Coolier - 新生・東方創想話

メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」前篇

2013/07/19 10:47:29
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注意! シリーズものです!
以下の作品を先にご覧いただくことをお勧めいたします。

1.メリー「蓮子を待ってたら金髪美女が声をかけてきた」(作品集183)
2.蓮子「メリーを待ってたら常識的なOLが声をかけてきた」(作品集183)
3.蓮子「10年ぶりくらいにメリーから連絡が来たから会いに行ってみた」(作品集183)
4.蓮子「紫に対するあいつらの変態的な視線が日に日に増している」(作品集184)
5.メリー「泊まりに来た蓮子に深夜起こされて大学卒業後のことを質問された」(作品集184)
6.メリー「蓮子と紫が私に隠れて活動しているから独自に調査することにした」(作品集184)
7.メリー「蓮子とご飯を食べていたら金髪幼女が認知しろと迫ってきた」(作品集184)
8.魔理沙「霊夢が眠りっぱなしだから起きるまで縁側に座って待ってみた」(作品集184)
9.メリー「未来パラレルから来た蓮子が結界省から私を救い出すために弾幕勝負を始めた」(作品集185)
10.メリー「蓮子と教授たちと八雲邸を捜索していたら大変な資料を見つけてしまった」 (作品集185)
11.魔理沙「蓮子とメリーのちゅっちゅで私の鬱がヤバい」(作品集185)
12.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」前篇(作品集186)(←いまここ!)
13.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」中篇(作品集186)
14.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」後篇(作品集187)
15.メリー「結界資源を奪い合って魔理沙と結界省たちが弾幕勝負を始めた」(作品集187)
16.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」前篇(作品集187)
17.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」中篇(作品集188)





身体の大部分は掛布団に隠れている為、観察することは出来ないが。
八雲邸自室のベッドに、朝起きたら知らない女性がいた。

仰向けに寝て、首だけ左を向き、規則正しく呼吸を続ける女性。
蓮子が掛布団を持ち上げ顔を確認すると、容姿端麗の邦人美女。

艶やかな黒髪に、細くまっすぐな眉。形の良い鼻。瑞々しい肌。
無駄な肉が全くない、引き締まった顔。首から顎にかけての括れが美しい。
睡眠を続けるその美女を、グラボスが指し示して言う。

「博麗の巫女です」

蓮子が責めるように、私を睨み付けた。
私はちらりと舌を出し、片目を閉じたウィンク。
そうして右手で側頭部をぺしりと叩く。

「連れて来ちゃった。てへぺろー!」
「もと居た場所へ戻してきなさい」

蓮子が冷徹に言い放つ。
拾い猫を再度捨ててこいと言うような非情っぷりだ。

「えー、ここに置いてもいいでしょ蓮子ママー」
「ダメです。ウチには置けません。戻してきなさい」
「ちゃんと世話するからさー」
「ダメなものはダメです」
「いやいや、っていうかどうすんのよこれ」
「いきなりシリアスに戻るな! の、前にさグラボス、徹には?」
「はい通報しました」
「ですよねー!」
「巫女さん! 巫女さん! 起きて! 結界省が来るよ! 捕まっちゃう!」

博麗大結界の管理者である。
結界省と言う単語に反応して起きてくれるだろうと思ったが。

「結界省? 適当にあしらっておきなさいな。むにゃ、三時間後に起こしてね霊夢。ぐー」

寝続けるのかよ!
それに霊夢って誰だ!?

「ええええええ!? 蓮子! ねえ蓮子! これどうしよう!? どうしよう蓮子!」
「ああもうダメだわ。お手上げだから、壁際に立ってお手上げしてよう」
「上手いこと言ったでしょみたいな顔しないでくれる!?」

バーン! と部屋の扉が開いた。徹が入ってきた。

「博麗の巫女だと? 大丈夫か二人とも!」
「はいそれが約束のブツよ。私もメリーも無事だから安心して」
「起きたらなんかベッドに居たのよ!」

私が能力を暴走させて連れて来ちゃったんだけどね! というのは内緒にする。
もう完全に絶対的にむこうが悪い事にする。あと、私も被害者ってことにする。
能力のことは内緒だし、いまこの場で説明しても話がこじれちゃうだけだしね。

ベッドから後退り。両手を挙げて距離を取る。
私も蓮子も、博麗の巫女を差し出すことにする。
ここで博麗の巫女を庇って結界省を敵に回すよりはよっぽどマシだ。

「圭! ベッドごと捕縛しろ!」
「了解!」

徹を追って部屋に入ってきた圭が、札を取出し、展開。
5号室でやったのと同じように、札が独りでに動きだし、直方体を形成。
半透明青色の結界がベッド丸々を包み込み、封鎖した。

徹が針を片手に持ち、注意深くベッドへ接近。
結界越しに巫女を観察する。
寝息を立てる顔を見て、言った。

「寝てるのか」
「うん」
「そうね」
「狸寝入りか?」
「いや、そうは見えないね」

肩透かし、といった感じで、徹が顎で巫女を示す。

「起こさなかったのか?」
「ゆさゆさ揺さぶっても、起きなかった」
「あと三時間寝かせてくれってさ」
「何を暢気に――、おい起きろ! 結界省だ!」

徹が結界を拳で叩き、怒鳴る。
巫女はぐーすか寝息を立てながら、掛布団を引っ張って潜ってしまう。

「演技かも知れない。結界は解くな」
「いや多分ガチ寝だと思うけどね?」蓮子が私に耳打ちした。
「とりあえず、この結界で拘束している間は、安心だと思う」

圭も結界に接近し、8つの頂点に張り付く札の様子を観察する。
なるほど結界の外側に張り付いて結界を構成しているらしい。
それで結界の中に居る人間は拘束されるのだ。防護結界と捕縛結界の違いである。

「札には触らない様にね。それだけ気をつければ、あとは自由でいいよ」
「他の部分になら触っても大丈夫なんだ?」
「ただの防護壁だから、別段変わったことも無いけどね」
「別室に運びたいが、オレと徹だけじゃ心配だな。やはり起きるまで待つか」
「徹兄ちゃん、結界省に連絡を取って人を集めるよ」
「ああそうしてくれ。グラボス、起きたら教えろ。オレは書斎にいる」
「わかりました。まあ寝てるのなら仕方がないですね」

様々なことを打ち合わせしながら引き上げて行く二人。
扉が閉められると、部屋の中には私と蓮子とグラボス、あと封印された美女巫女が残された。

蓮子が結界に近寄ろうとするので、私はその袖を掴んだ。
が、蓮子が私を振り返り、逆に引っ張り込もうとするので、結局二人で接近した

仄かに青く光る防護結界。その向こうに、掛布団へもぐる巫女の頭頂部。
そっと結界に触れてみる。常温の、かなり堅固な感触。

拳で軽く叩いてみるが、文字通りびくともしない。
コンクリートの壁を叩いてるかのようだ。相当頑丈である。
世界屈指の結界師という自称も伊達ではないという事だ。

っていうかこれ、博麗大結界は大丈夫なのだろうか?
今巫女がここにいるという事は、幻想郷の中にはいないという事だし。

結界維持には一日に一回祈祷が必要と、教授から見せて貰った研究書には書いてあったけれども――。
それ以上の説明は書かれていなかった。すぐに崩壊を始めると言う訳でもなさそうだけどね。

いやそれ以前に、これ完全に拉致監禁だよね?
幻想郷の妖怪達にばれたらこっちに報復へ来るんじゃないの?
今向こうでは、巫女が居なくなったぞって大騒ぎしてるんじゃね?

目撃者は、居た。神社を掃き掃除していたあの少女だ。
あの子の証言から色々と調べたら、きっと足がつくだろうと思う。
そうしたらピンチだよね。人類VS幻想郷妖怪の全面戦争勃発じゃん。

いや、戦争が始まる前に、巫女を返せと向こうから要求が来るのが先だろうから。
そうしたら当然答えはNOだ。それと同時に、どうやって拉致ったか聞かれるだろう。
うん、やばいね。巫女の身柄もそうだけど、当然実行犯である私はぶっ飛ばされるよね?

くそう、なんならあの子も一緒に連れ去ってくればよかった。
きっと博麗の巫女のいう事を純粋に聞くんだろうね。
はい! って返事をしてさ。かわいいんだろうね。

何なら今からまた向こうに行って連れて来ようかしら。
ん? これじゃあどっちが人攫いか分からなくなってくるね。

「って思うんだけど、どう思う蓮子?」
「うーん、まあいいんじゃね?」
「もう一人の子をかどわかす、ってこと?」
「とりあえず今はこのままで、ってこと。私お風呂入るけど、あなたは?」

私の意見を聞いた蓮子は、ことを全く重大に受け止めていないようだ。

「いやいやいやいや、かなり差し迫った人類存亡の危機だと思うんだけど?」
「焦ることないよ。巫女さん起きたら話聞けばいいよ」
「なんでそんな悠長に構えてられるのよ」
「だって、巫女さんに“結界省に掴まるよ”って脅しても“三時間後起きる”でしょ?」
「いやまあそれはさ、相手が寝ぼけてるからさ。寝具の誘惑は偉大なのよ」
「じゃああなた、寝てる時に“火事だ焼け死ぬぞ起きろ!”って言われたら?」
「そりゃもう、飛び起きるよ。焼きメリーにはなりたくないし」
「そういうことよ」

私は、ベッドで眠る巫女へ接近。
両手を筒にして声を張り上げた。

「巫女さん! 火事よ! 起きて!」
「火事? むにゃ、じゃあ消しといて霊夢。ぐー」

だから霊夢って誰だよ。
いっそのことお前が寝てるベッドに火をつけてやろうか。
そうすれば焼き巫女の出来上がりである。

「ほら、ね?」なぜか得意げになる私。
「眠りが深くて耳に入らなかったのよ。ノーカウントだ! ってやつ」
「なるほど。いやあなたの言ってる事、分からないわ」
「じゃ、朝風呂でもいただきますか」

蓮子が浴室へ歩いて行ってしまう。

私は再度ベッドへ接近。博麗の巫女の寝息を窺う。
先ほどと変わらず、規則正しい安らかな呼吸を繰り返すだけだった。



何だか真剣に考えるのがバカらしくなってしまい、蓮子の次に風呂へ入った。
じっとしていると色々なことを考えてしまうので、ハイペースで全身を洗った。
そうしたら何だか疲労してしまった。あと、やたらと汗をかいた。何やってんだ私。

風呂から出て髪の毛を乾かし身支度を整える。8時30分。巫女はまだ起きない。
蓮子が一階へ電話する。朝食は出来ているそうだ。

空腹だったので食堂へ降り、食事をとることにした。
パンか米かと聞かれたので、今回は米にした。

炊き立て。何だこれ超うめぇと思ったら、新潟産コシヒカリだそうだ。
天然の高級米なんてこのご時世、金持ちの道楽のような物である。まさしく銀シャリだ。

土と水が違うと味も変わるのよ、と蓮子へ言ったら、いや品種だろと返された。
んな根も葉もない。まあ確かに蓮子の頭脳は先天的な要素があるだろうけどさ。

脱穀されて炊かれて、美味しく食べられてしまえ。
いや、精米すると勿体ないから、玄米で頂こうか。
誰に? うんそりゃ、――私に?

味噌汁、目玉焼きとベーコン、厚焼き玉子に漬物と焼き魚。
まさにジャパニーズブレイクファースト。納豆はノーセンキューした。
蓮子に外道だと叱られた。ご飯は二杯お代わりした。完食。

「納豆は100回かき混ぜろってよく言うじゃん。あれってなんで100回なの?」
「え? しらないの? 100回混ぜるとアミノ酸が1.5倍になるんだよ」
「流石ジャパニーズガールは納豆のノゥレッジもアキュムレェションしてたか」

自室へ向かって廊下を歩きながら蓮子と会話する。

「じゃあ沢山混ぜれば混ぜるほど良いって事?」
「まあそうね。因みに甘味成分は100回混ぜると2倍って言ったっけな」
「200回だと?」
「確か3倍甘くなる」
「1000回とか混ぜて、紅茶に入れて飲もうぜ」
「ちなみに私は5000回まで混ぜたことがある」
「ちょ、混ぜすぎ! もう別の食べ物になるんじゃね? どうなるのそれ?」
「豆がつぶれてペースト状になる。ちなみに納豆臭くて紅茶には合わなかった」
「紅茶に入れんなよ! いや入れようぜって言ったの私だけどさ!」

二人で自室へ入る。扉を閉めて、そこで話す。
私は納豆をかき混ぜる動作をしてみせる。

「5000回とか、納豆をかき混ぜるだけで色々と犠牲にしそうだわ。肘関節とか」
「美味しかったけど、箸が3膳折れたわね」
「だめだこいつ早く何とかしないと!」
「甘いな。私は毎回かならず20,000回かき混ぜるぞ」
「20,000とか、箸何膳折るつもりよ!?」
「無駄な力を加えるから折れるのだ。たやすいことではない」
「ちょ、ちょっとメリー、前見てみんさいって」

ん? 私は、誰と話してるんだ? 私は部屋の中へ視線を向ける。

「誰かと思ったら蓮子とメリーか。風呂を借りたぞ。二人は外界では良い部屋に住んでるのだな」

低く野太い不愛想な声だった。
目を向けると、部屋を出るときには眠っていた日本美女が、立っていた。

腰ほどまである黒髪。一つ髷にしている。
200近くある長身に、長い手足、広い肩幅、太い首。切れ長の目。
前髪をおろし、目元までが蔭っている。鋭い視線も相まって、不気味な印象。

全身は筋肉質に引き締まり、しかし女性特有の曲線がある。
要するところ、豊かなバストとヒップだ。

白い着物のような衣服、――襦袢というのだろうか、を着ている。
丈がふくらはぎ程までと長く、生地もしっかりしている。透けてはいない。

両手には黒色の手袋。いや、グローブと言うのが正しいだろうか。
バイク乗りが身に付けるような、ごつごつとした無骨な物をつけている。
指先から手首の終わりまですっぽり隠れているので、両手が一層大きく見える。

入口から見えるところに、両足で立っている。格闘家特有の一切隙が無い佇まいだ。
鋭利に研ぎ澄ませた日本刀を連想する。全てを一太刀で両断できる業物。そんな印象。

人間離れした美しさと、厳格な印象を抱く。
想像を絶する訓練の賜であると、一目で理解する。

これが、これが博麗の巫女か!
――っていうか。

「なんで起きてんの!? 寝てなさいよ!」
「? 起きてはまずかったか」
「結界はどうしたの!?」
「出てはまずかったか」
「どうやって出たのよ!?」
「拳で、突いた。よく知っているだろう?」

ファイティングポーズをとって見せる巫女。
そうして、素早く突きだした。正拳突きのようなフォーム。

“正拳突きのような”というのは、拳の動きが速すぎて目で追えなかったからだ。
びゅん! 風を切る音が聞こえた。空気を切裂く速度である。

いやそれ人間の拳の速さじゃねぇし。
そもそもあなた、結界で封印されてた筈でしょう?
しかも外側にある札を操作しない限り、解除は出来ない筈でしょう?

私は歩を進め、ベッドを取り囲む結界を見に行く。
巫女さんが数歩後退りして道を譲ってくれた。

結界には、穴が開いていた。人が一人、遊に通れるほどの穴が。
そしてその穴、貫通性のある弾丸で鉄板を打ち抜いたかのような有様だ。
内から外に向けて、ハの字に捲れて穿っている。爆破でもしたのだろうかという具合。

なんで結界をぶっ壊して勝手に出て来てるんですか?
世界屈指の硬度の筈ですよ? それを破って出てくるとか、マエリベリーは困ります。
っていうか、どうやって出てきたの? 拳で突いたって、殴ったって事?

私は巫女さんを振り返り、見よう見まねで正拳突きをする。
自分の二の腕がぷるんとするのを感じた。

巫女さん、構え、突く。風切り音びゅん!
バトミントンラケットを思い切り振り回してもあんな鋭い音は出ないだろうね。

え? ってことは、本当に結界を拳で殴って穴を空けたってこと?
またまたご冗談を。あんなものを思いっきり殴ったら、拳の骨が陥没するよ。

グラボスが、ホログラムで私の隣に姿を現した。

「巫女様。ここは結界省の八雲の館です。起きたら徹様へ通報するようにと言われているので」
「この時代は、八雲蓮子の知楽ビルだな?」
「そうです。3日後に破れます」
「了解した。では私は、仕事に戻ることにする」
「通報してもよろしいですね?」
「構わん。もう出るからな。知楽で会おう」
「分かりました。それではこの部屋を出たら通報します」
「ちょ、ちょっと待って!」

私が、待ったをかけた。話が全く見えてこない。
何も知らない私と蓮子を蚊帳の外に置いて、巫女が話は済んだとばかりにテラスへ歩いて行こうとする。

一体全体何がどうして物事が進んでいるのか、説明をしてほしい。
一度背を向けた巫女だったが、私の制止を聞いて再度こちらへ振り返る。

「なんだ?」
「あなた、博麗の巫女さんだよね?」
「そうだ。12代目博麗の巫女だ」
「名前は?」
「巫女か、先代でいい」
「先代? なんで?」
「13代目の弟子が一人立ちした」
「どこに行くつもりなの?」
「仕事がある。もう行っていいか?」
「え、いや、あのさ――」

低い声で淡々と返事を返され、しかも説明する意思が全く感じられない。
無感情な声で邪険にされて、二の句が継げなかった。言語野が麻痺してしまい言葉を紡げない。
蓮子が、そんなあうあうとしている私の前に出て、言う。

「ねえ、私とメリーを知ってるんだ?」
「当然だ。幻想郷にいるからな」
「別パラレルの秘封かな? 私たち、初対面だよ」
「そうか。なら別パラレルなのだな」
「あのね先代、メリーが博麗大結界の人柱になるの。助けてほしい」
「本当か?」
「八雲蓮子が言ってた」
「ふむ、――グラボス」
「はい」
「二人は結界省の人間だな?」
「そうです。と言っても、まだ大学生なので、内定者と言う扱いですが」
「では、徹には拉致したと伝えてくれ」
「分かりました。宇佐見様とマエリベリー様は、巫女様に連れ去られたと伝えておきます」
「よし行くぞ」
「ちょちょちょ、ええ!? ええええええ!?」

と先代が私と蓮子の腕を掴み、テラスの方向へひきずって行こうとする。
握力と言い牽引力と言い、巨大な力だ。そして、手の平も厚く大きい。
とても抗えそうにない。グローブが腕に食い込み、力づくで引っ張られる。って言うか、怖い!

「ま、まって! やめて! コワい! コワいよ! どこ行くの!? 説明してよ!」

私の制止に先代は再度止まり、じっと見おろし双眸を向けてくる。
なんて鋭い視線なのだろうか。こちらの目が焼き切れてしまいそうだ。

「人柱を回避したいんだろう?」
「え、ええ、そうね」
「ならば、行くぞ」
「ちょちょちょちょー!? えええええええ!? 怖いよ蓮子!」
「手がかりだよ。仕方ないし、付いていくしかない」

ずるずると引きずられて慌てる私に対し、蓮子は冷静である。
小走りになって追従している。そのまま先代はテラスに出る。

二階のテラスである。外は良い日和だった。
心地よい日差しと、静かな風が流れている。

「飛び降りるぞ。乗れ」先代が非情に言った。
「乗れ!? 乗れって!? どこに!?」
「メリーほら早く」

蓮子がよじよじと先代の肩に上るのをみて、私もそれに倣う。
そうして右手で蓮子、左手で私を支えて、テラスの手すりに飛び乗り。

――ぴょんと飛び降りた!

「うおおわああぁぁぁぁあああ! れんこおおおぉぉぉおおお!!」

悲鳴をあげたのは私だけだった。

私は目を見開いた! 信じられない!
ここは二階だ! 落下する! 地面が近づく!
八雲邸の芝生が! 来る! 4メートル近い落差!

あっ! これ死ぬっ! 死ななくても絶対痛い! 骨とか折れるかも!
目を固く閉じ先代の頭にしがみつく! 衝撃に備える! 痛いのはイヤだ!

しかし次いで来たダメージは、あっけないものだった。
ふっと速度が落ち、着地。先代が踏む芝生の音が、さわりと聞こえただけだった。
どっくんどっくんと、脈の音が聞こえる。手足が震えているのを感じた。

「なんであんた、私の名前が悲鳴なのよ」隣で蓮子がはにかむ様に言った。
「あ、先代、グラボスが通報したんだね。徹に見つかったわ」
「おいキサマ! どこへ行く! 二人を下ろせ! そこを動くな!」

三階のベランダから徹が顔を出していた。

「よし、走るぞ。掴まれ」

先代、無視してダッシュ。疾走する。
なんて加速、なんて速度。風にでもなったかのようだ。
私は先代の頭部へ掴まった。フローラルな、とても良い香りがした。

蓮子が、針だ、と呟いた。振り返る。
なにか、きらりと光る物が飛来してくる。

ふっと肩車される自分の体が軽くなる。
体が横にスライドする。ほんの30センチ右へ。
そうして私の左下を、つい1秒前まで先代が立っていた空間を、退魔針が通過した。

芝生に突き刺さる三本の退魔針。
針に結界が付与されている。体の動きを束縛する結界だ。

先代が私と蓮子を子猫の様に抱きかかえ、片腕一本で小脇に抱えた。
私が下、蓮子が上になって胴体を掴まれ、先代の脇に挟まれている格好。
痛くは無かった。ただ先代の筋肉質な脇腹と、木の幹のような太い腕の感触を感じた。

そこからは、ジェットコースターにでも乗ったかのような急加速。
耳元で風が鳴る。揺れは無い。芝生を走る先代の足音はするので、走ってはいるのだろう。

進行方向に正門がある。門は開かれている。超人的な速度で接近する。
が、直前で急停止。ざざざざざと先代の足が滑る。

正門が、結界に封印されていた。
違った。正門前一帯の空間が、結界に囲われている。
10メートル四方の結界壁に私たち三人が丸々封印されていた。

「おいおい八雲さん、こりゃ一体どういうこっちゃ」
「秘封倶楽部の二人に内定を出したってのは聞いたけれど」
「博麗の巫女に連れ去られるとは聞いてないね」
「八雲師匠、お怪我はありませんか? わあ、手練れだなこの巫女さん」
「ビビらないの。練習通りやれば大丈夫だから」
「そうだね、どうせここで引き渡してもらうから。もちろん、屋敷の中にね」

正門の陰から6人、姿を現す。年齢の幅は20代から50代前後までと、幅広い。
スーツを着た成人男性だ。全員が両手に札を持ち、身構えている。

「すまん、恩に着る」

先代が方向転換をすると、徹が後方から追いついて来たのが見えた。
それで、理解した。6人は全員結界師か!

「捕えたぞ。降伏しろ」

徹が歩いてこちらに接近してくる。
屋敷から出てきた圭が徹の横についた。

後方には八雲邸の正門と6人の結界師、前方には徹と圭という配置。

「助けて! こいつ、私たちを拉致するつもりなの!」

蓮子がじたばたともがいて言った。もちろん、演技だ。
先代が私たち二人を連れ去ったという筋書きだから、哀れな被害者を演出しているのだ。
っていうか、この蓮子ノリノリである。

「この二つの命は竜神様に差し上げるのだ。邪魔をするな」

先代もノリノリだなおい!
っていうか声色がガチだから怖い!
え? それ冗談だよね? 演技だよね? え、ガチなの!?

「い、イヤだ! そんな、死にたくないよ! 助けて!」
「わお、メリー上手」
「…………演技だぞ?」

あ、なぁんだ、演技か。じゃあ大丈夫だ。

「見ればわかるだろう博麗。L3レベルの二重大結界だ」
「ふむ、8人がかりとは言え成長したな結界省。良いセンスだ」
「降伏しろ。さもなければ拘束するぞ」
「おもしろい。やってみろ」

徹と圭が、両手の平を結界に向ける。
先代に抱えられたまま後ろを見てみる。
6人の結界師も同じようにしていた。

私たちを封印する結界の壁が迫ってくる。
4メートル四方まで縮まった。そこで、一度収縮が止まった。

「分かるだろう、脅しじゃないぞ」
「ねえ、この壁ってそんなに危険なの?」

私の後頭部の髪に、蓮子の吐息がかかるのを感じた。

「触るな蓮子。危険だ」

結界壁に蓮子が手を伸ばそうとして、先代に窘められた。
先代が空いている左腕で芝生を千切り、そっと結界壁へ投げる。
バチィ! と衝撃音。葉っぱが一瞬で燃え、灰になる。

「ふむ、悪くない火力だ」
「怪我をさせたくない。降伏し、」
「だが、まだ甘い」
「なに?」

先代がくるりと踵を返す。正門の方向を向く。

青色の結界壁がある。今まで見てきたものとは違う、更に丈夫にした二重大結界。
一重結界が石壁だとしたら、こちらは城門を守る鉄壁だ。砲弾さえも跳ね返す。
驚くほど堅牢な作りをしていると、見てわかる。

先代は正門前に立ちはだかる6人を睨み付け。
――両足を横に広げ軽く膝を曲げ。武道の構えの姿勢。

「お前たち、怪我をしたくなければそこを離れろ」
「はあ? 結界の中からなに息巻いてんの? バッカじゃん?」

結界壁を隔てて立つ6人の結界師が、構えて立つ先代をせせら笑う。

「忠告はしたぞ」
「博麗、一体何をするつもりだ?」

徹が緊張を孕んだ声で問いかける。
――腕を引き。先代が短く答える。

「正拳突きだ」

――すぅと息を吸う。ギギギギギと、筋肉がきしむ音。
私が触れている先代の脇腹が、まるで鉄板のように硬くなっている。

弓矢を連想した。矢を番え、引いて、狙いを定める、その瞬間。
力を解放する直前の予備動作。力を凝縮して発散する為の前動作。
先代の全身が爆薬にでもなったかのような。

「メリー、このままだと鼓膜破けるかも」
と頭上から蓮子の忠告。私は即座に両手で耳を塞ぐ。

――「破ッ!」――

先代の気合いが聞こえた。
ついで、台風が巻き起こす暴風のような、無茶苦茶な空気の流れ。ごうっと吹き荒れる。
耳をつんざく爆発音。激しい衝突音。ガラスが割れるような音。前方へ気流が生まれる。

強い風に髪の毛がばたばたと煽られる。首を振って視界を確保する。
そうして私は、知らずの内に閉じていた眼を開けた。両手を耳から離した。

目の前の結界壁に穴が開いていた。

自室で見たものと同じだ。
ただ、今回の損壊具合はその比ではない。
首を巡らせて周囲を観察する。

先代の一撃は、前方一面を丸々吹き飛ばしていた。
結界がコの字の様に不格好な袋小路を形成している。

そこから前方に向かって、巨大な球体が通過したかのように、地面が抉れている。
なんかゴミ袋が沢山転がってるなと思ったら、6人の結界師だった。

あちこちにふっとばされて不格好に四肢を投げ出していた。
死んでる? いや、唸りながらもぞもぞとしているから、痛みに悶絶しているだけだろう。

鉄が拉げる様な耳障りな音が聞こえてくる。ぎ、ぎ、ぎぎぎ、ぎいいいい。傾く音。
一方を粉砕され吹き飛ばされ、支えを失った大結界が、後方へ倒れた。

どすーん! 巨人の足音みたいだなと何となく思った。
蓮子が私の頭の上で、感嘆する意の口笛を吹いた。

「さらばだ。また会おう」

先代が歩を進め出した。

「圭、……ありったけの応援を呼ぶぞ。手が負えん」
「りょ、りょうかい」

後方で圭が連絡を取っているのが聞こえる。
所在を教える住所と番地を聞いて、蓮子があっと声を上げた。

「先代、私たちの携帯端末を捨てて行かないと、追跡されちゃうよ」
「ふむなるほど、取るぞ」

肩に付けている携帯端末を先代に没収される。
そうしてわざと肩の位置まで持ち上げ、後方に見せびらかすように落とした。
挑発? 違う。二人に回収して貰う為だろう。

先代が八雲邸の敷地から出る。私道を抜けて大通りに出る。
一斉に視線が集まる。まあ当然だろうなと思う。

襦袢を来た超絶美女が、大学生二人を小脇に抱えているのだから。
そして、辺りを完全に包囲した武装隊が、一斉に武器を構えこちらに向けているのだから。
うん、視線が通行人じゃなくて、武装警官隊だから、笑えないよね!

「見ての通り完全に包囲した。諦めて投降しろ」

拡声器から有無言わさぬ攻撃的な声。
数十ダースの武装警官が空気盾に隠れ、こちらを睨み付けている。
盾には白いゴシック体でこう書かれている。“結界省機動隊”。

あの盾は、内側からは弾丸を通すが、外側からの攻撃は防ぐ仕組みだ。
防弾性に優れている。対物ロケット砲くらいならヒビ一つ付かない。
さらに、外側からは視覚シールド効果で不透明になる。
こちらから見ると真っ黒な四角い塊がゴロゴロ転がっているように見える。

盾の材料は、窒素75%、酸素23%、その他いろいろである。
ようするところ、主成分は空気なのだ。科学の進歩は凄い。

「6面の防護結界を分解し、盾状に構築する。1面防御に特化させたのだ」先代がふうと息をつく。
「ただの防護結界だが、強度は6倍。結界省、初代博麗の技術に追いついたようだな」

あ、そうだよね! もちろん知ってたよ!
空気だけであんな盾を作れるわけないよね!

「結界省って優秀だったんだねぇ、映画みたーい」蓮子が暢気に言った。
「いやいやいや!? これヤバくない? どうすんの!?」
「ふむ、困ったな」
「困ったな、じゃないわよ!? 私、射殺はいやだからね!?」
「怪我はさせたくないのだ」
「あ、そっち!? そっちの心配!?」
「暴力を受けた人間は、その10倍の憎しみを持った敵になるのだ。恐ろしい事だろう」

っていうかあなた、もうすでに6人ぶっ飛ばしてますけどね?

「では二人とも、すこし疲れるが、我慢してくれ」

と先代が言ったと思ったら、包囲する機動隊員たちがどよりとざわめく。
武器を向けられ百数十人に取り囲まれているにもかかわらず、後方へ向きを変える先代。

敷地の中へ、早足で歩いて行く。
正門から出てきた徹が、こちらに走ってくる。

また捕まるんじゃね? また戦闘になるんじゃないかこれ?
と思ったら、徹は脇目も振らず私たちのすぐ横を通り過ぎ、正門へ駆け足で進んで行く。

「心配ない、隠密結界だ」

先代が言う。
徹にも誰にも、私たちが見えていないのだ。

徹が機動隊に向かって何か叫んでいる。
どこに行ったとか、消えたとはどういう事だとか。

八雲邸敷地の中へ入り、正門から脇に抜け、植木の中へ身を潜める。
私と蓮子を下ろし、地べたへ腰を下ろすように言う。

「今から術を解くが、酷い反動が来るぞ」

一息に言って、心の準備もしていない私の前へ、片手で印を結んで差し出してくる。
直後、激しい疲労が襲ってきた。例えるならば――、そう。

大学の夏休み、蓮子と一緒に40時間寝ずに遊んだことがある。
当然の様に蓮子の方が体力があって、私が寝ようとすると引っ叩くのだ。
最後は意識が混濁して現実と夢がごっちゃになって、よく分からない内に14時間眠った。
そうそう、あの時はめちゃくちゃやってたな。起きたらベッドが酒まみれになってたし――。

「辛いか?」

はっとする。意識が飛びかけていたようだった。
隣に目を向けると、蓮子が仰向けになってぶっ倒れていた。
目を開けたまま気を失っている蓮子の瞼を、先代がそっと閉じてやる。

「眠い、すご、く」

私は辛うじてそう言った。
酷い疲労だ。口が回らない。

「隠れ家へ移動する。運んでやるから、少し休むと良い」

先代の声がくぐもっていてよく聞こえない。
まるで水中に居るかのように、耳が上手く機能していない。

いやだ、寝たくない。このまま起きてる。
だって、どこに連れて行かれるのか心配だもの。

自分でも上手く喋れたかどうか定かではない。
座っているのに上半身を支えられず前に倒れ、手をついた。

「起きていたいならば起きていればいい。さあ出発だ」

隠れ家ってどこにあるの? ああ隠れ家って言えば、3号室だよね。
番号が若いのによくもまああんな個人経営のお店を見つけたものだ。

だってそうだよね。3番目のお店だもの。ママさん元気にしてるかな。
入って左手奥の席が秘封倶楽部の予約席なのよ。

店内のパーティションが高くて、店内の音楽と、薄暗い雰囲気。
丁度隠れ家って感じだよね。

――いつの間にか眠っていたようだ。眼を開ける。

路地裏、薄暗く澱んだ空気。
スーツを着た男が二人倒れており、その懐を先代が漁っている

私の視線に気づき、先代がこちらを振りかえる。
手に持った御札を持ち、私に見える様に掲げた。

「結界省と遭遇。戦闘になった。二人を気絶させた。60枚の札を鹵獲した。さあ出発だ」

ろかく、鹵獲? ああ敵の武器を奪う事だ。
私は壁によりかかって座っており、隣で蓮子の匂いがした。

ああ蓮子のシャンプーの匂いだ。蓮子寝てるわ。
この香りを嗅ぐと安心するんだよね。

――はっとした。また眠っていたようだった。
先代は走っていた。私を抱えて、薄暗く狭い路地裏を疾走していた。

先代何してんの?

「蓮子を連れ去られた。今はその敵を追跡中。相手は見えている。すぐに取り返す」

あっそう、蓮子は結界省に持って行かれてしまったようだ。持っていか蓮子。
――これどう思う先代? 結構いいセンスだと思わない?

今度はどこかの地下空間で、先代が手を握ったり開いたりしていた。
周囲には驚くほど多くの数の、人間が倒れている。

先代が私を見て言った。

「確保した蓮子に追跡用の札が貼られていた。札は捨てたが結界省の襲撃にあった。
 30人弱の人数と戦闘になったが返り討ちにした。怪我人はいない。全員気絶させただけだ」

へえ、そりゃすごい。まさに先代無双ね。無傷で30人切りかあ。
でもサムライジャックの方が上だよね。一人で何百ものロボットを切り伏せるんだから。
――先代、サムライジャック知ってる? カッコいいよね。

マンションの一室。家財道具がひっくり返され、壁紙が破かれ、酷いありさまだ。
先代が襦袢から現代の服へ着替えていた。上着を着て、後ろ髪を縛っている。

「協力者を訪問したら、結界省に先回りされていた。だが大丈夫。協力者は逃がし、情報も手に入れた。
 これで隠れ家へ行ける。夕方にはつくだろう。そのまま寝ててくれ」

映画でよくある展開ね。敵に先回りされていたとか。
主人公は逃げた後の協力者が残した暗号を手に入れて、それを解くカギを探すんだわ。
でも大抵の映画は、暗号が出た途端に蓮子が解いちゃうから、つまらないんだよね。

あ、蓮子、今どこにいるの? 大丈夫かな?
私を置いてどこかに行かないでね。
そうしたら私、なにもできなくなっちゃうもの。
蓮子ー? あれ? 返事が無いや。蓮子、蓮子?

「むにゃ? 蓮子ー? おや?」

自分の声で、眼が覚めた。どこぞここ?
起床した場所は、ワンルームの部屋、ベッドの上。
部屋の中は私一人だった。



窓は無い。床はカーペットで、ベッドと机だけのリビング。
ビジネスホテルのシングル部屋という感じ。

ベッドから机まで、人が一人分通れるスペース。
まあ標準的な広さだよね。

ベッドから降り、自分の身なりを確かめる。

八雲邸から先代に拉致された時と同じ格好。
下着の様子も変わっていないから、変なことをされた心配は無い。

現在時刻を知りたいと思い、肩に手を伸ばすが、空振りするだけだ。
そうして思い出す。携帯端末は八雲邸の正門前に捨ててきたのだった。

体内時計の感覚が無い。今が何時か、全く分からない。
何時間寝ていたのだろう? 昼か夜かもさっぱりだ。

軽く屈伸をして手足を動かす。問題ない、五体満足だ。
若干疲労は残る。だけど、自分が無事だと分かったら、途端に蓮子が心配になってきた。
ああ蓮子、どこに行ったんだろう。っていうかここどこだよ。

リビングを出る。玄関がある。やっぱり作りはビジネスホテルの感じだ。
小型の冷蔵庫。クローゼット。トイレと浴槽が一緒になった、三点ユニットバス。

出入り口玄関、ドアノブに手をかける。力を加える。開いた!
ゆっくり、ゆっくり解放する。そっと外の様子を確認する。

横穴の洞窟に扉をくっ付けて集合住宅にしてみましたという様子。
殆ど照明が無い薄暗い洞窟のような空間に、ずらーっと扉が並んでいる。
通路は結構幅がある。人間が10人くらいは横に並んで歩ける程度。

人の気配はなかった。
部屋から外へ出る。

驚いた。通路は左右に細長く続いていた。
灯りが無いので向こうまでは見えないが、まるで地底人の住処と言う感じが――。
ここではっと気付く。地底人。これって、地底人の住処なんじゃね?

もしそうだとしなくても、隠れ里って言うのは洞窟を抜けた先にあるってのが通説だし。
妖怪とか魔物とかは洞窟に潜むものだって相場は、有名な話だ。

博麗の巫女が隠れ家にしてるんだもの、人外が居てもおかしくない。
それに徹が言ってたじゃん?

――「いや、地図に乗らない離れ小島かも知れないし、地下や上空にあるのかも」――

いやいやもしかしたらここって幻想郷?
結界省の追跡を免れるって言ったら結界の中しかないから、じゃあ博麗大結界の中じゃん。
こうしてはおれんと決意する。一刻も早く蓮子と合流しなければならない。

私は人差し指を舐めて、頭上へ掲げた。
温かい空気は上を流れる。逆に、冷たい空気は低い位置を通る。

左手が出口。右手が洞窟奥に進むようだ。
次いで、私はしゃがみ込み、足元の空気の流れの匂いを嗅いだ。

――蓮子の匂いがする!
どうやら蓮子は洞窟奥にいるようである。
私は右方向へ進むことにした。

灯りは、天井にぶら下がっている弱々しい発行物だけ。
あれってなんだろう。電球とかLEDとかの照明には見えない。
足元もごつごつしていて歩きにくいので、壁伝いに歩くことにする。

どれくらい歩いただろうか。500メートルくらいだろうか?
緩やかなカーブを抜けると、遠くの方に明るく照らされた空間が見えてきた。

足音を鳴らさない様に、注意深く進んで行く。
近づいて分かったのは、通路よりも私の肩程度の段差がある、広い空間があるという事だ。
白色のタイルで敷き詰められた段差。手をかけ、軽くジャンプし、両腕で体を持ち上げる。

さて段差の上、結構な長さがある。
100メートルくらいだろうか。左右に階段が見える。
蓮子センサーは直ぐ近くの階段に反応した。

階段を上る。上り終えた先も、長い通路だった。
窓は無い。天井につるされている照明だけ。しかし十分な明るさだった。

階段を上って行って、また階段。そうして初めて、見覚えのある物を見つけた。
黒色の刻みが入った階段に、緑色の手すり。止まってはいるので人力で上ることには変わらないが。

エスカレーターである。かなり長い。80メートル近くある。
色合いが違う所を見ると、かなり昔の物なのだろう。

手すりを掴もうとして、あまりにも埃をかぶっていたから、やめた。
しかしこれは、人工物が長い間放置された証拠でもある。
ちょっと嬉しくなってしまい、どんどんと上って行く。

この埃の量、果たしてこの施設は使われなくなってからどれほどの時間が経っているのだろうか?
同時に、照明がついているから、やはりこれを誰かが修理し、使用しているのだ。

そうして、丁度エスカレーターの半ばまで登った時である。
初めて人の気配がした。向こうからこちらに歩いてくる。
階段に伏せて姿勢を低くし、手すりに隠れる。

っさ、っさ、っさと踵を引きずらない、軽やかな足音。
上部エスカレーターの始まりの地点で足が止まる。

「おい」と聞こえた。低く野太い無感情な声だった。
「私だ、メリー、出てこい。居るのは分かっている」

ああ、と思った。残念だった。私はこの声を知っている。
立ち上がり声の方向を観察する。

「蓮子が待ってるぞ。こっちに来ると良い」

先代がエスカレーターの終着点に立っていた。



先代は巫女装束に身を包んでいた。
股が二つに割れているズボンタイプの緋袴に、襦袢。
上半身は襦袢の上から、柔道着の様なしっかりとした白衣を着ている。
袖の部分だけ大きく採寸がとられ、より一層、ごつごつとしたグローブの異質さを際立たせている。

よく神社とかで巫女さんを見るけれど、あれがアルバイトだってことを知っている。
しかしこっちは、正真正銘の本職巫女。いやバイトだって仕事は仕事だけどさ。

巫女装束のところどころが、汚れている。
当然と言えば当然。こんな埃っぽい所をあんな色の服で歩けば、汚れも付くだろう。
ただそれが、とても、それっぽい。うん、すごくそれっぽい。

「早く立て。何を考えてる」

巫女さん衣装に見とれてしまい、そこに四つん這いになったまま少々硬直。
先代に突っ込まれて我に返る。私は観念して停止したエスカレーターを上り、先代に言った。

「もっと探検が出来るかと思ったのに、残念だわ」
両手に着いた埃を擦りつけて落し、お気に入りの紫のドレスを払う。
「ねえ先代、現在時刻分かる?」

先代が携帯端末を見せてくる。ピンク色でかわいい見た目である。
これまたかなり昔の、二つ折りの液晶画面の物だった。

23:48と表示がある。
八雲邸から先代に連れ出されたのが8時30分ごろだった筈だ。

「あらイヤだ私、15時間も眠ってたの?」

こくりと頷く先代。そうして無言でこちらに背を向け、歩いて行く。
着いて来い、らしい。私は足早に歩く先代の背中を追う。

「ねえ先代、ここってどこなの? 昔の人工建築物だってのは分かるんだけどさ」
「100年ほど前に廃線になった地下鉄道の跡だ」
「ってことはここは幻想郷なのね!?」
「いや違う」
「じゃあどこよ?」
「例えば、だ。故郷には住めなくなったから、別の場所へ移住してほしいと言われる。従うか?」
「原因にもよるだろうけど、帰属意識が強い人は、残るとか言い出してもおかしくないと思う」
「そういうことだ。京都は地力も強いからな」
「? どういうことよ。もっと噛み砕いて説明してよ」
「あまり喋りたくない」
「あ、……ごめんなさい、良い話じゃないんだね」
「違う。喋りすぎて口の筋肉が引き攣ってしまった」

私はずっこけてしまった。

「まだ数分しか会話してないじゃん!?」
「言葉を発するのが、苦手なのだ」
「朝はあんなに喋ってたのに!」
「緊急事態だった」
「私はどうなるの!? こんな見ず知らずの施設に連れてこられてさ!」
「考えるな感じるんだ」
「施設の所以は? ここにはどんな人がいるの?」
「察しろ」
「んな滅茶苦茶な!」

先代の口から出る言葉が、徐々に短くなってゆく。
私は先代から納得する説明を受けることを全面的に諦めた。
作者「デキタヨー、コウセイシテー」
友人「えらく時間がかかったな。三週間も経ってるぞ」
作者「7万文字書いたからね。仕方ないと言えば仕方ない」
友人「145kb相当か。じゃあ、三つに分けるかね」
→幻想郷京都支部編、三篇に分かれました。
■あと4話で完結は無理でした。
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コメント



0.650簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
続きが来るのを一日千秋の思いで待ってたけど、巨大化していたとは嬉しい限り!

蓮子にゾッコンのメリーにきゅんとした。こんなに格好いい蓮子じゃ仕方ないね。
そしてメリーの蓮子センサーがもはや人間離れしてる件w
5.80名前が無い程度の能力削除
500メートル以上もの距離があろうと、蓮子の居場所が分かるメリーさんってw

あと4話で完結は無理でした←知ってた
9.100名前が有る程度の能力削除
楽しみが長引くようで何よりです.

・・・ですけど,しっかり完結してくださいね.
11.100名前が無い程度の能力削除
先代巫女って、すっかり肉体派武闘派のイメージがついたなあ。
作り込まれた設定が魅力。続きが気になります。
17.100名前が無い程度の能力削除
悲鳴が蓮子だったり、蓮子がいないとなにもできなくなっちゃったり、
蓮子の匂いが分かったり、
このメリーさんちょっと病気じゃないですかね。
そんなメリーさんがとてもとてもとても好きです。