Coolier - 新生・東方創想話

妹紅と雨

2009/11/23 09:51:17
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「ねえ永琳、人間って面白いわよね。千年も付き合ってるっていうのに、まだ新しい発見があるんですもの」



 香霖堂の古臭い香を焚いたような臭いはあまり好きにはなれない。
 それでも慧音の頼みとあっては無碍にも出来ず、仕方なく香霖堂の扉を叩く。
「やあ妹紅。慧音から話は聞いているよ」
 店主が馴れ馴れしく名前で呼んでくるが、不思議とこの男にそう呼ばれても不快感は無い。
 永遠亭の馬鹿姫とはエライ違いだ。
 奥に書物を取りに行く店主。
 手持ち無沙汰の私は、何とはなしに周囲に飾られているガラクタを見て回る。
 どれもこれも用途すらわからない物ばかり。
 一つ一つ手に取っていたら日が暮れる程の量であるが、何かの役に立つようなものがあるのだろうか。
 形状から用途を推察出来る物のみを手に取ってみる。
 小太刀、いや短刀というべきか。
 試しに自分の指に走らせる。あまり刃は鋭くないのか表面を撫でるだけでは切れることは無い。
 少し強く押し込んでみる。
 怪我に無頓着になるのは、不死者ならば仕方なかろうとここには居ない誰かに言い訳してみる。
 豆粒より更に小さい紅玉が生まれる。
「気になるかい?」
 突然番台の方から声をかけられぎょっとする。
「あ、ああ。ごめん、売り物だよね」
「構わないよ。で、どうだい? その短刀は?」
「大して切れないナマクラだ」
 店主はふうと息を吐く。どうも落胆しているようだ。
「そうかい、残念だ。ソレは君のような相手でなければ効果を確認出来ないモノだったんでね。もしやと期待をかけてみたんだが……」
「私でないと?」
「そう、再生能力を封じる魔法の短剣さ。そういった用途で作られたらしいんだけど、やっぱり眉唾だったかな」
 指先を見直す。
 紅玉は小豆ほどの大きさになっていた。
「幻想郷でなら使いであると思うけど。私もそんなモノがあるのなら是非欲しい所だ」
「かといって君で試すわけにもいかないしね」
「御免だよ。他にも似たような効果のある武器は無いの?」
 後で聞いた話、彼はここで危険に気付いたらしいが、この時店主は眉一つ動かさなかった。
「物騒だねぇ、そろそろ世を儚もうって話かい?」
「慧音が居なければそれも悪く無いかな」
 店主は目を細めて笑う。
「それ、慧音にも言ってやるといい。きっと喜ぶ……いや、やはり心配するかな」
「それで説教を受けるのは私だ。悪いけど試す気にはならないな」
 すっと店主は店の奥を指差す。
 その所作は会話の流れからごく自然にそう続いていたので、思わずそちらに目をやってしまう。
 なるほど、こういうさりげない動作一つにも、幻想郷で、それも妖怪相手にすら商売を行うという彼ならではの、相手が誰であろうと受け入れうる懐の深さを感じさせてくれる。
「三番目の棚に漆塗りの箱がある。高いよ?」
「金は大して使わないから無駄に余ってるんだ。いいね、もらうよ。効果の程は?」
「だから試せないんだって」
「なるほど」
 何とも不思議な人だ。
 大してアテにもしていないどうでもいいものにも、思わず手が出てしまう。
 こういうのが世に言う衝動買いという奴なのだろうな。
 今手持ちが無いと言うと、金は後日でと言ってくれた。気に入らなかったら返してくれても構わないと。
 どうもこの人は随分なお人良しらしい。衝動買いのせいで私が慧音に怒られるのもお見通しなのだろう。
 それでもいい。返すまで箱の中の武器とやらを見て、にやにやしてるとしよう。
 指先の紅玉をぺろっとなめとり、慧音の頼んだ書物を受け取ると、私は気分良く帰路についた。



「上手く誤魔化せたかな? やれやれ、冷汗を掻いたよ。魔理沙にも困ったものだ。人が蔵の奥に隠してたっていうのにわざわざ引っ張り出して来て……」



 ひたすら走り続ける。小雨の中を。夕暮れを過ぎた薄暗い小道を。
 以前似たような事をした気がするが、それが何だったのか思い出せない。
 不安に駆られ、走りながら指先を見つめる。
 人差し指の腹に紅玉の姿を見つけると、我知らず笑みが零れる。
 もう何度目になるか、舌で掬って丁寧になめとる。
 背後に微かな煙が見える。
 香霖堂がちょっと大変な事になっているのは知っているが自業自得だ。
 売り物として置いてあった物を、やっぱり駄目だとは何事だ。
 親切から漆塗りの箱を勧めてくれたと思っていたのに、本当に効果があるのはこちらの短刀だったじゃないか。
 この短刀で傷つけた私の傷は今でも治らない。
 愛おしげに指先に口付けると、雨と汗の香りがした。
 竹林の最中を走るが、他の人間はさておき、私はここで迷うような事は無い。
 まっすぐ庵に戻ると、扉を閉めて鍵をかける。
 ああ、そういえば鍵は外したんだった。
 戸締りしなければならないような物騒な場所ではないと、慧音の文句を押し切ったのだが、少し後悔した。
 誰にも見られてはならない。
 もしこれがバレたら、きっとアイツはこの短刀を奪って私の命を狙ってくる。
 そんな事はさせない。
 私が、アイツを、殺すのだから。

 小降りであった雨も上がったらしい。
 軒先を雫が滴る音が聞こえるが、それ以外には私の息の音しかしない。
 私は、じっと、何時までも、飽きもせず、短刀の刀身を見つめている。
 何て美しいんだろう。
 最初に手に取った時はまるで気付かなかったが、この波打つ刃の文様はどうだ。
 きっと名のある刀鍛冶によるものだろう。
 白木を用いた柄にも気品を感じる。
 所々木目に沿って木が裂けているのは、長い年月を経たせいだろうか。
 歳月を感じさせる重々しさが心地よい。
 濡らさないようにと懐に収め、小雨から庇うように走ってきたが、刃の表面に僅かながら水滴がついていた。
 私は慌てて布を持ってきて、はたと気付いてその布を投げ捨てる。
 こんな雑巾のようなものでは駄目だ。もっと良い生地でなければ。
 そうだ、慧音が何かの時の為にと用意してくれた一張羅があった。
 急いで物置の奥から引っ張り出し、服の裾で丁寧に水気を拭き取る。
 良く見ると刃の表面の曇りはどうやら汚れであるようだ。
 私は丹念にこの汚れを拭い、一部の隙も見出せない程ぴっかぴかに磨き上げる。
 何度見ても飽きない。
 これが、この短刀が、ようやく、私の悲願を成し遂げてくれるのだ。
 ふと気が付き、私は短刀をゆっくりと棚にしまった。
 私がこうしている所を誰かに見られでもしたら、この短刀が素晴らしい業物であるとバレてしまうだろう。
 確実に計画を練らねばならない。
 今すぐ飛んで生きたい程急く気持ちを無理矢理押し留め、どう殺すかを考える。
 奴が気紛れで外に出た時を待つような悠長な事をするつもりはない。こちらから出向いてやる。
 何時もそうであったように、アイツはきっと乗ってくる。
 薬師が目を光らせているだろうから、殺す時は一瞬で、確実に仕留めきらなければならない。
 アイツはどう思うだろう?
 いざ戦闘になった時の戦術も組み立てなければ。
 腕が、足が、千切れ飛んでも元に戻らず、血の糸を引いたまま微動だにしない様を見せ付けてやる。
 五つの難題を全て出し切らせなければ、姫をやってるわりにやたら高い体力は消耗しきらないだろう。
 腹部から噴出す噴水の様な血潮に、手を当ててあいつの顔にぶつけてやろう。
 何時もの決闘と思わせるんだ。最後の、最後の瞬間まで私の狙いを殺しきって。
 胸を裂き、桃色に脈打つ胎動を、丁寧に切り取ってそこらに捨ててしまおう。
 やれる。私なら必ず。これまで培った全てを注ぎ、アイツの胸にこの短剣を突き立てる。

 明日だ。明日一番に、私は、輝夜を殺す。



「おはようございます、清く正しい射命丸です。……ってヒドイ有様ですね。一体何事です? へ? 慧音さんをですか? ええ、まあ、それは別に構いませんが……」



 結局、一睡も出来なかった。
 まあいい、大した問題じゃない。
 私の全てが今日で終わると思えば、何の苦があろう。
 思えば長い道のりだった。そしてそれはこれから先も永劫に続くと、心のどこかで思っていたのかもしれない。
 心臓の音がやけにうるさく感じられる。
 昨晩からずっとこうだ。少しうんざりしていたが、それでも、まだ我慢出来る範疇だ。
 だって、今日全てが終わるのだから。
 日が昇ると同時に庵を後にする。
 もうここにも戻ってくる必要は無いかもしれない。
 今日私の全てが終わるのなら、この庵ももう必要無いだろう。
 ああっ、もうっ、何で今日に限ってこんなに竹の葉が絡みつくんだろう。
 鬱陶しい、今すぐ燃やしてやりたいけど、今日は何時もと同じようにしなければならない日だ。
 ふん、運が良かったな。
 何故だろう、世界中が私の邪魔をする。
 まだ小さい筍につまづくなんて、月に一度あるかないかなのに。
 今日は何時もと同じようにしなければならないのに、こんな日に限ってやたらと足にまとわりつく。
 鬱陶しい、今すぐ燃やしてやりたいけど、今日は何時もと同じようにしなければならない日だ。
 ふん、運が良かったな……

 何とか辿り着いた。
 良し、輝夜を呼び出して……何だ、月の兎か。お前に用は無い。さっさと消え失せろ。
 ちょっと勢いが余ったせいか、永遠亭の生垣が大分焦げてしまった。
 大した問題じゃない。
 地上の兎達が遠巻きにこちらを見ている。
 何故か苛立ったのでそちらに炎を向けると、あっというまに逃げ散った。
 ふん、運が良かったな。
 今日は何時もと同じようにしなければならない日だから、この程度で済んでるんだぞ。
「ちょっと妹紅! いきなり鈴仙燃やすって何事よ! あの子がアンタに何かしたっていうの!?」

 わたしは、へいせいをたもたなければならない。
 それでもダメだ。わらいが、とめられない。

「妹紅?」
「来いよ輝夜。決着を着けてやる」
 私は何時もどおりやれている。だから見事に輝夜の奴も乗ってきた。いつもと同じだと思って。
 場所も何時もと同じ竹林の外れ。あらかじめ用意していた台詞もばっちりだ。
「妹紅? ねえってば、アンタ変よ? どうかしたの?」
「お前の軽口はうんざりだ。さあいつも通り殺しあうとしようか」
「こら、人の話少しは聞きなさいって」
「難題だろうと神宝だろうと好きに使え。私は全てを打ち破ってやる」
「おーい、もこーってばー」
 ようやく予定していた前口上を言い切れた。もう待ち切れ無い。はやく、一刻も早く輝夜の終わりが、見たい。
 私の終わりが、見たい。

 何でだ。
 何でだ何でだ何でだ。
 かわせない。輝夜の弾幕が全く避けられない。
 何時もなら当るはずの私の弾幕も全く当ってくれない。
 クソッ! 馬鹿な……ぐっ!
 嘘だろ!? 弾幕の最中に蹴り飛ばされた!? そんな、何で私はこんな大きな動きも見抜けないんだ!
 輝夜は今日に限って、とにかくありえないぐらい動きが良い。
 目で追えない。居るはずの所に居ない。そして何より、私の弾幕がどうしようもなく薄い。
 何でだよ! 他の日はどうだっていい! 今日だけは! どうしても今日だけは勝たなきゃならないんだ!
「ねえ、やっぱり調子悪いでしょ貴女? 今日の所はこのぐらいにしときましょ。何なら永琳に言って……」
「ふざけるなっ! 私は今日この場でお前を殺し尽くすんだよ!」
 突然、輝夜が弾幕を止める。
 驚いた私が同じく弾幕を止めると、ずいっと目の前まで迫ってきた。
「うーん、見た感じは普通よね。やっぱり永琳じゃなきゃわかんないかしら」

 は、ははは。馬鹿だコイツ。

 自分から懐に入ってきやがった。

 私が隠し持つ短剣の存在も知らずに。

 不死を頼りに馬鹿面下げて寄って来た。

 これが、待ちに待った、千載一遇の機会。

 お前との殺し合いも、これで、漸く幕だよ。

 死んでしまえ輝夜、遂にお前も死を迎るんだ。


 ずぶっ


 信じられないといった顔だな。そうだろうとも、私が剣を使うなんて想像もしなかっただろ? 計算通りさ。
「何よこれ? こんなもので私を……」
 ん? 言葉が止まったぞ? どうした輝夜、気付いたか? そうだよな、気付いたよなぁ輝夜!
「嘘、これ……治ら、ない?」
 血が止まらないのは初めての経験か!? どうしたよ輝夜! 何時もの高慢ちきな顔が見る影も無いぞ!
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええええええええええええええ!」
 腹にもう一度刺す。弾幕とは違う、直接手に伝わってくる感触が心地よい。
 次も腹を狙ったのだが、それて右胸に突き刺さった。心の臓は最後にとっておきたかったが、もうどうでもいいや。
 喉元にも一撃。ふえって声が漏れてきた。はははっ、ふえって何だよ、品が悪いぞお姫様。
 鳩尾から下にかけて抉り降ろす。皮が裂けた先から臓物が見えた。
 もう、いいや。
 コレ気持ち良いし。
 ずっとこうしてよう。
 ああ、誰だろう。
 すごく調子の良い歌声が聞こえてくる。
 高音で、それでいて力強い音色。
 魂の奥底から響いてくるような、心震わす珠玉の音楽。

 はははははははははははははははっ、何だ、これ私の笑い声じゃないか。

 はははははははっ、楽しいな輝夜。ずっと私はこの日を夢見ていたんだ。

 お前に虐げられた私の全てを叩き付け、思う様罵ってやりたかったのさ。

 はははははははっ、お前が父を蔑ろにした、あの忘れえぬ屈辱の日から。

 はははははははははははははははっ、長い長い年月を経た今この時まで。

 お前を殺してやる為に、私は生き永らえてきたんだからな!



「急げ! まだ間に合うはずだ! 頼む妹紅! どうか、どうか、お前は終わらないでいてくれ!」



 眼下には無残な骸を晒す輝夜。
 千年。たったの一言で現す事の出来る、それでいて、思い出す事すら困難な程、険しく遠い道のりだった。
 終わってみれば、もう輝夜の遺体なぞに興味は沸かなかった。
 随分色々と恨みを晴らす手段を考えていたものだが、いざこうして迎えてみると、ともかく、終わってくれた安堵感が全てであった。
 開放感と言ってもいいかもしれない。
 そういえば、どうしてこんなにまでして輝夜を狙い続けていたのか、そんな疑問が頭に浮かぶ。
 が、それもまた、今の私にはどうでも良かった。
 千年近く抱え続けていた肩の荷をようやく降ろせたのだ。
 今しばらくは、満ち足りた感慨に身を委ねていてもいいだろう。
 いっそこの先千年程、ずっとこのままでいようか。
 終わった、終わった、終わった、終わった、輝夜が終わった、輝夜の人生が終わった、輝夜が私を蔑む事は二度と無い。
 もう永遠の生を恨む相手も、長い長い夜をさ迷い歩く原因となった相手も、人としての生を捨てざるをえなかった嘆きをぶつける相手も、居なくなった。
 これでようやく、全ての無念を晴らし終えた。

 私は、今日この場で、燃え尽きても、満足だ。


「何時まで寝てるのよこの馬鹿っ」

 手足が震えるのが自分でもわかる。

「あのねぇ、何勘違いしてるのか知らないけど、こんなモノで月人の、それも蓬莱の薬飲んだ私が死ぬわけないでしょ。ばっかじゃないの」

 聞いているだけで無限に殺意が沸いて来る、この声は、二度と、聞く事は無いはずだ。

「どうやら再生を抑える能力があるみたいだけど、そんな程度じゃない。貴女自分で試さなかったの?」

 試したさ! だからこそ、こうして私は……

「たかが再生に時間がかかる、その程度のシロモノよ。それすら私の能力使えばあっと言う間に治るに決まってるじゃない。こんなの使って本気で私を殺せると思ってたの? 貴女もしかして千年の間に頭退化してる?」

 嫌だ。こんなのは嘘だ。だって私は、こんなにも喜んでしまっているのに。

「あーもう、道理で様子がおかしいと思ったら……落ち着いて考えればわかるでしょ。永琳が作ったものを、たかだか地上の人間が覆せるわけないじゃない」

 イヤだ。こんなのイヤだ。わたしは、もう燃え尽きる程に満足したんだ。なのに、また繰り返せと?

「……っ! ……っ!」

 また千年もの間、恨みに身を焦がし、怒りに震えて生き続けろと言うのか?

「………っ!」

 この女は、もう千年もの間、生き続けるというのか? この私の目の前で!


 何かが弾けた音がする。
 私はどうなってしまうのだろうか、自分でも良くわからず、ただ、衝動の赴くままに全身を委ねた。


「随分、保った方かな。人間にしては」
「あやや、付き合い長いワリに冷たいんですね」
「そうね……千年保ったのだから、これから先も大丈夫、なんて勝手に私が考えてただけで、結局妹紅も人間なのよね……」
「輝夜さんの言う通りだと思いますよ。人間が良くもまあこんなに長い事まともでいられたものです。普通は百年と保ちませんて」
「色々な人間を見て来たでしょう天狗の貴女がそう言うのなら、そうなのかもしれないわね。……潮時かしら」
「勝手に終わらせるな! 射命丸! 頼む力を貸してくれ!」
「……だってさ。ていうか私を睨まないでよ慧音。今回私はなーんにもしてないんだし」
「そりゃまあやれと言われればやりますが。アレ、どうにかなるんですかね。大地も燃える炎なんて初めて見ましたよ」


 温度は上げすぎると青い炎になる。そう誰かが言っていた気がする。
 でも私の火は何処何処までも紅いまま。
 景色から木々や大地や空が消えてから、どれぐらい経っただろう。
 世界の全てが燃え尽きてしまえば、きっとこんな想いも消えてなくなる。
 ほら、もう何処にも世界なんてありはしない。
 生きる場所も、生きる意味も、生きる理由も、全部一緒くたに燃えてしまえば、きっと私は自由になれる。
 私を縛る全てのものは紅の彼方に消え去った。
 あるものは、薄い紅か濃い紅か、揺れる紅かたゆたう紅か、踊る紅か舞う紅か、歌う紅か詠む紅か……
 世界はそれだけでいい。
 もう、私も含めた、全てのモノから、等しく価値が……


「妹紅!」


 凍える程の怒声と、視界一杯の氷が飛びこんできた。
 紅一色だった世界が、鮮やかな藍色を取り戻し、私は、我に返った。
 くっつきそうな程近づいた顔は、ただまっすぐにこちらを見つめ続けていた。
 紅以外でこんなに綺麗なものが、この世にあったんだと改めて気付く。
 彼女は何も言わずそうし続けていた。
 綺麗だね、そう伝えてやりたかったのだが、口が思うように動いてくれない。
 『き』と『れ』と『い』の単語が、何故か口から出てくれなかった。
 もどかしげにしていると、彼女はにっこりと笑い言った。
「射命丸に頼んで雨を呼んでもらった。頭は冷えたか妹紅?」
 私は、私の頭を冷やしたとびっきりの雨に、こくんと頷いて返した。
 仰向けに倒れた私にのしかかるようにしていた慧音は、そのまま首をぎゅっと抱いてくれた。
 絡む素足が、押し付けられた背に比して大振りの胸が、首筋に添えられた腕が、頬に当る彼女のほっぺたが、ひんやりと冷たくて、凄く気持ちが良かった。
「ああ、そうだな慧音。もう充分、頭は冷えたよ」



「くっそ、妹紅の奴があんな所に居座ってるせいで、気軽に遊びに行けなくなったじゃないか。信じられるか? ちょっと商品に手をつけただけで本気で火噴いてくるんだぜ?」



 その後、迷惑をかけた詫びとして、しばらく香霖堂の片づけを手伝う事になった。
 悪いのは一方的に私なのに、店主はあんなものを店に出していたこちらも悪いと頭を下げてくれた。
 やっぱり良い人だ。これは当分頭が上がりそうにない。
 慧音に続いて、逆らえない人間がまた一人増えてしまったが、これまた悪い気はしない。
 本当に不思議な雰囲気の人だと思う。
 魔理沙はやたら文句を言っていたが、アレを店先に出したのは彼女だと聞いてからは手加減する気が無くなった。
 うん、まあ八つ当たりなんだけどね。いいじゃないか、そういう気分にもなるさ。
 店内の掃除を終え、外の掃き掃除を始める。
 空はからっと晴れていて良い天気だ。
 私は太陽に手を翳し、真っ青な空を見上げる。

「もうしばらくはそのままでもいいよ。当分、雨は降らなくても私は大丈夫だから」

 面と向かって言うのは照れくさいので、聞こえはしないだろうここで、そんな事を呟いた。
こちらへの投稿は初めてになります
ここまで読んでくださってありがとうございました
Q
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コメント



0.690簡易評価
8.90名前が無い程度の能力削除
元々寿命が長い月人とただの人間じゃ精神的に違うんですよね。
そんな妹紅が自己を保ってられるのは、輝夜と慧音がいるからなんですよね。
9.100名前が無い程度の能力削除
並みの人間じゃ精神崩壊しますよね。
いくら仲良くなっても自分より先にみんな死ぬんだし。
死なないのは輝夜と永琳だけ。