Coolier - 新生・東方創想話

ふたりの歌姫、その魂

2009/08/18 22:08:08
最終更新
サイズ
17.57KB
ページ数
1
閲覧数
732
評価数
1/14
POINT
510
Rate
7.13

分類タグ


「さーくらー、すーずらんー、ひまわり、すいれん、ひがんばなー♪」

 四季折々の花が美しい日本とはいえ、その全てがごっちゃになって一度に咲かれたら、風情もへったくれもない騒がしいことになろう。今、その闇鍋状態が幻想郷では現実となっている。六十年に一度のお祭り、花の異変である。
 人間と妖怪の苦情を受けて動いた、幻想郷の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥの働きによって、事態はつつがなく収束に向かっていた。とはいえ、未だ幻想郷各地ではおびただしい数の霊達が狂乱騒ぎをしていて、この祭りもまだ当分終わる気配はない。

「あっちのかーわでくるい咲けー、こっちのやーまでみだれ咲けー♪」
 普段は人間が気味悪がって近づかない夜の森も、今は満開の桜で埋め尽くされ、華やかに彩られていた。深夜の月に照らされて、淡く光る花びらが、その楽園の名のとおり、この上なく幻想的である。
 ミスティア・ローレライは、その木々の一つに留まり、今夜も独りよがりで熱狂的な傍迷惑なライブを開いていた。落ち着いた桜並木の雰囲気をぶち壊す、渾身のロックが夜空に響く。夜道を歩く人間を惑わす、という当初の目的はとっくに見失っている。祭りの間はとにかく騒ぎたい、ただそれだけである。

「さいてさいてー、ちるちるちるのー♪ はなもカエルもこおってちるのー♪  って、なんであんなバカ妖精の歌なんか歌わないといけないのよ!」
 異変のときに出会った、湖の妖精の顔が頭に浮かび、慌てて消した。
「出会ったら誰でもかまわず勝負をしかけてくるんだから……迷惑なのよまったく。あーあ、テンションも下がっちゃったわー。 ……ったく、曲、変えようかしら」

 苦々しい顔をしながら、少しだけ冷えた頭で選曲し、そして今の気分にぴったりの曲をミスティアは探し出した。今までのように情熱に任せたテンションではなく、ジャズシンガーのようなクールな気持ちになり、曲と自分を同調させる。聖歌隊のように両手を胸の前で組み、瞳を閉じて、一拍の後に、ミスティアは歌い出した。

「♪夢と共に眠りなさい せめて安らかな世界で
  夜と共に眠りなさい 月の光に抱かれ揺られ
  風と共に眠りなさい 穏やかな衣を纏い
  花と共に眠りなさい 蕾はもう開くでしょう♪」

 悲しくもあり安心もするメロディの、その歌は鎮魂歌だった。静かに、しかしはっきりと響く歌声は、森中に届き渡る。
 彼女の能力のせいもあって、その歌声は森に住む全ての生き物を魅了していく。人間も、妖怪も、彷徨える霊達も、彼女の歌に心奪われ、一つの身動きもできずにただ聴き続けた。

 花の異変のときに、ミスティアは閻魔に説教をされた。貴方の歌は霊を惑わせ、混沌へと導く。ならば同じ歌でも、鎮魂歌の一つでも歌いなさい、と。
 もちろん記憶力の悪い彼女は、そんなことはとっくに忘れている。しかしその後、曲のレパートリーの中に、ごく僅かではあるがこのような鎮魂歌を増やしていた。
 彼女自身にも、正直なところそうした理由はよくわかっていない。ただ、そういう歌を歌いたい時期なのだろう、と適当に納得していた。


「~~♪ ……ふう」
 一曲を歌い終えて、ミスティアは脱力し、桜の幹に背をもたれた。歌によって止まっていた森の時間が再び動き出し、夜はまた静かに騒ぎ出す。

「……なんでかしら」
 どんな歌だろうと、歌いきった後の彼女の顔はいつもなら晴れやかになって、テンションも上がっている。なのに、そのときのミスティアの表情は、憂鬱に沈んでいた。
「新曲なのに。気持ちよくない」
 歌い終えた達成感とか高揚感とか、そういった楽しい感情が湧いてこない。それがミスティアには不思議でならなかった。こんなことは初めてだからだ。今までにもバラードなんかは歌ったことはあるから、おそらく曲の持つイメージのせいではないはずだ。

「……う~! 気持ち悪いわ! こんなの歌い手としてのプライドが許さない! なんでなのよ!」
「あら、いい歌だったのに。お気に召さなかったのかしら?」
「ひゃう!」
 突然の声に木から墜落しそうになるのをなんとか踏みとどまり、ミスティアは恐る恐る後ろを振り向いた。
「こんばんわ。夜桜と月見酒にはぴったりの歌だと私は思ったけど。アンコールしたいくらいね」
 そこにいたのは、満面の笑みと共に夜空に浮かぶ亡霊少女。本気でミスティアの歌で酒盛りをするつもりなのか、その少女、西行寺幽々子は盃を片手に宙を近づいてくるのだった。

 一方、ミスティアは振り向いたままで固まってしまっていた。そして徐々に少しずつ体を震わせ、怯えたように後ずさっていく。
「……く」
「く?」
「喰われるーーー!!」
 絶叫とともに涙目で飛び立ち、瞬時に幽々子と爆発的な距離を取った。高速で飛翔する中、彼女は一枚の札を取り出す。

「夜雀『真夜中のコーラスマスター』っ!!」
 早口でスペルカードを宣言。直後、遥か後方の幽々子の周囲は夜の闇よりも暗くなり、不可視の領域と化す。
「あら?」
 突然視界を奪われ、一瞬幽々子は呆ける。その一瞬の隙、闇の結界の外側を、ミスティアから放たれた幾筋もの弾幕が、波打ちながら隙間無く取り囲んでいく。弾幕と闇の二重の檻に拘束され、身動きの取れない幽々子を、さらに大玉が狙う。

「一撃で沈みなさ……い!?」
 だが、大玉が当たる直前、闇の領域の僅かな隙間を使って、かすりながらも幽々子は確実にかわしていく。
「くるくるくる~っと。だめよ、これじゃ。一度見ているスペルだし」
「うそ……でしょ!? 手持ちの最強スペルなのに……!」
 暗闇の中から会話を続ける余裕を持ちつつ、幽々子は次々に弾幕を避けていく。そして全ての弾が幽々子の横を通過したとき、結界が晴れ、幽々子の姿が現れた。幽々子は優しげに笑みを浮かべており、その体どころか、身に纏う着物にすら傷一つないのを確認したとき、ミスティアは愕然とした。

「はい、残念でした。じゃ、とりあえず止まってもらおうかしら」
「……え!?」
 幽々子の言葉が終わるか終わらないかのほんの一瞬。その一瞬で、ミスティアの周囲は無数の蝶に囲まれていた。先ほどのミスティアの弾幕よりさらに高密度の蝶弾。逃げ場など、なかった。
「――亡舞『生者必滅の理-死蝶-』」
 ゆっくりとスペルカードが宣言され、その合図で蝶弾が不規則に動き始める。ミスティアは動くことすらできず、幾匹もの蝶に貫かれた。
「きゃああああ!」


 羽を体を穿たれ、飛行が継続できず地に落ちていく。森の真上だったので枝がクッションとなり、地面に激突は免れたが、弾幕のダメージで、もう一度飛ぶことはおろか、走れそうにもなかった。
 よろよろと立ち上がるミスティアの前に、追いついた幽々子が立ちはだかる。相変わらず何を考えているのかわからない笑みを浮かべるその姿に、ミスティアは恐怖した。

「急に攻撃してくるなんて非道いわね。貴方から仕掛けてきたんだから、恨みっこなしよ? 少し大人しくしてて」
「い、いやだ! 食べられたくない!!」
「誰も食べないわよ。今日は前みたいに忙しくないし、ちょっと寄っただけよ」
「ほ……本当に?」
「本当よ。前も小骨が多くて食べにくいって言ったじゃない」
 地肌がそうなのに、ミスティアは鳥肌が立つのを感じた。
「冗談よ。じゃあ、食べないかわりに、さっきの歌、もう一度歌ってほしいわ」
「え……」
 
 相手が本気でないことをなんとなく理解したミスティアは、予想外の条件に呆然とした。だが、ミスティアの表情は、本来ならリクエストされて喜びに変わるはずが、真逆に暗いものへと変わった。
「あれは……歌いたくないわ」
「どうして? あんなにいい歌なのに。なら理由をきかせて?」
「何よ! どうしてアンタなんかに言わなきゃならないのよ!」
「勝利者権限よ」
「うっ」
 先の勝負を引き合いに出されると言い返せず言葉に詰まり、やがて溜息と共に敗北宣言をした。

「……なんか、気分が乗らないっていうか、歌っても気持ちよくないのよ。いつもなら歌い終われば楽しいはずなのに、この歌は終わっても、胸の中がモヤモヤするのよ。今までそんなことなかったから、気持ち悪いの」
「……」
「だから、他の歌ならいいけど、あれは嫌よ。せっかくの観客だけど」
 自分のことなのに自分でも理由がわからず、ミスティアには要領良く話せなかった。

 話終えてふと幽々子の顔を見ると、相変わらず底の知れない笑みを浮かべている。しかし、ミスティアには少しだけ優しげに見えた。
「……それは、あの歌だけ?」
「わからないけど……。多分、最近歌い始めた歌、全部かしら」
「なるほどねぇ」
「な、何よ! 私自身でもわからないことが、アンタにわかるわけないじゃない!」
 妙に真面目に告白してしまったことが段々恥ずかしくなってきて、つい声を荒げてしまっている。それでも幽々子は気に障った様子もなく、困った様な笑みを浮かべているだけである。

「あの閻魔様にも困ったものね。夜雀に説教なんかしたって、それこそ馬の耳に念仏、ってものよ。説教も相手を選ぶべきなのに」
「バカにしてるの?」
「フフッ、違うわよ。貴方は悪くないわ。……そうね、貴方の悩みを理解できるわけじゃないから、これは私の勝手な憶測として聞いてほしいんだけど」
 そう前置きして、長くするつもりなのか、幽々子はその場に座り、いつの間にかまた盃を手にしている。いぶかしく思いながらも、ミスティアもそれにならい、隣に座った。


「貴方の歌は今まで、人を惑わせ、妖怪を惑わせ、聴くことを強いる歌だったわね。相手に強制的に聴かせて混乱させる、あまり褒められた歌い方じゃないけど、まあ今はそれはいいわ。言わばそれは、自分のための歌だったんじゃない?」
 何を今さら、とミスティアは思う。夜雀とはそういう種族だし、それはこれからも変わらないだろう。

「ところで、貴方が最近歌い始めた歌は、さっきみたいなレクイエムばかり?」
「レクイエム……鎮魂歌。……ええ、そうよ」
「そう、鎮魂歌。読んで字の如く、死者の魂を鎮める歌。これは魂だけの存在が対象となって初めて歌われる歌ね。
 まあ私みたいな亡霊が自分で歌わない限り、どうあっても自分のためには歌われないわ」
 幽々子の言葉は、回りくどくて、核心を得なくて、だからこそ少しずつミスティアの心に零れ落ちていくようだった。ミスティアには、それがじれったかった。

「何が言いたいのよ、ハッキリ言えば?」
「フフッ……つまり貴方は、初めて他人のために歌を歌っているのよ。けれど、自分のためにしか歌ったことのない貴方は、鎮魂歌というものがどういう意味を持つのか、それが歌われる理由がわからなかった。他人のために歌う意味なんて、今まで考えもしなかった。
 それが、自分で歌ってみて、初めて考えてしまった。それがそのモヤモヤの正体よ」
「他人のために……歌う理由……」

 幽々子の話は、飛躍した理論で、しかもいつの間にか推測ではなく断定に変わっている。けれど、ミスティアには強く否定することは出来なかった。むしろ納得がいきそうになって、慌ててかぶりを振った。
「そ、そんなわけないわよ。そんなの、考えたことなんてないわ」
「意識して考えなくても、歌と共に生きる妖怪としての本能かしらね。今までと違う歌を歌って、その僅かな違いに、無意識に気付いていたのでしょう」
「そんなこと……」
「貴方は今、とても困惑しているのよ。どうして他人のための歌があるのか。その意味は何なのか。初めて気付いた疑問を消化できないのが苦しいのよ。まあ平たく言えば、歌い手としてのプライドが許さない、ってところかしら」

 最早否定できなかった。納得してしまえば、それは驚くほどすんなり受け入れられた。理由。意味。しかし、正体がわかっても、それは答えではない。

「……じゃあさ。その理由って何よ?」
「それは貴方自身で見つけるものよ……」
「それがわからないから聞いてるのよ!!」
 思わず、怒声を上げてしまう。だが彼女の心にあるのは怒りではなく、置いてきぼりにされた様な心細さだった。じんわりと、ミスティアの瞳に涙が浮かぶ。

「わかるわけないじゃない! そうよ、私はいつだって私のために歌ってきた! 歌うことが私だった! その私が人のために歌う? 今まで考えもしなかったことよ。
 わかるわけないのよ、他人のための歌の意味なんて、私には!」
 自分でも不可解だった悩みに光を当ててくれた幽々子なら、その答えを教えてくれると思った。教えてもらわなければならなかった。経験したことのない悩みを抱えたままで、歌えはしない。けれど、自分では答えは出るはずもない。常に共にあると思っていた、歌うということが、急に遠くにいってしまった気がして、ミスティアはどうしようもなく寂しく、悲しくなった。
「ぐすっ……。ねえ、教えて……歌うことで、私に何ができるの……?」

 ミスティアの頬を涙が流れる。その涙をそっと掬い上げられて、ミスティアは顔を上げた。
 木々の間からほのかに零れる月明かりに、手を差し出した幽々子の笑みが照らされている。その姿が、ひどく美しく、優しく感じた。
「……クスクス」
「なっ……何よ! バカにしないでよ!」
「フフフッ、ごめんなさい、違うの。うちの妖夢もね、似たような感じだったから、思い出しちゃって」
「あの半妖も……?」
「ええ。あの子もね、この間の異変で、閻魔様に説教されたのよ。霊を斬りすぎているって。おかげで私にまでとばっちりが来るのよ。いい迷惑よ」
 言葉とは裏腹に、幽々子は楽しい思い出を語るように、ころころと笑った。

「あの異変のとき、幻想郷中に霊が溢れていたでしょう。その霊を、あの子、多すぎるからと斬ってしまったの。妖夢の剣は、霊の迷いを断ってしまう。迷いを断たれた霊は、成仏するしかなくなるわ」
「……? それって、いいことじゃないの? 冥界からも溢れたんなら、どんどん成仏させなきゃダメじゃん」
「いいえ、それではいけないの。冥界の霊は、その罪を裁かれるのを待つ身。未練や罪を裁かれ清算されて、始めて霊達は死後の住む世界を決められるわ。それを、裁かれる前に未練を断ってしまったなら、罪を清算されないまま霊は天界へと行ってしまう。
 これは現世と冥界との輪廻のルールに外れた行為よ。これでは罪は留まったままとなり、いずれ輪廻そのものを止めてしまうわ」
「……?」
 亡霊少女の話は、現世に生きるミスティアには難解だった。ミレンとかリンネとか、それがどんなものか全く想像もつかなかった。

「いいのよ、わからなくて。でね、妖夢も、自分のやってることがどんなことなのか、よくわかってないの。それで、今回の件で少し
 反省したんでしょう、『冥界について教えてください』なんて言うのよ。でも教えなかった」
「どうしてよ」
「まあ、面倒くさかったからが大部分。それに、今のあの子にはまだ早いのよ。今説明しても理解できないわ。だから今回は一つだけ教えたの。幻想郷の霊は斬らないこと。それだけで十分よ。
 ……そのときのあの子の顔がね、不満そうで、寂しそうで、さっきの貴方みたいだったの」

 いつも妙に自信家なあの半妖がうなだれる姿など、ミスティアは想像もできなかった。ミスティアの困惑を見透かしたように、また幽々子は不敵に笑い、盃の酒を一息に呑み干した。
「なんだかんだ言っても、幼いのよ、妖夢は。だからといって、その力を間違った方向に使ってはいけない。今でこそあの子には、あの刀で庭の手入れしかさせてないけど、熟達すれば立派に冥界を管理できる力を持っているわ。それにはゆっくりと、時間をかけて、自分の持つ力の意味を知る必要がある。貴方も、それは同じなのよ」
「……」


 まだ納得がいかず暗い顔をしているミスティアをよそに、幽々子は盃を懐にしまい立ち上がった。
「さて、そろそろ今夜は帰ろうかしら。なかなか良い酒だったわ。今度は一緒に呑みましょ」
 傾き始めた月を見上げながら、ミスティアに背を向け、幽々子は歩き出す。しかし、ミスティアはまだ立ち上がれず、視線を落としたままだった。今、彼女と別れてしまえば、永遠に答えは出ない、そんな不安に押し潰されそうだった。助けてほしい、と願った。

「……さっきの、妖夢が霊を斬って成仏させるって話だけどね」
 不意に声をかけられミスティアは顔を上げた。幽々子はこちらを振り返らず、帰る足を止めたままで語りかけてきた。
「亡霊の身から言わせてもらうと、こっちとしても迷惑なのよ」
「そう……なの?」
「ええ。未練って、現世に残した後悔とか、願望とかじゃない。現世にいれば叶うかもしれないそれが、霊となってしまっては叶わない。だから未練になる。それを断ち切るのって、そんなの諦めろって頭ごなしに言われるようなものよ。
 そう簡単に諦められないから、未練になるっていうのに」
 くるりと、幽々子がこちらを向いた。相変わらずの笑顔だったが、何故か、ミスティアにはそれが少し、寂しい笑顔に見えた。

「もちろん、現世のことはもう自分でどうにかできるわけじゃない。だからって無くされちゃ、生前の努力とか思い出とか、そんなものまで否定されてしまうわ。
 だから未練っていうのは、本人が自身で折り合いをつけて、抑えて落ち着かせるのが一番いいの」
「……?」
「でもそれは、生きている者でも難しいこと。剥き出しの魂にはなおさら困難よ。どうしても自分一人だと解決できないこともある。
 ……そんなとき、誰かが手を差し伸べて、助けてくれればいいと思うわ。少しでいいから、誰かにこの苦しみを和らげてほしいの。……きっと、貴方の歌には、その力があると私は思うわ」
「……え? それって……」
「これが答えとは限らないわ。けれど、これが貴方の、他人のために歌うことの可能性の一つよ」

 あくまで可能性の一つ。だが、ミスティアにはそれが唯一無二の答えに思えて、それまでの沈んだ気持ちが一度に軽くなった。
「じゃ、これで今夜は本当にさよなら。よい夜を」
 音もなく幽々子の体は浮き上がり、徐々に高度を上げ、やがて見えなくなった。
 それを見送りながら、幽々子の言葉を彼女は何度も反芻し、その度に心地よく自分の中に浸透していくのを感じた。
「未練を……和らげる……! うん、これよ、これ!」
 そうして夜雀もまた、月明かりの空へと飛び立っていった。


「~~♪」
 今夜もまた、夜の森に夜雀の歌声が響き渡る。かろうじて歌詞は鎮魂歌ではあったが、どんなアレンジをしたらそうなるのか、その歌は激しいロック調に改変されていた。
 記憶力の悪い彼女は、とっくに幽々子との夜の会話など忘れていた。けれどもう、どんな歌を歌おうと、彼女が気分を害することはない。
単純な彼女は、一つの結論に達していた。ようするに、人も妖も、霊も陽気にさせるような歌を歌えばいいのだ。それならいつもどおりではないか。ならば喜んで他人のための歌も歌おう。彼女なりに、他人のための歌の意味を見つけていたのだった。
 彼女の歌は、決して穏やかな気持ちにさせるような歌ではない。けれど、その歌声に心を傾ける霊は少なからずいるのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「まったく……。むやみやたらに歌えば霊を混沌へ導くと、先日言ったばかりではないですか。何も反省していないようですね……」
 冥界の某所。四季映姫・ヤマザナドゥは、その手に持つ鏡でミスティアの様子を見て、溜息を深くついた。

「いいじゃないの。歌一つくらいで冥界の流れが変わるわけではないわ。そもそも夜雀に歌をやめろっていうのが無理な話よ」
 隣で鏡を覗きながら、幽々子は笑う。映姫がするどい視線を向けても、平然として、表情は変わらない。
「貴方もですよ。貴方は物事に愉快しか求めていない。先日彼女に会ったとき、余計なことを言ったのではないでしょうね?」
「あら、出歯亀してたの? いけないんだー」
「ごまかさないでください」
「大丈夫よ。変なことは言ってないし、そもそも彼女、話の内容なんて覚えてないみたいだし」
 映姫に睨まれ、ふわふわと逃げるそぶりをみせる。対照的に映姫は、その真剣な顔を崩さない。

「……あのときの最後の言葉、あれは貴方自身を投影した言葉なのでしょう?」
「……なんのことかしら?」
「そのくらいわかります。貴方は生前、その能力で幾つもの魂をいたずらに死へ誘った。それを死後もなお、深く後悔し、未練となった。
 ……しかし貴方は特例的に、冥界で裁くことが許されません。いつまでも消えない罪に長い時間苛まれたのでしょう。だからこそ、貴方の周りにいた者達、あの友人のスキマ妖怪や、愛する幼い家族に、救われたはずです。
 そのことを、あの夜雀に重ねたのではないですか」

 正面から見つめる映姫の視線をふっと逸らし、幽々子は遠くを見つめ、過去を思い返した。それは一瞬のことで、すぐにいつもの彼女に戻ったが。
「もう大昔の話よ。今は幽霊生活を満喫してるもの。それで、こんな昔話をしてどうするの? 今さら私を裁くつもり? 真面目ねぇ」
 どこまでも茶化す幽々子に、角ばっているのも疲れてしまった。映姫は力を抜いて、初めて笑みを見せた。
「裁いてほしいなら裁きますが、大仕事になるので後にしてもらえますか」
 幽々子もまた笑い返し、肩をすくめてみせた。
「あら、サボタージュ? 貴方も部下のこと言えないじゃない。けど、たまには自分がやられる側になるのも……面白そうで、少し楽しみね」
 霊にあるのは、未練や過去だけではない。きっと、未来もあるのだろう。白玉楼の姫は、未来に生きる過去の亡霊なのである。
お初。
花映塚みすちークリアして、鎮魂歌ってワードから広げたアフターを創作してみました。
という建前で嫁二人をからませたかっただけが本音。
oh!禍時
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.430簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
黒歴史になりそうな難しいテーマですね。もっと軽いのからでもいいとおも。

好きな組み合わせだから評価しちゃいます。