Coolier - 新生・東方創想話

こ目いじ製菓

2011/05/14 00:16:35
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「お姉ちゃんが好き」
 突然告白された。


 一気に蒸し暑くなってくる五月半ばの地霊殿。その一角の自室に掛けてくつろいでいたところ、可愛い妹が「おねーぇちゃんっ」と歌うように可愛く言うものだから、私はついつい「なーあに?」と同じ調子で返事をした。
 だけである。
 次の瞬間には愛の告白をされていた。

「これ、受け取ってください」
 妹は、綺麗に包装された細長い箱を、両手で差し出した。
 悪戯好きの妹のことだから、ははん、これはびっくり箱だろうと思った。あるいは、開けた瞬間に毒霧が噴き出すかもしれない。それで妹は言うのだ、「ドッキリでしたー」と。

「何かしら。開けていい?」
 両手で差し出されたものを両手で受け取って、何やら卒業式みたいだと思った。礼までしそうになる。
「うーん。しょうがないから、いいよ」
 妹は渋々だった。きっと自分まで毒霧を吸い込むのが嫌なんだろう。私にはやっぱり、嫌な予感しかしない。

 びりびり。私の手によって綺麗な包装紙が細かくちぎれていく。下手だった。私は手先が不器用なのである。箸より重たいものは猫しか持たない。
 こいしは凄く嫌な顔をした。

「……あれ?」
 箱から出てきたのはグーパンでも毒霧でも練乳とかでもなく、真ん中に丸形のチョコレートが三つと、両端にハート形のチョコレートが一つづつあるのだった。
 そのうちハート形のほうは苺色のものと白いものとがあり、丸型のそれと比べてひときわ目立っていた。
「あれ、って何。爆発でもすると思った?」
「ま、まさか」

 こいしはなぜ急にこんなものを用意したのだろう。目を閉じてからというもの突拍子も無い行動をすることが増えて、お姉ちゃんは心配である。
「製菓会社の戦略でチョコレートばらまくようになったミーハーなお祭りは三ヶ月前に過ぎたし……?」
「お姉ちゃん穿った見方しすぎ。それは怪しい新興宗教を作って民衆を扇動しようとした人に釘を刺した日ってだけよ」
「そっか」
 なるほど、こいしの好きそうなシチュエーションである。だけど、その日は三ヶ月ほど前に過ぎているのだが。

「今日は、五月十四日のこいしちゃんデーなのよ」
「こいしちゃんデー?」
「察し悪っ。五、一、四で、こ、い、し、って読めるでしょ。だからこいしちゃんデー」
「あぁ」
「反応小さっ」
 いちいち文句の多い妹である。
 わかったようなわからないような説明をするほうが悪いのだ。

「それとチョコレートと何の関係が?」
「え?」
「え?」
「関係はないよ? 作りたかっただけ」
 愚問であった。こいしはそういう奴である。こいしちゃんデーの説明は果たして必要だったのだろうか。


 一口サイズと言うにはちょっと大きい程度のチョコレートは、甘さにもよるが、五つ一気に食べるには多い気がした。私はしばしそれと見つめ合った。

「ハート形のチョコだけ色が違うのね」
「よくぞ気付いてくれました!」
 何とはなしに呟いた一言が、なぜかこいしに火を点けた。

「ちゃんと意味があるんだよ。あのね、ピンクのハートはね、お姉ちゃんなの。苺丸ごと入り」
「あら」
 私はその一言で真剣になった。こいしの言葉は、私にとって重大な意味を持っていた。
「白いほうが、わたしね。こっちはスナック入り」
「間にある、黒い三つは?」
「それはサトリよ」
 食べるのが勿体なく思えた。彼女もなかなか凝ったことをする。

 ピンク色の生きた心臓は、噛めば味わい深い生きた血肉が味わえる。だが白い心臓は死んでしまっている。中身はスカスカだろう。噛んで飲み込んで、それでおしまい、つまらない菓子だ。
 そんな私たちを繋ぐのは、三つの目。じっと真上を見ている、その視線は空虚だ。要らないものばかりを見て、要らない苦しみばかりを背負った瞳である。
 微笑ましいほど狂った愛情だった。これでは私を愛しているのか、責めているのかさえわからない。

 妹はこれをどれだけ頑張って作ったのか。エプロン姿の彼女は、厨房で何を見ていたのか。
「ありがとう。食べてもいいかしら」
 出来上がったチョコレートとこいしの笑顔を見て、私はこれ以上にこいしの解説を聞く気にならなかった。
「待って、食べる順番があるの。まず目玉から食べてね。それからわたしを食べて、最後にお姉ちゃん。あ、目玉はこのちょっと大きいのから食べるのよ」
「うん、わかった。……いただきます」
 まずサトリの第三の目を食べて、次に両目を食べよ。それから妹の死骸を頂いて、最後に己の身を喰い散らかせ、と。随分不躾な注文である。渋々ながら、一応言うことは聞いておく。

 第三の目はブラックチョコレート。というか、ほとんど苦いカカオの味しかしなかった。
 はっきり言って不味い。それでも妹の作ったものだと思いさえすれば、私の唇と舌は勝手に吸い付いて離れなくなった。まるで口付けをするようにちゅ、と音がして、溶けたチョコレートは私の舌を這って喉に絡み付いた。噎せ返るような香りが、私の身体の中へ溶け込んでいく。少しだけ苦しかったけど、やめないまま一言も発さず全てを溶かした。

 こいしは私がサトリを喰む様を、食い入るように見つめていた。どこか緊張しているような仕草にも思えて、不思議だった。

 サトリの両目は、もう少し甘い味付けがされていた。強烈な苦味の後の、気怠い甘みは私の心を捕らえて離さなかった。思わず両手をだらりと落としたこの心地は至福であった。
「おいしい」
 そう呟いた瞬間、こいしの肩の力も、ふっと弛緩した。

 最初に物凄く苦いものを食べさせるなんて、例えば私がこいしを知らない他人であったならば、このチョコレートはそれ以上食されず、すぐさま嫌われてしまっていただろう。
 言わばサトリとはそういう生き物なのである。しかし二つ目の甘いチョコレートに口付けするとどうだろう。恐らく誰もが魅了されてしまうのではなかろうか。苦しくも心の壁を取り除いた先では、誰も通ったことのない秘境を我が手にすることができる。

 サトリは先天的に接吻が上手だとかそうでもないだとか言われている。サトリの接吻を受け取るに相応しいのは、あの大きい心の苦味を嫌というほど味わった者である。サトリはそう簡単に心を開かない。いや、開けない。互いの心の痛みを取り払った後で、ようやく両の目で素直に見つめることができるようになる。
 サトリは決して恋をしないから。


 あっという間に二つ平らげると、残るのは私たち二人のハートだけだった。やけに、距離のあるハート。接吻をするのには最も遠い姉妹という関係。
 ところが二人ぼっちだった私たちは、それでも接吻を繰り返してきたのだった。

 地底を訪れる前から、私と一緒に心の痛みを乗り越え、傷を舐め合ったのは他でもない妹のこいしだった。何度キスをしたかなんてわからない。幾度肌に触れたかもわからない。私たちにはそれしかなかった。痛みを共有できるほどの相手は、同じ第三の目を持った姉妹しかいなかった。

 だが二人ぼっちを失った今、二人の距離はこのハート形のようだった。次に食すのは、死んで白く萎んだこいしの心である。
 私は躊躇った。この死骸を食べてなくしてしまうのは、二人ぼっちの時間を完全に失うことを意味する。少しばかりの未練が、どうしても袖を引っ張った。

「どしたのお姉ちゃん。飽きてきちゃった?」
「い、いえ……」
 見れば、こいしはサディスティックに思えるような笑みを浮かべていた。私を試しているのだろう。
 彼女は知っている。私の時間があのときのまま停止していることを。こいしがその目に銀のナイフを突き立てて、サトリでなくなったときから。心を読めなくなった妹に、私が盲目的な恋をし始めたときから。
 私はこいしの心を食べられないと。彼女は知っている。


「いじわる」
 こいしは私に似て意地が悪いところがある。貴方のことが好きで好きでたまらないという姉に向かって、平然と決裂を告げる。
 不安がらせて、愉しんでいる。
「どうして」
「こいしのハートなんて、食べられるわけない」
「えー。たんせーこめて作ったのにー」
 そう言いながらも、こいしは笑顔を崩さなかった。


 サトリの三つ目が、私のなかでぐるぐる回っている。こいしを喰らってはならぬ。それは今や叶わぬ夢、妹の自由を奪ってはならぬと囁いている。

 チョコレートを食べる順番には、私たち姉妹の歴史が含まれている。
 始めは孤独に耐えるただのサトリだった私たちだけれども、いつしかそれができなくなっていった。先に壊れたのはこいしだった。どういうわけか人間に恋をしてしまった彼女は、人間に化けて人里で暮らすようになった。
 もちろん長くなんて続かなかった。

 こいしは深く傷ついていた。私が人間の代わりになろうとしたけど、うまくいかなかった。心を読めない人間の振りなんて、できるはずもなかった。
 それでも何とかこいしを愛そうと思って、恋人同士のやりそうなことは何でもやってみた。彼女は不満を口にすることはなく、黙って愛情を享受した。くだらない遊戯ではあったけれど、繰り返すうち私たちは本当の恋人のようになった。自分が心を開けるのは姉しかいない妹しかいないと、互いに思い合った。私たちの間では、世界には二人のサトリ以外存在しなくなった。

 無論、そんなものはまやかしに過ぎなかった。サトリに恋などありえない。
 やがて地底で役職を戴くくらいになると、こいしの心は再び外を向き始めた。地底にだって居場所の少なかった動物たちを、拾ってくるようになった。じゃれて遊んで、楽しそうだった。こいしの心は幸せを感じていた。
 結局のところ、これだけで満足してしまうのがサトリという生き物だ。恋人なんて必要なかった。そんなまやかしを求めてしまうのは、気の狂った証拠でしかなかない。
 こいしが心を閉ざしたのは、そんなことに気付き始めた折だった。


「じゃあ、これはわたしが食べるね」
 そう言ってこいしは、白い心臓をひょいと掴み、いとも簡単にかじり付いた。
 さくさくと、スナックの音がする。ああ、なくなっていく。白いハートがなくなっていく。粉々に砕け散って、ハートでなくなってしまう。
 私は後悔した。この瞬間、あれだけ拒んでいたハートを途端に渇望するようになっていった。
 二、三もかじられれば、もうそこにこいしのチョコレートは存在しない。
 こいしを壊せるのは私だけだったというのに。なんて勿体ない。


 最後に残ってしまった、私の心臓。さぞ美味に作られたであろう、見た目も華やかな苺のチョコレートを、私は悔恨のあまり勢いよく頬張った。一口で食べるには少し大きいものを、無理やり口に押し込んだ。

 表面は、苺味がチョコレートと混ざり合った、甘すぎるほど甘い食感。だが一度硬い殻を割れば、なかにある苺の果肉から酸味の強い汁が一斉に溢れ出す。まるで心臓から血がどっと流れ出るかのように。
 容量を超えてものを含んだ口から、思わず汁が溢れそうになる。

 この瑞々しくも気色悪くうねる臓物こそが、私の心であった。こいしと比べられなかったのは残念だが、大方予想はできる。
 苦労して最後のチョコレートを飲み込むと、私の心は私の血肉になった。多少の満足感と寂寥感を覚えさせられつつ、こいしによる素敵な愛憎ショーは呆気なく幕を閉じた。

「ごちそうさま。美味しかったわ、最初の以外」
「あれはわざと不味く作ったのよ」
 やっぱり。
「いじわる」
 頬が勝手に緩んでいった。

 私の心は生きていた。サトリとして生きたままここにあった。こいしが心を閉じたことで、私は生きたまま恋を手にすることができた。
 チョコレートを食べ終えて、気が付いたのは自分のこいしへの思いだった。そもそもどうしてこんなに手の込んだお菓子作りをしたかといえば、私に気付いてもらいたかったのだ。変わってしまったこいしへ向けられた、変わってしまった私の思いに。
 恋人ごっこをやめて、恋人になりたかった。


 妹にどんな心境の変化があったのかはわからない。あれだけ外を向いていた彼女が、急に私をかき乱してくるなんて。
 私は立ち上がって、愛くるしく笑う妹に口付けした。唇と唇を触れ合わせて、それで彼女の心をさとろうとした。苺味のキスをしたまま、身体を抱き寄せる。妹は全く抗わず、私に全てを委ねた。

 心なんてわからなかった。
 恋心はますます大きくなった。
こいしの日なので、ちょっとシュールな感じで。
たぶんシュール。たぶん
oblivion
http://twitter.com/TalesofLige
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コメント



0.1580簡易評価
2.80つくし削除
ビターチョコレートであります。
6.90名前が無い程度の能力削除
いい
7.100奇声を発する程度の能力削除
ああ、今日か!
このお話読んで思い出した
11.100名前が無い程度の能力削除
これはいいもの。
こめいじちゅっちゅ
26.90名前が無い程度の能力削除
もやもやでよくわからないけど、なんかほのぼのほっこりした。
姉妹仲良くちゅっちゅしな。
30.100名前が無い程度の能力削除
姉妹仲がいいのはいいこと
31.80名前が無い程度の能力削除
恋をするのはおそろしいことなんでしょうね。
サトリにとっても、人間にとっても。
32.100かたる削除
食べることが、愛の最大表現。なのかもしれませんね。
39.90名前が無い程度の能力削除
二人は仲良し!