Coolier - 新生・東方創想話

されど死神は嗤う

2014/04/06 17:11:13
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移ろいゆく季節はいとおかし。

 こんなのでも感じは出るもんなのかね。たまにいる古風な霊っていうのは、それっぽいことを言ってくるもんなんだが、言ってることが妙にわかりにくいのさね。
 言葉が、って意味じゃない。あたいだって、何年生きたかはもうはっきりとは覚えてないが、人間よりは長生きしてる。さぞかし頭がいいだろうさ。考えて生きてりゃね。けどあたいは生きてるのかもよく分からない。そう考えてみると随分曖昧な存在さね、死神ってやつは。
 おっと、話がずれちまった。古風な霊の話をしてたっけか。言葉が難しいというよりは、要点をスパッと言ってないって感じなのかな。何が言いたいのか結局わかりやしない。そんなのが意外と多いんだよ、いわゆる古臭い感じした奴は。あたいの偏見かもしれないがね。そこは客観的にみておくれよ。あら、もう着いちまった。やっと着いたって感じかい、あんたにとっちゃ?悪いね、くだらない話に付き合わせちゃって。じゃ、行ってきな。



 また一人、また一人と船で運んでいき、運んでは帰りを独りで戻る。そんな生活を幾百年。能力もあるし、そんなに不便に思ったことはない。辛いと思ったこともない。だってそこまで頑張らないから。一生懸命という言葉からは程遠い生活。その状況を変えたいとも思わない。今日も明日も、疲れない程度に、のらりくらりと船を進める。
 最初の頃はけっこう頑張っていた記憶がある。死者の霊を運ぶのではなく、生を終える者の命を狩りに。この仕事がしっかり果たされなければ、生物は理から外れることになる。自分が意図しないところでだ。たまにいたりする、そんな可哀想な奴が。事故だと言われてもなかなか諦めがつくものじゃない。そんな奴が出ないように、そして出てしまった時に何とかするのが死神だ。
 私にはその役目はもうないのだけれど。そんなとても大層な大義名分がある仕事だ。やる気にもなるだろうさ、結果はともかくとして。
 そんなこんなで、私はここでのんびりとした生活を送っているというわけで。めでたしめでたし。

 「こら、小町。またそんなところでサボっているのですか」
 「げっ、四季様」
 「げっ、とはなんですか。げっ、とは。だいたいあなたは」
 「はいはい、分かってます。本当に。もうしませんって」
 「その言い訳は千回は聞きました」
 「あながち否定できないところが凄いですね。自分で言うことじゃないですけど」
 「本当ですよ。代わりがいるならとっくの間にあなたは無職のニートです」
 「またまた。ここにそんな有望な奴が来るわけないじゃないですか」
 「まぁ、それもそうですが」
 「いっそ、来てくれてもいいんですがね……」
 「ん?何か?」
 「いや、なんでもないです。じゃあ、仕事に戻りますんで」
 「しっかりしてくださいよ。あなたが遅れれば」
 「全体の仕事に関わってくる。よくわかってますよ。じゃあ、行ってきます」
 「ん。いってらっしゃい。しっかり職務を最後までやりきるように。それがあなたが今できる善行です」
 「うぃ~す」

 幻想郷の閻魔大王たる四季映姫・ヤマザナドゥ。名前だけ聞けば最高権力のようにも聞こえるが、そんなこともなく、数ある世界の中の幻想郷という狭い範囲だけの話だ。全体的に見ればそこまで偉い地位でもない、らしい。
 四季様自体はもっと上にいける実力があるのだが、こんな辺鄙な中でもトップクラスを誇る幻想郷だ。上を目指すのはかなり難しいと思う。でも四季様は幻想郷に勤めることを自ら志願したらしい。彼女らしいと言ったららしいが、こっちとしてはあっちのレベルについていくので精一杯だ。能力的にも、やる気的にも。彼女は妥協を許さない。特に自分の仕事については。それなりの部署だったら相当な出世もできるだろうに。ここへ配属した理由を深く聞いたことはないが、そんなに想像に難くはない。彼女は人間だけでなく、妖怪や妖精までもが住むこの幻想郷だからこそ、やるべきことがあると思ったんだろう。そのやる気が私にはとても眩しいものだった。

 見つかってしまったのものは仕方がない。少しは真面目に働くとする。船頭の仕事はそれこそ簡単だ。霊を見つける。船に載せる。向こう岸に運ぶ。おしまい。誰にも出来るようだが、まぁ誰にでもできる。霊さえ見えれば。正直、かなりやりがいはない。せいぜい霊から生前の話を聴くぐらいか。だが、この仕事がなければ霊は裁かれずに永遠に彼岸をさまよい続けることになる。つまり、なくてはならないものではある。
 早速というわけでもないが、彷徨ってる霊を探す。この霊というのは、いわゆる人魂みたいななもので、もやもやしていて、かなり不安定なものだ。かといって何かに悪さをするなんてことはそうそうないが、ゼロというわけでもないのでさっさと運ぶに越したことはない。サボってる私が言ってもなんの説得力もないが。

 「お、霊を発見しました~」

 そんな風に、誰に言うでもなくつぶやきながら、そいつに近づいていく。

 「どうしたんだい、こんなところで。さ、早くあっちに行こう。あたいが運んでやるからさ」

 話しかけるが、基本こう行った場合最初は無視される。無理やり連れて行くことも出来るが、やさしい私はそんなことはしない。
 霊に感情などはないのだが、気質といった、そいつの生前の面影といった程度のものは残していることが多い。なので、寂しがりだったらそのように振舞うし、怒りっぽかったら、歯向かったりしてくる。奴らに何が出来るわけでもないけど。今回のは随分、おとなしいみたいだ。

 「ここにいても成仏はできやしないよ。あんた、もう死んでるんだから、こんな場所でふてくされててもしょうがないって」

 自分が死んでるということに気づいてない奴も多いから、こうやってそいつの立場を教えてやるのも私の仕事だ。気質があらわれると言っても、所詮は霊なので取り乱したりといったことはする心配はない、はず。少なくとも今まではそんなことはなかった。

 「……」
 「黙っててもわかんないって。こっちへ来な。あたいとお話をしようじゃないか。あんたの話も聞かせておくれよ」

 もちろん霊が話すことは出来ない。だが感じることは出来る。生前にどんな奴だったかとか、どんなことをやったのかという、他愛ない話を、船に乗っている間に聴くことで時間を潰す。今回のやつはすんなり受け入れたようで、船に先導すると、逆らうこともなく船に乗った。乗ってしまえばもうこっちのものだ。極悪人でもなければ、そこまで長い時間でもなく、長話の一つや二つをしたらもう着いてしまう。
 船を進ませる以外に特にやることもなく、霊の話を聴く以外は私が無駄話をして時間を潰す。実に簡単な仕事なんだろう、きっと。

 「あんた、生きてた頃はどんなことしてたんだい?」

 なんとなくだが、今回の霊は子供ではないようだ。子供の霊というのは結構気質がわかりやすい場合が多い。例外もあるが、こんなおとなしいのはそうそうない。

 「話したくないか。ま、じゃああたいが勝手に話をするかね」

 自らの生前を語らないような奴には大抵私が勝手に長話をする。そういう場合、もちろん返答は帰ってこないので、適当に思いつくままをべらべら喋る。質問を投げかけても帰ってくることは想定せずにどんどん話をすすめる。流石に何年も続けると何度も同じ話題を使い回したりするけれど。
 無駄話が一息ついたところでちょうど向こう岸に到着し、後は運んだ霊を裁いてもらうために、四季様のところへと誘導して私の仕事はほとんど終わりだ。
 そこで裁判所の前の番人に任せようって時に、霊が最後に何か言ったような気がした。正確には聴こえた。子供がどう、とか。

 「ん、なんか言ったかい」

 そのあとは何を言うでもなかったので、特に気にせず、すぐに番人にひきわたす。運んだ霊が白か黒かを見届けることは私はしない。興味もないし、霊にそこまで感情移入が出来るほど私はやさしくない。死神だから当然か。そんなこと気にしてるような奴は死神には向いていない。例に漏れず私は結果を聞く前に船のあるところへそそくさと戻る。

 「ふー。相変わらずここの雰囲気は重苦しくてやだね~」

 そう。未だにこの裁判所というものに慣れることができない。重苦しいというだけが理由ではないのだが、言葉に出すのはそういったパッと見のイメージだけだ。
 船で着た道を帰る途中に、さっきの霊について思い起こす。結局、最後以外何もあちらから話すことはなかった。こちらの話す内容に無関心なのはともかく、そもそも何に対してもあまり反応がないようだった。だからどうというわけでもないが、違和感を感じる。霊になったものは、幻想郷においては私が裁判所へ運ぶのが一般的だ。そして、霊の大半は運ばれるのを待っている。時々いる気質が強く残っているものは、運ばれるのを待つことなく、そこらをさまようことになる。それを探すのは本当に面倒なのだが、今はそれはいい。あの霊は確かにさまよっていた。何かを考えるということはしてないはずだが、少なくとも何かしらの未練があったはず。なのに話しかけたあとの反応はずっと無関心。そして最後だけのあの声。
 ……今更そんなこと私が考える必要もないか。もう裁判所に送ってしまったし。仮にそこらへんの理由がわかったとして私に出来ることは何もない。
 船を戻したあと、何回かまた霊を見つけて往復する。幻想郷にはあらゆる命があるが、人間はそんなに多くない。そして魂の大きさは基本、人間のものが大きい。他の植物や動物、普通の妖怪は、魂が小さく、それで霊となって見える大きさも変わってくる。なので、小さいものはいっぺんに運べるので比較的楽に運べる。人間の霊が面倒というわけでもないが、やはりイレギュラーが起こることが多いのは否めない。大災害とかが起こると私が面倒なので、今くらいのんびり出来るのが毎日続くのが望ましい。本当に。
 今日もいつもと変わらず仕事を終えた。帰って寝て、また明日も同じ作業を繰り返すことになる。面白いくらいに面白みがない。別に嫌いではないので、特になんの文句も言わず毎日仕事をしてる。たまにサボったりするが。




 次の日。たまたま違う場所で霊を探していると、昨日に引き続いて珍しい霊に出会った。今回のはかなり珍しい。人間の子供の霊だ。しかも人間の形をしたまんまの。

 「ひとつ積んでは父のため。ふたつ積んでは母のため……」

 これもまた驚いた。喋るっていうのも相当珍しい。そのままその子供の言葉を聴いていくと、どうやら親より先に死んでしまったために徳が足りず河を渡ることができなかった。世では親より先に死ぬのは罪だから。そのため、親のためにずっと石を積んできた。しかし積んでは崩れ、積んでは崩れ。ここへ自ら縛られているらしい。

 「そんなことしても誰のためにもなりゃしないよ。あんたのやってることは徳にはつながらないし、逆に後悔でもっと渡ることが出来なくなる。やめときな」

 「……。ひとつ積んでは父のため……」

 積んだ石が倒れるのも、私が言った言葉のどちらも気にすることなく子供は石を積み続ける。

 「気持ちはわからないでもないけどさ。いいかい、それは意味がないんじゃない。逆にあんたを苦しめてるんだ。さ、あたいと一緒に行こう。四季様にかけあってみるからさ」

 何を言っても子供の霊は話を聞く様子がない。

 「やれやれ。話を聞かないやつが多いね~最近は。ん?」

 そこで昨日運んだ霊の最後の言葉を思い出す。『子供』がどうとか。そこである可能性がふっと思い浮かぶ。……いや、そんなタイミングのいいことがあるわけ、ないとはいいきれない、か。もしそうだとしたらなんという皮肉かね。自分より早く死んだ子供よりも早く成仏か。

 「……あんたの親はもう成仏しちまったかもしれない。その苦行を続けている以上、お前さんは逆にここから抜け出せない」

 真実とは言い切れないが、私の考えをはっきりと言ってやる。それでも子供が石を積むのをやめることはない。

 「……はぁ。全く頑固だね。……あたいが鎌を振れる方だったらお前さんの無念を刈り取る事が出来たかもしれない。けど私は船頭だ。あたいにあんたのその行いを止める術はないんだよ。あんたがそれをやめて違う方法で徳を積まない限りさ」
 
 鎌を持たない私に霊を無理やり成仏させる権利はない。といってもそれで仕事に支障が出ることはそうそうないのだが、今回は例外だ。私に出来ることは、何もない。

 「徳を積めたらいつでも私のところへ来な。そん時は私がしっかりお前さんを運んでやるさ」

 そういって、子供が石を必死に積む様を背に向け歩き出す。子供の霊が今の作業をやめて私のところへ来たところで、徳が足りないので何も事態は変わらず、今のままでも現状は変わらない。
 そして私はただの船頭だった。それからは子供の霊の方に振り向くことなくその場を去っていく。



 「あ~、いい天気だ」
 「そうですね。素晴らしい仕事日和です」
 「げっ」
 「あなたって人は。終いには本当にクビにしますよ?」
 「いやいや、休憩中ですよ。休憩中。四季様だって休んでるじゃないですか」
 「あなたが霊を運んでこないからですよ。幻想郷に霊が少ないからといって」
 「は~い。わかりました。それではちょっくら行ってきます」
 「こら、話は終わってません」
 「すいません、仕事中なのでまた今度でお願いします」
 「……いつかクビにします」
 「お~怖い怖い。じゃ、行ってきます」
 「ん、しっかり働きなさい」
 「あ~、そうそう。四季様、一つ聞いてもいいですか?」
 「ダメです」
 「ちょ」
 「冗談です。なんですか?」

 この人の冗談は冗談に聞こえない。もしかしたらいつか本当にクビになるかも。どうしよう。

 「……。昨日あたいが最初に運んだ霊は白でしたか?それとも黒でした?」
 「あなたがそんなことを聞くのは珍しいですね」
 「なんとなくですよ」
 「そうですね。他のものに比べ日頃の行いが良く、特に悪いこともしていませんでした。しかし子供を小さい頃に亡くしたようで、それをずっと悔やんでいたようです。悔い改めるのは結構ですが、後悔し過ぎて、自分の生にまで影響を与えてしまうのは良くないです。まぁ、それでもあの霊は白ですよ」
 「そうですか。ありがとうございます」
 「本当に珍しいですね。あなたがこんなに霊のことを気にするなんて」
 「いえ。そんなんじゃ、ありませんよ。ただ私が出来ることは少ないと再確認しちゃった、な~んて」
 「あなたは自分ができることをすればいいのです。特に仕事をね。それがあなたが今出来る善行です」
 「そうですね。じゃ、今度こそ行ってきます」
 「はい、いってらっしゃい」

 その場を後にする時に四季様はまだ何かを言いたそうだったが、説教だったらいやだし、気持ちも落ち着かないので素早く立ち去る。

 自分に出来ること、か。

 感傷的になることは確かに珍しいかもしれない。それでもやることは変わらない。いつも通り霊を見つけ、そして運ぶだけ。霊の話を聴いたり話をするのは楽しいときもある。別に二つの霊に同情をしたわけではない。私はそんなにやさしくない。ただ、その噛み合わなさに何か思っただけ。抽象的過ぎる何かを。そんな曖昧なことを思い、私は歩きながら、なんとなく心に残る気持ちをかき消すように嗤うのだった。
鎌を持たなくなった死神はどう過ごすのでしょうか。
K.G
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