魔法の森の道具屋香霖堂。
ここでは、今日も閑古鳥が鳴いている。
「……ふむ。やはりわからないな」
そんな店の奥で人形を片手に独り言を呟いている青と黒の着物姿の青年が一人。
この店の主、森近霖之助である。
「しかし今日はまた見事なまでに客が来ない。まぁ、そのお蔭で考え事に集中できるんだがね」
それが良いことなのか悪い事なのかの判断が、霖之助にはつかない。
店を開いている。……ようするに、商売をしていて、それで生計を立てている。
なのに客が来ない。
それでは普通は生活ができない。……普通ならば。
だが、取扱う品から店主、更には来るお客に至るまでが、普通とは言い難い連中ばかりなのが、ここ香霖堂だ。
そもそもこの店自体半分以上趣味で開いている。『ぶっちゃけ商売よりも珍しい物の自慢話がしたいだけだろう』とは彼の妹分の談。
――それに、真面目に商売をやっていようといなかろうと、どうせ知り合いの少女たちに商品が略奪されていくのには変わりがないのだからね。
知り合いの少女たちがこっちの言う事を聞いてくれないのはいつものことなので、その事にはもう慣れてしまっている。
霖之助は、そんなことを考える自分に思わず溜息を吐く。我ながら諦めがよすぎではないのだろうか。
食料は何故かよく飯を作りに来てくれる妹分が持ってきてくれるお蔭で平気だ。その事には少なからず感謝はしている。
ちなみに妹分の親友もよく来るのだが、食料持参の事など殆ど無い。ご飯自体は作ってくれるのだが。この家の備蓄で。
実際には、数少ない日用雑貨が売れたりなんだりで生活するくらいはお金が手に入る。何せ外の世界の品が手に入る店はここくらい(個人となるとまた話が変わってくる)。まぁほぼ自給自足で暮らしていけるため、お金はそんなに必要ないのだが。
閑古鳥はまだ鳴いているようで、人が来る気配は無い。まぁそろそろ泣き疲れる頃だろうから平気だろう。気にしないことにした。
「……ん?」
のどを湿らそうと湯飲みを手にとって気づく。もうお茶が無い。
仕方なく急須に手を伸ばすも、軽い。それでも諦め悪く傾けてみるが、でてくるのは二~三滴の雫のみ。
はぁ、と溜息をつき、お代わりと茶菓子でも持ってこようかと思い立ち上がろうとしたその時、扉が開く音とともに声がする。
「お邪魔するわね」
どうやら誰かが来たようだ。まだ客かどうかはわからないが。
なにせ幻想郷の連中は一癖も二癖もある連中ばかりなのだ。この、殆ど商売をする心算のない道具屋の店主も含めて。
顔をそちらに向けつつ霖之助は、一応の迎えの言葉を放つ。
「いらっしゃい。貴方は客かい? それとも……暇人かい?」
~香霖堂聞伝~
入ってきた人物は金髪のショートカットで、肩の辺りには人形が一体浮いている。服は何時もの青を基準としたワンピース。ようするに、アリス・マーガトロイドである。
彼女は霖之助の言葉に面食らったようで、呆れたような声で返事をしてくる。
「店に来た客に放つ第一声がそれ? ……貴方、ホントに商売する気があるの?」
「勿論だとも。ただ、残念な事にこの店には客よりも暇つぶしに来る輩の方が多いのさ。特にこの週は、ね」
主に白黒とか紅白とか胡散臭いのとか。最近はあの烏天狗のブンヤもなんだかんだで寄る回数が増えたような気がする。
「そう。でも少なくとも今日の私は客ですわ。欲しいものがあってここに来たのだから」
「それは失礼。では改めて……いらっしゃいませアリス・マーガトロイド君、それに上海人形君」
「コンニチワー」
「偉いわ上海。よく挨拶できたわね」
上海人形の頭を優しく撫でるアリス。ほんわかとしていてそれはそれでいい光景なのだが、そのままでいるわけにもいかない。
「それで、今日はどういった品を御所望で?」
「欲しい品は鍋と笊とその他諸々。あるでしょ?」
目線もくれずに一言。今も彼女は上海人形の頭を優しく撫でている。
霖之助は思った、意外だと。
霖之助はてっきり人形制作の為の買い物だと思っていた。実際、今まで彼女が買って行った物はみんな糸やら綿やら布やら、人形に必要なものばかりだったのである。
「……確かにあるがね。人里で買った方がいいんじゃないかい?」
「あまり人が多いところには行きたくないの。あ、人形劇の時とかは特別よ?」
まぁちゃんと代金を払ってくれるのならば霖之助としては言う事は無い。先程のはなんとなく口に吐いてしまった好奇心。つい口を滑らせてしまったが商人としては戴けない態度だったと反省する。折角のお客を逃がしてしまうところだったのだから。
この辺り、霖之助が商売人に向いてないと妹分に言われる所以であったり。
「鍋と笊は裏から持ってくるから待っていてくれ。ああ、大きさはどうする? それとその他諸々については……」
「大きさはどっちもなるべく大きいもので。その他諸々なら勝手に探してみるわ。何回か見ているから場所は分かるし」
「そうかい? なら頼むよ。くれぐれも物を盗ったり壊したりしないように」
店には魔道具なども置いてあるので、もしもうかつに触って壊れたりしたら、何が起こるか分からない。
そんな事はしないと思うが……寧ろ願いたいが、一応、言っておく。
「そんなの分かってるわよ。どこぞの、二色の野良じゃあるまいし」
「ガンバッテ。コーリン」
最後の野良のあたりでアリスの声に怒気が混じっていたような気がする。するが、霖之助それを問いただすような事はしない。何故態々藪をつつくような真似をしなければならないのだろうか。触らぬなんとやら……である。
上海人形の声援を受けつつ倉庫に向かい、なるべく大き目の鍋と笊を二三選んで持ってくる。倉庫の中が整理されてないので思いのほか苦労した。後で整理しなければと思う。
「一応、あった中でも大き目のものを選んで持ってきたけど……おや、何処にいったのかな?」
霖之助が倉庫から戻り店の中に戻るとアリスの姿が消えていた。上海人形も居ない。
「コーリン。アリス、コッチ」
「こっち?」
何処にいったのかと店の中を見回していると、何時のまにか上海人形が目の前に浮いていた。その小さな指で、奥の部屋を指差している。
なんで奥の部屋に? と疑問に思う霖之助だったが、足を進め部屋の様子が見えてくるとその答えはすぐに分かった。
「あら、戻ってきた? 私のほうは選び終わったわ。で、時間が余って暇だったから」
「お茶を用意してくれていたのか」
「ええ、勝手に使っていいのか分からなかったけれど。よかったかしら?」
台所から戻ってくるアリスに声をかける。その手には、湯飲みが置かれたお盆があった。
「ああ、さっき丁度お茶のお代わりを用意しようとしていたところだったんだ。有難い」
「それはよかったわ」
どちらも軽く微笑を浮かべ席に座る。
とりあえずお茶を一杯。
先程倉庫で動いたせいで渇いていた喉が潤っていくのが分かる。
ふぅ、と一息つく。そして霖之助は、先程から目に付いていたが、あえて触れないままにしていた物について、触れることにした。
「……また大量だね、それは」
「私でもそう思うわ」
床の上に広げられたその他諸々の品物を見たことに対する感想である。霖之助が唖然としてしまったのも仕方が無いというくらいの量だ。下手をすると一週間での売り上げより多いかもしれない。というか確実に多い。
――彼女の手持ちは、大丈夫なのか?
と、思わず霖之助が心配したくなるほどの量だ。
「それで、物は相談何だけど……」
「ああ、うん。なんだい?」
アリスの呼び掛けによって、はっ、と霖之助は我に返る。
いくら品の物数が多いからといって、そう呆けるほどの事でもないだろうに、と思うことなかれ。香霖堂にとっては巫女が解決に来るかもしれないくらいの異変に近い出来事なのだから。
「値引きしてくれない?」
「ネビキー」
お金無いのよね。と、先程から全く変わらない笑顔で言うアリス。ついでに上海人形も。
「……なんだって?」
「だから、値引きよ。これだけ纏めて買うのだし、少しくらい引いてくれてもいいでしょう?」
「ヒイテー」
残念なことに霖之助の聞き間違いではなかったようである。現実は何時も厳しい。ついでにさっき考えていた事が当たってしまった。こんなことが当たっても嬉しくはない。
チラッと横目で大量の品物を見て少し考えてから、笑顔でアリスに告げる。
「嫌だね」
ピキリ。
どこかで、何かが、引きつる音がした。
「……(にっこり)」
「……(にっこり)」
双方、笑顔である。
あるが故に異様だ。
「いいじゃない。まとめて買えば安くなるのは常識よ?」
「ジョーシキー」
ねー? 顔を見合わせてハモって言ってくるアリス達。
「そんな常識初めて聞いたよ。」
すくなくとも霖之助の辞書には無い。
「それにだ。君にはもう、常連ということで多少割引をしているのだけど?」
「どのくらい?」
「心ばかり」
具体的な数字は言わない。大人とはかくも汚いものである。こう言われたら、一介の客としてはなんとも言いづらい。唯でさえ香霖堂は値札などがなく、物の価値が分かりづらいのだから。
「……ああ、そういえば聞いた話なんだけど」
「何かな?」
いかにも今思い出しました。みたいなアリスの物言いに、若干警戒しつつ尋ねる。
「貴方って、よく魔理沙にご飯を作ってもらっているらしいわね」
「何で君がそんな事を知っているのかはともかく。それが」
どうかしたのか? と言う台詞は続く前に遮られる。
「魔理沙ってよく、人の物を持っていくのよ」
「そんなこと、骨身に染みて知っているよ」
それはもうしゃぶってもその味しかしなくなるくらい。
「それは、食料も例外じゃないのよね」
「……だから?」
「さぁ? 何かしらね」
少しの間、沈黙。時計の音のみが響く中、始めに口を開いたのは霖之助だった。
「……わかった。君はお得意様だし、何よりこれだけ大量に物を買ってくれるなんて事、めったに無いから二割引こう」
渋渋といった感じで折れる。
「……ケチね」
「ケチー」
「なら一割も引かないが」
ぴしゃりと言い切る。
それにしても息がぴったりのアリスと上海人形。……よく考えるとアリスの一人芝居なのだがその事には突っ込んではいけないのだろう。というか、上海人形の声は腹話術なのだろうか? 流石器用さでは幻想郷一である。
ついでに商人にケチは褒め言葉。
「お茶、入れてあげたでしょう?」
「茶葉とかは僕の家の物なはずだが?」
いつも飲んでいる銘柄なのだから、間違えるはずもない。味もあんまり変わらないし。
「……仕方ない。なら、夕飯も作るわ。これでどう?」
「……そこまで、苦しいのかい?」
予想外な提案に驚く。なんというか、値引きのために努力をしてくる時点でもう一割くらいなら引いてあげてもいいくらいの気がしてきた。妹分とかその他とはゴマを擦ってきてる時点で雲泥の差だし。
――彼女達なら、普通に盗っていくものなぁ。
『ちょっと借りるぜ。いやなに、私が死ぬまでの時間くらい程度だから問題ないだろ?』
『これ貰って行くわね。え? 代金? 大丈夫よ。お金できたら纏めて払うから、ツケておいて』
あまりにもあっさりと光景が脳裏浮かんでくる辺り、今までの霖之助の苦労が伺える。彼としては、何が問題なくてどこがどう大丈夫なのか、一度問い質してみたいものなのだが、結果が無駄で無理だろうと分かっているので諦めている。念のために補足しておくが、この台詞は霖之助の想像でしかない。(しかしまぁ、現実でも十中八九にたようなことを言ってくるであろう)
そういえば昨日も持っていかれたのだ。仕入れたばかりの珍品を。ちなみに手に入れるのに2日ほど穴を掘ったりしたのだが其処の辺りは割愛。冒頭の人形もその時ついでに手に入れた一品だったりする。
「……ああそうだった」
其処まで意識が飛んで、やっと人形のことを思い出した。すっかりと頭から抜けていた。
「なら少し、手伝って欲しい事があるんだ」
「……何かしら?」
「そう警戒しないでくれ。ちょっと知識を貸して欲しいだけさ」
目を半眼にして訝しげに此方を睨みつけてくるアリスに対して、害意は無い事をアピールしようとするが、あまり効果は無い様だった。何度も言うが、此処幻想郷には一癖二癖ある連中が多い。このくらい用心深くないと、厄介ごとを大量に抱える事になる。
それでも乗ってきてくれる辺り、彼女の本当に切迫した状況が伺える。
「知識?」
「そう。人形に関して、のね」
ちょっと待っててくれ、と一言アリスに投げかけて、霖之助は店番の机の上に置きっ放しにしていた件の人形をもってくる。
「お待たせ」
「これが?」
「少し前に手に入れたんだが……まあ先ずは観てみてくれ」
そう言って人形を手渡す。かなりボロボロだから、糸が解れたりしないように双方とも慎重に。
「……ふーん。手作りの、大分昔の人形みたいだけど……」
「フルーイ」
その後暫く、時には何やら魔法も使ってまで人形を弄くっていたアリスだが、一通り作業を終えたようで、顔を上げて結論を出してきた。
「普通の、全く怪しいところのない、材料も何もかも普通の人形にしか、見えないけれど?」
「やはりか」
「……で?」
「ナニー?」
視線と上海人形にて、だからなんなんだと問いかけてくるアリスに対して、霖之助は回りくどく返す。
「僕の能力は知っているよね」
「確か……『道具の名称と用法が分かる程度の能力』だったかしら」
「カシラー?」
少し違うが、だいたいその通り。
「分からないんだ」
「は?」
「その人形は、僕の能力では、分からないんだよ。何も頭に浮かんでこない」
「……何かと思ったら、そんなことなの?」
拍子抜けだと態度でいっている。目つきも更に悪くなっているようだ。この人形のことが分からない? だからなんだというのか。
そんなアリスの態度に、多少憮然としつつ霖之助は言葉を返す。
「そんなことってことはないだろう」
「どうだか……唯単に能力が不調なだけじゃないの?」
「ヤクタタズー」
「これでも、僕の能力で分からなかった道具はないんだ」
その香霖の言葉に、胡散臭そうに店の中のほうを見渡して一言。
「そこら辺においてあるガラクタは? 使い方が分からないんじゃ意味はないでしょう?」
「道具の事が分かるのと使い方が分かるのは別物だよ。それにガラクタじゃない。外の世界の道具だ」
「ホントー?」
道具なんて物の使い方は、その人によって変わるものだ。……それが正しいかどうかは、ともかくとして。それにしても、アリスが外の世界の道具をガラクタ呼ばわりするのも無理はない。悲しいかな、実際に今置いてあるものはガラクタ同然の品ばかりなのだから。
「まぁそんなことはどうでもいいわ。それで、私はこの人形を見て終わり?」
「カエッテイー?」
「知恵を貸してくれといっただろう」
元々あまり興味が無かったようで、アリスはあっさりと本題に戻る。霖之助も、それ以上話しを蒸し返そうとはしなかった。……まぁアリスの対応に納得はいっていないと表情で示してはいたが。
「って言われても、どんな知恵を貸せばいいのよ。そんな普通の人形で」
「この人形が、何のために作られた人形なのか分からないかい?」
「……どういうこと?」
「言葉どおりの意味さ」
其処で一旦言葉を区切る。少しぬるくなってきたお茶にて一服してからアリスの持っていた件の人形を指差し続ける。
「多分、この人形は流し雛のような儀式に使われたものだと思うんだよ」
「ああ、そういうこと」
「ナットクー」
ようやく得心がいった、というように上海人形が手をポンっと叩き、アリスは手の持っていた人形を再度観察をし始める。勿論、壊さないように慎重に。けれど、何か些細な事でも見過ごすことがないように。
暫くの間、霖之助が茶を啜る音のみが部屋に響く。そして、茶をお代わりし(注いでくれたのは上海人形だった。どうやら予め命令されていたらしい)、急須の中身もきれようとした頃になって漸く、アリスが人形から顔を上げて口を開いた。
「……確かに。この人形はそうかもしれないわ」
「なにか分かったのかい?」
「ええ。この人形、背中の隅のほうに名前が刺繍してあるのよ」
ほら、と実際に人形の服をめくってその文字を見せてくる。霖之助には読めなかったが、其処には確かに何か文字らしきものが縫い付けてあった。だが、それだけではこの人形が何かの儀式に使われたという証拠には成りえない。
「それだけなら、別に特に珍しくないだろう? 人形に名前を付けるのはよくあることだよ」
「名前の上に『母親』とまで入れてある上に、『天国でも一緒』とまで文字が入れられてる人形が、よくあるわけないでしょ」
「……それは確かに」
流石に其処までしてある人形というのは見たことがない。
「それで、何に使われたかは?」
「土葬」
「……そうか、それでか」
目を瞑りながら、得心がいったように二度三度と頭を縦に振る。行き成りそんな行動をとった霖之助に、アリスは怪訝そうに尋ねる。
「どうしたの?」
「クルッター?」
「別になんでもないよ。ただ謎が解けただけさ。ああ、約束の通り商品の値引きはするから」
何気に酷い台詞を言われている気もするが、そんな些細な事には気づかずに、霖之助は笑顔で一人と一体に返答をする。ただ、具体的にいくら割引くのかは言わないまま。
「そう、よろしく頼むわ。あ、商品にこの人形を加えてもかまわないかしら?」
「ナカマー。フエルー?」
「これを?」
「ええ。曰くつきの人形を集めるの、趣味なのよ」
そこまで聞いて霖之助は、そういえばこの娘も魔理沙と同じで蒐集癖があったなぁと思い出した。ついでに趣味が悪いとも。勿論、人の趣味に口出しする事もしなかったが。
フム、と一声唸り、いかにも考え込んでいるというように手を組んでいたが、すぐに笑顔を浮かべて言い切った。
「残念なことに、この商品は既に売約済みなのであしからず」
後日
何やら遠く、無縁塚の一角で穴を掘っている人影があったが、それを見ていたのは仕事を休んで(サボって)いた死神だけだったそうな。
ここでは、今日も閑古鳥が鳴いている。
「……ふむ。やはりわからないな」
そんな店の奥で人形を片手に独り言を呟いている青と黒の着物姿の青年が一人。
この店の主、森近霖之助である。
「しかし今日はまた見事なまでに客が来ない。まぁ、そのお蔭で考え事に集中できるんだがね」
それが良いことなのか悪い事なのかの判断が、霖之助にはつかない。
店を開いている。……ようするに、商売をしていて、それで生計を立てている。
なのに客が来ない。
それでは普通は生活ができない。……普通ならば。
だが、取扱う品から店主、更には来るお客に至るまでが、普通とは言い難い連中ばかりなのが、ここ香霖堂だ。
そもそもこの店自体半分以上趣味で開いている。『ぶっちゃけ商売よりも珍しい物の自慢話がしたいだけだろう』とは彼の妹分の談。
――それに、真面目に商売をやっていようといなかろうと、どうせ知り合いの少女たちに商品が略奪されていくのには変わりがないのだからね。
知り合いの少女たちがこっちの言う事を聞いてくれないのはいつものことなので、その事にはもう慣れてしまっている。
霖之助は、そんなことを考える自分に思わず溜息を吐く。我ながら諦めがよすぎではないのだろうか。
食料は何故かよく飯を作りに来てくれる妹分が持ってきてくれるお蔭で平気だ。その事には少なからず感謝はしている。
ちなみに妹分の親友もよく来るのだが、食料持参の事など殆ど無い。ご飯自体は作ってくれるのだが。この家の備蓄で。
実際には、数少ない日用雑貨が売れたりなんだりで生活するくらいはお金が手に入る。何せ外の世界の品が手に入る店はここくらい(個人となるとまた話が変わってくる)。まぁほぼ自給自足で暮らしていけるため、お金はそんなに必要ないのだが。
閑古鳥はまだ鳴いているようで、人が来る気配は無い。まぁそろそろ泣き疲れる頃だろうから平気だろう。気にしないことにした。
「……ん?」
のどを湿らそうと湯飲みを手にとって気づく。もうお茶が無い。
仕方なく急須に手を伸ばすも、軽い。それでも諦め悪く傾けてみるが、でてくるのは二~三滴の雫のみ。
はぁ、と溜息をつき、お代わりと茶菓子でも持ってこようかと思い立ち上がろうとしたその時、扉が開く音とともに声がする。
「お邪魔するわね」
どうやら誰かが来たようだ。まだ客かどうかはわからないが。
なにせ幻想郷の連中は一癖も二癖もある連中ばかりなのだ。この、殆ど商売をする心算のない道具屋の店主も含めて。
顔をそちらに向けつつ霖之助は、一応の迎えの言葉を放つ。
「いらっしゃい。貴方は客かい? それとも……暇人かい?」
~香霖堂聞伝~
入ってきた人物は金髪のショートカットで、肩の辺りには人形が一体浮いている。服は何時もの青を基準としたワンピース。ようするに、アリス・マーガトロイドである。
彼女は霖之助の言葉に面食らったようで、呆れたような声で返事をしてくる。
「店に来た客に放つ第一声がそれ? ……貴方、ホントに商売する気があるの?」
「勿論だとも。ただ、残念な事にこの店には客よりも暇つぶしに来る輩の方が多いのさ。特にこの週は、ね」
主に白黒とか紅白とか胡散臭いのとか。最近はあの烏天狗のブンヤもなんだかんだで寄る回数が増えたような気がする。
「そう。でも少なくとも今日の私は客ですわ。欲しいものがあってここに来たのだから」
「それは失礼。では改めて……いらっしゃいませアリス・マーガトロイド君、それに上海人形君」
「コンニチワー」
「偉いわ上海。よく挨拶できたわね」
上海人形の頭を優しく撫でるアリス。ほんわかとしていてそれはそれでいい光景なのだが、そのままでいるわけにもいかない。
「それで、今日はどういった品を御所望で?」
「欲しい品は鍋と笊とその他諸々。あるでしょ?」
目線もくれずに一言。今も彼女は上海人形の頭を優しく撫でている。
霖之助は思った、意外だと。
霖之助はてっきり人形制作の為の買い物だと思っていた。実際、今まで彼女が買って行った物はみんな糸やら綿やら布やら、人形に必要なものばかりだったのである。
「……確かにあるがね。人里で買った方がいいんじゃないかい?」
「あまり人が多いところには行きたくないの。あ、人形劇の時とかは特別よ?」
まぁちゃんと代金を払ってくれるのならば霖之助としては言う事は無い。先程のはなんとなく口に吐いてしまった好奇心。つい口を滑らせてしまったが商人としては戴けない態度だったと反省する。折角のお客を逃がしてしまうところだったのだから。
この辺り、霖之助が商売人に向いてないと妹分に言われる所以であったり。
「鍋と笊は裏から持ってくるから待っていてくれ。ああ、大きさはどうする? それとその他諸々については……」
「大きさはどっちもなるべく大きいもので。その他諸々なら勝手に探してみるわ。何回か見ているから場所は分かるし」
「そうかい? なら頼むよ。くれぐれも物を盗ったり壊したりしないように」
店には魔道具なども置いてあるので、もしもうかつに触って壊れたりしたら、何が起こるか分からない。
そんな事はしないと思うが……寧ろ願いたいが、一応、言っておく。
「そんなの分かってるわよ。どこぞの、二色の野良じゃあるまいし」
「ガンバッテ。コーリン」
最後の野良のあたりでアリスの声に怒気が混じっていたような気がする。するが、霖之助それを問いただすような事はしない。何故態々藪をつつくような真似をしなければならないのだろうか。触らぬなんとやら……である。
上海人形の声援を受けつつ倉庫に向かい、なるべく大き目の鍋と笊を二三選んで持ってくる。倉庫の中が整理されてないので思いのほか苦労した。後で整理しなければと思う。
「一応、あった中でも大き目のものを選んで持ってきたけど……おや、何処にいったのかな?」
霖之助が倉庫から戻り店の中に戻るとアリスの姿が消えていた。上海人形も居ない。
「コーリン。アリス、コッチ」
「こっち?」
何処にいったのかと店の中を見回していると、何時のまにか上海人形が目の前に浮いていた。その小さな指で、奥の部屋を指差している。
なんで奥の部屋に? と疑問に思う霖之助だったが、足を進め部屋の様子が見えてくるとその答えはすぐに分かった。
「あら、戻ってきた? 私のほうは選び終わったわ。で、時間が余って暇だったから」
「お茶を用意してくれていたのか」
「ええ、勝手に使っていいのか分からなかったけれど。よかったかしら?」
台所から戻ってくるアリスに声をかける。その手には、湯飲みが置かれたお盆があった。
「ああ、さっき丁度お茶のお代わりを用意しようとしていたところだったんだ。有難い」
「それはよかったわ」
どちらも軽く微笑を浮かべ席に座る。
とりあえずお茶を一杯。
先程倉庫で動いたせいで渇いていた喉が潤っていくのが分かる。
ふぅ、と一息つく。そして霖之助は、先程から目に付いていたが、あえて触れないままにしていた物について、触れることにした。
「……また大量だね、それは」
「私でもそう思うわ」
床の上に広げられたその他諸々の品物を見たことに対する感想である。霖之助が唖然としてしまったのも仕方が無いというくらいの量だ。下手をすると一週間での売り上げより多いかもしれない。というか確実に多い。
――彼女の手持ちは、大丈夫なのか?
と、思わず霖之助が心配したくなるほどの量だ。
「それで、物は相談何だけど……」
「ああ、うん。なんだい?」
アリスの呼び掛けによって、はっ、と霖之助は我に返る。
いくら品の物数が多いからといって、そう呆けるほどの事でもないだろうに、と思うことなかれ。香霖堂にとっては巫女が解決に来るかもしれないくらいの異変に近い出来事なのだから。
「値引きしてくれない?」
「ネビキー」
お金無いのよね。と、先程から全く変わらない笑顔で言うアリス。ついでに上海人形も。
「……なんだって?」
「だから、値引きよ。これだけ纏めて買うのだし、少しくらい引いてくれてもいいでしょう?」
「ヒイテー」
残念なことに霖之助の聞き間違いではなかったようである。現実は何時も厳しい。ついでにさっき考えていた事が当たってしまった。こんなことが当たっても嬉しくはない。
チラッと横目で大量の品物を見て少し考えてから、笑顔でアリスに告げる。
「嫌だね」
ピキリ。
どこかで、何かが、引きつる音がした。
「……(にっこり)」
「……(にっこり)」
双方、笑顔である。
あるが故に異様だ。
「いいじゃない。まとめて買えば安くなるのは常識よ?」
「ジョーシキー」
ねー? 顔を見合わせてハモって言ってくるアリス達。
「そんな常識初めて聞いたよ。」
すくなくとも霖之助の辞書には無い。
「それにだ。君にはもう、常連ということで多少割引をしているのだけど?」
「どのくらい?」
「心ばかり」
具体的な数字は言わない。大人とはかくも汚いものである。こう言われたら、一介の客としてはなんとも言いづらい。唯でさえ香霖堂は値札などがなく、物の価値が分かりづらいのだから。
「……ああ、そういえば聞いた話なんだけど」
「何かな?」
いかにも今思い出しました。みたいなアリスの物言いに、若干警戒しつつ尋ねる。
「貴方って、よく魔理沙にご飯を作ってもらっているらしいわね」
「何で君がそんな事を知っているのかはともかく。それが」
どうかしたのか? と言う台詞は続く前に遮られる。
「魔理沙ってよく、人の物を持っていくのよ」
「そんなこと、骨身に染みて知っているよ」
それはもうしゃぶってもその味しかしなくなるくらい。
「それは、食料も例外じゃないのよね」
「……だから?」
「さぁ? 何かしらね」
少しの間、沈黙。時計の音のみが響く中、始めに口を開いたのは霖之助だった。
「……わかった。君はお得意様だし、何よりこれだけ大量に物を買ってくれるなんて事、めったに無いから二割引こう」
渋渋といった感じで折れる。
「……ケチね」
「ケチー」
「なら一割も引かないが」
ぴしゃりと言い切る。
それにしても息がぴったりのアリスと上海人形。……よく考えるとアリスの一人芝居なのだがその事には突っ込んではいけないのだろう。というか、上海人形の声は腹話術なのだろうか? 流石器用さでは幻想郷一である。
ついでに商人にケチは褒め言葉。
「お茶、入れてあげたでしょう?」
「茶葉とかは僕の家の物なはずだが?」
いつも飲んでいる銘柄なのだから、間違えるはずもない。味もあんまり変わらないし。
「……仕方ない。なら、夕飯も作るわ。これでどう?」
「……そこまで、苦しいのかい?」
予想外な提案に驚く。なんというか、値引きのために努力をしてくる時点でもう一割くらいなら引いてあげてもいいくらいの気がしてきた。妹分とかその他とはゴマを擦ってきてる時点で雲泥の差だし。
――彼女達なら、普通に盗っていくものなぁ。
『ちょっと借りるぜ。いやなに、私が死ぬまでの時間くらい程度だから問題ないだろ?』
『これ貰って行くわね。え? 代金? 大丈夫よ。お金できたら纏めて払うから、ツケておいて』
あまりにもあっさりと光景が脳裏浮かんでくる辺り、今までの霖之助の苦労が伺える。彼としては、何が問題なくてどこがどう大丈夫なのか、一度問い質してみたいものなのだが、結果が無駄で無理だろうと分かっているので諦めている。念のために補足しておくが、この台詞は霖之助の想像でしかない。(しかしまぁ、現実でも十中八九にたようなことを言ってくるであろう)
そういえば昨日も持っていかれたのだ。仕入れたばかりの珍品を。ちなみに手に入れるのに2日ほど穴を掘ったりしたのだが其処の辺りは割愛。冒頭の人形もその時ついでに手に入れた一品だったりする。
「……ああそうだった」
其処まで意識が飛んで、やっと人形のことを思い出した。すっかりと頭から抜けていた。
「なら少し、手伝って欲しい事があるんだ」
「……何かしら?」
「そう警戒しないでくれ。ちょっと知識を貸して欲しいだけさ」
目を半眼にして訝しげに此方を睨みつけてくるアリスに対して、害意は無い事をアピールしようとするが、あまり効果は無い様だった。何度も言うが、此処幻想郷には一癖二癖ある連中が多い。このくらい用心深くないと、厄介ごとを大量に抱える事になる。
それでも乗ってきてくれる辺り、彼女の本当に切迫した状況が伺える。
「知識?」
「そう。人形に関して、のね」
ちょっと待っててくれ、と一言アリスに投げかけて、霖之助は店番の机の上に置きっ放しにしていた件の人形をもってくる。
「お待たせ」
「これが?」
「少し前に手に入れたんだが……まあ先ずは観てみてくれ」
そう言って人形を手渡す。かなりボロボロだから、糸が解れたりしないように双方とも慎重に。
「……ふーん。手作りの、大分昔の人形みたいだけど……」
「フルーイ」
その後暫く、時には何やら魔法も使ってまで人形を弄くっていたアリスだが、一通り作業を終えたようで、顔を上げて結論を出してきた。
「普通の、全く怪しいところのない、材料も何もかも普通の人形にしか、見えないけれど?」
「やはりか」
「……で?」
「ナニー?」
視線と上海人形にて、だからなんなんだと問いかけてくるアリスに対して、霖之助は回りくどく返す。
「僕の能力は知っているよね」
「確か……『道具の名称と用法が分かる程度の能力』だったかしら」
「カシラー?」
少し違うが、だいたいその通り。
「分からないんだ」
「は?」
「その人形は、僕の能力では、分からないんだよ。何も頭に浮かんでこない」
「……何かと思ったら、そんなことなの?」
拍子抜けだと態度でいっている。目つきも更に悪くなっているようだ。この人形のことが分からない? だからなんだというのか。
そんなアリスの態度に、多少憮然としつつ霖之助は言葉を返す。
「そんなことってことはないだろう」
「どうだか……唯単に能力が不調なだけじゃないの?」
「ヤクタタズー」
「これでも、僕の能力で分からなかった道具はないんだ」
その香霖の言葉に、胡散臭そうに店の中のほうを見渡して一言。
「そこら辺においてあるガラクタは? 使い方が分からないんじゃ意味はないでしょう?」
「道具の事が分かるのと使い方が分かるのは別物だよ。それにガラクタじゃない。外の世界の道具だ」
「ホントー?」
道具なんて物の使い方は、その人によって変わるものだ。……それが正しいかどうかは、ともかくとして。それにしても、アリスが外の世界の道具をガラクタ呼ばわりするのも無理はない。悲しいかな、実際に今置いてあるものはガラクタ同然の品ばかりなのだから。
「まぁそんなことはどうでもいいわ。それで、私はこの人形を見て終わり?」
「カエッテイー?」
「知恵を貸してくれといっただろう」
元々あまり興味が無かったようで、アリスはあっさりと本題に戻る。霖之助も、それ以上話しを蒸し返そうとはしなかった。……まぁアリスの対応に納得はいっていないと表情で示してはいたが。
「って言われても、どんな知恵を貸せばいいのよ。そんな普通の人形で」
「この人形が、何のために作られた人形なのか分からないかい?」
「……どういうこと?」
「言葉どおりの意味さ」
其処で一旦言葉を区切る。少しぬるくなってきたお茶にて一服してからアリスの持っていた件の人形を指差し続ける。
「多分、この人形は流し雛のような儀式に使われたものだと思うんだよ」
「ああ、そういうこと」
「ナットクー」
ようやく得心がいった、というように上海人形が手をポンっと叩き、アリスは手の持っていた人形を再度観察をし始める。勿論、壊さないように慎重に。けれど、何か些細な事でも見過ごすことがないように。
暫くの間、霖之助が茶を啜る音のみが部屋に響く。そして、茶をお代わりし(注いでくれたのは上海人形だった。どうやら予め命令されていたらしい)、急須の中身もきれようとした頃になって漸く、アリスが人形から顔を上げて口を開いた。
「……確かに。この人形はそうかもしれないわ」
「なにか分かったのかい?」
「ええ。この人形、背中の隅のほうに名前が刺繍してあるのよ」
ほら、と実際に人形の服をめくってその文字を見せてくる。霖之助には読めなかったが、其処には確かに何か文字らしきものが縫い付けてあった。だが、それだけではこの人形が何かの儀式に使われたという証拠には成りえない。
「それだけなら、別に特に珍しくないだろう? 人形に名前を付けるのはよくあることだよ」
「名前の上に『母親』とまで入れてある上に、『天国でも一緒』とまで文字が入れられてる人形が、よくあるわけないでしょ」
「……それは確かに」
流石に其処までしてある人形というのは見たことがない。
「それで、何に使われたかは?」
「土葬」
「……そうか、それでか」
目を瞑りながら、得心がいったように二度三度と頭を縦に振る。行き成りそんな行動をとった霖之助に、アリスは怪訝そうに尋ねる。
「どうしたの?」
「クルッター?」
「別になんでもないよ。ただ謎が解けただけさ。ああ、約束の通り商品の値引きはするから」
何気に酷い台詞を言われている気もするが、そんな些細な事には気づかずに、霖之助は笑顔で一人と一体に返答をする。ただ、具体的にいくら割引くのかは言わないまま。
「そう、よろしく頼むわ。あ、商品にこの人形を加えてもかまわないかしら?」
「ナカマー。フエルー?」
「これを?」
「ええ。曰くつきの人形を集めるの、趣味なのよ」
そこまで聞いて霖之助は、そういえばこの娘も魔理沙と同じで蒐集癖があったなぁと思い出した。ついでに趣味が悪いとも。勿論、人の趣味に口出しする事もしなかったが。
フム、と一声唸り、いかにも考え込んでいるというように手を組んでいたが、すぐに笑顔を浮かべて言い切った。
「残念なことに、この商品は既に売約済みなのであしからず」
後日
何やら遠く、無縁塚の一角で穴を掘っている人影があったが、それを見ていたのは仕事を休んで(サボって)いた死神だけだったそうな。
南無南無