日も暮れて、寒さが底増す博麗神社。今晩のそこには、紅白の巫女の他に黒と白の魔法使いの姿があった。
「さて、私は幾つ食べれば良かったんだったかな?」
「何を言うかと思えば……。あんたさっきからパクパク食べてたじゃないの」
宴会とも言えない事は無いのだが、この場には霊夢と魔理沙の二人しか居ないのでどちらかと言うと晩酌に近いものがある。
二人が潜り込むコタツの中央には炒った大豆。そう、今日はそういう日なのだ。
「しかしなぁ霊夢、もうちょっと他に何か無いのか? 酒のお供が豆だけというのはちと寂しいんだが」
「あんたね……、突然押し掛けて来てその言い草は無いでしょうに。私だって本当はゆっくりしてたかったんだから……」
「とか言って、お前もしっかり飲んでるじゃないか」
「……やけっぱちよ」
魔理沙は夕方になって突然やって来た。しかも手ぶらで。来るなとは言わないが、飲み目的なら何か一品くらいは持ってきて欲しいものである。
「ところで、あの小鬼は居ないのか? ここへ来てるもんかと思ったんだが」
「来てないわね。それに、今日一杯は姿を見せないと思うわよ。玄関先に柊と鰯の頭を吊るしといたから」
「そうか、そりゃあ残念だなぁ」
「どうせあいつの瓢箪が目的でしょう?」
「ははは、ばれたか。まぁ、ここに居たらそれはそれで豆でもぶつけてやろうかと思ってたけどな」
「踏み潰されるわよ」
そいつは敵わんなと言わんばかりに、魔理沙はグイと杯を空けた。そろそろ酔いも回ってくる頃だろう。霊夢の顔にも幾らか赤みがさしているのが分かる。
暫く二人で豆を摘んでいたが、他に何も無いとやはり飽きる。ついには魔理沙の方が音をあげた。
「あー、飽きた。こう鳩みたいに豆ばっかり食べるのも飽きたぜ。当分豆は見たくないぞ私は……」
そのまま仰向けにバフッと倒れこむ。
「食べてすぐ横になると体に悪いわよ」
「なぁ霊夢ぅ、夕飯の分とか無いのかぁ?」
「お生憎様ね。必要な分しか作らないから余分は無いわよ」
「つれない奴だなぁ……」
「何がよ……」
「んぁー、誰か摘みになりそうな物でも持ってヒョイと現れないかなぁ……」
「そんな都合の良い事が……」
その時だった。誰かが戸口を叩く音がしたのだ。「こんな時間に誰よ」と少々苛立つ霊夢と、「誰が何を持って来たかな」とわくわくする魔理沙。霊夢がガラリと戸を開けると、そこに立っていたのは小さな氷精。
「かき氷?」
「魔理沙……あんた完全に酔ってるわね」
「何をぉ? 私はまだまだだぞ~」
「ミカンでも食べてろ。……んで? あんたの方は何用よ?」
言われるまで下を向いて黙っていたチルノ。顔は上げず、ただポツリと呟いた。
「……レティ、知らない?」
「……は?」
「つまりアレね。昨日までは一緒に居たのに、今日になったら突然居なくなったと……」
「うん……」
コタツから出っ放しなのも寒いので、取り敢えずチルノを上がらせて自分はコタツに戻る霊夢。事情を説明する氷精へ確認するようにして返した。
チルノの話では、冬の妖怪であるレティは昨日も一昨日もチルノと一緒に居たというのに、何の素振りも見せないまま、今日になって置手紙だけを残しその姿を消したのだという。
「それはアレじゃないか? レティはお前と居るのが嫌になったっていう……」
同じくコタツでミカンを口に放り込んでいた魔理沙が、からかい混じりにチルノへ言う。
「……レティがそんな訳無いじゃない!」
そんな魔理沙にチルノは声を荒げる。無理も無い。本人、これでもあちこち捜し回ったのだ。
「酔っ払いはあまり相手にしないことね……。で、そういう魔理沙は今日あの妖怪を見た?」
「いやぁ、見てないなぁ」
「私も同じだわ。ここにも来てないし」
よほど必死に捜したのか、チルノはすっかりへたり込んでしまう。
「ほらぁ、やっぱり嫌になったんだよ」
「そ、そんな訳無いわよ……」
「さぁ、どうだかなぁ?」
「キー! それ以上言うと凍らせるわよ!」
「おぉ、やるか?」
挑発に耐えかねたチルノを見て、魔理沙は再び杯を手に取る。
「飲み勝負だ」
「望むところよ!」
何だか霊夢にとってはどうでも良くなってきた。それと共に、チルノは酒なんて飲んで平気なのだろうかという疑問が頭の中を通過していく。
「はぁ……、酔っ払いとバカの相手は疲れるわ……」
霊夢はそんな愚痴をこぼしながら、残っているミカンに手を伸ばすのだった。
そもそも何故レティは突然姿を消したのか。
その切っ掛けはちょうど一日前に遡る。
「じゃあねー、レティ! 明日もいつもの所で待ってるね!」
「分かったわ。おやすみなさい、チルノ」
「おやすみー!」
今日も今日でレティはチルノと飛び回っていた。雪を降らせ、氷を張り、二人で冬を楽しんでいた。元々チルノを含む妖精は悪戯好きだし、レティも冬の様な寒い季節を自分の力でもってより寒くするのは嫌いな事ではない。むしろ、彼女にとって一番楽しい事なのである。しかし、いくら一番楽しい事だからと言っても、こう毎日だとさすがに少しは飽きるもの。一日ゆっくり休みたくもなる。
「うーん、あの子は本当に元気ねぇ……。疲れを知らないというか何と言うか」
寝床を目指して飛び行くレティ。その表情には少々疲れの色が見えている。
「ここのところ、ずっと寒さを強め続けてたからさすがに疲れたわ。明日はちょっと休みたいわねぇ」
とは言え、向こうは明日も遊ぶ気満々だ。どうしたものかと首を捻る。
ふと、レティは明日が節分である事、そしてその翌日からは暦上春になるという事を思い出した。
「そうね。あの妖精はちょっと元気すぎるから少し驚かしてあげようかしら」
そしてレティは、寝床に到着するなり何やら書き物を始めた。
翌日。
チルノは勢い良く寝床を飛び出した。
「さーて、今日は何を凍らそうかなぁ?」
妖精の悪戯心は底知れない。蛙を凍らせたり、花を凍らせたり、その辺の小さな池を凍らせたり。ここ連日で色々な物を凍らせた。それでも飽く事無く悪戯を繰り返そうと言うのはさすがと言うところだろうか。
「その前にレティとの待ち合わせの場所に行かなきゃね」
そう言うと、チルノは昨日レティとの別れ際に約束した“いつもの所”へ向かって行った。
「お、今日はあたいの方が早かったみたいだ」
チルノがその“いつもの所”に着いた時、そこにレティの姿は無く、代わりに一枚の紙切れが置かれていた。
「ん? 何だろこれ」
風で飛ばされないように置かれていた石をどけ、折りたたまれていたそれを広げる。中身はレティからの手紙だった。
『チルノへ。昨日まで二人で遊んで楽しかったわ。色んな物を凍らせたり、たくさん雪を降らせたりしてね。だけど今日は節分。季節の分かれ目。冬は今日まで。明日からは春のなるのよ。だからまたね、チルノ。 ―――レティ・ホワイトロック』
「……え!? 何これ……」
手紙を読み終えた途端、あれだけ底知れなかったチルノの悪戯心は何処かへ飛んでいってしまった。
「今年はもうレティに会えないって事……? ウソでしょ!?」
チルノは慌ててレティが寝床にしている場所へ向かう。だが、そこにも彼女の姿は見当たらなかった。
いよいよ手紙の内容が嘘ではないと感じるチルノ。
「そんな……」
その場に立ち尽くす彼女を虚脱感が襲う。対して、本当に今年はもう会う事が出来ないのだろうかという思考もめぐり始める。
「……まだ近くにいるかもしんない……」
そう結論付けたチルノは、手紙をしまうと寝床を出た時と同じ様に勢い良く飛び立った。
「レティ! レティー!」
捜し回る。
「急にいなくなっちゃうなんてあたい嫌だよ!」
捜し回る。
「レティー!」
返事は返ってこない。
それでも氷精は、姿を消した冬の妖怪の名を呼び続けるのであった。
「って事があったのよ。その後チルノったら夕方まで私の事を呼びながらあの辺りを飛び回ってたわ」
「……あんたもなかなか酷い事するわね」
夜が明けた博麗神社。
すっかり酔っ払ってひっくり返っているチルノを横目に、レティ・ホワイトロックが霊夢のもとを訪れていた。
「あら、私はあの手紙に『今年はもう会えない』なんて一言も書いてないわよ? 『またね』とは書いたけど。『また明日ね』って意味で」
「確信犯のクセに……」
「ちょっと驚かせただけよ」
からからと笑ってやり過ごすレティ。霊夢には、そこの妖精より実はこっちの妖怪の方がよっぽど悪戯好きなんじゃないかとも思えてきた。
「それで、あいつが捜し回っている間、当のあんたはどこにいたのよ?」
「近くの雪に穴を開けてかまくらにして、その中でゆっくり休んでいたわ」
「熊かあんたは」
「変な事言わないでよ。寒気をそこだけちょっと弱めれば、雪に穴なんてすぐ開けられるわ」
「へーそーですか」
すっかり霊夢は投げ遣り調子。
「それにしても、あの子完全に酔い潰れてるわね……。妖精がお酒なんか飲むもんじゃないわよ」
「まったくよ……」
昨夜の魔理沙との飲み比べは、開始してすぐ勝敗がついた。と言うのも、チルノが数分も経たないうちにダウンしてしまったからなのだが。これにはさすがの魔理沙も拍子抜けしてしまい、「介抱役になるのは御免だぜ」とか言って一人でさっさと帰ってしまう始末。
「あいつがうちの中でぶっ倒れてるせいで、こっちは寒くてしょうがないんだから……。魔理沙も大した片付けしないで帰っちゃうし」
「寒くていいじゃない」
「よか無いわよ……」
「私は寒いほうがいいわ」
「知るか」
「はぁ……」と霊夢は大きな溜息をつく。その向かいにはミカンを頬張るレティの姿。
「ほら、貴女もそんな所に入ってないで寒さを楽しまないと」
「馬鹿言うんじゃないわよ……。あんたらがいるうちはコタツから出るなんてしたくない」
「つれないわね」
「魔理沙と同じ様な事言わないでよ……」
「仕方ないわね。それじゃあそろそろ帰ろうかしら」
そう言ってレティは立ち上がる。
「結局、あんたはここに何しに来たのよ……」
「チルノが湖に帰ってないみたいだから様子を見に来ただけよ」
「なら、ついでに連れて帰ってよ。寒いから」
「遠慮しておくわ。私はあの子のお守りじゃないもの。寒気と冷気、仲良くしているだけよ」
「その割には冷たいんじゃない?」
「私は寒気を操るの」
「……もう、いいわ」
霊夢の溜息はこれで何回目だろうか。何だか朝からどっと疲れた気がするのであった。
「んあーぁ……、あれ? ここは?」
チルノが起き出したのは、レティが帰ってすぐだった。
「あんた夕べの事覚えてないの? 魔理沙と飲みだしてすぐ倒れたんでしょうが……」
「んー、何かそんな気もする」
ポリポリと頭をかくチルノ。どうやら魔理沙との事はあまり記憶に無いらしい。
「妖精がお酒なんか飲むもんじゃないって、あんたがお探しの妖怪が言ってたわよ?」
暫くポカンとしていたチルノだったが、ふらつく頭で言葉の意味を理解すると、突然立ち上がり霊夢へと詰め寄った。
「そ、それってレティ!? ねぇ、いつの話!?」
「つい今さっきよ。ちょっと前までここに来てたんだから。それと、冷たいからあまり詰め寄らないで」
グイとチルノを押しやる。
「やっぱり、まだいたんだぁ……」
「あんたねぇ、そりゃ当たり前の話じゃないの」
「ほぇ?」
「今日から春だって言うのは暦上の話。季節の妖怪がそんなの律儀に守るわけ無いじゃない。それにあいつ、まだ寒いからって五月くらいまで居た事があったじゃないの。忘れた?」
「…………あ……そっか」
「捜してみれば? まだその辺にいるかもよ?」
「ん、そうする……」
チルノは小さく頷くと、昨夜とは一転して思い切り良く神社を飛び出して行った。
「こらー! レティー! 騙したなぁー!!」
そんな叫びを上げながら……。
「……どっちもどっちだぁね……」
そして霊夢は、やっと神社から冷気の塊が居なくなったので、箒を手に取り庭の掃除を始めるのであった。
「くらー! 霊夢ー! 昨日はよくもこの萃香様を神社に入れないようにしてくれたねぇー!! 腹いせに今日は飲みまくってやるんだからー! うらー!!」
「霊夢ー! 今日は豆以外の摘みも出してくれよー?」
「あぁもう……勝手にして……」
夜、何かものすごく元気な奴らが来た。
こういう話は好きです。原典をある程度踏まえた良い作品ですね。
のらりくらり、ほんわかおっとりお姉さんなレティと、いつも真っ正直なチルノがとても愛らしいですね。