Coolier - 新生・東方創想話

妖精達のハロウィンウォーズ

2013/10/31 20:06:45
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読まなくてもそこまでストーリーに支障はありませんが、御用とお急ぎでない方は合わせてどうぞ。


 神無月の末日。
 いよいよ肌寒い日が続くようになった幻想郷では、木々の紅葉が見頃を迎えている。
 霧の湖の水温も日増しに下がっており、水生生物の動きも鈍くなってきたようだ。
 人間の動きも伴うかのように少なくなっているのだが、湖の畔にはそんな様子を感じさせない賑やかな集団が出来ていた。
「ハロウィンって知ってる?」
 集まった数名の仲間に、さも『自分はこんなことも知っているぞ』と言いたげな顔つきで問いを発したのは、冷気を操る程度の能力を持つ妖精、チルノである。
 その問いを受けたルーミア、ミスティア、リグルの三人は、声をそろえて解を出した。
『知らなーい』
「……ッッッッ!」
 ガッツポーズを取り、勝者のオーラを顕現させるチルノ。実に爽快な表情である。
「知らないなら言って聞かせてやるわ! ハロウィンはね、大人から無条件で食料を奪える日なのよ!」
『…………』
 リグルとミスティアは思考を止め、
「なんだってー」
 ルーミアはわざとらしく驚愕した。
「俄かに信じがたいね。そんな一方的な略奪が許されるイベントがこの世にあるというのかい?」
 代表してリグルが問う。
「あるものはあるんだから仕方ないでしょ。某人間から聞いた話だけど、適当な家に押し入って『とりっくおあとりーとめんと!』と叫ぶと食料が貰えるそうよ」
「それじゃあ貰えるのは整髪剤じゃないか」
「……またあの黒魔術師に騙されたのね!」
「いや多分、『トリート』に『奢る、ご馳走する』という意味があるから、その事だと」
「ふむ、きっとそうね。……コホン、そういうわけで、またあの吸血鬼の屋敷に忍び込んで、食料をくすねてやるわよ!」
「ああ、節分のときの仕返しね!」
 納得して手を合わせるミスティア。
 チルノ達は去る今年の節分、『鬼退治』と称して紅魔館を襲撃したことがあった。
 作戦は予想以上に上手く進んだのだが、思いがけず屋敷の主人、レミリアスカーレットの逆鱗に触れてしまいあえなく全滅させられたのだ。
「今回は逆襲を兼ねて、もっと沢山の仲間を集めるわよ!」
「向こうが手に負えないほどの数で攻め込んで、強引に食料を奪おうと」
「そういう事」
 得意げに胸を反らす。
「トリックオアトリートって面白そう! トリックオアトリート、トリックオアトリート!」
 ルーミアが連呼する。それを聞いたリグルは、
「トリックオアトリート……『悪戯かご馳走するか』って意味だよね? 」
「? そうだけど。それが何か?」
 チルノは首を傾げる。
「そうか……逆だ。逆に考えるんだ……」
「逆?」

「食料を拒否すれば……悪戯し放題!」

「なッ……!」
 チルノは気付いてしまった。ハロウィンに隠された、もう一つの姿に。食欲という煩悩に隠されていた、真の意味に。
「皆……計画は変更よ」
 一同がゴクリ……と固唾を呑む。
「失念していたわ……そもそも私達は、何の為に戦うのかを」
『…………』
「これまで虐げられてきた屈辱を晴らし、戦友達の亡骸を糧に、支配者達へ逆襲をしなければならない!」
『おお……』
「幻想郷の支配構造を変革するため! 弱者の先陣に立って強者に刃を向けるのだ!」
『おおー……』
「時は今なり! 敵は、紅魔館にあり!」
『おおー!』
 高らかに宣言するチルノ。彼女達のハロウィンが、今始まる。



 時を同じくして、紅魔館ではハロウィンパーティの準備が進められていた。
 屋敷には幼い(と言っても人間より遥かに年寄りな)吸血鬼、レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットの二人がいる。しかし、彼女達が人里を徘徊してお菓子をねだる事はない。
 レミリア達にとって、パーティを開く口実となれば何でもよいのだった。このハロウィンパーティも、紅茶とパンプキンパイさえ揃っていれば形式はそれほどこだわらないと言う。
「咲夜、頼まれていた物を買ってきたわ」
「あ、ありがとうございます、パチュリー様」
 紅魔館の知識人、パチュリー・ノーレッジが厨房に入る。咲夜にお使いを頼まれていたパチュリーは、人里へ足りない材料を調達しに行っていた。
 一年の大半を地下の図書室で過ごしているパチュリーが、わざわざ他人の為に外出することは極めて稀である。が、今回パチュリーは率先して咲夜の助手を買って出た。
 理由はいたってシンプル。パチュリーはここ最近菓子製作に凝っているからだ。
 今年のバレンタインにチョコレートケーキを作って以来、何度も咲夜の元で『調理実習』を受けている。紅魔館ではお菓子を作る機会が多かった為、見る見るうちに腕前も上達していった。
 今では師弟関係というより、一緒にお菓子作りを楽しむ友達と言ったほうが適している。お使いも、咲夜が屋内の仕事で忙しかったから必然的に手伝っただけの事だ。
「卵と南瓜二種。間違いないわね」
「ええ。確かに」
 南瓜には、よく食卓で見かける緑色の物と、観賞用である橙色の物があった。前者はパンプキンパイに、後者はジャック・オー・ランタン――ハロウィンの定番である南瓜提灯に使われる。
 咲夜は調理用のナイフを取り出し、慣れた手つきで食用南瓜を小さく切り分ける。それが終わったら、今度は観賞用南瓜をもってパチュリーに調理台を譲った。
「私はこちらの作業をするので、パイの方お願いしますね」
「任されたわ」
 それぞれの作業に移る。蒸し器に南瓜を並べて火をつけた後、パチュリーはふと口を開いた。
「そういえば、八百屋であれだけ沢山売られていた大豆が、一粒残らず無くなってしまったらしいわ」
「大豆ですか。誰かが買い占めたのですかね」
 咲夜は提灯の目と口に当たる部分へナイフを入れながら答える。
「それがどうも、盗まれたらしいのよ。店主がちょっと目を話した隙に」
「物騒ですわね。しかし何故大豆……」
 何気無い噂話ではあるが、咲夜には一つ気掛かりな事があった。
「ちょっと失礼。部下に指示を出してきますわ」
 ナイフを置き、厨房を出ようとするのとほぼ同時だった。

「敵襲ー! 屋敷が襲撃されていますー!」

 傷だらけとなった妖精メイドが飛び込んできたのは。



「怯むなー! 数じゃこっちが大幅に上回っているわ! 一人一殺で確実に仕留めるのよ!」
 戦場の中央で指示を出すチルノ。その周りでは数十匹に及ぶ妖精が奮戦している。
 最初は四人での決起だったが、そこに思いの他多くの妖精が賛同した。その場のノリで適当な宣言をしたチルノだったが、それは弱い立場の妖精達にとって強く協調できるものだったのだ。
 結果として百をゆうに超える大部隊で紅魔館を取り囲み、裏口、正面口の二方向から一斉になだれ込んだ。
 侵入者に対し真っ先に対処するのは門番である紅美鈴の役目であったが、多勢に無勢、長持ちはしなかった。チルノは美鈴と対面する部隊の指揮を取っていたが、現在は正面口を突破しエントランスホールの制圧にかかっている。
 如月の戦いではここで敗れてしまったが、今回は勢いが違う。既に迎撃部隊の多数を撃破・捕縛しており、完全制圧は時間の問題だ。
「さて……別働隊は上手くいってるかな? ここを落としたらまず一階を占拠するんだっけ」
 作戦を確認する。現在裏口からリグルとミスティアの部隊がこちらに向かっている。ルーミアの部隊は煙突内部に潜ませて、合図をしたら一斉に展開、敵の背後を突かせる算段だ。
 またゲストとして、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアの三人に小隊を組ませている。悪戯のプロである彼女達には、大部隊が陽動する裏でゲリラ作戦を遂行してもらうこととなった。
『悪戯』の最終目標は、屋敷の主人、レミリア・スカーレットを炒り豆の海に沈める事だ。目標はこの時間寝ているはずなので、この勢いで攻め込めば確実にミッションを達成できるだろう。
「隊長! エントランスの制圧が完了しました!」
「了解! 全隊員は集合なさい! リグル・ミスティア部隊と合流するために裏口を目指すわよ!」
『サー、イェッサー!』
「戦いはこれからが本番! 気を引き締めなさい!」
『サー、イェッサー!』
「合言葉は!」
『トリック・オア・トリック!』
「いざ、進撃ー!」
『おー!』
 裏口へ繋がる通路へと駆ける妖精達。予想以上の快進撃に、笑みが止まらないチルノであった。



「パチュリー様、しばし鎮圧に向かいますので空けますね。火の扱いにはくれぐれもご注意を」
「分かってるわ。もしすぐに鎮圧できなかったら、私も手伝うわよ」
「ありがとうございます。お手間をかけさせないためにも、ここは全力で対処しましょう」
 厨房を後にして、騒がしい裏口へと急ぐ咲夜。
 八百屋から大豆が消えたと聞いたときに直感はあった。去る如月の節分に、屋敷から奪取した炒り豆をそこら中に撒き散らした大馬鹿者がいたからだ。
 その時はレミリアによって粛清され、『あの妖精達』も反省したのかと思っていたが、まさか数を増やして反撃してくるとは思わなかった。
「いたわ。殲滅あるのみね」
 十数匹の妖精が真っ直ぐエントランスホールへ向かっている。咲夜は慌てることなく、ポケットからストップウオッチを取り出した。

「ザ・ワールド!」

 ストップウォッチのスイッチを入れると、同時に世界が凍りついた。動けるのは咲夜のみだ。
 続いて懐から敵兵の数だけナイフを取り出し、一匹ずつ確実に顔面に突き刺す。
 今は何も起こらないが、時を動かした瞬間に真っ紅な花畑が出来るだろう。
「そして時は動き出す……」
 ストップウォッチに手をかけ、躊躇いなくスイッチを押す。同時に時間停止が解除され、世界が再び動き出した。
 しかし――
「っ! 通り抜けた!?」
 目頭に突き立ったナイフをもろともせず、妖精達は進撃を続けた。カランカラン、とナイフが床に散らばる。
「いや……刺さっていない! 嵌められた……ッ!」
 蜃気楼だろうか、あの妖精達は幻影だった。本物はもっと後から来るのか、それともとうに先へ行ってしまったのか。
(……ッ! 屋敷の奥に入れてはいけない! お嬢様を護らなくては……!)
 二階にあるレミリアとフランドールの寝室を目指す。この分ではエントランスホールなど制圧されているかもしれないので、最悪そこを捨ててでも天守閣を死守せねばならない。
「あの馬鹿妖精……獄門に処してやろうかしら」
 頭に血が上り、およそメイド長らしからぬことを言っている自覚もほとんどなかった。



「今通路の陰に隠れてたの、ここのメイド長よね?」
 エントランスを目指しながら、ミスティアがリグルに問う。
「そうだったね。かく乱は成功だ。感謝するよ、ゲストさん」
 ゲストと呼ばれた妖精が振り向く。
「サニーよ。サニーミルク。やっぱり視覚かく乱は標準装備よね。今後も常に『歪めて』おくわ」
 サニーミルクは、光を屈折させる程度の能力を有している。その力で光のベクトルを大幅に歪め、咲夜の目には本物よりも後方に見えるようになっていたのだ。
「チルノの部隊だ。向こうも上手くいったみたいだね」
 リグルが手を振ると、相手も振り返してきた。
「お待たせ! エントランスは制圧完了よ!」
「よし、いい調子だね。……残りは地下室と厨房、そして最深部か」
 最深部とは、二階にあるレミリア達の寝室のことである。出遅れて前線に向かえなかった敵兵が集まり、最終防衛ラインを築いているらしい。
「さて、このまま二階へ攻め込むか、一階と地下室を押さえてからにするかだね。どうする? チルノ」
「うーん、地下室に伏兵が潜んでいるって可能性はあるかしら?」
 その問いには、チルノの部隊員である諜報員が答えた。
「それはないね。図書室の作業員が数名いたけど、脅威にはならなさそう。出入り口に何人か配置しておけば出られなくなるんじゃないかな」
 音を消す程度の能力を持つ妖精、ルナチャイルドが前に出る。
 混沌と狂乱に陥った屋敷では、ルナチャイルドの能力が有効的に働く。音さえ消せればどこを飛び回ってもほとんど気付かれないのだ。
「じゃあ……ミスティア! 部下を動員して地下室を封じてちょうだい!」
「了解よ! 残党どもに夜道の恐怖を教えてやるわ!」
 配下の妖精を連れ、ミスティアは嬉々として地下室の方へ向かった。
「私達は厨房攻めね。行きましょう、リグル!」
「うん。伏兵のルーミアもいるし、すぐに落せるよ!」
 チルノの部隊とリグルの部隊、総勢五十名を越す大集団が、厨房へ向かって進撃していった。



「咲夜は遅いわね……てこずってるのかしら」
 パイ生地を耐熱皿に敷き詰めながら、パチュリーはふと疑問を感じた。
『敵襲』の規模がどの程度か伝えられなかったので、もしかすると予想を上回る規模の戦闘になっているのかも知れない。
 生地の上に、事前に作った南瓜クリームを乗せる。更にその上から細く切った生地を格子状に組み合わせて並べ、艶出しに卵黄を塗る。
「もう焼くだけになっちゃったけど……焼いていいのかしら。いいわよね」
 厨房の端に備え付けられている暖炉へ向かい、マッチを擦る。
 この暖炉は調理用オーブンとは違い暖房器具なので、少々熱効率が悪いのが欠点だ。その代わり、直火焼の丁寧な味を作り出せる。
 鉄板が温まるまで調理器具を洗いながら待つパチュリーだが、その時、俄かに廊下が騒がしくなったのに気付いた。
「……まさか」
 嫌な予感に表情を引きつらせながら見ると、

「突撃ー! 一気に制圧するわよ!」

 何十匹もの妖精達が押しかけてきた。先陣を切る青い妖精には見覚えがある。
「またあんたらね! 懲りない連中だわ」
「今度はそう簡単にやられないわ! 一人二人果てようと、代わりの兵はいくらでもいるんだから!」
「部隊長にあるまじき発言だね、チルノ」
 隣で緑の妖怪が突っ込みを入れる。
「やれやれ。こっちも忙しいんだから、遊びに付き合ってる暇は無いのよ」
「こっちこそ、あんたの都合なんて構わないわ。ここを制圧して、吸血鬼退治の地盤にするんだから!」
 チルノと呼ばれた妖精の言葉に、パチュリーの眉が確かに動く。
「あんた達、レミィに危害を加えようと言うのね。それなら私も黙っちゃいないわ」
 パチュリーは威嚇をしたつもりだったが、チルノ達には通じなかった。
「こっちだって最初から本気! 本気になった妖精を舐めるなよ!」
「思い知らせてやるわ。どんなに束になって来ようと、所詮虫ケラは虫ケラなのよ」
「何だとー! 蟲の力を見くびるなよー!」
 隣の妖怪が変なところに食いついてきたが、パチュリーは無視することにした。
「どうやら咲夜も頑張ってるみたいだし、この厨房は絶対に譲らないわ。一方的な闖入者に受け渡してなるものですか」
「一方的? 我々はきちんとした大義名分の下進軍しているのよ!」
「大義? 寝言は寝てから言いなさい」
「今日が何の日か、忘れたとは言わせないわよ! そこであんな美味しそうなもの作ってるし!」
 ビシィ! と焼く前のパンプキンパイを指差す。
「ハロウィン? まさかあんた達お菓子欲しさにこんなことやってるの?」
「ふふん。逆ね。我々が望むのは御馳走でなく悪戯よ! さあお前達! やってしまいなさい!」
『トリック・オア・トリッーク!』
「うわ、あんたら最悪の訪問客ね!」
 先頭の二人が、それぞれスペルカードを切る。

「アイシクルフォール!」
「リトルバグストーム!」

 厨房が吹雪に包まれ、その中を無数の虫が飛び交う。
(何というシュールな光景……)
 対してパチュリーは、

「アグニシャイン!」

 火の精霊を召喚し、その右手に宿らせる。パチュリーは今、炎を操る魔術師となった。
「飛んで火に入る夏の虫ね!」
 大きく右手を振るうと、膨張した爆炎が妖精達に襲い掛かる。
「きゃあぁ――っ!」
「怯むな! 熱いのは一瞬だ!」
「風! 誰か風を起こせ!」
 誰かが叫ぶと同時に横殴りの風が吹き、炎を振り払った。続いて妖精達が反撃の弾幕を展開する。
「ちっ、咲夜が苦戦するわけね」
 妖精一匹の力は弱いが、これだけの数が意気投合すると、かなりの戦力になる。パチュリーの攻撃すら揉み消す力を発揮する。
(誰かが指示を出しているのね。そこを潰せば集団は統率できなくなるはず。あのチルノとかいう妖精は見るからに頭が悪そうだから……)
 その隣にいた、緑の妖怪に矛先を向ける。

「サテライトヒマワリ!」

 緑の妖怪を取り囲むように、細かい弾幕が周回する。
「なっ!」
「リグルッ!」
 リグルと呼ばれた妖怪が怯むと、わずかだが敵の集団に動揺が走った。
(ビンゴね。あれは放っておけば自滅するから、ここでたたみかけるッ)

「ロイヤルフレア!」

 妖精が扱う攻撃パターンはある程度把握している。リグルを封じて相手が能無しになったとはいえ、最も対処しづらい太陽の精霊を呼び出したのは、無意識に妖精の力を警戒したからかもしれない。
「暑い! 誰か風を吹かせてくれ!」
「ギャーッ! 熱風だ!」
 案の定、リグルを失って集団は混乱に陥った。自滅する者もちらほらいる。そんな中、チルノが前に飛び出してきた。

「マイナスK!」

 すると、厨房を支配していた熱気が見る見る冷え、逆に寒くなってくる。窓という窓に水滴が張り付きそれらも氷の粒に変わる。気温差で調理台やシンクがベコボコッ! と音を立てた。
「そんなっ、ロイヤルフレアが……」
「はっはー! 無駄無駄ァ!」
 無限の加熱と絶対の吸熱。結果は後者に軍配が上がった。更に悪いことには、リグルを閉じ込めていたサテライトヒマワリにも亀裂が走る。その隙は見逃されなかった。

「季節外れのバタフライストーム!」

 サテライトヒマワリは内側から崩壊し、無数の弾幕が散弾のように放たれる。
 パチュリーにはもう一つ誤算があった。このちっぽけな蟲の妖怪は、あの程度の弾幕で足止めはできなかったと言うことだ。
「くっ!」
 怯むパチュリーに無数の弾丸が吸い込まれ、爆風と立ち込める煙がその場にいる者の視界を遮った。
「よっしゃ! 強敵を一人倒したわ! 快進撃ね!」
 ガッツポーズで喜ぶチルノ。後方で援護していた妖精達も万歳の声を上げる。しかし、リグルだけは冷静だった。
「待った! 煙の向こうで物音が……」
 その直後、虹色の弾幕がチルノたちを襲った。
「きゃ――!」
「うわーっ!」
「ピチューン!」
 次々に被弾し、ダウンする妖精達。チルノも完全に不意を突かれたようで、とっさに回避できたのは偶然以外の何者でもなかった。
 煙が掻き分けられ、ゆっくりと姿を現すパチュリー。厨房の角まで追い詰められていた彼女の前には、五つの結晶体が立ち並んでいる。攻撃はそこから出されていた。

「賢者の石……あの程度で倒せたと思わないことね」

 パチュリーが腕を振るって指示を出す。すると、一瞬で部隊の半数を戦闘不能にさせた散弾から、狙った対象を確実に焼き尽くす業火の弾幕に切り替わる。
「しぶとい魔女ね! それで要塞でも築いたつもりなのかしら!」
 チルノの言うように、パチュリーは部屋の角を背にして前方を賢者の石で守っている。石は矛と盾の役割を同時に果たし、一見すると死角がないように見える。
「そうよ。もうあんたらに勝ち目はない。投降するなら今のうちよ」
 降伏を迫るパチュリー。しかし、チルノの表情には依然として余裕があった。こうしている今も、一匹ずつ確実に戦力が削がれているというのに。



 時は午の刻を過ぎた頃。ルーミアたちが潜り込んだ煙突内部は闇に包まれている。
 ルーミア自身が暗闇を操ることが出来るのだが、この場においてその力はほぼ意味を成さない。
 その代わり、この部隊には全軍で最も優秀な諜報員が配備されていた。
「戦局が変わったみたい。こっちに近づいて来るわ」
 スターサファイアは五感が非常に鋭く、光の届かない煙突内部でも戦場の様子が手に取るように分かる。
 報告を受けたルーミアが、
「じゃー皆、そろそろ出番だから奥へ進もう! せーので飛び出すわよ!」
 ルーミアに与えられた役割は、チルノ達が厨房角へ追い詰めた敵を背後から不意打ちすることである。
 まさに今、時は満ちた。ギリギリまで接近し、チルノかリグルの合図を待つ。その為に煙突を下り始めたルーミア達だが、ある程度降りてくると違和感を感じた。
「ねぇ……暑くない?」
「まだ暖房を焚く季節じゃないけど……」
 部下の妖精達が疑問符を浮かべる。ルーミアも少しおかしいなと思った。そしてその疑問は、更に煙突を下ったとき確信へと変わる。
「熱い! すぐ下で火を焚いてるわ!」
「ヒィィ! 熱風がー!」
「隊長! 今すぐ退避を! ここは危険です!」
「え、ええと……」
 予想外の事態に慌てふためくルーミア。助けを求めスターサファイアのほうを向く。
「隊長さん……確かにこれ以上は進めません。一度煙突から出て様子を伺いましょう」
「そ、そうだね! よし、全員撤退ー!」
 その号令で、妖精達は我先にと煙突を上っていった。
 ルーミアは去り際、下の方から『投降するのはあんたの方だ! 出でよ、我が切り札!』という自信満々な叫びを聞いた気がしたが、気のせいだろうと自分に言い聞かせたのだった。



「お嬢様! ご無事ですか!」
 ノックもせずに扉を開き、咲夜はレミリア達の寝室に飛び込んだ。
「なんだいこんな真っ昼間に……」
 目を擦りながらレミリアが起き上がる。同じ部屋で寝ていたフランドールも目を覚ましたようだ。
「敵襲です! 屋敷の一階がほぼ占領され、美鈴は既に敗北、パチュリー様も現在交戦中です!」
「は? 何で賊の進入なんか許してるのよ」
「相手の規模が想定外で……敵妖精の総数は百以上、屋敷の妖精メイド、ホフゴブリン勢は為す術も無く……」
「……何か恨みを買うようなことでもしたかしら?」
「いえ……去る節分での襲撃者と数名一致していますが、直接の要因など……」
 そういえば何故急に攻め込んできたのだろう。人里から大豆が消えたという話を聞いたから、この吸血鬼姉妹を狙っていることは間違いないのだが……

「ハロウィンよ」

 部屋の戸が開き、体中ボロボロになったパチュリーが入ってきた。
「うわ、パチェも大分やられたね……ハロウィンってのは?」
「奴等、ハロウィンの習慣にかこつけて合法的に悪戯をしようとしているみたい。トリックオアトリートって言うでしょ? 並列に並べられた条件の内、トリックを選択したって訳よ」
「それって……頭良いように見せかけて実はかなり頭の悪い発想ね」
「所詮妖精だから。でも、人海戦術で効果的に力を振るっているのは事実よ。特にあの蟲の妖怪……侮れないわ」
「蟲って……もしかしてあいつか?」
 レミリアの記憶に、かつて退治したことのある妖怪が浮かぶ。あの時は咲夜も一緒だったはずだ。
「厨房にいたやつらはあらかた始末したけど、まだ残存兵力の数は多いわ。反撃の機会を誤れば、レミィは大豆のプールで泳ぐことになるわ」
「それ悪戯の範疇を越えてない? ……でも、ハロウィンか……」
「どうかされました?」
 咲夜には直感できなかったが、ハロウィンは本来海外の伝統行事であり、勿論そこには宗教的意味が込められている。
 それに従い『トリックオアトリート』も、元を辿れば悪魔祓いの儀式であり、人間と悪魔の間に結ばれる契約でもある。レミリアはそこに引っ掛かっているのだ。
「いやね、『お菓子をくれー』とせがんでくるならこっちだってやぶさかじゃなかったのよ。その裏をかかれちゃうと、私の立場上反撃しにくいなと思ってね……」
 珍しく弱気なレミリアだが、その台詞を待っていたかのように、パチュリーが提案する。
「だから私達は、更にその裏をかいてやればいいのよ」
「? どういうことさ?」
 呑み込めないレミリアに、パチュリーは自信満々に告げる。

「屋敷に雨を降らせるのよ」




「うう……痛てて。逃がしたか」
 後頭部をさすりながら、チルノはゆっくりと起き上がった。
 予想外にもルーミアの部隊が現れなかったことにより、作戦は完全に崩壊してしまった。まさに要塞となった魔術師と熾烈な戦いを繰り広げ、チルノ・リグル部隊は壊滅的被害をこうむった。
 魔術師は強い光を放つ攻撃で目くらましをした後、チルノたちが復帰できぬまに逃げていった。
「しかしッ! 我々はまだ戦える! 厨房を明け渡したことでこちら側は一階部分を制圧、より確実に本拠地を攻められるわ!」
「チルノ……ルーミアたちが出てこなかった原因、きっとあれだよ」
 部屋の角を指差すリグル。先程まで魔術師のいたそこには暖炉があり、煙突に通じているはずだが……
「……かすかに、火が残っているわね。そうか! 暖炉を焚くことで煙突からの侵入を阻止したのね! 周到な!」
 実際はパンプキンパイを焼くために予熱をしていただけなのだが、チルノ達に知る由は無かった。ちなみに焼く前のパイはまだ調理台の上にあり、マイナスKの影響で冷凍食品になっている。
 チルノが辺りを見渡すと、負傷した妖精もいるが、多くはまだ戦えそうだった。

「皆! ここで諦めたら倒れていった戦友に申し訳が立たないわ! もう一度立ち上がり、吸血鬼の部屋まで進軍するのよ!」

「隊長……」
「隊長……」
 その言葉に、倒れていた妖精が次々と立ち上がる。彼女達は本気だった。あれだけの悲惨な戦いを経て、まだ抵抗する気力に溢れていた。
「チルノ、全軍に招集をかけよう。一致団結して二階の目標まで押しかけるんだ」
「そうね。サニー、ルナ、それぞれミスティア部隊とルーミア部隊に伝達をお願い。我々と合流して二階を目指すように、と」
『了解!』
 二匹の妖精を見送り、再び立ち上がった部下達のほうに向く。
「ここから先は総力戦よ! 数での有利はいまだに揺るがない! 皆で力を合わせて、必ずあの吸血鬼に一矢報いるわよ!」
『おー!』
「もう後には引き返せない! 全員死ぬ気で突撃しなさい!」
『おー!』
「合言葉は!」
『トリック・オア・トリーック!』
「いざ、進撃ー!」
 チルノが先陣を切り、続いて妖精達が駆ける。最終決戦が始まった。

 ……と同時に。

「あれ?」

「おや?」

「あら?」

「あれー?」

 チルノ、リグル、ミスティア、屋外にいたルーミアすらも。それだけではない。屋敷中に散らばっていた妖精達全員が疑問符を浮かべた。
 頭上に何かが当たり、それが床に落ちて転がる。雨かとも思ったが、そもそも屋内に雨が降ること事態おかしい。
「これは……」
 チルノが床に落ちた粒を拾う。派手な装飾の色紙に包まれたそれは――



「パチェ、そんな作戦で大丈夫なの?」
「大丈夫よ、問題ないわ。特にあの妖精達が相手ならね。ほぼ確実に成功するわ」
 パチュリーの提案とは、迫る妖精達を跳ね除け、かつレミリアにも後ろめたさが残らない最適の方法だった。その概要を聞き、咲夜も驚きを隠せなかった。

「大胆な方法ですわね。屋敷に『飴』を降らせるなんて」

 バラバラバラバラバラバラ! と雹が振っているかのような音が響き渡る。今、紅魔館の敷地内には飴玉がくまなく降り注いでいた。
「失礼します」
 吸血鬼姉妹の寝室に、一匹の妖精メイドが入ってきた。パチュリーが派遣した偵察員だ。
「どうだった? 敵軍の様子は」
「目論見通り、突然降ってきた飴を『天の恵みだ』などと言って貪り食っています」
「それじゃあこっちも、心置きなく攻撃できるわね」
 そう、パチュリーの立案した作戦とは――

 ――相手に強制的にお菓子を恵んで、悪戯をする権利を剥奪するというものだった。

 そもそも妖精達の作戦には無理があった。仮に屋敷をほぼ制圧できたとして、最終目標の吸血鬼姉妹に攻撃をする過程が非常に困難なのだ。
 相手はそこを数の暴力で押そうとしていたようだが、果たして吸血鬼とはそこまで簡単に倒せる種族なのか。
「というわけで、こちらが攻撃をする大義名分は揃ったわ。レミィ、あとは好きなようにやって良いわよ」
「助かるよ。さて、いっちょ腕を振るって……って」
 部屋を出ようとしたレミリアが、その妹――フランドール・スカーレットの目線に気付く。
「なに? あんたも戦いたいの?」
「うん。滅多に無いからね。堂々と全力を振るえる機会なんて」
「ふーん、じゃあ、今回はあんたに譲ろうか。部屋に籠もってばかりじゃ運動不足になるだろう」
「わーい」
 満面の笑顔で、最強の妹が立ち上がった。
「あの……フランドール様」
「何? 咲夜」
「全力も良いですが……屋敷を壊さないようにお願いしますね」
「あーうん。相手が抵抗しなければね」
「…………」



 突然降ってきた飴に不信感を抱いたのはごく一部だった。多くの妖精は甘いものに目が無く、リグルやスターサファイアの制止を振り切って手当たり次第口にした。
 そして、『破滅』が訪れたのはその直後である。 
「あれはなんだ!」
「攻撃が波のように押し寄せているぞ!」
「ああっ、味方がゴミのようだ!」
 チルノ達は標的として、レミリア・スカーレットを想定していた。また、この屋敷にもう一人吸血鬼がいることも頭の片隅に入ってはいた。但し……そちらが攻めてくることは予想できなかったのだ。
 今、姉より優れた妹が無双状態で戦場を駆け巡っている。

「レーヴァテイン!」
『ぎゃーす!』

「カタディオプトリック!」
『ヒィー!』

「フォービドゥンフルーツ!」
『う、うわー!』

 吸血鬼の妹はやりたい放題だった。一秒に数匹単位で数を減らされては、作戦などあったものではない。
「どどど、どうしよう! リグル!」
「こんなの想定外だ! これ以上の戦闘は諦めて、脱出したほうがいい!」
「こっちに来るわ! 間に合わない!」
 ミスティアが指差す先では、最後の妖精戦闘員が倒され、残るはチルノ達四人だけとなった。
「投降するか……受け入れてもらえないだろうなぁ」
「くっ……弱腰になっては駄目よリグル! あたい達は何の為にここへ来たの! 四人で力を合わせれば、相手が吸血鬼といえども……」

「フォーオブアカインド!」
「全員脱出ー!」

 四体に増えた吸血鬼を見て、一斉に駆け出すチルノ達。しかし、速度で吸血鬼に敵うはずがない。
 すぐに四方を固められ、脱出不能の状態で集中砲火を浴びることになったのだった。
「妖精ごときが、吸血鬼に勝とうったって無駄なんだよ。無駄無駄」
 パンパンと手を払い、勝者の笑みを浮かべる吸血鬼。チルノ達は力無く床に伏せることしか出来なかった。



 その夜。
 あれだけの大騒ぎがあったにもかかわらず、紅魔館のハロウィンパーティーは滞りなく開催されることとなった。屋敷中の住民や従者を集めて盛大に行われている。
 戦いの後、チルノをはじめとする侵略者達には罰として、屋敷中に散乱した飴玉の収集をさせられた。
 どんなに数を集めても吸血鬼に敵わないと知った首謀者達は絶望に打ちひしがれていたが、配下の妖精達は案外素直に掃除をしていた。拾い集めた飴玉は持って行ってよいという条件に集団は沸き立ち、誰がより沢山飴を入手できるかを競い合った。
 当然ながら侵入者達にはパーティに参加する権利など無く、掃除が終わり次第屋敷から追い出された。
 多くの妖精が両手に飴玉を抱えて帰宅する中、チルノ達首謀者は疲れ果て、屋敷の裏の壁に背を預け眠りに落ちてしまった。
 それからどれくらいの時間が経っただろう。物音に気付き、ふとチルノが目を覚ます。
 辺りはまだ暗い。自分のすぐ脇ではリグル、ミスティア、ルーミアが眠っており、正面に何者かが立っていることに気付いた。
「あっ、起こしてしまいましたか。……不味いなぁ」
「あんたは……」
「立場上、名乗ることは出来ません。でも、あなた達にプレゼントをと思って」
 何者かはチルノに白い箱を手渡した。
「これは……」
「ここでは開けないで、お家に持って帰ってから皆で食べてください。差し入れです」
「あ、えっと……」
「それでは私はこれにて」
 そう言って、何者かは『黒い翼の生えた』背を向けて走り去った。

 ――Happy Halloween!

 最後に一言、そう言い残して。
「…………」
 眠い目で箱を覗くと、そこには四人分のパンプキンパイが入っていた。



Thank you for the reading. Moreover, I want you to spend the wonderful night of Halloween !
前作で咲夜が活躍したのに対し、今回はパチュリーを前面に出してみました(主人公はチルノ達ですが)。

ハロウィンの始まりはカボチャでなくカブなんですってね。我が家は今夜カブの味噌汁です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。あなたが素晴らしいハロウィンを送れますように……
Jr.
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コメント



0.460簡易評価
4.100非現実世界に棲む者削除
とても楽しめました。
妖精大戦争in紅魔館。
素敵なハロウィンデーでした。
7.100奇声を発する程度の能力削除
ハロウィンらしく良かったです
10.90名前が無い程度の能力削除
リグルは妖怪です…泣。
妖精が妖怪3人&妖怪クラス1+3×1/3人の指揮を受けたら、なんだか外の世界の軍隊みたいになっちゃった物語。これ妖怪の山くらいなら落とせるんじゃないかな…。
13.80名前が無い程度の能力削除
勢いがあって、さくっと一気に読めました。面白かったです。
でも、最後に出てきたのが誰かちょっと不明瞭でした。射命丸かな? 他に黒い翼持ってるキャラっていたっけ、レミリアは違うだろうし。
(文は翼が生えてるかどうかの設定がいまいち曖昧なんですよね)
14.無評価著者削除
著者です。コメント拝見させていただきました。
補足しますと、終盤に登場たのは小悪魔です。
屋敷の従業員としてチルノ達とは敵対していましたから、名のりあげてお菓子を差し出すわけにはいきません。
しかし、パーティの夜は敵味方隔てなく楽しみたい…そんな思いから、こっそり屋敷を抜け出した。そう読み取れればと思いましたが…ミステリアスになり過ぎてしまったようですね。
反省点として、次回以降の作品に反映させていただきます。ありがとうございました。