「妹紅ー、急ですまないが本を返してきてくれないか。今日が返却日なんだ」
紅魔館にいるパチュリーという少女から借りてきたものだと、慧音は言った。
寺子屋で熱で倒れた子供がいたらしく、自分は看病で動けないのだという。
「お前が看病する必要は無いじゃないか」と言ったが、慧音は「絶対に嫌だ」とがんとして効かなかった。
教え子を自分の子供として見れる性格は羨ましいというより、むさ苦しい。
「今時そういうのは流行らないぞ」と笑ってやったら、慧音はワーハクタクと化して「早く行け」と凄んできてマジビビった。私はお願いされる立場なのに、怒られるなんて理不尽だ。
嘆きながらもいつも世話になっている慧音の頼みなので、仕方なく紅魔館にと向かうことにした。
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紅魔館は屋敷と呼ぶに相応しい敷地面積と広大な館は鉄柵に囲まれていた。飛び越えて入っても良かったが、一応は来客なのできちんと門を通った方がいいだろうと思い、わざわざ門前までやってきた。
鍵も付いてない簡素な作りの門。そこにイビキをかきながら立ったまま眠る器用な女がいた。”龍”印のベレー帽を被り、スリットの入ったチャイナ服を着た、顔立ちの整った紅髪の女がにまーっと緩んだ頬に涎を垂らして寝ていたのだった。
綺麗な顔立ちなのに、何ともだらしない姿だ。こんなのでも一応は”門番”なのだという。これほどのズボラを門番にするなど、紅魔館の寛大さには溜息が出る。永遠を生きる私からすれば、彼女には怒りしか覚えない。
限られた命を持つものが、どうしてこれほど時を無駄に過ごせるのだろうか。
「癇に障るな、こいつ」
時を無駄にしていいのは永遠を生きる私と輝夜だけに許された背徳だ。怠けるという行為は限られた時の無駄な浪費であり、私達の否定にも繋がるのだ。
イラついた私は門番を無視して門を通り、紅魔館の玄関を叩いた。すぐにメイドがやってきたので用件を伝える。顔見知りという事もあって、この十六夜咲夜というメイドは快く案内してくれた。
「あんな門番を置いとくなんて、よっぽど紅魔館てのは人手が足りないんだな」
門番に対する苛立ちを皮肉混じりに十六夜咲夜にぶつけてみる。挑発気味に言ったのだが、彼女はただ「そうですね」と静かに微笑むだけで、釈然としなかった。
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パチュリーのいるヴワル図書館は地平線が見えるかと思えるほどに広く、その敷地を全て本棚だけで埋めたような大図書館だった。
案内人が咲夜から小悪魔へと変わり、数分ほど館内を歩くとやがて小さな少女と出会う。
抑揚の無い瞳で黙々とページをめくる時だけ身動きをして、呼吸をしているかも疑わしくなる寡黙な少女、パチュリー・ノーレッジはナイトキャップに寝間着の様な下着姿で、隣に立つ私に目もくれず本を読み続けていた。
「パチュリー様」小悪魔が声を掛けて初めて、パチュリーは顔を上げた。年端もゆかない少女の碧眼の瞳に、じっと見つめられる。
私が慧音から預かった本を彼女に渡すと、彼女は「ああ、これ」と小さく呟いた。
「事情があって慧音がこれなくなったから持ってきた」
「そう、ありがと。病気でもしたのかしら。妖怪が病気というのも珍しい話だけど」
「慧音じゃなくて寺子屋の子供がな。看病するって聞かなくてさ」
「ああ、そういう事。……少し待ってて」
パチュリーは「よっこい……しょ」と机に体重をかけ、身体全体を起こして老人みたいに立ち上がると、のそのそと本棚を散策してきて、二冊の本を持ってきた。
それを私に差し出すと、また「ふう……」と疲れきった身体を椅子に戻した。
「こっちが人の体の病気について書かれた本、こっちは妖怪が人に与える害についてまとめたものね。慧音の知識なら必要無いとは思うけど、一応どちらの可能性も疑ってって伝えておいて」
「へえ、気が利くね」
「伊達に長く生きてないわ」
なるほど頼りになる。日々知識を蓄えて、時を重ねてきた者だからこそできる配慮だ。こうやって何かの能力に特化するのは、濃く時を生きてきた証だ。永遠を生きる者として、私は彼女を高く評価する。
「ありがとう、慧音も喜ぶよ。あの駄目な門番とは大違いだなあんたは」
「門番……美鈴のこと?」
「美鈴って言うのか。あいつ門番なのにさ、私を目の前にしてもイビキをかいたままだったんだぞ。紅魔館の連中は色々敵も多いんだろ? あんなのなら狛犬でも置いてた方がマシだから、とっとと首にした方がいいんじゃないか」
「他人ごとなのに、やけに厳しいのね。どうしてそんなに怒るの? 貴方には何の関係も無いことよ」
「時間を無駄にしている奴らを見ると苛々するんだ」
「永遠を生きる貴方が最も時を愚弄しているのに?」
「私以外が無駄にするのが嫌なんだよ」
「勝手な人」
くすくすと笑われた。冗談でも言ってる様にとられたか。まあいいだろう。
二冊の本を受け取った私は他に用も無いので、軽くお礼を言って帰ろうとした。
だがその前に、パチュリーが引き止め、
「ねえ、一つだけ聞かせて」質問を投げかけた。
「なんだ?」
「貴方は番犬を飼った事はあるかしら」
突拍子も無い質問に少し戸惑ったが、自分の長い歴史を振り返って、質問に答えた。
「無いな。だけど人間と一緒に暮らしてた頃は、鬱陶しくてしょうがなかった記憶はある。家の前を通り過ぎるだけで吠えてきてうるさいんだ。そのくせ、いざという時には役立たずなんだよな、あいつら」
「ええ、所詮は犬だものね。住む者も犬如きで侵入者を防げるとは思ってないから、鍵を掛けたり罠を仕掛けたりして、二重三重に守るのが普通ね。でも番犬は無駄では無いの。彼らには善人と悪人を嗅ぎ分ける嗅覚があって、主人に害なしと判断すれば犬らしく、お客様に尻尾を振って温かく出迎えてくれるのよ」
パチュリーは私の目を覗きこむ。品定めをするように見つめられる。
「美鈴は優秀な門番よ。彼女のおかげで、私は今日も平和に本を読めているわ」
──またいらっしゃい。手を振られて見送られた私は、意味が分からず頭を捻るばかりだった。
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帰路に着いた私は紅魔館の玄関を出ると面白い光景を目にした。
花火の閃光と星の瞬きとが交わった様な光弾と、色彩豊かな珠の弾幕が空を綺麗に彩っていたのだ。
ぶつかり合う虹と星の礫。そして目に止まらぬ速さで空を滑空する一人の黒帽子と、それをやっとこさ追いかけてる緑のチャイナ服。
力量の違いは一目瞭然で、弾幕の濃さ、威力に現れている。時間と共に両者の差が顕著に目立ち始めて、押されて押して、押されて押されて──やがて黒帽子が八卦炉を突き出し、決め手の一発を放った。
「マスタースパーク!!」
黒帽子の手のオブジェから流星の光が波動状に放出され、チャイナ服を光の中に飲み込んだ。ジュッという効果音の後、ヒューッと情けなく墜落した黒焦げの塊は、奇遇にも私の目の前に落下した。
「勝った者が正義だ。だから勝負に勝てば”不法”侵入じゃ無いんだぜ!」
八卦炉の使い手、金髪魔法使いの霧雨魔理沙はよく分からない理屈を盾に、倒した相手に目もくれずに箒を加速させ屋敷の裏へと消えて行った。
「……いてて」
石畳を人の形に凹ませた、緑のチャイナが立ち上がる。私と同じくらい高い背の彼女は、私の姿に気づくと、しまったといった感じで慌てて服の埃を払い、可能な限り見た目を整えて、かしずいた。
「これはお恥ずかしい所を見られましたね……もうお帰りですか? もっとゆっくりしていかれても宜しいですのに」
……驚いた。驚いて、そして自分の過ちに気づいて、おかしくなって大笑いしてしまった。
「あはははははははは」
「えっ……?」
「あーなるほど、なるほどね。くくく、そういう事ね」
「え、あの、ちょっと酷いです……そんなに笑わないでいいじゃありませんか……」
「いや、違うんだよ。うん、そうじゃないんだ」
──こいつ、ちゃんと私が来てたことに気付いてた。
ちゃんと来訪者をかぎわけていたんじゃないか。
「あはははっ……くーっくっくく……」
「あ、あのー……」
「いや、本当にすまない。くくっ、あのさ、一つだけ聞きたいんだけどさ、霧雨魔理沙は悪人だと思うか?」
私のこの問いに、美鈴は「え、もちろん悪人ですよ!」と唇を尖らして断言した。
「パチュリー様の本を盗むし、何度言っても勝手に館に忍び込むし! 挙句の果てには私をこんな目に合わせて平気な顔して良い人なわけがない!」
腰まで伸びる紅い髪を震わせながら熱弁する。わなわなと握り拳を作って今にも爆発しそう。
だがそんな怒りはすぐに冷めて、諦めたように拳を下げると、彼女はふと笑った。
「でも、パチュリー様の良き話し相手になってくれるから追い出せないんです」
頭をポリポリと掻いて恥ずかしそうに俯く彼女に、気高い意志を見た。
──なるほど、こりゃ優秀だ。
「すまなかった、また来るよ」私も頭を掻きながら、門番に別れを告げて立ち去った。
──まだまだ人生経験が足りないなぁ、私は。
ワーハクタク
けーねを人狼にしてどうするよ
語彙力無いのでサラリと流しちゃうのが悪い癖です; どっしり心掛けてみます!
>13
調べてみたら曲の名前なだけみたいですね。しかし、これは騙される!
>14
まるで気付きませんでした;; 直します・・・
話の内容が薄すぎてなんとも評価しづらいです。文章も悪くないのですが、これといって特色がなく単調とも。テーマを機械的に水増しするのではなくて作品に仕上げて欲しい。なんか勿体無いです。
せっかくここに投稿するのだから、自分が面白い!と思ったものを読者にどう表現していくか、自分の作品で他者をどう楽しませるか、そういったエンターテイメント的な視点を養って作品を書けるようになればいいと思います
胸に響きすぎて胸が痛いです……言われてみれば思い当たる節がありまして、焼きそばの湯切り失敗した時みたいな気持ちになってます。
でも、次こそは!って意欲が湧いて来ましたので、次また投稿した時はご指摘下さいませ! 面白さとは何か、深く考えてみますノノ
面白かった
文章がとても綺麗に仕上がってるので勿体無いです
違うよ、全然違うよ。美鈴だよ!(マークパンサー風
>>28
精進します!だけど身内以外に評価してもらうのは初めてで、文章も変じゃないかなって気にしてたので、そこは大丈夫みたいで、それは良かったと思ってます! 本末転倒ですけど……