日増しに、お天道様の照りが短くなってきている。
一日の気温が下がっているのが実感できるほどになった。
もう朝晩なんかは毛布無しじゃ過ごせないくらいだ。
これだけ寒いと、あと少しもしないうちに霜が降りてもおかしくない。
夜の空気も段々と澄んできている。
肌を突き刺すような冬独特の、あの夜空の空気だ。
あの空気を好きだと言う者もいるが、私ははっきり言って好きじゃない。
別に好きだと言う人を真っ向から否定しているわけじゃなく、ただ単に私が嫌いなだけなのだ。
この間なんかは、雪でも降りそうな鉛色のどんよりとした空模様に混じって、白い綿のようなユキムシが飛んでいるのを見かけた。
私は、その虫を見かけたとき思わず大きくため息をついてしまった。
この虫が現れると、いよいよ冬はもうすぐそこだ。
里の人々は、こぞって冬支度の準備に追われている。
この幻想郷の中でも里の方は、いわゆる豪雪地帯まではいかないが多少の雪は降る。だからそれなりの備えは必要だ。
空から里周辺を見下ろすと、冬に備えてからぶき屋根の補修をしている人。そして秋に収穫した穀物類を加工している人。更には周辺の山へ食料や薪をとりに出ている人などが見えた。
今年は、例年と比べても作物類の収穫量は、さほど悪くない。
それこそ零下140℃クラスの大寒波辺りでも来ない限り、おそらくは皆無事に冬を越せるだろう。
冬は寒い。
寒いが、なくてはならない季節でもある。
何故なら、この世には、冬が必要と言う者も少なからずいる。
そう、この世界に無駄なものは存在しないのだ。
森羅万象、それを司るもの…すなわち神が存在する。
例えば、冬には冬の神、春には春の神、夏には夏の神、そして秋には秋の神という具合に。
私、秋静葉は、紅葉を司る存在だ。
紅葉と言えば秋の代名詞と言っても過言ではない。
紅葉は自然が生み出した最高の芸術品なのだ。
樹齢何百年という巨木の紅葉を目に浮かべてもらえばわかると思う。
きっとその見事さには、誰もが目を奪われるはずだ。そしてそれらの葉が風に舞い散る様子には、誰もが思わず感傷に浸ってしまうだろう。
秋は、他の季節に比べて短い。
故にその刹那的な存在に惹かれる人も多い。
秋は、普段、人の心の奥にある繊細的な部分を引き出す季節なのだ。
故に芸術の秋とも言われる。
確かに春なんかに比べると、華やかさには欠けるかもしれない。だけど春にはない、儚くて厳かな美しさが、秋にはある。
私は、そんな秋が大好きだ。
別に自分が秋の一部を司ってるからというだけの理由じゃない、本当に心から好きなのだ。
だけど、だけど、もうすぐ、そんな私達の季節は終わってしまうのだ。
今年の秋は、例年以上に短かった。
それはいつもより夏が長かったせいもあるだろう。
いつもより紅葉の時期が遅かったせいもあるだろう。
それでも、いくらなんでも短過ぎる。
これでは、秋を満喫する暇もない。
なにしろ今年はまだ、ぶどう酒も飲んでいない。まだ、むかごご飯も食べていない。まだ、落ち葉のプールにも入っていない。
あれこれとやりたい事、やり残した事が次々と浮かんでくる。そしてその度に私の気分はどんどん重くなっていく。
これは今しがた、見ていた夢のせいでもあるのだろうか。
楽しくも残酷な夢だった。
ただでさえ秋の終わりは気が沈むというのに、このままだと今年は、いつも以上に落ち込んでしまいそうだ。
妹の方も、すでに相当落ち込んでしまっている様子だ。
昨日、布団に入ってから私に言ってきた。
「…ねぇ、私達の存在ってなんなんだろう。…こんな短い間しか活躍の場がないなんて…これなら、いっそ、いない方がましだよ…」
私はなだめる言葉が見つからなかった。なぜなら、私も妹と同じ気持ちだったからだ。
天井にオブジェとして飾ってある数々の落ち葉達も、なんとなく寂しそうに見えていた。
私は、静かに妹を抱きしめてやる。
それくらいしか、今してあげられる事を思いつかなかったのだ。
妹は泣いていた。
私もつられて泣きそうになったが懸命にこらえた。
姉として今、ここで泣くわけにはいかないと思った。
そのうち、人肌のぬくもりで落ち着いたのか、妹は静かに寝息を立て始めていた。そして私も、まもなく眠りについたのだろう。
静寂の世界が訪れる。
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そこは目を疑うような空間だった。
あたり一面、見事に紅葉させたモミジやカエデが、そびえ立っていた。
地面は溢れんばかりの落ち葉のプールになっている。
空は高く、どこまでも青く澄んでおり、天高くから、うろこ雲が私達を見下ろしている。
これぞ、まさに秋の空だ。
その中で人々は、卓を囲み収穫を祝う祭りを催していた。
皆、既に相当、酒が入っているのだろう、揃いも揃って顔を紅潮させながら大笑いしていた。
中には、裸同然の格好で舞いを舞っている者もいた。
普段ならたしなめる所だが、何しろ年に一度の収穫祭りだ。
これくらい羽目を外してもバチはあたらないだろう。
怒る方が不粋というものだ。
そのすぐ横の舞台の上では『能・紅葉狩』が演じられている。
これは私が好きな能だ。
私はそれを見に行こうとして落ち葉のプールを掻き分けていく。
突然、妹に呼び止められる。
その手には、ぶどう酒が入ったビンとコップが握られていた。
「おねぇーさまぁー。遅かったじゃないのさぁー。さぁ~初物のぶどう酒よぉ。飲んで~。ささ、飲んで~」
どうやらすっかり出来上がっているようだった。
妹にすすめられるまま、私もぶどう酒を一口飲んだ。
口の中いっぱいに、ほろ苦い風味が広がり、アルコールの香りが鼻腔をつく。
それでいて後には、すっきりとした甘みだけが残る。
これはなかなかの上玉だ。
こんないいお酒を、人目を気にせずに昼間から飲んでいられるのも祭りの特権なのだ。
ふと、私はアルコールとは違う芳香に気づく。
この独特の香りは、きっとあれに違いない。
私は辺りを見回す。すると卓の上にそれはあった。
網焼きにされたマツタケである。
『香り松茸味占地』とはよく言ったもので、その独特の香りは一嗅ぎすればそれとわかる。
私は焼きたての松茸を一つ、おろし立てのわさび醤油をつけて、口に放り込む。
こんがりほこほこと焼き上がった身を一噛みする度に、ザクザクという心地よい音が口の中に響く。
マツタケは、その香りばかりが話題にされがちなのだが、実は、その歯切れの良さも特筆ものなのだ。
マツタケの芳香に、つんとしたわさびの風味が、ほどよい感じのアクセントになっている。
嗚呼、これぞまさに至福の瞬間。
食欲の秋とはよく言ったものだ。
稔りの秋に感謝しなければ。
もっとも、その豊かさと稔りの象徴である私の妹は、既にへべれけ状態で私の横で大の字になって寝そべっているが。
この子も存分に秋を満喫しているようだ。それは、その満足そうな寝顔からも見て取れる。
私は思わず、その妹の頬に、自分の唇を触れさせてみた。
温かく、そして柔らかい。
と、ここで思わず我に返る。
どうやら、私も少なからず酔っているようだ。
酒にというより場の空気に。
神も人も隔てなく和気あいあいと酒を酌み交わす、この場の空気に。
ふと、一陣の乾いた秋風が通り抜け、無数の落ち葉が舞い上がる。
秋空に紅葉した葉がよく映えている。
――秋に乾杯。
私は思わず、心の中でそう呟くと、米酒を一杯ほど頂いた。
私は知っている。
これが在りし日の秋の風景であると言う事を。
私は知っている。
これが全部、夢の中の出来事であると言う事を。
そして夢からは、いずれ醒めなければならないという事実を。
だからこそ私はこの空気を満喫した。
この永遠の憧憬を。
・
・
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目覚めると、そこは自分の住処だった。
横では妹が寒そうに縮こまって寝ていた。
見ると、毛布がずれてしまっている。
そりゃ寒いわけだ。
私は、妹の毛布をかけ直す。
外は風が強いらしく、入り口の納戸がガタガタと揺れている。
窓の格子越しには、落ち葉が渦を巻くように舞っているのが見えた。
どうやら今年初の木枯らしのようだった。
いよいよ冬到来だ。
あまりにも短い私達の季節は、ついに終わりを告げた。
これから長く、そして辛い季節が始まるのだ。
私はとうとう、ここで涙をこらえきれなくなってしまった。
妹に悟られないように、声はなんとか押し殺すが、涙の勢いは増すばかりだ。
そのとき、不意に温かいぬくもりが体を包み込む。
妹が私の毛布に入り込んで来たのだ。
どうやら、とっくにばれてしまっていたようだ。
私は妹のぬくもりを感じながら心の中で呟いた。
「秋よ、ありがとう」と。
もう少し秋を感じる季節が長ければこの秋姉妹のSSも増えたでしょうに。
季節を司る神,妖怪や妖精はその季節を終えるとこんな感じなんでしょうかねぇ。
秋を舞台に風神録を作った神主は何を思うか……
憂いを含んだ美しさは秋独特のものですね。
一見あっけらかんとした秋姉妹が、どこか切なくも思える。
それを素敵に表現してくれた作者に乾杯。
北海道寒いですよ(´・ω・`)ヒョーテンカー
でも、やきいもが美味しかったし、落ち葉の絨毯ざくざく踏めたのです
秋の神様達は今年も頑張ってくれました。
やっぱ日本の秋はいいもんだ
しんみり秋を見送れました
次回も待ってます(*σωσ*)
「ちょ、ちょ、ちょっと待って冬」とか「秋にもっともっといてほしい」とかいう歌詞だったような。
秋独特の肌寒さを感じますが夏の余韻か暑さも例年以上に感じます。
今頃秋姉妹が飛び回っているでしょう。
あの美しき紅葉のトンネルを。
そう思わせてくれる素晴らしい作品でした。