Coolier - 新生・東方創想話

スキマ妖怪の共謀と暗躍

2013/01/27 00:49:52
最終更新
サイズ
84.18KB
ページ数
1
閲覧数
3369
評価数
7/17
POINT
400
Rate
4.72

分類タグ

※「亡霊の悪戯と、妖怪寺・聖人達の交流の切っ掛け」~「スカーレット姉妹、古明地姉妹に会いに行く」の後のような、「焼き鳥屋台・鳳翼天翔(仮) 開店計画」・「不良天人の汚名返上(?)」の裏側のようなお話です。
 特に後半は「不良天人の汚名返上(?)」の展開を知っている事を前提とした構成になっていて、場面の省略も多いです。

 妖怪の賢者と称される、八雲紫。
彼女を知る者をして、胡散臭いだの先を見通し過ぎているだの、聞ける評価はそんな内容だ。
称号を裏付ける内容と言えよう。
そして今、その妖怪の賢者が……

ちゃぶ台に肘をつき、頭を抱えていた。

今、彼女を悩ませているのは、ここ二か月程の間にあった出来事。
即ち白玉楼、永遠亭、紅魔館、それぞれが立て続けに余所と宴会をした事。
それがこれから、引き起こす事になるであろう影響についてを、考えていた。
(確実に、里の人間や、妖怪達も真似をしていく事になるわね……)
元々の三つの宴会は、それぞれただなんとなく親睦を深めるため、という事ではなく、各々出向いた相手からお礼の意もあった。
(真似をするとしても、まずは彼女らに倣って、何かをし、そのお礼という形になるでしょうね……そうであれば、私も文句は言えないという事になる、それはいいのよ)
果たして長続きするだろうか?
(するわけないに、決まってるじゃない……)
「宴会をしたい」という欲があって、そのために「誰かに何かをして」「そのお礼として」宴会を開いてもらう……それ自体は確かに良い心構えとも言えよう、だが……回りくどい。
(「誰かに何かをして」の過程を抜いて、最初から宴会をする者が現れるわ、そうなれば……)
最初は僅かでも、広がっていく。
(元々は殊勝な姿勢であった事、その建前がなくなれば後ろめたい……引っ込みがつかず、声高に周りを巻き込み、悪循環に陥る……)
 現時点では、各地の宴会が話題になっている程度。
結果が目に見えているだけに、今の内に歯止めをかけておいた方が、後は楽だ。
(でも今は時期尚早もいい所、更に言えば、形式が崩れない内は、文句が言えない……それどころじゃないわ、私が表立って動いていいのは、崩れたら、という段階ではない、もう収拾のつけようのない程に、乱れきった時……)
……結局、状況としては、面倒な事になるのを、手を拱いて見ているしかない、という結論にしかならないのだ。
 頭を抱えていた腕を解いて、上体を完全にちゃぶ台に預けて倒れ伏す。
「めーんーどーくーさーいー」
 呪詛のようにくぐもった声を響かせて、おおよそ賢者らしくない嘆きを漏らした。

「藍、ちょっと出かけてくるわね」
 面倒事を未然に防ぎたい、その願望は捨てきれず、紫は気分転換も兼ねて出かける事にした。
「長くかかるご用件ですか?」
 藍の問いかけに、紫は首を横に振った。
「気晴らしだから、それ程でもないと思うわ。 幽々子の所で話して来るつもりよ」
 あわよくば、という期待も多少はある。
「解りました。 行ってらっしゃいませ」

 藍の眼前でスキマを用いた紫は、そのまま幽々子の元へと直行した。
「西行寺さん、宴会などなさいませんこと?」
 スキマから上半身だけ出して、開口一番にそう言ってのける。
当の幽々子はといえば、おやつの時間だったようで、既に何も乗っていない小皿があり、手には湯呑。
紫の言葉に取り合わず、ゆっくりとお茶をすすった。
「何か起こりそうと見たのね?」
 湯呑を置いて、返す言葉はお誘いへの返事ではなかった。
「起こりそう、じゃなくて起こるのよ」
 先程一人の時にしていた事とは違い、不敵な表情を浮かべる紫。
「そうね、でも、止めるわけにもいかないでしょう? そうなるのを待つしかない」
「だから面倒なのよ、なんとか出来ないかしら?」
 そう言いつつ紫はスキマから出て、幽々子の正面へと座って、卓を囲う。
「なんとかする必要がある?」
「規模が大きいもの……起こってからでは、それなりの労力が要るわ」
 顔の高さに小さいスキマを開いて覗き、更に別の小さいスキマへと手を突っ込むと、ごそごそといじるような仕草をした後、急須と湯呑を取り出した。
「楽しくなりそうじゃない」
「そう言うのなら、貴女にも手伝ってもらうわよ」
 勝手に取り出した白玉楼の急須と湯呑、スキマの向こうで、急須にお湯を注いである。
お茶を注ぐと、急須を元の位置に戻した。
「それはいいけど……どうするかは考えてあるの?」
「まだよ、起こる前になんとかしようとしか、思っていなかったもの」
 澄ました顔で、ゆっくりとお茶をすする。
「楽しませてくれるのなら、時間は出来たわね」
「不本意だけど……拘泥するよりは、協力の確約を得る方が前向きだわ」
 両者視線を合わせると、そのまま数秒間黙して見詰め合う。
 お互いすーっと指を挙げて向け合い……
「せーの」
「「里の宴会」」
 幽々子がにこやかに片手を突き出し、紫も小さく笑って、出された手を握った。
 正しくは、まだ宴会が行われるようにはなっていない、話題になっているだけの段階だ。
綺麗に声を合わせるために、簡潔な表現をした結果が、その一言だった。
「楽しくなりそうって言うけど、私はそれ以上に大変だとしか思えないわ……」
「あら? そうかしら?」
「里が酷い有様になるのは確実よ。 いつもと違う方法を、考えないといけないわ」
「そう、そこを上手くやれば、とても楽しくなりそうじゃない?」
 どうやら見据えている点は、紫も幽々子も同じだったらしい。
 紫は面倒と感じ、幽々子は楽しくなりそうと感じた違い、それは互いの表情にも現れている。
「ふーん……じゃあ、貴女好みの展開でも考えようかしら」
「それは嬉しいわね。 対価は?」
「働いてもらうわ」
「楽しみにしてるわね」
紫はお茶を飲み終えてから、ごちそうさまと一言残して、スキマを開いた。

差し当たって急ぐ必要はなくなった。
後に面倒事と向き合う事にはなったが、幽々子に働いてもらうと、宣言している。
いざとなったら、存分にこき使ってやろう……そう思えば、幾分か気が楽になった。

それからしばらくの間、紫は普段通りに過ごしながらも、幽々子に伝えたように、幽々子も好みそうな展開を考えた。
答えはすぐに出た。
(幽々子好みの、とするなら……けじめとしての宴会の開催ね。 それにはまず、何らかの形で一旦、宴会三昧の流れを途切れさせる必要がある……)
単に遊んでばかりいる所に、盛大に行ってこれを最後に、としたとて聞き入れない輩もいるかもしれない。
宴会ばかりしていた事を後悔するような、そんな一手が要るはずだ。
この展開を実現するにあたってはまず……

しばらく日数をおき、予想した通りに宴会が流行りだした所で、まず最初に天界へと向かった。
(あの不良天人、放っておいたら邪魔になりそうね)
天子が地上の宴会を見て羨み、降りてきて参加した挙句に、事態の収束を試みる段階になってから、「こんな楽しい事を終わらせはしない」などと言って、邪魔をする……その光景が、紫の脳裏に鮮明によぎった。
紫が天人達に地上の様子を伝えると、それだけで事足りた。
知れば確実に地上に行きたがり、そのうち目を盗んで出て行き、乱痴気騒ぎに参加する……と、天人達も紫と同じ見解を持ち、宴会が収束するまでは、地上の様子に気付かせないよう、自分達で相手をしようという結論に至っていた。

これで一つ心配の種はなくなった。
続いて紫は、ある二名の様子を観察する事にした。

 命蓮寺の一室に、白蓮・星・マミゾウの三名が集まっている。
「……御存知の通り、里では宴会を行う事が、流行りだしています。 この件について、我々命蓮寺はどのように対応するか……協議したく、お集まり頂きました」
 音頭を取った星の表情は硬い、確認をするように、ゆっくりと白蓮・マミゾウを交互に見る。
「今は儂らの宴会の流れを真似て、誰かに親切にして、そのお礼に、という形を取っているそうじゃな」
 マミゾウは、星とは違って平静そのものといった表情だ。
「親切にする事が流行っているとも言える形……素晴らしい事と、私は思うわ」
 そして白蓮はにこやかに語る。
悲観的な星・冷静なマミゾウ・楽観的な白蓮、三様に別れた見解はどこに着地するのか……紫はスキマ越しに、その成り行きを注視する。
「しかし、その目的が「宴会」では……いずれ近いうちに破綻をきたすのでは?」
「前置きが面倒になるじゃろうなぁ。 長続きせずに、適当な所で宴会に飽きれば、そうなったとて問題視する程でもなかろうが」
 答えを求めるように、星とマミゾウは白蓮を見やる。
「在家の皆さんは、変わらず通って、熱心に修行しているわ。 里の風潮に流されずに……宴会がより広まっても、仏門の教えでもって諭せば、皆さんも平常心を取り戻してくれると、私は思うけれど……」
(「思う」というよりは「思いたい」のでしょうね)
 胸の内で、白蓮へ問いかけるように、紫は考えた。
「そうは言っても、私の能力にあやかろうとする人間が、後を絶たないではありませんか。 労せず過ごしていたい、そう思う人間が……ここ幻想郷にも、多く存在する事を示しています」
「何時の世も、そういう手合いはおるものじゃなぁ」
「そのような方も、私の話で考えを改めていっているでしょう?」
 実際、星の能力目当てに訪れた人間を、白蓮が説法でなだめている。
「私が封印されたあの頃と比べて、この幻想郷は人々の心も、取り巻く環境も豊かなもの……間違った事をしてしまっても、話せば解ってもらえるはずよ」
 確かにその頃と比べれば、状況は違う。
かつて白蓮は、妖怪に加担したと、人間に追い立てられ、封印された。
それがここでは、人間と妖怪が共存しているし、また、人間の有様も、白蓮がいた頃の外の世界のそれに比してだが、生きやすい環境で余裕がある。
(かつて目の当たりにした人間とは、大きく違う……でも、少し、残酷な結果になるかしら?)
「……」
 星は黙しながらも、その表情は暗い。
何か言いたげにしていたが、言葉は出ず、星よりも先にマミゾウが次いだ。
「儂は白蓮の見解には賛同出来んが、静観派じゃな」
「何故です?」
 星は鋭い視線をマミゾウに向ける。
「儂からすれば、星はちと厳しすぎ、白蓮は逆に甘すぎるように見える。 そして斯く言う儂とて、最近まで外におった感覚が、抜けきってはおらん。 ここへ来て日の浅い儂らが、幻想郷の人々……その姿の一面を、肌で感じるに良い機会なのではないか? 何も儂らが人間を全て、正しく導こうとする必要はあるまい。 ここでは神や、胡散臭い賢者が目を光らせておる。 あやつらのやり様も見て、学ばせてもらえば良い」
 正に今、命蓮寺の様子を見ているのだが、マミゾウはスキマで見られている事に、気付いたわけではないらしい。
「成程、そういう事でしたら……」
「まぁ、大事にならんと良いのじゃが」

 この分だと命蓮寺は、里にこれから起こるであろう出来事に、大きな動きは見せないだろう。
次いで紫は、もう一名の行方を追った。

慧音は寺子屋におらず、里を離れていずこかへ向かっている。
辺りの様子からは……
(紅魔館?)
 湖の方角だ。 専ら人間の味方である慧音が、敢えて悪魔の館の方へ行くとは、どのような用件だろうか……

しかし目的地は紅魔館ではなかった。
湖に到着すると、辺りをうろうろと移動し、誰かを探し始めている。
やがて見つかった目的の相手は……
「こんにちは」
「お? お前はー……」
「里の寺子屋で教師をしている、上白沢慧音です。 よろしく、チルノさん」
 氷精・チルノ、妖精だが、ただの人間が相手取るには危険な存在。
故に、里に招き入れて、何かをさせようという思惑とは考え難い……否が応にも好奇心を煽られる。
「先生があたいに何の用?」
「最近読んだ本の事で、解らないものがありましてね」
「あたい本なんか読まないよ!」
 何故か胸を張って、得意げに主張するチルノ。
「ですが、もしかしたら貴女なら、知っているかもと思いまして。 氷花、ってご存知ですか?」
「しが? 何それ、知らない」
「氷の花、と書くんです。 氷といえば貴女、と思ったのですが……そうですか、御存じないのでしたら、仕方ありませんね。 他を当たります。 有難うございました」
 ぺこりと頭を下げて、慧音は他の場所へ向かおうとしたが……
「待って! 先生、あたいを頼って正解だよ。 氷と言えばこのあたいなんだ。 その、しがってのがなんだかわからないけど、突きとめてあげる!」
「何か心当たりがあるんですか?」
「氷と言えばあたいだけど、花と言えば、って奴がいるんだ。 連れてってあげるよ」
里の件に対して慧音がどう動くのか、その一環であるのかどうかも、見ておく必要がある……紫は引き続きこの両名の様子を見る事にした。

慧音はチルノに連れられ、太陽の畑に到着した。
「さぁ、着いたよ! ここに……」
「見ての通り、冬だから閑散としてはいるけど、荒らしたらただじゃおかないわよ?」
 何時の間にやらすぐ後ろについていた風見幽香が、チルノの頭を掴んで無造作に持ち上げた。
「ま、まだ何もしてないってば!」
「じゃあ、これから何かしないように、湖に向けて投げようかしらね」
「何もしないってば!!」
 チルノの必死の叫びを受けて、幽香は頭を掴んだ手を離し、チルノはその場にストンと着地する。
「ふふ、冗談よ。 冬の花の咲く場所で、ゆっくりしていたいっていうのに、貴女がここを目指してるのを見て、ここに来る羽目になったから、ちょっと意地悪しただけ。 ……で、貴女、見ない顔ね。 こんにちは、私は風見幽香、花を操る程度のしがない妖怪に、何か用かしら?」
 慧音は――チルノに横槍を入れられながら――訪ねた理由を説明した。
「氷花、ねぇ……霧氷の類じゃないの?」
「ええ、文献によると、草花や樹木に付着した氷ではなく、まるで花のような氷だとかで」
「じゃあ、花は関係ないのね。 私の所へ来たのは無駄足、他を探しなさいな」
 幽香は興味が無さそうに答え、いともあっさりと背を向けて帰ろうとしたが……
「逃げるのかー?」
「逃げる、ですって?」
 チルノの言葉に、幽香は足を止めて振り返った。
笑みを浮かべているが、ただならぬ雰囲気を放っている。
圧倒されてか、チルノが一歩後ずさりした。
「氷といえばあたい! 花といえばあんた! 氷花の正体をあたいが突き止めたら、あたいの氷があんたより上って事よ!」
 ……無茶苦茶だ。
幽香は呆れた表情を、チルノへ向けていたが、参ったかといわんばかりに、力強く胸を張っているチルノの様を見て、ふぅ、と大きく息を突いた。
「こんな理由で私を負かした、なんて吹聴されるのも癪ね。 いいわ、私もその氷花とやらを探そうじゃない」
「有難うございます」
 慧音はお礼を言って頭を下げたが、幽香は然程興味もなさそうに小さく頷くと、チルノに向き直った。
「で、その間一緒に居るから、変な事はさせないわよ?」
 そう言って、幽香は再びチルノの頭を掴む。
「え? どうして? それじゃ勝負にならないじゃない」
「最初っから勝負になりゃしないわよ、貴女馬鹿なんだから。 無駄に植物を凍らせたりしないよう、見張っておくの」
「凍った花じゃないんでしょ? だったら凍らせたりしないよ!」
「そう言ったってどうせやるに決まってんじゃない、貴女馬鹿なんだから」
 チルノは、幽香に全く信用されていないようだ。

 その後慧音は、チルノ・幽香と別れて、里へ戻るのではなく、更にまたどこかへ向かうようだった。
チルノ・幽香の様子を見ていたい、そんな欲求もよぎった紫だったが、当初の目的をおろそかにするわけにもいかない、慧音の行方を再び見る事にした。
 香霖堂に立ち寄って……ホワイトボードとマジックを購入。
(寺子屋以外の場所で、誰かに授業を……?)
 しかしその日は結局、それだけで慧音は帰宅した。

二日後……
 慧音が向かった先は妹紅の家、宴会ブームに乗って、妹紅に焼き鳥屋台を始めさせようとしているのを、紫も目の当たりにした。
(すると一昨日のあれは……チルノを頼り、幽香と共に氷花を探させる、一見すると関係は全くないけれど……天狗への陽動、ね)
 宴会ブームに便乗する形であれば、焼き鳥屋台という選択は、自然な流れとも言えよう、しかしその選択には問題がある。
焼き鳥屋台を撲滅しよう、と志を抱いている者がいる。
ミスティアと、その志に賛同する文だ。
前者はともかくとして、後者はこの動きを早々に察知して、何らかの妨害を仕掛けてくるとも考えられる。
(そこで、話題性があるといえるような、珍しい組み合わせである、あの二人が動くように仕向けた……というわけね)

これで慧音の方針も解った。
真っ先に里の事に気づき、そして問題視して動く可能性も高いと思われた二名……
両者共、早期に鎮静のための行動を取る事はないだろう。

次いで紫は、決めた目標に向けて、誰を、どのように動かすか考え……ようとした所で、不意に気付いた。
(今日は一月十三日……)
 この流れが二か月程続けば……
しかし宴会がいつ、建前を失い暴走していくか、もし早期であれば、その状況でどれだけ維持できるか、それは不明瞭だ。
(とはいえ、二か月であれば、自然とそこに落ち着きそうね。 とりあえずは、どちらでも対応できるように、考えるとしましょ)
そう結論付け……手札は多い方がいい、例の妹紅の屋台が実現すれば、里と・宴会と深く関わる者が増える。
 紫は慧音の仕組んだ陽動が上手く行くよう、文の動向をスキマで確認してから、チルノと幽香の元へ向かった。
(面白そうだし、ね)

 チルノと幽香は、草地を探索していた。
文字通り草の根分けて、といった体に、這いつくばって、じりじり匍匐前進しながら探しているチルノに対し、幽香は時折辺りを見渡す程度で、チルノの様子を見ている、が……
「何しに来たの?」
 音もなくスキマで現れた紫だったが、幽香にすぐに気付かれた。
「貴女達が面白そうな事をしてると知って、応援に」
「面白くはないわね。 茶化しに来たのなら、帰ってもらうけど」
 笑みを浮かべて、幽香は閉じた傘の先端を紫に向ける。
そして幽香は、力づくで追い払おうとしているにしては、いささか過剰な、殺気とすら思える程に圧倒的な威圧感を放った。
匍匐前進をしていたチルノも、動きを止めてそーっとこちらの様子を窺いだす。
(要するに、退屈だったのね)
「ヒントは要るかしら?」
「……少し、話をしようじゃない」
 幽香はちらりとチルノの方を見た。
「うわ!?」
聞かせても、良いようになりはしないだろうと判断した紫は、チルノの下にスキマを出現させ、湖へと戻す。
「……まぁ、完全にあてがない、って状態ではないのよ」
 教えを乞いはせず、幽香はそう言った。
表情や声音に動揺は見られない……
(負け惜しみ、でもなさそうね)
「と言うと?」
 紫が訊ねると、幽香は遠くを見やりながら言った。
「氷の花と言うけれど、霧氷ではない、そして私にも心当たりがない。 となれば、私の領分ではない自然現象、でしょう? 川や湖で見られるような……そんな所かしら?」
 紫の知る正解に見合った見解だ、頷いてみせ、そして紫は言葉を返す。
「そうね、では何故氷精とピクニックを?」
「最初からその方向で当たりをつけてたら、あの馬鹿、私の方はお門違いなのを完全に無視して、勝ったとか言い出しかねないじゃない。 だからまずは、馬鹿に心行くまで花を探してもらってから、指摘しようと思ってたのよ」
 それを聞いて、紫は宙にスキマを二つ開き、片方からはチルノが落ち、片方からは文が着地した。
「ぎゃん!」
 水平に飛んでいたはずが、腹から落ちる羽目になって、地面に強かに激突するチルノ。
「あやややや……気付かれてましたか」
 ここへ出て来る前に確認した際、文が既に距離を置いて二人についていたのが見えていた。
「あら、それも呼んでくれたのね、有り難いわ」
 幽香は、文がいる事も察していたようだ、紫にお礼を言うと、文へと話しかける。
「あんまりこの馬鹿から離れたくなかったから、声をかけづらかったの。 丁度いいから、馬鹿が這いつくばってる間、話し相手にでもなって頂戴。 どうせ取材したいんでしょう?」
「え? いいんですか?」
 現れた際にさっと隠した手帳とペンを取りだし、文は目を輝かせた。
「それじゃ、今日はこれで。 ヒントが欲しそうなら、また来るわ」

 これでとりあえずは、妹紅・慧音の方に邪魔は入らないだろう。
その期間がどれ程か、紫は考える。
(チルノは、あの幽香に「勝てる機会」と勝手に思い込んでいる分、今回に関しては、妖精らしからぬ根気を見せるはず、それに対して幽香は、間違ってもチルノが「勝った」と思わないよう、チルノが音をあげそうになれば、嗜虐的な事を言って焚き付け、気力の一滴に至るまで絞りつくす、そしてその間、文は退屈しのぎに付き合わされる事になる、と……)
 チルノがどれだけ、成果のあがらぬ氷花捜索に、耐えられるかが鍵だ。
紫は頭の中でざっと、チルノの努力が長続きしそうと判断できる要素を並べ、妖精故の飽きっぽさと比較した。
(的外れに探し回って、偶然発見する可能性の方を気にした方が良さそうね。 氷花が発生するには……まだ冷え込みが足りない……)
 ここ最近の気候では、もう少し寒くならねば発生しない、すぐに見つかる事はなさそうだが、基準を超えた寒さが安定すれば、然程かからないと思われた。
(せいぜい一週間前後、って所かしら)

紫は再び、蔓延した宴会を収める段階の事に、考えを巡らせ始めた。
宴会ばかりしていた事を、後悔、或いは反省させる役としては……
慧音・白蓮、里と深く関わり、教え導く位置にいる二名。
(肩書きとしては適切だけど、彼女らは人が好すぎて、今回の内容だと押しが弱いわね、保留)
四季映姫、説教臭い閻魔、彼女に仕事外の時間に出て来てもらって……
(里に対して説教をするよりも、里の有様を予見出来るはずの私が、敢えて放置したからと説教されるわね、確実に。 この手を打つ段階からは、早さが必要になるから……却下)
諏訪子、里からも信仰を得る、守矢の祟り神。
宴会三昧になれば、当然ながら彼女らへの信仰も薄まる事だろう、祟りを里に起こせば……
(祟りである以上、善後策を講じたとしても、里には無視出来ない被害が出る……極力避けたいけれど、遊び呆けた事による自業自得、という事にしましょうか)

斯くして、暫定的に諏訪子に白羽の矢が立った。

次いで、開催する大宴会について、これは……
(この策謀を巡らす私も含めて、皆で責任を取る事にしようかしら)
 そもそも、名の通った連中が、立て続けに宴会などするから、こうなったと言える。
紫自身も含め、彼女らと皆で宴会の準備を……
(それならいっそ、幻想郷の全員参加自由、なんて言ったって大丈夫そうね)
 凄まじい能力を持った面々だ、協力すれば
容易く出来る。
(まず必要になるのは、それだけの人数を受け入れるだけの広い会場……これは神子達に、専用の仙界空間を作ってもらえば問題ないわ)
彼女らは今、命蓮寺と交流を持つようになっている……白蓮が賛成すれば、同様に協力するだろう。
(里の状況が悪化した後、それを収めるための事なのだから、白蓮は間違いなく賛成するわね、仙界を使えると前提に置いて……)
 規模に対して、準備を行うのが少人数であるのは明らかだ、食材等を数日程かけて集め・保管しておく必要があるが、その保管をしておく場所も仙界で事足りる。
(とはいえ集めて無造作に置く、というわけにもいかないわね……)
 それだけではただの広大な空間、地べたに直接置く、という事になってしまう。
風雨に晒され放題、でこそないが、気分の良いものではない。
(河童でも焚き付ける事にしましょうか、胡瓜で釣って、収納用の棚を作ってもらう……次の外出で依頼すればいいわね、あとは環境を整えないと……)
 作って、ただそれだけの仙界では、いささか殺風景過ぎるだろう。
見た目に彩りが必要だ。
(そうなると、あのコンビは丁度いいわね)
 チルノと幽香、あの二人に協力を求めれば、集めた食材の保管と、会場の整備の面で心強い。

翌日、紫は妖怪の山へ向かった。
「おやまぁ、賢者殿が山登り、珍しいね」
 目的のにとりは、沢で座って退屈そうにしていた。
「ええ、ちょっと、ここの妖怪に用があって」
「ふーん、何か厄介な事でも?」
「そうじゃないわね、ただ、個人的なお願いに」
「成程ね」
 にとりは沢の方に視線をやり、手持ち無沙汰そうに、ちゃぽちゃぽと水を蹴る。
「貴女にお願いに来たのよ」
「ひゅい!?」
 素早く居住まいを正すと、にとりは紫に頭を下げた。
「こりゃ失礼、てっきり天狗を頼りに来たのかと……」
「気にしないで、じゃあ早速用件なんだけど……」

 ……

「戸棚を、ねぇ」
「この際だから、全部新しくしてしまおうと思ったのよ」
 河童達に棚を作ってもらい、特に優秀と判断した棚の製作者には、胡瓜百本を景品として進呈する。
眼鏡に適わなかったものも、処分に困る事だろうから、紫の所でまとめて引き取る……
そう持ちかけたが、にとりはいまいち乗り気でなさそうな反応だ。
「うーん、あんたの事だから、そう言うからには、本当に用意するんだろうけど、冬の今に夏野菜をそんな量、どうやって調達するんだい?」
(気になるのはそこなのね)
 確かに、今の時期に、幻想郷で胡瓜を調達するのは難しい、しかし紫には確実に手に入れるあてがあった。
「じゃあ、こういうのはどうかしら。 前金として、胡瓜五十本を用意してみせるから、まずそれは皆で分けて、改めて優秀賞に五十本を進呈、と」
「確実に用意出来る、後は私達が信じるかどうかって問題かい? それじゃあ……前金は二十五本で」
「へぇ、優秀賞を取る自信があるのね」
 軽く、驚いたような声音で言うと、にとりはVサインを作って腕を突き出す。
「ふっふーん、当然だよ」
「前金の二十五本、すぐに用意してくるから、適当に待っててもらえる?」

 紫はスキマを用いて自宅に戻ると、厳重にしまってある財布を取り出した。
財布と言っても中身は、ここ幻想郷の通貨ではなく、外の世界のお金を集めたものだ。
その収拾にあたっては、妙な騒ぎなどを起こす必要はないため、露見せぬようにと、気を遣っている。
(「妖怪の賢者」には、似つかわしくないやり方だけど、ね……)
 自動販売機の釣銭や、狭い隙間に落ちた小銭、忘れ去られたそういったものを、少しずつ集めては両替している……
しかしそれも、今回のように、時折役に立つ事があるのだから、無駄ではない。
 幾つかの店を訪ね、小分けに二十五本の胡瓜を購入した。

「はい、約束の二十五本」
 自宅で用意した袋に詰め替えたものを、にとりに見せる。
「……まさかこんなに早いだなんて、これなら景品も、ちゃんと出るってわけだね」
「ええ、勿論」
 それを聞いて、にとりはぺこりと頭を下げる。
「疑うような事を言って、悪かったね。 この二十五本で他の河童へも、告知をするよ
「私は棚の寸法の詳細を、用意しておくわね、また来るわ」

 しばらくして、棚の寸法をまとめた紙面を携えてきた紫は、少し驚きを覚える光景を目の当たりにした。
にとりが呼び集めた河童、その人数が凄まじく多い、総動員ではないかと思う程だった。
「貴女達、皆で退屈してたの……?」
「いんや、それなりに忙しいのもいたよ。 でも時期はずれの胡瓜を七十五本とあっちゃ、参加しないわけにゃいかないってね」
(こんなに単純に釣られてくれるなんて……)
嬉しい誤算と言える、これなら宴会の準備に用いる分も、不足なく揃いそうだ。

これで、当面出来る準備は一通り行った。
里の動向と、そこに関係しそうな面々へと、注意を払いながら、普段通りに過ごし……

五日後。
紫は妖怪の山へ向かい、にとりを訪ねた。
頼んでおいた戸棚の作成期限が今日、寸法を渡した際の状況からして、凄まじい数が作られていると予想された。
そこで紫は、藍と橙を同行させてここに来ている。
「優秀賞の決定は私が、ですか」
 戸棚を作らせた事を、つい先程の出発前に聞かされ、更に決定権を委ねる事を、今伝えられた藍だが、特に驚いた様子もない。
「一番使うのは貴女だし、貴女が使い勝手がよさそうと思ったものを、遠慮なく選んでいいわ」
「私はどうすればいいんですか?」
 橙は首を傾げる。
「適当に気に入ったのを挙げて頂戴、もし自分で使いたいという程のものがあれば、幾つか住処に持って行っても構わないわ」
「え? 本当に? 有難う紫様!」
 満面の笑みを浮かべる橙、紫はその頭を撫でた。

藍と橙、それぞれ作品のチェックに向かい、紫は二人の決定を待ちつつ、傍らで結果を待つ、にとりを含む数名の河童――全員ここに来るには、並べた棚のせいで狭いため、代表だけらしい――を見やった。
「随分と数が多いわね……」
 数えるのも嫌になる程だ、木材・石材・金属など、多様な材質で作られているのは、河童達が好き勝手やった故か、材料の不足か……
「胡瓜がかかってるし、そりゃ本気も出すよ」
 胡瓜を外の世界で買ってきた事もあり、紫は並んだ戸棚と胡瓜の費用を、つい比較してしまった。
胡瓜七十五本……それで得る対価にしては過剰すぎる程だ。
(もうちょっと本数に色をつけても、よかったかしら……)
流石にこの段階で、そう言い出すのも少し妙だ、ここは大人しく七十五本と引き換えにしよう、そう結論付ける。
「貴女は随分自信があったようだけど、仕上がった仲間の作品を見ても、その自信に変わりはないかしら?」
「勿論、きっとあの狐さんも気に入ってくれるよ」

 藍が選んだ棚は、至ってシンプルなものだった。
どこにでもあるような、普通の、木製の戸棚。
 殆どの作品は、何かしらの独創性を持っていたが、この戸棚はそれがない、いわば面白くない作品だ。
「使いやすいのが一番ですよ」
 藍は澄ました顔で、評価のポイントをそう述べた。
「決定ね、これを作ったのは……」
「私だよ」
 自信に違わず、という事か、作者はにとりだった。
「どうしてこういう作りにしたの?」
「賞品があるわけだから、いろいろとあれもこれもとやって、目につくようにしたくなっちゃうものだけど、使う側からすりゃ、そんなのは余計なだけだろうからね」
 引き戸の部分に、胡瓜の形をしたガラスがはめ込んである棚……
引出の取っ手に、胡瓜の形をしたモチーフがはめ込んである棚……
見た目で欲望を主張している、そういう例もあれば、引出が前後どちらにも出せる、だとか、一見普通の戸棚に見えて、三段に分解して使える作り等、機能性部分の工夫を凝らしたものもあった。
しかし今回は、寸法指定で普通に使う戸棚、それらの工夫も、残念ながら魅力とはならなかった。
「主題を見失わなかった故の勝利、といった所かしらね、おめでとう」
「全くだ、みんなに笑われたり、そんなので勝つ気があるのかと疑われても、めげなかった甲斐があるってもんだよ」

 その後、にとり作の戸棚とは別に、二つ新たに、紫自身が見繕い、更に橙が持ち帰るものを一つ決定した。
それというのも、にとりの戸棚は河童達の間では、問題外と認定されていたらしく、不満げにしている者も多く見られた事があり、急遽紫が、紫賞として二つ・十本、橙賞として一つ・五本を追加するとして宥める事にしたためだ。
(こんな帳尻合わせ、よくないわね……)
 先程の対価云々がよぎって、つい選択してしまったが、結果として河童達の不満は和らいだようだ。

河童達に作ってもらった棚の回収から三日後。
紫は、盛んにチルノ・幽香・文の様子を確認していた。
チルノはそろそろ限界だろう、そう思ってからが長い……が、ついに……
「……」
 来る日も来る日も、匍匐前進して花を探していたチルノが、ぴたりと動きを止めた。
だがこれも一度や二度の事ではない、幽香が活を入れようとした所で……
「うううううぅ……あああああぁぁぁ……」
 呻くと共に涙を流すチルノ。
「やだぁぁぁ、あたいこんなのもうやだぁぁぁぁ……」
様子を見ていた紫は、スキマを用いてここまで来たが、幽香が手を出すなと言いたげにこちらを見た。
その雰囲気に、普段の、敵意のような鋭さがないと感じた紫は、それに従って様子を見る事にした。
 幽香はしゃがみこんで、チルノの顔を覗き込む。
「ひっ!」
 完全に怯えてしまっているチルノ。
幽香はチルノの頭に手を置いた。
「今の貴女に答えられるかしら、これでもまだ、「最強」を目指すの?」
「ちょっと幽香さ……」
 文が止めようとしたが、紫は肩に手を置き制止した。
「普段の幽香と様子が違うわ、任せましょう」
 紫は文にそう耳打ちする。
……尤も、今のチルノには気付けないと見る方が自然だが。
「ううう……」
 言葉に窮するチルノ。
二秒程待って、幽香はチルノの腕を握り、立ち上がる勢いのまま持ち上げ、そして抱きしめた。
「え?」
「休みなさい。 貴女は頑張ったわ。 結果は伴わなかったけれど」
 片方の手で背中をぽんぽんと叩き、残る手で頭を撫でる。
紫はちらりと文を見た。
普段とかけ離れた幽香の振る舞いに、唖然としている。
「うううううぅ……」
 チルノはまた呻くようにして泣いた。
「泣きたいなら、気が済むまで泣いて、それから寝ちゃいなさい。 大丈夫、もう怖い事を言ったりしないわ」

 しばらくそのまま、幽香がチルノをあやし、やがてチルノは眠ってしまった。
「二人共、ついてきなさい」
 紫と文にそう告げて、幽香は答えを待たずにチルノを連れて行く。

冬の花の咲き乱れる場所、その一角に簡素な家屋があった。
この環境からして、ここが幽香の冬の間の住まいなのだろう。
紫と文を家の中に招き入れ、チルノを寝室のベッドに寝かせると、幽香はハーブティーと、香草が練り込まれたと思しきクッキーを用意して居間へ来た。
「当然ながら、何考えてんのかって、聞きたがるでしょうと思って……まぁお茶でも飲みながら訊ねて頂戴」
 確かに、先程の一幕は意外すぎる一面だ、真っ先に口火を切りそうな文だが、すぐにはしゃべりださず、紫が先に訊ねる。
「いじめぬいて、それで終わりじゃないのね」
「そうしていたら、誰も私に近寄らなくなるわ。 誰も挑んで来ないのは退屈よ」
「すると、チルノさんに食ってかかって来られる事も、悪くはないので?」
「あいつはきっと、そのうち強くなるわ、その上で実力勝負なら、悪くは無いんだけど……ちょっと今回のは、的外れが過ぎる上に、勘違いも甚だしいから、念入りに潰した上で、手厚めのフォローをと、ね」
 言葉だけ受け取れば、チルノが強くなる事に期待している、とも取れる。
強い者と戦う事に、楽しみを見出しているかのような言だ。
(でも言葉の通り、と、受け取るのも違うわねぇ……柄にもない事をしようとして、匙加減を間違えたのかしら)
 ただ単に、チルノの「幽香に勝った」と、勘違いしかねない点を潰そうというだけなら、あれ程にまで追い詰める必要はなかった、明らかに。
 この後チルノが目を覚ましてから、幽香がどんな言葉を投げかけるのか、それを聞けば答えは解るだろう。
(素直に同席させてもらえは、しないでしょうけどね)
 やり様はある……紫は、幽香がチルノを寝かせに行った部屋の方を見やった。

しばらくして、チルノが目を覚ました。
三名が居るのは、扉と壁を隔てた居間……しかし三様に、それぞれの手法で察した。
「チルノさんが、目を覚ましたようですね」
 まず文がそう言った、幽香がそれに頷く。
「そのようね」
「貴女達よく解るわね」
 一人だけ、気付いていないかのようにとぼける紫。
「……何言ってんのよ、あんたが気付かないはずないでしょうに」
「生憎と、私はスキマを使わないとね……流石にただ起きただけ、ってのは解らないわよ」
 幽香は疑いを残している様子ではあったが、それ以上取り合わず、チルノを寝かせた部屋へと歩き出す。
「私があいつを、これ以上いじめないと、さっきの話で解ったでしょう? 聞き耳立てるなんて、下世話な事はしない方が身のためよ」
 警告を残して、幽香は扉の向こうへと消える。
「……紫さんは諦めるので?」
「そうね、彼女を怒らせても得する事はないもの」

 実際の所は、諦めるどころか既に手を打ってある。
チルノ・幽香の居る部屋に、感知されないよう、極微細なスキマを配し、僅かにだが音を拾うようにしている。
そして、音の有無の差という「境界」を操り、あたかもその部屋に居るかのように、声が耳に届く状況を作り出した。

「あ……」
 幽香が入ってきたと、気付いたチルノは小さく声を上げた。
ひとしきり泣いて、寝たおかげか、先程のように取り乱してはいないが、声音に元気もない。
「もう一度言うわ、貴女は頑張った、それは誇っていい事よ」
「なんで……?」
「一向に成果があがらないというのに、本気で逃げようとはせずに、十日間も探索を続けていた。 それに、あれ程追い詰めても、貴女は強くあろうとする事を、諦めるとは言わなかった。 だからよ」
 チルノの問いかけに、幽香は用意していたように答えた。
「……うん」
 少しの沈黙、幽香が歩く音がした。
「これに懲りたら、相手と挑み方は、よく考える事ね。 妖精は自然がある限り、死ぬような事があっても、また甦るとはいえ、今回の件みたいに……或いは、もっと酷い目にだって、遭うかもしれないわ」
 その声は、いつもの様子からは想像がつかない程、優しいものだった。

(馬鹿、って言わなかったわね)
 隣に文がいる手前、紫はにやけてしまわないように苦心した。

 少しして、幽香はチルノを居間へ連れ出した。
 まだいつもの調子には程遠かったが、文が気遣ったのか、持ち前の明るさで、元気づけるかのように冗談交じりに、盛んに話しかけていた。
その上幽香も、言葉こそ厳しいものが出る事があっても、その雰囲気はいつもの幽香が決して見せない、柔らかさを持っていた。
それが功を奏してか、チルノは話していくうちに、徐々に元気を取り戻していった。
「これなら、もう大丈夫そうね」
 紫はそう結論づけると……
「あんな風になった後じゃ、また探し続けるのも気まずいでしょう? ヒントじゃなくて、答えを教えようと思うのだけど」
 チルノ・幽香へ提案した。
「う、あたいもう探したくないよ」
「そうね、面倒くさくなってきたわ」
「私もそろそろ、解放されたいです……」
 それぞれの答えを受けて、紫は頷く。
「明日の早朝に、みんな呼びに行くわ。 早起きしておいてね」

 その後、紫は一人である川を訪れ、下見をした。
(この分なら、明日の天気も風も、申し分無さそうね)
 予測される天候は快晴かつ微風、そして気温も低い。
文やチルノの協力は必要無さそうだ、そう判断して紫は戻り、翌日を待った。

翌朝、日の出から間もない頃に、紫は三名を呼び寄せた。
「もう始まってるわよ」
 紫は川を指し示す。
無数の小さく平たい氷が、川を緩やかに流れていた。
「これがそうなの?」
 幽香は無造作に、流れてくる氷を拾い上げ、日の光に透かすようにして、まじましと眺めた。
幽香の手の氷を、文とチルノも、覗き込むようにして眺める。
「花、っていうから……もっとそれらしい形になるものかと思ったわ」
 そう言って幽香は、取った氷をチルノに向けて差し出す。
「貴女が持ってれば、この形のまま溶かさずにいられる?」
「出来るけど、なんで?」
「後で慧音に説明してあげないといけないでしょうに。 忘れたの?」
「おお、そうだった」
 忘れていたようだ、チルノは慌てた仕草で、受け取った氷をポケットにしまった。
「答えを教えた事だし、私はこれで」
 紫はスキマを開いて帰ろうとする。
「えー? 先生のとこへ、それで送ってくれないの?」
「私が出てきてたと知られれば、何か問題でもあったのかと、気にしてしまうかもしれないもの、居なかった事にした方がいいわ」
 口にした説明は、建前だった。
この後はチルノや幽香に、後に協力を求めるであろう事を、伝えておくつもりでいるが、文がいる場では背景を探りたがられる事だろう。

一旦紫は自宅に戻り、里の様子を確認した。
里の宴会は広がりを見せている。
文をチルノと幽香の所で、釘づけにしていた事もあってか、妹紅の屋台は無事開店し、里で行われている宴会のそばで、出店しているらしく、里の噂に挙がっていた。
慧音への氷花についての報告後、ようやく解放された文が、いずこかへ飛び去ったのを確認後、紫は再びチルノと幽香の元へ向かった。

「貴女達にお願いしたい事があるのよ、今ではないけれど」
「……何をすればいいの?」
 幽香の声音は懐疑的だが、内容を聞くつもりはあるらしい。
「悪いけど、ちょっと待って。 チルノはどう?」
「あたい?」
「ええ、貴女でないと、出来ない事があるの」
 そう聞いて、頼りにされていると受け取ったらしいチルノは、案の定目を輝かせた。
「任せてよ! あたいが手を貸すんだから、舟に乗ったつもりで安心して」
「待ちなさい」
 幽香がチルノの頭を、拳骨で叩いて止める。
ごん、と鈍い音が響いた。
「い、いたい……」
「そうやって勢いでやっちゃうから、ああいう目に遭うのよ、ちゃんと内容を聞いて、出来るか出来ないか、出来るかどうかはすぐに解らないとしても、やってあげたいか、考えて決めなさい」
(文がまだここにいたら、新聞にしたがりそうな言葉ね)
 包み隠さず記事にすれば後が怖いが。
「簡単な事よ、春が近くなった頃になると思うけれど、ちょっと冷やして保存しておきたいものがあるの」
「何かをこの子に預けて、持っててもらうの? なくしたりしそうね……どうする?」
 幽香に止められたからか、チルノは即答えはせずに、少し考えた。
「大丈夫だと思う、手伝うよ!」
「有難う」
「私は何を?」
「貴女はー……」
 既にどう持ちかけるかは決まっている、しかし紫は敢えて、宙を見やり、一拍置いてから言った。
「辺り一面草木の無い、土があるばかりの光景を目にしたら、どう思う?」
「見るに堪えないわね。 そこに花を咲かせろっていうのね、そんな場所知らないけど」
 紫は首を横に振って、答える。
「咲かせてほしい、ではないわ。 チルノと同じく春間際に、やってもらう事になるはずだから、あともうちょっとで咲く、というくらいを、用意してほしいの」
「微妙な注文ね……まぁ、時期外れのものを、無理に用意しろと言うわけじゃないのなら、やってあげない事もないわ。 その時忙しくなければ、だけど」
「忙しくない事を、祈っているわ」
 今は前向きな回答、というだけで十二分だ。
紫はスキマを用い、二人の前から去った。

翌日、紫は白玉楼を訪ねた。
「準備は終わったの?」
「ええ。 出来る事もまだ少ないし、大した事はしてないけれど」
 訪ねた、と言っても、例の如く断りもなしに、いきなり幽々子の自室へのスキマ移動、その上、顔だけだしてのやり取りを終えると、当たり前のようにあがりこむ。
 更に、先日と同じように、勝手にお茶を用意した。
しかしお茶に関しては、幽々子がそうするようにと、紫に頼んであるからこその行動だ。
いつの間にか来ていて、いつの間にか帰っている、妖夢の知らぬ間に会って談笑している事は、珍しくなかった。
「誰の所へ行ったの?」
 幽々子は、何を、とは訊ねずにそう言った。
「にとりと、チルノと、幽香と、文」
 答えを聞いて、幽々子はうーんと唸って考える。
少しして、首を傾げた。
「もしかして、とは思うけれど、これだ! って予想には至らないわね」
「そうでしょうね、描く想定に対して、今出来る事はあまりに少ないもの。 殆どは、その時が来てからという事になるわ」
 紫は確認するように、宙を指でなぞった。
その様を見て幽々子は、制止するように手の平を紫に向ける。
「あ、そこまでにしておいて。 あんまり聞いてしまうと、解っちゃうかもしれないし」
「勿論。 それで、実際に動いてもらうのは、まだ先だけど、一つお願いしたい事があるのよ」
「何をすればいいのかしら?」
 それまでの楽しそうな様子から一変して、幽々子の声のトーンが少し下がる。
「もう少し各地を見張って、情勢が安定するようなら、しばらく寝て過ごすわ。 事が動くのをただ待つのも、退屈だし。 藍には目論見を細かく話すと、怒られそうだから、貴女に頼むというわけ」
「例えば、誰かが途中で解決させてしまうような、そんな兆しがあったら……起こしに来るように、と、そういうわけね」
(幽々子自身が、上手く煙に撒いてくれてもいいのだけど……)
 今回の件に関して、「準備の準備」ともいうべき段階の今では、それも期待出来なさそうだ。
「そうね、そうなったら、貴女だって面白くないでしょう?」
「……ええ、解ったわ」
「今から一か月と少し、それくらいあれば十分でしょうね、その頃になったらまた考えるわ」

 それからしばらく、紫は里の動向を見守った。
ミスティアが妹紅に勝負を挑む一幕を目の当たりにし……程なくして、里の宴会は建前を失った。
慧音や白蓮は、この段階でも説き伏せる事が出来る、そう信じていたようだったが、結果は両名共失敗。
里の面々の大半は後ろめたさもあってか、慧音を避けていたが、中にはそれどころか宴会に誘いに行く者もいた。
これに落胆した慧音は、妹紅を頼り、二人共永遠亭に避難。
白蓮は一旦は引き下がったものの、しばらくして力づくでも止めようと、魔人経巻を構える事態にまで至ったが、星とマミゾウに止められていた。
他の者は動く気配もない、これならばしばらくは安定する事だろう。

寝て過ごす前に、紫は博麗神社を訪ねた。
今回もスキマによる移動で、持参したお茶の入った湯のみを手に、霊夢の正面に正座のまま登場すると、一口お茶をすする。
「……何しろっての?」
 紫の姿を見るなり、霊夢はいかにも面倒臭そうな顔をしてそう言った。
「何かする気はあるのか、確認に来たの」
 ちゃぶ台の中央に置かれた蜜柑に手を伸ばすと、ぱしっと払われた。
「流石に今回は、なんの事言ってんだか、私にだってすぐ解るけど……アレに関しちゃ、私の出る幕は無いでしょ?」
「そうね、貴女にやれと言っても、みんなぶちのめして、宴会をやめるように言い聞かせる……という手段くらいしかない事だし」
 手を払われてしまったので、紫はスキマに手を突っ込んで、自宅にある蜜柑を取り出した。
「じゃあどうすんの? 少なくとも、なんとかしないといけないのは、確かだと思うけど」
「何もしないわ。 しばらくはね」
 霊夢は頬を掻いて、外を見やった。
(興味なさそうにしといて……素直じゃないわねぇ、ほんとに)
 ここでは遠慮の必要もないだろう、紫は頬を緩める。
「で、どうやって解決させるつもりなんだい? あんたの事だから、ある程度の準備はしといて、ほっとくんでしょ?」
 後ろから寝そべった萃香の声がかかった。
「あら、いたのね」
「酷い言い草だね」
「だって貴女、いつもここに居るわけじゃないもの」
「そりゃ否定しないけどさ」
(ま、今の状況なら、ここで大人しくしてるというものね)
 胸中で納得する紫、それを察したかのように萃香は小さく頷いた。
「ああなったら、ちょっとやそっとじゃ、やめはしないわね。 だからしばらく待つ必要がある……」
「ふんふん、それで?」
「そこから先は秘密」
 そう聞いて萃香は、手で支えた頭をわざとらしくがくっと落とした。
「なんだ、私は噛ませてくれないんだね」
「意外ね、やる気があるの?」
 それでも萃香に協力を求めるつもりは、紫にはなかった。
(出番はむしろ、狙い通りに事が動いた後)
 萃香ならば、その目的に対して頼りになる事だろう。
「あいつらのアレはまがい物だもの、見ちゃいらんないよ」
「貴女にも出番はあるわ、とりあえず待ってて頂戴」
 萃香は納得した様子を見せ、対して霊夢は、釈然としない様子だったが、紫は敢えてこの件については、それ以上は何も言わず、取り出した蜜柑を食べると、そのまま帰って行った。

「藍ー、しばらくは寝て過ごす事にするわ」
「は?」
 戻って藍にそう告げると、藍は訳がわからないといった様子を、隠そうとしなかった。
「いよいよ里の件が、本格的になってくるこの場面で、ですか? 放置なさるので?」
「何かあったらと、幽々子にお願いしてあるわよ」
「成程、解りました」
 明らかに受け取った内容に行き違いがある、紫は確信したが、それについて藍へ説明はせずに続ける。
「このままの状況で推移するなら、一ヶ月くらいしたら、動き始めるわ」

 言葉の通り、紫は一日の大半を寝て過ごしながら、時が過ぎるのを待った。
時折里の様子も、少しは確認していたが、狙い通りに、解決はせず、さりとて放置出来ない悪化を辿る事はなく……

一か月程が過ぎた頃、そろそろ事を動かすために、実行に踏み切ろうとした場面で、紫は一旦保留に切り替えた。
各地の面々の動向を確認した所、天子の我慢が限界近い様子を捉えたのだ。
そして今日、衣玖と共に、地上へ下りてくると決まった。
当初は邪魔をされないようにと、動きを封じるようにしていたが、現在の里の様子はあの時とは違う。
果たしてあの「不良天人」は天人として失格のままか、それとも腐っても天人か……
(恐らくは……竜宮の使いが幽々子の所へ行くわね)
 監視つきで、と、大人しく行くわけがないと見る方が自然だ。
そうなれば衣玖は、冥界で幽々子の所に寄って、天子が通ったかを訊いてから地上へ向かうだろう。

そして天子は、紫の期待以上の成果を上げた。
諏訪子に頼むつもりでいた役目、それをたまたま合流した文・小町と共に、成し遂げてしまったのだ。
諏訪子に動いてもらっていれば、尾を引く悪影響が出ていた、それを避ける事が出来た上に、打つ手なしと見た彼女らは博麗神社に向かっている……しかも冥界へ向かった衣玖は、幽々子に頼む役割に対して、非常に相性の良い能力と言える。
狙いに対して最良に近いと言っていい結果だろう。
(図らずも、あの天人が私の望むように、全部やってくれたようなものね)

 衣玖から、天子が地上へ下りた事を聞かされた幽々子も、事態が動いたと判断したらしい、呼び出すようにと紫へ合図を送っていた。
(あの天人のおかげで、という素振りを見せるわけにもいかないわね……)
「藍ー、ちょっといいかしら?」
「どうされました?」
「そろそろ里の事を、解決させようと思うのよ」
 紫の言葉に、藍は微かに喜色を示した。
「それで、幽々子とちょっと裏方仕事しながら、霊夢に動いてもらおうと思うの」
「彼女に? 今の里の状況は、彼女に向いたものではないと思われますが……紫様が出た方がいいのでは?」
「私が出るのは最後の手段。 で、幽々子をこっちに呼ぶから、妖夢と、それに竜宮の使いの永江衣玖、二人の相手をお願いね」
 衣玖の名を聞いて藍は首を傾げる。
「永江衣玖といえば、紫様が激怒なさっていた、比那名居天子……彼女の御付き役のようにしている者でしたよね?」
「ええ、不良天人が地上へ下りて、追いかける時に幽々子に捕まったの。 だけど、衣玖にも手伝ってもらうから、彼女の前であの不良天人をまだ完全に許してはいないって、見せておきたくないのよ」
「成程……解りました、お任せ下さい」
 藍が頭を下げる、紫は満足そうな表情を見せつつ、頷いた。

「私好みの展開、って言うと、大宴会でもするの?」
 招いてすぐに、幽々子はそう訊ねた。
「ええ、それも幻想郷全土を巻き込んだ大宴会。 貴女なら、働いてもらうという約束抜きに、実現に向けて動いてくれるでしょう?」
「勿論よ」
 満面の笑みを浮かべる幽々子。
「で、それはいつ開催するの? あまり時間をかけてもいられないわよね」
「そうね、里の件の原因を作った貴女達、全員が協力して準備する事が必要になるわ。 だからまずはこれ」
 紫はあらかじめ用意しておいた書面を取り出して、幽々子に見せた。

 日後に幻想郷に住まう者全てが参加自由の大宴会を開催する。
会場及び移動手段、酒・食品の手配は賛同した署名者で行う。
 この宴会を終えてからは皆元通りの真面目な生活に戻る事、守らぬ場合はぶちのめす。

「? まだ準備期間は決めてないの?」
 何日後かは、明記されていない。
紫はその空白に指を当てて、言った。
「署名集めは貴女と……あと、霊夢に頼むつもりでいるわ。 分担すれば、全て集めるくらい今日中に出来るでしょう? だから予定としては、三日後、と……そう書いて、明日配るつもりよ」
 幽々子は顔をあげ、訝しげに答える。
「随分急ぐのね、ちょっと短くないかしら?」
「私達が協力すれば、十分な時間よ。 貴女は永遠亭・守矢神社・命蓮寺をお願いね。 永遠亭に避難している慧音、それに白蓮は里の連中を、説得しようとして失敗している、更に守矢神社は信仰が減っている、他の連中よりも難しいはずよ」
「衣玖さんを捕まえておいてよかったわー」
 難しい、と聞いても幽々子は笑ってそう言った。
「不良天人の方も、癪だけど良い働きだったわ」
「あの子が何かしたの?」
 紫が里での出来事を説明すると、幽々子は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「へぇ、あの子がそんな事をねぇ」
「宴会三昧を反省するようになる一手を打ってから、と、そう考えていて、諏訪子にでも頼もうと思ってたのよ」
「一過性の衝撃を与えるだけで、祟らずに済んだのね。 棚から牡丹餅だわ」
「そういう事。 でも反省してないのもいるみたいだから、急ぎましょ。 こっちはこっちで動く事にするわ」

 幽々子が部屋を出て、紫も後で出す方の書面をしまってから、少し遅れて後に続いた。
「じゃあ幽々子、そっちはお願いね。 竜宮の使いさん、貴女も」
「え? あ、はい」
 特に説明もしていないせいで、衣玖は訳が分からないといった表情を見せたが、構わず紫は、幽々子達を白玉楼へ送った。
(衣玖への説明は幽々子から、適当にやっておいてもらうとしましょう)
 そう考えつつ、紫は博麗神社の様子を眺め、天子達の到着を待った。

天子達がやけに遅い、と、様子を見てみれば、先程小町が徒歩で移動していた事もあってか、誰からともなく歩く事を選択していた。
里での件が芳しくない結果だったからか、足取りは重い。
一方、幽々子達は飛んでの移動で既に永遠亭の辺りに居る。
この分なら、博麗神社へ移動するのを少し遅らせれば、丁度幽々子側を記入済みの例として、煽る材料に使えそうだ。

「面白い話をしているわね」
 署名用の書面を携え、霊夢や天子達が里の件にどう収拾がつけられるのかと、予想しあっている場面に割り込んだ。
「紫!?」
 霊夢が妙に大きな声をあげる。
驚きというより……
(安心、ね)
霊夢は努めて必要以上の仏頂面を作ろうとした。
それを見て紫は思わずにやけてしまう。
不良天人がびくっとしたが、それは置いておく事にして……
「丁度貴女達の話題にあがっていた、その事で来たの」
 紫は霊夢に書面を手渡した。

 以下に名を連ねるは人間の里の危機を憂い、状況の改善を志す者達である。
博麗霊夢より提言された内容に全面的に賛成し、また、実現に向けて骨身を惜しまず力を尽くす事をここに誓うものとする。

「……で、私に何を提案しろっていうの?」
 紫から渡された書面を、胡散臭そうにひらひらさせて霊夢は訊ねた。
「まだ秘密」
「内容も明かさずに、名前だけ使わせろってわけ?」
「反対する理由がある?」
「う……」
(内心ではなんとかしたい、って、思ってるくせに……)
 そう気付いても、からかうわけにはいかない。
「それに事態は切迫しているのよ」
 紫はおもむろにスキマを開くと、そこへ上半身だけ突っ込んだ。

「あら紫、そっちはどう?」
 急に空中に、紫の上半身が現れた。
衣玖は少し驚いたようだったが、幽々子・妖夢はいつもの事とばかりに、至って冷静だ。
「神社に霊夢や天子達五人がいたから、例の書面の説明をするのに、もう書いてある方をちょっと貸してほしいのよ」
「五人……あとは萃香と小町と文ね、署名してもらうのは霊夢だけ?」
「一応みんなに書いてもらうわ。 文は妖怪の山絡みじゃなく、個人的にって扱いにでもして」

「既に賛同者は出ているわ」
 幽々子との会話の軽さを匂わせず、さも重要といった表情で霊夢達に見せる。
全員が見た事を確認すると、再びスキマを用いて幽々子に書面を返した。
「幽々子が賛成集めに動いてくれてるのよ。 そこの不良天人が同行させなかった、竜宮の使いの協力を得てね」
「え? 衣玖が? 追いついてこないと思ったら……」
 何か考えるような素振りの後、天子は一人、頷いた。
「つまりあんたのやろうとしてる事に乗るしかないって事ね」
 乗り気でなさそうな声を作って、霊夢はそう言う。
「ええ、そうしてくれると助かるわ。 他のみんなはどうかしら?」
 一同を見渡す。
敢えて問うまでもないだろう、そんな思いを裏付けるように、萃香が口火を切った。
「訊くまでもないと思うよ? この三人はなんとかしようと、里でひと芝居打ったわけだし……あ、私も賛成ね」
 萃香はやっと出番が来そうだからか、声音が軽い。
「宴会の異変を起こしたというのに前向きね」
「宴会は楽しくやるもんさ。 あいつらのやってるのは違う。 それにあんたがやろうとしてるのは多分私も得する事だし」
 先日と同じような事を、萃香が言うようにと狙っての言。
狙い通りの言葉を引き出せた、里の連中の様子を見た一同はどう思う事だろう……天子が首を傾げた以外は、皆神妙な顔をするばかりだった。
「じゃあ決まりね、貴女達も署名をして頂戴」
 それぞれ名前を書き込むと、紫は満足げに頷いた。
「後は……」
「幽々子が各地を回ってるんでしょ?」
「ええ、そうなんだけど……慧音と妹紅、守矢神社、命蓮寺と、里に影響の強い所だけを頼んでるのよ」
「他の連中は?」
「それをどうしようかと思って。 特に紅魔館は里とあまりかかわらない上に、人間の危機に比較的煽りを受けづらいけど、声をかけなければ拗ねるでしょうし」
 霊夢に行ってもらおう、と、そう思っていたが、ここに至って気が変わり、紫は次ぐ言葉を出さなかった。
「な、何?」
 天子を見ると、たじろいだように身を引く。
「乗りかかった船だし、貴女行ってみない?」
「へ? なんで私が?」
 天子は戸惑いの声をあげる、紫はかつて天子へ激怒した。
にも関わらず、この重要な役目を任そうとしているのだ、当然の反応だろう。
「どうせまずはこの下準備をしなきゃならないし、貴女もこのままでは地上で楽しむどころではないから、各地を回るに向いている、普段見かけない「天人」に協力を求められれば、危機感も増すはず……と、役が揃ってるのよ」
 思惑は隠し、それらしく理由を作った。
こう聞いただけでは、天子はまだ迷っているようにも見える。
文と小町は、天子についていこうとするだろうか、まず文を見た。
「ついていけという事ですか?」
「言わなくてもついていくでしょう?」
「勿論、そうですね」
 こちらは言わずもがな、といった所か。
「貴女は?」
 次いで小町に訊ねる。
「そうだねぇ、お前さんはこれとは別に何か準備したり企んだりするんだろう?」
「まぁ、貴女達の方はほっといて任せていいのなら、有り難いのは確かね」
(帰ったら、お茶とお菓子でも用意しないとね)
 状況に似合わぬ、気楽な事を考える紫。
「そういう事なら、交渉の必要があれば、このブン屋が楽しみながらこなすだろうし、移動については、あたいがさっと済ませるようにしてやろうじゃないか。 そうすればこっちの事はほっといて大丈夫だね」
「そう、じゃあ貴女達にお願いするわ」
 天子は行くとは答えていないが、無理矢理決定した、しかし特に不満を漏らさず、天子は書面を受け取った。

幽々子――どちらかといえば、むしろ衣玖――と天子の活躍により、皆の署名が集まった。
これで後は、宴会の準備をするだけ……タイミングも狙った通り。
博麗神社で、皆に明日から行動開始と告げた紫は、自室に戻って藍が近くに居ない事を確認すると、少しの間即興の喜びの舞を踊って落ち着いてから、妖怪の山へと向かった。

「うわっ! な、何!?」
 スキマで突然現れた紫を見て、目的の相手、姫海棠はたては驚きの声をあげた。
「ちょっと山伏天狗にお願いがあって来たのよ、用件は……」
 紫は二枚の署名用紙と、三日後と日付を書き足した、告知の用紙を取り出して、はたてに見せる。
「これは、文が取材に行っていた里の件を……解決させるため?」
「ええ、大量に刷ってもらって、明日の朝、里にばらまきたい、というわけ。 上手い事話を通してもらえば……」
 言葉を濁して、意味深にはたてを見やる。
「真っ先に抑えて、最初に新聞を作れるってわけね」
「これで知らせる事が重要だから、是非、用意してもらいたいの。 お望みとあらば、文が動きづらくしてあげてもいいわ」
「え? そんな事出来るの!? どうやって!?」
 さぞ魅力的な提案だろう、紫のその想像に違わず、はたては驚きと期待に満ちた顔を向けた。
「鬼が協力したがってるのよ。 ほら、署名もあるでしょう? 伊吹萃香。 明日の早い内に、妖怪の山に来るようにしてもらえば、古株の文はその応対に出て行かざるを得ない」
「た、確かに……解ったわ。 私から山伏天狗にお願いしておいてあげる!」
 いともあっさり載せられるはたて、紫は心の内で笑みを浮かべる。
「有難う、それじゃあ、後でまた来るわね」

 次いで紫は、この件を連絡するために、博麗神社の様子を伺った。
天子、衣玖、小町の三名は、博麗神社に泊まる事になっている、そして「お泊りでもしたい」などと言っていた小町が、霊夢、天子、衣玖に盛んに話しかけている。
折りよく萃香は、少し離れて皆の様子を肴に一人、呑んでいた。
スキマからこっそり、萃香の肩を叩き、手招きする。
 屋外に出た所で、出て行く紫。
「なんかあったの?」
「貴女、準備をどう手伝うかは決めてる?」
 と、訊ねこそすれども、やる事自体は決まりきっている。
準備で必要になるのは、酒や食材に場所の確保、萃香が手伝うとすれば、伊吹瓢で水を酒にするのが最適な行動だ。
「ああ、勇儀を誘って、妖怪の山辺りで水を酒にしようと思っていたけど?」
「何時から?」
「折角また二人一緒にやれるんだし、朝早くに出てじっくり行くつもりだよ?」
 申し分ない行動と、タイミングだ。
「そう、それならいいの」
「そう? ま、面倒な頼みが追加されないなら、それに越した事はないね」
「ええ、しっかりやって頂戴。 お酒がないと、始まらないもの」

 次に、紫は仙界へと移動した。
「おや、妖怪の賢者がお越しとは……」
 こんな形で訪ねるのは初めての事だが、神子は動じた様子も無い。
「さっきは署名有難う、早速だけど、貴女へは私からお願いがあるのよ」
「……成程、大宴会を開催するのだろう、という見立ては正解だったのですね」
 命蓮寺で白蓮を説得する際、衣玖がそう予想していた。
部屋の入り口の陰で聞いていた神子は、紫が直接依頼に来た事で、その見立てが正しいと確信したらしい。
「あら、何故そう思うの?」
「まず貴女の欲として、仙界の空間を新たに用意して欲しいと聞こえました。 加えて先程の署名は、あの時点で白玉楼に永遠亭といった面々のもののみ、例の件の原因となった、私達を対象に集めていると想像しました。 併せて考えるに、大宴会の会場、更には少人数で行う準備に用いる場所が要る、と」
「貴女が協調路線を選んでくれて、よかったわ」
 もしも、妖怪達の敵である事を選択していたなら……敵わない、とは勿論思わないが、面倒な相手となったのは確かだ。
「それよりも、建設的な話を致しましょう。 協力するのは、勿論喜んで承りますが、出入口を作るにも術が必要となるのですよ。 当日は各地に入り口を開いたままにすれば良いとしても、準備段階では各自が開き、閉じられるようにした方がよろしいでしょう? 何か案はありませんか?」
 確かに、準備中に出入口を設置したままでは、部外者が入ってくる事も考えられる。
「空間を作る、ひいてはその出入口を作る事も、仙術としては楽な部類、だったわね」
「ええ、そうですね、少し学べば誰でも出来ます」
 その程度のものであるなら……紫の脳裏に浮かぶ人物がいた。
「なんとか出来そうなのがいるわね、ちょっと訊いてくるわ」

 香霖堂を訪ねる紫、概ね普段通りに、客の姿はなかった。
「今回は客として来たわけじゃないわ」
 霖之助から声がかかるより前に、先手を打ってそう言う紫。
「冷やかし、でもなさそうだ」
 店のものに目もくれずに、近づいてくる紫を見て、霖之助は面倒臭そうにぼやく。
「貴方の道具作りを頼りたいのよ、聖人達の仙術を、道具に出来るかしら?」
「即答できるかは、内容次第だな……一体何を?」
「仙界への出入口作り。 少し学べば誰でも出来る、という話よ」
 依頼内容を聞いて、霖之助はうーむと唸る。
「それなら恐らくは……だけど、見せてもらわないと確実にとは言えないな」
「そう……じゃあ、ついてきてくれる?」
「拒否権はなさそうだね」
 霖之助はふぅ、と小さく息を突いた。

必要になりそうな道具一式を用意した霖之助を、仙界へ連れて行き、布都から出入口を開く術の簡単な講義を受け、実演を見てもらった。
「少し学べば誰でも出来る」という点に興味を持った紫も、不要といえる技術ではあるが、講義に少しだけ同席してから、次の場所へと向かった。
 
はたての元を訪れると、既に印刷が始まっていた。
「流石に早いわね、感謝するわ」
「里にばらまく……という量なら、こっちで大体どれくらい必要かって、解るみたいだけど、数の指定はあるの?」
「じゃあ、お任せするわね。 とりあえず一枚ずつだけ、説明のために返してもらっておくわ」
 一揃い回収すると、はたてが何か言いたげにしていると気付いた。
「ああ、萃香の事は大丈夫、地底の星熊勇儀と一緒に、明日の早朝ここにくるそうよ」
 そう報告すると、はたては喜色満面の表情を浮かべた。

紫は四季映姫の元を訪ねた。
ここへ来た用事は他と違い、宴会の準備の依頼、ではない。
「……里の件、解決の目処がついたのですか?」
「ええ、小町もよく働いてくれたわ」
 署名と告知用の書面、両方を差し出す。
「ふむ……それにしても、貴女」
「申し訳ないけれど、今はお説教を聞いている時間はないのよ……その話をし出したら逃げる事にするわ」
 映姫は悔悟棒を紫に向けた姿勢のまま、険しい表情を見せていたが……悔悟棒をおろすと、一つ咳払いした。
「仕方ないですね、準備の件で駆け回っているのでしょうし、大目に見ます」
「有り難いわね。 貴女へは準備の依頼ではなく、開催のお知らせ。 その書面は明日、里への告知に使うつもりだから……四日後の開催よ。 その日は空けて、とは言わないけれど、仕事を早めに切り上げて、是非貴女も来て頂戴」
「ええ、お誘い有難うございます。 開始からとは行きませんが、参加致しましょう」
 色よい返事をもらうと、紫は映姫の気が変わる前に素早く退散した。

「お、何すりゃいいんだい?」
 守矢神社に移動すると、すぐ様神奈子が楽しそうに身を乗り出して訊いてきた。
「まずは会場予定地の準備よ」
 告知用の書面を差し出すと、神奈子は早苗を呼んだ。
居間へとやってきた早苗と共に、皆で覗き込む。
「どこかの広い土地を整えるんですか?」
 早苗の質問に、紫は首を横に振る。
「聖人達に頼んで、新しく仙界の空間を用意してもらっているの」
「へぇ、大掛かりだねぇ、でもそれに私達出番あんの?」
 諏訪子も、神奈子同様楽しそう、といった反応だったが、仙界と聞いて首を傾げた。
「じゃ、早速行きましょうか」

 神子達の道場を訪れると……
「既に太子様は新たな空間を作られて、そっちで待っているわよ」
 屠自古の疑問のありそうな声に出迎えられた。
「ついでに、布都と霖之助の様子はどうか訊こうと、ね」
 そう聞いて、屠自古は納得した様子を見せる。
「それなら心配いらないわね、一通り説明したら、作り方が解ったって言って、布都に手伝ってもらいながらどんどん作ってるわ」

 会場用の空間、まだ新たに作っただけで、その環境は宴会の会場とするには寂しいものがある。
「お初にお目にかかります」
 神子は神奈子・諏訪子へ向けて恭しく頭を下げた。
「あー、そんな堅苦しいのいいって、あんたはちゃんと信仰してくれそうだけど、そうすると他の連中と差が出ちゃうし」
 神奈子は手をぱたぱたと横に振って言い、神子は頭を上げる。
「ええ、存じておりますが、さりとて最初から、砕けた態度を取るわけにもいきません」
 今度はもう少し軽く、頭を下げた。
「ま、それもそうか。 じゃ、こっからは白蓮とか相手するみたいな感じで」
「心得ました」
 最後は頭を下げず、微笑んだ。

「で、私達はどうすればいいの?」
 諏訪子が訊ねる。
「そうねぇ、今いるこの辺りを中心として盆地みたいな形に……」
 手にした扇子で、距離を測るような仕草をしつつの言葉の途中で、紫はスキマを使って移動した。
「会場」という印象からは、かなりの距離があるように見えるであろう遠く・高い位置、諏訪子の方を見やり、少し飛んでの移動で調整する。
「大体この辺を目指すように、緩やかに、花を植えられる土壌を整えてもらえるかしら?」
 スキマ経由で、元の位置の諏訪子達へ、隣に居るかのような声を届けた。
「あんなに? 遠すぎません?」
 早苗が疑問を呈するが……
「まぁ、幻想郷の連中全員参加していい、ってんだから、広すぎるくらいで丁度いいってわけだね」
 神奈子が紫の見立てに同意した。
「なるほどなるほどー、あそこまで、っとー……じゃ、神奈子、後は任せて」
 ぽん、と、神奈子の肩に手を置く諏訪子。
「あん? なんだって? 最近信仰が薄かったせいで、ちっと耳も遠くなったかね」
「坤を創造する私の出番でしょ? 乾を創造する貴女は、指をくわえて見てるといいよ」
 両者、火花を散らすようににらみ合う。
「ちょ、ちょっとお二人共、こんな時なんですから、いつもみたいのは……」
 早苗が控えめに主張するが、無視されてしまった。
「ああ、もう……」
 眉間を抑えて俯く早苗。

「「最初はグー! じゃんけんぽん!!」」

 誇らしげに両腕を掲げる諏訪子と、膝から崩れ落ち、悔しそうに地面を叩く神奈子。
「正直に申しまして……」
 神子がそんな様を見やりながら、呟くように言う。
「ここへ来る事になって良かったと、これ程強く実感したのは、これで二度目です」
「うう……せめて宴会終わるまで、こういうのはなしにして欲しかったです……」
 早苗はがっくりと肩を落とした。

幽々子や衣玖の説得の際、早苗が神奈子・諏訪子の力を行使する形で助力する、という提案があった。
それに乗る形で、早苗を介して諏訪子の力を使って、土壌を整えて行く。
少しの間それを見てから、紫は更に次の場所へと移動した。

「あら? いらっしゃい」
 幽香の元へ移動すると……
「出たなスキマ妖怪! ついにあたい達の出番か!」
 チルノもいた。
「出番だよね?」
 繰り返す言葉には、期待が含まれているように聞こえる。
 辺りを見渡すと、開けた荒地……幽香の足元や、そこかしこに散らばった氷……
「どうやら忙しかったようね」
「別に構わないわよ。 あの時言ってた件で来たんでしょう?」
「そう。 背景としては、こんな事情」
 告知用の書面を取り出すと、幽香が受け取って、さっと目を通してチルノに押し付ける。
「里に何があったの?」
 紫が事情を説明すると、幽香は苦い顔をした。
「忙しくはないけれど、もう一つ条件を追加するわ。 ちょっと里まで送って頂戴」
「解ったわ、少し待っててね、チルノ」
「おー」
 チルノは書面に視線を置いたままで返事をした。

里に移動すると、天子の起こした一件の影響で、相変わらず絶望的な雰囲気が辺りを覆っていた。
幽香は既に目的地が決まっているように、迷いなく、力強く歩き出す。
紫は用件を問わずに後に続いた。
やがて、商店が通りを成す辺りを通り抜けると、幽香が紫の方を見た。
「手伝ってあげるわ」
 通り過ぎた花屋、閉店中のようではあったが、その店先に幾つか置かれたままの花は、しおれていなかった。

時間にしてそう長くはない、が、例の書面を読むには十分すぎる時間……にも関わらず、チルノはまだ書面を眺めていた。
 それを見て、紫は小さいスキマを開いて、様子を確認し、問題無しと判断して、チルノの斜め後ろにスキマを開き、ある妖怪を呼び出す。
 当の妖怪は、いきなりの出来事に混乱する様子を見せたが、紫がチルノの持つ書面を指さすと、それを読みだした。
「えーっと、私とこいつに何かしろと言うなら、冷やせって事?」
「え? レティ!?」
 涼しい場所に避難しているはずのレティが、いつの間にか後ろにいるという形になったチルノ、目を丸くして振り返った。
「そういう事」
「でも私は、寒気がなければ役に立てないわ。 手伝えって言うには、時期がちょっと遅いわよ……」
 もう三月も半ば、春が来ると憂鬱になってしまうレティの声音には、元気が全くない。
「そこは私がこうすれば……」
 レティの顔の横に小さくスキマを開くと、カッと目を見開いた。
「え!? 冷たい! 何これ!」
「冬の空気をプレゼント、これを使ってもらうわ。 三日間付き合うくらいなら、良い気分転換でしょ?」
 レティはこくこくと頷く。
「やったげるわ! 有難う!」

 幽香・チルノ・レティを連れて仙界へと移動すると、紫は神子に空間の追加を依頼した。
すぐさま用意した空間に移動し、続けて紫はもう一つ依頼する。
「それでここに結界を作って、この子らの冷気を留まらせるようにしてほしいのよ」
「成程、力を用いて氷室とする、と……解りました」
 またも神子は手早く準備を済ませ、結界を張った。
 片方にはスキマを設置し、外の世界から冬の地域の寒気を呼び込む。
「これだけで貴女達にお願いするのも大変でしょうから、後で補助役を頼んでくるわね。 じゃあ次は幽香、お願い」

 諏訪子と早苗の土壌作成はまだ途中だが、それでもかなりの広さが既に仕上がっていた。
 神奈子もただ黙って見てるだけに甘んじるのは嫌だったようで、先程紫が示した地点、及び同じ距離の四方に、目印の柱が立っている。
……しかしすぐに済んでしまったのだろう、柱のてっぺんに、居住まいを崩して座る様は面白くなさそうだ。
「まだ途中で、あの柱の辺りまでね」
「話に聞くのと見るのとでは、やはり大違いね……これだけ広くて、土も良いのに草花がない、想像してたよりももっと、不快だわ」
 ゆっくりと、幽香は辺りを見渡す。
「自然にあるような、咲いてはいない花で良いんだったわね」
「そう、演出も予定済みだけど」
「成程ね……ま、この光景を私が納得いく程度に、いじっておいてあげるわ」
「有難う」

 次に移動した先は紅魔館。
レミリアが窓の外を眺め、咲夜がその後ろに控えていた。
「お宅の魔女と門番を貸して頂戴」
 それを聞いて、レミリアはあからさまに肩を落とした。
「私の出番はまだなのね」
「そうね、でも、先に借りていくんだから、用件も先に教えてあげるわ」
 告知用の書面をレミリアに渡すと、レミリアは咲夜を手招きし、二人で書面を手にして読み始める。
「この内容で、まずパチュリー様と美鈴を?」
「ええ、少人数で準備をするから、用意したものを冷やして保管しておくように、既に頼んであるの。 パチュリーと美鈴はその補助にというわけ」
「冷やす……成程」
 咲夜は視線を上げて、外を見やるようにしてから、納得した素振りを見せた。
「食材、酒、会場の準備……これ、私何か出来るかしら?」
 レミリアは紫へと訊ねる。
「貴女なら、何だって出来るわよ」
「え? そう?」
 紫はすぐにそう返したものの、レミリア本人には浮かばないようで、腕組みをして唸りつつ考え始めてしまった。
「調理も、先に始めていないと間に合いませんね」
「そうね、でもそれは地霊殿の方を主軸にしましょう。 貴女は調理済みのものを、保存する方を主体という事で、お願いするわ」

 パチュリーと美鈴に事情を説明後、仙界に連れてきた。
「ふーむ、成程」
 結界を前にし、パチュリーは調べるように念入りに眺める。
レティ側の結界に、無造作に手を突っ込み、抜いて、手を握って開いて、何か確認するような仕草だ。
「私の方はどうすれば?」
「私からの依頼は、見張り役ね。 つまみ食いをされないように。 それとパチュリーの役にも補助がいるでしょうから、指示に従って頂戴」
 パチュリーはレティを呼び、近くに立ってもらった。
「ちょっと能力強めてみて」
「こんな感じ?」
「そうそう、で、次は弱めて」
「こう?」
「いいわよ、じゃあ普通にして……そのまま結界を出てもらえる?」
 魔導書を手に、呪文を囁くと、レティと結界の間に光の線のようなものがつながった。
「まずはこれで、この空間にいれば、結界の中に向けて、能力が発動するようにしたわ。 でも、勝手に発動し続ける状態だから、調整は必要よ。 体の不調を感じたらすぐに言って」
 次いで、チルノにも同様の処置を施す。
「美鈴、貴女はチルノを気にかけてやって。 妖精だから、多少の無茶じゃ自覚しない事も有り得るわ。 貴女なら、この子が何かおかしければ気付くでしょ?」
「成程、解りました。 お任せを!」
 胸を張って、美鈴は頷いた。
「それと紫」
「ん? 私?」
「うちから椅子と本持ってくるの手伝って」
(私にまで指示をするなんて、流石ね)
 妙な感心を胸に、紫はパチュリーの運搬作業をスキマで手伝った。

 明日朝の告知準備・会場の準備・保存場所の準備・出入口の準備と一通りの依頼は済ませた事で、一旦休憩がてら、美鈴用の椅子に腰かけてここに留まる事にした紫。
「それにしても、七曜だけじゃない魔女なのね、貴女」
 パチュリーは本を読んでいたい様子だが、ただじっと黙って過ごす事を嫌った紫は、敢えて話しかけた。
「これだって突き詰めれば、それの応用に過ぎない事。 だからこれをして七曜だけではない、と言うのははずれ。 でも、本当に七曜から外れた事も、出来る事はあるから、結果として正しい」
 パチュリーは、本に視線を落としたままで答える。
 面倒そうではあるが、饒舌だ。
「アリスも七色だけじゃなかったりするのかしら?」
「そう、アリスは人形を筆頭に、実践したがるから実用的な分野、私は本の知識が根底にあって、机上で発展させる事の多い理論的な分野に強い傾向があるわ」
「ふーん、流石は好奇心や探究心で動く魔女、進歩しているのね」
 と、こう二名の事を聞けばもう一人浮かぶというもの。
「魔理沙は?」
「茸」
 ……一文字で終わった。
 次ぐ言葉を待つように、紫は黙っていたが、パチュリーは本を視線に落としたまま、何も言わない。
「まぁ、冗談よ……私やアリスの事よりは、知ってるでしょう?」
 やや長めの沈黙を経て、付け足した。
「ええ、努力しているようね」
「そういう事。 気が済んだのなら、私は本を読むわ」
 暗に邪魔をするなと言われてしまい、紫は別の場所で休憩する事にした。

仙界から白玉楼へのスキマ移動。
「お疲れ様」
 入ってくるなり、幽々子から労いの言葉がかけられた。
「本当、疲れたわ。 四日後まで寝てていい?」
「失敗しても構わないのなら、止めないわ」
 幽々子の答えに、だらしなく突っ伏す紫。
「ほら、これでも食べて……」
 と、幽々子はまだ小皿に乗っていた羊羹を差し出そうとしたが、途中で手を止めた。
刺さっている爪楊枝を抜くと、半分に切って、片方を自分の口に運んでから、残った片方に爪楊枝を刺す。
「これでも食べて、元気出して」
「そこは丸ごと差し出す所でしょうに」
 苦笑いを浮かべて小皿を受け取る。
幽々子はわざとらしく、驚いた表情を作った。
「なんて残酷な事を言うの!?」
 そしてこれまたわざとらしく、着物の裾で顔を覆う。
「うちは鬼みたいな娘に、これだけしかあげませんって言われてるのに!」
「随分可愛らしい鬼だこと。 あれで鬼なら、うちの娘は差し詰め、羅刹かしら?」
 言いながらも、紫はいつものように、スキマで様子を窺いつつも急須と湯呑を取り出す。
「あら、藍に紫が羅刹って言ってたって教えないと駄目ね」
「じゃあ私も妖夢に、幽々子が鬼って言ってたって教えるわ」
 互いに数秒、沈黙して、考える。
「……やめときましょう」
「……そうね」
 紫はお茶をゆっくりすすって、小さく息を突いた。
「とりあえず、明日の朝、里に向けて行う告知の準備、それに会場の準備と、食材保管庫の準備、出入口の準備を依頼して回ったわ」
 告知用の書面を、幽々子に手渡す。
幽々子は「三日後」の書かれている辺りに指を当てた。
「会場と、食材保管は神子に頼んで仙界を用意してもらったの。 だから、出入口の準備、と」
「それなら、他の署名したみんなは、食べ物とお酒の準備に専念すればいいのね」
「酒なら、萃香が勇儀と組んで、妖怪の山で用意すると言ってたわ。 最低限は確保済み、と言える状況よ」
 幽々子は首を傾げた。
むー、と呟きつつ、少しの間の後……
「鬼のお酒だけで、他の選択肢がないというのは……ちょっと問題よね、主賓は里であって、人間なんだし」
「適当に薄めれば大丈夫でしょう、あてがあるなら他を用意する事にでもして……それよりも食べ物についてが問題よ」
 紫は幽々子の目を、じっと見据えた。
それを受けて、幽々子は指で宙をなぞるような仕草をし、少し考えてから答える。
「妖怪の山での調達が出来れば、大丈夫だと思うけれど……無理なようであれば、厳しそうね」
「それなら、萃香がなんとかするわね。 そこまで示し合せてはいないけれど、あの酒呑みなら、貴女と同じ見解を持つに決まってるわ」
「あれだけ広い場所から拝借出来るなら、問題無いわね」
 食材調達も目処が立った。
紫はもらった羊羹を口にし、お茶をすする。
 紫が黙ったのを見て、幽々子もそれ以上喋る事はせずに、休憩する様を見守った。
「ふぅ……羊羹有難う、美味しかったわ。 さて、もう一働きしてこないと」
「まだ何か残ってるの?」
「河童に作ってもらった棚を、運んでおかないといけないのよ」
「そう、頑張ってね」
 幽々子の微笑みに見送られ、紫は白玉楼を後にした。

その後、結界内ににとり達が作った棚を運び、はたてから印刷を終えた書面を受け取った。

翌朝、紫はまず最初に里へ、スキマから三種の書面をばら撒いた。
そして自ら博麗神社に伝えに行く事はせず、噂が届くのを待つ間、ついでに仙界で神子に、紫自身が滞在する空間を用意してもらってから、博麗神社へ向かう。

「どうすんのよこれ!」
 案の定、怒りを湛えた霊夢に出迎えられた。
「どうって?」
 敢えて白々しく見えるような反応を返す。
霊夢は大きな身振りを交え、言葉を続けた。
「幻想郷の全員ってどんだけ広い会場とたくさんのお酒と食べ物がいると思ってんの! しかもそれを私達だけで用意するなんて!」
「協力すれば不可能じゃないわ。 そのために署名をもらってきたんだから」
 署名をした面々、その全員で協力をした事はない。
(開催は……勿論、問題なく出来るわね)
 そう確信している。
この流れに至った今、あわよくば、どれ程の事が出来るのかを見てみたい、という気持ちも紫にはあった。
「もう準備は始まってるわよ?」
 言って、無造作に畳に手を触れ、地面を開ける。
「これは神子達の?」
「そう、道場のとは別に仙界の空間を用意してもらったの。 さ、入って頂戴」
 霊夢達が入っていくのを見送った後、紫は入り口を閉じつつ後を追った。

仙界で霊夢達に説明し、神社へ戻らせると、紫は白玉楼へ向かった。

「おはようございます。 紫様」
 幽々子は中庭に居て、妖夢と一緒だった。
確認してから来ている、この状況も把握済みだ。
「おはよう。 貴女達は里に出した告知の件、知ってる?」
「いいえ、まだね」
 紫も幽々子も、妖夢の手前、打ち合わせをしていないふりをする。
「内容はこうよ」
 告知用の書面を幽々子に渡すと、幽々子は一通り読んでいるような間の後で、妖夢に渡した。
「衣玖さんの予想通り、なんですね」
「盛大な宴会、今から心が躍るわね」
 妖夢から書面が返され、紫は頷く。
「それで、妖夢はどうするの?」
 紫が名指しで質問すると、妖夢は戸惑いを見せた。
「え? 私ですか? 幽々子様から指示があれば、それに従いますが……」
 妖夢は幽々子を見やる、しかし幽々子は首を横に振った。
「駄目よ妖夢、今回は署名したみんながそれぞれ、この準備に当たるんだから……折角だし、自分でやる事を見つけたり、協力する相手を見つけなさい」
 突き放すような言葉に、妖夢は驚きを浮かべる……が、すぐに冷静な表情に戻った。
「解りました。 そういう事でしたら……行ってまいります」
「ああ、妖夢、これを持っていって頂戴」
「これは……?」
 霖之助製の仙界への入り口を作る装置、妖夢は正体を探るように、回して様々な角度から装置を見る。
 紫が使い方も含めて説明すると、妖夢は丁重にしまった。
「行ってらっしゃい」
 笑みを浮かべて妖夢を見送る幽々子、紫も妖夢に向けて小さく手を振った。
「可哀想ね、ショックを受けてたみたいじゃない」
「あら? 妖夢についてていいのかしら。 私には、貴女直々の依頼があるんでしょう?」
 白々しく言う紫に、幽々子は挑発的な笑みを浮かべる。
「勿論……まずは、これを受け取って」
 幽々子に装置を二つ渡す紫。
「妖夢に渡したのと色違いのこっち、これは私が滞在するために、作ってもらった空間への出入口を作るわ。 私は各地の様子を見張っておくから……」
「妖夢の様子も見られるというわけね」
 今度は挑発的に、ではなく、嬉しそうに笑みを浮かべる幽々子。
「そういう事。 私との連絡役がてら、準備に来る皆を見てて頂戴。 貴女ならサボりに来た体で居れば、不自然じゃないでしょ」
「解ったわ、全力でサボるわね」
 紫は訂正の言葉を入れずに、幽々子を見つめて頷いた。

各地の監視をする前に、まだする事がある……紫はまず、守矢神社へと向かった。

「機嫌悪そうねぇ」
 守矢神社で留守番状態の神奈子の元に、スキマでの移動。
 昨日に続いて、不貞腐れている。
「折角署名したってのに、出番がないんじゃ、そりゃ機嫌も悪くなるってもんさ」
「それじゃ、貴女にも頑張ってもらわないとね」
「お、何かあるのかい?」
 表情に笑みを取戻し、身を乗り出す神奈子。
「当日の開始前に、挨拶の言葉が要るでしょう? 発起人という事になっている霊夢と、それに貴女からも一言もらう事にしましょう」
「良い役割だね、感謝するよ。 でもそうするのなら、他にも一人二人くらい要るんじゃないかい? 少なくとも、妖怪からも誰か出るべきだ」
「妖怪からはレミリアでいいわね、あの娘も何かしたがるでしょうから、丁度いいわ」
 妖怪からも、という提案に即答する紫、そこへ神奈子が……
「例の天人も、署名集め、手伝ったんだろう?」
 天子を話題にあげた。
「ええ、そうね」
 至極冷静に受け答えをすると、神奈子も別段それに驚きはせずに続ける。
「そいつからも、なんか言ってもらっちゃどうだい? 天人の方を差し置いて、竜宮の使いからってのも妙だろうし」
「あの子らも、お膳立てに貢献した事だしね」
「それに、その天人は、以前あんたが怒ったっていう奴らしいじゃないか。 これだけやってもらったんなら、許してやっていいんじゃないかと、私ゃ思うね」
 言われる前に、こちらから出すべきだった、と、紫に少しの後悔が湧いた。
「勿論よ、あれだけの働きをしてくれたのだから、例の事は水に流すわ」
「それはよかった」
「こうなると、霊夢は災難ね」
「うん? なんでだい?」
 再び挙がった霊夢の名、神奈子はその意味を訊ねる。
紫は笑って答えた。
「貴女達みんな、そういうの得意じゃない」
「ああ、比較されると、って事か……成程そりゃそうだね」

 次いで永遠亭を訪ねる紫。
永遠亭の面々に加え、妹紅と慧音も集まった所で、告知用の書面を取り出して見せた。
「こういう事になってるから、貴女達も準備をお願いね」
 そして装置を渡し、使い方と共に、仙界で食材を備蓄していく旨を説明する。
「へぇ、宴会の準備ねぇ」
 輝夜の声音は上機嫌そうだ。
「面倒臭がりが、どういった風の吹き回し?」
「楽しそうじゃない」
 輝夜は笑みを湛えて答える。
「そういう事なら、私は久々に屋台を出さないとねぇ」
「まずは練習ですね」
 屋台を、と、聞いて微笑む慧音に、妹紅も小さく笑った。
「貴女達はどうするつもり?」
 紫は輝夜・永琳へ向けて訊ねる。
「そうねぇ、私達なら……」
 輝夜が考え始めたのを見て、永琳は口を出さず、その様子を見守る。
「野菜でも作ろうかしら」
「え? 野菜作りって……どうやるんです?」
 鈴仙が訊ねると、輝夜は答えようとしたが、発しようとした言葉を飲み込んで、てゐを見た。
「てゐ、貴女はどうやると思う?」
「ん? 答えないと駄目?」
「勿論」
「そりゃ、お師匠様に肥料作ってもらえば、質の良いのが作れるだろうって事でしょ?」
 うんうんと頷く輝夜。
しかしその答えだけでは満足しないようだ、てゐを見つめて次ぐ言葉を待つ。
「リグルの手伝いが要るね、手作業で受粉させてくなんて大変過ぎるし」
 輝夜はまた頷き、更に続きを待つ。
「……それに、仙界に集めるっていうなら、いっそそこでやれるように、山の神様にも手伝ってもらって、うち専用の場所を用意してもらうのもいいかもね」
 てゐはこれでどうだと言いたげに、胸を張ったが、輝夜はまだあると言わんばかりに、変わらずてゐを見つめる。
「……水遣り作業は私と鈴仙主導ね、うん……はぁ、今から気が重いよ全く……」
「よし! その方針で行きましょう!」
(流石にこの場面じゃ、逃げ切れるものではないわね……)
 苦笑いを浮かべた紫がてゐを見やると、気付いたてゐはいじけるような仕草をした。
「鈴仙、私の作業も手伝ってね」
「はい、解りました」
 準備を始めるのか、会釈をすると早速退出していく永琳、後に鈴仙も続いた。
「永琳の方が済むまでは、私達も妹紅の手伝いでもしてあげましょうか」
「えー? 私もー?」
「あー、別に構わないよ、てゐは重労働が待ってるんでしょ? どうせ元々自分で、それか慧音とでやってたんだから、あんた達は自分とこのに専念してればいいって」
 妹紅が遠慮すると、てゐが勢いよく妹紅に抱きついた。
「有難う! もこたん大好きー!!」
「むぅ、それじゃ、私だけ見学って事で」
「しっかりやって頂戴ね」
 そう言葉を残し、紫は次の場所へ移動した。

地霊殿のさとりの元を訪れた紫。
「おはようございます。 連絡に来てくださったのですね」
「ええ、そういう事」
 書面も出さずに、地霊殿の調度品を眺め始める紫。
「……宴会の準備を行う、私達は調理担当、紅魔館の咲夜さんが保存担当……」
 紫の心を読む事で内容の把握をし始めたさとり。
それを受けて、紫は例の装置を机に置いた。
「聖人達の仙界で備蓄、装置の使い方は……」
「話が早い、なんてものじゃないわね。 楽でいいわ」
 さとりは装置に手を伸ばし、自分の手元に近づける。
「一通り把握しました。 こういう事になっているのでしたら、ここと紅魔館を一時的に繋げて頂きたいのですが……」
「そうね、調理はこっち、保存はあっちの分担じゃ、出来上がったものを運ぶ連携もしにくいもの……互いの調理場を行き来出来るように、という事で構わないかしら?」
「ええ、助かります」

 仙界に戻り、各地の様子の確認を始める。
(しばらくあの子の様子でも見ましょうか、冷たい事を言わせてしまったのだしね)
 紫は幽々子を呼ぶと、二人で妖夢の様子を見始めた。

 妖夢はまず紅魔館を訪ねていた。
「あれ? いない……?」
 美鈴の姿が見えないと気付き、首を傾げる。
少し辺りを探し回るが見つからない、既に役目を得て仙界にいるのだから、当然だ。
「どうしよう……」
 いつも美鈴に応対された上で、きちんと客として通されている。
(美鈴だけでなく、更に幽々子もいない、異変絡みでない平時の今、一人で無断で入って行かなければならない事に、抵抗があるのね)
 律儀な事だ、紫は頬を緩めてしまう。
「うーん……迷ってばかりもいられないし、行っちゃおう……」
 やがて意を決したように進んだが、遠慮がちに歩いていく様は、紫にはコソ泥じみた姿に見えてしまった。

扉を開け、ロビーに入る。
 妖夢は無言で辺りを見渡すと、また遠慮がちにそろそろと歩き出した。
方向からすると、主の部屋、レミリアのいそうな場所。
「……みんな、もう知ってて準備に出かけてるのかな?」
 咲夜が出て来ないばかりか、辺りの妖精メイドも普段より数が少ない。
(そっちじゃなくて、調理場の方へ行けば……)
 咲夜が妖精メイド達を集め、補助程度に調理を担当する旨を、教え込んでいる所だが……
結局、そのまま主の部屋に到着してしまった。
「お邪魔しまーす」
 控えめに扉を開けて、中に入りかけたその瞬間。
「たーべちゃうぞー!」
「うわ!? わわわわご、ごごめんなさい!!」
 開いた扉の陰から聞こえた声に、妖夢は全力で逃走した。

 廊下を駆け抜け、階段を駆け下り、ロビーまでたどり着き、後少し……!
扉まであと数歩の所で、後ろから何者かに飛びつかれた!
身をよじり抵抗するも、振り払えない!
「わ、私なんか食べても美味しくないですよ! 半分幽霊なんですから!」
「何言ってんのよ、妖夢、食べたりゃしないって」
「へ?」
 先程は急な事で驚いたが、背中からかかる声に覚えがある事に気付いて、妖夢は大人しくなった。
「あ、なんだ、レミリアだったんですね……びっくりした……」
「お約束の台詞が飛び出す程に、慌てなくたっていいじゃないの。 どうしたの? まさかあんたが、何か盗りに来たんじゃないわよね?」

 妖夢は、勝手に入った事で罪悪感があった旨と、幽々子に言われた事を説明した。
丁度紫達にとって、妖夢の慌てぶりによってもたらされた笑いを抑える、良い間となった。

レミリアの提案により、二人は食堂に移動し、隣り合って座った。
咲夜が妖精達への指示で苦戦しているため、何も出されてはいない。
「別に勝手に入ったって構わないわよ、それどころかむしろ歓迎するわ、あんた達なら。 それは置いといて……自分でやる事を見つけるか、協力する相手を見つける、ねぇ」
レミリアは妖夢をじろじろ眺めると、宙を見てうーんと唸った。
「それで、紅魔館はどうするのかが、気になったという次第でして」
「うちはパチェと美鈴を、紫に連れてかれたわね、で、咲夜が出来上がった料理の保存だって」
 そう答えるレミリアは、少し機嫌が悪そうだ。
「……貴女は?」
「困ってんのよ、紫は貴女なら何でも出来る、だなんて言ってたけど……思いつかないのよねぇ……貴女はいいわね」
「へ?」
 いきなり羨ましがられ、妖夢は目を白黒させる。
「だって、貴女なら、その腰の立派なので狩りが出来るじゃない」
「はぁ、成程」
 レミリアから視線を逸らさずに、妖夢は楼観剣に触れた。
「私が仕留めるつもりで攻撃なんてしたら、大変な事になっちゃうよ」
「力があるというのも、時として面倒なものなんですねぇ」
 場合によっては、お互い悪く受け取ってしまいそうな言葉も、双方共に悩んでいる故か、深く考える事なく受け流した。
「全くね。 ま、そういうわけで、悪いけどうちは貴女が手伝う相手として向かないわね」
「いいえ、おかげで案が一つ出来ましたし、有難う御座います」

 紅魔館を出た妖夢は、門の外の辺りで立ち止まり、遠くを見やりつつ考え出した。
「……うん、森に行こう」
(森、ねぇ……魔理沙とアリス、どっちのつもりなのかしら……どっちにしても、森じゃ行き違いね)

 途中、妖夢は方向を変え、里へと寄った。
「あれ?」
 様子を見ていた紫と幽々子は、胸を撫で下ろした。
魔理沙とアリス、二人は行動を共にして、里に出て来ていたからだ。
「おー、妖夢じゃないか、どうしたんだ一人で」
「準備の手伝いに、何をしようかと迷っていまして」
「幽々子は?」
 アリスに問われ、妖夢は肩を落とす。
「紫様が来ましてね、多分何か特別に頼みがあったのでしょう……幽々子様から一人でやる事を見つけるか、協力する相手を見つけろと、指示されてしまいました」
「それで何も浮かばないのか?」
 妖夢は首を横に振り、紅魔館の方角を指差しながら答えた。
「紅魔館に寄ってきたんですが、レミリアから、刀で狩りが出来る事を羨ましがられました」
「羨ましい? なんでだ?」
「美鈴とパチュリーが、紫様から直接依頼を受けて、咲夜も役目がある一方、自分は何をするか思いついていないようですね」
 アリスはきょとんとした表情を浮かべる。
「レミリアなら悩む必要ないわよね、運命を操る力があるんだから、自分でやるのも手伝いするのも、何だって出来るんじゃないの?」
「あ……」
 アリスの言、それはレミリア自身も言っていた内容と重なった。
「どうしたの?」
「美鈴とパチュリーに、協力を求めに行かれた紫様も仰ってたそうです、貴女なら何でも出来る、と」
「自分で気付かないってんじゃ、宝の持ち腐れだな」
 魔理沙の発言に、妖夢は少し居た堪れなさそうな表情を見せる。
(狩りが出来る、って、気付いてなかったものね、この子)
「ところで、狩りって言っても、今回は必要になる量が多いし、そこら辺でやるだけじゃ、足りないわよね?」
 アリスは目を閉じ、俯き気味になって考えだす。
「ここいらで足りない、って話じゃあ……うーん、妖怪の山は入れないしなぁ」
 魔理沙のぼやきを聞いて、アリスは散らばっている書面を一枚拾った。
「……もしかしたら、いけるかもしれないわよ?」
「何故です?」
「ほら、署名に文の名前がある。 勿論彼女が名前を出したからって、それが即ち山全体が協力する、という意味ではないでしょうけど、少しくらいなら、便宜をはかってくれるかも知れないわ」
「成程、それじゃあ私は、妖怪の山に行ってみる事にしますね」
 妖夢は二人にお辞儀をする。
しかし、そのまますぐに別れはせず、魔理沙とアリスを見て、質問した。
「二人はどうするんですか?」
「ああ、とりあえずは、最近私がきのこを集めてばかりいたから、それを提供しようと思ってるんだ」
「一旦霊夢の所に行って、しばらくしたら紅間館かしらね」
「そうですか……では、また後で」
 再びぺこりと頭を下げ、妖夢は飛び立って行った。

紫は妖夢の方ではなく、少しそのまま魔理沙とアリスの方を見ていた。
(この子達、気づいてないのかしら)
「……なぁ、アリス」
「何?」
「もしかしてあいつ、誰にどうやって渡せばいいかって、知ってたんじゃないか?」
「あ」
 後で神社に着いたら迎えに行こう、そう決めて、妖夢の様子の確認に戻った。

 妖夢が妖怪の山に着くと……
「うーん……」
 また、入らずに考えている。
「入るしかない、かな……」
 すぐに狩りを始めずに、山の領域に飛んで入っていく妖夢。
しばらくすると、椛がやってきた。
「あ、やっぱり駄目ですか?」
「宴会の準備の件で来たのなら、特別に立ち入りを許可する事になってますよ」
「え?」
 アリスの予測に反して、妖怪の山が協力しているに等しい処置が取られていた。
「それって、あの署名をした者と、その関係者であれば、自由に入っていいって事なんですか?」
「ええ、今朝早くに鬼が来て……私は直属の上司からの通達を受けただけで、詳しくは解りませんが、恐らく天魔様にでも掛け合ったのでしょう」
「そうだったんですか……有難う御座います」
 妖夢は頭を下げ、山の中へと降りていこうとしたが……
「待って下さい」
 椛が制止した。
「なんですか?」
「昨日は中途半端な形でしたが、改めて勝負しませんか?」
「え? でも、これから準備ですし、すみませんが……」
「いえ、直接の勝負を、今するわけにもいかないとは存じています。 ですから、成果の量を競わせて欲しいのです」
 椛は真っ直ぐに妖夢を見つめる。
「解りました。 そういう事なら、是非お願いします」
 こうして、妖夢は妖怪の山での肉調達を、担当する事になった。

その後も紫は、各地の監視を行い、時に協力し、宴会準備の三日間を過ごし……

幻想郷全土を巻き込んだ大宴会は、朝から晩まで続いた。

途中、ちょっとしたアクシデントが起こったが、概ね恙無く宴会は終わりを向かえ、その最後に紫は挨拶の言葉を投げかけた。
「みんな、今日は楽しんでくれたかしら? 今後は今回みたいな事を、起こさないようにして頂戴」
 ちらほらと聞こえていた、人間の、妖怪の楽しそうな声も、紫の言葉に鳴りを潜める。
「相手のためにと行動し、そのお礼に、という心構え自体は殊勝なものだったわ。 お互いにその、お礼こそが目的だったから、長続きはしなかったけれど」
 神妙な顔で聞き入る者、ばつが悪そうな顔をする者、様々に、反応を見せた。
「そこで、私からの提案。 今日この日を、毎年大宴会を開催する日にしましょう。 元々の宴会の形に倣って、隣人に、友人に、家族に、身近にいる者、仲間達、そういった者達へ、ひいては幻想郷がある事へ、感謝をする大宴会の日。 どうかしら?」
 「賛成」と叫ぶ者や、拍手をする者、やがて拍手は広がり、会場に高く響いた。
「決定ね。 じゃ、今回の宴会はこれで終わり。 明日からは皆、真面目に過ごしなさい。 そこいらで倒れて寝ないで、ちゃんと帰って寝るのよ」
 そう残して、紫はスキマを開き、いずこかへ消えた……


しかし紫はまだ仙界空間にいた。
 準備の際に待機していた空間に移動すると、スキマで幾人かを呼び寄せる。
咲夜・慧音・永琳・神奈子・さとり・白蓮・神子……
(閻魔は、頼るわけにはいかないわね)
「みんな、集まってもらったのは他でもないわ……」
 神妙な顔を作り、それぞれを見やる。
「何か問題でも起こったのですか?」
「いいえ、起こったのではないわ。 起こるのよ、何もしなければね」
 咲夜に問われ、そう返す。
 慧音と白蓮が表情を険しくした。
「仙界だから、空間を放棄すれば済んでしまうけれど、今回あんな事になったすぐ後で、私達がそんな楽をするのも良くないわ。 片付けるまでが宴会。 皆、それぞれ近しい者をきちんと抑え、明日始める片付けに、問題なく当たれるようにして頂戴」

 勿論紫も、皆に任せるばかりではなく、霊夢の愚痴を長く聞く事となった。
ゆかゆゆの所特に力入れた。
は、置いといて……
前回頂いたコメントを受け、その時既に出来てた部分から地の文による心情描写をどんどん削って直したり、そこから書き進めた部分も含め、解説的な内容は控えめとするようにはしていますが……
今回は既存の展開をなぞるのに加え、ゆかりんが考える場面多めにならざるを得なかったので、きちんと出来ているかに不安の残る所ですね。

次回、「変装異変」~「不良天人の汚名返上(?)」とIF展開3本とを、繋げるような話で、幽々子様が買い物に行く~里の状況を大宴会でなんとかする に纏わるお話は終わりとなりますが、今回のこれが出来たのが今日なので、1~2週間先になりそうです。
HYN
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.210簡易評価
1.30名前が無い程度の能力削除
あれだけ前準備に苦労した宴会を一行で終わらせるとか正直非常におかしいです(SS的に)
貴方は何がしたかったんですか、何を書きたかったんですか
前作品のある方のコメントはただ「解説的な地の文を減らせ」というのではなく「読者が想像で補える所はあえて描写しない方が良い」でした
テーマが薄めのこの作品で細かい動作が多すぎると読者もどこに力点を置いて読めばいいのかわからなくなりがちで面白さも半減します(肝心の宴会の描写が「楽しい宴会でしたね…(終わり)」だったら尚更です)、紫と関わる人物が多すぎてゆかゆゆも何もあったもんじゃない、というのが私の感想でした
2.10名前が無い程度の能力削除
兎に角「飽きた」の一言です。過去作の焼き直し、裏話ばかりで真新しいことがなく、
「亡霊の悪戯と~」以降は繋がっていない作品をしっかり認識していないと解りにくく、それ以前の作品を読んでるほうがネックという不親切。
それまでの作品が楽しかっただけにどんどん詰まらないシリーズになってきてます。
この作品に至ってはこれまでの作品の食いカスを集めて作ったまかないみたいな出来で読み進めるのが苦痛でした。
3.20名前が無い程度の能力削除
本当は平和な幻想郷してますという気持ち悪い注意書きはやめたんですね。
それだけは良かったです。
5.10名前が無い程度の能力削除
まともな作者だと思ってたのに…
6.10名前が無い程度の能力削除
酷い評価だが成長が殆ど見られないのでは致し方無し、三下芸人でもあるまいに同じネタで何作も書くな!
いっそ今のシリーズを打ち切るか休止して一話完結で腕を磨いてはどうだろうか?
13.30名前が無い程度の能力削除
ちょっとついていけなくなった。固定ファンを持つ連載ものならこういう裏話も良いだろうが、これじゃいい加減ただの自己満足とみられるだろ。
14.無評価名前が無い程度の能力削除
暗喩ばかりでは困りますが、明喩(直喩)ばかりじゃつまらない。
そのどちらもが僅かしかないとなれば、もはや物語ではありません。
キャラすら予防線はってるとか何この惨状って感じです。

作品としては、経緯・顛末はわかります。ただそれだけです。
ゆかりさまが駆けずり回る様子を描きつつ、
「なぜそうまでして『あの』ゆかりさまが働いているのか?」という問いを
”読者自らが”抱き、その答えを模索するように仕向け、盛り上げた後に答えを明かす。
これは一例ですが、そういう細工が必要ではないでしょうか。
地の文については作者さんなりに考慮なさったようですが、言葉足らずの部分がありうまく伝わらなかったようで、申し訳ありません。
残念ながら、手とり足とり読者を誘導する状況は変わっていません。
幼稚園児にも分かるように説明する姿勢は、新入社員教育やマニュアル作りなんかには向いているんじゃないでしょうか。
余計なことを言いました。
どうか作者さんには、読者との駆け引きに目を向けて欲しいということが言いたいのです。
そこを無視するのは、単なる手抜きです。
これだけの長文を書かれた方に対して告げる言葉ではないのは重々承知の上で敢えて言わせて頂きました。
17.80名前が無い程度の能力削除
裏話という感じで、普通に面白かったです。
みなさんが酷評なので、本当に面白かったと思った人もいるということで。