※注意 アリスのやや鬱展開SSです。 不快感を伴う恐れがあるので、注意下さい。
□□□
鏡に向かって話しかける。一人の可憐な少女。
「今日は良い生地が手に入ったの、アリス」
上機嫌で鼻歌混じりに人形を修繕しているのは、“七色の人形遣い”ことアリス・マーガトロイド。
その器用さたるや、“幻想郷随一”と自他共に認める魔法使い。キッチンからはお菓子の焼ける良い匂い。
そんな彼女が今口ずんでいる曲は、『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』
「てててて~♪」
「ミシンも確かに素晴らしいけれどね、やっぱり繊細なところは手縫いじゃなければダメなのよ。わかるでしょ? ね、アリス。ててて~♪」
プツッ。
「いたっ!」
針を刺してしまったようだ。指には血滲んでいた。
とは言え、まあ所詮は針。
「指なんていくら怪我したって命に別状はない。ててて~♪ …?」
と、そこで強烈な違和感と不安感を感じた。
「指を怪我…」
「指を」
…なんだろう。急に心臓がどくんと高鳴った。
そのうちにどんどん動悸が激しくなっていく。
調子が悪いのだろうか。最近、たまにこんな日がある。折角気分良く歌っていたのに、急に嫌な気持ち。まあもう遅いし、今日は早く寝よう。
明かりを消すと、部屋は静寂と暗闇に包まれる。
静けさと夜が怖いと感じたのは、いつ以来だろうか。
□□□
―アリスの日記―
3月3日
眠れない。このところずっと眠ってはいなかったけれど、この日は完全に寝れない。3、4日過ごしても全く眠る事ができない。人形作りには良いかなと自分を納得させる。
3月20日
「完成した、ついに完成した」
自分の手が大きく映って見えている。食器は小さく映って見える。
「ついに完成した」
アリスの眼前には、塔のように巨大な人形が聳え立っている。
ゴリアテ人形。
―アリスは恍惚感のままに、夢の世界への旅を始めた―
■■■
3月23日
人形達の声が煩く感じる。大好きだったはずの人形が嫌いになりそうだ。
人形達はアリスに、ありえない言葉を浴びせかけてくる。心を傷つけるような言葉の数々。
「どうせお前はひとりぼっち」「○○○○」「○○○○○」
耳をふさいでも聞こえてくる。まるで脳に直接響いてくるようだ。
うるさい。
一番うるさい奴の顔をマジックで塗りつぶした。これで少しは静かになるかな。
4月10日
人形作りを深夜までやっていたが未完成のまま眠ってしまった。朝、起きたら人形はできていた。小人さん達がやってくれたんだ。そうに違いない。
小人さん達の声が聞こえ始めたのはいつ頃だろう。子供の頃にはすっかり忘れていたが、最近またよく聞くようになった。
小人さん達は人形とは違う。いつも優しい言葉と不思議な言葉で、これまでも私を魔法と幻想の国、“魔界”へと導いてくれた。
4月21日
罰が当たった。ベッドが、部屋全体がガタガタと揺れ始める。部屋中のものがひっくり返る。窓ガラスは割れ、食器棚は倒れる。地震ではない。なぜなら人形はぷかぷかと宙に浮いているからだ。
人形達のことごとくは顔を真っ黒に塗りつぶされている。気持ちが悪い。
冷静にならなきゃ、アリス。
自分に言い聞かせる。
合理的に考えるの。導き出される答えは、これは罰とか呪いとか魔法、魔術、妖術等ではないという事。
私は知っている。これは“騒霊現象” プリズムリバー三姉妹の仕業だ。
このままだと殺される。助けは求められない。誰も信用できない。あいつらは誰彼にも通じている。
手持ちの魔道書の一ページを破いて窓に貼った。魔道書というものには、強力な護符や呪文が並んでいる。それだけで強力な結界になる。ましてこの私の、何よりも大切な魔道書なのだから間違いはない。ビリビリと破いて、ひたすら部屋中に貼り付ける。これで入ってこられるものなら入って来い。あははははは。
4月25日
家中に魔道書の紙片を張り巡らせた。
だが、安心は出来ない。隙間が気になる。昨日はあんなに強気であったのに、今では気になってしかたがないのだ。今にも覗かれているんじゃないかと気が気でならない。
もしも隙間からあの三姉妹の覗き込む目が見えたら…と考えると、恐怖で気が狂ってしまいそうだ。
あいつらは、あの三姉妹は。私の心を勝手に読み取っていく。辛い。
5月25日
夜中に数十回目が覚めた。眠れないし、眠りも浅いし、寝ていたいのに目が覚める。辛い。
人形の製作が進まない。里の子供達が楽しみにしてるのに。頑張って、頑張って、それでもたった二針しか縫えなかった。
たった二針。絶望だった。
いつから自分はこんなに怠け者になったんだろう。頑張れと自分に言い聞かせても体が動かない。どうしたらいいんだろ。
5月25日
怖い。怖い怖い。私の心の中身が全ての人に知られている。思考が漏れている。
24時間、油断する暇が一時もない。私に味方は誰もいない。
6月30日
今日は久しぶりにおめかし。鏡の前にはお人形さんのような真っ白で笑顔の美少女が写っている。
私だって女の子だもん。髪をとかして…。くせっ毛が気になるのがちょっとだけ憂鬱。
あーあ、さらさらストレートヘアーに憧れるー。永夜異変の時に会った月のお姫様、綺麗だったなー。
あと、最近はお化粧にも興味があるんだ。恥ずかしいけれど。
だから“浄瑠璃の鏡”だとかさ、“さとり妖怪”なんかに私のこの気持ちが、晒されたりなんかしたら、もう生きてはいけないね、うん。
目の前が真っ暗になった気がした。
6月30日
ここってどこだっけ…? 幻想郷?私の家?家ってなんだっけ。 それよりも、私は、アリス・マーガトロイドだよね?
今日は何月何日? 野菜を7種あげてみよう。シメジ、マイタケ、モヤシ、キュウリ、マツタケ、エリンギ、シイタケ。7つ言えた。うん。大丈夫、私はアリス・マーガトロイド。人形遣い。七色の…。
6月30000000000000000日
嬉しい。
あは。あはははははははははは。
あはは、もうおかしくて仕方がないよ。笑いが止まらない。
今日は一日中笑っていた。笑って過ごせるのって、素敵な事。笑顔って一番なんだよ。知ってた?
明日も笑って過ごしたい。ずっとずっと笑って過ごしていたい。あはは、楽しいよ、幸せだよ。
60月1日
呪いは解けた! 最高の気分! 月光がまぶしくて良い気持ち!
そうだ、大切な友達に感謝しなきゃ! 魔理沙のところにいかなきゃ。魔理沙のところに、魔理沙のところに。魔理沙の、魔理沙のところに。
大好きだよ魔理沙。今まで素直になれなくてごめんね。不安だったんだ、魔理沙に嫌われるのが。
心臓が飛び上がりそうだよ。あ、そうそう魔理沙、この紅茶すっごく美味しいんだよ?この前焼いたスコーンと一緒に今持っていくね。
あのね、魔理沙。聴いて。次に里でやる人形劇で、ブカレストに美味しいパン屋さんがあってね!子どもの頃から大好きなんだって!
だからそのために可愛い服を買い換えなきゃいけないんだけれど、そのために最近水道の出が悪くて困ってるんだぁ…本当に憂鬱…。
それでそれでね!聴いて魔理沙! 新しい研究でシーカーワイヤーについてなんだけど、涙が止まらないよ。私魔理沙に酷い事してきた。ずっと謝らなきゃと思って、魔理沙の口調って素敵なの。ちょっと男らしくて、私は魔理沙が大好きなの。
あっ、それとね、それと夢の中でなんだけどね。
あ、もう時間だ、いかなきゃ。急がないと嫌われちゃう。気持ちを伝えきれないよ。
6月?日
この間、私は竹林の病院に入院していたらしい。記憶はない。
だから今日の日記を書いているのは、6月7日。記憶を頼りに書いたものだ。
お医者さんが尋ねた。
「ご両親は?」
「父親はわかりません。お母さんは神綺といいます。職業は魔界の神です」
いろんな事を聞かれた後、頭にヘンな針を刺された(不思議と痛くはなかった)あと、見た事もない機械の中に閉じ込められた。少しの時間だったけどこれはちょっと怖かった。
2月10日
退院が決まった。
退院の間際、お医者さんが言った。
「貴女、ずっと一人ぼっちでいたと思い込んでいたんでしょう?」
「貴女の友達が、貴女の異常に早く発見していなければ、大変な事になっていたのよ」
そう言って微笑んでくれた。
霊夢、パチュリー、そして魔理沙が心配そうな顔で迎えに来てくれていた。
2月16日
退院してから6日が経った。
もらった薬はよく効いているみたい。夜も寝られるようになった。不安感もなくなった。
小人さんは現れなくなった。
人形たちもあれから話かけてきた事はない。
でも、そんな事よりも、困ったのが…魔法の腕前が、自分でも愕然とするくらい、“凡人”になっていった事だ。
3月27日
すごく辛い。こんなのは自分じゃない。
薬を飲むのを止めれば、元に戻るかな…。
あるいは…戸棚に目をやった。戸棚にはウィスキー、ワイン、ウォッカが並んでいる。
「お酒で楽になれば良いのにな…」
薬を投げ捨て、手を酒に伸ばせば…。
何時間葛藤していただろうか。
お酒は、止めた。
魔法はできないけれど、人形があるから… 結局私は人形が好きだから。
ふー、と大きく溜め息をついて、深呼吸する。
改めていろいろな事を思い出す。今度はお世話になった霊夢とパチュリーと魔理沙の人形を作りたいな。ゆっくりで良いから、少しづつ。
あと、人形達の塗りつぶされた顔は戻した。頑張って塗りなおしたけど、少しだけ口周りの肌色が他と違う。
可哀想な事をしちゃったなぁ。
そんなしんみりと思いに耽っていた。
突然、ばあんと勢い良くドアが開いた。
「よう、アリス、元気になったか?元気ならお前の退院祝いするぜ。元気じゃないなら回復祈祷大会だ」
「ちょ、ちょっと…」
いつも強引過ぎるよ、魔理沙。大体、退院祝いって… 随分前の話じゃないの。
□□□
場所は例によって博麗神社境内。ここは私とは世界が違う気がする。自分の居場所じゃないとずっと思っていた。
ただ、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。側には魔理沙がいてくれるから。
神社はいつもの様に人やら妖精、妖怪が入り乱れて、ガヤガヤと騒がしい。
「なによこれ。退院祝いとは名ばかりのいつもの宴会じゃないの」
ついつい文句は魔理沙に言ってしまう。私の悪い癖だ。
でも、例えば、「アリス退院おめでとー!」みたいな垂れ幕とともに一斉にクラッカーが鳴って、拍手なんかされでもしたら、私は絶対に逃げてしまうだろう。耐えられないだろう。
だから、私にはこれくらいの距離が丁度良いのかも知れない。
前は宴会なんて、煩いとしか思わなかったけれど、少しだけ慣れた。ような気がする。
魔理沙がビンに入った黒い飲み物を持ってきた。
「酒と薬は絶対に一緒に飲んじゃいけないらしいから…アリスはしばらくコーラだ!」
「皆を心配させた罰だぜ、ふはは、せいぜいコーラで酔うんだな!」
魔理沙はビール。私はコーラ。
「乾杯!」
魔理沙は勝手に杯を翳すなり一気に飲み干した。
「かー!これだこれだ、うまいぜ!」
まったく、魔理沙は…。
さて、そう言えばコーラを飲むのは初めてだ。美味しいのかな…。
「ゴクリ。げほっ!? けほけほ、けほけほけほ!! げーっほっ!おえっ」
「酒でもないのに吐くなんてアリスくらいだぜ…」
器官に入って壮大にむせたようだ。魔理沙の前で恥ずかしいな…。
魔理沙が背中をさすってくれる。
気持ちがスーッと楽になる。
ふと、魔理沙の飲んでいるビール缶が目に入った。
それは、ノンアルコールビールだった。
「…ねえ魔理沙」
「どうした?アリス」
「どうも私は才能はあっても運はないみたい。努力するしか能のない、ただの人間のアンタみたいなのが側にいるんだから」
私は、“七色の人形遣い”ことアリス・マーガトロイド。
天才肌で都会派の魔法使い。
□□□
鏡に向かって話しかける。一人の可憐な少女。
「今日は良い生地が手に入ったの、アリス」
上機嫌で鼻歌混じりに人形を修繕しているのは、“七色の人形遣い”ことアリス・マーガトロイド。
その器用さたるや、“幻想郷随一”と自他共に認める魔法使い。キッチンからはお菓子の焼ける良い匂い。
そんな彼女が今口ずんでいる曲は、『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』
「てててて~♪」
「ミシンも確かに素晴らしいけれどね、やっぱり繊細なところは手縫いじゃなければダメなのよ。わかるでしょ? ね、アリス。ててて~♪」
プツッ。
「いたっ!」
針を刺してしまったようだ。指には血滲んでいた。
とは言え、まあ所詮は針。
「指なんていくら怪我したって命に別状はない。ててて~♪ …?」
と、そこで強烈な違和感と不安感を感じた。
「指を怪我…」
「指を」
…なんだろう。急に心臓がどくんと高鳴った。
そのうちにどんどん動悸が激しくなっていく。
調子が悪いのだろうか。最近、たまにこんな日がある。折角気分良く歌っていたのに、急に嫌な気持ち。まあもう遅いし、今日は早く寝よう。
明かりを消すと、部屋は静寂と暗闇に包まれる。
静けさと夜が怖いと感じたのは、いつ以来だろうか。
□□□
―アリスの日記―
3月3日
眠れない。このところずっと眠ってはいなかったけれど、この日は完全に寝れない。3、4日過ごしても全く眠る事ができない。人形作りには良いかなと自分を納得させる。
3月20日
「完成した、ついに完成した」
自分の手が大きく映って見えている。食器は小さく映って見える。
「ついに完成した」
アリスの眼前には、塔のように巨大な人形が聳え立っている。
ゴリアテ人形。
―アリスは恍惚感のままに、夢の世界への旅を始めた―
■■■
3月23日
人形達の声が煩く感じる。大好きだったはずの人形が嫌いになりそうだ。
人形達はアリスに、ありえない言葉を浴びせかけてくる。心を傷つけるような言葉の数々。
「どうせお前はひとりぼっち」「○○○○」「○○○○○」
耳をふさいでも聞こえてくる。まるで脳に直接響いてくるようだ。
うるさい。
一番うるさい奴の顔をマジックで塗りつぶした。これで少しは静かになるかな。
4月10日
人形作りを深夜までやっていたが未完成のまま眠ってしまった。朝、起きたら人形はできていた。小人さん達がやってくれたんだ。そうに違いない。
小人さん達の声が聞こえ始めたのはいつ頃だろう。子供の頃にはすっかり忘れていたが、最近またよく聞くようになった。
小人さん達は人形とは違う。いつも優しい言葉と不思議な言葉で、これまでも私を魔法と幻想の国、“魔界”へと導いてくれた。
4月21日
罰が当たった。ベッドが、部屋全体がガタガタと揺れ始める。部屋中のものがひっくり返る。窓ガラスは割れ、食器棚は倒れる。地震ではない。なぜなら人形はぷかぷかと宙に浮いているからだ。
人形達のことごとくは顔を真っ黒に塗りつぶされている。気持ちが悪い。
冷静にならなきゃ、アリス。
自分に言い聞かせる。
合理的に考えるの。導き出される答えは、これは罰とか呪いとか魔法、魔術、妖術等ではないという事。
私は知っている。これは“騒霊現象” プリズムリバー三姉妹の仕業だ。
このままだと殺される。助けは求められない。誰も信用できない。あいつらは誰彼にも通じている。
手持ちの魔道書の一ページを破いて窓に貼った。魔道書というものには、強力な護符や呪文が並んでいる。それだけで強力な結界になる。ましてこの私の、何よりも大切な魔道書なのだから間違いはない。ビリビリと破いて、ひたすら部屋中に貼り付ける。これで入ってこられるものなら入って来い。あははははは。
4月25日
家中に魔道書の紙片を張り巡らせた。
だが、安心は出来ない。隙間が気になる。昨日はあんなに強気であったのに、今では気になってしかたがないのだ。今にも覗かれているんじゃないかと気が気でならない。
もしも隙間からあの三姉妹の覗き込む目が見えたら…と考えると、恐怖で気が狂ってしまいそうだ。
あいつらは、あの三姉妹は。私の心を勝手に読み取っていく。辛い。
5月25日
夜中に数十回目が覚めた。眠れないし、眠りも浅いし、寝ていたいのに目が覚める。辛い。
人形の製作が進まない。里の子供達が楽しみにしてるのに。頑張って、頑張って、それでもたった二針しか縫えなかった。
たった二針。絶望だった。
いつから自分はこんなに怠け者になったんだろう。頑張れと自分に言い聞かせても体が動かない。どうしたらいいんだろ。
5月25日
怖い。怖い怖い。私の心の中身が全ての人に知られている。思考が漏れている。
24時間、油断する暇が一時もない。私に味方は誰もいない。
6月30日
今日は久しぶりにおめかし。鏡の前にはお人形さんのような真っ白で笑顔の美少女が写っている。
私だって女の子だもん。髪をとかして…。くせっ毛が気になるのがちょっとだけ憂鬱。
あーあ、さらさらストレートヘアーに憧れるー。永夜異変の時に会った月のお姫様、綺麗だったなー。
あと、最近はお化粧にも興味があるんだ。恥ずかしいけれど。
だから“浄瑠璃の鏡”だとかさ、“さとり妖怪”なんかに私のこの気持ちが、晒されたりなんかしたら、もう生きてはいけないね、うん。
目の前が真っ暗になった気がした。
6月30日
ここってどこだっけ…? 幻想郷?私の家?家ってなんだっけ。 それよりも、私は、アリス・マーガトロイドだよね?
今日は何月何日? 野菜を7種あげてみよう。シメジ、マイタケ、モヤシ、キュウリ、マツタケ、エリンギ、シイタケ。7つ言えた。うん。大丈夫、私はアリス・マーガトロイド。人形遣い。七色の…。
6月30000000000000000日
嬉しい。
あは。あはははははははははは。
あはは、もうおかしくて仕方がないよ。笑いが止まらない。
今日は一日中笑っていた。笑って過ごせるのって、素敵な事。笑顔って一番なんだよ。知ってた?
明日も笑って過ごしたい。ずっとずっと笑って過ごしていたい。あはは、楽しいよ、幸せだよ。
60月1日
呪いは解けた! 最高の気分! 月光がまぶしくて良い気持ち!
そうだ、大切な友達に感謝しなきゃ! 魔理沙のところにいかなきゃ。魔理沙のところに、魔理沙のところに。魔理沙の、魔理沙のところに。
大好きだよ魔理沙。今まで素直になれなくてごめんね。不安だったんだ、魔理沙に嫌われるのが。
心臓が飛び上がりそうだよ。あ、そうそう魔理沙、この紅茶すっごく美味しいんだよ?この前焼いたスコーンと一緒に今持っていくね。
あのね、魔理沙。聴いて。次に里でやる人形劇で、ブカレストに美味しいパン屋さんがあってね!子どもの頃から大好きなんだって!
だからそのために可愛い服を買い換えなきゃいけないんだけれど、そのために最近水道の出が悪くて困ってるんだぁ…本当に憂鬱…。
それでそれでね!聴いて魔理沙! 新しい研究でシーカーワイヤーについてなんだけど、涙が止まらないよ。私魔理沙に酷い事してきた。ずっと謝らなきゃと思って、魔理沙の口調って素敵なの。ちょっと男らしくて、私は魔理沙が大好きなの。
あっ、それとね、それと夢の中でなんだけどね。
あ、もう時間だ、いかなきゃ。急がないと嫌われちゃう。気持ちを伝えきれないよ。
6月?日
この間、私は竹林の病院に入院していたらしい。記憶はない。
だから今日の日記を書いているのは、6月7日。記憶を頼りに書いたものだ。
お医者さんが尋ねた。
「ご両親は?」
「父親はわかりません。お母さんは神綺といいます。職業は魔界の神です」
いろんな事を聞かれた後、頭にヘンな針を刺された(不思議と痛くはなかった)あと、見た事もない機械の中に閉じ込められた。少しの時間だったけどこれはちょっと怖かった。
2月10日
退院が決まった。
退院の間際、お医者さんが言った。
「貴女、ずっと一人ぼっちでいたと思い込んでいたんでしょう?」
「貴女の友達が、貴女の異常に早く発見していなければ、大変な事になっていたのよ」
そう言って微笑んでくれた。
霊夢、パチュリー、そして魔理沙が心配そうな顔で迎えに来てくれていた。
2月16日
退院してから6日が経った。
もらった薬はよく効いているみたい。夜も寝られるようになった。不安感もなくなった。
小人さんは現れなくなった。
人形たちもあれから話かけてきた事はない。
でも、そんな事よりも、困ったのが…魔法の腕前が、自分でも愕然とするくらい、“凡人”になっていった事だ。
3月27日
すごく辛い。こんなのは自分じゃない。
薬を飲むのを止めれば、元に戻るかな…。
あるいは…戸棚に目をやった。戸棚にはウィスキー、ワイン、ウォッカが並んでいる。
「お酒で楽になれば良いのにな…」
薬を投げ捨て、手を酒に伸ばせば…。
何時間葛藤していただろうか。
お酒は、止めた。
魔法はできないけれど、人形があるから… 結局私は人形が好きだから。
ふー、と大きく溜め息をついて、深呼吸する。
改めていろいろな事を思い出す。今度はお世話になった霊夢とパチュリーと魔理沙の人形を作りたいな。ゆっくりで良いから、少しづつ。
あと、人形達の塗りつぶされた顔は戻した。頑張って塗りなおしたけど、少しだけ口周りの肌色が他と違う。
可哀想な事をしちゃったなぁ。
そんなしんみりと思いに耽っていた。
突然、ばあんと勢い良くドアが開いた。
「よう、アリス、元気になったか?元気ならお前の退院祝いするぜ。元気じゃないなら回復祈祷大会だ」
「ちょ、ちょっと…」
いつも強引過ぎるよ、魔理沙。大体、退院祝いって… 随分前の話じゃないの。
□□□
場所は例によって博麗神社境内。ここは私とは世界が違う気がする。自分の居場所じゃないとずっと思っていた。
ただ、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。側には魔理沙がいてくれるから。
神社はいつもの様に人やら妖精、妖怪が入り乱れて、ガヤガヤと騒がしい。
「なによこれ。退院祝いとは名ばかりのいつもの宴会じゃないの」
ついつい文句は魔理沙に言ってしまう。私の悪い癖だ。
でも、例えば、「アリス退院おめでとー!」みたいな垂れ幕とともに一斉にクラッカーが鳴って、拍手なんかされでもしたら、私は絶対に逃げてしまうだろう。耐えられないだろう。
だから、私にはこれくらいの距離が丁度良いのかも知れない。
前は宴会なんて、煩いとしか思わなかったけれど、少しだけ慣れた。ような気がする。
魔理沙がビンに入った黒い飲み物を持ってきた。
「酒と薬は絶対に一緒に飲んじゃいけないらしいから…アリスはしばらくコーラだ!」
「皆を心配させた罰だぜ、ふはは、せいぜいコーラで酔うんだな!」
魔理沙はビール。私はコーラ。
「乾杯!」
魔理沙は勝手に杯を翳すなり一気に飲み干した。
「かー!これだこれだ、うまいぜ!」
まったく、魔理沙は…。
さて、そう言えばコーラを飲むのは初めてだ。美味しいのかな…。
「ゴクリ。げほっ!? けほけほ、けほけほけほ!! げーっほっ!おえっ」
「酒でもないのに吐くなんてアリスくらいだぜ…」
器官に入って壮大にむせたようだ。魔理沙の前で恥ずかしいな…。
魔理沙が背中をさすってくれる。
気持ちがスーッと楽になる。
ふと、魔理沙の飲んでいるビール缶が目に入った。
それは、ノンアルコールビールだった。
「…ねえ魔理沙」
「どうした?アリス」
「どうも私は才能はあっても運はないみたい。努力するしか能のない、ただの人間のアンタみたいなのが側にいるんだから」
私は、“七色の人形遣い”ことアリス・マーガトロイド。
天才肌で都会派の魔法使い。