Coolier - 新生・東方創想話

笑顔を広める一つの方法~あるいは、風見幽香はいかにして漫才コンビを組むに至ったか~

2010/11/04 02:49:52
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目を閉じ、精神を集中させる。
静かな部屋の中で一人、風見幽香は佇んでいた。
その手には愛用の日傘が握られ、まるで腰に下げた太刀のように先は地面を向き、いつでも構えられそうな体勢だ。

(次よ……次こそ、決めてみせる)

まるで強大な敵と対峙したときの様な殺気を振りまきつつ、幽香は襲い来る緊張感、圧迫感、それらを全て跳ね除けるように、その身を震わせる。
これから行おうとしているのは、どんな相手とのどんな闘いよりも尚、過酷なものだ。
それを知っているからこそ、彼女はじっくりと時間をかけて、自分がいかにして立ち向かうべきかを思案していた。

(よし……!今度こそ!)

集中力が最大限に高まった瞬間、彼女は目をかっと見開く。
素早く足を引き、腹部から床へ倒れ込むと、傘を両手で持って先端を前方へ向けた。










「ノルマンディー上陸作戦ッ!」










凛とした声が高らかに室内へ響き、掻き消える。彼女の姿勢はまさに、弾丸の雨を掻い潜り前進する兵士の姿。
暫しそのまま腹ばいでいた幽香は、不意に傘をぽーいと放り投げた。

「ちがぁう!こんなんじゃないのよ!」

まるで癇癪を起こした子供のように、寝転がったまま手足をぱたぱたさせて悔しそうな表情を浮かべる幽香。
その顔はリンゴもかくやというほど真っ赤に染まり、瞳には恥ずかしさからか情けなさからか、うっすらと涙も浮かんでいる。
傘で見立てたのは傑作アサルトライフルAK-47、しかもGP-25グレネードランチャーにレッドドットサイトまで取り付けた特注品――― という設定まで作っておいてこのザマでは赤くもなる。
時代考証?そんなモンは刻んで畑の肥料にしてしまえ。

「傘を使った一発芸なら何とかなるかと思ったのに……ダメだわ、全然アイディアが浮かばない」

ぶつぶつ言いながら、先刻放り投げてしまった傘を取りに立ち上がった。
床に突き刺さった日傘を引き抜き、彼女は憂鬱そうに窓の外を見やる。恨めしい程の青空だった。


何故、幽香がいきなりプライベートなライアンなのか。それは、今から三時間ほど前に遡る―――。


・

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・

・

「あけおめアゲイン科特隊いーん!」

「明けてもいないしめでたくもないし幻想郷にはベ○スターも出ないので、お引取り下さいませ」

「それは『帰ってきたウ○トラマン』、略して『帰ったマン』の方の話だぜ」

「その略し方だと、タイトルの意味が真逆になるんだけど。まあいいわ、だったらついでにあなたも帰りなさい」

唐突に開かれた風見邸のドア。
その向こうに立っていた白黒が元気良く挨拶をした刹那、ドアは無常にも家主の手によって閉ざされる。諸行無常とはこのことか。

「何も言ってないのに閉じるのはひどくないか……っく、このっ!」

「アゲインとかリゲインとかソウルゲインとか言ってたじゃない……のっ!」

しかし幽香が鍵を掛ける前に、霧雨魔理沙は再びドアをこじ開けた。新聞勧誘よろしく、足まで挟んでくる。
幽香も負けじと挟まれた足をドアで圧迫。流石にたまらず、魔理沙の口からは悲鳴が上がった。

「痛いいたいいたい!!そんなに強くはさむな~!」

「あなたが勝手に挟んできたんでしょ!そらそらそらぁ!」

みしみし音を立て始めたのは、ドアか足か。

「だから痛いってばやめてやめて……うぐあああ!」

そんなことをしていると、突然魔理沙が膝を折り、腹を抱えてうずくまる。

「い、いたいよぉ……あんまり強くはさむから、な、内臓出ちゃったよぉ……いたぁい……」

「えっ……ちょ、大丈夫!?しっかりして!!」

涙声でトンデモない事を言い出す魔理沙。幽香は驚き、慌ててドアを開けてしまう。
その瞬間を見逃さず、魔理沙は素早く身を翻して室内への侵入を果たしたのであった。

「あっ!?内臓なんて出てないじゃない!ウソつき!」

「足挟んで内臓が出るワケないだろ。なんで騙されるかな……まあいいや。さぁお茶でも出してもらおうか!お茶請けはクッキー希望!」

流石に室内へ侵入されては、追い出すのは難しい。幽香は諦めて彼女を招き入れた。

「はい……で、何用?」

何かトラブルの種でも持ち込まれるのでは――― そんな思いからあまり乗り気では無さそうにしろ、しっかり紅茶を出してやりつつ幽香は尋ねる。
お茶請けがクッキーではなくてビスケットなのは彼女のささやかな抵抗だ。ついでに、一見マーマレードっぽく出してあるのは味噌だ。
そんな塩っ辛いトラップに気付く由も無く、魔理沙は卓上にあったポットからスプーンで砂糖を何杯も放り込んでいる。塩に代えておくべきだったか。
ぐるぐると紅茶に渦を作り、満足気な顔をしてから彼女は口を開いた。

「来週、宴会があるのは知ってるだろ?」

「当たり前でしょ?私も参加するつもりだもの」

「なら話は早い。あれで、何か面白い芸やってくれ!頼んだぜ!」

次の瞬間、魔理沙の鼻先にビシッ!と突きつけられるティースプーン。

「面白い冗談ね。あなたがそれを発表すれば宴会も盛り上がるんじゃないかしら」

「普段からナウでヤングでちょー面白い私がやってもサプライズがないだろ。お前がやってこそ価値があると思うんだ」

突如突きつけられたスプーンに驚きつつも、魔理沙は不敵に笑った。
確かに一週間後、博麗神社で宴会がある。魔理沙と幽香は勿論、博麗霊夢を中心に親交のある者ほぼ全員が集まり、かなり大規模なものになる予定だ。
しかしそこで芸をやれ、と言われてはいそうですかオッケー任せろ一発芸荒ぶるクマチャッピーのポーズ!なんて出来る訳が無い。恥ずかしくてたまらない。
幽香はガタンと椅子を鳴らして立ち上がると、くるりと一回転してから足をクロス、両手は腰の高さで広げ、手の平を下に向ける。
優雅な一連の動作の果てに、彼女はただ一言。



「お断りします」



それを聞いた魔理沙は、不敵な笑みを崩さずにビスケットを一枚くわえる。

「言うと思った……じゃ、勝負だ。私が勝ったらやってもら……これ、クッキーじゃない……」

ぱりぱり、と音を立てつつしょんぼり顔の魔理沙。目論見がハマった幽香はニヤリと笑ってみせた。

・

・

・

風見邸の庭先にて、二人は向かい合って対峙する。
魔理沙の手には箒、幽香の手には愛用の日傘が握られ、どちらも臨戦態勢のようだ。

「悪いけど手加減は出来ないわよ?晒し者になるなんて耐えられないし」

「ネガティブだなー。まあいいや、こっちも全力だ」

ぐっ、とためを作るように腰を落とし、互いに相手の姿を見据える。急に風が強くなった。
辺りには何とも言い難い緊張感が走り、二人の間には沈黙が広がる。



睨み合う二人。転がる西部劇のアレ。『かえるはっけーん!』と叫びながら飛んでいくチルノ。



沈黙を破ったのは、魔理沙の方だった。
不意に幽香の方を指差して口を開いたのだ。

「あっ、後ろに宇宙人が!」

それを聞いた幽香は、暫し呆然としてから、ぷっと吹き出した。

「もう、そんなんで私が振り向くと思ったの?もう少し上手い文句を考えてくれないと面白くないわよ?」

「むむむ」

魔理沙は途端に真剣な表情へと変わった。先の臨戦態勢時よりよっぽど鋭い顔つきだ。

「後ろに雪女が!」

「知り合いにそれっぽいのはいるけど、大体今は秋だし」

「あんな所にヴァンパイアが!」

「それも間に合ってます」

「あっ!地を這うぱっくんふらわー!」

「えっ!?どこどこ!?」

大喜びで振り返り、辺りを見渡し始める幽香。その瞳は一片の曇りも無く、まさに純粋な少女のものであったそうな。
一方、年下でありながら汚い大人の世界を展開してみせた魔理沙は、無防備な幽香の背中へ向けて突進、肉薄。

「もらったぁ!32文マスタースパーク砲ッ!」

「きゃうん!」

まさかの肉弾戦、しかもドロップキック。
純粋な好奇心に付け込まれ、膝をついてうつ伏せに倒れ込んでしまった幽香は、哀れ魔理沙から蹴りの嵐を見舞われる事になってしまう。
主に尻や、尻とか、尻などに。尻叩きならぬ尻蹴りを平気で妖怪に見舞う辺り、さすがに幻想郷の人間は格が違った。

「このドチクショーが!どーだ!おらおらおらおらぁ!」

「いたっ……ちょ、やめ……あうぅ!」

何故か立ち上がる事が出来ない。尻を蹴られる度に、全身を痺れるような感覚が襲い、力が抜けてしまうのだ。
五分間に渡る肉体言語の末、幽香はとうとう反撃の余地無きまま敗北。残ったのは尻の痛みと不思議な感情。どんなものかは各自でご想像下さいませ。

「はぁ、はぁ……うぅ、まさかこんな簡単に……」

「ふぅ……この爽快感と気分の高揚は一体?まあいいや、とにかく宴会は一週間後だ!頼んだぜ!」

素晴らしく良い汗をかいた魔理沙は、それだけ告げると上機嫌で箒に跨り去って行った。
残された幽香は暫し尻をさすっていたが、やがて現実を認識する。一週間後に衆人環視の中、しかも酒の席で何か芸をしてウケを取らなければいけないのだ。
空は晴れているのに、彼女の心にはどんよりと暗雲が立ち込める。とにかく何か考えなければ、と家に戻った。



――― そして物語は冒頭へと続く訳である。
魔理沙をネタにした漫談。魔理沙の身体を真っ二つにして、そのまま元に戻さない手品。魔理沙モノマネ。
復讐の意味も込めて、そういったネタを結構な時間考えたものの、一向にアイディアは浮かばない。
ならば普通に一発ギャグでもやろうかと思った結果が冒頭の有様だ。
八方塞がりに陥った彼女は、頭を抱えたい気分で一杯だった。

(どうしよう……このままじゃ、大勢の前で恥をかきに行くようなものだわ)

この退廃的状況を何とかしなければ。
再び頭をフル回転させ考える幽香。しかしその時、パチンと何者かが彼女の脳内に電灯を点けた。
よーするに閃いた。

「そうだ、何も一人でやる事なんてないじゃない!」

もう一人、つまりはコンビを組む。相方がいればネタの幅も広がるし、何より恥ずかしさも半減だ。
幽香は小さくガッツポーズすると、善は急げとばかりに家を飛び出した。

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降り立った目の前にそびえる、紅い洋館。
相方探しの初手として幽香はまず、ここ紅魔館を訪れた。
実にバラエティ豊かな住人が住むこの屋敷なら、自分に合う相方が見つかるかも知れない――― そう踏んだのだ。
事情を話して中へ入れてもらおう、そう思い門の前に立つ門番・紅美鈴に近付く幽香。
声を掛けようとしてだがしかし、ピタリとその足が止まった。

「……むにゃ……」

耳を澄ませば、すやすやと寝息が聞こえる。ただ目を閉じているだけかと思っていたら、美鈴は立ったまま眠っているではないか。
ご丁寧にヨダレまで垂らしながらの直立午睡。前代未聞の光景に、これを写真に収めて持ち込めば宴会でウケが取れるのではと考えてしまう。

(楽でいいし、カメラ持ってきて、そうしちゃおうかしら)

しかし、それでは後で魔理沙に何と言われるか分からない。仕方無く、幽香は門番さんの肩をちょいちょいとつついた。

「ちょっと、起きて」

「うにゃ~……はっ!」

一瞬寝ぼけまなこでこちらを見た美鈴は、目の前に立つ幽香の姿を確認。

「チョアーーーッ!」

「わああ!?」

したかと思えばいきなり奇声を発して妙な構え。両手をワイルドに広げて片足を上げる。
強か驚いた幽香が呆然と立っていると、構えを解いた美鈴はびしっと敬礼。

「こんにちは!本日はどのようなご用件でしょうかっ!」

「いえ、あの……今あなた、思いっきり寝てたわよね?」

目が点になった幽香の質問に、美鈴は不服そうに頬を膨らませる。

「寝てません!役立たずの門番だと油断して近付いてくる相手を威嚇しつつ臨戦態勢!お嬢様にもお褒めの言葉を頂けましたステキな作戦です!」

「来客を驚かしてどうするのよ。第一、起きれなかったらどうするの?」

「それは心配ご無用、毎日この作戦を実施し、慣れておりますから!」

「よーするに毎日寝てる、と……」

「もう、作戦ですってば!」

「それより、早くヨダレ拭きなさいな」

幽香は不毛な会話にケリを付けようと、未だ口元に垂れたままのヨダレを指摘。面倒なので、今幽香が起こしたという事実には触れない。

「はぁい。よいしょ、っと」

間延びした返事を返しつつ、美鈴はかがむと幽香の上着の裾をぐいっと引っ張る。

「ちょ、自分ので拭きなさいッ!」

突然の行動にぶったまげ、思わず幽香は美鈴の頭をぽかり。

「あいてっ!ごめんなさい、そうですよね」

「どこから私の服で拭くなんて発想が出てくるのよ!」

「あ、今のダジャレですか?ふくでふく~」

「うるさいわね、はよ拭け!」

何ともぽけぽけしたエンドレスな会話に辟易しかけた幽香であったが、しかしその時電流走る。

(はっ……今のこの子とのやり取り、まさに理想のボケ&ツッコミ!?)

そう、自身が美鈴と繰り広げた一連の不毛な会話。美鈴がボケて幽香がツッコむ、理想的な漫才の形式であった。
瞬時にここへ来た本来の目的を思い出した幽香は、ハンカチでヨダレを拭いたばかりな美鈴の肩を素早く掴んで揺さぶった。

「そうよ!あなたと組めばきっと私は!お願い、コンビ組んで!」

「あわわわわわわ……ひゃめてくださいぃ、そんなにゆすったら拭いたばっかなのにヨダレがまた……ずび」

「どんだけ唾液腺ゆるいのよあなたは!いやしかし、それもナイスボケ!あなたみたいなのを待ってたのよ!」

くるくる目を回す美鈴に、幽香は一通りの事情を説明してみせた。
一週間後の宴会で芸をやる羽目になり、相方を探している――― そんな事情を告げると、美鈴は少し考えてから口を開く。

「はぁ、なるほど……ずびび」

「まだヨダレ止まんないの?」

「いえ、これは三時のおやつのことを考えたら出ちゃいまして」

「子供かい」

ため息をつきつつも、幽香は美鈴のボケの資質がますます高まっている事を内心喜んでいた。
お笑いを志す者にとって”天然”という素材は、手に入れたくても中々手に入らない、非常に価値のある存在だ。
その貴重な存在が、今まさに目の前にいるのである。それも、並のものとは比べ物にならない、かなりの上物と来ている。
これはもう、ネタを作る必要すらなく、本番中に何か適当な会話をしているだけでも笑いが取れるのではないか。

(来て正解だったわね)

自らの考えが見事当たっていた事に対し、満足気に笑みを浮かべる幽香。
だが幽香は、続いて美鈴の口を突いて出た言葉に首を傾げる事となる。

「そうですねぇ、リアクション芸なら喜んでご協力しますけれど」

「りあくしょんゲイ?」

「えっと、要するに身体を張って笑いを取る、というスタイルです。紅魔館では、もっぱらリアクション芸が流行りでして。
 笑いのために恥じらいも健康な身体もプライドも何もかもかなぐり捨てて挑みかかるその姿勢。素晴らしいものですよ!」

嬉々としてリアクション芸の魅力を語る美鈴。一方で幽香は、どうにも嫌な予感しかしない。
試しに、と彼女は尋ねてみた。

「う~ん、例えばどんな感じ?」

すると美鈴は、ニヤニヤと笑いながら話し始めた。

「過去の実例からお話しますと……例えば、トランプ対決をします。それで負けた人は、頭にリンゴを乗っけて柱に縛られ、咲夜さんが投げるナイフの的になるんです!
 身を切るようなスリルとサスペンス……たまりません!もし万一刺さりそうになっても、咲夜さんが時を止めて、その間に致命傷にならない位置にナイフをズラしてくれますから安全です!」

いやいや、ちゃんとナイフ除けろよ――― 幽香は内心で冷や汗。

「他にはそうですね、小悪魔さん謹製のあつあつおでんにカラシを塗りたくって口に押し込むとか。王道ですけど面白いんです。
 ちなみに具は通常より大きめ、さらにカラシの量は具の直径が2,3センチ大きくなる程度に!」

おでん食べてるのかカラシ食べてるのか分からん――― 幽香は内心で戦慄する。

「ていうか、食べ物粗末にするのはどうかと」

「大丈夫ですよ。終わったらちゃんと、皆さんでおいしく頂きますから。塗りすぎたカラシは妹様がペロペロとなめ取って下さいますし。
 ちょっとでも残ってたら、お嬢様が『かりゃい!かりゃいのぉ!』と仰ってお召し上がりになることができませんから」

「心強いスタッフですこと……」

幽香はどちらかと言うと辛味耐性ゼロな当主の方に興味が沸いたが、美鈴がさらに続ける。

「あとはですね、私の出番です。私が大陸で学んだ本場仕込の足ツボマッサージでこう、グリグリやっちゃうんです。結構効きますよ~?
 痛ければ痛いほど、効いている証ですからね。運動不足のパチュリー様にしてさしあげた時のあの悲鳴……ああ、忘れられません!」

実に生き生きした表情で語る美鈴。脳内ではてこでも動かない運動不足大図書館、パチュリー・ノーレッジの『むっきゅううううう!』的な悲鳴が響き渡っているのだろう。
何でも、負ければ当主でも下っ端でも平等に罰ゲームという無礼講な感じが実に受け、定期的にゲーム大会を開いては、このようなリアクション芸的罰ゲームが執行されるんだとか。

「……と、言うわけで!幽香さんも是非、この素晴らしき体当たり芸に挑んでみませんか!?紅魔館総出でレクチャーしますよ!」

カマン!と言わんばかりに美鈴は両手を広げるが、幽香はげんなりした表情で首を横に振る。

「あう、ごめん、無理。私には多分向いてないから……時間とらせちゃってごめんなさい」

「はぁ、残念です。思う存分身体をいじめて、乳酸上昇率をMAXにしたくなったらいつでもどうぞ!」

何故かむきっとマッスルポーズを取りつつ、美鈴は去り行く幽香の背中を見送ったのであった。見ているだけでいいのかァい?

・

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・

紅魔館を後にしたその足で、幽香は妖怪の山をクライミングしていた。
とは言ってもそそり立つ崖を攻めているのでは無く、ふつーに飛んでいるだけ。これでは登頂制覇の喜びも何もあったものでは無い。
幻想郷とは、かくもアルピニストの敵の集まりである。

「お、いたいた」

さて、麓付近にてそれほど労せずに目的の人物を見つけた幽香。降下し、その背中に近付く。
自宅らしい一軒家の前にテーブルを置き、射命丸文は何やら腕を振り上げている。

「?」

不審に思いつつも観察する幽香。文の目の前のテーブルには、カメラが一台。
すると、彼女は突然振り上げた拳をカメラへ向けて振り下ろす。
ぽくっ。

「うは~、痛そう……」

幽香は思わず呟いた。その行動の意図は分からないにしろ、文は叩き付けた右腕の手首を左手で掴み、肩をぶるぶる震わせている。
暫し手をさすっていた彼女は、不意に振り向いた。

「あやや、これはこれはお花マスターの幽香さんじゃないですか。どうされました?」

「いや、それはこっちの台詞で……」

うやうやしく礼をする文に、幽香は先の行動の意図を尋ねてみた。
すると彼女は何故かえへん、と胸を張って答える。

「実はですね、念写の練習をしていたのです!」

「念写って、ずっと遠くの物や見えない場所なんかも写せるっていうアレ?」

「そうです!なんでも、西洋にはカメラを叩き壊すことで念写ができるおじいさんがいたとか。
 人間の方にできるなら、鴉天狗であり新聞記者のエキスパートである私、清く正しく繊細でおとめちっく・ふぁくとりぃな射命丸にだってやればできるはず!
 ……というワケなのです。まだ練習中だから見ちゃダメです。他の人にはナイショですよ?」

小指の側が赤くなっている手で、文はしーっ、と静かにのポーズ。
一方で幽香は頬をかきながらため息。

「ん~……言いたいことはいくつかあるけれど、とりあえず。
 仮に念写できたとして、一枚撮るごとにカメラ叩き壊してたら、コストパフォーマンス悪すぎないかしら」

「あ、う。しかし、インビシブルなブツも撮影できるというのは大きな魅力なのでありまして、そのぅ……」

「大体、何を撮る気なの?大方、風呂場の盗撮とか……」

「ノォーウ!ナンセンス!風呂場は直接撮影に赴いてこそです!念写するならそう、服の中とか……あっ、いやいや」

今更顔を赤らめて恥らう文に、幽香は二度目のため息をついた。この天狗娘は、スケベエなのかウブなのか。
今後の幻想郷の社会的秩序及びプライバシー保護の観点からすれば、今ここで彼女をとっちめておくべきなのかも知れないが、後でコンビ組んでくれなくなったら嫌なのでそれはやめた。

「そ、そうです。幽香さんはどのようなご用件ですか?とうs……げふん、お写真の依頼ですか?それとも新聞の定期購読?」

「あ、いえ。そうじゃなくて、ちょっとお願いが」

「はい?」

首を傾げた文に、幽香は美鈴にしてみせたのと同様の説明。
文は、納得したようにうんうんと頷いた。

「なるほど、漫才のコンビですか……」

「まだ漫才と決まった訳じゃないけれど。新聞記者としてあちこち飛び回ってるあなたなら、弁も立つしネタの引き出しも広そうだし……頼りになると思ったの。
 迷惑なのは承知してるけれど、何とか頼めないかしら」

迷っている様子を見せた文に、幽香は頭を下げて頼み込む。
すると彼女の想いが通じたか、文はドン!と胸を叩いた。

「わっかりました!この清く正しく繊細でスウィートかつおとめちっく・ぎゃらくしぃな射命丸にお任せ下さい!」

「本当に?ありがとう!」

まさかの快諾に、思わず幽香は彼女の手を取る。

「……で、もひとつお願いなんだけど。出来たら、漫才のネタも考えてもらったりとか……」

「はい、そちらもお任せ下さい!新聞記者としての経験の深さを見せ付けてやりますよ!」

「キャーアヤチャーン!!」

(やりぃ!)

さらにネタ出しまで体よく押し付け、幽香は嬉しさの余り握った文の手をブンブンと上下に振った。
これでとりあえず一安心、と内心で彼女は胸を撫で下ろす。全て押し付けるのは少し良心が痛む所でもあったが、自分よりは文の方が確実に面白いネタを考えられるだろう、と自身を納得させる。

(初日から大収穫ね。今日のところはこれぐらいにしておいて、ルンルン気分でおうちに帰るとしましょうか♪)

そんなことを思いつつ、上機嫌で微笑む幽香。
駄菓子菓子、目の前にいるブン屋が発する次の一言に、彼女はパーフェクトフリーズさせられる羽目になるのであった。



「あ、でも。言い忘れましたが、今回の漫才におけるネタ出しや打ち合わせ、リハーサルに本番楽屋裏、その他諸々を包み隠す事無く特集記事にさせて頂きますよ?」



ぱらり、と握っていた手が解ける。

「え……なに?ひじき?」

「きじです、きーじー。だって、あの風見幽香さんが漫才ですよ、マンザイ!これは幻想郷を震撼させる大大ニュースじゃありませんか!
 一緒に頑張ってお客さんから笑いをぶんどろうと悪戦苦闘する様子をドキュメンタリー風にまとめあげれば、最高の記事になりますよ!
 名付けて”プロジェクドS”!Sはサディスティック・スクリーム・サクリファイス・ソリッド・ステート・スカッド・スネークのSです!」

ぱたぱたと両手を振って大喜びの文。一方で幽香は、己の努力もとい奇行の様子が全て克明に記され、幻想郷中の人妖に読まれた時の事を考えてみる。
それはつまり、



『ここなんだけど、”あんたどんな性格してんのよ!”だけじゃなくて、”このおたんこナース!”とか”ナスビ仮面!”とか付け加えた方が面白いんじゃない?』



――― みたいな打ち合わせだとか、



『このばかっつら~!』

『違います、もっと子供っぽく、理不尽なワガママさを前面に押し出すんです!子供のくせに株やってたりトカレフ持ってたりなんかしているような、そういうふてぶてしさを持ち合わせて!』

『ばかっつらぁ~!』

『そうです!今の幽香さん、最高にウザカワイイ感じです!家賃とか踏み倒してそうです!』



――― みたいな練習の様子だとか、



『やっぱりお酒の席ですからね、多少は俗っぽいというか何と言うか、下ネタっぽいのがあった方がウケはいいかも知れませんねぇ』

『えぇ、そんなのできないわよ?』

『じゃ、脱ぎましょう!とりあえず……ステージに上がる時点で一番上は脱いでおいて、さらにブラウスのボタンも二番目くらいまであけちゃって……』



――― みたいなあざといやり取りだとか、そんなのが全部筒抜けになるのだ。
それだけならともかく、恥ずかしい所を一切隠さないそれらの記録が、新聞という紙媒体で後世まで残るのだ。
無駄なスピードと印刷能力を駆使して幻想郷中にばら撒くであろうから、恐らく全て回収して焼却するのは不可能だろう。
向こう数十年は勿論、下手したら数百年経った後でも妖怪組やら人間組の子孫やらに、

『ほら、あれがいつぞやの宴会で、漫才中にキタキタ踊りを披露した風見幽香だよ』

『知ってるよ、前に写真で見たもん。私、大きくなってもああはなりたくないな』

――― なんて後ろ指を指されるのだ。
そんなの耐えられない。ゆうかりん乙女だもん。キタキタ踊りなんて、例えしたとしても後世までは残したくないもん。

「あぁ、テンション上がってきました!やるからには徹底的、記事栄えするように幻想郷お笑いチャンプを目指せるくらいの勢いで行きますよ!」

文は一人踊り出さんばかりだが、幽香はその肩をポンと叩いて深いため息。

「……ごめんなさい、やっぱりさっきのお話はナシの方向で。忙しいのに、悪かったわね」

「え~、やめちゃうんですか。せっかく文々。新聞一世一代の大スクープになると思ったのにぃ」

ぷぅ、と頬を膨らませて不服そうにしつつも、文はふらふらと去っていく幽香を見送るのであった。いつの世もマスメディアとは恐ろしいものなり。
ちなみに、一連のやり取りをこっそり聞いていた犬走椛が、後で文にたっぷりとお仕置きをかましたというのは余談である。

・

・

・

・

その後もパートナーを求めて幻想郷のあちこちを飛び回るも、これといった成果を得る事が出来なかった幽香。



例えば、山から帰る前に厄神・鍵山雛を訪ねた所、リボンでぐるぐる巻きにして”よいではないかごっこ”をしようと言われたり。

プリズムリバー三姉妹の元を訪れたら、ルナサのフォークギターに合わせて『なんでじゃろ~』と歌いながら踊る羽目になりかけたり。

永遠亭の門を叩けば、蓬莱山輝夜がやたら張り切っていたので期待したが、彼女の口から『死亡遊戯』という単語が出てきたので早々においとましたり。

白玉楼へと赴けば、事情を話してから開口一番、魂魄妖夢が目を輝かせて『ハラキリショーですか!?』などとのたまうのでダッシュで逃げたり。

博麗霊夢を訪ねてみれば、『一緒に手品をしよう』と言われて一度は乗り気になった。
しかし、よくよく話を聞けば霊夢の考えるマジックが、どれもこれも”幽香の財布からお金が神社の賽銭箱に移動する”というフィニッシュに落ち着くものであったため、財政的危機を感じて辞退したり。



――― とまあ、先程も述べたが成果は全くのゼロ。日も暮れたので幽香は自宅へと引き上げた。

「はぁ~あ……」

鏡と向かい合って、幽香は一人ため息をつく。今日何度目のものか分からないが、恐らく一番重いものだ。
こうなったらもう、ピンでやるしかない。しかし、自分に何が出来るのか。
鏡から少し視線を横にずらすと、焦げた壁。先程練習していた、”弾幕の大道芸投げ”失敗による産物だ。
球状にまとめた弾幕を傘で転がし、最後にブン投げる――― というものだが、難しい。こぼして壁に命中、こんがりと焼いてしまった。
本番時、前に座っているであろう魔理沙にぶつけてやるつもりだったのだが、かなり難しい上にこの威力はシャレにならなさそうなので中止。
いっその事、今日こうしてパートナー探しに悪戦苦闘した自分自身の様子を、脚色を加えて面白くし漫談に仕立てて話そうかと思った。

(人を笑わせる……そんなの、私には絶対的に向いてないのになぁ)

しかし、いくら嘆いてもやる事は既に決定済み。頑張るしかない。
どの道そういう方向性しか残っていないので、幽香が諦めてこの日の出来事を回想しつつ黙々とネタを探り始めた、その時であった。
不意に風見邸の静寂を押し破る、チャイムの音。

(こんな夜更けに……誰かしら。まさか魔理沙がまた?)

一抹の不安が過ぎる。時計を見ればもう午後八時を回っており、こんな時間にわざわざ訪ねてくるのは大概厄介な相手なのだ。
しかし居留守を使うのもどうかと思い、幽香は玄関へと向かう。

「どなた?」

声を掛けつつ、開錠してドアノブに手を掛けた。
がちゃり、とドアが開かれると、視線のやや下に人影。
妙にギザギザしたシルエットが目に入った瞬間、幽香は素早くドアを閉じていた。ばつん。

「……幻覚ね。疲れてるんだわ」

「ちょっとぉ!?今見ましたよね!?開けなさい!」

「幻聴、幻聴……ナニモキコエナイ、ナニモキカセテクレナイ……大人になったからかしら、っと」

「壊れかけのレディオなら河童の所へ持って行きなさい!それよりあーけーてー!」

きゃいきゃいとうるさいので、近所迷惑を懸念した幽香は諦めてドアを開ける。ただし三十秒くらい放置してから。

「早く開けなさいってばぁ……あっ、こほん。夜分遅くに失礼。今、お時間ありますか?」

涙目になっていたのを袖で拭って誤魔化し、彼岸のサイバンチョ、四季映姫・ヤマザナドゥは姿勢を正して幽香に尋ねるのであった。

・

・

・

玄関で話していると蚊も入る。幽香は渋々といった体で四季映姫を招き入れた。
テーブルに向かい合い、彼女が二人分の紅茶を出した所で四季映姫は口を開く。

「突然ごめんなさい。もしかしてお休みになってたりとか……」

「いえ、起きてたわよ。ちなみに玄関はそっちね」

「なら良かった。実は今日、あなたにお願いがありまして」

「閻魔様がお願いとは随分ね。あ、出口はそっちだから」

「彼岸の最高責任者ともあろう私が、誰かを頼るというのは恥ずべき行為だと承知はしています。けど、私一人ではどうすることも……」

「上の立場にいるってのも大変ねぇ。そうそう、お帰りの際はそちらから」

「何でさっきから私を帰らせようとしてるんですかッ!?」

抗議と共にテーブルを思いっきり叩こうと両腕を振り上げる四季映姫。だがテーブルには紅茶のカップ。こぼしてはいけない、とかなりソフトタッチに、とすんと叩いた。

「だって、あなたが用事ってお説教以外にあるの?」

予め手元に避難させていたカップに口をつけ、離してから幽香は露骨に面倒そうな顔。
実際、彼女が四季映姫と出会えば説教率十割、かのNo.51も戦慄する脅威のアベレージなのである。
話題を逸らしても的確に説教へとシフトするその話術は、まさに説教マイスター。
『萃香と西瓜とSuicaの発音の分け方』という話題を説教へ持っていかれた時は、さしもの幽香も回避不能と諦めた。
そんな数々の経験から彼女を苦手としていた幽香の苦言であったが、当の四季映姫は首を横に振る。

「ち、違います!確かに普段はアレですけど……今日は、その、さっきも言いましたが……お願いがあるんです」

「鬱憤が溜まってるから一時間説教させてくれ、とか?」

「違いますってば!!」

頬を膨らませた四季映姫に『冗談よ、ごめんなさい』と陳謝し、幽香は手で続きを促す。とは言え、少しでも説教の素振りを見せたら放り出すつもりではいた。
こほん、と咳払い一つ、真面目な顔になって彼女は口をゆっくりと開いた。



「私と……私と、コンビを組んで下さい!」




一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。
数秒間の沈黙の果てに、幽香は恐る恐る、といった体で尋ねる。

「えっと……コンビっていうのは、まさか」

「はい、その『まさか』です」

四季映姫が頷くので、幽香はぺちんと額を叩いてため息。



「……事情が変わったわ。続けて」



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・

・

「事の発端は、小町でした」

「ああ、おたくのいつもおねむな死神さん」

四季映姫の話によれば、彼女の部下である小野塚小町が周囲に吹聴して回ったらしいのだ。
『今度の宴会で、四季様がすっごく面白い芸を見せてくれるって張り切ってたよ!』と。

「で、あなたは?」

「当然、小町を問い詰めました。そしたらあの子、どうやら休みの日を利用して、彼岸どころか幻想郷のあちこちに噂を広めたらしいんです。
 休む時は必ず何も言わないでサボるくせに、いきなりきちんとした有給休暇を取った時点で察するべきでした……」

どこの世界にもお調子者はいるものだ、と幽香は内心で四季映姫に同情していた。脳内にちらつく白黒の影をハエたたきで追い払う。

「まったく……『ナウでヤングでちょー面白いあたいがやるより、四季様がやった方がきっとウケますよ!』ですって?
 断ろうにも、あの子の口からでまかせを聞いた人々が凄く楽しみにしているらしくて……なんていうか、もう後には引けなくなってしまいました」

それはそうだろう。いつも真面目、そして彼岸における最高権力者である四季映姫のコミカルな姿。誰もが見たいと思うに決まっている。
彼女はさらに語る。多くの人々から期待の眼差しを一心に浴びてなお、『小町が勝手に言っただけ、私は関係ない』と言い張る事は出来なかった、と。
良くも悪くも真面目すぎる四季映姫の弱点を突いた見事な作戦だ、と幽香は小町に感心していた。
ただ、一連の騒動に決着がついたら魔理沙とまとめてすっごい事をしてやろう、とも。とりあえずアサガオの種入りケーキを食べさせるのは決定事項だ。
永遠亭で処方される便秘薬”桃色小粒・後楽”など目じゃないくらいの直下型・某隅田川的濁流に悶え苦しむが良い。

「あとでトイレットペーパーでも送ってあげなくちゃね、そちらの部下にも」

「え、何のお話ですか?」

「あいや何でも……それより。あなたの事情は分かったけど、どうして私に?」

何故、ピンポイントで同じ悩みを抱える幽香を尋ねて来たのか。それが気になっていた幽香の質問に、四季映姫は再び口を開いた。

「私もあなたと同じで、一人では無理だと思って相方を探していたんです。
 その途中で妖怪の山に立ち寄った際に、あの新聞記者の鴉天狗から聞きました。あなたがコンビを組む相方を探していると。
 しかし、彼女は一体何をやらかしたのでしょうか。大量の白狼天狗に囲まれて全身をくまなく尻尾でくすぐられていました。
 顔を涙とヨダレでぐちゃぐちゃにして笑い転げる彼女に、しっかりと説教してからこちらへ」

説教した時の事を思い出したか、生き生きとした顔になる四季映姫。
『婦女子がそんなだらしのない顔をするんじゃありません!それに、人の顔を見て笑い転げるとは何事ですか!そう、あなたは(ry』――― 大方、こんな所だろう。
笑うなと怒られても、くすぐり地獄は続いているのでますます笑う、そしてさらに怒る。嫌な永久機関だ。
ほんのちょっとだけ文に同情しつつ、幽香は四季映姫へ向けて頷く。

「とりあえず事情は飲み込めたわ。断る理由もないし、それに相方がいなくて不安なのは私も同じ……とりあえず、よろしくね」

それから立ち上がり、右手を差し出す。

「ええ、宜しくお願い致します。やるからには、観客……というより小町の横隔膜がひしゃげるくらいの笑いを巻き起こしてみせましょう!」

四季映姫もまた立ち上がり、幽香の手をしっかりと握った。幻想郷最強の、緑髪女帝漫才コンビが誕生した瞬間である。
もう夜のいい時間だったが、善は急げとばかりに二人は早速ネタの練り込みを開始した。

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その翌日も、朝から四季映姫は幽香の元を訪れてネタ出しを行っていた。

「とりあえず、下ネタは無しの方向でいきましょう。座右の銘は、『清く、正しく、面白く』です」

「そうね、会場にはお子様もいるわけだし」

それぞれの美学に基づき、ひたすらに笑えるネタを追求する。
形式は色々あれど、二人は最もオーソドックスな”漫才”という形を選んだ。

「ところで、どっちがボケでどっちがツッコミ?」

「無論、私がツッコミです」

「どうして決定事項?」

「裁判というのは、相手の矛盾点にツッコミを入れていく場ですから。それを取り仕切る私の方が向いているでしょう」

「なるほど」

幽香は思わずポン、と手を打つ。こうして役割決定。

(けど、基本的に死者を裁く場所なんだから弁護士も検事も無いし、普通の裁判とは異なるんじゃ……)

ちらりと思ったが、先の説明が非常にしっくり来たので言わない事にした。
ついでに、その点をツッコめば恐らく一時間はクドクドと反論+説教のコンボが来るだろうとの予測もあった。
今は、そんな事に費やしている時間は無いのだ。
そんなこんなで一日ではネタが決まらず、翌日、その翌日もと少しずつ案をまとめていく。

「時々ですけど、ボケとツッコミが入れ替わっちゃうようなネタがあると面白いんじゃないでしょうか」

「ツッコミを入れてた方が、その勢いでいきなりボケるってこと?」

「そうです。で、今までボケてた方が至極冷静にツッコミを入れる、と」

「笑いの基本はギャップ、か。いいわね、それ採用」

全体の流れを決めてから、細かいネタ作り。一度決めた場所でも、もっと面白くなるのではないかと常に考える。
おおよそのネタが完成したら、台詞を口に出しながら修正。
漫才とは、ネタが醸し出す空気を崩してはならない。ボケにしてもツッコミにしても、雰囲気に沿った発言が求められるのだ。
ここはオーバーアクションでツッコむか、冷静に入れるか、さらっと流すか。空気を読み違えれば、チルノに頼らずとも場は凍り付いてくれる。

「ねぇ。ここのさ、『そんな事子供でも分かるっちゅーの!』ってやつ。ツッコミとしては悪くないけれど、もう少し捻った方が面白いと思うの」

「確かに……捻り、ですか。じゃあ私独自のツッコミという事で、彼岸ネタを取り入れてみましょう」

「そうね。専門用語みたいなのを織り交ぜてみたら、インパクトも増すんじゃないかしら」

幽香の言葉に頷き、わざわざ作った台本に修正を加える四季映姫。互いの台詞やアクションでも、良いアイディアが浮かべばきちんと提案してみせた。
ある程度台詞を覚えたら、実際に漫才のリハーサル。当然一発で上手くいく訳も無く、台詞を噛むわ、忘れるわ、急に恥ずかしくなって口ごもるわ。

「恥ずかしがってる場合じゃないわね。観客もいない内から真っ赤になってたら、本番なんてとても」

「でも、考えれば考えるほど……うぅ。お客さんは笑ってくれるかとか、台詞を間違えないかとか、きちんと演じきれるかとか」

「あなたは真面目すぎるのよ。この漫才の間だけは、とびっきりのバカになりましょう」

四季映姫に助言すると同時に、幽香は自身にも言い聞かせていた。心の底から、道化になるのだ。ステージに立ち、観客を楽しませる事に生き甲斐を感じる存在へと。
本番まであと二日も無い所まで来てようやく、リハーサルを繰り返す二人の表情にも余裕が生まれてきた。相手のボケやツッコミに、自分が笑ってしまう事もあった。

「自分のネタで笑ってちゃ、世話ないわねぇ」

「恥ずかしがって、何も出来ないよりずっとマシです!」

恥ずかしそうな幽香に、今度は四季映姫がその背中を叩く。



そして―――



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――― 本番当日。博麗神社には多くの人妖が詰めかけ、乾杯も早々に盛大な乱痴気騒ぎが巻き起こっていた。
酔ったままのテンションで楽器を鳴らしまくるプリズムリバー三姉妹。アリス・マーガトロイド所有の人形に酒を飲ませようとし、止めに入ったアリスと取っ組み合いを始める魔理沙。
手当たり次第に食料を口へもぎゅもぎゅと押し込むルーミアに、宴会開始三十分でゴミ片付けや酔い潰れた者の世話でせわしく動き回る羽目となった大妖精&小悪魔。
メディスン・メランコリーはテンション上昇の余り毒を撒き散らしかけて一時退場させられるし、泣き上戸な藤原妹紅は輝夜にやたらと絡み、逃げようとした彼女の足を引っ掴んで転倒させた。
宴会のメニューに焼き芋が無い事を不満に思った秋穣子はいきなり『今の切なさを表現します!』と言って踊り始め、それに対抗する形で洩矢諏訪子までも踊りだす。
帽子一杯におひねりを集め、『さなえー、かなこー、こんなに信仰集まったよぉ!』と諏訪子はご満悦だが、『それは信仰ではない、ファイトマネーだ』とは八坂神奈子の弁。
とまあこのように十人十色、百人百様な宴会模様。誰もがこの大宴会を楽しんでいる、かに思われた。
だが―――

「……どうしたの?そんな怖い顔して」

「大丈夫ですか?もしご気分が優れないなら、あちらでお休みになることも……」

そう、あと数十分もすればこの日の主役として祭り上げられる事となる、風見幽香。彼女だけは緊張でロクに酒も喉を通らず、隣にいたメディスンや世話係の大妖精に心配されてしまった。
彼女だけ、というのは正確では無い。少し離れた席では四季映姫も同様に、かなり強張った表情。これまた、世話係の小悪魔に声を掛けられ、首を振っている。

「……大丈夫よ、気にしないで。ありがとう」

幽香も二人にそう返し、景気づけのつもりでグラスに残っていた酒を一気にあおった。
やがて、時間の経過と共に当初の大盛り上がりは若干ではあるが鳴りを潜め、落ち着きを取り戻し始める場内。
ここだな、と判断した魔理沙はすっくと立ち上がり、声を張った。

「おーし、みんな聞けー!実は、今日の宴会のために面白い芸を考えてきてくれたヤツらがいるんだ!見たいかー!?」

途端に『おおーっ!』と妙に統率の取れた返事が返ってきて、彼女は満足そうに笑う。次いで小町も立ち上がり、口を開いた。

「あたいや魔理沙がやるってならともかく、今回はちょいと意外な面子だよ!そいじゃ、早速やってもらおうか!」

少しばかりざわついた客席。その最中で、幽香はそっと四季映姫に目配せ。彼女も小さく頷いたので、二人は意を決して素早く立ち上がる。
途端にそのざわめきは一層大きな物となり、瞬く間に会場全体へと広がった。驚きの余り酔いが醒めてしまった者、口をぽかんと開けたままの者もいる。
無理も無い。片や向日葵畑に君臨する女帝、風見幽香。そしてその相方は彼岸の支配者とも覇者ともくろまく~とも言われる、四季映姫・ヤマザナドゥときた。
しかし、そのざわめきは知らなかった者達のものであり、既にこの情報を掴んでいた者達からは歓声が上がる。
やがて知らなかった者達の”意外な人物が芸をする驚き”も、”意外な人物が見せてくれる芸への期待”へと変貌し、同じく歓声に加わっていく。
とうとう会場全体を大歓声が包み込み、二人の冷や汗をますます促進させた。

「それじゃ、準備を頼むぜ!」

「好きなタイミングで始めていいですからね~。それじゃみんな、チャンネルはそのまま!カメラマンの方は今の内に前へ!」

ますます煽る魔理沙と小町。さらにその二人は、まるで挑みかかるかのように視線を投げかけてくる。
だが、深呼吸をして落ち着いた幽香・四季映姫は、そんな二人へニヤリと笑みを返してみせた。

(……幽香のやつ、ネタに自信はあるみたいだな。それじゃ、楽しみにさせてもらおうか)

(さぁて、今は観客に戻ろうかね。しっかりおやんなさいよ、四季様!)

それぞれの想いを胸の内に秘め、魔理沙・小町両名は自分の席へと戻る。
一方、いつの間にかスタンドマイクの置かれたステージに上った幽香達は、一旦舞台袖へ。登場シーンから考えていた為だ。

(いよいよ、か……)

観客席を覗き見、深呼吸をする幽香。しかしその横で、先の落ち着きはどこへやら、四季映姫の息は荒い。手がガタガタと震えを帯びている。

「具合悪いの?こんな所まで来て、倒れないでよ」

「へ、へいき、です。けど、やっぱり、ふ、不安が。皆さん、本当に面白いと感じてくれるのでしょうか……」

やるからには、観客を楽しませないといけない――― 四季映姫は、そんな今にも倒れそうなプレッシャーを感じていた。
幽香には、彼女の気持ちが痛いほど解る。しかし、だからこそ幽香は気丈に笑ってみせた。

「こないだも言ったじゃない、バカになりなさいって。そんな生真面目になる必要なんてなし。
 絶対に大丈夫、私達のコンビは無敵よ。お客より先に、私たちが楽しんでやらなきゃ」

『ね?』と問いかけ、背中を叩く。深呼吸し、再び四季映姫が顔を上げた時、その表情から迷いは消えていた。

「……そうですよね!せっかくこれだけの大人数の前で、おバカな事を出来るんですから。貴重な体験だと思って、徹底的にふざけましょう!」

「その意気、その意気……それじゃ、行くわよぉ!!」

互いの手を握り、顔を合わせてニヤリと笑み一つ。幽香の号令で、二人は勢い良く舞台へと躍り出た。


そして今、伝説となる漫才ショーの幕が上がる。


・

・

・

「はいど~も~!」

「どもども~!」

期待の眼差しで、今か今かと開幕を待っていた観客は、漫才開始一秒で早速笑いを取られてしまった。
だって、あの幽香が。あの四季映姫が。満面の笑みで手を叩きながら登場したのだ。笑わずにいられる方がおかしい。
ステージ中央に置かれたスタンドマイク前に並んで立ち止まり、ぺこりと一礼。わっと沸く観客席、巻き起こる拍手。
もう何度か礼をして応えつつ、それらが大方止んだ所で二人は口を開いた。

「はいどうも、こんばんは!お花大好き、それを踏み荒らすやつは醤油が器官に入って咽てしまえ、風見幽香です!」

「全ての罪深き者に裁きと断罪ギロチンドロップを、四季映姫・ヤマザナドゥです。善行積んでますか~?」

「いきなり怖いねアナタ。まあいいや、私たちは二人合わせて!」

「そう、二人合わせて?」



「『天衣無縫、清廉潔白、月下氷人のパーペキ超人、風見幽香+1』です!よろしくお願いします!」



「そう、天衣……ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!!」

いきなり幽香に掴みかかる四季映姫。

「な、なんですかいきなり!」

「なんですかもそーですかもそーなのかーもないですよ!どういうコトですか、+1って!あと、月下氷人って、要は仲人の事ですよね!?今関係無いじゃないですか!」

「おっと、これは失礼。説明不足でしたね」

笑顔で観客席を見渡し、再び四季映姫を向く幽香。

「私、こう見えても数百年以上に及ぶ長い人生の中で、何と2組のカップルを仲立ちしたことがあるんですよ」

「意外と少な!?わざわざ言うほどの事じゃないじゃないですか!」

客席からは、クスクスと笑いが零れる。

「って、そっちじゃなくて、+1の方について説明をお願いします!」

「いいですか、ここにリンゴが一つあります」

「は、はぁ」

唐突にポケットからリンゴ出現。戸惑う四季映姫を尻目に、幽香はもう一つ取り出す。

「で、もう一つあります。さあ、全部でおいくつ?」

「……二個」

「その通り!正解正解!さあ皆さん拍手!」

観客席より笑いと共に贈られる拍手。

「そう、つまり……こうやって、一つ足すこと。それがプラスワン。分かった?」

「ええ、とってもよく……違うわぁぁぁ!ンなこと賽の河原で石積んでる子供でも分かるっちゅうの!!」

びしっと幽香の胸元を勢い良く叩いてみせる四季映姫。どっと巻き起こる爆笑。

「あ、そうじゃない?これは失礼……よく考えたら、確かにおかしいですね」

恥ずかしそうな顔をする幽香に、四季映姫はうんうんと頷く。

「そうですよ、おかしいでしょう!早く訂正して下さい」

「ええ、そうですよね。だって『ぷらすわん』と『しきえいき』って、一文字も合ってませんもんねぇ」

「そうなんですよ……ほら、姓名判断で見てもこのように金運が……ちっがぁぁぁぁうッ!!」

ツッコミと共に繰り出された、『ぷらすわん』の文字が並び、画数や並びなどが線で示されたフリップを勢い良く叩きつける動作は、チルノを始めとする子供組に大いに受けたようだ。

「あのねぇ、分かってますか!?ワタシ、閻魔!ワタシ、エライ!ワタシ、スゴイ!カワイイ!キレイ!はっぴーはっぴー!」

「はっぴー?」

途端に首を傾げる幽香。観客席の方ではメルランが妙に反応している。

「ちょっと、落ち着いて下さい。テンションがヒノファンタズムですよ」

「これは失礼……それよりっ!この私を+1扱いするのがあり得ないって言ってるんです!!」

「ああ……これはこれは。そうですね、それじゃあ変えましょう」

「最初からそうして下さいよ……じゃ、始めから」

頷き、二人は再び笑顔に戻って一礼。

「どうも~、風見幽香です!」

「四季映姫・ヤマザナドゥです!」

「二人合わせて!」

「そう、二人合わせて?」



「天衣無縫、清廉潔白、付和雷同、八方美人のパーペキ超人、風見幽香+0.5です!!」



「そう、我ら天衣……減っとるやないかぁぁッ!」

「あいてっ!」

「しかも、付和雷同とか八方美人って、あんまりいい意味でもないですし!自分で自分のイメージ下げてどうするんですか!」

「もう、えーきちゃんは怒りんぼですねえ。そうそう、そんなえーきちゃんにも、ピッタリの四字熟語がありますよ」

「嫌な予感しかしませんが、何です?」

「悲憤慷慨」

「私のどこがそんなに悲しそうに見えるんですか?」

「主に背丈が」

「はったおしますよ!?」

背伸びし、幽香の頭をぱかんと叩く。ここまでで一番の爆笑を勝ち取った。
口では激しくツッコみつつも、一様に笑顔で漫才に聞き入ってくれている観客達を見た四季映姫は、内心でひたすらに驚愕していた。

(……うそ。こんなに笑ってくれてるなんて)

それは幽香も同じ。予想を遥かに超える爆笑の連続に、二人の恥ずかしさ・緊張は因果地平の彼方へ吹き飛んでいた。
羞恥心によるリミッターが完全に解除され、二人の漫才はひたすらに目立つ事だけを考えて突き進み始める。

「第一、なんで半分にカットされてるんですか!?おかしいでしょう!」

「いやいやえーきちゃん。今ほら、カロリーハーフとか流行ってるじゃないですか」

「閻魔とカロリーを同列に語るなッ!!あなたの頭の中では、脂肪も閻魔も一緒くたなんですか!?」

「ええ、割と。脂肪も陰謀も閻魔もメンマもオニヤンマも、皆まとめて一緒くたです」

「うわ怖い!なにこの向日葵娘!?怖いもの知らずにも程がありますよ!」

一メートルほど引いてみせた四季映姫。
ここまでの観客の様子を見るに、掴みは完璧と思っていいだろう。漫才は中盤へと移っていく。

・

・

・

「いやぁ、それにしても私たち、初めてコンビを組んだワケじゃないですか」

「そうですねぇ」

「以前、意味もなくえーきちゃんの寝首をかこうと狙っていた時には、まさかこうして一緒に漫才するなんて思ってもみませんでしたけど」

「そうですねぇ。今さらっとものすごい告白しましたねあなた」

「だからいい機会ですし、お互いの事についてもっと知りたいなぁって思うんです」

「おっ、それは確かに。あと『意味もなく』で人の命狙わないように」

「で、ずっと気になってたんですけど……裁判長って、どういうお仕事なんですか?」

「やっぱり気になりますか?私どもの裁判はですねぇ、簡単に言えば……死者の生前における素行や性格などを見て、天国行きや地獄行きなどを言い渡す、って感じです」

「へぇ、まるでヒヨコの仕分けみたいですね」

「いや、その例えはどうかと」

幽香は『おすー、めすー、めすー』と言いながら手で仕分けのポーズ。くすくすと笑う観客席。

「単なるイメージですよ。それより、実際どんな感じなのかやってみてもらってもいいですか?」

「いいですよ、やってみましょう。じゃあ、ここが裁判を行う法廷という事で」

そこで一旦、向かい合ったまま距離をとる二人。先に口を開いたのは幽香。

「被告人、入廷しなさい」

「はい……」

とぼとぼとうなだれつつ歩いていく四季映姫。だが途中で慌てて立ち止まった。

「……ってちょっとぉ!私が被告人ですか!?」

「そうですけど……何か?」

「いやいやいや!私が本職なのに!?」

「お仕事体験ですから、私がサイバンチョじゃないと。ね?」

「さっきと言ってる事がちょっと違うし、そもそも被告人って……まあいいです、ここは私が大人になりましょう。アイムアダルト」

えへん、と胸を張る四季映姫に、幽香はぼそっと呟き。

「見た目は子供、態度は大人」

「何か言いましたかッ!?」

「いえいえ」

超営業スマイルで返す幽香。四季映姫はため息をつき、それから改めて彼女の前に立つ。
生前の情報などを書いた紙を持つポーズをしつつ、幽香は咳払い一つしてから声を張った。

「えー、四季映姫・ヤマザナドゥ。あなたは生前、お掃除の時間にチリトリを投げて窓ガラスを割ってしまいましたね?
 みんなで片付けたため、授業が大幅に遅れてしまい、クラスメイトの皆さんに迷惑をかけてしまいました。はい、皆さんに謝って下さい」

「ごっ……ごめんなさぁい……ってこらぁぁぁ!!何ですかその小学校のお説教みたいな罪状は!?」

涙声で謝ったかと思えば絶叫。顔を赤くする四季映姫の可愛らしさも相まってか、会場は大いに沸いた。
すると幽香はニヤリと笑み。

「だって、あなたちっちゃくて可愛いんですもの。ピッタリじゃない」

「そっ……そんなに小さくないですっ!仮にも……いや仮じゃないけど、閻魔を子供扱いするとは何たる無礼!!」

「私、コモドだなんて一言も言ってないわよ?」

「尚悪い!誰が全長3メートルもあるオオトカゲですか!」

子供ほど小さい訳では無いのだが、身長の高い幽香に比べれば四季映姫は相対的に低くなる。
むくれる四季映姫に、幽香は彼女の頭をよしよしと撫でつつポケットから何かを取り出した。

「お~よしよし、泣かないでねえーきちゃん。ほら、向日葵畑名物・ひまわりまんじゅうあげるから」

「だから子供扱いしないでと言っているでしょう!?」

抗議しつつも彼女は幽香の手より饅頭を奪い取り、包装紙をひっぺがしてかぶりつく。

「もぐもぐ……わらひが、そんな……むぐむぐ……おまんじゅうひとふで……あぐ、だまされるとお思いでふか……おいひい、これ」

「騙されてるじゃない」

至極冷静な幽香の呟きに、笑い声が会場を包む。これぞ二人が事前に考えていた、立場逆転の”逆ツッコミ”。
しかしそんな折、四季映姫が急に『むぐっ!?』とくぐもった声を出したかと思うと、顔を上げて尋ねてきた。

「あの……なんか、お饅頭の中に固いものが入ってるんですけど。なんですかコレ」

「向日葵の種よ」

「ちょっ、何入れてんですかあなた!?食品衛生の概念は!?」

どっ、と沸く会場。そんな笑い声に負けじと幽香は声を大きめにして言った。

「だって似合うからいいじゃない。新番組、とっとこえーきちゃん」

「ちゅー!ハムスターのえーきでちゅ!今日もオタカラ目指してダウジングダウジング……って勝手に作るなぁぁぁ!!」

とうとう鋭い蹴りによるツッコミが入る。蹴られた太ももをさすりつつ、幽香は悪びれない。

「似合うのにぃ……四季映姫・ヤマザナドゥーリンに改名したらどうかしら」

「そういう問題じゃありません!閻魔である私にちゅーちゅー言わせた罪は凄まじいですよもう!一年間チューインガムか、中力粉で生活させましょうか!?」

「えー?鬱金香なら大好きだけど」

「何ですそれは?」

「チューリップ」

「食べられないでしょうが!!」

のらりくらりとツッコミをかわし、漢字の書かれたフリップを舞台裏へ投げ込む幽香。
未だ観客席にはナゾの新番組による笑いが残っているが、四季映姫はそれ以上の追撃を諦めて話題を転換した。

「ふぅ……まあいいです。それより、あなたのお仕事も教えて頂けませんか?」

「いいですよ。私は基本的に畑で、向日葵を始めとする植物の世話をしてます」

「じゃあ、今度は私が実演側でやってみましょう」

「分かりました!じゃあここが畑の入り口ってことで」

幽香は背伸びしつつ空中に長方形を描き、”入り口”をアピール。
頷き、四季映姫はその入り口へ向かって歩いていく。

「それじゃ、お邪魔します」

しかし、いざ入り口を潜ろうとしたその瞬間。

「ストップッ!」

「……な、なんでしょう?」

急に幽香が声を張り上げてそれを制した。そして驚き戸惑う四季映姫を指差し、彼女は続ける。

「はい、今あなた死にました!」

「はぁ!?」

「いわゆる一つのデスなのデス!」

「は、はあ。また、何でいきなり」

「デスから、デスなんデス!」

「分かりましたから!『デス』って言いたいだけでしょ!?」

「おっと、これはデスぎた真似を」

「やかましい!」

あんまりな発言に少しの間呆然としたりツッコんだりと忙しい四季映姫は、ようやく落ち着いた所で幽香に尋ねた。

「でも、いきなり『死んだ』なんて言われても……どうして、そんな?」

「……動かないで下さい」

すると幽香はシリアスな雰囲気を醸し出しつつ、辺りをぐるっと見渡し、目を閉じる。
今までとうって変わったその空気に、思わず会場全体がシンとした、漫才の最中とは思えない空気へと変化していく。

「言い忘れていましたが、今日は、皆さんにとても大事なお話があったのでした……。今から、それを発表したいと思います」

「……な、何ですか?」

その異様な雰囲気に呑まれ、思わずごくりと唾を飲む映姫。
閉じていた目をカッと見開くと、幽香は叫んだ。





「――― 隣のひゃくはよく柿食うきゃきゅだ、とにゃりの客はよきゅきゃき食う客だ、隣の客はひょく柿きゅうひゃくじゃっ!





 ――― というように、私、早口言葉が得意なんですよ」

「どこが!?カミまくってたじゃないですか!!あと、それ今言うべき事なんですか!?」

死んでいる筈の四季映姫から飛んで来るツッコミに、一旦静まり返った会場は爆笑の渦に。
幽香はそんな最中、『いっけね☆』とでも言わんばかりに頭をコツンと叩いて舌を出す。
そんな彼女へ向けて四季映姫は大声で抗議。

「もう!閻魔が畑作業しようとして命を落とすなんて前代未聞ですよ!ちゃんと死因を教えて下さい!」



――― さて。
ここで本来、幽香はすぐに四季映姫の”死因”をはっきりと用意したネタと共に告げて、次のネタへ移行するのが筋書きであった。
当然、今の今まで彼女はその通りに動き、ネタを完遂するつもりでいた。
しかし、彼女は見てしまった。
今しがた、自分のボケと四季映姫のツッコミが勝ち取った、観客達のあまりに楽しそうな大爆笑の様を。
痙攣しているかの如く腹を抱えて笑う者もいれば、座っていられなくなったか寝転がって笑いに耐える者もいる。
自分をこんな状況に陥れたはずの魔理沙まで畳をバンバン叩いて爆笑も爆笑、笑いすぎてヨダレが垂れている事にも気付いていない。
写真を撮ろうと意気込んでいた元相方候補・文も、カメラを投げ出して襲い来る腹筋への苦しみと戦っているではないか。
どくん、と胸が震える奇妙な感覚。ふつふつと湧き上がる高揚感。
目の前の観客達は、己と相方が必死で考えたネタで、こんなにも笑ってくれている。ならば―――


――― さらなる笑いを追及したい。今よりもっと、徹底的に笑わせたい。楽しませたい。


自然とそう考えていた。最早、羞恥心などどこにも無い。あるのは、目の前の客を死ぬほど笑わせてやろうという、欲張りなチャレンジ精神だけ。
それを認識した瞬間、彼女の頭から一時的に”台本”の存在は消え失せた。
突き動かされるままに口を開き、足を動かす。

「そうですねぇ、死因は……もしや!?」

つかつかと早足で四季映姫に接近。
一方で予想外の相方の行動に、彼女は明らかな戸惑いの表情を見せていた。台本と違う、その不安が心の中で漠然と広がりかける。
しかし、こっちへ歩いてくる幽香が自信ありげに笑いかけてくるものだから、その真意はすぐに読み取れた。だって、相方だから。


――― そう、アドリブタイムだ。


「ど、どうなんです?私は、何で死ななきゃならなかったんですか?」

自然と四季映姫の口を突いて出た、台本に無い言葉。
すると幽香は彼女の胸元を凝視したかと思うと、人差し指で軽く服の表面をなぞり、おもむろにそれを舐めた。

「ペロッ……これは青酸カリうっ」

ばったり。

「ちょっとぉ!?死なないで下さいよぉぉッ!?」

瞬間、はっきり大きいと分かるくらいの大爆笑が耳を打つ。まさかのアドリブ成功に笑みを浮かべそうになったが、ぐっと堪えて必死な顔。

「あなたが死んだら、誰が私のツッコミを浮け止めるんですか!?」

「安心して……私が死んでも、いずれ第2第3の風見幽香が、必ずあなたの前へと姿を現すから」

「嫌ですよそんなアンタッチャブルな状況!!」

「続々と私が集まって、その内『風見幽香ワインレッド!』『風見幽香ショッキングピンク!』『風見幽香アイビーグリーン!』『風見幽香えどむらさき!』『風見幽香ソーセージ!』『5人揃って、風見幽香戦隊カザミユウカー!!』なんて番組もできるかも……」

「その番組、明らかに私を倒すことが目的で作られてますよね!?そんな状況になったら、命がいくつあっても足りないじゃないですか!
 助けて下さい!!誰か助けて下さいッ!!」

助けて欲しい対象は幽香か、はたまた己か。
それは分からないにしろ、座り込んだまま彼女は幽香を抱き上げ、天を仰いで叫んでみた。
シチュエーションにそぐわない笑い声が渦巻く中、一度はくったりと動かなくなった幽香が再びゆっくりと半身を起こす。

「う、う~ん……」

「あっ、生きてた!?良かった!」

「カリはカリでも、青酸カリントウだったから何とか助かったわね……」

「何ですかその命がけの駄菓子……それにしても、なんてタフな身体なんでしょう!
 ……よぉし!あなたには、この四季映姫・ヤマザナドゥから直々に”タフデント”の称号を授けましょう!!」

「ごめん、それすっごくイヤ」

生き生きした四季映姫と対照的な、弱々しくかつ冷静な逆ツッコミ。結構大きな笑いが聞こえて来たが、まだ満足しない幽香はさらに続けた。

「それだと、私の能力が”入れ歯を綺麗にする程度の能力”になっちゃうから」

「えっ、”タフデント”って”タフネス”の上級系じゃないんですか!?」

「違うわよ。あなた、そんなんでよく閻魔が勤まるわね……代わる?いい再就職口もあるわよ」

「結構です!!第一、どこですか再就職口って?」

「農耕器具を作るお仕事よ。これぞ、エンマがヤンマーにヰセキ(移籍)、なんつって」

「それが言いたいだけちゃうんかいッ!!そ、それよりも、さっきのはワザとボケただけなんですからね!」

「ふぅん」

ニヤニヤと意地悪く笑う幽香と、顔を真っ赤にする四季映姫。
突発的アドリブタイムはもう少し続く。

「……ともかく、よく生きてましたねぇ」

「ええ……正直な話……」

「なんですか?」

四季映姫が続きを促すと、幽香は抱き上げられた体勢のまま愛用の”アレ”を天高く掲げる。

「これが無ければ即死だったわ……。そう、この……サーガ君36号!」

「サーガ君36号!?」

「日傘の『がさ』を逆さにして、濁点抜いて伸ばし棒を足してカタカナにしてやっぱり濁点戻してみたら格好良かったから、そう命名したの。それで、今は36代目」

「またえらく面倒な命名しましたね!しかも、絶対関係ないですよソレ!」

取れそうなくらい首をブンブン振って否定する四季映姫。
しかし幽香は不服そうな顔になり、笑う観客席へ視線を向けながら抗議。

「そうは言うけど、この日傘は私がずっと愛用してきた物なのよ?言わば身体の一部」

「そうなのですか……ごめんなさい、そんなに重要な物だったのですね」

陳謝する四季映姫に、幽香は半身を起こしてえへんと胸を張った。

「そう……この日傘は、言わば私の尾てい骨!!」

「おお、なるほど!





 ――― って、それあんまり重要じゃないですよね……?普通右腕とか」

一度は納得したかと思えば、苦笑いでツッコミ。彼女に合わせたが如く、一度静まった観客席から堰を切ったような爆笑が溢れ出した。
そろそろ本来の台本に戻るか、と思いかけた幽香だったが、ふと彼女の視界に、必死に笑いを押さえ込もうとする魔理沙の顔が飛び込んできたのでアドリブ続行。

「いやいや。尾てい骨はとっても重要なのよ?私がバカでっかいレーザーを撃てるのはご存知?」

「ええ、まあ。霧雨魔理沙のスペルカードである”マスタースパーク”の元になったとか」

偶然かはたまた相方の意図を読んだか、魔理沙の名前が飛び出した。『んえ?』と顔を上げる当人。

「そう……実はね。あのレーザーを撃つためのパワーは、尾てい骨に収束するのよ!
 つまり、そこの白黒魔法使い!!明日からあなたのマスタースパークは、”尾てい骨スパーク”に改名するコト!!」

「ちょ、なんでだよッ!?」

まさかの客いじり、そして客からのツッコミに何度目か分からない大きな笑い。
しかし四季映姫もここで幽香のアドリブに乗っかる。

「いいですね!じゃあ、明日から正しいスペル名を使わなかったら有罪ってコトで!」

「名前のバリエーションだけは用意してあげるわ。”尾てい骨スパーク”、”おしりスパーク”、”腰砕けスパーク”、”ただしスパークは尻から出る”……」

耳が痛くなるくらいの大爆笑が飛び出した。特に子供組や魔理沙とも親交の深い者達は、もう酸欠で死んでしまいそうなくらいにのた打ち回っている。

「嫌だって言ってん……お前ら笑うなぁぁぁぁぁッ!!」

顔を真っ赤にしながらじたばたと暴れる魔理沙。
ほんのちょっとだけの仕返しに成功し、満足した二人はここでようやく本来のネタへ戻る。

・

・

・

「……で。何の話してたんだっけ?」

「えっとぉ……そうだ。畑に入ろうとしたら私がいきなり死んだっていう」

「そうそう、それ」

ようやく台本へと戻った事を空気で感じたのか、観客も興味津々で成り行きを見守る。

「で、あなたの死因なんだけど、実はね……」

「実は?」

「私が以前、えーきちゃんの寝首をかこうとしていた話はさっきしたわよね?」

「ええ。だから無意味に人の命狙うなと」

「まあそれは、今朝作ったミネストローネとブリ大根がやけに美味しかったのでやめたんだけど」

「どんな理由!?どんな組み合わせ!?というか、私今朝まで狙われてたんですか!?」

「その関係で育てていた、私の大好きな『しあちゃん』が、畑の入り口に自生していたのです!」

「しあちゃん?」

「人喰いラフレシア」

「怖ッ!そんな危険なモン野に放たないで下さいよ!!」

驚く四季映姫は、さらに不安な表情で続ける。

「入り口にそんな危険な植物がいるなんて、とてもじゃないですけどお花畑に人は呼べないんじゃ」

「いやいや、その点は心配無用」

しかし、幽香はちっちっと指を振って笑った。

「人喰いラフレシアに限らず、危険性のある植物は全部畑の最奥部にある立ち入り禁止区域にあるから、遊びに来た人に危険は及ばないわ」

「なぁんだ、それなら安心ですね!」

よかったよかった、と呟いていた四季映姫だったが、急に幽香の肩を掴んで揺さぶった。

「……って!じゃあ何で私は食べられちゃったんですか!?ねぇ!?何で私の時だけ入り口に!?」

「それは折に触れてというか……まあ、その、ね?」

「なにが『ね?』なんですか!可愛らしくウィンクして誤魔化さないで下さい!!」

「ただ、誤解の無いよう、これだけは言っておくわ。私、今朝までと違って今はもう、えーきちゃんの首なんて狙ってないから」

「事実私は死んだ訳で、結果としてあなたに首取られたことになると思うんですが!」

「ごめーんね☆」

「軽い!!」

尚も問い詰めようとする四季映姫であったが、幽香は笑いにどよめく客席を見渡して話を進める。

「ほらぁ、それより。私のお仕事について知りたいんでしょ?先に進まなきゃ」

「はぁ……分かりました。で、どのようなお仕事をするんですか?」

気を取り直して尋ねると、幽香は観客と四季映姫を交互に見ながらどこか嬉しそうに解説を始めた。

「基本的な植物の世話を思い浮かべてくれれば大丈夫ですよ。雑草を抜いたり、肥料あげたり、ラーメン食べたり、世の不条理を嘆いたり……とにかく、見て美しい花畑を保つというコンセプトで」

「へぇ……最後明らかに、余計な工程が二つほど混じってましたけど。広大な敷地に一杯の花々を世話するのは大変でしょう」

「確かにそうです。けど、私はお花が大好きですし、たまに見に来た人々が綺麗と言ってくれるのが嬉しいので、辛くはないですよ?」

「流石ですね。フラワーマスターの異名は伊達では無さそうです」

おお、と観客席からも賞賛するかのような声。感心する四季映姫に幽香は続ける。

「で、お仕事の内容だっけ。やっぱりまずはこれね」

一旦舞台裏へ駆けていく幽香。返ってきた彼女の手には、大き目のジョウロ。

「おお、水撒き。基本中の基本ですね!」

「いえ、これで花畑への不法侵入者をしばき倒します」

「鈍器!?」

「まあ、冗談なんだけど。基本、2年に1度くらいしかしてないし」

「あ、たまにやってることはやってるんですね……」

四季映姫が彼女からジョウロを受け取ると、幽香はそれの口を指差した。

「で、そっから撒くものを注ぐ、と。今入れるわ」

「水ですね。きちんと再現するんですか」

幽香はホースを伸ばすジェスチャー。その先端と思しき箇所を持ち、四季映姫が持つジョウロの口へ差し込む。
いざ、水が注がれる――― かと思われたが。

「はい、どろどろ~っ」

「……どろ?あの、ちょっと」

「ああ、どろどろと言っても、どこぞの魔法使いと人形遣いと魔女と吸血鬼の四角関係みたいなのじゃないから」

「それは余計にイヤなんですが……ヒトんちお花畑来てまで昼ドラモードじゃ、真っ先にあなたのジョウロの水垢でしょう」

「サビじゃなくて?」

「プラスチックはサビませんから」

小川のせせらぎとはかけ離れたスティッキーな擬音語に、くすくすと笑いの漏れる観客席。四季映姫は幽香の肩をせっついた。

「……って、そうじゃなくって。もうちょっとサラサラした水を入れて頂きたいのですが」

「ああ、心配ご無用。水じゃなくてハチミツですもの」

「はぁ、なるほ……はちみつぅ!?何さらっと変な物入れてるんですか!?」

「さらっとしてない!どろっとしてる!」

「オノマトペの問題じゃありませんッ!!」

ボケを重ねる幽香に、観客から湧き上がる笑い声。それに掻き消されぬよう、四季映姫も声を張り上げて更なるツッコミをぶつける。

「そんな物撒いたらお花畑が糖尿病まっしぐらでしょう!?どんだけハニースウィートな楽園を築くつもりなんですか!!」

「将来うちの花畑に聖でも呼ぼうかと思って。『尼(甘)』だけに」

「それより先にアリさん大集合ですよ!?あとハチミツばっか飲んでたら喉が渇くに決まってます!!水やりなさい水!!」

幽香の反論を無理矢理抑え込み、肩で息をする彼女に幽香はようやく頷いた。

「そうね、ちゃんと水を撒きましょう」

「分かってくれましたか」

「ええ。じゃあ、このハチミツをどっかに……っと、ここでいいや」

水を撒く為か、幽香はジョウロに残ったハチミツの処分場所を求めてきょろりと会場を見渡す。
やがて彼女は、四季映姫の頭上でジョウロをひっくり返した。

「はい、どろどろ~」

「やめぇぇぇいッ!!ヒトの頭の上でハチミツを流すなぁぁぁ!!」

「でも、よく言うじゃない。『蜜も滴るいい女』」

「それを言うなら『水も滴る』でしょう!嫌ですよ、そんなベトベトなのが似合うなんて言われても!」

「ネトネトしたその性格はにちゃっと尾を引き、まさにオクラを切ったよう……」

「絶対友達になりたくない!!」

実際にかけられた訳でも無いのに、振り払うように両手をわたわたと動かす四季映姫。アクションの大きさも受けたか、観客の笑いも大きい。

「シミュレートなのに怒らないでよぅ」

「仮定の段階で”隣にいた閻魔の頭にハチミツをぶっかける”なんて選択肢がある事に怒ってるんですよ!!」

「ま、ま。それより、はいこれ」

ぷんすかと怒る彼女をなだめ、幽香は改めてジョウロを手渡した。

「まったくもう……まあいいです。これでお水を撒けばいいんですね?こんな感じに」

言いながら四季映姫はジョウロを左右に振りつつ水を撒くジェスチャー。だがしかし、不意に幽香が大声で制した。

「スコップ!」

「水撒きに!?」

「間違えた!スタンダァップ!!」

「もう私立ってますよ!?」

「これも違った!ストップ!!」

「こ、今度はなんですかもう。空飛んだり泥吐いてきた挙句に水を飲ませすぎるとひっくり返る花がいるとか言わないですよね」

彼女が呆れたように返すと、どこか真面目な顔をして幽香は首を横に振る。

「水撒きを甘く見てはいけないわ。草花の命を繋ぐ行為である重要な任務なのよ!自身の生命を賭ける覚悟が無ければ務まらないわ!」

「そ、そこまで気合が……?」

「隣り合った草花がいつ根の張り合いを始めてもおかしくない、撒くか撒かれるか、そんな雰囲気がいいのよ!冬虫夏草はすっこんでろォ!」

「おっしゃるイミが分かりませんが!?」

「つべこべ言わずにさあ撒け!真面目に熱く激しく時に切なく愛くるしく撒け!!」

「待てって言ったり撒けって言ったり、どっちなんでs」

「今は撒けぇぇぇぇ!!」

「はっ、はいぃぃっ!」

異様に目をギラつかせた幽香が日傘を振り回して急き立てるので、たまらず四季映姫はジョウロで水を撒きつつ(フリだけど)走り出した。

「こっ、こんな感じですかぁ!?」

「はい次はそっちぃ!」

「あわわわわ」

ばたばたばた。狭いステージの上をどたばたと、ジョウロ片手に走り回る四季映姫。

「そら次はそこの一列だ!流れるような動作でスムーズに撒くのよ!」

「そりゃぁぁぁ!」

「グッド!グッダー!グッデスト!さあ次はあっちよ!」

「二つほど、初めましての単語なんですが!?って、はわわわわわ」

ばたばたばたばた。幻想郷の閻魔がジョウロ片手にちょこまかとステージ上を動き回るというコミカルな図は、観客の笑いを誘って止まない。

「ああ、なんてこと!360°全方位が乾いた土壌、花々は息も絶え絶え!早く撒いて!」

幽香の言葉に、四季映姫はその場で猛烈にぐるぐると回転しながら水を撒き始めた。

「うりゃあああ!!」

「そう、いい回転よ!そのジョウロに生じる噴水状態の圧倒的園芸空間はまさに歯車的水撒きの小宇宙!!」

ぐるぐるぐるぐるぐる――― なかなか終わらない回転に観客の息も上がってきた所で、幽香は再び声を張った。

「はい、そこで三回回って小野塚小町のモノマネ!!」

「いーち、にーぃ、さーん、っと……『四季さまぁ、あたい今日カレー曜日なんで休みまぁす』っていい加減にせんかぁぁぁぁぁッ!!」

とうとう正気に戻った四季映姫は勢いに任せてジョウロを天高くブン投げた。
高く高く舞い上がったジョウロは空中でくるりと一回転し、幽香の頭をスコーン!と直撃。

「あいてっ!」

「さっきから何をさせるんですか!?走り回らせたりスピンさせたりモノマネだったり!確かに小町のモノマネは割と上手く……あ、あら?」

ぐらぁり、と視界が揺れる。度重なる回転により四季映姫は完全に目を回していた。

「あっ、危ない!」

前に倒れ込みそうになった彼女を見て、慌てて駆けていく幽香。
何とか間に合い、しっかりと四季映姫を正面から抱き止める。
客席から安堵のため息が聞こえる中、暫し幽香の胸に顔を埋めていた四季映姫は、抱き止められた体勢のまま慌てて顔を上げた。

「すっ、すみませ……」

しかしその時、丁度彼女の様子を見ていた幽香とバッチリ目が合ってしまった。

「あ……」

「………」

息のかかるような距離で見つめ合う二人。と、その時であった。





えんだああああああああああああああああああああああいやああああああああああああああああああああああああああ





と、”例の”BGMが大音量で流れ出した。キャー!キャー!と何故か黄色い声援が飛び交う客席。
そんな最中において、至近距離で見つめ合う幽香と四季映姫。BGMも相まって、何とも言えぬロマンティックな雰囲気に包まれていた。
何故か次第に二人の顔が近付いていくと、更に観客席からの悲鳴もとい歓声も大きくなっていった――― のだが、


「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!?」


大慌てで幽香を突き飛ばし、首を手をブンブン振りまくって必死にロマンチックな空気を振り払おうとする四季映姫によって、敢えなく爆笑へ切り替わるのであった。
同時にBGMもストップ。

「何ちょっとオトナなムードになってるんですか!?何を期待した声援だったんですかちょっと!!」

客席へ向けたツッコミを叩き込み、ふと四季映姫は幽香が未だぼーっと突っ立っているのに気付いた。

「ほら、あなたも何か言って下さい!」

そう急かしてはみたが、幽香はやはり立っているだけ。
すると彼女は四季映姫の顔をじっと見た後―――

「……っ」

ぽっ、と頬を桜色に染めて目を背けるのであった。

「顔を赤らめるなぁぁぁぁッ!!」

四季映姫のツッコミも空しく、観客席からは再びヒューヒュー!などといった声援が飛び交い始める。

「ヒューヒュー、ってぶっちゃけ死語でしょう!?いつの時代の人間ですかあなた方は……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙もうッ!!!」

とうとうぷっつんした四季映姫は、いつの間にか元の立ち位置に戻っていた幽香に詰め寄った。

「まったく、あなたと漫才やってるとロクな事がありませんよ!!
 ヒマワリの種食べさせられるわ、ちゅーちゅー言わされるわ、人喰い花に喰われるわハチミツかけられるわ、挙句の果てにスキャンダラスな誤解まで!!」

「いやんもう、怒ってばかりだと血圧上がるし、好感度はだだ下がりよ?」

「ヒトをおばあちゃんみたいに言わないで下さいッ!それと好感度については、少なくともあなたには言われたくないです!」

「だってさっき、子供扱いするなって」

「極端すぎるんじゃこのっ!!」

「あてっ」

華麗なローキックが決まったが彼女の気は収まらないようだ。

「ええいもう、有罪ですよ有罪!!被告人・風見幽香には『一人でチューチュートレインのぐるぐる回るやつ三十時間耐久』の刑です!!」

爽やかに晴れた秋空の下、中腰になってただ一人、上半身でぐるぐる弧を描き続ける幽香。
流石にそれは嫌なのか、彼女は四季映姫に縋り付く。

「ええ!?流石にそれはちょっと……絶対腰痛めちゃうわ。許して、お願い!」

「イ・ヤ・です!あなたと漫才コンビを組んだお陰でこちとら大変な目に……」

「あ、じゃあ!」

その時、ポン、と幽香が手を打った。

「この漫才、最後に私が綺麗に締めてみせるから。そしたら許してくれる?」

「……考えましょう」

頬を膨らませつつも、四季映姫は承諾。チャンスを得た幽香はこほんと咳払い一つ、皆一様に笑顔の観客席に向き直った。

「えー、それでは。この漫才とかけまして!」

「かけまして?」

四季映姫が合いの手を入れる。

「幻想郷の美しき大自然とときます!」

「ほう、その心は?」




「”四季”の存在が必要不可欠ッッッ!!!」




おおっ、と歓声が湧き上がる。『どうかな?』と言わんばかりに四季映姫の顔をそっと覗き込む幽香。
すると彼女は、身体を折り曲げてぐっとタメを作り――― ”判決”を言い渡すのであった。




「――― 無罪ッッッッ!!!!」




「どうもっ!!!」




「ありがとーございましたッ!!!!」




びしっと挨拶で締め、二人は揃って深々と一礼。
なぞかけからフィニッシュまでのスピーディな展開と綺麗なオチ。その余韻を残し大興奮の観客席は、瞬時に歓声で沸き上がる。
鼓膜を破りそうなくらいのエールと拍手に包まれ、宴会場はこの夜一番の大盛り上がりとなった。
向こう一分間は頭を下げていた二人。それでも止まぬ拍手の中、ようやく顔を上げ、それぞれ共に戦った相方へ視線を向ける。
目が合った時の、ちょっぴり恥ずかしそうな笑み。それこそが、長いようで短い、一夜限りのスペシアル漫才コンビ解散の合図だった。

・

・

・

・

・

ようやっと拍手も止み、二人の漫才戦士は一旦舞台袖に下がってから改めて客席へと戻った。今からは先程までのように、自分達も宴会を楽しむ番。
――― そう思っていたのだが、当の客席ではまるで興奮が冷めた様子は無かったのである。

「あっ、戻ってきた!」

「すごく面白かったよ!」

「ねぇ、さっきのもっかいやってよ!」

それぞれ自分の席に戻った所で、まず四季映姫はチルノを筆頭とするチビっ子軍団に取り囲まれた。
やいのやいのと騒ぐ彼女達は、大妖精が『お疲れ様でした』と持ってきてくれた麦茶を飲んでいる四季映姫の肩をゆするわ、後頭部をぺちぺち叩くわでちょっかいに余念が無い。
普段なら説教直行コースだが、その時の四季映姫は全く意に介した様子を見せない。
というのも、平時にどこかでチルノやルーミアなんかに会った所で、説教されるのを恐れてか遠巻きにして避けられていたのだ。
それが今は、彼女達の方から四季映姫を取り囲んで話をせがんでいる。何だかとても嬉しかったので、優しく尋ねた。

「で、何ですか?やってほしいって」

するとミスティア・ローレライが待ち切れないと言わんばかりに腕を振りながら言った。

「さっきの漫才でやってた、『とっとこえーきちゃん』!もっかいやってよ!」

「え、ええぇ!?」

「ねぇ、はやくー!」

「あたいも見たい!」

「ヒマワリの種、ここにあるからさ」

「まだー?」

見れば彼女達は何とも期待に満ち満ちた眼差しで四季映姫を見ているではないか。
周りの目もある。しかし、ファンの子供達の期待を裏切る真似など、どうして出来ようか。
今の自分は、閻魔である前に一人のお笑い芸人なのだ――― そう自らに言い聞かせた四季映姫は、首を縦に振った。

「……分かりました、少々お待ち下さい」

そう呟き、彼女は自分の荷物を漁る。帽子を取り、代わりに取り出したネズミの耳を模したカチューシャを頭につけた。
小道具として用意していたのだが、着脱がめんどくさい+テンポが悪くならないか、という懸念から結局使わなかった代物だ。
念の為持ってきて良かった。そう内心で考えつつ、四季映姫は笑顔で高らかに宣言。

「ちゅー!ハムスターのえーきでちゅ!今日もオタカラ探して大冒険でちゅ!」

瞬間、『でたぁ!』『かわいい!』などと子供達から大歓声。四季映姫のとっとこ変身は席の近い者達の視線をも奪い去り、片っ端から爆笑の海へと叩き込んでいく。
笑い声と、誰かが飲み物を噴き出した『ぶっ!』という音が聞こえ、少々恥ずかしいながらも彼女は内心でほくそ笑む。

「わ、何だか偉くなった気分!判決、有罪!なんちて」

いつの間にかリグル・ナイトバグが四季映姫の帽子を被って裁判長気取り。

「はい、もういいでしょう?それも返して下さい」

「はーい」

素直に帽子も返還されやれやれと一息ついた四季映姫だが、子供達は未だ彼女を取り囲む。

「……まだ何か御用ですか?」

口では迷惑そうでも、その顔は嬉しそうな四季映姫。今度はルーミアが答えた。

「まだいっぱいあるよ!えっとね、水まきもやって!」

「み、水撒きって……走ったりぐるぐる回ったりの?」

「うん!アレほんと面白かったから!」

「最後の回転、いい回りっぷりだって雛が絶賛してたよ。私も見たいねぇ、是非」

いつの間にか包囲の輪に加わっていた河城にとりも横から口を挟む。

「今からあのアクション再現ですか?無理ですよ、ヘトヘトなんですから……」

「えー、やってよー!」

「やって、やって!」

「ほら、ジョウロ持ってきたからやって!」

諦めないチビっ子軍団はきゃいきゃいと騒ぎ立てる。が、四季映姫は首を振って叫んだ。

「無理ですってば!あんまりしつこいとハチミツかけますよ!?頭からどろーりと!」

「いやー!」

「べとべとするのやだー!」

「でもやって!」

「ほらジョウロ!」

嫌と言いつつもすぐにやってコールに戻ってしまった。終いにはチルノが彼女の顔にぐいぐいとジョウロを押し付けてくる。
とうとうキレた四季映姫は、ジョウロをさっと奪い取った。

「うるさぁぁぁぁい!!こんなジョウロなんか……こうですっ!!」

「ギャーッ!」

ごちん、と空っぽのジョウロでチルノの脳天を一撃。

「さあ次はどなたですか!?ついでに背中に氷も入れて差し上げますよ!」

「やー!」

「たすけてぇぇ!」

蜘蛛の子を散らすように逃げ出した彼女達を追いかけるべく、四季映姫は勢い良く立ち上がった。

・

・

・

その一方で、幽香もまた大勢の者達に囲まれていた。

「いやすごかったよ!笑いすぎて横隔膜だけが月までぶっ飛んで里帰りしちゃうかと思ったくらい!」

「ホントホント。数百年の付き合いだけど、姉さんの大爆笑なんて初めて見たかも……」

「う……そ、それだけ面白かったのよ。そういう訳で、自信を持っていいわ」

「笑う角にはなんとやら。あなたが毎日漫才やってくれたら、私も厄を集める必要ないかも……」

「腹筋がまだ痛いです。こんだけお腹痛くなるとハラキリショーいりませんね……それより、次回公演の予定はないんですか?」

「そうよ、次は博麗神社前でやってよ。入場料を賽銭箱に集めれば……じゅるり」

こちらは主に、相方探しの際に尋ねた者達が中心だった。
宴会が終わった後日に、笑いの種にされる事を覚悟していたくらいの幽香は、まさかの大絶賛に驚きを隠せない。
大ウケの観客席を見れば分かりそうなものだが、舞台上の彼女は漫才の事で頭が一杯だった。

「あ、ありがとう。そう言ってもらえると……」

やって良かったと思える――― 自然にそう言いかけた彼女は、思わず口ごもった。
思えば、これは魔理沙の計略にかかって『仕方無く』やらされた漫才だったはず。それが、今はやって良かったとさえ思えるようになった。
ひとえに、目の前に居る皆の笑顔がそうさせたのだろう。
そんな最中、最初の相方候補であった美鈴が幽香の袖を引っ張って身を乗り出した。

「閻魔様もいいですけど、次は私と組みませんか?各種用具を取り揃えてお待ちしてますよ~」

「用具って何よ?」

「よく刺さるナイフ、よく伸びるゴム、熱伝導率バツグンのお鍋に波紋伝導率MAXなアメリカンクラッカー、無駄にワニの眼光が鋭いポロシャツに、えーっと」

「……もういいわ。後半よく分かんないし」

「場所はぜひ、あなたのお花畑で!メルヒェンチックなキャンパスに、私たちのカラーをぶちまけるのです!」

「あなたの言う方法だと、どう転んでも赤色の絵の具しか出なさそうだけど。入場三秒、ラフレシアに食われてレッドマジックね」

「えーっ!?入り口にはいないんじゃなかったんですかぁ!?わくわく」

「何故楽しみにする……リアクション芸とマゾヒスティックは紙一重ね。美鈴のMは何のMかしら……っと、あら?」

相変わらずな美鈴にやれやれとため息。落ち着いてふと見やれば、集まっていたメンバーが美鈴を除いて全員口元を押さえ、必死に笑いを堪えていた。

「ちょっと、どうしたのよ」

思わず尋ねてしまった所、最初に顔を上げた妖夢が息も絶え絶えに口を開く。

「くっ、くく……幽香さんさっき、ボケでしたよね?なんで今はツッコミ……あふっ、くく……」

再び発作が起きてダウン。他の皆もなかなか笑いが収まらない。以前幽香が考えた、『美鈴とはただの会話がネタになる』というのは意外とマジのようだ。
その一方で、ようやく落ち着いたらしい第二の相方候補である文が尋ねてきた。

「はぁ、やっと落ち着きました。ところで幽香さん、今度改めて取材させて頂いてもよろしいですか?」

「内容によるわね……どうせ今回の漫才についてでしょう?」

相方交渉が決裂した理由を思い出し、少しだけ警戒の色を見せた幽香。すると文は先程の美鈴よろしく身を乗り出して答えた。

「いやいや、風見幽香という人物全てについてです!あ、勿論記事の一環として今回の漫才についても触れますけどね」

何とも抜け目無いブン屋である。少しだけ考える素振りをして、幽香は答えた。

「分かったわ、取材OKよ。基本的に家か畑にいるから、好きな時に取材にいらっしゃいな」

色良い返事に顔をぱっと輝かせ、文は幽香の手を握ってブンブン上下に振る。文々。だけに、かは分からない。

「やたっ!どうもありがとうございます!きっとすンばらしい記事にしてみせますよ!
 題名は”風見幽香大解剖!その種皮に包まれた素顔を大公開!”です!」

「種皮って何かヤ。神秘のベールとかにしてくれないかしら」

「解剖でしたら、ウチにチェーンソーがありますけど」

「物理的な解剖はしなくてよろしい!意味が違うわッ!!」

「いたい!」

口を挟んだ美鈴の頭にぱかんとツッコミ一発。するとメモ帳にペンを走らせていた文が彼女の肩をポンと叩く。

「美鈴さん、それは言葉のアヤというやつですね」

それから文はしたり顔で自分自身を指差し、幽香に迫る。彼女は少し考え、ため息と共に告げた。

「……文だけに、ね」

「わぁい、幽香さん大好きー!!」

酔ったテンションも手伝ってか、文は喜びのあまり幽香に思いっきり抱きついた。
タックルのような勢いに耐え切れず、押し倒される形でどたりと倒れこんだ二人。と、

「おおっ!なんとなんと、お花屋さんと新聞記者に熱愛発覚ですか!?こりゃスキャンダラスだ!」

「実はお笑いと可愛いものと人助けが大好きな素顔を隠すために、マスメディア関係者との太いパイプを形成!
 ありもしないドS伝説を捏造して報道させ、自身のイメージを保っていたと!?これは不祥事だぁ!!」

「今のお気持ちは!?」

妙に興奮した様子でメルランが、まるでスクープ現場に集ったインタビュアーの如くにまくし立てた。
更にどっかから持って来たマイクを握り、輝夜が解説を始める。
そしていつの間にか文のカメラを持ってきて、リリカがシャッターを切りまくる。

「ちょ、何……違います!そんな事実はありません!全て秘書が」

思わず芸能人気取りで答えてしまう幽香。まさかのノリノリ。

「しかし、二人で仲睦まじげに寺子屋から出てきた現場を押さえられては言い逃れは難しいッ!」

「今夜も愛の放課後居残り補習だったんですか!?」

メルランも輝夜もますます白熱してレポーターごっこ。リリカは勝手にフィルムを交換してもっとパシャパシャ。
見れば雛と妖夢がお盆を両手で掲げ、両脇に立っている。レフ板のつもりか。
さらにルナサはどっからか”KEEP OUT”と書かれたテープを持ってきて、騒ぎに気付いて見に来た者達と現場を区切る。
相変わらず文はごろごろと猫のようになって幽香から離れない。顔を赤らめつつも、彼女は否定を続けた。

「だから違うんです!誤解ですってば!」

「宴会場は一階しかないわよ~?」

「そういう意味じゃあないッ!!」

「はぶっ」

口を挟んだ霊夢に向かって、足元にあった座布団を蹴り込む幽香。見事に顔へヒット。

「あややや、霊夢さんそれは言葉のあ……」

「もう言うな!」

「もががが」

そして文の口を塞ぐ。

「あーもうっ!コラあなた見てないで助けなさい!」

座って動乱を眺めていた美鈴に呼びかける幽香。だが彼女はやたら緊張した面持ちで、幽香の声にも気付かない。
そして霊夢の傍へ行くと、

「れ、霊夢さん!そ、そ、それは言葉のあ、あやや……ちがう、あやというモノではないでしょうかっ!?」

ぺすっ、と霊夢の胸元を叩く。

「?」

首を傾げる霊夢をよそに、美鈴は大層喜んだ様子で飛び跳ねた。

「や、やったぁ!私にもツッコミができました!あっパチュリーさまぁ!見ておられましたか!?」

(……ダメだこりゃ。はい、次いってみよう……)

にわかにシチュエーションコントの様相を呈した宴会場の一角。
大勢の人々の笑い声の中心で、徹底的な美鈴のボケ気質に感心を通り越して尊敬の念すら抱き始めた幽香なのであった。

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全体的に再び大盛り上がりの宴会場、正確には二箇所を中心として熱狂的な盛り上がりを見せる宴会場。
それぞれの盛り上がりの中心部を少し離れた場所から眺めつつ、魔理沙と小町は肩を並べて座っていた。
顔を見合わせ、笑みと共に魔理沙が切り出す。

「……どうだ?」

「どうだもこうだも。長い付き合いだけど……あたいも、子供達に大人気な四季様は初めて見たかもね」

「私だってそうさ。くんずほぐれつしつつ即興コントにもノリノリで参加して笑いを掻っ攫う幽香なんて見たことがない」

「あれが、世間一般に『怒らせなくても明日は無い』『Ms.アルティメットサディスティッククリーチャー』だとか言われるお嬢さんの、本来の姿なんだろ?」

「ちょっと誤解を招きそうな言い方だな。私はただ、あいつはもっと親しみやすいヤツなんだって言いたいだけだ。お前だってそうだろ?」

「まぁね。四季様は確かに真面目なお人さ。だけど、頭ガチガチのつまんない上司なんかじゃ決してない。みんなわかってないのさ」

「ま、それも過去の話になりそうなんじゃないか?これで」

「だといいね。それよりお前さん、漫才の時めっちゃくちゃ笑ってたねぇ。ちゃんとヨダレ拭いたかい?」

「笑い転げた挙句にテーブル一個倒して、上のもん全滅させたお前に言われたくないな」

『うるさいね』『うるせぇや』と短く交わし、酒の並々入ったグラスを合わせる。カチン、と少し重たげな音。



――― 黒幕は、静かに笑う。



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日付が変わっても宴会は終わらなかったが、流石に夜中ともなれば会場も沈静化の兆しを見せる。
既に宴会場から別室へ移り、就寝した者も多い。酔い潰れてダウン、そのまま運び込まれたと言った方が正確な者も多いが。
それでも会場に残って未だ飲み明かす者もいれば、片隅で静かに談笑する者もいる。膝の上で誰かが寝てしまい、動くに動けず苦笑いの者も見受けられる。
そんな最中で、そろそろ休むべきかと考えていた幽香に、背後から声が掛かる。

「隣、よろしいですか?」

四季映姫だった。相方の登場に、幽香はやはりもう暫く残る事を決める。
彼女が頷くと『失礼します』の一言と共に四季映姫は隣に座った。

「その……今日は、お疲れ様でした」

「ええ、お疲れ様。正確には昨日だけれど、些細な事ね」

幽香は笑みと共にグラスに口をつける。空っぽになったのでおかわりでも、と思っていたら既に四季映姫が手近な瓶を手にしていた。

「私が」

「ありがとう」

短い会話。彼女の手によってグラスに透明な液体が注がれていくのを見ながら、幽香はゆっくり口を開いた。

「色々あったけど、何とかなったわね……」

「ええ、良かったです。本当に」

「あそこまでウケてくれるとは思わなかった……って言うべきなのかしら。自信はあったわけだし」

「どちらにせよ、皆様が笑って下さったのは事実なんですから。終わった後も……」

「そうそう、随分と楽しそうだったわね。子供達の人気もバッチリじゃない」

「それはあなたもでしょう。素朴なネタからギリギリラインの危ないユーモア、さらにボケツッコミどちらもいける。コメディアンとして素晴らしい逸材ぶりでした」

あっはっは、と笑い合う二人。ひとしきり笑ってから、今度は四季映姫が切り出す。

「ところで……最後のアレなんですけど」

「ん?」

「上手いこと言う、ってやつです」

「ああ、あれね」

幽香はどこか遠い目。
実の所、台本ではあの部分は空白のままだったのだ。
彼女が四季映姫に『何か上手い事言って締めるわ。当日までに考えとくから』と言い、最後まで台本には何と言うのかを書かなかった。

「”四季”の存在が必要不可欠……あれは、その……」

「……本心に決まってるじゃない。あなたがいなきゃ私は今頃公開処刑もいい所よ」

「私がいても、裁かれる人数が一人から二人に増えただけになったかも知れませんよ?」

「それはそれで心強いわ」

真っ直ぐ見つめられ、四季映姫は一旦口ごもってしまう。だがすぐに顔を上げ、笑った。

「……ありがとう、ございました」

「こちらこそ、ありがとう」

幽香も何だか急に気恥ずかしくなって、顔の温度が一気に上昇してしまう。それは四季映姫も同じだったので、誤魔化すように話を続けた。

「そ、そうです。もう一つ……あの、私、今回の漫才で……」

「今回ので?」

「人様を笑わせるために芸をするというのが、事の外楽しい事に気付いてしまったのです」

「ふむふむ」

「だから、えっと……ええいもう、単刀直入です。また、一緒にやりませんか?漫才」

驚いて四季映姫を見やる。
プレッシャーから解放されて熱でも出したのかと思ったが、彼女の目は本気だった。人を楽しませる喜びを知った、純粋な眼差しだ。
しかし幽香はオーバーに仰け反ってみせ、苦笑いで返答。

「まさか!もう二度とごめんよ」

「そう、ですか……いえ、無理強いは出来ません。今回一緒に舞台に立って下さっただけで十分ですから」

一瞬だけ寂しそうな顔をして、すぐに四季映姫は笑顔を作った。

(………)

幽香は少し間を置く。何事か考えていたが、不意に話を始めた。

「……そうだ。何か忘れてると思ってたんだけど私、魔理沙への仕返しが残ってたわ」

「? はぁ」

急な話に首を傾げつつ、四季映姫は相槌を打つ。

「今回の漫才で死ぬほど笑わせてやったから、多分二、三日は腹筋の痛みに悶え苦しむでしょうね」

「確かに、彼女はかなり笑ってましたけど……」

「けど、私をこんな目に合わせたのに、これだけで済ませるのは納得いかないわ。まだまだもっと、魔理沙の腹筋をいじめてやりたいの」

「!!」

大人しく聞いていた四季映姫が、はっと顔を上げる。
その時彼女が見た幽香の目もまた、ある種の闘志に満ちていた。
二人の意志は同じ。人をもっと楽しませようという、飽くなきチャレンジャー。
幽香はニヤリと笑い、いつしかのように、四季映姫へ向けて右手を差し出す。





「次の宴会までに……”風見”か”幽香”で、上手い事を考えてきてくれる?」





「……お任せ下さい!!」





がっちり握り合った二人の手は、暫く解ける事は無さそうだ。

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どうせ明日の朝刊には、今日の漫才の記事がデカデカと載るのだろう。文の性格からして、むざむざとこんな美味しいネタを見逃すことなどありえない。
前はそれを嫌がっていた幽香だったが、本番を乗り越え、少し時間が経った今では、それもいいかな、などと考えていた。

(笑顔を広める一つの方法……漫才って、案外いいものかも)

漫画を描いたり文で表現するのと違い、生で演じてみせるからこそ、何が起きるか分からない。
そして、見る側も演じる側も、一緒になって楽しめる。
一緒になるから、双方の距離は、自然と縮まっていく。


――― だからこそ、あんなにも『楽しい』と思える。


「頑張りましょうね、えーきちゃん。次求められるのは、間違いなく今日よりハードルの高いものよ?」

「最後まで”えーきちゃん”ですか……ふふっ。分かっていますよ、幽香。でも、それを越えられない私たちですか?」

「冗談!だって私達は……」

「……無敵、ですね」

「そういうコト」

幽香が言うと、二人はクスクスと笑い合う。
高い壁は、百も承知である。だが、その方が乗り越え甲斐もあるというものだ。
それに、今日のような歓声をもう一度浴びられるなら、どれだけの苦難が待っていようが構うものか。


(スベるのは怖いけど)


(この人となら大丈夫)



『……信頼しあった、コンビだから』



彼女たちの頭の中には、今日贈られた観客たちの盛大な笑い声が、いつまでも響き続けていた。
風見とかけまして、自動車の試乗と解きます。
その心は、どちらも『取り回して(鳥回して)』確かめるんです。
こんなんでどうでしょう、幽香さ…あ、僕はお呼びでない…こりゃまた失礼しました。

ども。主にプロットを担当しました、Ltの方です。
仕事としては、ひたすら無茶な妄想を、相方に放り投げるという作業を行いました。ひでぇやつだ。

何しろ幽香と映姫の組み合わせすら若干珍しい上、漫才ですからね。
『幻想郷で最もジョークが通じなさそうな二人が、お笑いに挑むことになったら』というコンセプトの元プロットを作った訳ですが、今冷静に見ると無茶振りもいいところですよねこれ。
それをここまでの作品に仕上げて下さったLie-Downさんには頭が上がりません。感謝感激です。

今回、ひょんなご縁から、自分にとって初めての合作をさせて頂いた訳ですが。
もう、とにかく自分の考えているお話に対し『こう書いて来るか!』という感覚が楽しくて仕方がなかったです。すごく勉強にもなりましたし……。
機会があれば、また是非やってみたいなあと、そんなことを感じた次第です。
人のプロットを自分が書いてみるのも楽しそうですしね。

というわけで以上、Ltことワレモノ中尉でした。

----------------------------------------↑以上Ltの方 以下Lie-Downの方↓-----------------------------------------

ども。主な執筆担当Lie-Downの方です。

みょんなパロネタは大体自分の仕業です。相方は悪くありません。ごめんちゃい。
漫才を文章で表現するのは難しい!けど劇中のお二人のように共謀してネタの火力増強に勤しんだのもいい思い出です。ああしましょうイヒヒヒ、そうは問屋がウッヒヒヒ、ではこういう方向性でフホホホホ。あゝ楽しかった。

色々迷惑もかけてしまいましたが、わざわざお声をかけて下さった相方には感謝感激の思いで一杯であります。
ゆうかりん&えーきちゃんのようにナイスコンビになれましたでしょうか。皆様にとっても素敵な作品になってたらいいな。
これ読んで目覚めちゃった方は是非漫才を見に行くなり誰かと漫才コンビを組むなり漫才SS書くなりしちゃってください。ぜーひー。

というわけで以上、Lie-Downことネコロビヤオキでした。
Lt.Lie-Down
http://yonnkoma.blog50.fc2.com/
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コメント



0.1580点簡易評価
4.100点名前が無い程度の能力 削除
テンポいいな。ほっこりしたわ
7.100点名前が無い程度の能力 削除
くすぐったかったけれど、
心なしか、芯が温かくなった
8.100点名前が無い程度の能力 削除
ほっこり
11.100点名前が無い程度の能力 削除
東方M-1に出て下さらないかしらね
12.100点名前が無い程度の能力 削除
いいコンビでございました
13.100点名前が無い程度の能力 削除
ああ、面白かった。
18.100点名前が無い程度の能力 削除
えんだああ(ry で爆笑したw
20.100点名前が無い程度の能力 削除
あなた方だったとは…納得の逸品、堪能させていただきました!
21.100点名前が無い程度の能力 削除
(返事が無い、腹筋が筋肉痛のようだ)

……ふう、死ぬかと思った。
黄色い歓声が飛ぶ辺り、ありありと情景が目に浮かんでいいですなぁ。
25.無評価愚迂多良童子 削除
M203ってAKじゃなくてM16/M4用のアドオンランチャーだったと思うんですが違いましたっけ?
30.100点名前が無い程度の能力 削除
臨場感溢れる描写とコミカルな内容はお見事の一言!
次回も是非異色カプの作品を見せて貰いたいです。
32.90点コチドリ 削除
正直に言います。
作中の漫才ネタは、『笑い』という観点から見れば微妙でした。
あくまで私の感性からすれば、という注釈がつきますが。
ドラマなんかで俳優さんが演じる漫才師が、お客さんから大うけしているシーンを見ている感覚に近いでしょうか。

ならばお話自体も微妙だったかと問われれば、全然そんなことはないんですよね。
幽香と映姫様がコンビを組んで漫才をする、このシチュエーションだけでも面白い。
二人が一生懸命ネタを披露するシーンは、普段の姿からは想像もできなくて、ものごっつ微笑ましかった。
魔理沙や小町をはじめとする幻想郷の住人達もとっても素敵。

ただし霊夢、君だけはまぎれもなく悪。
優しい幻想郷に咲いた一輪の銭でできた徒花なのだ。
33.100点名前が無い程度の能力 削除
これだけ長いのによく出来ている
年末の東方M-1に使ってほしい
37.100点名前が無い程度の能力 削除
おもしろかった!
ありがとう。
38.100点名前が無い程度の能力 削除
おもしろかったです。この量のネタを考えられるのがすごい
40.90点名前が無い程度の能力 削除
某隅田川の濁流、あれは酷い濁流だw
しかしえーきさまとゆうかりんの漫才コンビか
その発想はなかった
42.100点SAS 削除
最高だった
43.100点名前が無い程度の能力 削除
やっべかわいい。めっちゃかわいい。
47.90点名前が無い程度の能力 削除
もっと見てもらいたい作品なものだね
十二分に楽しませてもらいました、と
50.100点名前が無い程度の能力 削除
なんでこんな評価されてないのか理解に苦しむむ
52.100点名前が無い程度の能力 削除
何度も読んでは笑っています。
勢いが良いので「最終鬼畜妹フランドール・S」をBGMに読んでますw

私は漫才の内容自体でも笑えてますよw
55.80点3 削除
この話の核となる漫才パートの直前は「これ、大丈夫なのかな……」と思っておりました。
あの話の流れだと、漫才パートが相当に面白いか、びっくりするほどくだらないか、のどちらかでないと一気に冷めてしまう。
しかもスクロールバーを見ると先が長い。正直な事を言うとあまり期待していませんでした。

……全くの見当違いもいいとこでした。本当にごめんなさい。
漫才パートの完成度がとても高くて感心させられっぱなしでした。素晴らしかったです。
56.100点名前が無い程度の能力 削除
おまえがガンダムだ!いや神だ!
漫才に大失敗しちゃうのか冷や冷やでしたけど、ハッピーエンドにもう大感動さ!
59.100点名前が無い程度の能力 削除
すごい面白かったですww