注意:この話は [作品集その25] で公開した <大妖精とアリスの人形劇 1> の続編となっています。
URL(http://cgi.www5d.biglobe.ne.jp/~coolier2/cgi-bin/anthologys.cgi?action=html2&key=20060128033150&log=2006012917)
ご興味を持たれた方、または、読んでやっても良いぞと言う方は、前回からお読み頂けると幸いです。
あ、萃夢想やったことありませんので……一部妄想で補っております。
※捏造万歳
※大妖精万歳
※アリス万々歳
「――それで、昨日から練習してるってわけか」
「そう……よ、仕方……ない、じゃない」
「……アリス、付き合いよかったんだな、知らなかったぜ」
「今さら……なに、言って……るのよ」
「おいおい、すごい顔になってるぞ? 少しは寝たほうが良くないか? 体に毒だぜ」
「人前で…………人形劇なんて、初めてなんだから……少しでも練習しないと、眠れないのよ」
「なるほどな……あー、じゃあ、今気付いたんだが、アリス?」
「なによ、今忙しいんだから……あんまり話かけ――
――今は、人前じゃないのか?
<大妖精とアリスの人形劇>2
Chapter3
ここは魔法の森。
人妖跋扈する幻想郷の片隅にある不吉澱む――魔境の森。
そんな森の中に屋敷を構えて住まう者がいる。魔界を出奔し、一人住まう彼女の名はアリス・マーガトロイド。七色の人形遣いの異名を持つ魔人である。
先刻、唐突にアリス邸を訪問した湖の大妖精に、”おまつり”の参加と人形劇の披露を約束した(?)彼女は――窓のカーテンを閉め――早速と人形劇の練習を開始していた。
パターン化された行動であれば10体以上の人形を操ることが可能なアリスにとっても、人形繰りは精度を要する魔法。アリスが念じ求めれば人形達が容易にアリスの手足になるとはいえ、操る数が増えればそれだけ難度は高くなってしまう。
2つ3つ、増えた手足が便利でも、10を数えるとナニを動かしているのか判らなくなるのと同じ道理だ。そのため多数の人形を一度に、しかも演劇用の動きをさせるとなると、アリスとってもなかなか侮れない難度となる。
「さて……と、じゃあやりますか」
リビング中央に設えた防護用の魔法円――巷では魔法陣とも言う――の中央に立ち、アリスは一人呟く。練習内容はいつもと同じ、複数体の人形を一度に、かつ、それぞれに異なる行動をとらせることである。
しかし、いつも4,5体の人形で行っていたこの訓練を、アリスは今回、数を倍に増やして行うことにした。
大妖精が伝えた祭りの日時は明後日の夜だった。とにかく時間がないのだ。
(明後日の夜か……間に合うかしら)
魔法円の中で人形支配を始めると、アリスの胸にそんな不安感が湧き上がる。
――出来ないかもしれない。無理かもしれない。なぜこんな厄介ごとを抱えているのだろう――
だが、アリスは頭を振って、その不安を頭の隅に追いやった。
――まずは出来るところまでやればいい。出来なくてもその時はそのときね。
アリスはそう考えを改めると、人形繰りに集中するべく目を閉じた。
意識を集中して人形たちに魔力の”糸”を結びつける。糸を介して一つ一つ命令を下しながら、同時に、アリス自身の意識が混乱せぬよう精神の統一を図る。
(――いけ)
一つ一つの”糸”を意識して、アリスの意思を受けて動き始める人形たちをイメージする。イメージは糸を伝わり、人形たちに魔力と言う名のかりそめの命を吹き込む。
それぞれが違う動きをするように注意して、どれ一つとして同じ動きの無いように――
だがアリスが目を開くと、期待に反して全く同じ動きの人形が幾つか見える。中には、頭や手足を滅茶苦茶に振って、暴走を起こしている人形もある。
これではダメだ、単に動いているだけ。今までと変わりが無い。
(もう一度……)
一度、人形たちの支配を解いて、新たに”糸”を結びつける。しかし、再び結びつけた糸も、アリスの希望を叶えるには至らなかった。
魔素を含む”糸”は、術者の精神状態に影響を受けやすい。恐らくは自分の精神が何処かで乱れているのだろう。アリスはそう考えて、より一層人形繰りに没頭する。
同じ失敗を繰り返しては挑み――時にはドールズウォーが暴発したりもしたが――少しずつ成功を重ね、また新たな失敗を見つける。
いつしか日は落ち、夜になっていた。が、それでもアリスは休むことなく練習を続けていた。
失敗の原因を探り、さらに実践を繰り返す。
そんな練習を重ねるうち、いつしか夜は深まり――
(――! 出来たっ!)
アリスが声にならない歓喜の声を胸中で叫んだのは、翌日の朝ことだった。
眼前にはアリスのイメージ通り、個別に動きまわる人形達の姿があった。イメージは人間たちの町の様子をモデルとしたのだが、各々の目的を持って動く様子はさすがに人の型というところか。
明るい陽光を受けて、踊るように動く人形達。
その動きに、どれ一つとして同じものはない。
アリスはしばらくの間そんな人形たちの様子を満足げに眺めた後――
(よし、じゃあ――次ね)
さらに精度を高めるべく、意識を集中した。
いつもならばここで休むところだが、初めての成功で多少興奮気味だったアリスは、さらに訓練を続けて、より大きな成果を得たかったのである。
なにより、今の成功で次の成功すら目前に感じられるのだ。目標を目の前にして休憩を取ることなど考えられるものではない。それに、今は気分が乗っている。このまま突き進めばきっと、成功するだろう。
不意に窓から吹き込んだ、冷たい朝の風を心地よく感じながら、アリスはより自身の魔力を高め始める。
――もう少ししたら少し休もう――そんなことを思いながら、意識を一点に集中し、人形たちに新たな”糸”を紡いでゆく。
だから、アリスはそれに気付く事が出来なかった。
風は一体どこから吹き込んだのだろう。いつの間に窓を開けていたのだろう。
――そして、
「アリス? アーリースー、おーい……おい! 聞こえないのか?」
その開いた窓の枠に、ちょこんと腰をかけた白黒魔法使いが、一刻ほど前から自分に呼びかけている事実。
――いつもなら気付く、そんなちょっとした変化にすら、アリスは気付くことが出来なかった。
ただ、目を瞑ったまま一心不乱に人形繰りに集中して思う。
(やった! ついに成功した。きっと、約束の人形劇もうまくいくはず。いやそれだけじゃない、間違いなく自分の糧にもなる。もしかすればあの二人にも勝てるかもしれない。あの白黒はどんな顔をするだろう、きっと驚くだろう、そうしたら――
「さっきから、なにやってるんだ?」
――なんて風に聴いてくるに決まっている。そうしたらこう言ってやろう。
「あなたみたいな……野魔法使いには分からないでしょう……けど……これは秘密の……成果よ」
「そうなのか? そりゃ興味深いな」
なぜだろう……なんだかやけに生々しい魔理沙だ。感心した声まで聞こえたような気がする。
きっと付き合いが長いせいだろう……大体、魔理沙の声なんて聴きなれてるものだし。
「……そうよ、秘密の練習……ふふっ……でも、切っ掛けは妖精」
「……話が見えないぜ」
「ちょっと前にね……大妖精が私の……人形劇が見たいなんて……言ったから……」
そう、元はと言えば全部あの子のおかげ――あの碧髪の子――大妖精には感謝しなくてはならない。なんだか押し付けられたようなものだが、結果としては自分のプラスになったのだし。
――そういえば、あの子は私のお茶が気に入っていたみたいだ。今度もう一度ごちそうしてあげようか。
「……それで、昨日から練習してるってわけか」
「そう……よ、仕方……ない、じゃない」
「ふぅん……アリス、実は付き合いよかったんだな、知らなかったぜ」
「今さら……なに、言って……るのよ」
いつかの花見のときも、月見のときも――アイツが呼べば、いつも博麗神社まで行っているのに……今更付き合いが良いなんて、なんだか憎々しい。まるで魔理沙じゃないか。
でも――私も、アイツのそんなところまで想像しなくてもいいのにな……それとも私は、そんなのまで律儀なのだろうか。大体、魔理沙も魔理沙。普段からもう少し優しい声でも掛けてくれれば、こんな想像なんてしないのに。
「おいおい、すごい顔になってるぞ、少しは寝たほうが良くないか?体に毒だぜ」
――でも、やさしく心配されるのも、なんだか奇妙に腹が立つ。アイツと私は対等……いや、アイツは私のような魔人でも妖怪でもない。人間なんだから。
「うるさいわね……人前で人形劇なんて……初めてなんだから……少しでも練習しないと、眠れないのよ」
「なるほどな……あー、じゃあ、今気付いたんだが、アリス?」
「なによ、今忙しいんだから……あんまり話かけ――――?
え、今気付いた? なにを?……私はそんなこと――
「――今は、人前じゃないのか?」
(――!?)
突如、予想だにしない声が聞こえて、アリスは咄嗟に声のした方向を振り返り――
「……よっ。お目覚めか?」
そして、固まった。
目の前に見えるのは、お馴染みのニヤニヤ顔に、ブロンドの癖っ毛、いつもの三角帽に、いつもの箒を携えた黒ずくめ。
嫌と言うほどに良く知りすぎたその顔は、人間の白黒魔法使い――霧雨魔理沙その人だった。
「立ったまま寝れるうえに、寝言までするなんて、なかなか器用だな」
何か言われた様な気がしたが、アリスの耳には入らない。
ただ大きな――どうして魔理沙がここに居るのだろう――疑問がアリスの思考を支配していた。
魔理沙? まりさ? うん、コイツは魔理沙だ。一体いつから居たのだろう。すると、今までの声は一体誰のものだったのだろうか。
事実を受け入れたくない。
私の想像だったのか、もしかして本人だったのか。いやしかし、本当に魔理沙なのだろうか? 特徴は確かに魔理沙のものだが、魔理沙が座っているのは、そもそも家のリビングで――
そこで、はっとアリスの思考は我に返る。
閉めたはずの窓――今開いている窓。
開けられたカーテン、吹き込んだ風、そこに座る魔理沙……そして、ここは私の家
(――あ、そうか。)
重大な事に気づいて、アリスの疑問は全て解決した――解決してみれば、なんともあっけないものだ。
はじめから悩む必要はなかったのだ、答えは一つしかないのだと。
コイツは、あの『霧雨魔理沙』だった。
その思いに至ったとき、アリスはほぼ自動的に上着から何かを取り出すと、声高らかに叫んでいた。
取り出されたのは一枚のカード。
――魔符『アーティフルサクリファイス』
「うわっ!」
スペル宣言とともに、巨大な魔力の塊がリビングで爆裂した。膨れ上がった魔力の渦はリビングの窓枠を粉砕すると、魔理沙をも巻き込んで窓の外にあふれ出す。
突然のスペル発動に虚を突かれた魔理沙は、とっさに障壁を張って直撃は免れたものの、爆風に押し流されて庭に放り出される。
二、三度地面を転がって立ち上がる魔理沙。
「うー、いててっ、いきなりスペルぶっ放すなんて酷いぜ、アリス」
その様子を窓越しに見ていたアリスは、大して変化のない魔理沙の様子を確認し――思わず奥歯をかみ締めた。不意に放ったスペルにもかかわらず、魔理沙は無傷だったのだ。
それが気に入らない。
おまけに魔理沙の口端には白い歯が見えている。明らかに笑みを浮かべている証拠だ、反省している様子など微塵も見えない。
いや、むしろ楽しんでいると言ってもいいだろう。
「魔理沙! あんた、いつからいたのよ!」
アリスが叫ぶと、地面に落ちた三角帽を拾い上げながら、魔理沙は悪びれた様子もなく答えてきた。
「あー、さっきだぜ。通りかかったらカーテンが閉まってたから――
カーテンが閉まっていた――いつもながら、言葉だけでは意味の通じない受け答えである。
昨日大妖精に言われるまで、確かに開けたままにしていた窓ではあるが、そんなことにこの厄介好きのトラブルメーカーが首を突っ込んだと言うのだろうか。
心配?――いや、そんなはずはない。
するとアリスが確認するまでもなく、魔理沙自身が回答を吐き出した。
「作ったばかりの開錠魔法で窓開けて、ついでに入ってみたんだぜ」
自身の耳を疑いたくなった。
しかも魔理沙はにやにやと笑っている。人(アリス)の神経を逆なでしているとしか思えない。
――謝罪ってなんだろう。
意味の無い思考が突如浮かび上がり、思考が真っ白になる。
カーテンが閉まっていたら逐一窓を開け、ついでに家の中まで侵入しないと気が済まないのか、コイツは。
「巫山戯た奴も居たもんね! それとも野魔法使いは礼儀を弁えないのかしら」
「失礼な、私はいつも礼儀正しいぜ」
アリスが怒りを顕にすると、魔理沙は待ってましたとばかりに箒を構える。目がすでに臨戦態勢だ、『いつでも来い』といっている。
その嬉々とした様子の魔理沙に、アリスは魔理沙の目的を察して短く嘆息した。
結局魔理沙に何を言っても無駄なのだ。そもそも訳の分からない小理屈を言っているあたり、コイツの目的はやはりアレなのだろう。魔理沙がアリスの家に来るときは、大抵暇つぶしか、情報交換か、宴会か――とにかく、アリスにとって余り嬉しいものではないのは確かなことだ。
いつもなら無視するか、相手しないことに越したことは無いのだが――いまは、アリスもそんな気分だった。
どうしてくれようこの白黒魔法使い――アリスは諦めたように袖の内からカードを掴み――叫んだ。
「礼儀正しい奴は窓から入らないのよ!――呪詛『魔光彩の上海人形』――
宣言と同時にアリスの眼前には赤服の人形――上海人形が出現した。上海人形は出現したままの位置で呪詛の核となると、周囲に幻影を伴い、大小交えた魔力の弾幕陣を展開する。
「一応ノックはしたぜ――
だが、上海人形が弾幕の展開を終結させるまでに、魔理沙は慌てる事も無く、どこからか板のようなものを取り出した。
魔理沙が取り出した物――それは、桁外れの能力を持つ魔力の増幅器、八卦炉。小さな魔力は増幅され、膨大な魔力の奔流を生み出そうとする。
それを確認して、アリスは次に来るであろう攻撃を予想する。
「――窓だがな! 恋符『マスタース――
「させないわ、上海!」
魔理沙の誇る極大魔法の宣言――が終わるまでに、アリスは上海人形に攻撃の中断を命じる。
威力は必要ない。自分の持つ攻撃の中で直進最高速のものを魔理沙に指し向け、マスタースパークの詠唱を中断させればいいのだ。
――『スペクトルミス ――
そのアリスがスペルの発動を実行しようと宣言を終える直前、予想外のことが起こった。
スペル宣言を完全に受けるまでに、上海人形は主の意向を実行していたのである。幻影と弾幕の展開を強制的に中断させると、瞬時にレーザーのような光術魔法を魔理沙に向け放つ。
宣言が終わるのと、上海人形が攻撃を終えるのは同時だった。
「おっと!? 腕を上げたな、アリス!」
少々予想外ではあったのか、魔理沙はおどけたような声をあげてアリスの攻撃を回避した。
しかし、アリスは今放った攻撃の成果よりも、自分の目の前に浮かぶ上海人形の姿をやや唖然とそして
(軽い……!)
今までと違うスペルの手ごたえに戦慄に近い興奮を覚えていた。
詳細な命令を下さなくとも、アリス自身のイメージを読み取って攻撃を実行した上海人形。人形たちの反応が格段に上がっているのか。訓練の成果だろうか。意思を個別に分けることで、こんな波及効果があるとはアリスにも予想できなかったが――
――これならば、いけるかも知れない!
「面白くなってきた!行くぜアリス!」
意外な攻撃を受けて、心底嬉しそうに笑みを浮かべる魔理沙を見て、アリスも自然と笑みを浮かべていた。
目の前の難題を知って、生き生きとする魔理沙の感情など知るべくもない。が、あの憎々しげな企み顔が一瞬でも驚愕に染まるかと想像すると、――確かに面白いと感じられる。
勝利への可能性が開けた今、これほど楽しいことはない。
何より、どれほどの効果があるのか試してみたい。
「さっきからアリス、アリス、うるさいのよ!」
適当に毒づきながらも、アリスが新たなカードを取り出すと、それに応じて魔理沙も八卦炉を起動させ、新たにスペルを起動し――
――何度目かの弾幕合戦の花が、魔法の森に開花した。
<つづいてしまう>
URL(http://cgi.www5d.biglobe.ne.jp/~coolier2/cgi-bin/anthologys.cgi?action=html2&key=20060128033150&log=2006012917)
ご興味を持たれた方、または、読んでやっても良いぞと言う方は、前回からお読み頂けると幸いです。
あ、萃夢想やったことありませんので……一部妄想で補っております。
※捏造万歳
※大妖精万歳
※アリス万々歳
「――それで、昨日から練習してるってわけか」
「そう……よ、仕方……ない、じゃない」
「……アリス、付き合いよかったんだな、知らなかったぜ」
「今さら……なに、言って……るのよ」
「おいおい、すごい顔になってるぞ? 少しは寝たほうが良くないか? 体に毒だぜ」
「人前で…………人形劇なんて、初めてなんだから……少しでも練習しないと、眠れないのよ」
「なるほどな……あー、じゃあ、今気付いたんだが、アリス?」
「なによ、今忙しいんだから……あんまり話かけ――
――今は、人前じゃないのか?
<大妖精とアリスの人形劇>2
Chapter3
ここは魔法の森。
人妖跋扈する幻想郷の片隅にある不吉澱む――魔境の森。
そんな森の中に屋敷を構えて住まう者がいる。魔界を出奔し、一人住まう彼女の名はアリス・マーガトロイド。七色の人形遣いの異名を持つ魔人である。
先刻、唐突にアリス邸を訪問した湖の大妖精に、”おまつり”の参加と人形劇の披露を約束した(?)彼女は――窓のカーテンを閉め――早速と人形劇の練習を開始していた。
パターン化された行動であれば10体以上の人形を操ることが可能なアリスにとっても、人形繰りは精度を要する魔法。アリスが念じ求めれば人形達が容易にアリスの手足になるとはいえ、操る数が増えればそれだけ難度は高くなってしまう。
2つ3つ、増えた手足が便利でも、10を数えるとナニを動かしているのか判らなくなるのと同じ道理だ。そのため多数の人形を一度に、しかも演劇用の動きをさせるとなると、アリスとってもなかなか侮れない難度となる。
「さて……と、じゃあやりますか」
リビング中央に設えた防護用の魔法円――巷では魔法陣とも言う――の中央に立ち、アリスは一人呟く。練習内容はいつもと同じ、複数体の人形を一度に、かつ、それぞれに異なる行動をとらせることである。
しかし、いつも4,5体の人形で行っていたこの訓練を、アリスは今回、数を倍に増やして行うことにした。
大妖精が伝えた祭りの日時は明後日の夜だった。とにかく時間がないのだ。
(明後日の夜か……間に合うかしら)
魔法円の中で人形支配を始めると、アリスの胸にそんな不安感が湧き上がる。
――出来ないかもしれない。無理かもしれない。なぜこんな厄介ごとを抱えているのだろう――
だが、アリスは頭を振って、その不安を頭の隅に追いやった。
――まずは出来るところまでやればいい。出来なくてもその時はそのときね。
アリスはそう考えを改めると、人形繰りに集中するべく目を閉じた。
意識を集中して人形たちに魔力の”糸”を結びつける。糸を介して一つ一つ命令を下しながら、同時に、アリス自身の意識が混乱せぬよう精神の統一を図る。
(――いけ)
一つ一つの”糸”を意識して、アリスの意思を受けて動き始める人形たちをイメージする。イメージは糸を伝わり、人形たちに魔力と言う名のかりそめの命を吹き込む。
それぞれが違う動きをするように注意して、どれ一つとして同じ動きの無いように――
だがアリスが目を開くと、期待に反して全く同じ動きの人形が幾つか見える。中には、頭や手足を滅茶苦茶に振って、暴走を起こしている人形もある。
これではダメだ、単に動いているだけ。今までと変わりが無い。
(もう一度……)
一度、人形たちの支配を解いて、新たに”糸”を結びつける。しかし、再び結びつけた糸も、アリスの希望を叶えるには至らなかった。
魔素を含む”糸”は、術者の精神状態に影響を受けやすい。恐らくは自分の精神が何処かで乱れているのだろう。アリスはそう考えて、より一層人形繰りに没頭する。
同じ失敗を繰り返しては挑み――時にはドールズウォーが暴発したりもしたが――少しずつ成功を重ね、また新たな失敗を見つける。
いつしか日は落ち、夜になっていた。が、それでもアリスは休むことなく練習を続けていた。
失敗の原因を探り、さらに実践を繰り返す。
そんな練習を重ねるうち、いつしか夜は深まり――
(――! 出来たっ!)
アリスが声にならない歓喜の声を胸中で叫んだのは、翌日の朝ことだった。
眼前にはアリスのイメージ通り、個別に動きまわる人形達の姿があった。イメージは人間たちの町の様子をモデルとしたのだが、各々の目的を持って動く様子はさすがに人の型というところか。
明るい陽光を受けて、踊るように動く人形達。
その動きに、どれ一つとして同じものはない。
アリスはしばらくの間そんな人形たちの様子を満足げに眺めた後――
(よし、じゃあ――次ね)
さらに精度を高めるべく、意識を集中した。
いつもならばここで休むところだが、初めての成功で多少興奮気味だったアリスは、さらに訓練を続けて、より大きな成果を得たかったのである。
なにより、今の成功で次の成功すら目前に感じられるのだ。目標を目の前にして休憩を取ることなど考えられるものではない。それに、今は気分が乗っている。このまま突き進めばきっと、成功するだろう。
不意に窓から吹き込んだ、冷たい朝の風を心地よく感じながら、アリスはより自身の魔力を高め始める。
――もう少ししたら少し休もう――そんなことを思いながら、意識を一点に集中し、人形たちに新たな”糸”を紡いでゆく。
だから、アリスはそれに気付く事が出来なかった。
風は一体どこから吹き込んだのだろう。いつの間に窓を開けていたのだろう。
――そして、
「アリス? アーリースー、おーい……おい! 聞こえないのか?」
その開いた窓の枠に、ちょこんと腰をかけた白黒魔法使いが、一刻ほど前から自分に呼びかけている事実。
――いつもなら気付く、そんなちょっとした変化にすら、アリスは気付くことが出来なかった。
ただ、目を瞑ったまま一心不乱に人形繰りに集中して思う。
(やった! ついに成功した。きっと、約束の人形劇もうまくいくはず。いやそれだけじゃない、間違いなく自分の糧にもなる。もしかすればあの二人にも勝てるかもしれない。あの白黒はどんな顔をするだろう、きっと驚くだろう、そうしたら――
「さっきから、なにやってるんだ?」
――なんて風に聴いてくるに決まっている。そうしたらこう言ってやろう。
「あなたみたいな……野魔法使いには分からないでしょう……けど……これは秘密の……成果よ」
「そうなのか? そりゃ興味深いな」
なぜだろう……なんだかやけに生々しい魔理沙だ。感心した声まで聞こえたような気がする。
きっと付き合いが長いせいだろう……大体、魔理沙の声なんて聴きなれてるものだし。
「……そうよ、秘密の練習……ふふっ……でも、切っ掛けは妖精」
「……話が見えないぜ」
「ちょっと前にね……大妖精が私の……人形劇が見たいなんて……言ったから……」
そう、元はと言えば全部あの子のおかげ――あの碧髪の子――大妖精には感謝しなくてはならない。なんだか押し付けられたようなものだが、結果としては自分のプラスになったのだし。
――そういえば、あの子は私のお茶が気に入っていたみたいだ。今度もう一度ごちそうしてあげようか。
「……それで、昨日から練習してるってわけか」
「そう……よ、仕方……ない、じゃない」
「ふぅん……アリス、実は付き合いよかったんだな、知らなかったぜ」
「今さら……なに、言って……るのよ」
いつかの花見のときも、月見のときも――アイツが呼べば、いつも博麗神社まで行っているのに……今更付き合いが良いなんて、なんだか憎々しい。まるで魔理沙じゃないか。
でも――私も、アイツのそんなところまで想像しなくてもいいのにな……それとも私は、そんなのまで律儀なのだろうか。大体、魔理沙も魔理沙。普段からもう少し優しい声でも掛けてくれれば、こんな想像なんてしないのに。
「おいおい、すごい顔になってるぞ、少しは寝たほうが良くないか?体に毒だぜ」
――でも、やさしく心配されるのも、なんだか奇妙に腹が立つ。アイツと私は対等……いや、アイツは私のような魔人でも妖怪でもない。人間なんだから。
「うるさいわね……人前で人形劇なんて……初めてなんだから……少しでも練習しないと、眠れないのよ」
「なるほどな……あー、じゃあ、今気付いたんだが、アリス?」
「なによ、今忙しいんだから……あんまり話かけ――――?
え、今気付いた? なにを?……私はそんなこと――
「――今は、人前じゃないのか?」
(――!?)
突如、予想だにしない声が聞こえて、アリスは咄嗟に声のした方向を振り返り――
「……よっ。お目覚めか?」
そして、固まった。
目の前に見えるのは、お馴染みのニヤニヤ顔に、ブロンドの癖っ毛、いつもの三角帽に、いつもの箒を携えた黒ずくめ。
嫌と言うほどに良く知りすぎたその顔は、人間の白黒魔法使い――霧雨魔理沙その人だった。
「立ったまま寝れるうえに、寝言までするなんて、なかなか器用だな」
何か言われた様な気がしたが、アリスの耳には入らない。
ただ大きな――どうして魔理沙がここに居るのだろう――疑問がアリスの思考を支配していた。
魔理沙? まりさ? うん、コイツは魔理沙だ。一体いつから居たのだろう。すると、今までの声は一体誰のものだったのだろうか。
事実を受け入れたくない。
私の想像だったのか、もしかして本人だったのか。いやしかし、本当に魔理沙なのだろうか? 特徴は確かに魔理沙のものだが、魔理沙が座っているのは、そもそも家のリビングで――
そこで、はっとアリスの思考は我に返る。
閉めたはずの窓――今開いている窓。
開けられたカーテン、吹き込んだ風、そこに座る魔理沙……そして、ここは私の家
(――あ、そうか。)
重大な事に気づいて、アリスの疑問は全て解決した――解決してみれば、なんともあっけないものだ。
はじめから悩む必要はなかったのだ、答えは一つしかないのだと。
コイツは、あの『霧雨魔理沙』だった。
その思いに至ったとき、アリスはほぼ自動的に上着から何かを取り出すと、声高らかに叫んでいた。
取り出されたのは一枚のカード。
――魔符『アーティフルサクリファイス』
「うわっ!」
スペル宣言とともに、巨大な魔力の塊がリビングで爆裂した。膨れ上がった魔力の渦はリビングの窓枠を粉砕すると、魔理沙をも巻き込んで窓の外にあふれ出す。
突然のスペル発動に虚を突かれた魔理沙は、とっさに障壁を張って直撃は免れたものの、爆風に押し流されて庭に放り出される。
二、三度地面を転がって立ち上がる魔理沙。
「うー、いててっ、いきなりスペルぶっ放すなんて酷いぜ、アリス」
その様子を窓越しに見ていたアリスは、大して変化のない魔理沙の様子を確認し――思わず奥歯をかみ締めた。不意に放ったスペルにもかかわらず、魔理沙は無傷だったのだ。
それが気に入らない。
おまけに魔理沙の口端には白い歯が見えている。明らかに笑みを浮かべている証拠だ、反省している様子など微塵も見えない。
いや、むしろ楽しんでいると言ってもいいだろう。
「魔理沙! あんた、いつからいたのよ!」
アリスが叫ぶと、地面に落ちた三角帽を拾い上げながら、魔理沙は悪びれた様子もなく答えてきた。
「あー、さっきだぜ。通りかかったらカーテンが閉まってたから――
カーテンが閉まっていた――いつもながら、言葉だけでは意味の通じない受け答えである。
昨日大妖精に言われるまで、確かに開けたままにしていた窓ではあるが、そんなことにこの厄介好きのトラブルメーカーが首を突っ込んだと言うのだろうか。
心配?――いや、そんなはずはない。
するとアリスが確認するまでもなく、魔理沙自身が回答を吐き出した。
「作ったばかりの開錠魔法で窓開けて、ついでに入ってみたんだぜ」
自身の耳を疑いたくなった。
しかも魔理沙はにやにやと笑っている。人(アリス)の神経を逆なでしているとしか思えない。
――謝罪ってなんだろう。
意味の無い思考が突如浮かび上がり、思考が真っ白になる。
カーテンが閉まっていたら逐一窓を開け、ついでに家の中まで侵入しないと気が済まないのか、コイツは。
「巫山戯た奴も居たもんね! それとも野魔法使いは礼儀を弁えないのかしら」
「失礼な、私はいつも礼儀正しいぜ」
アリスが怒りを顕にすると、魔理沙は待ってましたとばかりに箒を構える。目がすでに臨戦態勢だ、『いつでも来い』といっている。
その嬉々とした様子の魔理沙に、アリスは魔理沙の目的を察して短く嘆息した。
結局魔理沙に何を言っても無駄なのだ。そもそも訳の分からない小理屈を言っているあたり、コイツの目的はやはりアレなのだろう。魔理沙がアリスの家に来るときは、大抵暇つぶしか、情報交換か、宴会か――とにかく、アリスにとって余り嬉しいものではないのは確かなことだ。
いつもなら無視するか、相手しないことに越したことは無いのだが――いまは、アリスもそんな気分だった。
どうしてくれようこの白黒魔法使い――アリスは諦めたように袖の内からカードを掴み――叫んだ。
「礼儀正しい奴は窓から入らないのよ!――呪詛『魔光彩の上海人形』――
宣言と同時にアリスの眼前には赤服の人形――上海人形が出現した。上海人形は出現したままの位置で呪詛の核となると、周囲に幻影を伴い、大小交えた魔力の弾幕陣を展開する。
「一応ノックはしたぜ――
だが、上海人形が弾幕の展開を終結させるまでに、魔理沙は慌てる事も無く、どこからか板のようなものを取り出した。
魔理沙が取り出した物――それは、桁外れの能力を持つ魔力の増幅器、八卦炉。小さな魔力は増幅され、膨大な魔力の奔流を生み出そうとする。
それを確認して、アリスは次に来るであろう攻撃を予想する。
「――窓だがな! 恋符『マスタース――
「させないわ、上海!」
魔理沙の誇る極大魔法の宣言――が終わるまでに、アリスは上海人形に攻撃の中断を命じる。
威力は必要ない。自分の持つ攻撃の中で直進最高速のものを魔理沙に指し向け、マスタースパークの詠唱を中断させればいいのだ。
――『スペクトルミス ――
そのアリスがスペルの発動を実行しようと宣言を終える直前、予想外のことが起こった。
スペル宣言を完全に受けるまでに、上海人形は主の意向を実行していたのである。幻影と弾幕の展開を強制的に中断させると、瞬時にレーザーのような光術魔法を魔理沙に向け放つ。
宣言が終わるのと、上海人形が攻撃を終えるのは同時だった。
「おっと!? 腕を上げたな、アリス!」
少々予想外ではあったのか、魔理沙はおどけたような声をあげてアリスの攻撃を回避した。
しかし、アリスは今放った攻撃の成果よりも、自分の目の前に浮かぶ上海人形の姿をやや唖然とそして
(軽い……!)
今までと違うスペルの手ごたえに戦慄に近い興奮を覚えていた。
詳細な命令を下さなくとも、アリス自身のイメージを読み取って攻撃を実行した上海人形。人形たちの反応が格段に上がっているのか。訓練の成果だろうか。意思を個別に分けることで、こんな波及効果があるとはアリスにも予想できなかったが――
――これならば、いけるかも知れない!
「面白くなってきた!行くぜアリス!」
意外な攻撃を受けて、心底嬉しそうに笑みを浮かべる魔理沙を見て、アリスも自然と笑みを浮かべていた。
目の前の難題を知って、生き生きとする魔理沙の感情など知るべくもない。が、あの憎々しげな企み顔が一瞬でも驚愕に染まるかと想像すると、――確かに面白いと感じられる。
勝利への可能性が開けた今、これほど楽しいことはない。
何より、どれほどの効果があるのか試してみたい。
「さっきからアリス、アリス、うるさいのよ!」
適当に毒づきながらも、アリスが新たなカードを取り出すと、それに応じて魔理沙も八卦炉を起動させ、新たにスペルを起動し――
――何度目かの弾幕合戦の花が、魔法の森に開花した。
<つづいてしまう>