Coolier - 新生・東方創想話

幻想と現世の境界[3]

2005/01/27 07:54:47
最終更新
サイズ
17.2KB
ページ数
1
閲覧数
681
評価数
1/31
POINT
1460
Rate
9.28


「興味はないし――露骨に言えば、そんなものを絶対に理解したくはない」

彼女は真冬の冷気よりも冷たい声でそう言って、盃を傾けた。
沈黙が降りる。秋の虫の歌声だけが夜のしじまを僅かに乱している以外は、完全な静寂だった。
無音より、ほんの少しだけの雑音が混じっている静寂のほうが落ち着くもので、
秋の夜が心地よいのもそのせいであるかもしれない。
長い一年の間、その短い秋の一時期だけ、夜雀の歌声より虫の歌声のほうが強くなるのだ――とあの蛍の妖怪が言っていたのを思いだす。

彼女の瞳は凍えた宝石のように冷たく、迂闊な発言をして触ってしまえば凍傷を負いかねない。
冷たいというより、殺意と呼ぶにふさわしいその視線を受け、私は内心で心臓が鷲掴みにされるような感触を味わっていた。

その殺意が己にに向けられているものではないという事がわかっていても、他者に殺意を向けられているのに慣れていたとしても――
この瞳を向けられて恐れぬ者はいないだろう。
例えどんな強大な妖怪でも、それにとっては彼女がいかに矮小な存在であっても。
その異常さ故に、この奇怪、この異形、生物にあらざるこの逸脱を前に、意思ある者ならば等しく嫌悪を覚えると、私は思う。
私は、テーブルの上に置いてある手が震えるのを、懸命に堪えなければいけなかった。

人の形から逸脱したモノがそこにある。
透明で、純粋な理性のみがそこにある。

――こんな無色透明の、感情の欠片も無い殺意を、私は他に見たことが無い。

「聞きたいのはそれだけ?」

彼女は私など興味が無い、と言った風に、自分のグラスに酒を乱暴に注ぐ。

「あんたは――」

手の震えは抑えられても、声の震えだけは抑えきることが出来なかった。
ごとん、と焼酎の瓶をテーブルの上にたたきつけるように置くと、彼女は鼻を鳴らし、口元を笑みの形に捻じ曲げる。
無色透明の純粋な嘲笑。心底私を嘲って。私の全てを見通して彼女は嘲う。


「――あんたの憎しみには、理由がない」


彼女は――こいつは――


「別に憎い訳じゃない」

ぞっとする程無機質な声音で、言う。

「ここの人達は優しいし――些か乱暴に過ぎるとは思うけど、頑丈な身体と適当な能力さえあれば、幸せに暮らせる」

透明な印象の中に、頬だけがほんのりと赤い。
酒が回っているのだろう。大分と呂律も怪しい。それだけに、その瞳が異常に冷えているのが不気味極まりない。
理性と狂気が同居するのだ、という事を今更ながら理解する。

こいつは壊れている。
狂いに狂って、狂った挙句、終わりに終わり終末の果てに終焉している。


――最悪だ。


「――この世界は強者には優しい。あまりにも自然な故に」



こんな奴は人間でも妖怪でもない。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





天空を渡る。空気を走る。雲を渡り、風を踏みしめ、雨を蹴り、前へ疾ぶ。

――そんな表現をすると、霧雨魔理沙は決まって渋面を浮かべ、こんな事を言う。

『お前、それ私以外に言うなよ……世界中の人間と妖怪に殴られるぜ』

……前後の文章が繋がってないじゃない、と思う。
いつもそうだ。あいつの喋りには全く脈絡とかそういうものがない。思った事しか口にしないから。
でも、同じ事を言ったら、あの紫にすら嫌な顔をされたので、それ以来口には出さない事にしていた。
紫がしかめっ面で言うには、

『あなたは特別過ぎるの。いい加減自覚すべきだわ』

――やっぱり訳が判らない。何が特別なのか。
あいつの言う事は常に訳が判らないからどうでもいいけど。

周囲からの評価は散々だけど、私は普通の10……何歳だったか忘れたけど、今が旬の少女真っ盛り。
幻想郷一普通じゃない魔術師や、幻想郷一奇怪な妖怪に、特別だの奇人だの言われる筋合いはないと思う。

兎も角、この状況で地面をちんたら突っ走る訳にもいかなかった。
丁度良く追い風になる強風(背後から雨が迫ってきているのだから当然だ)を踏み台に、空に歩を進めた。
追い風が身体を持ち上げ、私はすんなりと空気に乗る。そのまま風を蹴り、前へ。
風が音速を超え弾ける音と共に、世界が一変する。
思わず快哉を叫びたくなるような爽快感。


――これが生きている事だ、といつも思う。


「こら霊夢ーー!!! 置いていくんじゃなぁーーい!!」

アリスの怒鳴り声が私の背中を叩く。
やなこった。
濡れたくないなら、家に篭っていないでもう少し空気に乗る方法を考えればいい。
魔法にばかり頼って空気の読み方を知らないから、いざという時にアリスは役に立たないのよ。

――ちなみに霖之助さんは「あとで風呂に入るからいい」といって、荷物を全部藍に押し付けて歩いていた。
一番賢い選択かもしれないが、その選択は男の人じゃないと、ちょっと出来ないと思う。
少女達と人形は濡れたくないから、取り合えずは悪あがき。

大気の隙間を縫って身体が跳ね上がる。加速に上昇が程よくトッピングされた疾走感。
もう一歩、左足で空気の壁を蹴り、一気に鳥の速度を超えた。
あまり速度の乗りが良くないのは、胸の前にあるこの箱のせいだろう。
大きさの割には矢鱈と重くないか、これ?

「ほぉらぁ~い! 止まりなさ~い!!」

アリスの泣き声交じりの叫びが遠くに聞こえた。
気づけば私の隣に、己の体積の10倍ちょっとはあろうかという壷を抱えた人形が一匹、並走している。
アリスの沢山いる使い魔の人形のうちの一体だ。
確か名前を首吊り蓬莱とかいったか――未来永劫に死につづける、と。なんつー不吉な名前なのよ。ったく。
だけど、名前に反して割とかわいらしい容姿をしている。名前さえわからなかったら妖精に見えてもおかしくないだろう。
アリスが(多分)一番可愛がっている人形で、外出する時にこの子を連れていなかったことを見たことが無い。
……その割に主人を情け容赦なく見捨てるあたり、一体この子はアリスのことをどう思っているんだろう。

「……あんたの主人さ、叫んでるパワーあったら飛行に全力注いだほうがいいわよねぇ」
「………………」

蓬莱は首をがくりと落として答えない。
……こいつは喋る事が出来ないからこれが答えだけどさ。

この蓬莱、何であの駄目主人に仕えているか判らない程優秀な使い魔で、下手な二流妖怪よりも余程力があるし、
全速力ではないとはいえ、私と同じ速度で飛んでいる事からもわかるように、妖力も相当のものだ。
流石に妖力やら魔力やらの単純な力で言えば、アリスのほうが上だけど――
というか純粋な力で言えば、あいつは指折りの魔術師のはずなのよね、アレでいて。
もちろん、藍が労働力としてアテにしていたのも、アリス本体ではなく主にこの蓬莱と他数体。
魔力は超一流だが、本より重いものなど持ったこともなさそうなお嬢様に、労働力など微塵も期待してはいないだろう。

うーん、アリスがこいつを連れているのは、単に自分ひとりじゃ何も出来ないからじゃないかしら。

でも、霖之助さんが言うには、ああいうのが一番男の子にモテるらしい。
理不尽な話よね。まぁ、同性から見てもアリスはちょっと破壊的に可愛いと思うけど。
あのいろいろ駄目なところとか――

……閑話休題。

私がちょっと考えに耽っている間に、アレは加速して先行して飛び出した藍を追い抜いて、先にいってしまっていた。
それに続いて、沢山の荷物を吊るしてよれよれと数体の人形が加速してついていく。
蓬莱に比べると飛び方が随分おっかない。大丈夫かしら……。


丁度良く、背後からの烈風が追いついてくる。
この速度より早い風だ、もはや暴風といっても過言ではない。嵐はもう直ぐ近くまでやってきている。
風で煽られたっぽい七色莫迦の「ひあー」という悲鳴も同時に乗って耳に届く。
――構わず私は風を掴み、流れの上に乗っかった。
暴風は軽い私の身体を難なく押し流す。力を使わなくてもすいすい加速。楽チン。
危なっかしく飛んでいる人形達を一足飛びに飛び越え、前方を往く巨大なリヤカーに手を伸ばした。
詰んである荷物を結んでいるロープを手に取り、空中で縦方向半回転。
一気に風を逃がし、リヤカーを牽引する動力ならぬ生物と相対速度を近づける。
胃袋がひっくり返るような感触を感じるとと共に、手を離す。ちょっと掌が痛かったのは秘密。

……すると、あら不思議。リヤカーを引っ張る勤労少女、八雲藍の頭上に、私の身体は勝手に放り出された。
あとは風が勝手に身体を支えてくれる。


私に気づいたのか、汗だくの顔を上に上げて、藍はカメムシを20匹ぐらい噛み潰したような表情を浮かべた。
もはやバテバテなのか、真っ赤になって今にも湯気を噴出しそうである。

なんで、こいつは私の体重にして7、8人分はありそーなリヤカーを引きながら、この私と殆ど同じ速度で爆走出来るんだろうなぁ。
よく見ると、背後の地面が衝撃でえぐれて茶色の地肌のラインが出来ている。
もはや妖怪技ですらない。ていうか人間型の生物がこなしていい芸当ではない。
……荷物壊れないかしら、衝撃で。

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」

――まぁ、藍だし。大丈夫だろう。多分。

「……頑張れ勤労少女。ゴールは近いぞー」
「いい、ぜぇ、はぁ、から、はぁ、ひぃ、てつだ、ふぅ、はぁ、ってく、ぜぇ、れ、頼む」

荒い息の中から切れ切れに意思が伝わってくる。
あぁ、成る程。それが言いたかった訳か、その顔は。
喋るのも辛いのか、真っ青になったり真っ赤になったり、ちょっと面白い。

「嫌よ。重いし」
「――――――――……………」

冗談じゃない。
私は持っていた白い箱を山積みになっている荷物の中に突っ込んだ。そういえばこいつに渡せばよかったんだ、先に。

「ぎゃー」というアリスの悲鳴と共に、先ほどを上回る、水滴交じりの烈風が地面をなぎ払った。
こいつに乗れば最高速度に乗れるだろう。私は風に反発するような形で空を蹴った。
風に押されるような形で、力の向きが強制的に垂直方向に転換し、私は投げ上げたボールのように藍の遥か頭上まで舞い上がる。

「んじゃお先に。速度落としたら濡れるわよー」
「―――…………んっがぁぁぁああぁぁぁああーーーー!!」


色んな感情が詰まりに詰まりすぎてもはや言葉になっていない憤怒の雄たけびを、思いっきり蹴っ飛ばして更に加速。
魔理沙あたりにこれをやると荷物なんか放り出して即刻弾幕戦突入間違いなしだけど、
義理堅いあいつのこと。霖之助さんの荷物を放って追ってはくるまい。
勢いに任せて、唖然とする蓬莱を追い抜き(人格を疑うような視線を向けてきたが無視)、前へ。


暴風と一体化し、真っ直ぐに前へ疾走する。
地面が緑色のベールのようになり、視界の全てが前から後ろへ猛烈な速度で流れていく。
これは、私が出せるいつもの最高の速度を既に越えているかも。
今の私なら魔理沙にも早さで勝てそうな気がする。追い風って最高。


――何の事は無い。私は博麗霊夢。
空を飛ぶのが大好きな、ごく普通の少女。
幻想郷ではあんまり普通ではない、普通の巫女だ。



――拙いな。

と、気づいたのは数十秒後、もう香霖堂へ二十秒もあれば突入する時間。
両手を広げて空気を受け止め、急減速をかけた時に気がついた。


扉が閉まっている。


あれ、おかしいな……私が藍に捕まって出て行った時には開け放しにしていたはずだ。
――誰かがあの後に来たのか。
それは別に珍しい事でも何でもないのだけど……。

第一候補は、魔理沙。あんまりいてほしくないけど。
第二候補は、咲夜と紅い姉妹のトリオか。でも、雨の日は外出しないからその目はなさそう。
他には紫かあの兎ぐらいしか思い当たらない。どいつもこいつもいてほしくないのは大差がないなぁ。

――意外に、扉が閉まっている事はそこまで問題ではない。

あの扉は、元々は外開きのドアだった。
しかし、つい先日。あんまりにも魔理沙が何度も蹴り破るわ(スターダストレヴァリエやブレイジングスターで突撃するバリエーションもある)、
フランドールが《内側に向かって加減なしで開けようとして》ぶっ壊すわで、
ついに怒髪天の如く激怒した霖之助さんが、両開きになるように改造し、強化魔法を施したのだった。
……勿論その二人が責任を取らされ、一発殴られた後その労務に就役させられている。
――本来なら文句を言うはずのレミリアや咲夜が、何も言わずに、寧ろ厳しく監督していた所を見ると、
あの二人に余程紅魔館の扉という扉をぶっ壊されまくっていたに違いない。
まぁ、そうじゃなきゃあの二人が大人しく言う事聞くわきゃないんだけど。
特に咲夜にガンつけされると私でも恐いし。

それはともかく、そのお陰で、扉に激突して扉や人間がぶっ壊れるという事はないんだけど……この速度だと流石に痛いに決まっている。
――私は懐の小包から、弾幕戦用の符の一つを取り出して、発動させた。

「夢符――『二重結界』」

大気を切り裂いて、符に込められた力が、私を取り囲むような形の境界線を虚空に描いた。

特に対象を指定する言葉の規定もいらず、ワンフレーズで発動するこの符は、
弾幕戦だけに留まらず、肉弾戦や危険回避にも色々役に立つとても優れものの符である。
博霊の巫女に代々伝わる由緒正しい結界術の一つ。
物心つく前から術の練習をしていた私にとっては、味噌汁を作るよりも簡単に発動できる愛用の護身用符だ。

数瞬の感覚の途絶。
視界が黄金色に一瞬染まり、幾重にも紡がれた結界の複雑な方陣が、文字のような形を象って私の周囲を乱舞する。
……二重とは便宜的な名称であって、実際の結界術は全て小さな境界を無限に紡いで、多数の面を張り巡らせる事によって完成するものだ。
線と文字と面が複雑な模様を絡めて私を護るように包み、一秒にも満たない時間で、私の結界は完成した。


身体が切り裂く大気の轟音、心を振るわせる速度の興奮、後押ししてくれる暴風の心地よい感触。
――全てがその瞬間に、断絶され、停止する。
私は私の結界に包まれ、世界から孤立し、全てから無敵になる。恐れるものは何も無い!


そして、爆発的な加速。
球状の結界が暴風に押され、全てが無になった私は、暴風の速度のまま砲丸宜しく撃ち出された。


「――っは!」

よし、大成功。
この術はそれ程の時間が持たないので、丁度扉に体当たりした直後ぐらいに術が切れる。
そうなれば、後は香霖堂の重く湿った空気がクッションになって、特に内部に被害も与える事もなく減速できるだろう。
商品とか壊すと怒られちゃうから気をつけないと――――




扉が内側から、思いっきり開け放たれた。


そこには兎の仁王立ち。


鈴仙とかうどんげとかイナバとか色んな呼ばれ方をする美人兎が見事な蹴りのパンツ丸見えポーズで立っていた。





――思考が二秒程断絶する。






――あ、あれ? いや、それは、ちょっと、その、冗談?


だってちょっとまってこの状況はちょっと致命的にまずいよスペルカードの使い損って違うまてまてまてそれ以上に問題は、この二重結界自分から解除できない事だったりって嫌ぁあ鈴仙ごめんなさい。

混乱二秒。
さらに、冷静さを取り戻すのに一秒。回避する為の方策を考え出し、その全てを諦めるのに二秒の時間を私は要した。

ちょっとカッコよく扉を蹴り開けて悦に浸っていたっぽいバカ兎は、迫ってくる私を見て目を丸くする。
我に返るのに目下四秒。中々の好タイム。だが。

「――え?」

声が聞こえた訳じゃない。
二重結界は空気を通さないから、全ての音声も同時に途絶する。
……これはあいつの魂の声。絶対間違いない保証するあいつは今そう言った。
もう遅い。
開けた瞬間からもう手遅れだしドアの前に立った瞬間に運命は終わってる。
『こりゃあ拙い』という顔をする所まではいい。だがそれ以上はもはや時間が彼女に何の行動も許してくれない。
諦観を過ぎ、激突二秒前。

「どぉーーーーいぃーーーーーてぇぇぇーーーーーっ!!!!!」

思考が判断する前に肉体が叫んでいた。《ど》の部分は冷静さを取り戻したと同時に発音している。

あぁ人間の条件反射って素晴らしい。
霊夢さん。
叫んでももう間に合わないし、そもそも二重結界は中から外も何にも通しませんよ。知ってました?

あぁ毛玉が体当たりしてくる時ってこんな心境なのかしら。



――どいてーの《て》の部分あたりで、柔らかい物を轢殺するっぽい致命的な震動が、結界を僅かに揺らした。
何か呪いの叫び声が聞こえた気がする。













結界が切れ、全ての感触が復帰。私は再度世界に繋がれる。
香霖堂の重い空気に2、3回バウンドして、着地できる態勢を整え、私は暗いロビーの砂地の床に降り立った。
ずしゃぁぁ、という音に着地が綺麗に決まる。
相対速度ゼロ。完璧な着地だ、我ながら。


背後から、何か肉っぽいものが落ちる重い大きな物音が聞こえた。
錐揉み回転のち顔面から墜落っぽい物凄く不吉な音。


客観的に見れば、私はあの兎を芸術的に轢殺したように見えるはずだ。


「――――――………………」


――――さて、どうする。考えろ、博麗霊夢。
鈴仙は、兎のくせに論外に頑丈だ。だから多分生きてる。
ていうか生きてくれないと困る。この歳で殺人犯はちょっと辛いから。あいつは生きてる私が決めた。

それはいいとして、問題は、この後の報復を回避する方法だ。


一、何事もなかったかのように挨拶をする

却下。漏れなくルナティックレッドアイズをプレゼント。

二、無視してお茶

論外。炒れてる間にあの長くてムカツクぐらい形のいい足から、私の延髄に向かって蹴りが飛んでくる。

三、隠れる

この狭い店の中でどうやって。嬉々として追い回してくるに決まっている。
藍やアリスも面白がってあいつに味方するだろうから、状況は絶望的だ。


……あぁ、こういう時に限っていい考えが思い浮かばない。
とりあえず逃げよう、そうしよう。そうだ、あとは藍が何とかしてくれる。
こういう時は他人を頼るに限るわ。


そう思って、台所に向かおうとして顔を上げると、そこに。


魔理沙がいた。


「…………」


――拙い。
これは、見られた。完璧に見られた。疑いなく一部始終を目撃された。
まるで殺人(殺兎?)現場を目撃した人間のような微妙に素敵に歪んだ半泣きの表情と、
ずり落ちかけている帽子、地面に落としたトレイ、数杯の割れた珈琲カップ、畳に広がった黒い染み。
状況証拠から見てそう結論して何の問題があろういや無い絶対無い奴は目撃した私は目撃された。

「…………………」
「………ヤ、ヤァ、まりさ。フツカブリネ」
「…………う、う…………」

混乱の極みにある魔理沙。そりゃそうだ。この状況が逆なら私も同じ反応っていうか、
お互いの性格的に逆の状況であるべきなのだが何が間違ってこうなってるんだ一体。
とにかく、何とかして誤魔化さなければ色々まずい気がする。私は何とか声を絞り出した。

「ダ、ダイジョウブヨ。ホ、ホラ、れいせんッテサ、アア見エテモ結構頑丈ダシ、死ニャシナイワヨ、タ、タブン」
「………う、うし、うし………」

何かを言いたそうに、奴が震える指で私を指差す。
構わず、人の話を聞けというか今見たことは忘れてくれ――と言おうとして、
奴が私ではなく、私の後ろを指差している事に気づいた。


「うし…………うしろ………」


ざっ、ざっ、ざっ、と。

――ゆっくりと、ゆっくりと。足音が近づいてくる。
血の匂いと大気が重くなるような殺気と共に。


「………………」
「………………」
「……………………………」


振り返ってはいけない。
振り返ったらこの十何年の人生が一瞬で瓦解しそうな気がする。精神的に。

驚愕と恐怖と混乱で今にも泣き出しそうな魔理沙。
いつもなら大笑いする所だが、そんな余裕はない。
何故なら、あの怪物が狙っているのは、この私だからだ……!

逃げ出さなければならないのに、余りの恐怖に足が動かない。一言で言えば腰が抜けている。
立ったまま腰が抜けるなんて何てアンビリバボーな体験かしら。いやいや今はそんな問題じゃないお願いだから動いて私の足。

足音はゆっくりと私の真後ろまで来ると、立ち止まった。
吹き付けてくるような殺気はますます強くなるばかり。
ついに魔理沙は腰を抜かしてへたり込んでしまった。
魔理沙は奴を見ているのだ! その恐怖は察するに余りある。

「…………」

――濃密な殺気と共に、血に濡れた奴の腕が、私の剥き出しの肩を掴んだ!

「ひ!」

――あぁ、なんたることだ! 私は振り返ってしまった!

そこには、整った顔面と綺麗だった銀髪を真紅に染めて、禍々しい満面の笑みを浮かべた一匹の兎。
お手手をぐるんぐるんと元気に振り回し、爽やかにこやかふぁいてぃんぐぽーず。



うわぁ。



……おかあさま、ごめんなさい。わたしのじんせいは、ここでおわってしまったようです。



刹那。
視界の左隅から発生した白い閃光が、音もなく私のこめかみに炸裂し、意識を根こそぎ刈り取っていった。



投稿時タコやってしまい、真に申し訳ありません。
marvsさん、早速のご対応に本当に感謝いたします……。

……さて、気を取り直しまして。

変化球も利かせ過ぎると逆効果ではなかろうか、という疑念を抱きつつ。

今まで三人称の小説を書いてきましたが、今回一人称に挑戦するにつき、
一つだけ技術的な挑戦をしてみたく。そんな訳で、もう一人の主人公はこの人なのです。
二人の一人称をどう書き分けるか、という実験的な意味合いも多分に含んでいます。

……ちょっと悪乗りしすぎました。失敗したような気が。
キャラ壊しすぎたかも……。

P/S 誤字や表現のおかしな個所を修正。
p
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1390簡易評価
2.70おやつ削除
ウドンゲ相手に切羽詰まった霊夢ってのもまた珍味っすねぇ
おもしろかったっす。
続きに期待してま~す。