聖夜。
誰が広めたのか、この幻想の里においても、クリスマスという概念は存在するのでした。毎年この時期になると決まって大雪が降り、神秘的で不可侵性のある雰囲気を醸し出しています。
ほら、クリスマスにつきものの聖歌も聞こえてきました。
「しんぐるべーる…しんぐるべーる…しんぐるおーんりわーん…」
アリスは今日も一人でした。
「うふふ…魔界におわす我らが神よ、この神聖な夜に乳繰り合ってるカップルどもに血の制裁を! うふ、うふふははははは!!」
そんな環境下ですから、彼女の目は既に幻想郷のそのまた向こう側の世界が見えてしまっており、傍目からでも相当ヤバい精神状態に陥っていました。私は新魔界の神になる、などと口走ってもおかしくありません。
現に魔道書を片手に術式を組んでいます。どうやら恋人限定で制裁を加える術式をやりたいようですが、生憎ながらその魔道書にはそんな俗物的なものは載っていません。
「ふ…ふふ…」
アリスも分かっています、そんなことはできないと。ただ、一人寂しくイヴを過ごす彼女ができる精一杯の反逆だったのです。
…しかし、彼女は知る由もありませんでした。
募り募った憎しみは、ときに強力な呪術と同義であるということに。
◆
幻想郷の人里。
そこの外れにある質素な和風建築の縁側に、半獣の少女・上白沢慧音と、不死人の藤原妹紅が並んで腰掛けていました。心なしか、二人はそわそわと落ち着かない様子で互いに様子見のような雰囲気を醸し出しています。
時は既に夜中と言っても差し支えないぐらいで、天上に煌々と照る満月が、二人の少女を照らしあげていました。それゆえに慧音は髪の毛が心なしか緑っぽくなっています。
「な、なあ妹紅…その、何なんだ話って」
「あの、えっと…こ、これ慧音にと思って…」
妹紅がもじもじと、リボンでラッピングが施された小さな箱を差し出します。
「これは…最高級牛革で作られた角カバーじゃないか! しかも箱に刻まれているのは特別限定生産の証であるシリアルナンバー100番台…妹紅、こんな高級なもの…」
「い、いいんだって…その、慧音にしか似合わないと思うし…付けていて欲しいんだ」
「妹紅…」
そりゃあ幻想郷広しといえども、こんなものが似合いそうなのは彼女ぐらいしかいないでしょう。
いそいそと箱を開け、そのひんやりとした手触りの角カバー(特別限定生産品)を自らの角へと装着する慧音。月明かりに照らされて濡れたようにテラテラと光る彼女の角は、通常よりも3ミリほど太くなっていました。例のアレもいつもより痛そうです。
「やっぱりよく似合うよ、慧音…」
「あ、ありがとう…」
「…慧音ぇ…」
「…あぁ…妹紅もこうモコォォーーーーーッ!!」
がばちょ。
月明かりだけが見つめる縁側で、二人は熱く抱擁を交わしました。もう押し倒さんばかりの勢いです。ていうかむしろ押し倒してます。今年のクリスマスは満月なのでハクタクさんも元気いっぱい。やはりクリスマスは性夜でした。
と、そこへ。
「や、ちょっと慧音ぇ…」
「言ってくれるな妹紅、もう離さな…もげふぅ!?」
慧音の頭に、どこからともなく巨大なナベが落下してきたのです。ナベは慧音の強化された角にぶつかり、中に入っていたカレーを彼女の豊満なボディへとブチ撒けました。
「いやぁぁぁ!! 慧音が、慧音がおいしそうなビーフカレーに!?」
「…ぐふっ…おやおや…これは立派なカレーナベだな…ふふ、いい夕食に…なる…ぞ…」
「慧音ぇーーーーーーーー!!」
哀れ、ハクタクさんはターメリックとガラムマサラ臭漂う謎の物体と化してしまったのです。
◆
紅魔館。
幻想郷の中でもひときわ大きく、ひときわ豪勢で、ひときわ紅く、ひときわペドいこの館では、クリスマスパーティーもやはり盛大に行われていました。
もっともパーティー自体は1時間ほど前にお開きとなり、主人であるレミリアや妹のフランは騒ぎ疲れて眠ってしまっています。今夜ばかりはとメイドの粋な計らいで、レミリアの自室にある大きな天蓋付きベッドで寄り添い、普段のカリスマや狂気など微塵も感じさせないまま眠るダブル幼女の姿は、見る者を大いに惑わしました。
「咲夜さーん、これで終わりですー」
「ありがと美鈴」
食器類の片付け、オーナメント等の飾り付けの撤去、酔った妹様が放ったレーヴァテインの爪痕修復などをやっていると、いつの間にか時刻は深夜を回っていました。
「お疲れ様。やれやれ、毎年この時期は地獄ね」
「ホントですよ」
「…美鈴もよくやってくれたわ。そうだ、私からプレゼントでもあげようかしら」
「さ、咲夜さん? …酔ってますね? 宴会の残り物ですか?」
「私は酔ってなんかないわ。ただちょっと平常時よりアセトアルデヒドを分解できていないだけ」
「それは酔ってるって言うんです!」
「いーじゃなーい、めーいりーん」
ぐでー、と美鈴にもたれかかる赤ら顔のメイド長。普段の瀟洒な彼女からは想像もできません。やはりメイド長といえど、一介の少女に過ぎないのでした。
「あぁもう、誰かに見られたらどうするんですかぁー!」
「見せ付けてやりましょうよー。ほら、ぎゅーってしましょぎゅーって」
「ひぃぃ、咲夜さんがご乱心だー!?」
宣言通りぎゅーってしてくる咲夜さん。いい具合にほろ酔い気分の彼女はなんだか子供のような無邪気さと、その奥に潜む猛禽類のような貪欲さがあります。
美鈴も美鈴で、「いつも瀟洒で完全な咲夜さんのこんな姿を見られるのは自分だけ」という事実に多少の優越感と安心感を抱いておりました。心なしか表情も嬉しそうです。
「めいりーん…私なんだか眠くなってきた…」
「さ、咲夜さん! ダメですって、ここはロビーですってば!」
「へーやーまーでーはーこーんーでー」
「あぁもう…」
仕方ないなあ、と美鈴は酔いどれたメイド長を担ぎ上げ、紅いロビーをとことこと歩き出しました。無意味な贅肉のない咲夜さんの身体は、常日頃から鍛えている美鈴の手にかかれば担ぐことなど造作もありません。背中に当たっている柔らかい物体の正体など、今回あえて特筆すべきことはないでしょう。
「ふふふ…メロンがひとつ…メロンがふたつ…」
「ちょ、ちょっと咲夜さん! どこ触って…」
と、そこへ。
「…ん?」
天井あたりの空間が急に黒くぼやけたかと思うと、そこから3メートルはあろうかという巨大な七面鳥が羽毛を撒き散らしながら姿を現し、二人に向かって突進してきたではありませんか。
「ひぃぃぃ!! な、なんじゃありゃー!?」
突然のことに美鈴は動揺を禁じ得ません。いえ、突然じゃなくても動揺しないほうがおかしいでしょう。
「さ、咲夜さん起きてー! なんか遠近法的におかしいサイズの七面鳥が向かってきます!」
「んあー?」
咲夜さんがかろうじて起きたのですが、既に遅すぎたのです。
七面鳥の逞しい後ろ足から繰り出されるキックにより、門番とメイド長は揃って「モルスァ」と叫びながら真っ赤な壁面へ向かって吹っ飛んでしまいました。
◆
さて、そんなこんなで。
クリスマスを迎えた幻想郷では、カップルに限り不思議な災厄に見舞われるというおかしな事態が起きていました。幸いにも致命傷を負った者はいませんでしたが、地味に痛手を残しています。
この異変に対し博麗の巫女は、『痴話ゲンカなら勝手にやってろタコ』とのコメントを残し、関わらないことを宣言しています。
なお、この手の事件で一番怪しいと噂される八雲紫氏は『それよりも霊夢の腋写真集・年末編はまだか』と激昂、一切の関与を否定しています。
◆
さて、騒動の元凶であるアリスも、この事態には気付いていました。
「…まさか本当に発動するなんて…」
文々。新聞速報版の情報を信じるならば、紅魔館で暴れていた体長3メートルの七面鳥は魔界の固有種ですし、人里に現れたカレー鍋は魔界神の夕飯です。今ごろあのアホ毛は突如夕飯が消えて泣いていることでしょう。
「魔界とのスキマを繋げた…いや、繋がってしまったの…? いや、そんなことはどうでもいいわ…本当に幻想郷じゅうの不埒なカップルに制裁を与えることができたなんて…!」
念願の復讐(と呼べるのか分かりませんが)を果たし、少女は嬉しそうに笑っていました。しかしその笑みも、どこかうつろな響きを秘めています。
こんなことが実現したからといって、どうにもならないことに、アリスも気付いているのです。
「…もう寝よう…」
すると、どこからか聞き覚えのある声が彼女の耳に届きました。
「痛いぜ痛いぜ痛くて死ぬぜー!」
突如、全身傷だらけの、幻想郷でも一・二を争う騒乱の元凶、霧雨魔理沙が窓を突き破って入ってきたのです。なんだかLunaをクリアしてきたと言っても信じそうなくらいボロボロの彼女。
「うわっ! ど、どうしたのその身体は!?」
「いや、駅前のツリーに登って頂上でサタデーナイトフィーバーのポーズやってたら落ちた」
「バカな中高生かアンタは」
彼女の行動理念がいまいち理解できません。というか駅前って何?
「まあいいわ…ところで何の用? 私は今忙しいんだけど」
「なんだよ、つれないな」
擦り傷だらけの顔で、魔理沙はニカッと笑います。
こういう笑顔の時は、たいてい何かを企んでいる時です。アリスが警戒の色を濃くしていると、
「アリスはどーせ一人だろうと思ってさ。ほれ、ケーキ食おうぜ」
魔理沙が差し出したのは、箱に入った小さく素朴なショートケーキでした。
飾り気も何もない、スポンジケーキに生クリームとイチゴを申し訳程度に乗せたような安物です。
「もうこれしか置いてなくてさ。いや、いろんな店ハシゴしたけどまさか香霖堂に置いてあるとは思わなかったな。っと、テーブル借りるぜ」
「ち、ちょっと!」
「ん? ケーキ嫌いだったか?」
「いやそうじゃなくて!」
ならいいな、とばかりに勝手に席に着き、箱を開けてリスか何かのようにそのショートケーキを頬張る魔理沙。そんな彼女にアリスはおずおずと尋ねます。
「…い、いいの?」
「ふぁふぃふぁ?」
「何が、って…その、私なんかとクリスマスを過ごすなんて…」
そうです。それはつまり、魔理沙はアリスと一緒にイヴの夜を過ごすということになります。別に性的な意味ではなく。
「ふぁふぁふぃふぁ、ふぉれふぉふぉいいふぉ」
「そ、それはそうだけど…」
「みふふふぇ…んぐ」
口の中のケーキをゴクリと飲んで、やっと魔理沙の言語は一般的人類にも通じるものになりました。
「…じゃあアレか、お前は私が安っぽい同情で今ここにいるって言いたいのか?」
「そういうわけじゃ…ないけど…」
アリスだって、魔理沙と一緒にいられるなんてたまらなく嬉しいのです。でも、彼女の口は本心とは違う言葉を紡いでしまうのです。
「魔理沙は私と違って他にもいっぱい友達がいるじゃない…だから…」
「…だから?」
諌めるような魔理沙の言葉にも耳を貸さず、アリスの言葉は徐々に激しいものになっていきます。
「まっ、魔理沙は私なんかじゃなくて、…えっと、他の…」
「アリス」
「わっ、私なんかよりも…っ! わたし、なんかより…!」
かちゃり、と。
銀のフォークをテーブルに置き、白黒の魔法使いは溜息をつきました。
「私はアリスと一緒に居たいんだよ。…それじゃ、ダメなのか?」
…ああ、いけない。
カップルたちへの憎しみという殻で押し込めていた感情が、堰を切ってしまいました。
「…ケーキ、食おうぜ。うまいぞ」
「…うん」
一個315円の安物ケーキでしたが、しょっぱい塩味がブレンドされているとは思いもよらないアリスなのでした。
◆
ちなみに。
「ね…ねぇ魔理s…へぶっ!」
「ア、アリスーーー!?」
恋人達に災いあれ、というアリスの呪詛どおり、彼女自身の頭上にもまた災いが降り注いだのでありました。
彼女の頭に直撃した物体は、魔理沙がよじ登った駅前のツリーに飾ってあった星にとてもよく似ていたという話です。
誰が広めたのか、この幻想の里においても、クリスマスという概念は存在するのでした。毎年この時期になると決まって大雪が降り、神秘的で不可侵性のある雰囲気を醸し出しています。
ほら、クリスマスにつきものの聖歌も聞こえてきました。
「しんぐるべーる…しんぐるべーる…しんぐるおーんりわーん…」
アリスは今日も一人でした。
「うふふ…魔界におわす我らが神よ、この神聖な夜に乳繰り合ってるカップルどもに血の制裁を! うふ、うふふははははは!!」
そんな環境下ですから、彼女の目は既に幻想郷のそのまた向こう側の世界が見えてしまっており、傍目からでも相当ヤバい精神状態に陥っていました。私は新魔界の神になる、などと口走ってもおかしくありません。
現に魔道書を片手に術式を組んでいます。どうやら恋人限定で制裁を加える術式をやりたいようですが、生憎ながらその魔道書にはそんな俗物的なものは載っていません。
「ふ…ふふ…」
アリスも分かっています、そんなことはできないと。ただ、一人寂しくイヴを過ごす彼女ができる精一杯の反逆だったのです。
…しかし、彼女は知る由もありませんでした。
募り募った憎しみは、ときに強力な呪術と同義であるということに。
◆
幻想郷の人里。
そこの外れにある質素な和風建築の縁側に、半獣の少女・上白沢慧音と、不死人の藤原妹紅が並んで腰掛けていました。心なしか、二人はそわそわと落ち着かない様子で互いに様子見のような雰囲気を醸し出しています。
時は既に夜中と言っても差し支えないぐらいで、天上に煌々と照る満月が、二人の少女を照らしあげていました。それゆえに慧音は髪の毛が心なしか緑っぽくなっています。
「な、なあ妹紅…その、何なんだ話って」
「あの、えっと…こ、これ慧音にと思って…」
妹紅がもじもじと、リボンでラッピングが施された小さな箱を差し出します。
「これは…最高級牛革で作られた角カバーじゃないか! しかも箱に刻まれているのは特別限定生産の証であるシリアルナンバー100番台…妹紅、こんな高級なもの…」
「い、いいんだって…その、慧音にしか似合わないと思うし…付けていて欲しいんだ」
「妹紅…」
そりゃあ幻想郷広しといえども、こんなものが似合いそうなのは彼女ぐらいしかいないでしょう。
いそいそと箱を開け、そのひんやりとした手触りの角カバー(特別限定生産品)を自らの角へと装着する慧音。月明かりに照らされて濡れたようにテラテラと光る彼女の角は、通常よりも3ミリほど太くなっていました。例のアレもいつもより痛そうです。
「やっぱりよく似合うよ、慧音…」
「あ、ありがとう…」
「…慧音ぇ…」
「…あぁ…妹紅もこうモコォォーーーーーッ!!」
がばちょ。
月明かりだけが見つめる縁側で、二人は熱く抱擁を交わしました。もう押し倒さんばかりの勢いです。ていうかむしろ押し倒してます。今年のクリスマスは満月なのでハクタクさんも元気いっぱい。やはりクリスマスは性夜でした。
と、そこへ。
「や、ちょっと慧音ぇ…」
「言ってくれるな妹紅、もう離さな…もげふぅ!?」
慧音の頭に、どこからともなく巨大なナベが落下してきたのです。ナベは慧音の強化された角にぶつかり、中に入っていたカレーを彼女の豊満なボディへとブチ撒けました。
「いやぁぁぁ!! 慧音が、慧音がおいしそうなビーフカレーに!?」
「…ぐふっ…おやおや…これは立派なカレーナベだな…ふふ、いい夕食に…なる…ぞ…」
「慧音ぇーーーーーーーー!!」
哀れ、ハクタクさんはターメリックとガラムマサラ臭漂う謎の物体と化してしまったのです。
◆
紅魔館。
幻想郷の中でもひときわ大きく、ひときわ豪勢で、ひときわ紅く、ひときわペドいこの館では、クリスマスパーティーもやはり盛大に行われていました。
もっともパーティー自体は1時間ほど前にお開きとなり、主人であるレミリアや妹のフランは騒ぎ疲れて眠ってしまっています。今夜ばかりはとメイドの粋な計らいで、レミリアの自室にある大きな天蓋付きベッドで寄り添い、普段のカリスマや狂気など微塵も感じさせないまま眠るダブル幼女の姿は、見る者を大いに惑わしました。
「咲夜さーん、これで終わりですー」
「ありがと美鈴」
食器類の片付け、オーナメント等の飾り付けの撤去、酔った妹様が放ったレーヴァテインの爪痕修復などをやっていると、いつの間にか時刻は深夜を回っていました。
「お疲れ様。やれやれ、毎年この時期は地獄ね」
「ホントですよ」
「…美鈴もよくやってくれたわ。そうだ、私からプレゼントでもあげようかしら」
「さ、咲夜さん? …酔ってますね? 宴会の残り物ですか?」
「私は酔ってなんかないわ。ただちょっと平常時よりアセトアルデヒドを分解できていないだけ」
「それは酔ってるって言うんです!」
「いーじゃなーい、めーいりーん」
ぐでー、と美鈴にもたれかかる赤ら顔のメイド長。普段の瀟洒な彼女からは想像もできません。やはりメイド長といえど、一介の少女に過ぎないのでした。
「あぁもう、誰かに見られたらどうするんですかぁー!」
「見せ付けてやりましょうよー。ほら、ぎゅーってしましょぎゅーって」
「ひぃぃ、咲夜さんがご乱心だー!?」
宣言通りぎゅーってしてくる咲夜さん。いい具合にほろ酔い気分の彼女はなんだか子供のような無邪気さと、その奥に潜む猛禽類のような貪欲さがあります。
美鈴も美鈴で、「いつも瀟洒で完全な咲夜さんのこんな姿を見られるのは自分だけ」という事実に多少の優越感と安心感を抱いておりました。心なしか表情も嬉しそうです。
「めいりーん…私なんだか眠くなってきた…」
「さ、咲夜さん! ダメですって、ここはロビーですってば!」
「へーやーまーでーはーこーんーでー」
「あぁもう…」
仕方ないなあ、と美鈴は酔いどれたメイド長を担ぎ上げ、紅いロビーをとことこと歩き出しました。無意味な贅肉のない咲夜さんの身体は、常日頃から鍛えている美鈴の手にかかれば担ぐことなど造作もありません。背中に当たっている柔らかい物体の正体など、今回あえて特筆すべきことはないでしょう。
「ふふふ…メロンがひとつ…メロンがふたつ…」
「ちょ、ちょっと咲夜さん! どこ触って…」
と、そこへ。
「…ん?」
天井あたりの空間が急に黒くぼやけたかと思うと、そこから3メートルはあろうかという巨大な七面鳥が羽毛を撒き散らしながら姿を現し、二人に向かって突進してきたではありませんか。
「ひぃぃぃ!! な、なんじゃありゃー!?」
突然のことに美鈴は動揺を禁じ得ません。いえ、突然じゃなくても動揺しないほうがおかしいでしょう。
「さ、咲夜さん起きてー! なんか遠近法的におかしいサイズの七面鳥が向かってきます!」
「んあー?」
咲夜さんがかろうじて起きたのですが、既に遅すぎたのです。
七面鳥の逞しい後ろ足から繰り出されるキックにより、門番とメイド長は揃って「モルスァ」と叫びながら真っ赤な壁面へ向かって吹っ飛んでしまいました。
◆
さて、そんなこんなで。
クリスマスを迎えた幻想郷では、カップルに限り不思議な災厄に見舞われるというおかしな事態が起きていました。幸いにも致命傷を負った者はいませんでしたが、地味に痛手を残しています。
この異変に対し博麗の巫女は、『痴話ゲンカなら勝手にやってろタコ』とのコメントを残し、関わらないことを宣言しています。
なお、この手の事件で一番怪しいと噂される八雲紫氏は『それよりも霊夢の腋写真集・年末編はまだか』と激昂、一切の関与を否定しています。
◆
さて、騒動の元凶であるアリスも、この事態には気付いていました。
「…まさか本当に発動するなんて…」
文々。新聞速報版の情報を信じるならば、紅魔館で暴れていた体長3メートルの七面鳥は魔界の固有種ですし、人里に現れたカレー鍋は魔界神の夕飯です。今ごろあのアホ毛は突如夕飯が消えて泣いていることでしょう。
「魔界とのスキマを繋げた…いや、繋がってしまったの…? いや、そんなことはどうでもいいわ…本当に幻想郷じゅうの不埒なカップルに制裁を与えることができたなんて…!」
念願の復讐(と呼べるのか分かりませんが)を果たし、少女は嬉しそうに笑っていました。しかしその笑みも、どこかうつろな響きを秘めています。
こんなことが実現したからといって、どうにもならないことに、アリスも気付いているのです。
「…もう寝よう…」
すると、どこからか聞き覚えのある声が彼女の耳に届きました。
「痛いぜ痛いぜ痛くて死ぬぜー!」
突如、全身傷だらけの、幻想郷でも一・二を争う騒乱の元凶、霧雨魔理沙が窓を突き破って入ってきたのです。なんだかLunaをクリアしてきたと言っても信じそうなくらいボロボロの彼女。
「うわっ! ど、どうしたのその身体は!?」
「いや、駅前のツリーに登って頂上でサタデーナイトフィーバーのポーズやってたら落ちた」
「バカな中高生かアンタは」
彼女の行動理念がいまいち理解できません。というか駅前って何?
「まあいいわ…ところで何の用? 私は今忙しいんだけど」
「なんだよ、つれないな」
擦り傷だらけの顔で、魔理沙はニカッと笑います。
こういう笑顔の時は、たいてい何かを企んでいる時です。アリスが警戒の色を濃くしていると、
「アリスはどーせ一人だろうと思ってさ。ほれ、ケーキ食おうぜ」
魔理沙が差し出したのは、箱に入った小さく素朴なショートケーキでした。
飾り気も何もない、スポンジケーキに生クリームとイチゴを申し訳程度に乗せたような安物です。
「もうこれしか置いてなくてさ。いや、いろんな店ハシゴしたけどまさか香霖堂に置いてあるとは思わなかったな。っと、テーブル借りるぜ」
「ち、ちょっと!」
「ん? ケーキ嫌いだったか?」
「いやそうじゃなくて!」
ならいいな、とばかりに勝手に席に着き、箱を開けてリスか何かのようにそのショートケーキを頬張る魔理沙。そんな彼女にアリスはおずおずと尋ねます。
「…い、いいの?」
「ふぁふぃふぁ?」
「何が、って…その、私なんかとクリスマスを過ごすなんて…」
そうです。それはつまり、魔理沙はアリスと一緒にイヴの夜を過ごすということになります。別に性的な意味ではなく。
「ふぁふぁふぃふぁ、ふぉれふぉふぉいいふぉ」
「そ、それはそうだけど…」
「みふふふぇ…んぐ」
口の中のケーキをゴクリと飲んで、やっと魔理沙の言語は一般的人類にも通じるものになりました。
「…じゃあアレか、お前は私が安っぽい同情で今ここにいるって言いたいのか?」
「そういうわけじゃ…ないけど…」
アリスだって、魔理沙と一緒にいられるなんてたまらなく嬉しいのです。でも、彼女の口は本心とは違う言葉を紡いでしまうのです。
「魔理沙は私と違って他にもいっぱい友達がいるじゃない…だから…」
「…だから?」
諌めるような魔理沙の言葉にも耳を貸さず、アリスの言葉は徐々に激しいものになっていきます。
「まっ、魔理沙は私なんかじゃなくて、…えっと、他の…」
「アリス」
「わっ、私なんかよりも…っ! わたし、なんかより…!」
かちゃり、と。
銀のフォークをテーブルに置き、白黒の魔法使いは溜息をつきました。
「私はアリスと一緒に居たいんだよ。…それじゃ、ダメなのか?」
…ああ、いけない。
カップルたちへの憎しみという殻で押し込めていた感情が、堰を切ってしまいました。
「…ケーキ、食おうぜ。うまいぞ」
「…うん」
一個315円の安物ケーキでしたが、しょっぱい塩味がブレンドされているとは思いもよらないアリスなのでした。
◆
ちなみに。
「ね…ねぇ魔理s…へぶっ!」
「ア、アリスーーー!?」
恋人達に災いあれ、というアリスの呪詛どおり、彼女自身の頭上にもまた災いが降り注いだのでありました。
彼女の頭に直撃した物体は、魔理沙がよじ登った駅前のツリーに飾ってあった星にとてもよく似ていたという話です。
>まさか香林堂に置いてあるとは
閑古鳥が鳴いているような古道具屋が生ものを、売るためにおいているとは考えにくい…。香霖は誰かと一緒に食べるのを期待して置いていたんじゃないのか?魔理沙よ…。
あと期待通りのオチをありがとう。
魔界神様。= =;)
それより霊夢の腋写真集・年末編の発売はまd(ムソーフーイン)
い、いや、慧音が喜んでるんだし、問題ありませんよね!
深く考えたら負けな気がしました。
我らしっと団を裏切った者にむくいあれ…w