、
それらを題材として漫画や小説を書いて年二回、夏と冬に本を作り発表することである。
世間一般にはあまり接点がないと思われる人物同士のカップルであるほど評価は高くなるが、
あまり無理矢理すぎると物語として矛盾が生じ破綻するので難易度も高い。
ちなみに現段階で最高峰といわれる作品は、師範である阿求が書いた『雲山×妖忌』のプラトニック物であるが、
これが掲載された本は稗田家の最高機密として現在は封印されている。
「……というわけでレイ×マリの『レイ』とは霊夢さんのことなんですねー。残念ですが」
「ちなみに君の場合だとウド×マリになるな」
鈴仙はなぜか正座で阿求の講義を聞かされていた。
慧音は阿求の横で黒板に何か良く分からない専門用語を色々と書き出していた。
「はぁ……まあとりあえず私の勘違いだったんですね。それだったら別にいいんです」
講義を聞いて自分の勘違いに気がついた鈴仙はちょっとホッとしたような、残念だったような複雑な気分になったが、
早く話を切り上げてここから去るのが先決だと考え、適当に相づちをうち話を聞いているふりをした。
長くここにいては何か危険な予感がする。
鈴仙の野生の感がそう告げていた。
「それじゃあ勘違いが解けたところで私はこの辺で。薬売りに早く戻らないと……」
――ガッ!
「待ちたまえ!」
立ち上がりかけた鈴仙だったが、その肩を慧音が押さえつけた。
「君は……本当にそれでいいのか?」
「え?」
鈴仙の瞳を慧音が真正面から見つめる。
「先ほど里の中で見たときの君は正真正銘の恋する乙女だった。勘違いなどではないはずだ、自分の心に嘘をついてはいけない!」
「いや、あの……」
「その通りです」
阿求もまたやさしく鈴仙の手をとり、そっと握りしめた。
「いいんです、あなたは間違ってなどいません。だって……女の子は恋をするのがお仕事ですもの」
そして二人は鈴仙に恋する気持ちの素晴らしさについて延々と熱く語り続けるのだった。
そして二時間後。
鈴仙は少しだけ思い込みの激しい娘だった。
「師匠達! 私がんばります。きっと魔理沙と結ばれてみせます」
そこには嘗て自分に自信の持てなかった後ろ向きな少女はもういない。
「よし、その意気だ」
「ふぁいとですよ!」
この短時間で鈴仙を完璧なまでに洗脳してしまった二人の手際は見事というしかなかった。
いまや鈴仙の瞳には恋の炎が激しく燃え盛っている。
「さっそく外で話を立ち聞きしていた射命丸さんに頼んで、魔理沙さんを呼び出す手紙を渡しておいてもらいました」
そういって阿求は待ち合わせ場所を記した一枚のメモを鈴仙に手渡した。
「流石は阿求師匠! なんという手際の良さ。では行ってきます!!」
うぉぉぉぉぉ!
雄叫びを上げて道場を飛び出していく鈴仙。
残された二人はそれを手を振って見送った。
「いやー。ノリのいい子ですねえ」
「まったくだ……永琳がイジメ甲斐があると言ってたのがよくわかる」
「さて、どうなるか私達も見物に行きましょう」
ひどい二人である。
「魔理沙さん、結婚を前提としてお付き合いしてください!!」
「いや……女同士でそういうの無理だから」
鈴仙の突然の告白に魔理沙はドン引きした様子だったが、一言で断わるとそのまま飛びさって行ってしまった。
もう告白したら即オッケーだとばかり思い込んでいた鈴仙。
「…………………………………………あれ?」
予想外の事態になにが起こったか理解できず、鈴仙はその場に立ち尽くしていた。
(……さすが魔理沙。断わり慣れているな)
(幻想めちゃモテ委員長の肩書きはダテじゃないですね)
一方、物陰から様子をうかがっていた阿求と慧音は、当然こういう事になると予想していたのだった。
「ううっ……もう一杯お願いします!」
場所は再び稗田家内の道場。
鈴仙を慰める会という名目で三人だけの宴会が開かれていた。
「私……もう恋なんてこりごりです……薬売りもすっかり忘れてましたし、帰ったら師匠に怒られちゃいます」
この場合の師匠とは阿求ではなく当然永琳の事を指している。
「大丈夫。永琳さんにはこの道場に居たといえばそれほど怒られないでしょう。それよりも……」
酌をしながら阿求と慧音が顔を見合わせニヤリと笑う。
「自分の恋愛にこりたのならば、うちの道場に入門して他人の恋愛を妄想してみませんか? 楽しいですよ」
「うむ、君にはとても素質がある。この才能を眠らせておくのは非常にもったいないぞ」
そういって、次々と鈴仙の持つ酒器に代わりがわりに少し強めの酒を注いでいくのだった。
何度も言うが、鈴仙は少しだけ思い込みの激しい娘だった。
「君はまだ初心者だからまずは無難なカプから行くのがいいだろう。阿求師匠、何かお勧めはないかな?」
「そうですね、手始めにパチュ×アリあたりがいいでしょう。王道ではないものの最近は需要の高い組み合わせです。
とりあえず、来月までに何か一本書いてきてください」
「はひぃ~。わたしがんばるれすよぉ~」
いつの間に用意されたのか、道場の壁には真新しい名札が一つ追加されていた。
初段
『鈴仙・優曇華院・イナバ』
こうして、稗田式道場にまたひとり新たな門下生が増える事となったのである。
永遠亭の月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバがいつのものように薬を売りに人里まで行った時のこと。
たまたま道ですれ違った二人の若い男性がそう話しているのを聞いて、鈴仙は雷に撃たれたような激しい衝撃を受けた。
レイ……マリ……!!
ピタリと鈴仙の足が止まる。
こういう会話がつまりは『そういう』内容を指していることは、わりと世間知らずの鈴仙でもさすがにわかっていた。
レイとマリの間に『×』が入ることもちゃんと知っている。
(しかし……まさか……)
自分が妖怪として里の人間達に少し変な眼で見られている事を鈴仙はなんとなく自覚していた。
まあ正確には妖怪じゃなくて月のウサギなのだが、人間から見たらどっちも大差はないだろう。
だが八意永琳の作る薬の素晴らしい効き目のおかげもあって、最近では友好的に接してくれる人間もだんだんと増えてきている。
そのおかげで、鈴仙もなんだか人付き合いの大切さが最近だんだんとわかってきたところだった。
それにしても……。
まさか……。
まさか……。
『鈴仙×魔理沙だなんて!!』
鈴仙は少しだけ思い込みの激しい娘だった。
勘違いもいいところである。
「まさか里の人間達にそんな風に思われていたなんて……この私としたことが今日までまったく気がつかなかったわ……」
誰もそんなこと思っていないので気がつかなくて当然だった。
だが、彼女の優曇華院やイナバという名前は幻想郷に来てからつけられた名前であり、
『レイセン』が本名であることを考えれば勘違いしてしまったことも無理はないだろう。
「いや、落ちつけ私。良く考えるんだ……『マリ』ってのは当然、魔理沙のことだよね……」
鈴仙の頭に一人の少女の顔が浮かんだ。
霧雨魔理沙。
いい意味でも悪い意味でも幻想郷では知らぬものはないほどの有名人である。
人間の身でありながら魔法使いとして各地で起こる事件に首を突っ込んでは、
ときにはトラブルをさらに大きくし、ときには新たなるトラブルを作り出しては去っていく。
とても困った人間である。
また非常に同性にモテることでも有名であり、人妖問わず様々な人物との関係がよく噂されていた。
鈴仙もとある事件で知り合って以来、良く知る人物だった。
「でもでも、私……別に魔理沙のことなんてなんとも思って……」
――戦いが怖くて故郷から逃げだした陰気で後ろ向きな自分。
――ひ弱な人間でありながらどんな困難にも立ち向かっていく前向きでまっすぐな魔理沙。
たしかに鈴仙から見ても魔理沙は魅力的で眩しい存在だった。
困った人間なのにもかかわらず皆に人気があるのも十分に理解できる。
「魔理沙……」
ここにはいない少女の名を小さく声に出してみる。
それだけで、鈴仙はちょっと恥ずかしくなってしまい耳がピクピクと震えた。
ここに来た目的である薬売りをすっかり忘れて、鈴仙は里の大通りを独り言を言いながらぐるぐると歩き続ける。
「いやいや……だけどまさかそんな…………でも魔理沙となら……」
なんだかんだと考えながらも鈴仙はだんだんと気分がノッて来てしまっていた。
自分と魔理沙が並んでいるところを想像すると、なぜか顔のあたりが熱くなるのを発見して鈴仙はちょっとだけ不思議な気分になる。
「あっ、そんな……だめよ私達女の子同士なのに……嫌っ……お月さまが見てる……」
鈴仙の妄想が最高潮に達し、里のメインストリートを往復するのが7周めに差し掛かったときだった。
「そこの君。カップリングのことでお悩みかな?」
突如、鈴仙の背後で声がした。
振り向くとそこにいたのは人里の守護者にして寺子屋の女教師、上白沢慧音。
「えっ……いや、あの……」
「大丈夫、私にはすべてお見通しだ。ついてきなさい」
と、なぜかやさしく微笑むと鈴仙の腕を掴みずんずんと何処かへ引きずっていった。
「ここは……」
とある屋敷の前までやってきた二人。
この屋敷には鈴仙は見覚えがあった。
というか薬売りのお得意様だ。
――稗田家。
ここは里の中でも特に妖怪に対して理解のある家なので鈴仙も何度か訪れたことがある。
慧音はなぜか稗田家の母屋ではなくその裏手にある離れの方に歩いて行った。
コンコン!
木製の引き戸を慧音がノックする。
少し間をおいて、中から凛とした声が響いた。
『風見幽香は!』
「誘い受け!」
慧音が即座に返す。
すると木戸が音もなく開いた。
(……なんだ今のやりとり……)
帰りたい。
心からそう思う鈴仙だった。
「よくぞいらっしゃいました……」
薄暗い部屋の中には一人の童女がちょこんと座っていた。
一見ただの子供に見えるが、この屋敷の当主にして九代目阿礼乙女、稗田阿求である。
「話は聞かせてもらいました! レイ×マリですか。ベタですがいいですねレイマリ」
「いや、まだ何も言ってませんが……なんでわかるんだこの人……」
座卓を挟んで阿求の前に鈴仙と慧音が座ると、阿求はすべてわかっているとばかりに語り始めた。
「阿求師匠くらいになると、相手の表情を見ただけでも大体のことはわかるものさ」
なぜか慧音は阿求を師匠と呼んだ。
そしてなぜか自分のことのように誇らしげな顔をしている。
「……師匠って。先生やってるのは慧音さんのほうでしょう」
「はっはっは、知らないのも無理はない。ここは幻想郷でも選ばれた者のみが集う秘密の道場だからな」
「まあ道場とはいってもタダの集会場みたいなものですが」
にこやかに阿求が微笑んだ。
薄暗い室内に徐々に目が慣れてきた鈴仙は部屋の壁に名札のようなものがかかっているのに気がついた。
――稗田式カップリング道場 『師範 稗田阿求』
「………………」
世の中にはいろんな道場があるんだなぁ……。
鈴仙はとりあえず感心するしか他にすることが思いつかなかった。
恐らくは慧音もここの門下生なのだろう。
(頭のいい人って何考えてるかわからない……ストレスたまってるのかなぁ……)
一番立派な阿求の名前の横には門下生だと思われる名札もいくつか下がっている。
五段
『森近 霖之助』『射命丸 文』『八意 永琳』
四段
『十六夜 咲夜』『上白沢 慧音』『八坂 神奈子』
三段
『小悪魔』『小野塚 小町』
・
・
・
何か見てはいけないような名前もあった気がしたが鈴仙はとりあえず見なかったことにしようと心に誓うのだった。
【稗田式カップリング道場】
それは幻想郷におけるカップリングのマンネリ化を危惧した稗田家現当主が、
新たなカップリングの研究を目的として数年前に発足した団体である。
主な活動内容は、あまり一般的ではない人物同士のカップリングを考察し、
それらを題材として漫画や小説を書いて年二回、夏と冬に本を作り発表することである。
世間一般にはあまり接点がないと思われる人物同士のカップルであるほど評価は高くなるが、
あまり無理矢理すぎると物語として矛盾が生じ破綻するので難易度も高い。
ちなみに現段階で最高峰といわれる作品は、師範である阿求が書いた『雲山×妖忌』のプラトニック物であるが、
これが掲載された本は稗田家の最高機密として現在は封印されている。
「……というわけでレイ×マリの『レイ』とは霊夢さんのことなんですねー。残念ですが」
「ちなみに君の場合だとウド×マリになるな」
鈴仙はなぜか正座で阿求の講義を聞かされていた。
慧音は阿求の横で黒板に何か良く分からない専門用語を色々と書き出していた。
「はぁ……まあとりあえず私の勘違いだったんですね。それだったら別にいいんです」
講義を聞いて自分の勘違いに気がついた鈴仙はちょっとホッとしたような、残念だったような複雑な気分になったが、
早く話を切り上げてここから去るのが先決だと考え、適当に相づちをうち話を聞いているふりをした。
長くここにいては何か危険な予感がする。
鈴仙の野生の感がそう告げていた。
「それじゃあ勘違いが解けたところで私はこの辺で。薬売りに早く戻らないと……」
――ガッ!
「待ちたまえ!」
立ち上がりかけた鈴仙だったが、その肩を慧音が押さえつけた。
「君は……本当にそれでいいのか?」
「え?」
鈴仙の瞳を慧音が真正面から見つめる。
「先ほど里の中で見たときの君は正真正銘の恋する乙女だった。勘違いなどではないはずだ、自分の心に嘘をついてはいけない!」
「いや、あの……」
「その通りです」
阿求もまたやさしく鈴仙の手をとり、そっと握りしめた。
「いいんです、あなたは間違ってなどいません。だって……女の子は恋をするのがお仕事ですもの」
そして二人は鈴仙に恋する気持ちの素晴らしさについて延々と熱く語り続けるのだった。
そして二時間後。
鈴仙は少しだけ思い込みの激しい娘だった。
「師匠達! 私がんばります。きっと魔理沙と結ばれてみせます」
そこには嘗て自分に自信の持てなかった後ろ向きな少女はもういない。
「よし、その意気だ」
「ふぁいとですよ!」
この短時間で鈴仙を完璧なまでに洗脳してしまった二人の手際は見事というしかなかった。
いまや鈴仙の瞳には恋の炎が激しく燃え盛っている。
「さっそく外で話を立ち聞きしていた射命丸さんに頼んで、魔理沙さんを呼び出す手紙を渡しておいてもらいました」
そういって阿求は待ち合わせ場所を記した一枚のメモを鈴仙に手渡した。
「流石は阿求師匠! なんという手際の良さ。では行ってきます!!」
うぉぉぉぉぉ!
雄叫びを上げて道場を飛び出していく鈴仙。
残された二人はそれを手を振って見送った。
「いやー。ノリのいい子ですねえ」
「まったくだ……永琳がイジメ甲斐があると言ってたのがよくわかる」
「さて、どうなるか私達も見物に行きましょう」
ひどい二人である。
「魔理沙さん、結婚を前提としてお付き合いしてください!!」
「いや……女同士でそういうの無理だから」
鈴仙の突然の告白に魔理沙はドン引きした様子だったが、一言で断わるとそのまま飛びさって行ってしまった。
もう告白したら即オッケーだとばかり思い込んでいた鈴仙。
「…………………………………………あれ?」
予想外の事態になにが起こったか理解できず、鈴仙はその場に立ち尽くしていた。
(……さすが魔理沙。断わり慣れているな)
(幻想めちゃモテ委員長の肩書きはダテじゃないですね)
一方、物陰から様子をうかがっていた阿求と慧音は、当然こういう事になると予想していたのだった。
「ううっ……もう一杯お願いします!」
場所は再び稗田家内の道場。
鈴仙を慰める会という名目で三人だけの宴会が開かれていた。
「私……もう恋なんてこりごりです……薬売りもすっかり忘れてましたし、帰ったら師匠に怒られちゃいます」
この場合の師匠とは阿求ではなく当然永琳の事を指している。
「大丈夫。永琳さんにはこの道場に居たといえばそれほど怒られないでしょう。それよりも……」
酌をしながら阿求と慧音が顔を見合わせニヤリと笑う。
「自分の恋愛にこりたのならば、うちの道場に入門して他人の恋愛を妄想してみませんか? 楽しいですよ」
「うむ、君にはとても素質がある。この才能を眠らせておくのは非常にもったいないぞ」
そういって、次々と鈴仙の持つ酒器に代わりがわりに少し強めの酒を注いでいくのだった。
何度も言うが、鈴仙は少しだけ思い込みの激しい娘だった。
「君はまだ初心者だからまずは無難なカプから行くのがいいだろう。阿求師匠、何かお勧めはないかな?」
「そうですね、手始めにパチュ×アリあたりがいいでしょう。王道ではないものの最近は需要の高い組み合わせです。
とりあえず、来月までに何か一本書いてきてください」
「はひぃ~。わたしがんばるれすよぉ~」
いつの間に用意されたのか、道場の壁には真新しい名札が一つ追加されていた。
初段
『鈴仙・優曇華院・イナバ』
こうして、稗田式道場にまたひとり新たな門下生が増える事となったのである。
慧音先生だけは常識人だって信じてたのにー(ジタバタ)
良いとおもう。
合言葉はジャスティス
なんかこう、「うん、悪くない」というのがしっくりくるような作品でした。
もはや三段をあげても良いでしょう