「上白沢慧音?」
「ええ。人間の里に住む、歴史喰いの半獣だそうです」 ある昼下がりの命蓮寺。星が一時の休憩として茶菓子を持っていったところに、聖から話題を持ちかけられた。
檀家の名簿を書き写していた聖は筆をおき、楊枝で星が用意した羊羮を摘まみながら、その半獣について話始めた。 「なんでも、妖怪の身でありながら人間に味方し、寺子屋を営んでいる方とのことです。能力も人間のためにしか使わず、里の方々も敬意を払われているようですよ」
「へぇ…!此処は本当に全てを受けいれているのですね」
「ええ、あなたが妖怪であることが判っていても、里の方々の信仰は変わりませんし……嬉しいことです」
星自身としても妖怪であることを隠さずにいられることは、かなり心労の軽減に繋がっていた。今まで聖と毘沙門天に恥じぬよう働かなければならないと肩筋が張っていたのだと、余裕のできたからこそ判る。
「それで、その方がどうなされたのですか」
「ええ、上白沢さんが一度ご挨拶したいとの言伝てがあったのです。しかし私も今はやらなければいけないことが多く、あちら側も寺子屋を経営しているためなかなか暇を見つけられないようで……漸く今日の夕方にあちらの都合が空いたのですが」
そこで聖は一度言葉を切り、座高の高さの差から上目遣いで星を見つめてきた。
潤んだ瞳にはきらきらと星が散りばめられているのではないかと錯覚してしまう。無意識にか、胸の位置で拝むように手を合わせている辺り、もう反則だとしか言いようがない。
こんな顔をされて、断れる命蓮寺の住人がいるだろうか。
「………わかりました、今日の夕方はとりたてた用事もありませんし、私が行きましょう」 聖の懇願に負けた星は項垂れて返事した。聖は不安げだった顔を途端に輝かせ、名のように見事な蓮の花を咲かせた笑顔になる。そんな彼女の顔を見られただけでも良しとしよう、そう思わせるに充分な笑顔だった。
「ありがとう星!ほんと星は頼りになるわ!でも、色々迷惑をかけてごめんなさいね……」
「そんなことありませんっ!!」
言葉尻がしぼんだ聖に、星は弾かれたように立ち上がり、その言葉を否定する。予想しなかった星の反応に吃驚して、聖は目を点にしながら星を見上げた。
その姿を見て星は自分の過剰反応に気恥ずかしさを覚える。だが自分の気持ちを彼女に分かってもらいたくて、しどろもどろに補足した。
「あ、あの、私は寧ろ聖に迷惑ばかりかけてきました。取り返しのつかないこともあった。今はそれを少しでも贖いたい。だから聖は私なんかに遠慮をしないでください」
「いやだわ星、私はあなたに助けられてばかりよ?あなたはいつでも十全に働いてくれているわ」
「だ、だって私は“あの時”、聖を見捨て保身に走った!今回だってあなたが甦ることで、再び苦しむぐらいなら永遠に眠っていてほしかった……!」
毘沙門天の弟子、代理として働かなければならないという建前で、糾弾される聖から星は背を向けた。自分が妖怪だとバレたら、人々の聖に対する態度が急変したのと同じことが起こると恐怖した。 聖を復活させるとムラサたちが現れたときは喜んだ反面、どう彼女に向き合えばいいかわからなくなり、その迷いが宝塔をなくすという痛恨のミスを生み出した。
これらは赦されることではない。 聖と再び対面したとき、星は自分の心臓をくりぬいて差し出したい気分だった。 彼女の笑顔はどの武器よりも星の心に傷を負わせた。こんな自分なのに、彼女は変わらぬ慈悲深い笑顔を向けたのだ。 今からでも遅くない、この場で自分の首を差し出そうかと考え出すと、突然ふわりと柔らかな華の香りに包まれた。
聖が、星のことを抱き締めたのだ。優しく、慈しむように虎色の髪を撫でられるが、星は半ば呆然としてされるがままになる。
「自分をそこまで責めないでください、星」
そっと身体を離して、聖は星と目線をあわせた。聖の顔がぼやけ滲む視界に、星は漸く自分が涙を浮かべていたことに気がつく。
その涙に何の意味があるのか、星自身にも分からなかった。ただ雫が目の縁に溜まり、今にも溢れそうになる。
聖は右手で正体不明の涙をそっと拭い、落ち着かせるように反対の手を星の頭においた。
「あなたはあの時も、そして今もあなたがやるべきことをこなしています。恥ずべきことなど一つとしてありません……この私が言うことは信じられませんか?」
聖の静かな言葉にうまく喋り返すこともできず、星はふるふると首を横に振ることで否定の意を示した。
そんな星に困ったような笑みを浮かべ、聖は星の髪をなで続ける。 漸く涙も止まりかけ、星は自分のしてきたことがどれだけ聖を困らせる恥ずかしい行為だったかを理解した。涙が引くのにつられるように、顔が真っ赤に染まってゆくのが判る。
「あ、え、うぇっ!?す、すすみません聖っ!えぇえとかみ上白沢さんですよねわかりましたどーんっとおまかせくださいでわこれでしつれいさせていただきますっ!」
「お、おちついて星、そっちに行くと柱が」
「痛ぅっ!?あぁっまた柱壊しちゃった……い、痛い痛い木っ端が目に入ったぁ!」
「あぁあ星、気をつけて」
「うぇえぇん、すみません聖ぃっ!……ぁ痛っ」
最後にまた他の場所に頭をぶつけ、今度は確実に痛みと羞恥によるものだと判る涙を浮かべながら星は聖の部屋をあとにした。
「はぁ……な、にやってるんだろ私」
落ち着くためにもと、しばらくどこと目的もなく寺内を歩き巡る。
こんなところを仲間に見られたら、立つ瀬もなく暫く命蓮寺にいることはできない。依然として心に正体不明の靄が残っているためか、一つの場所に居続けることが辛い。
何かしら動きたい星は、まだ約束の時間には少し早いが、ひとまず里の中心へ向かうことにした。この里にある唯一の寺子屋は、里の何処からでも一本道で行ける場所にある。それは端とはいえ里に位置する命蓮寺でも一本道で行けるということだ。 飛ぶほどの距離でもないので、星はどこか上の空のままではあるが歩いていた。
「……………」
ただ、ひたすら歩く。反射で行き交う人と挨拶はするが、挨拶も軽い会話も、星の頭にまで届かない。
「あ、おい」
「………」
「おい」
「………」
「おい。そっちは、危ない」
「……へ?」
度重なる呼び掛けが自分に向けられていたことに気がついた時には、目の前に用水路が広がっていた。
うわぁそういえば昨日雨が降って下水路も用水路もごっちゃになってたなぁ、と走馬灯のように思考だけが駆け巡る。
目をつぶって汚水を被る覚悟をした星だが、その襟元を誰かが掴んで、思い切り引っ張りあげた。
結果、星は水に濡れることない代わりに盛大な尻餅をついてしまう。
「な、え?」 「なに、やってるんだか」
状況をのみ込めない星に、呆れた声が背後からかけられる。
じんじんと痛みが滲むお尻を擦りながら振り返ると、そこには一人のもんぺを着た少女が、星を見下ろしながら立っていた。
「ふらふらしながら歩いてるかと思ったら、私は自分から用水路に足を向けたやつを初めて見たよ」
「ううぅっ」
「まだ用水路はたくさんあるから、気をつけろ」 手を差し伸ばして星が立つことを手伝うと、少女は背を向けて歩き出した。そのまま見送っても良かったのだが、奇しくも相手の向かう方角が自分のものと一致していた。
「ちょ、ちょっと待ってください。私もそちらに用があります」
礼も言わないでいるのは去りがたく、慌てて彼女に追いかけた。少女はなんとなしに面倒くさそうな目をしたが、ほんのすこし歩調を緩めて星が追い付くのを待ってくれた。
「先程はすみませんでした、どうも上の空になっていて」
「別に、たまたまだから」
礼を言われることに慣れていないのか、顔を背けながら少女は呟いた。里で見かけたことがないが、彼女の歩みは散歩しているように軽やかなので、里の関係者なのかもしれない。
聞いてみたい気もしたが、少女は人見知りをするようで、先程から星とは反対の方向の景色ばかり見ている。
(き、きまずい……っ)
どうも話すことが苦手なのか、少女は星を様子見ては歩くペースに合わせてくれているものの、話しかけてはこない。今日は精神的に弱っていることもあって、星も口数が少なくなってしまう。
しかも運がいいのか悪いのか、彼女とは里に入っても同じ道を歩いていた。
「え、と…こちらには何のご用が?」
沈黙に耐えきれず、星は少女に質問する。口にしてから、不躾な質問だったと後悔したが、少女はすこし考えてから答えてくれた。
「この先の竹林近くに家があるんだ。あと、今日は里の知り合いにも用がある……お前は、どうなんだ」
「わ、私ですか?私も里で人と会う約束があるのです」
「節度あるみたいだから信用するけど、里の守り人は妖怪相手でも恐れないぞ」
彼女の言葉に吃驚した。隠さなくなったとはいえ、 星は未だに人間と間違われることが多いのだ。
ただの里人かと思っていた少女が星に向ける視線は、いまでは妖怪退治に慣れた者が纏う警戒心が潜んでいた。
「大丈夫ですよ。私は既に仏門に下った身ですから、殺生は禁じられています」
「ふーん、妖怪が仏門に……幻想郷は本当に何でもアリだな」
ぽそぽそと独白のように会話を続ける少女は、やがて目的の場所を見つけたらしい。後ろを歩いていた星を一度振り返り、小さく会釈だけすると逃げるようにある建物へと消えて行ってしまった。どうも彼女もかなり一緒にいることがつらかったらしい。
星は名前もまだ聞いていなかった少女に、あっという間に距離を置かれてしまったことに少し傷つく。しかしそれよりも、彼女が向かった先を見て思わず苦笑いをしてしまった。
「……私も、その寺子屋に用があるのですけど」
寺子屋は質素なつくりながら、古くからある佇まいがあり、星に以前暮らしていた寺を思い起こさせた。
逃げて行った少女につられるように寺子屋に着いた星は、まだ約束の時間には早すぎることに気が付いた。かといって、時間つぶしに里の何処かへ出かけるほどの時間でもない。
星は手持無沙汰に、窓越しから見える教師の姿を眺めることにした。おそらく、彼女が上白沢慧音で間違いないのだろう。
青みがかった綺麗な髪を腰ほどまでに伸ばした彼女は、第一印象からして聡明そうにみえる。
このような教師に物事を教えてもらえるのなら、生徒たちも本望であろうと思った。しかし、視線を慧音から生徒へ移すと、ものの見事に全員が頭を突っ伏して寝てしまっていた。
どうも、彼女の授業は生徒たちにとって、いささか難解すぎるようだ。
「ここまで終わったら、お待ちかねの妹紅で遊ぶことができるんだぞー、頑張れー」
ただ授業を進めていればいいというわけではないことを学習したのか、慧音も“妹紅”というものを餌に生徒たちのやる気を出そうとしていた。彼女の言葉に幾人かは反応して、のそのそと頭をあげて黒板に書かれた文字を写し始める。
「そうだ、その調子だぞー」
「いや、誰も私“で”遊ぶということに対して突っ込んでいないのはどうなの。それ以前に慧音、私はそんなことやるだなんて聞いてない!」
窓からは見えない位置で、少女が声を張り上げて抗議している。その会話から、彼女が妹紅なのだろう。ものではなく、人間だったのか。
だが、そのことよりも星にとって驚いたことは、この声の持ち主に心当たりがあることだった。
(さっきの、人だ)
それはついさっき、星が用水路の中へ踏み外してしまいそうになったのを防いでくれた少女の声だ。さすが聞き間違えることはない。
だが、彼女の声は先ほど聞いたものと随分と異なるものだった。
星といた時のつぶやくような喋り方と違って、今の彼女は大きな声で明るいものだった。それは彼女が寺子屋の子供たち、そして慧音に対して心を開いていることを示していた。
それは逆に、星には全く開いてくれなかったということで。
悔しいことだったけれど、まるで人見知りをする子供のような人だと思うと、彼女が可愛らしくもみえる。聖は純粋さから子供のように見えることがあるからか、星はこういった人を嫌うことなどできなかった。
「でも妹紅だって、子供たちと遊んでいる時は楽しそうじゃないですか」
「遊んでいるんじゃなくて、遊ばれている気がしてならないのだけど…」
様子からして、妹紅は納得がいかないものの、子供たちと遊ぶことに反対をしているわけではなさそうで。
上白沢慧音もそのことを判っているらしく、柔らかな笑顔を妹紅に向けていた。
互いに、互いの事がよくわかっているようで、彼女たちが羨ましい。星は聖を信頼し、敬愛しているが、同じ立場に立てるとは思えなかったから、余計にそう感じた。
「ほら、あと少しで皆おわるから妹紅は遊びでも考えて待っていてください」
「もう、呼び出したと思ったら、大抵の用事が子供たちと遊ぶってどうなのよ」
「もっと妹紅は、里に関わった方がいいと思いまして。貴女は人一倍、人見知りが激しいのですから、幼いころから関わった人たちなら大丈夫でしょう?」
「よ、余計なお世話だよ。たくさん関わったって、その分だけ別れがある」
書き写しの時間を利用して、彼女たちの会話は続いていた。だが、星はその内容にどこかズレを感じる。
上白沢は半獣であることは知っていた。では、あの妹紅という少女は一体何者なのだろう。今更ながら、些細な疑問が浮上した。
聞いてはいけないことなのだと思いつつ、星は彼女たちの会話に耳を傾けた。
「悲しいこと、言わないでくださいよ。妹紅は、私と知り合ったことさえも後悔するのですか」
「……ごめん、そういうことじゃないよね。私は慧音と知り合えたことを後悔することは、決してない。里に関わるということも自分で決めたんだ。もう不老不死であることを言い訳にして、人から遠ざかることは止めにするって」
「その言葉だけでも、私はとても嬉しいです。私も貴女の歴史にとって、ほんの一部でしかないけれど、それでも、関われたことに感謝したい」
不老不死。
こんな、のどかな光景に相応しくない、聞くことなど決してないと思っていた言葉が、弾丸のように星の心を貫いた。
不老不死。それは、かつて聖が欲したもの。弟が死にいってから、死を異常に恐れ、老いることを拒んだ聖。彼女が、若返りの術を得る前まで望んで仕方がなかったものだ。
今だって、若返りの術は妖怪の存在なくしては保てない、不完全のものといって間違いないのだから、聖は欲しているのではないだろうか。
ざわりと、星の心に黒い波紋が湧きあがった。ここへ来るまでにあった、聖との会話で弱っていた心は、いともたやすくその波紋に飲み込まれてしまう。
もし、まだ彼女が不老不死を望むのなら、星はそれを手にして捧げたい。不老不死を得るには、不老不死者の肝を食するといいと聞く。妹紅という少女には助けられた記憶もあるが、聖との優先順位は比べるまでもない。
「私は、恨まれてもいい」
今を和やかに過ごしている慧音と妹紅の関係も、築き上げ始めたのであろう里の人々との関係も、皆引きちぎってしまうような行為であったとしても、聖の望みが叶うのなら、星は全ての恨みを受け入れる。
寧ろ、恨まれる時期を間違っていた。星は、やはり聖が封印される時に自ら妖怪であることを告白し、ムラサたちと共に恨まれるべきだった。
今の壁一枚挟んだだけの距離ならば、薙ぎ払うだけで、肝を抉りとれるのではないか。行き詰った思考から、実行にまで移ろうとしたときに、誰かが殺気だった星の腕を掴んだ。
「殺気立つのは、そこまでにしてくれないか」
いつの間に移動したのだろうか。今さっきまで向こう側で会話していたはずの、上白沢慧音が目の前に立ち、星の腕を掴んでいた。
どのようにして移動したのか理解が及ばないことよりも、約束の相手に対して殺意を向けてしまったことに気がついた星は、血の気が引く思いだった。
「あ、の、これは、違うのです。私個人の意思です。寺の意思ではありません。私を幾らでも罰して構いませんので、どうか寺にだけはご容赦ください」
「君が、命蓮寺の使いの者だな?いろいろと事情がありそうだが、一先ずは約束通り客人としてもてなさせてもらう。予定の時間よりすこしばかり早いが、構わないだろう?」
言うや否や、上白沢慧音は星の事を引っ張りながら寺子屋の裏口へと向かっていった。
「妹紅!あとは子供たちを帰らせるところまで頼みましたよ!」
「え、何それ、聞いてない!!」
途中、妹紅へ一方的な言伝だけすると、彼女は裏口から繋がっていた自室へと星を案内した。後ろから妹紅の声と、子供たちがはしゃぐ声が入り乱れていたが、慧音は全く気にしていない様子だ。
妹紅に対して色々と申し訳なさを感じるが、星は謝罪を口にするまでに届かず、代わりに唇を強く噛みしめる。
上白沢慧音の歩みが止まった場所は、寺子屋から廊下を半ばまで歩いた程度の距離にある一室だった。
「ここだ。一寸待っていてくれ、すぐに茶の用意をしよう」
「か、構いません。今の私は客として扱われるような身分ではありませんから」
「ふむ……だが、私も先程まで授業を行なっていたから、喉が渇いているんだ。どうせ茶を用意するのなら一つ増えたところで手間もかかるまい?」
そんなことをされたら、申し訳なさで何もできなくなってしまう。そう思っての言葉だったが、彼女は少し考えると止まらずに、外へでようと歩いていった。彼女は考えているよりも、頑固なのかもしれないと、漠然だが感じ取る。だが、嫌いになれない強引さだ。
私は、このような人から友人を奪おうとしたのか。一時の心の揺れとはいえ、自分自身がそこまで弱っていることに星は絶望した。
自分は弱い。それも、周りに迷惑をかけるほどに。
それが悔しくて、負い目になって、弱さにさらに拍車をかける。
「待たせたな、粗茶で悪いが……って、さっきよりも落ち込んでどうするんだ。ほら、洟を拭いて」
「うえぇう、ずみません」
自己嫌悪の思考に囚われて止まらなくなった涙と洟を、無理矢理拭う。
猫舌かつ、今また温かいものを飲んだのなら涙が出てくるため、運ばれてきた茶は横に置いたまま、星は慧音と向かい合った。
「それでは、先に約束していた通り挨拶をさせてもらいたい。といっても、形式的なものだから、正式には私から寺の方へ赴くことにするつもりだ。それで構わないか?」
「は、はい、もちろんです。こちらこそ、聖の都合がつかず、使者という形でのあいさつで申し訳ございませんでした。まだ幻想郷に不慣れな部分があるかもしれませんが、命蓮寺は妖怪にも、人間にも教えを説くつもりでいます」
「うん、妖怪にも仏教の教えを説くのか。ここは人間と妖怪が強制する土地だ、うまく信仰も得られることだろう」
「少しでも、聖の教えを広めたいと思っています。私も毘沙門天の弟子として恥じない行為を……」
言いかけて、止まる。
形式的な会話だったので、口から勝手に出てきた言葉だったが、今さっきに友人を殺そうとした妖怪が毘沙門天の弟子などと名乗って、信用されるものだろうか。ただでさえ、星は黙認という形での弟子なのだ。
「先の妹紅の事か?妹紅なら殺し殺されの関係が他にあるから、殺されそうになったこと自体は恨んでいないはずだ。ただ、私はまだ慣れていないからな、事情を話してくれると嬉しい」
星の言葉が止まったことを察した慧音が、優しい声で問いかけた。その声はまるで聖の声と同じで、彼女のような人の前では隠し事はできないと思い知る。
そして星は、しどろもどろになりながら話した。前置きに、全て自分に責任があることを付け足してからだったが。
自分の弱さ。聖に対しての想い、その全て。
部下のナズーリンにさえ、話したことのない全てを。
「あなたは、その行為によって聖白蓮に恨まれることさえも、良しとしたのか?」
大体の説明が終わった頃、慧音はまず質問した。それに対して、星は静かに肯定する。
「たとえ恨まれても、聖が妖怪の力を借りずとも不老不死でいられるのなら、私の心など些細すぎる犠牲です」
「聖白蓮が、それを望んでいなくても?」
「あの方は、ここまで充分過ぎるほどの苦労をなされました。全てが許され、受け入れられる幻想郷ならば、聖も安息を許されてもいいはずです。それが、聖の教えを説く行為を止めさすことでも、あの人が安らかに暮らし、苦しみをもう味わうことができるようになれるのなら」
星の答えに、慧音はしばらく考え込んだ。
これは聖にも語ったことのない本心だったから。どう反応されるかは、星自身も判らなかった。
「どうにも、あなたと私は似ているようだな。自分で言うのもあれだが、その頑固さや弱さとかが、特に」
自分の頑固さに多少の自覚があるのか、苦笑しながら慧音はつぶやいた。
「私もね、一度だけ妹紅の不老不死を消し去りたくて無茶をやりかけたことがある。私の能力を知っているかい?」
「たしか歴史を隠し、創る程度の能力とか」
「そう。満月時に歴史を創り、それ以外は隠す能力だ。それを使ってなら、不老不死の歴史を隠し、そのままなかった歴史へ創りかえることができるんじゃないかと思ってね。今になって思うと、無謀すぎる試みだ」
彼女には千三百年ほどの歴史が詰まっているというのにね、茶をすすりながら、慧音は事もなさげに過去を語った。
それが、どれほどの行為か。歴史関する能力を持っていない星でさえ、千三百年の歴史を隠し、創りかえるという行為の無謀さを容易に想像できた。
だが、同時に慧音の実行へ駆り立てた想いもまた、容易に理解できた。それこそ、今さっきまで、星を駆り立てていた想いと同じものだろう。星は聖のため。慧音は妹紅のため。似た行為は、そのどちらも失敗した。
「その後は盛大に怒られたよ。彼女は、自己犠牲は平気なのに、他人が傷つくのは耐えられないそうだ。それは私も同じだし、だからこそ行なおうとしたことだったからな」
「同じ、ですね。私も仮に肝を得たとしても、彼女はそれを決して受け取らないでしょう。それが彼女のためでも、決して」
それでも、彼女のために動きたいと思うことは罪ですか。
「罪ではない。けれど、それと同じことを自分の想い人が考えていることを、忘れてはいけない」
強い意志を込めて、慧音は星の問いかけに答えた。先に同じ過ちを犯したからこそ、言い放つ権利と、自信がある。
「貴女が、聖白蓮に対して自己犠牲の姿勢をとる限り、聖白蓮もまた、彼女の犠牲を問わない行為を行なうでしょう。そして、貴女にはそれを止める権利がない。寅丸星、きっと貴女が思っている以上に、聖白蓮は貴女の事を大切な存在として想っていますよ」
「そう、そうなのでしょうか。私は、聖にとって、救うべき一介の妖怪に過ぎませんよ」
「経験者は語る、だ。私だって、妹紅にとって、数多出逢う人間のうちの一人だとしか思っていなかった。だけど彼女は、それは違うといってくれたんだ。星、聖白蓮は何も考えずに一介の妖怪に、今後とも付き合っていく予定の私へ使者を任せると思うのかい?」
「それは、その……」
星がうまく言い返せないのをみて、すかさず慧音は追い打ちをかける。
「あと、その様子からして貴女は聖白蓮に対して負い目を感じているようだが、私だって妹紅に負い目を感じることをしてしまった過去がある。それでも、それは自分自身の問題で、相手は私たちへの思いを変えたりなんかしない」
自分の価値を、そこまで下げるものではないよ。
相手が自分の事を想ってくれているのなら、なおさらだ。
慧音の言葉に、心を揺さぶられた。聖が信じてくれている星を、星自身が否定し、価値を下げようとすることは、聖に対しても価値を下げることと同義なのだった。
「すまないな、初対面でこうもずけずけと言ってしまって」
「いえ、私こそ参考になる意見をいただけて嬉しいです。あまりこういったことは、寺の面々にも言えないことですから」
むしろ心地よかった。それに星は秘密を抱えていることにはトラウマめいたものもあったため、このように話すことができたのは、本当にありがたかった。自分が聖の代わりに訪れたことを忘れてしまったぐらいだ。
「お節介焼きだからな、私は。放っておくことができないんだ」
だからこそ、貴女は妹紅の隣に居て、また妹紅は貴女が隣に居ることを望むのでしょう。
そう思えたが、星は何も言わず微笑んだ。
「さて、そろそろ陽も傾いてきた。もう少し話していたい気分だが、流石に妹紅の様子が心配だ。続きはまた次の機会、ということでいいかな」
窓から外の様子を窺った慧音が、立ちあがって話を切り上げる。星にとっても、丁度良い時間だった。
「ええ、本日はご迷惑をおかけしました……わ、私も、聖と貴女を会わせたい。命蓮寺が落ちつき次第、取り計らいますので、それまで、その…」
今日一日を思い返して自己嫌悪に苛まれながら、若干涙目で慧音を窺う。もう今日の姿を見られた彼女に、聖とは別の意味で頭は上がらない気がした。
「もちろん。貴女の話を聞いてより一層、私も聖白蓮と話がしてみたくなったよ」
そう答えてくれた彼女の笑顔は、まるで聖のようで。そういった笑顔には、星はとても弱い。
彼女なら、白蓮とも良い仲となってくれる。
贅沢を言うのなら、この自分とも。
こんな弱くて、意気地のない自分だけど。
不思議と共通点が多いこの半獣の歴史家は受け入れてくれた。
自分を認めてくれた、受け入れてくれた人がいる。それだけで随分と星は心が軽くなるのが自覚できる。
帰りに聖の好きな和菓子でも買ってゆこう。
多分、彼女が望んでいるのはそういった無為な平穏だから。
そして星は、彼女の望みを叶えることを望むのだから。
まずは、そうした一歩を踏もう。
?
この二人も良いですね
まぁようするに転載ですね、最近転載多いですね、規約規約。
昔は俺も読んでなかったけどね!
規約を読んでいたにも関わらずpixivに投稿した後に、こちらへ投稿してしまいました。
自分が同一人物であることは示せ……ないですよね。
こちらのミスでした、すみません
いづれにせよ規約違反な気がするけど。
規約違反はどうにもできないですが次、頑張ってください
内容的には悪くないですから