「ついに完成したわ……完全に自律して動く人形が」
「やったなアリス! おめでとう!」
魔理沙がお祝いの言葉を述べると、アリスは心底嬉しそうに笑った。
そして彼女はゆっくりと魔理沙の両手を取る。
アリスの手から暖かい感触が伝わってきて、ちょっと気恥しくなった魔理沙は口がほころんだ。
今、二人の目の前の机には一体の人形が置かれている。
ただの人形ではない。
魔力内燃機関を内蔵し、自らの意思で動くその名も上海人形Ver10.01。
アリスが今まで作った人形とは異なる、完全に自立して動く人形だ。
新しい上海人形は机の上に腰かけて、目をぱちくりとさせ、生みの親であるアリスに向ってしきりに手を伸ばしている。
その様子はまるで人間の赤ん坊そっくりだった。
それに、その目には知性を持った光が宿っている。
「ありがとう魔理沙……これもみんな、あなたが協力してくれたおかげよ。あなたがいなかったら、こんなに早く研究が完成することはなかったわ」
アリスは笑顔のままで、魔理沙を見つめ返してそう言う。
魔理沙はここ何年かアリスの研究を手伝ってきた。
最初は興味本位からだったものの、手伝ううちにこれが面白くなってきて、やがてアリスの家に入り浸るようになった。
アリスとは会うたびにいつも皮肉を言い合ってしまって、お互い素直に親しみあえない仲だった。
だけどこんなに嬉しそうな笑顔を見せてくれるんだったら、もっと早く手伝ってあげておけばよかったと思う。
「よせやい、私とアリスの仲じゃないか。私たちはパートナーだろ?」
「うふふ。ありがとう」
「えへへ」
二人はお互いに、こみあげてくる喜びを自制しながら少し気恥ずかしそうに笑い合った。
魔理沙も一緒に手伝って努力したから、アリスの苦労や自律人形に掛ける意気込みは充分すぎるくらい知っている。
今は素直に友達の偉業を讃えてあげたい気持ちでいっぱいだ。
「今まで本当にありがとう。あなたに出会えて、これまでの間、本当に本当に楽しかった」
ん? とアリスの言葉におかしなものを感じて、魔理沙は笑うのをやめ、アリスの方に顔を向ける。
「これで心おきなく旅立てるわ」
続けてアリスが漏らした言葉も、やっぱり不思議に感じた。
「へっ? 何言ってんの?」
一瞬何を言われているのかわからなかった。
アリスは何と言ったのだろう。旅立つ……?
「まるで別れの言葉みたいだぜ……?」
「えっ? ……お別れよ? さようなら、魔理沙」
アリスはきょとんとした顔で意外そうに言う。
「エッ、えっ? どういうこと?」
「…………? どうもこうもないわよ。目的を果たしたから私は消えるんじゃない」
「えっ……消える? 消えるってなんだよ、何を言ってるの?」
魔理沙は声を荒げる。
眉間に皺が寄る。
アリスが何を言っているのかわからなかった。
もしかして本当に知らないの? アリスは逆に驚いて意外そうな顔を魔理沙に向ける。
「だって、私は妖怪なのよ?」
「それが、それがなんなんだよ?! おかしな冗談はよせよ!」
「ほんとうに知らないのね……」
アリスは魔理沙の手をとったまま、椅子に座るように促した。
二人はそのままの姿勢で工房の椅子に席を下す。
目覚めたばかりの上海人形は、机にぺたんと尻をついたまま、二人の様子をきょとんとした表情で眺めている。
魔理沙は状況がわからず不安げな様子だ。
その魔理沙の目を見ながら、アリスは両の掌に包み込むように、魔理沙の右手を優しく撫でる。
そして諭すように話しかけた。
「魔理沙、魔法使いとは何?」
「何だよ一体? 急に問答か?」
「答えて。魔法使いとは一体どういうもの? 何を目的として存在している?」
アリスの口調はことのほか真剣に聞こえる。
まなざしもまっすぐに魔理沙の瞳を覗き込んでいるけど、どこか寂しそうに見える。
「え、えっと魔法使いは……」
言われて魔理沙も自分の師に教わったことを思い出す。
それは不文律のようでもあり伝統のようでもあり魔法使いが魔法使いたらんとする精神を要訳した言葉。
「魔法使いは、魔法使いは技を修めるために生きる。己の完璧な技を修め、誰にもそれを伝えること無く、完成したそれをただその内に抱き続けるために」
「そう。魔法使いの技はそれを修養すること自体が魔法使いの目的なの。理由だとか、技を治めて何かに活用しようと考えることは魔法使いにとっては下賤な行為でしかないわ。言ってみれば手段こそが目的なの」
アリスは魔理沙に語って聞かせる。
ただひたすらに魔法を研究して、己の技を完成に導くことが魔法の道の目指すところであり、完成した後のことや、使い方なんてのは二の次だ。
それが魔法使いと言う生き物。
そしてアリスは魔法使いという妖怪なのだ。
『自律人形を研究する』という目的を持った魔法使いと言う種族の妖怪。
「妖怪と言うのはね、魔理沙。精神そのものなのよ。私は『自律人形を作る』という精神を象徴した存在。だから、自律して動く人形が完成してしまえば、私という存在は意味がなくなるの。だから消える」
「そんな!」
アリスは一種達観した物言いをする。
アリスは自分の死を受け入れている。いや、当然のものとしか捉えていないのだ。
自律人形の研究が完遂すれば妖怪アリス・マーガトロイドは消える。
それが自然の摂理だとアリスは考えている。
人間にとっては奇特にすぎる思考だが、肉体に捕らわれて生きる人間と、精神体である妖怪では考え方が根本から違うのだ。
「アリス!? 体が!?」
先程までの言葉の通り、アリスの体がうっすらと透明になってきていた。
「え、嘘だろ? なにこれ」
アリスの手を取って、魔理沙の額に冷や汗が走る。
おかしい、おかしいじゃないか。体温が伝わらないなんて。
まるで死んだように冷たい……まるで実在していないみたいに。
心の中で警告のアラームがかんかん鳴る。
アリスの手がどんどんと薄くなっていく。このままだと。
「アリス! いやだよ消えないでよ! ずっと一緒に居るって約束したじゃないか! 私たちは最高のパートナーだって、あ、あの夜、月の異変の時に誓いあったじゃないか!」
「さようなら魔理沙……今までありがとう……本当に、本当に幸せだった……」
アリスは幸せな、満足そうな笑みを浮かべている。
魔理沙はそんな馬鹿なことってあるもんかと心の中で何度も唱える。
首をぶんぶんと振る。
冗談めかしている。こんな突然で唐突な馬鹿げた、別れなんて、あるはずがない。
「アリス!!」
魔理沙のアリスを掴んでいた手が宙を切った。
だらんとその手が力なく部屋の中に垂れさがる。
アリスは本当に消えた。
幸せそうな悲しそうな微笑みを浮かべながら。
「そんな……ウソだろ。何かの冗談なんだろ? どっかに隠れたのか? アハハ、いつの間にスキマの術なんて覚えたんだ? あれは紫しか使えないはずだろ? 人形使いのお前が使うなんて反則だぜ。どこに隠れたんだよー、オイ、こんな冗談全然面白くないぜ? あ、あ、あ、アリス、アリス! 出てきてよー、う、嘘だって言ってよ!……」
魔理沙はアリスの居なくなった部屋で一人叫ぶ。
その声ががらんとした部屋に響いた。
答えるものはいない。
沈黙がしばらく続いた。
そのすぐ後に。
「妖怪だからね。仕方ないわね」
女の子の声がした。
いつの間にか、魔理沙の後ろに誰か立っていた。
振り向く。
無表情で立っていたのは霊夢だった。
いつの間にアリスの部屋に入ったのだろうと一瞬疑問に思うが、それよりも魔理沙は先ほど投げかけられた言葉に反応した。
「霊夢!? なんだよ、その言い方……アリスが消えちゃったんだぞ! お前は何も感じないのかよ!」
「だって、妖怪ってそういうものだから……あんた、知らなかったの?」
さも当然といった様子で霊夢は言った。
知らないで妖怪と付き合っていたの? 霊夢は哀れなものを見る目で床にへたりこんだ自分を見下ろしてくる。
「そ……そんなの納得いくかよ! 見ていろ!」
魔理沙は走り出すと、窓からジャンプし、箒に乗って空に飛び立った。
目指すは竹林にあるあの場所だ。
竹林の中の永遠亭には、不死の力を持った奴らがいる。そいつらなら、何か方法を知っているはずだ。
根拠はないがそう考えた。
アリスを生き返らせるんだ。
必ず。自分の手で。
「えっ!? 輝夜も永琳もいない? どうして!」
永遠亭の玄関に出てきた月の兎に、魔理沙は食ってかかる。
「姫様も永琳様も、月へ帰っちゃったわ」
「そんな!? なんでいきなり!?……」
「月のお偉方に不幸があったの。それで王族もいくらか移動して。過去の罪も恩赦ということになったらしいわ。それで姫様たちはお葬式に出るために月に帰ったの」
お葬式。兎が漏らしたその言葉は、まるで何かの暗示みたいに聞こえる。
いやいや、アリスのお葬式なんて出させてたまるか!
「なんの、この郷はまぼろしの郷と言われてるんだ! 蓬莱の薬でなくたって、不死の霊薬なんていくらでもあるさ! アムリタにアンブロジアに桃の味のするどろっとしたネクターに、ティルナノーグにマナに人魚の肉! ほら、不死の力があるって言われている薬は、こんなにあるんだ! 何だって手に入れて、必ずアリスを助けてやる!」
魔理沙は意気ごみ、箒に乗って幻想郷中駆けずり回った!
そして遂に彼女は見つけたのだ。伝説になってしまった不死の薬の一つを。
「どうだ! これがインドの神々が生命の乳海を攪拌して作った不死の薬、アムリタだ!」
ほどなくして、不死の薬が入った瓶を抱えて魔理沙が魔法の森に戻ってきた。
「よしこれをアリスに飲ませて! 待ってろよ、アリス。すぐに助けてやるからな!」
だけどあわてていた魔理沙は、アリスの家の前まで来たところでその瓶をこぼしてしまう。
「あっ、あっ!」
とくとくとくとくと、液体が瓶の口から流れ出て地面に吸い込まれていく。
希望が。
アリスの命が。
二人で一緒に過ごした、たいせつなたいせつな時間が。
「あ、ああ……ああ……」
地面に突っ伏したままで、魔理沙の顔が情けなく歪む。
涙ぐむ。すぐにぼろぼろと大粒の涙が地面に垂れるが、それも地面に端から吸い込まれていく。
「あきらめなさい、あんたおかしくなってるわよ? 体ごと消えちゃったのに、そんな薬なんてどうやって飲ませるつもりなのよ」
いつの間にか霊夢が目の前に立っていて叫んだ。
「だって、だって……私はアリスと。ずっと一緒にいるって約束したんだ。だから、アリスが死ぬはずないから、だから」
霊夢の方を見て、自分は鼻を垂らしながら懇願している。
「なあ、アリスが消えたなんて、死ぬなんてそんなのウソだろ? だってあいつはすごく力の強い魔法使いで、私みたいな田舎者より何倍も頭が良くて……優しくて……だから」
言ってることに理屈なんてこれっぽっちもない。
霊夢に嘘だって言ってほしかった。
誰でもよかった。アリスが死んだなんて、嘘だって言ってくれる人なら。
生きて動いているアリスを見せてくれるなら。
だって、こんなの、おかしいじゃないか。
何かの間違いだ。何かの悪夢に違いない。
そうだ。良く考えたら、何だか現実感がないじゃないか。
霊夢だって突然目の前に現れたし、魔法の森の景色だってぼやけていて……まるで夢みたいに……
……夢?
その瞬間だった。どこまでもどこまでも落ち込んでいく印象を覚えた。
自由落下の感覚。重力に釣られてどこまでも引っ張られていく感覚を感じた。
そして唐突な着地感。
「うわっ!?」
午前の空気のにおい。ベッドの上。はだけたシーツ。見覚えのある散らかった部屋の景色。
ちゅんちゅん雀が鳴く声がカーテン越しに淡い光と共に部屋の中に浸透してきている。
(もしかして……)
ぼっとしてしばらく思考がまとまらない。
が、この状態は俗には寝ぼけてる、って言うんじゃないか。
(夢……夢ぇ!?)
まさかの夢オチに愕然とする魔理沙。
さっきまで目の前に映っていた内容を思い出す。
安堵と同時に、なんだよそれ、と怒りがこみ上げてくる。
しかし、ベッドの頭の方角を見てはっとなる。
しばしの間身体に悪寒が走った。
昨日寝る前にベッドの木枠の部分に自分が置いた白い小瓶が見えたのだ。
その瓶のラベルには、達筆な明朝体でこう書かれていた。
『胡蝶夢丸カサンドラタイプ』
魔理沙はその瓶を購入した数日前の事を思い出す。
竹林近くにぶらっと遊びに行った時に、薬の箱を抱えて行商に行く途中だったあの月の兎と出会った。
鈴仙は丁度良いところで出会ったと魔理沙を呼び留め、自分が持っていた箱から一本の薬瓶を取り出した。
『試供品の薬?』
『そう。師匠が新しく作ったんだけど、モニターしてくれる人を探していたんだよ』
『ふーん、何の薬?』
『大筋は以前の胡蝶夢丸と同じなんだけど……これはね、少し先の未来が夢で見れるっていう代物なの』
『未来だって?』
『うん。つまりは予知夢が見れるってことね。あんまり自由にいつでもどこでも見れるわけじゃないけど。夢の内容は、まあ精度の高い占い程度のものだと思ってくれればいいかな』
『へー、仕掛けが気になるけど。まあ本当に未来が見れるかどうかは疑問だが、いいぜ、面白そうだ。一つもらってくぜー』
『まいどありー♪』
そんなやり取りがあった矢先である。
魔理沙の顔がしばしの間蒼白になる。
しかしすぐに魔理沙はあわてて走り出し、着替えをすませると箒片手に二階の窓から飛び出した。
そしてアリス亭。
二階の寝室でシーツを片付けていたアリスの前、窓ガラスがばたんと開く。
見覚えのある黒白姿が飛び込んできた。
「あら魔理沙、何でいつも窓から入ってくるのよ、ってうわわ!?」
部屋に入るなり魔理沙はアリスの腰に両手を回し、しがみついた。
勢いが着いていたので、タックルしたような形になる。
びっくりしてアリスが抱えていたシーツが部屋中に散らかった。
魔理沙の方が背が低く、魔理沙の頭がアリスの胸にうずもれる形になる。
突然のことにアリスはうろたえる。
「なになに? 急にどうしたの?」
「アリス! もう離さないからなっ!」
「な、なんなの? きゃー」
ぎゅっと抱きつかれたので、バランスを崩してそのままベッドに倒れ込む二人。
「なになになんなの急に一体どうしたのよ」
上半身を起こして、自分の腹から背中にぐるりと手をまわした魔理沙に尋ねる。
魔理沙が自分を抱く仕種には熱がこもっているし、自分の胸にうずまっている彼女の頬は赤くなっている。
どうやら涙ぐんでいるらしい。感極まっているといった状態だ。
何事かわからないが、とりあえず興奮している魔理沙の頭に手を置いてあやしながら事情を尋ねるアリス。
「えっ? 私が消えちゃう夢を見た? また急になんで」
魔理沙はアリスにべったりとくっついて離れない。
まるでお姉さんに甘える妹みたいだ。
片時も無駄にしたくないから一緒にいると言った感じで、貼りついてしまって取れない。
もう何で急にこんなに可愛くなっちゃったのか。
自分に懐いてくれているので悪い気はしないが、これでは身動きが取れない。
「でも弱ったわ。これじゃ人形の研究ができない……」
「なにっ!? 人形の研究? まさか自律人形を作るつもりじゃないだろうなっ?」
「そりゃそうよ。今はちょうど仕事にとりかかる時間なの。いつも午前中は道具の手入れと在庫のチェックから始めて」
「ダメだダメだ! 絶対にそんなことさせないぞ!」
「ええっ!? やだちょっともう! 離してよ、午前中はいつも作業をするって決めてるんだから」
「離さないぞ! 自律人形が完成しちゃったら消えちゃうつもりなんだろ!」
「なんのこと~~?」
魔理沙は涙ぐみながら、なおさらアリスを強く抱く。
そんな風に魔理沙がアリスとくっついてしまっていた頃、博麗神社では。
小さな拝殿兼住居の真ん中に、わきわきと起き上がる紅白巫女の姿があった。
横には酔っ払って、腹を出したまま寝ている萃香がいる。
畳の上には酒瓶がごろんと三本転がっていた。
二升は萃香が空けたが、自分も一升分は飲んだようだ。
酒以外にもいろいろ飲んでた気がする。とっくりに紛れて小さな瓶が机の上に転がっていた。
見覚えがある。
確か、鈴仙に試供品と言われてもらった瓶。
そしてまたアリス亭。
バタンという大きな音が響いて、ドアが開かれた。
超特急で魔法の森までやって来た霊夢が、アリスの部屋の中にずんずんと入ってくる。
部屋の真ん中、ベッドの上では丁度アリスと魔理沙が抱き合っていた。
「れ、霊夢? これは決してやましいことをしているわけではっ!?」
アリスが言い終らないうちに彼女の額の中心で、びたっと音がした。
「いたっ!? なに? 御札? キョンシー?」
びたっびたっ。
霊夢は続けざまにアリスにお札を貼っていく。
「いたっ、いたっ。ちょちょっ、いったいなんなの?」
「私が、私が守ってあげるからっ!」
見ればお札を貼り付けた霊夢の目は涙ぐんでいるし、鼻をちょっとすすっていて、頬が上気している。
何か悲しいものを見て泣いてしまったような感じだ。
「いや、意味分かんないんですけども。それに私、妖怪だからこのお札微妙に痛いんですけども」
びたっ。
「いたっ! ちょっ、どんだけ貼るつもりなのよ!?」
霊夢が貼っているのは厄除け祈願のお札だった。
お札には浄化の効果があるせいか、妖怪にも微妙に効いているため、アリスは体がびりびり痺れた。
感覚的には皮膚に唐辛子を塗られているのに近い。
痛みを訴えるアリスの小さな悲鳴も、涙をこぼしながら一心不乱にお札を貼り続ける霊夢には届いていない。
とっても懸命な表情だ。
どうも必死にアリスを何らかの災害から守ろうとしているらしい。
あっというまにアリスは全身にお札を貼られ、妖怪お札お化けになってしまった。
「……」
ぶひゅっ、っと音がした。顔一面が埋まっているので、アリスの口にお札が入ったのだ。
所変わって、紅魔館の地下の図書館。
むっきゅりと起き上がる紫魔女の姿があった。
昨日はレミリアと話をした後、徹夜で調べ物をしていて、そのままデスクの上で寝てしまったのだった。
なぜか腫れた目をこすって机の上を見渡すと、見覚えのある小瓶が転がっているのが目についた。
昨日栄養ドリンクだと思ってガブ飲みしたが、どうやら間違っていたらしい。
ラベルにはきれいな明朝体で気になることがかかれている。
紫魔女はさっきまで見ていた妙な夢のことを思い出す。その夢のせいで目が腫れているのだ。
そしてまたアリス亭。
ズガン!!
壁に唐突に穴が空いた。誰かが爆発の魔法を使ったのだ。
その穴から登場したのは、右手を掲げ、左小脇に魔道書を挟み、眠そうな目を赤くはらしたむっきゅり魔女だった。
「ひぃっ、また来た!?」
パチュリーもずかずかと歩いて部屋の真ん中まで来ると、霊夢と魔理沙に抱きつかれているアリスの空いている左手を取った。
「安心してアリス、教皇庁の追跡者はまだ来ていないわ。今から結界を張れば十分に間に合う」
「なんのことなんですか。教皇庁ってなんなんですか」
「異端審問会がいくら魔女狩りをしようと刺客を放ってきても大丈夫。あなたと私、二人で撃退するのよ! 私達は最後の魔法使いの生き残り、運命が選んだ二人なんだから!」
「ぜんぜん話が見えないんですけど??」
「そう、あなたはまだ昔の記憶を取り戻せていないのね。大丈夫、安心して。全部私にまかせておけばいいわ!」
パチュリーはかなり自分の世界に入ってしまっているようで、わけのわからないことを一人で口走っている。
彼女はいきなり魔法を発動させると、アリスの家の周りに結界を張った。
これでたぶん、いるはずの無い敵が襲ってきたとしても、何の心配もないだろう。
アリスの身体に、彼女を慕う三人の少女がぎゅっと貼りついた形となった。
魔理沙が下半身にしがみついて中央を押さえ、霊夢が右手に腕をまわし、パチュリーが左手を握り締めて左右を固める。
完璧な布陣だ。
三人の意思は一致している。できる限り、アリスの側に着いて、彼女を守りとおす。
「なんなのよ、これ~~!?」
穴の空いた部屋の中に、三人に挟まれたアリスの絶叫がこだました。
……その頃竹林の中の永遠亭では。
「ねえ、鈴仙。ちょっと」
「何ですか? 師匠」
「薬棚の右隅に置いてあった白い瓶知らない?」
「いいえ? 知りませんけど」
「おかしいわねえ。誰か間違って持っていったのかしら」
「何の薬だったんですか?」
「胡蝶夢丸ナイトメアタイプの別品なんだけど。今一番気にしている人に、不幸があるという悪夢を見るように改良したの」
「い? そんなの改良って言うんですか? 何の意味が?」
「喧嘩してる人同士に飲ませるでしょ」
「はい」
「そしたらその人の有難みがわかって仲直りできる、っていうのはどう?」
「そんなことのためにわざわざ作ったんですかあ? でも、私は知らないですよ。いったい誰が持って行ったんでしょう?」
「うーん。どこいったのかしら。ちょっと探すの手伝ってくれる?」
「はーい」
永琳と鈴仙が話している部屋の廊下では、因幡てゐが口を抑えながらほくそ笑んでいた。
年を経た妖怪うさぎは、完璧な変化術を身に着けている。
永遠亭の中でもその事実を知る物は少ない。
その後、竹林の中にうさうさと鳴き声が響き渡ったかどうかは、誰も知らないのであった。
「やったなアリス! おめでとう!」
魔理沙がお祝いの言葉を述べると、アリスは心底嬉しそうに笑った。
そして彼女はゆっくりと魔理沙の両手を取る。
アリスの手から暖かい感触が伝わってきて、ちょっと気恥しくなった魔理沙は口がほころんだ。
今、二人の目の前の机には一体の人形が置かれている。
ただの人形ではない。
魔力内燃機関を内蔵し、自らの意思で動くその名も上海人形Ver10.01。
アリスが今まで作った人形とは異なる、完全に自立して動く人形だ。
新しい上海人形は机の上に腰かけて、目をぱちくりとさせ、生みの親であるアリスに向ってしきりに手を伸ばしている。
その様子はまるで人間の赤ん坊そっくりだった。
それに、その目には知性を持った光が宿っている。
「ありがとう魔理沙……これもみんな、あなたが協力してくれたおかげよ。あなたがいなかったら、こんなに早く研究が完成することはなかったわ」
アリスは笑顔のままで、魔理沙を見つめ返してそう言う。
魔理沙はここ何年かアリスの研究を手伝ってきた。
最初は興味本位からだったものの、手伝ううちにこれが面白くなってきて、やがてアリスの家に入り浸るようになった。
アリスとは会うたびにいつも皮肉を言い合ってしまって、お互い素直に親しみあえない仲だった。
だけどこんなに嬉しそうな笑顔を見せてくれるんだったら、もっと早く手伝ってあげておけばよかったと思う。
「よせやい、私とアリスの仲じゃないか。私たちはパートナーだろ?」
「うふふ。ありがとう」
「えへへ」
二人はお互いに、こみあげてくる喜びを自制しながら少し気恥ずかしそうに笑い合った。
魔理沙も一緒に手伝って努力したから、アリスの苦労や自律人形に掛ける意気込みは充分すぎるくらい知っている。
今は素直に友達の偉業を讃えてあげたい気持ちでいっぱいだ。
「今まで本当にありがとう。あなたに出会えて、これまでの間、本当に本当に楽しかった」
ん? とアリスの言葉におかしなものを感じて、魔理沙は笑うのをやめ、アリスの方に顔を向ける。
「これで心おきなく旅立てるわ」
続けてアリスが漏らした言葉も、やっぱり不思議に感じた。
「へっ? 何言ってんの?」
一瞬何を言われているのかわからなかった。
アリスは何と言ったのだろう。旅立つ……?
「まるで別れの言葉みたいだぜ……?」
「えっ? ……お別れよ? さようなら、魔理沙」
アリスはきょとんとした顔で意外そうに言う。
「エッ、えっ? どういうこと?」
「…………? どうもこうもないわよ。目的を果たしたから私は消えるんじゃない」
「えっ……消える? 消えるってなんだよ、何を言ってるの?」
魔理沙は声を荒げる。
眉間に皺が寄る。
アリスが何を言っているのかわからなかった。
もしかして本当に知らないの? アリスは逆に驚いて意外そうな顔を魔理沙に向ける。
「だって、私は妖怪なのよ?」
「それが、それがなんなんだよ?! おかしな冗談はよせよ!」
「ほんとうに知らないのね……」
アリスは魔理沙の手をとったまま、椅子に座るように促した。
二人はそのままの姿勢で工房の椅子に席を下す。
目覚めたばかりの上海人形は、机にぺたんと尻をついたまま、二人の様子をきょとんとした表情で眺めている。
魔理沙は状況がわからず不安げな様子だ。
その魔理沙の目を見ながら、アリスは両の掌に包み込むように、魔理沙の右手を優しく撫でる。
そして諭すように話しかけた。
「魔理沙、魔法使いとは何?」
「何だよ一体? 急に問答か?」
「答えて。魔法使いとは一体どういうもの? 何を目的として存在している?」
アリスの口調はことのほか真剣に聞こえる。
まなざしもまっすぐに魔理沙の瞳を覗き込んでいるけど、どこか寂しそうに見える。
「え、えっと魔法使いは……」
言われて魔理沙も自分の師に教わったことを思い出す。
それは不文律のようでもあり伝統のようでもあり魔法使いが魔法使いたらんとする精神を要訳した言葉。
「魔法使いは、魔法使いは技を修めるために生きる。己の完璧な技を修め、誰にもそれを伝えること無く、完成したそれをただその内に抱き続けるために」
「そう。魔法使いの技はそれを修養すること自体が魔法使いの目的なの。理由だとか、技を治めて何かに活用しようと考えることは魔法使いにとっては下賤な行為でしかないわ。言ってみれば手段こそが目的なの」
アリスは魔理沙に語って聞かせる。
ただひたすらに魔法を研究して、己の技を完成に導くことが魔法の道の目指すところであり、完成した後のことや、使い方なんてのは二の次だ。
それが魔法使いと言う生き物。
そしてアリスは魔法使いという妖怪なのだ。
『自律人形を研究する』という目的を持った魔法使いと言う種族の妖怪。
「妖怪と言うのはね、魔理沙。精神そのものなのよ。私は『自律人形を作る』という精神を象徴した存在。だから、自律して動く人形が完成してしまえば、私という存在は意味がなくなるの。だから消える」
「そんな!」
アリスは一種達観した物言いをする。
アリスは自分の死を受け入れている。いや、当然のものとしか捉えていないのだ。
自律人形の研究が完遂すれば妖怪アリス・マーガトロイドは消える。
それが自然の摂理だとアリスは考えている。
人間にとっては奇特にすぎる思考だが、肉体に捕らわれて生きる人間と、精神体である妖怪では考え方が根本から違うのだ。
「アリス!? 体が!?」
先程までの言葉の通り、アリスの体がうっすらと透明になってきていた。
「え、嘘だろ? なにこれ」
アリスの手を取って、魔理沙の額に冷や汗が走る。
おかしい、おかしいじゃないか。体温が伝わらないなんて。
まるで死んだように冷たい……まるで実在していないみたいに。
心の中で警告のアラームがかんかん鳴る。
アリスの手がどんどんと薄くなっていく。このままだと。
「アリス! いやだよ消えないでよ! ずっと一緒に居るって約束したじゃないか! 私たちは最高のパートナーだって、あ、あの夜、月の異変の時に誓いあったじゃないか!」
「さようなら魔理沙……今までありがとう……本当に、本当に幸せだった……」
アリスは幸せな、満足そうな笑みを浮かべている。
魔理沙はそんな馬鹿なことってあるもんかと心の中で何度も唱える。
首をぶんぶんと振る。
冗談めかしている。こんな突然で唐突な馬鹿げた、別れなんて、あるはずがない。
「アリス!!」
魔理沙のアリスを掴んでいた手が宙を切った。
だらんとその手が力なく部屋の中に垂れさがる。
アリスは本当に消えた。
幸せそうな悲しそうな微笑みを浮かべながら。
「そんな……ウソだろ。何かの冗談なんだろ? どっかに隠れたのか? アハハ、いつの間にスキマの術なんて覚えたんだ? あれは紫しか使えないはずだろ? 人形使いのお前が使うなんて反則だぜ。どこに隠れたんだよー、オイ、こんな冗談全然面白くないぜ? あ、あ、あ、アリス、アリス! 出てきてよー、う、嘘だって言ってよ!……」
魔理沙はアリスの居なくなった部屋で一人叫ぶ。
その声ががらんとした部屋に響いた。
答えるものはいない。
沈黙がしばらく続いた。
そのすぐ後に。
「妖怪だからね。仕方ないわね」
女の子の声がした。
いつの間にか、魔理沙の後ろに誰か立っていた。
振り向く。
無表情で立っていたのは霊夢だった。
いつの間にアリスの部屋に入ったのだろうと一瞬疑問に思うが、それよりも魔理沙は先ほど投げかけられた言葉に反応した。
「霊夢!? なんだよ、その言い方……アリスが消えちゃったんだぞ! お前は何も感じないのかよ!」
「だって、妖怪ってそういうものだから……あんた、知らなかったの?」
さも当然といった様子で霊夢は言った。
知らないで妖怪と付き合っていたの? 霊夢は哀れなものを見る目で床にへたりこんだ自分を見下ろしてくる。
「そ……そんなの納得いくかよ! 見ていろ!」
魔理沙は走り出すと、窓からジャンプし、箒に乗って空に飛び立った。
目指すは竹林にあるあの場所だ。
竹林の中の永遠亭には、不死の力を持った奴らがいる。そいつらなら、何か方法を知っているはずだ。
根拠はないがそう考えた。
アリスを生き返らせるんだ。
必ず。自分の手で。
「えっ!? 輝夜も永琳もいない? どうして!」
永遠亭の玄関に出てきた月の兎に、魔理沙は食ってかかる。
「姫様も永琳様も、月へ帰っちゃったわ」
「そんな!? なんでいきなり!?……」
「月のお偉方に不幸があったの。それで王族もいくらか移動して。過去の罪も恩赦ということになったらしいわ。それで姫様たちはお葬式に出るために月に帰ったの」
お葬式。兎が漏らしたその言葉は、まるで何かの暗示みたいに聞こえる。
いやいや、アリスのお葬式なんて出させてたまるか!
「なんの、この郷はまぼろしの郷と言われてるんだ! 蓬莱の薬でなくたって、不死の霊薬なんていくらでもあるさ! アムリタにアンブロジアに桃の味のするどろっとしたネクターに、ティルナノーグにマナに人魚の肉! ほら、不死の力があるって言われている薬は、こんなにあるんだ! 何だって手に入れて、必ずアリスを助けてやる!」
魔理沙は意気ごみ、箒に乗って幻想郷中駆けずり回った!
そして遂に彼女は見つけたのだ。伝説になってしまった不死の薬の一つを。
「どうだ! これがインドの神々が生命の乳海を攪拌して作った不死の薬、アムリタだ!」
ほどなくして、不死の薬が入った瓶を抱えて魔理沙が魔法の森に戻ってきた。
「よしこれをアリスに飲ませて! 待ってろよ、アリス。すぐに助けてやるからな!」
だけどあわてていた魔理沙は、アリスの家の前まで来たところでその瓶をこぼしてしまう。
「あっ、あっ!」
とくとくとくとくと、液体が瓶の口から流れ出て地面に吸い込まれていく。
希望が。
アリスの命が。
二人で一緒に過ごした、たいせつなたいせつな時間が。
「あ、ああ……ああ……」
地面に突っ伏したままで、魔理沙の顔が情けなく歪む。
涙ぐむ。すぐにぼろぼろと大粒の涙が地面に垂れるが、それも地面に端から吸い込まれていく。
「あきらめなさい、あんたおかしくなってるわよ? 体ごと消えちゃったのに、そんな薬なんてどうやって飲ませるつもりなのよ」
いつの間にか霊夢が目の前に立っていて叫んだ。
「だって、だって……私はアリスと。ずっと一緒にいるって約束したんだ。だから、アリスが死ぬはずないから、だから」
霊夢の方を見て、自分は鼻を垂らしながら懇願している。
「なあ、アリスが消えたなんて、死ぬなんてそんなのウソだろ? だってあいつはすごく力の強い魔法使いで、私みたいな田舎者より何倍も頭が良くて……優しくて……だから」
言ってることに理屈なんてこれっぽっちもない。
霊夢に嘘だって言ってほしかった。
誰でもよかった。アリスが死んだなんて、嘘だって言ってくれる人なら。
生きて動いているアリスを見せてくれるなら。
だって、こんなの、おかしいじゃないか。
何かの間違いだ。何かの悪夢に違いない。
そうだ。良く考えたら、何だか現実感がないじゃないか。
霊夢だって突然目の前に現れたし、魔法の森の景色だってぼやけていて……まるで夢みたいに……
……夢?
その瞬間だった。どこまでもどこまでも落ち込んでいく印象を覚えた。
自由落下の感覚。重力に釣られてどこまでも引っ張られていく感覚を感じた。
そして唐突な着地感。
「うわっ!?」
午前の空気のにおい。ベッドの上。はだけたシーツ。見覚えのある散らかった部屋の景色。
ちゅんちゅん雀が鳴く声がカーテン越しに淡い光と共に部屋の中に浸透してきている。
(もしかして……)
ぼっとしてしばらく思考がまとまらない。
が、この状態は俗には寝ぼけてる、って言うんじゃないか。
(夢……夢ぇ!?)
まさかの夢オチに愕然とする魔理沙。
さっきまで目の前に映っていた内容を思い出す。
安堵と同時に、なんだよそれ、と怒りがこみ上げてくる。
しかし、ベッドの頭の方角を見てはっとなる。
しばしの間身体に悪寒が走った。
昨日寝る前にベッドの木枠の部分に自分が置いた白い小瓶が見えたのだ。
その瓶のラベルには、達筆な明朝体でこう書かれていた。
『胡蝶夢丸カサンドラタイプ』
魔理沙はその瓶を購入した数日前の事を思い出す。
竹林近くにぶらっと遊びに行った時に、薬の箱を抱えて行商に行く途中だったあの月の兎と出会った。
鈴仙は丁度良いところで出会ったと魔理沙を呼び留め、自分が持っていた箱から一本の薬瓶を取り出した。
『試供品の薬?』
『そう。師匠が新しく作ったんだけど、モニターしてくれる人を探していたんだよ』
『ふーん、何の薬?』
『大筋は以前の胡蝶夢丸と同じなんだけど……これはね、少し先の未来が夢で見れるっていう代物なの』
『未来だって?』
『うん。つまりは予知夢が見れるってことね。あんまり自由にいつでもどこでも見れるわけじゃないけど。夢の内容は、まあ精度の高い占い程度のものだと思ってくれればいいかな』
『へー、仕掛けが気になるけど。まあ本当に未来が見れるかどうかは疑問だが、いいぜ、面白そうだ。一つもらってくぜー』
『まいどありー♪』
そんなやり取りがあった矢先である。
魔理沙の顔がしばしの間蒼白になる。
しかしすぐに魔理沙はあわてて走り出し、着替えをすませると箒片手に二階の窓から飛び出した。
そしてアリス亭。
二階の寝室でシーツを片付けていたアリスの前、窓ガラスがばたんと開く。
見覚えのある黒白姿が飛び込んできた。
「あら魔理沙、何でいつも窓から入ってくるのよ、ってうわわ!?」
部屋に入るなり魔理沙はアリスの腰に両手を回し、しがみついた。
勢いが着いていたので、タックルしたような形になる。
びっくりしてアリスが抱えていたシーツが部屋中に散らかった。
魔理沙の方が背が低く、魔理沙の頭がアリスの胸にうずもれる形になる。
突然のことにアリスはうろたえる。
「なになに? 急にどうしたの?」
「アリス! もう離さないからなっ!」
「な、なんなの? きゃー」
ぎゅっと抱きつかれたので、バランスを崩してそのままベッドに倒れ込む二人。
「なになになんなの急に一体どうしたのよ」
上半身を起こして、自分の腹から背中にぐるりと手をまわした魔理沙に尋ねる。
魔理沙が自分を抱く仕種には熱がこもっているし、自分の胸にうずまっている彼女の頬は赤くなっている。
どうやら涙ぐんでいるらしい。感極まっているといった状態だ。
何事かわからないが、とりあえず興奮している魔理沙の頭に手を置いてあやしながら事情を尋ねるアリス。
「えっ? 私が消えちゃう夢を見た? また急になんで」
魔理沙はアリスにべったりとくっついて離れない。
まるでお姉さんに甘える妹みたいだ。
片時も無駄にしたくないから一緒にいると言った感じで、貼りついてしまって取れない。
もう何で急にこんなに可愛くなっちゃったのか。
自分に懐いてくれているので悪い気はしないが、これでは身動きが取れない。
「でも弱ったわ。これじゃ人形の研究ができない……」
「なにっ!? 人形の研究? まさか自律人形を作るつもりじゃないだろうなっ?」
「そりゃそうよ。今はちょうど仕事にとりかかる時間なの。いつも午前中は道具の手入れと在庫のチェックから始めて」
「ダメだダメだ! 絶対にそんなことさせないぞ!」
「ええっ!? やだちょっともう! 離してよ、午前中はいつも作業をするって決めてるんだから」
「離さないぞ! 自律人形が完成しちゃったら消えちゃうつもりなんだろ!」
「なんのこと~~?」
魔理沙は涙ぐみながら、なおさらアリスを強く抱く。
そんな風に魔理沙がアリスとくっついてしまっていた頃、博麗神社では。
小さな拝殿兼住居の真ん中に、わきわきと起き上がる紅白巫女の姿があった。
横には酔っ払って、腹を出したまま寝ている萃香がいる。
畳の上には酒瓶がごろんと三本転がっていた。
二升は萃香が空けたが、自分も一升分は飲んだようだ。
酒以外にもいろいろ飲んでた気がする。とっくりに紛れて小さな瓶が机の上に転がっていた。
見覚えがある。
確か、鈴仙に試供品と言われてもらった瓶。
そしてまたアリス亭。
バタンという大きな音が響いて、ドアが開かれた。
超特急で魔法の森までやって来た霊夢が、アリスの部屋の中にずんずんと入ってくる。
部屋の真ん中、ベッドの上では丁度アリスと魔理沙が抱き合っていた。
「れ、霊夢? これは決してやましいことをしているわけではっ!?」
アリスが言い終らないうちに彼女の額の中心で、びたっと音がした。
「いたっ!? なに? 御札? キョンシー?」
びたっびたっ。
霊夢は続けざまにアリスにお札を貼っていく。
「いたっ、いたっ。ちょちょっ、いったいなんなの?」
「私が、私が守ってあげるからっ!」
見ればお札を貼り付けた霊夢の目は涙ぐんでいるし、鼻をちょっとすすっていて、頬が上気している。
何か悲しいものを見て泣いてしまったような感じだ。
「いや、意味分かんないんですけども。それに私、妖怪だからこのお札微妙に痛いんですけども」
びたっ。
「いたっ! ちょっ、どんだけ貼るつもりなのよ!?」
霊夢が貼っているのは厄除け祈願のお札だった。
お札には浄化の効果があるせいか、妖怪にも微妙に効いているため、アリスは体がびりびり痺れた。
感覚的には皮膚に唐辛子を塗られているのに近い。
痛みを訴えるアリスの小さな悲鳴も、涙をこぼしながら一心不乱にお札を貼り続ける霊夢には届いていない。
とっても懸命な表情だ。
どうも必死にアリスを何らかの災害から守ろうとしているらしい。
あっというまにアリスは全身にお札を貼られ、妖怪お札お化けになってしまった。
「……」
ぶひゅっ、っと音がした。顔一面が埋まっているので、アリスの口にお札が入ったのだ。
所変わって、紅魔館の地下の図書館。
むっきゅりと起き上がる紫魔女の姿があった。
昨日はレミリアと話をした後、徹夜で調べ物をしていて、そのままデスクの上で寝てしまったのだった。
なぜか腫れた目をこすって机の上を見渡すと、見覚えのある小瓶が転がっているのが目についた。
昨日栄養ドリンクだと思ってガブ飲みしたが、どうやら間違っていたらしい。
ラベルにはきれいな明朝体で気になることがかかれている。
紫魔女はさっきまで見ていた妙な夢のことを思い出す。その夢のせいで目が腫れているのだ。
そしてまたアリス亭。
ズガン!!
壁に唐突に穴が空いた。誰かが爆発の魔法を使ったのだ。
その穴から登場したのは、右手を掲げ、左小脇に魔道書を挟み、眠そうな目を赤くはらしたむっきゅり魔女だった。
「ひぃっ、また来た!?」
パチュリーもずかずかと歩いて部屋の真ん中まで来ると、霊夢と魔理沙に抱きつかれているアリスの空いている左手を取った。
「安心してアリス、教皇庁の追跡者はまだ来ていないわ。今から結界を張れば十分に間に合う」
「なんのことなんですか。教皇庁ってなんなんですか」
「異端審問会がいくら魔女狩りをしようと刺客を放ってきても大丈夫。あなたと私、二人で撃退するのよ! 私達は最後の魔法使いの生き残り、運命が選んだ二人なんだから!」
「ぜんぜん話が見えないんですけど??」
「そう、あなたはまだ昔の記憶を取り戻せていないのね。大丈夫、安心して。全部私にまかせておけばいいわ!」
パチュリーはかなり自分の世界に入ってしまっているようで、わけのわからないことを一人で口走っている。
彼女はいきなり魔法を発動させると、アリスの家の周りに結界を張った。
これでたぶん、いるはずの無い敵が襲ってきたとしても、何の心配もないだろう。
アリスの身体に、彼女を慕う三人の少女がぎゅっと貼りついた形となった。
魔理沙が下半身にしがみついて中央を押さえ、霊夢が右手に腕をまわし、パチュリーが左手を握り締めて左右を固める。
完璧な布陣だ。
三人の意思は一致している。できる限り、アリスの側に着いて、彼女を守りとおす。
「なんなのよ、これ~~!?」
穴の空いた部屋の中に、三人に挟まれたアリスの絶叫がこだました。
……その頃竹林の中の永遠亭では。
「ねえ、鈴仙。ちょっと」
「何ですか? 師匠」
「薬棚の右隅に置いてあった白い瓶知らない?」
「いいえ? 知りませんけど」
「おかしいわねえ。誰か間違って持っていったのかしら」
「何の薬だったんですか?」
「胡蝶夢丸ナイトメアタイプの別品なんだけど。今一番気にしている人に、不幸があるという悪夢を見るように改良したの」
「い? そんなの改良って言うんですか? 何の意味が?」
「喧嘩してる人同士に飲ませるでしょ」
「はい」
「そしたらその人の有難みがわかって仲直りできる、っていうのはどう?」
「そんなことのためにわざわざ作ったんですかあ? でも、私は知らないですよ。いったい誰が持って行ったんでしょう?」
「うーん。どこいったのかしら。ちょっと探すの手伝ってくれる?」
「はーい」
永琳と鈴仙が話している部屋の廊下では、因幡てゐが口を抑えながらほくそ笑んでいた。
年を経た妖怪うさぎは、完璧な変化術を身に着けている。
永遠亭の中でもその事実を知る物は少ない。
その後、竹林の中にうさうさと鳴き声が響き渡ったかどうかは、誰も知らないのであった。
わきわきとむっきゅりに笑いましたw
何の夢みてたんだよw
みんなに愛されてるアリスに感動しました。
……おや、アリスの横に転がっているこの瓶は胡蝶夢(ry
お札まみれってことは…耳無し芳一みたいな感じの夢かな?w
な…何を(ry
中→仲
ド直球ですね。
ちょっとついていけませんでした。
まぁ悪くはないかと
むっきゅりという擬音は最高だと思いました。
ぐっじょぶ!
最高だ!
元々は妹紅に飲ませるつもりだったんだろうな、とか思う。
4人目は幽香ですね、わかります。
次は是非かぐもことか・・
してやられましたいや全く。
魔理沙とパッチュさんは良いとして霊夢さーん、落ち着いてー。
>「お札には不浄の効果~」→「浄化」
ではないかと。
こんなモテモテのアリスは久々に見ました
愛情だとちょっと引く。というか、現状誰よりもアリスが引いてるw
えーりんさすがすぎるぜ
いいぞもっとやって。
というかやれ。
この調子でもっと続けるんだ!
これはいい
研究が進まないようにさせるんですね!!
と思ったら、更に事態は深刻だった。
霊夢も魔理沙もパチェも優しいね。
ああもう、みんなアリスにはツンデレなんだから
可愛いなあしかし
って言おうとしたら…おまえ等wwwwww
パッチェさんと霊夢の行動力に乾杯www
もっとやって下さい。
もっとやれww
いいなぁこのテンション。
良い話だなぁー
な、泣いてなんて無いからねッ!
あと微妙な敬語口調のアリス萌えw
な、アリスさんの夢ってオチだと思ってました
うん、愛されアリスも可愛いな
アリスには幸せになって欲しいのに非常に同感です
あと「ですけども」のアリスいいね!!
あとやっぱりアリスの口調がいいです!!
絶対鬱で衝撃の展開が待っていると思ったのに・・・シリアスでSFで超設定なSSもいいけどギャグもいいよね!w
かるーく読めて面白かったですw
アリスがすごくかわいいんだ
なるほど、ぐーやともこたんに飲ませるつもりで作ったわけか