Coolier - 新生・東方創想話

時と境界の交わる時・後

2009/07/06 23:51:16
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※注意
・『前』は作品集79にあります。
・オリキャラがちょっとだけ?出ます。










 別人と言われても、実際似ているんだから仕様が無いでしょう。と言ってみたくなる。
 メリーがもしあんな風に振舞っていたら、絶対紫に成り得ると思う。メリーが『あんなの』だからそれは無いけれど。
 どっちにしろ、その本人の一人に「違う」と言われたら違うんだな、と割り切るしかなかった。

「それにしても、またここに来るなんて、相当の物好き?」
「えっ、い、いや……そんなんじゃあないです……」
「ふうん。ま、いっか。それより、蓮子はここをどう思う?」

 いつの間にか呼び捨てになっている。

 正直、ここは恐ろしい所としか認識が無い。それはいきなりのあの恐怖体験から来ているのだろう。
 だから、迷わず。

「ここは……怖い所です。ちょっとしか安全な所が無くて、すぐ何かに襲われるような場所だと思います」

 そう答える。すると――

「でしょうねぇ」

 全く予想外の言葉が返ってきた。

「大抵、ここに来た人間って、大体が妖怪に襲われて、喰われて、それでお終い、と言うのが普通なの」
「物騒な終わり方」
「でもね、それが人間と妖怪の関係を保つのに必要なのよ」
「そういえば、紫さんも妖怪って……」
「言ったわよ。ここはむしろ妖怪のほうが多いけれど、大体は襲わないから大丈夫よ。ところで、これから人里に下りてみる?」
「えっ!でもそれは……」
「いいの、いいの。さ、行きましょう」

 紫が私の腕を取ると、そのまま引っ張って私を立たせた。

 かくして腕を引っ張られながら私は紫の後を追って走った。
 そして、鳥居を潜った時に紫が突然立ち止まったかと思うと、紫の身体が浮いた。それ付いて行くように私の身体も浮いた。その時の感覚といったらもう忘れる事は出来ないだろう。かなり不思議な感覚だ。まるで無重力の中にいるようだ。しかし、実際は紫に引っ張ってもらっているとしか思えなかったので、結局私は紫の腕にしがみつくしかなかった。

「どうしたの?私の腕にしがみつくなんて」
「いや……放したら落ちると思って……」
「じゃあ放してみれば?」
「結構です」



* * *



「あんまり早とちりするなよ?」
「何でよ」
「あいつがあんたを警戒して、いよいよこっから出て来なくなったらどうする。私が面倒見れって言ったって見切れないからな」
「いいじゃない。それは私の自由よ。それに、行きたがらなかったら無理矢理でも……!」
「スキマにぶち込んだりするなよ?」
「するものか!」



* * *



「実はね、とっととあそこから逃げたくてね、あなたを人間の里へ連れて行くのは本当なんだけれど」

 なるほど、と思う。なんだか出てきてから今に至るまで、やけに短いと思ったら、そういう事なのだ。

「じゃあ、あの巫女が苦手、と?」
「そ、滅茶苦茶するし、容赦無いし、おまけにあんなに女らしくない巫女は初めてよ。もう、どこで教育を間違えたのかしら!」

 最後にぼやきが入った。今頃彼女はくしゃみでもしているかもしれない。

「それより、見えてきたわ。人間の里。人間はあそこに殆どが住んでいるわ」




 人間の里。そこは、これまで無機質な建物ばかりを見てきた私にとって、とても新鮮に感じられた。建物が、木で出来ている。冷たいコンクリートで固められた壁とは違う。私は、これまで田舎というところに行った経験が無く、常に目に見える建物は金属かコンクリート。未来に飛ばされてからは、木なんて殆ど立っている物しか見ていない。
 ちなみに、私は一度だけここに建っているような家の中に入ったことがある。それも、たった一度だけだが。

「ところで、どうしてそんなに珍しそうに見てるわけ?」
「えっ、いや、あんまり見た事が無いんですよ。こういうの……」
「大袈裟に言うのねぇ。見た事無いって言わせないわよ」
「見たこと無いって一度も言ってません。それに、一度こういう所に『飛ばされた』事があるんですから」

 そう言うと、紫は意地悪そうに笑った。

「あの時って、帰ることに必死だったでしょ。だからなのねぇ。まさか一度見た事があるって思わないのは」
「えっ?それって?」
「それじゃあ、証拠を見せてあげようかしら?」

 紫にまた腕を引っ張られ、連れてこられたのはある民家だった。一見すると、これまで見ていたものと何ら変わっていない様に見える。しかし、紫曰く、「ここに貴女を知っている人がいるわ」と言われ、仕方なくここにいるのだ。

「ちょっと待ってて。すぐ連れてくるから」

 紫がそう言って、玄関の扉を開こうとすると、突然、中から女の人が出てきた。

「何だ、八雲、こんな時間に」

 そして、私の記憶が蘇る。

「あれ?慧音さん?」
「お?宇佐見蓮子さんではないか?何故こんな所に?」




「また『神隠し』か?」
「失礼ね。今度は本当に結界を越えて来ちゃったの」
「それは結界の点検を怠ったからではないのか?」

 今度は慧音と紫の言い合いが始まった。どうも紫は誰かとの言い争いを招きやすいらしい。

 それにしても、ここにいる人々は何と言うのだろうか――マイペースとでも言えば良いのだろうか。どう言っても、私が元居た時代と比べても非常に落ち着きがある所だと思う。そうなると逆に落ち着けない。慣れるまでは――そもそもそれまで居るだろうか――恐らくこんな状態が続くだろう。

「あんまり厄介事に巻き込むなよ」
「分かってるわ。蓮子は人間だし、それにここの事をよく分かっていないもの。無茶なんてさせるものですか」
「そう言っといて……」
「ふふ。さて、蓮子、行きましょうか」

 紫がそう言ったので、私はその後を付いて行こうとした。



「紫よ、本当に私の言っていた事が理解できたのか?もう、時間を超えた者と交わった時点で、厄介な事になるのは免れないのに……」



 * * *



 人間の里は何処かの山村のようで、そうではない。山村のよう――というのはその名を聞いた時に思った事だ。それが、実際にその中に立ってみるとどうだろう、村というよりはいつか聞いた昭和の町並みのようだった。しかし、所々私の元の時代の建物も混じっていたような気がする。その中で、私と紫はある店に行こうということになった。

 それは、いわゆるカフェテラス、のようなものだ。

「100年前にはこんなものは無かったけれどね……こうやって外にテーブルがある店というのは外じゃもう無くなってしまったらしいのよ」
「それは聞いたことがあります。確か、大気汚染がどうだかと……」

 すると、私は横に紫が居ない事に気付いた。

「入るわよ~」

 そしてすぐ、紫が中に入ろうとしているのを見た。

「あ、待って~」



 中は結構広かった。そこに居た人数の多さと、それにも拘らずあまり満席であると感じられない。そして丁度二人分の席が空いていた。なんだか態とらしいような気もしなくは無かった。

 私と紫は同じ珈琲を頼んだ。それから、待ち時間の間、紫がこんな事を言ってきた。

「やっぱり、こういう開け放った?店が好きなのよね。締め切った店じゃ、とっても窮屈だから」
「ええ、そう…ですね……」

『開け放った店が好き』その言葉が反響を始めた。

「ほんと、何でこういう店が来たのかしらねぇ、蓮子、分かる?」
「多分、大気汚染が原因でないかと」
「大気汚染……聞いたことならあるわね。それにしても何で大気汚染で店を締め切ったものにしなければいけないのかしら?

『大気汚染で店を締め切った』

「相当ひどいからです。まあ、過剰反応なんでしょう」
「へえ。とっても厄介な事なのかしら?ところで……外を見ても里の建物ばっかり見えるわ。もうちょっと高いところに建てれなかったのかしら、もう」
「それは私に言われても……」

『外を見ても建物ばかり』
『もう少し高いところに建てて欲しい』

 その言葉は、確かに聞き覚えがあった。その単語の並びではなくて、声色までも。

 そして、それらの言葉は私の頭を内側から刺激し続ける。
 それはあまりにも不快で、何とか終わらせようと記憶の中から色々とあさり始める。そのときの私の表情が相当辛そうだったのだろう。紫が私の顔を覗き込んできた。
 その顔が、紫ではなくメリーに見えた。傍に居るのは、八雲紫というまったくの別人なのに。だが、それが鍵となり、私はある店の名前を――最も、それが本当の名前だとは思えないのだが――思い出した。

「衛星カフェテラス」
「え?」

 私がその言葉を呟くと、何故か紫が面を食らったような表情をした。

「え?え?な、何ですか?」
「あっ……いや……ごめんなさい。驚かせてしまったみたいね。それより、来たわよ、注文の品」
「ああ、それで一つ聞きたい事が……」
「……何かしら?」
「最初、紅茶にしようとしていましたね。なのに、何故珈琲にしたのですか?」

 紫は直ぐに返事をしてくれない。少し間を置いて、こう返して来た。

「気分よ、気分。それがどうかしたの?」
「いや、その、前にもこういう事があったので……」
「?それより、私の事を最初にメリーと呼んだでしょ。その『メリー』って、誰かしら?」
「ああ、それは……」

 そこで、私はメリーの事を話した。性格だとか、趣味だとか、癖だとか……しかし、明らかに気になる事があった。『メリーが紫に似ている』、『メリーは空間の歪みを見ることができる』と私が言ったとき、紫は少し顔をしかめたのだ。それが、何を意味するのか、それはその時の私には到底知り得る物ではなかった。

 その後で、私は紫から、彼女が持つ『境界を操る程度の能力』について教えてもらった。まあ、私が半分無理矢理教えてもらったのだが。

 それからの対話はごく普通だった。時に冗談を言いつつ、楽しそうに話している紫を見ていると、妖怪というのが人間よりも表情が豊か(幻想郷の雰囲気の影響もあるかも知れない)である事に気づいた。そんな中で、紫の笑顔がどうしてもメリーに重なってしまう。

(結構似てるんだけどなぁ)

 そう思いつつも、結局思うだけで終わってしまった。紫が、次第におかしくなり始めているのは、微塵も感じ取れなかった。



 * * *



どうやら、誰も意図せず『種』は蒔かれたな。
紫とメリー、彼女が似ているといえば似ているのだろう。
だが、まったくの別人と言い切れるだろうか?
言える筈が無いだろう。何せ、蓮子はちょっとしたデジャヴを感じたし、紫、お前もそうなのだろう?
ならば、本当の事を思い出せ。
お前がどれだけ否定しても、もう元には戻れないから……



 * * *



 神社に戻ったのは大分日が暮れてからだった。あの時からは紫に特に変わったところは見られなかった。

「ん、何だ、戻ってきたのか。私はてっきりそのまんま屋敷に連れ出すと思ってたんだけどな」
「あら、失敬。私だって礼儀はわきまえますよーだ」

 売り言葉に買い言葉とはこういうものを指すのではないか。

「ところで、私が蓮子を連れて帰るって知ってたの?」
「それ以外にあんたがする事があるかい」
「む、酷いわね。言ってる事は当たってるけど」
「当たってるんかい!」

 紫が扇子で口元を隠した。その下では軽く笑っているのだろう。
 それから、紫は私を手招きして、あの例の黒いモノを出した。

「蓮子は明日中に何とかするから、今日は借りてくわね」
「喰うなよ」
「誰が喰うもんですか」

 どうやらこの2人は相当仲が悪いらしい。
 私はそんなことを思いながら、紫の後を追って黒いモノの中に入った。

「もうバレてるっちゅうの」

 そんな声が聞こえたのは気のせいだろう。



 * * *



「しかしあんたも変わった趣味を持ってるな。何だ、『紫を煽れ』って言われても私にどうして欲しかったのさ」
「いや、今ので十分だ。寧ろ『こっちは全部お見通しだ』って雰囲気をあいつに叩き込んでやればそれで良かったからな。これで紫がどうなっていくのか……」
「あんたは紫が心配なのか、そうでないのか?」
「『紫』はどうでもいいんだが、『彼女』は居てもらわないと困る」
「へえ。そうやって割り切れてるんだ。なら、今度はあんたが演者になる番だよ」
「ああ、覚悟しろよ」
「それは紫に対してか?八意……永夜」
「ああ、勿論だ。博麗霊奈よ」



 * * *



「ただいま~」

 屋敷というのでかなり豪華なものだと思い込んでいたら、結構質素な外見だった。それは私の勝手な決め付けだと思い知らされた。

「お帰りなさい、紫様」
「藍、紹介するわ。宇佐見蓮子さんよ」
「始めまして」
「こちらこそ。私は八雲藍だ」
「藍、早速で悪いんだけど……」
「はいはい、分かってますって。夕食の準備ですね」
「さっすが。じゃ、頼むわね~」

 紫が中に入るので、私もその後に続いて中に入る。
 中は結構広かった。それはやはり『屋敷』と言っているからなのだろうか。それでも、ここに長らく住んでいる紫は迷うことなく居間に辿り着いた。
 そこには誰も居なかった。紫と私、二人きりだ。

「えーと、亥の一つなのね、もう」
「い…亥の一つ?」
「午後9時」
「そうなんですか……」

 程無くして、藍が夕食を運んできてくれた。2人分ある。それはとても気が利いてるなと思ったのだが……

「ところで、今日は幽々子様をお招きする筈では?」
「忘れてたぁぁぁ」

 物忘れが激しいのかと密かに思った。

「まあ、こうやって客人を連れて来て良かったですよ。幽々子様から『今日は無理』って言われましたから」
「何だぁ~」
「ところで……って、いきなり食べ始めるのは止めてください!」
「むう」
「蓮子さんに失礼ですよ。どうもすいません」
「いえ、はは……」

 言い方がまずくて、紫は藍に睨まれてしまう羽目に……



 夕食を食べ始めて、少し経った頃だろうか、藍が突然こんな事を言い出した。

「ところで……」
「何?」
「今日、ちょっとではありますが結界の緩みが見られたんですけど」
「え!?」

 結界の緩み……!?
 紫は私と居る間、そんな事に気づく素振りは一切見せていないはずだが……

「それってどこ?」
「細かい場所までは分かりかねますが、どうやら東側で、神社からは少し離れているところだと思います」
「いつ?」
「昼間、未の3つ頃です」
「未の3つ?そのときって確か……わたしたちがカフェテラスに居た頃じゃないかしら?」

 どうやら、ここでは時間は古い言い方をするらしい。
 しかし、結界とは……メリーなら飛び付いてきそうな話のネタだが、こうも普通に言われると、結界というものは当たり前な物なのかと思ったりする。それはともかく、紫の驚き様は、その結界が緩んでしまうのがとても大変な事だとすぐに分からせるものだった。ただ、どこか『早く言え』と言いたげだ。

「もう!ゆっくりしていたいのに~」
「とりあえず出掛けるのなら食べ終わってからにしてください」
「む、そんなの分かってるわよ」

 一応反論はしているつもりだろうけれど、立ち上がっているときに言うのはどうかと思う。

 その後は、紫の食事のペースが異常に早くなった。少しぐらいゆっくりしても良いのではないかと言おうとしたが、その急ぎ具合が異常で、これは相当焦ってるのか、なんて思ってたりしたからそれは言わなかった。

 それから10分と経たぬ内に紫は夕食を終え、外に出る準備をして、それを終わらせていた。

「藍、今日は留守を頼むわ」
「?は、はい」

 紫はそう言うと、スキマ(夕食の前に教えてもらった)を開いて、その中に入っていった。
 私と藍は、紫を見送ると、屋敷の中に戻り、居間に戻った。居間ではいつの間にか猫が何匹か入っていて、さっきまで居なかった少女が居た。

「橙、いつのまに帰って来てたんだ?」
「ついさっきです」
「はい?どこから入ってきたんだ」
「中庭」
「ハア……あ、そうそう、紹介しよう、私の式神の橙だ」
「初めまして!」
「宇佐見蓮子です。よろしく」
「で、橙、ちょっと別の部屋に行ってくれないか。蓮子と少し話したい事がある」

 橙が隣の部屋に行った後、藍がこんな事を言い出した。

「紫様と以前から面識はあったのか?」

 正直答えづらかったが、ここは正直に言う事にした。

「はい。今から数えて100年は前に」
「100年!?」
「それぐらい私が生きている訳でなくて、最初にここに来たのが100年前の時代、で、ここを出たら100年後、つまり現在に飛ばされていたと」
「……実はそれについてなんだが、一つ気になる物があってな、それを見てもらいたいんだが……」

 そう言って、藍は棚の上にあった写真立てを持って来た。

「これは、紫様がずっと昔に撮った写真らしいんだが、どうにも腑に落ちないところがあるんだ。何しろ、右に居る少女が仮に、妖怪になる前の紫様だとしよう。するとこの後にある建物は何なんだ?」
「これは……名前は分からないけれど、きっと何かのビル……だとしたらおかしいわね。だって、どう考えても今の時間から見て結構最近の写真、にしては色落ちが激しいわね。あの、紫さんって、今何歳なんでしょうか?」
「今の蓮子の話を聞いていると途端に言いづらくなった。実は……」

「2000は超えているかもしれない」
「2000年?」



――だとしたらこの写真は何だ!?これは、つい最近の時代で撮られたものにしか見えない!それに、この写真には二人写っている!それはまるで……メリーと……私だ…!!



「これは……私……?」

 それしか、言葉が出なかった。衝撃が大き過ぎた。

「ん、確かに、今言われてみれば、紫様……いや、紫様はこんな格好をした事があるのか?」
「これは……多分……今の時代の写真……」
「な!?だとしたら変ではないか!?何故こんなに色褪せているのだ!?まるで、何百年と経ったかのように!」
「(分からない……でも……)すみませんが、紫さんの部屋を見せてもらっても良いでしょうか」



 * * *



 藍に案内されて、紫の部屋に、私は立っている。

「あんまり荒らさないでくれ」
「そこまで粗探ししたりはしません」

 と言って、私は扉を開けた。

(ここが……紫さんの部屋……)

 私はある一つの仮説を抱き始めていた。それは、『メリーと紫は同一人物である』と。だが、それはあくまでも一瞬そう思った程度で、そんな事は有り得ないと思っている。だが、あの写真は、確かに見覚えがあった。


『ほら急いで~』
『何よ、もう』
『ここで写真を撮ろうと思って』
『ってどうやって撮るの』
『いいからいいから。――さ、いくよー』


 今から3ヶ月程前、名前は覚えていないが、東京の辺りのどこかでメリーと撮った物と似ている……どころではない。全く――色褪せている事以外は――同じなのだ。

「だから、もしもあの通りなら」

 あの仮説の通りなら――

「メリーの服があるかもしれない」

 そう思って、衣装棚を一つ一つ調べた。
 上から順に、中をくまなく調べるも、それらしいものは見つからなかった。そして、最後の一段を開けた時――

 紫の部屋にある棚から出て来た物は、間違いなく紫の物だ。だから、『ソレ』を見たとき、言い表わしようの無いショックが私を襲った。



「ハハッ……ハハハハッ……」



 そこには、ボロボロになった帽子があった。それは確かに、メリーの物だ……



「こんな事って……それじゃあ、メリーは紫で、紫はメリーで……」

 そこで、気付いた。

「ちょっと待って……じゃあ、『メリーが先』か『紫が先か』どっち……?」

 メリーが先なら、私と同じようにタイムスリップしていた事になる。
 紫が先なら、メリーは……?分身……?

 メリーが人間を辞めたとしたら、その時に二人に分かれたのか……?
 紫が人間だった時に、その人間だった部分を追い払ったのがメリーか?

 どっちも有り得そうで有り得ない。紫は2000年位生きてるって言われたばかりではないか!それが本当かどうかは別として、恐らく確実に1000年は生きてる!だとすれば、メリーが生きているという事は有り得ない。
 それなのに、メリーはここの外に居る!

「矛盾だらけ……」

 まさにそうだ。どちらかを正しいとすると、絶対にどこかで噛み合わない部分が出てくるのだ。だから、より混乱してきてしまう。



――どっちが本物?メリー?紫?
――だめだ、どっちも違う…!絶対に有り得ない!
――でも、絶対どっちかが正しいんだ……でないとメリーも紫もどっちも存在していないはず……
――いったいどっちがただしいんだろう?

――ワタシハドウスレバイインダロウ?



 まさに途方に暮れていた。
 すると、突然入り口の扉が開いた。そして、息を切らせた藍が飛び込んできた。

「どうしたんですか?」
「紫様が……紫様が……ボロボロになって帰ってきたんだ!」
「ええっ!?」



 * * *



 少し前。

「藍様~」
「ん、どうした?橙」
「さっきから誰かが外に居るみたいで」
「む、こんな時間にか」


 ドン、ドン。

「むう、確かに誰か居るな」

 ドン、ドン、ドン。

「そんなに叩かないで欲しいな、全く」

 ドン、ドン、ドン、ドン。

「ああ、はいはい、今開けるぞ」

 ドン、ドン、ドン、……

「……?一体何なんだ……」

 ガラガラガラ……

「……!!紫様ッ!!」



 * * *



「一体向こうで何に遭遇したのかは分からない。ただ、紫様をここまでするようなモノであったら、これは一大事だぞ……幻想郷にとっても……」

 帰ってきた紫の様子は酷かった。服は至る所で破けていて、白い肌が露出している。そこから覗いている傷の数は無数、それに、今眠っているように見えるが、実は意識が全く無い。

「それにしても……どうしてこんな……」

 藍は動揺している。しかし、私にはどうする事もできない。幻想郷で、こんな事が起こるなんて、今の私に想像できただろうか。

 不意に、かつての私が見た映像が蘇る。あの、得体の知れない物に追い掛け回されたあの光景を。そして、今の紫を見て、あの時誰も助けてくれなかったら、私が紫みたいになっていたと思い、ぞっとした。

「とりあえず、今はそっとしておきましょう」
「そうだな。一旦出よう」

 私と藍は部屋の外に出て、居間に向かおうとした。

 その時――私は誰かが見ていると気配で感じた。
 しかし、それが誰だかは分からなかった。

 その時、不意に私は寒気を感じた。いや、凍り付くような視線を感じた。その視線の方を見るが、誰も居ない。

 それだけで十分私を怖がらせられたのだが、それだけでなく、誰かが囁いている声が聞こえた。それは錯覚で、間違い無く私に向けてのものだ。


「見たでしょ、彼女。ね、本当は、アレは居てはいけない存在なのよ。でもね、アレが来たのは、貴方が原因なのよ。貴女は、時間の歪みを持っているわ。将来、貴女は時を操れるようになるでしょうね。
 貴女が紫と交わったばかりに、あいつの時間の流れが歪んだ。そして、本来有り得ない事が起きた。そして、これからも起こるでしょうね。私が言いたいのは、貴女は幻想郷にとってただ害をなすだけの存在だという事。もうすぐ幻想郷に、異変が現れるわ。それを止める方法はただ一つ。それは、貴女がここから居なくなる事。
 私は貴女に今すぐここを出ることを強く勧めるわ。外に出るだけなら巫女に頼めば済むわ。もしそうしなければ、貴女は――死ぬ事になるでしょうね」

 死ぬ……!?

「そうよ。明日にでも異変は起こるわね。だから、明日までに、ここを出て。分かった?」

 明日だって……!一体何者なの、貴女は!?

「私は、博麗霊夢……」


「おい、どうした?」
「わっ!わっ!?」

 藍の一言で、私は意識を現実に戻す事ができた。
 しかし、博麗霊夢と名乗る声がまだ反響していた。

「あの、藍さん」

 私は、思い切って聞いてはいけない事を聞いた。

「博麗霊夢とは、何者でしょうか」
「霊夢?あいつはもう死んだよ」

 死んだ……!?では、さっきの声は、死者の声……!?

 その時、またその声が聞こえてきたのだ!

 私は、咄嗟にその声に耳を塞ぐ。しかし、その声は聞こえなくならない。
 死者の声が聞こえるという恐怖に私は耐えようとした。しかし、私の生きた時代に、そんな事を経験しただろうか?勿論、そんなものは無い。だから、怖い。感じた事が無いから、怖い!

「一体どうしたんだ!」

 そして、藍の声は聞こえない。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ!死んだ人の声なんて聞きたくないよ!」
「死んだ人の声だって!?一体何なんだ、それは!」
「やめて……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 耐え切れずに、私は走り出した。とにかく逃げたかった。

「お、おい、蓮子!」

 藍の声も届かない。ただ逃げるしかない。でも、その声が、死者の声はまだ聞こえる。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ!私の本能がそう言っている通り、私は逃げた。それが無駄だとは知らずに。

 屋敷の裏口から、私は外に出た。辺りは暗かったが、気にしない。とにかく真っ直ぐ走った。

 しかし、すぐに何かにぶつかった。

 そこからは、もう私の中の恐怖が限界になっていた。

 ただ、最後に、銀色の髪と、銀の刃をその眼に焼き付けて。



 * * *



 貴女は、紫の『過去』に触れた。
 貴女は、紫の『秘密』に触れた。
 貴女は、紫の『存在』に触れた。

 貴女は『時』、紫は『境界』――

 時が境界と交わった時、何が起こるだろうか――



 もし、それが本当なら――



 私は、それを知りたい。
最後は蓮子がかなり恐怖を感じているように書いたつもりだけど……どうでしょう?

一応ここまでは蓮子の視点で話を進めてきました。次は、また別なキャラの主観で進んでいきます。
それと、次はタイトルも変わるので注意。
Shale
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最後のほうに誤字が
>感じた弧とが無いから→感じた事が無いから、では?
5.無評価Shale削除
<4
確かに。修正しておきました。