Coolier - 新生・東方創想話

異幕『幽獅子乾紅記』

2005/03/22 21:52:52
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 冥府。生を失ったもの達の住まう、どこまでも深く、どこまでも静かな地。と書くと陰気くさい場所のように聞こえるが、ここの住人達はみな陽気で活気に満ちている。どこかおかしい。
 その中でも特におかしい、華やかな場所がある。広大な庭園と美しい見事な屋敷からなる、白玉楼である。その白玉楼のお嬢様、西行寺幽々子はいつものように自室で一人、茶菓子を頬張っていた。今日は海苔煎餅である。香ばしい醤油の香りに、仄かに磯の香がする、中々に美味しいものだ。
(そういえば……)
 前に友人の妖怪から貰った飲み物があった。確か、缶コーヒーというものだ。幽々子は棚からそれを持ち出すと、栓を開け、口に含む。
「あら、美味しい」
 少し甘すぎるようにも思うが、煎餅との相性はかなりいいようだ。食の進んだ幽々子は、程無くしてそれを飲み終わってしまった。もっと貰っておくんだった。少し後悔する。しかし、友人の妖怪は神出鬼没で中々姿を現さない。仕方が無い、自分でなんとか調達してみよう。そう思うと、幽々子は立ち上がり、ぱんぱんと二回手を鳴らした。
「妖夢、よぉーむ」
 間延びのした声が終わると同時に、廊下からどたどたと足音が聞こえてくる。障子が開いたと思うと、中にヘッドスライディングで飛び込んでくる少女が一人。白玉楼の庭士、魂魄妖夢である。
「お……お呼びですかお嬢様」
 肩で息をしながら妖夢は跪いた。幽々子が先ほどのように妖夢を呼ぶとき、それは火急の用を伝えるときである。
「遅い。修行が足りないわよ、妖夢」
「そんな~、これでも全力で急いだんですよ~」
 庭から屋敷の最上階にあるここまで、約三秒。確かにものすごく速い。
「目標は三フレーム以内ね」
「小パンチより速いですよ、それ~」
 一フレーム=六十分の一秒である。
「まあ、妖夢はなんでも遅いから、見逃してあげましょう。大人毛とか」
「なんで知ってるんですかそんなことっ!!」
「ほほほほ」
 そして、遅れるとこうしてお嬢さまから性質の悪いお言葉を頂戴することになるのである。まあ、遅れなくても貰いそうだが。
「で、今日は何でしょうか」
 お嬢様は時折思いつきで無理難題を妖夢に押し付けて来る。元来自分は剣術指南役で、小間使いでも便利屋でもないのになぁ、と妖夢は思うのだが、口には出せない。怖いから。
「缶コーヒーを買ってきてちょうだい」
「はあ、かんこーひーですか?」
「ええ、出来るだけ早くお願いね」
「わかりました、出来るだけ早く行ってきます!!」
 意気揚々と答えると、妖夢は慌しく部屋を出ていった。
「……そういえば、お金も渡してなかったわね。まあ、何とかするでしょう」
 とりあえずそれまでは日本茶でも飲むことにしよう。確か神社から拝借してきた最高級の玉露があったはずだ。そう思うと、幽々子は再び棚を漁り始めた。

 妖夢は白玉楼入り口の長い階段でふと立ち止まる。
「……かんこーひーって、何?」
 妖夢はそんなもの、今まで見たことも聞いた事も無かった。幽々子の危惧以前の問題である。物がわからないのでは話にならない。しかし、今から戻ってお嬢様に聞き直すというのも危険だ。また性質の悪いお言葉を頂戴する事になってしまう。しかし、命を違えるのもまた恐ろしいことになりそうだ。以前、お嬢様から渡された任務を違えたときの事である。朝起きると、枕元に妖夢の酔っ払ってぱんつ一丁の裸踊りをする姿を撮った写真が置いてあった。実に恐ろしい。
「かんこーひー、かんこーひー……」
 妖夢はその言葉を呪言のように呟いてみる。語感からもどのような物か想像することが出来ない。人名だろうか。だとすると、『かってこい』というのは『狩ってこい』ということになるのだろう。わざわざ命じられるくらいだから、ある程度力を持ったものに違いない。妖魔の類ならば、どこかに目録のようなものがあったはずだ。
「手近なところでありそうな場所は……あそこか」
 妖夢は目的地を魔法の森に定めると、冥府を後にした。……とりあえずここまでの勘違いをしているとは、命じた幽々子も妖夢自身も露とも思っていなかったのである。


 深い森には、必ずといっていいほど妖しいものが付きまとう。木々は密集し、葉を広げ、それらをさらに取り込んでいくのだ。そのように構成される空間に住むものも、また妖しいもの達ばかりである。妖夢が向かうのは、その妖しさ満点の森に平気で住まう魔法使いの人間、霧雨魔理沙の自宅である。確か魔理沙の家には本やらマジックアイテムやらが散乱していた様に思う。資料になるものもあるだろう。妖夢は微妙に古ぼけた魔理沙宅の玄関、木製のドアの前に立つ。……全く掃除をしていないのだろう、玄関先のランプには蜘蛛の巣が張り、床板の隙間からは雑草がはみ出してきている。全く、困ったものだ。そう思うと、妖夢は両手に剣を取り、蜘蛛の巣を振り払い、雑草を一振りで刈り尽くした。本人は特に意識していないのだが、妖夢は根っから庭士になりつつあった。
(よし、これでいい)
 満足げに剣をしまうと、木のドアをこんこんと叩く。
「たのも~」
 剣の師から教わった、『他人の家に来訪するときの正式な挨拶』である。一つ間を置くが、返事は返ってこない。
「いないのか? いないなら家ごとぶった切ってやるぞ」
 無茶苦茶な用件を言いながら、今度はがんがん、と強めにドアを叩く。
「あー? なんだ? 道場破りなら間に合ってる。他を当りな」
 家の奥からくぐもった声が響く。魔理沙は在宅中のようだ。
「少し、協力してもらいたいことがある。ドアを開けて欲しい」
「残念だが、今は忙しいから駄目だ」
「まあ簡単な用事だから、ドアごとぶった切って入りますね」
「無茶苦茶言う奴だな……って、妖夢か」
 声が頭上からに変わる。見れば、二階の窓から魔理沙が顔を出していた。
「ふん、またお嬢様のお使いか? 大変だな」
「ものすごく大変だ~」
「いやまあ、簡単な用事じゃないのか?」
「大変な用事に関わる簡単な用事だ。まあ、入らせてもらう」
「あー、ドアは開けないほうがいいと思う」
 と言ったときには遅かった。妖夢は既にドアノブを掴み、それを引いていた。瞬間、うずたかく積まれた分厚い本が妖夢に振りかかってきた。
「わぶっ!?」
 妖夢はその本の雪崩に巻き込まれ、そのまま埋もれてしまう。
「だから開けないほうがいいと言ったんだ。今は丁度整理中だぜ」
 魔理沙は二階の窓から飛び降りると、本の山に目をやる。
「おい、生きてるか? って、お前は既に半分死んでいるな」
「半分生きてる~」
 ばさばさ、と本の山を崩して妖夢は顔を出した。
「まったく、なんて家だ。少しはうちを見習って整理しなさい」
「お前のとこみたいに何もない殺風景なのはごめんだぜ。この方が私は落ちつくんだ」
「それはきっと、おかしい」
「私は普通だぜ」
「っと、お前とアホアホ問答をしている場合ではない。ちょっと調べたいことがある」
「まあ、いいけどな」
 二人は辺りに散乱した本を抱えると、家の中へ入っていった。

「……で、なんだ調べたいことって」
「見なさい、本棚はすかすかだ。ちゃんと整理するとこんなにすっきりする」
 妖夢は先ほどの崩れた本を本棚に仕舞い込みながら言う。
「いやまあ、あんまり人の家の配置を勝手に変えるなよ。で、なんだっけ」
「調べ物で、妖魔の目録や人名辞典、百科辞典なんかが欲しい」
「上げないぜ」
「別に読むだけでいいけど」
「だったら上だ。私はそういうの、全然使わないからな」
「上か」
 妖夢は階段を探す。しかし、辺りを見回してもどこにも見当たらない。
「ああ、そこだ」
 魔理沙が指差す先にはガラクタのようなものの山しかない。よく見るとそこは階段があったスペースのようだ。どうも上からものが崩れ落ちてきて、埋まったままのように見える。
「切り崩していい?」
「駄目だぜ。外から回ってくれ」
 仕方が無いので、妖夢は二階の窓から書斎に上がりこむ。全然使わない、という魔理沙の言葉どおり、この部屋は長年放置されていたようだった。床にはうっすらと白い埃が積もり、本棚の間は蜘蛛の巣だらけだ。
「あー、ここにこんなスペースがあったんだな。今度有効活用しよう」
 魔理沙が窓の外から部屋の中を眺めながら言う。
「いやまあ、掃除しろ」
「考えておくぜ。えーと、そこの右の棚の辺りだな。貴重品だから、大事に扱えよ」
 妖夢は言われた棚を眺め、一冊の本を取り出した。どうやら古今の妖怪、悪魔をまとめた本のようだ。古今と言ってもこれが出版されたのは相当昔に違いない。まあ、そういう妖怪や悪魔は永く生きるものが多いので、十分役に立つだろう。
 妖夢は五十音で検索をしながら気付く。
(……しまった、調べるの、なんて名前だっけ?)
 こん……いや、違う。かんなんちゃらだ。まあ、実際にその名前を見れば思い出すかもしれない。
「かん、かん……閑古鳥じゃないよなぁ」

かん‐かう‐ひ【乾紅妃】カンコウヒ。殷時代の大妖。書には残らず僅かに口伝承と碑文にその名を見受けることが出来る。容貌、妖力その他は定かではないが、口伝によれば国の将・大撞の差し向けた百の兵を、手にした槍の一突きで残らず串刺しにしたという。その槍は血に塗れるとそれを吸い込み、穂先は常に紅く乾いていたことが名の由来である。居から察するに、霧深い山の奥、そこに差す淡い光を好むようである。(参考資料:幻想古代中国妖怪史/山怪抄)

「これだぁ―――――っ!!」
「おお、あったか。よかったな」
「この辺りに霧深い山はあるか?」
「ん? 南の山頂がいつでも霧がかかっていて見えないな」
「ようしそこだ!! ご協力感謝する!!」
 それだけ言い残し、妖夢は魔理沙宅を飛び出していった。
「……いったい何を調べていたんだ? 南の山頂なんて、誰も近付かない所だぜ」
 魔理沙は少しそう考えたが、すぐに気にするのを止め、今日の晩御飯について考え始めていた。


 魔法の森より南方、連なった山の峠の道を妖夢は一人進んでいた。
(……本当に合ってるんだろうか)
 そもそも、さっき見た本の内容自体が間違っていたらどうなんだろう。一突きで百人を串刺しにするって言うのも、なんだか誇張されたものみたいだ。一体どんなに長い槍なんだろう。妖夢はそんなことを思い始める。
(なんか、眉唾くさいなぁ)
 進むにつれて、どんどんと寂しく、また険しくなっていく道。こんなに何もなく、誰もいない山に住んでいるものの気が知れない。夜、怖いじゃないか。そんなことを思いながら妖夢はまた道を辿っていく。ふと、行く先に人影を見受けた。老人のようだ。
(あ、幽霊だ)
 老人は一見ただの人間に見えるほどの現し身を持っていたが、半幽霊であり、常日頃幽霊たちと接している妖夢にはすぐに解った。同類ならば少し親しみやすいかもしれない。そう思うと、妖夢は道を尋ねてみることにした。
「こんにちは、ご老人。えーと……」
「主も奴を追っているものか」
 妖夢はこちらの話を遮る老人に面食らう。人の話を聞かない自己中には、地縛霊が多い。どうやら老人もこの地に縛られている霊のようだ。
「はあ、多分そうです」
「ならば、あの山頂の氷窟を目指すがよい。そこに奴はおる」
 ああ、合ってたんだ。妖夢は安堵の息を一つ吐いた。
「行く道は険しい。心していくがよい」
「はあ、ありがとうございます」
 なんだか、やたら上から物を言う霊だ。こっち話も聞かないし、さっさと行ってしまおう、と妖夢は思う。
「しかし、主のようなものに辿り着けるかのう」
「たぶん、大丈夫かと」
(話長いな……)
 立ち去るタイミングを逃してしまった。しかも、老人の話はまだ続く。
「わしも奴には煮え湯を飲まされたものよ。奴に出会って生きて帰ったものはおらん」
「はあ」
(……まあ、この人は死んでるからいいとして、出会った人が生きてないのになんで口伝が残るんだろう)
「奴は百の兵を一突きで残らず串刺しにする槍を持っておる。恐ろしい奴じゃ」
「はあ、知ってます」
 いいかげん付き合ってられないので、妖夢はそれじゃ、と言い残し強引に先に進むことにした。
(全く、最近の地縛霊は頭硬くて自己中ばっかりね)
 心の中で悪態を付くと、妖夢は山頂を目指して飛び立った。

 山頂への道は確かに険しい。地の底まで続くような谷、迷路のような洞穴、足場の悪い溶岩の流れる道、そして最大斜度が九十度超の絶壁。でも妖夢は飛べるので特に苦になる道はなかった。谷や溶岩地帯は空を行けば安全なものだし、洞穴を抜けなくても峠越えが出来る。どうもさっきの老人は普通の人間基準で険しい、といっていただけのようだ。ものの三十分で険しい道は超え、山頂に辿り着く。
「本当に、なんでこんなところに住んでられるのかしら」
 道中、人間はおろか動物にすら出会うことがなかった。山頂も氷に包まれており、生物がいる様子もない。とりあえず、寒い。老人の話ではここに氷窟があるはずだ。さっさと用を済ませて帰りたいところである。
「……ほう、あの道を容易く超えてくるとは……」
 声に振り向く。さっきの老人だ。わざわざ先回りしてきていたらしい。
「主なら奴を葬ることも可能かもしれん」
「あ、あのー、寒いんで後にしてもらっていいですか?」
「はやる気持ちはわかる。しかし平静を欠いては斬れる剣も斬れず、鈍るというもの」
「いやまあ……」
「わしはお主に賭けよう。怨嗟の鎖を断ち切るのも、主の剣かも知れぬ」
「いやもうなんでもぶった切るから先に行っていいですか~」
「何を隠そう、わしは以前奴に挑んで負けた男じゃ。こうして魂のみここに縛り付けられておる」
「知ってますってば~」
 ……ホントに地縛霊は話を聞かない。
「では行くがよい。鎖の一つとなるも、その鎖を断ち切るもお主の剣次第じゃ」
「あー、そんなに強いんですか? だったらこっちにも心の準備というものが……」
 妖夢が言い終わらぬうちに老人は光に包まれ、そのまま天へと消えていった。
(……言いたいことだけ言われて昇天してしまった……)
 もうなんか、疲れた。さっさと狩るもの狩って帰ろう。妖夢は氷窟の中へ向かった。中は、文字通りすべて氷で出来ている。岩窟などのように真っ暗闇を想像していたが、透明な氷は光を乱反射させ、中を照らしている。外よりも明るいほどだ。程なくして、黄金製の大仰な扉に当った。悪趣味だ。そう思いながら、妖夢は扉を開けた。
「たのも~」
『正しい挨拶』を中に向かってする。部屋の中は結構温かい。周囲の壁からは溶け出した氷がぴちゃぴちゃと高い音を立てていた。
(……誰もいない?)
 返事が返ってこないので、とりあえずそのまま奥へ行ってみることにした。奥のほうに、何やら暗幕のついたロイヤルなベッドが見受けられたのである。例によって黄金製で、趣味が悪い。
「……誰じゃ、わらわの居に土足で上がりこむ無礼者は」
 ベッドから声がする。多分、目的の相手だ。とりあえず、妖夢はまた相手の名前を忘れていた。
「白玉楼よりの使い、魂魄妖夢。西行寺家の嬢、幽々子様の命によりお前を狩りに来た」
「ほう……狩りに来たとは豪気なことよな。……見れば、人間のようであり、また霊のようでもある。おかしな来訪者よ」
 言いながら、暗幕から姿を現す。緋色の衣装に、金糸で編まれた帯。そして手には、穂先、飾り布の紅い、長槍が握られている。やっぱり、趣味が悪い。
「一応聞いておくが、お前が百人の兵を一突きに串刺しにしたという妖怪か?」
「百人? ほほほ……まさか、そんなわけは」
「ああ、やっぱり嘘だったんだ」
「百人の血では飾り布がせいぜい、穂先を紅くするには千人は下らぬわ」
 ……嘘くさい。往々にしてこういう自慢は誇張が含まれるものだ。自分で言ってるとさらに信憑性が無くなる。
「では、その千人を突くと言う槍、見せてもらおうか」
 そう言うと、妖夢は二本の剣を手に取る。
「よいじゃろ。この乾紅妃、わらわ自ら相手をいたそう」
「乾紅妃……?」
 かんこうひ。不意に、幽々子の言葉が妖夢の脳裏に蘇ってきた。
『かんこーひーをかってきてちょうだい』
(発音が微妙に違う……!?)
 そう思うと同時。乾紅妃の手にした槍が一瞬閃くと、妖夢の左胸目掛け、尋常ならざる速さの突きが繰り出された。妖夢はそれを紙一重で右に避ける。
「!?」
 槍の穂先が、放射状に分裂する。妖夢は反射的に身を屈めた。右肩に鋭い痛みが走る。見れば服の肩口が斬れ、下に覗く白い肌にうっすらと赤い線が走っている。見切っただけで計八本、放射状に突きが繰り出されていた。
(今の間で八回の突きを繰り出すことはまず不可能。と言うことは……)
「そうか、一突きで八方に同時に槍が繰り出されるのか……」
 さらに、間合いが異常に長い。これならば頑張れば千人くらいは行けるかもしれないな、と妖夢は思う。
「わらわの槍は運命の壁をも貫く紅い槍。お前如きに見切れるものか」
「笑止!! この楼観剣と白楼剣に斬れぬものなど、あんまり無い!!」
 妖夢は剣を握りなおし、じりじりと間合いを詰める。こういった武器のマスタークラスの対決と言うものは、ほぼ一瞬で決着がつく。それだけに、お互い必殺のタイミングを計り兼ねていた。
(突きが繰り出される一瞬、それより速く剣の間合いに入る……!!)
 槍は懐に入りさえすれば、その威力を封じることが出来る。しかし、相手の槍は同時に八方を突くことが出来る。その全てを見切り懐に突っ込むのは、ある種の賭けだった。
 妖夢は間合いを詰める足を止める。と、その一瞬紅槍が八方に閃いた。
 ……。
 金属音が氷窟内に木霊する。
「……やるではないか、半幽の娘」
 妖夢が懐に飛びこみ、乾紅妃の喉元に剣を突き付けていた。同時に、八方に繰り出された槍の内、七本の穂先が地面に落ちる。
「……未来永劫斬。同時に十の剣閃を繰り出すなど容易いことだ」
「なるほど……わらわの知らぬうちに世は進んでいるものじゃな」
「いやまあ、引きこもってちゃ世の中見えなくなるだろう」
「ほほほ、そのようじゃ。わらわの負けじゃな」
「じゃあ、おとなしく狩られてください」
「まあ、待て。永く生きるほど、より生へ執着が湧くものよ。……命じられて来た、と言ったな」
「え? まあ、そうだが」
「ならば目的は解っておる」
 乾紅妃は懐から虹色に輝く首飾りを取り出した。
「これをお前の主に渡すがよい。恐らくはそれで主の命は果たせるはずじゃ」
「……そうなの?」
 妖夢は首飾りを手に取ると、それを光にかざしてみた。それが持つ只ならぬ霊気は、こういったものに疎い妖夢でも感じることが出来る。確かに、並々ならぬ宝物のようだ。
「なんじゃ、知らぬのか。わらわの持つ最高の宝じゃ。丁重に持ち帰るがよい」
「うーん、まあ……確かにあんた狩った所でしょうがなさそうだし、そういうことのようね。じゃあ、帰ります」
 妖夢は剣を納めると、一礼をしてその場を後にした。

 外に出ると、日は傾き始めている。妖夢が冥府を出たときにはまだ日が真上にも昇っていない頃だったから、丸一日掛かってしまったことになる。
「うわあ、ずいぶん遅くなった……お嬢さまに怒られなければいいけど」
 妖夢は冥府へ向かって飛び立った。


 再び、白玉楼、幽々子の自室。廊下にどたどたと足音が響いたかと思うと、障子を開き、妖夢がタッチダウンで部屋に入ってくる。
「か、かってきましたぁ~」
「妖夢、遅い。三時のおやつの時間は三時間前に過ぎてしまったわ」
「そんな~、これでも苦労したんですよ~」
「まあ、いいわ。言付けたものは持ってきたかしら?」
「ええ、とりあえずこれを」
 妖夢は先ほどの虹色に光る首飾りを幽々子に手渡した。
「あら、これは綺麗ね。で、缶コーヒーは?」
「はい? 缶コーヒー?」
 妖夢が微妙なポーズで硬直する。
(や……やっぱり発音が違う……!?)
「これか、それに近いものを持ってきて欲しかったのだけど」
 幽々子は卓の上にある空き缶をひょい、と持ち上げた。紅の衣装に身を包んだ妖怪でも、虹色に輝く宝物でもない。
「……」
「……無いのね?」
「いやまあ、勘違いというかなんというか……」
「私は缶コーヒーが飲みたかったのよ。この首飾りは綺麗だけど……」
 と、幽々子が口にした瞬間。首飾りから強い光が発せられた。
「あ……!?」
 二人は余りの眩しさに目を閉じる。程無くして、光が収まりはじめ、二人は眼を開けた。
「い、今のは?」
「あら、なにかしらこれ」
 いつのまにか部屋にタンスほどの大きさの箱のような何かがでんと置かれていた。
「あ、かんこーひーが並んでますよこれ!!」
「いえ、中身は違うもののようね」
 見れば表は透明な枠に覆われており、中にテーブルの空き缶と同じようなものが並んでいた。
「こ、これは一体」
 妖夢は突起を押してみたり、レバーのようなものをいじってみたりするが、何も起きない。よく見れば、何かコインのようなものが描かれ、矢印がぴっぱってある。その先には丁度そういったコインが入りそうな溝があった。
「なんだろう……」
 妖夢が色々いじっているうちに、不意に部屋の障子が開いた。
「むっ、誰だっ」
 妖夢は廊下に飛び出すが、誰もいない。……と、空間が歪み、そこからにゅう、と妖しげな容貌の妖怪が顔を出す。
「おばんです、お二方」
「あら、紫」
 スキマ妖怪、八雲紫である。ちなみに、幽々子に缶コーヒーを渡した妖怪というのも、この紫であった。
「あら、自販機じゃない。なんでこんなところにあるのかしら? まあ、便利だけど」
 紫は懐からがま口を取り出した。
「ひー、ふー……」
 がま口の中身を数え、そのうち二枚のコインを取りだし、先ほどの箱の溝に滑り込ませる。黒い四角の枠に、『150』と言う赤い文字が浮かび上がり、さらに色々な所でランプが点灯した。
「じゃあ、今日はこれで」
 ランプの点灯した突起を紫が押すと、がしゃこん、という音がして下の穴に缶コーヒーが落ちてくる。さらにつり銭口、と書かれた穴に、三枚の銅貨が出てきた。
「はい、お小遣い」
「あら、どうも」
 紫はその三枚を幽々子に手渡すと、再び空間のゆがみを生成する。
「じゃあね~」
 紫はその中に消えていった。
「いったいなんだったんでしょうか?」
「これ、お金ね。それも外の世界のだわ」
 幽々子は先ほどの紫と同じようにコインを自販機に投入した。今度は『30』、と赤い文字が表示される。
「百二十円必要なんだわ、これ」
「私お金なんて持ってませんよ~」
「まあ、今度紫が来たらせびっておきましょう。とりあえず、邪魔ね。部屋の景観が損なわれるわ」
「でもこれ、凄い重いですよ―。動かすのも一人じゃ無理です~」
「持ってきたのは妖夢よね。自分の部屋に持っていって置きなさい」
「そんな~」

 ……こうして、古代の大妖の残した『願いの叶うアイテム』は勘違いの末に西行寺幽々子の手に渡り、さらに無駄に使われたのだった。
 そして、翌日妖夢の枕元には、犬の糞に滑って転んで、ぱんつ丸出しで転倒している妖夢の写真が置かれていたのである。


<異幕『幽獅子乾紅記』・了>
初めまして。アホアホSS書きのNVK-DANと申します。好きな飲み物はUCCの缶コーヒーです。
こうした場に投稿をするのは初めてなので、いささか緊張気味でございます。内容は緊張感の欠片もございませんが。

ともあれ、拙作を楽しんでいただければ感無量でございます。今後ともよろしくということでどうか一つ。

一応注:乾紅妃はこっちででっち上げたものなので、資料探しても実在はしません。(妖怪に実在しないって言うのもおかしな話ですが)幻想古代中国妖怪史とか山怪抄とかは民明書房の本だと認識していただければ幸いです。
NVK-DAN
http://www.geocities.jp/nvk_dan_21/
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コメント



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9.80七死削除
何度でも言おう! ゆゆ様ひでえやw!
13.80名前が無い程度の能力削除
龍球を集めて下着をねだるかのごとき所業。さすがゆゆ様、惚れる!(オ)
22.90nonokosu削除
読み終わった瞬間、なぜか缶コーヒーを飲みたくなりました、
いや、乾紅妃でなく!

しかし……幻想郷で、それもゆゆ様が飲むこーひー……
やっぱり、それはMAXcoffeeなのでしょうか?(違
楽しませていただきました!
24.70しん削除
幽獅子てUCCすか。乾紅…缶コー…なるほど…ほほぅ…ふむ。
妖夢と幽々子がとてもらしい、と思いました。テンポがいい感じ。