「どうも、清く正しい射命丸です。お暇そうですね」
まだ風が冷たい昼のこと。
縁側でお茶を飲んでいた霊夢のもとにやって来たのは笑顔の文だった。
さっと舞い降りるや霊夢の横に腰をかける。
「あら文じゃない。残念だけど私はお茶を飲むのに忙しいの」
新聞の押し売りだろうか。霊夢の反応は冷ややかだ。文にお茶をすすめることもなく手にした湯呑を口に運ぶ。
「そうでしょうね。今回の異変、魔理沙さんに先を越されましたからねぇ」
笑顔で話す文の言葉に霊夢の手がぴたっと止まった。
それでも文は一方的に話を続ける。
「無事に魔理沙さんが異変を解決できるといいですけどねぇ」
しかし霊夢は文の方を見ず、昨晩に魔理沙が飛び立って行った方を見つめていた。
妖怪の山とは別の山で夜な夜な山中から怪しげな妖気が放たれていると霊夢が知ったのは、昨日の晩に異変解決へ出かけようとする魔理沙の口からだった。
寝巻に着替えて布団に入ろうとする霊夢のもとに魔理沙がやって来たのだ。
「どうも怪しい気配を感じてな。今回は私が行かせてもらうぜ」
ぽかんとしている霊夢をよそに魔理沙は短くそう言うと、ニッと笑って「お土産、期待していろよ」と言い残して博麗神社を飛び出していった。
慌てて追いかけようと思っても霊夢は寝間着姿のまま。
縁側まで魔理沙を追ってもすでに遠く、空高く彼女の背中は小さくなっていた。
霊夢は魔理沙の背中が見えなくなるまでじっと見守っていた。
そして今日。
魔理沙が向かった山を見つめながら境内の掃除を終え、一息を吐いていたところに文が来たのだった。
「魔理沙さんのこと、心配ですか?」
「別に。ま、大丈夫でしょう」
そっけなく答えるが文は「そうですか、そうですか」とニコニコ笑ってばかり。
ようやく霊夢が湯呑を縁側の上に置いて文に向き合う。
「それで? 異変のことが気になるなら早く魔理沙のところに行ったらいいじゃない」
「いやいや。今回は霊夢さんの取材に来たのですよ」
「私? 私は今回の異変は魔理沙に任せることにしたわ」
「ええ。それでですね」
文がずいっと霊夢の傍まで身を乗り出す。その目が興味で輝いていた。
「お二人で異変を解決されることもありますが、その一方で霊夢さんか魔理沙さんかどちらか一人だけで異変に向かわれることもありますよね」
「それが?」
いまいち文の話すことがわからない霊夢が小首を傾げるが、文はずいずいと身を乗り出して話しかける。
「つまり魔理沙さんが異変解決に向かっている間、霊夢さんはどうしているのかという話です。魔理沙さんの無事を願っているのか、それとも先を越されたことに腹を立てているのか」
「はぁ……」
「我々は異変とあれば異変に向かわれた方に同行して逐一異変の詳細な記事を書いていました。しかし一方で残された方はどうしているのか興味を持ったのです。さて霊夢さんは魔理沙さんの帰りをどのようにして待っているのか、取材させてください」
ようやく文の話を飲み込めた霊夢だったが、それでも納得がいかない。
魔理沙が一人で異変解決に向かった時、いつも自分がどのように待っているのかと聞かれても困るのだ。
「どのように帰りを待っているかって、別に普段通りよ」
「おや? そうですか? 魔理沙さんが心配ではありませんか。無事を願ってお祈りでもしないのですか? それとも本当に怒っているのか」
「全部はずれ。私はいつも通りよ、いつも通り」
そう言って霊夢は涼しい顔で湯呑に残ったお茶を啜った。
しばらく沈黙が二人を包む。
霊夢の横顔を見つめて、せっかく「親友の無事な帰りを願う博麗の巫女の姿」とタイトルまで決めた記事の企画が台無しになるかもしれないことに落胆していた。
しかし霊夢は飲み終えた湯呑を縁側の上に置くと、立ち上がって背伸びをした。
「さぁーて。出かけるとしようかしら」
「おや? どちらへ?」
「別に。魔理沙が一人で異変解決に出かけてもいつも通りのことをするだけよ」
そう言うと霊夢は空へと浮かんでいく。
その背中をポカンと見つめてから何やらネタの香りを感じた文も慌てて後を追った。
「私も行きますよー!」
「まったく。本当に散らかしっぱなしなんだから」
「……えーと」
しばらくして二人がたどり着いたのは魔法の森の中。
霧雨魔法店、つまり魔理沙の家であった。
玄関のドアを開けると中はいろいろな物で溢れかえっていた。そればかりか掃除をきちんとしていないのだろうやけにホコリっぽい。中へと入る霊夢に続いて足を踏み入れるとホコリっぽさに文は咳き込んだ。
「これはひどいですねぇ。ところで霊夢さん。魔理沙さんの家に何か用で?」
「はい。私について来たんだからあんたも手伝う」
訊ねる文の言葉を遮るように霊夢が何かを文に手渡した。
はたき。
「はい?」
「私が整理していくから文は片付いたところからはたいてちょうだい」
そう言うと霊夢は玄関先の物から外へと運び出す。
「ほらほら、早く」
「……あやや」
ポカンとしている文の前で霊夢が雑に積み重なれた物を手慣れた手つきでどんどん運び出す。
「これは面倒なことになりましたねぇ……」
そう呟きながらぼんやりとしている文の腰を、霊夢が軽く回し蹴りをする。
早くしなさい、と。
数時間。
文は霊夢に指示されるがままはたきを振りまくった。
はたきを振うとすぐにほこりが宙に広く舞った。
耐え切れず口元を布で覆いながらも文ははたきでほこりを落としていく。
一方で霊夢は溢れかえった物を魔理沙が必要としているだろうという物と、明らかにゴミと思える物とを選別して、見えるようになった床を丁寧に雑巾で拭いていく。
「文、そろそろ終わるかしら?」
「あ、はい。もうはたき終えましたけど……えと、これって」
文が霊夢に訊ねる前にその両手に何かがのしかかった。見れば高く積み重なった本の山だ。
「はい?」
「これ、パチュリーのところに返してきて。まったくこんなに読めもしないのに借りてきて。ほら、早く」
ずいずい、と押し付けられて文は霊夢に何か話そうとする。
しかし。
「何? 私に取材したいなら手伝いなさいよ」
「はい」
霊夢に睨まれて泣く泣く文は大量の本の山を抱えて紅魔館へと飛んでいく。本当にこれは面倒な取材になったものだ、と愚痴をこぼしながら。
「さて。少しは綺麗になったかしら?」
小さくなる文の後姿にまったく気にすることなく霊夢が魔理沙の家の中を見渡す。
ベッドの上や床の上にまで散らかっていた物が綺麗に整理されて、見違えるように家の中が広く感じる。
あとは溜まりきった洗濯物を洗って干すだけだ。
その前に。
「ほら。美味しいご飯の時間よ」
籠の中にいるツチノコにご飯をあげる。
退屈そうに主の帰りを待つツチノコは霊夢の差し出すご飯に顔をあげると目を輝かせて勢いよく餌にかじりついた。
それにしても今朝早くにもご飯を届けたのにこのツチノコはよく食べる。
「そんなにがっつかないの。夜になったら魔理沙が帰って来るからね」
優しい笑みを浮かべながら霊夢が小さな声で話しかけた。
「……私にどうしろと言うのですか?」
「だから囮になってよ」
魔法の森の奥部。
魔理沙の家を後にした霊夢と文の前にキノコの形をしたやけにデカイ化け物が仁王立ちになっていた。
その前で霊夢と文がそれぞれ別の意味で冷ややかな目で化け物を見つめていた。
「私は霊夢さんの取材に来たのですよ! どうしてこんな雑用をしなければいけないのですか!?」
「ああ、別に帰ってもいいけどせっかくの記事が消えてしまうわねぇ」
「是非やらせてください」
即座にそう答えて文が宙を舞った。
どうやらネタにありつけそうと期待して霊夢さんについて来た結果がコレです。
文が涙目になりながら縦横無尽に飛び回りキノコのやけにデカイ化け物の動きを翻弄する。
その隙に霊夢は森の中をキョロキョロと見渡して何やら探している風であったが、やがて一度に獲れる数が少ない希少なキノコを見つけることができた。
この希少なキノコはどうやら大変美味であるらしい。永遠亭の姫様も「うま、うま」とこのキノコが入った味噌汁を味わっていたとか。
「魔理沙。喜んでくれるかしら」
キノコを手にしながら喜ぶ魔理沙の顔を思い浮かべて霊夢はニッコリと笑った。
「早くしてくださーい!」
その後ろでキノコの化け物に襲われている文が絶叫していた。
夕方。
博麗神社にて文が疲れ切ったような顔で霊夢を見つめる。
別に体力はまだまだ残っているのだったが、精神的に疲れてしまったのだった。
「何? 文も食べていくでしょ?」
「いえ……ご遠慮いたします」
文の目の前にはご機嫌で鼻歌を歌いながらテキパキと夕食の準備に取り掛かる霊夢が映っていた。
自分が囮になってまで獲得したキノコは見事お味噌汁の具となっている。
川魚の焼いたもの。山菜の和え物。ほっかほかの白米。何故か空の徳利と御猪口。
見事に魔理沙の好みな和食である。
お風呂は湯が沸いていていつでも入れる状態になっている。
そして霊夢の寝室には二組の布団。
「あの霊夢さん」
「ん?」
「いつも通りですよね?」
「ええ、そうよ。いつも通りだけど?」
キョトンとする霊夢の背中から何やら甘いオーラが漂っている。予想とはかけ離れた現実に悪酔いしながらも文は質問を続けた。
「結局、魔理沙さんの無事を願っていたのでは?」
すると霊夢がニッコリと笑った。
「無事を願う必要ないじゃない。だって魔理沙よ。いつも通り無事に帰って来るに違いないじゃない」
「……はぁ」
「魔理沙ったらいつも全力で異変を解決するんだから夜になるとお腹を空かせて帰って来るの。それに疲れて汗をかいているからすぐにお風呂にいれないといけないし。そしたら面倒くさくなっちゃってここに泊まっていくの。もういつものことだわ」
「……えーと」
「それに……帰って来たときの魔理沙の顔って、すっごく可愛いの」
文の口から思わず砂が出そうになった。
二人は親友どころではない。ライバルという関係でもない。
霊夢から発せられるピンク色のオーラに耐え切れず文は立ち上がる。
これネタにしたら後日二人から文句を言われるだろう。事実を書いただけなのに。というより甘々な内容の記事など一面いっぱいに書けません。
「はい。それでは射命丸、帰らせていただきます」
「本当に帰るの? 食べていってもいいのよ? それに私への取材もまだでしょ。今日はいっぱい魔理沙のためにお手伝いしてくれたのだから取材受けてもいいわよ」
「いえ。結構です。お腹いっぱいです」
霊夢が引き留めるのも構わず文はふらふらと縁側に立つと、ぼそりと呟いた。
「末永くバクハツしてください」
小さくなる文の姿を見送りながら「どうしちゃったのかしら?」と霊夢が小首を傾げていると、入れ違いに博麗神社へ飛び込んでくる影があった。
「ふぅー。ただいま霊夢」
箒から降りてニっと笑うのは魔理沙だった。
笑顔であるがやはり疲れたのだろう、顔にはまだ汗が浮かんでいた。
「お出迎えとは嬉しいな」
「違うのよ。さっき文が帰ったところなの」
「ああ。ちょうどすれ違ったな。何やら疲れた顔をしていたが。お前何したんだ?」
「そうね……ちょっと手伝わせし過ぎたかしら?」
「なんの話だ? まぁ、いいや」
魔理沙は帽子を脱ぐと縁側から神社の中へと入っていき部屋の中で仰向けに倒れ込んだ。
「あぁー、疲れたー」
「はいはいお疲れ様。で、結局なんだったの?」
「ああ、大したことなかったよ。意地悪目的の妖怪が山に迷い込む人間を誘い込もうとしていただけさ。異変と言えるものじゃなかった」
「それでどうして帰るのが遅れたの?」
すると魔理沙は笑顔で帽子から一升瓶を取り出した。見るからに中々上等な酒らしい。
「言っただろ。『お土産、期待していろよ』って。手ぶらで帰るわけにはいかないから地底まで行って上等な酒を買ってきたんだ」
「そうだったの。ありがとう、魔理沙。あ、そうそう。言い忘れたわ」
「ん?」
「おかえり」
顔を見合わせてニッコリとほほ笑む二人。
「今日も魔理沙の家、掃除しておいたわ。ちょっとは綺麗にしておきなさいよ」
「あぁ、悪い。さっき家にも寄ったがツチノコちゃんに夜の餌をやってくれていたんだな。ありがとう」
「別に。いつもしていることよ。それよりも」
霊夢が魔理沙の顔をじっと見つめる。
「あの。ご飯を先にする? お風呂を先にする? それとも……」
魔理沙がニッコリと笑って答えた。
「先に、お酒が飲みたい!」
その返事に霊夢は大きく笑い返した。
二人きりの夜の祝宴が始まろうとしていた。
まだ風が冷たい昼のこと。
縁側でお茶を飲んでいた霊夢のもとにやって来たのは笑顔の文だった。
さっと舞い降りるや霊夢の横に腰をかける。
「あら文じゃない。残念だけど私はお茶を飲むのに忙しいの」
新聞の押し売りだろうか。霊夢の反応は冷ややかだ。文にお茶をすすめることもなく手にした湯呑を口に運ぶ。
「そうでしょうね。今回の異変、魔理沙さんに先を越されましたからねぇ」
笑顔で話す文の言葉に霊夢の手がぴたっと止まった。
それでも文は一方的に話を続ける。
「無事に魔理沙さんが異変を解決できるといいですけどねぇ」
しかし霊夢は文の方を見ず、昨晩に魔理沙が飛び立って行った方を見つめていた。
妖怪の山とは別の山で夜な夜な山中から怪しげな妖気が放たれていると霊夢が知ったのは、昨日の晩に異変解決へ出かけようとする魔理沙の口からだった。
寝巻に着替えて布団に入ろうとする霊夢のもとに魔理沙がやって来たのだ。
「どうも怪しい気配を感じてな。今回は私が行かせてもらうぜ」
ぽかんとしている霊夢をよそに魔理沙は短くそう言うと、ニッと笑って「お土産、期待していろよ」と言い残して博麗神社を飛び出していった。
慌てて追いかけようと思っても霊夢は寝間着姿のまま。
縁側まで魔理沙を追ってもすでに遠く、空高く彼女の背中は小さくなっていた。
霊夢は魔理沙の背中が見えなくなるまでじっと見守っていた。
そして今日。
魔理沙が向かった山を見つめながら境内の掃除を終え、一息を吐いていたところに文が来たのだった。
「魔理沙さんのこと、心配ですか?」
「別に。ま、大丈夫でしょう」
そっけなく答えるが文は「そうですか、そうですか」とニコニコ笑ってばかり。
ようやく霊夢が湯呑を縁側の上に置いて文に向き合う。
「それで? 異変のことが気になるなら早く魔理沙のところに行ったらいいじゃない」
「いやいや。今回は霊夢さんの取材に来たのですよ」
「私? 私は今回の異変は魔理沙に任せることにしたわ」
「ええ。それでですね」
文がずいっと霊夢の傍まで身を乗り出す。その目が興味で輝いていた。
「お二人で異変を解決されることもありますが、その一方で霊夢さんか魔理沙さんかどちらか一人だけで異変に向かわれることもありますよね」
「それが?」
いまいち文の話すことがわからない霊夢が小首を傾げるが、文はずいずいと身を乗り出して話しかける。
「つまり魔理沙さんが異変解決に向かっている間、霊夢さんはどうしているのかという話です。魔理沙さんの無事を願っているのか、それとも先を越されたことに腹を立てているのか」
「はぁ……」
「我々は異変とあれば異変に向かわれた方に同行して逐一異変の詳細な記事を書いていました。しかし一方で残された方はどうしているのか興味を持ったのです。さて霊夢さんは魔理沙さんの帰りをどのようにして待っているのか、取材させてください」
ようやく文の話を飲み込めた霊夢だったが、それでも納得がいかない。
魔理沙が一人で異変解決に向かった時、いつも自分がどのように待っているのかと聞かれても困るのだ。
「どのように帰りを待っているかって、別に普段通りよ」
「おや? そうですか? 魔理沙さんが心配ではありませんか。無事を願ってお祈りでもしないのですか? それとも本当に怒っているのか」
「全部はずれ。私はいつも通りよ、いつも通り」
そう言って霊夢は涼しい顔で湯呑に残ったお茶を啜った。
しばらく沈黙が二人を包む。
霊夢の横顔を見つめて、せっかく「親友の無事な帰りを願う博麗の巫女の姿」とタイトルまで決めた記事の企画が台無しになるかもしれないことに落胆していた。
しかし霊夢は飲み終えた湯呑を縁側の上に置くと、立ち上がって背伸びをした。
「さぁーて。出かけるとしようかしら」
「おや? どちらへ?」
「別に。魔理沙が一人で異変解決に出かけてもいつも通りのことをするだけよ」
そう言うと霊夢は空へと浮かんでいく。
その背中をポカンと見つめてから何やらネタの香りを感じた文も慌てて後を追った。
「私も行きますよー!」
「まったく。本当に散らかしっぱなしなんだから」
「……えーと」
しばらくして二人がたどり着いたのは魔法の森の中。
霧雨魔法店、つまり魔理沙の家であった。
玄関のドアを開けると中はいろいろな物で溢れかえっていた。そればかりか掃除をきちんとしていないのだろうやけにホコリっぽい。中へと入る霊夢に続いて足を踏み入れるとホコリっぽさに文は咳き込んだ。
「これはひどいですねぇ。ところで霊夢さん。魔理沙さんの家に何か用で?」
「はい。私について来たんだからあんたも手伝う」
訊ねる文の言葉を遮るように霊夢が何かを文に手渡した。
はたき。
「はい?」
「私が整理していくから文は片付いたところからはたいてちょうだい」
そう言うと霊夢は玄関先の物から外へと運び出す。
「ほらほら、早く」
「……あやや」
ポカンとしている文の前で霊夢が雑に積み重なれた物を手慣れた手つきでどんどん運び出す。
「これは面倒なことになりましたねぇ……」
そう呟きながらぼんやりとしている文の腰を、霊夢が軽く回し蹴りをする。
早くしなさい、と。
数時間。
文は霊夢に指示されるがままはたきを振りまくった。
はたきを振うとすぐにほこりが宙に広く舞った。
耐え切れず口元を布で覆いながらも文ははたきでほこりを落としていく。
一方で霊夢は溢れかえった物を魔理沙が必要としているだろうという物と、明らかにゴミと思える物とを選別して、見えるようになった床を丁寧に雑巾で拭いていく。
「文、そろそろ終わるかしら?」
「あ、はい。もうはたき終えましたけど……えと、これって」
文が霊夢に訊ねる前にその両手に何かがのしかかった。見れば高く積み重なった本の山だ。
「はい?」
「これ、パチュリーのところに返してきて。まったくこんなに読めもしないのに借りてきて。ほら、早く」
ずいずい、と押し付けられて文は霊夢に何か話そうとする。
しかし。
「何? 私に取材したいなら手伝いなさいよ」
「はい」
霊夢に睨まれて泣く泣く文は大量の本の山を抱えて紅魔館へと飛んでいく。本当にこれは面倒な取材になったものだ、と愚痴をこぼしながら。
「さて。少しは綺麗になったかしら?」
小さくなる文の後姿にまったく気にすることなく霊夢が魔理沙の家の中を見渡す。
ベッドの上や床の上にまで散らかっていた物が綺麗に整理されて、見違えるように家の中が広く感じる。
あとは溜まりきった洗濯物を洗って干すだけだ。
その前に。
「ほら。美味しいご飯の時間よ」
籠の中にいるツチノコにご飯をあげる。
退屈そうに主の帰りを待つツチノコは霊夢の差し出すご飯に顔をあげると目を輝かせて勢いよく餌にかじりついた。
それにしても今朝早くにもご飯を届けたのにこのツチノコはよく食べる。
「そんなにがっつかないの。夜になったら魔理沙が帰って来るからね」
優しい笑みを浮かべながら霊夢が小さな声で話しかけた。
「……私にどうしろと言うのですか?」
「だから囮になってよ」
魔法の森の奥部。
魔理沙の家を後にした霊夢と文の前にキノコの形をしたやけにデカイ化け物が仁王立ちになっていた。
その前で霊夢と文がそれぞれ別の意味で冷ややかな目で化け物を見つめていた。
「私は霊夢さんの取材に来たのですよ! どうしてこんな雑用をしなければいけないのですか!?」
「ああ、別に帰ってもいいけどせっかくの記事が消えてしまうわねぇ」
「是非やらせてください」
即座にそう答えて文が宙を舞った。
どうやらネタにありつけそうと期待して霊夢さんについて来た結果がコレです。
文が涙目になりながら縦横無尽に飛び回りキノコのやけにデカイ化け物の動きを翻弄する。
その隙に霊夢は森の中をキョロキョロと見渡して何やら探している風であったが、やがて一度に獲れる数が少ない希少なキノコを見つけることができた。
この希少なキノコはどうやら大変美味であるらしい。永遠亭の姫様も「うま、うま」とこのキノコが入った味噌汁を味わっていたとか。
「魔理沙。喜んでくれるかしら」
キノコを手にしながら喜ぶ魔理沙の顔を思い浮かべて霊夢はニッコリと笑った。
「早くしてくださーい!」
その後ろでキノコの化け物に襲われている文が絶叫していた。
夕方。
博麗神社にて文が疲れ切ったような顔で霊夢を見つめる。
別に体力はまだまだ残っているのだったが、精神的に疲れてしまったのだった。
「何? 文も食べていくでしょ?」
「いえ……ご遠慮いたします」
文の目の前にはご機嫌で鼻歌を歌いながらテキパキと夕食の準備に取り掛かる霊夢が映っていた。
自分が囮になってまで獲得したキノコは見事お味噌汁の具となっている。
川魚の焼いたもの。山菜の和え物。ほっかほかの白米。何故か空の徳利と御猪口。
見事に魔理沙の好みな和食である。
お風呂は湯が沸いていていつでも入れる状態になっている。
そして霊夢の寝室には二組の布団。
「あの霊夢さん」
「ん?」
「いつも通りですよね?」
「ええ、そうよ。いつも通りだけど?」
キョトンとする霊夢の背中から何やら甘いオーラが漂っている。予想とはかけ離れた現実に悪酔いしながらも文は質問を続けた。
「結局、魔理沙さんの無事を願っていたのでは?」
すると霊夢がニッコリと笑った。
「無事を願う必要ないじゃない。だって魔理沙よ。いつも通り無事に帰って来るに違いないじゃない」
「……はぁ」
「魔理沙ったらいつも全力で異変を解決するんだから夜になるとお腹を空かせて帰って来るの。それに疲れて汗をかいているからすぐにお風呂にいれないといけないし。そしたら面倒くさくなっちゃってここに泊まっていくの。もういつものことだわ」
「……えーと」
「それに……帰って来たときの魔理沙の顔って、すっごく可愛いの」
文の口から思わず砂が出そうになった。
二人は親友どころではない。ライバルという関係でもない。
霊夢から発せられるピンク色のオーラに耐え切れず文は立ち上がる。
これネタにしたら後日二人から文句を言われるだろう。事実を書いただけなのに。というより甘々な内容の記事など一面いっぱいに書けません。
「はい。それでは射命丸、帰らせていただきます」
「本当に帰るの? 食べていってもいいのよ? それに私への取材もまだでしょ。今日はいっぱい魔理沙のためにお手伝いしてくれたのだから取材受けてもいいわよ」
「いえ。結構です。お腹いっぱいです」
霊夢が引き留めるのも構わず文はふらふらと縁側に立つと、ぼそりと呟いた。
「末永くバクハツしてください」
小さくなる文の姿を見送りながら「どうしちゃったのかしら?」と霊夢が小首を傾げていると、入れ違いに博麗神社へ飛び込んでくる影があった。
「ふぅー。ただいま霊夢」
箒から降りてニっと笑うのは魔理沙だった。
笑顔であるがやはり疲れたのだろう、顔にはまだ汗が浮かんでいた。
「お出迎えとは嬉しいな」
「違うのよ。さっき文が帰ったところなの」
「ああ。ちょうどすれ違ったな。何やら疲れた顔をしていたが。お前何したんだ?」
「そうね……ちょっと手伝わせし過ぎたかしら?」
「なんの話だ? まぁ、いいや」
魔理沙は帽子を脱ぐと縁側から神社の中へと入っていき部屋の中で仰向けに倒れ込んだ。
「あぁー、疲れたー」
「はいはいお疲れ様。で、結局なんだったの?」
「ああ、大したことなかったよ。意地悪目的の妖怪が山に迷い込む人間を誘い込もうとしていただけさ。異変と言えるものじゃなかった」
「それでどうして帰るのが遅れたの?」
すると魔理沙は笑顔で帽子から一升瓶を取り出した。見るからに中々上等な酒らしい。
「言っただろ。『お土産、期待していろよ』って。手ぶらで帰るわけにはいかないから地底まで行って上等な酒を買ってきたんだ」
「そうだったの。ありがとう、魔理沙。あ、そうそう。言い忘れたわ」
「ん?」
「おかえり」
顔を見合わせてニッコリとほほ笑む二人。
「今日も魔理沙の家、掃除しておいたわ。ちょっとは綺麗にしておきなさいよ」
「あぁ、悪い。さっき家にも寄ったがツチノコちゃんに夜の餌をやってくれていたんだな。ありがとう」
「別に。いつもしていることよ。それよりも」
霊夢が魔理沙の顔をじっと見つめる。
「あの。ご飯を先にする? お風呂を先にする? それとも……」
魔理沙がニッコリと笑って答えた。
「先に、お酒が飲みたい!」
その返事に霊夢は大きく笑い返した。
二人きりの夜の祝宴が始まろうとしていた。
一緒になると甲斐甲斐しそうだな
とっとと結婚しろよとしか言えん
そう思えるくらいにレイマリ大好きな私にとっては大好物な作品でした。
ありがとうございました。レイマリ結婚すべし。
末永く爆発しやがってください。
意外な所からネタを拾ってきててニヤリとしました。
あと、レイマリ末長くバクハツしろ。
申し訳ありませんでした。