Coolier - 新生・東方創想話

「十一人目」と灰色の決断

2008/03/15 07:03:24
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 議録 S4-43EDWJR



 裁判長:四季映姫・ヤマザナドゥ
 死人:土柱逢






   ***




「……今、何と?」
 裁判官……いや、閻魔王たるもの、裁かれる死者の前で常に粛然とした態度が必要だ。しかし四季映姫は、その言葉を聞いてぽかんと間の抜けた顔を作った後、わずかに顔を顰め、そう言った。

「あれ、閻魔様。聞いてなかったんですか。一方的に判決を言い渡すだけが閻魔様の仕事じゃないですよね?」
「余計な言動は慎みなさい」
「じゃあ何も言いませーん」
「質問には答えなさい」

 映姫は有無を言わせぬ鋭い視線を投げた。しかし、普段の裁判では有も無も言えない口無き死者を相手にしてきているので、従わぬ相手を従わせるためのスキルは高くなかった。

「……まぁ、いいや。もう一回言いますよ」

 短い沈黙を先に破ったのは喋る死人である彼女の方だった。そこに駆け引きなどはなく、ただ単に彼女が黙っていられない性格なだけのようだ。

「私を、転生用の肉体が用意されるまでの間、閻魔様の元へ置いといて欲しいんです」
「……聞き間違いではないようですね」

 映姫が彼女にもう一度同じことを言わせたのは、勿論本当に聞き逃したからではない。彼女の申し出が悪い冗談にしか聞こえなかったからだ。彼女が正気で、本気でなければ二度同じ冗談は言うまい。
 しかし彼女は、一字一句違わずに先と同じ台詞を言った。これで彼女が本気であることはわかった。だが、正気であるとはとても思えなかった。
 そんな映姫の心中を察してか、彼女は映姫が何か二の句を継ぐ前に、と口を挟んだ。

「ただで許しを請おうとは思ってません、許可証があるんです」
「許可証?」
「閻魔様の元での居候許可証。ほらほら」

 固まって、まばたきの回数だけが増えている映姫の眼前に、ずい、と紙切れが差し出された。
 その当時では、契約書など重要な書類にも用いることがもったいないほどの高級な皮紙。それを知る人に対しては、貴重な皮紙に書かれた何か、というだけで固唾を呑んでしまう、強力な切り札となる。
 だが、それ以上に映姫の目を惹いて離さないものがあった。
 でかでかと書かれた認可の文字に、続く見慣れない名前(土柱逢とある。彼女の名前だろうが、読み方まではわからない)。転生の終了するまでの間、閻魔王である映姫の元にいることを認める旨を、細やかな条件と共に連なれている。ここまでは、契約書の雛形のような文書だ。不自然なところも、特筆するべき項目もない。

 ただ一つ。
 最後に、転輪王の名があったのだ。

「まさか、他の十王の名が出てくるとは……」
「ね、信用に値するでしょう」

 映姫の反応に満足したのか、彼女は弛緩した笑みを隠そうともせず言った。

 同じ十王もしくは死神の間で階級や立場の差があるように、こういった契約書の類にも、「誰が署名したか」によって重要度のランク差がついてくる。いくら体裁が整っていても、存在自体が強大な権力な者の前では鼻をかむ紙と同価のくずでしかないものもあれば、名前だけで閻魔王でさえも尻込みする強烈なカードもあるのだ。
 映姫が十王の一員となったのは、よほど最近のことだ。同じ十王である転輪王との力関係は述べるまでもない。

「この文書が本物かどうか、まだ白と決まったわけではないです」
「転輪王の名前を知らないわけではないでしょう。同じ閻魔様なんだから。それにほら、ここ。捺印があるでしょ? 勿論見覚えがあるだろうけど、これは閻魔様らが文書の内容を認可した証となる、意味のある判よ。さらに言えば、これ、地獄の神らが好んで使うという染料で書かれていて、これは拷問設備の地獄の釜にも注がれているという、特別な油から作られた希少価値の高い……」
「わかりましたわかりました。……認めましょう、この認可証の正当性を」
「お、随分と話の早い閻魔様ですね。私、ちょっと感心したかも」
「君子は豹変すると言います。間違いを悟ったら、すぐさま態度を改め、考え方を正す。それが人の上に立つ者のあり方です」

 信念に倣ってそうは言ったものの、十王の中でも強力な権限と力を持つ転輪王の名を出された時点で、話の転ぶ先は決まっていた。
 どうもこいつは閻魔王という地位にある者の弱いところを知っているようで、やり辛い。立場も信義も名分も関係ないならば今すぐにでも追い落としたい相手だ。

「えと、じゃあ、ふつつか者ですが転生終了までの間、よろしくお願いします」

 時違いな定番の台詞に、警戒心も強張った表情も、その他諸々がまとめて静かに崩れた。

「ふつつかな者は、問答無用で餓鬼道に落としますよ」

 意図しない小さな笑みがこぼれる。その笑みが意味するところは二人にしかわからないだろう。



 限りなく黒に近い直黒の存在が映姫の元に舞い込んできた。

 それは、まだ映姫が閻魔王を名乗っていた頃の話で、
 白黒をつける程度の能力を持たなかった頃の話だ。


   ***


 閻魔王の審判は、基本的に流れ作業だ。
 それは、死者の数が多く、加えてその頃はまだ一人の死者に最大十回の審判をかける十王裁判が続いていたこともあって、一回一回の判決に時間を割いてはいられなかったことも一つの大きい理由だ。だが何より、閻魔の下す判決には”間違いなど無く”、その判決に至るまでの審議にも迷いという紛れ物は入らない。だから、顕界の裁判とは違い、非常に円滑に進むのだ。
 ただ、実際にスムーズな審判を行うには、閻魔自身の優れた器量の他にもう一つ、優秀な助手が必要である。



「あなたは少し他人との関係を軽視しすぎた」

 彼岸での裁判に、休みはない。今日も今日とて裁判は行われる。
 審判が下される裁判場には、基本的に裁判官と判決を受ける死者の二人だけしかいない。審議という一過程が、一人の閻魔の頭の中で行われるというだけで、無駄はここまで排せるものだ。
 ただ、映姫の裁判には第三者がいた。

 映姫は隣に座る彼女に視線を落とした。

「……随分と手慣れているように見えますね」
「んん、そうですかね。よくわかんないです。でも、映姫様の誉め言葉なら、真に受けちゃってもいいんすよね。嘘付かないでしょうし」

 皮肉にも聞こえる逢(あい。映姫の元での居候が決まったときに呼び名を統一し決めた)の言葉。饒舌は仕事中も変わりないようだが、紙の上を走らせる筆は淀みなく、絶えず動いていた。
 映姫が逢に、居住を許した代わりに与えた仕事は、裁判の書記役だった。本来は死神の中でも歴の長いエリートに与える役職だが、閻魔王らに同じく死神たちも人材不足が深刻だったので、今回のような転生待ちの居候が舞い込んできた場合、映姫は優先的にその仕事を与えていた。
 死神とは違い、彼岸での研修も受けていない非正規な人材に、潤滑に進む裁判を阻まない仕事をしろというのが無茶苦茶な要求だとは映姫はわかっていた。だから、一通り未満の仕事内容を教えて、あとはこちらでフォローしながらほどほどに頑張ってもらおう程度にしか考えていなかった。

「嘘でもお世辞でもないです。あなたのような軽薄に軽薄を重ねたような人がこれほど有能だなんて。しばらく書記役の心配はいらなさそうです」
「ほめられてるととっていいのか微妙なところっすね」

 それでも逢は照れくさそうに口元を綻ばす。

「昔ですね、閻魔様にあこがれてたんですよ」
「……閻魔に、ですか?」
「あぁ、んにゃ、もっと大きなくくりでの閻魔ですよ? そりゃもちろん映姫様も憧れの対象ですが、閻魔という一つの枠にですね、あこがれていたんです」
「それはそれは。いいんじゃないですかね」
「……映姫様、今、適当に答えたでしょう?」
「正直なところ、また新しい冗談にしか聞こえませんでしたからね。ただ、話としては面白かったですよ」
「私の夢を冗談と言いますか」
「本気だったのならば謝りますよ」

 映姫はそう言って逢を軽くあしらった。
 映姫の中でも、閻魔王は、人々から畏れられ、倦厭される存在であった。羨まれる要素などどこにもない。そう思っていたからの反応だった。


   ***


 永らく続いた映姫と居候の日々だったが、その日、新たな転生待ちが舞い込んできた。
 求聞持の能力を持つ、御阿礼の子だ。

「転生が終わるまでの間、どうぞよろしく」
「あんた何様だ? どこから来たんだ? 映姫様がそう軽々しく転生を許可するわけなかろ」

 投擲用の「しゃく」が後頭部に直撃してようやく、逢のタチの悪い饒舌が止まった。

「彼女は、これまでに何度も転生を繰り返してきた幻想郷の名家の末裔です。転生するにあたり、少なくともあなたよりは正しい手順を踏んできてますよ」
「冗談ですよ、映姫様。私が、せっかくの新しい話し相手を追いたてるような真似をする奴に見えますか?」
「見えません。あなたの言動全てが冗談の固まりだと知った上で説教しています」

 逢はふくれっつらを作って返した。御阿礼の子は、しとやかに微笑んでいた。



 二人が犬猿の仲となるのを少なからず心配していた映姫だったが、仲違いの心配はなさそうだった。
 裁判の記録をとる仕事も、ある時は分担し、ある時は協力し合っているようだ。その様子を見る限り、実は旧知の仲でしたと言われても普通の人ならば納得してしまうかもしれない。

「面白い方ですね」

 逢が休憩中で、裁判場に二人のみの時、思いついたように稗田の子は言った。何の前置きもなく湧いて出た言葉だったが、映姫の知る中で面白いと形容されるような人間は一人しかいなかったので、彼女が誰の話をしようとしているのかすぐにわかった。

「彼岸には少々賑やかすぎる存在ですが」
「閻魔様もそう思いますか。……場違いは承知なのですが、私も彼女と色々賑やかにおしゃべりしている時間がとても楽しいのです。顕界では名家の末裔ということで、対等に話せる同世代の子とかいませんでしたし。あと、私の話とかにもちゃんと耳を向けてくれるんです。「今の幻想郷のこと、何でもいいから話してちょうだいよ」って」
「意外ですね……。逢の方が一方的に吐露しているだけかと思いましたが」
「話し上手は聞き上手、だそうです。彼女と会話していると、確かに話しやすさを感じます。あれは、そう、親近感……にも近いですかね。性格面ではあの通り結構違っているんですけど。そう感じてしまうのは、同じ、転生を待つ者同士の境遇の似通いが大きいのかもしれませんね」

 控えめに笑う。

 逢と御阿礼の子が似ているという感想は、実は映姫も初めから持っていた。稗田の子はそう感じる理由に”同じ転生を待つ者同士”という共通点を挙げた。だけど、映姫はもっと深い、どうしようにも手の届かないところにある根底に二人の共通項があるような気がしていた。



 一人でいる逢をつかまえるのは、御阿礼の子の時より随分時間がかかった。
 それは、御阿礼の子が休憩中の時も逢と一緒にいるのを好んでいたのに対し、逢の方はそれに加えて彼岸のどこかへぶらりと消えてしまうことが多かったことにある。彼女ら二人の性格が相まって、映姫と逢だけの時間は以前ほど生まれなくなってきていた。

「まぁ特別困ることなどないのですけどね」

 そうつぶやきながら三途の川岸へ歩んでいく。
 水面を小石が打つ音が聞こえてくる。
 川全体を包む霧が深く、ほとりに腰かける逢の後ろ姿を捕捉するには相当近づかなければならなかった。砂利を丁寧に踏みしめる音が耳に届く方が早く、逢の輪郭が視認できるまで寄った頃には映姫が来ていることに完全に気づいていたようだった。
 振り返る逢と、視線が交わる。一言の代わりに小さく頷いてみせると、逢は照れくさそうに微笑んでから、興味の対象を再び三途の川へと向けた。
 水打つ音だけが耳の中で続いている。逢は何も言わない。映姫も何も言わなかった。
 逢が”縄張り”を少し詰めて、隣に座るように促しているように見えたが、映姫は彼女の斜め後ろでぼんやりと立ち続けていた。何となく、その方が二人の距離感として正しい気がしたのだ。

「三途の川の幅は、死者の罪の重さで決まると言いますけど」

 やはり、沈黙を断ったのは逢の方だった。

「川の深さは、何で決まるんでしょうかね」
「……検証したことありませんね。そういえば」
「聞いててつまらない説教をした回数で決まるとか」
「無駄なおしゃべりで他人に苦痛を与えた回数とかですかね」
「誰かを縛り上げて一度沈めてみれば大体わかるかも」
「こちらまでの渡しの運賃が無くなった死者に検証させましょうか」

 輪廻から外れて沈んでいく者たちの行く末を想像する。輪廻転生の権利を失うことは、永遠を、行き止まりで生きることに等しい。

「私がわざわざ静かなこの場所へ足を運んでいるのは――」

 探るような語りだった。間が入る。

「孤独が芯に染みこんでいるからなんでしょうね。このあたりは大分霧がかかっていて、何もない白が広がってる。どういうわけか、私はこの空気に懐かしさを覚えるんです。本当は、孤独とか、ひとりぼっちとか、恐怖の対象でしかないんです。誰かとのつながりが、どれほど繊弱なつながりでも認識できなくなったら……。私はその状態を魂の死と区別できません」

 そう言って逢は視線をななめに落とす。
 逢が孤独へ抱いているのは、恐怖とは違う、嫌悪感。普段とは違う吐き捨てるような独白から、おそらく閻魔王特有の洞察眼がなくとも想像できたことだろう。逢の意識は孤独を憎んでいる。しかし、逢の無意識は永らく続いた――おそらく想像でしかないが――孤独に、無視できないほどに依存しているのだろう。
 孤独を嫌悪する者にかける、正しい言葉を映姫は持っていなかった。少しの逡巡の後、映姫は口を開く。

「あなたの転生の理由を聞いてませんでしたね」

 映姫は聞き逃されること、はぐらかされることを避けるために、丁寧に、一句一句を継いだ。

「それを聞きにわざわざここまで足を運んだんですか?」
「誰かを質すには一対一が都合がいいですからね」

 逢の投げる石ころが初めて水面で一回跳ねた。

「閻魔様は、嘘を見抜くことができるんですよね」
「……どういうつもりで聞いているのですか」
「『これから私は本当のことを話します』という前振りっす」

 逢は右手を胸に当てる。さながら、自己紹介代わりの口上を述べる舞台役者のように、よく聞かせるように、はっきりと。

「私が転生を迎える理由。それは、先王モリティ・カリンスの実弟と、愛人の息子の覇権争いにティフサーギ王国が大いに揺れていた頃まで遡ります。王国の運命を握る預言者であり、巫女であり、魔術師だった私は、両者の確執が争いへと発展することを憂慮して、彼らに試練を与えました。それは、強大な武装国家である隣国の領主、ユンクと友好を築」
「続きは地獄で聞きましょうか」

 むしろここで三途の川に突き落とすのも悪くないなと、映姫。

「逢の転生用の身体は不要になったと上に伝えておきます」
「あぁ、ちょっと映姫様! それは勘弁、勘弁してくださいって」
「嘘吐きに貸す耳などありません」

 腹立ちも一緒くたにして吐き捨てる。逢の適当な話を聞くためだけに無駄な時間を割いた無思慮な自分が、何より腹立たしかった。
 拒絶を示す早歩きで、映姫は立ち去ろうとする。それに気づいて慌ててすっくと立ち上がる逢が目に入ったが、気にも留めない。

「ごめんなさい、映姫様。まさか真摯に聞いてくれてるとは思わなかったんです」

 無視。

「というか、まずですね、閻魔様がわざわざ出向いてきて切り込んだ質問してくるなんて思ってもみませんでしたし、だから」

 耳を通過するノイズを排する。

「えっと、じゃあ、一つだけ。最後に一つだけ言わせて……質問してもいいですか?」

 足を速める。
 耳から入る情報を遮断するといっても、自らの早足とそれに追従するもう一つ分の足音は意識せずとも入ってくる。だから、それまで続いていた二人分の足音が片方欠けたとき、言い得ぬ奇妙な違和感が残った。

 一人分の足音が消えた静寂に、”その言葉”は妙に浮きだって聞こえた。





「”ただそこにあること”だけを求められた人生に、意味はあると思いますか」





 止まる。
 留まる。
 意志に反したのか。そもそもそこに意志があったのか分からない。気がつけば、映姫の足は棒になっていた。
 前にも似たような事があったと思い返す。他でもない、逢と初めて――地獄の裁判官として――対したときのことだ。
 同じだった。彼女の言うことは、脈絡もなく、突拍子もないのだった。だから、映姫は確認の意を込めて、振り返る。

 口を開きかけて、

 もう一度止まった。

 ――もしかしたら、メドゥサは怨憎と絶望に満ちた生き物だったのかもしれない。

 そう思い直してしまうほどに、逢の目は光が無く、憎悪が溢れていて、
 映姫を否応もなく止めた。

「ねぇ映姫様」
「……」
「どうして”正しいこと”は全ての人を救わないのですか」

 映姫は何も言わなかった。


   ***


 いつのことだったろうか。
 彼岸で初めて逢の冷たい深部に触れた時よりも前なのか後なのか、御阿礼の子が転生のために訪れた日以前のことなのか以後のことなのか、それさえ定かではない。
 とりあえず、ある日のことだ。

「――あなたを地獄送りとします」

 幽霊に表情はない。判決に悲観しているのか、諦観しているのかは判別できない。閻魔王は、死者の言い分も釈明も聞くことはない。死人の言い様によって咎の解釈が変わるようなことがあってはならないからだ。
 死人に口なし。
 命あるうちの善行が何よりも自分のためになるのです、と映姫。

 流れ作業のつかの間。逢の、記録用の筆を置く音が聞こえた。何てことはない動作、しかし映姫にはそれがいつもよりぶっきらぼうに聞こえた。
 どこかで、機嫌を損ねたのだろう。そう憶測を立てて、訊ねてみた。

「何か不服があるようですが」

 言って、少し言い方が刺々し過ぎたかと反省した。話を聞く側が攻撃的では仕方がない。理性的な言葉無く議論はできない。中庸は目指せない。
 逢は、眠そうな目をしていた。いや、映姫はすぐに思い直す。彼女はまれに、現在を置き去りにして丸く大きなまどろみに飲み込まれたかのように、深い思索の海に沈んでしまうことがあった。今のこの状態がまさにそれだと認識する。

「さっきの人……」

 映姫が聞く態勢に入る前に言葉がこぼれる。ただ、注意して耳を傾けなくても、また、職業柄他人の話に耳を貸すことが少ない映姫にも、今の逢の感情を拾い損ねるのは危険だということだけは直感的に理解できた。

「今の人の殺人は、何人もの人を救ったんじゃないですか」

 あぁ。そういうことか。と、映姫。

「当然動機によって斟酌はしています。ですが、彼女はあまりにも人を殺めすぎた」
「それがより多くの善人を救うことになってもですか?」
「人間個人が個人を裁いても良いように世界はできていません。それに、命を奪うだけが悪を断つ方法だと思ってはいけません。人の生に干渉することはそれだけで酌量の余地がないほどに罪なことなのです。そこに理屈などありません」

 映姫は丁寧に、しかし譲歩する気を見せない論調で逢をはね除けた。裁きの基準を犯される気はない。
 逢は次の言葉を探すかのように口を結んでいる。彼女の消化不良で事を終わらすのは、それこそ切っ先がどこに向くか分からず一番危険なので、不満には十全と付き合うつもりでいた。
 だが、続いた言葉は予想していない領域からの攻撃だった。

「映姫様は、全ての人間が納得できるような裁きができてると思ってるんですか」

 いつの間にか矛先は映姫の裁きそのものへと向いていた。

 何を今になって、というのが正直な感想だった。裁判の書記役として、膨大な数の裁きに触れてきたというのに。常々の不満があったのだろうか。たまたま虫の居所が悪かったのだろうか。
 どちらにしても、言うことは決まっていた。

「全ての生き物が納得する判決、ですか」
「はい」
「そんなもの存在しません」

 逢がまばたきも忘れて止まる。
 映姫は構わず続ける。

「全ての生命が納得いくような裁きは実質不可能です。でも、それでも私たち閻魔は間違いが微塵もないを裁きを目指す。空想だから、妄想だからと言われる理想論に辿り着くことは叶わなくても、限りなく近づくことならできる。一万人の大きな不満を数人の小さな不満までに抑えることならできる。それは、私たち閻魔にしかできないこと。地上の法には実現できない完璧さには、私たちが近づくのです」

 誰にも譲れない、閻魔王の理念だった。
 この世にもあの世にも絶対的な存在が居ない以上、この世界に”絶対”という言葉はない。それならば、”絶対”に限りなく近い基準を全ての生命に与えるのは、”絶対”に近い存在の役目だ。

「……ご立派な信念です」

 その日、逢はそれ以上言葉を発さなかった。裁判中に筆が止まることが多く、消化不良を懸念していたが、次の日にはもう、いつもの淡泊な逢が戻ってきていた。

 少なくとも映姫はそう思っていた。


   ***


「ねぇ映姫様」
「何ですか?」
「その帽子も閻魔の制服の一部なんですか?」
「真面目な顔でそんなこと聞かないでください」


   ***


「そう言えば映姫様」
「余計なこと言いそうな顔してますね」
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるって、よく教えられましたよね」
「全くのデマですけどね」
「ここって、口無き死者しかやってこないから、嘘付く者もいないし舌抜く機会もないですよね」
「……黙って仕事したらどうですか。それとも、私に舌をちょん切られたいんですか?」
「いえいえ、そんなことは……。て、映姫様? え、ちょっ、ほぁ、ひゃへてふはひゃいっへ!」


   ***


「転生の準備が整ったようです。閻魔様、逢さん。今までありがとうございました」
「次の転生待ち期間にまた会おうねー」
「あなたはいつまで居候するつもりですか……」


   ***


「あの世って、想像以上にやることないんですね。映姫様、退屈じゃないですか?」
「仕事に熱心になっていれば退屈など感じるはずもありません」
「へぇ。さすがに真面目ですね。でもそれだと今の幻想郷では生きづらいですよ」
「暇なら少し善行を積むことを考えたらどうですか?」
「あの子がいたときは全く暇せずに済んだんですけどねー」
「……どうやら減らず口が開く余裕もなくなるほどの仕事が欲しいようですね」

   ***


 そうして、日々は重なっていった。


   ***


 裁判場には、三人。
 裁かれる者――死者。
 裁く者――映姫。
 書き留める者――逢。
 今日も今日とて、裁判は行われる。今までずっと続いてきたことだ。
 明日も、明後日も。一年後も、六十年後も。

 それは一種の平穏だった。変わりようのない毎日。それが崩される遠因などどこにもない、はずだった。



 一つの通達が届いた。
 転輪王の名が入っていた。

 終わりの予感が映姫にあった。
 終わりの確信が、逢にはあったようだ。



「……これは何でしょう」

 建前のみで聞く。その通達の中身は、もはや映姫にも読まずとも把握できた。
 逢は努めて無表情を作っているように見える。「よく分からない」を、どこまでか突き通すつもりなのか。

「転輪王からの御達しです。――私の元に”不当に滞在していた者”を直ちに引き渡せ、とのことです」

 空気が重く、空が陰ってきたような気がする。彼岸の最果てでは、救いの手を伸べる存在はいない。

 映姫と逢が初めて会ったときのこと。次の器へ能力を渡す、長い準備期間の間に御阿礼の子がしたように閻魔王に滞在の許しを請うこともせず、十王の最高権限の名を借りた許可書を口上に突然逢はやってきた。彼女は何てこと無しに、当然のように映姫の元へと居着いた。
 時が経ち、必要以上の年月が流れ、転生が終わる気配さえ見せない頃に、この通達が届いた。そこには、逢の転生を許したはずの転輪王を初めとした閻魔王数人の名前が連ねられていた。

 つじつま合わせは一瞬で終わる。つまり、土柱逢が転生を行うという予定自体が全くの出任せだったということ。

「輪廻の輪から外れようとする行為は重罪です。……それを承知の上ですか」

 逢の瞳に潜り込もうと覗き込む。
 睨め殺すような、問責するような、尖った目をしていた。悪あがきとか、諦めの段階さえ通り越したのだろう。そこに残るのは、行き場のない憎しみだ。
 映姫は続ける。

「十王に目をつけられた以上は、あなたがここに存在した証拠を完全に隠滅し、なおかつ無事に逃げおおせることはまず不可能です。私と、十王の弾劾裁判におとなしく出ること。それが今のあなたができる最善の選択でしょう。私が付き添えば、十王と言えど多少の酌量は……」



「そうやって最善最善ってさぁ!!!」



 劈いた。

 逢の叫びは、陰鬱な空気をもろとも吹き飛ばして、映姫の芯まで震わせた。

 哮る声など何百年も聞いたことなかったな、と時違いな感想が生まれた。
 映姫はおじけつかないように毅然として正対する。

「あんたたちはいっつもそうだよ。正しいことだけやってれば全てを良しとして、本当の弱者を助けないでさ! 何が最善だよ。最善はいつだって私を救わなかった!!」
「あなたは何か勘違いしています。私たちは正しきを貫くために最小個人をおろそかにしたことはありません」
「そう。何もしてない。何もしてないんだよ! 世界を保つため、幻想郷のためだとか言って、これが最善だとか言って、人柱を差し出して幻想郷の平穏は保たれた、はいそれで終わり? 確かに、私が人柱になったことで多くの住民は救われた。訪れた平穏を祝ってた。でも、幻想の果てに幽閉された私には何もなかった。感謝も、憐れみも。人柱が捧げられた記憶を残そうともせずに。正しきことばかり称えるやつらは大数だけを見て、世界の端で泣き喚く私に見向きもしなかった!」

 涙もなく、嘆きもなく。吐露されるは憎しみだけだった。周りを置き去りにする感情と言葉の爆発で孤独に向かう、逢。
 今にも映姫につかみかからんとする勢いだった。感情のなだれは、小さな映姫を飲み込もうとしていたが、映姫は一歩もたじろぐことがなかった。
 むしろ、逢を鎮めようとして、

「少し、落ち着きまし「触らないでっ!!」

 横に薙ぐ逢の右腕。二人の体格差はわずかに映姫が劣る程度だが、振るわれた腕の勢いはすさまじく、映姫はそのまま後ろに吹き飛ばされた。
 冠としゃくが飛んで映姫の身体ごとまとめて砂利の詰められた地面に叩きつけられる。
 一瞬の暗転。逢の悲鳴のような声が聞こえた気がする。


 視界が復活する。心なしか、世界がぼやけて見える。判然としない世界。
 視界の右上の違和感に、映姫は手を伸ばす。赤色が浸食してきた。温かい。頭から血が流れている。
 それでも立ち上がろうとする映姫を、どうにか支えようとする両腕があった。
 目が合う。
 今にも泣き出しそうな、逢の顔があった。

「……自分の血なんて、久方ぶりに見ました」

 逢は首を横に振るだけだ。行き交う感情が行き場を探している。

「私にも全ての生き物と同じ血が流れているようです。少し、安心しました」
「安静に、安静にして」
「……大丈夫ですよ。この程度で倒れるようでは閻魔王をやってられませんから」

 逢の手を退けて立ち上がろうとする映姫の身振りには、気遣いの余裕は感じられなかった。

「心なしか、頭が冴えわたっているような気がしますね――」

 気を許したら、今にも天地がひっくり返りそうだけど。
 生きのいい血の流れを、もう一度右手で拭うと、”そのまま右ポケットに手を伸ばした”。

 ――まだ、壊れてはいないようだった。
 曇りなき、閻魔の鏡。

 浄玻璃の鏡。

 映した者の過去や行動、それをするに至るまでの遠因まで、全てを映し出す鏡。



 これの存在こそが、映姫の罪だった。
 初めから知っていたことが、言い逃れようのない、映姫の罪だった。



「裁かれるべきは、あなただけではないようです」
「……?」
「正しいこと、基準は私の中にあります。これは絶対に譲れません。そして、正しさを与えることは私たちの役目です。――ただ、今一度だけ、あなたの救済を考えることは、閻魔の私に許されることなのでしょうか?」


   ***


 昔々、あるところに外の世界とは隔離された小さな共同体がありました。
 その世界では人間は下級の妖怪にとって食われるほどのか弱い生き物でした。人間たちは集落をつくり、智慧を寄せ合い、どうにか我が身を守り続けました。

 ある日、集落に妖怪の賢者が訪れました。
 賢者は、人間が妖怪に襲われて絶えてしまわないようにと結界を張りました。これで、人々は外からの的の存在に怯えることなく日々を送れるようになりました。

 平穏は長いこと続きました。人々は営みを、知のある妖怪の庇護の元に続けました。初めは建家を寄せ集めただけの集落も、人が増え、村や町としての機能を持ち合わせるまでになりました。

 しかし、平穏は永遠ではありませんでした。
 絶対と思われていた安全は、結界に大きな穴が開いたことで徐々に崩れていきます。
 結界の修復を頼もうにも、結界を施した妖怪の在処を知るものは集落にはいません。
 人々は恐れおののきました。

 ――このままでは近いうちに外界の妖怪に集落ごと滅ぼされてしまうのではないか。

 不安は未知数であるが故に、人々の心の中で果てもなく膨らんでいきました。
 そして、その不安に打ち勝つための力は、長い平生のうちに人々から失われていました。

 集落に、一人の妖怪がいました。
 妖怪に比べ短命な人間にとってその妖怪は、気がついたらそこにいたという存在でしかありません。妖怪がこの地に居着く理由を知るものも、妖怪が義理立てる相手も、今はもういません。しかし、それでもその妖怪は人々を正しき方向に導くために、人間に尽くしてきました。
 結界が今にも破られそうになり、安全を揺るがされた人々が頼ったのは、その妖怪でした。
 妖怪は迷いました。
 確かに妖怪は智慧もあり、人間と比べものにならないほどの力を持ち合わせていました。だけども、一つの集落を覆うほどの結界を生成するほどの力は、よほど名のある妖怪にしかありません。
 その妖怪が惑ったのは、結界を修復するすべが何ひとつ無かったからではありません。
 妖怪は全妖力を捧げて結界を塞ぐ人柱になることは可能だ、と人間に言いました。
 その提言には人間も戸惑いました。里を守るためといえど、一人を犠牲にするのはためらいがあったようです。だけど、一人が「それが里にとって最善ならば」と言い出すと、妖怪は人間たちに泣きながら懇願されました。

 こうして、人間の里は一人の犠牲によって救われました。里を覆う結界は今の今までほころびを見せず、平和な日常が続いています。



 ――これは、人間たちが都合良く切り貼りした美談です。
 この話では、人柱の半永久的な孤独の空白が語られていません。
 時の残酷さに苛まれても、五感が衰えていく感覚に苦しめられても、ただそこに在るためだけに人柱は自分を保ち続けました。
 初めこそは集落の危機を救った英雄であったのです。しかし、段々と自分たちが一人を犠牲にしたという事実が重くなり、人々は事実を視界から外し、語り継がれなくなり、やがて里には人柱が存在したことさえ知る者がいなくなりました。

 滑稽な話でしょう?


   ***


「良い面持ちをしている。閻魔王らしい潔さだ」
「だが、その高潔さは間違っていて、評価できるものではない。何より」
「閻魔なら裁判での嘘は自分の保身にもならないことは自覚しているはずだが」

 圧巻、とはあながち逢だけの感想ではなかっただろう。
 映姫でさえも、十王のうち九人に囲まれて弾劾裁判を受けているこの状況に、固唾を飲み込むことさえもうまくいかないほどに、緊迫している。

 裁判場は円形をしていた。被告人台は中央に、階段を三段ほど高くした場所に置かれている。被告人台を囲むようにぐるりと十席分の裁判官席がある。被告人台よりも高く、見上げる位置に席はある。
 一つだけ空席になっている。これは、もちろん映姫が座るはずだった椅子だ。

 ――次は誰があそこに座ることになるのだろうか。
 後任を見届けるまで、私はここに存在することを赦されるのだろうか。

 判決は幾許もなく下されるだろう。逢は、輪廻の輪から外れようとしたのだ。おそらく、多分……もなく、確実に地獄に落とされるのだろう。それはもう、一人の閻魔王が酌量を望んでもひっくり返せないほどの、重い重い決定事項だった。
 そして、映姫も。

「映姫様」

 袖を引かれる間隔と同時に、逢の声が耳に入った。

「もう、いいです。私のわがままに、付き合わなくて、付き合わないでください」
「……この件は、私の罪でもあると、裁かれるべきは私であると言ったでしょう。それに第一、後に引く理由が私にはない」
「怖く、ないんですか」
「何がですか?」
「死ぬこと。……地獄に、堕ちること」

 恐怖は、認知されて初めて人の心に影を落とす。今の今まで気を張って強がっていた逢だったが、十王に囲まれて問責されて、僅かにでも決壊したのだろうか。
 映姫は、これ以上彼女を不安がらせたくないと思った。それは、とても正しいことに思えた。

「心配はいりません。私は、裁かれることも死んで地獄に堕ちることも恐れてはいません。ただ私は、正しきことを正しいと、間違ったことを間違っていると言える自分が消えること、それだけが怖い」

 袖をつまんでいた逢の手。見ると、微かに震えていた。そっと手を添え、握り返してみる。
 血が通っていた。

 裁判場内が静まり、秩序が戻る。

「判決を言い渡す」

 二人はそっと目を閉じる。

「そなたたち二人を――」


   ***


 暗転。


   ***


 ――あの決断は間違っていたのだろうか?

 幾重もの年月が経ち、それに比例するだけの死者の生前に白黒をつけてきた。だけど、今でもあの時の決断だけは一体全体間違ってはいなかったのか、何度も思いめぐらせてしまう。

 ――私は、逢を判ずるべき立場じゃなかったのか。
 助けるにしてももっと方法があったのではないか。
 そもそも、あの時私が何かすることに意味はあったのか。

 頭では、自分に偽りなく正しいことをしたのだと整理が付いている。深い思案に沈んで導いた自分の答えだ、自信も十分にある。だけど、逢と離れ離れになったという結末が与えられた今、もしかしたら全ての問題を打開できる答を得たやり方もあったのではないか、逢も自分も赦されあの日々と同じでいられる未来もあったのではないかと思い悩んでしまう。
 閻魔王にとって迷いは不純物以外の何物でもない。映姫の心に生まれた唯一の迷いは未消化のまま深い深いところに沈んでいる。しかし、それは新たな、より揺るがない価値基準を映姫に与えたのだった。


   ***


 身体に障る冷たい風が吹き抜けていく。かじかんだ両手を口の前に合わせて温かい息を吐く。
 冬を越すにはもう一枚上に羽織るものが必要だなと、霧に紛れていく白い息の行く先を見ながら映姫は思った。
 彼岸の風は、顕界のそれに比べて鋭く、冷たい。
 死者の息吹が三途の川の向こうから乗せられてくるからだろうか。


   ***


 あの日の判決は映姫の予想を覆すことはなかった。
 二人は地獄に堕とされた。
 十王の名を騙り、不当に彼岸に居座ったこと。それが逢の罪。
 罪人をかばい、あろうことか十王の弾劾裁判の場で偽ったこと。それが映姫の罪。
 二人は判決を受け入れた。いつ終わるとも分からない咎落としを地獄で続ける覚悟を得た。
 彼岸へ戻り、死者を裁く審判員に戻ることは二度と無いだろう……。そう、映姫は思っていた。

 結末を先に述べると、映姫だけはすぐに地獄から彼岸へ舞い戻ってくることになる。

 理由は、顕界での死すべき者の氾濫だ。

 元々十王がそれぞれきっかり死者を裁いていって、それでも労力の許容量は限界に迫っていたのだ。十王の椅子が一つ欠けて、その上裁くべき死者が溢れかえったとなれば、いずれ手が回らなくなるのは想像に易い。
 十王らとて何も手を打たなかったわけではない。まず、一人の死者に対し最大で十王
全員が審判をかける十王審判制をやめることにした。死者一人に対して十王一人が当たる一審制にすることで、分担ができ、増加の一途を辿る死者に対応しようとしたのだ。
 だが、それでも人手不足は解消できなかった。死者の数は増える一方だった。顕界での、多くの人々を巻き込んだ戦争が主な原因のようだった。そこで、十王らは十人の”閻魔王”とは別に、その配下に当たる”閻魔”という役を設け、人員を集めることにしたのだ。
 今でこそ人員がそれなりに間に合い(それでも常時人手不足を謳ってはいるが)、労働力集めに躍起となる十王はいないのだが、”閻魔”の役を設けた当時はその役を望むような妖怪は少なかった。

 困り果てた十王のあいだで人員補填の候補に映姫の名が上がるのはそう遅くなかった。
 とは言え、十王が自ら裁いて地獄に堕とした相手だ。彼らには面子や面目というものがある。体裁と現実論が天秤にかかり、現実論の側に大きく傾いたとき、映姫を生き返らせ、もう一度閻魔の役に就かせることが決定したのだった。

 そして今、映姫は幻想郷の死者に対して審判を行っている。
 十王……閻魔王の椅子からは下ろされたものの、することは昔と何ら変わりはない。そもそも映姫はもとより自らの立ち位置に固執などしない性格だった。


   ***


「冥界へ行き、転生を待ちなさい」

 迷いを知った映姫は、二度と迷わなくなった。白か黒か……不純物の混じらない、絶対に限りなく近い基準で死者を裁いていった。

 今日も今日とて、死者を裁いていった。



 ――迷いを断った今でも、思い返すことがある。
 今の自分があの時の逢を裁くのならば、何て判決を下すだろう。

 いくら思い惑っても、今の逢の行く末を知らない以上、意味はない。
 そう、頭では分かっている。



 逢と映姫が十王の審判を受けたあの日。
 あの日の決断が、映姫の、最初で最後の”灰色の決断”だった。







幽々子様や輝夜・永琳、神奈子様たちの過去はキャラ設定でも触れられているのに、映姫様の背景がない!
ということで書いてみました謎エピソード。映姫様だって初めから正しいわけではなかったのです、という熱い想いが一割、残りの九割のやさしさでがりがり書き上げました。



オリキャラが出てます。土柱逢。
これは四季映姫のストーリーなので、アクと存在感を薄めに。プロットの段階では存在していた逢のその後もなかったことにされました。映姫の行動原理を書き直すきっかけを与えた重要な役目ではありましたが。



どうでもいい話。
この話を書き終わったのがちょうど東方人気投票の真っ直中だったんですが、これ書いている間に映姫様に愛着湧いてしまったせいか、気づいたら投票5枠の中に映姫様が滑り込んでいました。……ごめんよ魔理沙。
dam
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コメント



0.240簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
主人公の片一方がオリなうえ、他にもオリがけっこう占めてる(クロスオーバーと言ってもくらい)ので、注意書きを載せといた方がいいんじゃないかな
3.100名前が無い程度の能力削除
映姫様といえば小町さんと上司部下漫才と相場が決まっていたので新鮮に思いました
中間の掛け合いも小噺っぽくて面白いです
時間の経過を示唆する役目も上手いと思いました

>■2008-03-14 23:19:36の名無しの方
それは過敏かと
5.60名前が無い程度の能力削除
この話の内容ならオリキャラ出さなくてもなんとかなりそう
6.70三文字削除
むう、何か消化不良…
逢のその後が見たかったです。地獄に落ちてハイそれまで、じゃあ、何だかなぁ