Coolier - 新生・東方創想話

prismatic concerto ~虹色の旋律に乗せて~(下)

2005/04/13 11:17:45
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私はいつまでも過去に縛られたまま
けして進むことなく、いつまでも在りし日を想いつづける

ねぇ神様?
私が愚かだったというのなら、私は賢くなりましょう
私に力が足りないというのなら、私は力を得ましょう

そうすれば、私は二度と過ちを犯さずにすむのでしょうか?







私は部屋で一人、ひざを抱えながらじっと座りつづけていた。
私が一人きりでお屋敷にこもるようになってからもう幾日かがたってしまった。お屋敷の中はすっかり寂しくなってしまい、その主を失った部屋達は、抱え込んでいた荷物を全て明渡し、いまや私の部屋くらいしかまともに荷物がそろっている部屋はない。これはお父様のお仕事が上手くいかなかったことでこの家の物が根こそぎ持っていかれてしまったから。しかし、私にとってそれはさしたる問題ではない。
もうこの家には誰もいない。お父様もお母様もおじい様もおばあ様も。そしてお姉ちゃん達も、みんな居なくなってしまった。

あの頃の賑やかさは、もうない。

例え私が失敗しようとも、しかってくれる人はもういない。例え私が泣き叫ぼうとも、慰めてくれる人はもういない。もう私を誉めてくれる人も、一緒に笑いあってくれる人も、頭をなでてくれる人も抱きしめてくれる人も、そして私を愛してくれる人も、もうだれも、いないのだ。

胸に広がる寂しさに、枯れ果ててしまった瞳の変わりに心で涙を流す。ぎゅっと膝を抱える腕に力をこめ寂しさに打ち震える体を必死に押さえ込む。しかし、それでもけして震えが止まることはなく、心も涙を止めることはない。
寂しさに耐え切れなくなった私は膝をかかえる腕から少し力を抜くと、今の私の唯一の心のよりどころ、右手にしっかりと握った小さな手鏡を眺めることにする。もう思い出の品などほとんど残っていないこのお屋敷で、私が持っているたった一つの大切な思い出のかけら。あの夜なくなったこの鏡は、結局いつのまにかまた私の部屋に戻っていた。しかし、その鏡面には大きな亀裂が走っており、以前の輝きはほとんど失われていた。
あれ以来、私の周りに奇妙なことが起こることはなかった。もう気づかないうちに鏡に魅入ってしまうことも、不思議な声を聞くこともない。間違いなくあの事件の原因であったであろうこの鏡も、あの悪魔の消滅とともに力を失ってしまったのかもしれない。
しかし今となってはそんなことはどうでもいい。例えこれから先何が起ころうとも、私に失うものはもう何もない。それにこんな鏡であっても、今の私にとってはかけがえのない思い出なのだ。
鏡を眺めるのにも飽きた私は、それをしっかりと手に握りなおすとまた膝を腕で抱えなおす。



「・・・・・寂しい、よ・・・一人はいやだよ・・・会いたい、皆に会いたい・・・・」



幾ら私が願ったところで答える物など誰もいない。私の言葉は誰にも届くことなくこの部屋の中にいくつも飲み込まれていく。それだけのはずなのに。


「レイラ」


どこからか、ルナサお姉ちゃんの声が聞こえた気がしたのだ。
「お姉ちゃん?お姉ちゃん!」
「・・・・・」
しかし、私の呼びかけにルナサお姉ちゃんが答えることはなかった。
「きっと・・・聞き間違いだ・・・お姉ちゃんがこんなところにいるはずないんだから」
そう、思った。そう思ったはずなのに、寂しさにつぶされてしまった心はそんなことにさえ希望を覚えてしまう。なぜだろうか、あれから、ほとんど全くといっていいほど動こうとしなかった私の体が、動き出そうとしていた。外へ、でてみよう。
一日中膝を抱えていた腕をとき、私はしっかりと二本の足で立ち上がると久方ぶりに、部屋の外へとでるのだった。



「おねえ・・ちゃん?」
しん、と静まり返った廊下を歩きながら、私は虚空に呼びかける。もちろん返事をするものなどいない。
それだっていうのに、今度はメルランお姉ちゃんの声が聞こえたような気がするのだ。
たった一言、私の名前を呼ぶだけの本当に聞こえたのかどうかも怪しい声。しかし私の足は自然とその声のしたような気がする方角へと歩みを進めていく。永い、長い廊下を歩き続ける私の足音だけが空間を支配する唯一の音。そんな変わり果てたお屋敷の姿に胸が詰まる思いがしながらも、私は廊下を抜け、階段にさしかかる。
階段の下に広がる広間から、今度はリリカお姉ちゃんの声が聞こえた。そんなはずない、そんなはずないのに、私はもしかしたらという甘い言葉に誘われ、階段を転がるように駆け下りると広間を抜けたさき、玄関の方へと急ぐ。そして玄関前にたどり着くやいなや、私が正面玄関の扉を勢いよく開け放つとそこには

「え?」

そこには、期待していたものとも、予想していたものとも違う全く別の光景、私が一度も見たことがないような見事な森が目の前を埋め尽くしていた。
「そんな・・・だってここ、お屋敷の前なのに」
そんな光景を見て私は愕然とした。幾ら私が数日間お屋敷にこもりっきりで全く外にでなかったからとはいえ、この変わり様はありえない。お屋敷の前には長い長い坂があって、小さな家々を敷き詰めた、大きな街が広がっていたはずだ。それがたった数日の間に森に変わってしまうなんて。これではまるで私がお屋敷ごと別の世界に連れて行かれてしまったかのようだ。
別の世界に?
「あら?こんなところに迷い人間かしら?」
「へ?きゃあっ」
突然目の前に現れた女性に私は思わず大きな声を上げてしまった。透き通る金糸のような髪をまとい、フリルのたくさんついたふわふわなドレスに身を包んだ女性は、そんな私を見ながら笑顔を浮かべている。
「確かに人間を驚かすのは私達の役目だけれど、こんな日の明るいうちからそれだと少し傷つくわ」
空を仰ぎ見ながら、手にもった日傘を少し傾ける女性に、私は恥ずかしくなって俯いてしまった。確かにいきなり悲鳴をあげるのは失礼だ。しかもそれが女性に対してならなおさらだろう。
「あ、あの、ごめんなさい」
「ああ、いいのよ別に。さっきのもちょっとした冗談みたいなものだし」
気にしなくていい、とその人はやはり笑顔のままで付け加えた。それにしても、なんだか不思議な人だ。先ほどもいつのまにか私の目の前に現れたし。いくらなんでもあそこまで近づかれれば気づきそうなものなのだが。
「ところで、あなたはここでなにをしていたの?」
「え?あ、それは・・・」
余りに突然のありえない光景と、目の前の女性の登場にすっかり忘れてしまっていたが、私はお姉ちゃん達の声を聞いてここまで来たのだ。そして結局はやはりその姿はなかったのだが。
「幻想と現実の狭間で揺れ動いているのね、さしずめ想いを形にする程度の能力というところかしら」
「へ?あの」
「ところであなたはここがどこだかわかっていて?」
「へ?あ・・・」
「わかっていないの?」
「あ、もしかして。ここは鏡の国ですか?」
なんだか話の展開が早くてついていけなくなるところであったが、その質問に対しての答えは先ほど考えいたっていた。だから私はとっさに答えることができた。そう、もしここが鏡の国だというのなら全てに納得できる。あの鏡が確かな力を持っていることを今なら私は知っているからだ。
「鏡の国?ふふ、そうね、そうかもしれない。幻想をみればこその幻想郷。あなたが幻想に縛られるというのなら、あなたにとってのその象徴があの鏡だというのなら。確かにあなたにとってここは鏡の国なのかもしれないわね」
「あの、それはどういう」
「でも、残念だけどここは鏡の国ではないわ。ここは幻想郷」
「幻想、郷?」
私が繰り返すと、彼女は笑顔で頷く。幻想郷、それは聞きなれない単語であった。少なくとも私の知識の中にはない。
「そう、ここは幻想郷。人間と人間以外が共存する地上最後の楽園。何物にも囚われず、何者にも縛られない。ただ幻想によってのみその存在に枷をはめられたものが暮らす場所」
困惑する私をよそに彼女は歌うように言葉を紡ぎ、まるでダンスを踊るように私の前でくるりと回ると。
「ようこそ幻想郷へ。あなたの日常が厄介に満ちた毎日であることを祈っておくわ」
そういって私の前で優雅にお辞儀をしてみせた。
私は正直返す言葉もなかった。彼女の言っている言葉のほとんども理解はできなかったが、それ以上に彼女の振る舞いが余りに様になっていたので思わず見惚れてしまったのだ。
「ここで何かしらの反応をしてくれないと私としては困るのだけど。もう少しわかりやすいほうがよかったかしら」
「え、あ!とても綺麗でした!」
「なるほどそうくるとは思ってなかった。あなたみたいに普通な人はここでは貴重ね」
「えっと、それは」
「ところであなたはここに来たばかりなのでしょう?この森を抜けて少ししたところに人里があるわ。気が向いたら行ってみるといいかもね」
「へ?あ、はい」
私はとにかく会話の流れに着いていこうと必死だったが、そんなことを気にもせずに目の前の女性はすっと森の奥を指差した。つられて私がそちらに目をやると。
「ああそうそう、あれは当分あなたに貸しておくわ。今度は間違えないことね」
「え?」
彼女の言葉に振り返った私が見たもの、そこには最初から誰もいなかったかのように寂しい空間が残っていた。
「消えちゃった・・・」
よくわからないことばかりいう人であったが、そのなかでも一際不可解な言葉を残して消えてしまった彼女のことを考えながらも。
私はこれからのことを考え、彼女が教えてくれた人里があるという方向を向きなおす。
私は外に出てしまった。他でもない自らの足で、ならばきっと、進まなければならないのだろう。

決意を固めた私はまだ知らぬ人里へとむかって歩み出した。その日は、もう姉達の声が聞こえることはなかった。







「ああそうだそうだ。そういえばこういう形だったぜ」
「こんなの基本中の基本じゃない。こんなのも忘れるなんてどうかしてるわ」
「あいにくと私はどちらかというと壊すほう専門だからな」
ここ、マーガトロイド邸では、どうにかアリスの了承を取り付けた魔理沙他騒霊二人が壊れたヴァイオリンを直すための魔方陣が描かれた魔道書をようやくみつけたところだった。ちなみに、なぜアリスが自分でやらないのかというと、なんとなく魔理沙がやるという流れだったからである。
「よし、それじゃあ早速直しちまうか」
「ってちょっと、直すのは構わないけど家の中に魔方陣かかないでよね」
「ん~?ああ、それなら心配ないぜ」
今すぐこの場ではじめようとする魔理沙に、露骨にいやな顔をするアリス。そのアリスに対して魔理沙は指先に魔力を集中させて小さな光を作り出し、それをペン代わりにして空中に魔方陣を描くことで答えた。
「・・・・またずいぶんと器用なことができるのねあんた」
「私はおまえと違って人間だからな」
本来魔方陣とは、しかるべき場所に、しかるべき道具を使用して描くものなのだが、ある程度習熟した者になるとその手順はある程度無視することができる。しかしながら、それもあくまで人間の場合であって、そもそも生まれながらにして魔法使いという種族であるアリスにはわざわざ魔方陣という段階を踏む必要はない。もちろん、あえて魔方陣を描くことによって魔法をより強力で確実なものにすることはできるが、妖怪の体というある種マジックアイテムにも匹敵する機関を通過するだけで、魔力は志向性を持つことができるのだ。ちなみにそんな妖怪たちの能力を魔理沙はつねづねふざけたやつらだ、と思っているのだが今のところ魔理沙は人間の体を捨てる気はないらしい。
「よし、それじゃあヴァイオリンを貸してくれ」
魔理沙の言葉に、リリカがその腕に抱えていたヴァイオリンを手渡すと、魔理沙はそのヴァイオリンを魔方陣の中心に浮かべた。暫く、魔理沙が目をつぶってなにやらぶつぶつ呟くと、魔方陣が外側から段段とその光を増し、それが中心に至ったところでその光がヴァイオリン全体を覆った。魔力を魔方陣を通してヴァイオリンへと伝わらせたのである。魔理沙が目を開けずに感覚でそのことを感じると、魔法は次のステップへと進む。ヴァイオリンに刻まれた記録を読み取り、まだヴァイオリンが破損していなかった朝の状態を、魔法によってヴァイオリン自体に意識させるのである。
そもそも、物体の修復魔法というものは、ある意味では時間の逆行に他ならない。この世の全ての出来事は、その物や者自体に刻まれ、そして世界に刻まれている。それを魔理沙は記録と呼んでいるのだが、これをハクタク辺りに言わせれば歴史というのだろう。つまりはその記録を読み取り、記録を改ざん、あるいは記録を呼び起こすことで自発的に物体自体を変化させるのである。
ちなみにこの程度のことなら、あの紅魔館のメイド長辺りであれば片手間にやってしまえる程度のことである。それならばなぜ魔理沙はわざわざアリスに頼みに来たのか。その理由はいわずもがなである。ここは幻想郷。幻想郷の人間は効率など考えない。とかくおもしろそうならそれでいいのだ。
そんな魔理沙の思惑など露とも知らずに、アリスは魔理沙が施術を行っている様子をじっと見つめていた。ただでさえ普段めったにやらない魔方陣を使用した魔法を、しかも他人がしているところを見るのは彼女としても貴重な機会だったりするので、特に何も口を挟まず見ているのであった。アリスが見ている間にもみるみるうちに元の形を取り戻していくヴァイオリン。どうみても完璧な施術である。どうやら本当に魔理沙は魔方陣の形を忘れていただけらしかった。
「よ~し、直ったぜ」
「わっほんと~?」
魔理沙の施術をじっと黙って見ていたリリカであったが、無事終了、完璧に修復したヴァイオリンを受け取り、恐らく今日一番の笑顔を浮かべていた。
「よかった~ちゃんと直ってるよ~」
「本当、やっぱり魔法ってすごいのね」
「ほんと~」
「こんなのたいしたことないぜ」
「あんた一人じゃできなかったけどね」
「それじゃあお礼に一曲」
「遠慮するぜ」
「遠慮するわ」
二人して遠慮したものだからちょっと残念そうなメルランはともかく、どうやらヴァイオリンが直ったことがよほど嬉しかったらしく、すっかり落ち込んでいた頃の様子もなくなりはしゃぎっぱなしのリリカ。なんだか無駄な厄介ごとに巻き込まれたが、どうやら無事解決を見せようとしている雰囲気に安堵するアリスであった。
「よし、それじゃあ後はお騒がせ家出娘を探すだけだな」
と、用事が済んだ以上もはやここにい続ける必要はないといわんばかりにさっさとアリスの家から退散をしようとする魔理沙。ほっておくといつまでも喜んでいるばかりで動きそうになりリリカの背を押しながら玄関へと向かうと。
「どうでもいいけど、あんたそのお騒がせ家出娘がどこにいるか知ってるわけ?」
「ああ、それなら多分」
背後からかけられたアリスの言葉に、魔理沙は箒の先で何もない壁の方角を指した。ちなみにアリスの知る限りそちらの方角には森と山しかない。唯一それ以外のものがあるとしたら。
「博霊神社?霊夢が何か関係あるの?」
「ああ、おまえは知らないのか」
そんなアリスの言葉に魔理沙は箒を持っていないほうの手で帽子をくいと上にあげると。
「あそこには幻想郷一厄介ごとに巻き込まれるのが好きな巫女が住んでるんだぜ」

そう、口の端を意地悪そうに吊り上げて、不敵に笑うのだった。






「うん、上出来かな」
食卓にならんだいくつかの料理を見ると、私は思わず微笑みが零れた。少量のお米に、お味噌汁、それに小さな細身の魚を焼いたもの。見る限りに慎ましい、質素な食事ではあるが、私の立場を考えればこれでも十分過ぎるほどの贅沢だ。私は満足げにもう一度食卓の料理を見ると、早速食事をはじめることにした。

私が幻想郷に住むようになってから、もう幾年もの月日がたっていた。

あの日、初めてここを訪れ、人里を訪ねたその日からというもの、私の生活はけして楽なものではなかった。ただでさえ、一人で生活などしたことのない私には、もちろん生活能力も皆無であったので、初めのうちは本当に里の人たちには迷惑をかけてばかりだった。しかし、ここの里の人たちは、本当にいい人達だった。どこの異国の人間ともしれない私に、とても親身になってくれて、一時期は里で一緒に暮らさないかと毎日のように持ち掛けられたものだった。
そのほかにも、この幻想郷にはもう一つ大きな問題があった。それは妖怪の存在である。その当時でさえ、今更妖怪の存在を信じられない、などというつもりはなかったが、妖怪は現実的な問題としての驚異であった。当然身を守る手段も持ち合わせていなかった私には、夜毎外を徘徊している妖怪たちに対しては完全に無力であり、毎夜出会わないことを祈るばかりだった。とはいえどうやら妖怪というのも物騒なものだけではないらしい。中には温厚な妖怪もいるようで、特に無闇に人間を襲わないのがこの幻想郷でのルールであるらしかった。もちろんそれだけで楽観視できるわけではないが、それでも私の生活はとりあえず概ね平和であった。
苦難の連続ではあったが、今では私も少しは里の仕事を手伝えるようになった。今でも食料を里の人たちから分けてもらっているのは変わらないが、どうにか家事もひとりで全てこなせるようになり、一人での生活も軌道に乗ってきたといえるかもしれない。
しかし、私はいまだにこの屋敷を離れられないでいる。いくら里の人たちに誘われようと私がかたくなに断りつづけた理由。それはもちろん、この屋敷が私の思い出の場所であるからというのもある。しかし、一番の理由は違うところにある。それは

今まさに私の目に映っている、三人のお姉ちゃん達の幻影のせいであった。

「リリカ~私にもそれ貸して?」
「うぇ~やだよ~お姉ちゃんに渡すと絶対壊すもん」
「大丈夫よ~多分」
「い~や~」
「全く、二人ともいつまでも喧嘩してるんじゃない」

初めてここにやってきたときに聞こえた、私の三人の姉の声。それは確かに幻聴であったが、しかしその幻聴は日に日に聞こえる頻度が増え、今では私はこうしてその姿までも幻視するようになった。けれど、彼女達が私に気づくことはなかった。それでもその姉達の姿をみていると、まるで昔の賑やかな頃が戻ってきたかのような錯覚を覚えてしまう。そんな楽しそうな光景。しかしけして私がその輪の中に加わることはないのだ。
「おはよう、ルナサお姉ちゃん、メルランお姉ちゃん、リリカお姉ちゃん」
「喧嘩じゃないわよ、仲良くしてだけだもの」
「違うよ~これはお姉ちゃんの一方的ないじめだ~」
「・・・はぁ」
私が声をかけようと、それこそまるで空気を相手にしているかのように私がここにいることに誰も気づかない。そんなことにももう大分慣れてしまったが、それでもやはり胸が苦しくなる。こんなにも私と姉達との距離は近いにもかかわらず、けして言葉は届かない。例え幻影であっても、けして一人ではない彼女等を私は憧れるようにただ眺めるだけ。
「ほらいくよ、二人とも」
「は~い」
「だからもってっちゃだめ~」
その言葉を最後に、まるで霞のようにその姿は次第に形を失っていく。一度消えてしまえば、もう当分の間現れることはない。私は姉達の姿がなくなっていく様をしっかりと見届けると、テーブルの上に置いてあった鏡に目を移した。私は今でも、この鏡を毎日のように眺めている。
これもこの鏡の力なのだろうか?この鏡のせいで全てを失ったのに、今度は私に過去の影をちらつかせる。この鏡は、私に絶望を与えるだけなのか、それとも希望を与えるものなのか。
鬱屈とした気分を抱えながら、私はすっかり冷めてしまった食事に手をつけるのだった。



どくん、心臓が大きく跳ねた。
「っ!」
突然のことに私はがばっと布団を跳ね上げるようにして起き上がった。
「・・・・何?」
今までにも悪夢を見て夜中に目が覚めるということは幾度となく起こっていた。しかしそういったときは、必ずその夢の内容を覚えていたし、冷や汗をかいていたり貧血を起こしたり体調にも異常をきたしたりしていた。でも今回は違う。体調はおかしくないし、それよりもなぜだかいやな予感がする。まるで虫の知らせにでもあったかのようだ。
「そうだ、鏡」
もしかしてまたあの日の夜のように鏡が何か悪いことでもしでかしたのか、そう思った私は鏡の置いてある場所、あの日の夜から変わることのないその場所へと向かう。明かりのない部屋で手探りに鏡を探すと、どうやら今度は鏡はなくなっていないようだった。
「でもそれじゃあ」
一体何が原因だというのか。他に心当たりは、ないわけでもないか。ここは幻想郷なのだ、どれだけ不思議なことが起ころうと、ここではそれが不自然にはならない。なればこそ、このままここにいつづけても仕方がない。そう思い、私は屋敷の中を見回ることにしたのだった。


私はまるで、あの日の夜のようだと思っていた。確かにあの日のように鏡がなくなったりはしていない。誰かの悲鳴が聞こえることも、奇妙な焦燥感に駆られることもない。だが確信があった。きっと今夜はあの日のように何かが起こる。しかしそれなら何が起こるというのか。少なくとも私に失うものなど残っていないのに。
特別恐れるでもなく、慌てるでもなく私はゆっくりと空き部屋を見て回る。ある程度見回ったところで、私はふと思いつき階段の方へと向かう。そして階段を降りた先、広間の真中に一人立ちすくむ少女を発見した。
「誰?あなたは人間?それとも妖怪?」
暗闇にまぎれているせいでその姿かたちははっきりとはわからないが、全身を黒衣で包んだその少女の、まるで闇の中にぽっかりと浮かぶような銀色の長い髪が印象的だった。
「質問は一つずつにしてほしいところだけど、とりあえずこんな夜に歩き回ってる私は妖怪かしら」
「ここに何の用なの?」
「妖怪が夜中に人間の前に現れるのに、人を襲う以外の用があるのかしら?」
「さぁ、私は妖怪じゃないからわからないわ」
それもそうね、と言ってくすくすと笑い出す少女に、私は思わず身構える。これは心の中の恐れからというよりも、動物的本能によるものといったほうが近いかもしれない。
「ところであなた」
と、暫く笑いつづけていた少女はおもむろに私の方を指差した。その先には私の手のひら。
「おもしろそうなものを持っているのね」
そういってまた笑い出す少女に私は自分の手の中にあるものを確認した。そこには、どうやら気づかないうちに持ち歩いてらしい、あの鏡が弱弱しい光とともにその存在を主張していた。
「もう大分弱っているようだけど、それでもまだ完全には力を失っていない」
「あなたはこの鏡のことをしっているの?」
「聞きかじった程度にはね。それは心を移す鏡。持ち主の心のままに、思いを形にするもの。でもね、所詮は鏡。鏡とは光を屈折させることでその姿を映し出すもの。さてそれじゃあその心はどうなるのかしらね」
「心を、映し出す?」
「ふふ、その様子じゃあ心当たりがあるのかしら?」
少女の言葉、それはつまりあの日あの夜の出来事の真相。あの凄惨な事件は、私の想いが捻じ曲げられた結果だとでもいうのだろうか?しかし、今更そのことがわかったところで何も変わりはしない。何も、けして戻ってきはしないのだから。
「さてそれじゃあ、お話はここまでね。あなたはずいぶんとおいしそうだし。大人しく私の食料になってもらうわ!」
「っ!!」
私を殺す、つまりはそういう宣言の元に、目の前の少女はまるで突風のように私の目の前を駆けるとそのまま無造作に右腕を突き出した。その余りの速さに、私はまともな反応を返す余裕もなかったが、とっさに後ろに出した足がもつれそのまますとんと地面にしりもちをついた。同時に私の頭上を少女の腕が薙ぐ。
「あら、運がいいのね」
にたり、とまるで私が少しでも長く生き延びたのが嬉しいかのように気味の悪い笑みを浮かべた少女は、しかし私の目の前に立ちすくむばかりで何もしようとはしてこなかった。そんな少女を私は呆然と見上げるばかり。
「抵抗をしないどころか逃げようともしないなんて、珍しい人間もいたものね。もしかしてあなたは死ぬのが恐ろしくないのかしら?」

恐ろしい?何が?それは失うこと
失う?何を?それは私の命を

「まぁいいわ。それじゃあできるだけ苦しまないように。一息で殺してあげる。あぁちなみにこれはあなたのためじゃなく、そのほうが食べやすいからよ?」
くすくすと笑いながら冗談にもならない言葉を私に浴びせ掛ける少女。その右手をすっと持ち上げる。その行動に私の脳裏にあの日の、あの夜の光景がよみがえる。

まるであの日のように、一言も言葉を発しない人間に、死神の鎌を振り下ろさんとするそれは悪魔。

でもあの日とは違う。一言もしゃべらないのは私。狙われているのも私。
それじゃあ今度も、あの日のように私は助かるの?

怖い、怖い怖い怖い怖い怖い!
私は一人だ!一人は寂しい!孤独は怖い!また失ってしまうの?
失うのが怖い!もうこれ以上何も失いたくない!それがたとえ私の命であっても、失いたくはないのだ!

「うわああああああぁぁっぁぁああ!!」

パリン、甲高い音を上げて、手に握った鏡が割れた。それと同時に私から溢れるのは、あの時と同じ白い光。
「なっ!こんな力が人間に!?」
光の余りのまぶしさに私が思わず目を閉じると、目の前で何かが弾けるような感触がした。
「何が?」
あの時と同じ、しかしあの時とは何かが違う現象に私がそろりそろりと目を開けるとそこには、三人の少女の後姿が、まるで私を守ろうとしているかのように立ち尽くしていた。
「・・・・同時に三体もの騒霊を具現化、か。ふふ、さすがにこれは私にも分が悪いわ」
どこか楽しそうに、どこか悔しそうに顔をゆがめていた少女が私の前から逃げ去っていくのが見えたが、今の私には彼女の様子を気にしている余裕などなかった。
私の目の前に立っている三人の少女、それは後ろ姿を見ただけでもわかる、私のよく知る人たちの姿。
「もう大丈夫だ、レイラ」
真中の少女が振り返り、へたり込んだままの私に声をかける。
「もう、相変わらず世話のかかる子ね」
「ほんと~」
そういって振り返る残りの少女達。三人の少女は一様に笑顔を浮かべており、その姿は私の知る頃よりも少し成長している様に思える。しかしそれでも、優しげに私を見守るその三人の少女は確かに
「ルナサお姉ちゃん、メルランお姉ちゃん、リリカお姉ちゃん」

とうの昔に枯れ果てたと思っていた涙が、頬を流れた。







ことん、と霊夢が湯飲みを置く音が響く。話が長くなりそうだから、と折角入れなおしたお茶も結局はぬるくなってしまった。
「まぁ、あんたにもいろいろと事情があったっていうのはわかったわ」
ルナサの話は霊夢の予想していたものよりは重い話であったが、しかしだからどうということではない。誰しも一つや二つこういった過去を抱えているものだ。かくいう霊夢も、あったかどうかはわからないが、とにかくそういうものなのである。
「でもね、過去は振り返るものであっても縛られるものではないわ。それにあんたの妹はその子だけじゃないでしょう」
それくらいはわかってると思うけど、と付け加えると霊夢は残った茶を一気に飲み干した。一方のルナサは話を終えてからというもの俯いたまま一向にしゃべろうという気配が見えない。
「それに私はあんたじゃないからね、どうするか決めるのはあんた自身だし、これ以上は何もいえないわ」
というかそもそもこれが自分であったら悩んですらいないだろうと霊夢は思う。霊夢からしてみればたいした事のない問題なのだが、ルナサからしてみればそうではない。基本的に何かに縛られることのない霊夢にはさっぱりわからない類の悩みであった。
「・・・・はぁ」
今日一日で確実に二桁を超えたであろうため息をつき、霊夢は新しいお茶をとりいこうと立ち上がると。
「よ~う、霊夢、邪魔したぜ」
「どっから沸いてでたあんたは」
霊夢が問答無用で投げ飛ばした座布団をひょいとかわすと魔理沙はずかずかと部屋に上がりこんできた。靴を脱いでいるところをみるとどうやらちゃっかり玄関から上がってきたらしい。
「まったく、勝手に入ってくるなっていつもいっていたと思うけど?」
「だからちゃんと邪魔したといった」
「そういう問題か」
全く反省の色を見せない魔理沙を霊夢がぐいぐいと押し返そうとする。
「お~、やっぱりここにいたか」
「は?ってうわ」
突然あらぬ方向に声をかけるとそんな霊夢を逆に押しのける魔理沙。思わずバランスを崩した霊夢であったがなんとか片足を後ろに踏み出すことで事なきを得た。しかしそんな霊夢の様子をものともせず魔理沙はつかつかと先ほどから状況を静観していたルナサに近づくと。
「よう、迎えに来たぜ」
「は?」
まるでそれが自然なことであるかのように、迎えに来たという魔理沙にルナサは困惑する。少なくとも彼女の知る限りでは魔理沙に迎えてもらうようなことはないのであるが。
「外でリリカとメルランが待ってるぜ」
「へ?なんであんたが二人と一緒なのよ」
「友達だからな」
「いやそういうことじゃなくて・・・」
「こっちもいろいろあったのかもしれないが、私にもいろいろあったんだ。とにかく二人が待ってる」
自体が飲み込み切れてないルナサを強引に立ち上がらせると、魔理沙は外に出るよう促す。そんな魔理沙にルナサも戸惑いつつも素直に従った。
「これはやっぱり、私もついていかなきゃいけないのかしら?」
すっかり無視される形となった霊夢が、部屋の中でひとりごちるのであった。







余りに突然の再開であったのに、それが極自然に思えたのは私が作り物の存在だからだろうか。
あの日あの夜の事件があって、家を出ることとなったはずの私はしかし気がついたらこの屋敷で、まだ暮らし続けているのであった。屋敷の中には一人の人間と、三人の騒霊がいる。どうやら私達は、その中で唯一の人間である四女のレイラによって生み出されたらしかった。
私達は、騒霊と呼ばれる存在で、姿かたちこそまるでレイラの成長に合わせたかのように変化しているのだが、記憶や知識の類はそのまま引き継いでいるらしかった。要するに、私達にはこの屋敷を出ることになってからレイラの前に再び現れるまでの記憶がすっぽりと抜け落ちているのである。これはつまり、私達はレイラの知っている姉達の姿を借りて存在しているだけに過ぎず、間違っても本人自身ではないということだ。
しかしそれも些細な問題だ。騒霊として生み出された故のことなのか、私達には自分達の存在に対して疑問や葛藤などをいだくことはなく、そして何より目的ははっきりしていたからである。
レイラと私達、四人で一緒に暮らすこと。また昔のように賑やかに。それが私達の想いであった。
とはいえ戸惑いや驚きがなかったわけではない。それは、レイラや私達の変わってしまった姿ももちろん、なによりここが私達の知っている場所ではないということであった。ここは幻想郷、人間とそれ以外が共存する地上最後の楽園とレイラに教えられたが、さすがに初めて屋敷から外を眺めたときは驚いたものだった。なにせそこには私達の知っている風景とはかけ離れたものが広がっていたのだから。他にも食事はできるがおなかは減らない睡眠は取れるが眠くはならない、さらにはどうやら私達の姿はこれ以上は成長しないらしいなどと、人間としての記憶しか持ち合わせていない私達にはそれはなかなかに不思議な感覚であった。
それに、レイラが私達のことを「お姉ちゃん」と呼ばなくなった。再開してしばらくしてすぐに、レイラは私達のことを「姉さん」と呼ぶようになったのだ。もう「お姉ちゃん」という感じではないから、とレイラはいっていたがそのときの寂しそうな顔が私にはなぜだか忘れられなかった。
もちろん一筋縄ではいかなかったが、それでも私達のこの新しい生活は概ね順調であったといえるだろう。この騒がしくも楽しい日々は、私達三人が望んでいたものでもあったのだから。


そんな日々が始まってから数年もたったある日のこと
「ルナサ姉さん」
「レイラ?」
私が部屋の窓から外を眺めていると、そこにレイラがやってきた。
「どうした?」
「えへへ~」
と、なにやらニコニコと楽しげに笑いながら歩み寄ってくるレイラ。その姿はもう既に私達よりもずっと大人へと成長しているのだが、この子にはこういった子供らしいしぐさがまだまだ似合う。よく見るとどうやら後ろ手に何か隠しているようだ。とすると何か面白いものでも手に入れたのだろうか?
「ほらこれっ」
じゃ~ん、と自ら効果音をつけながらレイラが私に見せてくれたのは
「ヴァイオリン?」
そう、なんとも見事なヴァイオリンであった。
「うん、里の人にもらったの」
「里の人が?なんでまた」
里の人がヴァイオリンを持っているとはなんとも不思議な話だった。私の知る限りではここの里の人たちは余り他の世界との交流がない。それにどうやらここ幻想郷は私達がもといた場所とは大分文化が違うらしく、ヴァイオリンを作れる人がいるとも思えないのだが。
「拾ったんだって」
「拾ったぁ?こんなの落とす人がいるのか?」
レイラの答えはにわかに信じられないものであった。そんな人がいたのならどれだけ抜けているのだろうか。幾らヴァイオリンが弦楽器の中でも小さいほうだとはいえ、さすがに落として気づけないほど小さいわけではない。とはいえ、幻想郷ではところどころに変なものが落ちていることがあるらしい。今までこれほど場違いなものを拾ったという話は聞いたことがなかったのだが、こんなことで別段嘘をつく必要があるとは思えない。里の人たちがそういったのなら事実そうなのであろう。
「ねっ、姉さん。ちょっと弾いてみてよ」
「え?私がか?」
「うん。だって姉さん昔ヴァイオリンのお稽古受けてたじゃない」
「そりゃそうだけど」
確かに私は昔ヴァイオリンの練習をした経験はある。もちろんそのことも覚えてはいるし、知識もある。とはいえもう何年も弾いていないのだ、まともに弾けるとは思えない。
「無理だよ。もう何年も弾いていないんだ」
「そんなことないよ。姉さんならできるって」
「いやでも」
「ねっ、ねっ、一回だけでいいから。お願い」
両手を合わせて私に可愛らしくお願いのポーズをとるレイラ。本当にいつまでたっても子供のままである。とはいえレイラのこういった態度には弱い。
「しかたないな」
「やった。ありがとう、姉さん」
なんだか本当に喜んでいるらしいレイラに私は思わず苦笑する。こんな顔をされてしまった日にはいつまでたっても私はレイラの頼みを断れそうになかった。
「それじゃあ、簡単な曲だけど」
そういって、私がヴァイオリンを構える様子をレイラはじっとみつめている。なんだかこうも見つめられるとやりづらいものがあるのだが、今更やめるともいえないので、私は大人しく演奏をはじめることにした。
もともと私に曲のレパートリーなどほとんどない。そこまで真剣に練習に取り組んでいたわけでもないので私にはそもそも難しい曲など弾けはしない。そこで、仕方がないから本当に簡単な、練習用の曲を弾くことにした。
「あれ?」
したのであるが、思った通りに音が出ない。弦に弓を当て、引く。昔の通りにしているつもりなのだが、どうにも綺麗な音が出ない。何が違うのかわからずに、とにかく弓を引く手に力をこめてみたり、引き方を変えてみたりしたのだが、どうにも上手くいかない。
「はは、やっぱりだめだ。これじゃあ曲を弾くどころじゃない」
自分の演奏の余りの酷さに曲の半ばではあったが私は思わず手を止めてしまった。やはりだめだ。そもそもまともに音が出ないのだから演奏どころの話ではない。
「ううん、続けて?」
「え?でも」
「いいから」
だというのにレイラは私に演奏を続けろという。正直な所これ以上引き続けるのは情けないやらなにやらで遠慮したいところであったのだが、そんなレイラの頼みに私はしぶしぶ演奏を続けることにした。
「くっ」
やはり上手くいかない。しかしこうなった以上最後まで演奏しきる。いつのまにか意地になってしまったのか、私は酷い音のまま演奏を続けた。

「はぁ・・・」
結局、最後までほとんどまともな音が出ることはなかった。確かに昔習ったきりとはいえこれは酷すぎると思う。だというのに
「うん、上手だったよ。ありがとうルナサ姉さん」
レイラはそんなみえみえのお世辞を言う。なぜだかその表情は、今にも泣き出してしまいそうだった。
「ごめんね、酷いものを聞かせてしまって」
「ううんそんなことないよ。そうだ!それ姉さんにあげるよ」
「え?いいよ、私には引けないんだし」
「そんなことないよ、ね」
「う~ん」
はい、とヴァイオリンを差し出すレイラ。私は一瞬ためらったが、このままだといつまででもこうしていそうなレイラに、仕方なくヴァイオリンを受け取ることにしたのだった。
「また今度聞かせてね。姉さん」






天高く、その存在を主張していた太陽も既に大分傾き、幻想郷もそろそろ黄昏時を迎えようかというころ、ここ博霊神社の境内には二人の人間と三人の騒霊が集まっていた。
「あの、姉さん。これ」
結局ついてくることにした霊夢と魔理沙の二人が見守る中、リリカがおずおずと姉のルナサにヴァイオリンを手渡す。
「ヴァイオリン、直ったのか」
「うん、そこの黒いのが協力してくれた」
「そっか、ありがとう」
「おう、存分に感謝するといいぜ」
「こういうときに茶々いれんじゃない」
緊張感のない魔理沙の頭を霊夢がはたいた。しかしそんな二人のやり取りも全く意に返さずに三人は話を進めていた。
「姉さん。その、ごめんなさい」
「・・・うん」
「私も、これからは朝の弾幕ごっこは自粛するわ」
「そうだな、そうしてくれると嬉しい」
と、それっきりだんまりしてしまう三人。場を支配する重苦しい空気に耐えかねたのか、落ち着きなくもぞもぞと動き出した魔理沙を霊夢が小突く。そんな霊夢を魔理沙が小突きさらに霊夢が返す。二人がそんなやり取りをしていると
「ねぇ、姉さん。それ演奏してみてよ」
「え?」
「ほら、ちゃんと直ってるかどうか確かめないと、ね?」
突然、メルランがそんなことを提案した。突然の申し出に少々困惑した様子のルナサであったが、思うところでもあったのか、素直に演奏をはじめだした。

「へぇ、なんだ。普通の曲も弾けるんじゃない」
「こういうときは静かに聞くもんだぜ」
あんたがいうのか、と霊夢は思ったが、それは間違いなく正論であったので、何を言い返すでもなく静かに口をつぐんだ。
しかし確かに霊夢の言葉ももっともである。霊夢たちの知る限りでは、この姉妹達はいつもいつも賑やか、を通り越して騒がしい音楽ばかりを好んで演奏していた。少なくとも、初めて出会ったときから一度もこのような曲を弾いているところを霊夢は見たことがなかったのだ。
それは、とても静かで、透き通るような旋律だった。しん、と静まり返った境内に、清流を思わせるようなその流麗な音が響き渡り、あたり一面がこの演奏によって支配されていた。
「姉さん、この曲」
「いいから黙って聞いてなさい、リリカ」
何かをいいかけたリリカをメルランが制した。そんな様子を横目に見ながら、霊夢は耳を澄ます。
美しく、なだらかで、優しく、そしてどこか寂しそうなその音楽に。







別れは、けして唐突ではなかったが、しかし逃れることのできない形でやってきた。

私達がレイラと暮らすようになってからもう数十年の時がたっていた。数十年の間、レイラは夫も取らず、子も作らず、私達は四人でこの屋敷で暮らしつづけた。私達は変わらない。例え数十年の時が経とうとも。しかしレイラはそうもいかなかった。
時がたてば年をとり、子供から大人へ、そして大人から老人へと成長していく。それはけして変わることのない事実だ。
そして今、私の前にはすっかりおばあちゃんになってしまったレイラが、ベッドに横たわっていた。すっかり細く弱弱しくなってしまった手足も、数え切れないほどの皺が刻まれている顔も、もうレイラが長くないことを物語っている。
既に医者には、いつ亡くなってもおかしくない状態だといわれている。だから私も、メルランもリリカも、朝からずっとレイラにつきっきりの日々が続いていた。

「レイラ?大丈夫?どこか痛くない?」
「大丈夫だよ。ありがとうルナサ姉さん」
ベッドの上で横になっているレイラに私が声をかけると、もうすっかり聞きなれてしまったしわがれた声が返ってきた。
「ごめんね、最近ずっと私につきっきりで何もしてないでしょう?」
「そんなのいいから。私達のことは気にしないで」
「そうそう、私達だって好きでやってるんだから」
「ありがとう、メルラン姉さん、リリカ姉さん」
と、レイラが突然咳き込んだ。最近ではただ話すということもままならないらしく、こうやって咳き込むことはしょっちゅうであった。しかし、既に起き上がることも楽ではないレイラの背中をさすってやることもできずに、私達は何もできずただ見守るだけだった。
「ああ、そろそろだめかもしれないね」
「ばか、めったなことはいうもんじゃない」
弱気な言葉を吐くこともいつものこと、そんなレイラを私は叱咤する。しかしそれは果たしてレイラに向けたものなのか、私の言葉が本当に気休めにしかならないことを皆が理解していた。
「・・・・そうだ。ねぇルナサ姉さん?」
「どうした?」
「ヴァイオリン、弾いて欲しいな」
「ヴァイオリン?」
私の確認の言葉にレイラは弱弱しく頷く。なぜヴァイオリンなのか、そうも思ったがしかし今レイラの頼みを断る機にはならなかった私は、取りに行くと言葉を残し部屋を出るのだった。


「うん、姉さん。やっぱり上手だね」
「そんなことない」
ヴァイオリンを手に戻ってきた私は、早速レイラのために一曲弾いてあげることにした。曲目は引く前から決まっていた。私がレイラからヴァイオリンを譲り受けてから、時々思い出したように練習していた曲。それは子供のころ得意であった曲。
流れるような旋律。優しくて、柔らかで美しいこの曲が、私はお気に入りであった。
「よかった・・・最後に・・もう一度・・聞けて」
「ばかっ、最後とかいっちゃだめ」
レイラの途切れ途切れの言葉に、リリカは目に涙をためながら答えた。
「そうよ・・・縁起でもない」
沈痛な面持ちでレイラを見守るメルランの言葉もわずかに震えている。
「ごめんね・・最後まで・・・迷惑ばかりかける妹で」
「そんなことないよ、そんなことないから・・・」
堪えきれなくなったのか、リリカは頬にぽろぽろと涙を零しながら俯いた。
「・・・ごめんなさい・・・姉さん・・・ありがとう・・お姉ちゃん」
「レイラ?レイラ!いや、嫌だよぉ・・・」
「レイラ・・・」


目を閉じた私の耳に、リリカとメルランの泣き声が聞こえる。しかし私はヴァイオリンを弾くこの手を止め様とはしない。この曲だけは、最後まで弾ききると決めたのだから。途中で私が演奏を止めてしまったら、きっとあの子が悲しむだろうから。だから私は演奏を続ける。
いつまでも旋律をかなで続けるヴァイオリンに、ぽたり、と涙が零れた。







「静かだな・・・」
「そうね」
もうすっかり日も落ちてしまった幻想郷。そんな中魔理沙と霊夢は、二人並んで縁側でお茶を啜っていた。
「なんとか仲直りはできたみだいでよかったぜ」
「そうね」
先ほど境内での三人の和解の場面を仲立ちした魔理沙としては、なんとか事態が収まったことに軽い安堵と喜びを覚えていた。
まぁあくまで解決したのは表面上の問題であって、特にルナサにはまだまだ他の問題が残っているのかもしれないが、それこそ他人が口出しをするような問題ではない。とりあえずこうして静かにお茶が飲めることに安堵を覚えた霊夢であった。
「それにしても、やっぱりあいつらには騒がしいほうが似合ってるな」
「そうね、騒がしいのを聞くほうとしては迷惑極まりないけど」
「よ~し、というわけで今夜は宴会だ!」
と、なんの脈絡もない魔理沙の言葉に危うく霊夢はお茶を噴出しそうになった。
「ばかいってんじゃないわよ、もう夜なんだけど?」
「なにいってるんだ、夜はまだまだこれからだぜ」
「大体今からじゃ人を呼びにいくだけで朝になっちゃうわよ」
「あら~?だったら私が手伝いましょうか?」
「ほら霊夢。これなら問題ないぜ」
「そうかもしれないけど・・・この場合やっぱり会場はうちなのかしら?」
「当然だぜ」
「しくしく、こんな月も綺麗な夜なのに、ここには妖怪に驚いてくれる人間はいないのかしら」
「だったらもっと普通に登場しなさい」
突然二人の目の前の隙間からぬっと現れた隙間妖怪がなにやら空を見上げながら嘆いているが、そんなことは知ったことじゃないといわんばかりに無視を決め込む人間二人。というか今の霊夢にとって問題はそんなことではなく、魔理沙の暴挙を止めることにある。
「魔理沙、あんたも少しは馬鹿騒ぎの後片づけをするほうの身にも・・・ってちょっと」
「それじゃあ霊夢頼んだぜ~」
そんな霊夢の言葉を完璧聞き流しながら、魔理沙はさっさと箒に乗って空を駆けていった。そんな一瞬の間に見えなくなってしまった魔理沙の姿を、呆然と見上げていた霊夢は。
「あら、ではでは私も行ってくるわ、後よろしくね、霊夢」
そんな隙間妖怪の言葉を聞いてがっくりと肩を落とすのであった。

今日も今日とて幻想郷は概ね平和であった。







「ねぇ?これからどうしようか」
ぼ~っと、空を眺めていた私に、リリカが声をかける。
「そうだな。どうしようか。レイラもいなくなってしまったし」
そんなリリカに、私は気のない返事を返した。
レイラはいなくなった。だがしかし、私達が消えることはなかった。なぜだかはわからない。ただそれでもここにこうしてありつづけている以上、何もしないというわけにはいかない。しかし、もともとがレイラと共にあるために存在していた私達は、彼女を失ってしまっては何をすればいいのかわからなかった。
「レイラ・・・どうしてるんだろうね」
「さぁ、死んだ人間は冥界に行くらしいけど」
結局、私はあの子に何をしてあげられたのだろうか。あの子を過去に縛り付けるばかりで、私は本当にあの子の姉でいられたのだろうか。
「どうしたの?メルラン姉さん」
と、先ほどから一言も言葉を発さないメルランにリリカが声をかける。そんなリリカの言葉に私がメルランを見ると、彼女は私のヴァイオリンを抱えながらなにやら考えているようだった。私が暫くだまってその様子を見つづけていると、メルランはおもむろに顔を上げ、満面の笑みを浮かべながらいったのだ。

「ねぇ、私達で、演奏隊をやらない?」

「演奏隊?」
「そう、私達でこの幻想郷を騒がしくしてやるのよ」
「幻想郷を・・・」
「騒がしく・・・」
余りに唐突な提案だった。余りに唐突だったものだから、私はそれを
「ははっ・・・演奏隊か・・・なるほど、それは面白そうだ」
「あは、そうだね~。うん、演奏隊、いいかもね~」
きっと面白いと思った。幻想郷中を騒がしく、賑やかに。なるほどそれは実に私達らしい。
「どうせ私達は騒霊なんだ。だったらめいっぱい騒がしくしよう」
それに、こうしていれば
「そうそう、どうせだから幻想郷中といわず世界中を」
もしかしたら寂しがりのあの子にもこの声が届くかもしれないから


「よ~し、それじゃあ今日から私達は騒霊演奏隊よ~」
え~っと、どうもはじめまして
いつもいつもここでは皆様方のSS楽しんで読ませてもらっている程度の者です

今回初投稿しかも初東方SSということで、それはもうものすごくいろいろと悩んだんですが
なぜか思いつきでプリズムリバー三姉妹についての話を書くにいたりました
いやだって騒霊三姉妹を書いてるSSってあんまりないじゃないですか
って・・・よく考えたら1、2面のボスはシリーズ通してあんまりSSの数がなかったですね(汗
まぁ、それはともかく
東方SSってほんと難しいな、と実際書いてみて感じました
東方の魅力は、あの幻想郷ののほほんとした雰囲気にあると思います
だからそれを少しでも表現できていればそれでいいかな、なんて

できればだらだらした話にはしたくなかったんですが、いざかいてみたらこんな長い話に(汗
短くまとめるのって難しいです

とにもかくにも、ここまで読んでくださった方々に最大級の感謝を
SHO
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