ある東の国の辺境の地、幻想郷。そこは多くの妖怪と少数の人間が住む場所である。その幻想郷と顕界との境界に博麗神社という綺麗な神社があった。
博麗神社の巫女こと博麗霊夢が毎日掃除をきちんとしているため神社の敷地内は清楚な状態を保つことができている。とはいっても参拝客が普段から少なくゴミを捨てる人がいない(それに伴い掃除が楽)という理由が大半占めていたりするのだが、霊夢的にはそれは認めたくない事実らしい。
風が吹き木々の紅葉している葉っぱたちがその風に乗るようにして飛んでいく。静かな夜だった。神社の簡素な様子がより寂寞とした雰囲気にさせる。
しかしそんな外の様子はどこ吹く風、中は大層賑やかな声が聞こえてくる。
「全く、お団子が完成してから来るなんて。あんたの目当てがバレバレだわ」
「月見といえば団子、団子といえば霊夢の手作り団子っていうのは幻想郷の常識だぜ」
今日はお月見の日、年に一度団子片手に月を見るという風流な行事の日だ。
魔理沙はそんな中、霊夢の団子目当てに博麗神社に乗り込んできたのだ。お団子制作が終了してから来る辺りずる賢い。
そんな魔理沙を霊夢は目を細めてジーット見つめる、しかし魔理沙は相変わらずニコリとして「私がなにかしたか?」と開き直っている。何を言っても無駄かと悟り霊夢は溜息をする。
「はぁ、嫌な常識ね――。まあいいわ、そこに座ってて今お茶入れてくるから」
「はいよ」
魔理沙は言われたとおりにその場に座り込んだ、帽子を取り横へと置く。すでに月見の準備はできているようで出来立てのお団子と花瓶に入れられたススキが飾られており魔理沙の気分を一層盛り上げてくれる。
昔から魔理沙は月見が好きだった。
真丸い満月を見ながらお団子を食べお茶をすする、その風流さが彼女の心を落ち着かせる。それゆえ魔理沙は月見が好きだ。
「はい、どうぞ」
「さんきゅー」
霊夢が運んできたお茶をうけとると、魔理沙はそれをゆっくりと口の中に入れる。口いっぱいに芳ばしい香りが包み込んだ。お茶マニアの霊夢が入れるお茶だ、そんじょそこらの美味しいお茶とはまたレベルが違う。
霊夢は魔理沙の表情を見て感想を聞くまでもないという満足そうな表情をした。
それから少しの時が流れ、時刻はすでに8時を向かえている。
「それじゃあ、そろそろお月見始める?」
その言葉を聞いて魔理沙はよしきたと立ち上がる、二人はそれぞれお団子と花瓶を持ち縁側へと向かった。
外は静かだった。夜だからということもあるだろう。しかし、いつもと比べてもその静かな様子はおかしかった。
小鳥のさえずりはもちろんのこと鈴虫の鳴き声すら聞こえない。さっきまで吹いていたはずの風はぴたりと止り、昼夜関係なく不気味なまでの静寂が包み込む、つまりは異常ということになる。
いつもと違う様子に二人は首をかしげながらもお団子花瓶を置く、そして彼女達はすぐに異変の原因を見つることとなる。今日の主役であるそれがないのだ。
「おい、まじかよ……」
魔理沙は絶句して言った。今日の主役であり空に浮かんでいるはずの例のものがない、そのないとは完全に消えているということで、存在自体が今までなかったかのごとく見当たらない。
「………」
霊夢はそんな様子を呆然と眺めていた。そう、今の夜空には月が完全に消滅していた―――。
東方月夜話
チューチュー。
レミリアはトマトジュースを飲みながらトコトコと歩いていた。2時間ほど前から体調が著しくなく、そのため人間の血を吸いにいくこともできないレミリアは仕方なしに予備のトマトジュースを飲んでいた。
トマトジュースと血、その両者は明らかに違うものである。味なんてもちろんのこと、似ているということになっている色でさえよく見なくても全然違うことが分かる。しかし咲夜がこれしか用意してくれてなかったため仕方がなかった。
吸血鬼は十字架に弱いと同じように吸血鬼は血がない場合トマトジュースを飲む、そんな偏見が人間の間では広がっているのであろうか。レミリアは首をかしげながらもトマトジュースを飲む。
自分の部屋に戻る途中、レミリアは窓辺で口をあんぐりとあけ外を眺めている咲夜を見つけた。
「どうしたの、咲夜?」
「レミリア様…。あの空がおかしくて」
「空が?」
さんさんと輝く星空、雲ひとつなく視界一杯に星が広がる。しかしだ、そんな中でいつもひときわ存在感を示すはずであった満月が綺麗さっぱり消えていた。
そんな様子を見てレミリアは溜息をする。
「なんだか、前にも同じような光景を見た記憶があるわね。全く、また私が出向かないといけないの……」
1年前も似たような事件がおこり咲夜と二人で出かけたことがある、また彼女達の仕業なのであろうか。
面倒くさいわねとレミリアは再度溜息をする、どうやら覚悟を決めないといけないようだ。
「咲夜行くわよ」
「はっ、はい!お嬢様」
クルリと180度回転をすると、そのまま玄関に向かって歩き出す、つもりであった。しかし…。
フラリ。
突如レミリアの体から力が一気に抜け、彼女はそのまま地面へと音を立てて倒れたのである。
「……お嬢様?」
突然のことに咲夜は一瞬事態を把握できなかった。しかし倒れたっきりピクリとも動かないレミリアを見て咲夜は慌てて飛びついた。
「お嬢様!」
倒れている体を支え、咲夜はレミリアを呼び続ける。しかしレミリアは目を閉じ全く動かない。
咲夜の頭に最悪の言葉が浮かび、すぐさま呼吸があるかどうか確認をした。ごく若干であるが、呼吸音はある。
「お嬢様!お嬢様!」
しかしそれはあくまで今現在最悪の状況がないだけであって、何も油断できるわけではない。
何度も咲夜は声を掛け続けた、しかしいくら呼ぼうがレミリアからの返事は一度も帰ってこなかった―――。
「おい、いくぞ」
魔理沙は自前の帽子をかぶり霊夢に向けていう。当の霊夢はずずーとおいしそうに飲んでいるお茶を止めると、首を傾げた。
「いくって、どこに?」
「だから、兎の所にだよ。二年も連続で月見を邪魔してきやがって、私は月見が大好きなんだ!それを邪魔されて黙っていられるかっていうんだ」
イライラ気味に魔理沙は言葉を大きくして言った、しかし一方霊夢の方はその言葉に対して大した反応はしない。少し眉を細めると、もう一度お茶をすする。
「なんか私行かなくても平気そうだし、魔理沙に任せた」
「はぁ!?」
「今日は朝から神社の掃除が大変だったのよ、それにお月見の準備も全部私一人がしたわけだし。疲れたから魔理沙が行ってきて」
「なんだよそれ」
「だって、疲れたんだからしょうがないじゃない。ほら、私はここでまったり待っててあげるからさっさと月を復活させてきなさい」
またまた、お茶をずずーと飲みながらくつろぎモードで霊夢が言う。
この体制に入るとなかなか行動しない上、面倒くさがりの霊夢のことだ魔理沙がどう連れて行こうとしても行かないであろう。霊夢は自分勝手でいつも自分の考えどおり動く地味に嫌味なやつでもある。
魔理沙はブツブツと文句を言いながらも、霊夢を連れて行くことを諦め一人で単身兎の住処へ乗り込むことを決め部屋を出て行った。
ちょうど鳥居を抜けた辺りのときだ、前方から見たことある人物が走ってくるのが目に入る。頭にはホワイトプリムを装着し服装はメイド服、実質年齢は不明であるが若干魔理沙よりは年上なのだろうか。もちろんその人物とは十六夜咲夜である、紅魔館でメイド長をしている真面目な人間だ。
「お嬢様が、月のせいで!」
咲夜は魔理沙を見るなり声をあげた。
普段冷静な彼女がこれほどまで慌てている姿も珍しい。しかし、魔理沙は特に気にする様子でもなく、ニヤリと笑うと咲夜の腕を掴んだ。
「お、いいところにきたじゃないか。お前に何があったかは知らないけどちょうどいいや、お前も着いてきな。その月の事件を今から解決しにいくんだからさ」
「え?ちょっと!」
魔理沙はそんな咲夜を強引に引っ張って連れて行った。旅は道連れ世は情けといったもの、一人で行くより二人の方が問題解決もスムーズに行くであろう。
最初は驚いていた咲夜だったが、事態を把握したらしくすぐにいつもの真面目な表情に戻り足早に歩き出す。そして歩きながらではあるが咲夜はレミリアに起こったことについて魔理沙に話し始めた。
レミリアの状態は思った以上に危ない、あれから咲夜達メイド一同は必死にレミリアの看病をしたが、回復を見せるどころかレミリアの体から生命力も徐々に弱り始めていた。
原因は分からない、ただ月が消えたという現象が何らか関係しているのではないだろうかと咲夜は考えたのだ。そして自分たちだけではどうすることもできないと霊夢達に助けを求めに来た、そういう成り行きであった。
月が消えた原因とそれと同時期に倒れたレミリア。この両者の関係は今は分からない、しかし兎たちの所へ行けば何らかの解決ができる、このときは二人はそう思っていた。そう事件はすぐに片付くであろうと…。
「残念ながら、今回の事件は私たちの仕業ではないわ」
「はぁ!?」
今日何回目であろうか、魔理沙は間の抜けた声を出す。
地上のどこかにある兎達の館。一年前の地上を密室化した事件の張本人であり今目の前でお茶をすすっている蓬莱山輝夜がこの館の主である。
また輝夜の配下の八意永琳も同じくお茶をすすっている。
「永琳ができるのは地上を密室化して月を見えなくするぐらい」
「じゃあ今回のは違うっていうのか?」
「永琳」
「はい。私が前にやったのは地上を密室化し、代理の月を置いただけのことで大した術でもなんでもないわ。だけど今回は月という存在そのものが消えてしまってる」
「はぁ!?存在そのものが消えてる?」
「ええ、もう木っ端微塵に跡形もなくこの世界から消えてるわね」
途方もない話に魔理沙と咲夜は口をあんぐりとあける。
「それってどういうことなんだ?」
「そこまでは私でも分からないけど…。ただ、今回レミリアさんが倒れた原因は月の存在が消えてしまったからという貴方達の推理は当たり」
「やっぱり……」
咲夜は小声ながらもそう呟いた。
「では、なぜお嬢様は倒れてしまったの?」
「吸血鬼はね、月がないと生命力を得ることができないのよ」
「え…?それってどういう」
「日光が生命力を奪い去っていくのと同じように、月は吸血鬼にとって生命の源なの。これが吸血鬼でいう対極的な生と死の概念、知ってるわよね吸血鬼は強い生き物であると共に弱い生き物でもあるってことを」
吸血鬼には弱点が多い。日光、にんにく、流れ水を渡れない、鰯の頭、と様々な弱点を吸血鬼は持つ。それは肉体的な強さゆえの代価なのかもしれない。
しかし逆に強みもある、それは月の光。吸血鬼は月光を浴びることにより全体的な能力UPが起こるのだ、満月になるとその力は最大となる。
「じゃあ質問、なんで吸血鬼は月の光で強くなるの?」
「なんでって……」
永琳の質問に咲夜は戸惑った。
咲夜自身そこまで考えたことがなかった、レミリアから月のことを教えてもらい咲夜はなんとなしにそういうものなんだなと理解していた。
ではなぜ吸血鬼は月の光が強みなのか……。
「………わかりません」
重たくも咲夜は答えた。レミリアの一番近くでいつも過ごしてるのに分からなかった自分が情けない。
しかしその様子を見て、永琳はふふふとイタズラっぽく笑う。
「それも正解」
「え?正解って分からないことが?」
「どうしてかなんて、実際のところ誰もわかってはいないの。誰もが食事をするように、誰もが寝るように」
「おいおい、つまり何がいいたいんだ?」
痺れを切らして魔理沙が言う。さきほどからの永琳の話は飛びに飛んでいて結局は何がいいたいのか分からない。
「あら、ごめんなさいね癖みたいなの。つまりね吸血鬼は常時月から何らかの生命力を受け取って生きているのよ、そしてまた月がないと吸血鬼は根本的な生命力を受け取ることができない、食事をしても寝ても生命の源である月がなければ吸血鬼は生きていけないの」
「でも、一年前あなたたちが月を消したときはレミリア様は平気だった!」
「あれはあくまで隠しただけで、月そのものが決して消えたわけではないわ。しかし完全に月の存在が消えた今、吸血鬼には生命力が全く入らなくなってしまう」
「だけど、月がなければ吸血鬼が生きていけないなんて、私お嬢様に一度もそんなこと……」
「知らなかったのでしょう。だってそうでしょ?月が消えることなんて普通はありえないもの、知らなくても何もおかしくないわ」
「・・・・・・・・」
咲夜は愕然とした。
月からの生命力が途絶えれば、吸血鬼は生きていくことができない。それはつまりこのままではレミリアが死んでしまうということを宣告されたのだ。
信じたくはなかった、しかし信じなくても結果は代わることはない――。
「なら、なんであんたはそれを知ってるのさ」
そんな咲夜を横に魔理沙は会話中で一番気になった疑問について聞いた。そんな吸血鬼本人でも知らないようなことをなぜ知っているのか、しかし永琳はあっさりと答える。
「月の住人ですから」
ニコリと返すその笑顔に曇りなど一点も見受けられない、魔理沙はたじろぎながら「そ、そうか」と返すしかなかった。
「月についての心当たりは!心当たりはないの!」
輝夜たちが関ってないとしても、もしかしたらこの人たちなら何か知ってるかもしれない。咲夜はそんな思いを込めていった。
しかし現実とはうまくいかないもの。
「ないわね、私たちにもこの現象が何かさっぱり分からない」
首を横に振る輝夜に咲夜はガックリと肩を落とす。
つまりだ、この事件に関する手がかりは何もなくなったのだ――――。
博麗神社へ戻る途中魔理沙は考えていた。
この事件を一体誰が引き起こしているのか、なぜ月を消すようなことをするのか……。
魔理沙は頭をかきむしる、元々性分的に研究以外に対して頭を使うことは好きではない。そもそもこの事件犯人さえ分かれば、後はコテンパンに叩きのめせば全てが解決する単純な事件ではないか。
夜の世界、箒にまたがり空を飛ぶ魔理沙の頭上には満月はない。今宵は月見、どれだけ今日の行事を楽しみにしていたことか、思えば思うほど段々と腹がたってきた。
魔理沙は横を飛んでいる咲夜を見た、魔理沙と同じように彼女も難しそうな顔をしていた。主であるレミリアの緊急事態が心持穏やかではないだろう。
「時間の方は大丈夫なのか?レミリアが途中でくたばったりしないだろうな」
「不吉なことを言わないで。私が出て行くときにお嬢様だけ時間の流れを遅くしているから多少の時間は大丈夫だと思うわ。だけど……」
咲夜は歯に力を入れた、いつ訪れると分からない終刻。しかし着実に時間は訪れようとしているであろう、そんな中何もできない自分に悔しさがあふれている違いない。
「そうか……」
魔理沙はこれ以上咲夜にかけるべく言葉を見つけることができなかった。
「無理だった!?なによそれ」
「どうもこうもあるかってんだ」
ふてくされ気味の魔理沙はみかんの皮をむきながら言う。
魔理沙が帰ってきたと思えば、なぜか咲夜が一緒についてきており、その上簡単に現れると思っていた月も未だに現れていない。
今一体どういう状況なのか霊夢は理解できなかった。
「ねえ、一体どういうことなの?」
咲夜は重い口を開き今までの経緯について話し始めた。
「月の存在を消したって、そんな術聞いたこともないわ」
その言葉に魔理沙がムスっとしたまま話す。
「私も聞いたことないよ。でも実際問題月は消えちまってる、ということは現実にそういう術はあるんだろ」
「…そうね」
ハァと霊夢はため息をつく。
この事件未だに全容が見えてこない、そもそも事件の犯人は一体なぜ月を消したのか?その必要性が分からないのだ、月を消すメリットなんて何もない。
しかし犯人は月を消した、愉快犯であろうか。だがそれにしては性質が悪い上、手間がかかりすぎる。
だいいち月の存在を消すだなんてどれだけの力が必要になることか…。
「とにかくここでジッとしてるだけじゃ埒が明かないわ、早くしないとお嬢様が」
「…そうだな、ここで分からないことを考えるよりも行動あるのみだ」
結局二人がたどり着いた結論はそこだった、しかし今することはそれしかない。魔理沙と咲夜は立ち上がる。
「存在の抹消……月が消える……月が吸血鬼に与える影響……」
霊夢はいまだ一人でブツブツと何かを考えている。魔理沙はやれやれと肩を上げる。
「おい、霊夢」
「地上と密室してからも月からのエネルギー供給は消えない……次空間……あっ」
「あ?」
ポンと霊夢の独り言がとまった、魔理沙と咲夜がそれにシンクロした反応を返す。
「………」
次に霊夢はあごの上に手を載せ、真剣なまなざしで思いにふけはじめた。
一体何を考えているのか、咲夜は我慢できなくなり聞く。
「一体どうしたの?」
「…まあ当たってみる価値はあるかな…」
「だから、どうしたっていうんだ?一人ふさぎ込んじまって」
霊夢はスクッと立ち上がる、そして歩き出した。
「魔理沙、咲夜。すぐに冥界に出発よ」
「冥界?」
冥界、それは死んだ者たちの魂が集まる場所。
「なんでまた冥界になんて?」
「それは行きながらおいおい説明するわ、とにかく時間が惜しいから行きましょう」
襖を開きそのまま玄関へ向かって歩き出す、残された二人は慌てて霊夢の後を追いかけていった。
冥界へ向かう途中、ゆっくりと霊夢を口を開いた。
「永琳の話を信じると、今回の事件では月の存在が完全に消滅していることになるわ。1年前の輝夜の事件は地上を密室化しただけで月は同じ時空上には存在した。だけど今回は完全になくなっている」
「永琳といい、お前といい説明がくどいな。つまりなんだってんだ?」
「つまりね、月の存在が消えた。これの意味するものはおそらく時空転送能力。この時空上にある月を別の時空間じょうに転送したのね、そうすればこの世界の月という物体は完全に消える、つまり存在を消滅させたことになる。そうなるとね、ここら辺の心当たりがある人物を探そうとしたら」
「私たちの世界にすんでいない人たち、つまり冥界の人たちに聞けば何かわかるかもしれない」
咲夜の言葉に霊夢は静かにうなずいた。
「でも、結局かなりこじつけみたいなもんだから無駄手間になる可能性もあるんだけど…」
「それでも何も動かないよりは1200%はマシだぜ」
冥界に行っても解決するかどうかは分からない、しかし何も手がかりがない今全てはそこにかけるしかなかった。
フワフワと浮く一人の年齢不詳の少女。幽霊になってから数百年の年月が過ぎたのは確かなのだが幽々子にとって年齢という概念自体どうでもいいらしく実際の歳は不明だったりする。しかし実際見た目は十代前半ぐらいであろうか霊夢と比べると若干若い。
「時空転送能力?」
「そう、転送能力でなくてもこの空間から存在を抹消するような能力を持ったやつを知ってたら教えて欲しいの」
霊夢は幽々子の所に来るなり、今までの経緯を大急ぎで説明した。月が消えたこと、その理由が兎達の仕業でないこと、時空転送能力のこと。幽々子と一緒にいた妖夢は真面目にコクコクうなずきながら聞いてくれ思ったほか説明は早く終わった。
大方の説明が終わると、しばし間があった後幽々子の横で顎に手を当てて考えていた妖夢が口を開く。
「幽々子様、もしかしてあの人では…」
どの人?と思わず聞き返したくなるようなセリフを妖夢は言った。幽々子はその言葉にコクリをうなずいた。
「ええ、あいつがやってるのかもしれないわね」
どいつ?と思わず聞き返したくなるようなセリフを幽々子は言った。妖夢はその言葉にコクリとうなずいた。
「この冥界で時空転送を使い月を消せる存在となるとあの人しかいません」
「だから、どいつよ?」
三度目の正直、霊夢の口から即座にその言葉が出た。
あいつ、あの人だけじゃあ何も知らないこちら側の人間が分かるはずがない。
「私より後から来た子だけど、昔からいる子ね。魅影って言うわ」
「魅影?そいつが今回の犯人なのか?」
魔理沙が言った。妙にうれしそうな顔をしている。今までに散りに積もった鬱憤をついに晴らせるときが来た、そう思っているのかもしれない。
「それは行って聞いてみないとわからないわ」
「なら、すぐそいつがいる場所を教えて!もう時間がないの」
時間はない。咲夜の声には焦りが感じられた、時間の速度を遅くしているからと入ってもレミリアの状態がいつ悪化とも限らない。幽々子は少々困ったような顔をしながら答えた。
「教えるのは別にいいんだけど……ただ…あの子かなり変わってるから気をつけてね」
その言葉にすぐ霊夢は反応し魔理沙をみた。
「変わってるやつなら、いくらでも知ってるから大丈夫よ」
「なんで私を見るんだよ」
「・・・・・・別に」
言わなくてもわかるでしょう。
「妖夢、あなたが一緒に行ってあげなさい。その方が道にも迷わなくていいわ」
「はい、わかりました」
「できるだけ穏便にすますのよ。でも、どうしても危ないと思ったときは迷わず逃げなさい。その時は私が出向くわ」
妖夢はもう一度深くうなずいた。
妖夢を入れた4人はすでに人里離れた場所にまで来ていた。辺りには幽霊は一人もおらず、物寂しい様子に思える。
「それにしても誰もいないな、ホントにこんな所にいるのか?」
魔理沙は聞いた、当然の質問だろう。すでに数分の間も誰ともすれ違うことはない、つまりここには幽霊が全くいないのだ、住んでいる雰囲気さえない。
「魅影さんは一人が好きなの」
妖夢はそういうとピタリと足を止めた。
「そしてここが、魅影さんの住居」
4人の目の前には小屋があった。複数人で生活するとなると小さいのだが人一人となれば十分に生活できるほどの大きさ。
妖夢は扉に近寄るなりコンコンと二度ドアを叩く。
「………」
コンコン。
反応がなかったのもでも一度扉を叩いた。
「魅影さん、いますか?」
呼びかけて見るも、中からは一切声が聞こえてこない。妖夢は首をかしげた、留守なのであろうか。
そんな様子を見ていて、イライラしたのか霊夢が大声をあげた。
「ちょっと、ここまで来て留守とかなわけ?犯人出て来い!!」
幽々子と妖夢はまだ魅影が犯人だと決まったわけではないと言っていたが、霊夢の中では魅影が犯人であるということに間違ないと確信していた。
そもそも珍しい時空転送能力を持ち、さらに月を消せるぐらいの実力者となると、もはや今回の事件の犯人としか考えれない。それは咲夜、魔理沙も同じ考えであろう。
「……はあい…?」
その返事は4人の後ろから返ってきた。一斉に4人は振り返る。そこに彼女はフワフワと浮いていた。黒く長い髪をした一人の女性で目の下に若干目に隈が出来ている。大人しいというよりは少し暗そうな女、パット見はそう思える。
「あなたね、月の存在を消した犯人は」
魅影は首をかしげながら、ゆっくりと聞く。
「……あなたたちはだあれ?」
「名乗るものじゃないさ」
魔理沙は箒を構えながら言う、いつ攻撃してきても対処できるように体勢はすでに戦闘準備体勢に入っている。
「そう……『名乗るものじゃないさ』さん…なの……」
変な名前ねと魅影は首をかしげながらこっちを見てくる。いや、あんたが一番変なやつだ。ここにいる全員が思わず心の中でそう返す。
「…魅影さん」
「あら……ようむちゃんじゃないの……こんばんわあ……」
魅影の挨拶に妖夢は律儀にもこんばんわと頭を下げる。そして頭を上げてすぐ妖夢は言った。
「月を消したのは魅影さんなんですか?」
「……ええ……そうだけど……」
「やっぱりあなたが犯人だったのね!!月を元に戻しなさい!!」
咲夜が叫ぶ。やはり魅影が今回の月を消した犯人だったのだ。魅影の口元が少し微笑えむ。かすかな変化であった。
「………なあんで?」
「あなたが月を戻さないとお嬢様が死んでしまうのよ。だから早く月を戻なさい!!」
「……月がないと死んじゃうって……その子って…吸血鬼?」
「だから、なんだっていうの」
今度は目に見えるほど魅影は微笑んだ。そしてうれしそうに口に手を押さえ、「……ふふ……ふふふ……あはははははははは」狂ったように笑い出したのである。
「おいおい、突然笑い出しやがったぜ」
「気味が悪いわね」
手をお腹に置き、背中を丸めてまで笑うその姿は狂気すら感る。
「……吸血鬼なんて……死んで当然なのよ……私を殺した吸血鬼なんてこの世から消えてしまえばいいんだわ……」
私を殺した、彼女は確かにそういった。魅影は吸血鬼に殺され、その腹いせにこの事件を起こしたそういうことなのだろうか。
「…こいつ吸血鬼のせいでしんだの?」
霊夢の質問に対して妖夢は首を横にふった。
「記録によると、森で極度の疲労により絶命したということになってるわ」
「違うじゃないの」
「違わないわ!……私は吸血鬼に殺されたのよ…そうよ忘れもしない……」
それは魅影の生前の記憶であった。遠い遠い昔の話、彼女がなぜ死んでしまったかの経緯。別に誰も聞いていないのに彼女は一人話し始めたのだ。
話自体が長いので要約しよう、オカルトファンである魅影は当時マイブームとして吸血鬼にはまっていた。夜な夜な外に出歩いては吸血鬼を探す日々を続け、いつか吸血鬼を見つけてやると心に決めていた。
長い長い間彼女は吸血鬼を探し続けた、そして見つけたのだ吸血鬼を…。いつものように夜の街を歩いていると魅影は見つけたのだ、むき出しになった牙、いかにもというマント、そして背中から生えた翼。それらの要素を見て魅影はすぐにこいつは吸血鬼だと分かった。
彼女は興奮した、今まで自分が探し続けていた吸血鬼をついに見つけた。そして魅影はゆっくりと後を追いかけた、吸血鬼の根城、それは一体どこなのか。そこさえ掴めばもっと色々なことが分かる。吸血鬼がどんな生活をしているのか、どのような物があるのか、それら全てが魅影の心を躍らした。
吸血鬼はそのまま森の中へと入っていった、魅影は気にせずに後ろからばれないようにこそこそ追いかける。その森は湿度が高く地面がぬかるんでいた、だからであろう彼女は足を滑らせて地面に転んでしまったのだ。魅影は焦って立ち上がった、こんな所で止まってちゃいけない、すぐに追いかけないと。しかし彼女が起き上がった時にはすでに吸血鬼はいなかった…。
「……私はそのまま死んだわ……」
「それってあきらかに自業自得じゃないか」
魔理沙が言う。その言葉に誰もがうなずいた。まずどう考えても吸血鬼は何も悪くはないし、どっちかっていうと吸血鬼が被害者のような気もする、ストーカーという犯罪の。
「………うるさい……うるさい…うるさい…うるさい…うるさい!あれは…あれは吸血鬼……吸血鬼のせいに決まってるわ!!誰が月を戻してやるものですか!!」
魅影は感情を取り乱し叫ぶ。説得は無理か。
そもそもこういうタイプの幽霊は自分が一番正しいと思い込んでいるたちがある、こちらが何を言ってもまず聞くことはない。極端な考え方は人を狂わす。
頭の中に実力行使という4文字が浮かぶ。できれば話し合いで解決したかった、時間的にも双方の被害を考えても。霊夢は溜息をする。
「どうやらやらないと駄目みたいね」
「……ふふふ……あなたたちは…私には決して勝てないわ……」
「なにを、そっちは一人こっちは多人数だぜ」
魔理沙は当然のように言った、しかし妖夢それを否定した。
「…いいえ、魅影さんは強いわ。力的にはさしてないけど、時空転送能力を使うことができる。万が一この術をくらってしまえば…」
「――別に時空へ転送されて、元の世界に戻れなくなる…」
妖夢はコクリとうなずいた。ゴクリと霊夢の喉がなる。
「……ふふふ……あはははははははははははは!」
大きな笑い声がこだまする。そして魅影は術の詠唱に入った。
「詠唱が終わる前にやつを倒さないと!」
霊夢の一言を堰に4人は一斉に飛び掛った。距離にして数メートル、大丈夫間に合う。
しかしすぐに魅影の詠唱はピタットとまり、そして4人を見てニヤリと笑う。それは術の詠唱がすでに終わっていることを物語っていた。
魅影はそのまま両手を上にあげる、すると両手に光がつつまれ、まばゆいばかりの光が放たれたのだ。
光は一瞬にして四人を包み込んだ。その瞬間霊夢は自分たちが負けたことを理解した。詠唱の速さ、月をも消せる能力の高さ、全てにおいて魅影のレベルは違いすぎた。
「お嬢様!」
咲夜は咄嗟にそう叫んだ。今私たち4人が消えたらおそらくどうなるだろうか、咲夜は思った。おそらく月は消えたままになりレミリアもそのまま息絶えてしまうのであろうか。無念でしかたなかった、お嬢様を助けることができなかった。お嬢様に自分の全てをささげると誓ったのに助けることができなかった。そんな自分が情けなかった。
そして輝くばかりの光が4人を解放する。もう今は別に時空空間にいるのであろうか。おそるおそる目を開いた。
そこには4人と術をうったはずの魅影が立っていた。周りの風景も何一つ変わってはいない。
「………あ………」
魅影はピタリと止まったまま声を漏らした。
「「「「あ?」」」」
それに4人が同時に反応する。
「…月を消すので……能力の……限界まで使ってしまったわ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ゲシゲシゲシゲシ!!←蹴る音
「勝利だぜ」
勝利を掴んだ魔理沙はガッツポーズをし、高らかに勝利宣言をした。
「さあ、観念して月を戻しな」
魅影は「…うう…」とうめき声をあげるもすぐに体を起こす。皮弱そうに見えるその外見とは裏腹に意外とタフらしい。
霊夢がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「それとも、あなたの存在自体を消してあげましょうか?あなたがいなくなれば術の効果も消え月は元にもどるわ」
「………いや……」
「それなら早く月を出しなさい」
「……いや……いやよ……吸血鬼が世界から消えるまで月は戻さないわ!!ふふ……あはははは」
ゲシゲシゲシゲシ!!←蹴る音
「……ごめんなさい…すぐ月を戻します…」
「素直が一番だぜ」
そして月は元に戻った。いや、実際冥界からでは月が元に戻ったかどうか目で確認することはできないのだが魅影の言うことを信じるに月は元に戻ってくれたらしい。
最初はその魅影の言葉をなかなか信じることができなかったのだが、妖夢の確認により地上に月が戻っているということが分かった。
さて、それはいいとしてだ。
「それでこいつどうするの?」
正座して反省の色を見せる魅影に対して霊夢が困り果てた表情で言った。
今回の事件、解決はしたが、魅影の時空転送能力が決して消えたわけではない。
月の時空転送をするための詠唱時間は果てしなく時間がかかる。72時間。魅影ほどの能力者でも三日三晩寝ず食わず飲まずで詠唱を唱え続けなければ決して月ほど大きな物質は消せないらしい、なので並大抵のことで決してできるはずがない。
しかし魅影はそれを達成できた、吸血鬼への怨念が彼女をそこまで動かしたのだ。そこまで恨みを持った魅影がこれから絶対にしないと言えるだろうか。
「……すいません……もうしませんので……」
本人はさっきからこの調子なのだけど……。
「……私もわかってたんです……自分が死んだことは自分の責任だって……でも……そう考えれば考えるほど…自分の愚かさが悔しくて情けなくて……それで」
「吸血鬼に責任転嫁したってわけ?それじゃあ性質が悪すぎるわ、いつまた同じ事をするかもわからない」
「なら、咲夜。一体どうするって言うの。まさか殺せとか言うんじゃないでしょうね?」
「元から死んでるけどな」
魔理沙が横からちょっかいを出してくる。霊夢と咲夜はそれを無視して話を続ける。
「実際お嬢様を殺そうとまでしたんだから、同じ事をされても文句はいえないはず」
そうよね?と咲夜は魅影に聞く、物騒な話に魅影は肩を震わせていた。
しかし咲夜は溜息を吐く。
「でも、そうはいっても。それじゃあ私の後味も悪すぎる」
まさにその通り、魅影も身から出た錆とはいえ不幸な少女だ。そこまでするのも正直気が引ける。なら、一体どうするか………。
「あ、そうか」
ポン。と霊夢は手のひらに手を叩いた。
「ねえ、魔理沙~?」
「な、なんだ・・・?」
また変なことを企んでるんじゃないだろな、魔理沙の目はそう語っている。霊夢はふふふと一笑すると魔理沙に向けて指をツンと突き出した。
「あなた、催眠術をしなさい」
「あ~?催眠術?」
「そう、催眠術。それでこいつに吸血鬼が大好きだって暗示をかけるのよ。そうしたら万事解決」
我ながら素晴らしい傑作の考えだ。霊夢は思わず自画自賛してしまう。
しかしそんなすばらしいアイディアなのに魔理沙は眉を細めて怪訝そうに見てくるではないか。
「なによ?」
「私が催眠術なんて使えるわけないだろ、お前魔法使いが催眠術師と同じようなものと認識してるんじゃないだろな」
「あら、似たようなもんじゃない」
「全く違う!まったく、話にならねえぜ…。ん?」
気がつくと魔理沙の手の中には催眠術用定番のお金の中に紐をかけた例のものがつかまされていた。そして目の前には咲夜が真面目な顔をして立っていた。
「うだうだ言わずに、実行してから駄目だったら他の方法を考えましょう。はい、まずは魔理沙からよ」
「え…、いや、おい」
「はい、やりなさい!」
「お、おうっ」
魔理沙はなぜ自分がやるのか分からないまま魅影の前に行き、振り子のようにゆらゆらと揺らし始めた――。
「……私……吸血鬼……(ヴァンパイア)……大好き♪」
虚ろな目をしながらもそう答える魅影。
「……やればできるもんだな」
魔理沙は自分が本当にできたのかと驚いていた。書物で昔一度催眠術については流し見したぐらいはあったのだが、まさか成功するだなんて思っても見なかった。
霊夢は自分の考えが成功に実を結んだことに喜んでいる、まるで手柄は全部自分のものといわんばかりに。
「でも……魅影さんは大丈夫なの?」
妖夢は魅影を見ながら言った。魅影は何が楽しいのかさっきからうふふと笑っている。
「さて、帰りましょうか」
「おう、帰って月見だ」
「私も早くお嬢様のところへ行かないと」
そんな妖夢の言葉などまるで聞こえないといわんばかりに無視し、ぞろぞろと三人は足早にその場から去っていく。
「あ、ちょっと!三人とも!」
止めようと妖夢は叫んだが、三人は一度も振り返らずに瞬く間に消えていった。
「うふふ……吸血鬼…(ヴァンパイア)……大好き♪」
魅影が楽しそうに笑う。妖夢は視線を三人が消えていった方向と魅影とを何度も往復させるとフラフラと地面に座り「どうしたらいいのよ~~~~」と天に向かって一人叫ぶのであった。
まあ、とにかくこれにて一件落着。
咲夜が紅魔館に戻って早3時間、レミリアの容態は一気に回復した。満月が復活したことによりレミリアの生命力は著しく回復し、今では生命力に満ちている。もはやレミリアが目覚めるのも時間の問題であろう。
すでに他のメイド達は疲れ果てて眠っており、今はレミリアの看病を咲夜一人していた。咲夜はレミリアの手を握り彼女が自然と起きてくれるのを待ち続ける。
「あ…汗が」
咲夜はレミリアの額に浮かぶ汗を見つけた。すぐに優しくゆっくりとタオルでふき取る。
さて、そんなことをしながらも咲夜はお嬢様が起きたらどのような言葉を言おうか、そういうことで悩んでいた。
「お加減は大丈夫ですか?」はたまた「お嬢様!」と抱きついてみようかなどと色々な種類の言葉を考えた。
しかし咲夜はこんなことを考えるのは苦手なようでどうにもどれもしっくり来ない。どうしたのものか……。
シーンとした部屋に咲夜とレミリアのみ。そういえば昔立場は逆だったけど似たような状況があったことを咲夜は思い出した。
昔過労のためか一度咲夜が倒れたことがある。咲夜が意識を覚ましたときには寝室のベットの中にいた。
パラパラと本がめくれる音が聞こえ咲夜は横に視線を送る、するとそこにはレミリアが椅子に座って読書にふけていた。
「…おじょう・・さま?」
なぜここにお嬢様がいるのか、咲夜の頭に瞬時にそれが浮かぶ。
レミリア以外にこの部屋には人がない、咲夜が教育している沢山のメイド達の姿はどこにもなかった。
「あ、咲夜。起きたのね」
咲夜の声に気づき読みかけの本にしおりを挟むとそれをそばの机に置いた。
咲夜のオデコに乗っていたタオルを取り手のひらをつける。
「まだ、少し熱があるみたいね」
そう言って、レミリアはタオルを取り水入れの中にタオルを入れてそして絞った。
「お嬢様、そのようなことをお嬢様がしなくても」
咲夜は立ち上がろうと思い、上体を起そうとしたのだがそれをレミリアの手が塞ぐ。
「いいのよ、咲夜は寝てて」
「でも、お嬢様でなくて他の誰かにまかせたら」
「これは私が自分でやるといってやってるのよ、だから咲夜は黙って寝ていればいいの」
「でも……」
「もう」
レミリアはやれやれと肩をあげながらも、咲夜の体を押して布団に寝かし先ほど絞った濡れタオルをおでこに置く。
「こういうときぐらい私に甘えなさい。滅多にできることじゃないんだから」
「でも、私はお嬢様のメイドで―――」
「でも、でも、でも。咲夜はさっきから『でも』ばっかりね。いい?だからね、普段の元気な咲夜がいないと私の普段の生活習慣が狂うのよ。いつも通りのあなたがいることが私の生活にとっては普通なの。だから今は異常、病気の咲夜だなんて私の生活習慣には入ってないわ。私が咲夜に我がままをいい、それに不満を言いながらも私の我がままに付き合ってくれる、そんないつもの咲夜じゃないと私は嫌なの。わかる?これも私の我がままなのよ、だから今私は私の我がままで異常な咲夜をいつもどおり咲夜にしようとしてるの。貴方はいつものように不満を言いながら私の我がままに付き合えばいいわけ、わかった?」
顔を赤くしてプイっとレミリアはよそを向いた。その様子が妙にかわいらしく、咲夜は思わず笑ってしまった。
「なによ」
「何でもないですよ。全く、わかりましたいつも通りの私に戻るために。お嬢様に我がままにつきあいます」
咲夜はクスクスと笑いながらもそう言った。
それは遠くもなく近くもない過去の記憶。
「ああ、そうか…」
そして咲夜は気がついた、レミリアにどのような言葉を言うか悩むだなんて無駄だったということに。
最初から悩む必要なんてなかった。
レミリアが望んでいる咲夜、それをすればいいだけじゃないか。
レミリアの体が少し動く。お嬢様が起きる、長年彼女のお世話をしてきた咲夜にはそれが分かった。
「…ん……さくや?」
静かに目を開き、眠たそうに目をこするレミリアに対して咲夜は優しく微笑んだ。
「お嬢様、おはようございます」
咲夜の目には溢れんばかりの涙がたまっていた――。
「つきが~でたで~た~つきがぁ~でた~あよいよいっとだ」
満月を眺めながら、魔理沙は歌う。博麗神社に戻るなり二人はお月見を始めた、縁側に座りススキと団子を置きそれがより風流さ際立たせる。
「月見は団子に限るわね」
「おい、霊夢食いすぎだぜ。私の分まで食べるなよな」
「沢山作ったんだから大丈夫よ、それに今日私頑張りすぎちゃったからこれはご褒美」
ご機嫌よく霊夢はパクパクと自分が作った団子を口の中に入れる。自分が作ったとしても美味しいものは美味しいものだ。
「ああ、満月が綺麗だぜ」
「だね~」
二人は夜空を見上げた、数え切れないほどの小さな星が空一杯に埋め尽くされており、その中心に今まで何事もなかったかのように満月が存在感を示している。
魔理沙はパクッと口にお団子を入れた。中にはこしあんが入っており、その適度な甘みが口に広がる。やはり霊夢の団子は美味しい。団子を食べると次はお茶をすする、この何ともいえない見事なまでのコンボが最高だ。
今までの苦労は全てこのためにあった。
「はぁ、やっぱりお月見は最高だぜ!」
去年の兎たちの反逆、今年の逆恨み幽霊の暴走、全く毎年毎年月見には何かが起こる。来年こそは何事もなく月見ができますように、なんとなく満月に向かってそう願いをする魔理沙であった。
博麗神社の巫女こと博麗霊夢が毎日掃除をきちんとしているため神社の敷地内は清楚な状態を保つことができている。とはいっても参拝客が普段から少なくゴミを捨てる人がいない(それに伴い掃除が楽)という理由が大半占めていたりするのだが、霊夢的にはそれは認めたくない事実らしい。
風が吹き木々の紅葉している葉っぱたちがその風に乗るようにして飛んでいく。静かな夜だった。神社の簡素な様子がより寂寞とした雰囲気にさせる。
しかしそんな外の様子はどこ吹く風、中は大層賑やかな声が聞こえてくる。
「全く、お団子が完成してから来るなんて。あんたの目当てがバレバレだわ」
「月見といえば団子、団子といえば霊夢の手作り団子っていうのは幻想郷の常識だぜ」
今日はお月見の日、年に一度団子片手に月を見るという風流な行事の日だ。
魔理沙はそんな中、霊夢の団子目当てに博麗神社に乗り込んできたのだ。お団子制作が終了してから来る辺りずる賢い。
そんな魔理沙を霊夢は目を細めてジーット見つめる、しかし魔理沙は相変わらずニコリとして「私がなにかしたか?」と開き直っている。何を言っても無駄かと悟り霊夢は溜息をする。
「はぁ、嫌な常識ね――。まあいいわ、そこに座ってて今お茶入れてくるから」
「はいよ」
魔理沙は言われたとおりにその場に座り込んだ、帽子を取り横へと置く。すでに月見の準備はできているようで出来立てのお団子と花瓶に入れられたススキが飾られており魔理沙の気分を一層盛り上げてくれる。
昔から魔理沙は月見が好きだった。
真丸い満月を見ながらお団子を食べお茶をすする、その風流さが彼女の心を落ち着かせる。それゆえ魔理沙は月見が好きだ。
「はい、どうぞ」
「さんきゅー」
霊夢が運んできたお茶をうけとると、魔理沙はそれをゆっくりと口の中に入れる。口いっぱいに芳ばしい香りが包み込んだ。お茶マニアの霊夢が入れるお茶だ、そんじょそこらの美味しいお茶とはまたレベルが違う。
霊夢は魔理沙の表情を見て感想を聞くまでもないという満足そうな表情をした。
それから少しの時が流れ、時刻はすでに8時を向かえている。
「それじゃあ、そろそろお月見始める?」
その言葉を聞いて魔理沙はよしきたと立ち上がる、二人はそれぞれお団子と花瓶を持ち縁側へと向かった。
外は静かだった。夜だからということもあるだろう。しかし、いつもと比べてもその静かな様子はおかしかった。
小鳥のさえずりはもちろんのこと鈴虫の鳴き声すら聞こえない。さっきまで吹いていたはずの風はぴたりと止り、昼夜関係なく不気味なまでの静寂が包み込む、つまりは異常ということになる。
いつもと違う様子に二人は首をかしげながらもお団子花瓶を置く、そして彼女達はすぐに異変の原因を見つることとなる。今日の主役であるそれがないのだ。
「おい、まじかよ……」
魔理沙は絶句して言った。今日の主役であり空に浮かんでいるはずの例のものがない、そのないとは完全に消えているということで、存在自体が今までなかったかのごとく見当たらない。
「………」
霊夢はそんな様子を呆然と眺めていた。そう、今の夜空には月が完全に消滅していた―――。
東方月夜話
チューチュー。
レミリアはトマトジュースを飲みながらトコトコと歩いていた。2時間ほど前から体調が著しくなく、そのため人間の血を吸いにいくこともできないレミリアは仕方なしに予備のトマトジュースを飲んでいた。
トマトジュースと血、その両者は明らかに違うものである。味なんてもちろんのこと、似ているということになっている色でさえよく見なくても全然違うことが分かる。しかし咲夜がこれしか用意してくれてなかったため仕方がなかった。
吸血鬼は十字架に弱いと同じように吸血鬼は血がない場合トマトジュースを飲む、そんな偏見が人間の間では広がっているのであろうか。レミリアは首をかしげながらもトマトジュースを飲む。
自分の部屋に戻る途中、レミリアは窓辺で口をあんぐりとあけ外を眺めている咲夜を見つけた。
「どうしたの、咲夜?」
「レミリア様…。あの空がおかしくて」
「空が?」
さんさんと輝く星空、雲ひとつなく視界一杯に星が広がる。しかしだ、そんな中でいつもひときわ存在感を示すはずであった満月が綺麗さっぱり消えていた。
そんな様子を見てレミリアは溜息をする。
「なんだか、前にも同じような光景を見た記憶があるわね。全く、また私が出向かないといけないの……」
1年前も似たような事件がおこり咲夜と二人で出かけたことがある、また彼女達の仕業なのであろうか。
面倒くさいわねとレミリアは再度溜息をする、どうやら覚悟を決めないといけないようだ。
「咲夜行くわよ」
「はっ、はい!お嬢様」
クルリと180度回転をすると、そのまま玄関に向かって歩き出す、つもりであった。しかし…。
フラリ。
突如レミリアの体から力が一気に抜け、彼女はそのまま地面へと音を立てて倒れたのである。
「……お嬢様?」
突然のことに咲夜は一瞬事態を把握できなかった。しかし倒れたっきりピクリとも動かないレミリアを見て咲夜は慌てて飛びついた。
「お嬢様!」
倒れている体を支え、咲夜はレミリアを呼び続ける。しかしレミリアは目を閉じ全く動かない。
咲夜の頭に最悪の言葉が浮かび、すぐさま呼吸があるかどうか確認をした。ごく若干であるが、呼吸音はある。
「お嬢様!お嬢様!」
しかしそれはあくまで今現在最悪の状況がないだけであって、何も油断できるわけではない。
何度も咲夜は声を掛け続けた、しかしいくら呼ぼうがレミリアからの返事は一度も帰ってこなかった―――。
「おい、いくぞ」
魔理沙は自前の帽子をかぶり霊夢に向けていう。当の霊夢はずずーとおいしそうに飲んでいるお茶を止めると、首を傾げた。
「いくって、どこに?」
「だから、兎の所にだよ。二年も連続で月見を邪魔してきやがって、私は月見が大好きなんだ!それを邪魔されて黙っていられるかっていうんだ」
イライラ気味に魔理沙は言葉を大きくして言った、しかし一方霊夢の方はその言葉に対して大した反応はしない。少し眉を細めると、もう一度お茶をすする。
「なんか私行かなくても平気そうだし、魔理沙に任せた」
「はぁ!?」
「今日は朝から神社の掃除が大変だったのよ、それにお月見の準備も全部私一人がしたわけだし。疲れたから魔理沙が行ってきて」
「なんだよそれ」
「だって、疲れたんだからしょうがないじゃない。ほら、私はここでまったり待っててあげるからさっさと月を復活させてきなさい」
またまた、お茶をずずーと飲みながらくつろぎモードで霊夢が言う。
この体制に入るとなかなか行動しない上、面倒くさがりの霊夢のことだ魔理沙がどう連れて行こうとしても行かないであろう。霊夢は自分勝手でいつも自分の考えどおり動く地味に嫌味なやつでもある。
魔理沙はブツブツと文句を言いながらも、霊夢を連れて行くことを諦め一人で単身兎の住処へ乗り込むことを決め部屋を出て行った。
ちょうど鳥居を抜けた辺りのときだ、前方から見たことある人物が走ってくるのが目に入る。頭にはホワイトプリムを装着し服装はメイド服、実質年齢は不明であるが若干魔理沙よりは年上なのだろうか。もちろんその人物とは十六夜咲夜である、紅魔館でメイド長をしている真面目な人間だ。
「お嬢様が、月のせいで!」
咲夜は魔理沙を見るなり声をあげた。
普段冷静な彼女がこれほどまで慌てている姿も珍しい。しかし、魔理沙は特に気にする様子でもなく、ニヤリと笑うと咲夜の腕を掴んだ。
「お、いいところにきたじゃないか。お前に何があったかは知らないけどちょうどいいや、お前も着いてきな。その月の事件を今から解決しにいくんだからさ」
「え?ちょっと!」
魔理沙はそんな咲夜を強引に引っ張って連れて行った。旅は道連れ世は情けといったもの、一人で行くより二人の方が問題解決もスムーズに行くであろう。
最初は驚いていた咲夜だったが、事態を把握したらしくすぐにいつもの真面目な表情に戻り足早に歩き出す。そして歩きながらではあるが咲夜はレミリアに起こったことについて魔理沙に話し始めた。
レミリアの状態は思った以上に危ない、あれから咲夜達メイド一同は必死にレミリアの看病をしたが、回復を見せるどころかレミリアの体から生命力も徐々に弱り始めていた。
原因は分からない、ただ月が消えたという現象が何らか関係しているのではないだろうかと咲夜は考えたのだ。そして自分たちだけではどうすることもできないと霊夢達に助けを求めに来た、そういう成り行きであった。
月が消えた原因とそれと同時期に倒れたレミリア。この両者の関係は今は分からない、しかし兎たちの所へ行けば何らかの解決ができる、このときは二人はそう思っていた。そう事件はすぐに片付くであろうと…。
「残念ながら、今回の事件は私たちの仕業ではないわ」
「はぁ!?」
今日何回目であろうか、魔理沙は間の抜けた声を出す。
地上のどこかにある兎達の館。一年前の地上を密室化した事件の張本人であり今目の前でお茶をすすっている蓬莱山輝夜がこの館の主である。
また輝夜の配下の八意永琳も同じくお茶をすすっている。
「永琳ができるのは地上を密室化して月を見えなくするぐらい」
「じゃあ今回のは違うっていうのか?」
「永琳」
「はい。私が前にやったのは地上を密室化し、代理の月を置いただけのことで大した術でもなんでもないわ。だけど今回は月という存在そのものが消えてしまってる」
「はぁ!?存在そのものが消えてる?」
「ええ、もう木っ端微塵に跡形もなくこの世界から消えてるわね」
途方もない話に魔理沙と咲夜は口をあんぐりとあける。
「それってどういうことなんだ?」
「そこまでは私でも分からないけど…。ただ、今回レミリアさんが倒れた原因は月の存在が消えてしまったからという貴方達の推理は当たり」
「やっぱり……」
咲夜は小声ながらもそう呟いた。
「では、なぜお嬢様は倒れてしまったの?」
「吸血鬼はね、月がないと生命力を得ることができないのよ」
「え…?それってどういう」
「日光が生命力を奪い去っていくのと同じように、月は吸血鬼にとって生命の源なの。これが吸血鬼でいう対極的な生と死の概念、知ってるわよね吸血鬼は強い生き物であると共に弱い生き物でもあるってことを」
吸血鬼には弱点が多い。日光、にんにく、流れ水を渡れない、鰯の頭、と様々な弱点を吸血鬼は持つ。それは肉体的な強さゆえの代価なのかもしれない。
しかし逆に強みもある、それは月の光。吸血鬼は月光を浴びることにより全体的な能力UPが起こるのだ、満月になるとその力は最大となる。
「じゃあ質問、なんで吸血鬼は月の光で強くなるの?」
「なんでって……」
永琳の質問に咲夜は戸惑った。
咲夜自身そこまで考えたことがなかった、レミリアから月のことを教えてもらい咲夜はなんとなしにそういうものなんだなと理解していた。
ではなぜ吸血鬼は月の光が強みなのか……。
「………わかりません」
重たくも咲夜は答えた。レミリアの一番近くでいつも過ごしてるのに分からなかった自分が情けない。
しかしその様子を見て、永琳はふふふとイタズラっぽく笑う。
「それも正解」
「え?正解って分からないことが?」
「どうしてかなんて、実際のところ誰もわかってはいないの。誰もが食事をするように、誰もが寝るように」
「おいおい、つまり何がいいたいんだ?」
痺れを切らして魔理沙が言う。さきほどからの永琳の話は飛びに飛んでいて結局は何がいいたいのか分からない。
「あら、ごめんなさいね癖みたいなの。つまりね吸血鬼は常時月から何らかの生命力を受け取って生きているのよ、そしてまた月がないと吸血鬼は根本的な生命力を受け取ることができない、食事をしても寝ても生命の源である月がなければ吸血鬼は生きていけないの」
「でも、一年前あなたたちが月を消したときはレミリア様は平気だった!」
「あれはあくまで隠しただけで、月そのものが決して消えたわけではないわ。しかし完全に月の存在が消えた今、吸血鬼には生命力が全く入らなくなってしまう」
「だけど、月がなければ吸血鬼が生きていけないなんて、私お嬢様に一度もそんなこと……」
「知らなかったのでしょう。だってそうでしょ?月が消えることなんて普通はありえないもの、知らなくても何もおかしくないわ」
「・・・・・・・・」
咲夜は愕然とした。
月からの生命力が途絶えれば、吸血鬼は生きていくことができない。それはつまりこのままではレミリアが死んでしまうということを宣告されたのだ。
信じたくはなかった、しかし信じなくても結果は代わることはない――。
「なら、なんであんたはそれを知ってるのさ」
そんな咲夜を横に魔理沙は会話中で一番気になった疑問について聞いた。そんな吸血鬼本人でも知らないようなことをなぜ知っているのか、しかし永琳はあっさりと答える。
「月の住人ですから」
ニコリと返すその笑顔に曇りなど一点も見受けられない、魔理沙はたじろぎながら「そ、そうか」と返すしかなかった。
「月についての心当たりは!心当たりはないの!」
輝夜たちが関ってないとしても、もしかしたらこの人たちなら何か知ってるかもしれない。咲夜はそんな思いを込めていった。
しかし現実とはうまくいかないもの。
「ないわね、私たちにもこの現象が何かさっぱり分からない」
首を横に振る輝夜に咲夜はガックリと肩を落とす。
つまりだ、この事件に関する手がかりは何もなくなったのだ――――。
博麗神社へ戻る途中魔理沙は考えていた。
この事件を一体誰が引き起こしているのか、なぜ月を消すようなことをするのか……。
魔理沙は頭をかきむしる、元々性分的に研究以外に対して頭を使うことは好きではない。そもそもこの事件犯人さえ分かれば、後はコテンパンに叩きのめせば全てが解決する単純な事件ではないか。
夜の世界、箒にまたがり空を飛ぶ魔理沙の頭上には満月はない。今宵は月見、どれだけ今日の行事を楽しみにしていたことか、思えば思うほど段々と腹がたってきた。
魔理沙は横を飛んでいる咲夜を見た、魔理沙と同じように彼女も難しそうな顔をしていた。主であるレミリアの緊急事態が心持穏やかではないだろう。
「時間の方は大丈夫なのか?レミリアが途中でくたばったりしないだろうな」
「不吉なことを言わないで。私が出て行くときにお嬢様だけ時間の流れを遅くしているから多少の時間は大丈夫だと思うわ。だけど……」
咲夜は歯に力を入れた、いつ訪れると分からない終刻。しかし着実に時間は訪れようとしているであろう、そんな中何もできない自分に悔しさがあふれている違いない。
「そうか……」
魔理沙はこれ以上咲夜にかけるべく言葉を見つけることができなかった。
「無理だった!?なによそれ」
「どうもこうもあるかってんだ」
ふてくされ気味の魔理沙はみかんの皮をむきながら言う。
魔理沙が帰ってきたと思えば、なぜか咲夜が一緒についてきており、その上簡単に現れると思っていた月も未だに現れていない。
今一体どういう状況なのか霊夢は理解できなかった。
「ねえ、一体どういうことなの?」
咲夜は重い口を開き今までの経緯について話し始めた。
「月の存在を消したって、そんな術聞いたこともないわ」
その言葉に魔理沙がムスっとしたまま話す。
「私も聞いたことないよ。でも実際問題月は消えちまってる、ということは現実にそういう術はあるんだろ」
「…そうね」
ハァと霊夢はため息をつく。
この事件未だに全容が見えてこない、そもそも事件の犯人は一体なぜ月を消したのか?その必要性が分からないのだ、月を消すメリットなんて何もない。
しかし犯人は月を消した、愉快犯であろうか。だがそれにしては性質が悪い上、手間がかかりすぎる。
だいいち月の存在を消すだなんてどれだけの力が必要になることか…。
「とにかくここでジッとしてるだけじゃ埒が明かないわ、早くしないとお嬢様が」
「…そうだな、ここで分からないことを考えるよりも行動あるのみだ」
結局二人がたどり着いた結論はそこだった、しかし今することはそれしかない。魔理沙と咲夜は立ち上がる。
「存在の抹消……月が消える……月が吸血鬼に与える影響……」
霊夢はいまだ一人でブツブツと何かを考えている。魔理沙はやれやれと肩を上げる。
「おい、霊夢」
「地上と密室してからも月からのエネルギー供給は消えない……次空間……あっ」
「あ?」
ポンと霊夢の独り言がとまった、魔理沙と咲夜がそれにシンクロした反応を返す。
「………」
次に霊夢はあごの上に手を載せ、真剣なまなざしで思いにふけはじめた。
一体何を考えているのか、咲夜は我慢できなくなり聞く。
「一体どうしたの?」
「…まあ当たってみる価値はあるかな…」
「だから、どうしたっていうんだ?一人ふさぎ込んじまって」
霊夢はスクッと立ち上がる、そして歩き出した。
「魔理沙、咲夜。すぐに冥界に出発よ」
「冥界?」
冥界、それは死んだ者たちの魂が集まる場所。
「なんでまた冥界になんて?」
「それは行きながらおいおい説明するわ、とにかく時間が惜しいから行きましょう」
襖を開きそのまま玄関へ向かって歩き出す、残された二人は慌てて霊夢の後を追いかけていった。
冥界へ向かう途中、ゆっくりと霊夢を口を開いた。
「永琳の話を信じると、今回の事件では月の存在が完全に消滅していることになるわ。1年前の輝夜の事件は地上を密室化しただけで月は同じ時空上には存在した。だけど今回は完全になくなっている」
「永琳といい、お前といい説明がくどいな。つまりなんだってんだ?」
「つまりね、月の存在が消えた。これの意味するものはおそらく時空転送能力。この時空上にある月を別の時空間じょうに転送したのね、そうすればこの世界の月という物体は完全に消える、つまり存在を消滅させたことになる。そうなるとね、ここら辺の心当たりがある人物を探そうとしたら」
「私たちの世界にすんでいない人たち、つまり冥界の人たちに聞けば何かわかるかもしれない」
咲夜の言葉に霊夢は静かにうなずいた。
「でも、結局かなりこじつけみたいなもんだから無駄手間になる可能性もあるんだけど…」
「それでも何も動かないよりは1200%はマシだぜ」
冥界に行っても解決するかどうかは分からない、しかし何も手がかりがない今全てはそこにかけるしかなかった。
フワフワと浮く一人の年齢不詳の少女。幽霊になってから数百年の年月が過ぎたのは確かなのだが幽々子にとって年齢という概念自体どうでもいいらしく実際の歳は不明だったりする。しかし実際見た目は十代前半ぐらいであろうか霊夢と比べると若干若い。
「時空転送能力?」
「そう、転送能力でなくてもこの空間から存在を抹消するような能力を持ったやつを知ってたら教えて欲しいの」
霊夢は幽々子の所に来るなり、今までの経緯を大急ぎで説明した。月が消えたこと、その理由が兎達の仕業でないこと、時空転送能力のこと。幽々子と一緒にいた妖夢は真面目にコクコクうなずきながら聞いてくれ思ったほか説明は早く終わった。
大方の説明が終わると、しばし間があった後幽々子の横で顎に手を当てて考えていた妖夢が口を開く。
「幽々子様、もしかしてあの人では…」
どの人?と思わず聞き返したくなるようなセリフを妖夢は言った。幽々子はその言葉にコクリをうなずいた。
「ええ、あいつがやってるのかもしれないわね」
どいつ?と思わず聞き返したくなるようなセリフを幽々子は言った。妖夢はその言葉にコクリとうなずいた。
「この冥界で時空転送を使い月を消せる存在となるとあの人しかいません」
「だから、どいつよ?」
三度目の正直、霊夢の口から即座にその言葉が出た。
あいつ、あの人だけじゃあ何も知らないこちら側の人間が分かるはずがない。
「私より後から来た子だけど、昔からいる子ね。魅影って言うわ」
「魅影?そいつが今回の犯人なのか?」
魔理沙が言った。妙にうれしそうな顔をしている。今までに散りに積もった鬱憤をついに晴らせるときが来た、そう思っているのかもしれない。
「それは行って聞いてみないとわからないわ」
「なら、すぐそいつがいる場所を教えて!もう時間がないの」
時間はない。咲夜の声には焦りが感じられた、時間の速度を遅くしているからと入ってもレミリアの状態がいつ悪化とも限らない。幽々子は少々困ったような顔をしながら答えた。
「教えるのは別にいいんだけど……ただ…あの子かなり変わってるから気をつけてね」
その言葉にすぐ霊夢は反応し魔理沙をみた。
「変わってるやつなら、いくらでも知ってるから大丈夫よ」
「なんで私を見るんだよ」
「・・・・・・別に」
言わなくてもわかるでしょう。
「妖夢、あなたが一緒に行ってあげなさい。その方が道にも迷わなくていいわ」
「はい、わかりました」
「できるだけ穏便にすますのよ。でも、どうしても危ないと思ったときは迷わず逃げなさい。その時は私が出向くわ」
妖夢はもう一度深くうなずいた。
妖夢を入れた4人はすでに人里離れた場所にまで来ていた。辺りには幽霊は一人もおらず、物寂しい様子に思える。
「それにしても誰もいないな、ホントにこんな所にいるのか?」
魔理沙は聞いた、当然の質問だろう。すでに数分の間も誰ともすれ違うことはない、つまりここには幽霊が全くいないのだ、住んでいる雰囲気さえない。
「魅影さんは一人が好きなの」
妖夢はそういうとピタリと足を止めた。
「そしてここが、魅影さんの住居」
4人の目の前には小屋があった。複数人で生活するとなると小さいのだが人一人となれば十分に生活できるほどの大きさ。
妖夢は扉に近寄るなりコンコンと二度ドアを叩く。
「………」
コンコン。
反応がなかったのもでも一度扉を叩いた。
「魅影さん、いますか?」
呼びかけて見るも、中からは一切声が聞こえてこない。妖夢は首をかしげた、留守なのであろうか。
そんな様子を見ていて、イライラしたのか霊夢が大声をあげた。
「ちょっと、ここまで来て留守とかなわけ?犯人出て来い!!」
幽々子と妖夢はまだ魅影が犯人だと決まったわけではないと言っていたが、霊夢の中では魅影が犯人であるということに間違ないと確信していた。
そもそも珍しい時空転送能力を持ち、さらに月を消せるぐらいの実力者となると、もはや今回の事件の犯人としか考えれない。それは咲夜、魔理沙も同じ考えであろう。
「……はあい…?」
その返事は4人の後ろから返ってきた。一斉に4人は振り返る。そこに彼女はフワフワと浮いていた。黒く長い髪をした一人の女性で目の下に若干目に隈が出来ている。大人しいというよりは少し暗そうな女、パット見はそう思える。
「あなたね、月の存在を消した犯人は」
魅影は首をかしげながら、ゆっくりと聞く。
「……あなたたちはだあれ?」
「名乗るものじゃないさ」
魔理沙は箒を構えながら言う、いつ攻撃してきても対処できるように体勢はすでに戦闘準備体勢に入っている。
「そう……『名乗るものじゃないさ』さん…なの……」
変な名前ねと魅影は首をかしげながらこっちを見てくる。いや、あんたが一番変なやつだ。ここにいる全員が思わず心の中でそう返す。
「…魅影さん」
「あら……ようむちゃんじゃないの……こんばんわあ……」
魅影の挨拶に妖夢は律儀にもこんばんわと頭を下げる。そして頭を上げてすぐ妖夢は言った。
「月を消したのは魅影さんなんですか?」
「……ええ……そうだけど……」
「やっぱりあなたが犯人だったのね!!月を元に戻しなさい!!」
咲夜が叫ぶ。やはり魅影が今回の月を消した犯人だったのだ。魅影の口元が少し微笑えむ。かすかな変化であった。
「………なあんで?」
「あなたが月を戻さないとお嬢様が死んでしまうのよ。だから早く月を戻なさい!!」
「……月がないと死んじゃうって……その子って…吸血鬼?」
「だから、なんだっていうの」
今度は目に見えるほど魅影は微笑んだ。そしてうれしそうに口に手を押さえ、「……ふふ……ふふふ……あはははははははは」狂ったように笑い出したのである。
「おいおい、突然笑い出しやがったぜ」
「気味が悪いわね」
手をお腹に置き、背中を丸めてまで笑うその姿は狂気すら感る。
「……吸血鬼なんて……死んで当然なのよ……私を殺した吸血鬼なんてこの世から消えてしまえばいいんだわ……」
私を殺した、彼女は確かにそういった。魅影は吸血鬼に殺され、その腹いせにこの事件を起こしたそういうことなのだろうか。
「…こいつ吸血鬼のせいでしんだの?」
霊夢の質問に対して妖夢は首を横にふった。
「記録によると、森で極度の疲労により絶命したということになってるわ」
「違うじゃないの」
「違わないわ!……私は吸血鬼に殺されたのよ…そうよ忘れもしない……」
それは魅影の生前の記憶であった。遠い遠い昔の話、彼女がなぜ死んでしまったかの経緯。別に誰も聞いていないのに彼女は一人話し始めたのだ。
話自体が長いので要約しよう、オカルトファンである魅影は当時マイブームとして吸血鬼にはまっていた。夜な夜な外に出歩いては吸血鬼を探す日々を続け、いつか吸血鬼を見つけてやると心に決めていた。
長い長い間彼女は吸血鬼を探し続けた、そして見つけたのだ吸血鬼を…。いつものように夜の街を歩いていると魅影は見つけたのだ、むき出しになった牙、いかにもというマント、そして背中から生えた翼。それらの要素を見て魅影はすぐにこいつは吸血鬼だと分かった。
彼女は興奮した、今まで自分が探し続けていた吸血鬼をついに見つけた。そして魅影はゆっくりと後を追いかけた、吸血鬼の根城、それは一体どこなのか。そこさえ掴めばもっと色々なことが分かる。吸血鬼がどんな生活をしているのか、どのような物があるのか、それら全てが魅影の心を躍らした。
吸血鬼はそのまま森の中へと入っていった、魅影は気にせずに後ろからばれないようにこそこそ追いかける。その森は湿度が高く地面がぬかるんでいた、だからであろう彼女は足を滑らせて地面に転んでしまったのだ。魅影は焦って立ち上がった、こんな所で止まってちゃいけない、すぐに追いかけないと。しかし彼女が起き上がった時にはすでに吸血鬼はいなかった…。
「……私はそのまま死んだわ……」
「それってあきらかに自業自得じゃないか」
魔理沙が言う。その言葉に誰もがうなずいた。まずどう考えても吸血鬼は何も悪くはないし、どっちかっていうと吸血鬼が被害者のような気もする、ストーカーという犯罪の。
「………うるさい……うるさい…うるさい…うるさい…うるさい!あれは…あれは吸血鬼……吸血鬼のせいに決まってるわ!!誰が月を戻してやるものですか!!」
魅影は感情を取り乱し叫ぶ。説得は無理か。
そもそもこういうタイプの幽霊は自分が一番正しいと思い込んでいるたちがある、こちらが何を言ってもまず聞くことはない。極端な考え方は人を狂わす。
頭の中に実力行使という4文字が浮かぶ。できれば話し合いで解決したかった、時間的にも双方の被害を考えても。霊夢は溜息をする。
「どうやらやらないと駄目みたいね」
「……ふふふ……あなたたちは…私には決して勝てないわ……」
「なにを、そっちは一人こっちは多人数だぜ」
魔理沙は当然のように言った、しかし妖夢それを否定した。
「…いいえ、魅影さんは強いわ。力的にはさしてないけど、時空転送能力を使うことができる。万が一この術をくらってしまえば…」
「――別に時空へ転送されて、元の世界に戻れなくなる…」
妖夢はコクリとうなずいた。ゴクリと霊夢の喉がなる。
「……ふふふ……あはははははははははははは!」
大きな笑い声がこだまする。そして魅影は術の詠唱に入った。
「詠唱が終わる前にやつを倒さないと!」
霊夢の一言を堰に4人は一斉に飛び掛った。距離にして数メートル、大丈夫間に合う。
しかしすぐに魅影の詠唱はピタットとまり、そして4人を見てニヤリと笑う。それは術の詠唱がすでに終わっていることを物語っていた。
魅影はそのまま両手を上にあげる、すると両手に光がつつまれ、まばゆいばかりの光が放たれたのだ。
光は一瞬にして四人を包み込んだ。その瞬間霊夢は自分たちが負けたことを理解した。詠唱の速さ、月をも消せる能力の高さ、全てにおいて魅影のレベルは違いすぎた。
「お嬢様!」
咲夜は咄嗟にそう叫んだ。今私たち4人が消えたらおそらくどうなるだろうか、咲夜は思った。おそらく月は消えたままになりレミリアもそのまま息絶えてしまうのであろうか。無念でしかたなかった、お嬢様を助けることができなかった。お嬢様に自分の全てをささげると誓ったのに助けることができなかった。そんな自分が情けなかった。
そして輝くばかりの光が4人を解放する。もう今は別に時空空間にいるのであろうか。おそるおそる目を開いた。
そこには4人と術をうったはずの魅影が立っていた。周りの風景も何一つ変わってはいない。
「………あ………」
魅影はピタリと止まったまま声を漏らした。
「「「「あ?」」」」
それに4人が同時に反応する。
「…月を消すので……能力の……限界まで使ってしまったわ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ゲシゲシゲシゲシ!!←蹴る音
「勝利だぜ」
勝利を掴んだ魔理沙はガッツポーズをし、高らかに勝利宣言をした。
「さあ、観念して月を戻しな」
魅影は「…うう…」とうめき声をあげるもすぐに体を起こす。皮弱そうに見えるその外見とは裏腹に意外とタフらしい。
霊夢がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「それとも、あなたの存在自体を消してあげましょうか?あなたがいなくなれば術の効果も消え月は元にもどるわ」
「………いや……」
「それなら早く月を出しなさい」
「……いや……いやよ……吸血鬼が世界から消えるまで月は戻さないわ!!ふふ……あはははは」
ゲシゲシゲシゲシ!!←蹴る音
「……ごめんなさい…すぐ月を戻します…」
「素直が一番だぜ」
そして月は元に戻った。いや、実際冥界からでは月が元に戻ったかどうか目で確認することはできないのだが魅影の言うことを信じるに月は元に戻ってくれたらしい。
最初はその魅影の言葉をなかなか信じることができなかったのだが、妖夢の確認により地上に月が戻っているということが分かった。
さて、それはいいとしてだ。
「それでこいつどうするの?」
正座して反省の色を見せる魅影に対して霊夢が困り果てた表情で言った。
今回の事件、解決はしたが、魅影の時空転送能力が決して消えたわけではない。
月の時空転送をするための詠唱時間は果てしなく時間がかかる。72時間。魅影ほどの能力者でも三日三晩寝ず食わず飲まずで詠唱を唱え続けなければ決して月ほど大きな物質は消せないらしい、なので並大抵のことで決してできるはずがない。
しかし魅影はそれを達成できた、吸血鬼への怨念が彼女をそこまで動かしたのだ。そこまで恨みを持った魅影がこれから絶対にしないと言えるだろうか。
「……すいません……もうしませんので……」
本人はさっきからこの調子なのだけど……。
「……私もわかってたんです……自分が死んだことは自分の責任だって……でも……そう考えれば考えるほど…自分の愚かさが悔しくて情けなくて……それで」
「吸血鬼に責任転嫁したってわけ?それじゃあ性質が悪すぎるわ、いつまた同じ事をするかもわからない」
「なら、咲夜。一体どうするって言うの。まさか殺せとか言うんじゃないでしょうね?」
「元から死んでるけどな」
魔理沙が横からちょっかいを出してくる。霊夢と咲夜はそれを無視して話を続ける。
「実際お嬢様を殺そうとまでしたんだから、同じ事をされても文句はいえないはず」
そうよね?と咲夜は魅影に聞く、物騒な話に魅影は肩を震わせていた。
しかし咲夜は溜息を吐く。
「でも、そうはいっても。それじゃあ私の後味も悪すぎる」
まさにその通り、魅影も身から出た錆とはいえ不幸な少女だ。そこまでするのも正直気が引ける。なら、一体どうするか………。
「あ、そうか」
ポン。と霊夢は手のひらに手を叩いた。
「ねえ、魔理沙~?」
「な、なんだ・・・?」
また変なことを企んでるんじゃないだろな、魔理沙の目はそう語っている。霊夢はふふふと一笑すると魔理沙に向けて指をツンと突き出した。
「あなた、催眠術をしなさい」
「あ~?催眠術?」
「そう、催眠術。それでこいつに吸血鬼が大好きだって暗示をかけるのよ。そうしたら万事解決」
我ながら素晴らしい傑作の考えだ。霊夢は思わず自画自賛してしまう。
しかしそんなすばらしいアイディアなのに魔理沙は眉を細めて怪訝そうに見てくるではないか。
「なによ?」
「私が催眠術なんて使えるわけないだろ、お前魔法使いが催眠術師と同じようなものと認識してるんじゃないだろな」
「あら、似たようなもんじゃない」
「全く違う!まったく、話にならねえぜ…。ん?」
気がつくと魔理沙の手の中には催眠術用定番のお金の中に紐をかけた例のものがつかまされていた。そして目の前には咲夜が真面目な顔をして立っていた。
「うだうだ言わずに、実行してから駄目だったら他の方法を考えましょう。はい、まずは魔理沙からよ」
「え…、いや、おい」
「はい、やりなさい!」
「お、おうっ」
魔理沙はなぜ自分がやるのか分からないまま魅影の前に行き、振り子のようにゆらゆらと揺らし始めた――。
「……私……吸血鬼……(ヴァンパイア)……大好き♪」
虚ろな目をしながらもそう答える魅影。
「……やればできるもんだな」
魔理沙は自分が本当にできたのかと驚いていた。書物で昔一度催眠術については流し見したぐらいはあったのだが、まさか成功するだなんて思っても見なかった。
霊夢は自分の考えが成功に実を結んだことに喜んでいる、まるで手柄は全部自分のものといわんばかりに。
「でも……魅影さんは大丈夫なの?」
妖夢は魅影を見ながら言った。魅影は何が楽しいのかさっきからうふふと笑っている。
「さて、帰りましょうか」
「おう、帰って月見だ」
「私も早くお嬢様のところへ行かないと」
そんな妖夢の言葉などまるで聞こえないといわんばかりに無視し、ぞろぞろと三人は足早にその場から去っていく。
「あ、ちょっと!三人とも!」
止めようと妖夢は叫んだが、三人は一度も振り返らずに瞬く間に消えていった。
「うふふ……吸血鬼…(ヴァンパイア)……大好き♪」
魅影が楽しそうに笑う。妖夢は視線を三人が消えていった方向と魅影とを何度も往復させるとフラフラと地面に座り「どうしたらいいのよ~~~~」と天に向かって一人叫ぶのであった。
まあ、とにかくこれにて一件落着。
咲夜が紅魔館に戻って早3時間、レミリアの容態は一気に回復した。満月が復活したことによりレミリアの生命力は著しく回復し、今では生命力に満ちている。もはやレミリアが目覚めるのも時間の問題であろう。
すでに他のメイド達は疲れ果てて眠っており、今はレミリアの看病を咲夜一人していた。咲夜はレミリアの手を握り彼女が自然と起きてくれるのを待ち続ける。
「あ…汗が」
咲夜はレミリアの額に浮かぶ汗を見つけた。すぐに優しくゆっくりとタオルでふき取る。
さて、そんなことをしながらも咲夜はお嬢様が起きたらどのような言葉を言おうか、そういうことで悩んでいた。
「お加減は大丈夫ですか?」はたまた「お嬢様!」と抱きついてみようかなどと色々な種類の言葉を考えた。
しかし咲夜はこんなことを考えるのは苦手なようでどうにもどれもしっくり来ない。どうしたのものか……。
シーンとした部屋に咲夜とレミリアのみ。そういえば昔立場は逆だったけど似たような状況があったことを咲夜は思い出した。
昔過労のためか一度咲夜が倒れたことがある。咲夜が意識を覚ましたときには寝室のベットの中にいた。
パラパラと本がめくれる音が聞こえ咲夜は横に視線を送る、するとそこにはレミリアが椅子に座って読書にふけていた。
「…おじょう・・さま?」
なぜここにお嬢様がいるのか、咲夜の頭に瞬時にそれが浮かぶ。
レミリア以外にこの部屋には人がない、咲夜が教育している沢山のメイド達の姿はどこにもなかった。
「あ、咲夜。起きたのね」
咲夜の声に気づき読みかけの本にしおりを挟むとそれをそばの机に置いた。
咲夜のオデコに乗っていたタオルを取り手のひらをつける。
「まだ、少し熱があるみたいね」
そう言って、レミリアはタオルを取り水入れの中にタオルを入れてそして絞った。
「お嬢様、そのようなことをお嬢様がしなくても」
咲夜は立ち上がろうと思い、上体を起そうとしたのだがそれをレミリアの手が塞ぐ。
「いいのよ、咲夜は寝てて」
「でも、お嬢様でなくて他の誰かにまかせたら」
「これは私が自分でやるといってやってるのよ、だから咲夜は黙って寝ていればいいの」
「でも……」
「もう」
レミリアはやれやれと肩をあげながらも、咲夜の体を押して布団に寝かし先ほど絞った濡れタオルをおでこに置く。
「こういうときぐらい私に甘えなさい。滅多にできることじゃないんだから」
「でも、私はお嬢様のメイドで―――」
「でも、でも、でも。咲夜はさっきから『でも』ばっかりね。いい?だからね、普段の元気な咲夜がいないと私の普段の生活習慣が狂うのよ。いつも通りのあなたがいることが私の生活にとっては普通なの。だから今は異常、病気の咲夜だなんて私の生活習慣には入ってないわ。私が咲夜に我がままをいい、それに不満を言いながらも私の我がままに付き合ってくれる、そんないつもの咲夜じゃないと私は嫌なの。わかる?これも私の我がままなのよ、だから今私は私の我がままで異常な咲夜をいつもどおり咲夜にしようとしてるの。貴方はいつものように不満を言いながら私の我がままに付き合えばいいわけ、わかった?」
顔を赤くしてプイっとレミリアはよそを向いた。その様子が妙にかわいらしく、咲夜は思わず笑ってしまった。
「なによ」
「何でもないですよ。全く、わかりましたいつも通りの私に戻るために。お嬢様に我がままにつきあいます」
咲夜はクスクスと笑いながらもそう言った。
それは遠くもなく近くもない過去の記憶。
「ああ、そうか…」
そして咲夜は気がついた、レミリアにどのような言葉を言うか悩むだなんて無駄だったということに。
最初から悩む必要なんてなかった。
レミリアが望んでいる咲夜、それをすればいいだけじゃないか。
レミリアの体が少し動く。お嬢様が起きる、長年彼女のお世話をしてきた咲夜にはそれが分かった。
「…ん……さくや?」
静かに目を開き、眠たそうに目をこするレミリアに対して咲夜は優しく微笑んだ。
「お嬢様、おはようございます」
咲夜の目には溢れんばかりの涙がたまっていた――。
「つきが~でたで~た~つきがぁ~でた~あよいよいっとだ」
満月を眺めながら、魔理沙は歌う。博麗神社に戻るなり二人はお月見を始めた、縁側に座りススキと団子を置きそれがより風流さ際立たせる。
「月見は団子に限るわね」
「おい、霊夢食いすぎだぜ。私の分まで食べるなよな」
「沢山作ったんだから大丈夫よ、それに今日私頑張りすぎちゃったからこれはご褒美」
ご機嫌よく霊夢はパクパクと自分が作った団子を口の中に入れる。自分が作ったとしても美味しいものは美味しいものだ。
「ああ、満月が綺麗だぜ」
「だね~」
二人は夜空を見上げた、数え切れないほどの小さな星が空一杯に埋め尽くされており、その中心に今まで何事もなかったかのように満月が存在感を示している。
魔理沙はパクッと口にお団子を入れた。中にはこしあんが入っており、その適度な甘みが口に広がる。やはり霊夢の団子は美味しい。団子を食べると次はお茶をすする、この何ともいえない見事なまでのコンボが最高だ。
今までの苦労は全てこのためにあった。
「はぁ、やっぱりお月見は最高だぜ!」
去年の兎たちの反逆、今年の逆恨み幽霊の暴走、全く毎年毎年月見には何かが起こる。来年こそは何事もなく月見ができますように、なんとなく満月に向かってそう願いをする魔理沙であった。