Coolier - 新生・東方創想話

虎は首が飛ぶと死ぬ

2012/04/01 22:35:42
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ご主人の首が飛んだ(物理)。

「……え?」

私の目の前には今、どこぞの元相撲取りのボクシング選手の敗北姿を思わせる格好で倒れているご主人の体と、金と黒の髪の毛に覆われた後頭部をこちらに向けたご主人の首が転がっている。
時刻は朝。場所は玄関前。
日課のダウジングに向かおうと玄関を出た所で、廊下の奥からご主人が走り寄って来て「ナズーリン、宝塔を無くし……」まで言ったが早いか、体から首がすっぽ抜けて飛んでいったのだ。
ガゴッ!と鈍い音を立てて結構な勢いで地面に落下、もとい激突したが、パッと見怪我の一つもなさそうなのは毘沙門天代理としての日々の鍛錬と人々の信仰が成せる技か。
まあ最近は信仰者と言うよりもご主人の容姿に心奪われた卑俗な者たちが増えているのだが。しかし男よりも女のほうが多いのはどういうわけだまったく、そもそも私がいつからご主人のことを想っていたか千年だぞ千年、まああんな奴らにご主人がなびくわけがないのは分かりきっていることだがご主人もご主人で曖昧な返事をするから勘違いする奴が増えるのであってきっぱり断ればいいのに相手が傷つくかも知れないからと優しい言い方で遠まわしに伝えてまあでもそこがご主人のいいところなんだが……。

……はっ!
いかんいかん、落ち着くんだ私。
そうだ、とりあえず生死の確認を!
慌ててご主人の体に駆け寄る。

「ご、ご主人!大丈夫か!」

体を揺するも反応はない。
恐る恐る断面を見てみると、マネキンを切断したように肌色の皮膚に覆われていてのっぺりとしている。
血が吹き出ない時点で予想はしていたが、物理的に切断されたわけではないようだ。
心臓の鼓動を確かめると、胸に無駄な……断じて無駄な脂肪が多く難儀したが、鼓動を確認。念のため呼吸も確認するがこちらも問題はなし。
死んではいないようで、思わず胸を撫でおろす。よかった……。
しかし意識はなく、体も上下する胸以外はピクリとも動かない。

……どういうことだろう。もしかしてこれは夢なのではないか。
むにぃ~っと頬を引っ張ってみる。痛くない。ご主人の頬だから当たり前か。
改めて自分の頬を引っ張る。痛かった。ちょっと泣いた。加減すべきだった。

「ゆ、夢ではないようだな……」

となると、何としてでもご主人を元に戻さねばならない。
もしかしたらこのまま放って置いても目覚めるのかも知れないが、首と体がパイルダーオフしている毘沙門天を寺の代表として据えるわけにもいくまい。
別にご主人になでなでしてもらえなくなったり抱きしめてもらえなくなるのが悲しくてたまらないとか、そういうのではない。ないったらない。
聖が村紗や一輪寺の重鎮達は月初めの会合に出席中で不在なのが悔やまれる。
ぬえや響子なら居るが、あいつらに助けを求めた所でどうにもならないだろう。

そう決めて、とりあえずご主人の体を自室に持っていくことにする。玄関だと参拝客に見られるかも知れないし。

「とにかく、どうしてこうなったのか、だな」

物事には何事にも原因があるのだ。この奇っ怪な光景にだって、きっと原因があるはずなのだ。
記憶を遡ってみよう。えーと……。

『ふふ、ナズーリンのペンデュラムは本当に高感度ですね』
『だめっ、ご主人、そんなに乱暴に扱っちゃ……壊れちゃうよ……』
『そんな事言って、あなたのビジーロッド、凄く反応してますよ。このままグレイテストトレジャーをディテクトしてあげましょう』
『らめえぇ、ゴールドラッシュしちゃうぅぅぅ!』

さ、遡り過ぎた!こんな事が関係しているはずがない!
い、今のはあくる日にご主人とダウジングに行った日のこと出来事で、それ以上でも以下でもないからな!決して!
……誰に言い訳しているんだ私は。また思考がそれてしまった。
そうだな、ここ一週間程のご主人の行動を思い出してみよう。

『ナズーリン、宝塔をなくしてしまいました!』
『宝塔ですか?大丈夫です、ちゃんとこうして懐に持って……これは……おでん……』
『この木魚、音が今ひとつ悪……あ』
『やっぱりおでんは美味しいですね。とくに味の染みたこんにゃく、が……これは……』
『ナズーリン、おでん……じゃなかった宝塔をなくしてしまいました!』
『宝塔には独り歩きする機能がついていると睨んでるんです』
『私にだって……宝塔を無くすことぐらい…あります…』

……頭が痛くなってきた。
しかし思い返して見ると、いくら春先とは言えここ一週間のご主人の宝塔紛失頻度頻度は異常にも思える。以前までは多くとも2回/W(一週間)だったのに、明らかに7回/Wを超えている。
まさかとは思うが、これが原因か?
調べてみる価値はある。原因とまではいかずとも、一端を担っている可能性はある。
となると、なにはともあれ宝塔を見付け出さねばならんな。

「そんなに遠くに行っていなければいいのだが」

尻尾のナズーリンバスケット(籠)からダウジングロッドを取り出して、ダウジングの体制に入る。
ちなみにこのナズーリンバスケット(籠)、見た目と裏腹に大量の収納することが出来るすぐれものだ。ご主人が法力で作ってくれたものでもある。
私が命名した時に何故か悲しそうな顔をしていた気がしたが、きっと気のせいだろう。我ながらナイスなネーミングだしな。

さて、ダウジングといこうか。





       少女ダウジング中……




すぐに見つかったな。押入れの中ということは、大方寝ぼけて宝塔を巻き込んだまま片付けてしまったのだろう。やれやれ。
さて、布団の山から宝塔を見つけ出す簡単なお仕事にかかるとするか……と、扉を開けた瞬間。
押し入れから、光が溢れ出した。
正確には、押入れに詰まった布団の中の宝塔から。
慌てて宝塔を引っ張り出すと、目も眩まんばかりの強い光を放っている。
ご主人や私が法力を込めることによって、宝塔はその法力の質に応じて光を放つのだが、今宝塔が放つ光は私達のそれとは比べようもなく大きく――温かい光だった。

この光は、知っている。
見たことはなくとも、感じたことはある。
勇猛さと包容力を兼ね備えた、この光は――毘沙門天様のものだ。
真の意味で神々しい光。今の状況も忘れ思わず跪く。

しばらくすると、宝塔から放たれていた光が収束していき、空中に像を結んだ。
そのような機能があることは知っていたが、実際に使われたことはこの千年で一度もない。
ということは余程重要な案件ということか。
おそるおそる宝塔を操作し、像を拡大する。
一枚の紙のようだがいったい何が書かれて……っ!こ、これは!

「『毘沙門天代理寅丸星之解任報告書』、だって……!?」

そんな馬鹿な!ご主人の行動に解任されるような所なんて……。
……ある。あるなぁ。
聖救出の当日に宝塔なくしたくらいだもんなぁ。
書類を読み進めると、理由も案の定そのことだった。
色々と小難しい言葉で書かれているが、要約すると『宝塔紛失回数百回到達おめでとー!ご褒美に休暇をあげます。一生』。

「は、ははははは……」

もう笑うしかない。ご主人の首が飛ぶなんて分けのわからない事態と毘沙門天代理解任というとんでもない知らせがいっぺんに舞い込んできたのだ。
これからどうすればいいのかなあ。毘沙門天様の元に戻るべきなのかなあ。でもご主人の傍を離れたくないしなあ。ははははは。
はははは、はは、は……ん?
待てよ。
もしかして、もしかしてだが。
ご主人の首が飛んだ(物理)のは、毘沙門天代理を首になったからか?
いやいや、そんな馬鹿らしいことが。
しかし幻想郷に来てからのご主人は信仰も十分に集め、もはや並の神では敵わないほどの神格を手に入れていた。
もしかすると、ご主人の存在の根幹に関わる部分に「毘沙門天として認識されること」が大きく食い込んでいたのかも知れない。
そして、毘沙門天代理を首になる、つまり首が飛んだから、ご主人の首も飛んだ(物理)。
まさかとは思うが、そう考えるとご主人の首が飛んだ(物理)タイミングも説明がつく。
あまりにも突飛な考えだが、そうとしか考えられない。
となると、ご主人をもとに戻す方法はただひとつ。
毘沙門天代理の任に返り咲かせることしか、無い。

「……やれやれ、まったく。本当に手間のかかる主人だね、あなたは。」

布団に寝かせたご主人を瞳に焼き付け、ロッドをナズーリンバスケットに仕舞い、寺の外へ歩みを向ける。
ただの一鼠妖怪が、毘沙門天様の決定を覆す。途方もない道のりだろう。
しかし、私とて伊達に千年以上生きているわけではない。
どんな手を使おうと、どんな犠牲を払うことになろうと。
必ず、ご主人を再び毘沙門天代理にしてみせる。
だから、少しだけ待っていてくれ。ご主人。

そう決意し、勢い良く玄関の扉を開けると、丁度聖一行が帰ってきたところだった。
いつの間にか空は紅色に染まっている。そんなに時間が経っていたのか。
そうだ、寺の皆にも伝えておかなければならないな。

「ああ、聖。それに皆。驚かないで聞いてくれ。……実は、ご主人の首が……」
「あー、その事なんだけどさ、ナズーリン……」

村紗が口を挟む。
何なんだ、大事な話だというのに。
……ん?後ろにいるのはぬえと響子か。そういえば今日一日姿を見なかったな。だというのに、どうして今聖たちと一緒に居るんだ?
それに「その事」って、私以外に誰も知ってるはずが……。
……まさか。
まさかだよな。
嘘だといってくれよ。

「実は、それ……」

「エイプリルッッフゥーール!!!!!」

満面の笑みと大声でぬえと響子が言い放った。
やられた。
完全にやられた。

「ごめんねー、ナズーリン。私達は止めたんだけど……」
「聖が賛成するから、いいのかなーってさ……」

弁解する一輪と村紗。
そうか、聖が賛成したのか。
ならいいさ、きっと目から鱗が落ちるような理由を考えているに違いない。
さあ聖、聞かせてくれ。こんなたちの悪い冗談を実行した理由を。

「おや、私は何も聞いておりませんよ?」
「どういうことだ村紗ぁぁぁ!」
「えええええ!? いやいやいや、私はしっかりこの目と耳でー!」
「ああそれ、マミゾウばあちゃん」

こともなげにぬえが答える。
あ、あ、あの化け狸……!今度姿を見せたらたぬきそばにして食ってやる!

「ナズーリンさん、たぬきそばにたぬきは入ってませんよー?」
「分かってるよそんなことは! というか何で君もその輪に入っているんだ響子!」
「聖さんに『このことはナズーリンには内緒にしておいてくださいね』って言われたからです!」
「……ぬえ、肝心のマミゾウは今どこにいる?」
「さあ? 大方今日の事を肴に夜雀の屋台ででも飲んでるんじゃないのー?」

なんて抜かりない狸だ……。

「まあまあナズーリン、実際は何事もなかったのだから良かったじゃないですか。偶のスパイスがないと、平凡な日常に埋もれてしまいます」

聖は本当に甘いな、まったく。
まあそれもそうかもしれない。

「分かったよ、聖がそう言うなら。ぬえ、ご主人の首はいつごろ元に戻るんだい?」
「もうそろそろじゃないかな。星が加減に失敗してなかったら」
「自分で飛ばしたのか……ご主人にそんな特技があったとは」
「ばっちゃが聖に化けて頼んだら根性でやり遂げたってさ。お人よしだねえ」
「まったくだな……」

一通り会話を終え、部屋に戻る。
ぬえの言葉通り、そこには元通りのご主人の姿があった。

「似非飛頭蛮になった気分はどうだった、ご主人?」
「あまり気分のいいものではありませんでしたね。断面がくすぐったくなっても掻けないのが辛くて辛くて……」
「ほう、私に多大な心配をかけあまつさえ毘沙門天様に反逆させるまでの覚悟を決めさせたことよりも首が痒い事の方が辛かったと。なるほどなるほど」
「申し訳ありませんでした!」

綺麗な土下座を決めるご主人。うむ、10.0。

「どうやら反省はしているようだな。まあこの件に関してはほぼマミゾウのせいだし、それほど責める気もないよ。顔をあげてくれご主人」
「本当にすいませんでした……」

涙顔でしゅんとなるご主人。ぐ、なんて可愛い表情をするんだ……。

「も、もういいと言っているだろう。泣くのはやめないか!」
「んぐしゅ、は、はい!」

やれやれ。本当に、冗談でよかった。
こんなに可愛いご主人を、失わなくて済んだんだから、な。
















「ところでご主人、毘沙門天様からの報告書はどうやって偽造したんだい? てっきりご主人は宝塔のあの機能については知らないと思っていたんだが」
「え? 何の話ですか? 私は宝塔には何もしていませんけど……」
「えっ」
包帯でぐるぐる巻きの毘沙門天「もう二度とエイプリルフールに嘘の報告書を送ったりしないよ」







ここまで読んでくださってありがとうございます。
最初の一行を思いついたらこんなことになってしまいました。今は反省しています。
読んで下さった方々に、少しでもくすりとして頂ければ幸いです。

ちなみにジェネリックに投稿させていただいた拙作の設定を一応引き継いでおります。とはいえ本筋には何等関係ない、微々たるものです。
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コメント



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2.80奇声を発する程度の能力削除
ラストw
5.100名前が無い程度の能力削除
おい毘沙門天www
8.100名前が無い程度の能力削除
毘沙門天様ってばちょぉお茶目
18.90名前が無い程度の能力削除
宝塔なくした回数数えてんのかよwww
20.100名前が無い程度の能力削除
落ちがwww

ところでナズーリンのゴールドラッシュがみたいんですけどどこでみれますk、あれ、家に来客なんて珍しいこともあるもんだな
25.無評価option削除
遅ればせながら、コメントありがとうございます。

>奇声を発する程度の能力さん
>5さん
>8さん
オチでもう一ひねりしてある作品が好きなので、狙ってみました。
楽しんでいただけてなによりです!
>18さん
やっとギプスがとれた毘沙門天「反省を促す意味で送った。今は反省している」
とのことなので、実際は百回越えてるとか越えてないとか……。
>20さん
ああ、窓に!窓に!