その日の夜空は、とても美しかった。
空の暗さを照らすものは月と星以外に無く、そして月や星の光を遮るものも無く。
優しく流れる冷えた風も、空の美しさに貢献していた。
いい夜だと、そう思った。
夜は怖い。
明かりの無い世界は人間に恐怖心を生み出し、
動き出す物の怪の存在はそれをさらに煽る。
それ故に、人は夜に眠る。
暗闇に自我を奪われてしまう前に。
しかし、夜には昼とは違った魅力が存在する。
見上げてみれば、それが何なのかは直ぐに解るだろう。
闇に浮かぶ美しい光は人の恐怖を浄化する。
闇に浮かぶ美しい光は人の心を魅了する。
今宵はまた格別の美しさだ。
ただ、月が妙に紅い事が気がかりだった。
窓を通して紅い満月を見上げる少女は、風が止んだ事に気付いた。
木々が擦れ合う音以外には物音一つしない世界。
そこから風を取ってしまえば当然静寂が訪れる。
夜空に魅入っていた少女も、突然の静寂に平静を取り戻した。
いざ平静を取り戻してしまうと、じわりじわりと恐怖が体中に染み渡り始めた。
暗闇、無音、紅い月。
幼い少女を怖がらせるには充分だった。
取り戻した平静をまた失ってしまいそうになった少女は、もう眠ってしまおうと振り返った。
そこで感じた違和感。いつもの私の部屋じゃない―――
窓を背に向けた状態で部屋を見渡す。
広めの部屋に並んだ家具に変化は見受けられない。
ならば一体、と少し俯かせた顔のその先に、件の違和感を発見した。
一口に言うと影であった。
窓の先には月があり、それを背に立っているということは、当然目の前に一人分の影が出来る。
即ち少女の影である。
しかしどうした事か、目の前には小さな少女の影を覆い隠す大きな影が出来上がっていた。
恐る恐る、少女は振り向いた。そして、そこで初めて自分以外の存在に気付いた。
「こんばんは、素敵なお嬢さん」
そこにいたものは、漆黒のマントを着こなしている紳士だった。
紳士は穏やかな声で夜の挨拶をした。
「こんばんは、素敵な紳士さん」
少女もそれに倣って穏やかな声で返した。
ただ、声色とは逆に少女の心は不安や恐怖で満たされていた。
「こんな夜更けに、何を見ていたんだい」
「こんなにも月が美しいから、時間を忘れて魅入ってしまったの」
紅い眼をした紳士は、ガラスが張ってある筈の窓をすり抜け部屋へ入り込み、質問した。
それと同時に少女は一歩下がり、返答した。
「あなたは?」
「ん?」
「こんな時間に何の御用?」
「…ああ」
会話を交わしながらゆっくりと少女に近付く紳士。
それに対し少女も、ゆっくりと後退する。
しかし、やがて背中は壁に触れた。
行き場所を失い、心の内が外へ漏れ始めた少女に紅い眼差しを向け、紳士は言った。
「こんなにも月が紅いから」
「紅いから……?」
少女は恐れながらも先を促したが、紳士は直ぐには答えない。
「紅いから、何なの?」
今一度先を促す少女。
その様子を穏やかな笑顔を浮かべながら眺め、一息ついて、そしてやっとその先の言葉を紳士は口にした。
「楽しい夜になりそうだと、そう思ってね」
紳士の笑顔に、優しさは無く。
紅い眼はまるで悪魔のような―――
「………で、何? まさかその少女があなただと言うの?」
「そうよ。私は元は人間だったの。驚いた?」
そう言って何故か得意気になる紅い少女。
「嘘ね」
「う」
しかしたったの一言でその態度は直ぐに姿を隠してしまった。
「な、何を根拠に」
「妹様が一度も登場しなかった事とか、鬱陶しいくらい紅という言葉が出てくるところとか。そもそもあなたが人間だったなんて信じられないわ」
「うー……」
あまりにもあっさりと見抜かれてしまった事が悔しかったのか、紅い悪魔は先程とは打って変わって不満そうな表情を浮かべる。
机に顎を乗せ唸る様子は、およそ悪魔とは言い難いが。
「それで? 何故この盛大な作り話を私に聞かせたの?」
「パチェを騙せるかなーとか思ったのよ」
「で、失敗に終わったと」
「むう」
机に顎を乗せる悪魔の頬がぷくーっと膨れ上がった。
最早その様子は駄々をこねる人間の少女そのものである。
「それにしてもよくこんな話を考えたわね。感心するわ。いろんな意味で」
「まあね。私は何事にも一生懸命なタイプなのよ。誰かと違って」
「否定はしないわ」
せっかくの皮肉も全く意に介さないどころか受け入れてしまったパチュリーに、レミリアは脱力した。
因みにレミリアの前に皮肉を言ったが、それに全く気付かれなかったパチュリーも密かに脱力していた。
「でも何でこんなに簡単にばれてしまったのかしら。結構頑張って考えたのに」
「レミィは脳が無いんだから仕方が無いわ」
「……事実だし否定はしないけど、何か腹が立つわね」
始めは不満気になり、次に膨れっ面になり、そして今度はジト目になった。
そんな様子を見て、そろそろ本気で落ち込んでしまうかもしれないと思ったパチュリーはすぐさまフォローに回った。
「まあ今回は相手が悪かったと思って諦めなさい。私を騙せるものなんてそうはいないし」
「…そうね。他の誰かならともかく、パチェを欺くにはもっと手を込むべきだったわ」
たった一度のフォローで、レミリアは一瞬にしていつも通りの状態に戻った。
もうその顔に不満気な表情は無く、頬から空気が抜け、おめめはパッチリだ。
「他の誰かって言ったら、咲夜なんてどうかしら。
あの娘どこか抜けてるから、望む結果になるかもしれないわ」
フォローの次に更にアドバイスを贈る紅魔館の知識人。
微妙に酷い事を言ってたりするのはノーレッジ流のジョークである。多分。
「咲夜ねえ………
確かに少し抜けてるところはあるけれど、上手くいくかしら」
失敗は一度までにしたいわ、と続けてこぼすレミリア。
「そんな弱音を吐くなんて、らしくないわよ? 物は試しじゃない」
そんなレミリアに対して、パチュリーは優しい顔でそう言った。
だがその裏側では、咲夜が件の話を聞いた時にどうなるか楽しみにしていたとかしていなかったとか。
「…そうね。物は試し。早速実行してくるわ、私らしくっ」
妙に気合に入った声でそう言ったレミリアは、
物凄いスピードで部屋を飛び出し………という事は無く、
普通にとたとたと小走りで部屋を出て行った。
最後の最後まで、紅い悪魔は人間の少女のようだった。
広い部屋に独りきりになったパチュリーは、小さくため息を吐いた。
そして嬉々とした表情で戻ってくるであろう親友を想像して思わず笑みをこぼしつつ、手にした書物に目を落とした。
前半の話が書きたかったのなら、もっと意外性のあるオチが欲しいです。少女の正体が実はレミリアではなくフランで、そこから話を膨らますとか?
「パチュリーが陰で優しい」を書くのなら前半はほとんどいらないです。
両方を書くとしたら、もっと尺をとる必要があると思います。
身の程を知らずに偉そうなこと言ってごめんなさい。
これからもがんばって下さいね。
それだけに,choco氏も言っておられるようにもっと膨らみが欲しかったです。
これはきっと前半だけで一本の話になります。
血を吸われたレミリアがフランの血を吸ってフラン発狂とか?
パチェに言わせたいことを決めて,それに向けて一気に書き上げると
見せ場がはっきりわかる作品になるのではないでしょうか。
ほのぼの日常系として見れば,さくっと読めて良い作品でした。
次回作にも期待させていただきます。
特に意味はない。ただ、言ってみたかった。
今では串刺しにされている。
意外と紅魔館の裏の支配者はパチュリーだったりとか?
いいようにあしらわれるお嬢様がステキです。
そして、レミリアの話が、いったいどこまでが嘘なのだろうと思ったり。
嘘とは、本当の話に一滴の嘘を落とすのがコツだと言いますから。
実は実は?
いえ、きっと邪推なんでしょうけど……
いまのままでも、結構「あら?(こけっ)」
ってきましたけど、前半をさらに盛り上げれば、もっと面白かったかもです。