晴れた空、白い雲、そして不気味な機影。
「あ~、いい天気♪」
空を見上げれば、いつもと同じ風景。いつもと同じ日常の始まりに、大きく背伸びをする。それだけで清々しい気分だった。朝方はまだ少しひんやりとした空気の残る、春になりたてのこの時期が早苗はこの上なく好きだった。
「今日はお洗濯日和だわ」
このところ、少し不安定な天気が多く、今一つすっきりしなかった分、今日この日にやるべきことは多かった。しかし、物事には順序というものがある。
はやる気持ちをそっと押さえ、まずは朝餉の準備をしなければならない。
山頂付近に位置する、この神社からは空に浮かぶ『何か』の落とす影がはっきりと見て取れた。
「ぬるいっ!」
「熱っ!」
同じときに同じ鍋から掬い取られた味噌汁を同じタイミングで流し込んだ二人からは、正反対の反応。
「諏訪子様、気を付けて下さい。只でさえ変温で熱さに弱いんですから。神奈子も、朝は体温が下がっているんですから、器を持ったままぼうっとしていたら、お味噌汁も冷めてしまいますよ」
瞬時に、双方の事情を的確に解釈して、配膳をしていた少女は二人を窘める。
二人、というのは正確ではなかった。一人の人間に窘められているのはどちらも神様なのだから、言うならば『二柱』と呼ぶべきだ。しかし、そう呼ぶことを躊躇ってしまうほどに、威厳のな……人間じみた二柱だった。
「そう言うことじゃないわ、早苗!」
神奈子は言葉の勢いのままに、まだ大量にお味噌汁の入ったお椀を卓袱台に振り下ろす。当然のように中の味噌汁がはねるが、奇跡的に一滴もこぼれず再びお椀の中に戻る。
「では、何だというのです? 唐突に…」
まだ、朝食も取っていない、文字通り朝っぱらから能力を使わされる羽目になった早苗は、ため息をつく。
ちなみに、神奈子のお味噌汁がほんのり冷めていたことは本当で、温度を確かめた諏訪子が、嬉々としてお椀を取り替えていた。
神奈子は、朝だというのにテンション高く、鼻息も荒く早苗を指さした。神様とは言え感心しない行為だ。
「ぬるいのは、早苗! あなたよっ!」
返す腕で、窓の外をビシスッと指さす。
開け放つ窓には、機影が一つ落ちていた。
「羽でないのが残念ですね」
「?」
「いえ、完全無欠にこっちの話です」
「まあいいわ。早苗にもアレが見えているのでしょう」
「いい天気だというのに、あの影に入ってしまった方はちょっとかわいそうですね」
神奈子が指さし、早苗がのんびりと見つめる先――上空には、船があった。そう、空飛ぶ船である。二人の――特に神奈子の目が離れた隙に、諏訪子は神奈子の皿からおかずをひとつ略奪していた。
「そう言うことじゃないのよ。立派な異変を前に、あなたは何をやっているのよっ」
やはり言葉の勢いのままに、卓袱台をバンッと叩く神奈子。早苗の目が段々と据わっていっていることにも気づかないようだった。それもその筈で、神奈子の目は既に据わっていた。
「神奈子様」
「大体にして、あなたは落ち着き過ぎなのよ。人間であればもっと慌てふためきなさい。空飛ぶ船なのよ!」
「あの、神奈――」
「幻想郷慣れも大概になさい! 異変をそのまま受け入れるのは妖怪のやることよっ!」
神奈子も神奈子で相当腹に据えかねていたらしく、ついには、卓袱台に足をかけて早苗を指さし始めた。そんな神奈子に、早苗の中の何かが音を立てて決壊した。
「……『封魔陣』」
なおも何かをわめき散らす神奈子が踏み出す卓袱台の上の足、その四方に呪符が舞い、早苗が返す手で放った針が卓袱台に縫い止める。
神奈子が、それが何か認めるより早く、速やかに結界が展開した。早苗のねらい通り、境界付近に足が置いてあった神奈子は、強烈な力に張り飛ばされ、向こう側の壁付近まで吹き飛ばされる。
早苗がさらに腕を一振り。
神奈子にさらなる針が追いすがり、両手両足の袖口と襟首を壁に縫いつけられた。さらに、それが正確に五芒の頂点を描いていることを感覚した神奈子は、五つの針が燐光を纏っている事に気づいてしまった。
咄嗟に死を覚悟した神奈子が恐る恐る早苗を見ると、完璧なまでの、笑顔。
「少しは、落ち着かれました?」
神奈子は、何とも情けない表情で何度も頷いている。
いやな予感を感じて、卓袱台からおかず――もちろん、自分の分だけ――を退避していた諏訪子も、流石にこの展開には驚いたらしく目を丸くしていた。
「すご~い! 確か封魔陣って、霊夢の術だったよね?」
どうやら、そういう驚きだったらしい。
「はい♪ この間遊びに行ったときに教えてもらったんです。結界構築の基礎なんだそうです。針投げも意外に難しくて、結構練習したんですよ」
嬉しそうに語る早苗の声を、暗く沈んだ呟きが黒く塗りつぶす。
「よりによって、他人の技で吹き飛ばすこともないだろうに……」
仕打ちがショックだったらしく、神奈子は未だに磔にされるがままだった。
「他人の技だからこそ、です」
早苗が指を一振りすると、針はその強度を失ってあっさりと折れ飛ぶ。もともと、霊力でもって強化しないとこの程度の強度なのだ。
「ほら、自分の持ち技で本気を出すと大惨事じゃないですか。でも、不慣れな他人の術であれば、目一杯やってもこの程度。損害も最小限で、ストレスも残さな…ぃ…」
早苗が、しまったと思ったときには遅かった。
「本…気? 私の早苗が、早苗が…私に向かって、本気? 目一杯?」
ピンスポットでも当たっている錯覚すら覚えるほど――且つ、当人はそれをばっちり意識しているのではないかと疑われるほど――、哀れに膝をついてうな垂れる神奈子。
「ああ、早苗はいつからそんな子になってしまったの…」
「……びっくりするほど古典的な嘆きですね」
思わず、火に油の発言をしてしまって、慌てて口元を押さえる早苗。しかし、完璧に意気消沈してしまった神奈子は、それにも気づく様子もなく、うな垂れるままだった。
ちょっとやそっとでは復活しそうにない。
が、
「諏訪子様。放っておいてもいいですか?」
「別にい~んじゃない? それより、ご飯食べたら? お腹空いてるでしょ」
「はい。それじゃ遠慮なく」
「……あんたらねぇ」
本当に放り出されかねない空気を察して、神奈子は強制的に立ち直ったようだ。
「いや、だって神奈子様」
「だって、じゃないわよ。あんたらには人の心ってもんがないのか」
立ち直りはしたものの、不機嫌が直るわけもなく、神奈子の表情は険しいままだった。が、その神奈子に更なる言葉の仕打ちが待っていた。
「あるわけないじゃん。大体わざとらしすぎるし」
「人の心があるからこその態度だと思います。触らぬ神に祟りなし、です」
「誰が上手いこと言えと……まぁいいわ。確かにわざとだし」
神奈子は流石に白旗を揚げざるを得ないと悟り、両手を上げた。バレている以上、意地を張ったところで敗北は目に見えている。
それにしても、悪気というものが欠落した態度である。
「でも早苗。異常に慣れすぎだって言うのは、私の率直な意見よ。それが、あんまりいい傾向とは限らないって事もね」
「うっ…。面と向かって真面目に言われると、流石に応えますね」
そうは言いつつも、早苗は神奈子を正面から見据え、言葉を返す。
「私だって巫女の端くれですし、力のあるものとして人に害をなす異変に立ち向かって行きたいと思っていました」
そこまで言うと、早苗の表情が唐突に曇っていく。
「ですが、幻想郷は唯でさえ外の世界と違います。何がこちらの常識で、何が異変なのか正直まだよく分かりません。それに……」
「それに?」
早苗は、視線を落とし、躊躇する仕草を見せるが、意を決して話し始める。
「最近、とっても『身近な異変』が多すぎる気がするんです」
ぴくっ。
「異変の原因、とまでは言いませんけど、何処かで見たような方が、いつもいつでも絡んでいるような気がするのです」
ちらり。
「いえ、高みに御座す方のお考えなど、矮小なる人の身で計り知ることなど決して叶わぬことだと、そう肝に銘じております故、それを今更どうとは思いませぬ」
「早苗? キャラ変わっ…」
「しかしながら、恐怖を覚えることも少なからずあるのでございます。遠き未来に於いて、もし、もしこの手で我が信ずる神をお止めせねばならないことになろうものならば、私は一体どうすればよいのか、と」
早苗は、袖口でそっと目頭を押さえる。涙を目立たぬようにしている、という意図がはっきりと伝わるような、実に計算された仕草だった。袖口を戻したときに見える頬には、さりげない涙一筋。完璧さが却って胡散臭く見えることがあるとするならば、いまの早苗が正にそれだった。
「いえ、よいのです。お二人が楽しそうなら、私は蚊帳の外でも。ただ、何かある度に霊夢さんに怒られるのが私だって処には、若干…いえかなり不条理を感じますが、いいんです」
チリッ――。
早苗の穏やかな口調とは裏腹の、焦げ付くような空気に神奈子も諏訪子も肌が粟立つのを感じていた。決して開けてはいけない、パンドラの匣にうっかり手を付けてしまったような、激しい後悔の念が襲ってくるが、それどころではない。解き放たれた魍魎は、その場に留まってはくれないのだ。
「しかし、しかしながら、僭越ながら申し上げます。お二人とも好き勝手が過ぎるのです」
いつの間にか、早苗は正座で所在なさげにポツリと座っていた。
早苗に降り注ぐは、ピンスポット。
――否。
それは錯覚に過ぎなかった。しかし、一瞬はっきりとそう見せたという一点に於いて、神奈子など比較にならない。
早苗は、そんな二柱のどうでもいい驚愕を余所に、訥々と語る。
「私が頑張ってこちらの世に慣れようとしているときにお二人と来たら…電気のない家事がそれだけ大変か、本当に分かっておいでなのでしょうか?」
「さな、話も逸れ――」
問いかけの形を取った言葉は、全く神様の方に向いてはいなかった。ついでに、指摘も聞いてくれなかったばかりか、皆まで言わせてもくれなかった。
「山の妖怪や、地底の妖怪と色々と遊んでおいでのようですが、もっと生活に根付いた技術の一つでも持って来てくれればいいのに……核融合なんて、夢のような話」
早苗の瞳が、悲しみに曇る。
「男の人は自分の夢ばかり追いかけて……家庭のことなんかちっとも顧みてはくれないのね」
「早苗…いろいろ変わりすぎてついていけないんだけど」
「遠回しのつもりか只アホなのか。この子のこういう処は、ホント判断に困るのよねぇ」
二柱の戸惑いの言葉は、幸か不幸か早苗には届くことなく虚空に消える。
早苗の愚痴はまだまだまだまだ続いた。
「部屋は散らかしっぱなしだし、食べた食器を下げることもしない……それくらい手伝ってくれてもいいじゃないですか」
「私にも私の苦労があるのよ。あなたにばっかり構ってはいられないわ」
嘆きの言葉が子供に対する文句に切り替わった辺りで、神奈子の我慢は限界に達した。
愚痴を呟き続ける早苗に、神奈子は思わず声を上げる。神奈子自身、自分の言葉に驚いていたが、口に出てしまった言葉は戻らない。
「大体にして、あなただって人に神と崇められた存在でしょう。もう少しそれらしくしたらどうなのよ!」
「かな…! 私がどんな思いで、その立場にいたと思ってるんです!? 望んでいたとでも?」
早苗は神奈子の言葉に驚くあまり、声を荒げて神奈子を問いつめる。
「なに言ってるの、ノリノリでやってたじゃない」
ふふん、と余裕の笑みを浮かべる神奈子。
「早苗ちゃ~ん、とかドスい声援もらって笑顔で手を振ってたのはどこの誰よ?」
「な! よりによって、そんな黒歴史を引っ張り出しますか!? 初めて反射的な営業スマイルが出た日には、どれだけ枕を濡らしたと思ってるんですか…!」
目を見開き、冷や汗が浮かぶ顔でひざまづいて、早苗が反論する。頭を抱えるようにして、小刻みに震えてすらいた。恐らく二度と開けたくない記憶の扉だったのだろう。殆ど泣いているに近い、というか絶叫し出さないのが不思議なくらい、悲痛な涙目になっていた。
完全に落ちてしまったかに見えたが、不意に神奈子の背筋に悪寒が走る。
闇より暗い暗い光が灯る、早苗の瞳が神奈子を射抜く。
「あ、もしかして、羨ましかったんですか?」
持ち上がった顔には、笑み。恐ろしいまでの。
「そうですよね。いとも簡単に、あんなに集められれば嫉妬の一つや二つ…」
早苗は、そこで一つ言葉を区切る。まるで嵐の前の静けさのような刹那の静寂。
そして、最悪の爆弾が投下された。
「人の目に触れることも、最近ありませんからね」
――人の目に、人の目に、人の目に――
――触れることも、触れることも、触れることも――
その言葉は、神奈子の心を強かに打ち据えた。
それは、竜の逆鱗に触れるに等しい愚行。
「あんたにっ!」
もはや、神としての威厳――がこれまでの言動にあったかは遂に謎のままだが――をかなぐり捨て、御柱を振りかぶる。
「何がっ」
畳を踏み割り、神奈子のたくましい左足が強烈な踏み込みを見せると同時に、御柱を持った右手が振り抜かれた。
「分かるというのっ!!」
轟っ――。
そこに込められた霊力云々ではなく、単純な速度という破壊の力だけで全てを吹き散らしそうな苛烈な御柱の投擲。しかもターゲットの早苗は至近距離にいるのだ。咄嗟に渦巻く気流を作り出して、早苗は軌道をそらそうとするが、殆ど効果はない。
しかし、早苗の咄嗟の判断は自身を救った。
御柱の軌道を反らすことは出来ず、逆に早苗の風の壁の方が押しのけられる形となった為に、直撃コースから弾き飛ばされた。その弾き飛ばす力自体も充分に苛烈な衝撃だったが、早苗自身は自らの風によって身体が直接叩きつけられることは避けられた。
もし直撃していたら――それはあまり考えたくない事実だった。
流石の早苗も、神様に殺されかけた事実に顔を青くしている。しかし、神奈子の目に光るものを認め、流石に酷いことを言ったと自覚しかけた刹那。
自らの巫女を圧殺しかけた自覚があるのかないのか、神奈子は尚も目を血走らせて、早苗に言ってはならない一言を言い放つ。
「あんたみたいに、痛い子に成り下がってまで、出たいとも思わないわっ!!」
「………あ」
脳裏を、巡る。
歴史の教科書でしか見たことのないような町並み。電気がないため一瞬にして粗大ゴミと化した家電類。さらにやっかいだった、冷蔵庫の中身の整理。
里に下りて、余りに信仰が失われている神社を見かけた。
冷静に見て守矢の神様の方がまだしも力を残していたので、復権する手だてとして神社を預かることを提案したつもりが、乗り込んできてフルボッコにする巫女と、完全に好奇心だけで突っ込んできた魔法使い。
力だけはべらぼうに強いのが腹立たしかったが、力だけはべらぼうに強く勝てなかった。
何もない生活は苦労の連続だし、文化というか思考そのものが決定的に『外』と違う。もはや、慣れるしかない、それは分かっているのだが、違うことが分かるだけで、全て手探りでやっていくしかない状況だった。
確かに、これでいいのかと思うこともある。しかし、何事であれ物は試しというではないか。
そんな道半ばの今なのに。
私は私なりに、必死の思いでいるというのに!
いろんな感情が、余りに多くの感情が混ざりすぎて、言語の形を取れない不定形のまま、ただ大きくなっていく。さながらオーブンの中のパンのように感情が、大きく膨らみながら最終的に形をなしていく。
チン♪
「神奈子様なんて、大っ嫌い!!」
一言捨て置いて、早苗は家を飛び出した。
「あ~ぁ~あ~、行っちゃった。どうすんの?」
今の今まで、画面の外で様子を窺っていた諏訪子が、神奈子にわざとらしく非難の声をかける。しかし、その言葉には、心からの非難の響きはなかった。
やりとりを見る限り、どっちが悪いとかそう言う問題以前の子供の喧嘩だった。非難するも何もない。まぁ、大人の思考で以て子供の喧嘩なんぞやらかすと、お互い癒しがたいダメージを負うことにもなろうが。
「…あれ?」
からかい半分に声を掛けたのに、反応が何もないことに違和感を感じた諏訪子は、神奈子を見やる。なにやら肩を震わせているように見えるが。
「神奈子?」
「わ~ん! 早苗に嫌われた~っ!」
そう喚きながら、廊下に向かって走っていく神奈子。
「うわ、そう来るか」
呆れ混じりに呟く。それ以外に取り得るリアクションもなかった。まぁ、お花畑な神様はこの際放っておくことにした。どうせリアクション通りの心情ではあるまい。
「さて」
諏訪子は、辺りを見回す。御柱でぶち抜いた壁と踏み割った畳は後で犯人に片づけさせるとして、卓袱台周りは幸いにもそれほど酷い有様にはなっていなかった。結構暴れ回っていたはずなので、早苗の能力のお陰で奇跡的に一滴一片もこぼれなかったのかもしれない。
「……あ」
諏訪子は、その卓袱台の上の一点を認める。
目の前の湖面は昼に近くなった高い太陽を反射して、きらきらと輝く。周囲の新緑は、その輝きと陽光をさらに反射してそよいでいた。
そんな湖と森の境界に、早苗はちょこんと座って湖面を眺めていた。
「よく、ここが分かりましたね」
早苗は、背後を振り返りもせず気配の主に声を掛ける。
自らの神様の気配だ、分からないはずもない――神様が気配を消してさえいなければ。それは取りも直さず神様の方にも隠れる意志がないという言うことに他ならない。
「そりゃね。何年早苗を見てきてると思ってるの?」
諏訪子はことも無げに笑って答える。相変わらず振り向きもしない早苗の横まで歩みを進めると、そのまま横にちょこんと座る。手には包み。それを早苗に向かって差し出す。
「はい」
「?」
疑問に思いつつも黙って受け取り、包みをほどく。そこにはおむすびが三つ鎮座していた。
「おなか、すいたでしょ?」
そこで、早苗はようやく諏訪子の方を向いた。迎えてくれたのは、何事もなかったかのような笑顔。
「…っ…ありがとうございますっ」
言葉に詰まった早苗は、辛うじてそれだけを言うとおにぎりにかぶりついた。
――。
「まぁ、神奈子も悪気があるわけじゃないんだよね」
「……分かっています。きっと私が言い過ぎました」
一つ目を食べ終えるのを待ってから、諏訪子は言葉を紡いだ。早苗に言うというよりは、事実を確認するための独り言のように。
早苗も既に落ち着いてはいたので、諏訪子の言葉にも素直に頷いた。否、神奈子の表情をみた時点で分かってはいたのだが、その後の神奈子の言葉が拙かった。
思い出すだけで腹が立つ、と行動で示すように二つ目のおにぎりにかぶりつく。
「れも、神奈子様の言いぐさも酷いれす。……本当にショックだったんですから」
「まぁ、あれが神奈子だからね。良くも悪くも、人間っぽすぎるんだよね」
諏訪子は特に否定するでもなく、早苗の言葉に頷く。
「尊大な振りしてる内心は、臆病で寂しがり。――――なんで、あんなのに負けたか。未だに不思議なんだけどね」
諏訪子の言いぐさも相当ひどいが、余りに的確な言葉に早苗は思わず吹き出してしまった。その通りだと思わざるを得なかった。
「人間嫌いで神力も大したことない神様が、何であれだけ信仰を集められたんだか。人間ってホント、不思議だよね~」
ドクン――。
「人間、嫌い? 神奈子様が…」
諏訪子の言葉に早苗は違和感を覚えたが、それどころではない。思わず反芻して呟く。それだけで、胸の痛みを覚える言葉だった。
「だからどうって話でもない、もしかしたら当人も気づいていないかもしれない程度の、小さな小さな嫌悪だけどね。あ、気にする事ないよう。わたしには自己嫌悪の投影に見えるもん。愛情と憎しみは紙一重って言うことなんじゃない?」
早苗には分かんないかもね、と諏訪子は呟く。その真意も気になったが、それよりも先に聞きたいことがあった。
「そういう諏訪子様は、どうなんですか?」
「わたし? ああ、人間が好きかってこと?」
「はい」
「私は大好きだよ。見ていて楽しいもん☆ 短い間にいろんな物を作り出して、いろんな物を壊していく。こんな奇妙で楽しい生き物は他にいないしね」
「……聞く相手を間違ったかもしれません」
げんなりと肩を落とす早苗に、諏訪子は不思議そうに首を傾げる。
「どしたの?」
「曲がりなりにも人間に向かって言う言葉ではありませんよ、それ」
諏訪子の言葉は確信をついていることが分かるから、余計に落ち込む言葉だった。自分ひとりがどうこうと言う次元の話ではないのだが、諏訪子の言葉は『人はいろいろなことが出来る高度なお猿さん』と言っているようにしか聞こえない。
その指摘自体が、あまりに確信をつきすぎていると早苗が思ってしまうことが、何よりも悲しいものがあるが。
しかし、諏訪子は早苗の返答を聞いても、いまひとつピンと来ていない表情で首をかしげている。
「なんで、それで早苗が落ち込むの?」
「いや、何でって……私だって一応人間の端くれですから」
そこまで言って初めて、諏訪子は理解の表情を浮かべた。面白い冗談でも聞いたかのように、吹き出した。
「あはは、奇跡を起こすなんて反則じみた能力が、只の人間に持てるわけないじゃん 早苗は、とうの昔に……」
「それは言わないで下さい」
諏訪子の言葉を遮るようにして、世にも情けない声を上げる早苗に、諏訪子は思わず苦笑いを浮かべる。ほんの少しだけ寂しそうに。
「……人間である事の何にそんな未練があるか分からないけど、我等が巫女殿の意思を尊重しましょう」
諏訪子には珍しく、微かな躊躇が掠める。しかし、最終的にはいつもの通り早苗の意志を肯定した。
「そろそろ戻ろっか。お昼の準備してもらわないとね」
「はい」
早苗自身は今し方おにぎりを食べたばかりだが、神様達はそうも行かないだろう。
食べることが大好きな神様達は、空腹を覚えるように自身の身体を作ってしまったのだから仕方がない。まぁ、放っておいても餓死する事はないのは人間と違うところではあるが、空腹感を抱えたままというのも不憫な話だ。
二人は、社に向けて歩き出した。
その道すがら、そう言えば、神奈子は早苗に人として生きて欲しがっていたな、と諏訪子は上の空で思い出していた。早苗という『人間』がいる事が、神奈子にとっては救いなのかもしれない。
「早苗! 時代は今、妖怪退治よっ!」
で、社に戻って早苗に掛けられた第一声がこれだった。
謝る気がないことは明白すぎる。まぁ、早苗も悪い事をしたと言う思いもあるし、神奈子の事だから、気恥ずかしさを隠すためというのは分かるので、それはいいのだが。同時に謝らせる気がないということも明白だ。これは何とも腹立たしい話だった。消化不良も甚だしい。
(全くこの方はっ…!)
と思いつつ、怒りを腹の内に収める早苗だった。振り出しに戻る無限ループは御免だった。そんな二人を諏訪子は心から楽しそうに眺めている。
「何が、時代は今! なんです? 幻想郷では連綿と続くことじゃないですか」
「固いこと言わないの。巫女なんだから、妖怪退治くらい出来て当たり前でしょ?」
ふんぞり返って偉そうに言うのは神奈子。言っていることは、間違ってないはずなのに何故か反発を覚えさせる言動を自然に取れることが不思議で仕方がない。それでいて予想できないほど深い思慮の下で動いていたりするから恐ろしい。
「確かに、あんまり得意というわけでもないですけどね」
それ以前に機会もそう無かった。何せこの山は妖怪の山なのだ。ここでうまくやっていこうと思ったら、退治して回るのは自殺行為もいいところだった。
と、そこまで考えて早苗は、はたと気がつく。
「……妖怪の味方を標榜する神社の巫女が妖怪退治なんて、いいんですか?」
「いいのいいの。悪さをする妖怪限定ってことにしとけば」
「はぁ」
納得がいく説明とは言えなかったが、この山の妖怪はどうも外の世界の人間じみたところがあって、心理的には何となく納得できる思いだった。要は、山の妖怪は妖怪っぽくないのだ。個体差は差し置いても力が強いのは間違いないが、何をしてくるか分からないという未知の恐怖はない。
そんな早苗の思考を余所に、神奈子は窓の外をビシスと指さして、声高らかに宣言した。
「あれは間違いなく妖怪の仕業っ! 折角だから退治してらっしゃい」
「……折角で退治される妖怪も不憫ですね」
「何、あの船に遊びに行くの? そしたら持ち主によろしくね。今度乗せてって言っといてよ」
さっきまで、傍観者だった諏訪子が、唐突に話に乗ってきた。
「え、ちょっ諏訪子様!? なんで突然……」
「今さっき、外でこんなの拾ったよ」
全く脈絡のない言葉と共に、諏訪子が両手で差し出したのは、見た事はないがひと目で分かる、しかし何かは分からない物体。
「なんですこれ。いえ、何かは分かるんですが……」
どこからどう見ても、レトロな風体のUFOにしか見えない物体だった。
但し、サイズは片手に余る程度――バスケットボールより一回り大きいくらいだろうか。
「ああ、バスケットボール。懐かしい響き……。どこにしまったかしら。久しぶりにやりたいなぁ」
「早苗?」
「あ、いえ、何でも。でもなんですか、それ」
諏訪子は笑顔と共にはっきりと言い切った。
「分かんない。けど、結構いた。これ、勝手に浮くんだよ」
そういって諏訪子が手を離すと確かに、そのUFOその場に浮いている。一点に留まっているわけでもなく、フラフラと漂っているようにも見える。
「凄く異変っぽいね♪」
「それで私が解決に行く話が出てきたんですね」
しかし、諏訪子の態度は白黒はっきりついたものではなかった。と言うより、意地が悪かった。
「べっつに~、誰もそんなこと言ってないよ。でもさ、早苗も気になるんじゃないかな~って」
「うう…。そ、それは……」
二つの出来事に関連性があるともないともいえないが、空飛ぶ船の直後に、文字通り未確認飛行物体の発生。これは確かに気になる話だった。何せそこに浮いているのは紛うことなくUFOだ。これで血が騒がずにいられようか。
「まぁ、早苗がどうしようと自由だけどね」
諏訪子は、心の底から創思っているような素っ気なさだったが、神奈子はと言えばこの展開に、にやにやと笑みを隠そうともしなかった。結果が思うとおりなら道筋はどうでもいいとでも言いたげなほくそ笑みだ。
無視すると言う選択肢もあることは分かっていたが、言外に返答を求めるプレッシャーに、早苗は屈した。
「……今日はとりあえず洗濯です! その後の事は、その後考えます!」
結果的に神奈子の思う壺と言うのはどこか面白くないが、実際問題として気になってしまったものは仕方がない。
それに、確かに幻想郷では異変解決をする立場にあるのだ。今回、それを経験しておいて悪いことはないだろう。
だが、神奈子の思う壺と言うのは、何となく面白くない。
朝方の、すっきりとした空は未だ健在だったが、早苗はすっきりしない思いを抱えながら洗濯物を片付けに向かうのだった。
明くる日、東風谷早苗は博麗神社の上を通り過ぎようとして、白と赤と黒の彩を目の端に止めた。早苗がこれから探そうと思っていた二人の人物を示す色彩。
「あら? 二人とも…」
急遽、軌道を変えて神社を見やる。果たして、二人は未だ暢気に縁側でお茶を飲んでいた。
...Continues to the backing story.
おまけ 本編での一幕
諏訪子の場合
「諏訪子様」
「ん~?」
「この蛙弾、相手に当たると炸裂するのはいいんですけど。破裂して、皮膚とか内臓をぶちまけるエフェクトどうにかなりません? しかも、皮膚に当たったのだけダメージがいくみたいなんですけど…」
「ああ、それね。ヤドクガエルの一種は、皮膚に猛毒を持つの」
「それで皮膚だけヒットなんですね」
「分かりやすいでしょ」
「気色悪いです。どちらかと言うと」
「あ、そう? じゃあ、そこの演出は、もすこし抽象的にしようか」
「どうせ抽象的にするなら、蛙がはじけ飛ぶあたりも、抽象的でいいです…」
神奈子の場合
「あはははははは、墜ちろぉっ!」
「ちょ、神奈子様? 張り切りすぎです」
「何言ってるの! 目の前に全ての敵を消滅させなきゃ快眠できないでしょ!」
「流石は戦の神様…って、こんな場所でスペル勝手に使わないで下さい! まだ敵もそんなにいないですよ。唯でさえ誘導性なんですから、勿体無いですよ」
「だって、早苗……!」
「唯でさえ、固め打ちしたいときに、勝手に誘導されて固め打ちしづらいんですから、スペルは温存します!」
「早苗、少しは熱くなりなさい。正義の味方は情熱が命よ」
「今の時代はクールな主人公の方が受けるんです」
「……それはそれで古い認識な気がするんだけど?」
「あ~、いい天気♪」
空を見上げれば、いつもと同じ風景。いつもと同じ日常の始まりに、大きく背伸びをする。それだけで清々しい気分だった。朝方はまだ少しひんやりとした空気の残る、春になりたてのこの時期が早苗はこの上なく好きだった。
「今日はお洗濯日和だわ」
このところ、少し不安定な天気が多く、今一つすっきりしなかった分、今日この日にやるべきことは多かった。しかし、物事には順序というものがある。
はやる気持ちをそっと押さえ、まずは朝餉の準備をしなければならない。
山頂付近に位置する、この神社からは空に浮かぶ『何か』の落とす影がはっきりと見て取れた。
「ぬるいっ!」
「熱っ!」
同じときに同じ鍋から掬い取られた味噌汁を同じタイミングで流し込んだ二人からは、正反対の反応。
「諏訪子様、気を付けて下さい。只でさえ変温で熱さに弱いんですから。神奈子も、朝は体温が下がっているんですから、器を持ったままぼうっとしていたら、お味噌汁も冷めてしまいますよ」
瞬時に、双方の事情を的確に解釈して、配膳をしていた少女は二人を窘める。
二人、というのは正確ではなかった。一人の人間に窘められているのはどちらも神様なのだから、言うならば『二柱』と呼ぶべきだ。しかし、そう呼ぶことを躊躇ってしまうほどに、威厳のな……人間じみた二柱だった。
「そう言うことじゃないわ、早苗!」
神奈子は言葉の勢いのままに、まだ大量にお味噌汁の入ったお椀を卓袱台に振り下ろす。当然のように中の味噌汁がはねるが、奇跡的に一滴もこぼれず再びお椀の中に戻る。
「では、何だというのです? 唐突に…」
まだ、朝食も取っていない、文字通り朝っぱらから能力を使わされる羽目になった早苗は、ため息をつく。
ちなみに、神奈子のお味噌汁がほんのり冷めていたことは本当で、温度を確かめた諏訪子が、嬉々としてお椀を取り替えていた。
神奈子は、朝だというのにテンション高く、鼻息も荒く早苗を指さした。神様とは言え感心しない行為だ。
「ぬるいのは、早苗! あなたよっ!」
返す腕で、窓の外をビシスッと指さす。
開け放つ窓には、機影が一つ落ちていた。
「羽でないのが残念ですね」
「?」
「いえ、完全無欠にこっちの話です」
「まあいいわ。早苗にもアレが見えているのでしょう」
「いい天気だというのに、あの影に入ってしまった方はちょっとかわいそうですね」
神奈子が指さし、早苗がのんびりと見つめる先――上空には、船があった。そう、空飛ぶ船である。二人の――特に神奈子の目が離れた隙に、諏訪子は神奈子の皿からおかずをひとつ略奪していた。
「そう言うことじゃないのよ。立派な異変を前に、あなたは何をやっているのよっ」
やはり言葉の勢いのままに、卓袱台をバンッと叩く神奈子。早苗の目が段々と据わっていっていることにも気づかないようだった。それもその筈で、神奈子の目は既に据わっていた。
「神奈子様」
「大体にして、あなたは落ち着き過ぎなのよ。人間であればもっと慌てふためきなさい。空飛ぶ船なのよ!」
「あの、神奈――」
「幻想郷慣れも大概になさい! 異変をそのまま受け入れるのは妖怪のやることよっ!」
神奈子も神奈子で相当腹に据えかねていたらしく、ついには、卓袱台に足をかけて早苗を指さし始めた。そんな神奈子に、早苗の中の何かが音を立てて決壊した。
「……『封魔陣』」
なおも何かをわめき散らす神奈子が踏み出す卓袱台の上の足、その四方に呪符が舞い、早苗が返す手で放った針が卓袱台に縫い止める。
神奈子が、それが何か認めるより早く、速やかに結界が展開した。早苗のねらい通り、境界付近に足が置いてあった神奈子は、強烈な力に張り飛ばされ、向こう側の壁付近まで吹き飛ばされる。
早苗がさらに腕を一振り。
神奈子にさらなる針が追いすがり、両手両足の袖口と襟首を壁に縫いつけられた。さらに、それが正確に五芒の頂点を描いていることを感覚した神奈子は、五つの針が燐光を纏っている事に気づいてしまった。
咄嗟に死を覚悟した神奈子が恐る恐る早苗を見ると、完璧なまでの、笑顔。
「少しは、落ち着かれました?」
神奈子は、何とも情けない表情で何度も頷いている。
いやな予感を感じて、卓袱台からおかず――もちろん、自分の分だけ――を退避していた諏訪子も、流石にこの展開には驚いたらしく目を丸くしていた。
「すご~い! 確か封魔陣って、霊夢の術だったよね?」
どうやら、そういう驚きだったらしい。
「はい♪ この間遊びに行ったときに教えてもらったんです。結界構築の基礎なんだそうです。針投げも意外に難しくて、結構練習したんですよ」
嬉しそうに語る早苗の声を、暗く沈んだ呟きが黒く塗りつぶす。
「よりによって、他人の技で吹き飛ばすこともないだろうに……」
仕打ちがショックだったらしく、神奈子は未だに磔にされるがままだった。
「他人の技だからこそ、です」
早苗が指を一振りすると、針はその強度を失ってあっさりと折れ飛ぶ。もともと、霊力でもって強化しないとこの程度の強度なのだ。
「ほら、自分の持ち技で本気を出すと大惨事じゃないですか。でも、不慣れな他人の術であれば、目一杯やってもこの程度。損害も最小限で、ストレスも残さな…ぃ…」
早苗が、しまったと思ったときには遅かった。
「本…気? 私の早苗が、早苗が…私に向かって、本気? 目一杯?」
ピンスポットでも当たっている錯覚すら覚えるほど――且つ、当人はそれをばっちり意識しているのではないかと疑われるほど――、哀れに膝をついてうな垂れる神奈子。
「ああ、早苗はいつからそんな子になってしまったの…」
「……びっくりするほど古典的な嘆きですね」
思わず、火に油の発言をしてしまって、慌てて口元を押さえる早苗。しかし、完璧に意気消沈してしまった神奈子は、それにも気づく様子もなく、うな垂れるままだった。
ちょっとやそっとでは復活しそうにない。
が、
「諏訪子様。放っておいてもいいですか?」
「別にい~んじゃない? それより、ご飯食べたら? お腹空いてるでしょ」
「はい。それじゃ遠慮なく」
「……あんたらねぇ」
本当に放り出されかねない空気を察して、神奈子は強制的に立ち直ったようだ。
「いや、だって神奈子様」
「だって、じゃないわよ。あんたらには人の心ってもんがないのか」
立ち直りはしたものの、不機嫌が直るわけもなく、神奈子の表情は険しいままだった。が、その神奈子に更なる言葉の仕打ちが待っていた。
「あるわけないじゃん。大体わざとらしすぎるし」
「人の心があるからこその態度だと思います。触らぬ神に祟りなし、です」
「誰が上手いこと言えと……まぁいいわ。確かにわざとだし」
神奈子は流石に白旗を揚げざるを得ないと悟り、両手を上げた。バレている以上、意地を張ったところで敗北は目に見えている。
それにしても、悪気というものが欠落した態度である。
「でも早苗。異常に慣れすぎだって言うのは、私の率直な意見よ。それが、あんまりいい傾向とは限らないって事もね」
「うっ…。面と向かって真面目に言われると、流石に応えますね」
そうは言いつつも、早苗は神奈子を正面から見据え、言葉を返す。
「私だって巫女の端くれですし、力のあるものとして人に害をなす異変に立ち向かって行きたいと思っていました」
そこまで言うと、早苗の表情が唐突に曇っていく。
「ですが、幻想郷は唯でさえ外の世界と違います。何がこちらの常識で、何が異変なのか正直まだよく分かりません。それに……」
「それに?」
早苗は、視線を落とし、躊躇する仕草を見せるが、意を決して話し始める。
「最近、とっても『身近な異変』が多すぎる気がするんです」
ぴくっ。
「異変の原因、とまでは言いませんけど、何処かで見たような方が、いつもいつでも絡んでいるような気がするのです」
ちらり。
「いえ、高みに御座す方のお考えなど、矮小なる人の身で計り知ることなど決して叶わぬことだと、そう肝に銘じております故、それを今更どうとは思いませぬ」
「早苗? キャラ変わっ…」
「しかしながら、恐怖を覚えることも少なからずあるのでございます。遠き未来に於いて、もし、もしこの手で我が信ずる神をお止めせねばならないことになろうものならば、私は一体どうすればよいのか、と」
早苗は、袖口でそっと目頭を押さえる。涙を目立たぬようにしている、という意図がはっきりと伝わるような、実に計算された仕草だった。袖口を戻したときに見える頬には、さりげない涙一筋。完璧さが却って胡散臭く見えることがあるとするならば、いまの早苗が正にそれだった。
「いえ、よいのです。お二人が楽しそうなら、私は蚊帳の外でも。ただ、何かある度に霊夢さんに怒られるのが私だって処には、若干…いえかなり不条理を感じますが、いいんです」
チリッ――。
早苗の穏やかな口調とは裏腹の、焦げ付くような空気に神奈子も諏訪子も肌が粟立つのを感じていた。決して開けてはいけない、パンドラの匣にうっかり手を付けてしまったような、激しい後悔の念が襲ってくるが、それどころではない。解き放たれた魍魎は、その場に留まってはくれないのだ。
「しかし、しかしながら、僭越ながら申し上げます。お二人とも好き勝手が過ぎるのです」
いつの間にか、早苗は正座で所在なさげにポツリと座っていた。
早苗に降り注ぐは、ピンスポット。
――否。
それは錯覚に過ぎなかった。しかし、一瞬はっきりとそう見せたという一点に於いて、神奈子など比較にならない。
早苗は、そんな二柱のどうでもいい驚愕を余所に、訥々と語る。
「私が頑張ってこちらの世に慣れようとしているときにお二人と来たら…電気のない家事がそれだけ大変か、本当に分かっておいでなのでしょうか?」
「さな、話も逸れ――」
問いかけの形を取った言葉は、全く神様の方に向いてはいなかった。ついでに、指摘も聞いてくれなかったばかりか、皆まで言わせてもくれなかった。
「山の妖怪や、地底の妖怪と色々と遊んでおいでのようですが、もっと生活に根付いた技術の一つでも持って来てくれればいいのに……核融合なんて、夢のような話」
早苗の瞳が、悲しみに曇る。
「男の人は自分の夢ばかり追いかけて……家庭のことなんかちっとも顧みてはくれないのね」
「早苗…いろいろ変わりすぎてついていけないんだけど」
「遠回しのつもりか只アホなのか。この子のこういう処は、ホント判断に困るのよねぇ」
二柱の戸惑いの言葉は、幸か不幸か早苗には届くことなく虚空に消える。
早苗の愚痴はまだまだまだまだ続いた。
「部屋は散らかしっぱなしだし、食べた食器を下げることもしない……それくらい手伝ってくれてもいいじゃないですか」
「私にも私の苦労があるのよ。あなたにばっかり構ってはいられないわ」
嘆きの言葉が子供に対する文句に切り替わった辺りで、神奈子の我慢は限界に達した。
愚痴を呟き続ける早苗に、神奈子は思わず声を上げる。神奈子自身、自分の言葉に驚いていたが、口に出てしまった言葉は戻らない。
「大体にして、あなただって人に神と崇められた存在でしょう。もう少しそれらしくしたらどうなのよ!」
「かな…! 私がどんな思いで、その立場にいたと思ってるんです!? 望んでいたとでも?」
早苗は神奈子の言葉に驚くあまり、声を荒げて神奈子を問いつめる。
「なに言ってるの、ノリノリでやってたじゃない」
ふふん、と余裕の笑みを浮かべる神奈子。
「早苗ちゃ~ん、とかドスい声援もらって笑顔で手を振ってたのはどこの誰よ?」
「な! よりによって、そんな黒歴史を引っ張り出しますか!? 初めて反射的な営業スマイルが出た日には、どれだけ枕を濡らしたと思ってるんですか…!」
目を見開き、冷や汗が浮かぶ顔でひざまづいて、早苗が反論する。頭を抱えるようにして、小刻みに震えてすらいた。恐らく二度と開けたくない記憶の扉だったのだろう。殆ど泣いているに近い、というか絶叫し出さないのが不思議なくらい、悲痛な涙目になっていた。
完全に落ちてしまったかに見えたが、不意に神奈子の背筋に悪寒が走る。
闇より暗い暗い光が灯る、早苗の瞳が神奈子を射抜く。
「あ、もしかして、羨ましかったんですか?」
持ち上がった顔には、笑み。恐ろしいまでの。
「そうですよね。いとも簡単に、あんなに集められれば嫉妬の一つや二つ…」
早苗は、そこで一つ言葉を区切る。まるで嵐の前の静けさのような刹那の静寂。
そして、最悪の爆弾が投下された。
「人の目に触れることも、最近ありませんからね」
――人の目に、人の目に、人の目に――
――触れることも、触れることも、触れることも――
その言葉は、神奈子の心を強かに打ち据えた。
それは、竜の逆鱗に触れるに等しい愚行。
「あんたにっ!」
もはや、神としての威厳――がこれまでの言動にあったかは遂に謎のままだが――をかなぐり捨て、御柱を振りかぶる。
「何がっ」
畳を踏み割り、神奈子のたくましい左足が強烈な踏み込みを見せると同時に、御柱を持った右手が振り抜かれた。
「分かるというのっ!!」
轟っ――。
そこに込められた霊力云々ではなく、単純な速度という破壊の力だけで全てを吹き散らしそうな苛烈な御柱の投擲。しかもターゲットの早苗は至近距離にいるのだ。咄嗟に渦巻く気流を作り出して、早苗は軌道をそらそうとするが、殆ど効果はない。
しかし、早苗の咄嗟の判断は自身を救った。
御柱の軌道を反らすことは出来ず、逆に早苗の風の壁の方が押しのけられる形となった為に、直撃コースから弾き飛ばされた。その弾き飛ばす力自体も充分に苛烈な衝撃だったが、早苗自身は自らの風によって身体が直接叩きつけられることは避けられた。
もし直撃していたら――それはあまり考えたくない事実だった。
流石の早苗も、神様に殺されかけた事実に顔を青くしている。しかし、神奈子の目に光るものを認め、流石に酷いことを言ったと自覚しかけた刹那。
自らの巫女を圧殺しかけた自覚があるのかないのか、神奈子は尚も目を血走らせて、早苗に言ってはならない一言を言い放つ。
「あんたみたいに、痛い子に成り下がってまで、出たいとも思わないわっ!!」
「………あ」
脳裏を、巡る。
歴史の教科書でしか見たことのないような町並み。電気がないため一瞬にして粗大ゴミと化した家電類。さらにやっかいだった、冷蔵庫の中身の整理。
里に下りて、余りに信仰が失われている神社を見かけた。
冷静に見て守矢の神様の方がまだしも力を残していたので、復権する手だてとして神社を預かることを提案したつもりが、乗り込んできてフルボッコにする巫女と、完全に好奇心だけで突っ込んできた魔法使い。
力だけはべらぼうに強いのが腹立たしかったが、力だけはべらぼうに強く勝てなかった。
何もない生活は苦労の連続だし、文化というか思考そのものが決定的に『外』と違う。もはや、慣れるしかない、それは分かっているのだが、違うことが分かるだけで、全て手探りでやっていくしかない状況だった。
確かに、これでいいのかと思うこともある。しかし、何事であれ物は試しというではないか。
そんな道半ばの今なのに。
私は私なりに、必死の思いでいるというのに!
いろんな感情が、余りに多くの感情が混ざりすぎて、言語の形を取れない不定形のまま、ただ大きくなっていく。さながらオーブンの中のパンのように感情が、大きく膨らみながら最終的に形をなしていく。
チン♪
「神奈子様なんて、大っ嫌い!!」
一言捨て置いて、早苗は家を飛び出した。
「あ~ぁ~あ~、行っちゃった。どうすんの?」
今の今まで、画面の外で様子を窺っていた諏訪子が、神奈子にわざとらしく非難の声をかける。しかし、その言葉には、心からの非難の響きはなかった。
やりとりを見る限り、どっちが悪いとかそう言う問題以前の子供の喧嘩だった。非難するも何もない。まぁ、大人の思考で以て子供の喧嘩なんぞやらかすと、お互い癒しがたいダメージを負うことにもなろうが。
「…あれ?」
からかい半分に声を掛けたのに、反応が何もないことに違和感を感じた諏訪子は、神奈子を見やる。なにやら肩を震わせているように見えるが。
「神奈子?」
「わ~ん! 早苗に嫌われた~っ!」
そう喚きながら、廊下に向かって走っていく神奈子。
「うわ、そう来るか」
呆れ混じりに呟く。それ以外に取り得るリアクションもなかった。まぁ、お花畑な神様はこの際放っておくことにした。どうせリアクション通りの心情ではあるまい。
「さて」
諏訪子は、辺りを見回す。御柱でぶち抜いた壁と踏み割った畳は後で犯人に片づけさせるとして、卓袱台周りは幸いにもそれほど酷い有様にはなっていなかった。結構暴れ回っていたはずなので、早苗の能力のお陰で奇跡的に一滴一片もこぼれなかったのかもしれない。
「……あ」
諏訪子は、その卓袱台の上の一点を認める。
目の前の湖面は昼に近くなった高い太陽を反射して、きらきらと輝く。周囲の新緑は、その輝きと陽光をさらに反射してそよいでいた。
そんな湖と森の境界に、早苗はちょこんと座って湖面を眺めていた。
「よく、ここが分かりましたね」
早苗は、背後を振り返りもせず気配の主に声を掛ける。
自らの神様の気配だ、分からないはずもない――神様が気配を消してさえいなければ。それは取りも直さず神様の方にも隠れる意志がないという言うことに他ならない。
「そりゃね。何年早苗を見てきてると思ってるの?」
諏訪子はことも無げに笑って答える。相変わらず振り向きもしない早苗の横まで歩みを進めると、そのまま横にちょこんと座る。手には包み。それを早苗に向かって差し出す。
「はい」
「?」
疑問に思いつつも黙って受け取り、包みをほどく。そこにはおむすびが三つ鎮座していた。
「おなか、すいたでしょ?」
そこで、早苗はようやく諏訪子の方を向いた。迎えてくれたのは、何事もなかったかのような笑顔。
「…っ…ありがとうございますっ」
言葉に詰まった早苗は、辛うじてそれだけを言うとおにぎりにかぶりついた。
――。
「まぁ、神奈子も悪気があるわけじゃないんだよね」
「……分かっています。きっと私が言い過ぎました」
一つ目を食べ終えるのを待ってから、諏訪子は言葉を紡いだ。早苗に言うというよりは、事実を確認するための独り言のように。
早苗も既に落ち着いてはいたので、諏訪子の言葉にも素直に頷いた。否、神奈子の表情をみた時点で分かってはいたのだが、その後の神奈子の言葉が拙かった。
思い出すだけで腹が立つ、と行動で示すように二つ目のおにぎりにかぶりつく。
「れも、神奈子様の言いぐさも酷いれす。……本当にショックだったんですから」
「まぁ、あれが神奈子だからね。良くも悪くも、人間っぽすぎるんだよね」
諏訪子は特に否定するでもなく、早苗の言葉に頷く。
「尊大な振りしてる内心は、臆病で寂しがり。――――なんで、あんなのに負けたか。未だに不思議なんだけどね」
諏訪子の言いぐさも相当ひどいが、余りに的確な言葉に早苗は思わず吹き出してしまった。その通りだと思わざるを得なかった。
「人間嫌いで神力も大したことない神様が、何であれだけ信仰を集められたんだか。人間ってホント、不思議だよね~」
ドクン――。
「人間、嫌い? 神奈子様が…」
諏訪子の言葉に早苗は違和感を覚えたが、それどころではない。思わず反芻して呟く。それだけで、胸の痛みを覚える言葉だった。
「だからどうって話でもない、もしかしたら当人も気づいていないかもしれない程度の、小さな小さな嫌悪だけどね。あ、気にする事ないよう。わたしには自己嫌悪の投影に見えるもん。愛情と憎しみは紙一重って言うことなんじゃない?」
早苗には分かんないかもね、と諏訪子は呟く。その真意も気になったが、それよりも先に聞きたいことがあった。
「そういう諏訪子様は、どうなんですか?」
「わたし? ああ、人間が好きかってこと?」
「はい」
「私は大好きだよ。見ていて楽しいもん☆ 短い間にいろんな物を作り出して、いろんな物を壊していく。こんな奇妙で楽しい生き物は他にいないしね」
「……聞く相手を間違ったかもしれません」
げんなりと肩を落とす早苗に、諏訪子は不思議そうに首を傾げる。
「どしたの?」
「曲がりなりにも人間に向かって言う言葉ではありませんよ、それ」
諏訪子の言葉は確信をついていることが分かるから、余計に落ち込む言葉だった。自分ひとりがどうこうと言う次元の話ではないのだが、諏訪子の言葉は『人はいろいろなことが出来る高度なお猿さん』と言っているようにしか聞こえない。
その指摘自体が、あまりに確信をつきすぎていると早苗が思ってしまうことが、何よりも悲しいものがあるが。
しかし、諏訪子は早苗の返答を聞いても、いまひとつピンと来ていない表情で首をかしげている。
「なんで、それで早苗が落ち込むの?」
「いや、何でって……私だって一応人間の端くれですから」
そこまで言って初めて、諏訪子は理解の表情を浮かべた。面白い冗談でも聞いたかのように、吹き出した。
「あはは、奇跡を起こすなんて反則じみた能力が、只の人間に持てるわけないじゃん 早苗は、とうの昔に……」
「それは言わないで下さい」
諏訪子の言葉を遮るようにして、世にも情けない声を上げる早苗に、諏訪子は思わず苦笑いを浮かべる。ほんの少しだけ寂しそうに。
「……人間である事の何にそんな未練があるか分からないけど、我等が巫女殿の意思を尊重しましょう」
諏訪子には珍しく、微かな躊躇が掠める。しかし、最終的にはいつもの通り早苗の意志を肯定した。
「そろそろ戻ろっか。お昼の準備してもらわないとね」
「はい」
早苗自身は今し方おにぎりを食べたばかりだが、神様達はそうも行かないだろう。
食べることが大好きな神様達は、空腹を覚えるように自身の身体を作ってしまったのだから仕方がない。まぁ、放っておいても餓死する事はないのは人間と違うところではあるが、空腹感を抱えたままというのも不憫な話だ。
二人は、社に向けて歩き出した。
その道すがら、そう言えば、神奈子は早苗に人として生きて欲しがっていたな、と諏訪子は上の空で思い出していた。早苗という『人間』がいる事が、神奈子にとっては救いなのかもしれない。
「早苗! 時代は今、妖怪退治よっ!」
で、社に戻って早苗に掛けられた第一声がこれだった。
謝る気がないことは明白すぎる。まぁ、早苗も悪い事をしたと言う思いもあるし、神奈子の事だから、気恥ずかしさを隠すためというのは分かるので、それはいいのだが。同時に謝らせる気がないということも明白だ。これは何とも腹立たしい話だった。消化不良も甚だしい。
(全くこの方はっ…!)
と思いつつ、怒りを腹の内に収める早苗だった。振り出しに戻る無限ループは御免だった。そんな二人を諏訪子は心から楽しそうに眺めている。
「何が、時代は今! なんです? 幻想郷では連綿と続くことじゃないですか」
「固いこと言わないの。巫女なんだから、妖怪退治くらい出来て当たり前でしょ?」
ふんぞり返って偉そうに言うのは神奈子。言っていることは、間違ってないはずなのに何故か反発を覚えさせる言動を自然に取れることが不思議で仕方がない。それでいて予想できないほど深い思慮の下で動いていたりするから恐ろしい。
「確かに、あんまり得意というわけでもないですけどね」
それ以前に機会もそう無かった。何せこの山は妖怪の山なのだ。ここでうまくやっていこうと思ったら、退治して回るのは自殺行為もいいところだった。
と、そこまで考えて早苗は、はたと気がつく。
「……妖怪の味方を標榜する神社の巫女が妖怪退治なんて、いいんですか?」
「いいのいいの。悪さをする妖怪限定ってことにしとけば」
「はぁ」
納得がいく説明とは言えなかったが、この山の妖怪はどうも外の世界の人間じみたところがあって、心理的には何となく納得できる思いだった。要は、山の妖怪は妖怪っぽくないのだ。個体差は差し置いても力が強いのは間違いないが、何をしてくるか分からないという未知の恐怖はない。
そんな早苗の思考を余所に、神奈子は窓の外をビシスと指さして、声高らかに宣言した。
「あれは間違いなく妖怪の仕業っ! 折角だから退治してらっしゃい」
「……折角で退治される妖怪も不憫ですね」
「何、あの船に遊びに行くの? そしたら持ち主によろしくね。今度乗せてって言っといてよ」
さっきまで、傍観者だった諏訪子が、唐突に話に乗ってきた。
「え、ちょっ諏訪子様!? なんで突然……」
「今さっき、外でこんなの拾ったよ」
全く脈絡のない言葉と共に、諏訪子が両手で差し出したのは、見た事はないがひと目で分かる、しかし何かは分からない物体。
「なんですこれ。いえ、何かは分かるんですが……」
どこからどう見ても、レトロな風体のUFOにしか見えない物体だった。
但し、サイズは片手に余る程度――バスケットボールより一回り大きいくらいだろうか。
「ああ、バスケットボール。懐かしい響き……。どこにしまったかしら。久しぶりにやりたいなぁ」
「早苗?」
「あ、いえ、何でも。でもなんですか、それ」
諏訪子は笑顔と共にはっきりと言い切った。
「分かんない。けど、結構いた。これ、勝手に浮くんだよ」
そういって諏訪子が手を離すと確かに、そのUFOその場に浮いている。一点に留まっているわけでもなく、フラフラと漂っているようにも見える。
「凄く異変っぽいね♪」
「それで私が解決に行く話が出てきたんですね」
しかし、諏訪子の態度は白黒はっきりついたものではなかった。と言うより、意地が悪かった。
「べっつに~、誰もそんなこと言ってないよ。でもさ、早苗も気になるんじゃないかな~って」
「うう…。そ、それは……」
二つの出来事に関連性があるともないともいえないが、空飛ぶ船の直後に、文字通り未確認飛行物体の発生。これは確かに気になる話だった。何せそこに浮いているのは紛うことなくUFOだ。これで血が騒がずにいられようか。
「まぁ、早苗がどうしようと自由だけどね」
諏訪子は、心の底から創思っているような素っ気なさだったが、神奈子はと言えばこの展開に、にやにやと笑みを隠そうともしなかった。結果が思うとおりなら道筋はどうでもいいとでも言いたげなほくそ笑みだ。
無視すると言う選択肢もあることは分かっていたが、言外に返答を求めるプレッシャーに、早苗は屈した。
「……今日はとりあえず洗濯です! その後の事は、その後考えます!」
結果的に神奈子の思う壺と言うのはどこか面白くないが、実際問題として気になってしまったものは仕方がない。
それに、確かに幻想郷では異変解決をする立場にあるのだ。今回、それを経験しておいて悪いことはないだろう。
だが、神奈子の思う壺と言うのは、何となく面白くない。
朝方の、すっきりとした空は未だ健在だったが、早苗はすっきりしない思いを抱えながら洗濯物を片付けに向かうのだった。
明くる日、東風谷早苗は博麗神社の上を通り過ぎようとして、白と赤と黒の彩を目の端に止めた。早苗がこれから探そうと思っていた二人の人物を示す色彩。
「あら? 二人とも…」
急遽、軌道を変えて神社を見やる。果たして、二人は未だ暢気に縁側でお茶を飲んでいた。
...Continues to the backing story.
おまけ 本編での一幕
諏訪子の場合
「諏訪子様」
「ん~?」
「この蛙弾、相手に当たると炸裂するのはいいんですけど。破裂して、皮膚とか内臓をぶちまけるエフェクトどうにかなりません? しかも、皮膚に当たったのだけダメージがいくみたいなんですけど…」
「ああ、それね。ヤドクガエルの一種は、皮膚に猛毒を持つの」
「それで皮膚だけヒットなんですね」
「分かりやすいでしょ」
「気色悪いです。どちらかと言うと」
「あ、そう? じゃあ、そこの演出は、もすこし抽象的にしようか」
「どうせ抽象的にするなら、蛙がはじけ飛ぶあたりも、抽象的でいいです…」
神奈子の場合
「あはははははは、墜ちろぉっ!」
「ちょ、神奈子様? 張り切りすぎです」
「何言ってるの! 目の前に全ての敵を消滅させなきゃ快眠できないでしょ!」
「流石は戦の神様…って、こんな場所でスペル勝手に使わないで下さい! まだ敵もそんなにいないですよ。唯でさえ誘導性なんですから、勿体無いですよ」
「だって、早苗……!」
「唯でさえ、固め打ちしたいときに、勝手に誘導されて固め打ちしづらいんですから、スペルは温存します!」
「早苗、少しは熱くなりなさい。正義の味方は情熱が命よ」
「今の時代はクールな主人公の方が受けるんです」
「……それはそれで古い認識な気がするんだけど?」
中盤に分量をとってあえて弛ませるか、全体をザックリ削って締め上げればバランスがぐっと良くなるように思います。
それと最初のほうで早苗が神奈子を呼び捨てにしちゃってます。