※お詫びと注意事項
長いです。
この分量だと分割するのが当然なのでしょうけど……今回は一応ミステリー仕立てなので、途中でネタバレコメントされたら嫌だな、という懸念により、無分割で投稿します。
それでも許すという物好きなかたは、本編のほうをどうぞ。
――
やっぱり妖怪って便利な体質だよなあと、霧雨魔理沙は考えるのだった。
妖怪たちの有する、ほぼ永遠の寿命だとか人知を越える異能だとかに憧れる人間は多い。だが魔理沙にとって真に魅力的なのは、別の要素。
「しかし……米がない」
大きな米びつを覗きこんで魔理沙はうなる。中身はほとんど空っぽ。このぶんだとあと三日か四日、節約しても一週間が限度だろう。
味噌と醤油の蓄えは今のところ問題ない。副菜となる漬物・干物・燻製のたぐいも、これから来る冬をなんとか越せそうな程度の備えがある。だが肝心の穀物がないのは致命的だ。早急なカロリー源の確保が課題である。
妖怪ならば、こんなみみっちい心配はしなくていいのに。
ただの生物である人間とは違って、妖怪の存在は精神的な側面に大きく偏っている。物質としての食料がなくとも、そう簡単に死にはしない。
たまに彼らが人を襲って食うのも、それが人間の恐怖をかき立てる手っ取り早い手段だからなのだろう。事実、力ある妖怪はめったに人肉食などしない。その妖怪の存在を、人々が怖れをもって認識してくれればそれでいいらしい。
ま、そんなのはどうでもいい。さっさと身支度を調えて、寒空のさなかへ出かけないと。座して飢えを待つより、誰か食料の余っていそうな知り合いにたかりに行くべきだろう。
下着はいつもより一枚多く着込んでおく。自慢の魔術具、ミニ八卦炉に念を込めて『わずかに加熱』モードにセット、懐に忍ばせる。これが有ると無いとでは寒さ対策に大きな違いが出る。
「よし、いい天気!」
いい天気だったぶん、この朝はめっきり冷えこんだのだけど、お昼近くになってそれなりの陽気にはなってきた。とはいえこんな森の中ではろくに陽は差さない。颯爽と魔法の箒にまたがり、魔理沙は森の木立が見下ろせる高度まで上昇した。
やっぱり霊夢はいいよなあと、やや速度を落として飛行しながら魔理沙は考える。
彼女はよく、自分の神社にまともな参拝客が来ないことを嘆いているのだが……それでいて人々からの尊崇はかなり篤いのだ。この幻想郷において単に『神社』と呼んだ場合、それはおおむね霊夢の博麗神社のことを指す。
魔理沙も幼い頃、母から寝物語にこう教わったものだった。『妖怪たちがあんまり人を襲わなくなったのは、博麗の巫女様のおかげなのよ』と。もっとあとになってから、その裏にはこみ入った事情があったのだと知ったけど。
人々は霊夢を嫌って避けているのではない。行くに行けないだけだ。いつ妖怪の出るかわからぬ山道を抜けて、しょっちゅう妖怪のたむろしている神社まで行ける剛毅な人間など、そうそういるものではなかろう。
だからたまに彼女のほうから人里に顔を出すと、例外なく誰かにつかまっては世間話につきあわされて、そのあと食料などのおみやげを持たされるらしい。特に年寄りほど大量のみやげを渡したがるそうだ。里の爺ちゃん婆ちゃんたちにとって、霊夢はみんなの孫のようなものなのかもしれない。
だったらあいつに飯を恵んでもらおうか、という気にはなれない魔理沙だった。
あまり無茶な要求をされたら、彼女だって腹を立てるだろう。正直に『あるだけ米をよこせ』なんて言ったら、間違いなく帰れと言われる。それでも居座り続けたら今度は弾幕が飛んでくる。
ではもっと下手に出てみてはどうか。彼女と目があったら即座に土下座する。そして涙ながらに訴えるのだ。お願いですから何か食わせてくださいと。
……泣きたくなってきた。
確かに魔理沙はよく博麗神社に遊びに行く。ほぼ日参していると言ってもいい。いっしょにお茶やらお酒やらを飲んだり、あるいは料理をおすそわけしてあげたり、逆になにか食わせてもらったり。
あくまで、そういう対等な関係が望みなのだ。
今の魔理沙の窮乏を知れば、きっと霊夢は同情してくれるだろう。表面上は無関心を装いつつも、なんとか助けてやろうと裏で手を回してくれるのだろう。そしてあとで感謝の言葉を述べても、『自分は知らない』と言い張るのだろう。
そこまで予測できておいてほいほい甘えられるものか。
あるいはそう、もう一人の巫女。東風谷早苗だってけっこう恵まれてるよなと、魔理沙はあてもなく飛びながら考える。
人里からの交通の便において、早苗の守矢神社は霊夢以上に絶望的だ。しかしそのぶん妖怪の参拝者は多い。
以前、彼女が大量の肉と野菜を蔵に運びこんでいるのを目撃したことがある。聞くと、天狗がお遊びで仕留めた熊の肉と、河童が水耕栽培で育てた野菜を奉納してもらったのだという。
まったく現金な奴らめ、という感想をそのとき抱いた。
おおむね信心深い人間たちとは違い、たいがいの妖怪は現世利益しか求めていない。普段からお供え物でもして信仰心を蓄積しておけば、いざ神頼みをする時の成功率も上がるだろう――そういう見返りを期待したうえで、早苗たちに食料を奉納しているのだ。
神代の昔から名高い守矢の軍神ならば、弾幕必勝祈願のご利益もあらたかであろう。早苗たちが提供しているサービスは、現代の妖怪たちのニーズにマッチしていると言える。
「贅沢なんだよ、あいつ」
などとつい独り言がこぼれてしまう。
数年前に外の世界から来た早苗と、生まれも育ちも幻想郷の魔理沙とでは、生活習慣にかなりのギャップがあるとは感じていた。
早苗は言う。信仰獲得のため神様についてきたけれど、はじめはここの生活がつらかったのだと。今でもたまに、便利な機械に囲まれて暮らしていた頃のことを思い出すのだと。
ではそんな暮らしとはどんなものかと、詳しく聞いてみて魔理沙は驚きを隠せなかった。
外の世界では、衣服を洗うのに手を濡らす必要などないという。洗濯をする時は、まず服と洗剤を洗濯機械に放り込む。しばらく待ってから、取り出してたたんでタンスにしまう。以上。
ご飯も機械で炊くと聞いたが、料理は全部機械まかせかと質問したところ、『大量生産した食料は体に悪い。時間がないときは仕方なくそれを買っていたけど、やっぱり手造りが一番』とのお答えであった。ご立派なことだ。
部屋が寒いときには、室温調節機の設定温度を上げる。暑いときはその逆。しかしいくら便利だからといって、その機械を皆が使いすぎると自然界の気温までもが変わってしまうらしい。ある程度で自重するのが大事なのだろう。
噂に聞いていた携帯電話という機械も、故障せずに動いているのを初めて見せてもらった。あいにくと、誰の声も聞こえはしなかったが。幻想郷は電波結界の圏外だから、とのことだった。遠隔通話の術ごときなら、魔術や妖術でも十分に実現可能である。さして珍しくはない。
そんなことより、魔理沙を真に恐怖させたのは早苗の次のなる告白であった。『トイレにあれがないと、どうも不潔な気がしてしまうんですよね』と。
『あれ』とはなんなのか、なぜか妙に恥ずかしがる彼女から聞き出して、知ってしまったことを後悔した。
それは、洋式便器の便座に取り付けられた温水射出装置であるという。用を足したのち、その水鉄砲によって局部を洗浄するのだという。
そんな奇怪な拷問器具のついた厠など誰が使うか。仮にも嫁入り前の娘さんがそんな責め苦を受けたら、その、なんだ、もうお嫁に行けなくなってしまうではないか。別に自分は誰とも結婚なんて考えてはいない。だがしかし、嫁に行かないのと嫁に行けないのでは大きな違いがあるんじゃないのか。
いくら便利だろうと、やはり外の世界はおっかないところだ。自分は汚れを知らぬ幻想郷民でよかった。そう結論せざるを得ない魔理沙だった。
物思いにふけりつつ飛んでいるうち、だいぶ高度が落ちてきてしまった。だんだんと人里が近くなってきたこともあり、田畑の中に農家がぽつりぽつりと見えてくる。その庭先で遊んでいた子供らが手を振ってきたので、魔理沙も手を振り返してやった。
さて、なんのあてもなくまっすぐ進んでいたらここまで来てしまったが、これからどうしたものか。
今のちょっと情けない状況を、人様に大々的に知られたくはない。ここは人里で短期の仕事を探してみるのも悪くないだろう。今の知り合いはほとんど妖怪だし、里ならそれらにみつかる危険も少ないはず。
しかしひとつ大きな問題もあった。人里には、魔理沙が決して顔を合わせたくない者たちが暮らしているのだ。もう何年も会っていない家族、特に父親だ。一方的に家を飛び出してきた身として、親類縁者や店の者たちには顔向けがしづらい。
自分がひとりだちする前の歴史なんて、できれば無かったことにしてしまいたいのだが……
歴史?
ふと魔理沙は思案する。歴史といえば、そうだ、あいつがいたんだった。人間との交流の深さでは並ぶ者のない半妖怪。彼女ならいい働き口を知っているかもしれない。
――
教師は唱える。
「子、曰ク」
生徒たちは一斉に復唱する。
「し、のたまわく」
軒先のすぐ上に浮かんだ魔理沙の耳に、室内からこのような声が聞こえてきた。
「學ビテ思ハザレバ則チ罔シ」
「まなびておもわざればすなわちくらし」
「思ヒテ學バザレバ則チ殆シ」
「おもいてまなばざればすなわちあやうし」
こりゃいかにも『寺子屋』って感じの授業だなあ、という感想を抱く。
「うむ。ではひとりずつ暗唱しなさい。自信がない者は教本を見て構わないぞ」
この言いつけ通りに、子供たちはすらすらと、あるいはたどたどしく論語の一説を唱えていく。そのあいだ私語は一切ない。お行儀がいいものだ。もしくはこの先生のおしおきがよっぽど怖いのか。
「よろしい。ここで言う『学ぶ』とは、ひとの考えを教わるという意味だ。言葉で教わることもあれば、書物を読んで学ぶこともある」
幼いころ、魔理沙は寺子屋には通っていなかった。読み書きソロバンなら店の者が仕事の合間に教えてくれた。『お嬢さんはもの覚えがいい』と誰からも褒められた。
そのうち店員たちから教わることがなくなると、今度はたくさんの本を買ってもらった。読書の世界は偉大だった。あるときは美しいお姫様にあこがれ、あるときは海賊のお宝を探す大冒険に思いを馳せた。時には、狡猾なトリックを暴く名探偵になりきってみたりもした。
「――また、ここで言う『思う』とは、自分の頭で考えることを指している。世の中のあらゆる物事に対して、それはなぜなんだろうと思う。きっとこういうわけがあるのだろうと思う。そのような心の働きのことだ」
じきに魔理沙は物語の世界だけでは満足できなくなってきた。まだ見ぬ広大な世界が、自分に探索されるのを待っているのだと考えるようになった。
けっこうな箱入りお嬢様として育てられた環境が急にうっとおしく思えてきて、何度も店を脱走しては町内探険の旅に出た。自分以外の誰にも価値のわからない宝物を集めては、秘密の隠し場所に運び込んだ。
最終的には父の知り合いの道具屋にたどり着いて、そこに母か店の者が迎えに来るのがお決まりのコース。
「それではこの、学ぶことと思うこと、どちらが大切だと思うか」
この問いに答える生徒はいなかった。それはそうだ、設問自体が意地悪なのだから。
「……うむ、よろしい。今のは答えなくて正解だぞ。どちらも同じぐらい大切だからな」
いつまでも浮遊しているのが面倒になってきて、魔理沙はそっと屋根の端のほうに寝そべった。やっぱり今日はいい天気だ。風もほとんどない。
「学びて思わざれば暗し。教わったことをその通りに覚えるだけでは、本当に賢くなったとは言えないのだな。今おまえたちに言わせた言葉にしても、ただお経のように唱えればいいというものではない。ちゃんと意味を考えなくてはならない」
いまにして思うに、魔理沙の両親は時に厳しく、時に優しかった。主に厳しさ担当が父親で、優しさ担当が母親。まずもって円満な家庭だったと言える。
あのまま両親の言いつけ通りに暮らしていけば、平凡だが幸福な人生が待っていたことだろう。それが悪いことだとは言わないけど。
「思いて学ばざれば危うし。自分勝手な考えばかりでは何もうまく行かない。ちゃんとひとの話を聞かなくてはいけない。そういう当たり前のことだな」
いくら星に願ったところでお姫様になれるはずもない。だからお姫様の次に素敵な職業、魔法使いを目指すことにした。恐るべき単純思考。
意を決して荷物をまとめ、魔理沙は単身、魔法の森へと乗り込んだ。空も飛べない真人間の小娘のくせに、自分には並外れた魔術の才能があるはずだと信じて疑わなかった。家族も店の者たちも、またいつものことかと思ってすぐには家出娘を探さなかった。
「つまりは、ただ人任せでもわがままでも駄目だということだな。その中間にある道、中道こそ、我々の歩むべき正しい道である。そのような教訓がこの格言には込められている」
夢見がちな少女の、あの無謀な冒険の旅は、丸一日もたたないうちに終わりを告げた。森の障気を吸い過ぎたせいで、ろくに身動きが取れなくなってしまったのだ。
霧雨の降る真っ暗な森の中、手足は重く目はかすみ、次々と家族や知り合いの顔が思い出されてきた。あのまま放っておかれたら確実に御陀仏だったろう。たまたま本物の魔法使いに拾ってもらえたから助かったけど。
「では次の段。子、曰ク」
「し、のたまわく」
……本当にただの偶然か?
あのとき、朦朧とした意識の中でみつけた家明かり。それを一目見て、あれが魔女のすみかに違いないとなぜか直感できた。もはや立ち上がる力も無かったけれど、必死で這いずって身を進め、扉を叩いた。
あのとき、死にかけの魔理沙の周囲には複数の『なにか』が潜んでいた。爛々と光る目玉で物陰から少女を観察し、互いにこそこそと会話していた。その正体はきっと、愚かな迷子を取って食おうとする妖怪どもだったのだろう。
なぜやつらはすぐ襲いかかってこなかったのか。
たぶん恐れていたのだ、あの館に住む亡霊魔女のことを。『もしかして、この人間はあの家に呼ばれてるのか』『やつの獲物を横取りはまずいぞ』『こいつが動かなくなったら食おうじゃないか』などという相談をしていたのかもしれない。
ま、それをいまさら問い正したところで、師匠は何も答えてくれないのだろうけど。そもそも彼女が今どこにいるのかも知らないし。しばらく共に暮らしていた魔女の館も、今ではすっかり自分が占領してしまったし……
「せんせー。誰か屋根で寝てます。せんせー」
わいわいと子供らが騒ぐ声で魔理沙は目を覚ました。もう授業は終わったのだろうか。いや、まだ日は高いし、合間の中休みといったところだろう。
うんと伸びをして、それから勢いよく上体を起こして寺子屋の屋根から飛び降りる魔理沙。空中で一回転しながら、宙に浮く箒に腰掛けて静止した。
「やあ慧音、おまえの講義は本当に眠たくなるな。感謝しとくぜ」
生徒たちはぽかんとしてこの乱入者を見つめていた。ただひとり、半人半獣の歴史家にして教師、上白沢慧音だけはしかめっつらをしていた。
「おまえたち、こういう平気で人を嫌がらせる人間になってはいけないぞ。先生との約束だ」
生徒たちは慧音を見て、魔理沙を見、あるいはお互いに顔を見合わせたりしたのち、口々に『はーい』と答えた。
「おいちょっと。このぐらいただの挨拶だろう」
「ごく普通の挨拶だろうな、妖怪同士なら。おまえはそちら側に染まりすぎだ、霧雨魔理沙」
非難めかした口調の慧音になにか言い返してやろうと思った時、子供たちの間でわっと歓声が上がった。
「マリサだ!」
「本物だ!」
「ねえ魔女様、どうやって飛んでるの?」
「弾幕撃ってよ、弾幕!」
一斉に身を乗り出して問いかけられ、魔理沙は空中で軽くあとずさる。
「お? ええっ? なんだおまえら。どうして私を知ってる」
慧音は先ほどまでの表情から一転して、にやついた顔になっている。
「ほう。ご存じなかったとは」
「なにがだよ。ほら、どいたどいた」
寺子屋の縁側近くに詰めかけた生徒らを軽く追い払い、魔理沙は教室内に上がりこんで慧音に詰め寄った。その様子を生徒たちは興味津々で注視している。
「いつのまにか有名人にされてるみたいだが。ガキどもに何を吹きこんだ」
慧音も教卓から立ち、大げさに肩をすくめる。
「私は別に――おまえたち、霧雨魔理沙をどこで知った」
彼女が周囲を見まわすと、一斉に答えが返ってくる。
「人形劇!」
そして生徒たちは魔理沙を取り囲んだ。
「見たこと無いんですか?」
「すっげーんだよ。人形がビューンって飛んで、魔法がバーンって鳴って」
「箒さわっていい? ねえいい?」
下手に敵陣深く踏み込んでしまったせいで、魔理沙は完全に逃げ場を失った。
「人形劇ぃ? あいつか、犯人はあいつか。っておいこら、勝手に触るんじゃない」
慧音は笑いをこらえきれず、軽く吹き出している。
「ふふっ、大した人気者だな」
勝手に箒をつかんだ子の手を手加減して叩いてから、魔理沙はさらに慧音に詰め寄った。
「こいつは肖像権の侵害だぜ」
「私に言われてもなあ。そうそう、劇自体はなかなかよい出来だったぞ」
知るか、と小声でつぶやく魔理沙。
人形遣いの魔法使いといえば、該当する知り合いなぞひとりしかいない。そういえば以前彼女から、最近人里で人形劇をやっていると聞いたことはあるが、まさか内輪ネタを上演しているとは。思わず舌打ちする。
「慧音、ひとつ教えてくれ。その劇の私はどんな扱いなんだ」
「うむ、聞いて驚け。『七色の人形劇場』において、『白黒の魔女』は副主人公だ」
おお、と魔理沙は思わず声を上げる。自分がモデルになっているらしいキャラクターが、しがない脇役だとか間の抜けた悪党だとか、そういう扱いでなくてほっとした。
だが副主人公とはなにごとか。副という字がすごく気になる。そう思っていた矢先、ひとりの少女が魔理沙のスカートをくいくいと引いた。
「ねえ魔女様。本当の魔女様も、本当の巫女様と仲良しなんですか」
「うん? 霊夢の神社にはよく行くけど。というか、その話では巫女が主役なんだな」
聞かれた子は、うんうんと言って深く頷いた。おおむね予想のついた答えだ。自分を差し置いて主役を張れる人物など、彼女以外に認められない。
「じゃあじゃあ、巫女様と一緒に、吸血鬼の姉妹をやっつけたってのも本当ですか」
「は?」
唐突に聞かれ、魔理沙は硬直する。
「……どういう筋の芝居なんだ、それ」
はいはいっと生徒たちの中から手が挙がる。
「ええとね、赤い屋敷に住んでる悪い妖怪がね、赤い霧を出してみんな困っちゃうんだよ、それでね……」
興奮して語る少年の後ろから、別の少年が口をはさむ。
「そういう劇なんだろ。全部ホントなわけねえよ」
「違う、ホントだってお姉さんが言ってた!」
勝手に喧嘩が始まりそうになったので、とりあえず魔理沙は二人のそばに歩み寄り、両者の頭を同時に軽く小突いてやった。
「細かい所は知らないが、おおむね実話っぽいなそりゃ。私が出た劇ってのはそれだけか」
すると年少の生徒がやってきて、魔理沙の服をつかむ。
「つぎはね、あれでしょ、けーねせんせーがでてくるの」
「それは三番目の、かぐや姫のお話だよ。二番目はあの世の幽霊屋敷の話でしょ」
得意げに説明する女の子を押しのけて、さっきの少年が質問する。
「じゃあさあ、吸血鬼の屋敷でいつも泥棒してるってのも、本当なんですかー」
魔理沙の頬がひくりと動く。そんな不名誉な噂を吹聴されてはたまらない。
「人聞き悪いこと言うんじゃない。どうせあいつらは寿命が長いんだ、私が死ぬまで借りとくだけだ」
生徒たちはどよめき、盛大に拍手する。
「本物だ!」
本物だ、本物だという声が上がる中、慧音もそれに混じって笑っていた。
「ほとんど同じ事を、劇のおまえも言っていたぞ。なんというか、よく観察しているものだな」
うっせえやい、と魔理沙はぼやく。やっぱ泥棒じゃん、と少年もぼやいた。こいつにはもう一度おしおきが必要だと思い、魔理沙が拳を掲げてみせたところで慧音が口出しする。
「やめんか吾郎太。それで魔理沙、今日は何の用だ。まさか昼寝しに来たわけでもあるまい」
おうよ、と答えてから魔理沙は周囲を見回す。子供たちはまだまだ興味ありげに彼女を見つめている。
「こいつらがいたんじゃ収拾つかないな。またあとで」
日も暮れたのち、魔理沙は再び寺子屋に顔を出して慧音に自分の近況を語った。
「ふむ。つまり食い詰めて困っているからなんとかしろと。そういうことか」
「そうはっきり言うなよ。まあその、そうなんだけどさ」
話を始める前、慧音に『他人には黙っていてくれ』と念を押しておいた。彼女なら約束を守ってくれるだろう。
「単に働き口というのなら、いくらかあてはあるが……」
慧音は口を止め、魔理沙の表情をうかがう。
「なんだよ」
「いや、おまえには無理だろうなと」
魔理沙は膝立ちになる。
「決めつけることないだろ。どんな仕事だ」
この反応は予想がついていたのだろう。慧音は平然として話を続けた。
「農家の場合、今の季節は内職をしている家が多い。縄ないだとか、椀物の漆塗り、あるいは機織りだとか。職人ならば季節は関係ないな。私の知り合いには鍛冶屋でも床屋でもいる」
腕組みして魔理沙はうなる。
「地味な商売ばっかりだなあ。ぱっと稼げるとこはないのか」
「そう言われても。ああ、商売人のところはやめておこう。なんだかんだと理由をつけて、結局は断られるのが目に見えている」
「どういう意味だ。私じゃ問題あるのか」
慧音は目を細め、横目で魔理沙を見る。
「おおありだろう。近頃うわさの白黒魔女が、あの霧雨店の不良娘だというのは知れ渡っている。同業者ならおまえの父君に遠慮するのが当然だ」
いきなり実家の話を持ち出され、魔理沙はむすっとした顔になる。
「そうかい。じゃあ農家あたりでいいや、明日案内してくれよ」
まだ憮然とした表情の魔理沙に向かって、やはりまだ細目のままの慧音が告げる。
「かまわないが、ひとつだけいいか。私の口利きで奉公に出るのだぞ、最低でも三年は勤めてもらわんと、こちらの体面が立たない」
ぎょっとする魔理沙にさらにたたみかける慧音は、明らかに苛立っていた。
「なにを驚いている。働くというのはそういうことだ。おまえもいい年頃だし、そこで良い主人を見つけるといい」
「ふざけるな、そんな相談しにくるわけないだろ。今だけの話だよ」
慧音はすっと息を吸い正面を向く。
「ふざけているのは魔理沙、おまえのほうだ。今すぐ簡単に稼げる話など、そこらへんに転がっているものか。みな今日を生きるため地道に働いているのだ」
魔理沙はわずかに口ごもり、すぐに反論する。
「そんな普通の生き方してたら、魔法の研究ができないだろ。魔法使いが魔法を使わなかったら、それこそ世の中の無駄じゃないのか」
慧音は頷く。真剣な瞳も変わらない。
「自分には才能があるから、平凡な暮らしは無意味だと言いたいんだな。確かにその通りかもしれない。だったら悪いが、私ごときではおまえの助けになれない」
皮肉っているような言葉だが、慧音の表情には嘲笑の色などなかった。彼女は本気で、わがままな小娘に世間の風というものを教えようとしているらしい。
両拳を両膝にあて、魔理沙は口元を震わせる。
「……ったよ」
「ん?」
「わかったよ、悪かったよ。世の中そう甘くないって言いたいんだろ」
親身に相談に乗ると見せかけて、突き放した言いかたをする慧音には腹が立った。まるで子供あつかいされているみたいで……事実、彼女にとって魔理沙はほんの子供に過ぎないのだろう。いますぐ弾幕をばらまいて暴れだしたい気分だったが、それではますますガキだと思われてしまう。
「私に似合う仕事なんか知らないと、初めからそう言ってくれりゃいいだろ」
魔理沙は立ち上がって慧音に背を向け、立てかけておいた箒を手に取る。その背後から声がかかった。
「そうむくれるな。思ったよりは大人の対応ができるじゃないか」
不機嫌顔で振り向くと、慧音は軽く笑みを浮かべていた。
「おまえのことを、稗田殿が探していた」
「ヒエダ?」
魔理沙は一瞬だけ考えて、それが知り合いの苗字だと思い出す。
「阿求か。あいつがなんの用だ」
「さあな。明日にでも本人に聞いてみるといい」
――
稗田阿求。人間の歴史家、いや、妖怪研究家と呼ぶべきか。この幻想郷における山海経、幻想郷縁起を著すために生まれてきた少女。
歴史を愛し、歴史に生きている慧音とは違って、求聞持たる自分にとって歴史とは現在をより知るための資料に過ぎない――と、以前本人が言っていた気がする。
もう数年前のことになるだろうか。魔理沙は霊夢と一緒に彼女の屋敷へ招待された。そして、かつて自分たちが解決した異変についてあれこれと尋ねられた。
最後にはけっこう酒が回っていたから、余計なことまで言ってしまったかもしれないと心配していたのだが……出来上がった書物を見たら、二人とも『人間の英雄』として記載されていた。あれは少し気恥ずかしかったものだ。
その阿求がまた自分になんの用だろう。あのあとまた妖怪がらみでいろいろと事件があったから、その聞き込み調査がしたいのかもしれない。
だったら今度は謝礼をもらわないとな、と考える魔理沙だった。なにせあちらの家は人里でも有数の地主だ。その秘蔵っ子の主宰する文化事業に貢献してやろうというのだ、それなりの金銭または食料を要求しても文句あるまい。
などと思案しながら、魔理沙は稗田邸の前に降り立った。
「あっ……これは霧雨様、お待ちしておりました」
本日も晴天なり。日も高くなりかけた時刻に、門前を掃除していた使用人が魔理沙を見て丁寧にお辞儀をした。
「あれ、もう伝わってるんだ」
「はい。今朝がた上白沢様がお見えになったそうで、今日は霧雨様がお越しになるとうかがいました。さ、こちらへ」
案内されるがままに魔理沙はついていく。
上から見ていてもわかったが、ここもけっこう広い所だ。単なる面積で言ったら冥界の亡霊屋敷のほうがよほど大きいのだろうけど、あちらはいつも薄暗くて湿っぽいところだから、住むならこっちのほうが快適そうだ。
「求聞持はただいま身支度しております。こちらでお待ちいただけますか」
「あ、うん」
客間まで案内されてそう問われ、魔理沙ははっきりしない返事をした。
「お茶を用意いたしますので、しばらくお待ちください」
使用人はまたも深く頭を下げて、部屋から辞去しようとした。
「ちょっと待って――」
はい? と答えて彼女は立ち止まる。
「ええと、おばちゃん? 名前、なんて言うの」
妖怪相手にならいくらでも軽口を叩けるのだが、純然たる真人間の、しかも明らかに年上の相手に対してはちょっと腰が引けてしまう。
「これは失礼しました。志乃と申します」
「うん、じゃあ志乃さん。そんなにかしこまらなくていいよ、私にさ」
彼女は軽く目を開いたのち、笑顔に戻る。
「何をおっしゃいます。霧雨様は大切なお客人、しかも求聞持の認めた益荒男です。もっと堂々としてくださいませ」
「マスラオ? ううむ……いちおう乙女のつもりなんだけど」
言ってて自分でも恥ずかしかった。つい目をそらしてしまう。
あらすみません、となんだか楽しげに言う彼女に、魔理沙もつられて笑ってしまった。こういうおばちゃんには勝てないなと内心で敗北を宣言する。
「入りますよ……あれ、なんの話をしていたの」
部屋の襖戸がわずかに開き、外から声がかかった。戸を開けて室内を見渡すなり、稗田阿求は不思議がる顔になった。
「なんでもないよ」
「なんでもありませんよ。いまお茶をお持ちしますね」
そう言って会釈して、使用人は辞去していった。
「いやあ、面白いおばちゃんだな」
「確かにお志乃さんは楽しい人ですけど。ともかく、今日はお越しいただいてありがとうございます」
阿求が畳に手をついて頭を下げると、魔理沙は両手を横に振った。
「おまえもかよ。いいって、そんな大げさな挨拶」
阿求はきょとんとした顔になったあと、わずかに微笑む。
「あらそう、じゃあ気遣い無しで行こうぜ……なんてね。冗談です」
今度は魔理沙があっけにとられた顔になり、阿求をいぶかしむ視線を向ける。
「それ、まさか私の真似のつもりか」
「……すべりましたか。すべりましたよね、忘れてください」
そう言って阿求は恥ずかしげにうつむいた。その様子を魔理沙がぼうっとして眺めていたら、顔をあげた彼女と目が合った。
「いや、どうでもいいんだけど――」
こいつもお人形さんみたいな女だよなあ、という感想を魔理沙は抱いていたのだが、それをいきなり言いだすのも恥ずかしい。
あの人形遣いの魔女も、本人自体が洋人形みたいな容姿だけど、ならばこっちは和人形だろうか。まあいい。
「私に用があるんだろ。また取材か」
「あ、はい、そうなんです。近いうちにまた、あなたか霊夢さんのお話をうかがいたいなと思ってまして」
「ふうん。そんなの慧音に言わなくたって、直接聞きに来いよ」
なんの気なしの発言に、阿求は困り顔になる。
「一般人が気軽に散歩できる場所じゃありませんよ、魔法の森にしても、博麗神社にしても。本来は妖怪の領域に人間が暮らしているというだけで、常人にとっては驚きなんです」
ふうん、と気のない返事をする魔理沙。内心ではどうやって謝礼の話を切り出そうか考えを巡らせていたのだが、いまそれを気取られるとまずい。表面上はただの世間話を取り繕う。
「でもおまえは常人じゃないんだろ。鍛えてみたらどうだ」
阿求はなにか諦めたような顔で、ふっと息をつく。
「確かに私の霊力は人並み以上です。飛行したり、霊撃を放ったりも不可能ではないでしょう」
「おっ。だったら弾幕やろうぜ、弾幕。私が教えてやるよ」
ぐっと身を乗り出した魔理沙に、阿求は両手で押し返す仕草をする。
「いやちょっと、ご存じでしょう。この力は私の寿命を犠牲に得られたものです。弾幕ごっこなんてしたら、その場でぽっくり逝っちゃいますよ」
「ううん……健康上の理由じゃ仕方ないな。やりあってこそわかる世界があるんだけど」
魔理沙先生の弾幕講座作戦、失敗。
さっきの使用人がお茶を持ってきた。熱すぎず、ぬるすぎずの適温だった。優秀な従者って意外とどこにでもいるものだな、なんて感想を抱く。
お茶をちびちび飲みながら阿求は語る。
「誰もが武芸者になれるわけではありません。私には縁起編纂の使命があるのです」
「残念だな、素質ありそうなのに。あの本も完成したことだし、おまえにとっちゃもう余生みたいなもんだろう」
あえて話をそらしてみた魔理沙に、阿求はゆっくり首を横に振る。
「幻想郷縁起は永遠に未完結の書です。できる限り改訂を続けないと。実際、まだ書き足す事も多いですし」
「ほう。私はむしろ、よくあんな細かく調べたもんだと思ったけど」
水を向けられて、阿求は喜んで語りだす。
「そう言ってもらえると嬉しいです。でも私としてはまだまだなんですよね。初版では幻想郷の妖怪に重点を置きましたけど、その他の記述はおざなりになっています」
「あれは妖怪の解説書なんだろ。十分じゃないのか」
「かつてはそれが重要でした。人々に害なす存在を暴く、それが稗田の使命ですから。しかし人と妖の関係も変わりました。人型をした人ならぬ者たちについて、今後はより幅広い理解が必要と思うのです」
自信満々に語る阿求。なるほどね、こりゃ弾幕に誘っても乗ってこないわけだと魔理沙は納得した。
自分なら、新しい魔法を研究する時は本当にわくわくする。こいつの場合、こうやってあれこれ調査したのをまとめている時に、似たような気分になるのだろうと。
「妖怪以外の連中と言うと、たとえば」
「そうですね、英雄伝の章は項目の見直しが必要です。特に迷いの竹林の住人について。当時は調査が不足していましたから、とりあえず彼女らを人間に分類したのですが……」
「あいつら、人類の限界なんかとっくにぶっちぎってるぞ」
「そのようですね。人間の亜種として、蓬莱人という項目が必要です。同様に半人間や外来人についても、幻想郷人の亜種として分類しなおそうと思っています」
語りだしたら止まらない阿求の前で、魔理沙はやや首をひねる。
「それはいいが、あいつらにも『友好度』だの『危険度』だのと評価をつけるのか」
阿求は膝を崩し、横目で思案する。
「人間以外を記述するとなると、そうなりますねえ。ご本人が気を悪くしないといいけど」
「妹紅なんかは怒りそうだな。人間やめたの後悔してる節もあるし」
やや見つめあったあと、魔理沙がぽんと手を打つ。
「そうだ。私らだけ特別扱いするから良くないんだよ。みんな同じ書き方なら文句あるまい」
阿求は軽く首をかしげ、それから頷く。
「うん、いいですね。『霧雨魔理沙 友好度:高 危険度:極高』とか」
はしゃいだ様子になる阿求を、魔理沙はじっとにらむ。
「なんだ、私はそんな危険人物に見えるのか」
魔理沙は唇を尖らせて頬杖を突く。極めて危険と言いきったわりに、阿求は動じなかった。
「弾幕ごっこという土俵の上で、あなたに確実に勝てる者などいません。その強大な力はあくまで魔理沙さん個人のものであり、誰かがいいように利用できるものではない。そのように定義しておく必要があります」
眉をひそめて魔理沙は考える。しかし結論がまとまらなかったので聞いてみた。
「んー。つまり、私は危険な女だってことにしとかないと、あとあと舐められる。そこんとこ気を使ってくれてるのか?」
「……そんな感じですね、おおむねは」
その後しばらく、二人はああだこうだと話し合った。なにごとにつけ知識豊富で、それでいて出しゃばらない阿求と話すのは意外に楽しかった。魔理沙はいつしか、時間もここに来た目的も忘れていた。
「やはり次版の英雄伝には、東風谷早苗さんを加えたいですね。外来人ではありますけど、こちらにすっかり定着してるみたいだし」
「あれはなじみすぎだろホント。会ったばっかりのころは、わりとおとなしいやつかと思ったけど。最近じゃ喜んで妖怪を蹴散らしてるぞ」
「うーん、盲信とは恐ろしいものですねえ……あ、早苗さんは本当に素敵なかただと思いますよ。ただちょっと、神様の話になると急に活き活きしだすのが、なんだか怖いというか」
と言って阿求は少しだけ視線を落とし、また魔理沙を見る。なんだ、と魔理沙は答えた。
「いえ。やっぱり一度、ご本人の話を詳しく聞きたいなと思って。外の世界の暮らしにも興味あるし」
「早苗ならたまに買い出しに来るだろ。そんときつかまえたらどうだ」
「それはもう試しました。でもあのかたが里に来るのは、なにか用事のあるときだけですから。それを長々と引き留めるのは気が引けます」
またも阿求は目を伏せ、ちらりちらりと魔理沙の顔色をうかがう。
「本当は、妖怪の山まで行けたらいいんですけどね。でもあそこも人間が立ち入れる場所ではありません。私なんかでは天狗に追い払われるのが落ちです」
「だったらそんなの――」
そんなの私が送ってやるよ、と言いそうになって魔理沙は口をつぐんだ。危ない危ない、ここで安請け合いしてしまってはタダ働きだ。
「そんなの、神社の参拝に来ましたとか言えばいい。天狗だって神様の客を追い返しはしないさ、たぶん。気が立ってなけりゃ」
「私は体が弱いのです。たとえ天狗が通してくれても、山道を長く歩いたら体調を崩すかもしれません」
やっぱりまだちらちらと魔理沙に視線を送りながら、阿求は胸元を押さえて横たわるふりをする。
「ああ。もしも私が、いつでも好きなところに飛んで行けたら。妖怪を恐れなくていいほどの力があれば、調査もずいぶんはかどる事でしょう。ねえ魔理沙さん」
「聞こえんなぁ。最近耳が遠くなったかもしれない。私にわかるように言ってくれ」
阿求はきちんと正座しなおして、襟元を正してまっすぐ前を向く。
「手ごわいですね……では魔理沙さん、お願いします。幻想郷縁起改訂の取材のため、私に協力していただけませんか」
魔理沙もきりっとまじめな顔を作る。
「おう。助けてやるぜ。報酬次第で」
「前払いとして、白米一斗でいかがでしょう」
間髪いれずに報酬の話を切り出され、魔理沙はしばし面食らった。
白米で一斗? 米だけ食べても余裕で一ヶ月以上、実質二ヶ月近くはもつ量だ。それが前払いとはえらく気前のいいクライアントだ。
「成功報酬は」
「さらに三斗。あなたの故意または怠慢による執筆の遅延がない限り、ふた月以内にお渡しします」
文句なし。ここまでうまく話がつくとは。
「よし乗った。これからよろしくな、阿求」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。魔理沙さん」
魔理沙の差し出した手を、阿求はしっかりと握り返す。いまこの時をもって、両者の間に労働契約が締結された。
「そうだ、ひとつ教えてください」
握手を離してから、阿求はやや遠慮がちに尋ねる。
「単に私の好奇心なんですけど、今まではどうやってご飯を食べていたんです? 森で取れる食糧にも限度がありますよね」
「まあ色々かな。頼まれて妖怪退治してみたり、賭けで巻き上げたり……ん?」
眉をひそめ、阿求をにらみつける。
「なんでおまえが、うちの台所事情を心配する」
そもそも、報酬としていきなり『米』が提示されたのがおかしい。普通なら金を払う所だろうに。
「慧音か。あいつがばらしたのか」
わざとらしく阿求は笑顔になる。
「いやですねえ、これはお告げですよ魔理沙さん。聖なる霊獣のもたらした神託により、私はあなたの苦境を悟ったのです……今朝がた」
「今朝かよ!」
道理で話がうますぎたわけだ。こもりきりのお嬢様をカモにしてやるつもりが、逆にむこうの思惑通りに事が運んでいたとは。
「黙っていてごめんなさい。でも私は本当に、魔理沙さんが来てくれて助かったから」
すがるような目でそう謝られては、もう怒るに怒れない。慧音だって相手が阿求だから事情を話したのだろうし。
「別に怒っちゃいないけど。それで、私になにが聞きたいんだ」
はいっ、と答えて阿求はまたぱっと笑顔になる。そんな顔されたら、ついまた気を許してしまうじゃないか。こいつ意外にも強敵だった。気づくのが遅かったか。
「さきほど、賭けをしたとおっしゃいましたけど、それは妖怪と?」
「ああ……いや、あいつは人間と幽霊で半々か。飼い主のほうは十割がた霊体だし、意外にも妖怪成分はゼロだ」
「ふむ、冥界のかたがたですね。それはいつ頃で」
魔理沙は春先のできごとを思い出しながら語る。
今年も冥界の素晴らしい桜並木を肴に、何人もの顔見知りが集まって宴会を始めようとしていた。だが開始の直前に、そこの半幽霊の庭師と勝負をすることになった。
決闘に至った直接の理由は覚えていない。ちょうどその頃、魔理沙は新しいスペルをいくつか開発したばかりで、誰でもいいからその威力を試してみたかった。あの戦いでは相手のほうも見たことのない技をいくつか繰り出してきたし、たぶん彼女も魔理沙と似たような事情で勝負に乗ったのだろう。
お互いにとっては恨みっこなしの練習試合。その他の者にとっては、乾杯のあいさつ代わりのちょっとした余興……だったのだが。
「大階段の上で妖夢と向かい合ってさ。さあやるぞって気合いを入れてたら、幽々子が『なにを賭けるの』って言いだしたんだ。だからとりあえず『米十俵』って言っておいたんだけど」
今思い出しても、あれはかなりいい勝負だった。どちらかの二本先取と決めて、一本目は難なく勝利。しかし二本目は思わぬ猛攻によって敗北。最後の一本は接戦で長引いたが、撃破されるぎりぎりの所で先に相手が力尽きた。あの時の勝利の美酒は格別だった。
興奮気味に語る魔理沙に対し、阿求の表情は固くなっている。
「それで、魔理沙さんは代わりに何を賭けたんですか」
「ん? なんだっけ。ああそうだ、好きにしろって言ったけど」
そう聞いて、阿求は大きく目を見開く。
「なに考えてるの。正気ですか」
「お、なんだよ。変なこと言ったか?」
額に手をあて、息をつく阿求。
「好きにしろはまずいでしょう。妖怪は約束を重んじます。どんな無茶な要求でも文句言えませんよ」
阿求がなにをそんなに憤慨しているのか魔理沙には理解できなかった。
「無茶なって、たとえば」
「たとえば、そうですね。『あなたを仲間にしたいから死んでちょうだい』とか」
そう聞いて、ぽかんと口を開ける魔理沙。
「ないだろ。確かにあいつら、頭のネジの締め具合を間違ってる連中だけどさ、そんな馬鹿言うわけがない」
阿求は一度目を閉じ、つぶやく。
「私の考えが古いだけ、なのでしょうかね」
まだなにか言いたそうな風だったので、魔理沙は黙っていた。阿求は薄目を開く。
「――千年近く前の縁起には、こう記されていました。『冥界ノ主タル西行ノ娘ハ甚ダ危険也』『唯己ノ喜悦ヲ求メ人妖ヲ悉ク死ニ誘フ魔性ノ亡霊也』と。出会ってしまったが最後、だれかれかまわず皆殺しにされるとまで呼ばれた存在だったのです」
魔理沙はしばらく視線を落としてむっとしていたが、やがて阿求の目を見つめかえした。
「それは昔の話だろ。誰だって若いころは無茶するもんさ」
「はい? そう解釈しますか」
「じゃあほかにどう考えればいい。千年も前のことなんて私は知らない。今のあいつは一緒に酒が飲めるやつだ。それでいいじゃないか」
阿求はしばし茫然として魔理沙の顔を眺めていた。
「なんだその顔」
「いえ。つまり魔理沙さんは……過去の風評にはとらわれず、自分の見聞きしたものを信じるべきとおっしゃるんですね」
「そんな大した考えでもないけどさ。そりゃあいつに限らず、とぼけた顔して裏じゃ色々考えてるやつは多いぜ。でもそれ気にして疑ってたらきりがないだろう。ま、あんまりタチの悪いたくらみだったら、私か霊夢がぶっ飛ばしてやるだけだ」
そう聞いて、阿求は真剣な表情からだんだんと笑顔になる。
「そう。おっしゃる通りですね。すみません、余計なお世話でした」
「なんだ、急に意見変えるなよ。おまえはさあ、妖怪やら幽霊やらを危険だと考えてるんだろ」
阿求はかぶりを振る。
「いえ、少し考えが変わりました。魔理沙さんがいる限りは安心です」
そう言って彼女はぐっと身を乗り出す。
「やはり今の幻想郷は良いところです。そう思いませんか」
「どうした、そんな藪から棒に」
魔理沙の疑問には答えず、阿求は含み笑いを漏らす。
「やはり宣伝してもらって正解でした。魔理沙さんの活躍を、人々はもっと知らなくてはなりません」
魔理沙の眉がぴくりと動く。
「宣伝、だと」
「はい。ここ数年、我々の幻想郷は幾度となく異変に見舞われています。強大な力を持つ人ならぬ存在が、これまでよりはるかに頻繁に姿を見せるようになりました。まるであなたがたという英雄の出現に呼応するかのように」
話のスケールが大きくなってきた。物事をむやみにおおごとにしたがるのは物書きの職業病かもしれない。
「でもひとつ残念なことがあります。巷の噂では、それら異変を解決したのはみな霊夢さんだ、ということになっているのです」
はあ、と気のない返事をする魔理沙。
「皆がそう思うのも無理はないんですよね。私の前世、稗田阿弥の時代から百数十年の間、妖怪退散と言えば博麗の巫女の仕事でしたから」
「知ってるさ。妖怪のほうが気を使って、巫女相手に本気出さなかっただけだろ」
博麗がいなくなったら、あるいは妖怪どもが全力で潰し合いをはじめたら、この幻想郷は崩壊してしまう。
「多くのかたはそこまで知りません。ただ漠然と、妖怪が悪さをしたら巫女様に懲らしめてもらえばいい、というぐらいに思っています」
なにやら浮かない顔つきの阿求に、魔理沙は問う。
「それが、なにか問題か」
すいませんとつぶやき、阿求は魔理沙の顔色をうかがった。
「霊夢さんに比べて、魔理沙さんの評判がいいとは言えないのです」
「私?」
言葉の意味がよく呑み込めなかった。自分がこの話題になにか関係あるのか。
「この里の者たちには、断片的な噂しか伝わっていません。数年前に行方知れずとなった娘さんが、今は妖怪に混じって暮らしているらしいと」
「それが私か? わりと事実だと思うが」
阿求は困り顔で息をつく。
「伝わりかたが問題です。その人間はたいそうな暴れん坊で、妖怪たちも手を焼いているだとか。すっかりお化けの仲間になって一緒に宴会をしているだとか」
「間違っちゃいないな、うん」
「もう、どうしてそう平然としていられるんです。私は納得できません」
いつも物腰柔らかな阿求が、珍しくいらだちをあらわにしている。
「聞いてください。幻想郷というシステムを守るには、妖怪を退治して異変を解決する人間が必要なんです」
「これまた話が大きくなってまいりました」
突拍子もない理論に聞こえるが、魔理沙には彼女の言いたいことが理解できた。
かつて、人間を襲うことができない閉塞感を紛らわすために一部の妖怪たちが始めた遊び――弾幕ごっこ。
人間でありながら、魔理沙も積極的にそれに首を突っ込んでいった。というか、自分が霊夢のライバルとなるように、師匠に仕向けられた感があるのだが……などと考えていると。
「力ある妖怪ほど、現在の状況を歓迎していることでしょう。また昔のように、思うぞんぶん人間をおびやかしてもいいのですから――弾幕ごっこで負けたらおしまいにする、という暗黙の了解さえ守れば」
阿求のまたも熱っぽい解説を、魔理沙は腕組みして聞いていた。
「なあ。思ったんだが、おまえやっぱり弾幕が好きなんじゃないのか」
「うっ……それはまあ、見ていて綺麗だなとは思いますよ」
だよな! と強く同意する魔理沙を押しとどめる阿求。
「あなたは霊夢さんに比肩する弾幕道の達人です。これまでに数々の異変を解決してきた、真の英雄であることに疑いはありません。しかし里の人々はそれを知らず、魔理沙さんの業績は正当に評価されていないと感じました」
「ふむ……それで? さっき、宣伝がどうとか言ったよな」
魔理沙の目つきがだんだんと険しくなっていく。反比例して阿求はだんだんおとなしくなる。
「あー、はい。それでですね、お二人のこれまでの活躍を、わかりやすく人々に伝えられたらいいなと思いまして。特に、これからの幻想郷を担う子供たちに」
「それで?」
「なんで怒るんですかぁ」
「怒っちゃいない。それで」
正面から目をそむけ、ぼそぼそと阿求は告げる。
「……それでアリスさんにお願いしたんです。お二人が主役の、人形劇を」
「おまえが黒幕か!」
怒鳴るように言った魔理沙だが、その顔はもう笑っていた。
「あーもう。余計なお世話だっての」
魔理沙には、昨日からずっと気がかりだったことがあった。人形遣いの魔女、アリス・マーガトロイドが、陰で自分を笑い物にしているのではないか、という暗い疑念が。
だってそうだろう。自分の知らないところで、勝手に自分を登場人物にした劇が上演されていた。いつの間にか子供たちに大人気になっていた。
なんのつもりでそんなマネをしたのか、いっそ本人に聞こうと思ってやっぱり聞けず、昨晩は悶々とした思いを抱えていた。
「実はですね、アリスさんに頼んだ時は断られてしまったんです。そんなの余計なお世話だろう、って」
「はあ。そのわりには、何度も続きものをやってるみたいだが」
「そこはよくわかりません。私もこの作戦は諦めてたんですけど、なぜか巫女と魔女の異変解決シリーズが始まって。どういう心境の変化なのか聞いてみたんですが、うまくはぐらかされてしまって」
と言って阿求は首をひねる。
魔理沙にはなんとなくアリスの考えがわかった。おそらくは、阿求をその件に巻き込みたくなかったのだ。
主役だったらまだいいが、やられ役にされた妖怪からは自分の扱いについて不満の声が上がるかもしれない。その文句がアリス個人に向かって来るのなら、彼女も喧嘩上等の態度で応戦するだろう。
だが阿求の依頼で――つまりは稗田の、人間たちからの依頼で、妖怪を虚仮にする芝居を演じているとみなされてしまったら、無用な敵視を煽ることになる。
だからアリスは、阿求の依頼自体は断った。その劇は自分の趣味で勝手にやっていることだ、という建前にした。
阿求本人がそれに気づいていないのは……妖怪である彼女がそこまで人間に気を使うはずない、という先入観ゆえか。
「ったくどいつもこいつも、いらん気を回してくれて」
そうぼやく魔理沙を、阿求は不思議そうにして見つめていた。
――
そして半月ほどが過ぎた。
当初は、すぐにでも阿求の足代わりとしてあちこち連れて行かされるものと思っていたのだが、まだ事前調査の段階であるらしく、稗田邸に来てくれという依頼は受けていない。
魔理沙が以前地底に潜る時に使った、遠隔通話の魔力を持つ人形。とりあえずはそれを阿求に渡してあるので、いつでも連絡は取り合える。
とはいえさほど大した要件を頼まれることもなく、阿求からのちょっとした質問に答えたり、魔理沙のほうから世間話をふったりした程度。
魔理沙にとってはありがたい状況だ。いつものように魔法の研究や素材採集のかたわら、神社に行ったりその辺を散策したり、はたまた別の知り合いの所に顔を出したりと、しごく気ままに過ごしていられた。
ちなみにあのあと、アリスの家にも遊びに行ってみた。そして単なる世間話と見せかけて人形劇について聞いてみた。しかし敵もさるもの、まるで動揺することなく、しかし肝心な所はぼかした説明しかしてくれない。
なんとかしてボロを出させてやろうとあれこれ聞いているうち、逆に、もう劇の内容を知っていると彼女にばれてしまった。失敗失敗。というか騙しあいで簡単に勝てそうな気がしない。
さて今日はどこへ出かけようか。特に目的がないときはやはり霊夢の所だ。昨日炊いた米をさっさと処分しなくてはいけないし、ここはおにぎりでも作っていくのがいいだろう。具は何にしよう。塩鮭が半端に余っていたはずだから、フレークにして混ぜてみようか……などと思案していた矢先。
(魔理沙さん、聞こえますか、魔理沙さん)
台所の片隅に置いておいた人形が、突然そうしゃべりだした。
「お、どうした阿求」
(お待たせしました、護衛の仕事をお願いします。いつごろ来ていただけますか)
人形を通して話す阿求の声色には、いくぶんかの焦りが感じられた。すぐに来いだなんてあいつらしくないな、という感想を抱く。
「おう、軽く準備したら行く。待っててくれ」
阿求に指定された待ち合わせ場所は、人里を外れた所にある道具屋だった。
「もうそろそろで着くぞ」
人形にそう話しかけると、すぐ返事が来る。
(はい、こちらはたったいま到着しました)
「しかし、どうしてそこで待ち合わせなんだ」
(こちらとしては、今は目立って活動したくないんです。あまり人目につかない場所で、かつ魔理沙さんも知っている目印となると、このお店がちょうどいいかと)
ふうん、となんの気なしに答え、魔理沙は速力を上げる。今日の風は少し冷たいが、例によって防寒対策はばっちり。頬で切る空気が気持ちいいぐらいだ。
やがて目的地点である不思議な道具屋、香霖堂に到着する。
あまり商売する気がないとしか思えないこの立地。そして事実あまり商売する気のない店主。店内にも倉庫にも雑然と積まれたガラクタ、もとい商品の数々。
幼いころの魔理沙にとって、この場所は宝の山だった。今でも店構えを見るだけで懐かしい気分になる。
先に来ていたはずの阿求だが、表にその姿はなかった。中にいるのだろうか。
「おーっす」
がらんがらんとドアベルを鳴らして魔理沙は入店する。店内では、店主一名とお客一名がなにやら語り合っている最中だった。
「いらっしゃい、魔理沙」
「魔理沙さん、今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる阿求。その横で、店主、森近霖之助はちらりと彼女を見る。
「待ち人が来てしまったようだけど」
「すいませんけど、魔理沙さん、出発はちょっと待ってくださいね」
と言って阿求は顔を霖之助のほうに戻す。
「それでお聞きしたいのですが――」
「なんだ、私はお邪魔だったか」
唐突な口出しに、阿求はそちらを向いて不思議がる。魔理沙のほうはにやにや笑い。
「悪いな、おまえらがそんなに仲いいとは知らなかった。私はもうひとっ飛びしてくるよ」
阿求は目を見開き、やや頬を赤らめている。
「いや、違いますよ、そんな意図じゃありません」
「隠さなくてもいい。こいつはとんだ唐変木だが、おまえがどうしてもと言うなら応援してやる」
「だから本当に違いますって」
ちょっと怒りのこもった阿求の視線を、魔理沙は帽子を深くかぶってシャットアウトした。さらにはへたくそな口笛まで吹いてみせる。
「魔理沙、僕たちは学術的な話をしていたんだ」
じゃれあいを始めた乙女たちの脇で、霖之助は平然として告げる。
「だいたい君はいま、阿求に雇われている身なんだろう。一時的とはいえ、君たちの間には主従関係が生じているんじゃないのか」
おお、と言って魔理沙は手を打つ。
「確かに今の私は、鎖につながれた犬っころも同然の身分。これからは阿求様と呼ばせてもらうぜ。そうだ香霖、メイド服を出してくれ。持ってるだろ? 個人的な趣味で」
阿求はわずかに口の端を震わせ、困り顔で視線をさまよわせる。霖之助はまったく動じていない。
「どこから指摘したらいい。まずは、そうだな、君の首輪に似合うのは鎖より鈴だろう。それから僕は、メイド服に対して過剰な執着を抱いてはいない。たまに見る分には可愛いかもしれないという程度。あと君に『様』付けで名を呼ばれてもあまり敬意がこもっているようには感じられない。相手のいらだちを煽るつもりがないならやめたほうがいい」
この話の途中で魔理沙は横を向き、店内に新商品が置かれていないかと物色し始めた。霖之助のこういう言いかたにはすっかり慣れっこだし、阿求いじりはそろそろやめてあげるつもりだった。となると興味は別のことに移る。
「それで。僕に聞きたいこととは」
「あれ、お説教のほうは」
「もとからああいう性格だ、改善は期待していない」
ははあ、と苦笑いする阿求。そして一瞬だけ、羨ましげな目で魔理沙を見た。すぐに霖之助に向き直る。
「では森近さん。あなたの固有能力――物品の名称と用途を知る力。そこから得られた情報についてうかがってよろしいでしょうか」
「そうかしこまらなくても。僕にわかることならどうぞ」
阿求ははにかんで軽く頭を下げてから、真剣な目で店主に問う。
「例の品。名称のほうは、『毘沙門天の宝塔』で間違いありませんか」
霖之助はカウンター代わりの机に寄りかかり、やや首をひねる。
「あれの呼び名は、正式には存在しないようだった。毘沙門天の宝塔、あるいは命連上人の宝塔。ないし、単に『宝塔』でもいいらしい」
「なるほど。こちらとしても名前はさほど重要ではありません。その用途は、毘沙門天の信徒に力を与えること、ですよね」
この問いに、霖之助は首を横に振る。
「いや。近いかもしれないが、違う」
あれ? とつぶやいた阿求に、霖之助はひとりごとのような口調で補足する。
「毘沙門天への信仰を蓄え、法の光として解放する。それがあの宝塔の用途だ。法の光とやらがなんなのかは不明だが、おそらくは、なんらかの霊力をまとった光線なのだろう」
二人の会話に聞き覚えがある単語を聞きつけて、魔理沙は物色をやめてそちらのほうに近寄っていく。
阿求は黙って何事かを考え込んでいた。その一方で、霖之助の誰に言うでもない解説は止まらない。
「古来より、信仰とは目に見えない光のようなものだという説は根強い。神仏の類ともなると、後光が差すという形で実際に確認できるけれどね。信仰の光とはあくまで心理的・概念的なもの。あの宝塔は、それを実存する霊気の光に変換する霊的装置なのだと考えられる」
ああまた始まった、と魔理沙はうんざりした顔つきになる。解説モードに突入してしまった霖之助は、端的に言ってウザい。とはいえここで話の腰を折ると阿求が困るかもしれない。なにやら熱心に聞きたがっていたし。
こうなったら泣きだした子供と一緒で、適当に相手をしながらおとなしくなるのを待つしかないと、魔理沙は経験上知っていた。
「外の世界では、太陽光を電気に変換する程度の装置が普及しているらしい。そちらは実存の力どうしの変換だから、さほど難しくはないのだろう。けれど概念上の事象を実存化するには、変換装置のほうも概念的な機構を具備する必要がある」
「それが毘沙門天」
阿求のつぶやきに反応して、霖之助はことさら目を輝かせる。まったくこいつは妙なところでガキっぽいんだからと魔理沙は内心で愚痴る。
「まさしく。神仏とは本来概念上の存在だ。その崇拝者――観測者と言ってもいいだろう、その個人の認識次第で、神はいかような実存をも持ちうる」
「神の分類に、厳密な区分けなど存在しないということでしょうか」
うむ、と自信ありげに頷く霖之助。
「ある一柱の神を、数万、数億の存在に分割して崇拝することも可能なんだ。その神の崇拝者が、それを許容する世界観を有しているならば」
「つまり……そのように概念的に分割された毘沙門天こそ、あの宝塔に備わった変換装置であると」
二人は見つめあい、霖之助はまたも深く頷く。
「かつて命連上人なる人物が、毘沙門天に祈願してその分神をあの宝塔に降ろしたのだろう。そして人々はこの仏宝を崇拝した。宝塔に封じられた小さな神がその信仰力を蓄積し、しかるべき時に開放する。そういった仕組みと推測できる」
そう言いきって、霖之助は勝手にうんうんうなっていた。
阿求のほうはまだ話が終わっていないらしく、身を乗り出して霖之助に問う。
「ありがとうございます。宝塔の機能については納得がいきました。しかしその力を解放する条件が不明です。どうお考えになりますか」
彼女はどうしてもこの話題にこだわりたいらしい。あれが大したお宝だとは魔理沙も思うけれど、それにしてもなぜここまで食いつくのか。
「それは所有者に聞くのが確実と思うが」
「そうでしょうけど、部外者に簡単には教えてくれませんよ」
と言って阿求は横へ振り向く。
「どうなんでしょう、魔理沙さん」
突然話をふられ、魔理沙は驚いて自分を指さした。
「魔理沙さんは、宝塔が実際に発動するところを見たんですよね」
問われた魔理沙は、腕組みしてうつむく。
数ヶ月前、魔理沙たちが首を突っ込んで解決したあの異変……本当にあれを異変と呼ぶべきなのかは疑問があるけれど。
ただひとりの僧侶を救うために奮走していた妖怪どもを、片っ端から懲らしめていたら、いつの間にか事件の核心部まで誘導されていた。
「私は、あれについてはよく知らない。早苗がやたらと興味示してたけど」
あのとき自分たちの前に立ちはだかった鼠妖怪やら虎妖怪やらが、やたらと自慢げに見せびらかしてくれたマジックアイテム、宝塔。早苗はそのお宝を奪って、あれこれといじり回していた。
「では宝塔を使用したのは早苗さんですか」
「ええと、確か。そういえば虎のやつが、見かねて使い方を教えてたんだっけ」
「ふむ。寅丸星――毘沙門天の代理と呼ばれる妖怪ですね」
さすがに阿求は妖怪に詳しいな、と言おうとして、霖之助に先を越された。
「毘沙門天はもともとインドの戦神だ。日本の戦神、建御名方神(タケミナカタノカミ)を崇める早苗とは相性がいいのかもしれない」
「そんな適当な。業界がかぶってるなら商売敵だろ」
魔理沙の指摘を意に介さず、霖之助は自分の世界に没入している。
「かつて毘沙門天は神々の争いで神の島を追われ、須弥山に移り住んで仏法に目覚めたという……この逸話には、建御名方神の諏訪落ちと符合するものを感じる」
「はい?」
「いつものことだ。こうなったら簡単に戻ってこないぞ、こいつは」
「神は、遍在する。世界中あらゆる場所に同時に存在できる。それを解釈するのは人間だ。同一の光景であっても、日本人が幻視すれば日本の出来事だと思うだろう。インド人が幻視すればインドの出来事だと思うだろう。解釈が分岐すれば、神性もまた分岐する。すなわち――」
霖之助は唐突に頭を上げた。心配そうな顔の阿求と、面倒臭そうな顔の魔理沙と目が合う。
「僕たちはとんでもない考え違いをしていた……守矢に仕える東風谷早苗が、なぜ毘沙門の宝塔を扱えたのか……毘沙門天と建御名方神は、本来同じ神格だったんだよ!」
「な、なんだって――!」
大げさに驚きの表情を作って魔理沙は叫ぶ。阿求もつられて驚いてしまった。
「いえ、その仮説は強引ではありませんか」
「無論ただの仮説に過ぎない。だがそれなりの根拠はあると考える。そもそも神仏の習合という概念自体……」
なおも解説を続けようとする霖之助に魔理沙は一度背を向け、愛用の箒を手に取る。そして、その柄で霖之助の頭をこつんと叩くふりをした。
「なにをする、魔理沙」
「香霖。なんだか知らないが、その珍説を早苗の前で言うんじゃないぞ。神様ネタで変にいじると、あいつすごく怒るから」
それなりに我を取り戻した霖之助は、頬杖をついて渋い顔になる。
「珍説とは失敬な。君だって驚いていたじゃないか」
「自信満々にトンデモ理論を聞かされたときは、大げさに驚いてやるのが礼儀なんだよ」
険悪な雰囲気になったかに見える二人の間で、阿求はうろたえ気味だった。
「ええと、森近さん。とても参考になりました。勝手に押しかけておいて、あれこれ聞いてしまってすみません」
早口で挨拶して場を切り上げようとした阿求に対し、霖之助はにこやかに笑いかける。
「いや、今日は君と親密になれてよかった。是非また来てくれ」
阿求は口ごもり、魔理沙はぎょっとした顔になる。
「おっ、ええっ? 駄目だ駄目だ。私の目の黒いうちは、おまえに阿求は渡さん」
「それを魔理沙に言われてもなあ。そんなに稗田の人脈を独占したいのかい」
ん? と魔理沙は首をかしげる。その間にも霖之助は言葉を続ける。
「稗田家の御阿礼の子とあれば最高の上客だ。少しぐらいこっちに寄越してくれてもいいだろう」
あっ、と声を上げて阿求は顔を上げる。
「そう、そういう意味ですよね。あいにく今日は所用があるので、また後日買い物にうかがいます」
「別に無理して買っていかなくてもいいけど。僕個人としても、君とは話題が合うようだ。できれば今度は魔理沙抜きで話したいな。いつでも待っているよ」
またも阿求はうつむき、いまや明らかに赤面していた。霖之助とは目を合わせぬままにぐっと魔理沙の手を取り、ぐいぐいと引っ張る。
「では、お邪魔しましたっ」
「気にすんな、気にすんな阿求。こいつはこういう奴だから、な」
早足で店外に出て、阿求は息を整えた。
「はあ。やっぱり男性と会話するのは慣れません。恥かいちゃったかなあ」
「だから気にするなって。あれは無自覚に妄言を吐くのが得意なだけだ。男の基準にはならん」
言いながら魔理沙は箒にまたがり、ほんのわずかに浮遊する。
「ほれ。乗りなよ、阿求様」
阿求も魔理沙の後ろにまたがろうとして、ややためらった。宙に浮く箒の柄に、横から腰掛ける阿求。魔理沙はゆっくりと浮上をはじめた。
「横乗りか? 初心者にはおすすめできないぞ。落っこちんなよ」
「注意します。あ、でも低めに飛んでくださいね」
阿求は魔理沙の腰に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。
「低いほうが危ないだろ、上空なら落下中に拾えるし……そうだ、落ちてる最中に気合い入れれば、わりとすんなり飛べるんじゃないか」
魔理沙自身、飛行に慣れなかったうちはそんな感じで特訓したものだった。死にたくなければ飛ぶしかない。それこそ初心者にはおすすめできない荒行か。
「どっちにしても寿命が縮みそうです……うわっ、魔理沙さぁん!」
びくついてる阿求をもっと脅かしてみたくなって、魔理沙は急速に上方向へ加速してみた。阿求がよりいっそう強くしがみついてきて、背中に顔を埋めて抗議しているが、よく聞こえない。
「それ、それ、そーれ!」
「ちょっと、許して、魔理沙さんっ」
なぜだろう。快感とともに罪悪感がある。
「よーし、この辺でいいか」
調子に乗って高度を上げすぎてもあまりいいことはない。雲の中では視界が奪われる上に全身が濡れてしまう。雲海に生息する妖精やら妖怪やらは、人間を見つけるとここぞとばかりにちょっかいを出してくるし。
なのでそこまでは上昇せず、人里と魔法の森がそれぞれ一望できるあたりで停止した。
阿求はきょろきょろとあたりを眺め回し、絶句している。
「これだけ上がっちまえば、かえって怖くないだろ」
「ほんとにもう……確かにこの眺めだと、ただの風景みたいなものですけど」
初めてこのぐらいの高さまで上がった時のことを、魔理沙はいまも覚えている。場所もだいたいこのあたりだった。
徒歩しか移動手段がなかったときにはけっこう広く感じた人里も、ここから見ると、人間の居住が許された一部の領域に過ぎないのだとよくわかる。はるかむこうには雪をかぶった山々が連なり、この盆地をぐるりと取り囲んでいる。
この幻想郷とて、外世界から隔絶された壺中の天地に過ぎない。外の常識を持った人間には、幻想郷は決して認識できないのだという。
「綺麗……」
ふっと阿求がつぶやく。
「ありゃ。もしかしておまえ、このぐらいまで飛んだのって初めてか?」
「そうですね。私は」
「ふうん。千何百年と生まれ変わってきたわりに、意外と人生経験ないんだな」
まだ背中にしがみついている阿求が、首を横に振ったのがわかる。
「阿求としては初めてです。その前は何度かあったはずですけど、経験までは受け継ぎませんから」
そう聞いて魔理沙は軽く首をひねった。
「じゃあさ、何をもっておまえは阿求なんだ。九番目のおまえが、八番目のおまえの生まれ変わりだってどう証明するんだ」
「前にお話ししましたよ。継承されるのは、全てを記憶する求聞持の能力、そして御阿礼の子が代々残した記録文書です」
なるほど、と魔理沙は納得する。いまの阿求が本当に前の阿求の生まれ変わりかどうかなんて、実は誰も気にしていない。大切なのは、前の阿求と同じ力を持った子が、また稗田に生まれてくることなのだと。
「重たくないか、おまえ」
「はい?」
ちょっと聞きかたが抽象的すぎたか。
「そうやって生きかたを決めつけられて、嫌にならないか」
阿求はまるで動じなかった。あるいは、魔理沙の人柄を知ったときから、いつかこういった質問をされると想定していたのかもしれない。
「私はこの使命を受け入れています。ありがたいとさえ思っていますよ。ひたすらに知識を求める性分は、いつの私も変わりないようですから」
魔理沙は阿求の顔色を確認しようと思った。だが振り向こうとしたところで互いの体勢が崩れて、阿求が少しよろめいてしまった。
「っと、悪い。そいつは嘘だろ、阿求」
「なぜそう思うんです」
阿求の声はやや冷たい。やっぱりこいつ無理してるな、としか感じられない。
「だって本当は、自分でここまで飛んで来たいんだろ。本当は格好良く弾幕を出して、みんなを守ってやりたいんだろ。そうとしか思えないぜ」
しばしの沈黙ののち、返答が来る。
「私は、いまここにある私です。それを否定するなんて……よしてもらえませんか」
さすがにまずったかな、と魔理沙は後悔した。好き勝手に生きている自分と一緒にされても困るのだろう。いつでも気をつかって話を合わせてくれる彼女だけど、自分自身の存在意義を揺すぶられるのはさすがに不愉快な話題だったらしい。今後は気をつけるとしよう。
しばらく無言で二人は飛ぶ。この状況はどうにも気まずいなと思っていたら、阿求のほうから口を開いた。
「ところで、どちらに向かってるんです?」
「え、妖怪の山だけど。早苗に会いに行くんだろ」
阿求は軽くうめき、すぐに謝罪する。
「すいません、言ってませんでしたね。いずれ山にも行きたいのですが、今日の目的地は別です」
空中で魔理沙は停止した。てっきり早苗の神社に行くものとばかり思っていたが。
「人里へ向かってください。行き先は、命蓮寺です」
――
聖尼公と呼ばれた魔法使い・白蓮を住職として、彼女を慕う妖怪たちが建立した寺院、命蓮寺。
そこには、本当に寺と呼んでいいのか誰もが疑う様式の建物があった。
「おっとお? なんだこのイカレた外装は」
「うーむ。こうなったというのは知っていましたが……なんとも奇抜な」
お寺の本堂に、屋根の代わりに船が乗っている。そうとしか表現できない建造物が、魔理沙たちの眼下にあった。
とりあえず裏手の林のそばに着陸する。
「なあ。前に見たときはこれ、もっと普通の寺だったんだが。その前は確かに船だったけど」
「ええ。あるときは空を行く聖輦船、あるときは地に建つ聖輦堂。どちらでも自在に変形できるという、前代未聞の本堂……だったそうなのですが」
「じゃあこれ、もしかして変形中か」
そのようですねと答えて、阿求はゆっくりとそちらへ向けて歩き出す。
「しかし阿求よ。ここに来るのが用事なら、なんで私を呼んだんだ。おまえんちから普通に歩いて来れるだろう」
阿求は一度足を止め、振り返る。
「魔理沙さん、私を守ってくださいね。これはあなたの依頼主としてのお願いです」
堅い表情でそう告げると、阿求はまた歩みを進める。釈然としない気持ちを抱えながら、魔理沙も黙ってその横に並んだ。
本堂の裏手から表側に回ったところで、見覚えのある妖怪を発見した。今は敵意がないことを示すため、手を振ってその名を呼ぶ。
「おーい、ムラサー」
水兵姿の舟幽霊、村紗水蜜はすぐにその声に気づき、近寄ってきた。
「魔理沙? なんの用事。いま我々は、ちょっと忙しいところなの」
「そりゃなんとなくわかる。なんなんだこのお堂は。ムラサ船長はついに気が違っちまったのか」
苦々しい顔で舌打ちして、村紗はなにか言いかえそうとした。
あなたに……と言いかけたところで、彼女の表情がこわばる。目を見開き、歯を食いしばり、怒りと恐怖の入り交じった形相で魔理沙のほうを見る。
「貴様っ!」
村紗は叫び、斜め後ろ方向に跳躍した。そして空中で静止する。彼女は腰に差していた柄杓を抜いて構え、そこに妖気を込めて弾幕をばらまく体勢に入った。
「おっ、どうした、やる気か?」
魔理沙は懐に収めたミニ八卦炉を右手で探り寄せた。いつでも撃てる。村紗は鬼気迫る表情で魔理沙のほうをにらみつけている。
「どけ! 魔理沙、そこをどいて。場合によっては、あなたにも当てる」
混乱は深まった。どけだと? 彼女は何と戦うつもりなんだ。その相手は、どうやら霧雨魔理沙ではないようだが。
駄目だ、ここで迷うな。こいつはもう戦闘体勢に入っている。なんだか知らないが気を抜いてはまずい。
「邪魔するというのね。あなたもしょせん、愚かな人間だったのね。そう……」
村紗の目の色が変わる。その瞳からは、もう怯えも困惑も感じられない。ただ明確な殺意だけが伝わってくる。
「言っておくけど、遊びなんかじゃ済まないから。次の一撃、致死量の呪いを込める」
背筋をぞくりといやな予感が走る。こいつの態度、とても演技や冗談とは思えない。これが妖怪の本気なのか? まずい、せめて阿求だけでも逃がさないと――
「おやめください。聖に会わせていただけませんか、村紗水蜜さん」
阿求が、はっきりとそう告げた。
「黙れっ!」
村紗は逆上し、水平に柄杓を振りかぶる。魔理沙は阿求の盾になって立ちはだかり、八卦炉から閃光を放とうとした。
その刹那、どこからともなく巨大な右手が出現し、両者の間を遮った。
「水蜜。何をそんなに殺気立っているの」
その巨大な『手』は、雲でできていた。全身が雲でできた妖怪、見越入道の雲山。そしてその主、夜叉尼の雲居一輪。
「一輪、こいつらを始末するわ」
「始末だなんて……ええっ?」
村紗の隣まで急いで飛んで来た一輪も、魔理沙たちの姿を見るなり愕然とした顔になる。声にならぬ声を漏らして空中を何歩分かあとずさり、手にした金輪を魔理沙たちに向ける。
いや、もうはっきりしていた。村紗に一輪、二人とも魔理沙を見てはいない。その背後の人物、阿求をにらみつけている。
「人間……ではなかったの。あのときあなたは、『アミ』と名乗っていましたね」
一輪の問いかけに、阿求は一歩斜め前に出る。
「今は阿求です。稗田阿求。あのあと六回ほど転生しましたから」
「黙れと言った」
より殺気立つ村紗の目の前に、一輪は片手を差し出して彼女を押しとどめる。
「お願いだから落ち着いて、ね」
ちらりと隣を見たあと、すっと高度を下げて一輪は地面に降り立とうとする。
「おい、こいつらを……」
「だから落ち着いてちょうだい。本当に命を奪う戦いなんて、姐さんは望んでいないわ。そのぐらいわかるでしょう」
震える声でそう諭されて、村紗も不承不承ながら着地する。
二人が一応は戦闘態勢を解除したので、魔理沙も武器をしまった。そして腕組みして憤慨しながら述べる。
「おまえら、私をさしおいて話を進めるんじゃない。知り合いだったとは初耳だぞ、いったい何があった」
話の流れでなんとなく想像はつくのだけど、ここは憶測でものを言うより当人たちに語らせたほうが良さそうだった。
「すみません、これほどすぐ判明するとは思わなくて。本当は聖を交えてお話ししたかったのですが」
そう前置きしつつ、阿求はもう何歩か前に出て振り向いた。妖怪たちに対しては背中を向ける格好になる。村紗の手がわずかに動いたが、一輪の視線だけで制止させられた。あえて背後を取らせたのは、敵意のない証拠だとアピールするためか。
「千年以上前、聖白蓮を魔界に封印したのは――以前の私、稗田阿未です」
「いまさらなんの用。聖に謝りにでも来た?」
とげのある口調で村紗は問い詰める。
「いえ。当時としては致し方ないことだったと考えます」
ぎりっと歯ぎしりして、村紗は一歩前に出る。その肩に背後から手が置かれた。
「では今は、どうお考えですか」
怒りを押し殺している村紗とは対照的に、一輪の口調は落ち着いている。だが彼女も気を許したわけではなく、阿求への警戒はありありと見て取れた。
「聖の封印が解かれたのは、喜ばしいことです」
「白々しい。そう言ってまた、また……」
村紗はほとんど涙声になっていた。阿求を目の前にして、なんら手出しのできないことがよほど悔しいらしい。
「ずいぶん恨まれてるようだが。どんな風にやったんだ」
ふっと阿求は息をつき、わずかに魔理沙のほうを向く。斜め後ろからの横顔だけでも、彼女が緊張しているのはわかった。
「あのときは、宝塔がこちらの手にありました。これは返す、だがその前に聖と二人で話がしたいと言いました。そして法の光を解放して、彼女を封印したのです」
「わりとひどいな、おまえ」
きっとそのあと、力を使い切って用済みになった宝塔が妖怪たちの手に戻ったのだろう。嘘はついていないが、だまし討ちには違いない。
「あの頃と今では状況が違います。聖白蓮とその一党を、ことさら危険視するつもりはありません」
と言って阿求はまた正面を向く。
「私の立場上、ここで軽々しい謝罪はできないのです。ですが、あなたがたとは和解したいと考えています。聖に会わせていただけませんか」
そして四人とも、しばらく見つめ合ったまま言葉を発せなかった。さすがの魔理沙もこの状況で妙な混ぜっ返しはしづらい。阿求はただ返答を待っている。一輪もなにも言わない。結論を出すのは村紗にまかせたようだ。
「魔理沙……」
なにかを言いかけて、村紗は一度言葉を飲み込む。そしてゆっくりと口に出す。
「いまやり合ったら、手加減できそうにない。理由はどうあれ、それでは聖が悲しむわ」
自分に言い聞かせるように告げて、村紗は視線を阿求に戻す。
「ひとつ教えなさい。早苗にあれを盗ませたのは、あなたの差し金かしら」
今こいつ、『早苗』と言ったか。彼女までこの状況に関係しているというのか。
「わかりません。どのような事情があったのか、調査が必要と考えています」
村紗はじっと視線をそらさず、阿求の顔色をうかがう。
「やっぱり気にくわない。嘘は言ってないけど、まだなにか隠している――そういう顔をしてるわ」
「ご想像にお任せします」
村紗は一度舌打ちしたあと、あごで建物のほうを指し示した。それを見て一輪は頷き、宙に浮かぶ。
「いまお呼びします。講堂でいいわね」
そう言って振り向き、一輪は飛び去っていった。村紗も残る二人に背を向けて歩き出す。
「ついてきなさい」
彼女に先導されて、阿求は、そして魔理沙もそのあとをついて行く。村紗は一度だけ後ろを見た。
「いちおう言っておく。少しでも聖に妙な真似をしたら、ただじゃおかないから」
それ以上は口も開きたくないらしく、村紗はただ黙って早足で歩みを進めた。
三人は寺院内に上がり込んで、長い渡り廊下を歩く。その途中で、魔理沙はなんとなく感じていた不満をぶつけてみた。
「なあ阿求、どうして私に黙ってたんだ。おまえにとって、私はただのボディーガードなのかよ」
阿求は目に見えて萎縮していた。
「魔理沙さんはもともと、今日の事件には無関係です。それをここの皆さんにわかってもらいたくて、あえて事情を伏せていたんですけど。いらないお節介でしたね」
「今日の事件? 千年前とかの話じゃなくて、今日か。さっき早苗がどうとか言ってたな。何があった」
「いまにお話しします」
またしばし無言が続く。突き当たりの角を曲がったところで、むこう側に一輪が立っていた。彼女のそばの開け放たれた戸をくぐって講堂に入る。
祭壇の前では、齢千年を越える魔法使いにして僧侶、聖白蓮が正座していた。
「どうぞ、お座りください」
促されて阿求と魔理沙も正座する。妖怪二人はやや離れて立ったまま、人間二人を監視している。
「お久しぶりですね。阿求さんでよろしいでしょうか」
表情だけは朗らかに問う白蓮。だがその瞳の奥はまるで笑っていなかった。
「はい。今日は突然押しかけて申し訳ありません」
「いえいえ。こちらとしても、叶うならもう一度あなたとお話ししたいと思っていました」
上っ面だけは友好的なご挨拶が始まった。魔理沙としてはどうも苦手な雰囲気だ。
「なあ白蓮、ひとつ気になったんだが」
「なんですか、もう」
少し困ったような口調で白蓮は返す。大事なところなんだから口をはさむな、とでも言いたいのだろうか。
魔理沙は親指で阿求を指す。
「いまのこいつが昔のこいつだって、ぱっと見てわかるもんなのか」
「それはもう、瓜二つですよ」
それを聞いて阿求がわずかに眉をひそめたのを、白蓮は見逃さなかった。
「阿求さん。もしかして、以前のご自分のお顔をご存じないのですか」
「ええ、まあ。お恥ずかしながら、細かな記憶は定かでありません」
ふうむ、と白蓮は首をひねる。
「前世の記憶はすべて受け継いでいると聞いたのですが」
阿求ははっとして目の前の聖を見つめる。
「知って……いらしたんですね、私のことを」
「調べてくれた方々がいますので」
魔理沙たちの斜め後ろのほうで、どたりと足音がした。村紗が一歩踏み出した音だった。
「聖っ。そんなの聞いてませんよ、私たち」
「ええ、言っていません。ごめんなさいね」
目を伏せて、心底申し訳なさそうに白蓮は謝る。それだけで村紗は黙った。
それはそうだろうな、というのが魔理沙の感想。さっきの阿求への態度を見ればわかる。村紗が下手に稗田のことを知ってしまったら、そのまま人里に殴りこみをかけかねない。
それにしても、長らく魔界やら地底やらに封じられていた白蓮たちの代わりに、どこの誰が阿求について調査したのだろうか。
「今日は虎と鼠が見えないけど。あいつらはどうした」
「今は少し、出かけてもらっています」
「ほう……」
あちらはあちらで別行動。しかも『出かけている』ではなく、『出かけてもらっている』だ。
「わけわかんないのは」
白蓮は一度まばたきして、言葉の意味を理解した。
「正体不明のかたは、ちょっと行方も不明ですね。なんでも最近、地底にいたころのお友達とまた会ったとかで。それでよく一緒に、別のお友達のお屋敷に遊びに行くんだって、すごく楽しそうにお話ししてくれるんですよ。それでぬえちゃんったら、みんなには姉妹がいるのに、自分だけ一人っ子妖怪だから寂しいんだなんて言い出して――」
同居人の近況を語るうち、だんだんと饒舌になってきた白蓮がぴたりと黙った。こほんと咳払いする。
「失礼。ここ数日、あの子は見かけていません」
なんのことだか。まあいい、あれが絡むと話がややこしくなる。忘れておこう。
「話がそれました。阿求さん、前世のことはどのぐらい覚えていらっしゃいますか」
真剣な瞳で白蓮は問う。彼女にとって重要な問題であるらしい。
「のちの私に伝えておくべき事は、全て記録してあります。それを読めばおおむね思い出せます」
「ではあなたが最後に私に告げた言葉、ご存じですね」
白蓮と阿求は互いにまっすぐ見つめあった。阿求は軽く頷き、語り出す。
「……あなたは、人の世にとって危険な存在です。ここに集う妖怪たちは人間への復讐に燃えている。あなた本人ですら、もう止められないのではありませんか」
白蓮は目を閉じ、この言葉に返答する。
「妖怪の領分を荒らしたのも、その力を奪ったのも人間です。誰かが救わねば、いずれ妖怪は滅びてしまうでしょう」
「まさか。ありえません、そのようなこと――と、言いました、あのとき」
言葉を付け加えて、阿求は渋い顔をする。白蓮はまだ回想をやめない。
「私がまだ人であったころ、人はもっと妖怪を恐れていたように思います。誰もが怪異におびやかされ、だからこそ手を取りあって生きてきました」
阿求は次の言葉を言い出すのをためらっていた。やがて意を決して、ひと息吸い込んで言い放つ。
「妖怪におびえて暮らすほうが、人間にとって幸せだとでも言うのですか」
「あるいはそうかもしれません。人の世は移ろいました。帝に仕える公家ではなく、戦場を駆ける武家が天下を動かしています」
「天下の移り変わりが、あなたの御説にどう関わるというのです」
阿求は痛切な表情を浮かべているが、今の白蓮には見えていない。彼女は落ち着いて語る。
「いまや、妖怪に食われる人よりも、人に殺される人のほうがはるかに多い世の中ではありませんか。人間を最もおびやかす存在は、もはや同じ人間なのです。人はもっと天地自然を畏れなくてはなりません」
「だからといって、妖怪が人間を襲うのを見過ごしてよい道理になりますか」
ここで白蓮は目を開いた。
「妖怪を拒むことが人間の正義というのなら、私にはそれを否定できません。しかし妖怪たちにもまた、自己の生存を望む正義があるのです」
阿求は戸惑い、わずかのあいだ視線を左右に走らせた。しかしすぐに前を見る。
「やはりあなたは危険すぎる。もはや議論の余地はない」
彼女は何かを掲げ持つ仕草をする。
「――この宝塔の光明をもって、聖白蓮を封印します」
そう言いきって、阿求は肩を落としてぐったりと脱力した。
ほぼ同時に、人間たちの後ろのほうで、どたどたという物音がした。魔理沙は驚いて振り向く。村紗が怒りの形相で阿求に飛びかかろうとしており、それを一輪がしがみついて抑えていた。
「やめなさい。お芝居みたいなものでしょう、今のは」
「ちょっと、わかってるから離して、一輪ってば」
何を騒いでいるのか。そういえば船長は、妙な真似したらただじゃおかないとか言っていたが。阿求が見せてくれたいまの演技も、妙な真似のうちにカウントされるのだろうか。
などと思い、魔理沙はふと隣に視線を戻す。阿求は自分の胸元を押さえ、なにやら苦しげな顔をしていた。
「おっと。どうした、具合悪いのか」
「いえ、大丈夫。精神的なものです。少しばかり緊張したので」
そう言っている間に、村紗は足音を立てて阿求のそばに歩み寄る。
「これでわかったでしょう。聖のどこが間違っていたというの」
「おいやめろ、こっちのお嬢さんは病弱っ子なんだ」
阿求と直接会話させたら、村紗がより熱くなってしまうのは目に見えている。もう暴力をふるう気はないようだが、その分なにを言い出すかわからない。
「じゃあ魔理沙、あなたが答えて。どちらが正しいと思うか」
「無理言うな」
こんな重たい話題に、今すぐ結論など出せるものか。
「確かに今じゃ、外の人間は妖怪を否定してしまった。だけど千年も前のやつに、それを理解しろってのが無茶だろう」
村紗は口元を震わせ、さらになにか言い募ろうとする。しかしその前に阿求が口を開く。
「魔理沙さん、ありがとう。でも少なくとも、私自身の無知は正当化できません」
そして阿求は緊張の面持ちで白蓮に向きなおる。
「あなたを封じて以降、人々はゆっくりと幻想を失っていったように思います。妖怪や怨霊によって人の世が揺らぐことなど、もはやなくなりました。たまに、それらの起こす怪異が噂にのぼる程度」
白蓮は目を細めて問う。
「現状では、なお悪いと聞きましたが」
「はい。こちらより一足早く幻想を捨て去った、西洋の文明が一挙に流れ込んできたのです。それが百数十年前のこと。もはや妖怪の存在を信じる者すらわずかです。妖怪たちによって隔離された、この幻想郷を除いては」
白蓮はまたも軽く首肯しただけで、特に問い返しはしなかった。しびれを切らして村紗が口をはさむ。
「認めるのね、聖が正しかったと。なら私も、あなたに乱暴しようとしたのは謝るわ」
ちらりとそちらを見て、阿求はまた正面を向く。
「こちらの認識が誤っていたのは認めます。誰かが救わなければ妖怪は滅びる――そのお言葉は真実でした」
村紗はまだじっと阿求を見つめている。阿求のほうはそちらを向かず、ただ白蓮に向けて告げる。
「ですが、あなたを封じた事は後悔していません。致し方ないことだった。そう考えます」
言い終わると、場がしんと静まり返った。また村紗が暴れ出すのではないかと思い、魔理沙はそちらに身構える。
村紗は顔を真っ赤にして、今にも怒鳴り散らしたいのをなんとか我慢しているようだった。だがまだ行動には出ていない。この場はあくまで白蓮のための席なのだから。
「それが、この千年であなたの得た結論ですね――」
これまでずっと真剣な表情だった白蓮が、ふいに微笑む。
「であれば、もうお聞きすることはありません。今日はお話ができてよかった」
「聖っ!」
白蓮に駆け寄り、村紗は涙ながらに訴える。
「なぜ許すんです。こいつのせいで、私たちは!」
「おやめなさい」
口調は柔らかく、しかしまなざしは厳しく白蓮は諭す。
「あなたがたの懸命の努力により、私は地上へ戻ってこれました。それだけではいけませんか」
村紗は阿求を指差す。
「この人間は、まだ罪を認めていない」
白蓮はゆっくりと首を横に振る。
「私たちが罪を裁くなど、おこがましいことです。今日お話しさせてもらって、私自身も得るものがありました。いまはそれで十分と思います」
村紗は一輪へ向けて、救いを求める視線を投げかける。だが彼女も首を横に振っただけだった。村紗は拳を握り、身を震わせる。
「納得できません。たとえ聖が許しても、私は……この千年を、無かったことになんかできない」
村紗は憎々しげな目で人間たちをにらみ、フン、と吐き捨てて目をそらす。そして皆に背を向けて浮かび上がる。
「待って水蜜……ああもう」
制止の声も聞かず、村紗は一目散に講堂から飛び去っていってしまった。
一輪は残る三人に一礼して、すぐにそのあとを追っていった。
――
「なんか疲れたぜ。みんなして昔のことをぐちぐちと」
正座はもう疲れたので、足を投げ出して座布団に座り、魔理沙は愚痴る。
「あのかたのお怒りはもっともです。けれど、ここでうわべだけの謝罪はできかねます」
申し訳なさそうに阿求は告げる。白蓮は微笑んでいる。
「このお話はこれきりにしましょう。言い争うのは益ない事です」
これに阿求は頷く。取り巻きはともかく、トップとの和解は成立した。阿求がここに来た目的は果たされたということか。
魔理沙はごろんと仰向けに寝そべった。が、さすがに寺の中でこの体勢は失礼すぎると思い、そのまま勢いを付けて起きあがる。
「よいしょっと……おりゃ?」
身を起こす途中、講堂の入り口から誰か来たのが目に入った。立て膝をついて振り返ると、その人物と目があった。
「なんですか、仏前でお行儀の悪い。聖も注意してください」
「かたいこと言うなよ、坊主じゃあるまいし」
坊主以上の生き神様(代理)、寅丸星は、額に手を当てて憤慨する。
「もしかして、村紗を怒らせたのはあなたですか」
「私じゃないぞ、こいつだ」
魔理沙は阿求を指さし、星は彼女に注目した。
「そちらは……あれえ?」
星は、阿求を見ても村紗や一輪ほどには驚かなかった。ただきょとんとしている。
「魔理沙さんが連れて来てくれました。先ほど話し合って、過ぎたことには触れぬことにしましょうと。ねえ」
あいかわらずの笑顔を向けられて、阿求は戸惑いつつも頷く。星は複雑な表情を浮かべていた。
「なるほど、聖がおっしゃるのなら。しかし……」
「なんだ、おまえも納得できないってのか」
星はあわてて首を横に振る。
「いや、私はいいんですがね。さっき村紗とすれ違いましたけど、彼女のあんな顔、初めて見たもので」
「どんな顔だ? 私が見たのは、真っ赤になってべそかいてる顔だったが」
からかうような物言いにかちんと来たのか、星は笑顔で魔理沙を無視し、阿求に向けて自己紹介を始めた。阿求も律儀に応対する。どうせお互い、もう素性が割れているのはわかってるだろうに。
魔理沙はなんとなく暇をもてあまし、他に何か話題はないかと考えていた。
その時。
「――ちょっと見せてと言っただけでしょう」
「――嫌だね、また妙ないたずらをされては困る」
部屋の入り口のほうから、なにやら言い争う声が聞こえてきた。
「だから私じゃないって、何度言ったらわかるの」
「主張するからには証拠を見せたまえ。依然として、君は最有力の容疑者なのだよ……おっと」
後ろにいる誰かと口論しながら、ひとりの妖怪が講堂に入ってきた。丸っこい獣耳とにょろりとした尻尾が、その正体を全力で主張している。
彼女は左腕で、縦長の形状の飾り箱――厨子を抱えていた。そして右手の人差し指を、後方に向かって突きつけているところだった。
「だから、なにか手がかりがないかと思って……聞いてますか、ナズーリンさん」
「ナズーリンさんだって? よしてくれ早苗さん。君が陰で私のことを、『あのネズミ』呼ばわりしているのは知ってるんだ。まあこちらも、君のことを『ぱっとしないほうの巫女』と呼んでいるから、おあいこなんだけどね」
ぐぬぬぬぬ、と乙女らしからぬ唸り声を洩らして、東風谷早苗はナズーリンをにらみつける。
「ああ恐ろしい。私のようなか弱い妖怪一匹では、これから襲いくるであろう暴力に抵抗できそうにない」
ちっとも恐ろしがっている風でもなく、鼠妖怪は身を縮こめて怖がる演技をする。
「よしなさい、ナズーリン」
星が厳しい口調で注意すると、ナズーリンはけろりとした顔でそちらを向いた。
「すまないご主人。からかうのが楽しくて、つい」
「ついってレベルじゃ……あれ、魔理沙さん?」
やっと早苗も、この寺の客人に気がついた。彼女に片手を挙げて挨拶しながら、魔理沙も軽口合戦に参加する。
「わかるぜその気持ち。早苗は本当にいい反応してくれるもんな。霊夢だとこうはいかない」
「勘違いしないでほしい。私は君のように、彼女への倒錯した嫉妬心ゆえに可愛がり行為を働いているわけではない。ただ純粋に、早苗がうざったいから構ってやってるだけなんだ」
「そいつはすまん。おまえが真実の愛をもってからかうのは、こちらのご主人様だけなんだよな」
星を引き合いに出したとたん、ぴくりとナズーリンの耳が動いた。表情には出ていないが、やや動揺してしまったらしい。
「わかっているじゃないか。私だって本当はご主人をいじり倒したい。だがあまり辛辣なことを言うと、そのかたは本気で傷つきやがるんだよ。それで仕方なく早苗をつついていたのさ」
「前提がおかしいですっ」
「あまり手加減されていたとは思えないんですけど」
「わかりましたご主人。今度から本気出すんで」
この鼠、なかなかできる。むこうも同様の感想を抱いたらしく、魔理沙とナズーリンは不敵な視線を交わしあった。早苗と星は呆れ顔。白蓮だけはにこにこしてこのやり取りを眺めていた。
「ええと、稗田さんでしたよね、お久しぶりです。今日はどうしてこちらに」
さっさと話題を変えたいのか、魔理沙たちのそばまできて早苗は阿求に挨拶する。
「阿求でかまいません。今日は少し調べものがありまして、そのためにこちらの方々にご挨拶に参ったんです」
「へえ……あ、そうか。阿求さんは妖怪について調べてるんだっけ」
はいと答えて、阿求は白蓮のほうを向く。
「私はこれまで、人ならざる存在について広く調査してきました」
「幻想郷縁起、でしたね。一通り拝見しました」
笑顔のまま答える白蓮に、阿求も笑顔のまま口元をひきつらせる。
「……かないませんね、本当に」
「いえ私は何も。星に貸してもらったんです。ねえ」
同意を求められて、星は照れたような困ったような顔になる。その横顔をナズーリンはじっとりと見つめる。
「調達したのは私ですが」
「ありがとう、ナズーリン。けっこう高価なものだったのでしょう」
「いえ、さほどでも。あれは悪徳な古物屋が吹っかけてきただけで。ご主人は言い値で買おうとしたけど」
星はだんだん困り顔になっていく。
「いや、だって人の良さそうなご店主だったじゃないですか」
「それはこちらをカモだと思っているからです。あいつは底なしのごうつくだ。これのときだって、いくら頼んでもなかなか売ってくれなくて」
そう言って、ナズーリンは片手に持つ箱を軽くなでた。
「そういや早苗、おまえ何を盗んだんだ」
いろいろあってすっかり忘れていたけど。
「まっ、魔理沙さんには言われたくありません!」
たちまち激昂する早苗。よほどせっぱ詰まっているらしい。
「落ちつけよ。私は、船長がおまえを泥棒呼ばわりしているのを聞いたんだ。まさか信じたりはしないけど、事情ぐらい知りたいと思ってもいいだろ」
優しく語りかけられると、早苗はすぐにおとなしくなった。やっぱりこいつの反応は面白い。
「本当に何も知らないんです。ちょっと人捜しをしてたら、なにか物音が聞こえて。なんだろなと思って見てみたら、なにかがピカーって光っていて」
「その正体が、これだったと」
ナズーリンは片手で厨子を掲げ持ち、その扉蓋を開いた。箱の中には問題の物品、毘沙門天の宝塔が収まっていた。
「その話の時点で、早苗の証言は信憑性が薄いと判断した。当然のことだろう?」
またも剣呑な視線をぶつけあう早苗とナズーリン。それをよそに白蓮はすっと座布団から立ち上がった。かれこれ半刻近くも正座し続けていたというのに、足をしびれさせた様子はまったくない。
「せっかくのお客様に、お茶菓子のひとつも出していませんでしたね」
そう言って退出しようとして、星に声をかけられる。
「そのような仕事でしたら、ナズーリンに」
「あら、たまには私がおもてなししないと。手伝ってもらえませんか」
白蓮は星に、そして星はナズーリンに目配せを飛ばす。
了解、とナズーリンがつぶやくと、白蓮と星は連れだって講堂から立ち去っていった。
「お二人ともどうしたんでしょうね」
二人の後ろ姿を振り向きながら阿求が小声で問う。わかっているくせに。
「あっちはあっちで、内緒話でもしたいんだろ。それよりナズ、早苗。どういうことか説明してくれ。ひとには言えない事情があるってなら別だが」
「ふん。こちらには後ろ暗いことなどなにもない。教えてあげようじゃないか」
ナズーリンは証言する。
「今日は里の人間たちを乗せて、聖輦船の周遊飛行に出る予定だった。結局は取りやめになったけど。どこかの誰かのせいで」
「なんです、その言いかた」
「言葉通り、どこかの誰かのせいだよ。なにか間違ったことを言ったかな」
「むぐぐぐ……」
ふむ、今の話に怪しい点はあるだろうかと魔理沙は思案する。
「待った。その周遊飛行ってのは、前からやってるんだっけ」
「ああ。不定期だけど、一、二ヶ月に一度は飛んでいる」
なるほど、そんな噂を聞いたこともある気がする。あの本堂が船になって飛んでいくとなれば、相当に目立つイベントなのだろう。
それを阿求が知らないわけがないと思い、彼女に視線を向けてみた。
「里でもかなり話題になっていますよ。なかなか抽選に当たらなくて残念だと、うちの使用人たちも話していました」
きっと白蓮は金など取らない主義なのだろう。無料でそんな珍しい体験ができるとあれば、人々がこぞって乗りたがるのもわかる。
「それで……そっちの船みたいなお堂は、船大工にでも建てさせたのか」
魔理沙は壁を指さす。そのむこう側には、船と寺を折衷したような奇怪な建造物がそびえているはずだ。
おいおい、とナズーリンは苦笑する。
「村紗が聞いたら怒るよ。あれはただの船じゃない、彼女の魂そのものなんだ。もし聖輦船がお釈迦になったら、船長も消滅してしまうだろうね」
そう聞いて阿求は軽く頷き、早苗は軽く驚きの顔になる。
「もしかして、あの船の方が本体で、ムラサさんはただの分身だったりする?」
「さあね。いまやその可能性も否定はできない。彼女と船はそれほど深く結びついているんだ。そのつながりを生んだのが、これ」
ナズーリンは宝塔を取り出して掲げ持ち、その中央部に配された宝玉をじっと見つめる。
「これまでに、聖は数々の奇跡を起こしてきた。でもそれは彼女ひとりの力ではない。聖の弟君が毘沙門天より授かった、この宝塔の霊験によるところが大きい」
皆もナズーリンの手にある宝塔を見つめている。阿求がぽつりとこぼす。
「いいんですか、私たちに教えてしまって」
「いいさ。というより、隠しようがないだろう」
宝塔を膝の上に置いて、ナズーリンはじっと阿求の目を見る。
「こんな人間に目をつけられたら、たいがいの秘密はそのうち暴かれてしまう。聖の解放がかなうまで、君との接触は避けなくちゃいけない――それが私とご主人の見解だよ、稗田」
いつもの小癪な小鼠らしからぬ、陰を帯びた視線で見据えられる阿求。やがて、ふうと一息ついた。
「今日はつくづく、自信を失う日です……」
「いやいや、君らは実に大したやつだ。自慢してもいい」
ナズーリンは笑みを浮かべ、膝をぽんと叩く。
「話が逸れたね、船長の件だ。かつて弟君が残した二つの宝――飛倉と宝塔。聖はその力をひとつに束ね、村紗の記憶から一艘の船を生み出した」
「それが聖輦船か」
ナズーリンは頷く。まあ空を飛んでいる時点で、ただの船でないのはわかっていたが。
「あの船は、それ自体が巨大な式神のようなものだ。船長の意志と宝塔の輝き次第で、どんな姿にでも変形できる」
そう聞いて早苗が目を輝かせる。
「じゃあもしかして、人の形になったりもしますか」
「やろうと思えばね。毘沙門天像にでもすれば宣伝になるかな。どうでもいいけど」
鼻息を荒くし、謎の興奮状態に陥っている早苗を放置して魔理沙は問う。
「するとやっぱり、いまは寺から船に変わってるとこなんだな。いつ終わるんだ」
「とっくに船になって飛び立っていた予定さ。今朝早くから始めたんで、巳の刻の前には終わるはずだった」
「わりと時間かかるもんなんだな」
「一気に変えてもいいんだけどね。それに巻き込まれて、寺の仏壇やらなんやらが壊れても困る。村紗がちょっとずつ変形させている間に、一輪があちこちの部屋を雲山に見て回らせていた」
あの巨大な雲山が、にょろにょろと全身を変形させながら部屋をひとつずつ見て回るさまを想像してみた。ちょっとしたホラーかもしれない。
「そんとき、おまえとかはなにをしてた」
「私は表で、気の早い参拝客を仕切っていたよ。招待券を確認して、この講堂に連れてくる程度の簡単な仕事さ。あとの対応はご主人と聖にお任せだし」
ここまでのナズーリンの証言、特に怪しいところはないように思える。問題はその先か。
魔理沙は宝塔を指さす。
「そしてこいつが行方不明になって、見つかった時には早苗がすぐそばにいたと。そういうことだな」
ナズーリンは無表情で頷く。早苗は不安げな瞳で魔理沙を見つめた。
「だからって、それだけで私が犯人だなんて……魔理沙さんは、違うって信じてくれますよね」
魔理沙は耐えていた。
ここで『素直に白状しろよ』とか言ってみたら、早苗は怒り出すだろうか。ついでに『そういう奴だと思ってたぜ』とか言ったら泣き出すかもしれない。しかし今は自重しておくべきだろう。今後早苗が口をきいてくれなくなっても困る。
「……仮に、ですよ」
慎重な口振りで、阿求はナズーリンに尋ねる。
「仮に、早苗さんの潔白が証明できなかったとしたら、あなたがたはどうされますか」
ナズーリンは皆を見渡す。
「どうもしないさ。聖はこういうの追求したくないだろうし、私たちだって大げさに騒ぐ気はない。納得してないのはそちらさんだよ」
「当然です。こんないわれもない嫌疑、受け入れるわけにいきません」
早苗はへの字口で胸を張る。その様子を見て魔理沙は頭の後ろで手を組んだ。
「つまりはメンツの問題か? 結局戻ってきたんだろうに、そんなに気にすることかよ」
魔理沙が宝塔をあごで指すと、ナズーリンはそれをもう一度掲げてみせた。
「奪われたのは、この宝塔自体ではない。ここにあった法の光だ。おかげで我々は、ちょっと厄介な状況に陥っている」
どういう意味かと魔理沙は首をひねる。代わりに阿求が早苗に聞いた。
「早苗さんが発見した時、宝塔は明るく光っていたんですよね」
「はい。しばらくたったら戻ったけど。電池切れ?」
阿求はやや考え込み、言葉を続ける。
「外の世界の装置なら電力で動くのでしょうけど……その宝塔の力の源は、毘沙門天への信仰心。そうですよね」
「それも前世の記憶かい? まあその通りだよ。これの法力も無限ではない。人々の信心を受けてこそ輝く」
ナズーリンはまじめくさってそう答えた。霖之助の憶測も、まんざら的外れではなかったらしい。
「この寺はずいぶん繁盛してるようじゃないか。どこぞの神社と違って」
早苗がむっとして振り向く。
「それは、ここは里に近いですし、宣伝もうまいみたいだし……」
「おまえのとこじゃなくて、もっと絶望的な神社があるだろ。それはいいや。ナズ、参拝客が増えれば宝塔のパワーも増すんだよな」
おかげさまでね、とナズーリンは嘆息するように言って、横目でちらりと早苗を見る。
「本堂を船に変形させて、魔界でも天界でも行ってこれる程度の力が、この宝塔には込められていたんだよ――つい今朝がたまでは」
ナズーリンはまたも早苗の表情をうかがい見た。そして反論を受ける前に、さらにたたみかける。
「だが、ここ一月ほどかけて蓄積された法の光は、もはやまったく無意味に解放されてしまった。何者かが勝手に宝塔を起動したせいでね……おっと早苗、どうしてそんな目で見るんだ? なにか間違ったことを述べたかな」
唇をこわばらせ、早苗は小刻みに震える。ナズーリンは眉をひそめ、その表情をわざとらしくのぞきこむ。
「おかげでいまや、まともな本堂にすら戻せないありさまだ。遊覧飛行を楽しみにしてくれた人間たちも追い返してしまった。この一件によって、わが命蓮寺の評判は少なからぬ打撃を受けたんだよ」
「だから! 八坂様のおっしゃった通り、そちらがそんなに迷惑しているのに、私が犯人あつかいでは困るんです」
紅潮した顔色で突っかかってくる早苗の視線を、ナズーリンはまっすぐに受け止める。
「君は実に面白いやつだな」
早苗は膝立ちになり、今にもつかみかからんばかりの距離まで詰め寄った。
「おいおまえら」
やれやれだ。ナズーリンのこのあからさまな挑発、もし早苗と一対一ならここまでは言わないのだろう。仲裁が入るのを期待しているのが見え見えだ。
「喧嘩するなら止めないが。でも人がそれ見てどう思うかな」
へ? と間の抜けた声で早苗は問い返す。いまいち意味が飲み込めていないらしい。
「山の神社の巫女さんは、里の寺の尼さんといがみあってるらしいぞー、なんて噂が立たなきゃいいけど」
早苗の頬がひきつる。窃盗犯呼ばわりされたあげくに、考えなしに暴れて神社の評判を落としては神様も大目玉であろう。
「困ります、それは困ります……なんで私ばっかり。なんにも、本当にまだなんにも……ううっ」
ついに泣き出した。泣くほどいじめるナズーリンもどうかと思うが、そこまで放っておいたのは自分だ。どうにかしなければと思い、魔理沙は早苗の肩を何度か叩く。
「この程度で泣くな。わかってるよ、おまえは犯人なんかじゃないって」
顔を上げた早苗と至近距離で目が合う。こぼれ落ちる涙もかまわず見つめてくる彼女の、熱っぽい吐息が顔にかかる。その涙を魔理沙は手のひらで拭ってやった。
「だからそんな顔すんな。なんとかなる、安心しろ――」
自分がなにを口走っているのか、魔理沙自身もよくわかっていなかった。とりあえず勢いだけで言ってみる。
「おまえの無実、私が証明してやるぜ!」
早苗はくしゃりと表情をゆがめ、魔理沙の名を呼び、ぎゅっと救いの主に抱きついた。その様子をナズーリンはあきれ顔で、阿求は目を丸くして見つめていた。
「お待たせ……って、どうしたんです?」
お茶の準備というには時間をかけて戻ってきた星が、抱き合う二人を見て怪訝そうな顔になる。
「いま二人は、熱い友情を確かめ合っているところです。ほっときましょう」
「うむ……人どうしがわかりあえるなら、人と妖怪もわかりあえるはず。聖もお喜びでしょう」
星は感心して何度も頷いた。そして思い出したように、お茶と煎餅の乗ったお盆をナズーリンに手渡す。
「こちらの応対は任せます。別のお客が来てしまって」
「客ですか?」
「ええ。今日船に乗るはずだった里のかたが何人か、次はいつ出るのかと尋ねに。私も戻らなくてはいけません」
そう聞いて阿求が顔色を曇らせる。
「お忙しいところにすみません。あまり長居するつもりはなかったのですが」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」
そう言う星の笑顔は、単なる社交辞令とは見えなかった。
「あなたとは一度会ってみたかった。それは私も同様ですから」
そう告げて会釈して、星は足早に講堂を去って行った。
とりあえずは皆でお茶をすする。魔理沙も今朝家を出てから何も口にしていないし、けっこうしゃべったので喉が渇いていた。本当は食事も済ませてしまいたいが、ここでいきなり自分だけ弁当を広げるわけにもいかない。
「しかし早苗よ。約束したばっかりで悪いんだが、私はいま、阿求の助手の仕事を引き受け中なんだ」
えっ、と言って早苗は阿求を見る。阿求は見つめ返して頷いた。
「私としても、この事件はうやむやにできません。真実を追求するため、お手伝いさせてください」
一服して落ち着きかけていた早苗の涙腺がまたゆるむ。ありがとうございますと何度も言って頭を下げた。
ただひとり、ナズーリンは冷ややかな視線を向けていた……阿求に対して。魔理沙にそれを感づかれたことに気づき、すぐに目をそらして湯差しと急須を手に取る。
「おかわりはいるかい?」
「おう、くれよ」
出涸れてきたお茶を一口すすり、魔理沙は三人を見回す。
「それでだ。状況はおおむねわかったが、誰のせいなんだかさっぱりだな。早苗、おまえが知ってることを教えてくれ」
「はい。では、ええと、そもそものきっかけなんですけど――」
そう前置きして早苗は証言する。
「私たちは命蓮寺の布教方針に興味を持っています。この里に建立されて間もないというのに、人々の多大な信仰を受けていますから」
「ほう、つまり偵察が目的で来たと」
「悪いですか」
とげのある口調で問われ、ナズーリンは肩をすくめて両手のひらを上に向ける。
「じゃあちょっと黙ってて。それで、ここの一番の目玉は遊覧飛行ですから、その抽選に申し込んでみたんです」
魔理沙はふとナズーリンに顔を向ける。
「商売敵を除外はしなかったのか」
「いや、妙な操作をしたら信頼に関わる。当たったのは偶然だと思うよ」
「ふむ。じゃあ早苗も普通に客として来たんだな」
早苗は頷く。
「この前、それを霊夢さんに話したんですよ」
霊夢? と魔理沙が問い返すと、早苗は頷く。
「はい。招待券は二人一組で、霊夢さんもけっこう乗り気だったから、じゃあ一緒に行きましょうねって約束してて……魔理沙さん?」
なんだそれは。面白くない。自分の知らないところで勝手に旅行に行く計画だったとは。
「誘えよ。そこは私も誘えよー」
「いや、だって人数が」
「勝手に潜り込めばわかんないだろ」
「わかるよ、迷惑だよ」
ナズーリンの抗議には耳を貸さず、魔理沙はつんと口を尖らせる。
「ふーんだ、好きに仲良くやってろ」
「あっ、いえでも、急用ができたそうで、結局霊夢さんはいなくて。仕方ないから私一人で乗ろうかと思ってたら、あの騒ぎが」
結局早苗は振られたのかと思い、少し安心してしまう。自分を差し置いて彼女だけ霊夢と仲良くしている様子など、あまり想像したくはなかった。
「騒ぎと言うと、宝塔がなくなったんだな」
「いえ、その時はまだ……ありましたよね」
早苗にちらりとだけ視線を向けられ、ナズーリンは顔をしかめる。
「あの生意気な子供が駄々こねた件かい? そうだね、その時はまだ我々が使っていた」
「そのあと私は、ご兄弟のお兄さんのほうとお話してましたから……怪しいのは弟さんでしょうか」
「何を言っているのかね。これを最初に見つけたとかいう早苗が、一番怪しいと思って自然だろう」
ナズーリンが横目で早苗を見ると、早苗は正面からそれをにらみ返した。両者の間に見えない火花が散る。
再び険悪な雰囲気になった二人の間に、魔理沙は強引に割って入った。
「だからおまえら、私の知らない話をするんじゃない。順に言え」
ちょっと待ちたまえ、と言ってナズーリンは座を立った。講堂奥の書棚のほうに向かい、一冊の帳面を取って戻ってくる。
「ほら、これが今日の乗船名簿だ。といってもほとんど記載はないけど」
どれどれ、と魔理沙はのぞき込む。
名簿の一行目は、二本の縦線で消されていた。もとは『霊夢、神職』と書いてあったように読める。
そして二行目以降から、今日の乗船予定客の名前と職業が記載されていた。
・市蔵、大工
・仁蔵、大工
・早苗、神職
・志乃、女中
・吾郎太、志乃の子
以上五名が、名簿に記載された人間たちであった。
「これって、最初に霊夢が来たんだな」
「ああ。見慣れないやつを引き連れていたね。ご主人や聖と少しだけ話して、すぐに帰っていった」
一緒にいたのは誰なんだろう。だがなんにせよ現場には居合わせていないのだ、霊夢はこの件に無関係と思える。怪しいとすれば早苗を抜いた残る四名か。
「この市蔵と仁蔵ってのが兄弟なのか? どんなやつらだ」
ナズーリンは片眉を吊り上げる。
「どっちも三十前ぐらいかな。正直に言うと、普段なら入山をお断りする部類のお客さんだ」
「おいおい、御仏は万人を救うんだろ。選り好みなんかしていいのか」
「迷える衆生は星の数より多いんだ。さすがの聖でも、片付けやすいとこから手をつけないと始まらないさ」
正論かもしれないが、妖怪には言われたくない。そう思っていたところで、阿求が遠慮がちに魔理沙のわきから身を乗り出して、名簿を覗いているのに気がついた。
「ん? 知り合いでもいたか」
「いえ。ただ……」
語尾を濁した阿求に、ん? と問いかけてみる。
「このお寺に関して、人々の噂には尾ひれがついています。財宝を満載した宝船らしいとか――」
「満載だったさ。聖が封じられる前は」
阿求は少しうらみがましい目でナズーリンを見る。
「あとは、あながち嘘でもありませんけど、美女ばかりの尼寺らしいとか」
「美女ってもみんな妖怪だろうが」
「ふふん、人間の男は異類婚にあこがれているんだろう? 篠田狐だの、雪女だの」
それはよっぽど特殊な野郎の話だろ、と魔理沙が言おうとしたところで先を越された。
「もうっ。そういう噂をあてにやってきたご兄弟だったと、そういうことでしょうか」
ナズーリンは目をそらし首をかしげる。
「見た限り、そんな感じだったね。兄のほうは聖とご主人を拝んで、やたら美人だ美人だと褒めちぎっていたよ。そのあと早苗も口説かれてたけど」
当人はきょとんとしている。
「え、あれってナンパだったの? あのお兄さんに、神様のお話をしたらすごく熱心に聞いてくれて、いい人だなって思ったんだけど」
ぎりぎりと歯を食いしばるナズーリン。
「……ここで布教活動しないでもらえるかな。ひどく迷惑だ」
そのナンパ男も、まさか寺で巫女に勧誘されるとは思わなかったことだろう。それでも話を聞くふりはするあたり、なかなかの執念を感じる。
「そいつはどうでもいいや。弟のほうも似たような手合いか」
「いや、そっちはおとなしいものだった。ただねえ……」
言いよどむナズーリンに、なんだ、と問いかけてみる。
「くさい、かな。私の主観だけど」
「はあ。ちゃんと洗濯してないんだろ、そりゃ」
苦笑して首を横に振るナズーリン。
「そういう意味じゃなくて。今にして思うと、どこか雰囲気がおかしかった気がする」
この発言に阿求は眉をひそめる。
「参拝者の中に犯人がいると決まったわけではありません。そのご兄弟が怪しいと考える根拠はおありですか」
「いいや。だけど、どっちも聖の説法を聞かせてもらいに来たって態度には見えなかった。抽選式にしたのも善し悪しかね。もう帰れと言ってやりたいところだったけど、『せっかく当たったのになんで駄目なんだ』ってごねられてもやっかいだし」
腕を組んで難しい顔をするナズーリン。寺というのもけっこう面倒な客商売らしい。
「おまえとしては気にくわない野郎が二人、と。次が早苗だな。その次、志乃ってのは……おばちゃんか?」
「うむ。年輩ってほどでもないし、若いとも言い難い。おばちゃんと呼ぶに差し支えない年代かな。どうしてわかった」
それは、と言いかけて魔理沙はふと考え込む。どうして自分は、この名前を見ておばちゃんだろうと思ったのか。
「お子さま連れでいらしたんですよね。先ほどナズーリンさんは『生意気な』と評していましたが、十歳過ぎぐらいでしょうか。そのお母様となれば、およそ年齢の見当もつくものです」
阿求が補足する。なるほど、そうかもしれない。
「親しみやすい感じの奥様でしたね。男の子のほうは、ちょっと困った子だったけど」
早苗の人物評に、ナズーリンもうんうんと頷く。
「その悪ガキはどんな悪さをしたんだ」
「悪さというか……いなくなったと思ったら戻ってきて、もう帰りたいって言い出したんです」
そう聞いて魔理沙は意外に思う。子供なら、空飛ぶ船には大いに興味を示しそうなものだけど。それを乗りもしないで帰りたがるとは。
「その言いかたに腹が立つんだ。こんな妖怪寺は嫌だとか、みんな私たちに騙されているんだとか。なんだいあれは、本当に」
「ははあ。妖怪が嫌いだったのか、そいつ」
「そのようだったね。母親のほうは、よしなさいと言って叱っていたけど。その前に聖が気を悪くしやしないかと思って、ご主人が説教に入ったんだ」
星が、だだをこねる子供相手に説教している様を思い浮かべてみる。
「それ、効き目あったのか」
「……察してくれ。あの手の子供はガツンと脅かしてやらないと駄目だね。なのにご主人ときたら、優しく理屈でものを教えようとするんだから。どこまでも話がかみ合わなかったよ」
「あれはちょっと、見ていてはらはらしましたね。星さんはひたすら自己紹介と、このお寺の紹介をしていて。でも男の子のほうは、人間を食べるつもりなんだろって決めつけちゃってるみたいで」
その母親も、どうしてそんな子をこんな怪しい妖怪寺に連れてきたのか。
「そいつはもう、親子ともどもお引き取り願うしかないんじゃないか」
「私はそのつもりだったよ。でもあの兄弟が首を突っ込んできてね」
立て続けに聞かされて、状況がよくわからなくなってきた。
「ちょっと整理させてくれ。その騒ぎとやらが起きたとき、人間は五人いたんだな。早苗と、野郎の兄弟と、親子連れと」
「ああ。それから聖とご主人と、私がこの講堂にいた」
即答したナズーリンに、魔理沙は重ねて問う。
「残りは船長と一輪か。そっちは本堂のほうで、なにか作業してたんだっけ」
「そう。それで合ってる」
もうひとり、わけのわからない妖怪もこの寺に暮らしているはずなのだが、彼女は数日前から外出中とのことだった。ひとまず除外して考えてもいいだろう。
「それで、その子供と兄弟がどうこうってのは、この事件に関係あるのか」
「直接は関係ない気もするけど、きっかけではあるね」
ナズーリンは思い起しながら語る。
「たしか、最初に兄のほうが……『ボウズ、こんな美人を困らせるんじゃないぜ』みたいに口を出してきたんだ。途中から弟のほうも一緒になってなだめていた」
「それでガキは納得したのか」
ナズーリンは首を横に振る。
「全然。ご主人はまだ説教をやめないし、子供はわがままばかり言い張るし。そこから話がおかしくなったんだ」
「まったくです。こんなことになるなら、私だけでも反対しておくべきでした」
脈絡もなく早苗が憤慨する。
「ん? どういうことだ」
「そのあと結局、あの場にいた人たちだけ、先に本堂に行って宝塔を見せてもらうという話になったんです」
「できればお客がそろってから動いてほしかったんだけどね。ご主人がうっかりあんなこと言うから」
「うっかりって、またどんなうっかりをやらかした」
確か……と言ってナズーリンはしかめっつらになる。
「この子は聖の教えを理解していないようです。あの宝塔の輝きを一目見れば、我々が悪しきものではないとわかるはずです――とかなんとか言って」
ここまで黙って聞いていた阿求が口を出す。
「ただのうっかりとも言えないのでは? こう言ってはなんですが、このお寺の財宝の噂が人々をひきつけているのは事実です。お宝らしい法具のひとつも見せれば、その子もおとなしくなると考えたのでは」
「そうかもしれないけど、子供より大人のほうが興味持っちゃってね。それはどんなお宝なんだとか、一目見せてほしいわねえとか、ほかの妖怪さんも別嬪さんなのかとか」
まったく始末に悪い連中だよ、とナズーリンはぼやく。それも仕方なかろうかと思う魔理沙だった。偵察にやってきた早苗は別として、あとの参加者は珍しい物が見たくて応募した人間たちなのだろうし。
「しかたないから私が、一足先にそいつらを本堂に連れていってやったのさ。その時はまだ、宝塔は村紗が持っていたから」
「船長が?」
魔理沙はナズーリンのそばに置かれた宝塔を指差す。
「そいつの管理は、おまえの仕事って気がしてたけど」
「本当の責任者はご主人なんだけどね。いろいろあって、普段は私が取り扱っている。船の変形のときだけ船長に貸しているんだ」
「ふうん。それでみんなで船長室に押し掛けて、お宝を見せろとせがんだんだな」
早苗も口をはさんできた。
「ムラサさんもけっこうノリノリでしたよね。『ではしっかりとごらんください、これが我が命蓮寺の至宝です(ぱかっ)』みたいにご開帳して」
さきほどは阿求相手に血相を変えていた村紗だが、普段の彼女はもっと陽気な妖怪だと魔理沙は知っていた。その行動に違和感はない。
「じゃあ本物のお宝も見られて、わがままなお客も満足しただろう」
早苗は首をひねる。
「うーん、さほどでもなかったような。むしろ『こんなのが?』って感じで。ねえ、ナズーリンさん」
にやけた顔で話題を振られて、ナズーリンはむっとした顔になる。
「ふん。さしたる霊力もない人間には、これの真価が理解できなくても無理はない」
「輝きを見たらわかるんじゃなかったのか。おまえのご主人によると」
むむっ、と言葉に詰まるナズーリン。彼女がこんな態度をとるなんて珍しい。
「村紗が仕事してる間は光ってたはずなんだ。だけどそれはもう済んで、この厨子にしまった後だったから」
「あれれ、なんだかムキになってませんか。ご主人様を非難されたのがそんなに不愉快でしたか、ナズーリンさん」
「うー、うるさいっ」
悔しげにうめくナズーリンに睨みつけられて、早苗は軽くガッツポーズを作ってみせた。一矢報いたぞと言いたいのか。
「おまえら、もう私の許可なくしゃべるな。それで、その時点じゃ宝塔に異変はなかったんだな。なくなったのはいつだ」
口を尖らせていたナズーリンは、お茶を一口飲んでから魔理沙のほうに向く。
「正確に言うなら、なくなってはいない。早苗がこれを持っているところを、ご主人と村紗が発見したんだ。場所は本堂の広間だ」
「つまり犯行は未遂で終わったと……おっと」
ついうっかり、思ったことをそのまま口に出してしまった。今度は早苗が口を尖らせて抗議する。
「未遂もなにも――」
すかさず阿求が口出しする。
「宝塔の窃盗未遂容疑、および法の光を消失させた業務妨害容疑ですね。あくまでも容疑。私たちはそれを弁護する側ですから、ね」
弁明を受けて、すぐに早苗はすいませんと謝った。いえいえと答えた阿求だが、その表情はどこか楽しげだった。もしかして彼女も、早苗いじりの快感に目覚めてきたのだろうか。
気を取り直して、早苗はナズーリンに向かい合う。
「そんなに大事な物を、どうしてあんなところに転がしておいたの。あなたたちがきちんと見張っていれば、私も変な疑いを受けずに済んだんです」
問い詰められて、ナズーリンは視線をそらしてすぐに戻した。やがて口を開いたが彼女の発言にはいつもの切れがない。
「その話をされたら、ちと分が悪いかな。こちらの管理ミスは否めない」
「どういうことだ。ええと、人間たちに宝塔を見せたのは船長室だよな。それで早苗が拾ったのが、どこだっけ」
「本堂の広間でしたね」
即座に阿求が答え、ナズーリンが頷く。
「さすがの記憶力だね。ちなみにそこまで運んだのは私だ」
「なんでまた。そのまま船長に預けとくか、おまえが持ってれば良かっただろう」
まだ渋い顔のナズーリン。
「今にして思うと、その通りなんだよねえ。あのときは村紗に宝塔だけ渡されて、私もなんの気なしに受け取ってしまったんだけど」
「なんか問題あるのか」
「うん。よく考えたら、私はまた参拝者を案内する仕事に戻るわけで。用もなく持ち運ぶわけにもいかないから、一輪に渡しておいたのさ」
「じゃあうっかり者は一輪さんなんですか」
なおも問いつめる早苗と、目に見えて表情の硬くなるナズーリン。
「私も最初そう思った。なんでちゃんと見張っていなかったと、一輪を問いただした。そしたら彼女が言うには……宝塔のことは、ご主人に任せたはずだと」
また頭がこんがらがってきた。どんどん話が食い違ってきている。
「もっぺん聞くぞ。いつもは、宝塔はお前が預かってるんだよな。それで今日は、船の変形に必要だからムラサに貸していた」
「ああ。それを船長室に行ったついでに返してもらって、本堂の広間にいた一輪に預けた。私はそのことを、講堂にいたご主人に伝えたはずなんだ」
うんと魔理沙は頷き、話の続きを促す。
「そのあと、ちょっと聖から一輪に用事があったみたいでね、ご主人が呼びに行ったらしい」
「ふむ。そこで星は、一輪から宝塔を任されたと。じゃあ早苗がみつけたのはいつだ」
ふっとナズーリンは一息つき、いやいやながらといった感じで告げる。
「どういうわけだか、ご主人は……まだ村紗が宝塔を持っていると思いこんでいたらしくて。それで一輪が広間を出たあと、ご主人は船長室に向かってしまった」
「捜し物がすぐそこにあるってのに、気がつかないで置き去りにしてか?」
やっと話がつながった。横槍が多すぎなんだよと魔理沙は内心で愚痴る。
「そんなの誰でもいたずらし放題じゃないか。ったく、うっかり星ちゃんが」
「うっかりとか言うな」
おまえもさっき言ってただろとツッコむ間もなく、早苗が怒りの声を上げた。
「なにそれっ。その、それ……そんな穴だらけの状況で、どうして私のせいだって言えるの」
「だから断言はしていない。しつこくほのめかしただけだ」
「なお悪い!」
いったいどうしてくれようかこの二人。さっきからいくら魔理沙が割って入っても、いっこうに和解する気配が見えない。もう全て放置して好きにさせようかと諦めかけたところで。
「どうしました!」
講堂に戻ってきた星が、大声で二人に呼びかけた。そして彼女は一同のそばへ歩み寄る。
「ナズーリン、こちらの応対は任せたはずです。なにを言い争っていたんです」
厳しい口調の星に、ナズーリンは目を伏せる。
「すまないご主人。彼女らの巧みな話術に乗せられて、ご主人のうっかり者ぶりを曝露してしまって」
はあ、と面食らう星。早苗は立ち上がった。
「どうなってるんです。あなたたち、自分の落ち度は棚に上げて、証拠もなしに私を犯人あつかいして――」
「やめろ早苗」
たまらず止めに入る魔理沙。ここで怒りのやり場を星に向けるのは間違っている気がする。
「印象悪いぞ、そういう言いかた。信仰減るんじゃないのか」
「むぐ……うーっ、ぐるるる……」
信仰のことを持ち出されていったん黙るも、感情が収まらない早苗は犬語を使いはじめた。そのうちワンとか吠えそうだ。
星は落ち着いた口調で語りかける。
「ナズーリンがなにか失礼を――言ったのでしょうね。すみません。ですが八坂様にもお伝えした通り、あなたを責めるつもりなどありませんから」
「八坂……早苗んとこの神様か。あっちにも話を通してあるのか」
苗字のほうで名を挙げられても、ぱっと本人が浮かんでこなくて少し戸惑った魔理沙だった。神様に苗字と名前の区別があるのも変な話だが、本人が現代風にそう名乗っているのだから深くは触れるまい。
「はい。さっきここに来る前、一度うちの神社に戻って事情をお話してきたんです」
まだ口元をひくつかせている早苗。
「でもナズーリンさんも、ムラサさんも、私のせいだって決め付けてるじゃないの」
「決め付けてはいない。客観的に見て怪しいと言っているだけだ」
星はナズーリンに向けてたしなめる視線を送り、悲しげな顔になる。
「村紗はさっき飛び出して行ったきりです。一輪が追いかけてますけど、いつ戻ってきてくれるのか」
それで人手が足りなくて、毘沙門天の代理人みずからあちこち歩き回っているというわけか。
「おまえもご苦労だな。身から出た錆って気もするが」
「……いやほんと、申し訳ない。もう勘弁して」
その後しばらく、早苗と星はなにやら言いあっていた。ナズーリンに対してはいまだ喧嘩腰の早苗だが、低姿勢の星と接しているうちにだいぶ落ち着いてきた。
魔理沙は黙って考え込んでいた。外はだんだんと日も傾いてきた頃あいだ。
断片的な手がかりならいくつもあったが、現段階で早苗の無実を主張するのは難しいと思える。
「やはりまだ、情報不足ですかね」
阿求の言葉に魔理沙は頷く。
「ここはあれだな、ほかの目撃者にもあたってみないと。里の連中だったら、居場所ぐらいわかるだろ。明日案内してくれよ」
そう聞いて阿求は困った顔になる。
「直接聞きこむつもりですか」
「当然だろ。こいつは私が引き受けたヤマだ」
阿求はまだ難しい顔で口元に握り拳を当てたあと、言葉を選んで語り出す。
「魔理沙さんは……霊夢さんや早苗さんもですが、人々から見れば、強大な霊力を有する異能の者です。直に話しかけられたら警戒してしまうかたもいるでしょう」
彼女の言い分には、いまひとつピンとこない魔理沙だった。
「魔理沙様が相手じゃ、恐れ多くて口もきけないっていうのか? そんな馬鹿な」
「そこまで大げさな話ではありませんけど、あなたは広く名を知られています。そのいでたちで里を歩いたら秘密の調査になりませんよ」
「そんな有名人にしてくれたのは誰だっけなあ」
横目で表情をうかがうと、阿求は視線をそらす。
「……私たちがするべきは、この件の真相を明かすことだけではありません。命蓮寺も守矢神社も、自分たちの評判に傷がつくことを恐れています。これ以上騒ぎを広げるぐらいなら、事件そのものをうやむやにしておきたいことでしょう」
それはそうなのだろう。早苗たちのやりとりを見ていて、神も仏も客商売だというのはよくわかった。
「私らが下手に目立っちまったら、どっちかの恨みを買うかもしれないと。しかしこんなごたごたを放置しておいたら、おまえはあの本を完成させられない――だろ?」
「ばれましたか。さすがは魔理沙さん」
澄ました顔で答える阿求に、わからいでか、と答えておく魔理沙だった。
そこへナズーリンが近寄ってきた。
「さあさあ、お客人がた。そろそろお茶漬けでも召し上がっていったらどうかな」
言葉のわりに、あまり歓迎しているとは思えない顔で言うナズーリン。
「ほう。じゃあ遠慮せずにいただこうか」
魔理沙も皮肉めいた笑みで受け答えると、阿求は軽くその袖を引いた。
「あのう、魔理沙さん、『お茶漬けでもどうぞ』という慣用表現はですね……」
「せいぜいお茶漬けぐらいしか出せないけど、まだ居座る気なのかねと。そういう意味の言い回しだよもちろん」
ちょっと苛立ってきたらしいナズーリン。余計に遠慮する阿求。その目の前で、魔理沙は手荷物から包みを取り出してみせた。
「別に気を使わなくていい。弁当ならもってきたから、お茶だけくれよ」
「なあ魔理沙。わかりやすくひらがな三文字で言い換えようか」
「『か』で始まって、『れ』で終わる三文字の日本語か? 難しいクイズだなあ」
不敵な笑みをぶつけあう二人に対し、阿求と星は同様のあきれ顔になっている。
「お茶だけと言わず、香のものぐらいはお出しできますよ」
「ご主人! こんな鼠に餌を与えてはいけない」
「おまえが言うな、おまえが」
思わず笑顔になる一同。だがその中で、早苗だけはどこか不安げな表情になっていると魔理沙は気づいた。
「ん? まだなにかあるのか。本気でお茶漬け頼もうか」
「出さないよ」
「いえ、これ以上はさすがに迷惑でしょうけど」
ナズーリンをにらみつけながらも、早苗の語気はどうにもか弱い。言いたいことがあるけど言い出せなくて、もじもじしているようにみえる。
「そうか。恥ずかしがることもないだろ、厠はどっちだ。できればウォッシュなんとかのついてるやつ」
「お手洗いでしたら本堂の裏手に」
「違いますっ。ええと、いえ、なんでもありません。帰りましょうか」
「どこに?」
と、ナズーリンがぼそっとつぶやくと、それだけで早苗の表情は引きつった。だが何も言い返さず星に向けて軽くおじぎする。
「今日はお邪魔しました。この疑いは必ず晴らしてみせますから」
と言って、魔理沙たちのほうにも振り向く。
「魔理沙さん、阿求さん。巻き込んでしまってすいません。でも私のこと信じてくれて、本当に嬉しいです」
「頭なんか下げるな。当然だろ、このくらい」
感謝などされても、魔理沙としてはむずがゆい気分になるのだった。もし自分が黙っていたなら、阿求の方からこの事件を調べようと言い出していたはず。そうしたらどのみち手伝うしかないわけで。
「まったく同情するよ。これから神社に戻って、今度は神様に謝るのだろう?」
どういうわけか、ナズーリンの口出し攻撃がやむ気配はない。
「いい加減黙れって」
早苗がまた怒りだすかと思って、魔理沙は横目でそちらの表情を見る。そして驚いた。
早苗は本気でしょげていた。盛大にため息なんかついている。
「もう……なんなんです、あなたには関係ないでしょう」
「ああ、無関係だね。『潔白を証明するまで戻りません!』と、君があの神様に誓ってしまったことなんて、私にはどうでもいい」
やれやれだ、と言わんばかりにナズーリンは肩をすくめる。
早苗はすっかりうつむいていた。神に仕える者が、その神様の顔に泥を塗りかけているのだ、帰るに帰りづらいのは仕方なかろうか。
では失礼しました、などとつぶやきながら早苗は講堂を立ち去ろうとする。その背後で、阿求はぱんと手を叩いてあとを追いかけた。
「でしたら早苗さん、今日はうちにいらしてください」
阿求の目はいつになく輝いている。
「えっ、いいんですか」
「はい、是非とも。前からあなたとは一度、ゆっくりお話がしたいなと思ってまして」
ここぞとばかりに食いつく阿求に、早苗はちょっと遠慮する態度を見せる。そこをさらに押し切られて、結局彼女は稗田邸の世話になる運びとなった。
「世話の焼ける人間だね、ほんと」
いつのまにかナズーリンが魔理沙のそばまで来ていて、そう話しかけてきた。
「これも計算通り、ってか?」
「ご想像に任せるよ」
ナズーリンはじっと早苗たちの様子をうかがっている。魔理沙もそちらを見ながら、声をひそめて尋ねてみた。
「おまえ、本当にあいつが犯人だと思ってるのか」
「どうだろね。たしかに早苗は、少々脳味噌が可哀そうな娘さんだが……裏で操ってる神様は切れ者だ。自分たちの不利になる指示を出すとは考えづらい」
ほう、と魔理沙は声をあげる。
「じゃあなんであんなにいじった。そんなに恨みがあったか」
「まるでないと言えば嘘になるかな。ま、嫌われるのには慣れている。早苗が白だとはっきりしたなら、私個人として詫びでも入れに行くさ」
淡々と語るナズーリンに対し、魔理沙はしかめっつらになる。
早苗から恨みを買うのも、あとで謝るのも、あくまで自分個人の仕事だと言いたいらしい。命蓮寺全体としては犯人捜しなどする気はないし、真犯人が別にいたとしても守矢への借りにはならないと、そういう理屈か。
「勝手にしたらいいけどな。おまえこそ地底に封じられるべきだったんじゃないか」
「そうかもね。私などちっぽけな、薄汚く卑しい妖怪に過ぎない」
ちょっとからかってみただけのところを、そんな自虐的発言で返されるとは思わなかった。思わず彼女のほうを向く。
「おい、そんな冷静に自分を見つめるな」
ナズーリンは軽くかぶりを振る。
「私はね、村紗みたいに素直に、早苗がやったに決まってるなんて思いこめやしない。かといって聖のように、全てを受け入れて許すという境地にもほど遠い」
ここで彼女は視線を魔理沙に向ける。
「警告してあげようか。私が一番怪しんでいるのは、早苗なんかじゃない」
「なにか知ってるのか」
魔理沙はナズーリンの表情を覗き込んだ。含み笑う彼女の瞳の奥には、なにやら陰湿な色あいが見えた。
「たとえば、そう。あまりにも都合よくやってきて、犯人捜しを引き受けてくれた誰かさん」
「なんだと。おまえ私たちを……」
魔理沙ははっきりと怒りをこめてナズーリンをにらんだ。だが彼女はにやにやと笑ったまま。
「なんてね。言ってみただけ。そう真に受けないでくれ」
ちっと舌打ちする魔理沙。ナズーリンは目をそらし、ひとりごとめいて語る。
「陰険な私としては、どうにも陰険な発想をしてしまうのさ――何者かが明らかな悪意をもって、こんなことをしでかしてくれたんじゃないのか、ってね」
――
そして翌日。
人里の中でもひときわ目立つ屋敷、稗田邸を、一人の少女が訪れた。
「すいませーん、ごめんくださーい」
土塀に囲まれた敷地の、正門脇の通用口の戸を少女は叩く。しばしのち、はいはーいと声がかかって戸は内側から開かれた。
「……どちら様でしょう」
戸を開けた使用人は、不審げな目で少女を見る。
服装としては特に目立つ点もない。そこらにいそうな町娘といったところ。よく見ると上等な生地の服だし、普段着ではなくよそ行き用なのかもしれない。赤毛の髪をおさげに結って、化粧っ気はないがかなり整った顔立ち。年齢はどう見ても二十歳にならない。
「はいっ。あたし、お梨沙って言います。ここって稗田様のお屋敷ですよね」
快活に答える少女に、使用人はより疑念の顔色を濃くした。
「そうですけど。どんなご用件でしょう」
冷たい反応をされて少女は一瞬困り顔になったあと、うって変って笑顔を作る。
「ええと、こちらの阿求様に知らせたいことがあって、それでお話に来たんですけど」
「申し訳ありませんが、求聞持はただいまお休み中です」
あれっ、と少女は驚きの声をあげる。
「昨夜は遅くまで、お客人と語り明かしていましたから」
「ああ、そっか……じゃあすいません、あとで『お梨沙が来た』とだけ伝えてください」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「お伝えするのは構いませんが――」
先程までは警戒の視線を向けていた使用人だったが、いまはほがらかな笑顔になっていた。
「お時間があれば、中でお茶でもいかがですか。霧雨様」
あっちゃー、と奇声をあげて、『お梨沙』は片手で自分の頭を押さえる。
「なんだよもう、バレバレじゃないか。ごめん、出直してくる」
と言って背を向けた彼女に、後ろから声がかかる。
「いえ、いえいえ。完璧ですよ」
魔理沙は振り向き、いらだった視線を向けた。せっかく気合いを入れて変装してきたというのに、この短時間で見破られてしまっては意味がない。
「本当にぃ? おばちゃん、こないだ私とちょっと会ったよね」
「ええ。それでも一目ではわかりませんでした。何度かお声を聞いて、もしかしてと思いましたけど」
まだ不満げな魔理沙に、彼女はさらに告げる。
「今日ここに、東風谷様がいらしていると知る者はそう多くないはずです。それで確証が持てたんですよ」
「うえ、そっちが問題か……じゃあ見た目だけなら、まあまあ合格ってこと?」
使用人は頷く。
「普段の霧雨様をよく知るかたでなければ、まず見破れないと思います」
魔理沙は腕組みして首をひねった。
「むう……ま、いっか。じゃあちょっくらおじゃましまーす」
稗田邸内に上がりこむのはおよそ半月ぶりだ。前回も招かれた客間に案内される途中で、まずは軽く聞いてみる。
「おばちゃんってさ、名前は確か、お志乃さんだっけ」
「ええ」
稗田家使用人、志乃は簡潔に答えた。
「昨日、お寺にお参りしてたんだよね。子供と一緒に」
「ええ。いまお茶をお持ちしますね」
「じゃあ二人分。大至急」
承知しましたと言って微笑み、彼女は客間をあとにする。
魔理沙の注文通り、ほどなくして志乃は戻ってきた。ちゃぶ台を前にして座る魔理沙の、正面と対面にそれぞれ湯呑みを置いてから彼女も座る。
「お話をうかがう前に、ひとつお聞きしたいのですけど」
「ん? なに」
いたずらっぽく笑って、志乃は問う。
「東風谷様と求聞持が起きていらしたら、すぐに正体を明かすおつもりですか」
「まっさかあ。バレるまでは放っとくぜ、おばちゃんも黙っててくれよ」
当然です、と言って志乃は何度か頷く。
「どうせなら徹底的にやりませんか。今日の霧雨様は霧雨様ではなくて、ここの使用人の見習いに来た、町娘のお梨沙ちゃんということで」
「お、いいなそりゃ……もとい。いいわね、それ」
赤毛の少女はそう言って湯呑みを軽く回し、女の子らしくちびちびとお茶をすするのだった。
「それにしてもお梨沙ちゃん、その髪は染めてるの? おばさんちょっとそういうのもったいないなって思っちゃうんだけど。せっかく綺麗な金髪なのに傷んじゃうでしょ」
突然なれなれしく話しかけられて魔理沙は面食らう。
「あー、いえー、こういう魔法だからぁ……なんか調子狂うな」
「練習ですよ。魔法のことはよく知らないけど、簡単に戻せるものなの?」
このおばちゃん、阿求たちをだます芝居にかこつけて自分とおしゃべりしたいだけなんじゃないのかと思い、魔理沙は苦笑する。
「なんというか、本当に染めたわけじゃなくて、色の見え方をずらしてるだけだから」
そもそも色というものは、赤・緑・青の三原色から構成されている。魔理沙のようなブロンドは赤と緑の合成色なので、そこから緑の色彩だけを幻覚のフィルターによって除いてやれば、いまのような赤っぽい色となるのだが……この理論を一般人に言っても通じるまい。
「へえ、便利なものねえ。私もやってもらおうかしら、紫とかどう?」
「やれなくはないけど、今はちょっと触媒が足りなくて。また今度ね」
魔理沙自身、この髪染め魔法を使うのは久しぶりだった。彼女の主観ではずいぶん昔、まだ霊夢とも知り合う以前に、師匠から手慰みに教えてもらったものだ。家出娘が素性を隠すにはちょうどいいと、しばらくはこの色で通していた。
「その着物もよく似合ってるけど、いつもは着てないわよね。私てっきりお洋服しか持ってないのかと」
「これは昨日、知り合いに大急ぎで作らせたの。里でも目立たない服を、ってお願いしたら一晩でやってくれました」
あらまあと言って志乃はまた笑う。魔理沙もつられて笑顔になってしまった。いかん、このおばちゃんのペースに乗せられてはまずいと思い直す。
「それで本題に入りたいんだけど。お志乃さんは昨日、どこでなにをしていたのか。教えてもらえるわよね」
にこやかに志乃は証言する。
「そうねえ。昨日はちょっとお暇をもらって、息子と一緒にお船に乗る予定だったのよ」
「あの命蓮寺の飛行船よね。なかなか抽選に当たらないって噂の」
「ええ。運良く当たっちゃったものから、まあ話の種にと思って」
相変わらず笑顔の志乃。この話だけを聞くなら、なんら怪しい点はないのだけど。
「暇をもらったってのは、誰に断って?」
「ここの奥様によ。あのかたが使用人のとりまとめをしてらっしゃるから」
「阿求のやつに……じゃないや、阿求様には言わなくていいの?」
志乃は沈黙を保った。やっぱり、と魔理沙は確信を強める。
「じゃあもうひとつ。抽選に当たったってのは、お志乃さん本人なの?」
またも沈黙。志乃はただ微笑を浮かべていた。
「昨日、阿求様がぽろっと口を滑らせていたわ。ここの使用人たちも船に応募しているけど、なかなか当たらないんです、って」
あらま、と言って志乃は口元に手をやる。
「お志乃さんが命蓮寺に向かったのは、阿求様の指示。そうでしょう」
「どうしてそう思うのかしら」
ふふん、と得意がって、お梨沙こと名探偵魔理沙は解説する。
「あのお寺は、けっこうお客を選ぶそうじゃない。稗田の関係者が普通に参拝して、それで素性を怪しまれたら面倒な事になるわ。堂々と潜り込みたければ遊覧飛行に参加するのが一番だった。当たる率がどのくらいかは知らないけど……募集のたびに屋敷ぐるみで応募にいけば、いつかは誰かが運良く当たるはず。そしてやっと今回引き当てて、おばちゃんが偵察役に選ばれた。使用人の中でも十分信頼できるんだろうし、家族連れなら怪しまれないから、ね」
鋭く見つめられて、志乃はぺろりと舌を出した。
「さすがです。魔法使い様にはかないませんねぇ」
「初歩的な推理よ。魔法なんか必要ないわ」
実はこの推理をしたのは魔理沙ではなくアリスなのだが、そこまで教えてあげる義理はないのだった。
昨日阿求たちと別れたあと、魔理沙はアリスのもとへ赴いた。人里でも紛れるような服はないかと聞いたところ、アリスは嫌そうな顔をしながらも、てきぱきとした手さばきで服を丸々一着仕立ててくれた。
その作業を見物がてら今回の事情を説明したところ、参拝者のなかに稗田の人間がいたんじゃないのかと彼女が言い出したのだ。
そもそも、阿求はなぜ急に魔理沙を呼び出したのか。実際に見てもいない事件のあらましを、どうしてすでに知っていたのか、と。
昨日、寺を去り際にナズーリンが言っていたことを思い出す。胸の奥が苦しくなるが、これは聞いておかねばならない。
「宝塔に何かしたのは、おばちゃんなの」
アリスはこうも言った。この事件、今後の風向き次第では守矢と命蓮寺の関係が険悪になるだろうと。この火種が燃え広がって、幻想郷全土を巻き込む衝突に――すなわち異変に発展する可能性もある。そうなれば霊夢と魔理沙の出番だし、阿求もそれを望んでいるのかもしれないと。
「だとしたら、どうするの」
アリスの話を聞いて、魔理沙は怒った。なぜそんな発想になるんだ、阿求はそんなやつじゃないと。アリス自身もさほどこの説を押しているわけではなく、あくまで可能性の話とは言っていたが。
「だとしたら、あいつとは距離を置かせてもらう。さすがにつきあいきれないぜ」
演技の仮面がはがれて地が出てきた魔理沙に、志乃は真顔になって向かいあう。
「私を疑うのなら、魔法でもなんでも使って調べてちょうだい。でも阿求様のことは信じてあげて。お願い」
訴えかけられて、魔理沙は次なる言葉を待った。やがて話が続く。
「このあいだ、うちに霧雨様がいらした時のことをね、阿求様に聞いてみたの。ずいぶん話し込んでましたねって。そうしたら、阿求様ったらすごく楽しそうに教えてくださって」
「どんな風に。なんて言ってた」
思い出しながら志乃は笑顔になる。
「そうねえ。魔理沙さんはちょっと危なっかしいんですとか。でも魔理沙さんみたいに、妖怪と友達になれるのは素敵かもしれませんとか。とにかく『魔理沙さんが、魔理沙さんが』ってしつこいぐらいで」
聞いてて恥ずかしくなってきて、魔理沙は自分の髪をいじりながら問う。
「なにそれ。ほかに友達いないの」
「いないわ」
志乃は不満げに即答した。
「阿求様はね、三つにもならないうちに文字が読めるようになって、それからはずっと書斎にこもって過ごされてきたのよ」
「それは本人が好きでやってるんでしょ」
「それはそうなんだけど……おばちゃんはやっぱり、なんだかかわいそうだなって思っちゃうのよね。人から同情されると阿求様も嫌な顔しちゃうからうるさいこと言いたくないんだけど、やっぱりお友達ってすごく大事だと思わない? なのに小さいころからずっと大人だけに囲まれて暮らして、それでいつもすごく気を使ってらして」
怒濤の勢いでしゃべりだした志乃に、魔理沙はただ圧倒されてしまう。
「ここだけの話ね、私、あのかたのお心は普通の人とは違うんじゃないのかってずっと思っていたの。でも阿求様が霧雨様のお話をしてらっしゃるの聞いてると、あのかたもやっぱり女の子なんだなって思って。それで昨日は東風谷様とも仲良くなれて、やっと阿求様にもお友達の輪ができたんだなって私すごく嬉しくて――」
「ストップ! おばちゃんストップ」
魔理沙は両手で押しとどめる格好をして、この長話を強引に停止させた。
「悪かったってばもう。私だって、本当に阿求を疑ってるわけじゃないよ。ちょっと気になっただけ」
ふてくされてつぶやく魔理沙に対し、志乃はまた笑いかける。
「ありがと。阿求様がね、霧雨様に嫌われるようなことをわざわざするとは思えないの。そこはわかってちょうだいね、お梨沙ちゃん」
あーはいはい、と答える代わりに、魔理沙は片手を軽くふった。
「ともかく。昨日の話に戻らせて」
魔理沙は一度茶をすすってから問う。
「お志乃さんは、宝塔のことを知ってたの?」
「ええ。お参りの前に阿求様から一通り教わって。ずっと昔の求聞持が残した図とか、あそこの妖怪さんたちのこととか」
千年前のことも? と聞くと、志乃は苦笑する。
「そんな大昔のこと、こんなおばさんに言われたってねえ。でも妖怪さんにとっては、さほど昔のことでもないのかしら。どうなのお梨沙ちゃん」
「いや、私に聞かれても……」
口ごもる魔理沙。自分はそんなに妖怪じみて見えるのだろうかと自問する。まあ普通の人間から見たら、妖怪も普通の魔法使いも大差ないのかもしれない。
それよりさっきからどうも話がそれてばかりだ。冗談ではじめたはずの女の子口調も、やめ時を見失ってしまった。志乃にしてみたら『お梨沙』相手のほうが話しやすいのだろうし、とりあえずはこのまま続行する。
「偵察役と言っても、おばちゃんは普通の人間よね。あのお寺のなにを見てこいって言われたの」
うーん、と志乃はやや思案する。
「具体的に、なにをってわけでもないのよね。まずはあのご住職とか、ほかの妖怪さんにご挨拶しておこうかなって」
はあ、と魔理沙は気の抜けた声で返す。
「そんなの苦労してスパイを送り込むほどのものかな」
「深く調べようにも、まずはきっかけがいるでしょ。一度お知り合いになっておけば、次からふらっとお参りしても変に思われないわけだし」
なんとまあ、気が長いというか執念深い話だ。そうやってじわじわ命蓮寺と仲良くなっていけば、阿求がいっさい顔出しせずとも内部事情を探れるというわけだ。
「計画だけなら完璧っぽいけど。でも最初の一手で騒ぎが起きちゃったってわけね」
志乃は深く頷く。
「大事なお役目を任されてるっていうのに、うちの子はなんだか嫌がってもう帰るとか言い出すし。そこはなんとか機嫌をとって、本堂にお邪魔してあの宝塔を見せてもらったんだけど」
そのへんはだいたい昨日聞いた話だ。ちょうど事件の直前の出来事だし、もう少し詳しく聞くべきか。
「そのとき船長のムラサが、鼠のナズーリンに宝塔を渡したらしいんだけど。それは知ってる?」
志乃は視線を斜め上に向けて思いだそうとする。
「ええと……はい、そうだったわね。あのあと鼠の妖怪さんから、早く講堂に戻るように言われて。ご本人は宝塔を持って、先に引き返して行ったわ」
「じゃあ、人間は五人だっけ。そのみんなでぞろぞろ帰ったと」
今度は首を横に振る志乃。その表情は渋い。
「それがねえ、ちょっと聞いてよ。兄弟で来たほうのお兄さんのほうが、なんだかしつこく東風谷様に話しかけて。それがもう下心見え見えの態度なの。あのかたもほら、あんまりそういう経験無さそうな女の子でしょう。男の人にしたらそれがいいんだろうけど」
やっぱり、その兄はそういう野郎だったか。
「そのへんの街角ならともかく、お寺の中でしょ、なんなのこの人と思って。弟さんのほうは嫌そうな顔してたから、止めに入ってくれるのかなと思ったら一人で先に行っちゃうし。これはもう私が文句言ってやるしかないのかなって」
やはりこのおばちゃん、話が長い。放っておいたら延々と語り続けそうな気がする。
「あー、だけど。お寺で言うもんじゃない話をしてたのは、早苗もでしょ」
志乃はにんまりと笑い、軽く吹き出す。
「ふふっ、そうね。まさかあそこで神様のお話につなげてくるとは。東風谷様はねえ、もうとにかく、『一度神社に来てください、できるだけお知り合いを連れてきてください、そして一緒に神様を拝みましょう』って感じで。お兄さんはぽかんと口開けて、『おう。おう』ってしか返事ができなくて。それを脇で聞いてたらおかしくってもう」
楽しげに語る彼女に、魔理沙も一緒になって笑ってしまった。
どこまでも一生懸命、そしてどこまでも空回る。それが魔理沙の知っている東風谷早苗であった。どこまでもマイペースな霊夢とは対照的だ。
志乃はふと真顔に戻って、こほんと咳払いする。
「ごめんなさいね。笑い話を聞きに来たんじゃないわよね」
「いや、笑えたからいいけど。それで、えっと。早苗が宝塔を拾った時、おばちゃんはどこにいたの」
んー、と言ってまたも少し考え込み、志乃は答える。
「たぶん、本堂の裏手のほう。お手洗いのあたりね」
「はっきりしないわね。たぶんってのは」
「そのときは歩き回っていたから。さがしていたのよ、息子を」
は? と魔理沙は問い返す。
「ちょっと私うっかりしちゃってねえ。東風谷様たちに気を取られて、気がついたらあの子がどこかにいなくなってて」
おい、と思わず強めに言ってしまった。これまでの情報から察するに、その子は放っておいたらろくな事をしない部類のお子様だろう。
「んもう。私だってあせったわよ。もしかして先に行ってるのかと思ったけど、元の所に戻ってみても人間のひとは誰もいなくて」
『人間のひと』って微妙な言い回しだなとは思いつつも、そこにはつっこまない魔理沙。
「おばちゃんはいったん講堂に戻ったのね。そのとき妖怪のひとは何匹いたの」
「妖怪のひとはたしか、ご住職と尼さんのお二人でした」
子供が行方不明になったとき、講堂にいたのは白蓮と一輪。つまり、すでに星のうっかりスキルが発動した後だ。
「それで外に出て、大声であの子を呼んでみたら、物陰からふらっと出てきて。迷子になっちゃ駄目じゃないのって叱って、それから一緒にみなさんの所に戻ったのだけど……その時にはもう、東風谷様が宝塔を駄目にしてしまったと大騒ぎになっていたわ」
「お志乃さん。怒らないで聞いてほしいんだけど――」
声をひそめて魔理沙は告げる。
「犯人は息子さんだ、って思わない?」
誰もいない広間で宝塔を発見してしまったいたずら坊主。面白がって色々いじっているうちに、何かの偶然で宝塔が発動してしまった……ありそうな話だ。
「私だって気になったわ。だから息子に、もしかして宝塔に触ってないわよねって聞いたの」
「『宝塔』って、言ってわかるの?」
「あいえ。そうしたら、なにそれって聞き返されて。さっきの船長さんが見せてくれた箱の中身よと教えたら、『見ただけ。触ってない』っていう答えで」
これを聞いて魔理沙は押し黙ってしまった。もしかしてこのおばちゃん、俗に言う親バカってやつなんじゃないのかと。もう一歩踏み込んで聞き出すべきか迷って、無意識に自分の髪をいじり回してしまう。
「あのさあ……」
魔理沙の指が止まる。
「それ、信じちゃうの? 子供の言うことなんか」
犯人がその子だとして、素直に自分がやったなんて言うわけがない。そんなこともわからないのかと思い、目に力を込めて志乃を見つめた。
「信じるわよ」
彼女はいつものように微笑んでいた。
「あの子の嘘なんか一発でわかるんだから。本人は大人ぶってるけど、まだ親をだませる歳じゃないのよね」
「そんな断言しちゃっていいの。母親のひいき目ってやつじゃないの」
問い詰めると、志乃は頬に手を当てて考え込む。
「うーん……私の知らないうちに大きくなってたのかしら。たしかに、あそこでさらっと嘘つくような子じゃないって思いたいとこがあるのかもしれないわ。昨日はやっぱり、なーんか様子がおかしかったし。でもあのときは、ちゃんと本当の事を言ってるように見えたのよ」
ふむ、と魔理沙も考え込む。この証言自体を信じるべきか否か。
彼女の息子は宝塔に触っていないらしい。これを疑うのだとしたら、今彼女にしてもらった証言全てを疑わなくてはいけない。すなわち、配下の使用人をこっそり命蓮寺に向かわせていた阿求まで疑わしいということになる。だとしたらこんな探偵ごっこなんかやめて、この仕事から降りるべきだと結論せざるを得なくなってしまう。
「わかった。信じるわ、その話」
その後しばらくのあいだ、雑談混じりでさらに志乃から話を聞き出したのだが、これといって有益な情報はもうないように思えた。
事件のあと、早苗が星とナズーリンを連れて守矢神社に向かったのと同じタイミングで、集まった人間たちは寺から追い払われてしまったらしい。志乃は息子を家に帰して、自分は大急ぎで稗田邸に出勤して阿求に事情を伝えた。
これを聞いて阿求は、もはや自分が白蓮のもとへ乗り込んで事情を聞くしかないと決断し、緊急で魔理沙を呼び出すことにしたのだという。
ついでに様々な道具に詳しい霖之助にも話を聞くため、香霖堂を待ち合わせ場所に指定したという流れだったらしい。そのへんはおおむね、昨日アリスの語った推測通りだった。
さすがにもう話すこともなくなってきて、またお茶のおかわりをもらおうか、それともさっさと別の場所に出かけようかと魔理沙が思案していた時。客間の襖がわずかに開かれ、外から声がかけられた。
「お志乃さん、阿求様がお探しでしたよ」
あらま、と言って志乃はちらりと魔理沙に目配せする。
「ちょうどいいわ。悪いけどお呼びしてもらえる?」
「はい、ただいま」
伝言に来た使用人は、そう答えるとすぐに立ち去った。
「もしかして、おばちゃんここじゃけっこう偉い人?」
「別に偉くなんかないわ。うんと若いころから勤めていたから、けっこうな古株ではあるけど」
ふうんと魔理沙は何気なく答える。ならば志乃は、阿求のことも生まれたときから知っているのだろう。思えば自分も、小さい頃は店員のおっちゃんたちによくかまってもらったものだった。と、自分の境遇と重ね合わせてしまう。
「おはよう、お志乃さん」
その阿求が顔を出した。横には早苗も一緒。
「おはようございます。今日はちょっとお寝坊でしたね」
もう……と阿求は恥ずかしがる。そして、志乃の向かいにいた見慣れぬ少女に視線を向けた。
「こちらは今日から入った見習いです。ご挨拶なさい」
志乃にうながされて、魔理沙はぺこりと頭を下げる。
「はいっ。あたしお梨沙って言います。慧音先生のご紹介で、今日からこちらで働くことになりました。よろしくお願いしまーす」
精一杯テンションを上げて、ことさら明るい声色でご挨拶してみる。
阿求は緊張した顔できょろきょろしていた。その心の声を文字にするなら『え? なにこの状況』といったところか。いっぽう早苗は、お梨沙と目があうと微笑んで軽く会釈をした。
さらに志乃が声をかける。
「知ってると思うけど、こちらが阿求様よ。それであちらが、お客様の東風谷様。失礼のないようにね」
はいっ、とまた元気よく答えて、二人の顔色を観察してみる。
阿求はすでに先ほどの混乱から立ち直ったらしく、苦笑の表情で魔理沙と志乃に視線を送った。彼女の記憶力の前では、いでたちや口調が違うだけの変装など無意味だったようだ。
早苗は相変わらず微妙な愛想笑いを継続中。しばらくその表情を見つめると彼女は首をかしげた。埒があかないので魔理沙のほうから聞いてみる。
「どうかしました?」
「え。えっと……あなたが、私のお友達にすごく似てるから、ちょっとびっくりしちゃって」
少し恥ずかしそうに早苗は告げる。
「あー、早苗さん」
「阿求様、私をお探しだったとか。どういったご用件でしょう」
何か余計なことを言いかけた阿求に、すかさず志乃が声をかけた。
「はあ。昨日の一件について、お志乃さんの知っていることを魔理沙さんにお伝えしてくださいと、言いに来たんだけど……」
言いながら阿求は『お梨沙』を見る。それは無視して魔理沙は早苗に話しかける。
「あたしにそっくりって、どんなお友達なんですか。一度会ってみたいわ」
胸に手を当て、早苗は視線を落とす。
「うーん。初対面ではあんまりいい印象じゃなかったんです。勝手にうちの神社に上がりこんできて、私たちのお仕事を邪魔されて。なんだかすごく乱暴な子だなって思って」
演技なのか、それとも早苗なりにジョークで返そうとしているのかと魔理沙はいぶかしむ。
「もしかして悪い子なんですか。そんな子とそっくりだなんて、ちょっと嫌だなあ」
わざとらしく言ってみると、早苗はお梨沙のもとへ歩み寄った。
「違います。この幻想郷に来てから、私いろんなひとに出会ったけど……魔理沙さんを本当に嫌っているかたなんて、ひとりもいませんでした」
いきなり力説されて魔理沙は一歩あとずさった。真意をはかりかねてその瞳をのぞきこんでいたところで、早苗はさらに語る。
「私も、けっこうひどいことされてきた気もするけど、それでもあの子を嫌いになんかなれなくて。それがどうしてなのか、やっと昨日わかったんです」
はたでこれを聞かされていた阿求は、助けを求める表情で志乃に視線をやった。しかし彼女は笑って首を横に振るだけだった。このやり取りには気がつかず、早苗の告白は止まらない。
「昨日、私がすごく困っているところを、その子と阿求さんに助けてもらって。もちろんお礼を言いましたよ。そうしたら、こんなの当たり前だって言うんです。私に気を使ってるわけじゃなくて、心からそう思ってるみたいで。私、こんな素敵なお友達と出会えて、本当によかったなと思って」
そこまで言って、やっと早苗は目の前の少女の異変に気がついた。稗田の使用人の見習いだという彼女は、口元を押さえて肩を震わせていた。
「うっ、ふふっ……うふふふふ……」
「あのう、どうしました」
ついに我慢の限界を突破し、魔理沙は噴き出してしまう。
「悪かった……ぷぷっ……負けだよ、私の負け負け……えほっ」
腹筋の痙攣によって呼吸困難に陥り、魔理沙は何度かせき込む。早苗は、え? え? と『え』を連発している。
「こんなにそっくりさんがいるわけないだろ。常識で考えろ」
今度は『あ』を連発しはじめた早苗。やがてその場にがっくりと崩れ落ち、畳を叩く。
「ああもうっ。イメチェンしすぎです。だまされますよホント」
「わかんないほうがおかしいだろホント」
もはや早苗の顔を直視できず、そっぽを向いて愚痴る魔理沙だった。
なんとか気を取りなおし、いよし、とかけ声をあげて、魔理沙は自分の手荷物を手に取った。
「ドッキリも済んだし、ここにゃもう用はない。ちょっくら出かけてくるぞ」
「かまいませんけど、どちらへ」
阿求の問いに、魔理沙はあごに指を当てて少し考える。聞き込みの対象ならまだ複数いるが、特に優先度は決めていなかった。
「んー。とりあえずもう一回あの寺かな。昨日は話せなかったやつもいるし」
「では私も」
こちらも気を取り直して立ち上がった早苗に、魔理沙は手のひらを向けた。
「おまえが行ったらまた喧嘩になるだろ。阿求も駄目だ」
駄目だ、と言い切られたわりに、阿求は素直に頷いた。自分が駄目な理由など先刻承知だから。
「そうですね。魔理沙さんになら心を開いてくれるかもしれません。早苗さんのおっしゃる通り、これも人徳ですね」
「その話はやめてくれ」
魔理沙のぼやきに阿求は微笑む。いっぽう早苗は暗い表情だった。
「じゃあ私は、どうしたらいいのかな」
「ここで待ってろよ」
早苗はきりっとした顔で魔理沙を見る。
「私の……うん、私の不注意のせいで、こんな騒ぎになってるのに。何かできることは」
下手に動かれても面倒だからおとなしくしてろ。と言ってやりたい魔理沙だったが、さすがにその言いぐさはかわいそうな気がする。
「そうだなあ。ええと、早苗は私の仕事を手伝ってくれ」
「はいっ。具体的には」
やや発言にタメを作ってから、重々しく語る。
「私が今、引き受けている仕事は――」
ここで阿求を指さす。
「こいつが楽しく自分の本を書けるようにしてやることだ。わりとマジだぞ。なにせ半年分の食費がかかっている」
はあ、と気の抜けた顔の早苗に問い聞かせる。
「だから早苗、おまえはできるだけ阿求のそばにいて、質問にはなんでも答えてやってくれ。頼む」
まだわかっていない早苗に、こうも言ってやる。
「ほら、あれだ。いいアイディアってのは、本筋と関係ないことしてる場面でぽろっと思いつくものだろ。私ひとりの頭じゃやっぱり限界があるし、そこはおまえらでサポートしてほしいんだよ。な」
さすがに苦しいか、この言い訳。そう思って早苗の顔を見ると、彼女はなにやら深く納得していた。
「わかりました。任せてください、魔理沙さん」
うんうんと魔理沙も頷き、しばし早苗と見つめあう。こういう単純なやつで助かった。
「あとは、昨日寺にいた人間にも話を聞かないとな。そのためにこんな格好してきたんだ」
この発言には志乃が反応した。
「うちの息子でしたら、上白沢様の寺子屋に通わせています。夕方には授業が終わるかと」
魔理沙は無言で頷く。ちょうどいい、そっちの聞き込みなら慧音に話を通せばどうとでもなるだろう。
「問題は、いい年した兄弟のほうだけど……」
「大工の市蔵と仁蔵ですね。その兄弟なら、給料が出た日にはそろって近くの酒場に飲みに行くそうです」
ほう、と魔理沙は声をあげる。
「でも毎日飲み歩いてるわけでもないんだろ。給料日はいつなんだか」
基本的に笑顔を絶やさぬ志乃だが、いまはさらににやりと笑っていた。
「彼らがいま勤めている現場なんですけど、そこの建築主のかたが旦那様のお知り合いでした」
そう言って志乃は阿求に目を向ける。阿求はすぐに彼女の言いたいことを察した。
「なるほど。ではそのかたから、職人にご祝儀を出してもらえるように、父を通してお願いしておきます」
魔理沙は眼を見開く。
「やるなあ、おばちゃんも」
「私だって、ただ求聞持のお帰りを待っていたわけじゃありませんからね」
ちょっと得意げに答えた志乃に、阿求が横から口をはさんだ。
「この人里に関して、稗田の人脈に漏れはありません。というか、人間相手にはお志乃さんに聞きこんでもらうつもりだったんですけど……」
ちっちっと魔理沙は指を横に振る。
「足を使っての調査こそ探偵の本分。まあ私に任せておきなって」
にこやかに、あるいは諦めの表情で、あるいはまだ不安げな顔で自分を見る三人に背を向け、魔理沙は意気揚々と稗田邸をあとにした。
――
「ごめんくーださーい」
命蓮寺の門前にて、大声で呼びかける少女が一人。
ここの妖怪たちに話を聞くだけなら別に変装の必要などないのだけど、わざわざ術をかけなおすのは面倒だし、寺の者たちの反応を見てみたい。そう思って魔理沙はいまだお梨沙モードのままであった。
しばらく待つ、反応はなし。山門は固く閉ざされたままだった。いつもの魔理沙ならそんなのお構いなしに塀を飛び越えていくのだが、今それをやったら台無しだ。
「ごめんくーださーい」
再度呼びかけ、しばし待機。
「はいはーい」
門扉のむこう側でかんぬきの外される音がして、やがて内側からゆっくりと開かれた。
「……どちら様でしょう」
応対したのは一輪だった。
「あ、はい。あたし、里のお屋敷で使用人をやってます、お梨沙って言います」
胸元で指なんか組んで、ことさらはしゃいで自己紹介してみる。一輪はひどく難しい顔をしていた。
「魔理沙さん、ではなくて?」
やはりこんなので騙されるのは早苗ぐらいのものらしい。しかしすぐに正体を明かすのも癪だ。魔理沙はわざとらしく、不思議そうな顔で首をかしげてみた。
引きつった笑顔の一輪は、金属製の円環――法輪を二つ取り出し、それをチンと打ち鳴らした。たちまち彼女の背後に真っ白な蒸気が集結して渦を巻く。すぐさまそれは巨大な入道の姿となった。
「なんだ、どういうつもりだ」
懐に手を差し入れ、魔理沙は身構える。一輪は相変わらずちょっと怖い笑顔のまま。
「普通の女の子ならここで、きゃあとか言って腰を抜かすものです」
今度は魔理沙がひきつり顔になる番だった。
「……ぬかったか。ちょっと待って、いま心の準備するから。私が腰抜かすところなんてめったに見れるもんじゃないぞ」
今度こそ一輪は声に出して軽く笑った。
「いえけっこう。わざと驚いてもらっても腹は膨れませんからね。さ、どうぞ」
昨日の今日で押し掛けて、もっと冷たい反応をされるかもしれないと心配していたが、すんなりと中へ案内してもらえた。とはいえ今日の一輪はどことなく元気がないように見えた。
「ねえ、一輪さん」
ぎょっとした顔で彼女は振り向く。
「なんですか。気味が悪いのだけど、そういう呼ばれかた」
「今日のあたしはお梨沙ちゃんだから。なんなら一輪お姉さまと呼ぼうかしら」
振り返った姿勢のままぴたりと立ち止まる一輪。そのままじっと魔理沙の顔を見つめる。
「どうぞ、お梨沙ちゃん」
「……一輪お姉さまぁ」
上目遣いで、語尾を吊り上げてそう呼んでみると、一輪の頬が見る間に赤くなる。
「悪くない、かも……ああ違うのよ雲山。別にね、そんなつもりじゃ」
いつのまにか頭部だけ実体化していた雲入道が、主に対してじっと厳しい視線を向けていた。
「この子にはちょっと、まだ夜の仏教は早いですからね。見境なしだ? ひどいわそんな言いかた。わきまえてますとも」
一輪は小声でぶつぶつと何かを雲山につぶやいている。やがて雲山は霧散した。
「もっと呼ぼうか、お姉さま」
「いえ、いつも通りでお願いします。これ以上はよくないわ、お互いの今後のためにも」
なにやら早口で言い訳をはじめた一輪。無視して魔理沙は本題を切り出す。
「昨日は色々あったけど、私結局、宝塔の件についてはナズにしか聞いてないんだよな」
そう言って魔理沙はゆっくりと歩みを進める。一輪も並んでついてくる。
命蓮寺の本堂は昨日と変わらぬ形状で、今にも青空に向けて出航しそうな勇姿を見せつけている。これはこれで客寄せになるかもしれない。
「今日は阿求も早苗も抜きだ。昨日よりは落ち着いて話せると思うんだが」
この話題を持ち出したところ、一輪の表情は目に見えて沈鬱になっていった。
「どした。私も迷惑か?」
いえそんな、と一輪はあわてて両手を振る。
「昨日は感情的になりすぎました。過去はどうあれ、今後は人間たちからの信仰を得ていきたい。それが姐さんのお考えだというのに……まったくもう」
そう言って一輪は下唇を噛み、黙りこくった。彼女をここまで落ち込ませる要因というと、あれしかないか。
「船長のやつ、帰ってこなかったのか」
「ええ。居場所はわかってますけど、今は誰とも話したくないと、その一点張りで」
「知ったこっちゃない。やつにはあとで口を割らせる」
挑発気味に言ってみた魔理沙を、一輪はまたもじっと見つめる。やがてその真面目顔がわずかに笑顔に変わった。
「そうね、あなたなら。期待してみます」
そう言い返されてしまっては、からかった甲斐がないというものだ。肩すかしを食らった気分で魔理沙もしばし黙って歩いた。
「ストップ、ここでいいや」
本堂の中に案内されかかったところで、魔理沙は入り口階段わきの縁台によりかかった。一輪は不思議そうな顔で振り向く。
「いや、昨日みたいに部屋の中で顔つき合わせてさ、延々と座ってるのって気詰まりなんだよ。だからここでいい」
はあ、と言って、先に縁台に上がりこんでいた一輪は魔理沙のそばに正座する。
「それならまあ、かまいませんけど」
「おう。世間話感覚で尋問させてくれ」
「尋問ですか」
「拷問よりはましだろう」
あのねえ、と微妙な笑顔で一輪はぼやく。こうやって意味不明な軽口を飛ばしあえる会話こそ、魔理沙の性に合っているのだった。
ではさっさと本題に入ろうかと思っていたところで、建物内から足音が聞こえてきた。すぐに声がかかる。
「お客様ですか」
柔らかな口調で、白蓮が話しかけてきた。
「ええ。こちらはお梨沙ちゃんだそうです」
頼んでもないのに一輪が紹介してくれる。白蓮は軽く眉を上げ、あらま、と声を上げた。
「これはようこそいらっしゃいました……どっこいしょ」
白蓮も一輪の隣に正座した。いちいち婆臭いかけ声がかかるのは、わざとやっているのかそれとも無意識によるものか。
「お梨沙ちゃんでしたっけ。本日はどのようなご用件で」
やりづらい。まさか本当に『お梨沙ちゃん』で納得したわけもあるまいに。とりあえずは演技で通すしかあるまい。
「えーっと、はじめまして。今日はこちらのお寺のみなさんに、ありがたいお話を聞かせてもらいたいなって思いまして」
「そう、それは素晴らしい心がけです」
白蓮はやはり真意の読みとれない笑顔でにこにことしている。その隣では一輪も、にたにたとした笑みを顔面に張り付けていた。
どうしてくれようか、この微妙な空気。とりあえず軽く牽制攻撃を。
「あー、もしかして、ご住職様は目が悪いんでしょうか」
「いいえ。そうねえ、あちらの塀をよじ登っている蟻さんの、脚の一本まで見分けがつくわ」
なにを言い出すかと思えば。人間の視力では、そんなところに蟻がいても見えやしないのだが。
「では耳が遠いとか」
「いいえ。あなたの心臓の鼓動もよく聞こえていますよ」
そんな馬鹿な、と言おうとして魔理沙は口をつぐむ。彼女なら不可能ではないのだろう。仏門の徒は無意味な嘘などつかない。わかっていることをあえて言わないぐらいはするかもしれないが。
「じゃあ悪いのは頭ですか」
「駄目よ、そんな言いかたをしては」
めっ、と言って白蓮は魔理沙を見つめる。そして彼女は自分の髪に軽く手櫛をかけた。
「私も違う色にしてみようかしら。桜色とかどうでしょう、華やかな感じで」
この婆ちゃん、明らかにこっちの反応を楽しんでやがる。何か言い返してやりたかったが、とっさにはうまい切り返しが思いつかなかった。
とっくに正体がばれているのは仕方がないとして、せめて相手のほうから『魔理沙さんでしょう』と言わせなければ気が済まない。というかこの局面で、『じゃじゃーん、実は魔理沙様だぜ』などとはとても言い出せないではないか。
しかたなく魔理沙は無言。対して白蓮も一輪も無言を保つ。あくまで来客のほうから話題をふらせるつもりらしい。しばし居心地の悪い時間が続く。
「お客様でしたか」
唐突に背後のほうから声がかかった。同時に、すたんと地面に降り立つ音が聞こえる。
「お梨沙ちゃんだそうです」
すかさず一輪がさっきと同じ紹介をする。
「これはようこそ命蓮寺へ。私は毘沙門天の代理……」
言いながら歩み寄ってきた星だが、ぴたりとその足と口が止まった。
「はじめまして。あたし、お梨沙って言います」
この挨拶、今日で何回目だろうか。星は眼を見開き、わずかに唇を震わせている。
「いや、あなたは、え?」
「お梨沙ちゃんは、里のお屋敷で使用人をしているのよね」
白蓮の問いかけにお梨沙は頷き、はにかむ態度を見せる。
「はい。といっても、今日採用されたばっかりなんだけど」
「あらそうなの。ご就職おめでとう」
白々しいやりとりに耐えきれず、ほとんど悲鳴のような声で星は叫ぶ。
「聖まで! 魔理沙さんですよねえ、どう見たって」
たちまち沸き起こる笑い。一番大声で笑っていたのは魔理沙だった。やっと収集がついた、ありがとよ、と心の中だけで星に礼を言っておく。
「やはり駄目でした。一応ナズーリンを向かわせましたが……無駄でしょうね」
まじめな顔になって、星は仲間たちにそう報告する。
「そう。本当にもう……」
一輪はことさら深刻な顔でひとつため息をついた。なんの話だ? と質問しかけて魔理沙は思いだす。
「船長の話か? 昨日あれからどうなった」
「昨日はあのあと、私もゆくえを見失ってしまって。それで今朝ナズーリンに居場所を調べてもらったのですが」
ここで言葉を区切り、一輪は黙り込んだ。皆の前で言うべきかとしばし逡巡していたようだが、やがてゆっくりと言いはじめる。
「私はひどく罵られてしまいました。どうして悔しくないのか、共に地底に封じられて以来、ずっと一緒に苦労してきたんじゃなかったのかと」
一輪はちらりと白蓮を見て続きを語る。
「それから……姐さんのことがわからない、とも。あれほどの仕打ちを受けて、なおもあの人間を許せるなんて、自分なんかの理解を超えていると」
重苦しい口ぶりで一輪が言い終えると、星は自分の頭をこつりと小突いた。
「あなたには、そこまで語ってくれたんですね。こちらはまともな会話になりませんでした。じっと湖を見つめているばかりで、私に話すことなど何もないと」
「そんな次々と説得に行ったって、ますますへそ曲げるだけじゃないのか」
魔理沙の指摘に星は肩を落とす。
「そうかもしれませんが、ほかに案が思いつかないもので」
「ぬえあたりが行ってくれたら、もう少し会話になるんでしょうけどね。肝心な時だけいないんだから」
ぼやく一輪。所在不明の者をあてにしても仕方なかろうに。
「ここはやはり聖から、戻ってきてくれるよう説得を」
白蓮は悲しげな顔で首を横に振った。
「いけません。私ではきっと、村紗をさらに傷つけてしまうでしょう。もうあなたがたを失いたくないのです。これも私の我欲ゆえ、ですけれど」
先ほどの和やかな空気から一転、お通夜のような雰囲気になってしまった三人に魔理沙は一喝する。
「めんどくさい連中だな。放っとけばそのうち機嫌直るだろ」
一輪と星は魔理沙をじろりとにらんだ。いっぽう白蓮は気を悪くした風もなく、ぱんと手を打ち鳴らす。
「お客様の前よ、内輪の話は今度にしましょう。一輪、お茶をお願いします」
いくぶんほっとした顔つきで一輪は立ち上がり、一礼してこの場を退去した。
「魔理沙さんも、その姿を披露しに来たのではないでしょう? 似合ってますけど」
おう、と言って魔理沙は本堂の屋根のほうを指差す。
「船長がだいぶムシャクシャしてるのも、自慢の船がこんなになってるせいだろう。事情がはっきりすれば多少は気も晴れるさ」
これを聞いて、星がぴくり眉を上げた。
「意外と気を使ってくれるんですね。助かりますけど……」
何か言いたげな星に、なんだ、と念を押す。
「この件に、あなたがここまで介入してくるとは思わなくて。同じ人間たちのためでしょうか」
問われて魔理沙は一度うつむいた。人間のため、などという大層な義務感はない。阿求との約束を果たすという義理や、早苗を助けてやりたいという人情もあるにはあるけど、それよりなにより。
「目の前でつまんない喧嘩されると、なんかイライラしてくるんだよ。おまえらには私の気分をすっきりさせる義務がある。だから知っていることはなんでも話せ。昨日なにがあったんだ」
気を取りなおして笑顔に戻り、星は証言する。
「昨日、最初にここを訪れたのは霊夢さんでしたね。なんでも早苗さんと一緒に船に乗る予定だったけれど、用事ができて行けなくなったと」
「それはナズからも聞いた。ええと、そういえば誰かと一緒だったんだっけ」
「そうでしたね。妖怪……とも少し違う気配のお嬢さんを連れていました。聖は何かご存じで」
話題を振られて白蓮が答える。
「彼女は魔界のかたです。間違いありません」
魔界? と魔理沙はいぶかしがる。
「魔界人の知り合いだったら、一人いるけど」
「いえ。魔界の主によって生み出されたかたではありません。かつて地上から魔界へ逃れた神々の、しもべのかたと見えました」
えっ、と星が驚く。
「それって、いわゆる悪魔ってやつですよね。そんな大層な存在とも思えませんでしたけど」
「そうですね。いずこかの魔法使いによって召喚された、小悪魔といったところでしょう」
なるほど。魔界関連といってもアリスとは別の魔法使いの関係者だったか、と魔理沙は納得する。
「そいつだったらたぶん私も知ってるが。どうして霊夢と一緒に?」
ええと、と星はやや考えて思い出す。
「そのかたのご主人がお世話になっているというお屋敷で、妖怪同士の争いが起きたのだとか」
うん? と魔理沙は首をひねる。
「あの屋敷の連中といったら、みんなかなりの使い手だぞ。だれがあいつらに喧嘩を売ったんだ」
「それがどうも、館の主の一族による内輪もめだとかで。なんでも妹様とかいうかたが、外部から強力な仲間を引き込んで大暴れしていて、とても手がつけられないと。それで小悪魔さんのご主人が、霊夢さんに応援を要請したのだそうです」
説明を聞きながら、魔理沙はどんどん不機嫌な顔になっていった。
「なんでそこで私を呼ばない。霊夢は頼りになるけど、私はいらないって言うのか」
憤る魔理沙に、星は愛想笑いで返す。
「それなんですけどね、魔理沙さんが来るとよけい大騒ぎになるから、ともおっしゃっていました」
ちっと魔理沙はひとつ舌打ちする。
「あいつら、覚えてろよ……」
とはいえ、もしそこで自分にも声がかかっていたら、後で阿求からの依頼と板挟みになってしまったわけで、結果オーライではあるのだが。
「もういいよ、次。そのあとしばらくして、人間が五人ほど来たんだな。何か変わったことは」
星は腕組みして答える。
「うーん。その時点では特になにも。早苗さんはちょっと特殊ですけど、あとはみな普通の人間のようでしたし」
魔理沙も星と同様に腕組みの格好で、昨日得た情報を思い出す。
ナズーリンはその人間たちを警戒していたような口振りだったが、星は特に悪い感想を抱かなかったようだ。そのへんは両者の性格の違いによるものだろうか。
「その時はまだ、宝塔は船長が使ってたんだよな。それで、なんだっけ……そうだ、子供が騒いだんだ」
星はやや眉をひそめ、頷く。
「ええ。あの子はちょっと、我々のことを誤解している風でした」
言いながら、彼女はちらりと白蓮の表情をうかがった。なにか? と白蓮が問う。星はやや言いよどんだが、やがて話を続けた。
「魔理沙さんには伝えておきたいと思います。かつて我々は人々をおびやかし、それゆえ人から忌まれた妖怪でした」
「はあ。それが?」
重々しい顔で言うものだから、どんな秘密を打ち明けられるのかと思ったら。
「そんなものだろ妖怪なんて。いまのおまえらが変なんだ」
「ずばっと言ってくれますね……あ、ナズーリンは違いますよ。あれでもけっこう高貴な生まれです。でもそのほかは皆、過去には人間たちを苦しめる存在でした」
彼女がいったいなにを言いたいのか、よくわからない魔理沙だった。とりあえずはおとなしく続きを待つ。
「ですが我々は、聖に出会いました。これが天の導きならば、神も仏も捨てたものではないと、あのころ私は思ったのです」
「意外とやさぐれてたんだな。それでよく神様の代理が勤まったもんだ」
そこは色々ありまして、と言葉を濁す星。
「ですから、昨日のあの子が我々を疑う気持ちも、決して道理のないことではありません。むしろ正常な反応なのです。この幻想郷において、人と妖怪の距離が縮まりだした歴史はまだ浅いのですから」
だんだんと語り口が熱っぽくなってきた星。お前の話はくどい、と言ってやりたい魔理沙だったが、まだこいつからは聞き出したいことが多いからと思い直し、もう少しつき合うことにした。
「一見ガキのわがままのようだけど、筋が通ってなくもないと思ったんだな。それでどうした」
「ええ。それで、まずは聖の人柄を見てくださいと。そしてその聖を慕う我々がどういう者かを判断してほしいと伝えたのですが……なかなか聞き入れてもらえなくて」
それはそうだろう。『妖怪なんか』と頭から決めつけている者が、そんな説教を素直に聞くものか。
「本当に我々が悪しきものであれば、人里の守り手が黙っているわけがない、とも言いました。それで少しおとなしくはなってくれたのですが、まだ納得していない様子で……」
説明しながら、だんだんと星の声が小さくなっていく。
「ですから、えーと。ここはひとつ、わかりやすいお宝でも見せてあげれば、その子も考えを改めるきっかけになるだろうと、そう思いまして」
「それで宝塔の話を持ち出したと。ほかの人間たちも食いついてくるのを承知で、むしろ見に行けと」
さっきまで威勢のよかった星は意気消沈し、ついにうつむいてしまった。
「我ながらいい考えだと思ったんですよ。でもなんか、ナズーリンはすごく苦い顔をしているし、これはもしかしてやっちゃったかなあと……」
「みんな忙しいっていうのに、ご主人様のいらない一言のせいで余計な仕事ができたんだ。当然だろう」
ううっとうめいて、星は顔を背ける。もっと彼女を責めてやりたいという黒い感情にとらわれかけたが、今日の本題はそこではない。
「みなさん、お茶ですよ」
一輪が四人分の湯飲みを盆に乗せてやってきた。星が落ち込んだ顔をしていることについて、特に彼女からのコメントはない。星にとってつらい話題になるだろうと予想がついていたのか。
「ちょうどいいや、一輪。人間たちがまとめて本堂に来たとき、おまえはなにをしてた」
またも縁台に正座して、一輪は証言する。
「私は、本堂では人間の姿を見ていません。星に呼ばれるまではずっと広間にいましたから」
魔理沙は軽く本堂の間取りを思い出す。渡り廊下のほうから二階の船長室にまっすぐ行くならば、広間を通りがかることはないはず。この証言に特に問題はないと思える。
「どうかしら? 雲山」
一輪の呼びかけに、雲山の巨大な頭の半分だけが実体化する。しばしのあいだ、二人は魔理沙には聞こえない声で会話をした。
「ええとですね。変形の準備中、本堂に人間はいなかったと雲山も言っています」
「変形準備ってのは、人間たちが来る前に終わってたんだな」
おそらく、と一輪は答える。どういうことだ、と魔理沙は聞き返す。
「あのとき、雲山には何体かに分裂してもらって、平行して部屋を見て回らせていました。私も彼もそれなりに妖力を消耗していましたから、しばらく瞑想して力を回復している最中だったのです」
使い魔の行使には、けっこうな魔力が必要であると魔理沙も経験的に知っていた。雲山ほどパワフルな妖怪を何体も同時に操るとなれば、相当に力を使ってしまうのは当然だろう。
もっとも、この常識に囚われない規格外な魔法使いも約一名いたりするのだが。まあ彼女は今回の件に関係なかろうし、あまり気にしないことにする。
「それから」
「それからしばらくして、ナズーリンが声をかけてきました。水蜜に宝塔を渡されたけれど、自分はお客の出迎えがあるから預かってくれと」
これまたナズーリンの証言通り。ここまでの一輪の話で、予想を裏切られる証言は特にない。そう思っていたら唐突に星が質問した。
「ナズーリンは、宝塔をそのまま持ってきたんですよね。あの箱――厨子に入れてではなくて」
「ええ。厨子のほうは見ていません。船長室に置いたままだったのでは」
「ですよねえ。ううむ……」
星は腕組みして、ひどく難しい顔でうめく。
「なんだ、私に言えないことでもあるのか。黙秘は容疑を認めたとみなすぞ」
「なんの容疑ですか。そうではなくて、私も自信がなくなってきて。厨子の話です」
おかしな事を言い出す。いまは宝塔の行方について話しているのに、それを納めていた箱の事なんて。
「私はですね、ナズーリンが船長室から持ち出したのは、宝塔ではなく箱のほうだと聞いていたのです。聖もあの場にいましたよね。私、何かおかしな事を述べているでしょうか」
不安げな星の念押しに、白蓮はこれを否定も肯定もせず微笑んだ。
「おかしくはないけれど、その言いかたは誤解を招くかもしれません」
このダメ出しに星は目を逸らす。その肩を魔理沙はぽんと叩いた。
「なあ、寅丸星。誰にだってうっかりはある。大切なのはそれを素直に認める事じゃないのか。こういうの、ことわざでなんて言うんだっけ」
「過ちて改めざる、これを過ちと言う……まさかあなたにお説教されるとは」
星は一度ぶるりと首を振った。
「私自身の過ちを隠すつもりなどありません。お話します」
再び星が証言する。
「あれはナズーリンが人々を本堂に連れていってから、しばらくしてのことでした。人間のかたが、おひとりだけ先に講堂に戻ってきたのです」
「どの人間だ。おばちゃんか?」
「いえ、男のかたでした。ご兄弟の弟さんのほうですね」
そういえばそんな奴もいたんだっけ。兄に比べて影が薄いから忘れかけていた。
「彼はどうも、ナズーリンを探していたようなんです」
「あの鼠っ子を? どういう趣味してるんだ」
朝に志乃から聞いた話を思い出してみる。人間たちが船長室で宝塔を見たあと、ナズーリンは宝塔を持ってその場を離れた。そのあと弟のほうは……所かまわず早苗を口説きはじめた兄にあきれて、先に立ち去ってしまったはず。
彼がナズーリンを探していたというのが本当ならば、きっと彼女が広間に寄り道していたのには気がつかず、先に講堂にたどり着いてしまったのだろう。
「いやいや。彼の趣味志向は知りませんけど、ナズーリン本人が目当てではないようで」
「わからないぜ、世間にはあらゆるニーズが存在するんだ。あんなちんちくりんでも、だからこそいいっていう変わり者が……」
うんうん、とひとり納得している一輪のそばで、星は苦笑して手を横に振る。
「聞いてくださいって。彼は最初、こう尋ねてきたのです。『あの箱は、ここにないんですか』と」
箱? と魔理沙は聞き返す。
「ええ。箱と言っていました。なんの箱かと聞いたら、さっき鼠の妖怪が運んでいた、ここのお宝の入っている箱だと」
「そいつの話、おかしくないか。ナズは箱なんか持ってなかったんだろ」
「あとで聞いたら、そのはずなんですけどねえ。その時点では疑う理由もありませんでしたから」
またわけのわからない展開になってきた。とりあえずは次へと話を促す。
「そうこうしているうちに、手ぶらのナズーリンが戻ってきましてね。箱はどうしたと聞いてみたんです。でもナズーリンはちょっと不思議そうな顔をしていて、厨子なら置いてきたけど、それがどうしたのかと」
それはまあ、箱に触ってもいないはずのナズーリンならそう答えるだろう。
「なんだか話がかみ合わないなと思って、こうも聞いたんです。もしかして、入れ物と宝塔はいま別々なのかと。そうしたら、『その通り。別々に村紗と一輪に預けてきた』という回答でした」
これも間違ってはいない。
「だから私は――宝塔はまだ村紗が使うのかなと。でも厨子のほうは邪魔になるから、ナズーリンが気を利かせて広間に持って行ったんだろうと――そういう風に解釈したんです」
そこか、全ての元凶は。これは星をうっかり者と責めるのもかわいそうな気がする。
「弟ってやつが適当なことを吹いたから、それで勘違いしたんだな。そいつはそのあとどうした」
「ええと……ナズーリンが出迎えの業務に戻ったあと、すぐに講堂を出て行きました。兄が戻ってこないから呼んでくる、と言って」
「むちゃくちゃ怪しいだろ!」
追求されて星はしゅんとなってしまう。
「やはり、そう考えるべきなんでしょうかね。そんな悪いかたには見えなかったのですが」
またもや助けを求める視線でみつめられて、白蓮は軽く頷く。
「あのとき、あのかたに私たちを騙そうとする意図はなかった。私はそう感じました」
「おまえらの人物眼じゃあてにならん」
このお人好しどもの基準に従うなら、世の中に悪人など滅多にいないことになってしまう。ご立派な信念だとは思うが、どこかに犯人がいてくれないと探偵は飯が食えないのだ。
「そのあと星が一輪を呼びに行ったんだよな。なんでだっけ」
これには一輪が答える。
「それは姐さんのほうから私にお話があったからです。参拝に来た方々へのご接待の方針について」
「前もって話し合っておかなかったのか」
「全体的には決めてありましたけど、私と水蜜は裏方に専念していましたから。一度ぐらい顔合わせして、出航準備の進捗状況だとか、最終的な段取りを詰めておきたいと」
ふうん、と魔理沙はこの話を軽く聞き流す。そういう細々した実務の話なら、村紗より一輪のほうが適役なのだろう。
「で、星が呼びに来て、おまえは『いま行きます』とか言って広間を出ようとして、『あ、そういえば宝塔が』と思い出した。そんな感じか?」
この話題に、一輪はちらりと星の様子をうかがった。星はきまり悪そうな顔をしている。
「ええ、そうですよ。それで私は、宝塔なら預かりますと一輪に言いました。私の責任です」
星はへの字口になって肩を震わせている。人前ではいつも余裕ありげな態度を見せている彼女だが、『生き神様』の仮面が剥がれるとこうなってしまうらしい。これはナズーリンならずともいじり倒したくなってしまう。
「誰もおまえを責めちゃいないさ」
はっとして顔を上げた星に、魔理沙は微笑んで語りかける。
「おまえはただ、宝塔を返してもらいに船長の所に行っただけなんだろう。ありもしないのに。当然、それはさっきナズーリンに渡したって話になるよなあ。そうして時間を無駄にしているうちに、どこかの誰かが大事な宝塔にいたずらしてしまったと、それだけの話じゃないか。誰にもおまえが悪いなんて言えないよ。さすがに可哀想だ」
口調だけは優しく慰められているうちに、星は泣きそうな顔になってしまった。
「そんな配慮はいりません。これは私の失態です。村紗が口をきいてくれないのも当然です」
「こらこらこら!」
上空から、魔理沙たちにそう呼びかける声がかかった。
「見慣れない客だから、誰かと思ったら」
星のすぐそばに、飛んできた鼠妖怪がすたりと降り立った。ナズーリンは魔理沙をにらみつけ、そして心配げな瞳で主人を見上げる。
「ご主人、そう気に病まないでください」
「ナズーリン……」
「村紗があんな態度なのは、今回のポカのせいではありません。もっとずっと以前から、ご主人なんか信用していなかったそうで」
ふがっ、と言葉にならない声を上げて、それきり星は絶句してしまった。一輪はじとりとナズーリンを見る。
「それで、水蜜の様子は」
目を合わせずにナズーリンは答える。
「ああ、がつんと言ってやった。そんなに嫌なら出て行きたまえと」
「ナズーリン! ああもう」
がらにもなく声を張り上げ、そして一輪は途方に暮れて宙を見上げた。その視線の先に雲山が半実体化する。
「……ええ、そのぐらいわかってます。だけどあの子、きっと本気にしてしまうわ」
またしても雲山とぶつぶつ会話したのちに、一輪はまっすぐに白蓮を見つめる。
「姐さん。もし本当に、水蜜がここを離れるというのなら……ごめんなさい、私もついて行きます。彼女をひとりにはできません」
思いつめた表情で述べる一輪。さすがの白蓮もいつもの余裕がなかった。無表情で、ただ軽く唇を噛んでいる。
「ナズーリン。その言いかたはないでしょう。村紗の気持ちだって考えて」
やっと我に返ってナズーリンを叱責しはじめた星だったが、その語気には力がこもっていなかった。すぐににらみ返されて言葉に詰まってしまう。
「私だって正直なところ、稗田を信用しきったわけではない。でもそれとこれとは話が別です」
苛立っているナズーリンに、白蓮が穏やかに問いかける。
「どうしてそんなに角の立つ言いかたをしたの。わけを話してもらえませんか」
素直にこくりと頷くナズーリン。
「この寺は、聖白蓮のためにある場所。聖のやりかたに賛同できない者は、ここで暮らすのに向いていません。いつまでもあの調子でごねるくらいなら、一度離れたほうが本人のためでしょう」
星も一輪も、これにはなんの反論もできず黙っているしかなかった。
白蓮はもとより反論するつもりなどなかったのだろう。ナズーリンの話を聞いて、静かに、そして悲しげに頷くだけだった。
「気にくわないぜおまえら。なんだってそんな気味悪い気の使いかたするんだ」
だから必然的に、魔理沙がしゃしゃり出ざるを得ないのだった。
「ナズーリン。おまえが阿求を信じないのは勝手だ。でもあいつはこうも言ったんだぞ。私たちの仕事は、ただ犯人を捕まえることなんかじゃないと」
「それは聞こえていたさ。鼠は耳がいいんだ」
ふてくされた感じでナズーリンは言う。
「私たちと守矢の間に、妙な因縁が残らないように片づけたいのだろう。ご立派な計算じゃないか」
それは、と言いかけて魔理沙はしばし黙り、頭の中の意見を整理してから口に出す。
「それは確かに、あいつなりの計算なんだろう。でも、だからしっくりこないんだよ。そんなに昔のあいつは、船長が言うほど愚かな奴だったっていうのか」
昨日魔理沙が聞かされた、千年前がどうしたとかいう長話の中で、一番不審に思った点がそこだった。
確かに白蓮は呆れるほどの博愛主義者だ。しかし決して無抵抗主義者ではない。本当に間違っていると思う相手に対しては、その超人的能力を存分に駆使して戦うことだろう。魔理沙がはじめて彼女と出会ったときのように。
しかし命蓮寺と稗田の和解がこうもあっさり成立したという事は、白蓮も阿求の言い分をそれなりに認めているという事だ。
「なにが言いたいのかな、君は」
簡潔にナズーリンは問い返した。
「ふん。おまえらの使いっぱをするみたいで嫌なんだが――」
言いながら魔理沙は自分の荷物を肩に掛け、ゆっくり浮上する。
「私が聞き出してやろうじゃないか。あいつの本音ってやつをさ」
――
箒なしでの飛行は、やはり自分には似合わないと魔理沙は考える。
魔女は箒に乗ってこその魔女。その思いこみにも似た信念があるからこそ、霧雨魔理沙は人類最速クラスの飛行速度を発揮できるのだ。その代償として、箒なしで飛ぼうとするといつもの半分の速度も出ない。これはイライラする。
まあ今日の所は多少不便でも仕方あるまい。いまの魔理沙は魔理沙であって魔理沙ではない。町娘のお梨沙ちゃんであるところの自分が、箒なんかにまたがって飛んだら変ではないか。
……そこらの町娘が空を飛ぶこと自体どうなんだという気もするけど、今回の目的地にはとても歩いてたどり着けないのでしかたがない。
飛びながら魔理沙は手荷物の包みを開けて、そこから一体の人形を取り出した。定められたコマンドワードをつぶやいて、通信モードを『単方向送話』から『双方向通話』に切り替える。
「おーい、阿求。聞こえてるか」
すぐには返事がなかったので、しばらく待ってもう一度呼びかけた。
「おーい」
(あ、はい、すいません。聞こえていますよ)
おいおい、と魔理沙はぼやく。
「さっきのちゃんと聞いてたのか」
(そこはばっちりでした。今はちょっと、出かける準備をしていまして)
なにやら弾んだ声で阿求は答えた。そこへもうひとりが口をはさんでくる。
(あ、魔理沙さん。これすごいですね。私の携帯じゃこんなにはっきり聞こえませんよ。ちょっとむこうの雑音がひどいと、『あー、もうちょっと大声で話してー』ってなっちゃうから)
外の世界の通信機械の性能なんぞは聞いていない。というかやはり、普及性では負けていても、品質では科学技術より魔術のほうが上か。何かに勝った気分だった。
「今は阿求に話があるんだ。ちょっと黙っててくれ」
(うー、ごめんなさーい)
早苗の空気読まなさも相変わらず。このいつもと変わらぬやりとりに、なぜかほっとしてしまう魔理沙だった。
「じゃあ悪いけど、ああいう話になったから」
(悪い、とは?)
不思議そうに聞いてくる阿求。魔理沙に気を使わせないための演技というわけでもなく、本当に意味がわからなかったようだ。
「だってさ。船長からじゃないと聞き出せない話って、もうそんなに無い気がするんだよなあ、この事件に関して」
宝塔のありかが行き違ってしまった一件について、村紗はほとんど関与していない。ナズーリンに宝塔を渡して、しばらくしてから来た星に返してくれと言われて、あわてて一緒に広間に行ってみたらすでに早苗が拾ったあとだった――という程度のはず。
彼女から有益な情報を引き出せる可能性など薄いのに、自分の勝手な約束で寄り道してしまった事を魔理沙は気にしていたのだが。
(そうかもしれませんけど、みなさんのためにはなることです。私からもよろしくお願いします)
「おまえがいいなら、まあいいんだけど」
(それに……)
何か言いかけて途中で言葉の止まった阿求に、なんだ、と聞き返す。
(はい。村紗さんのお考えにも興味がありますから。私はかつて、彼女らに恨まれて当然のことをしました。けれどなぜ、聖と村紗さんであれほど意見が食い違っているのか、そこが知りたくて)
「そういう腹か。というかさあ……」
今度は阿求が、はい? と問い返す。
「昨日の話だけど。あそこで白蓮が、絶対に許さないって言いだしたらどうするつもりだったんだ」
(最悪そのときは、『魔理沙さんは私が騙して連れてきただけなので、許してあげてください』とお願いするつもりでした)
はあっ? と魔理沙は語気強く聞き返す。
「なんだそれ、どういう意味だ」
(ですから、彼女らが私たちをまとめて抹殺するつもりだったら、という話です。私はともかく魔理沙さんにまで危害を加えるような集団であれば、幻想郷の他の勢力が黙っていないでしょうし)
黙り込んだ魔理沙に対し、阿求は慎重な口振りで続ける。
(もちろん、まずありえないことだとも理解していました。千年間の幽閉によって、あのかたの気が変になっていたのでもない限り)
「考えすぎだろ。前にも言ったけど、どうしてそう疑り深いんだおまえは」
問いつめられると阿求はぴたりと黙った。しばらく沈黙が続き、そして破られる。
(阿求さーん、そろそろ……あれ、どしたんです。ちょっと魔理沙さん、阿求さん泣いてますよ)
うええっ、と魔理沙が驚きの声を上げると、すぐ訂正が入る。
(いやちょっと、変なこと言わないでください)
(えへへ、ごめんなさーい)
機嫌良さそうに謝る早苗。完全に調子に乗っている。
「早苗、黙れ。阿求、前にも言ったけど、あいつらはそんなやつらじゃないよ。ちょっとばかり説教臭いのはいただけないが、一緒に騒げるやつらだ。でなければ私が、あと霊夢と早苗が、あいつの封印を解いてやったはずもない」
そうですね、と阿求は答える。
(……やっぱりうらやましいかな)
「ん? なんか言ったか」
小声のささやきだったので、今なんと言っていたのかよく聞き取れなかった。
(ただの独り言です。それより、私たちはこれから外出しますので、しばらく連絡がとれなくなるかもしれません)
「ほう。どこ行くんだ」
そう質問したとき、行きましょう、と言う早苗の声がやや遠くから聞こえてきた。
(守矢神社です。八坂様に了承を得たいことがありまして)
「はあ。それでか、あいつが無駄に元気なのは」
余所者に対してはひどく排他的な妖怪の山だが、早苗はその山の身内だ。案内役としてこれ以上の適任者はいないだろう。事件解決まで神社に戻らないと誓いを立ててしまった早苗だが、阿求の調査に協力するためなら問題ないという理屈か。
(そのようですね……はい、いま参ります)
「じゃあついでだ、こいつの通信、いったん切るぞ」
(完全に、ですか?)
ああ、と答えて魔理沙は一度前方を見た。だんだんと目的地の大きな目印が見えてきた。
「理由はどうあれ、船長はおまえをひどく憎んでいる。悪いけどそんなやつに自分の話、聞かれたくないだろ、あいつもさ」
(わかりました。あとで状況は教えてくださいね。ではお任せします)
この返事を確認して、魔理沙は遠隔通話の効力を一時停止させた。
ほどなくして、魔理沙はナズーリンに教わった地点の近くにたどりつく。霧の立ちこめる湖のほとり、そこに村紗水蜜がいるはずだった。
水面のむこうをふと見渡してみる。湖中の大きな島には、魔理沙にとってはよく見慣れた館がそびえ立っていた。ただし……なぜかあちこちが破壊されている。
屋敷の正門の鉄格子は派手にへしゃげていて、もはや門の様相を呈していない。館主自慢の時計塔も、塔のなかほどから爆破されたように吹き飛ばされており、肝心の時計がどこにも見えなかった。
「あー、くっそ。やっぱあっちに混ざりたかったなあ」
嘆いたところで時は戻らない。戻そうと思えば戻せる変態的人間も実在するのだが、彼女はいま大忙しの真っ最中だろう。
気を取り直して魔理沙は湖畔に目を凝らす。最後の目撃地点から移動していなければいいのだが。
……いた。ひとまず高度を落として接近してみるが、反応はない。気づいていないのか無視されているのか。どちらの可能性もあり得る。
村紗は波打ち際の岩場で、膝を抱えて座っていた。さらに接近。声をかければ容易に聞こえる距離まで近づいたとき。
「やっぱり来ちゃったんですね……はあ?」
意味ありげなつぶやきとともに振り向いたところで、村紗は口をあんぐりと開けて硬直した。
「はあい、来ちゃったわよー。なんてね」
ひょいと魔理沙はその横に降り立った。依然、村紗は硬直状態。
「どうしたの船長さん。何か悪いものでも食べたのかしら」
いたずらっぽく笑いかけて、首をかしげてみる魔理沙だった。
「魔法使いの気配だから、てっきり……というかなんなのその格好、口調も、その仕草も気持ち悪い!」
指さされて、魔理沙は反対側に首をかしげる。
「気持ち悪いだなんて。似合ってないってことかしら」
「いやその、似合ってるから気味悪いの。普通に話してちょうだい魔理沙」
とりあえず、第一手で機先を制することはできたようだ。お梨沙モードとしては初の成功例かもしれない。
よっこいせ、と言って魔理沙も村紗と同じ姿勢になる。しばらく二人並んで湖水を見つめた。意外と安らぐかもしれない。
「わりと元気じゃないか。来ることなかったかな」
あん? といらだった声色で、村紗は魔理沙のほうを向いた。
「もっとこう、全人類を呪ってる感じの顔してるかと思っていたが」
村紗はまた湖へと顔を向け、ぼそりとつぶやく。
「……呪っていたわ」
不審げな顔になった魔理沙を気にとめた風もなく、淡々と語る。
「陸のやつらが恨めしい、船乗りどもが恨めしい。だから柄杓をくれ、柄杓をくれと。毎夜のように歌っていたわ、あのころは」
「そいつは陽気な幽霊船長だな」
すぐに村紗はかぶりを振る。
「船は、まだ無かった。でも聖がくれた。聖輦船が私なの、聖が私なの。わかる?」
静かに、だがどこか熱っぽく村紗は語る。いつもの陽気な幽霊船長は、彼女の単なる一側面に過ぎなかったようだ。魔理沙としてはそっちのほうが好きなのだけど。
「わかるかよ。わかっちゃいけない領域だろう、そこは」
だよね、とつぶやいて村紗はまた水面を見つめる。しばらく沈黙が続き、今度は彼女のほうから話しかけてきた。
「みんなに言われて来たの?」
「いや。でもあれじゃ、行けと言われたのと変わんないかな」
わずかに唇を震わせてから、不安を隠せない声色で村紗は尋ねる。
「なんて言ってた。私のこと」
「それがさ、どいつもこいつも真面目な顔して、どうしたらおまえのためになるかって本気で話し合ってるんだぜ。馬鹿馬鹿しいったらない」
村紗はぐっと自分の膝を抱き、顔を埋めた。
「みんな本当に大馬鹿ね。私なんか放っといてよ」
「いや。ナズーリンは、放っとくのも面倒だからどっか行けと言っていた」
ふん、と村紗は顔を背ける。
「……虎のやつ、怒ってたでしょ」
「いや。全部私のせいです、とか言って泣きそうな顔してたけど」
うわあ、と言って顔を上げる村紗。
「おかしいでしょそれ。どうすればそんな結論になるの」
「ホントあいつおかしいよなあ。一輪もだけど」
その名を出すと、村紗はびくりとしてわずかに魔理沙のほうを向いた。
「さすがに一輪は呆れていたわよね。あれだけ私、駄々こねたんだもの」
「いやそれが傑作でさあ。『水蜜が出てくなら、私もついていきます』とか言ってんの」
村紗はズックのかかとで、がっと足もとの岩を蹴りつける。
「馬鹿じゃないの。そんなの、あいつになんの得があるっての」
「私が聞きたいぜ。あれにはさすがの聖様も困った顔してたな」
ぴたりと村紗の動きが止まった。自分の膝に頬を乗せて口元を震わせ、なんとか言葉をひねり出そうとしている。
「聖なら……なにかこう、悟りきったようなこと言って、それでみんな納得したんでしょ。どうせ」
「いや。なんつってたっけ……自分のわがままだとはわかっているけど、村紗を失いたくないんです、とかそんな感じで」
今度こそ村紗ははっきりと魔理沙の顔を見た。そこは気にせず話を続ける。
「住職のくせに我欲に流されすぎだろ? いちから修行しなおしたほうがいいんじゃないのか」
ああもう! と叫んで村紗は立ち上がった。
「なんなのよみんな。まともなこと言ってるの、鼠のやつだけじゃないの」
「まったくな、同情するぜ。まあ座れよ」
魔理沙をにらみつけて、不承不承ながら村紗は元の体勢に戻る。
「悔しいけどあいつの言う通り、私はいなくなるべきなのよ。それで、聖にどうお別れを言おうか、考えていたんだけど」
魔理沙は首を横に振る。
「可哀想だが、おまえに逃げ場があるとは思えない。どこに消えようが、あいつらきっと寺ごと追いかけてくるぞ」
そう聞いて顔をしかめる村紗だったが、その口元は笑っていた。
「ありがた迷惑ね。私なんてどうせ、地上じゃうまくやっていけないわ。はっきりしてる」
そうか? という魔理沙の問いに、村紗は首を振ってまた顔を伏せる。
「聖がなんと言おうと、私たちが人間から受けた仕打ち、忘れられるわけがない」
「私だって人間だぞ」
「あなたはいいの。聖を拒んだ連中とは違う」
何がどう違うのか釈然としない魔理沙だったが、村紗の中ではそれなりの区別があるらしい。それで自分と話をしてくれるというなら、まあそれでいい。
さて。ここで『あばよ』とか言って立ち去っても事態は進展しないだろう。どう話を持って行くべきか。
知りたいのは、命蓮寺の妖怪連中の中で、なぜ彼女だけがこれほど過去の件にこだわっているかなのだが。いきなりそれを聞いてもまともな答えは返ってくるまい。
「白蓮のやつがさ、そんなに人間に嫌われていたとは想像つかないんだが。昔っからあんなだったんだろ」
村紗は遠くを眺めた。何事か思案したあと口を開く。
「私が聖と知り合ったばかりのころは、人間たちも愛想がよかったわ。噂を聞いて遠くから来る者もいたりした。本当に困っている相手になら、聖は快く手を貸した。人間でも、妖怪でも」
「ふむ。だがそのころは、いまほど人間と妖怪は仲良くなかった」
「そうね。それでやつらは、聖を妖怪の手先と決め付けた。聖のお考えを、本気で理解しようとする人間なんかいなかったわ。助けを求めに来るのは妖怪ばかりになった」
微動だにせず、はるか対岸をじっとにらみつける村紗。
「みなが苦境を訴えたわ。人間どもの増長はひどくなる一方だ、誰かなんとかしてくれと。でもあの女が、宝塔を持ってやってきて……それで」
言いながら、村紗は全身を小刻みに震わせていた。
心優しい白蓮は、人間の卑劣な騙し討ちによって封印されてしまった――と、それだけなら彼女の言い分は筋が通っているように聞こえるのだが。
「そのころから、宝塔はおまえらの大事なお宝だったんだろう。ちゃんとしまっとけよ」
村紗は怒りの顔つきで、体ごと魔理沙のほうを向く。
「盗まれていたのよ。私たちも気がつかないうちにね」
「なくなってたんなら気づけ」
まだ感情の収まらない様子で、村紗は首を横に振った。
「あのころ聖は、宝塔が悪用されることを恐れて、とある寺院に封印していたの。でもその寺のあった人間の旧都が、戦でみんな焼けてしまった。宝塔はもう失われてしまったと、誰もが思っていたわ」
「それをどうして阿求が持ってた」
村紗は憎々しげに答える。
「あの女の仲間に、腕の立つ結界使いでもいたんでしょうね。戦のどさくさにまぎれて封印を破って、ナズーリンでも探せない所に宝塔を隠していた。そうとしか考えられないわ。これが陰謀じゃなくてなんだというの」
聞けば聞くほど、昔の阿求はやりかたが黒い。恨まれて当然と本人が言うのもわかる気がしてきた。
「いまでもやっぱり、あいつが憎いのか。復讐とか考えてたりするか」
「憎いわ。でも復讐なんてね。絶対に聖は喜ばないし、それであの頃の仲間が返ってくるわけでもない」
仲間、か。
「そんときは、いまの連中のほかにも大勢妖怪がいたんだな」
「ええ。聖がいかに素晴らしいかたなのかって、私あちこちで吹いて回っていたから……あー、いまにして思うと、かなり恥ずかしいこと言ってた気がする」
この話題を口にして、村紗の表情には少しだけ笑みが戻っていた。
「認めたくないもんだよな。自分自身の若さゆえのあやまちってやつは」
魔理沙のつぶやきは、なにそれ、というぼやきで返された。
「いや、前に早苗がそんなこと言ってたから。忘れてくれ」
彼女にも、若さゆえに何か馬鹿をやらかした経験でもあるのだろうか。どうでもいいけど。
「それであなた、結局なにしに来たの。私の説得?」
不用意に気を許してしまったのが恥ずかしかったのか、村紗はまた硬い態度でそう問うた。
「おまえらの行く末なんか知ったことか。ムラサ船長が、なーんでそんなにふてくされてるのか気になっただけだ」
村紗は目をむいて魔理沙を見る。
「まさか、あいつに言われて探りに来たの」
「阿求か? 一応、おまえに会いにいくとは報告したけど。そしたら自分は忙しいから好きにしろってさ。勝手なもんだ」
そう、とつぶやき、村紗は元の姿勢に戻る。
「つまり単にあなたの好奇心ってわけね。どうして答えてあげなくちゃいけないの」
と、文句を言うわりには、彼女はさっきからいろいろ話をしてくれているわけで。
「おまえだって気になってるんだろ。どうして白蓮は、あんなにあっさり阿求を許したのか」
それは、と言って村紗は口元をひきつらせる。
「それは……だって聖だもの。あいつ、稗田とかいうやつも、少しは聖の正しさを認めたみたいだし。それでいいと思っちゃったんでしょう」
「で、おまえはそこが納得できないと」
「当然よっ」
声を荒げて村紗は力説する。
「あのあと、私たちがどんな目にあわされたのか……聖だって知らないはずないのに!」
おちつけ、おちつけと魔理沙はジェスチャーでアピールする。
「まとめて地底に追っ払われたんだっけ? だけどあそこも、そう悪いところじゃなかったろう」
呼吸を整え、横目で魔理沙を見る村紗。
「追い払われたというか、ほかに居場所もないから自発的にね。確かにあそこはあそこで悪くなかったわ。いつも一輪がいてくれたし、たまにぬえのやつがいたずらしに来たりで。地底の一番奥に住んでる連中は好きじゃなかったけど、都の鬼たちとは気が合った」
ではなにがそんなに悔しいというのか。魔理沙は黙って続きを待つ。
「だけどこの千年間、何度も夢に見たわ。聖が封じられた、あの夜のこと」
村紗はまたもじっと膝を抱えていた。その瞳には、昨日彼女と対峙した時と同様の暗い炎が宿っていた。
「なにがあった。白蓮がいなくなって、おまえらはおとなしく解散した……わけないよな」
「殺してやる、つもりだった。あいつが人の形をしなくなるまで、叩き潰してやるつもりだった。でも邪魔が入った。別の人間たちが襲ってきたの」
昔の阿求も、そこでただで帰してもらえるとは思っていなかったのだろうし、ならば援軍を用意しておくのが妥当な策か。人と妖怪が本気でいがみ合っていた時代のことだ、きっと凄惨な戦いになったのだろう。
「悔しいけど、私たちじゃ手も足も出なかった。運の悪いやつはそこで死んだ」
「大勢妖怪がいたのにか? どんな大軍で来たんだ」
この問いに対し、唇の形をゆがめる村紗。
「相手は、たったの二人だったわ。人間の男と女。でも尋常なやつらじゃなかった」
ほう、と魔理沙は眉を上げる。魔理沙が今まで出会った妖怪の中でも、村紗はけっこう手強い部類に入る。それをいとも簡単に撃退できる者が何人もいたとは。
「どんな使い手だ。参考までに教えてくれ」
「……男のほうは剣士だった。とんでもない速さで斬り込んできて、少しでも間合いに入った者はバラバラにされたわ。あの雲山ですら、あいつに斬られて痛がっていた」
魔理沙はふと、それと似たような戦法を使う知り合いのことを思い出した。といっても、あの半人前の剣士にそこまでの実力はないだろうけど。
「だけどもっと危ないのは女のほうだった。あいつが手招きをしただけで、弱い妖怪は魂を抜かれて死んだ。私も、睨まれたとたんに力が抜けて動けなくなった。笑っちゃうわね。これでも、あそこにいた中じゃかなり強いと思ってたのに」
しばらく身を震わせていたあと、村紗は顔を上げて魔理沙をまっすぐ見つめた。
「わかったでしょう。話しあいに来たとか言って、本当はそんな連中を引き連れていた。はじめから私たちを始末するつもりだったのよ。人間のやりかたなんていつもそう」
憤る村紗と、黙って話を聞く魔理沙。しばらく二人は見つめあった。
ここで、おまえも大変だったんだな、とか言って納得してあげるのは簡単だ。村紗の気も少しはおさまることだろう。
だがそれはなんの解決にもならない。問題は、彼女が何度も言っていたように、なぜそこまでされていて白蓮は怒らないのか、なのだ。
まだ残っているいくつかの疑問点と、それをぶつけてみるべき順番を、魔理沙は頭の中で吟味していた。段取りを誤ったら今度こそ村紗は完全に口を閉ざしてしまうだろう。
「いまの話、虎と鼠が出てこなかったけど。あいつらでも歯が立たなかったのか」
「星たちは、あのときいなかった。だからあのあとも、私たちとは無関係を装って地上にいられたの」
「大事な白蓮のピンチだってのに、ふらっといなくなって、それで自分たちは知らんぷりか。意外と冷たい連中だなあ」
非難するように言ってみると、村紗は小石をひとつ拾ってちゃぽんと湖面に投げ込んだ。
「そうよ、そういうやつらなのよ。なによいまさら」
これ以上煽るといらぬ愚痴が飛び出してきそうなので、さっさと話題を変える。
「白蓮さえいたら、そんな一方的にはならなかったよな」
「そうね。だからこそ、最初に聖を封印したんでしょうね」
「でも阿求のやつ、荒事に関しちゃド素人なんだぞ。白蓮なら宝塔なんか簡単に奪い取れたんじゃないのか」
村紗はやや言葉に詰まり、それから言い返した。
「きっと聖は、最後まで話しあうつもりで……」
「それはない。問答無用とまで言われたんだ、あいつだって本気出すさ。おまえのほうが知ってるはずだろ、そういう性格」
黙り込む村紗に、さらに追い打ちをかけてみる。
「もしかしたら、自分は封印されてもしかたないんだって、そんな風に思っていたんじゃないのか」
「知らない。私には、聖のお心なんてわからない」
村紗はぷいとそっぽを向いてしまった。けれどそれだけ。まだ話を聞く気はあると見える。
「まあいいや。昔の人間たちは、なんでそこまでしておまえらを潰そうとしたんだ」
村紗は振り向き、怒りをあらわにする。
「言ったでしょう。妖怪の味方をする聖が気に入らなかった、ただそれだけよ」
「そうか? 阿求は話し合おうと言って会いに行ったんだ。それがまるっきりの嘘なら、白蓮だって相手にしないと思うんだが」
立て続けの詰問を受けて、村紗は視線をさまよわせたのちに言い返す。
「きっと聖は、まだ人間に期待したかったのよ。でもあなただって昨日聞いたでしょう。稗田は、聖の言葉に聞く耳持とうとしなかった」
昨日の白蓮と阿求の問答を持ち出してくるというのなら、魔理沙にも言いたいことはある。
「そこはお互い様だと思ったけどな。人間が妖怪に襲われてもしょうがないなんて、それは暴論だろう」
歯をむいて村紗は言い返す。
「私たちは、そういう存在だもの。昔から人を驚かせて暮らしてきた。それを追い払いにきたのは人間のほうよ」
むっ、と魔理沙は言葉に詰まってしまった。今のは少し攻めが甘かったか。
「それはまあ、そうかもしれないけど……なにがなんでも妖怪をやっつけろなんて言ってないだろ。ただおまえらはあまりに危険だったんだと、それが阿求の主張だった」
結局、そこなのだ。
白蓮を慕って平和に暮らしていた妖怪たちは、人間の迫害によって追い散らされてしまった――ただそれだけの話であるならば、白蓮はなぜ、また人里に寺を建てようなどと思い立ったのだろうか。
「そんなの、ただあいつの思い込みよ」
「本当にか。その頃のおまえらは、別に危なっかしい妖怪じゃあなかったと、そう言いたいのか」
しつこく念を押されて、ついに村紗は逆上する。
「何が言いたいの。私を怒らせ来たの、魔理沙!」
軽く首を振り、ゆっくりと魔理沙は言葉を紡ぐ。
「それで聖が喜ぶのなら」
は? と村紗はあっけにとられる。
「おまえらの口癖だろう。どいつもこいつも聖、聖って。あいつをこよなく愛するという、その一念でもって命蓮寺一党はつながっている」
「それが、なに」
「おまえの昔の仲間ってのが、どれだけいたのかは知らないけど……千年たってもまだ本気で白蓮に会いたがっていたのは、いまいる連中だけだったんじゃないのか」
ぐっと拳を握り、言葉少なに村紗は答える。
「きっと、そうね。それが?」
「言い忘れていたが、さっき白蓮はこうも言っていた。自分がおまえに会いに行ったら、もっと傷つけてしまうって」
村紗は戸惑っていた。魔理沙の言い分には反発しつつも、その言葉まで嘘っぱちだと決めつけるつもりはないようだ。
「聖が、私を傷つける……どういう意味」
「私もよくわからなかった。でも今は、なんとなく想像つくぜ」
むっとした顔で村紗はにじり寄ってきた。
「なにがわかるっていうの、言ってみなさいよ」
「ええと、そうだな――」
婆ちゃんめ、謀りやがったな、と魔理沙は内心で悪態をついた。村紗を徹底して追いつめるという役割。白蓮がやらないのなら、そのお鉢は自分に回ってきてしまうらしい。
「千年前、白蓮のもとに集まった連中。おまえが呼び寄せたんだよな」
「まあ、だいたいはそうね。それで」
「でもそいつらは、おまえらほど白蓮に心酔しちゃいなかった。どっちかというと、人間に追われて仕方なく逃げ込んできただけ。そんな感じか?」
村紗は不満げな表情のまま頷いた。特に反論もないようなので、続けて魔理沙は問う。
「もう一度教えてくれ。白蓮が封印されたとき、星たちがいなかったのはどうしてだ」
村紗は握り拳で足場の岩場を叩き、立ち上がった。
「あいつらは! あいつらは……」
言いよどみ、歯ぎしりをする村紗。ビンゴだぜ、と心の中で魔理沙はつぶやく。
これまで村紗は、魔理沙になにを問われても自分なりの意見をはっきりと返してきた。だがこの質問にだけは、どうしても答えづらい事情があるらしい。
「たまたまいなかっただけか? まさかな。ナズがついててそんなヘマするわけがない」
口をもごもごと動かす村紗。聞き取れる言葉にはならなかった。
「白蓮のことなんかどうでもよかったのか? 星に限ってそりゃないか」
独り言めかしてそう言ってから、魔理沙はじっと村紗と見つめあう。彼女は怯えた顔で口を何度か開け閉めしていたが、やがて観念した様子で語り出した。
「あいつらは……あのしばらく前に、寺を出て行った」
どうしてだ、という再びの問いに、震えた声で返答が来る。
「とてもついていけない、と言って。自分たちで信仰を集めて、いつかそこに聖を呼ぶんだと言って、二人きりで出て行った」
「仲良くやってたんじゃなかったのか。なにがそんなに気にくわなかったんだ」
村紗は肩と拳まで震わせて、うつむいて地面を見る。
「仲は、あんまりよくなかった。人間に復讐してやるんだって言い張る連中と、星たちは何度も対立した」
「ようは喧嘩別れか。あの善人の塊みたいなやつが出て行って、それからどうなった」
いまや彼女は顔面蒼白で、それでも言葉を絞り出すようにして語り続けた。
「みんな、聖の言いつけも聞かないで、勝手に人をさらって食うようになったわ。そのうち人間の町を襲う計画まで始めて。だから私と一輪で、そんなのやめろと言ったのよ。そうしたらあいつら、じゃあ自分たちも出ていくって言い出して。それを聖が引き留めていたんだけど……」
「そいつら、もう退治されたって文句言えないだろう」
「でも聖はなにも悪くないじゃないの」
今にも泣き出しそうな顔で、村紗は激しく言い募る。魔理沙はそれを片手で制した。
「あいつには、見捨てられないさ。たとえどんなに悪ガキでも、自分の子分が虐められたら放っとけないさ」
「そうよ。それが聖だもの」
「だからって白蓮が人間相手に本気出したら、下手な戦争なんか目じゃないほど死人が出るぞ。おとなしく封印されておいたほうが、まだましだったんじゃないのか」
何度か足を踏みならし、村紗は涙をこぼしながら叫ぶ。
「私が、あんな仲間を集めたから、それで聖は封印されたって言うの」
「知らん。それはおまえが、自分で考えることだ」
村紗は力つきるようにうずくまった。自分の口を押さえて息を殺そうとしたが、抑えきれずに嗚咽が漏れ出る。
しばらくの間、彼女は声をあげて泣き続けていた。
「わかって、もらいたかったの。私を暗い海から引き揚げてくれた聖のこと、もっとみんなに教えてあげたかったの。本当にただ、それだけだったのに」
認めたくなかったのだろう。自分がよかれと思ってしたことが、白蓮封印の原因になっていたなどとは。だからことさら阿求を憎み、同調してくれない白蓮たちに反発した。それ以外に感情のやり場などなかったから。
やがて何度も顔をこすり、村紗は面を上げた。
「いいところだと思ったわ。今の地上……幻想郷は。ここでなら、聖と一緒に、聖の望む未来が作れるかもって思った」
まだ涙をためて詰め寄ってくる村紗。彼女のぶつける視線を魔理沙は正面から受け止めた。
「ああ。きっといいとこだぜ。違うのか?」
「わからない。ここの人間たちだって、今は珍しがって拝みに来るけど……いつ手のひらを返すかわからない。信じられるわけないじゃないの」
そう言いながら、村紗はごくゆっくりと浮上しはじめた。魔理沙もそれに並んで浮かび上がる。
「どこ行くつもりだ」
「とりあえず、帰る。みんなに謝るわ」
「それで? おまえ、今まで通りにやっていけるのか」
ぴたりと動きを止めてから、村紗は魔理沙に背を向けた。
「無理ね。これ以上人間に愛想よくなんてできない。私には地底がお似合いだったのよ」
速度を上げて飛び去ろうとする村紗に追いすがり、魔理沙は叫ぶ。
「私だって、人間なんだぞ!」
気がついたらそんなことを口走っていた。振り向いた村紗に魔理沙は重ねて呼びかける。
「おまえがどう思っていようと、阿求も、早苗も、ほかの人間たちだって私の同類だ。つきあいきれないなんて決めつけるのは、まだ早いんじゃないのか」
そんな言葉がぽんぽんと出てきたことに、魔理沙自身が驚きだった。
特に深い考えがあって言ったわけではない。ただ、もしこのまま村紗を見送って、もう二度と彼女に会えなくなってしまうとしたら、それはすごく癪なことだろうと思えるのだ。
「だったらあなたに証明できるの。まだ人間を信じてもいいと、私を納得させられるの。やってみなさいよ!」
村紗はまたも背を向ける。そして今度こそ全力の、箒なしの魔理沙ではとても追いつけないほどの速度で命蓮寺の方角へ向けて飛び去っていった。
――
ひとまず魔理沙も帰路につく。
戻る途中で軽く香霖堂にも顔を出してみたのだが……霖之助はさほど驚いた風もなく、当然のように魔理沙を魔理沙だと認識していたので拍子抜けしてしまった。まあ彼の場合、魔理沙が素でこういう服装をしていた頃からの知り合いなわけで。
自宅で遅めの昼食をとりながら、そういえば、と思い出して魔理沙は人形の通信機能を復活させてみた。むこう側からたまに物音や話し声が聞こえてくるのだが、音声がくぐもっていてよく聞こえない。とりあえず放置しておく。
それにしても、またも厄介事を大きくしてしまった気がする。そもそも自分の仕事はなんだっけ、と魔理沙は思い返す。
阿求の調査に協力する、それが彼女との労働契約条件。けれど自分がここまで首を突っ込んでしまった理由は、それだけではないはずなのだ。
約束の報酬をもらうことだけが目的ならば、ただ阿求の護衛と案内役に徹していればよかった。雇い主としても、はじめはそのつもりであったはずだ。しかし気がついたらいろいろと約束が増えていた。早苗の無実を明かし、命蓮寺一党の和を守るため、この怪事件の全貌を暴かなくてはならない。
ハードルを勝手に上げてしまったのは、ほかならぬ魔理沙自身だ。ここで投げだすなんてプライドが許さない。ひとつ本腰を入れて捜査にあたらないと。
などと、ご飯をもぐもぐやりながら考えていた時。
(……これが前回の通信装置ね)
(あの、それは魔理沙さんとの連絡用ですから、大事に扱ってくださいね)
テーブルの片隅に置かれた人形の発する音声が、急にクリアになった。複数人の話し声が聞こえてくる。
(んー。なかなかいい出来だけど、なぜ人形型なの)
(製作者の趣味と実益を兼ねて、かな。今回の連絡手段はこっちで用意したけど。万一あれが不調のときは、姫の念写で状況を……ありゃ。これ、通信が生きてない?)
聞き知った声の少女が、おーい、と呼びかけてきた。
「おう、聞こえてるぜ。おまえらなにしてるんだ。そこ神社だろ」
(ええ、守矢神社の本殿です。こちらに居合わせたかたがたに、さっきご紹介にあずかりまして)
嬉しそうに阿求が報告してくる。山の妖怪について調べたがっていた彼女としては、願ってもないチャンスなのだろう。
「ほーう。私はさっき、必死でおまえの弁護をしてやったばかりだというのに。ずいぶんとお楽しみですなあ」
意地悪く言ってみると、阿求は口ごもった。
(すみません本当に。弁護、ですか?)
「まあ成り行きでな。そっちは、なにかわかったことでもあるか」
(なくもないんですが、まだ確定しない情報が多くて。のちほど情報交換ということで)
あちらもけっこう忙しくやっているらしい。話を聞くのはもう少し落ち着いてからのほうがよさそうだ。
(あ、つながってるんですか? 魔理沙さーん、聞いてくださいよ)
うるさいのが割り込んできた。
「私はけっこう忙しい。どうでもいい話なら途中で切り上げるぞ」
(どうでもよくありません。ずるいんですよ、霊夢さんったらもう)
不満たらたらで早苗は告げた。霊夢、という名前には魔理沙も反応せざるを得ない。
「ああ。あいつが昨日おまえを振って、かわりに妖怪と遊んでた話か」
(昨日だけじゃありません、今日もです!)
今日も? と魔理沙は聞き返す。
(はい。なんでも昨日の遅くに、霊夢さんと咲夜さんがうちに来たそうで)
「どういうことだ。そのふたり、今どこにいるんだ」
(地底です。昨日、咲夜さんのお屋敷をめちゃめちゃにした妖怪たちが、今度は地底に逃げ込んだとかで。それで諏訪子様と、河童さんと、こないだの天狗さんが霊夢さんのサポートをしてるんです)
べらべらと早口で早苗はまくしたてる。聞いている魔理沙も不満の色が隠せなかった。
「なんだそりゃ。ずるいだろあいつらだけ」
(ですよねほんと。知ってたら私が行ったのに)
「なに言ってる。知ってたらそれ、私が行くはずだ」
魔理沙と早苗は、自分たちのどちらに妖怪退治の権利があるべきかでしばらく言い争った。
結局の所――あのメイド長は事件の当事者なんだからしかたがないとして、自分たちを差し置いて抜け駆けした霊夢は許せない。あとで二人がかりでとっちめてやる――という意見で二人は合意した。
(おっと、あちらさんの出迎えかな……悪いけど早苗、あとお客さんも。気が散るから出てってくれない?)
本殿の主に注意されて、阿求と早苗は別の場所へと移動することになった。
食器を軽く片づけながら、魔理沙は人形に語りかける。
「じゃあそろそろ私も出かけるからな。こっちは送信モードにしとくぞ」
荷物をまとめ、魔理沙は我が家を飛び出してまた人里へと向かう。まずは再びあの場所へ。
――
「起立」
号令がかかり、生徒たちの立ち上がる物音が聞こえた。
「礼」
「ありがとうございました!」
子供らの元気な声がする。やはりここのガキどもは礼儀正しいな、という感想を抱く魔理沙だった。ここできちんと挨拶できない者には、きっと恐るべきお仕置きが待ち受けているのだろう。
「カルタしようぜ、カルタ」
「おまえ今日うち来る?」
「あそこのザリガニこんなにでっけーんだよ、ほんとだって」
「ちょっと男子、廊下走んないの」
縁側の隅のほうから、ちらりと教室内をのぞいてみる。子供たちはわいわいと騒ぎながら、遊び支度や帰り支度をはじめていた。
そしてこの寺子屋の主は、そんな教え子たちをにこやかに見つめていた。
「おまえたち、最近は日暮れが早い。しばらくしたら帰るんだぞ」
はーい、とまちまちに返事をする生徒たちを、慧音はまたもにこにこしながら眺めるのであった。いつもまじめ腐った顔ばかりしている印象のある彼女だが、自分の庭ではまた違った表情を見せるらしい。
ところで。この寺子屋ではまるで部外者の、生徒たちにしたら年上の少女が庭先にたたずんでいる姿はさすがに目立つのだろう。さっきから何人かの子が魔理沙の様子をちらちらとうかがっていた。慧音もその視線を追って、魔理沙と目があった。よし、突撃。
「お久しぶりです、慧音先生。上がってもいいですか」
「あ。ああ、どうぞ」
慧音の表情に緊張の色が差し込む。彼女は目を見開いて魔理沙を凝視していた。自分のかつての教え子たちの顔と、目の前にいる少女の顔を必死で照らし合わせているのだろう。
「じゃあ失礼しまーす。あたし、やっと働き口がみつかったんですよ。先生のお口添えのおかげです」
言いながら彼女のそばまで近づく。そろそろ内緒話もできそうな距離だ。
「そうか、それはなによりだ。おまえを紹介した先は、ええと……稗田殿の所だったかな」
目を細め、慧音は少女をにらむ。
「はい。お給料もけっこういいし、もう張り切っちゃいますよ」
女の子らしく胸元でガッツポーズを作ってみせると、慧音は苦々しい笑みで視線を上下させた。
「里に来る時は、そういうおとなしい格好が正解だがな。本当に誰かと思ったぞ。ま……」
魔理沙の『ま』まで言いかけて、慧音は口をつぐむ。
「お梨沙です」
「そうか。お梨沙だったな。このやろう」
「このやろうはひどいぜ、このやろう」
まわりには聞こえないように悪態をつきあう二人。
生徒たちは先ほどまで謎の少女に注目していたのだが、あのお姉ちゃんはここの先輩らしい、と理解したようだ。じきにお梨沙への興味を失って、また自分たちの遊びに熱中しはじめた。
「今日は礼を言いに来のか? ずいぶんと真人間になったな」
「もとから真人間ですぅ。今日は人探しというか、仕事の一環で」
慧音の耳元に、魔理沙は顔を近づける。
「吾郎太、ってやつはいるか? どいつだ」
慧音は不審げな顔をしながらも、カルタ遊びに興じている少年たちのほうへ視線を向けた。
「奥に座っている……あ。ほら、いま隣の子の手を叩いたやつが、吾郎太だ」
ちょうどそのとき子供たちの間で、なにすんだ、おまえが悪いんだ、などという声があがった。
「やめんか、見ていたぞ」
慧音は教壇から立ち上がり、叱責する。
「吾郎太、なぜ手を出した。わけを説明できるか」
年頃は十歳そこそこか。勝気な瞳の少年は、怒りの混じった声で述べ立てる。
「だってこいつ、自分が取りやすいように札をずらしたんです。勝手にいじるのは禁止って決まりにしてるのに」
なぜ怒られなくてはいけないのかわからない、と言いたげな態度の少年に対し、慧音は表情を変えずに告げる。
「そうか。それがおまえたちの決まりならば、破るのは悪いことだな。しかしいきなり叩くことはあるまい。その前に言葉で注意するべきじゃないのか」
だって……と言い淀む少年に、重ねて慧音は語りかける。
「ここは私の寺子屋だ。おまえたちの決まりより、ここでは私の決まりが優先だ。そのカルタが喧嘩の種になるというのなら……没収だな」
げ、と声をあげて、他の子供たちは顔を見合わせた。今のいさかいに関与していなかった者まで口出しをはじめる。
「先生怒っちゃったじゃないかよ」
「おまえ謝れよ、没収だぞ」
一斉に非難されて少年は口をつぐむ。そんな彼に、さっき叩かれた子が困り顔で話しかけた。
「吾郎太よう、ズルして悪かったよ。今度からちゃんとやるからさ」
「……おう。俺も、叩いて悪かった」
謝りあったのち、二人は恐る恐る慧音の顔色をうかがった。彼女がうんうんと頷いているのを見て、子供らは安心して遊びを再開した。
「やるなあ。さすが教師」
小声で語りかけた魔理沙に、慧音は軽く笑って返答する。
「だてに長くやっていないよ。とまあ、吾郎太はああいうやつなんだが。どうして探しに」
あまり細かな事情を説明している時間はない。魔理沙はざっくりと、自分がここに来たいきさつを慧音に話した。
「つまり、あの命蓮寺の秘宝にうちの生徒がいたずらをした疑いがあると。そういうことか」
「そこはまだはっきりしてなくて。お志乃さん――母親が言うには、宝塔には触っていないそうなんだけど。それも本人の申告だし」
ふむ、と言って慧音はあごに手をやる。
「あの母上は、なかなかしっかりした人だ。実の息子だからといって、嘘をついてまでかばい立てするとは考えづらい」
「そっか。まあ私もそんな気はしてたんだけど……あいつ、見るからにやんちゃ坊主じゃないか」
「まあな。悪いやつではないんだが、どうにも行動が短絡的というか」
ふふっと魔理沙は笑い、少し大きめの声で言う。
「子供なんてみんなそんなものでしょ、慧音センセ」
「確かにそんなものだがな、個人の傾向というものもある。というか――」
ここで声をひそめて慧音は告げる。
「前に来た時、おまえもあいつと会話していたはずだが。怒っておしおきしていたじゃないか」
意外な発言に、魔理沙は半月ほど前の出来事を思い出そうとした。しかしすぐにその試みを断念する。
「牧羊犬じゃあるまいし、羊の顔なんて覚えきれるか」
苦笑いする慧音。
「しかし……」
「ん?」
慧音は真剣な顔で目を合わせてきた。
「部外者の私が心配する筋合いでもないが、なかなか責任重大ではないのか。その仕事は」
「他の誰かじゃ難しいというなら、私がやってやるさ。なにかご不満ですかい」
「おまえにしかできんというなら、やってもらわなくては困る。この里の人々のためにもな」
やけに大げさな言いかたをする彼女の意図がつかめず、魔理沙は首をかしげてみせた。
「この幻想郷は妖怪の安息地だ。それゆえ、ここに暮らす人々も特定の宗教とのつながりは薄かった。博麗はずっといたが、あれは単なる宗教とも違うし」
魔理沙は眉をひそめる。
「なんだ。歴史の話なら帰るぞ」
「現在の話だよ。外の人間たちが今ほど幻想を捨て始めるとは、私にも予想外だった。神や仏がおらずとも、人は人だけで生きていくつもりらしい」
やたらともったいぶった言いかたをする慧音に、魔理沙は苛立った態度になる。
「悪いがその手の講義にゃ興味ない。何が言いたいんだ」
「いまや、宗教という価値観そのものが幻想入りしはじめているのだよ。守矢や命蓮寺のような、特定の宗教を奉じる強力な信徒が、今後も幻想郷にたどり着いてくる可能性は高い。そこが懸念の種なのだ」
慧音の言い分には、やはり賛同しかねる魔理沙だった。
「うーん。ああいう連中がわんさとやってくるんなら、私は大歓迎だけど」
気楽でいいな、とぼやく慧音。
「歴史は繰り返すと言うが……これまで世界中で繰り返されてきた宗教戦争など、私は願い下げだ。そんなのはこの土地に似合わん」
確かに、早苗みたいなのがもう二、三人いて、互いにいがみ合いを始めたら収集がつかないかもしれない。
「神様をネタに、ほいほい喧嘩するやつが増えたらうるさくてかなわんと。だからこの件を丸く収められるもんならやってみろと、そう言いたいのか」
慧音は鷹揚に頷く。
「まあ命蓮寺は温和な集団と聞いている。いまは表立ったもめごとにもなるまいが」
「ああ。あいつら本当にゆるい連中だから」
「寅丸殿の寺だしな」
にやりと笑う慧音に、魔理沙は眉を上げる。
「そういやおまえ、寺のやつらと会ったことあるのか」
「残念ながら、最近になって地上に来た者とは面識がないが――」
ということは、星やナズーリンのことは知っているのか。
「一度だけ、寅丸殿がここに来てな。もう妖怪であることを隠す必要もなくなったと、嬉しそうに語っておられた」
「ほう。もとから知り合いだったか」
ふん、と言って慧音はかすかに笑う。
「稗田家に求聞持が生まれるたびに、毘沙門教団の歴史を食ってやったのは誰だと思っている――っと、おしゃべりが過ぎたようだ」
慧音は立ち上がり、ぱんぱんと手を打ってまだ居残っている生徒たちのほうへ歩み寄った。
「おまえたち。そろそろしまいにしないと、帰る前に暗くなってしまうぞ」
まだ名残惜しそうにしながらも、はーい、と言って子供らは帰り支度を始める。
「ああ、吾郎太。話があるそうだ」
そう言って、慧音は親指で魔理沙のほうを指した。不思議がる少年に、魔理沙はあわてて笑いかける。
「君がお志乃さんの息子さん? はじめまして、あたしお梨沙っていうのよ」
やや警戒する様子を見せた吾郎太だが、やがて状況を把握したようだ。
「姉ちゃん、稗田様のとこのひと?」
「そうよ、っても今日からなんだけどね。慧音先生にごあいさつするついでに、お志乃さんから頼まれて」
実際にこの子と会って、どういう話をするかは特に決めていなかった。どうせ子供相手なんだし、こういうのはその場のノリが大事だ。
「母ちゃんから?」
「うん。今日はまっすぐ帰らないで、いったんお屋敷に来てちょうだいって言ってた。よかったら一緒に行かない?」
この提案を吾郎太はいくぶんか渋った。年上のお姉さんと二人きりで下校など、仲間たちの手前恥ずかしかったのだろう。他の男子たちはひととおり彼をからかったあと、慧音にたしなめられて寺子屋を駆けだしていった。
帰り道。やや早足で先を急ごうとする少年を、魔理沙はやや鈍足で追いかけた。あまり早く稗田邸にたどりついてしまっては、話せる時間も短くなってしまうし。
たまにちらちらと後ろの様子をうかがいながら、吾郎太は問いかける。
「姉ちゃんってさ、誰かに似てるよな」
「ん? それってあたしの知ってる人かな」
少年はしばらく考えこみ、急に立ち止まった。
「あいつだ。白黒」
悪ガキのくせに無駄な記憶力を発揮するんじゃない、と言いたいところをぐっとこらえる。
「シロクロさん……うーん、知らないなあ」
「白黒魔女のマリサだよ。うん、似てる」
さてどうしてくれようか。下手に知らないふりをするより、ここはオーバーに反応してみたほうがいいかもしれない。
「それって、あの人形劇の魔女? 会ったことあるの?」
「うん。こないだの授業中に、いきなりあいつが乱入してきたんだ。先生すっごく迷惑がってたぜ」
ずいぶん話がねじ曲っている気がする。魔理沙だってさすがに授業中は遠慮したし、慧音もわりとおもしろがっていた記憶があるのだが、それをここで指摘するわけにもいかない。
「そっか、先生の知り合いなのか。白黒っていうとあれでしょ。いくぜ、マスタースパーク! って」
ジェスチャー付きでいつものように叫んでみると、吾郎太はぎょっとした顔つきになる。
「うわ、恥っずかしー。大人のくせに弾幕ごっこごっこかよ」
弾幕ごっこごっこ。そのような遊びが里の子供たちの間で流行しているらしい。よい傾向だ。
「えー、だってかっこいいじゃない。こう、ビューンって空飛んで、ババーンって弾出して」
「……姉ちゃん、歳いくつだ」
吾郎太は完全にあきれ顔になっていた。とりあえずはごまかせたらしい。ついでに会話のツカミにもなった。上出来上出来。
「いくつになっても、夢を見る気持ちは大事だと思わない?」
は? と聞き返してやや見上げてくる少年に、魔理沙は精一杯の愛想笑いをぶつけてみた。しばし二人はみつめあう。吾郎太は少し恥ずかしそうに目を逸らして振り向き、また歩き出した。
「変な姉ちゃん。よく仕事みつかったな」
なにそれ、と魔理沙は不満げな声をつくってみせた。
「まああたしもね、ちょっとあのお屋敷は無理かもなーって思ってたんだけど……なんかすごく気に入られちゃったのよね。お志乃さんに」
その名を聞いたとたん、少年はつんのめって歩調を乱した。
「母ちゃんかよ。なに考えてんだ」
「だめよ、お母さんのことそんな風に言っちゃ」
ちらりと振り向いた吾郎太は憮然としていた。
「あーあ。母ちゃん怒られるだろうなあ。自業自得ってやつだな」
「あれぇ? もしかして、あたしがなんかやらかすの前提かな」
口の減らない奴め、とは思うがここはまだ我慢。
はてさて、ここからどうやって昨日の話題にもっていこうかと魔理沙は少し考える。制限時間は稗田邸に到着するまで。それ以降も二人きりで話をするのは不自然だろう。さっさと本題に入るのが得策だ。
「あのさ、お志乃さんに聞いたんだけど。昨日面白いところに行ったんだって?」
唐突に聞かれて、少年は不思議そうな顔をする。
「遊覧船よ。あの新しいお寺の、宝船に乗りに行ったんでしょ。どうだった」
吾郎太ははしかめっ面で証言する。
「さんざんだったぜ。母ちゃんにむりやりつきあわされてさ」
「昨日は結局、中止になっちゃったんだよね。それは残念か」
「残念なもんか。俺は……そうだよ、乗りたくなかったんだ、あんなもん」
への字口で魔理沙をにらむ吾郎太。聞き及んでいた彼の人柄からして、まずまず予想通りの反応か。
「なんでなんで。船が飛ぶんだよ、一回ぐらい乗ってみたいじゃない」
「妖怪寺の幽霊船だぞ。食われたって知らないぞ!」
突如として吾郎太は叫んだ。彼の様子は、なにかに怯えているようにも見えた。いったい昨日、命蓮寺でなにがあったというのか。
「それはちょっと言い過ぎじゃない。あそこの妖怪さんは、人を襲ったりしないって聞いたけど」
「それは……たぶんみんな騙されてるんだ。油断したらみんな食われちゃうんだ、きっと」
誹謗としか聞こえない発言だが、彼のまなざしは真剣だった。少なくとも本人には、そうと信じる根拠があるらしい。
「たぶんって言われてもね。そんなすごいお化けでもいた?」
魔理沙はやや膝を落として、彼と同じ目の高さになる。
「本当にそんな怖いとこだったら、あたし困っちゃうな。今度行ってみたかったのに」
そう語りかけて、心配げな顔を装って少年の顔をのぞきこんでみる。あまり挑発してもこいつは意固地になるだけだろうし、こういう交渉は押し引きが肝心だ。
しばらく立ち止まって見つめ合っていると、吾郎太は口角をひくつかせ、小声で語り出した。
「ほんとに、やばいのがいたんだって……なのに母ちゃん、ぜんぜん俺の話聞いてくれないし」
魔理沙は小首をかしげて話の続きをうながす。
「昨日、あの寺で俺、ちょっと用足しに外にでたんだよ。それで厠から出たら、なんかが居て。船のほうに。でっかい、なんか変なのが」
まるで要領を得ない証言だが、魔理沙は辛抱強く聞き続けた。
「変なのって?」
「わかんないけど、なんか雲みたいな、霧みたいな。ただの霧じゃないんだぜ。にゅるにゅるって蛇みたいに、建物の隙間から何匹も出てきて。それで、よく見たらみんな顔があるんだ。こんな、こんなだぜ」
こんな、と言いながら、吾郎太は自分の眉を両手で吊り上げて怒りの形相を作ってみせた。
「そいつらが合体して、すげえでっかいオッサンになって、また船みたいな寺に戻ってったんだ。あんな化けモンのいるとこが、まともなわけないだろう」
吾郎太は興奮して、自分が見た世にも恐ろしい化け物の事を語り続けた。
「あー、それはおっかないわね。あたしだったら、きゃあとか言って腰抜かしちゃうかも」
やはり、美女集団の中に大男がひとりという光景にはかなりのインパクトがあるのだと再認識させられる。
「だろ。それで俺、すぐ母ちゃんのとこに戻って、早く帰ろうって言ったんだ。なのに母ちゃん、せっかく来たから乗るんだって聞かなくて」
「でもほら、もしかしたら、そいつだっていい妖怪かもしれないじゃない」
「知らないからそんなこと言えるんだ。あれ見たら絶対ちびるぜ。用足した後でよかったよ」
魔理沙はもちろんその化け物の正体を知っている。知っているからこそ、あれを知らない人が見たら相当に驚くんだろうな、と想像もつくのだった。
それもこれも、雲山の顔が怖すぎるのが悪いのだ。せめてあれが美人の顔だったら……やっぱりそれはそれで怖いか。
ともあれ、この少年が昨日騒いだ理由は判明した。問題はそこから。
「でも君、そのあとお宝を見に行ったんだよね」
「まあな。なんか知らないけど偉そうな妖怪に説教されてさ。そしたら知らないおっちゃんが口はさんできて、みんなであの船に行くことになったんだ」
この子はちょっと話をはしょりすぎだ。事前にあらすじを知っていた魔理沙だからついていけるけど、この話を聞いただけでは理解不能だろう。
「お化けはもう出なかったの」
「あれ見たのは、最初の一回きりだな。でも絶対どっかにいるんだって。先生とかにばれたらまずいから隠してるんだよ、寺のやつら」
力説する吾郎太。この話はもういいかと考え、強引に話題を変える。
「それよりさ、どんなだったの。あの宝船の財宝は」
目を見開いて、顔をごく近づけて魔理沙は聞いてみた。吾郎太は眉をひそめて視線をそらそうとする。
「知らないよ。俺見てねえもん、お宝なんて」
ありゃ、と魔理沙は声に出して驚いてしまった。彼は宝塔を見ていない? そんな馬鹿な。
「ちょっとぉ、隠さないで教えてちょうだいよ」
「隠すもなにも、知らないんだってば。本当に」
少し怒ったような、あせっているような口調で、彼は『本当に』という言葉を強調した。あまりにも嘘くさい。
「どうしたの。宝塔を見たんじゃなかったの」
これを聞いて、吾郎太は困惑した目つきで魔理沙を凝視した。魔理沙は魔理沙で、彼の意図がつかめないでいた。
宝塔になにかいたずらしたことを隠している、というならば理解できる。しかし宝塔を見たこと自体を隠す必要など、どこにあるのだろうか。
「……それ、母ちゃんに聞いたのか」
うん、と魔理沙は返答する。そっか、と言って吾郎太は自分の胸をなでおろした。
「じゃあいいや。俺見たよ、ホートーとかいうの」
吾郎太は前を向き、また稗田邸の方向に向かって歩み始めた。魔理沙もついて行く。
「やっぱりね。なんで嘘ついたの」
彼は振り向きもせずに言い返した。
「あんまりひとには言わないほうがいいだろ。これ以上は教えらんないぜ、男の約束だ」
なによそれ、と魔理沙はぼやく。
「じゃああたしも行ってみようかな、命蓮寺」
わずかに振り向いた吾郎太は、口を尖らせていた。
「だからやめとけってば。どうせあいつら、お宝なんか見せてくれないぜ。宝箱に入れたまんまでさ」
「宝箱?」
「ああ。ホートーは宝箱に入ってたんだ。すぐどっか行っちゃったけど」
宝塔は厨子に入っていた。吾郎太はそれをナズーリンが持ち去るのを見た。
この証言自体におかしな所はない。だが彼の話には、どこか引っかかるものを感じた魔理沙だった。具体的にどことはわからないが。
「そこはさ、お願いしますってちゃんと頼めば、出してくれるんじゃない」
吾郎太の表情が、目に見えてさらに不機嫌になっていく。
「なに言ってんだ。どうして妖怪なんかにお願いしなきゃいけないんだ」
魔理沙はつい苦笑してしまう。普段そういうこと言うのは自分の役割なんだがな、と。
「ずいぶん妖怪嫌いなのね」
「嫌いとかそういう問題じゃない。やつらは人間を襲うんだ。油断してちゃ駄目だぜ」
鼻息を荒くして吾郎太は語る。魔理沙は彼と並んでしばし歩き、不意を突いて問いかけてみた。
「でも慧音先生だって妖怪でしょ」
言葉に詰まる吾郎太。寺子屋での彼の態度を見るに、慧音に対してはわりと敬意を払っているようだったが。
「……先生は、人間だよ」
はい? と言って顔をのぞきこんだ魔理沙に、少年はこう主張する。
「そりゃあ、先生はちょっと妖怪っぽいけどさ。でも俺たちに勉強を教えてくれてるじゃないか。魔女とか巫女なんかと比べたら、先生のほうがよっぽど人間だよ」
「ほう。人間と妖怪の区別は心のありようで決まるのだと、吾郎太は言いたいのだな」
少年は当惑したあと、眉をひそめる。
「それ、先生のまねか? 全然似てないぜ」
「ありゃ、そうかなあ」
からからと笑う魔理沙。まだ憮然としている吾郎太と並んで夕暮れの里を行くのだった。
この聞き込みだけであまりひっぱるつもりもなく、魔理沙たちはしばらく他愛もない話をしながら歩いた。
吾郎太いわく、弾幕ごっこごっこは馬鹿のする遊びだという。カルタは寺子屋内で許可されている数少ない遊びなのでつきあっているが、缶蹴りや柱鬼のような体を使う遊戯が本当の男の遊びである、との主張であった。知るか。
やがて稗田邸の裏口に到着する。
「ただいま戻りましたー」
魔理沙は臆することなく木戸を開けて庭内に押し入った。吾郎太もきょろきょろしながらついてくる。
手近にいた使用人が魔理沙たちのもとへ近づいてきた。
「ありゃ。あんたは、ええと……新入りの子だっけ?」
「はいっ。お志乃さんはいますか? 息子さん連れてきたんだけど」
彼はややいぶかしみながらも、勝手口から屋敷内に入っていった。ほどなくして志乃が出迎えに来る。
「あ、遅くなってすいませーん」
目配せしながらそう告げてみると、志乃もにこりと笑った。
「悪いわね。別にいいけど、どこで道草してたの」
連絡もなしでいきなり吾郎太を連れてきたのに、すかさず話を合わせてくれる志乃だった。
「ちょっとこの子に聞きたいことがあって。もう済みましたけど」
使用人の演技を続ける魔理沙には目もくれず、吾郎太は何歩か前に出た。もっと小さい子ならばここで母親のもとへ駆け寄っていくのだろうけど、このぐらいの年で親に甘えるのは恥ずかしかろう。
「母ちゃん、なんで呼んだのさ」
「今日は少し、帰るのが遅くなっちゃうから。あんたはお勝手のほうで晩御飯あがって行きなさい。迷惑にならないようにね」
はあい、と不満げに答えて、吾郎太は屋敷の厨房のほうへ走り去って行った。
息子がいなくなると、すぐに志乃が話しかけてくる。
「なにか収穫、ありましたか」
「微妙だったかな。しょせん子供の話だし」
あらそう、と言って志乃は頬に手を当てた。
「それよりさ、ちょっと言いづらいんだけど……お志乃さん、子育て間違ったんじゃない?」
彼女はうっとうめき、恐る恐るといった感じで尋ねる。
「うちの子が、なにか粗相を……」
「いろいろ粗相だぜ。そうじゃなくて、どうしてあいつあんなに妖怪嫌いなんだ」
ふうと息をついて、志乃は困り顔で語りだす。
「昔はねえ、悪い子は妖怪に食べられちゃうわよって脅かせば、素直に言うこと聞いてくれたんだけど。でもちょっと大きくなったらそんなの全然効かないのよね。それどころか、妖怪なんか怖いもんかって言い出すようになって」
また長話が始まった。不用意に彼女に発言を許してはいけないようだ。というかすでに丁寧語じゃなくなっている。
「子供同士とか私相手に言うくらいならいいけど、本当の妖怪さんがそれ聞いたら怒っちゃうでしょう。でもやめなさいと言ったって聞くものじゃないし」
ううむ、と魔理沙は考え込んでしまった。
自分だってあまり口がいいほうではない。些細な理由で妖怪といざこざになり、弾幕を撃ちあったことは数知れない。しかしそれでつまらぬ遺恨が生じたことなどない。
「一度ぐらい痛い目見たほうがいいのかもしれないけど、そこは手加減してもらわないと怪我どころじゃすまないでしょう。弾幕っていうのを出せるわけでもないんだし。子供を脅かすぐらいで気が済む妖怪さんばかりとも限らないし」
人間から見たら永遠に近い時を生きる妖怪たちにとって、弾幕ごっこもまた暇にあかせた遊びにすぎない。
だからこそ魔理沙は妖怪たちと対等につきあえる。一夜限りの遊びの事を、しつこく根に持つような野暮天など彼女の知り合いにはいないのだから。
だがその遊びに参加するためには、空を飛んで弾幕を展開できる程度の能力が必要だ。ろくな霊力もない一般人では、妖怪が手加減したつもりの攻撃でも致命傷になりかねない。
「そのことをね、前に上白沢様に相談したら、じゃあうちの寺子屋によこしなさいというお話になって。おかげさまであの子もちょっとはおとなしくなったんだけど」
「おとなしいって、あれで?」
「だいぶマシにはなったのよ。だけどほら、上白沢様もかなり人間寄りの立場のおかたでしょう。だからあの子の妖怪嫌いは相変わらずで」
とめどなく愚痴の漏れ出てくる志乃を、魔理沙はもはやあきらめの表情で見つめていた。
「だからここはひとつ、妖怪さんのお寺に連れてってお説教でもしてもらえば、ちょっとは考えが変わるんじゃないかと……思ったんだけどねえ。やっぱり失敗だったかしらねえ」
やっと言い終えて、志乃は意気消沈してしまった。
「えーと、あの、元気出してよ。あいつも悪いやつじゃないと思うし」
「そりゃ根っから悪い子なんていやしないわ。程度の問題よ」
気休めの発言は軽く一蹴されてしまった。これ以上どう言葉をかけようかと迷っていたところで、廊下のほうから先ほどの使用人が声をかけてきた。
「お話し中すまんけど、お志乃さん。旦那様がお呼びでしたよ。手が空いたら来てくれと」
「あらそう。じきに参りますってお伝えして」
そう答えて、志乃は魔理沙のほうを向く。
「じゃあお梨沙ちゃん、今日はもうあがっていいわよ」
はあ……と気の抜けた返事をする魔理沙。もう帰れと言われても、こちらはまだ仕事があるわけで。
すると志乃は、くいっと杯をあおる仕草をしてみせた。
「今日はどこか、飲みにでも行っちゃうの? よかったら、おばさんのオススメのお店があるんだけど」
――
人里の、繁華街と長屋街の境目あたりにその小さな飲み屋はあった。
割烹と呼べるほど大した造りでもなく、狭い厨房の向かいのカウンターのほかには座席もない。そのかわり、すぐ隣に屋台が展開されていて店舗本体とつながっている。
まだ日も暮れて間もない頃合い。客の姿は見えなかった。入店すると、いらっしゃいと店の親父が声をかけてくる。魔理沙はカウンター中央の席を確保した。
「とりあえず熱燗一本ね。あとは、なにかあったまるものを適当に」
「あいよ。ちょっと待ってて」
しわがれた声で親父は答え、注文の品を用意しはじめた。魔理沙は両手をこすり合わせながらしばし待つ。一応は店の中なのでそれなりに温かいが、さっさとなにか熱い物を口にしたいところだ。
「はいおまたせ、とりあえず田楽ね。いま揚げ豆腐出すから、お役目頑張ってな」
「はあい……って、お役目?」
魔理沙は驚いて顔を上げる。店主は不審げな顔色になった。
「ありゃ。稗田様のとこの若い子って、お嬢ちゃんじゃないのか」
「えっと、そうなんだけど。おじさんが知ってるとは思わなくて」
がっはっは、とでも表記したくなる声で彼は大笑する。
「なあんだ、聞いてなかったか。昼過ぎくらいにそっちのひとが来てさ、今日のお嬢ちゃんの払いはツケにしといてくれって頼まれて」
おおっ、と魔理沙は声を上げる。実のところ今日は現金の持ち合わせがほとんどなかったのだ。いざとなったら稗田に押しつけて、あとで阿求に謝ろうとは思っていたけれど。
「助かるなあ。ごめんね、おじさん」
いやいや、と親父は首を左右に振る。
「稗田の女中頭の頼みとあっちゃ、断るわけにいかないからね。それよりか、あの兄弟のことだけど」
いきなり本題を切り出されて、魔理沙は前のめりの姿勢になって聞く。
「兄貴のほうには気いつけなよ、とにかく手が早いんだから。お嬢ちゃんなら放っとかれないよ」
やっぱり? と甘えるように言って、魔理沙は髪をかき上げるそぶりをする。女は怖えや、と言って親父はまた料理に集中しだした。
特にこれ以上彼から話しかけられることもなく、魔理沙はローペースで熱燗をすすりながら料理をちびちびとつまむ。やがて。
「らっしゃい。今日は早いね」
振り向いてみる。新たな客が、二人連れで入店してきた所だった。
「まあな。今日はちっとご祝儀が……」
一人目。少しばかり鼻の赤い大男が、魔理沙を見るなり絶句して動きを止めた。
「んだよ兄貴。寒いからさっさと……」
二人目。身長は一人目と大差ないが、擬態語にするなら『ひょろひょろ』といった体格の男性だった。
彼も魔理沙の姿を目視し、そしてなにかを悟ったのだろう。いまにも魔理沙に話しかけようとしていた兄の肩を背後からつかみ、強引に引っ張って遠ざけようとする。
「おい仁蔵よお。もうちょい真ん中の席が」
「あーはいはい。親父、とりあえず熱燗二本。あとなんかあったまるやつ」
感情のこもらない声でそう注文して、彼は魔理沙からふたつ離れた席に座る。それに引きずられる形で、兄のほうはその隣、魔理沙からひとつ離れた席についた。
「はいよ、熱燗ね。あと揚げ豆腐」
素早く注文の品が出てくる。
「おっと。親父も今日は早えな」
「そりゃあ、こっちのお嬢ちゃんと同じのだからね」
そう聞いて、兄のほうは椅子半分だけ魔理沙のほうに身を傾けてきた。
「へえ。お嬢さん、見ない顔だけど今日は……」
「注いだよ。乾杯しようぜ」
強めに肩を叩いて呼びかけた弟に、兄は怒りの顔で振り向く。
「てんめえ、なんで水さすんだよ」
なにかと騒々しい兄に対し、弟のほうはあまり表情を変えずに告げる。
「恥ずかしいんだよ兄貴は。昨日だってよ、あんなとこで女口説くか普通」
「あれはよ、もうちょいで早苗ちゃんも落ちてたはずなんだよ。俺の魅力の前に」
「鏡見てから物言え」
「んだとコラ」
口調は乱暴だが、顔では笑って兄はお猪口を手に取った。弟のほうも、むすっとした顔で同様の姿勢となる。
そしていまにも杯を合わせようとした二人の動きが、ぴたりと止まった。彼らの隣で、見慣れぬ少女がくすくすと笑いを押し殺していたからだ。
「うふふふ……面白いお兄さんたちね」
魔理沙は座席をひとつ移動し、男たちの隣に座る。
「ねえねえ。その乾杯、あたしも混ぜてもらっていい?」
おひょうっ、という奇声をあげる兄。弟のほうは当惑した表情で魔理沙をちらちらと見ていた。魔理沙もそちらに視線を向けてみると、彼はさっと目をそらす。
「いいねえ。いいねいいねお嬢さん。俺は市蔵ってんだ。それでこっちがクズ蔵」
「あ? なんだよクズって」
「んー? 仁蔵、俺いまなんか変なこと言ったかぁ」
弟、仁蔵は口元をひきつらせて兄の市蔵をにらみつける。そのむこうで魔理沙はまたくすくすと笑っていた。半分は演技、もう半分はほろ酔い気分ゆえの浮かれ加減で。
「お兄さんひどいでしょ。あたしはお梨沙。よろしくね」
軽くウィンクを投げかけると、それだけで市蔵はよりしまりのない表情になった。こいつにはあまりご褒美をやらないほうがよさそうだ。
「お梨沙ちゃん、いい名前だねえ。いよっし、ここは俺が音頭をとるから」
調子よくお猪口を掲げる市蔵。仁蔵もほとんど無表情で軽く掲げ、魔理沙も同じポーズを取る。
「えー、お梨沙ちゃんに出会えたこのよき日と、それから――」
この兄弟と打ち解けるという第一関門は、しごくあっさり突破できたようだ。というか兄のほうの性格があまりに想像通りであった。弟のほうはまだよくわからない。
などと、漠然と考えていた魔理沙の耳に。
「霧雨の旦那に、かんぱーい!」
という声が届いた。思わずぶっと吹き出す。
「おっと、どうしたの。酒は慣れてないか」
「まだ口付けてないだろ君」
心配げな、あるいは不審げな視線を二人がかりで向けられた。大きく息を吸って、なんとか呼吸を整える。
「いやごめん、なんでもない。はいかんぱーい、かんぱーい」
手早く二人と杯を打ち合わせ、魔理沙は一息に燗酒を呑む。そのせいでまたもせきこみそうになったが、そこは我慢した。
いまさっき、市蔵はなんと言ったか。聞き違えなどではなく、確かに……
「霧雨?」
「ああ。あの雑貨屋の霧雨店だ。知ってるか?」
「それ私んち……の近くだから。知ってるわよ、もちろん」
動揺を顔に出すまいとして、魔理沙は揚げ豆腐を一切れ口に運んだ。うん、ここの親父の料理はなかなかだ。いやそうじゃなくて。
「その霧雨さんが、どうかしたの」
「おう。俺たち大工なんだけどよ、ちょうどいま、霧雨屋さんの新しい店を建ててんのよ。そしたら今日あそこの旦那さんが、職人全員にぽーんとご祝儀をはずんでくれてさあ。いやさすがの大旦那様だね、本当に気前がいいや」
満面の笑みで、市蔵は大声で語った。
そういえば、今日のこの聞き込みについて阿求たちはなんと言っていたか。たしか阿求の父親と、この兄弟の現場の建築主が知り合いだとか言っていた。それが霧雨の旦那様とやらなのか。お志乃さんめ、知ってて黙っていたな。
「ってことは、今日は臨時収入があったから二人で飲みに来たってわけね」
「おうともよ。だから今日はね、お梨沙ちゃんの勘定は俺たちでおごっちゃうよ」
一人黙って飲んでいた仁蔵は、これを聞いてお銚子を軽くカウンターに打ち付けた。
「兄貴のおごりな。俺は出さねえぞ、自分のしか」
「駄目だなあおまえ。そんなだからモテねえんだよ」
「兄貴だってモテてないだろ。ただ声かけまくってるだけで」
「いやそこが大事よ。わかってねえなあ」
ともするとじゃれあいを始める男二匹のわきで、魔理沙はまたくすくすと笑ってみせた。
「兄弟仲がいいのね。そっちのお兄さんも、こっち来てちょうだいよ」
市蔵をはさんでむこうに座っている仁蔵を、魔理沙は指差す。彼はぎょっとした顔になり、視線を自分の皿のあたりに落とした。
「いや、俺は別にいいっつうか……」
はっきりしない調子で返答する弟の首根っこを、市蔵はむんずとつかむ。その耳元で小声で口走った。
「そりゃねえだろ、女の子の隣だぞ。ほれ行け、なんでもいいから話しかけろ」
渋々ながら、とでもいった感じで、仁蔵は魔理沙の右隣に移動してきた。彼はいったい何が気に食わないのだろうか。まあいい、適度に酔わせてしまえば本性も出るだろう。
「それじゃあもっかい、乾杯ね」
半身を乗り出してお猪口を差し出すと、仁蔵は半身を引いてその乾杯を受けた。一定以内の距離に近付かれることに抵抗があるらしい。
「こっちも、こっちも乾杯ね」
こちらは必要以上に身を近づけてくる市蔵。お猪口を合わせて熱燗をくっと一杯やったどさくさに、魔理沙の肘に自分の肘を接触させてきた。魔理沙は何食わぬ顔で、ぱしりとそれを払いのける。
「おっと。いや悪いね」
ちっとも悪そうな顔をしていない彼に、店の親父が料理を出しながら声をかける。
「はいお待たせ。市蔵さんよ、このお嬢ちゃんはけっこう手ごわいぞ」
「そこで俺の匠の業がうなるってわけだ」
なに言ってんだ、というツッコミが、弟と店主の両方から入った。そこは気にしていないそぶりで魔理沙は新たな料理をつまむ。
熱々のがんもに染み込んだ、奥深い椎茸だしの味わいをかみしめながら、ここからどういう話の流れに持っていこうかと魔理沙は思案していた。
「お兄さんたちって、ここの常連さん?」
まずは軽く、酒を注ぎながら市蔵に尋ねてみる。
「おう。ちょくちょく顔出してるけど。お梨沙ちゃんはここ初めて?」
「うん。実はあたし、こういうお店入ったことないんだ」
人間の経営する飲み屋に入るのは初めてだ。妖怪のやってる屋台にならたまに行くけど。
「若い子が一人で来る店じゃないだろ、ここ」
仁蔵が冷静に追及してくる。
「今日はあたしの就職祝いなの。勤め先の先輩が、ここのおじさんと知り合いだって聞いたから、ちょっとのぞいてみようかなって。ね」
そう言ってちらりと店主のほうに視線を向けてみると、彼は軽く頷いた。空気の読める男で助かる。
「ほーう。お梨沙ちゃんってなにやってるの」
「お屋敷の使用人よ。まだド新米だけど」
「いいねいいね。なんならお兄さんが大人の世界に案内してあげようか」
調子に乗る兄に、仁蔵は厳しい視線を向ける。
「下品だぜ。だいたい『お兄さん』って年でもないだろ」
「なにを、まだ二十九だよ、ぜんっぜんお兄さんじゃねえか。なあお梨沙ちゃん」
「そうね、今のところお兄さん」
ありゃー、と大げさに叫んで彼は自分の額を叩いた。もとから浮かれた男だが、さらに酔いが回ってきたらしい。ここが仕掛けどころか。
「それで大人のお兄さん。最近の面白い話って、なんか知ってない?」
ほろ酔い加減で市蔵は証言する。
「面白い事ってもなあ……そうだ、あったぜ。つい昨日だ」
「なあに? どんな?」
即座に食いつく魔理沙。それを一瞥して、仁蔵は冷酒三本を親父に注文した。意に介さず、市蔵は勢い込んで話をはじめる。
「お梨沙ちゃんさあ、命蓮寺は知ってるよね。最近できたお寺の」
知ってる知ってる、と追随すると、市蔵はにやりと笑った。
「実は俺たち、昨日あそこに行ってきたんだよ」
「本当に? 昨日って、あの遊覧船の日よね」
「おうとも。ばっちり当たってさ、二人一組で空の旅」
いいなー、と言ってから魔理沙は首をかしげる。
「それを、弟さんと?」
一度言葉に詰まり、市蔵はやがて口を開く。
「いやそこはなんつうか、いたしかたない事情が……」
「女の子を誘ったんだよな。三、四人ぐらい。でも全部断られたんだよな」
しっしっ、と手で追い払う仕草をする市蔵。
「いやー、お梨沙ちゃんと会うのがもうちょい早かったら、絶対一緒に行ったんだけどなあ」
「うん。ほんとにいいなー。どんなだったの、空の旅」
興味津々の風を装って、魔理沙は市蔵に向かい合う。彼はなにやら微妙な表情だった。
「ああ、それがなあ……知らないのか? 昨日あれ中止になっちまったんだよ」
「そうなんだ。よく知らないけど」
うんうんと頷き、市蔵はまた一杯やってから語る。
「昨日は休みをもらってよ、こいつと朝早くから寺に行ったんだ。いやあ、ありゃ本当にすげえとこだった。もう信じらんないぐらい」
彼にとって、命蓮寺のなにがそれほど感動的だったというのか。聞かなくてもわかる気もするが、いちおう追求してみる。
「すごいってだけじゃわかんないわ。どこがすごいの」
「いやもうね、すっげえ美人ばっかりだったの。俺びっくりしちまったよ」
鼻息を荒くして、昨日の光景を想起しているらしい市蔵。彼にとって、命蓮寺はこの世の桃源郷であったのだろう。
「みんな妖怪だろ。並より綺麗でも不思議じゃない」
ひとり黙々と飲んでいた仁蔵だが、話は聞いているらしい。
確かに妖怪はなにかと普通ではない存在だ。容姿の美醜においても、極端に美しいか極端に醜いかのどちらかに偏る。
ちなみに昨今、力ある妖怪はたいがい前者の側だ。伝承に詩われたおぞましい怪物の姿をやめて、肉体を美少女形態に固定している連中の多いこと……
「でもお梨沙ちゃんが一番だよ、うん」
「お世辞はいいから。行ったことないけど、どんなお寺なの」
そうだなあ、と言って市蔵は顎に手を当てる。
「塀まわりとか、離れの建物なんかは普通だったけど。あの本堂がすごいというか、もうわけわかんない造りで。なあ」
話題を振られて仁蔵は頷く。
「寺が船になるとか、そんな馬鹿なって思ったけど……ありゃわけわかんないとしか言いようないな、うん」
「天井まわりとか見るに、もとは唐様造りだったんじゃないか」
「でも縁側あたりは明らかに和様だろ。まあ、組物がないんじゃ決めようもないけど」
「うむ。その時点でとても寺とは呼べねえな」
「あれはやっぱりもとから船だよ。それを基礎に乗せて、船底をぶち抜いて外壁を張っただけなんじゃないのか。床板とかあちこち抜けてたし」
いつのまにか、兄弟はあの奇天烈な本堂の建築様式について熱く語り出していた。命蓮寺がどんな寺かと聞かれて、雰囲気とか御利益のことではなく建物自体の話になってしまうあたり、大工の職業柄と言うべきか。
「ごめん、全然ついて行けないんだけど」
素人そっちのけで勝手に話すのは勘弁してほしい。それなら自分も、どんなキノコがどんな魔法の触媒になるのか詳しく解説してやろうか……などと妙な対抗意識を燃やす魔理沙。
「おっと悪いね。お梨沙ちゃんはどんなことが聞きたいんだい?」
にっと笑みを浮かべ、やや声を潜める魔理沙。
「もちろんあれよ。宝船の、お宝のこと」
お宝と聞いて、仁蔵がやや身を乗り出してくるのがわかった。だがそれは無視して、魔理沙は市蔵に問いかける。
「なにかこう、見た感じお宝っぽいものがあったりしなかった?」
市蔵は首をひねる。
「うーん。よくわかんなかったんだよな。噂のお宝ってのが、どんなんなのか」
魔理沙はきょとんとした目で市蔵の表情を確認する。彼のことだから、嬉々として自分が見た宝塔の話をしてくれると思ったのに。
「お宝なんて、なかったってこと?」
「あ、いやいや。それっぽいもんが入った箱なら見してもらったよ。でも中身まではなあ」
市蔵は弟に同意を求めた。仁蔵は堅い表情で黙って頷く。
一体どういうことなのか。昨日寺に集まった人間たちは、船長室で村紗に宝塔を見せてもらったという証言でこれまで一致していた。しかしこの兄弟だけが違うことを言っている。
明らかな嘘としか考えられないのだが、その動機が不明である。まずはあちこちつついてみるべきか。
「箱だけ? 中身はなんなのかしら」
「さあなあ。えらく大事にしまってあったし、ちょっとわかんないなあ。ごめんよお梨沙ちゃん」
「えー。かえって気になっちゃうじゃないの」
だだをこねてみせると、市蔵は困り顔になる。
「あー、お酒は強いほう? もう一杯どう?」
いらん、先を話せ。と言いたかったがここは折れておくことにする。一杯注がれたので、魔理沙も注ぎ返す。とんだ助平男かと思いきや、意外と口が堅いようだ。ここはもっと酔わせないといけない。
「そんな箱、こっそり開けちゃえばいいじゃないの」
「ありゃ、けっこう悪い子だね。こっそりなんて無理だよ。そのあとすぐ、妖怪の子がどっかに持ってっちゃったから」
「ふうんだ。どうせ市蔵さんは、あたしより妖怪の子のほうがいいんでしょ」
市蔵はあたふたとして言い訳をする。なんだかこの演技が楽しくなってきた。
「いやいや、さすがにあの妖怪ちゃんはないわ。ガキんちょだったし」
「そうそう、兄貴は巫女がお気に入りなんだよな」
唐突に会話に参加してきた仁蔵。あいかわらず顔色が読めない。
「巫女? お寺に巫女さんがいたの?」
「ああ。博麗じゃないほうの、お山の巫女だ。知ってるか」
「もっちろん。有名人じゃないの。本物に会ったんだ」
「おい。ここでさあ、よその女の子の話ってのは、ちょっとどうかと」
この話題をやめさせようとした市蔵だが、その語尾ははっきりしなかった。仁蔵は兄に向けてにやりと笑いかける。
「さっきも言ったけど、寺でナンパってのはどうかと思うぜ。あんとき一緒にいたおばさんとか、白い目で見てただろ」
「いやそれは、なんつうか……」
「巫女様を口説いたの? お兄さんやるぅ」
魔理沙も話に乗っかって、肘で軽く市蔵の腕をつついてみた。彼の表情がぱっと明るくなる。
「まあなんつうの、男のたしなみとして、可愛い子には声ぐらいかけとかねえとな。なははは」
おそらく彼は、ここで別の女の話題を出してお梨沙ちゃんの機嫌が悪くなるのを心配していたのだろう。だが別にそんなことはないとわかるや、たちまち自慢げな態度になった。
「お山の巫女様ってどんな子なの。噂ぐらいは聞いてるけど」
「早苗ちゃんはねえ、あー、かなりいい子なんだと思うよ。ちょっとばかり――アレなんだけど」
『アレ』という言葉を発しながら、市蔵は自分のこめかみのあたりを指でぐるぐる回してみせた。いわゆる『アレ』な人物を意味するジェスチャーである。魔理沙は本気で吹き出した。
「うわあ……アレなんだ」
「ちょっと残念な感じの子なんだよねえ、むっちゃ可愛いけど。まあその、少しぐらいアレなほうが向いてるんじゃないの? 弾幕使いってやつは」
弾幕使い、というグループでひとくくりにされてしまった。少しむっとしたが、知り合いで弾幕を使える人間のことを思い出してみると……確かにアレな輩しかいない。まともなのは自分ぐらいのものだ、と思う魔理沙だった。
事件の聞きこみだけで長々と持たせるのは苦しいので、魔理沙はここでいったん話題を変えることにした。ちょうど早苗の話が出たことだし、他の人間たちについて里の者はどう思っているのか、それとなく聞いてみた。
やはり博麗の知名度は高く、霊夢はおおむね皆から尊敬されているようだった。普段はあれだけぐうたらしているくせに。
たまに里に顔を出すという点で、湖の館のメイド長もわりあい知られているようだった。物腰は極めて礼儀正しく、容易には話しかけづらいミステリアスな女性、という評価であった。
実際につきあってみると、涼しい顔してとんでもない奇行をやらかしてくれる人物なのだが……彼女ならそうそう人前でボロを出すまい。
あまり興味はなかったが、霧雨魔理沙についても聞いてみた。よく知らないが家出した不良娘らしい、という程度の認識だった。まあそんなものか。
「だからなんつうの、俺ぁ妖怪とか人間とか、そういうの気にしちゃいかんと思うのよ俺は。可愛い子がいたらね、なんとかモノにしたいと思うのが、ヒック、男ってもんじゃねえのよ」
「飲み過ぎだぜ。明日も早いだろ」
完全にできあがってしまった兄のことを、仁蔵は苦々しい目つきで見る。
「というかさ……」
そしてその視線を魔理沙に向ける。
「飲ませすぎだろ、君も」
「だってぇ。このお兄さん、ちょっとめんどくさいんだもん」
顔を近づけて、小声でそう返答してみた。間近で視線があってしまい、仁蔵はあわてて目を逸らす。やはり自分はまだ警戒されているらしいと魔理沙は解釈した。
「お? お? なーにこそこそ話してんの」
めざとく二人の会話を聞きつけた市蔵の目の前に、店の親父が湯飲みをおいた。
「はい、お冷やね。ちょっとは酔い覚ましな」
「ああん? ま、もらっといてやらあ」
焦点の定まらぬ目でぐいっと冷水をあおり、市蔵は黙り込んで頬杖をつく。さっきから魔理沙におだてられて何本もお銚子を空にしていたから、さすがに気持ちが悪くなってきたらしい。
「しかし女子のくせに強いな。こういう店、初めてだなんて嘘だろ」
これまであまり会話に参加せず、ひとりちびちびと飲み続けていた仁蔵だが、兄が黙ると小声で話しかけてきた。
「本当に初めてよ……このお店は。いつもは仲間うちで飲んでるから」
しかもその飲み仲間ときたら、平気で樽酒を空にする鬼や天狗や河童どもだ。嫌でも酒に強くなるというものだ。
女の子なら少し飲んだだけでダウンするはず、というもくろみのもとに魔理沙以上のペースで飲んでいた市蔵は、まだ夜は長いというのに早々とリタイアしてしまったのだった。
「なるほどね。兄貴も潰れかけてることだし、そろそろ帰ったらどうだ」
魔理沙はわざとらしく、唇に指を当てて考え込むそぶりをする。こういうのは大げさなくらいがいいのだと誰かに教わった気がする。
「それも考えたんだけどね。やっぱり気になっちゃうじゃない、さっきの話」
触れ合わんほどに肩を寄せてそうささやくと、仁蔵はびくりとして身を引いた。
「なっ。なんだよ、さっきのって」
大きく目を見開いて、魔理沙はその表情をのぞきこむ。
「決まってるでしょ、お寺のお宝よ。あたしやっぱり気になるわ」
やはり目を合わせずに、仁蔵は語る。
「そう言われたってなあ。なにがなんだか、俺もよくわかんなかったし」
「あたしのほうがわかんないわよ。昨日命蓮寺に行って、美人の妖怪さんたちに会ったのよね」
うなずき、仁蔵はうつむいている兄をちらりと見てから一杯やった。
「まあ確かに、えらい美人ばっかりだったな。ありゃ兄貴が行きたがるわけだ」
「またお兄さんのせいにして。本当は自分が見たかったんじゃないの」
うるせ、と一言だけつぶやき、照れくさそうにする仁蔵。女性にまるで興味がない性癖というわけでもないらしい。
「あたしが興味あるのは美女よりお宝なの。でも見せてもらえなかったんだっけ?」
ああ、と答えてから、彼はなにか思いついた様子になる。
「もしかしたら、あとで見せるつもりだったのかもしれないけど。でもあん時はまだ、俺たちとあと何人かしかいなかったから」
ふうん、と軽く答えてから、思い出したように魔理沙は問いかける。
「それで昨日は結局、船が出なかったんでしょ。なんかあったの」
仁蔵は頬をひきつらせ、眉間にしわを寄せた。なんだろうこの反応は。
「だから言ったろう、よくわかんないって」
そう聞いて、思わずいらだちを顔に表す魔理沙。そこが一番大事な話だというのに。
だいたい、こいつがなにも知らないはずはないのだ。
魔理沙がそう思った根拠は、まだ明白でない。しかしこれまでに得てきた情報の数々が脳内でささやいている気がする。この事件、彼はただの傍観者などではないと。
「だいたい君、なんでそんなにこだわるんだ」
考え事をしていたら意外な反撃を受けた。とっさに魔理沙は言い返す。
「あら、正体不明のものがあったら、それがなんなのか知りたいのが当然でしょ」
仁蔵はぽりぽりとあごのあたりを掻く。
「それはまあ、気持ちは分からんでもないけど。でも好奇心猫を殺すともいうだろう」
「あなたまで猫呼ばわり? いや、鼠よりかマシだけど」
なぜか自分でもわけわからぬ事を言い出してしまった。けっこう酔いが回ってきたのだろうか。さっきから彼との会話はかわされてばかりだ。ここは気を引き締めて尋問に当たらないと。
「おじさん、こっちもお冷や」
あいよ、とすぐに返事が来る。かたりと湯飲みを置いて、店の親父が話しかけてきた。
「そういや仁蔵さん。例のやつ、どんな案配だい?」
ああ、と口の中で答えて、仁蔵は申し訳なさそうな顔つきになった。彼がこうはっきりと表情を出したのは初めて見る気がする。
「さっさと仕上げちまいたかったんだけどね。ここ何日かばたばたしてて。まあ今月中には」
興味深げに魔理沙はその顔をのぞきこむ。
「なんの話?」
実のところ、彼とここの店主との間の話なんて知ったことではないのだけど、これがなにかのとっかかりになればと思い質問してみた。これには親父が答える。
「この兄さんにちょっと仕事をお願いしててさ。頼まれてくれたら、何回分かのツケをチャラにするって約束で」
「ほとんど兄貴のツケなんだけどな」
じろりと仁蔵は兄を見る。うつむいていた市蔵はむくりと頭を上げて、ろれつの回らない口調で返答をする。そして立ち上がった。
「ちっと風に当たってくるわ。ついでに用足し」
「言わなくていいっての」
おぼつかない足取りで店を出かかった市蔵は、振り向いてにやりと笑った。
「ここはおまえにゆずってやらあ。上手いことやれよ」
大声でそう言って、がっはっはと笑いながら店の裏手に立ち去っていく兄。弟のほうは苦々しい顔で、そんなんじゃねえっての、とつぶやいた。
「ホント、面白いお兄さんね」
「困った兄貴だよホント。で、なんだっけ」
なんだっけ、と一瞬だけ迷って思い出す。
「ここのおじさんに、なに頼まれてたの?」
別に、と小声で言いかけた仁蔵の言葉を遮って、親父が発言する。
「ちょっとした細工物をね、こしらえてくれないかってお願いしたんだ。上手いもんだよ、この兄さんのは。木工の職人で食っていけるんじゃないの」
「ただの趣味だよ。大工のほうが実入りいいし」
ふうん、と感心したような声を漏らす魔理沙。内心では今後の交渉の計算を働かせていた。
基本的に口数が少なく、とっつきの悪いこの仁蔵だが、趣味の話であれば別かもしれない。ほかに彼との会話を盛り上げる手立てが思い浮かばない以上、ここは乗っかっていくべきだろう。
「どんなのを頼んだの、おじさん」
親父は少し照れくさそうにして語る。
「いやあ、うちの孫がこんど七つになるもんでね。あれだよ、お誕生日プレゼントとかいうやつ? 寄越してやってくれって娘がうるさくて。誕生日なんてしゃらくさいもん知るか、お年玉と一緒でいいだろってなもんなんだけど」
口調は荒っぽかったが、親父は満面の笑みを浮かべていた。よほど孫が可愛いと見える。それに対して仁蔵はやはりぼそぼそと告げる。
「外の世界じゃあ、盆暮れ正月と誕生日におもちゃを買ってやるそうだぜ。それに比べりゃマシじゃないか」
「おう。そんなに甘やかしたらろくな大人にならんだろね。んなもん年一回でいいだろって娘にゃ言ったんだけど。その、あれだよ。やっぱりもう一回ぐらいは大目に見てやろうかと」
やはり照れながら語り続ける店主。寡黙な男だと思っていたが、孫の話になると止まらないらしい。
「それじゃおじさん、なにをあげるの?」
「ああ。女の子だし、ちょっとハイカラなもんがいいかと思って。なんだっけ、開けると音が鳴る箱だよ。霧雨さんの所で見つけてね」
霧雨、という単語につい反応しそうになって、魔理沙はそれを必死で押さえ込んだ。
「あ、あのそれ、オルゴールね。いいじゃない、絶対に喜ぶわ」
それがなあ、といって親父は腕組みする。
「曲とか音はいいんだけど、どうもその箱が気に入らなくって。ど派手な色で変な絵が描いてあってさ。外じゃそれが流行りなのかも知んないけど。だから箱だけ仁蔵さんに作ってもらおうかと思ってね。なあ」
話を振られて、仁蔵は目を合わせずに酒を一杯やる。
「まあ、面白そうだから引き受けたんだけど」
あいわらず物言いのはっきりしない仁蔵だが、魔理沙はその瞳の奥に変化を感じ取った。今の彼の目つきは、なにか楽しいことを語りたがっている人間の目だ。
「そんなこと言って、外の機械なんていじれるの? 仁蔵さん」
「鳴らす機構には触らないさ。きっちりした作りだったし、乱暴に扱わなきゃ故障の心配もなさそうだった。さすが外の品と言うべきか――」
だんだんと饒舌になり、そのオルゴールについての説明を始めた仁蔵。これは当たりを引いたらしい。あるいは地雷を踏んだか。
「俺にいじれるのは、箱を開けたときに羽根の留め金をはずす所ぐらいかな。それだってもとの作りを真似するだけだから、どうって事はない。問題は外装をどうするか。好きにやってくれとは言われたけど、子供の喜びそうな図柄なんてよく知らねえし。角の所は破風っぽくするとして、あとはお花かなんか彫っとけばいいよな、親父さん」
魔理沙は確信する。兄とは違った意味でこいつはモテないはずだと。幸いなことにと言うべきか、この手の語り出したら止まらない男には慣れっこなので嫌悪感は感じないのだが。
「そこはもう、兄さんに任せるよ。お嬢ちゃんもなんか作ってもらったらどうだい」
唐突に話を持ってこられて魔理沙はやや戸惑う。もしかして、この親父なりに自分と仁蔵の会話が弾むように取りはからってくれているのか。
「ううん……じゃあ今度ね。あたしの知り合いにも、物作りの得意なやつがいるんだけど。でもあっちは、デザインがいまいちなこともあるからなあ」
ほう、と興味深げに仁蔵が身を乗り出してくる。
「そいつはなにを作るんだ?」
魔法の道具、と言いかけて口をつぐむ魔理沙。それでは自分の素性をばらしているようなものだ。
「あー、服とか、傘とか。気が向いたらなんでもありって感じ」
「器用なもんだな。自分の店でも持ってるのか、そいつ」
「うん。里からかなり外れた所の、だーれも来ないような場所で。半分妖怪だから、店も半分里の外にあるのかなあ」
仁蔵は眉を上げて驚く。
「それって、香霖堂さんか?」
知ってるの? と問いかけると彼は首を横に振る。
「いやあ俺なんか、噂ぐらいしか知らないけど。あの霧雨さんに独立を認められて、でも自分は人間じゃないからって辺鄙なところに住んでいるんだろ。すごい人と知り合いじゃないか」
苦笑いして、そうかなあとつぶやく魔理沙。仁蔵は意気込んで語りかける。
「あそこは外の品とか、魔法の品とかを扱っているんだよな。そうか、職人の腕も立つのか。長生きしてるんだろうし、それでいろいろ覚えたんだろうな」
「いつ行ったって、まるで商売する気なさそうだけどね、あのひと」
今度はぎょっとした顔つきになる仁蔵。だいぶ表情が出てきた。
「君、本当に何者だい? 度胸あるなあ。妖怪の客もよく来るんだろ」
首をかしげてみせる魔理沙。霖之助の話をしたのはただのついでだったけれど、ここから今日の本題に誘導できるかもしれない。
「妖怪なんて、よく甘み処であんみつでも食べてるやつらでしょ。怖がることないわ」
「ああ、甘いもん好きだよなあいつら。でも昔はその口で、人間を食っていたんだぞ」
真剣な、そして心配げな目で見つめてくる仁蔵。彼と正面から向き合ったのはこれが初めの気がする。
「なによ。あたしが襲われたら大変だって言いたいの」
「え、ああ……自分から里に来るような妖怪は、一度巫女様に退治されかけた連中だから心配ないと思うけど。だが里の外れはどうかわかんないだろ。危ないやつがうろついてるかもしれない」
またも首をかしげる魔理沙。今度は演技でなく本気だった。
「そういうものなの?」
「そういうものらしいな。俺がガキだった頃は、町んなかで妖怪なんてそう見るものじゃなかったけど……そうか、君ぐらいの歳だと、やつらがいるのが普通なのか」
ひとりで勝手に納得してしまった仁蔵。ここで話が終わっては、ほかに何を言えばいいのかわからないではないか。
「仁蔵さんは妖怪が嫌いなの?」
問いかけられて、またも目をそらしてしまった仁蔵。やや考えてから返答する。
「好きとか嫌いとかじゃない。やつらは人間とは違うんだ」
どこかで聞いた言葉だと思った。だが彼の真意はまだくみ取れない。魔理沙はわずかに不満げな表情を浮かべてみせ、この話の続きを待った。
「あー、あれだ。大昔は、妖怪はみんな人間を襲っていたとかいうけど――百年前ぐらいに、里の人間には手を出さないって決まりになったんだろ。それでずっとうまくやってきたんだ」
頷く魔理沙。一般人といえど、幻想郷の歴史についての知識はあるんだなと感心する。あるいは彼も、あの歴史にうるさい先生の寺子屋出身なんだろうか。
「でも外の人間はみんなして、『妖怪なんか最初からいなかった』ってことにしちまった。それだけで妖怪どもは本当に消えちまったそうじゃないか」
「それが、なあに?」
どうも彼の言い分の論旨がつかめない。お互い酔っているからだろうか。
「だから、やつらだって人間が怖がってくれなかったら怒るだろう。ガキみたいな姿の妖怪だって、そこらの男よりよっぽど強いんだ。ちょっとぐらい身近にいるからって、そんなにナメてかかんないほうがいいぞ」
脈絡なく聞こえる彼の言だが、その意図を魔理沙なりにかみ砕いてみると。
「つまり……あたしはもっと妖怪を怖がった方がいい、ってこと? 妖怪は強いけど、でも弱いから」
「うーん、そうだな。たぶんそんな感じ……悪いな、変な説教しちまって」
つい先ほどまで活気ある語り口だった仁蔵だが、またもとの無表情のぼそぼそしゃべりに戻ってしまった。酔った勢いで若い子に向かってお説教してしまったのが、自分でも恥ずかしかったのか。
魔理沙は魔理沙で、彼のこの意見について考えを巡らせていた。やがて一つの仮説に思い当たる。
「その話って、昨日のお寺で聞いたの?」
仁蔵な不思議そうな顔をしていた。
「なんのことだ? 昨日は、よくわかんないうちに追い出されちまったんだけど」
この思いつきは外れだったらしい。妖怪を恐れよだなんて、いかにも白蓮の言いそうなことだと思ったのだが。
昨日ナズーリンは言った。何者かが悪意を持って、あんな事件を起こしたのではないかと。だが今隣にいる彼は、そのような悪意を持ちうる人物なのだろうか。
がらりと音を立てて店の木戸が開く。外の寒気が吹き込んできたが、飲んで火照った体にはかえって気持ちがいい。
「どう、仲良くやってる?」
長めの時間をかけて外から戻ってきた市蔵が、『よっこら節句』とか言ってもとの席についた。先ほどより幾分か顔色がよくなっている。
魔理沙は自分の分と、兄弟二人の分と、合計三杯のお猪口に冷酒を注いだ。
「はい、かけつけ一杯。飲んで飲んで」
そう言ってぐっと一息に飲み干す魔理沙。市蔵はやや渋る顔つきをみせたが、女の子に飲めと言われて断る選択肢など彼にはなかろう。目を閉じて、やはり一息に一杯飲み干す。それを横目に仁蔵も杯をあおった。
今日はペースを控えめに飲んできたので、酒量にはまだ若干の余裕がある。そろそろ二人まとめて潰してしまいたい。
「ちょっとね、昨日のことを聞いていたの。結局あのお寺ってどんなとこだったの? 建物の話じゃなくて、雰囲気というか、あそこの妖怪さんたちがというか」
「あそこのお姉ちゃんたちはね、もうよりどりみどりというか……」
こいつの話は聞かなくてもわかる。
「すぐ他の女の子褒めるんだからぁ」
「あやややや。いやほんと、ごめんな」
わざとらしく口を尖らせてみると、市蔵はすぐに黙った。まだ彼は本調子に戻っていないようだ。魔理沙は反対側を向く。
「仁蔵さんはどう思ったの。ちょっとした感想でもいいから」
「どうと言われてもな。わりあいまともそうな連中だとは思ったけど。でもやっぱり妖怪だ、怒らせたら怖いさ」
何もない正面を見つめてつぶやいた仁蔵。彼はなにか考え事をしているようだった。
「妖怪さんを怒らせちゃったの? あ、もしかして市蔵さんが? あんまり女の子にしつこいから」
顔を上げ、片手を横に振る市蔵。
「おいおい、俺じゃないって。早苗ちゃんだよ」
「早苗ちゃんって、お山の巫女様?」
「うん。あの子がな、妖怪たちと揉めちゃっててさあ。えらい剣幕で怒鳴ってたな、あの船長ちゃん」
事件発覚のとき、早苗が宝塔を持っていたのを発見したのは村紗だった。直情型の二人のことだ、すぐさま口論が始まったのだろう。
「巫女様と妖怪が? もしかして弾幕とか出してた?」
「いや、そこまでの騒ぎにはならなかったけど。なんでも、お寺のお宝が盗まれたとか、自分はやってないだとか、そんな感じで言いあってて」
魔理沙は酔いの回ってきた頭で、昨日寺にいた者たちの行動を思い起こす。
村紗が船長室で人間たちに宝塔を見せたのち、それを受け取ったナズーリンは広間の一輪に宝塔を渡した。問題はここから。
はじめにいなくなったのは仁蔵だ。『ナズーリンの持つ箱』とやらを目当てに後を追いかけた彼は、そのナズーリンより先に講堂にたどり着いてしまったらしい。
次が吾郎太。早苗を口説く市蔵を観察していた志乃の目を盗んで、どこかにいなくなってしまったという。
それを探して志乃も場を離れ、結局は外の厠のあたりで息子を発見したとのことだった。残る早苗と市蔵は、そのときなにをしていたのか。
「なんだか物騒な話ねえ。市蔵さんは、それ近くで見てたの?」
「おう。あの玉手箱を見してもらったあと、ちょっと早苗ちゃんと話してたんだけど。そしたらあんとき一緒にいたおばさんが、子供がいなくなっちまったって言い出してさ。じゃあ手分けして探そうかって話になって。そのあとすぐだったな、あの騒ぎは」
魔理沙は声をひそめ、二人に問いかける。
「じゃあもしかして、船が飛ばなくなっちゃったのってそのせい? 巫女様は泥棒だったの?」
おいおい! という声が兄弟から同時に上がる。
「あの子はそんな子じゃないっての。俺にゃわかるよ」
「証拠もなしにそんな言いかた、するもんじゃないぜ。噂になるだけでも困るだろ」
二人がかりで諭されてたじろぐ魔理沙。だがそれと同時に、ほっと一安心もするのだった。
この兄弟が何を企んでいるのか、あるいは別に何も企んでいないのか、それはまだわからないけれど――少なくとも、早苗を犯人呼ばわりするつもりなどないらしい。
「ごめんなさーい。言ってみただけよ。巫女様は正義の味方だもんね」
これ以上この話でひっぱるのも不自然だし、正面から聞いたところでもう大した情報は出てこないだろうと思えた。それになにより退屈だし。なので魔理沙はいったん調査のことから離れて、この二人との飲みを楽しむことにした。
あいかわらず市蔵はひどく調子がいい。仁蔵はたまに、ぼそぼそ言う口調で的確な指摘を入れてくる。その二人を『お梨沙ちゃん』の演技でひっかき回してやるのは存外に愉快だった。
「盛り上がってるとこ悪いんだけど、あんたたち明日も仕事だろ。ほどほどで切り上げといたらどうだい」
店の親父がやや気遣わしげに話しかけてきた。そういえば、ここに入ってからもうだいぶ時間がたっている。
「ああうん……どうするお梨沙ちゃん。今日はあがっちゃう?」
「そうねえ。あんまり遅くなったら、お母さんに心配かけちゃうわ」
ここはとりあえずそう答えておく。心配なんかここ数年かけっぱなしなのだろうけど。
「そっか。お梨沙ちゃんちってどのへんだい? よかったら俺が送ってっちゃうよ」
困る、いらん。と答えてやりたかったが、そうはっきり断るわけにもいかず、魔理沙は遠慮がちな態度になる。
「兄貴に送らせるほうがよっぽど心配だけど」
「なにをてめえ。じゃあおまえが送って行きやがれ」
意外な反論に戸惑う仁蔵。ちょっと失礼、と言って彼は席を立ち、店の裏手のほうに立ち去っていった。用足しがしたいらしい。
「逃げやがったな、あいつ。ホント度胸がねえんだからよ」
そう言ってカウンターに半身で傾き、酒臭い息で市蔵は告げる。
「今日はありがとよ、お梨沙ちゃん」
なんのこと? と尋ねると、彼はうつろな目で語り出した。
「仁蔵のやつがさあ、こんな普通に女の子と飲めるなんて知らなかったよ。なんだかんだと理由つけて人付き合い避けてさ、女の子の前だと全然口聞けなくってさあ、そんなんばっかりだったからよ」
三十間近の自称お兄さんは、訥々と述べ続ける。
「俺はこんな男だからさあ、この年で嫁が来ないのもしかたねえんだよ。でもあいつは本当にいいやつなんだ。さっさと可愛い子に声かけて仲良くなって、それで嫁にもらっちまえばいいんだ……」
そう言って彼は完全に卓につっぷし、目を閉じてしまった。やがて、ぐおおおお、と盛大ないびきを立て始めた。店の親父は苦々しい顔でこの常連客をにらんでいる。本当にどこまで自分勝手なんだか、この男。
「ありゃ。なんだ兄貴、寝ちまったのか」
仁蔵が厠から戻ってきた。彼は驚いて兄の肩をゆする。だが市蔵は、ああ、とか、うん、とかはっきりしない返事をしたのみでまるで起き上がる気配がない。これはちと飲ませすぎてしまったか。
「すまん親父、いま起こすから……ああ、君は本当に帰った方がいい。起きたらまた面倒だ」
「うーん、任せちゃっていいの?」
「いいさ。わりといつもの事だ」
そう言って苦笑いする仁蔵。ずいぶん自然な顔をするようになったものだ。
「今日は偶然だったけど、お兄さんたちとはまた飲みたいな。ここに来れば会える?」
奥手なほうのお兄さんは、よけい顔を赤くして目をそらしてしまうのだった。彼が気軽に女の子に声をかけれるようになるのはいつのことだろうか。魔理沙はくすくすと笑う。
「本当はもうちょっと、あのお寺の話を聞きたかったんだけどね。今日はもういいや」
「ずいぶんこだわるんだな。あの千両箱に」
千両箱? と魔理沙は聞き返す。
「ああ。お宝は千両箱に入ってたんだ」
不思議がる目で魔理沙が見ていることに気づき、仁蔵は視線を落とす。
「いや、なんでもない。男の約束ってやつだ……兄貴、おい兄貴」
再び肩をゆすられた市蔵だったが、もはや簡単に起き上がりそうには見えなかった。
「つきあうこたないよお嬢ちゃん。兄さんもああ言ってることだし、今日はもういいんじゃないの? どうなんだい」
目配せしながら親父が声をかけてくる。思えば今日はだいぶ彼の世話になってしまった。
「うん、おじさんありがと。今日はツケでいいのよね。あとでまた、お志乃さんが来ると思うから」
「おう。帰り道にゃ気ぃつけてな」
親父は手を振って少女を送り出す。仁蔵もまた、片手を兄の肩にかけたまま反対の手を軽く振ってきた。魔理沙もいっぱいに手を振り返して、この飲み屋を立ち去った。
――
人目につかない夜の河原沿い。魔理沙はせせらぎの音を聞きながら、しばし酔いを覚ましていた。
今日一日、本当にあちこちを駆け回った。命蓮寺の面々、母親と子供、さっきの兄弟……その者たちから得た情報を漫然と頭の中で巡らせてはみたものの、やはりすぐに事件の真相など思いつきはしないのだった。
まあ、自分ひとりで悩んでも埒があかないのは予想がついていた。だからこその連絡手段。魔理沙は荷物袋から人形を取り出し、通信状態を双方向モードにセットする。
「阿求、聞こえてるかー。こっちはだいたい片付いたけど」
と話しかけてみたものの、すぐに返答があるとも限らない。気長に何度か呼びかけていたところで。
(あ、はい。ご苦労様でした魔理沙さん。大活躍でしたね)
「私はただ、自分の好きに飲んでただけだよ」
そしてしばらくは情報交換タイムとなる。まずは魔理沙から、阿求には聞かせていなかった村紗との会話のことを説明した。
「――とまあ、そんな感じで。あいつ結局、また泣きながら寺に帰っていっちまってさ」
報告を受けた阿求は、ふむ……と言って考え込んでしまった。黙っていても始まらないので、ひとつ気になっていたことを魔理沙は聞いてみた。
「昔のおまえは、はじめからあいつらと戦うつもりだったのか」
(私個人がというよりは、当時の権力者たちの意向ですね。あの一派を危険視する人間たちの間では、白蓮滅すべしとの声が高かったのです。護衛として、当時最強の霊能者たちをつけてもらったのもそのためです。稗田が異を唱えられる状況にはありませんでした)
冷静に答える阿求に、魔理沙はフンと鼻を鳴らす。
「なんだ。おまえの責任じゃないって言いたいのか」
(どんな理由があろうと、人間に危害を加える妖怪を野放しになどできません。ですが……あの頃の私は、そればかりにとらわれていたように思います。聖を封じるしかなかったのだとしても、彼女の言葉には真剣に耳を傾けるべきでした)
そう言って黙り込む阿求。どうも会話の流れが重くなってしまった、話題を変えよう。
「それで、早苗んとこの話はどうなった。あいつ、今夜もおまえのとこにいるのか?」
(はい、別室でお休み中です。起きてもらいましょうか)
「いや、寝かしとけ。あいつが混じると本当に話が進まないから」
くすりと笑って阿求は告げる。
(霊夢さんたちはまだ地底です。相手はかなり強力な妖怪たちのようで、苦戦している様子でした)
その話をされると魔理沙はたちまち不機嫌になってしまうのだった。阿求に言ってもしかたないとはわかっているが、不平の言葉が出てきてしまう。
(ずいぶんこだわるんですね。早苗さんもでしたけど。それほど大事なのですか? ご自分で妖怪退治することが)
「大事だよ。なんて言うかさあ、私たちがこの世に存在してるって証なんだ。おまえが本書くのと一緒だよ」
(なるほど。納得できました)
そのあとも何言か愚痴をはき出す魔理沙。阿求は辛抱強くそれを聞いてくれた。
「もういいや。おまえ結局、今日は山の取材に行っただけか? 事件について、なんか手がかりとかは」
(そうですね、一点ほど。私たちが守矢神社に向かった目的も、もとはと言えばそこです)
と前置きして阿求は語る。
(覚えていますか、私が昨日、森近さんにうかがった件です。宝塔の機能については彼の推測通りでしたが、その起動条件まではわからずじまいでした)
昨日、香霖堂で阿求と待ち合わせたときのことを思い出し、魔理沙は首をひねる。
「ん? おまえ、千年前にも宝塔を使ったんだろ。どうして本人が知らないんだ」
(六代前の私、稗田阿未は、宝塔についてごく限られた記述しか残していませんでした。おそらく意図的なものでしょう。あの仏宝の価値について、他の者が不用意に知ってしまわないように)
それはまたずいぶん念入りなことだ。その妙に疑い深い性格も、昔の稗田の時から変わっていないらしい。
「じゃあ早苗だ。あいつが、星から宝塔の使い方を聞いたんだから」
(ええ。ですから昨夜尋ねてみたのです。しかしその件について、早苗さんは口止めをされていました。悪いけど勝手に教えることはできない、と)
誰に、と言いかけて魔理沙は思いつく。あの早苗を口止めしておける存在なんて、彼女が仕える神々以外にありえない。
宝塔の使い方は、命蓮寺の面々以外には早苗だけが知っている。しかし口の軽い彼女がぺらぺらと漏らしてしまったら台無しだ。そこは人に言わないようにと、守矢の神々は釘を刺しておいたのだろう。
「それで山に向かったのか。あの神様に、早苗に宝塔のことを聞いていいか、って断るために」
(その通りです。事情をお伝えしたら許可してくださいました。この事件に関わる者になら、教えてもかまわないと)
「じゃあ私も聞いていいんだな。そこまでして隠す宝塔の秘密って、なんなんだ」
ええとですね、とやや言いづらそうにして阿求は解説する。
(ちょっと長くなりますが……宝塔を使う時は、まずあの屋根のような部分の先端をひねります)
「ふむ」
(すると少し屋根を持ち上げられるようになるので、今度は屋根自体をひねってから、内側にある掛け金を外すのです)
「はあ」
(そうすると、今度は台座部分の覆いを動かせるようになるので、隠されていた二つのボタンを同時に押し込みながら……)
「ちょっと待て」
(はい?)
「つまり、なんだ。そういう機械式のカラクリなのか、宝塔の起動方法ってのは」
(はい。あと二段階ほど手順がありますけど。聞きますか)
いいよ、と言って魔理沙は額に手を当てる。
「じゃあさ、昨日香霖が言ってた……なんだっけ、毘沙門天の信者じゃなくちゃ使えないとか、そんな事は別にないのか?」
(別にないみたいですね。だからこそ秘密なのでしょう。あれほどの力を持った法具が、仕組みさえ知っていれば誰にでも扱えるだなんて、明るみに出しては危険な事実でしょうから)
あー、とうめき声を上げて魔理沙は天を見上げる。意外な事実に拍子抜けしたからというのもあるが、それ以上に。
「誰にでも、か。聞きたくなかったぜ」
あの宝塔がそういうものだという前提で、今日見知った人間たちの中に犯人がいるのだとしたら。事件当時の状況からして、推測される選択肢は限られてくる。
阿求は心配げに尋ねる。
(魔理沙さん。まだ追求を続けますか? この事件)
「なに言ってる。真実を求めると言ったのはおまえだろう」
(魔理沙さんのお考えを聞きたいんです。きっと私にはできないような発想が、あなたになら可能ですから)
ずいぶんと持ち上げてくれる。だが、解決を渋る阿求の気持ちも理解できなくはなかった。
彼女の立場は常に人間寄りだ。この事件が単に守矢と命蓮寺のいさかいであるならば、阿求もさして遠慮せず真相をつきとめにかかれる。しかしこれ以上調査を続けることで、人間と妖怪の関係に亀裂が入ってしまう恐れがあるのなら、そこに躊躇の気持ちが生まれてしまうのだろう。
「やるしかないさ。妖怪どもだって、里の連中だって、悪いやつらじゃないんだ。きっとなにかまだ、私たちの気がついてない思い違いがあるんだよ」
帰路につきがてら、魔理沙はまだ会話を続けた。事件のことはとりあえず置いておいて、阿求の今日の取材でどのような収穫があったかを聞いていた。
(やはり妖怪の山の社会は独特だと感じましたね。厳格な秩序があるように見えて、それぞれの妖怪はかなり自由に振る舞っています)
「単に身内に甘いってだけだろ。あいつら、口を開くと掟だとかしきたりだとか言い出すくせに、自分に都合悪いと平気で決まりを曲げやがるんだから」
(本質的に個人主義ですからね、妖怪たちは。それでいて一定の統制を保っていられるのは、長い歴史によって確立された暗黙の序列があるからでしょう。寿命の短い人間には構築しづらい社会構造です)
「序列っていうなら人間にもあるだろ。今日だって、稗田の名前出しただけで、そのへんのおっちゃんまでえらく協力的だったけど」
(あら。別に上下の関係ではありませんよ。横のつながりの協力関係があるだけです。人里は狭いところですからね。そうやって生きていかないと)
阿求の解説を半分聞き流しながら、酔いを醒ましつつ魔理沙はゆったりと歩く。
(今日は本当に大収穫だったのですが……お互いにたてこんでいましたからね。この件が片づいたなら、いずれまた山に向かいたいと思います。そのときは運送をお願いします)
「運送? 護衛じゃなくてか」
(八坂様からは、いつでも参拝に来なさいとお許しをいただきました。まっすぐ神社に向かうだけなら天狗たちも手出しできないはずです。少しでも進路がそれたら、どうなるかわかりませんけど)
「わかったよ、連れて行ってはやるけど……もしかしたら万が一、私が道を間違えるかもしれないなあ。そんときは覚悟してくれ」
(ちょっと。それはさすがに、報酬に響きますよ)
報酬の話をされては黙るほかない。わざとらしく、ちっと魔理沙は舌打ちをする。阿求は軽く笑っていた。
(あと未調査の領域といえば……天界か魔界、あるいは地底でしょうか。どこも常人には縁の遠い場所ですけど)
「天界なんか行ってもつまんないぞ。というかあそこの連中、地上のやつらを同じ生き物だと思ってないから。ひとりだけ変わり者はいるけど」
(ふむ。その変わり者というのは、よく地上に降りてこられるかたですね。今度ご紹介してください)
「機会があったらな。それとおまえ、魔界はやめとけよ。魔法の森程度の障気でもヤバいんだろ。魔界なんか行ったら息もできないぞ」
指摘されて阿求は言葉に詰まった。彼女としたことが、自分の体の弱さを失念していたらしい。
(困りましたね。私でも安全に魔界に行く方法となると……命蓮寺の遊覧船ぐらいでしょうか)
「さすがにおまえは乗船拒否だろ」
(ですよねえ。だからお志乃さんに乗ってもらうつもりだったんだけど。うまく行かないものです)
策士策に溺れるとはこのことか。わりと本気でがっかりしているらしい阿求を励ますため、魔理沙は明るい口調で提案してみた。
「地底あたりだったら手頃だろう。今度一緒に行こうぜ」
(はい? 手頃ですか。地底が?)
驚きを隠せない口調の阿求に、魔理沙のほうが面食らってしまった。
「ああ。鬼の宴会とか、わりと顔出してるけど。というか私にとっちゃ、妖怪の山のほうがめんどくさい場所だぞ。毎度あれこれ難癖つけられてさ」
はあーと感心した声を上げる阿求。
(あの、疑うようで悪いんですけど……本当に? 例えば私なんかが、地底に行っても大丈夫なんでしょうか)
おっかなびっくり問われて、魔理沙は少々考え込む。
「そうだな、単独行動は禁止で頼む。人間がうろついてたら腕試しの相手にされるから」
(そうですか。魔理沙さんは何度も地底に行っているんですよね。いままでに、その腕試しというのを挑まれた確率って何割ぐらいになりますか)
うーんとうなって、しばし魔理沙は指折り数える。
「そうだな。パーセントで言うと――350%ぐらいか? 行くたびに三、四回はやりあってると思うけど」
しばしの沈黙。そして阿求は冷静な声で告げる。
(自覚してください。自分は特殊なんだと自覚してください、魔理沙さん)
「なんだよその言いかた。あれだ、勝負の前に、ツレには手を出すなって約束しとけば大丈夫だよ。あいつらそういうのは絶対に守るから」
(お気持ちは嬉しいのですが……いつかそのうちという事で。興味はあるんですけどね、地底の妖怪には特に)
「むう。確かにあっちの連中、地上じゃ見ないような種族がわんさといるからな」
ぶらぶら歩いているうち、ほとんど里の外れまで来てしまった。酔いの回っていた頭もそれなりにはっきりしてきたし、ここからは飛んで帰ろうかなと魔理沙は考えていた。かまわず阿求は語りかけてくる。
(是非曲直庁の再編によって旧地獄が誕生して以来、あの地はまつろわぬ妖怪の受け皿となってきました。地上からでは、地底妖怪の構成など知りようがない状態です。地底の管理者にでも話を聞ければ別なんでしょうけど)
「地底のトップというと、あいつか。ムチャクチャ性格悪いやつだぞ」
(責任ある立場のかたというのは、えてして悪人に見えてしまうものです)
「それをさっぴいてもなお悪いんだって。明らかにひとのこと怒らせて楽しんでるから、あいつ」
ふうむ、と阿求は考えこんでしまった。お互い明日に備えて、そろそろ無駄話は切り上げようかなと魔理沙も思案する。
(いきなり押しかけるより、まずは地底出身の妖怪に話を聞きたいですね。それだけでもだいぶ調査は前進します)
「そうか。私の知り合いでよかったら紹介できると思うけど」
(はいっ、本当に助かります。なにぶん地上の我々にとっては、正体不明のかたがたですから)
ぴたり、と魔理沙の足が止まった。
「なんだって。阿求、いまなんて」
(はい? 地底の妖怪は私にも正体不明だと、そう言いましたけど)
この瞬間、魔理沙の脳裏にひとつの仮説が浮かび上がった。あまりにも馬鹿馬鹿しいと思い、一度はその着想を否定する。
「まさか。いや、しかし……ありうるのか」
(どうしました、魔理沙さん)
いまの魔理沙の耳に、阿求の声は届いていない。もう一度、ここ二日間で得られた情報を順繰りに思い出していた。阿求も空気を読んでじっと黙っている。
やがて魔理沙は、ただ一つの結論に達した。
「阿求、私の考えを聞いてくれ。たぶんなんだけど」
なにか手がかりでも、と問う阿求に、ああ、と答える魔理沙。
「――謎は、全て解けたぜ」
――
翌日正午、命蓮寺本堂の広間にて。
「いよう、早苗ちゃん。また会っちゃったね」
市蔵が陽気に声をかけると、早苗はぷいっとそっぽを向いた。
「どうせ私は、アレな子ですよ……」
ん? と作り笑いで問いかけた市蔵を、早苗はきりっとにらみつける。
「なんでもありませんっ。あなたのことは、もう信用できませんから」
「お、お、え? なんだってんだよぉ」
戸惑う兄の肩を仁蔵は叩く。
「日頃の行いが悪いからだろ。もうよしてくれ、恥ずかしい」
その様子をやはりにこにこして眺めていた志乃が、ほんの小声で早苗に声をかける。
「いけませんよ東風谷様。ゆうべのお話は知らないことになってるんですから」
「でもひどいですよ。あの人も魔理沙さんも、私のことまるで頭のおかしい子みたいに」
などとひそひそ話をしている母親のすそを、吾郎太は軽く引く。
「なあ母ちゃん。みんなに話ってなんなんだよ」
「そのうちわかるわ。それよりあんた、今日はおとなしくしといてちょうだいよ。お願いね」
うん、と不満げに吾郎太は頷く。その様子を横目で観察していた仁蔵は、ふと、視線を志乃の隣にいる人物に移した。
「それにしても……」
なにか? と阿求が答える。
「ああ。どうして稗田のお嬢様が、俺たちを呼んだんです」
やはり若い子とは目が合わせられないらしい仁蔵を尻目に、阿求はすっと一歩前に出る。
「みなさんに私からひとつ、お伝えしなくてはいけないことがあります」
そう言って阿求は、この場の五名の人間たちと、五名の妖怪たちをぐるりと見回した。
「こちらの志乃は、わが稗田家の使用人です。先日はここの様子を見てきてもらうために、この者をつかわしたのです」
志乃がぺこりと頭を下げると、村紗は一度歯ぎしりして阿求をにらみつけた。
「それはまた、あなたの得意そうなやり口ね」
よしなさい、と眉をひそめて小声で一輪がたしなめる。
ちなみにその他の三人、白蓮・星・ナズーリンは、阿求の話を聞いても眉ひとつ動かすことはなかった。志乃の素性についてはとっくに感づいていたのだろう。
「じ、じゃあ……」
と、震えた声で仁蔵が発言する。
「おとついの騒ぎ、稗田様もご存じで。それを調べていたんですか、あの子も」
ぐっと唇をかみ、それから仁蔵はさらになにかを言おうとした。まずい。いま彼に口を開かせたら面倒なことになりそうだ。
少女は柱の影から姿を現し、大きめの声で呼びかけた。
「みなさん。今日ここに集まってもらったのは、ほかでもありません」
「お梨沙ちゃん?」
「なんで、姉ちゃんまで」
当惑する男二人。そうそう、この反応が見たかったんだと魔理沙はほくそ笑む。人間たちが来る前からスタンバイしていた甲斐があったというものだ。
ちなみに、ナズーリンあたりはそんな魔理沙を白い目で見ていた。つまんない芝居しやがって、とでも言いたいのだろうか。
「やっぱり、君が昨日、あの店にいたのも」
仁蔵の疑問には答えず、赤毛の少女は含み笑う。
「うふふふふ……町娘のお梨沙ちゃんとは、世を忍ぶ仮の姿。その正体は――」
魔理沙はくるりと半回転して、胸元で呪印を組んだ。あらかじめ仕込んでおいた転移魔術が作動し、目の前に空間の穴が開く。
いま着ている衣服がするするとその穴に吸い込まれていく。それだけだと変身中は半裸になってしまうので、全身を明るく発光させてごまかしている。町娘の衣装と入れ替わりに、白黒の布きれが穴から伸びてきて体にまとわりつき、いつもの洋服となった。
ついでに飛び出てきた三角帽を左手でつかみ、右手で帽子の中から小袋を取り出す。その中身の乾燥キノコ粉末を自分の頭に振りかけて、髪の変色魔法を解除した。そして振り向きざまに帽子をかぶりつつ、魔女の魔女たるゆえん、魔法の箒を一気に引き抜く。
所要時間およそ二秒の早着替え、完了である。
「天下無敵の魔法使い、霧雨魔理沙様だ!」
うげっ、という声が三人の人間たちの口から漏れ出た。
「おまえ、白黒!」
「霧雨さんとこの……」
「家出娘だぁ?」
ぽかんとした顔で、噂の不良魔法使いを見つめる男性たち。この驚きようではしばらくは口もきけまい。
昨日からその正体を知っていた者たちは、得意がる魔理沙をあきれ顔で見ていた。早苗だけはうらやましそうにしている。
「気は済んだのかしら、魔理沙。そんな小芝居はどうでもいいの」
いらだった表情で、村紗が一歩前に出た。
「聞かせなさい、あの事件の真相とやら。ここまでしておいて大外れだったら怒るわよ」
ふむ、と魔理沙はあごに手を当てる。
「その前にひとつ確認させてくれ。ナズ、その箱を開けてもらえないか」
言われるがままに、ナズーリンは大事そうに抱えていた厨子の扉蓋を開け放った。その中には当然、毘沙門天の宝塔が安置されていた。
「私も昨日聞いたんだが……そいつはおまえらじゃなくたって、誰でも使えるんだよな。やり方さえ知っていれば」
ナズーリンはこれに答えず、隣に立つ主人に目を向けた。星は頷く。
「あまり知られたくはないのですが、その通りです。とはいえ簡単にわかるものでもありませんよ」
慎重な口ぶりで答える星に、早苗は不満げな視線をぶつける。
「それって、暗に私が犯人だと言ってませんか」
いえ別に、という星の弁明には耳を貸さず、早苗はまだぶつぶつ言い続ける。
「どうしてそんな物騒な作りなんです。もっと条件の絞りようがあったんじゃないの。仏教の人じゃなきゃ使えないとか、そんな感じの」
一度沈黙がこの場を包む。そして白蓮が首を左右に振った。
「それではこちらが困るのですよ」
「ちょっと、聖……」
発言を差し止めようとした星を白蓮は見つめ返す。それだけで星は黙ったが、きまり悪そうな表情で眉を垂れてしまった。いったいなんの話なのか。
「もしも、正しき仏法を修めたものにしか宝塔が扱えないのだとしたら……私には無用の道具となってしまいます。老病死苦を恐れ、魔界の業に逃れた外道の身ですからね」
静かに語る白蓮に、魔理沙は複雑な気分になる。仏門の価値観からしたら、魔法使いなど邪悪な存在なのかもしれないけど。
「ええと、それを作ったのはおまえの弟だっけか」
「作ったという言いかたは語弊がありますが、使い方を設定したのは命蓮です。彼にはわかっていたのでしょう。私はいずれ、御仏の道を踏み外してしまうのだろうと」
そう言って白蓮は目を閉じ、なにか考え込み出してしまった。まだ自分が人間だった頃の回想でもしているのだろうか。年寄りはこれだから、などと思っていた魔理沙に声がかかる。
「それで。それを聞いてどうしようというの」
「ああ。こっからが本題だ――」
言いながら魔理沙はぐるりと皆を見回した。そしてひとりの人物に目を留める。
「そうだな。じゃあ、お志乃さん」
はい? と答えて志乃も魔理沙を見つめ返した。
「見たままのことを教えてくれ。いま、鼠のナズーリンが持っている箱の中身。あれはなんだ」
妙な質問をされて首をかしげる志乃。昨夜の魔理沙の推理は、まだ阿求にしか話していない。志乃も深い事情については聞かされていないのだ。
「なにって……このお寺の宝塔ですよね。違うのでしょうか」
にやりと笑い、魔理沙は視線の向き先をわずかに変える。
「だってさ、吾郎太。おまえ母ちゃんの話聞いてたか?」
吾郎太は驚いた顔でぱちぱちとまばたきしていた。
「え、聞いてたよ。でも、え? なんで?」
「よし、じゃあおまえにも質問だ。あの鼠が持ってる、あの箱の中の置き物。見覚えはあるか」
眉をひそめ、少年は母親と魔理沙の間で視線を行ったり来たりさせた。やがて不安げな声で告げる。
「知らないよ。あんなの初めて見た……と、思うけど」
この発言に場が騒然となる。何人かの者が吾郎太に質問しようとしていたが、片手を差し出して魔理沙はそれを制止した。
「市蔵さん、仁蔵さん。あんたたちはどうなんだ。その置き物を、おととい見た覚えはあるのか、ないのか」
兄弟は目を見合わせる。仁蔵は困ったような顔で首を横に振り、それを見て市蔵が前を向く。
「なんだか知らないけど、たぶん今日初めて見たよ。なんなんだお梨沙ちゃん――じゃないや、魔理沙ちゃん」
腕組みしてうんうんと頷く魔理沙。その目の前に村紗が歩み出てきて、人間たちのほうを向く。
「なんなんだ、ってのはこっちが聞きたいわ。私は確かに、それを見せてあげたでしょう」
宝塔を指さす村紗。だが男たちは困惑した顔のままだった。彼女はなおも問い正す。
「あなたたちがお宝を見せろと言うから、私はその宝塔を箱から出して、あなたたちに見せた。違うとでも言うの」
男たちは目をみあわせる。そして年長の市蔵がこの場を代表するという空気になったらしく、彼が発言する。
「悪いけど船長ちゃん、俺たち見してもらってないよ、お宝なんて。あんたずっと箱に入れたまんまだったじゃないか」
村紗は怒りと混乱の入り交じった表情で、別の人間たちに目を向ける。
「早苗。そっちのあなたも。おとといは宝塔なんて見ていないと言い張るの?」
早苗は志乃と目を見合わせてから、前を向く。
「私たち、普通に見せてもらいましたよ。そのあとに、ここでそれを拾ったのも私です」
志乃もうんと頷いた。そんな母親を吾郎太は恐る恐る見上げ、小声で尋ねる。
「なあ母ちゃん。ホートーってのは、あれのことなの?」
「えっ。そうよ、決まってるじゃない。いったいなんだと思ってたの」
吾郎太は首をひねり、考え込み、そしてぼそりと口に出す。
「言いづらいよ、あれは」
「ちょっと」
志乃は息子を問い詰めようとしたが、魔理沙に止められた。
「いいんだお志乃さん。はっきりしたよ、そいつは嘘なんかついてない」
多くの者が当惑している中、魔理沙は手を打ち鳴らして注目を集めた。
「それにしても船長、この部屋寒いな。すきま風が吹きまくってるじゃないか。建て付けが悪いのか」
からかうような口調で言われて、村紗は怒りをあらわにする。というか、この広間は建て付けが悪いどころの話ではない。部屋の隅のほうでは床板があちこち抜けていて、板壁もところどころ隙間が空いて外が見えていた。
「変形の途中だったから、資材が船の側に集まっているのよ。普段はもっとちゃんとしてるわ。そんなのどうでもいいでしょう」
「どうでもいいかどうかは私が決める。さて、もう一度聞き直してみようか。宝塔の、あるいは箱の話を」
村紗は何も言わず目を背ける。今はまだ、言いたいことより聞きたいことのほうが多いのだろう。
「おととい、人間たちがあっちの講堂に集まったあと。ナズーリンに案内されて、ここの二階の船長室に五人全員がやってきた。ここまでは間違いないな」
人間たち、そして村紗とナズーリンはめいめいに頷いた。
「そしていまナズが持っている箱――厨子。船長はそれを持ち出して、皆にその中身を見せた。間違いないか」
またも人間たちから異論は出なかった。村紗は眉をひくひくと動かしてその様子を観察してる。それはそうだろう、男たちの証言は矛盾だらけに聞こえるのだから。
「じゃあ市蔵さん。おととい船長が開けたその箱。中には何が入っていた?」
突然魔理沙に指さされ、市蔵はびくりとして目を見開く。
「なんだよ、決まってるじゃないの。箱だよ」
はぁ? と村紗に乱暴な声色で問われ、市蔵は反射的に愛想笑いを浮かべる。
「もう。悪いけど船長ちゃんの言ってること、俺にはさっぱりわかんないよ。あのときあんた、その箱の中から――もうひとつ箱を出したじゃないか」
はっと村紗は息を吐き、何度か口をぱくぱくさせた。そしてなんとも名状しがたい表情で聞き返す。
「なに言って……箱の中に、また違う箱が入っていたって言うの? 私がそれを出して、あなたたちに見せたって言うの?」
「ああ。違うのかい?」
「なに言ってるの。目がどうかしてるんじゃない」
市蔵は困り果てた顔を弟に向ける。
「おい仁蔵よお、なんで俺たちこんな怒られてるんだ。おまえも確かに見ただろ、あの箱の中の、玉手箱をよ」
仁蔵は一度首を縦に振り、それからあきれたような顔で横に振る。
「あれを玉手箱とは言わないだろ。船長さんがその厨子から出したのって、小さい千両箱だったろう」
今度は市蔵があきれる番だった。
「あんな形の千両箱があるかよ、子供だって区別つくぞ。なあボウズ」
声をかけられた少年は、どうにも解せないという顔をしていた。市蔵は村紗を指さしながら吾郎太に問いかける。
「そっちの船長ちゃんが見してくれた箱、ボウズはなんだと思った」
「おっちゃんたち、なに言ってんの。あれは宝箱だったじゃん。海賊のお宝でも入ってそうな感じの」
もはや状況は混乱極まり、この場のめいめいが好き勝手なことを言い出しそうになった。魔理沙はまたも何度か手を叩いて、皆を強引に黙らせる。
「いいから私の質問にだけ答えてくれ。悪いけどほかは黙っててくれないか。収拾つかないからさ」
いくつか不満げな視線が寄せられたが、それは無視して魔理沙は皆の輪の中央に進み出る。
「さて、仁蔵さん。私がさっき出てくる前、なにか言いたそうにしてたよな。もしかして大事な話でもあったんじゃないのか」
仁蔵は緊張した顔つきになり、ためらいながらも頷いた。
「ああ。こうなったらしかたがない、みんな聞いてくれ……」
注目が集まる中、何度か言葉に詰まりながらも仁蔵は告げる。
「その箱を、開けちまったのは俺なんだ。それがまさか、こんな騒ぎになるとは。本当になんというか、申し訳ないというか」
たどたどしく謝る仁蔵。だが妖怪たちの反応は鈍かった。
「そんな……ありもしない箱を開けたからって、それがなんなのよ」
「ムラサ船長、まだわからないのか? おまえなら気がつくと思ったんだが」
なによっ、と答えた村紗。だが彼女は状況が把握できていないようだった。魔理沙は視線を戻す。
「話してくれてありがとう。だけどあんた、まだ隠してることがあるだろう」
この質問に仁蔵は沈黙を保った。そして、そんな彼の姿をじっと見つめ続けている人物がいた。そんな顔してたらバレバレだろうに。
「ところで吾郎太」
名を呼ばれ、少年はびくっとして魔理沙のほうへ向く。
「なんだよっ」
「おまえはおととい、お宝を見たと思ったんだよな。そしてそれを、お志乃さんにしゃべったんだよな」
吾郎太は口を尖らせて頷く。それを見て、仁蔵はぽかんとして口を開けた。
「黙ってろって言ったろ……まあ、母親に隠し事なんて、よくないけどさ」
口走った弟に、兄は怒りのこもった口調で問いかける。
「おい仁蔵。おまえあんときふらっといなくなって、それからなにしてたんだ。教えろ」
仁蔵は申し訳なさそうにして目を伏せる。
「俺さ、あの箱を持ってるやつを探してたんだ。そしたらこの部屋で、見つけたんだよ。そのボウズが、箱にいたずらしてるところを」
あのとき、星が広間を留守にしていた空白の時間帯。早苗、志乃、市蔵の三人は手分けして吾郎太を探していた。そのうち早苗が広間で宝塔を拾ってしまったわけだから、直前に広間を訪れることができた人物なんて、残るふたりしかいないのだ。
吾郎太! と言って志乃は息子をにらむ。
「……だって母ちゃん、ホートーのことしか聞かなかったじゃん。でも俺、どうやって開けるのかわかんなかったんだよ。そしたらこのおっちゃんが、ちょっと貸してみなって言うから」
ここで妖怪たちの中からすっと手が上がった。いままでずっと黙って話を聞いていた一輪だった。
「魔理沙さん、私からも質問いいかしら」
遠慮がちに、震える声で聞いてきた一輪。やっと真相に気がついたのか。
「仁蔵さん、でしたね。もしかしてその箱の開け方というのは、寄せ木細工のようなものでしたか」
「ああ、そうですけど。それは一目見てわかったんだ。どこかの部品をひねったり、ずらしたりして開ける仕組みなんだろうなって」
うげっ、とナズーリンが声をあげる。
「そういう、ことか……だけど君、その箱にお宝が入ってると知っていたんだろう。不用意に開けちゃまずいと思わなかったのかい」
ナズーリンの詰問に、仁蔵は不満げな表情になる。
「なに言ってる。君たちが話していたんじゃないか。お宝と箱は、別の所にあるって」
ああっ、と今度は星が悲鳴じみた声を出した。
「ではあなたも、あのとき勘違いしていたんですね。その箱とは、本質的には宝塔そのもの。ですが私はそれを、厨子の話だと思いこんだ」
「ちょっとみんな、なんの話よ。勝手に納得しないで」
仲間うちの話題について行けなかった村紗が憤る。魔理沙はその前に歩み出た。
「じゃあ聞かせてもらおうじゃないか。決定的な目撃証言ってやつをさ」
魔理沙は吾郎太を指さす。
「箱が開いたとき、中から『なにか』が出てきたんだよな。吾郎太、おまえがホートーだと思い込んだそれは、どんなやつだった」
「どんなって、よくわかんないけど――」
全員の注目が集まる中、少年は戸惑いながらも証言する。
「羽? みたいのが生えてる……蛇? みたいな生き物だった。すぐどっかに飛んでった」
やっと全てを理解して、村紗は息を呑んで目を見開いた。そして片足を踏みならし、天井を見上げて叫ぶ。
「ぬえ! あいつめ!」
一時は騒然としていた妖怪たちだったが、すぐにおとなしくなった。白蓮が終始なにも言わず、落ち着き払った態度を見せていたためだろう。その様子に苛立ちを感じた魔理沙だったが、いまは彼女を問い詰めている場合ではない。
「正体不明の種、でしたっけ。それが宝塔にしかけられていたんですね」
早苗がつぶやき、阿求は頷いた。しかし残る四名の人間たちはまだ不思議そうな顔をしている。それはそうだろう。説明してやるか。
「この寺にはさ、普段もうひとり別の妖怪が暮らしてるんだ。いまはちょっといないけど」
そう言って魔理沙は阿求に目を向けてみた。彼女はわずかに頷く。里の者たちにとっては阿求のほうが信頼に価するのだろうし、ここは彼女に説明させようという判断である。
「封獣ぬえ。古来より人々を騒がせてきた、得体の知れない妖怪ですね。人目を欺くまやかしの術を得意とすると聞きます」
「まやかしの術、ですか」
志乃のつぶやきに阿求は首肯する。
「ええ。鵺によって『正体不明の種』なるものを植え付けられた物品は、元々とはまるで違うものに見えてしまうのだそうです」
静かに語る阿求。その前に仁蔵が進み出た。
「じゃあ、俺たちが見たあの、蛇みたいなよくわからないやつは……その妖怪が仕込んだ、なんかの術のタネだったんですか。別にここのお宝でもなんでもなくて」
間違いないでしょう、と答えた阿求の脇で、志乃はいぶかしむ顔つきになっていた。
「でも私には、その箱の中の箱なんてものは、特に見えませんでしたけど」
「お志乃さんはここに来る前、宝塔ってのがどんなものか阿求に聞いていたんだろ。早苗も前にあれを使ったことがある。そういう相手にはぬえの術も効かないんだよ。当然、この寺の連中にも」
言いながら魔理沙は男たちのほうを見る。
「だがそれ以外の、こっちの三人にとってはどうだ。宝塔なんて見るのも聞くのも初めてだ。そこにやつの幻術が加わった結果――なにかすごいものが入っている、正体不明の入れ物。そういうふうに宝塔が見えちまったのさ」
説明されてもしばらく戸惑っていた男たちだったが、やがて市蔵が魔理沙のほうを見た。
「なんつうか、まだよくわかんねえんだけど。そんなすごいもんを、どうして仁蔵なんかが開けれたんだ」
「仁蔵さんは細工職人の腕も立つんだろ。宝塔がなんなのかは知らなくても、それを動かす仕組みのほうは正体不明というほどじゃなかった。そうだろ」
まだ難しい顔で眉をひそめていた仁蔵が顔を上げる。
「ええと、たぶん。わりと手の込んだ細工ではあったけど、似たような仕掛けなら俺でも作れる」
うんうんと魔理沙は頷いた。何かを作れるほどの腕があるのなら、その使い方を調べる程度は朝飯前だろう。そのへんは魔術の理論も同じだ。
「いちおう聞いておこうか。宝塔を起動させてしまったあと、あんたたちはどうしたんだ」
ああ、と元気なく仁蔵は答える。
「あれが逃げていったあと、急に箱が光り出したんだ。いや、その時点ではもう箱じゃなかったのか? まぶしくてよく見えなかったけど。それでびっくりしてたら……」
一度言葉を途切れさせて、仁蔵は早苗を見る。
「人の声が聞こえてきたんだ。あれは君だったと思う」
早苗は首をかしげ、それからはっとする。
「あ。きっとそうです。あのときなにか物音がしてました。あなたたちだったのね」
すまん、とつぶやいて仁蔵は話を再開する。
「やばいと思ったんだ。お宝――みたいなもんが、本当に箱に入ってたとは知らなくて。とにかく大変なことになっちまったと。それでボウズの手を引っ張って、そこの隙間から床下に逃げたんだ」
そう言って仁蔵は広間の隅のほう、派手に床板が欠損しているあたりを指さした。やっぱりね、と言って魔理沙は告げる。
「仁蔵さん、吾郎太。あんたたちが見た、そのまぶしい光ってのが、この寺の本当のお宝だったんだよ。宝塔に蓄えられた毘沙門天の光明。それが消えちまったからこいつらは困ってるんだ」
仁蔵はうつむいて握りこぶしを震わせていた。やがてがっくりと膝をつき、両手までも床につく。
「早苗さん、お寺のみなさん、本当にすいません。俺が……開けたりしなきゃ、逃げたりしなきゃ、こんな騒ぎにゃならなかったのに」
声を震わせて謝る仁蔵へ、吾郎太が声をかける。
「おっちゃんは悪くないだろ、妖怪に騙されてただけなんだろ」
「違うぞ、ボウズ」
顔を上げ、仁蔵は少年と見つめあう。
「俺はあんとき、おまえを叱らなくちゃいけなかった。勝手にひとのもんに触るんじゃないって、説教してやるのが当然だった。けど、あの箱の仕掛けがどうしても気になって。開けるぐらいならいいかと思っちまった」
彼の告白には少しばかり同情の気持ちが湧く魔理沙だった。細工物にかける、熱き職人魂が仇となってしまったか。
「よせやい、仁蔵よ」
市蔵も堅い顔で歩み出てきて、弟の肩に手を置く。
「わかってたよ。おまえがあの箱のこと、やたら気にしてたのは。一人でどっか行っちまった時も、やばいかもなって思った」
「兄貴?」
「だけど俺さ、女の子と話してる最中だったから、そんなん知るかって放っといたんだよ。おまえが悪いってんなら、止めなかった俺も同罪だ」
やけっぱちでそう言って、市蔵は弟の頭を押さえて強引に下げさせた。そして自分も深々と頭を垂れる。
「本当に申し訳ない、この通りだ。俺たちにできることがあるんなら、なんでも言ってくれ」
平伏する兄弟に皆が注目し、そしてしばらくのあいだ居心地の悪い沈黙が場を支配した。
妖怪たちはおおむね、白蓮の挙動を気にしている風であった。彼女が一言、『悪気がないなら許します』とでも言えばこの場はおさまるだろう。そもそも騒乱の種をまいたのは身内なのだし、素直に謝ってくれた者をこれ以上責める道理はない。
しかし白蓮は薄目を開けたまま、ただじっと黙っているばかりであった。
「なにか、言うことはないの」
沈黙を破ったのは志乃だった。彼女の視線は息子に注がれている。
あるよ、と言って吾郎太は、頭を下げたままの二人に歩み寄る。
「おっちゃんたちは、なんにも悪くないよ」
彼は横を向き、命蓮寺の一党を指差した。
「だってこいつら、妖怪じゃんか!」
「おまえらの仲間が、変な術で人間を騙したんだろ。謝るのはそっちじゃないか。なんでそんなに偉そうなんだよ、お化けのくせに」
猛烈な剣幕で寺の者たちを罵りだした吾郎太。彼の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
ほとんどの者があっけにとられて見つめる中、最も敏感に反応したのは志乃だった。
「あんたね!」
顔色をまるで蒼白にして、彼女は右手の拳を構えて息子のそばへ駆け寄る。そしてその手を振り上げた。
「お待ちください。お母さん」
白蓮が片手を前に差し出した。そのとたんに志乃の動きがぴたりと止まる。いまの白蓮の口調は穏やかだったが、その裏には有無を言わせぬ強制力が感じとれた。
「お話を聞きます。さあ、続きをどうぞ」
少年は先ほどまでの興奮から急激に冷め、いまは気押されているようだった。おびえた顔で、しかし口を開いて言葉を続ける。
「俺、見たんだ。この寺にはすんげえバケモンがいるんだ。おまえらなに企んでるんだ」
身を縮こまらせ、唇をわななかせる吾郎太。だが彼は一歩も引くことはなかった。そこへ村紗がいきり立って声をかける。
「なにを言うのっ」
「隠してたのは事実だろ」
すぐ言い返した魔理沙。だがその視線は一輪のほうに向いていた。
「あ、そういうこと? ああもう……」
少年の言う『すんげえバケモン』とやらの正体を察して、一輪は困り顔になってしまう。『彼』には本当に悪いのだが、あんなものが堂々と闊歩していてはこの寺の評判にも関わろう。
震える声で吾郎太はまだ言いつのる。
「あ、あ……あの箱に、あいつが隠れてると思ったんだ。あれ見れば、誰もこんな寺来なくなると思ったんだ。だから開けようと思ったんだよ。文句あるかっ」
彼の呼びかけに、早苗が怒った顔で手を挙げる。
「はい。もちろん文句あるわ。そんな勝手なことして、お母さんを困らせたら駄目じゃないの。悪い妖怪は私が退治してあげるから」
「おまえなんかあてにするもんか。このへっぽこ巫女」
へっ? と間の抜けた声を漏らして、早苗は目を丸くする。
「なっ、いまなんて。もっかい言ってみなさい」
憤る早苗を見て、魔理沙は顔をしかめる。
吾郎太の妖怪嫌いはわかっていたことだ。ここはあえて、言いたいことを言わせてから仲裁に入るつもりではあったのだが……
「いくらへっぽこでも、そうへっぽこ呼ばわりしちゃ可哀想だろう」
魔理沙は吾郎太の背後から歩み寄り、その後頭部をごんごんと何度か小突いた。彼は振り向き、その手を払いのける。
「おまえもだ、泥棒魔女。よくも騙したな」
昨日はわりと、『姉ちゃん、姉ちゃん』とか言ってなついてくれたこの子のことだ。裏切られたような気にさせたのはしかたがない。でもそれにしたって。
「おまえ、私らのなにがそんなに気にくわないんだ」
魔理沙はまっすぐ吾郎太とみつめあった。けっこうな目力を入れてにらみつけたつもりだったが、彼は頑として目をそらさなかった。
「あんな人形劇で、俺はごまかされないぞ。おまえら妖怪と遊んでばっかりじゃないか。どうしてちゃんと退治しないんだ、本気で人間守るつもりあるのかよ」
大きく目を開いてにらみ返してくる少年に、魔理沙は大げさなジェスチャーで首をすくめてみせる。
「知ったことか。私はただ、自分のやりたいようにやってるだけだ」
握り拳で腕を上下させる吾郎太。完全にだだっ子のスタイルである。先ほどから青ざめた顔色でこのやりとりを観察していた志乃が、さらに半歩前に出た。
「あんたね、いい加減にっ」
彼女がわりと乱暴に息子の首根っこを押さえたところで、二人の間にそっと手を差し出す者がいた。
「待って、お志乃さん。私からも聞きたいことがあります」
阿求と見つめ合い、志乃は渋々ながらも手を離す。本当は今すぐひっぱたいてでも吾郎太を黙らせたいのだろうけど、白蓮と阿求の二人がかりで止められてはそうもいかない。
びくりと身を震わせた吾郎太に、冷静に阿求は問いかける。
「魔理沙さんたちのやりかたには、不満があるというのですね。ではどのような妖怪退治なら正しいと考えますか」
吾郎太は言い淀み、ちらちらと母親の視線を気にしていた。しかし志乃がなにも口出ししてこなかったため、彼は語りだす。
「それは……悪い妖怪は、もう悪さできないようにやっつけないと駄目じゃないですか」
ふむ、と言って阿求は首をかしげる。
「やっつける、というのは、人間の目の届かないところに追い払うということですか。少しでも危ない妖怪は、みんなそうしなくてはいけないという考えですか」
立て続けに聞かれて吾郎太は戸惑う。
「それは、だって。ワルモンはこらしめるしかないよ」
「人間と妖怪では、善い悪いの考えかたが違います。お化けは人をおどろかすものなのです。それが認められないというなら、妖怪すべてを里から追い出すしかありませんよ」
少年は目を見開き、口元をこわばらせていた。しかし拳をぐっと握りなおして反駁する。
「なんだよ、稗田様まで。俺は、このおっちゃんたちが、妖怪なんかに謝るのはおかしいって言ってるんだ」
急に引き合いに出されて、さっきまで平伏していた兄弟は目を見合わせた。兄の目配せを受けて、仁蔵は吾郎太になにか話しかけようとする。
「なあボウズ――」
「聖。もう充分でしょう」
怒りに燃える村紗には、もはや周囲の声など耳に入っていないようだった。
「この子供には、おしおきが必要です」
言って村紗は一歩前に出る。その進路上に志乃が黙って歩み出た。村紗は眉をひそめて声をかける。
「なあに? 大丈夫、命までは取らない。ちょっと怖い目にあってもらうだけ」
やっと状況を把握したのか腰が引けている吾郎太の視線を、志乃は片手を出して遮った。
「お仕置きなら私がします。あとで必ず、きついやつを。ですから……」
「だめ。そいつは妖怪の恐ろしさを思い知らなくちゃいけない」
志乃は村紗と見つめあったままゆっくりと膝を落とす。さらには両手も床についた。
「この子の教育は私の責任です。なにとぞ、ここはお許しを」
「母ちゃんまで! やめろよ」
泣き出しそうな声で母の肩にすがりついた吾郎太だったが、ぎろりとした目でにらみ返されてしまった。『誰のせいだと思ってるの』という心の声が聞こえてきそうだ。
そして同時に、村紗も背後から呼びとめられていた。
「よしなさい。それではただのやつあたりです」
「あなたに指図されたくない!」
止めに入った星の手を振り払う村紗。不安げな目で仲間たちを見回した。
一輪は星の横に立ち、切実な視線を村紗に向けている。だが何も口には出さなかった。
ナズーリンはどちらに加担するでもなく状況を傍観していた。彼女は吾郎太を嫌っている口ぶりだったし、こんなガキはおしおきされてしまえばいい、とでも思っているのか。
そして白蓮は、じっと何かを待つような顔つきでやはり静観の構えを保っていた。村紗は一度悲しげな瞳で彼女と見つめ合い、振り向く。
「ちょっとちょっと、船長ちゃん。気持ちはわかるけどさ、こんなんで本気出すもんじゃないよ。俺からもなんか言っとくから」
いつのまにか、親子の前には二人の男が立っていた。あえて空気を読まぬ男、市蔵が大声で村紗に話しかける。その横で仁蔵は厳しい目つきをしていた。
「君たちが、こんな子供に折檻する妖怪だというなら、さっきの謝罪は取り消さなくちゃいけない」
混乱する状況の中、阿求が困り顔で視線を投げかけてきた。心配するなって、という意思を込めて魔理沙も目配せを投げ返す。
実のところ、この状況下で魔理沙が最も警戒している人物は――早苗であった。しかし彼女も展開についてこれずにまごついている。
冷静に考えればわかるはずなのだ。力なき人間がいまにも妖怪の餌食にされようとしている時、自分たちのするべき事とはなんなのか。
「本当に手間のかかる連中だ」
言い放ち、魔理沙はポケットの中で握っていたミニ八卦炉を取り出して構えた。それほど大技を放つつもりもなく、軽く意識を集中させただけで魔力の充填は完了する。狙いは皆の頭上、斜め上、約三十度。
そして閃光が走る。突然の攻撃に誰もが身構える。
「ほら行くぞっ」
魔理沙は吾郎太の手をつかんで強引に引っ張り上げた。同時に彼の股下に箒の柄を差し入れ、それを浮上させながら自分も宙に浮かび上がる。腕と足の両方を持ち上げられ、少年は空中に吊るされるような格好になった。
「うわっ、おい、なんだよ」
「なんだって。決まってるだろ」
皆が見上げる中、大人の背丈をゆうに越えるほどの高さになったところで魔理沙は箒にまたがった。吾郎太は転落しそうになって、あわてて魔理沙の服の背中をつかむ。
「いいか悪ガキ。何か困った時には――」
吾郎太がつかまったのを確認して、魔理沙は勢いよく前方に加速する。その進路上には先ほど作った脱出口が開いている。
「とりあえず、逃げとけ!」
――
人里の外れの、ゆるい丘の上にそびえる寺院、命蓮寺。その上空で逃亡者と追撃者はにらみあった。
「まいったな。こんなお荷物がいたんじゃ逃げ切れない」
嘘おっしゃい、とつぶやいて村紗は舌打つ。
「よくも私の船に風穴開けてくれたわね。覚悟はできてるの」
腰から抜いた柄杓を構え、そこに妖気を込める村紗。
「ここで落ちたら寺直行か。葬式の手間が省けるな」
「なに馬鹿言ってんだ。おろせよ」
すぐ背後で吾郎太がわめく。おろせと言うわりにはぎゅっとしがみついているくせに。
「いま無事におろせってのは無理だぜ――落とすならすぐだけど」
言いながら少し姿勢を横に傾けてみた。少年はすぐに黙りこむ。
「なにしてるの。ともかく、そいつをかばい立てするというのね。だったら痛い目見てもらおうか!」
言い放つと同時に村紗は柄杓を振り切る。収束された妖力によって涙滴状の弾丸が発生し、あたり一面に撒き散らされた。
「ひとつ覚えもいいとこだな」
正直言って、退屈な攻撃だった。密度はそれなりだが、逃げ場を見失うというほどでもない。直撃コースの弾だけをかわしつつ、追い込まれる前に弾幕の薄いところを抜けていけばいい。
村紗にしたって、こんなのは大技を出すまでの場つなぎなんだろうけど、もう少し技にバリエーションがあってもいいのではないか……などと、漫然と考えていられるほどの余裕があった。霧雨魔理沙にとっては。
「うわあああ!」
「黙ってろ、舌噛むぞ」
今まで以上にきつく抱きついてくる吾郎太。実は彼の腕がわりと微妙な位置に当たっているのだが、それを気にしてはいられなそうだ。
錐揉みして弾幕をよけながら魔理沙は突っ切る。同時に自分の前方に小さな魔法陣を複数展開し、それぞれから電光を伴ったビームを射出した。狙いが甘かったので当たりはしなかったが。
「おろせ、おろしてよ!」
再び村紗が柄杓を振る。今度は左右から一回ずつの、計二回。とはいえこれも折り込み済みだ。右からの攻撃はつっこんでかわしつつ、左からの攻撃にはぎりぎりまで距離を保ち、弾がばらけたところを突破する。自然と敵の左側面に回り込む形になった。
さっきは分散させて使った魔法陣を今度は直線上に重ね、増幅した光線を放つ。無理して連続攻撃した直後の体勢ではかわせまい。
――転覆「沈没アンカー」――
村紗の手元に巨大な錨が出現し、間一髪のところで光線を受け止めた。おたけびとともに彼女は一回転し、それを投げつける。まとわりつく妖気を弾丸として撒き散らしながら、アンカーはまっすぐ目標へと襲いかかった。
「これが、スペルカード……」
そうさ、と答えながら魔理沙は余裕をもってアンカーをかわす。
「おまえ、私を泥棒と呼んだよな」
「なんだよ、それで怒ってるのか」
言いあう二人の目の前を追い越すようにして村紗は横切った。一瞬だけ目があった彼女は、どこか寂しげな顔色だった。
ところで。津波という災害は、波が来る時より引いて行く時のほうが恐ろしいのだという。このスペルも同様、本当に危険なのはアンカーが持ち主のもとへ戻っていくとき。
「私が盗んだのは、本なんかじゃない」
魔理沙は八卦炉を高く掲げた。引き戻されたアンカーがその無防備な背後に迫る。
――恋符「ノンディレクショナルレーザー」――
炉の側面から全方位に閃光が走る。奇襲とはいえすでに勢いを失いつつあったアンカーは、その光条に切り裂かれてあっけなく砕け散った。
村紗はすかさず二つ目の錨を出現させて投げつける。だがその攻撃も、光線と星屑の雨に叩きのめされて相殺され、魔理沙たちのもとまでは届かなかった。
すっげえ、と少年は感嘆の声を漏らす。
「死んだって返しようないからな、こいつは」
つぶやき、魔理沙は箒の先端を下げてぐんと加速する。村紗はいまの星屑を避けるのに手いっぱいで、とっさに次なる攻撃を繰り出せないでいた。
「遅いぜ!」
魔理沙は猛り、敵のふところまで一気にもぐりこむ。再び魔法陣を展開。今度は遠距離用のレーザーではなく、近距離で威力を発揮する衝撃波を乱射する。この局面では回避の方策などなかろう。
村紗は笑っていた。さっさと次のスペルを出せばいいものを、ただ悲しげに微笑んでいた。
いままで楽しかった、とでも言いたいのか。もうお別れだとでも言うつもりか。
だからこいつは甘いのだ。
――掌打「無双百烈張り手」――
人間たちの目の前に蒸気が集結し、巨大な手のひらがいくつも出現した。それらは魔理沙の攻撃を易々と受け止め、正面から圧殺せんと襲いかかってくる。
魔理沙はすかさず二枚目のスペルカードを切る。帽子の中から取りだした小袋の結びを解き、とっておきの『星の砂』をまき散らした。
色とりどりの流星群が無骨な手のひらを切り裂く。しかし傷つくそばから見る間に回復していった。もとが雲なのだからしかたあるまいか。
「あいつ、あいつだよ! ホントにいただろ、お化け」
「だーから知ってるっての」
耳元でうるさくわめかれ、魔理沙は顔をしかめる。そして村紗も同様の顔つきになっていた。
「なぜ来たの。よけいなお世話よ」
「なぜと言われてもね。放っとけるわけないじゃない」
抑揚のない口調で一輪は告げた。そこに村紗は食ってかかる。
「あいつらに難癖つけてるのは私よ。あなたが関わる理由ないじゃない」
いまの二人はまるで無防備な体勢なのだが、ここで横から攻撃をぶち込むのは美しくない気がする。ここは静観しておく。
「人里で人間を襲うなんて、とんだ掟破りね。あの子に危害を加えたら、もう地上にはいられない」
静かに述べたのち、一輪は目を見開く。
「それで私たちが見捨てると思った? 魔理沙になら退治されてもいいと思った? 馬鹿にしないで」
問いつめられて目尻に涙を浮かべ、力なく村紗は言い返す。
「私なんて、いても迷惑なだけよ。手を貸すことないわ」
「それでも貸すの。私はいつだって――あなたの友だから」
一輪は微笑み、そしてきりっとした表情に変わり、魔理沙たちのほうを向く。
「さあ、逃げのびたければ戦いなさい。行くわよ、雲山」
呼びかけに応え、雲山は拳を握り両目をかっと見開く。彼の眼光が実体をもった光線となり、あたり一面に向けて放射される。
「ど、ど、どうすんだ姉ちゃん」
激しく動揺している少年はとりあえず放置で。あまり邪魔になるならまた黙らせよう。
やる気満々の一輪に対して、村紗は参戦をためらっていた。二対一など卑怯だと感じているのか。その考えは正しいけれど、間違いだ。
迫り来る第一陣の光線を魔理沙は冷静に見切ってかわす。間髪入れず、巨大な拳が両脇から挟み込むように襲いかかってきた。逃れるべき進路は第二陣の光線によってふさがれてしまっている。
絶体絶命かに見える状況のもと、魔理沙は微動だにしなかった。変に動いたら巻きこまれそうだし。
――開海「モーゼの奇跡」――
うねるような波動が魔理沙の両脇を疾る。まばゆい輝きが外側に向けて放射され、のたうつ光の壁となった。雲山の拳は輝きの海に呑まれ、たちまち消え去る。
「義をみてせざるは勇なきなり。守矢が風祝、東風谷早苗、参ります!」
妙な振りつけをしながら得意げにのたまう早苗。あれが彼女的にはカッコいいポーズらしい。
「いちおう聞くけど、なにしにきた」
「決まってます。魔理沙さんばっかりいい格好させられません」
そう言って、早苗は手に持つ御幣を吾郎太に向ける。
「私がへっぽこかどうか、しっかりと見届けなさい。さあ、妖怪退治です」
勝手に出てきて勝手に仕切るんじゃない。と、わりと本気で腹が立ってきた魔理沙だったが、ここでもめている場合ではない。
二枚の壁に挟まれた領域のむこう側で、雲山が雷撃弾を、村紗が水滴弾を放射する。そこに早苗の投射する霊刀弾と、魔理沙の発射する魔砲弾が交錯する。
荒れ狂う弾幕の嵐を少女たちはかいくぐり、撃ち返し、それを新たなスペルで跳ね返され、対抗するスペルで押し返した。
決着はわりとあっさりついた。
「いくぜ、マスタースパーク!」
満を持して、白黒魔女の十八番たるスペルカードが発動する。膨大なエネルギーが瞬時に魔理沙の手中に集まり、魔力の奔流となって解き放たれる。
すでに一輪は限界が近い。萎えそうな手足を叱咤して全身に気を巡らせ、吹き払われてしまった雲山のかけらを集結させて盾にする。
その陰から、まだ多少は力を残していた村紗が離脱した。無防備な魔理沙の側面に回り込み、錨を投げつける。
「させません!」
飛び交う弾幕の中からひときわ明るい光球が飛来して、空中でアンカーを撃墜した。再度アンカーを形成しようとした村紗だったが、二の矢は早苗のほうが早かった。
防ぎようもない光球の直撃を受け、村紗は意識を失ってしまう。ほぼ同時に、雲山も熱線に焼き尽くされて蒸発してしまった。墜落していく二名のもとへ、これを遠巻きに観戦していた星とナズーリンが飛び寄っていった。
「まあざっと……はあ……こんなもんだろう」
村紗も一輪も、個々の弾幕の威力なら余人に劣る使い手ではない。しかしながら、相手の攻撃を回避し、一瞬の隙をついて反撃に転じる試合運びでは人間たちのほうが上手だった。
そして勝敗を決定づけた要因が、もうひとつ。
「ずいぶん息が上がってませんか、お二人さん」
勝負がついてからしばらくの間、魔理沙は肩で息をして呼吸を整えていた。
それも無理はない。先ほどの戦いで彼女は、状況が不利になるたびに惜しげもなくスペルカードを繰り出していた。並の弾幕使いならとっくに打ち止めになっているところだ。
「……終わったのかよ。勝ったんだろ、いい加減おろしてくれよぉ」
少年もまた、魔理沙の背中にしがみついてぐったりとしていた。この数分の戦いの間、激しく上下左右に振り回されて、それでも嘔吐しなかっただけ上出来と言えるだろうか。
「どうだ。面白かっただろ、本物の弾幕ごっこ」
「面白い? こんなのが? 頭おかしいんじゃないのか」
このやろう、と言って魔理沙は箒ごと体を傾ける。やめろよ、と叫んで吾郎太はより強くしがみついた。よしなさいってば、と早苗は渋い顔になり、先ほど撃破した妖怪たちのほうに目をやる。
村紗はすぐに意識を取り戻した。だがまだ状況を思い出しきれていないようで、ぼうっとして青空を眺めていた。
「まったく無茶しますね。飛べる?」
自分が星に抱きかかえられていることに気がつき、村紗はあわててその腕を振り払う。また落下しかけたが、なんとか体勢を立て直した。
そこへ、ナズーリンに肩を借りて一輪が合流してきた。彼女はなにかぶつぶつ言っている。
「無事かしら……ええ、悪いけどお願い」
指令に応え、村紗の足元に雲山の片手だけが実体化する。畳一枚分ほどのサイズ。先ほどよりもずいぶんと小さい。村紗は崩れ落ちるようにその手のひらにしゃがみこんだ。すぐそばに一輪も腰かける。
「気はすんだのかね。なんだかんだ言って、君は我々に必要な存在なんだ。あまり馬鹿やってもらっちゃ困る」
腕組みして語りかけるナズーリンを、村紗は力なくにらみ返す。その視界に星が割って入った。
「ずいぶん悩んでいたようだけど、あなたに手を貸さない理由なんてないんだから。ね」
まっすぐに見つめてくる星から、村紗は目をそらす。肩を震わせて何事かつぶやいた。
「……ない」
「え?」
「あなたの手だけは、借りたくない」
星はうろたえる。ナズーリンが食ってかかろうとしたところで、村紗はさらに言葉を絞り出した。
「私じゃ駄目だった。なにもできなかった。あのとき――」
怒り泣きの顔で村紗は星に向き直る。
「あなたさえいてくれたら、きっと聖を守れたのに!」
絶句する星。ナズーリンはぐっと村紗に顔を近づけて、その胸元をつかんだ。
「言ってくれるね。ご主人だって、どれほど気に病んでいたことか」
「よしなさい」
村紗から視線をそらさず、ナズーリンは答える。
「よしません。だがご主人は、人間を憎もうとはしなかった。あいかわらず毘沙門天の使いを続けた。なぜだかわかるかい」
知らないわ、とかすかに告げる村紗。ナズーリンは手を離し、眼下の命蓮寺を指さす。
「すべては信仰のため。聖の封印を解けるほどの、法の光を得るためさ」
ぽかんとしている村紗に、なおも告げる。
「人間たちを呼び集めて、その信心を宝塔に蓄えて、妖怪だとばれる前に姿を消す――ひたすら繰り返してきたんだよ。この千年の間!」
珍しく語気を荒らげるナズーリンの肩に、星が背後から手を置いた。
「よしなさいと言いました。誇れる事でもないでしょう」
スン、と鼻を鳴らしたナズーリン。至近距離にいる村紗には、わずかにその瞳が潤んでいるのが見て取れた。
「私は嘘なんかつき慣れている。だけど、いつも作り笑いをしているご主人なんか、本当は見たくなかった」
星は肩から手を離した。ナズーリンは振り向く。星も振り向き、まだ頭上に浮かんでいる人間たちのほうを見る。
「言葉では伝えきれないこともあります。ならば行動で示すのみ」
まだ呆然と見守る村紗の眼前で、不祥の主はゆっくりと浮上していく。小賢しい使いはそれにつき従った。
「お供してくれますか、ナズーリン」
「微力ながら。ご主人」
命蓮寺上空で、人間たちと妖怪たちは再び対峙する。
「長話は済んだのか」
「ええまあ。お待たせしてすいません」
「やるというんですね。結果は見えていますけど」
「なんだ、まだやるのかよ。もういいだろって」
「黙れ小僧。言っておくが君には腹を立てている」
めいめいに好き勝手なことを言い合う中、星はふと首をかしげた。
「勢いでここまで来ちゃったけど、喧嘩する大義名分が思いつきません」
おいおい、と言って魔理沙は体勢を崩す。そこへナズーリンが前に出た。
「ひとつ、我らの寄る辺たる聖輦船に大穴を開けてくれた件。ひとつ、我らを公然と侮辱したその人間をかくまった件――」
演劇がかった口調で語るナズーリンに星は感心する。
「言いがかりとは聞こえませんね」
「茶々入れないでください。ひとつ、我らの大切な同志たちをひどく痛めつけてくれた件。以上三件の遺恨を晴らすため、ここで君たちとの果たし合いを希望する!」
びしりと指を突きつけるナズーリンに、魔理沙と早苗は身構える。星はさらに前に出て、両陣営の距離を詰める。
「逃げないのなら、戦意ありとみなします。いざっ」
星は手に持つ槍を高々と掲げた。その先端から次々と光の帯が射出され、空中でへにょりと軌道を変えて人間たちへと飛来する。
「やりづらいんだよな、これ」
魔理沙はいったん距離を置き、側面へとずれながら攻撃を待ち受ける。ここは回避に専念する態勢だ。
一方、早苗はひるまずに正面でこれを迎え撃った。予測しづらい曲弾道の射撃をぎりぎりのところで回避して、蛇のごとく尾を引く霊弾を連射する。
「おい、手伝わなくていいのか」
「お、やる気だな。ここはひとまず――」
あせった声で問いかける吾郎太に答え、魔理沙は攻撃の合間を縫って徐々に距離を詰めていく。
「楽なほうから落とすっ」
タイミングを見計らって、収束した光線を放つ。狙いは星――と見せかけてその背後のナズーリン。
妖怪たちは二手に分かれてこれを回避した。魔理沙は狙いをナズーリンに定める。星は早苗とやりあうので手いっぱい、仲間のカバーに回っている余裕はないはず。
さっさと終われ、と念じながらさらに追撃の光線を撃ちまくる。ナズーリンはそれを巧みに回避しながら楔形弾を撒いてくるが、その反撃はどうにも散発的だった。
別に彼女が手を抜いているわけではない。これでも精一杯の抵抗のつもりなのだろう。
身のこなしも、状況判断力も優れているナズーリンだが、妖怪としての根源的なパワーでは他の使い手に劣っていた。スペルカードとして準備した上位術など使わなくとも、余裕をもって彼女を撃破できる自信が魔理沙にはあった。
「ずいぶん見くびってくれるね」
両手に構えた棒を交差させて、ナズーリンは首飾りに込められた力を解放する。
――探符「ナズーリンペンデュラム&ロッド」――
ナズーリンの所持するマジックアイテム、ナズーリンペンデュラムの巨大な複製がいくつも空中に出現した。それらはみな、尖った先端部を魔理沙に向けてじわじわと迫いこむ動きを見せる。
同時に、彼女が両手に持つロッドからも二筋のビームが放出された。こちらは直接的に狙うのではなく、左右から挟みこむ形でゆっくりと迫って来る。
「おっと、新作か」
新作? と背後の少年が問う。
「初めて見る技だが……どうってこたないな」
魔理沙は気にせずレーザー照射を続ける。ペンデュラムの強度はさほどでもなく、数秒間撃ち込んだだけでひとつを破壊できた。
その調子でふたつ、みっつと順調に魔石を粉砕していく。あとはあの二本のビームをかわせば、このスペルの第一陣は完了だろう。はっきり言ってぬるすぎる。この程度で通用すると思ったのか。
「あーあ、やっちゃったね」
全てのペンデュラムを片付けたところで、魔理沙は異変に気がついた。斜め横から迫ってくるあの光線、軌道が妙だ。
試しに軽く浮上してみると、その動きに合わせてビームも上を向く。今度は急降下。するとやはり、急激にビームの軌道が下向きに変わる。どんな高さにいようとも、ぴったりと標的の動きに追随してくる。
「自動式? だがこの精度じゃ……」
完全に逃げ場を封じながら迫るビーム。事実上、あれは光線ではなく壁だと考えなくてはいけない。それが二枚、こちらを挟み込んで来る。どう移動してもかわしようがない。
「おいナズ、なに考えてんだ!」
弾幕ごっこは、あくまでごっこ。必ず回避の余地がなくてはならない。紳士協定と言えば聞こえはいいが、要はそのほうが勝ったときに気分がいいから。理不尽な戦いでは敗者も負けを認められない。
義憤のこもった魔理沙の視線を、ナズーリンは軽く受け流した。
「盾なら用意したのに」
あ。
言われてみると、あのロッドから放たれるビーム。ペンデュラムに当たっても特に破壊も貫通もせず、そこで食い止められていた。ならばビームが交差する一瞬だけ、あの石を盾にすれば避けられたはず。
それを壊してしまったのは自分だ。もはや手遅れもいいところ。自慢の大火力が今回ばかりはあだとなってしまった。
ちっくしょう、と罵りながら魔理沙は半回転して敵に背を向ける。必中の攻撃はすぐそこまで迫っている。
「おい、逃げんのかよ」
「馬鹿言え。しっかりつかまってろ」
魔理沙は左腕で吾郎太の腕を押さえ、右手の八卦炉を前に向けた。爆縮されるように魔力が集まり、すぐさま解放される。
――彗星「ブレイジングスター」――
ほとばしる魔力の反動により、二人は猛烈な勢いで後方に加速する。まさに彗星のような尾を引いて、人間たちは尻からナズーリンに突っ込んでいった。
轟々という騒音が耳をつんざく。吾郎太がなにか叫んでいるようだがほとんど聞きとれない。
魔理沙はちらりと後ろを向いてみた。ナズーリンは第二陣のペンデュラムを展開して身を守っているが……やはり無駄。魔理沙たちを包む黄金色のオーラに巻き込まれ、瞬時に盾は砕け散る。ついでに鼠妖怪はあらぬ方向に弾き飛ばされてしまった。
あの程度のスペルで、魔理沙のとっておきの大技を防げるはずがないのだ。完全なるオーバーキル。もっと冷静に戦っていれば使わず済んだはずの切り札。
「ナズーリン!」
星は叫び、視線だけを愛する従者のもとへ走らせる。だが振り向きはしなかった。
彼女が相対している早苗は、そのような隙を黙って見逃す相手ではない。ここで星まで撃破されてしまったら、身を挺してチャンスを作ってくれたナズーリンに申し訳が立たない。
「心配ですか? すぐにあとを追わせてあげます」
早苗が御幣を振ると、縦横無尽の閃光があたり一面に走った。魔理沙たちがそばにいては使用できなかった、無差別の巻き込み型スペル。
幾重もの弾幕の檻にとらわれて、なお星の瞳は輝きを失わなかった。すでにへし折られてしまった槍を投げ捨て、彼女は懐から一対の法具を取り出す。
「すばらしい力です。あなたと出会えたこと自体、ひとつの奇跡なのかしら」
両手に構えた独鈷杵の、それぞれ両端からまっすぐに輝きが噴出して、合計四本の長大な光の剣となる。
「神々よ、お導きに感謝します」
そして猛虎のごとく吠え、星は光刃を振りかざした。光の檻を力任せに切り開き、その勢いのまま標的に叩きつける。
この斬撃を素早く回避して、早苗は新たな格子を展開する。星は体ごと回転して次々と檻を切り破っていった。早苗もそれに追随して、高速で星の周囲を旋回しながら相手の逃げ場をふさぎ、同時に霊弾を撃ち込んでいく。
「バケモンだ。みんなバケモンだよ」
「か弱い乙女に……げほっ。そりゃないだろうが」
苦しげにうめき、魔理沙はさらに何度かせき込んだ。吾郎太は心配げにその背を叩く。
「姉ちゃん、やばいんじゃないのか」
「平気」
と、答えてはみたものの、実際かなりの消耗を感じている魔理沙だった。頭がくらくらしてうまく手足に力が入らない。ここまでひどい魔力切れを味わうのは久しぶりだった。
先ほど使ったブレイジングスターは、本来なら何往復でも突撃を繰り返せるスペル。だが今はわずか十秒足らずしか維持できなかった。ナズーリンをノックアウトするには十分すぎる威力だったが、反動で自分も大幅に力を使ってしまった。ハードなスペルの使用はもう難しいだろう。
なのでしばらくは観戦モード。というか、ここはもう早苗に任せてしまったほうがいいか。
そういえば、と思い魔理沙はあたりを見回す。さっきから村紗たちの姿が見えない。そうとう疲れきっていたようだし、もう寺に引っ込んだのだろうか。
「なあ、もう誰も追っかけてこないだろ。帰らしてくれよ」
「はあ? 同じ人間のあいつが戦ってるのに、自分だけ母ちゃんのとこに逃げようってのか。男のくせに弱虫だなあ」
彼の気に障りそうなキーワードをあえて並べてみた。すぐ黙り込んでしまった吾郎太に、続けて問いかける。
「あんまり、楽しくなかったか」
え、と言って吾郎太は顔を上げた。
「やっぱ自分でやらないとわかんないか。悪かったな、無理につきあわせて」
やや考えて、彼はつぶやく。
「これが、弾幕ごっこ」
「ああ。人間だって妖怪と遊べるんだ。やればわかる、相手がどんなやつで、どんなこと考えてるのか」
「んな無理言うなよ」
「無理……かあ。そうだよな。誰でも弾幕気分を味わえる方法って、なんかないもんかな」
などと語り合っている間にも、戦況は刻々と変化していた。
早苗は星の大剣をかわしきれず、とっさに大風を召還した。だが星の喚んだ無数の小刀の鎧によって防がれてしまう。
そのたびに魔理沙は、『あっと』とか『おっとお?』とかの小声のつぶやきを漏らした。
またしばらくはスペルカードを使わない小競り合いが続き、今度は星が光の格子を展開する。早苗は敵の妖力を奪って吸収しようと試みていたが、位置取りの読み合いに敗れて軽く被弾し、スペルを中断させられてしまった。そこに星の発する湾曲レーザーが襲いかかる。いったん距離をおき、これを回避する早苗。
「なんか押されてねえ?」
「あいつめ。さっさと決めちまえっての」
魔理沙は何度か自分の頬を叩いて気合いを入れ、箒をぐっと握りなおした。
「よし、落っことされるなよ」
「うっ……もう好きにしろよ」
愚痴を吐きながらも腰のあたりにしがみついてくる吾郎太。あまり上の部分に手をかけないでくれると魔理沙としても助かる。
斜め下方向に急降下して、魔理沙たちは再び戦闘空域に突入した。
「ほらそこ、もたもたしない!」
「もたもたなんかしてません! これは私の……あっとっと」
弾幕中のわき見は禁物である。危うく自分から攻撃に突っ込みそうになって、早苗は体勢を崩しかけた。
彼女はかなり息を荒くしていた。星のほうも余裕がない表情になっている。みな限界が近いようだ。
「なにムキになってんだ。おまえにはアレがあるだろう」
ここで一度、ぴたりと弾幕が止んだ。嵐の前の静けさ。お互いに最後のラッシュをかけるタイミングをうかがっている。
「お呼びしたくありません。馬鹿みたいかもしれないけど、これは私の問題だから」
静かにそう語り、早苗は御幣を高々と掲げる。
「助太刀無用に願います。いざ!」
宣言するやいなや、早苗はまっすぐに星へと向けて突っ込んでいく。
「ちょっと待て……」
ちょうどそのとき、魔理沙の視界の端には不可解なものが映っていた。
不自然なほど形のはっきりした小さな雲が、うねうねとした軌道を描いてこちらへ近づいてくる。
「受け取りなさい、星!」
雲――雲山の上から村紗が姿を見せて、きらりと光る何かを星に向かって投げつけた。
魔理沙は狙いを定め、ごく細いレーザーを照射する。あれがなんなのか知らないが、攻撃を当てれば蒸発させるなり、はじき飛ばすなりできるだろう。
星は見上げもせずに片手を上げた。村紗の投げた小さな何かが、そちらへ向けてぐんと加速していく。
「財宝は……我がもとに集まる」
ぱしりと音を立てて、その首飾りは星の手の中に収まった。ただの念動力だろうに、なにを格好つけているのか。
「待て、早苗!」
――守符「超高感度ナズーリンペンデュラム」――
――血河「アロンの奇跡」――
魔石、ナズーリンペンデュラムが輝いてふくれあがる。人の背丈をゆうに超えるサイズになったところで巨大化は停止した。
同時に早苗が攻撃を開始する。蛙のような形をした霊気の塊が無数に発生した。あれでも霊弾の一種らしい。ぴょこぴょこと変則的な動きで標的へと向けて殺到する。
刹那、ペンデュラムが動く。蛙弾のひとつがその鋭い先端に串刺しにされて、はじけて消えた。
残像すらかすかにしか見えないほどの速度で、またもペンデュラムが移動する。襲い来る蛙弾ひとつひとつの前に、ほぼ瞬間的に現れてはそれを迎撃して打ち消す。
早苗は舞うような動作とともに、なにかわけのわからぬ祝詞を唱えた。彼女を中心としてつむじ風が巻き起こり、その髪が吹き上げられる。大量の蛙弾に混じって、オタマジャクシのように尾を引く光球が、あるいは蛙の卵のように数珠つながりになった大玉が、怒濤のように放出されはじめた。
魔理沙自身、これを食らったら凌げるか怪しいほどの猛攻。まだこんなスペルを隠し持っていたとは。
しかし星はその場を微動だにしなかった。彼女を守るペンデュラムの速度は、もはや肉眼では追いきれない。見えない壁に阻まれるかのように、早苗の弾はことごとく打ち消されていく。
「なんなの。ちょっと反則でしょ」
悲痛な声で早苗はこぼす。
なるほど、確かに反則だ。さっきの必ず当たるビームといい、この決して破れない盾といい、弾幕ごっこのお約束に違反しまくっている。
「勝てるのか。勝てるんだろ、なあ」
「わからん。早苗次第だ」
おそらくこのスペル、正面からいくら攻撃しても無駄。効果時間が切れるまでは、いかなる攻撃でも防がれてしまうのだろう。一対一の戦いでこんなものを出されたら、撃破は諦めるほかない。
「さっさと気づけ……」
あのペンデュラムがどれほどの迎撃性能をもっていようと、同じ瞬間に二か所を同時に防御できるとは思えない。
ならばこの技の攻略方法は明白だ。魔理沙と早苗、二人がかりで攻撃すればいい。片方は防がれてももう片方は通る。
魔理沙はふと上を見る。雲山に隠れてよく見えないが、あそこには満身創痍のナズーリンもいるのだろう。そのスペルが発動しているということは、彼女はまだ意識を失っていないということだ。さすがは鼠のしぶとさ。
あそこに適当な攻撃を撃ちこんでも、スペルを中断させることは可能だろう。だがそれは魔理沙のポリシーに反する。先ほどの勝負は自分たちの勝ちということで決着がついた。そこをさらに追い討つのが楽しいとは思えない。
「意地張るんじゃない、手を貸すぞ」
「手出し無用と言いました!」
いまや早苗は完全に動きを止め、攻撃のみに集中して弾幕の嵐を叩きつけている。だがまるで通用する気配はない。
「自力で決着をつけるのがあなたの正義ならば、それも良しでしょう――」
ぱきん、と甲高い音を立てて、唐突にペンデュラムが砕け散った。
やった! と言って気色ばむ早苗。疲労と焦燥の末に見えたその一瞬の希望が、彼女の判断力を奪った。
「あ……れ……?」
この戦いのあいだじゅう、執拗に湾曲レーザーを放ってきた星だったが――いま初めて、無造作に、ただ一撃の『まっすぐな光線』を発射した。不意の射撃をかわそうとすらできず、早苗は胸元を撃ち抜かれていた。彼女の体がゆっくりと仰向けに傾いていく。
「早苗!」
胸を押さえ、命蓮寺の庭先へと落ちていく早苗。なにが起きたのかわからない、という顔をしていた。
幸い意識は保っているようだし、地面に叩きつけられる前には我を取り戻すだろう。そう判断し、魔理沙は急いで星のほうに振り向く。
「落ちる、落ちるってば!」
急ぎすぎて、お荷物がいたのをすっかり忘れていた。吾郎太はあやうく振り落とされかけて、箒の房のあたりになんとかしがみついていた。
「よし、じっとしてろ」
いま彼にかまっている暇はない。ついに一対一に追い込まれてしまった。
「私の正義は、かけがえない仲間たちとともにある!」
高らかに宣言する星。魔理沙も最後の力を振り絞って魔法陣を展開する。
――光符「アブソリュートジャスティス」――
――光符「アースライトレイ」――
閃光と閃光が激しく交錯する。そのわずかな隙間をくぐり抜けながら、魔理沙と星は正面から力をぶつけあう。もはや言葉にならない少年の絶叫が響く。
突如として、魔理沙のバランスがぐらりと崩れた。すぐに体勢は立て直したのだが……妙に動きが軽い。まるで、余分な重りを捨ててしまったかのように。
「おいぃ?」
奇声をあげて魔理沙は振り向く。吾郎太は白目をむいて、冗談のようにゆっくりと落下していく途中だった。
じっとしてろと言ったのに、なぜ手を離したのか。いや、彼は明らかに気を失っている。被弾はさせてないはずなのだが、ではいったい何が。
……そうか。いま星が使ったスペルは、術者の背後から閃光を放って敵の動きを封じる技。そして魔理沙が繰り出したのは、『相手の背後から』閃光を放つ同系統のスペルだった。
少年の目には、自分たちが一方的にやられているようにしか見えなかったのだろう。
「ちょっと!」
星の叱責が飛ぶ。その直後に魔理沙は、焼けつくような熱と衝撃を背中に受けた。
弾幕中のよそ見は厳禁である。この状況で後ろを向いたりしたら、そりゃ直撃を受けるに決まっている。早苗のことを笑えないなと、朦朧とした頭でつい苦笑いがこぼれる。
すべてがぐるぐると回り、急速に地面が近づいてくる光景の中、そこでぷつりと魔理沙の意識は途切れた。
――
「いやあ、負けた負けた。完敗だぜチキショウ」
「まだまだ修行不足ですね……くすん」
命蓮寺の庭先、魔理沙はあぐらをかいて天を見上げ、早苗は崩した正座でうつむいて敗北を惜しんでいた。
ちなみにあのあとすぐ、白蓮が三体に分身して、落下する三名の人間をすくい上げてくれたのだという。なんでもありか。
「というわけでほら。そいつは煮るなり焼くなり好きにしろ」
魔理沙は親指で少年を指した。村紗は首をすくめる。
「もういらないでしょ、おしおきなんか」
吾郎太は泣いていた。四つん這いで突っ伏して、大地に頭を押しつけている。たまに手のひらで地面を叩いて、その感触を確かめているらしかった。
彼を惰弱と責めることはできまい。空も飛べない素人が、延々と弾幕戦のさなかを振り回されたあげくに墜落してしまったのだ。たぶん大人でも泣く。
「本当に馬鹿ね、あんたは」
「母ちゃん!」
肩を叩いてきた母親に息子は抱きつく。志乃は片手でその頭をなでながら、もう片方の拳で吾郎太のこめかみをぐりぐりするという器用な抱擁をしていた。
それはそうと、頭上のほうでも騒ぐ声が聞こえる。
「本当に大丈夫ですか? もうしばらくこのまま……」
「いいから、立てますから!」
見るからにぼろぼろのナズーリンは、星に、いわゆるお姫様だっこをされていた。渋々ながらといった顔で星はナズーリンをおろす。そして村紗と目があった。
「仇はとりましたよ」
にこやかに右手を上げる星。村紗も無言で手を上げて、二人はそれを打ち鳴らした。
「とはいえ、実質こちらの負けでしょうか」
星のこの発言に、魔理沙は頬杖をついて隣を見る。
「早苗よ。おまえ、なんで神様を呼ばなかったんだ」
先ほどの戦い、早苗は間接的にしか神々の力を引き出していなかった。彼女なら、神を直接召喚して弾幕を張ってもらうことも可能だったはずなのに。
顔を上げ、への字口になる早苗。
「だって……あっちは宝塔を使えないのに、こっちだけ神様に頼るのは、なんだかずるいというか」
神々にも魔理沙にも頼らず、独力で勝負を決めたいと望んでしまった早苗。それが彼女の敗因なのは明らかだった。
「魔理沙さんこそ、前半で飛ばしすぎなんです。まあその、わかりますけど、もう少しペース配分ってものがあったでしょ」
魔理沙は顔をしかめる。もとから不利は承知の上だったが、それでも早苗と力を合わせればどうにかなる予定であった。つくづくナズーリンに一杯食わされたのが痛い。
さっきまで志乃にしがみついていた吾郎太だが、さすがに恥ずかしくなったのか魔理沙たちのもとへ寄ってくる。
「なんだ、もうちょいで勝てたのか」
ちっと舌打ちして、村紗は腕組みして少年をにらむ。
「まだわかってないの? どうして魔理沙が、あんなにぽんぽん大技ばかり使ったのか」
吾郎太はおびえた顔であとずさる。そこへ一輪が、村紗の斜め後ろの位置まで進み出た。
「普段の魔理沙さんなら、もっとぎりぎりまで粘る戦いかたをしたはずです。でも先ほどは、危なくなったらすぐにスペルカードを使っていた。意味がわかるかしら」
少年は眉をひそめて黙考していたが、やがて口を開く。
「俺の、せいかよ。俺がお荷物だから、無理してたっていうのかよ」
切実な瞳で、吾郎太は二人の使い手を見る。
「いいんだよ、そこまで含めての勝負だ。いろいろ新技も見れて楽しかったし」
「お気楽ですね。ハンデはハンデじゃないの」
「さあて、責任のなすり合いが始まりました」
意地悪く言ったナズーリンを軽くにらみ、二人は気まずそうな顔つきになる。そこへ歩み寄ってくる人物がいた。
「弾幕には詳しくありませんけど、ひとついいですか」
阿求は妖怪たちに向かって尋ねる。
「先ほどの戦い、あなたがたは、吾郎太君を直接狙うのは避けているように見えました。勝利を求めるのなら、弱点は徹底的に突くべきだったのでは」
村紗はひくりと眉を動かした。この勝負でなにか吹っ切れたのか、いつもの明るさが戻りつつあった彼女だが、阿求に対してはまだとげとげしい態度になってしまうようだ。
「そんな勝ちかた、なんの意味があるの。私はただ……魔理沙の本気が知りたかっただけよ。やりあえばわかるから」
先ほどから村紗を怖がる態度の吾郎太だったが、この一言にふと顔を上げる。
「わかるのか? 本当に?」
唐突な問いかけに、村紗は不審げな顔で少年の表情をうかがった。すると、やはり唐突に白蓮が返答する。
「ええ。わかるのです」
ここまでのやりとりを黙って笑って見つめていた白蓮だが、皆が自分のほうを向くとまじめな顔になる。
「きっといつかはわかりあえます。無理に好きになる必要も、嫌いになる必要もないの。相手のことを知りたい、自分のことを伝えたいという気持ちがあれば、それでいいのよ」
吾郎太は白蓮の顔をじっと見つめる。やがて視線を落とし、むすっとした顔で黙り込んでしまった。そのそばに志乃がやってきて、後ろから彼の肩を叩く。
「ほら、何か言うことはないの」
彼はしばらく立ち尽くし、何かを言いかけて口をもごもごと動かしていた。
皆がじっとその挙動を見守る中、吾郎太は顔を上げ、ぎろりと妖怪たちをにらみつけた。そして視線を逸らさぬままに腰を落とし、地べたに正座する。
「お宝に、最初にいたずらしたのは俺です。ごめんなさい!」
とても謝罪の言葉とは思えぬ語気だったが、背筋をきちんとのばして正座するその姿は、意外なほど堂々たるものだった。きっと誰かさんの指導の成果だろう。
「……よし」
たった一言、村紗が答える。一輪が微笑み、星とナズーリンは笑いをこらえてみつめあった。
そんな仲間たちのほうを向こうとしたところで、村紗は背後からぎゅっと白蓮に抱きしめられた。たちまち彼女は赤面する。その顔を見て魔理沙たちも笑いあうのだった。
――
物語は、まさにクライマックスを迎えようとしていた。
『やはり人間は変わっていない……まことに愚かで、勝手気儘である』
舞台の上、白蓮はそう告げる。観客の誰かがごくりと唾を飲む音が聞こえた。
『――いざ、南無三!』
高々と掲げられた巻物から、もくもくと白い何かが湧き出て、半裸の男性の姿になった。
『あれは、毘沙門天?』
『まさか、あのひとも神様を……』
毘沙門天とか言いつつも、ちょっと前に出てきた雲山の使い回しなのは明らかなのだが。まあ細かいツッコミは野暮というものだろう。
『くっ。行くわよ早苗』
『はいっ、霊夢さん』
ちなみにここまでのセリフ、すべてアリス・マーガトロイドによる声真似である。中途半端に本物に似ているのが、感心するやらおかしいやら……などと考えながら、魔理沙は持ち込みのポップコーンを軽くつまんで口に放り込んだ。
霊夢人形と早苗人形が仲良く片手を上げる。
『サモン・タケミカヅチ!』
『サモン・タケミナカタ!』
二体の背後からも、やはり使い回しの雲山人形が湧いてきた。観客の子供たちはみな食い入るように舞台を見つめている。
「ちょっとこれ、事実に反する設定ですよねえ」
小声でそうささやいて、隣に座る阿求が手を伸ばしてきた。コーンを一粒勝手に横取りされる。意外と行儀が悪い。
「子供相手でしょ。わかりやすいのが一番よ」
反対隣に座る村紗も、負けじと魔理沙のおやつを一握り強奪した。
「おまえらちょっと黙れ」
やはり小声でつぶやいて、魔理沙はいったん菓子袋の口を閉じる。
ちょうどそのとき子供たちの間で歓声が上がった。この人形劇の一番の目玉、魔法による演出を駆使した弾幕バトルが始まったのだ。
真綿と針金でできた雲山人形たちは、互いにもみあってボールのようになっている。その周囲を三体の人形たちが飛び回り、戯画化された弾幕ごっこを演じる。この戦いを制したほうの神様が勝つ、という設定らしい。
がんばれ巫女様、という声援がいくつも飛ぶ。それに少しイラっときてしまう魔理沙だった。ちなみに、劇中の魔理沙はひとつ前のシーンで、白蓮の手下の妖怪たちと相打ちになっていた。この扱いはちょっと納得がいかない。
ともあれ、なんだかんだでお話は大団円を迎える。
白蓮の駆使する数々の魔術によって追いつめられる巫女たちだったが、傷つきながらも戻ってきた魔理沙の一撃によって形勢は逆転する。最後は霊夢と早苗の、友情のダブル巫女キックによって決着が付いた。弾幕はどうした。
『私はどうなってもかまいません。ですが、もう妖怪たちをいじめないでもらえませんか』
『聖! ああ……私たちは退治されてもかまわない。聖をここから出してあげてくれ』
ありがちなお涙ちょうだいの展開、と言ってしまえばそれまでか。だがいつのまにか物語に引き込まれていて、胸にじんとくるものを感じてしまった魔理沙だった。
『悪い妖怪じゃなかったんですね』
『ああ。きっと一緒に遊べるやつらだぜ』
『じゃあ来なさい。案内するわ、私たちの幻想郷に』
皆で輪になり、徐々に天へと昇っていく人形たち。アリスのナレーションによってその後の顛末が語られる中、ゆっくりと幕は閉じていった。
子供たちは立ち上がり、めいめいに拍手を送っていた。中には泣いてる子までいる。今回の人形劇も大成功だったといえよう。
舞台の撤収が始まり、観客もおおむね解散したところで魔理沙はアリスに話しかけてみた。開口一番に愚痴が飛んでくる。
「さすがにやりづらいんだけど。本人に見られてると」
「それが狙いに決まってるだろ。いつセリフをとちるかと期待してたんだけどな」
とは言ってはみたものの、なにごとにつけ器用な彼女がそんな単純ミスを犯すさまなど、あまり想像はつかなかった。
「素晴らしい舞台でした。子供たちも大満足でしたね」
にこやかに阿求に語りかけられ、アリスはわずかに目をそらす。ここで素直に喜ぶのは恥ずかしいと見える。
それはどうも、と答え、アリスは視線を村紗に向けた。
「そちらの感想は? 正直に言ってもらっていいわ」
「うーん。ちょっと複雑な気分だったけど、劇としてはよかった。うちの宣伝にもなったし、文句なしよ」
ちなみに今日の彼女、いつもの水兵服ではなく、女袴にブーツという女学生スタイルであった。一応変装のつもりらしい。魔理沙も今日はお梨沙ちゃんモードである。はた目には、稗田のお嬢様がお付きの者と演劇鑑賞に来た、というぐらいに見えるだろう。
「そういやおまえの船、もう直ったのか」
「あのねえ、誰のせいだと……ま、壁はもう直ったし、今は床板を張り直してるとこ。あの全体の造りは、法の光が貯まるまでどうしようもないけど」
悔しげに語る村紗。やはりあの本堂のことは気に入らないらしい。
「あのままでいい気もするけどな。おまえも変形の手間が省けるだろう」
「嫌よ、みっともない。まあ客寄せの作戦は考えてあるわ。順調にいけば、あとひと月ぐらいでまた飛べる」
さして興味なさげにこれを聞いていた魔理沙だが、突然ぽんと手を打った。
「そうだ、あの兄弟に金払ってやったか?」
「どうして。なんでもすると言ったのは大工どもよ。ただでやらせるに決まってるじゃない」
「いやあ、いくらかの謝礼はあったほうがいいんじゃないか。どうせすぐに取り返せる。あいつらのおごりでな」
なんの話? と顔を寄せてきた村紗と、魔理沙はしばらくこそこそ話す。
「ふむ、なかなかの案ね。彼らもわりと真面目に働いてくれてるし……私も寺じゃ飲めないし」
仏門の徒に飲酒はご法度である――建前上は。実際のところ、半ば公的な宴会ならば、『飲まないのも失礼なので』という名目で遠慮なくやってる連中なのだが。
しかし個人的に飲みたければ、寺の関係者であることを隠さなくてはいけない。慈善家の白蓮のもとにいたのでは、村紗の懐だってそうそう余裕もないのだろうし。
「決まりだな。払う日には教えてくれ。あいつらの行く店に先回りだ」
了解、と親指を立てる村紗に、魔理沙もにやりと笑いかける。
そんな二人をよそに、阿求とアリスもなにやら小声で話しあっていた。
「人形は私のだけど、通信機能を付加したのは彼女よ」
「では、あのかたも先の件は把握しているはずと」
「おそらくね。魔理沙は忘れてるみたいだけど」
ん? と振り向いた魔理沙に、なんでもない、とアリスは手を振る。彼女の脇では人形たちが忙しそうに荷物をまとめている。村紗は興味深げにそれを観察しだした。
「この人形、魂でもこもっているの?」
アリスが小鼻をふくらませたのを魔理沙は見逃さなかった。あくまでクールにふるまっている人形遣いだが、内心かなり得意げになっているらしい。
「一定の原則に従って動いているだけよ。魂と呼べるほどの自律性は備わっていない。いつかはそのレベルに到達したいけど」
「ふうん、魔法ってすごいのね。あ、そうだ、聖のことは知ってる?」
「もちろん。かつて魔界の片隅に封じられた、人間界の魔法使いにして僧侶。解放されたと聞いたときは驚いたわ」
そしてアリスと村紗は熱心に話しこみはじめた。お互い退屈していたらしい。放っておかれた魔理沙は手持ちぶさたで、とりあえず阿求に話題をふってみた。
「あのあと、なんか変わったことはなかったか」
「うーん。特には。そういえばお志乃さんが、お梨沙ちゃんを本当に使用人にしたいと言っていました。うちに就職する気、あります?」
おいおい、と魔理沙は軽く手を振る。
「万が一、魔法使いを廃業する時は考えておくぜ、阿求様」
笑いながら、ふと魔理沙は想像してみた。
もしも自分が、魔法使いになりたいなどと大それた夢を抱いていなかったら、今頃は何をしていたのだろうか。さっさと親の決めた相手と結婚でもして、道具屋の若奥様にでもなっていた? それはあまり想像がつかない。
やはり、きっとあの家は飛び出していたことだろう。さりとて普通の人間が里の外に住めるはずもない。親のコネで、本当に稗田に雇ってもらっていたかもしれない。
「あとは……魔理沙さんには、あまり関係ない話かもしれませんけど」
意味ありげに阿求は目をそらし、にやりと笑う。
「なんだよ、包み隠さずに言え」
「はい。あのあとですけど、私の父が、珍しく私にあれこれ聞いてきて」
魔理沙は怪訝そうな顔つきになる。阿求が自分から家族の話をするなど、これがはじめてかもしれない。
「魔理沙さんはどういうかたなのかと。元気でやっているのか、これからも魔法使いを続けるつもりなのだろうかと、なぜかしつこく聞かれてしまいましてね」
「はあ。なんでおまえの親父が、そんなこと」
そう聞いて、にやにやしながら阿求は告げる。この話題が楽しくてしかたないらしい。
「なんでも、それを私に聞かなくてはいけない義理ができてしまったのだとか。もしかして、どなたかお知り合いにでも、魔理沙さんのことをお伝えするつもりなんでしょうかね」
なんのことだ。
その『阿求の父親の知り合い』とやらは、どういうわけか魔理沙の近況を知りたがっているらしい。稗田としてはその頼みを断れない人物らしい。
「おまえ、それで、どんなこと言ったんだ」
「私の感じたままをお話ししました。魔理沙さんは本当にすばらしいかたですと。人間と妖怪のはざまにあって、どちらとも分け隔てなくつきあえる、これからの幻想郷に不可欠な人物であると伝えました」
唇の形をゆがめさせ、魔理沙の顔色がどんどん赤くなる。
「なに、言って、どうでもいいだろそんなの。なんで私に話すんだ」
「やあ。これは珍しい顔ぶれで」
気ままに雑談を続ける少女たちのもとへ、この会場の提供主が歩み寄って声をかけてきた。
「よう、慧音。悪ガキは元気か」
「悪ガキ? 吾郎太か。このあいだは派手にやってくれたな。あのあと大変だったぞ」
と、ここで慧音と村紗の目があった。この二人は初対面のはずだが。
「村紗水蜜、船長よ」
おっと、と言って慧音は頷く。
「さっき劇の、『キャプテン』殿ですね。この寺子屋の教師、上白沢慧音と申します」
「知っているわ、星がお世話になったとか。このあいだの件で、何かご迷惑を?」
心配げな顔つきになった村紗の前で、慧音は片手を左右に振る。
「いやいや、まったくの内輪話ですよ。あの次の日、吾郎太が登校して来たら生徒たちが騒ぎだして。本物の弾幕ごっこの話をしろと。でも本人が何も言わないものだからますますうるさくなって、半日ほど授業が進みませんでした」
「あいつ、『母ちゃーん』って大泣きしてたもんな。そりゃ仲間には言えないだろう」
苦笑する魔理沙に対し、慧音はまじめな顔に戻る。
「あれ以来かな。やつも少しは聞きわけがよくなった。だいぶお灸が効いたらしい。礼を言いますよ」
「礼なんてな」
「お礼なんてね。どのみち次の飛行では、今回乗りそびれた人間たちを乗せなきゃいけないし。そのときたっぷりお説教してやるわ」
ここで、あっと魔理沙が声を上げる。
「そのときは早苗も乗るんだろ。私も招待してくれよ、なあ」
「勝手に決められないわ。聖か星に相談なさい」
魔理沙は腕組みをする。あの二人なら、頼みこめば言うことは聞いてくれそうだ。見返りに何を要求されるかは知らないが、そうそう無茶も言うまい。
「ふむ。じゃあ阿求、一緒にどうだ。行きたかったんだろ」
そう聞いて村紗は盛大に顔をしかめた。阿求は首を横に振る。
「ちょっとさすがに、私は遠慮しておきます」
「なんだよ。じゃあいいや、アリスでも。行こうぜ、魔界」
この会話には混じらずに、人形に撤収作業をさせていたアリスが振り向く。
「私にとっては里帰りよ。観光なんて必要ないわ」
失念していた。であれば他に、誰かいい連れ合いは。
「慧音……いや却下だ、私がつまらん」
「あのな。私もそう暇ではない、霊夢でも誘ったらどうだ」
魔理沙はむっとした顔で口をとがらせ、地団太を踏む。
「だからっ、その霊夢を早苗に取られたんだよ。あんにゃろうめ」
はあっ、と慧音は大げさにため息をついてみせた。
「……うちの生徒と変わらんなあ。女の子ってやつは」
やがて完全にあとかたづけの終わったアリスは、簡単に皆に挨拶すると、無愛想にそっぽを向いて飛び去っていってしまった。そのわりには、彼女の人形たちが盛んにこちらに手を振っていたのはどういうわけなのだか。犬の尻尾みたいなものか。
慧音も軽く会釈して、ひと気のなくなった寺子屋のほうに引っ込んでいった。今日は休校日らしい。
「あんだけいたのに、どこに行ったんだか」
「子供らのこと? 一部はうちに流れてるはずだけど」
魔理沙はやや眉をひそめて問い直す。
「命蓮寺にか? おまえらも寺子屋を始めるのか」
「需要があればね。そうじゃなくて……このあいだから、たまに里の子供らがうちの様子を探りに来るのよ。探検ごっこのつもりかしら」
さっきから会話に加わるタイミングをはかっていたらしい阿求が、魔理沙越しに村紗へと声をかける。
「子供たちにとって、妖怪は興味の的ですからね。里に近くて友好的な妖怪のすみかとなれば、なおさらでしょう」
村紗は唇の端を片方だけ吊り上げた。こちらも魔理沙越しにちらりとだけ阿求のほうをうかがう。
「こっちはいい迷惑よ。さすがに面倒だから、雲山に追い払わせようとしたんだけど」
「あんなの表に出していいのか。泣くやつが出るだろ」
すると村紗は視線を落とし、とても信じられないと言いたげな顔になる。
「それが、意外にも大人気で。もっとお化けを見せろと言うのよ、あの子ら。一輪も調子に乗って、見たければいつでも来なさいなんて約束しちゃって」
ううむ、と思わずうなってしまう魔理沙。子供のセンスはよくわからない。
「威厳ってものが足りないんじゃないのか、おまえら」
「なによ……否定しがたいけど。でもここの人間ってちょっとおかしいわ。妖怪慣れしすぎじゃないの」
そんなこと言われてもな、と言おうとしたところで、ほぼ同時に阿求が告げた。
「そういう土地柄ですからね。とはいえ昨今は特に、妖怪との交流が盛んになっています。そのせいで妖怪を軽視する人間が増えてしまうとしたら、ちょっと由々しき事態でしょうか」
あごに手をあて、深刻な表情を作る阿求。またいつもの考えすぎが始まったか、と魔理沙は気楽に構えていた。
いっぽう村紗は不満げな顔で、二、三歩前に出ながら振り向き、阿求に正面から向かい合う。
「あなたに心配されても、なにか裏があるんじゃないかと疑ってしまうわ。妖怪なんていないほうが都合いいんじゃないの」
問い詰められても、まるで動じずに阿求は言い返す。
「人間には、つねに驚異の存在が必要なのです。さもなくば私たちは幻想を失ってしまうでしょう」
村紗は首をかしげ、この言葉の意図を推し量ろうとしていた。しばし考え込んだのちに問い直す。
「妖怪が脅威じゃなければ、ここも外の世界と同じになってしまう。そうさせないために、私たちが必要だってこと?」
はいっ、と答えて笑顔になる阿求。言いたいことがわかってもらえて嬉しかったらしい。
「あなた、何様のつもり」
「強いて言うなら、人間様、ですかね」
まだ笑みを浮かべていた阿求だが、村紗に鋭くにらみつけられてしまい、首をすくめた。
相変わらず冗談の下手なやつめ、と思った魔理沙だが、まだ口出しはしないでおいた。ここで阿求の肩を持ったら、村紗はさらに腹を立ててしまうのだろうし。
「ついに本音が出たわね。そうやって私たちを見下しているから、狭い考えに囚われてしまうのよ」
言葉に詰まった阿求だが、負けじと村紗を見つめ返す。
「どうしてそう悪意のある解釈になるんです。考えが狭いのはどちらですか」
珍しくはっきり言い返した阿求に、村紗は目を見開く。そしてその視線を魔理沙にも向けた。あなたはどっちの味方なの、とでも言いたいらしい。
「こっちにふるな。勝手にやってろ」
腕組みして顔を背けた魔理沙から、村紗も目をそらす。そして阿求を指さした。
「やっぱりあなた、気にくわないわ。昔のことはもういい。今のあなたが鼻持ちならないの」
阿求は深刻そうな顔で自分の胸元をぎゅっと握る。だが引き下がりはしなかった。魔理沙を頼ろうとするそぶりもなく、村紗の視線を正面から受け止める。
「そう。残念です。こちらもまだ、あなたを完全には信用しきれません」
しばらく二人は無言で見つめあった。その間に割って入ろうかと少し思った魔理沙だが、あまりその必要性を感じなかったので、やはり黙って眺めていた。
先に動きがあったのは村紗だった。阿求から目をそらさぬまま、ゆっくりと浮かび上がっていく。これ以上この場に居合わせる気がなくなったらしい。
「なら見届けなさい。気が済むまで私たちを観察するといいわ。それでも同じ事が言えるなら言ってみなさい。どうせ何度でも生まれ変わるんでしょう」
阿求は唇を結び、深く頷く。
「望むところです。この幻想郷で、あなたがたに何が成し遂げられるのか、見聞きしたままに記録させてもらいます」
そして村紗は、むっとした顔のままこの場を飛び去っていった。小さくなっていく彼女の姿を見つめながら、ぽつりと阿求はこぼす。
「……約束、してしまいました」
「ん? ああ。あいつら、一度約束したら千年単位で忘れないぞ」
阿求はほっとした顔つきになり、魔理沙のほうを向く。
「でもこれが私の答えです。負けませんからね、魔理沙さん」
答え? なんのことなのか。話の流れがつかめない。
自分の発言を理解してもらえなかったのを察して、阿求は言葉を補った。
「このあいだ箒に乗せてもらったときの、質問の答えですよ」
「ええと、私なにか聞いたっけ。おまえほど記憶力ないんだからさ」
すみません、と遠慮がちに謝る阿求。
「あのとき魔理沙さんは尋ねましたよね。私は本当は、自分が皆を守りたいと思っているのではないかと」
そんなこと言ったっけか、とやや考えて魔理沙は思い出す。たしかあのときは、それで阿求を不機嫌にさせてしまったんだった。
「私の武器は、あくまで書物です。今という時の、みなの交流の記録を世に知らしめていく。それが唯一、私にできる戦いかたです」
遠い目をして、決心を固めているらしい阿求。
「なに格好いいこと言ってんだ。恥ずかしくないか」
彼女はぷくりと頬をふくらませる。
「いいじゃないですか。たまには格好つけさせてください」
この抗議には耳を貸さず、魔理沙は空間転移陣を開いて魔法の箒を引っこ抜いた。服装は町娘のままだが別にいいかと考える。自分を見て騒ぎ出しそうな子供たちはもういないし、探偵ごっこの終わった今となっては、そう神経質に正体を隠す必要もない。
「それで、今日はどこに行くんだ。山か? 地底か?」
箒を低空に浮かべ、魔理沙は横からその柄に腰掛けた。和服でまたぎ乗りをしたら、着衣が少々恥ずかしい感じに乱れてしまうし。
「そうですね。まずは、上がってから考えましょうか」
阿求も魔理沙に並んで箒に腰掛ける。彼女を振り落としてしまわないように、魔理沙は慎重に高度を上げていく。
「よし、今日はちょっと飛ばすぜ。しっかりつかまってろよ、阿求様」
内容ですが、素晴らしいです。
推理小説(フーダニット)要素を含みつつ、当方の世界観に合った内容はさすがの一言です。
主人公魔理沙が非常に引き立っていました。変装による聞き込みや説得、謎の解決から弾幕戦と読者をわくわくさせる部分が多く面白かったです。探偵役も似合ってましたし、オリキャラも含めた人間関係などもスムーズに読めました。
さらにオリジナル設定や解釈、オリジナルキャラなども丁寧の書かれており、違和感なく話に没頭できました。これだけの多くの内容を盛り込みかつまとめあげた作者様の手腕に脱帽です。
個人的にはやはり魔理沙の一連の聞き込みシーンが好きです。これは設定や背景、オリキャラの作りがしっかりとされていたせいか、読む側として引き込まれました。
お理沙の活躍も見所でしたね。
メイントリックは正体不明でした。東方の二次創作ミステリーである以上避けられないのが物理的トリックの難しさだと思います。今回のぬえもアンフェアと言えばそうかもしれませんが、伏線や事前知識でカバーできるかと。個人的にはおおいにありです。
長々とまとまりなく書いてきましたが、結論を言うと素晴らしい作品でした。
本当にこれだけの内容を書き切る作者様の手腕には脱帽です、これからも応援しております。
世界観が非常にかっちりとしてて良いです。
スペルカードルール発布以後の転換期っぽい感じですかね。
人間と妖怪が歩み寄っていく中でも、やっぱりわだかまりや恐怖は消えない。
全体的に暢気な感じではありますが、そのあたりもきちんと表現されていたのがよかったです。
後書きの紫と白蓮の会話も実にそれっぽい感じでしたしね。
…個人的に妄想してた霊夢と人里の関係がほとんどそのまんま出てきてちょっと今書いてるSSが止まりそうになりましたがw
ムラサがとてもkawaii!! ので満点あげちゃいます
最初はその分量で足踏みしてましたが、思いきって手にとって良かったと思いました。
これほど、長さを気にせずに読み切ってしまった作品は久しぶりです。
序盤から後書きまでワクワクしながら読む事が出来ました。
大作をありがとうございます。
碑田家や命蓮寺などの設定の絡まりあいが素晴らしい
長かったですが非常に面白かったです
気軽に妖怪と打ち解けられ、決闘できるせっかくの決まりなのに、人間はほとんど出来ずにわだかまりが残る。
まあ、だからこその後書きの対話なのでしょうが・・・
と思ってしまったのは僕が常識に囚われてしまっているからでしょう。
幻想郷という場所だからこそのこのお話。このトリックも当然アリなのですね。
勉強になりました。
それにしても、オリキャラ含め登場人物皆が非常に生き生きとしていて素晴らしかったです。
これだけ長い物語でありながらこのキャラクター達のお話をもっともっと読みたいと思ってしまいました。
これは作者様の設定練り込みの深さ及び愛ゆえのことかと思います。
その考察力にただただ尊敬するばかりです。
誤字報告です。
>「わかった。信るわ、その話」
→「わかった。信じるわ、その話」
でしょうか。
内容盛りだくさんでお送りするこの作品、さすが創想話の記録を塗り替えてしまった長さは伊達じゃありませんね。
そんな超々容量を感じさせない話運びに脱帽。
オリキャラも違和感なく話に溶け込んでおり、もちろん東方キャラも実に魅力的に描かれていたと思います。
何はともあれ長編お疲れ様です。大変いいものを読ませていただき、ありがとうございました。
「――謎は、全て解けたぜ」← 一度は言ってみたいこのセリフ。
作者は原作を良く理解し、そして良く噛み砕いてらっしゃる。
物語自体はもう、カチッカチッとまるでRPGの様な感じでしたが、楽しかったです。
個人的に前書きが残念だったので-1点。
でも数値が設定できないので仕方ないね。
長いの一言でいいですよ。読む方は自分で区切って読めるんだからそんなところ謝られても。
ネタバレコメントとか避けたいという台詞なんかも出来れば聞きたくなかった。
読み手をそういう目で見るのはいいんですが、それを表に出すのはどうかな。
話自体が良かったのでそういう細かい、でもどうしても目に付いてしまう部分が残念でした。
お姉さん魔理沙はいいなあ…
素晴らしい作品ありがとうございました。
先が気になる展開で長いわりには中だるみせず読めましたし
謎解きだけで終わらせずにキャラクターの心情、ドラマが面白く作品としての完成度は高いと思います。
主人公の魔理沙はもちろんのこと阿求や水蜜、一輪に早苗、ちょい役のアリスまでもしっかりとした個性を感じられ
とても魅力的な物語だったと思います。
という感想を一瞬抱きましたが、謎解きに奔走する魔理沙と容疑者各々がとても味わい深く描かれていて容量も苦になりませんでしたし、白蓮の封印、人間と妖怪との関係という大きなテーマも余すところなく書ききっていて読み終わった後に満足感が得られました。
裏話の三人娘異変も見てみたいですね。「平安京に嫌われ者はいなくなるか?」こんなの避けれる訳ないじゃないですか…
誤字報告
まあ、母親に隠し事なんて、よくないどさ→よくないけどさ
ぬえが不在という時点でああ、正体不明でややこしい話になってるんだろうなと考えちゃったのが残念。
まぁいないだけで怪しまれるキャラなので仕方ないんですけどね。
そこに至るまでの魔理沙の活躍が非常に丁寧に描かれていると感じました。お梨沙ちゃんかわいいよ!
また、細かい部分の設定が非常に練りこまれて作られているのに驚かされました。
素晴らしい大作でした。ありがとうございます。
誤字報告
一箇所霖乃助が出現しています。
確かに長いよ。でも、読み終わるまで一気に読んでしまいました。
だから何の問題も、ない!
素直に面白かったです。
お梨沙ちゃんの発想と解釈はお見事、だと思います。
こうなれば、あとはEx3人娘の方の顛末も是非!
よっこらセックs
弾幕スゴイ!キレイ!だから人間と妖怪も共存!って理論がどの作品でもいきなり出てきてそこで醒めてしまうのがどうにも。
>妖怪が人間を家畜とする国
ここも同じで、今の、というよりこの作品の幻想郷でも結局人間の生け簀でしかない。
白蓮の主張も魔理沙の発言も、ただそれを肯定する意味しかない。
設定でそうなってるのだからそこは仕方ないのですが、今はそうではない、というまとめ方はできないはずです。
感想とかうまくかけないので一言、
GJ
最後はEx三人娘が命蓮寺で大暴れするかと思ったw
しかし読み進めるごとに終わるのが惜しくなり、まるで長さを感じさせませんでした
すばらしい作品をありがとうございます
キャラの一人一人に好感が持てて、物語の構成もよく考えて作ってらっしゃる。
とにかく楽しめました。
三人娘異変が本気で読みたいです。
探偵物なのに序盤蛇足すぎね?って思ってたら後半見事に全部回収して凄いと思いました
まさかぬえ云々の話まで関係していたとは・・・
色々とお疲れ様でした
キャラの描写も的確だし、トリックもうまい具合に考えていたと思います。
次は3人娘異変の話が読みたいですね。
でもよかったです
でも、大好き!
大変面白かったです
大分後のほうの早苗とのやりとりで
魔理沙が香霖ではなく霖之助と呼んでいる部分だけがちょっと気になりました
どの登場人物もキャラが立ってて楽しくスラスラと読めました
所々にちりばめられた小ネタもよかったです
あと姫呼びが気に入ったので、裏話として三人娘異変を期待しときます
100点までしか評価できないシステムが恨めしい。
それぞれのキャラクターの想いが大事に書かれていて、今の自分にも色々と
考えさせられる内容だったと思います。
是非また貴方の作品を読ませて頂きたいです。
「なぜか大工(専門職)がいる(推理モノではお約束?」
「宝塔の公開は偶然の思い付きで、大人が乗り気」
「事件発生時にアリバイが無い」
「仕組みを理解した者だけが操作できる宝塔」
この4つで「大工が触って事故ったのだろう」と予想していました。
動機はお宝目当てかと思ってましたが…まさか職人魂だったとは。
「宝物目当ての賊にかける情けはなし!」と雲山パンチで吹っ飛ぶ所を
想像してたのですが、外れてしまいましたw
というかこのお話の裏側にいる霊夢達って、史上最悪の異変に巻き込まれて
いるんですよね…。うーん、南無三!w
飲み会のあたりから実は凄くいいキャラだと気付いた。
終わる頃にはこの話で一番好きなキャラになってました。
読むのに二日かかってしまいましたがダルさを感じませんでした!
まず阿求と白蓮をこういう形で関わらせる発想が舌を巻いてしまい、
オリキャラ兄弟とお梨沙の会話で和ませていただき(人の良さそうなお二人には好感が持てます)、
雲山の役割に笑ったり、星ナズ千年間の努力を想って涙腺をやられてしまったり。
コメントで気付かされましたが、推理すべき謎になった部分は、ぬえちゃんの所業ではなく大工さんがどうやって宝塔を開放したか、だったのですね。それなら推理ものとしての出来にも感服。
ただ、情報が交錯しすぎて私の弱いおつむでは度々の混乱をおこしてしまいました。
別の異変の話が出てくるのは、ミスリードを意図してのことでしょうから……それは致し方ないと思いますが。
和解のだしにされてしまった吾郎太くんも可哀想です(吾郎太は犠牲になったのだ)。
彼は、寺子屋の子どもたちの命蓮寺への警戒心を解いたり、村紗らの怒りを押し留める役割があったりと、ある意味では大活躍でしたが。
それを踏まえて、後書きの紫と白蓮の対話は何らかの形で本編に盛り込んで欲しかったです。
それから、……姫って、はたてちゃんのことだったんですね。後書きではじめて知らされました。
物語の節々から幻想郷の生活が垣間見え、作品の裏側の部分まで楽しめました。
続編、次作問わずあなたの作品を楽しみにしてます。
ミステリーというほど謎解きメインではなく。
正体不明が元凶なのはあっさり割れても、実行犯はお手上げ状態(宝塔の特性上大工弟しか不可能だったか……)。
それと魔理沙さん、無自覚だろうけどあんた魔性だよ!
でもそれを感じさせないパワーと読みやすさ面白さがありました!
文句なし!100点満点!
自分の感想を文章にするのが下手なので箇条書き風に
・まず素晴らしいと思ったのが一つの舞台だけじゃなくて幻想郷の色んな世界が出てきたこと。
こういう作品は普通なら命蓮寺や里の描写くらいしかないもんですが、地底や紅魔館やら妖怪の山やらが
出てきたことで話の大きさと幻想郷の世界を十二分に楽しめました。作りの丁寧さと作者さんの愛がとても感じられました。
・とにかくキャラの存在感が凄い!キャラが動いてるとはこういう事だと思いました。
オリキャラはもちろんですが、やっぱり東方キャラの動きや性格がすごいしっくりきました。
色んなキャラが出ることで作品の世界がとても広がっていてわくわくしました。
ぬえ達の件や昔の村紗たちを退治した男女のような、事件にあまり関係ない騒動・小ネタもそういった世界観や話の広がりに一役かっていて良かったと思います。
・村紗&一輪さん+ナズーリン&星さんVS魔理沙&早苗さんのバトルが熱すぎ!
バトル物でよくある「マスパではい終了」みたいな単純な終わりじゃなくて、皆が色んなスペカを繰り出して
戦い合うのがとてもグッド。個人的には一輪さんの「私はいつだって――あなたの友だから」が最高でした。
・にとりがはたてのことを「姫」と呼ぶのがなんかすごい好き。
・みなみっちゃんがいい子過ぎて泣ける。船長マジ頑張れ。
まだまだ言いたい事はたくさんあったような気がしますが、あまりの長さに少々忘れてしまいました……
自分が星蓮船キャラが好きなこともあって、この作品は今まで見た作品の中ではTOP5に入るくらい楽しめました。
あと、EX3人娘の話が気になるので後々作品として出てくるのをひそかに期待しております。
投稿から5日は経ってるので感想見てるかどうか分かりませんが、最後に誤字報告を
>そしてその主、夜叉尼の雲井一輪。 → 雲「居」一輪ですね、この誤字はして欲しくなかった……!
>ここで素直に喜ぶのは恥ずかいと見える。 → 恥ずか「し」い、ですかね
これだけの長さで読ませる文章というのは正直パルパルものです。
個人的には一輪の言う夜の仏教徒やらが気になるのですが、命蓮寺に行けば教えてもらえますでしょうか?
誰が宝塔をいじくったかはラストまで分かりませんでした。
それにしても素晴らしい作品だ!
オリキャラもとても良い味を出していて違和感無く読めました。
個人的にはお梨沙ちゃんがかなり気に入っていたり。
どこに行けば会えますかね?
さて、三人娘の狂気異変の話は勿論期待してもよろしいんですよね?
感想も書きたいことがもう全部書かれてるよ!というわけでシンプルに、
楽しませていただきました。疲れ様です。
たしかに長かったですが文章の書き方もとてもきれいで読みやすかったです。
また伏線の張り方が上手ですね。いたく感心しました。
そしてところどころのネタ、物語の裏のお話、
すべてにおいて満点としか言いようがありません。
キャラの性格や話し方もまさに幻想郷での会話、といった感じでよかったです。
最後の真相ですがあれは気にしなくてもよいです、というか気にする必要は無いと思います。
ありがちで突拍子も無いのは事実ですがきちんと伏線があったので素直になるほど、と思いました。
ながながとすいません…。最後に、長いながらも長さを忘れさせるすばらしい作品でした。
次回作もとても楽しみに待っております
人物の心情描写とトリックが上手く混ざり合って進んでいき、
終わりまであっという間でした。
読んでいて実に楽しかったです。作者に感謝を。
あなたがネ申か
でも、確かこの素晴らしい世界を創造した者を神と呼ぶんでしたよね。ですから貴方は……
本当、文明ごっこといい、世界の密度が段違い。それでいて、一切の矛盾を正じない。その上、まだまだ広がる世界を思わせる。
あたかも四次元に広がるテンセグリティでも見せられた気分です。あー、何言ってんでしょうね、私。
本当、私の人生は貴方の作品に出会うことで大きく変わったと言っても過言ではありません。いや、割とマジで。
貴方の描く世界に出会えたことに感謝を。そして、願はくは再び貴方の世界に逢い見えんことを……
阿求と命蓮寺メンバーの関係をもっと掘り下げていただくと更に良かったと思います。
ミステリー部分は可もなく不可もなし、と言う印象です。
全体的に魔理沙が良いキャラしてると思うのですが、
霊夢をとられたと思った魔理沙が早苗にイラッっときてるのがなんだかなあ。
内容といいボリュームといい質といい、面白かったです
FoFoさんやっぱあんたサイコーだ
楽しい時間を過ごさせていただけました、多謝!
妖怪と人間の関係自体について消化しないまま本文を締める選択には好感を抱きました。紫と百蓮の掛け合いに関するお話はいずれ、という感じですかね? 楽しみですが、今作品においては後書きとはいえ書かないほうが良かったと思います。
ただ、ナズーリンが船長の弱点をべらべらしゃべっちゃったのがww
あと、コメント見て気付いたけど、ナズは早苗に謝らなくちゃww
でも、ありがとうございました
長くておもしろい!
内容の濃さもちょうどよかったです。
複数の物語をひとつながりに読んでいるような感覚で
飽きることがなく楽しめました。
次回作全裸でお待ちしてます。
登場人物たちの個性がすごくよく表現されていると思います。
この作品で一輪と村沙に惚れました。
ミステリ部分も「探偵視点で、『調査』を楽しむミステリ」として楽しめば問題なしでした。
長いけど、何度も読み返したくなる魅力を持つ作品だと思います。
あっという間に読み終わってしまった気がしたけれど、容量が容量なのでやはりそれなりに時間は経っていて。時間の感覚を失うほどがっつり惹き込まれました。
他の方のコメにあるようにまた読み返したくなる作品でした。
しかし、後書きで神奈子と霊夢の台詞が逆転していますよ。
面白かった
ミステリとしては、探偵があれこれ動くのを眺めて楽しむタイプの話かな
聖怪物過ぎて安心感があるなw
おかげでこんな時間だぜ!
宝塔の行方を推理しようとしたのですが、どうもそれについてのセリフや人から人へ渡る説明がどうもややこしくて途中で投げちゃいましたwやっぱりわざとわかりにくく説明してますか。
なんといっても一にも二にもマリサですよ!どこぞの本屋に売ってる小説なんかよりも、よっぽどリアリティのある会話をしていました。マリサ。
ちょっとした嫌味や皮肉、相手とのさりげない腹のさぐりあい、おだてたり、へこませたり、会話ってとってもおもしろいと思うのですが、このssではその会話の妙味を存分に引き出しているようでとてもうれしかったです。
長編のSSでプロレベルだなと思ったのは初めてです。ていうかプロの方ですよね?
そこだけ残念です。
それで減点しても百点なのですが。
いつもはフリーレスなのですが、50点では足りないので初コメントです。
和解シーンが欲しかったなあ。詫びて欲しかった。
やっぱ長編は面白いな。他の作者の方でこの作品とほぼ同じ長さの作品(およそ二年後にでた作品ですけど)がありましたけど、こちらの方がミステリ要素が満載で面白かったです。あちらは三部作の後編でしたけど凄く感動しました。
こんな壮大な物語に出会えたことに感謝して、
これにて失礼いたします。